説明

転がり軸受用材料の寿命予測方法および寿命予測で長寿命を識別した転がり軸受

【課題】短時間で転がり軸受用材料の寿命を安定して精度よく予測する方法と、寿命予測で長寿命を識別保証した転がり軸受を提供することである。
【解決手段】転がり軸受用材料の非金属介在物のサイズ測定においてカラー画像を用いた画像解析を行うことにより、寿命への影響が異なる複数種類の介在物を分離して測定できるようにし、この介在物種類別の介在物サイズの度数分布に基づいて極値統計法により推定した最大介在物サイズを含む寿命予測式を用いて、転動寿命試験を実施することなく、転がり軸受用材料の寿命を安定して従来よりも精度よく予測できるようにしたのである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受用材料の寿命予測方法と、寿命予測で長寿命を識別保証した転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受の寿命は、軸受用材料の表面に生じる剥離現象で決まる場合が殆どである。この剥離現象は、軸受用材料の転動接触による一種の疲労破損であり、材料の化学成分や硬度に依存する強度因子と、材料に内在する非金属介在物に依存する内部欠陥因子とが関与する。前者の強度因子は主として剥離寿命のレベルに影響し、後者の内部欠陥因子は剥離寿命のばらつきを大きく左右する。
【0003】
前記内部欠陥因子は、不可避的に存在する非金属介在物の数とそのサイズの分布に影響されると考えられており、同一鋼種、すなわち強度因子が同じレベルであっても、転がり軸受の寿命は10倍以上の寿命比でばらつくのが一般的であった。このため、転がり軸受の製造に際しては、軸受寿命はばらつくものとの前提に立ち、各ロットに対して10個以上の試験片を準備して転動寿命試験を行っている。
【0004】
転動寿命試験は、試験片を数GPa程度の最大接触応力で相手試片と転動させ、試験片が剥離等で破損するまでの転動サイクル数を調査するものであり、長寿命のものは破損するまでの転動サイクル数が10のオーダを越えるものもある。通常、試験片には円筒状や円板状のものが用いられ、相手試片には円筒状や球状のものが用いられる。
【0005】
前記転動寿命試験では、全試験片の10%が破損する寿命(転動サイクル数)をL10として、このL10でロット毎の軸受寿命を評価している。このため、各ロットに対して10個以上の試験片について、各試験片が破損するまで試験を行う必要があり、多大な時間を要する。また、近年では、鋼材製造工程における各種清浄化処理技術の発達により、転がり軸受用材料としても非金属介在物の少ない鋼材が供給されるようになっているので、各試験片が破損するまでの転動サイクル数が10を越えるものも多くなり、試験に要する時間はさらに長くなっている。
【0006】
この転動寿命試験の時間を短縮するためには、試験における負荷荷重(最大接触応力)を高めて加速試験とすることが考えられるが、負荷荷重を高めると、通常の軸受の使用における破損モードと異なる破損現象が現れ、実使用に即した軸受寿命を評価できない場合がある。
【0007】
そこで、本出願人は、転動寿命試験を行うことなく転がり軸受用材料の寿命を予測する方法を複数提案した(特許文献1参照。)。そのうちの1つに、転がり軸受の寿命のばらつきを大きく左右する材料の内部欠陥度合いのパラメータとして、非金属介在物を種類別に分けた各介在物サイズの度数分布を採用し、この度数分布を数式で定量化したものを組み込んだ予測式により、転がり軸受用材料の寿命予測を行うものがある。また、簡便法として、介在物サイズの度数分布に基づいて、軸受部品相当の寸法における介在物の最大サイズを極値統計法により推定し、この介在物の推定最大サイズから転がり軸受用材料の寿命を予測する方法もある。
【特許文献1】特開2001−65560号公報
【0008】
しかしながら、上述した従来の転がり軸受用材料の寿命予測方法のうち、介在物サイズの度数分布をパラメータとして組み込んだ予測式を用いる方法は、介在物サイズ測定の被検面の状態(傷や汚れ)が検査者の試料作製技量や測定対象位置により異なることの影響を受けて、同一材料に対する予測寿命がばらつきやすいという難点がある。一方、介在物の推定最大サイズから寿命を予測する方法は、被検面の状態の違いの影響を受けにくく、同一材料に対して得られる予測寿命が安定しているが、予測精度は前記介在物サイズの度数分布を考慮した方法に若干劣る。また、いずれの方法でも、画像解析による介在物サイズ測定においてモノクロ画像を用いていたため、各種介在物をJIS法分類によるA系介在物とB+C系介在物の2種類にしか分類できず、寿命への影響が異なる複数種類の介在物を同一種類として測定していたので、この点でまだ予測精度向上の余地があった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、短時間で転がり軸受用材料の寿命を安定して精度よく予測する方法と、寿命予測で長寿命を識別保証した転がり軸受を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するため、本発明の転がり軸受用材料の寿命予測方法は、転がり軸受用材料の所定の被検面積に対して、カラー画像を用いた画像解析法により、その被検領域に存在する非金属介在物のうちの特定種類の介在物のサイズを測定し、介在物種類別に、測定した介在物サイズの度数分布に基づいて、所定の転がり軸受部品寸法に相当する断面積または体積中での介在物の最大サイズを極値統計法により推定し、推定された介在物種類別の最大介在物サイズから転がり軸受用材料の寿命を予測するようにした。
【0011】
すなわち、非金属介在物のサイズ測定においてカラー画像を用いた画像解析を行うことにより、寿命への影響が異なる複数種類の介在物を分離して測定できるようにして、介在物サイズの度数分布に基づいて極値統計法により推定した最大介在物サイズから求められる予測寿命の精度を向上させたのである。
【0012】
具体的には、前記非金属介在物のうちのAlについて介在物面積Sを測定し、その度数分布に基づいて、所定の転がり軸受部品寸法に相当する断面積または体積中での介在物面積の最大値Smaxを極値統計法により推定し、推定されたSmaxの平方根RSmax(μm)を含む下記(1)式により転がり軸受用材料の予測寿命L10(10%が破損すると推定される寿命)を求めるようにするとよい。
L10 = 1.08×1010・RSmax-2.21 (1)
【0013】
あるいは、前記非金属介在物のうちのMnSとAlについて介在物面積を測定し、MnSの介在物面積S1の度数分布およびAlの介在物面積S2の度数分布のそれぞれに基づいて、所定の転がり軸受部品寸法に相当する断面積または体積中での介在物面積の最大値S1max、S2maxを極値統計法により推定し、推定されたS1max、S2maxの平方根RS1max(μm)、RS2max(μm)を含む下記(2)式または(3)式により転がり軸受用材料の予測寿命L10(10%が破損すると推定される寿命)を求めるようにしてもよい。
L10 = 3.75×1010・RS1max-0.397・RS2max -2.222 (2)
L10 = 2.56×108・exp(-0.00004・RS1max−0.11212・RS2max) (3)
【0014】
また、この発明の転がり軸受は、前記(1)〜(3)式のいずれかにより求められる予測寿命L10が9×10以上となるように識別した転がり軸受用材料を用いたものである。
【0015】
ここで、予測寿命L10の識別値の設定においては、代表的な軸受用鋼であるSUJ2の実際の寿命L10の平均値が6×10程度であることから、その1.5倍長寿命の9×10を識別値とした。
【発明の効果】
【0016】
本発明の転がり軸受用材料の寿命予測方法は、上述したように、非金属介在物のサイズ測定においてカラー画像を用いた画像解析を行うことにより、寿命への影響が異なる複数種類の介在物を分離して測定できるようにしたものであるから、介在物種類別の介在物サイズの度数分布に基づいて推定した最大介在物サイズから、転がり軸受用材料の寿命を短時間でかつ安定して精度よく予測することができる。
【0017】
また、本発明の転がり軸受は、上述した寿命予測方法により求めた寿命L10が9×10以上の材料を識別し、この識別された材料を用いて製造するようにしたので、長寿命を高精度で保証することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態を実施例に基づいて説明する。
【実施例】
【0019】
非金属介在物の形態や大きさが異なる26種類の鋼材を用意し、各鋼材について転動寿命試験と画像解析装置を用いた非金属介在物の調査を行った。転動寿命試験は、各鋼材から10個ずつ試験片を作製し、各試験片に対して表1に示した試験条件で試験を行って、実寿命L10を求めた。また、画像解析による非金属介在物の調査は、各鋼材から1個ずつ測定用サンプルを作製し、1サンプルの被検面積を約300mmとして、カラー画像をRGB輝度による2値化分別処理することによりMnSおよびAlを分離し、この2種類の介在物の面積を測定した。
【0020】
【表1】

【0021】
次に、介在物種類別に、測定した介在物面積の度数分布に基づいて、約2.4mmに含まれる最大介在物の面積を極値統計法により推定し、推定された最大介在物面積の平方根を用いて、前述した(1)〜(3)式により、各鋼材の転がり軸受用材料としての予測寿命L10を算出した。なお、この最大介在物面積推定の対象範囲(約2.4mm)は、直径12mmの試験片の接触楕円が通過する面積と負荷深さの積に相当する。
【0022】
また、比較例として、従来の寿命予測方法による各鋼材の寿命予測も行った。この比較例では、前述したように、モノクロ画像を用いた画像解析により、各種の介在物をJIS法分類によるA系介在物とB+C系介在物の2種類に分類して、介在物面積を測定した。そして、介在物面積の平方根を離散化した度数分布を指数関数に近似し、近似した度数分布をパラメータとする影響指数を求め、これらの影響指数を組み込んだ下記の予測式を用いて予測寿命L10を算出した。
L10 = exp(α1・E+α2・EB+C+β)
ここで、
α1、α2、β:定数
:A系介在物の影響指数
B+C:B+C系介在物の影響指数
【0023】
図1および図2は、各鋼材について算出した予測寿命L10の実寿命L10との相関関係を示す。図1(a)は寿命予測式として(1)式を用いたもの(実施例1)、図1(b)は(2)式を、図1(c)は(3)式をそれぞれ用いたもの(実施例2、3)であり、図2は上述した従来の予測式を用いたもの(比較例)である。また、表2は、実施例1〜3および比較例のそれぞれの予測寿命L10と実寿命L10との相関関係について、自由度二重調整寄与率、重相関係数および残差平方和を求めた結果を示す。
【0024】
【表2】

【0025】
図1(a)〜(c)と図2との比較および表2における各評価項目の比較から、各実施例(実施例1〜3)と比較例とでは、予測寿命L10と実寿命L10との相関がほぼ同等であることがわかる。これにより、各実施例では、簡便法でありながら、介在物サイズの度数分布をパラメータとする従来の予測式と同等の寿命予測精度が得られる、すなわち従来の簡便法よりも高精度で転がり軸受用材料の寿命を予測できることが確認された。
【0026】
また、各実施例では、前述したように、被検面の状態の違いの影響を受けにくく、同一材料に対して得られる予測寿命L10が安定していると考えられるので、これを確認するためのシミュレーションを行った。シミュレーションは、仮想の介在物分布に対し5水準の視野数で3回ずつ模擬測定を行って、その結果から各実施例と同じ方法で寿命を予測し、各視野数での予測寿命L10のばらつきを標準偏差/平均で評価した(図3(a)〜(c))。ここで、仮想の介在物分布は、介在物の数が少なく、介在物面積の測定結果にばらつきが生じやすいと考えられる実在の試験片の介在物分布に基づいて設定した。図3に示したシミュレーション結果から、いずれの実施例の方法でも、視野数が多いほど予測寿命L10のばらつきは小さくなるが、実際の測定と同じ4000視野でも、ばらつきは15〜25%程度にとどまり、安定した予測寿命L10が得られることが確認された。
【0027】
そして、各実施例の方法で求められる予測寿命L10が9×10以上となるように識別した転がり軸受用材料を用い、長寿命の転がり軸受を製造するようにした。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1(a)】実施例1の寿命予測方法で求めた予測寿命と実寿命との相関関係を示すグラフ
【図1(b)】実施例2の寿命予測方法で求めた予測寿命と実寿命との相関関係を示すグラフ
【図1(c)】実施例3の寿命予測方法で求めた予測寿命と実寿命との相関関係を示すグラフ
【図2】従来の寿命予測方法で求めた予測寿命と実寿命との相関関係を示すグラフ
【図3】a〜cはそれぞれ実施例1〜3の寿命予測方法で求めた予測寿命のばらつきのシミュレーション結果を示すグラフ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受用材料の所定の被検面積に対して、カラー画像を用いた画像解析法により、その被検領域に存在する非金属介在物のうちの特定種類の介在物のサイズを測定し、介在物種類別に、測定した介在物サイズの度数分布に基づいて、所定の転がり軸受部品寸法に相当する断面積または体積中での介在物の最大サイズを極値統計法により推定し、推定された介在物種類別の最大介在物サイズから転がり軸受用材料の寿命を予測するようにした転がり軸受用材料の寿命予測方法。
【請求項2】
前記非金属介在物のうちのAlについて介在物面積Sを測定し、その度数分布に基づいて、所定の転がり軸受部品寸法に相当する断面積または体積中での介在物面積の最大値Smaxを極値統計法により推定し、推定されたSmaxの平方根RSmax(μm)を含む下記(1)式により転がり軸受用材料の予測寿命L10(10%が破損すると推定される寿命)を求めるようにした請求項1に記載の転がり軸受用材料の寿命予測方法。
L10 = 1.08×1010・RSmax-2.21 (1)
【請求項3】
前記非金属介在物のうちのMnSとAlについて介在物面積を測定し、MnSの介在物面積S1の度数分布およびAlの介在物面積S2の度数分布のそれぞれに基づいて、所定の転がり軸受部品寸法に相当する断面積または体積中での介在物面積の最大値S1max、S2maxを極値統計法により推定し、推定されたS1max、S2maxの平方根RS1max(μm)、RS2max(μm)を含む下記(2)式により転がり軸受用材料の予測寿命L10(10%が破損すると推定される寿命)を求めるようにした請求項1に記載の転がり軸受用材料の寿命予測方法。
L10 = 3.75×1010・RS1max-0.397・RS2max -2.222 (2)
【請求項4】
前記非金属介在物のうちのMnSとAlについて介在物面積を測定し、MnSの介在物面積S1の度数分布およびAlの介在物面積S2の度数分布のそれぞれに基づいて、所定の転がり軸受部品寸法に相当する断面積または体積中での介在物面積の最大値S1max、S2maxを極値統計法により推定し、推定されたS1max、S2maxの平方根RS1max(μm)、RS2max(μm)を含む下記(3)式により転がり軸受用材料の予測寿命L10(10%が破損すると推定される寿命)を求めるようにした請求項1に記載の転がり軸受用材料の寿命予測方法。
L10 = 2.56×108・exp(-0.00004・RS1max−0.11212・RS2max) (3)
【請求項5】
請求項2乃至4のいずれかに記載の寿命予測方法により求められる予測寿命L10が9×10以上となるように識別した転がり軸受用材料を用いた転がり軸受。

【図1(a)】
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【図1(b)】
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【図1(c)】
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【図2】
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【図3】
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