説明

転がり軸受

【課題】窒化珪素製の転動体を用いた電食防止効果に優れる転がり軸受において、更なる長寿命化を図る。
【解決手段】内輪と、外輪と、転動体と、保持器とを備える転がり軸受において、前記転動体が、焼結助剤で緻密化された窒化珪素からなり、表面の焼結助剤の偏析物の最大径が20μm以下であり、かつ、残留焼結影響層の厚さが、該転動体の半径に対して1.0%以下であることを特徴とする転がり軸受。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は転がり軸受に関し、より詳細には、エアコンのファンモータやサーボモータ等のように電食が発生しやすい機器に好適な転がり軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
エアコンのファンモータやサーボモータ等の高周波電流が流れる用途では、回転軸を支持する転がり軸受に電食が発生するおそれがあるため、セラミックス製の転動体を用いる場合がある。セラミックスとして窒化珪素が広く使用されており、特許文献1では表面の白い樹枝状に観察される模様を構成するマイクロポア径を規定することで、長寿命化を図っている。また、特許文献2では、窒化珪素よりも軌道部材からの衝撃を抑える効果に優れるβサイアロンを主成分とする転動体を用いることで長寿命化を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平6−329472号公報
【特許文献2】特許2010−1995号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、長寿命化の更なる向上は必至であり、本発明は窒化珪素製の転動体を用いた電食防止効果に優れる転がり軸受において、更なる長寿命化を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、窒化珪素からなる転動体の剥離について検討した結果、焼結助剤の偏析が起点となって剥離が生じ、そのため焼結助剤の偏析物の大きさを規定することにより剥離を抑えて長寿命になることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0006】
即ち、本発明は、内輪と、外輪と、転動体と、保持器とを備える転がり軸受において、前記転動体が、焼結助剤で緻密化された窒化珪素からなり、表面の焼結助剤の偏析物の最大径が20μm以下であり、かつ、残留焼結影響層の厚さが、該転動体の半径に対して1.0%以下であることを特徴とする転がり軸受。
【発明の効果】
【0007】
本発明の転がり軸受は、電食防止効果に優れるとともに、転動体の剥離が抑えられてより長寿命となる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【図1】本発明に係る転がり軸受の一例である玉軸受を示す断面図である。
【図2】寿命試験における、玉の表面のSEM写真を示す図である。
【図3】焼結助剤の偏析物の最大径の求め方を説明するための図である。
【図4】焼結助剤の偏析物の最大径と寿命比との関係を示すグラフである。
【図5】焼結直後の玉の断面のSEM写真を示す図である。
【図6】転動体における焼結助剤の濃度分布を示す図である。
【図7】研磨の仕方と完成球との関係を示す模式図である。
【図8】残留焼結影響層/完成球半径と、寿命比との関係を示すグラフである。
【図9】実施例で得られた、残存焼結影響層/完成球半径と寿命比との関係を示すグラフである。
【図10】実施例で得られた、焼結助剤の偏析物の最大径と寿命比との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明に関して図面を参照して詳細に説明する。
【0010】
図1は、エアコンのファンモータに使用される転がり軸受の一例である玉軸受を示す断面図である。図示されるように、玉軸受1は、内輪10と外輪11との間に、保持器12により複数の玉13を回動自在に保持してなり、軸受空間Sに充填されたグリース組成物(図示せず)をシール14で封止して構成されている。内輪10及び外輪12は、一般的に採用される鉄鋼材料(例えばステンレス鋼や軸受鋼)で形成されている。本発明では、電食防止を目的として、玉13を窒化珪素製とする。
【0011】
尚、窒化珪素製の玉13は、窒化珪素の粒子と、窒化珪素粒子同士の密着性を高めて緻密化するためにアルミナやイットリア、マグネシア等の金属酸化物からなる焼結助剤の粒子を1〜5モル%程度混合して焼結し、研磨して得られる。本発明では、焼結助剤の種類や含有量には制限はない。
【0012】
玉13は、その表面に異物や傷等の欠陥があると、剥離を起こして短寿命となるため厳密な検査によって除外されている。しかし、異物や傷等の欠陥以外にも焼結助剤の偏析が起点となって剥離が起こり、焼結助剤の偏析物が大きくなるほど剥離しやすくなり、短寿命になることを見出した。
【0013】
そこで、焼結助剤の偏析物の大きさと、寿命との関係を調べるために下記の(寿命試験)を行った。
(寿命試験)
窒化珪素粒子、アルミナ粒子及びイットリア粒子を混合し、成形、焼結、研磨して3/16インチの玉を作製した。この玉を12個、日本精工株式会社製軸受「呼び番号51305」(内輪・外輪:SUJ2)に組み込み、試験軸受とした。そして、試験軸受を油浴潤滑(潤滑剤:R068)にて、荷重:1176N、回転数:1000min−1で回転させ、寿命を測定し、寿命比(実寿命/計算寿命)を求めた。また、試験後に試験軸受を分解して、玉の剥離部分をSEM(2000倍)で観察し、焼結助剤の偏析物(分析によりAl、Y、O含有物と確認)の大きさを測定した。図2は玉の表面のSEM写真を示す図であるが、白く見える領域が剥離部分である。尚、焼結助剤の偏析物は、図3に示すように円または楕円で近似し、その最長部分aの長さを測定した。結果を表1及び図4に示すが、焼結助剤の偏析物の最大径が20μm以下であれば、寿命比が2前後となり、長寿命化が図られることがわかる。
【0014】
【表1】

【0015】
また、焼結助剤は焼結時に内部から表面に移動して濃化し、焼結直後の素球には黒く変色した表層部が形成される。図5は素球の断面のSEM写真を示す図であるが、表面から約100μmの深さまでの領域が黒く変色している。尚、以降の説明では、この黒く変色した領域を「黒層」と呼ぶ。この黒層は欠陥を多く含んでおり、剥離の原因となる。そのため、素球を研磨して黒層を完全に除去すれば長寿命になると考えられたが、黒層を除去した玉を用いて上記の(寿命試験)を行ったところ、実寿命が計算寿命に近くなり、寿命を向上させる効果が見られないことが頻発した。
【0016】
そこで、素球の断面を詳細に調べたところ、図6に示すような濃度分布となっていることが判明した。尚、ここでは、焼結助剤の痕跡として、Al成分、Y成分及びO成分の各濃度について示す。図示されるように、表面からある深さ(A地点)までは焼結助剤が高濃度で存在して、黒層に相当する領域を形成している。また、A地点を過ぎると焼結助剤の濃度が急激に減少し、内部に向かうほど低濃度となり、ある深さ(B地点)で各成分とも濃度が一定になる。尚、以降の説明では、A地点からB地点までの領域を「有害層」、B地点よりも深い領域を「無害層」と呼ぶ。それに伴い、黒層と有害層とを合わせて「焼結影響層」と呼ぶ。
【0017】
そのため、黒層を除去しただけでは有害層が残っており、この有害層中に比較的高濃度で含まれる焼結助剤が剥離を起こすことが考えられる。即ち、図7に示すように、(a)に示す素球を研磨して黒層を完全に除去しても、(b)に示すように有害層が残存しており、(c)に示すように有害層まで除去する必要がある。
【0018】
そこで、表2に示すように、窒化珪素粒子、アルミナ粒子及びイットリア粒子を混合し、成形、焼結して素球を作製し、研磨時に片面トリ代(図7参照)を調整して玉(完成球)を作製し、上記の(寿命試験)を行って寿命比を求めた。そして、残存した焼結影響層の厚さと、完成球の半径との関係を調べた。尚、残存焼結影響層の厚さは、完成球の断面について化学分析を行い、表面からの深さとAl成分、Y成分及びO成分の濃度との関係を求め、これらの成分濃度が一定になる位置までの深さとした。また、素球の断面をSEM(2000倍)で観察し、黒層の厚さを求めた。結果を表2及び図8に示す。
【0019】
【表2】

【0020】
(残存焼結影響層/完成球の半径)比を1%以下とすることにより、寿命比が2倍になり、寿命の向上効果が大きいことがわかる。
【0021】
玉13は、窒化珪素粒子と、アルミナ粒子やイットリア粒子のような焼結助剤とを混合し、成形、焼結、研磨して得られるが、窒化珪素粒子及び焼結助剤は不純物が少ないことが好ましい。特に窒化珪素は直接窒化法のような純度が低いものは、イミド分解法のように高純度のものに比べて焼結性が劣り、焼結助剤を多く必要になり、焼結影響層が厚く形成される。
【0022】
また、窒化珪素粒子及び焼結助剤は、共に微細粉であることが好ましく、平均粒径1μm以下の微粉であることが好ましい。微細粉、特に平均粒径1μm以下の微粉を用いることにより、焼結後の窒化珪素の結晶粒が微細になり、剥離した場合でも剥離面積が小さく、凹凸も小さくなる。
【0023】
上記のように焼結影響層を除去するには、研磨量を多くすることで実施することができるが、研磨前の素球をその分大きく作製しなければならず、材料費や研磨加工費の上昇をもたらす。また、焼結影響層は、脱油時に素球の内部から発生したガスが表面の硬い緻密層を突き破った際に生成したクラックに沿ってより内部にまで入り込んで形成される場合もあるため、研磨しただけでは除去できないこともある。そのため、クラックの発生を抑えるように、焼結条件(脱脂工程)の最適化を行うことも有効である。
【0024】
尚、成形はCIP成形(冷間水圧成形)が好ましく、焼結後はHIP処理(熱間等方加圧)を行うことが好ましい。
【0025】
本発明の転がり軸受に封入されるグリースには制限はないが、例えば玉13との親和性を考慮すると、極性を有するエステル系の潤滑油を基油に用いることが好ましい。また、低トルク化を図る必要がある場合は低粘度の基油を用いる。
【実施例】
【0026】
以下に実施例及び比較例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
【0027】
(実施例1〜3、比較例1〜9)
窒化珪素粒子と焼結助剤(アルミナ粒子及びイットリア粒子)とを混合し、CIP成形して焼結し、HIP処理して素球を作製し、更にラップ研磨して表3に示す径の玉(完成球)を作製した。そして、作製した玉を用いて上記の(寿命試験)を行い、寿命比を求めた。また、試験後に試験軸受を分解して玉の表面を観察し、剥離の起点となる焼結助剤の偏析物の際大径を求めた。
【0028】
また、同一ロッドから作製した玉について、断面を化学分析して残留焼結影響層の厚さを求めた。
【0029】
結果を表3及び図9、図10に示すが、実施例1〜3のように、焼結助剤の偏析物の最大径が20μm以下で、(残留焼結影響層/完成球半径)比が1%以下であれば、寿命比が2倍以上になり、優れた寿命の向上効果が得られることがわかる。
【0030】
これに対し、比較例1〜6のように(残留焼結影響層/完成球半径)比が1%を超える場合や、比較例7〜9のように焼結助剤の偏析物の最大径が20μmを越えると、寿命の向上効果が少なく、場合によっては計算寿命よりも短くなる。
【0031】
【表3】

【符号の説明】
【0032】
1 玉軸受
10 内輪
11 外輪
12 保持器
13 玉
14 シール

【特許請求の範囲】
【請求項1】
内輪と、外輪と、転動体と、保持器とを備える転がり軸受において、
前記転動体が、焼結助剤で緻密化された窒化珪素からなり、表面の焼結助剤の偏析物の最大径が20μm以下であり、かつ、残留焼結影響層の厚さが、該転動体の半径に対して1.0%以下であることを特徴とする転がり軸受。

【図1】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図2】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2012−246976(P2012−246976A)
【公開日】平成24年12月13日(2012.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−118066(P2011−118066)
【出願日】平成23年5月26日(2011.5.26)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】