説明

転がり軸受

【課題】面粗さの悪くなり難い材料を使用することにより、音響劣化が抑えられ、音響長寿命が実現される転がり軸受を提供する。
【解決手段】内外輪、転動体のうち少なくとも1つがC:0.3〜1.2質量%、Si:0.3〜2.2質量%、 Mn:0.3〜2.0質量%、を含有する鋼からなり、浸炭窒化処理もしくは窒化処理によってその転動面表面の窒素濃度が0.2〜2.0質量%、SiおよびMnを含有した窒化物の面積率が1%以上20%未満であり,前記内外輪軌道面の残留オーステナイト量をγrAB,前記転動体転動面の残留オーステナイト量をγrCとしたときに、γrAB−15≦γrC≦γrAB+15を満たすとともに、0≦γrAB,γrC≦50を満たす軸受鋼を用い、且つ、グリースの基油は、40〜70℃における動粘度が10〜30mm/sとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、異物が混入するような潤滑状態が厳しい環境下での使用が好適な転がり軸受に関する。特にエアコン、冷蔵庫などのような省エネルギー化が要求される用途に用いる軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
エアコンファンモータに代表される家電モータなどは、その回転軸(モータ軸)が軸受(例えば、転がり軸受)によって回転自在に支持されており、近年、当該モータ軸の回転状態(回転数や回転速度など)の制御を高精度に行うためにインバータ制御化される場合が多い。また、電源供給装置(一例として、商用電源)のノイズを抑制するために、当該電源供給装置から供給される電流の高周波化(電源周波数の高周波変換)がなされる場合も多い。
【0003】
しかしながら、電源供給装置(商用電源)から供給される電流の制御周波数が高周波化される(制御周波数を高周波に変換する)に従って、モータに使用されている軸受のみならず、電気的には接続されていない周辺装置に使用されている軸受において、いわゆる電食と呼ばれる損傷が現出されるようになってきた。なお、電食とは、軸受の軌道輪(例えば、内外輪)間に電気が通電した際に、転動体(例えば、玉やころ)と内外輪軌道面の間で放電現象が発生し、局部的に素材を溶解させ、これらの軌道面や転動体の転動面に異常を生じさせる状態のことをいう。
【0004】
軸受に対してこのような電食が発生した場合、その軌道輪(例えば、内輪や外輪)の軌道面や転動体(例えば、玉やころ)の転動面に面荒れ(例えば、クラックやフレーキングなど)が生じる虞があるとともに、リッジマークと呼ばれる筋状の凹凸が軌道面などに生じる虞もある。そして、このような電食による軸受の損傷が生じると、転動体が軌道輪の軌道面間を安定して転動することができず、金属接触が発生しやすくなり、当該軸受が回転する時に騒音(異音)が発生する場合がある。
【0005】
ここで、上述したようなエアコンファンモータ等に使用される軸受に対しては、従来から非常に高度な低騒音性(静粛性)が求められており、軸受回転時の騒音(異音)の発生、すなわち軸受の音響性能の劣化は、大きな問題とされてきた。
【0006】
又、近年ではエアコンの効率を考慮し、エアコンモータが低速回転で使用されることが多くなってきている。モータ低速回転時に、軸受の転動体と軌道面に形成される油膜の厚さは、高速回転時と比べて小さい為、電食が発生しなくても軸受の音響性能が劣化してしまう可能性がある。
【0007】
そこで、特許文献1には、軸受鋼素材を改良することで、異物が混入するような潤滑状態が厳しい環境下でも、早期はく離が生じ難く、良好な音響寿命を確保できる軸受鋼を採用した軸受が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007―154281号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1の軸受鋼を利用した軸受に、音響性能を保つ目的で好適に使用される潤滑剤に関しては、検討の余地があった。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決する為に、本発明の転がり軸受は、内外輪、転動体のうち少なくとも1つがC:0.3〜1.2質量%、Si:0.3〜2.2質量%、 Mn:0.3〜2.0質量%、を含有する鋼からなり、浸炭窒化処理もしくは窒化処理によってその転動面表面の窒素濃度が0.2〜2.0質量%、SiおよびMnを含有した窒化物の面積率が1%以上20%未満であり,前記内外輪軌道面の残留オーステナイト量をγrAB,前記転動体転動面の残留オーステナイト量をγrCとしたときに、γrAB−15≦γrC≦γrAB+15を満たすとともに、0≦γrAB,γrC≦50を満たす軸受鋼を用い、且つ、グリースの基油は、40〜70℃における動粘度が10〜30mm/sであることを特徴とする。
また、グリースの混和ちょう度を170以上300以下とするが望ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、特許文献1に開示された軸受鋼を利用することで、SUJ2鋼と比べて、(1)電食発生の場合、電食損傷の度合いはSUJ2鋼と同様であっても、その後に発生する金属接触による損傷が小さく、音響劣化が進行しにくい;(2)軸受の転動体と軌道面に形成される油膜は、モータ低速回転時に高速回転時と比べて薄くなるが、音響劣化が進行しにくいという効果を有する。
更に、本発明の軸受グリースは、本発明の軸受鋼材料に適した基油動粘度とグリースちょう度を備えているので、電食損傷による軸受の音響性能劣化を抑制でき、モータの低速回転にも適している。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本実施形態は、深溝玉軸受を一例とし、その内輪、外輪を作製する軸受鋼、及び使用するグリースについて、説明する。なお、玉に代えて、各種のころ(円錐ころ、円筒ころ及び球面ころなど)としてもよい。
【0013】
<素材をなす鋼について>
素材をなす鋼としては、Si含有率が0.3質量%以上2.2質量%以下で、Mn含有率が0.3質量%以上2.0質量%以下で、Si含有率とMn含有率との質量比Si/Mnが5以下の鋼を用いることが好ましい。また、転がり面にSi−Mn系窒化物を効率よく析出させ、転がり面をなす表層部に本発明の範囲内のNを固溶させるためには、Si含有率とMn含有率との合計を1質量%以上とすることが好ましい。
【0014】
ここで、Si含有率及びMn含有率は、Si−Mn系窒化物を効率よく析出させるために、それぞれ0.3質量%以上とする。一方、Si含有率が多すぎると、加工性や被削性が低下するだけでなく、浸炭窒化特性や窒化特性が低下して、転がり面をなす表層部のN含有率を本発明の範囲内に出来なくなる。また、Mn含有率が多すぎると、熱処理後に転がり面をなす表層部の残留オーステナイト量が多くなり、硬さ、耐摩耗性、及び耐圧痕性が劣化する。よって、Si含有率は2.2質量%以下とし、Mn含有率は2.0質量%以下とすることが好ましい。
【0015】
また、Si−Mn系窒化物は、浸炭窒化又は窒化時に侵入した窒素が、オーステナイト域でMnを取り込みながらSiと反応して析出することで得られる。このため、Si含有率に対してMn含有率が少ないと、窒素を十分に拡散させてもSi−Mn系窒化物の析出が促進され難くなる。よって、素材をなす鋼中のSiとMnとの含有率の比(Si/Mn)を、質量比で5以下とすることが好ましい。
【0016】
さらに、素材をなす鋼は、C含有率を0.3質量%以上1.2質量%以下とし、Cr含有率を0.5質量%以上2.0質量%以下とすることが好ましい。ここで、素材をなす鋼中に存在するCは、鋼に必要な強度と寿命を付与するために必要な元素である。素材をなす鋼のC含有率が少なすぎると、転動部材に必要な強度を付与できないだけでなく、窒化又は浸炭窒化を行う際に転がり面に必要な硬化層深さを得るための熱処理時間が長くなり、熱処理コストが増大する。よって、素材をなす鋼のC含有率は0.3質量%以上とすることが好ましく、0.5質量%以上とすることがより好ましい。
【0017】
一方、素材をなす鋼のC含有率が多過ぎると、製鋼時に巨大な炭化物が生成されて、その後の焼入れ特性や転がり疲れ寿命に悪影響を与えるだけでなく、ヘッダー加工性が低下してコストの上昇を招く。よって、C含有率は1.2質量%以下とすることが好ましい。また、素材をなす鋼中に存在するCrは、基地に固溶して、焼入れ性及び焼戻し軟化抵抗性を向上させる作用を有するとともに、高硬度の微細な炭化物や炭窒化物を形成して、転動部材の硬さや熱処理時の結晶粒粗大化を抑制するため、転がり疲れ寿命を向上させる作用を有する。これらの作用を得るために、素材をなす鋼のCr含有率は0.5質量%以上とすることが好ましく、1.3質10量%以上とすることがより好ましい。
【0018】
一方、素材をなす鋼のCr含有率が多過ぎると、製鋼時に巨大な炭化物が生成されて、その後の焼入れ特性や転がり疲れ寿命に悪影響を与えたり、ヘッダー加工性及び被削性が低下する場合がある。よって、素材をなす鋼のCr含有率は2.0質量%以下とすることが好ましく、1.6質量%以下とすることがより好ましい。なお、素材をなす鋼には、上述した元素に加えて、Crと同様の作用を有するMoやV等の炭化物形成促進元素20を、素材費の上昇や加工性の低下によるコスト上昇を招かない範囲で含有してもよい。また、素材をなす鋼の残部は、実質的にFeからなるが、不可避不純物として、S,P,Al,Ti,O等を含有してもよい。これらの元素は、圧痕縁を起点とする表面起点型の剥離に対して特に際立った抑制効果はないと言われているが、鋼の品質が著しく悪い場合には、これらが起点となって内部起点型の剥離が生じる。このため、コストの著しい上昇を招くような厳しい不純物規制は行わないが、不可避不純物の含有率は、JISG
4805に規定された高炭素クロム軸受鋼の清浄度規制を満たす品質レベルとする。
【0019】
<転がり面をなす表層部の残留オーステナイト量について>
転がり面をなす表層部の残留オーステナイト量は、圧痕縁への応力集中を抑制するためには多くすることが好ましいが、表層部に優れた耐摩耗性や耐圧痕性を付与して、転がり面に作用する接線力を小さくするためには少なくすることが好ましい。
そこで、本発明者らは鋭意検討を重ねた結果、第1部材及び第2部材の軌道面をなす表層部の残留オーステナイト量をγRAB とし、転動体の転動面をなす表層部の残留オーステナイト量をγRCとした時に、0≦γRAB 及び0≦γRC≦50を満たすとともに、γRAB −15≦γRC≦γRAB +15を満たすようにすることにより、転がり面をなす表層部における圧痕縁への応力集中を確実に抑制しつつ、転がり面に作用する接線力をより小さくできることを見出した。ここで、転がり面に必要な硬さを付与し、優れた耐圧痕性や耐摩耗性を得るとともに、高温下で使用された場合に優れた寸法安定性を付与するために、γRCは50体積%以下とする。
【0020】
<グリース基油の動粘度、及びグリースの混和ちょう度と封入量について>
通常、家電製品が使用される環境は約40℃であり、また、モータ自身の発熱が約30℃であることを考慮すると、軸受は約40℃〜70℃の使用環境に対応する必要があり、グリースの基油は40〜70℃における動粘度が10〜30mm/sが望ましい。
【0021】
グリースの混和ちょう度は、170以上〜300以下に設定すると、軸受回転で徐徐に転送面から押し出され、潤滑剤流動性が良く、回転トルク低減の効果もあるので、望ましい。グリースの混和ちょう度が170以下となると、グリースは硬すぎて、流動性が不足となるので、転がり疲れ寿命が短くなる恐れがある。また、グリースの混和ちょう度を300以上の場合、グリースが柔らかくて、グリース漏れが発生しやすくなるので、好ましくない。
【0022】
グリースは、転がり軸受の使用条件や使用態様などに応じて、各種のグリースを選択して使用してもよい。例えば、ポリオールエステルやジエステルを基油とし、Li石けんを増ちょう剤とするグリースや、鉱油を基油とし、ウレアを増ちょう剤とするグリースを採用することができる。
【0023】
本実施形態の深溝玉軸受は、上記のグリースを利用することで、電食損傷による軸受の音響性能劣化を抑制でき、モータの低速回転に適している。
【0024】
従って、エアコンファン等に使用されるモータは上述の深溝玉軸受を採用することで、10kHzを超える高周波電流の環境下で、軸受内部に電食が発生しても、音響性能の劣化が発生しにくい。また、モータ低速回転時に、軸受の転動体と軌道面との間に形成される油膜が薄くなっても、音響性能の劣化を抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本実施形態に係る転がり軸受の構成を示す図であって、(a)は、要部断面図、(b)は、全体概観図。
【符号の説明】
【0026】
2 内輪
4 外輪
6 転動体(玉)
8 保持器
G 潤滑剤(グリース)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内外輪、転動体のうち少なくとも1つがC:0.3〜1.2質量%、Si:0.3〜2.2質量%、 Mn:0.3〜2.0質量%、を含有する鋼からなり、浸炭窒化処理もしくは窒化処理によってその転動面表面の窒素濃度が0.2〜2.0質量%、SiおよびMnを含有した窒化物の面積率が1%以上20%未満であり,前記内外輪軌道面の残留オーステナイト量をγrAB,前記転動体転動面の残留オーステナイト量をγrCとしたときに、γrAB−15≦γrC≦γrAB+15を満たすとともに、0≦γrAB,γrC≦50を満たす軸受鋼を用い、且つ、グリースの基油は、40〜70℃における動粘度が10〜30mm/sであることを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
前記グリースの混和ちょう度は170以上300以下であることを特徴である請求項1に記載の転がり軸受。

【図1】
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【公開番号】特開2012−211663(P2012−211663A)
【公開日】平成24年11月1日(2012.11.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−78358(P2011−78358)
【出願日】平成23年3月31日(2011.3.31)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】