説明

転がり軸受

【課題】転動体におけるはく離が抑制され、苛酷な環境下においても長寿命な転がり軸受を提供すること。
【解決手段】第1軌道面を有する第1軌道部材と、第2軌道面を有する第2軌道部材と、軌道面の間に転動可能に配設される複数の転動体と、第1軌道面と転動体、および/または、第2軌道面と転動体、との転がり接触する箇所、および/または、滑り接触する箇所を潤滑するグリースとを有し、前記グリースは、基油と、増ちょう剤と、極圧添加剤とを含み、前記増ちょう剤は、アルキル基の炭素数が8〜16のアルキルフェニルアミンおよびシクロヘキシルアミンからなる混合アミンをジイソシアネート化合物と反応させて得られるジウレア化合物であり、前記アルキルフェニルアミンおよびシクロヘキシルアミンの合計量中のシクロヘキシルアミンの含有量が91〜99モル%であり、前記極圧添加剤は、鉄との反応温度が260℃以下であることを特徴とする転がり軸受。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定のグリースを有する転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
オルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータなどの自動車電装部品や、エンジン補機などに用いられる軸受は、高温・高速・高荷重・振動環境など苛酷な環境で使用される。このような過酷な環境で使用される軸受の固定輪において、理論的に推定される計算寿命の1/10以下という極めて短時間でのはく離が認められている。この原因は、過酷な使用条件において、軸受の転動体と内外輪の転走面との間ですべりを伴う過大な接線力が生じ、それによって早期にはく離することが分かっている。
【0003】
そこで、このような問題の解決を目的とするグリースが報告されている。例えば、特許文献1には、増ちょう剤として、アルキル部分の炭素数が8〜16のアルキルフェニルアミンおよびシクロヘキシルアミンの混合割合がモル比で1:9〜9:1である混合アミンをジイソシアネート化合物と反応させて得られるジウレア系化合物を使用したグリースが開示されている。また、特許文献2および3には特定の極圧添加剤を含有するグリースが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開昭61−155496号公報
【特許文献2】特許第3512183号公報
【特許文献3】特許第4102627号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、近年ではさらに軸受の使用条件が過酷となり、転がり接触部でのグリース膜が形成されづらく、接線力は増加する一方、軸受内をランダムに転動する転動体表面には、固定輪と異なり極圧添加剤被膜が形成されづらい。この結果、転動体での早期はく離が散発するようになっている。
【0006】
本発明は、基油と、特定の増ちょう剤と、特定の極圧添加剤とを含むグリースを有する転がり軸受とすることで、転動体の表面におけるグリース膜の厚さを厚くでき、さらにこの膜厚が長時間維持され、かつ、極圧添加剤被膜が十分に形成されることを見出したものであり、これにより転動体におけるはく離が抑制され、苛酷な環境下でも長寿命な転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の転がり軸受は、第1軌道面を有する第1軌道部材と、第2軌道面を有する第2軌道部材と、前記第1軌道面と前記第2軌道面との間に転動可能に配設される複数の転動体と、前記第1軌道面と前記転動体、および/または、前記第2軌道面と前記転動体、との転がり接触する箇所、および/または、滑り接触する箇所を潤滑するグリースとを有し、前記グリースは、基油と、増ちょう剤と、極圧添加剤とを含み、前記増ちょう剤は、アルキル基の炭素数が8〜16のアルキルフェニルアミンおよびシクロヘキシルアミンからなる混合アミンを、ジイソシアネート化合物と反応させて得られるジウレア化合物であり、前記アルキル基の炭素数が8〜16のアルキルフェニルアミンおよびシクロヘキシルアミンの合計量中のシクロヘキシルアミンの含有量が91〜99モル%であり、前記極圧添加剤は、鉄との反応温度が260℃以下であることを特徴とする転がり軸受である。
【0008】
前記増ちょう剤の含有量が、前記基油と増ちょう剤の合計量100質量部に対して9〜36質量部であることが好ましい。
【0009】
前記グリースの混和ちょう度が280以上であることが好ましい。
【0010】
前記グリースの混和ちょう度が300以上であることが好ましい。
【0011】
前記グリースの0.03m/sの転がり速度で回転する軸受鋼球を用いた膜厚測定試験における20分後の膜厚が150nm以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の転がり軸受によれば、転動体の表面におけるグリース膜の厚さを厚くでき、さらにこの膜厚が維持され、かつ、極圧添加剤被膜が十分に形成されることにより、転動体におけるはく離が抑制され、その結果、苛酷な環境下においても長寿命な転がり軸受を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の一実施形態の転がり軸受の部分断面図である。
【図2】実施例で用いた油膜厚さ測定装置系の概略図である。
【図3】油膜厚さ測定装置における光照射時のディスク、試料グリースおよび軸受鋼球の断面の概略図である。
【図4】ディスクへの試料グリース塗布状態を示す写真である。
【図5】鋼球用の台に軸受鋼球を載せた状態を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の転がり軸受は、第1軌道面を有する第1軌道部材と、第2軌道面を有する第2軌道部材と、前記第1軌道面と前記第2軌道面との間に転動可能に配設される複数の転動体と、前記第1軌道面と前記転動体、および/または、前記第2軌道面と前記転動体、との転がり接触する箇所、および/または、滑り接触する箇所を潤滑するグリースとを有し、前記グリースは、基油と、増ちょう剤と、極圧添加剤とを含み、前記増ちょう剤は、アルキル基の炭素数が8〜16のアルキルフェニルアミンおよびシクロヘキシルアミンからなる混合アミンを、ジイソシアネート化合物と反応させて得られるジウレア化合物であり、前記アルキル基の炭素数が8〜16のアルキルフェニルアミンおよびシクロヘキシルアミンの合計量中のシクロヘキシルアミンの含有量が91〜99モル%であり、前記極圧添加剤の鉄との反応温度が260℃以下であることを特徴とする。
【0015】
添付の図1を参照し、本発明の転がり軸受について説明する。図1には本発明の一実施形態である転がり軸受の部分断面図を示すが、本発明はこの形態に限定されるものではない。この転がり軸受は第1軌道部材1(内輪)と、第2軌道部材2(外輪)と、転動体3(玉)と、この転動体3を保持する保持器4と、シール部材5とを有し、第1軌道部材1と、第2軌道部材2と、2つのシール部材5と、で囲まれ、転動体3が配設される空間が形成されている。
【0016】
前記第1軌道部材は第1軌道面を、前記第2軌道部材は第2軌道面を有し、第1軌道部材と第2軌道部材は、第1軌道面と第2軌道面が対向するように配設されている。また、前記転動体3は、第1軌道面と第2軌道面との間に、周方向に所定間隔を隔てて転動可能に複数配列されている。
【0017】
前記シール部材5は、第1軌道部材1と第2軌道部材2との間の空間の軸方向の両端に配設されている。このシール部材5の径方向外側の端部は第2軌道部材2の内周面に形成された段部に固定されており、一方、径方向内側の端部は第1軌道部材1の外周面に形成された周溝に摺接されている。これら2つのシール部材は、転動体と、第1軌道部材1および第2軌道部材2と、が転がり接触する箇所、および/または、滑り接触する箇所を含む前記転動体3が配設される空間と、外部の空間と、を画定している。
【0018】
さらに、本発明の転がり軸受は、前記第1軌道面と前記転動体、および/または、前記第2軌道面と前記転動体、との転がり接触する箇所、および/または、滑り接触する箇所を潤滑するグリースを有する。このグリースは前記転動体と、第1軌道部材1および第2軌道部材2と、が転がり接触する箇所、および/または、滑り接触する箇所を含む前記転動体3が配設される空間に配設されている。このグリースは前記転動体3が配設される空間の一部を占めている。前記2つのシール部材5は、前記転動体の配設される空間から前記グリースが外部の空間に漏洩することを抑制し、また、外部の空間から前記転動体の配設される空間に異物が侵入することを抑制している。
【0019】
本発明におけるグリースは、基油と、特定の増ちょう剤と、特定の極圧添加剤とを含む。
【0020】
前記基油としては、グリースに使用される通常の基油であれば特に限定されず、例えば減圧蒸留、溶剤脱れき、溶剤抽出、水素化分解、溶剤脱ろう、硫酸洗浄、白土精製、水素化精製等の処理を、適宜組み合わせて原油から精製した鉱物油;例えばジブチルセバケート、ジ−2−エチルヘキシルセバケート、ジオクチルアジペート、ジイソデシルアジペート、ジトリデシルアジペート、ジトリデシルグルタレート、メチルアセチルシノレート等のジエステル系合成油;例えばトリオクチルトリメリテート、トリデシルトリメリテート、テトラオクチルピロメリテート等の芳香族エステル系合成油;例えばトリメチロールプロパンカプリレート、トリメチロールプロパンペラルゴネート、ペンタエリスリトール−2−エチルヘキサノエート、ペンタエリスリトールベラルゴネート等のポリオールエステル系合成油;例えば多価アルコールと二塩基酸および一塩基酸の混合脂肪酸とのオリゴエステルであるコンプレックスエステル油等のエステル系合成油;例えばポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリエチレングリコールモノエーテル、ポリプロピレングリコールモノエーテル等のポリグリコール系合成油;例えばモノアルキルトリフェニルエーテル、アルキルジフェニルエーテル、ジアルキルジフェニルエーテル、ペンタフェニルエーテル、テトラフェニルエーテル、モノアルキルテトラフェニルエーテル、ジアルキルテトラフェニルエーテル等のフェニルエーテル系合成油;例えばノルマルパラフィン、イソパラフィン、ポリブテン、ポリイソブチレン、1−デセンオリゴマー、1−デセンとエチレンとのコオリゴマー等のポリ−α−オレフィンまたはこれらの水素化物などの合成炭化水素油;例えば、ジメチルポリシロキサン、ジフェニルポリシロキサン、アルキル変性ポリシロキサン等のシリコーン系合成油;さらに、例えばパーフルオロポリエーテル等のフッ素系合成油などの1種または2種以上を用いることができる。特にグリース膜の形成が良好な点からアルキルジフェニルエーテル油がより好ましい。
【0021】
本発明で用いる増ちょう剤は、アルキル基の炭素数が8〜16のアルキルフェニルアミンおよびシクロヘキシルアミンを特定の割合で混合した混合アミンと、ジイソシアネート化合物との反応生成物であるジウレア化合物である。
【0022】
前記混合アミンを構成する特定のアルキルフェニルアミンにおけるアルキル基の炭素数は環境に対するやさしさ、入手性、分散性が好ましい点から8〜16である。さらに、入手性、分散性が好ましい点から10〜14がより好ましい。また、アルキル基は、直鎖状でも分枝状でもよく、フェニル基におけるアルキル基の置換位置はオルト位、メタ位およびパラ位のいずれでもよい。具体的には、例えばオクチルアニリン、デシルアニリン、ドデシルアニリン、ヘキサデシルアニリン、イソドデシルアニリンなどの1種または2種以上を挙げることができる。特に分散性が良好な点からパラドデシルアニリンがより好ましい。
【0023】
前記シクロヘキシルアミンの含有量は、特定のアルキルフェニルアミンおよびシクロヘキシルアミンの合計量(100モル%)中、グリースによる膜形成性という点から91モル%以上、99モル%以下である。より好ましい含有量は、グリース膜の形成がより良好な点から93モル%以上、さらには94モル%以上、また同じくグリース膜の形成がより良好な点から98モル%以下、さらには96モル%以下であることが好ましい。
【0024】
混合アミンと反応させる前記ジイソシアネート化合物としてはグリースの耐熱性が良好な点から芳香族ジイソシアネートが好ましく、例えばジフェニルメタン−4,4′−ジイソシアネート、2,4−トリレンジイソシアネート、2,6−トリレンジイソシアネート、2,4−トリレンジイソシアネートおよび2,6−トリレンジイソシアネートの混合物、3,3′−ジメチルジフェニル−4,4′−ジイソシアネートなどを挙げることができる。特に入手性が良好な点から、ジフェニルメタン−4,4′−ジイソシアネート、2,6−トリレンジイソシアネートが好ましく、さらに耐熱性が良好な点からジフェニルメタン−4,4′−ジイソシアネートがより好ましい。
【0025】
混合アミンとジイソシアネート化合物との反応は、種々の方法と条件下で行うことができるが、増ちょう剤の均一分散性が高いジウレア化合物が得られることから、基油中において行うことが好ましい。また、反応は、特定のアルキルフェニルアミンおよびシクロヘキシルアミンを溶解した基油中に、ジイソシアネート化合物を溶解した基油を添加して行ってもよく、また、ジイソシアネート化合物を溶解した基油中に、特定のアルキルフェニルアミンおよびシクロヘキシルアミンを溶解した基油を添加して行ってもよい。
【0026】
前記反応における温度および時間は、特に限定されず、通常のこの種の反応と同様でよい。反応温度は混合アミンおよびジイソシアネートの溶解性、揮発性の点から、60〜170℃が好ましい。反応時間は混合アミンとジイソシアネートの反応を完結させるという点と製造時間短縮による効率化の点から0.5〜2.0時間が好ましい。また、混合アミンのアミノ基とジイソシアネート化合物のイソシアネート基の反応は定量的に進み、それらの割合は、混合アミン2モルに対してジイソシアネート化合物1モルとすることが好ましい。
【0027】
前記反応により得られる反応生成物であるジウレア化合物は、ジイソシネート化合物の両イソシアネート基が混合アミン中のシクロヘキシルアミンと、もしくは特定のアルキルフェニルアミンと反応したジウレア化合物、およびジイソシアネート化合物のイソシアネート基の一方が混合アミン中のシクロヘキシルアミンと、イソシアネート基の他方が特定のアルキルフェニルアミンと反応したジウレア化合物の混合物である。ここで、両イソシアネート基がシクロヘキシルアミンと反応したジウレア化合物は、比較的大きな増ちょう剤繊維を形成し、せん断安定性、使用箇所への付着性に優れるという性質を有する。また、両イソシアネート基がアルキルフェニルアミンと反応したジウレア化合物は、比較的小さな増ちょう剤繊維を形成し、使用箇所への介入性に優れるという性質を有する。本発明におけるジウレア化合物の混合物は、前記反応に用いた混合アミンにおけるシクロヘキシルアミンの含有量が特定のアルキルフェニルアミンおよびシクロヘキシルアミンの合計量中に91〜99モル%であることから、ジウレア化合物の多くが、ジイソシネート化合物の両イソシアネート基がシクロヘキシルアミンと反応したジウレア化合物である。このジウレア化合物に加えて、両イソシアネート基がアルキルフェニルアミンと反応したジウレア化合物を少量存在させることにより、転動体の表面におけるグリース膜の厚さを厚くでき、さらに該膜厚が長期間維持されるものと推測される。
【0028】
前記増ちょう剤のグリースにおける含有量は、基油と増ちょう剤の合計量100質量部に対して9質量部以上、36質量部以下が好ましい。増ちょう剤の含有量が下限より少ない場合はグリースの混和ちょう度が高くなり過ぎる傾向があり、上限より多い場合はグリースの混和ちょう度が低くなり過ぎ、転がり軸受のトルクが増大する傾向、流動性低下によりグリースの焼付寿命が低下する傾向がある。特に好ましい含有量は適度な混和ちょう度が得られる点から10質量部以上、さらには15質量部以上、また同様に28質量部以下、さらには25質量部以下である。
【0029】
本発明における極圧添加剤は、接触部での接線力を低減する極圧添加剤被膜が形成されやすいことが望ましい。具体的には、鉄との反応温度が260℃以下の極圧剤である。
【0030】
なお、本発明における極圧添加剤の鉄との反応温度とは、示差走査熱量計を用いて極圧添加剤(10mg)のみを試料とした場合と、極圧添加剤と電解鉄粉とを試料とした場合との発熱ピークを比較し、極圧添加剤と電解鉄粉とを試料とした場合にのみ検出された発熱ピークの示す温度をいう。具体的には、例えば示差走査熱量計としてBruker Axs社製のDSC3100SRを用い、標準試料は酸化アルミニウム(Al23)とし、試験試料を極圧添加剤(10mg)のみ、または、極圧添加剤(10mg)と電解鉄粉(50mg)、昇温速度を10℃/10min、温度範囲を40〜300℃および40〜350℃として測定を行い、極圧添加剤と電解鉄粉とを試料とした場合にのみ検出された発熱ピークの示す温度を、試験試料(極圧添加剤)の鉄との反応温度とすることができる。発熱ピークの示す温度が低い温度であるほど、極圧添加剤の鉄との反応温度が低い、つまり鉄との反応性に優れることを示し、一方、発熱ピークの示す温度が高い温度であるほど、極圧添加剤の鉄との反応温度が高い、つまり鉄との反応性に劣ることを示す。
【0031】
鉄との反応温度が260℃以下の極圧添加剤としては、アンチモンジチオカーバメート(SbDTC、鉄との反応温度:250℃)、無灰型ジチオカーバメート(無灰型DTC、鉄との反応温度:240℃)、ビスマスジチオカーバメート(BiDTC、鉄との反応温度:253℃)などが挙げられる。
【0032】
前記極圧添加剤のグリースにおける含有量は、基油と増ちょう剤の合計量100質量部に対して0.1質量部以上、5質量部以下が好ましい。極圧添加剤の含有量が0.1質量部より少ない場合は接触部での極圧添加剤被膜の形成性が低下し、転動体におけるはく離を抑制することができない傾向がある。また、5重量部より多い場合はシール部材のゴム部位の硬化を促進させる傾向がある。
【0033】
また、本発明におけるグリースには、本発明の効果を損なわない範囲で酸化防止剤、鉄との反応温度が260℃を超える極圧添加剤、耐摩耗剤、染料、色相安定剤、増粘剤、構造安定剤、金属不活性剤、粘度指数向上剤、防錆添加剤などの各種添加剤を適量添加してもよい。これらの各種添加剤を含有する場合、グリース組成物における含有量は基油と増ちょう剤の合計量100質量部に対して10質量部以下とすることができる。
【0034】
本発明におけるグリースの混和ちょう度は、グリースが転がり軸受内でチャンネリングすることを防ぎ、転がり接触する箇所、および/または、滑り接触する箇所へのグリース供給性を向上させる、すなわちチャーニングタイプのグリースとすることで、グリース膜の厚さが十分となり、転動体におけるはく離をより抑制することができる点から280以上が好ましく、グリース膜の厚さがより厚くなり、はく離の抑制効果がさらに優れる点から300以上がより好ましい。また、転がり接触する箇所、および/または、滑り接触する箇所から流出すること、特にグリースが、シール部材と第1軌道部材および/または第2軌道部材との隙間を通って外部の空間へ流出することである転がり軸受からのグリース漏えいを防止する点から400以下が好ましい。なお、本発明における混和ちょう度とは、JIS K2220−7に準拠し、25℃の環境下で、ちょう度計に取り付けた円錐をグリースに落下させ、5秒間かけて進入した深さ(mm)を10倍した値をいう。
【0035】
さらに本発明におけるグリースは、0.03m/sの転がり速度で回転する軸受鋼球を用いた膜厚測定試験における20分後の膜厚が、転動体の表面におけるグリース膜の形成性が十分であり、転動体におけるはく離をより抑制できる点から150nm以上であることが好ましく、グリース膜の形成性がより優れ、はく離の抑制効果がさらに優れる点から250nm以上であることがより好ましい。具体的な膜厚測定試験としては、後述の膜厚測定試験とすることができる。
【0036】
本発明にかかる転がり軸受は、前記グリースを有するために、過酷な環境下においても長寿命な転がり軸受であるから、高温・高速・高荷重・振動環境などの非常に過酷な環境で用いられる、オルタネータ、カーエアコン用電磁クラッチ、中間プーリ、電動ファンモータなどの自動車電装部品や、エンジン補機において用いられる転がり軸受とすることが好ましい。
【0037】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は、何らこれら実施例に限定されるものではない。
【0038】
評価方法を以下に示す。
【0039】
<混和ちょう度の測定>
JIS K2220−7に準拠し、25℃の環境下で、ちょう度計に取り付けた円錐をグリースに落下させ、5秒間かけて進入した深さ(mm)を測定し、測定された値を10倍したものを混和ちょう度とする。
【0040】
<膜厚測定試験>
光干渉法を応用したPCS Instruments社製油膜厚さ測定装置を用いてグリース試料の油膜形成性を評価する。図2は用いた油膜厚さ測定装置系の概略図である。光源10からの光は顕微鏡20を経て、駆動モーター30の動力により回転するスピンドル40に固定されたディスク50の軸受鋼球60とは接触しない面に照射され(図2参照)、それによる反射光を、マイクロメーター71およびカメラ72を備えた分光器70で測定する。測定結果はカメラ72を通して、モニター80およびコンピュータ90により表示、解析および保存される。
【0041】
図3は光照射時のディスク、試料グリースおよび軸受鋼球の断面の概略図である。図3に示すようにディスク50はグラスディスク51にクロム膜52およびシリカ膜53が片面に蒸着されており、この面を軸受鋼球60との接触面とする。照射光は該軸受鋼球との接触面とは逆の面に照射され(A)、照射された光の一部は前記クロム膜により反射され(B1)、一部は前記クロム膜、前記シリカ膜および試料グリース100を透過し軸受鋼球により反射される(B2)。そして、それぞれの反射光を分光器70において測定する。
【0042】
具体的な試験方法を以下に示す。直径約10cmの硬質ガラスの片面にクロム膜およびその上にシリカ膜が蒸着したディスク表面に試料グリース101を塗布する。該グリースは、テンプレートを用いて3/4インチ軸受鋼球の軌道面となるエリア付近に膜厚1mmとなるように塗布する。このとき、図4に示すように試験開始時に油膜厚さゼロ時、つまりシリカ膜のみの厚さを測定するために、試料グリースを塗布しない部分を残しておく。十分小さな力で回転可能な3個の小径玉軸受を組み合わせた鋼球用の台を作製し、図5に示すように、これら3個の外輪の外側に3/4インチの軸受鋼球を載せる。試料グリースを塗布したディスクをスピンドルに固定し、ディスクのグリース無塗布部分に3/4インチ軸受鋼球が接触するようにセットし、鋼球用の台の下からディスクの方向に20Nの荷重を付加する。まず、この状態で光干渉法を用いてクロム膜と3/4インチ軸受鋼球の間のシリカ膜のみの膜厚を測定する。その後、ディスクと3/4インチ軸受鋼球の接触軌道部が0.03m/sの転がり速度となるようにスピンドルを回転させる。回転開始から1分間隔で20分後までクロム膜と3/4インチ軸受鋼球の間の膜厚、つまりシリカ層の膜厚と試料グリースによって形成される膜厚の合計を測定する。膜厚測定は、常にシリカのみの膜厚を測定したディスクの位置で行う。そして測定されたシリカの膜厚と試料グリースによって形成される膜厚の合計から、シリカの膜厚を除いた数値をグリース膜厚とする。なお、試料グリースは試験前にディスクに塗布するのみで、ディスク回転開始以降の追加給脂は行わない。また試験は25℃の雰囲気で行う。
【0043】
<はく離寿命試験>
運転条件
供試軸受:単列深溝玉軸受(内径15mm、外径35mm、幅11mm)
回転数:9000rpmを5秒、18000rpmを5秒のサイクル運転
ラジアル荷重:1kN
温度:室温(運転により昇温)
【0044】
試料グリースが封入された試験用転がり軸受を用いて上記の運転条件で試験を行い、試験用転がり軸受にはく離が発生し、そのため軸受の振動値が正常より大きく増加するまでの回転時間を測定し、はく離発生時間とする。評価結果は比較例1のはく離発生時間を100として指数表示した(はく離寿命指数)。はく離寿命指数が大きいほどはく離寿命が長いことを示す。
【実施例】
【0045】
本実施例では、以下の原料を使用した。
ジイソシアネート化合物
MDI:ジフェニルメタン−4,4′−ジイソシアネート
アミン
CHA:シクロヘキシルアミン
PDA:パラドデシルアニリン
基油
ADE:アルキルジフェニルエーテル油
極圧添加剤
SbDTC(アンチモンジチオカーバメート):アール・ティー・ヴァンダービルト社(R.T.Vanderbilt Company, Inc.)製のVANLUBE 73(商品名)(鉄との反応温度:250℃)
無灰型DTC(無灰型ジチオカーバメート):キング・インダストリーズ・インターナショナル社(King Industries International Inc.)製のNA−LUBE ADTC(商品名)(鉄との反応温度:240℃)
BiDTC(ビスマスジブチルジチオカーバメート):合成により調製したものを使用(鉄との反応温度:253℃)
ZnDTC(ジンクジチオカーバメート):アール・ティー・ヴァンダービルト社(R.T.Vanderbilt Company, Inc.)製のVANLUBE AZ(商品名)(鉄との反応温度:307℃)
【0046】
実施例1〜6および比較例1〜4
増ちょう剤原料アミンと同質量部のADE(基油)に表1および表2に示す増ちょう剤原料の含有量となるようにCHAおよび/またはPDAを混合し、100℃に加熱して溶解させ溶液Aを調製した。また、これとは別に、増ちょう剤原料MDIと同質量部のADEに表1および表2に示す含有量となるようにMDIを混合し、140℃に加熱して溶解させ溶液Bを調製した。次に表1および表2に示す増ちょう剤含有量となるように用意した残りのADEを100℃に加熱後、前記溶液Aを混合した。この溶液Aを含むADEを撹拌しつつ、これに前記溶液Bを徐々に添加した。添加後150℃で60分間保持し、その後、室温まで冷却し、表1および表2に示す極圧添加剤を基油と増ちょう剤との合計量100重量部に対して2質量部添加し、さらに3本ロールミルにより均質化処理することで試料グリースを得た。なお、グリース組成物には基油と増ちょう剤との合計量100重量部に対して2質量部のアミン系酸化防止剤を添加した。得られた試料グリースについて混和ちょう度の測定および膜厚測定試験を行った。また、得られた試料グリースを上記供試軸受に0.7g封入することで試験用転がり軸受とし、はく離寿命試験を行った。評価結果を表1および2に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
【表2】

【0049】
上記表1の結果より、CHAおよびPDAの合計量中のCHAの含有量が70モル%である比較例1、および30モル%である比較例2では、グリース膜が十分に形成されず、はく離の抑制が十分でないことがわかる。これに対して、CHAの含有量が95モル%である実施例1〜3、および91モル%である実施例4では、グリース膜が十分に形成され、転がり軸受におけるはく離が抑制されていることがわかる。
【0050】
上記表2の結果より、極圧添加剤として鉄との反応温度が307℃であるZnDTCを添加した比較例3、および極圧添加剤を添加しなかった比較例4では、極圧添加剤被膜の形成が不十分となり、はく離の抑制が十分でないことがわかる。これに対し、極圧添加剤として鉄との反応温度が、250℃であるSbDTCを添加した実施例2、240℃である無灰型DTCを添加した実施例5、および253℃であるBiDTCを添加した実施例6では、グリース膜および極圧添加剤被膜が十分に形成され、転がり軸受におけるはく離が抑制されていることがわかる。
【符号の説明】
【0051】
1 第1軌道部材
1S 第1軌道面
2 第2軌道部材
2S 第2軌道面
3 転動体
4 保持器
5 シール部材
10 光源
20 顕微鏡
30 駆動モーター
40 スピンドル
50 ディスク
51 グラスディスク
52 クロム膜
53 シリカ膜
60 軸受鋼球
61 鋼球用の台
70 分光器
71 マイクロメーター
72 カメラ
80 モニター
90 コンピュータ
100 グリース試料
101 グリース試料
A 照射光
B1 反射光
B2 反射光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1軌道面を有する第1軌道部材と、
第2軌道面を有する第2軌道部材と、
前記第1軌道面と前記第2軌道面との間に転動可能に配設される複数の転動体と、
前記第1軌道面と前記転動体、および/または、前記第2軌道面と前記転動体、との転がり接触する箇所、および/または、滑り接触する箇所を潤滑するグリースとを有し、
前記グリースは、
基油と、増ちょう剤と、極圧添加剤とを含み、
前記増ちょう剤は、アルキル基の炭素数が8〜16のアルキルフェニルアミンおよびシクロヘキシルアミンからなる混合アミンを、ジイソシアネート化合物と反応させて得られるジウレア化合物であり、
前記アルキル基の炭素数が8〜16のアルキルフェニルアミンおよびシクロヘキシルアミンの合計量中のシクロヘキシルアミンの含有量が91〜99モル%であり、
前記極圧添加剤の鉄との反応温度が260℃以下である
ことを特徴とする転がり軸受。
【請求項2】
請求項1記載の転がり軸受において、
前記増ちょう剤の含有量が、前記基油と増ちょう剤の合計量100質量部に対して9〜36質量部である
ことを特徴とする転がり軸受。
【請求項3】
請求項1または2記載の転がり軸受において、
前記グリースの混和ちょう度が280以上である
ことを特徴とする転がり軸受。
【請求項4】
請求項1または2記載の転がり軸受において、
前記グリースの混和ちょう度が300以上である
ことを特徴とする転がり軸受。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の転がり軸受において、
前記グリースの0.03m/sの転がり速度で回転する軸受鋼球を用いた膜厚測定試験における20分後の膜厚が150nm以上である
ことを特徴とする転がり軸受。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−233158(P2012−233158A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−69392(P2012−69392)
【出願日】平成24年3月26日(2012.3.26)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【出願人】(000228486)日本グリース株式会社 (8)
【Fターム(参考)】