説明

転がり軸受の潤滑構造

【課題】 軸受の高速化と環境問題を両立させながら、低コストに製作できる転がり軸受の潤滑構造を提供する。
【解決手段】 転がり軸受1の内輪2の外径面における転走面2aの側方に斜面部2bを設けると共に、転がり軸受1の外輪3に隣接して、内部にグリース溜り11が形成されたグリースタンク10を配置する。グリースタンク10のグリース溜り11内に、グリース中の基油を毛細管現象により移動させる基油移動媒体15を設け、その一端を斜面部2bに接触させる。それにより、グリース溜り11に封入されているグリース中の基油が基油移動媒体15を伝って斜面部2bに付着し、その斜面部2bに付着した基油を、基油の表面張力と内輪2の回転により生じる斜面部2bに沿う基油の流れとを利用して軸受内へ供給する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、工作機械主軸等の高速スピンドルの支持に用いられる転がり軸受の潤滑構造に関する。
【背景技術】
【0002】
最近の工作機械は、加工能率を上げるためにますます高速化の傾向にあり、主軸に使用される軸受においてもその要求に応えるべく高速化が求められている。また、省エネ、省資源といった環境問題もクローズアップされてきている。この高速化と環境問題に対して、軸受として重要な技術課題は潤滑方法である。一般的な主軸用軸受の潤滑方法として、グリース潤滑、油を圧縮空気に混合してノズルより軸受内に噴射するエアオイル潤滑、ノズルを用いて軸受内に油を直接噴射するジェット潤滑がある。これらの潤滑方法には、以下に示すようにそれぞれ一長一短がある。
【0003】
グリース潤滑は、取扱いは簡便であるが、高速回転する軸受には不向きである。エアオイル潤滑は、高速回転する軸受に適用可能であるが、多量の圧縮空気が必要なこと、油ミストが発生すること、騒音が発生すること等、省エネ、環境面で問題がある。ジェット潤滑は、3潤滑方法のうち最も軸受を高速回転させることが可能であるが、給油装置等の付帯設備が必要になること、多量の油を使用するため運転による動力損失が大きいこと等の理由から、エアオイル潤滑と同様に省エネ、省資源の観点から問題がある。
【0004】
上記のように従来の潤滑方法にはそれぞれ問題があることから、最近、高速化と環境問題を両立させることを目的とした新しい潤滑方法が提案されている(特許文献1)。それは、グリースが封入されたグリースタンクを軸受に隣接して設け、軸受に生じるヒートサイクルを利用して、前記グリースタンク内のグリース中の基油を分離させながら軸受内に吐出させるというものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2009−103232号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記提案の潤滑方法は、軸受がアンギュラ玉軸受である場合、グリースタンクが軸受の正面側に配置される。通常、工作機械の主軸の支持には、一対のアンギュラ玉軸受が背面組合せで用いられることが多い。したがって、軸受およびグリースタンクを工作機械の主軸に組込んだ場合、主軸の先端に取付けられる工具から軸受までの距離が、グリースタンクの分だけ長くなる。上記距離が長いのは、主軸のモーメント剛性の面から見て不利である。
【0007】
そこで、軸受背面側から軸受内部へ潤滑油の供給が可能なように、外部に設けた油タンクの潤滑油を軸受の軸方向近傍(例えば軸受背面側)に配置した給油部材へ導入し、この給油部材内に設けた毛細管現象発生部材の先端を軸受の内輪外径面に接触させ、給油部材に導入された潤滑油が毛細管現象発生部材を伝って軸受内部に供給される潤滑方法を考え付いた。しかし、この方法は、油タンクと、その油タンクの潤滑油を給油部材まで導く配管とが必要であるため、コスト高になるという問題がある。
【0008】
この発明の目的は、軸受の高速化と環境問題を両立させながら、低コストで製作できる転がり軸受の潤滑構造を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明の転がり軸受の潤滑構造は、転がり軸受の内輪の外径面における転走面の側方に斜面部を設けると共に、転がり軸受の外輪に隣接して、内部にグリース溜りが形成されたグリースタンクを配置し、このグリースタンクのグリース溜り内に、グリース中の基油を毛細管現象により移動させる基油移動媒体を設け、この基油移動媒体の一端を前記斜面部に接触させ、前記グリース溜りに封入されているグリース中の基油が前記基油移動媒体を伝って前記斜面部に付着し、その斜面部に付着した基油を、基油の表面張力と前記内輪の回転により生じる前記斜面部に沿う基油の付着流れとを利用して軸受内へ供給するようにしたことを特徴とする。
【0010】
この構成の潤滑構造は、組立て時に、転がり軸受の内部にグリースを封入すると共に、グリースタンクのグリース溜り内にグリースを封入しておく。軸受の潤滑は、初期封入したグリースと、グリース溜り内のグリースとで行う。グリース溜り内のグリース中の基油は、基油移動媒体の毛細管現象により生じる基油抽出と移動とにより、内輪の斜面部に付着する。斜面部に付着した基油は、基油の持つ表面張力と、内輪の回転に伴う遠心力とにより、斜面部に沿って軸受内部方向へ移動して、潤滑油として利用される。このように、軸受内部の初期封入グリースに加えて、グリース溜り内にグリースを有するため、潤滑の信頼性が高く軸受の長寿命化を実現できる。
【0011】
この潤滑構造は、転がり軸受がアンギュラ玉軸受等の接触角を持つ軸受である場合、グリースタンクを転がり軸受の正面側および背面側のいずれに配置してもよい。通常、工作機械の主軸の支持には、一対のアンギュラ玉軸受が背面組合せで用いられることが多い。その場合、転がり軸受の背面側にグリースタンクを配置することで、転がり軸受から主軸の先端までの距離が最短となる設計ができる。工作機械では、主軸の先端に工具が取付けられる。転がり軸受から主軸の先端までの距離が短ければ、工具に作用する外力負荷に対するモーメント剛性が大きくて構造的に有利である。
【0012】
グリースタンクのグリース溜りに封入されたグリースの基油を潤滑油として使用するため、外部に油タンクおよび配管が不要である。軸受箱に油導入孔等の加工をする必要もない。そのため、構成が簡単で、安価に製作することができる。また、多量の油を使用することなく、潤滑のための運転動力も必要としないことから、省エネ、省資源の観点から好ましい。さらに、グリース潤滑であるため、メンテナンスが不要である。
【0013】
この発明において、前記グリースタンクは、前記グリース溜りと外部とを連通する媒体挿通すきまを有し、この媒体挿通すきまに前記基油移動媒体を挿通したものとすることができる。その場合、前記グリースタンクの外殻における前記媒体挿通すきまの外径側部分を前記内輪の前記斜面部にすきま部を介して被さる筒状部として形成し、この筒状部における前記媒体挿通すきまよりも軸受の軸方向中心側へ突出した部分の内径面を、前記基油移動媒体のグリース溜り外の部分を先端が前記斜面部に接触させるように案内する形状とするのが良い。
グリースタンクに設けた媒体挿通すきまに基油移動媒体を挿通することにより、グリース溜り内からのグリースまたは基油の漏出を防ぎつつ、グリース中の基油を基油移動媒体を伝わらせてグリース溜り外へ導き出すことができる。グリースタンクに筒状部を形成し、その内径面を、基油移動媒体のグリース溜り外の部分を先端が斜面部に接触させるように案内する形状とすることにより、基油移動媒体の一端を確実に斜面部に接触させることができる。
【0014】
この発明において、前記斜面部に断面V状の円周溝を設け、この円周溝の前記転走面側の斜面に前記基油移動媒体の一端を接触させるのが良い。
斜面部に円周溝が設けてあると、運転停止時に、内輪の斜面部に付着している油と、基油移動媒体を伝ってグリース溜りのグリースから供給される油とを円周溝に一時的に保持させられる。始動時に円周溝に保持されていた油を再度潤滑油として利用することができ、常に潤沢な潤滑油で潤滑を行うことができる。円周溝を断面V状とすることで、基油移動媒体の一端から円周溝の転走面側の斜面に吐出される基油が、内輪外径面の斜面部へ移動しやすい。円周溝の斜面の斜度は、内輪の実用回転速度により決定される。具体的には、高速度になるほど、斜度を大きくする。
【0015】
この発明において、前記斜面部に前記転走面から遠い側が小径となる段部を設け、この段部の段面に前記基油移動媒体の一端を接触させてもよい。広い意味で、段面は斜面部の一部である。
この場合、基油移動媒体により、グリース溜り内のグリースから抽出された基油が内輪の段面に付着する。段面に付着した基油は、段面から斜面部へ移り、斜面部に沿って軸受内部方向へ移動して、潤滑油として利用される。このように斜面部に段部を設けることによっても、前記同様、運転停止時に段部に油を一時的に保持させて、常に潤沢な潤滑油で潤滑を行うことができる。
【0016】
この発明において、軸受中心線に対する前記斜面部の角度をα(°)、玉ピッチ円直径をd(mm)、回転速度をn(min−1)とした場合、
α≧{0.056・(dn値)・10−4}−2
の関係が成り立つようにするのが良い。
内輪外径面の斜面部の角度の好ましい値は、軸受のdn値によって異なる。試験の結果、斜面部の角度αは上記式で表わされる値とするのが良いことが分かった。なお、dn値はラジアル軸受の使用条件の高速の程度を示す数値であり、軸受内径と外径の平均値dと許容回転数nの積で表される。
【0017】
この発明において、前記基油移動媒体は毛細管現象が生じる材質とし、和紙、布(織布、不織布の両方を含む)、皮革等が利用できる。
いずれの材料も、グリースから基油を抽出して含有する性質と、含有した油を毛細管現象により移動させる性質とを有する。そのため、グリース溜りのグリースから基油を抽出して内輪外径面の斜面部へ導く基油移動媒体の材料として好適である。
【0018】
この発明において、前記基油移動媒体は、前記斜面部との接触部分の円周方向長さを調整可能に前記グリースタンクに設けるのが望ましい。
基油移動媒体が斜面部との接触部分の円周方向長さを調整可能であれば、その円周方向長さを調整することにより、内輪斜面部への付着油量を調整できる。
【0019】
この発明において、前記基油移動媒体における前記グリース溜り内の部分を、互いに円周方向に離れた複数の分岐部に分岐させてもよい。
基油移動媒体のグリース溜り部内の部分が上記のように分岐していれば、各分岐部分をグリース溜りの広い範囲に分散して配置することができ、グリース溜りの全域から基油を効率良く抽出できる。
【0020】
この発明において、前記グリースタンクは、鋼製または樹脂製であってよい。その場合、機械加工により成形することができる。機械加工による成形は容易である。
また、前記グリースタンクが樹脂製である場合、射出成形により成形することができる。射出成形はより一層成形が容易であり、グリースタンクを低コストで製作することができる。
【0021】
この発明は、前記転がり軸受がアンギュラ玉軸受である場合にも、円筒ころ軸受である場合にも適用できる。
【0022】
この発明の転がり軸受の潤滑構造は、上記作用効果が得られるため、高速回転する工作機械主軸の支持に好適に用いることができる。
【発明の効果】
【0023】
この発明の転がり軸受の潤滑構造は、転がり軸受の内輪の外径面における転走面の側方に斜面部を設けると共に、転がり軸受の外輪に隣接して、内部にグリース溜りが形成されたグリースタンクを配置し、このグリースタンクのグリース溜り内に、グリース中の基油を毛細管現象により移動させる基油移動媒体を設け、この基油移動媒体の一端を前記斜面部に接触させ、前記グリース溜りに封入されているグリース中の基油が前記基油移動媒体を伝って前記斜面部に付着し、その斜面部に付着した基油を、基油の表面張力と前記内輪の回転により生じる前記斜面部に沿う基油の付着流れとを利用して軸受内へ供給するようにしたため、軸受の高速化と環境問題を両立させながら、低コストで製作できる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】この発明の一実施形態にかかる転がり軸受の潤滑構造の断面図である。
【図2】同転がり軸受の潤滑構造の部分拡大図である。
【図3】同転がり軸受の潤滑構造における基油移動媒体の一例を軸方向から見た図である。
【図4】同基油移動媒体の異なる例を軸方向から見た図である。
【図5】同転がり軸受の潤滑構造を適用した主軸装置の断面図である。
【図6】この発明の異なる実施形態にかかる転がり軸受の潤滑構造の一部分を示す断面図である。
【図7】同潤滑構造における基油移動媒体を円周方向に展開しその一部を示す図である
【図8】この発明のさらに異なる実施形態にかかる転がり軸受の潤滑構造の一部分を示す断面図である。
【図9】この発明のさらに異なる実施形態にかかる転がり軸受の潤滑構造の一部分を示す断面図である。
【図10】この発明のさらに異なる実施形態にかかる転がり軸受の潤滑構造の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
この発明の一実施形態を図面と共に説明する。図1は転がり軸受の潤滑構造全体の断面図、図2はその部分拡大図である。この転がり軸受の潤滑構造は、アンギュラ玉軸受である転がり軸受1に適用されたものであり、転がり軸受1の背面側にグリースタンク10が隣接して配置されている。
【0026】
転がり軸受1は、内輪2と、外輪3と、これら内外輪2,3の転走面2a,3a間に介在する複数の転動体4とを備える。転動体4はボールからなり、各転動体4は、保持器5のポケット5a内にそれぞれ保持される。内外輪2,3間の軸受空間の正面側端部は、シール6によって密封されている。軸受背面側はグリースタンク10がシールを兼ねており、軸受空間の背面側端部にはシールが設けられていない。内輪2、外輪3、および転動体4は、軸受鋼等の鋼材、セラミックス等からなる。保持器5は、樹脂等で構成される。
【0027】
内輪2の外径面における転送面2aよりも背面側の部分は、軸方向外側ほど小径となる斜面部2bとされている。軸受中心線Oに対する斜面部2bの角度α(°)は、内輪2の実用回転速度により決定される。具体的には、高速度になるほど角度αを大きくする。例えば、使用最高回転速度がdn値で200万である場合、角度αを9°以上とする。一般的には、
α≧{0.056・(dn値)・10−4}−2の式で表される。この式は、試験の結果より求められたものである。ただし、dは玉ピッチ円直径(mm)、nは回転速度(min−1)である。
【0028】
前記斜面部2bの一部には、断面V状の円周溝7が設けられている。図例では、円周溝7の軸方向内側の側面は斜面7aで、軸方向外側の側面は径方向面7bになっている。斜面7aと斜面部2bとは滑らかな曲線に繋がっている。円周溝7の軸方向位置は、斜面部2bの中心よりもやや外側寄りとされている。
【0029】
グリースタンク10は、内部に中空状のグリース溜り11が形成された環状の部品であって、グリースタンク本体12とグリースタンク先端部材13とで構成されている。詳しくは、グリースタンク本体12は、軸方向に沿う内周壁部12aと、この内周壁部12aと平行な外周壁部12bと、これら内周壁部12aおよび外周壁部12bの軸受背面側間を繋ぐ背面壁部12cとでなる。また、グリースタンク先端部材13は、グリースタンク本体12の軸受正面側開口を塞ぐように前記内周壁部12aと外周壁部12b間に嵌め込んだ状態に設けられている。
【0030】
グリースタンク先端部材13の内周部は軸受正面側へ延びる筒状部13aとなっており、この筒状部13aの基端側部分の内径面とグリースタンク本体12の内周壁部12aにおける軸受側端部の外径面との間に媒体挿通すきま14が形成されている。この媒体挿通すきま14の寸法は、後述する基油移動媒体15を挿通させられる程度である。グリースタンク先端部材13の筒状部13aは媒体挿通すきま14よりも軸受の軸方向中心側へ突出し、内輪2の斜面部2bにすきまδを介して被さっている。筒状部13aの先端部には、内周側に突出する凸部13bが形成されている。凸部13bの媒体挿通すきま14を向く側面は、媒体挿通すきま14側へ行くほど大径となるテーパ面13cである。これにより、筒状部13aにおける媒体挿通すきま14よりも軸受の軸方向中心側へ突出した部分の内径面が、後述する基油移動媒体15のグリース溜り11外の先端部を内輪2の外径面におけるV状円周溝7の斜面7aに接触させるように案内する形状とされている。
【0031】
グリースタンク10のグリース溜り11には、グリースが封入されている。また、グリース溜り11には基油移動媒体15が挿入され、その一端が前記媒体挿通すきま14を通り抜けてグリース溜り11外に突出している。基油移動媒体15は、グリースから基油を抽出しその基油を毛細管現象により移動させるものであり、例えば和紙、布、皮革、フェルト等からなる。布は織布、不織布のいずれであってもよい。基油移動媒体15のグリース溜り11内の端部は、グリースタンク本体12の背面壁部12c付近まで延びているのが望ましい。基油移動媒体15は、図3のように円筒状にして全周にわたって設けたものであってもよく、あるいは図4のように任意の円周方向幅を有する複数の基油移動媒体単体15aを全周に分散して配置したものであってもよい。後者の場合、基油移動媒体15全体の円周方向長さを調整することができ、それにより抽出される基油の量を調整することが可能である。
【0032】
グリースタンク10は、鋼製または樹脂製である。いずれの場合も、機械加工により成形することができる。機械加工による成形は容易である。また、樹脂製である場合は、射出成形により成形することができる。射出成形は機械加工よりも成形が容易であるため、グリースタンク10を安価に製作することができる。
【0033】
上記グリースタンク10は、グリースタンク先端部材13の軸受側の面が外輪3の軸受背面側の端面に当接するように、転がり軸受1に隣接して組込まれる。基油移動媒体15のグリース溜り11から突出した部分は、筒状部13aのテーパ面13cに当たって向きを内径側へ変え、その先端が前記円周溝7の斜面7aに軽く接触している。内輪2の斜面部2bとグリースタンク先端部材13の凸部13bとは、すきまδを介して対向している。グリース溜り本体12の外周壁部12bの軸受側端面と外輪3の軸受背面側の端面との間には、Oリング16が設けられる。
【0034】
上記グリースタンク10の組込み状態では、グリースタンク10の外周に外輪間座17が嵌合し、外輪間座17の段面17aがグリース溜り本体12の外周壁部12bの軸受背面側端に係合する。それにより、グリースタンク10の軸方向位置が拘束される。なお、内輪2は、内輪間座18により位置決めされる。外輪間座17および内輪間座18は、鋼製である。
【0035】
図5は、図1および図2に示す転がり軸受の潤滑構造を採用した主軸装置の一例を示す。この主軸装置は、工作機械用のものであり、主軸20の一端部20aに工具またはワークのチャック(図示せず)が取付けられ、他方の端部20bにモータ等の駆動源が回転伝達機構(図示せず)を介して連結される。主軸20は、軸方向に離れた一対の転がり軸受1により回転自在に支持されている。図例では、一対の転がり軸受1は、背面組み合わせで配置されている。各転がり軸受1の内輪2は主軸20の外径面に嵌合し、外輪3は軸受箱21の内径面に嵌合している。これら内外輪2,3は、内輪間座18および外輪間座17によりそれぞれ位置決めされ、内輪押え間座22および外輪押え蓋23により主軸20および軸受箱21にそれぞれ固定されている。また、各転がり軸受1の背面側にグリースタンク10が配置されている。
【0036】
上記構成の潤滑構造の作用を説明する。
組立て時に、転がり軸受1の内部にグリースを封入すると共に、グリースタンク10のグリース溜り11内にグリースを封入しておく。軸受の潤滑は、初期封入したグリースと、グリースタンク10内のグリース基油を、基油移動媒体15の持つ毛細管現象による抽出と移動作用を利用して行う。具体的には、基油移動媒体15で抽出されたグリース基油がグリース溜り11外の方へ移動させられて、内輪2の円周溝7の斜面7aに付着する。斜面7aに付着した基油は、基油の持つ表面張力と、内輪2の回転に伴う遠心力とにより、内輪2の斜面部2bへ移動し、さらに斜面部2bに付着しながら軸受内部方向へ移動する。斜面7aと斜面部2bとは滑らかな曲線に繋がっているので、斜面7aから斜面部2bへの基油の移動は円滑に行われる。また、内輪2の斜面部2bとグリースタンク先端部材13の凸部13bとの間のすきまδは小さく、内輪2の回転に伴うポンピング作用により、斜面部2bに沿う基油移動が促進されると共に、軸受内からのグリース洩れを防止するシール効果も期待できる。斜面部2bにおける転走面2aとの境界エッジ部に達した基油は、遠心力により外径側へ飛散し、転動体4の表面および保持器5のポケット5aの内面に付着して、潤滑油として利用される。
【0037】
運転停止時には、内輪2の斜面部2bに付着している油と、基油移動媒体15を伝ってグリース溜り11のグリースから供給される油とが、円周溝7に一時的に保持させる。始動時、内輪2が回転することで、円周溝7に保持されていた油が再度潤滑油として利用される。このため、常に潤沢な潤滑油で潤滑を行うことができる。このように、軸受内部の初期封入グリースに加えて、グリース溜り11内にグリースを有することにより、潤滑の信頼性が高く軸受の長寿命化を実現できる。
【0038】
例えば図5の主軸装置のように、一対の転がり軸受1が背面組み合わせで配置されている場合、各一対の転がり軸受1の背面側にグリースタンク10を配置することができる。この構成でよれば、転がり軸受1の正面側に潤滑用の部品を設けなくて済む。そのため、転がり軸受1から主軸20の工具取付け端である一端部20aまでの距離が最短となる設計ができる。転がり軸受1から主軸20の一端部20aまでの距離が短ければ、工具に作用する外力負荷に対するモーメント剛性を大きくできる。ただ、モーメント剛性を必要としない場合には、グリースタンク10を転がり軸受1の正面側に配置してもよい。
【0039】
グリースタンクのグリース溜り11内に封入されたグリースの基油を潤滑油として使用するため、外部に油タンクおよび配管が不要である。軸受箱21に油導入孔等の高精度の加工をする必要もない。そのため、構成が簡単で、低コストに製作することができる。また、多量の油を使用することなく、潤滑のための運転動力も必要としないことから、省エネ、省資源の観点から好ましい。さらに、グリース潤滑であるため、メンテナンスが不要である。
【0040】
図6および図7は、基油移動媒体15の異なる例を示す。図7に示すように、基油移動媒体15におけるグリース溜り11内の部分が、互いに円周方向に離れた複数の分岐部15bに分岐させてある。このように基油移動媒体15のグリース溜り11内が複数の分岐部15bに分岐していれば、各分岐部15bをグリース溜り11の広い範囲に分散して配置することができ、グリース溜り11の全域から基油を効率良く抽出できる。
【0041】
図8は、内輪2の斜面部2bに円周溝7が設けられていない例を示す。基油移動媒体15のグリース溜り11から突出した部分の先端は、斜面部2bに接触させてある。この実施形態の場合、基油移動媒体15によりグリース溜り11内のグリースから抽出された基油が、内輪2の斜面部2bに付着する。それ以降は、前記同様である。円周溝7が設けられている方が、先に説明したように運転停止時に円周溝7に油を保持する作用が得られて好ましいが、円周溝7が設けられていなくても、潤滑の信頼性が高く軸受の長寿命化を実現できる。円周溝7を設けないと、内輪2の加工が容易になり、内輪2を低コストで製作できるという利点がある。
【0042】
図9は、内輪2に円周溝7の代わりに段部19を設けた例を示す。段部19は、斜面部2bの端縁に続き軸受中心線Oに対し直交する面である段面19aと、この段面19aの内径端から軸方向外側へ延びる円筒面19bとで構成される。段面19aと斜面部2bとは滑らかな曲線に繋がっている。広い意味で、段面19aは斜面部2bの一部である。基油移動媒体15のグリース溜り11から突出した部分の先端は、段面19aに接触させてある。この実施形態の場合、基油移動媒体15によりグリース溜り11内のグリースから抽出された基油は、まず段面19aに付着し、段面19aから斜面部2bを伝わって、軸受内部へ供給される。このような段部19を設けても、潤滑の信頼性が高く軸受の長寿命化を実現できると共に、円周溝7を設ける場合に比べ内輪2を低コストで製作できる。
【0043】
また、この発明の潤滑構造は、図10に示すように、転がり軸受1が円筒ころ軸受である場合にも適用できる。この実施形態は、内輪2の外径面における転走面2aの両側が斜面部2bとされ、各斜面部2bに円周溝7が形成されている。転がり軸受1の両側にグリースタンク10が配置され、各グリースタンク10に設けた基油移動媒体15の先端が、各円周溝7の転走面2a側の斜面7aにそれぞれ接触させてある。この構成により、転がり軸受1がアンギュラ玉軸受である場合と同様の作用・効果が得られる。図例は、転がり軸受1の両側にグリースタンク10が設けられているが、潤滑条件が満たされるのであれば、片側だけにグリースタンク10を設けてもよい。
【0044】
上記各実施形態は、工作機械主軸を支持する転がり軸受の潤滑構造について説明したが、この発明の潤滑構造は、工作機械主軸用以外の軸受、例えばモータ用、一般作業機械用として使用される軸受にも応用できる。
【符号の説明】
【0045】
1…転がり軸受
2…内輪
2a…転走面
2b…斜面部
3…外輪
7…円周溝
7a…傾斜面(側面)
10…グリースタンク
11…グリース溜り
13a…筒状部
14…媒体挿通すきま
15…基油移動媒体
15b…分岐部
19…段部
19a…段面
20…主軸
O…軸受中心線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受の内輪の外径面における転走面の側方に斜面部を設けると共に、転がり軸受の外輪に隣接して、内部にグリース溜りが形成されたグリースタンクを配置し、このグリースタンクのグリース溜り内に、グリース中の基油を毛細管現象により移動させる基油移動媒体を設け、この基油移動媒体の一端を前記斜面部に接触させ、前記グリース溜りに封入されているグリース中の基油が前記基油移動媒体を伝って前記斜面部に付着し、その斜面部に付着した基油を、基油の表面張力と前記内輪の回転により生じる前記斜面部に沿う基油の付着流れとを利用して軸受内へ供給するようにしたことを特徴とする転がり軸受の潤滑構造。
【請求項2】
請求項1において、前記グリースタンクは、前記グリース溜りと外部とを連通する媒体挿通すきまを有し、この媒体挿通すきまに前記基油移動媒体を挿通したものであり、前記グリースタンクの外殻における前記媒体挿通すきまの外径側部分を前記内輪の前記斜面部にすきま部を介して被さる筒状部として形成し、この筒状部における前記媒体挿通すきまよりも軸受の軸方向中心側へ突出した部分の内径面を、前記基油移動媒体のグリース溜り外の部分を先端が前記斜面部に接触させるように案内する形状とした転がり軸受の潤滑構造。
【請求項3】
請求項1または請求項2において、前記斜面部に断面V状の円周溝を設け、この円周溝の前記転走面側の斜面に前記基油移動媒体の一端を接触させた転がり軸受の潤滑構造。
【請求項4】
請求項1または請求項2において、前記斜面部に前記転走面から遠い側が小径となる段部を設け、この段部の段面に前記基油移動媒体の一端を接触させた転がり軸受の潤滑構造。
【請求項5】
請求項1ないし請求項4のいずれか1項において、軸受中心線に対する前記斜面部の角度をα(°)、玉ピッチ円直径をd(mm)、回転速度をn(min−1)とした場合、
α≧{0.056・(dn値)・10−4}−2
の関係が成り立つ転がり軸受の潤滑構造。
【請求項6】
請求項1ないし請求項5のいずれか1項において、前記基油移動媒体が和紙からなる転がり軸受の潤滑構造。
【請求項7】
請求項1ないし請求項5のいずれか1項において、前記基油移動媒体が布からなる転がり軸受の潤滑構造。
【請求項8】
請求項1ないし請求項5のいずれか1項において、前記基油移動媒体が皮革からなる転がり軸受の潤滑構造。
【請求項9】
請求項1ないし請求項8のいずれか1項において、前記基油移動媒体は、前記斜面部との接触部分の円周方向長さを調整可能に前記グリースタンクに設けた転がり軸受の潤滑構造。
【請求項10】
請求項1ないし請求項9のいずれか1項において、前記基油移動媒体における前記グリース溜り内の部分を、互いに円周方向に離れた複数の分岐部に分岐させた転がり軸受の潤滑構造。
【請求項11】
請求項1ないし請求項10のいずれか1項において、前記グリースタンクは、鋼または樹脂からなり、機械加工により成形されたものである転がり軸受の潤滑構造。
【請求項12】
請求項1ないし請求項10のいずれか1項において、前記グリースタンクは、樹脂からなり、射出成形により成形されたものである転がり軸受の潤滑構造。
【請求項13】
請求項1ないし請求項12のいずれか1項において、前記転がり軸受はアンギュラ玉軸受である転がり軸受の潤滑構造。
【請求項14】
請求項1ないし請求項12のいずれか1項において、前記転がり軸受は円筒ころ軸受である転がり軸受の潤滑構造。
【請求項15】
請求項1ないし請求項14のいずれか1項において、工作機械主軸の支持に用いられる転がり軸受の潤滑構造。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−169362(P2011−169362A)
【公開日】平成23年9月1日(2011.9.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−32258(P2010−32258)
【出願日】平成22年2月17日(2010.2.17)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】