転動部材及びその製造方法
【課題】粒界に沿った粗大なセメンタイトの析出を抑制した転動部材及びその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る転動部材は、少なくとも、0.1〜0.35重量%のCと0.5〜2.0重量%のSiを含有し、0.05〜1.0重量%のV、0.3〜2.0重量%のCrおよび0.05〜0.8重量%のMoからなる群から選択された1種以上を含有する鋼材からなる転動部材であって、前記鋼材に形成され、表面炭素濃度が0.8〜1.8重量%に調整された浸炭層と、前記鋼材の表面側に分散された2〜20体積%の粒状化セメンタイトと、前記鋼材の表面から20μm以上の深さまで形成され、表面窒素濃度が0.1〜1.0重量%に調整された浸窒層と、前記浸炭層より深く形成された焼入れ硬化層と、を具備することを特徴とする。
【解決手段】本発明に係る転動部材は、少なくとも、0.1〜0.35重量%のCと0.5〜2.0重量%のSiを含有し、0.05〜1.0重量%のV、0.3〜2.0重量%のCrおよび0.05〜0.8重量%のMoからなる群から選択された1種以上を含有する鋼材からなる転動部材であって、前記鋼材に形成され、表面炭素濃度が0.8〜1.8重量%に調整された浸炭層と、前記鋼材の表面側に分散された2〜20体積%の粒状化セメンタイトと、前記鋼材の表面から20μm以上の深さまで形成され、表面窒素濃度が0.1〜1.0重量%に調整された浸窒層と、前記浸炭層より深く形成された焼入れ硬化層と、を具備することを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転動部材及びその製造方法に係わり、特に、歯車、ベアリングの転動部材、そのレース、カム構成部品等の接触疲労強度・耐摩耗性を必要とする駆動力伝達部品に適用する高耐面圧用鋼部品及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の歯車減速装置や変速装置には、高出力化や軽量コンパクト化に対応した高い動力伝達力ニーズがますます高まっており、特に歯車やベアリング等に対しては、よりコンパクトで面圧強度が高い特性が望まれている。また、自動車や建設機械に使われる動力伝達装置においても、歯車、ベアリングなどでは高い接触疲労強度が要求されている。これらの面圧強度を高める手段として、歯車では浸炭処理や窒化処理等によって表面硬化することが通常的に実施されている。また、面圧強度を高める指針を通して表面の硬化をより高く、かつ焼き戻し軟化抵抗性を高めるようなMo等の積極的な鋼への添加等の材料的な手段がとられている。特に、近年においては、浸炭や浸炭浸窒処理後に焼き入れし、ショットピーニングを施し、積極的に表面硬度を高めるとともに、顕著な圧縮残留応力を付与する方法についても多く検討されている。
【0003】
また、浸炭方法によって鋼表面に高密度のセメンタイト粒子を析出させることによって、表面硬度を高めて面圧強度を高める方法も報告されている。
【0004】
さらに、介在物起点の接触疲労破壊を防止する観点からの鋼中における介在物量の低減を目指した高清浄度鋼の開発に関しても報告されている。
【0005】
転動部材において滑りを伴った転動もしくは転動の摩擦や接触応力(ヘルツ応力)による微小な剪断変形から生ずる発熱に起因する硬さの低減を抑制し、かつ、表面硬度をより高くするために、焼戻し軟化抵抗元素である例えばMoをより多く添加する鋼を浸炭することによって、転動部材の面圧強度(ピッチング、スポーリング強度)を高める手段が広く検討されている。しかし、接触応力が高くなるに従って、接触面積における油膜厚さがより薄くなり、結果としては潤滑性の劣化による摩擦力の増大が起こり、さらなる発熱とより大きな接触応力に基づく破壊剪断応力が発生する原因となり、大きな十分な面圧強度の向上が期待できない等の問題がある。また、Moは面圧強度が問題となる300℃近傍での焼戻し軟化抵抗性を効率的に改善するために、多量の添加は鋼材コストの顕著な増大を招くなどの問題点を有している。
【0006】
また、上記の浸炭品表面に対して強烈なショットピーニングを実施し、最表面部から約200μm程度に存在する残留オーステナイトをマルテンサイト変態させることによってより高い表面硬度と大きな圧縮残留応力を発生させる。これによって、面圧強度の向上を図っている報告がある。しかし、現実的には浸炭時に発生する粒界酸化物がショットによる微視的欠陥を誘発し、転動初期における摩耗粉の発生および面あれによる摩擦係数の増大によるマイナス効果によってピッチング強度が劣化し、さらに、転動面の内部から割れが発生するスポーリング損傷に対しては、前記ショットピーニングによって付加される圧縮残留応力がほとんど寄与しない。これらのことから、前記転動面表面でのマイナス効果によって、かえってスポーリング強度が劣化しやすい問題がある。
【0007】
また、浸炭法によって表面層にセメンタイトを高密度に分散析出させる高炭素浸炭もしくは高濃度浸炭法を歯車に適用する方法においては、基本的にはセメンタイトの析出効果によって転動面の硬度を高め、粒子分散効果による焼戻し軟化抵抗性を改善している例がある。しかし、例えば高炭素浸炭による方法で高密度にセメンタイト粒子を析出させる場合には、析出させるセメンタイト粒子の大きさが10μm以上と大きくなりやすく、かつセメンタイト粒同士の凝集が起こりやすく、また粒界に沿った巨大な析出が起こるため、この技術を歯車に適用した場合には脆弱なセメンタイト凝集体が破壊され、表面損傷の起点として顕著な歯元強度の低下をきたすなどの問題点がある。
【0008】
また、このようなセメンタイトの微細化および凝集性の防止を図る手段として高炭素浸炭方法の改善や鋼中の合金元素の調整を実施している。例えば、特開平4−160135(特許文献1)においては、Cr成分濃度を2〜8重量%に高め、さらに0.5〜4重量%Ni、0.01〜0.5重量%Nb、0.1〜2重量%V、0.05〜1重量%Moの内の1種以上を添加し、浸炭後の表面炭素濃度が2.0重量%以上にすることによって5μm以下のV系とCr系の炭化物および炭窒化物を表面から150μm深さの内部に析出させる方法が開示されている。しかし、上記炭化物および炭窒化物の析出する深さが浅いために、耐スポーリング性の改善を含めた面圧強度の改善が十分発揮されないこと、また、極めて硬質なCr系炭化物が高密度に分散析出する場合においては、相手歯車材を顕著に摩耗させること、また、Cr系炭化物は板状に析出しやすく、かつ、粒界に析出しやすいことから、十分な歯元曲げ疲労強度が得られない問題、さらに、CrとNiの多量添加は、材料を高価にする問題がある。
【0009】
さらに、特開平8−120438(特許文献2)では、高価な合金設計を改善しながら、かつ焼き入れ時の不完全焼き入れ層の発生を抑制するための材料と方法に関する技術が開示されており、Mn:0.2〜2.0重量%、Cr:0.2〜5重量%、V:0.1〜1.0重量%を各含有する鋼を用いて、表面から150μm内部まで炭素量が0.6重量%以上、窒素量が0〜1.0重量%となるように浸窒処理を施している。しかし、これは前記特許文献1とほぼ同じ問題点を有することが明らかである。
【0010】
さらに、類似の方法については、特開平8−3720(特許文献3)にも開示されており、多量のセメンタイトを析出させるとともに、焼き入れ性の確保の観点から、セメンタイトから排出されやすく、焼き入れ性を高めるNiとセメンタイト中に濃縮する程度が低く、かつ効果的に焼き入れ性を高めるMoを高濃度に添加する方法が開示されている。
【0011】
さらに、本発明者は特開平10−176219(特許文献4)において、接触する表面組織に、少なくとも平均粒径が0.3μm以下の微細な窒化物および/または炭窒化物を分散させ、これら窒化物および/または炭窒化物によって細かく分断されたマルテンサイト葉にてなる複合組織を有し、さらに、3μm以下のセメンタイト粒を分散させ、表面部硬さを補強する歯車部材を開示している。しかし、上記のように強力なショットピーニング処理を歯面に施した場合においては、接触する表面部に分散させたセメンタイト粒もしくはその周辺においてミクロ的なクラックが発生しやすくなり、面圧強度が強化されない問題がある。
【0012】
また、上述したように、強力なショットピーニング処理を6〜10μm深さの粒界酸化層を持つ歯面に施した場合においては、初期摩耗が顕著になり、かつ、同じ歯面で往復滑りを受けるような条件では急進的なピッチング破損が起こりやすい問題がある。
【0013】
また、ベアリングなどの軸受け製品においては転動寿命の改善を目的として、鋼中の酸化物、窒化物、硫化物系の介在物を低減する目的から、鋼の精錬段階において充分なる脱ガス工程と特殊なスラグを利用した脱硫、脱燐精錬を何段階にも実施して高清浄度な軸受鋼を使用する場合が多い。一般的には、10〜20μmサイズの酸化物系、硫化物系の介在物を低減した、このような高清浄度軸受鋼の使用によって転動寿命が約10倍ほどに改善されることが報告されている。しかし、通常の歯車などに使う低炭素な機械構造用鋼では、充分な清浄度が得られにくいこと、および仮にこのような高清浄度な機械構造用鋼が生産されるときの製造コストは非常に高価なものになる問題がある。従って、現状技術において低介在物レベルの機械構造用鋼が存在する場合においても面圧強度が改善できる、低コストな技術の開発が必要である。また、仮に鋼中の介在物量を低減させることができた場合においても、潤滑油中に混入してくるゴミや摩耗粉末などによって接触表面からの疲労損傷が起こりやすく、高面圧強化用部品としては耐ゴミ対応の表面強靭化、強化技術を織り込む必要がある。
【0014】
【特許文献1】特開平4−160135号公報
【特許文献2】特開平8−120438号公報
【特許文献3】特開平8−3720号公報
【特許文献4】特開平10−176219号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
前述したように、高炭素浸炭による方法で高密度にセメンタイト粒子を析出させる場合には、セメンタイト粒同士の凝集が起こりやすく、粒界に沿った粗大なセメンタイトの析出が起こる。従って、この技術を歯車のような転動部材に適用した場合には脆弱なセメンタイト凝集体が破壊され、表面損傷の起点として顕著な歯元強度の低下をきたす問題点がある。
【0016】
本発明は上記のような事情を考慮してなされたものであり、その目的は、粒界に沿った粗大なセメンタイトの析出を抑制した転動部材及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するため、本発明に係る転動部材の製造方法は、少なくとも、0.1〜0.35重量%のCと0.5〜2.0重量%のSiを含有し、0.05〜1.0重量%のV、0.3〜2.0重量%のCrおよび0.05〜0.8重量%のMoからなる群から選択された1種以上を含有する鋼材を準備する工程と、
前記鋼材に900℃以上の温度で浸炭処理を施すことによって、表面炭素濃度が0.8〜1.8重量%に調整された浸炭層を前記鋼材に形成した後に、一旦A1温度以下に降温させる工程と、
浸炭および脱炭が生じない非浸炭雰囲気中においてA1温度以上900℃以下の温度に前記鋼材を加熱してセメンタイトの粒状化処理を施すことによって、前記鋼材の表面側に2〜20体積%の粒状化セメンタイトを分散させるとともに、前記鋼材の表面窒素濃度が0.1〜1.0重量%になり且つ前記鋼材の表面から20μm以上の深さまで窒素を浸透させる浸窒処理をA1温度以上900℃以下の温度で施す工程と、
前記鋼材に焼入れ処理を施すことによって前記浸炭層より深く焼入れ硬化する工程と、
を具備することを特徴とする。
【0018】
本発明に係る転動部材は、少なくとも、0.1〜0.35重量%のCと0.5〜2.0重量%のSiを含有し、0.05〜1.0重量%のV、0.3〜2.0重量%のCrおよび0.05〜0.8重量%のMoからなる群から選択された1種以上を含有する鋼材からなる転動部材であって、
前記鋼材に形成され、表面炭素濃度が0.8〜1.8重量%に調整された浸炭層と、
前記鋼材の表面側に分散された2〜20体積%の粒状化セメンタイトと、
前記鋼材の表面から20μm以上の深さまで形成され、表面窒素濃度が0.1〜1.0重量%に調整された浸窒層と、
前記浸炭層より深く形成された焼入れ硬化層と、
を具備することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
以上説明したように本発明によれば、粒界に沿った粗大なセメンタイトの析出を抑制した転動部材及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明の実施の形態による転動部材及びその製造方法は、粒界に沿った粗大なセメンタイトの析出を抑制したものである。この転動部材の製造方法は、少なくとも、0.1〜0.35重量%のCと0.5〜2.0重量%のSiを含有し、0.05〜1.0重量%のV、0.3〜2.0重量%(好ましくは0.5〜1.4重量%)のCrおよび0.05〜0.8重量%のMoからなる群から選択された1種以上を含有する鋼材を準備し、前記鋼材に900℃以上の温度で浸炭処理を施すことによって、表面炭素濃度が0.8〜1.8重量%(好ましくは1.0〜1.8重量%)に調整された浸炭層を前記鋼材に形成した後に、一旦A1温度以下に降温させ、浸炭および脱炭が生じない非浸炭雰囲気中においてA1温度以上900℃以下の温度に前記鋼材を加熱してセメンタイトの粒状化処理を施すことによって、前記鋼材の表面側に2〜20体積%の粒状化セメンタイトを分散させるとともに、前記鋼材の表面窒素濃度が0.1〜1.0重量%になり且つ前記鋼材の表面から20μm以上の深さまで窒素を浸透させる浸窒処理をA1温度以上900℃以下の温度で施し、前記鋼材に焼入れ処理を施すことによって前記浸炭層より深く焼入れ硬化するものである。
【0021】
また、本実施の形態による転動部材の製造方法において、前記焼入れ処理を施す工程の後に、前記鋼材の表面にショットピーニング処理を施すことにより、前記鋼材に表面圧縮残留応力を60〜200kgf/mm2の範囲で残留させる工程をさらに具備することが好ましい。このように圧縮残留応力を発生させるショットピーニング処理を施すことによって、より高耐面圧が得られる転動部材を実現することができる。
【0022】
また、本実施の形態による転動部材の製造方法において、前記セメンタイトの粒状化処理後の前記浸窒処理時における前記鋼材のオーステナイト相のCr濃度が1.0重量%以下(好ましくは0.6重量%以下)であることも可能である。これにより、Cr窒化物の析出を防止することができる。
【0023】
また、本実施の形態による転動部材の製造方法において、前記浸炭処理を施すことによって前記鋼材の表面に発生する粒界酸化層が3μm以下に調整されることが好ましい。
【0024】
本発明の実施の形態による転動部材は、少なくとも、0.1〜0.35重量%のCと0.5〜2.0重量%のSiを含有し、0.05〜1.0重量%のV、0.3〜2.0重量%(好ましくは0.5〜1.4重量%)のCrおよび0.05〜0.8重量%のMoからなる群から選択された1種以上を含有する鋼材からなる転動部材であって、前記鋼材に形成され、表面炭素濃度が0.8〜1.8重量%(好ましくは1.0〜1.8重量%)に調整された浸炭層と、前記鋼材の表面側に分散された2〜20体積%の粒状化セメンタイトと、前記鋼材の表面から20μm以上の深さまで形成され、表面窒素濃度が0.1〜1.0重量%に調整された浸窒層と、前記浸炭層より深く形成された焼入れ硬化層と、を具備することを特徴とする。
尚、前記焼入れ硬化層は、50%マルテンサイト硬さ以上の硬さを有する層である。
【0025】
また、本実施の形態による転動部材において、前記鋼材は、1〜2重量%のMnおよび/または0.5〜2.0重量%のNiを含有し、Mo、Cu、W、Ti、B、Nb、Hf、Zr、AlおよびCaからなる群から選択された1種以上と不可避的な不純物元素を含有し、残部がFeからなり、A3変態温度が850℃以下に調整されていることが好ましい。
尚、前記不可避な不純物元素はP、S、N、O等である。
【0026】
また、本実施の形態による転動部材において、前記鋼材のマトリックスを規定するために、前記鋼材のA3パラメータであるPaA3が下記式(1)を満たすことも可能である。
PaA3=911−203(C+12N/14)1/2+40Si−41Mn−32Ni−12Cr+20Mo+37V+11W+70Al≦900 (1)
【0027】
また、本実施の形態による転動部材において、前記鋼材の表面を規定するために、前記焼入れ硬化層における400℃焼戻しビッカース硬さパラメータである(Hv)400℃が下記式(2)を満たすことも可能である。
(Hv)400℃=100+340(C+12N/14)1/2+180N+95Si+39Cr+54Mo+101V+26W≧700 (2)
【0028】
また、本実施の形態による転動部材において、前記粒状化セメンタイトの大きさを規定するために、前記粒状化セメンタイトの微細化パラメータであるFPaが下記式(3)を満たすことも可能である。
FPa=0.25Mn+36Cr+6.25Mo+144V+Si≧20 (3)
【0029】
また、本実施の形態による転動部材において、前記鋼材中のSi含有量をCr含有量の1.0倍以上とすることが好ましい。
また、本実施の形態による転動部材において、前記粒状化セメンタイトが分散された前記焼入れ硬化層に存在する旧オーステナイト結晶粒が10μm以下に微細化されていることが好ましい。
【0030】
また、本実施の形態による転動部材において、前記浸窒層は、10〜40体積%の残留オーステナイト相を含有することも可能である。
また、本実施の形態による転動部材において、前記鋼材の表面が滑りを伴う転動面であり、前記転動面の面粗さを構成する凹凸におけると凸部が略平坦化されており、前記略平坦化された凸部が前記転動面に対して50面積%以上を占めるとともに、前記面粗さが5μm以下に調整されていることも可能である。尚、前記凸部の略平坦化はポリッシングによって行う。
また、前述した本実施の形態による転動部材が歯車部材であることも可能である。
【0031】
また、本発明の他の実施の形態は、圧縮残留応力を発生させるショットピーニング処理を施すことによって、より高耐面圧が得られる歯車部材を開発したものである。本実施の形態においては、少なくとも、0.1〜0.35重量%のCと0.5〜2.0重量%のSiを含有し、0.05〜1.0重量%のV、0.3〜2.0重量%(好ましくは0.5〜1.4重量%)のCrおよび0.05〜0.8重量%のMoからなる群から選択された1種以上を含有する鋼材を用いた転動部材(例えば歯車部材)である。まず、表面炭素濃度が0.8〜1.8重量%(好ましくは1.0〜1.8重量%)で、且つ粗大なセメンタイトが析出されないように、900℃以上での浸炭処理(A処理)を施した後に、一旦A1温度以下に降温させ、次に、A1温度〜900℃で再加熱による粒状化処理(B処理)を行うことによって2〜20体積%の粒状化セメンタイトを分散させるとともに、その表面窒素濃度が0.1〜1.0重量%になるように、表面から20μm以上300μm未満の深さまで窒素を浸透させる浸窒処理を施した後に焼入れ処理を施したことによって表面硬化層が形成される。その表面硬化層と接する深部側の非浸炭層は焼入れ硬化されている。
【0032】
なお、前記浸炭処理は、例えば、歯車部材では、ピッチング、スポーリング損傷を起こさない最大ヘルツ面圧240kgf/mm2と同等以上の面圧強度を確保するために、浸炭処理後の焼入れ硬化層深さが歯車モジュールMの0.1〜0.3倍の距離となるように設定されることが好ましい。また、従来の浸炭焼入れされた歯面表面層における300℃焼戻し硬さがHv560以上であることに配慮して、前記歯車部材においては、微細なセメンタイト粒子が分散する表面硬化層(最大剪断応力位置以上の深さ)の硬さをHv600以上とすることが好ましいが、最大ヘルツ面圧300kgf/mm2相当のHv=700以上がより好ましい。
【0033】
また、前記非浸炭部の硬さは、従来通りに、Hv250〜500に調整するために、マルテンサイト硬さと鋼材中の炭素量の関係を考慮して、その下限炭素量を0.1重量%とすることが好ましい。さらに、前記焼入れ温度において、前記非浸炭部にフェライト相が析出しないように、その鋼材の上限炭素量は、最大2重量%のSiが含有されることを考慮して、A3温度が900℃以下となるように0.35重量%とすることが好ましい。
【0034】
なお、A3温度は、下記式によって算出されるものとする。
A3(℃)=911−203(C+12N/14)1/2+40Si−41Mn−32Ni−12Cr+20Mo+37V+11W+70Al
ここで、式中のC、N、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、V、W、Alは各元素の重量%を表示するものである。
【0035】
なお、前記浸炭、浸窒、焼入れ、300℃焼戻し処理後の炭素鋼材の表面層の硬さは(Hv0)300℃は、次式のように表記することが出来る。
(Hv0)300℃=200+380×(C+12N/14)1/2
(0.057〜2.75重量%:(C+N))
【0036】
例えば、2.0重量%(C+N)の焼入れ硬化層では、Hv737ほどの高硬度性が確保され、通常の浸窒処理で0.3重量%以上のNを浸透させた場合には、通常の浸炭焼入れ歯車部材に較べて、浸炭層の炭素濃度を1.8重量%に高めることによって、その面圧強度が改善されることがわかる。しかし、1.8重量%の炭素濃度で歯車部材を浸炭する場合には、粗大なセメンタイトが粒界に析出し、歯車部材の歯元曲げ疲労強度が顕著に劣化するために、本実施の形態では、浸炭による上限の表面炭素濃度を1.8重量%、より好ましくは1.5重量%として、前記のように浸炭処理後に一旦A1温度以下に冷却した後にA1温度〜900℃の温度範囲内に再加熱しながらセメンタイトの粒状化処理を施すことによって、平均粒径が1.5μm以下となるようにセメンタイト粒子を分散させるとともに、浸窒処理によってN濃度を0.1重量%以上、より好ましくは0.3重量%以上に拡散浸透させることが好ましい。また、後述するように、Siを2重量%、Crを1重量%添加した鋼では、その共析炭素濃度が約0.4重量%程度に低下するので、浸炭時の表面炭素濃度の下限値を0.8重量%とすることによって、最大5体積%のセメンタイト粒子が析出分散する。従って、(Hv0)300℃≧700を達成するためには、浸窒処理によって表面窒素濃度を1.0重量%とすることが必要であって、これを上限の窒素濃度とすることが好ましい。
【0037】
さらに、後述する予備テスト結果から、合金元素を含有する300℃における硬さ(Hv)300℃が次式で表記できる。
(Hv)300℃=200+380(C+12N/14)1/2+95Si+20Cr+25Mo+52V+10W
【0038】
前記浸炭および浸窒を行った表面層の硬さは、経済性を考慮しながら、Hv700以上となるようにN、Si、Cr、Mo、V、Wの添加量を調整されるものであるが、とりわけ、N、Siの安価な元素が焼戻し軟化抵抗性を顕著に改善し、高硬度化に寄与することが好ましい。また、400、500℃における硬さ(Hv)400℃、(Hv)500℃の表示式を下記に示す。
(Hv)400℃=100+340(C+12N/14)1/2+180N+95Si+39Cr+54Mo+101V+26W
(Hv)500℃=80+230(C+12N/14)1/2+380N+95Si+56Cr+108Mo+205V+52W
【0039】
これらの結果から、浸窒処理によって表面から拡散浸透させるNが300℃以上の高温域において顕著な焼戻し軟化抵抗性を示すことと、より優れた前記面圧強度を実現させるために、本実施の形態においては、400℃焼戻し硬さが、Hv700(750)以上となるように設定されることがより好ましく、本実施の形態における浸窒処理は不可避条件である。
【0040】
なお、歯車のスポーリング強度を高めるためには、上記最大剪断応力発生位置以上にNを拡散浸透させることが必要である。通常よく観察されるスポーリング亀裂深さまで、表面から0.1mm以上の深さ、より好ましくは0.3mm以上の深さにまでNを拡散浸透させることが好ましい。しかし、窒素の固溶によって顕著に安定化される残留オーステナイトが、表面からより深い位置に多量に形成される場合には、逆に面圧強度の劣化が危惧されることから、窒素の拡散浸透距離を0.2mmにとどめることが好ましく、さらに、転動表面から後述するショットピーニングによって加工硬化される領域内にとどまるように、0.1重量%N位置が0.1mm以内とすることがより好ましい。
【0041】
歯車部材同士の噛合う接触面においては、滑りを伴いながら転動するために、油中における歯面表面であっても、境界潤滑状態が発現し、微視的な摩擦力の働きや凝着によって、最表面において、表面に対して30〜45°の角度で亀裂が進展し、扇型状に歯面が損傷(ピッチング現象)したり、歯面が摩耗しやすくなり、よりヘルツ面圧が高くなるほどこれらの損傷が起こり易くなる。そこで、本実施の形態では、Cu系焼結摺動材料中に分散させた硬質粒子が耐凝着性と耐摩耗性を顕著に改善する役割と同様に、歯車表面層におけるセメンタイト粒子(硬質粒子)が摺動条件下では、その歯面における耐凝着性と耐摩耗性を顕著に改善する。セメンタイトの下限添加量はSUJ2中のセメンタイト分散量を参考に2体積%とし、上限添加量は、セメンタイト粒子が凝集して粗大化しやすくなる20体積%とすることが好ましい。さらに、上記浸炭処理によってオーステナイト中に固溶される最大炭素濃度(1.8重量%)を参考にして上限添加量は20体積%としたが、セメンタイト粒子の分散量は15体積%に抑えて使用することが好ましい。
【0042】
後述するように、強力なショットピーニングを硬質な歯面に施した場合、その表面硬さは約Hv800〜950に加工硬化されるだけでなく、強力な圧縮残留応力が付加されることによって、表面からの亀裂発生、進展が抑制されるように作用して、ピッチング強度が改善される。しかし、ショットピーニングを施した際、表面から0.20mmの深さにまで顕著に加工硬化され、セメンタイト粒が粗大な場合には、ショットピーニングによってそのセメンタイトが破損される危険性があり、この危険性を回避することが重要である。このことから、少なくとも表面から0.30mm深さに分散させるセメンタイト粒子の平均粒径を1.5μm以下に微細化することが好ましい。
【0043】
さらに、前記滑りを伴う転動表面では、摩擦熱や大きな面圧がかかることによる弾性変形などによって、また転動面表面温度が上昇することによって、その転動面表面層の硬さや残留応力が低下するために、十分なピッチング強度の改善は出来ないという問題がある。この問題に対しては、前記スポーリング強度の改善方法と同様に、(1)表面硬化層(浸炭焼入れした硬化層)中に平均粒径1.5μm以下のセメンタイト粒子を高密度(2〜20体積%)に分散させること、(2)300℃での焼戻し軟化抵抗性を高めるSi、Cr、Moを適正に添加すること、(3)浸窒処理によってNを表面層に拡散浸透させることを、本実施の形態の主旨としており、300℃での焼戻し硬さがHv700以上となる表面硬化層を具備させることを特徴としていることは前述したとおりであるが、400℃での焼戻し硬さがHv700以上となる表面硬化層を具備することがより好ましい。
【0044】
さらに、本実施の形態で利用される鋼材には0.5〜2.0重量%のSiが添加され、その転動部材の表面焼入れ硬化層の焼戻し軟化抵抗性を改善することができる。
【0045】
下限Si添加量は、前記300℃の焼戻し硬さ(Hv)300℃の表示式を参照して、焼戻し軟化抵抗性が明確に現れる0.5重量%とするが、他の合金元素に較べ、経済性に優れることから、1重量%とすることがより好ましい。また、Siはフェライト安定化元素であり、Si添加によってA3温度が上昇するために、多量のSiを含有させた鋼材を用いた転動部材においては、前記表面硬化層の深部にある非浸炭部に軟質なフェライト相が形成されないように焼入れ温度を高めることが好ましく、さらに、焼入れ温度が高くなりすぎた場合においては、前記表面硬化層中に分散させた粒状セメンタイトが1.5μm以上に粗大化するとともに、焼入れ温度で加熱時のオーステナイト結晶粒が粗大化しやすくなることから、900℃以下の焼入れ温度に調整するためにその上限Si添加量を2重量%とすることが好ましい。
【0046】
またさらに、A3温度を低下させるオーステナイト安定化元素である0.1〜0.35重量%のC、0.3〜2重量%のMnおよび0〜3重量%のNiのうち1種以上を添加、調整することによって、下記に示すA3温度が900℃以下となるようにして、セメンタイト粒を1.5μm以下により微細化し、前記オーステナイト結晶粒度の微細化を図ることがより好ましく(A3温度は前記A3表示式に従う)、さらに、A3温度を850℃以下にすることがより好ましい。また、その際の鋼中の1.0〜2重量%のMnおよび0.5〜3重量%のNiの1種以上を含有させることが好ましい。
【0047】
また、上記セメンタイト粒子を1.5μm以下に微細化するためには、前記焼入れ温度をより低温化するだけでなく、セメンタイト中に濃縮しやすい合金元素が含有された鋼材を利用することが重要である。本実施の形態においては、オーステナイト中にセメンタイトが分散されている時の合金元素Mの分配係数γKM(セメンタイト中の合金元素濃度の重量%/オーステナイト中の合金元素濃度の重量%)が大きいCr、V、Moのうちの1種以上が含有されることを特徴とする。
【0048】
なお、900℃におけるγKCr:6.4、γKV:12.3、γKMo:3.5、γKMn:2.1、γKNi:0.22、γKSi:0であり、また、γKM≧1の合金元素は低温になるほどより大きく、γKM≦1の合金元素は低温ほどより小さくなり、焼入れ温度を850℃以下に下げることによって、Cr、V、Mo添加によるセメンタイトの微細化作用がより大きくなる。
【0049】
さらに、γKMが大きい元素ほど、単位添加量当たりのセメンタイト成長の遅滞作用は大きくなることがわかる。例えば、V、Moはセメンタイトに対する固溶度(0.6重量%V、2重量%Mo)がCr(16重量%Cr)に較べて少なく、過剰の添加によってはV4C3やM6Cなどの特殊炭化物として、セメンタイトの微細化に対する作用量が限定されることから、本実施の形態においては、0.5〜2.0重量%のCr、0.05〜0.16重量%のV、0.05〜0.8重量%のMoのうち1種以上を添加することを特徴とする。
【0050】
また、V上限添加量は、Vがセメンタイト中に固溶限(0.6重量%V)まで固溶した20体積%のセメンタイトと前記γKV=12.3とオーステナイト中のV濃度から算出される鋼中のV含有量(0.16=0.6×0.2+0.6÷12.3×0.8)とし、Mo上限添加量(0.86=2×0.2+2÷3.5×0.8)についても同様に算出したものである。
【0051】
なお、後述するように、合金元素によってセメンタイト粒子の微細化される挙動と加熱温度、時間に伴うセメンタイト粒子の成長性がほぼセメンタイトのオストワルド成長機構として近似される。従って、セメンタイトの微細化パラメータであるFPaを次式
FPa=(1−γKMn)2×Mn+(1−γKCr)2×Cr+(1−γKMo)2×Mo+(1−γKV)2×V+(1−γKSi)2×Si=0.25×Mn+36×Cr+6.25×Mo+144×V+Si
と定義し、セメンタイト粒子の平均粒径が1.5μm以下となるFPa=20以上に、より好ましくはFPa=30(平均粒径1μm)以上に調整されるものとする。
【0052】
また、前記鋼材を表面炭素濃度が高濃度となるように浸炭する場合においては、浸炭処理時において、粗大なセメンタイトが表面層に分散することを避けるために、Si添加量がCr含有量の1.0倍以上、より好ましくは1.5倍以上添加したことを特徴とする。
【0053】
また、上記算出結果から、オーステナイト中のV、Moの最大濃度が、0.05重量%V、0.57重量%Moとなることがわかる。オーステナイト中のCr濃度が1重量%を超えた場合には、A1〜900℃の温度で浸窒処理する際に、Cr窒化物が析出することを避けるために、Cr上限添加量(2.06=1×6.4×0.2+1×0.8)は2重量%と設定されるが、オーステナイト中のCr濃度が0.6重量%に相当する1.2重量%とすることがより好ましい。同様に、上記の窒素の拡散浸透処理によってより硬質なAlNを析出分散しやすくするために、Al添加量を0.1重量%以下にとどめておくことが好ましい。
【0054】
また、前記再加熱焼入れ温度(A1〜900℃)において微細なセメンタイト粒を2〜20体積%分散させた状態でのオーステナイトの結晶粒(D、μm)は、ほぼ、D=2/9×(d/fθ)の関係で表示される。従って、例えば平均粒径d=1.5μmのセメンタイト粒が15体積%(体積分率fθ=0.15)で分散した場合には、オーステナイトの平均結晶粒径Dが5μm以下に微細化されることがわかり、さらに、焼入れ温度を800〜850℃程度に下げて、セメンタイト粒を平均粒径0.5μmに微細化し、2体積%分散させた場合には、オーステナイトの平均結晶粒径Dは11μm以下に微細化されることがわかる。そこで、本実施の形態においては、旧オーステナイト粒径を10μm以下(ASTM No.10)に微細化し、より好ましくはセメンタイトの下限分散量を5体積%としてオーステナイト結晶粒を5μm以下にまでより微細化することである。
【0055】
なお、上記のようにγKMの大きな合金元素(Cr、V)は、セメンタイト粒子が共存するオーステナイト相中ではセメンタイト中に濃縮し、オーステナイト相中の合金元素濃度が低減するために、セメンタイト粒子が分散する浸炭層の焼入れ性が劣化し、十分な硬さの表面硬化層が得られない問題が発生する。しかし、本実施の形態においては、オーステナイト中に濃縮するSi、Ni、Al、Bの添加量およびセメンタイトへの濃縮傾向が小さいMn、Moの添加量を調整して、セメンタイト粒子が分散する浸炭層の焼入れ性を確保している。
【0056】
通常のRXガス浸炭を施した歯車部材の歯面表面層のオーステナイト粒界(旧オーステナイト粒界)には、粒界酸化物が形成され、その粒界酸化物周辺には、その酸化物の主成分となるSi、Mn、Cr、V等の合金元素の不足する領域が形成され、その領域における焼入れ性が劣化することによって不完全焼入れ層が表面から約50μmの深さまで形成されやすい。本実施の形態では、A1〜900℃で浸窒処理を施し、表面層に窒素を拡散浸透させることによって、不完全焼入れ層が形成される深さ以上に窒素を拡散浸透させ、前記焼入れ性の劣化を改善することによって、不完全焼入れ層の生成を防止するものであり、その作用がより明確に確認される0.1重量%Nを下限窒素濃度とすることが好ましく、より好ましい下限窒素濃度は0.3重量%である。
【0057】
またさらに、窒素は焼戻し軟化抵抗性を顕著に高める作用を有することから、少なくとも、表面層における窒素濃度の下限値を0.1重量%、より好ましくは0.3重量%で調整することである。また、拡散浸透させた窒素は、Ms温度を顕著に低下させて、焼入れ処理後の残留オーステナイトを多く生成させ、60体積%を超えた場合に、焼入れ硬さが急速に低減し始めることを考慮して、本実施の形態においては、転動部材表面の浸窒層における残留オーステナイト相量を、10〜60体積%とすることを特徴とする。また、後述するショットピーニング処理後の残留オーステナイト量が60体積%を超えた場合に、十分な圧縮残留応力が確保されないことを考慮して、前記窒素濃度の上限値は1重量%が好ましいが、より好ましくは0.8重量%である。
【0058】
さらに、上記粒界酸化物の生成を原因とする不完全焼入れ層の発生を抑制するには、Si、Mn、Crの含有量を低減することと、Ni、Mo元素を多く添加することである。しかし、前述のように、粒界酸化物の存在はショットピーニング処理によるピッチング強度の劣化につながることから、本実施の形態においては、真空浸炭法、プラズマ浸炭法やN2ガスベースとするほぼ酸素フリーな浸炭法を適用し、粒界酸化層の深さが少なくとも3μm以下、好ましくは1.5μm以下である。
【0059】
また、前記浸窒処理時において、Acmを超える炭素ポテンシャルを伴う浸窒処理を施した場合には、最表面層近傍において、粗大な粒界セメンタイトの発生が器具されることから、本実施の形態においては、N2、Ar、H2のうちの1種以上のガスもしくは真空雰囲気などの非浸炭性雰囲気で、かつ、浸窒雰囲気を形成させるガス成分(アンモニアなど)を加えて浸窒処理することが好ましい。
【0060】
上述した歯車部材は、熱処理後において、少なくとも歯面部、歯底部にショットピーニング処理を施して、これらの部位において600〜2000MPaの圧縮残留応力を付与して、歯元曲げ疲労強度が80kgf/mm2以上となるような高強度歯車部材の高耐面圧性を改善することを前提にして用いられるものである。
【0061】
また、滑りを伴って転動する歯車歯面において、潤滑油による潤滑状況が改善されることがピッチング強度の向上に有効であり、上記の歯車部材においても、前記ショットピーニング後に、バフ研磨やバレル研磨を施して、図18に示すように、転動面の凸部を略平坦化し、さらに、その略平坦化した部分と凹部からなる面粗さが5μm以下に抑制することが好ましい。
【0062】
次に、各種合金元素の機能について説明する。
(炭素、窒素)
上記歯車部材に用いる鋼材にあらかじめ含有される炭素量0.1〜0.35重量%は、歯車部材の素地硬さと歯車部材の機械加工性を確保する観点から、従来の浸炭用鋼に適用される範囲をさほど逸脱するものではない。しかし、前述のようにフェライト安定化元素である2重量%のSiの添加によっても、焼入れ温度900℃で、オーステナイト化するようにその上限の炭素添加量を0.35重量%とした。
【0063】
上記転動面焼入れ硬化層においては、スポーリング強度とピッチング強度を高めるために浸炭によって0.8〜1.8重量%の範囲内に炭素濃度を高める。さらに、少なくとも表面から0.1mm深さの位置においては、平均粒径が1.5μm以下の粒状セメンタイトを2〜20体積%分散析出させながら、Nを表面から20μm以上に拡散浸透させた後に焼入れすることによって表面層を高硬度化させることと焼戻し軟化抵抗性を改善する。これによってスポーリング強度を高め、さらに、上記歯面にショットピーニングを施す際のセメンタイト粒子の損傷によるピッチング強度の低下を防止するとともに、ショットピーニングによる圧縮残留応力を発生させる。その結果、歯面における耐焼付き性、耐摩耗性およびピッチング強度の向上を図るとともに、歯元、歯底強度の向上を図ることができる。なお、これらセメンタイト粒子の微細化を図る上で、Cr、V、Mo等の合金元素を添加することは後述するように重要なことである。
【0064】
また、上記浸炭は900℃以上の温度域で実施されることが好ましい。より高炭素濃度でかつより高深度まで炭素を拡散浸透させる場合においては、1150℃までのより高温域での浸炭が好ましい。その後の粒状化処理を施す場合においては浸炭後に一旦A1温度以下に冷却し、少なくとも1回以上の再加熱粒状化処理によってセメンタイト粒の微細化を図ることが好ましい。本実施の形態では、これらの微細なセメンタイト粒子が分散する深さが、歯車の接触面圧によって生じる最大剪断応力位置よりも深く、より好ましくは0.3mm以上である。
【0065】
また窒素は、上記表面層中に0.1〜1.0重量%含有するように拡散浸透させ、ショットピーニング後においても残留オーステナイトを10〜40体積%残留させるものとし、さらに、歯車部材の最表面層に形成されやすい不完全焼入れ層の形成を防止し、焼戻し軟化抵抗性の改善によってピッチング強度を高めるものである。
【0066】
(Ni、Si、Al、B)
多量の粒状化セメンタイトが分散するオーステナイト母相においては、Mn、Cr、Mo、V等の合金元素がセメンタイト中に濃縮し、オーステナイト母相の合金元素が希薄になることによってオーステナイトの焼入れ性が顕著に低下し、また焼戻し軟化抵抗性も低下するようになる。このため、セメンタイトよりもオーステナイト中に濃縮するSi、Ni、Bの1種以上を0.5重量%以上添加することが好ましい。また、これら元素の添加量の上限は、Niがコスト的な観点から3重量%とすることが好ましく、Siが鋼製造上の介在物量の観点から2重量%以下とすることが好ましい。また、焼戻し軟化抵抗性を高める観点からは、Si添加量が極めて有用であり、Siの下限値を1.0重量%とすることがより好ましい。
【0067】
また、Alを高濃度に含有する鋼にRXガス浸炭処理を施す場合においては、粗大なAlNが粒界に析出しやすいことから、通常の脱酸、結晶粒の微細化を目的とする添加範囲〜0.1重量%に制限することが好ましい。さらに、Ti、Nb、Zr、Vのいずれか1種以上の合金元素が0〜0.2重量%添加されて、浸透する窒素をトラップすることが好ましい。
【0068】
(Cr、V)
Cr、Vはセメンタイト中に顕著に濃縮することによって、上記浸炭後のセメンタイト粒子を微細化する役割を果たすことは、本発明者が特開平11−117059にて開示している。Cr下限添加量は、セメンタイト粒の微細化が顕著に現れる0.3重量%とし、上限添加量は、900℃での前記浸窒処理によって、Cr窒化物が析出しない1重量%のCrを含有するオーステナイト中にCrが濃縮されたセメンタイト(γKCr=6.3)20体積%が分散される条件から算出された鋼材のCr濃度である2.0重量%とすることが好ましい。しかし、より好ましくは、850℃で浸窒処理を施し、その際にCr窒化物が析出しない0.6重量%Crを含有するオーステナイト中にCrが濃縮されたセメンタイト(γKCr=8.5)20体積%が分散される条件から算出された鋼材のCr濃度である1.5重量%とすることである。
【0069】
またさらに、前記浸炭中に粗大なセメンタイトがオーステナイト粒界に析出しないように、SiをCr添加量の1倍以上とすることが好ましいが、より好ましくは1.5倍以上に調整することである。
【0070】
また、Vは、オーステナイト/セメンタイト間のセメンタイトへの濃縮傾向がCrの2倍ほど強く、セメンタイト粒子をより微細化するが、経済的な観点からは、Crの微細化作用を促進させる役割として、Crと共存添加させることが好ましく、その上限添加量は、VCの固溶度の結果と焼戻し軟化抵抗性を考慮して0.16重量%とした。
【0071】
(Mn、Mo、B)
Mn、Moは、オーステナイト/セメンタイト間のセメンタイト中への濃縮傾向が比較的小さいことから、上記オーステナイトの焼入れ性に有効に作用できる合金元素である。このことから、本実施の形態においては、通常の機械構造用肌焼き鋼の範囲としてMnを1.0〜2.0重量%に限定し、Moを0〜0.8重量%に限定してもよいと考えられる。また、焼入れ性を向上させるBの添加は通常の機械構造用肌焼き鋼の範囲が好ましい。
【0072】
(Nb、Ti、Hf、Zr)
また、高温浸炭時の結晶粒粗大化防止の観点からはNb、Ti、Hf、Zrを0.01重量%以上添加することが好ましいが、上限値は経済的な観点から0.2重量%とすることが好ましい。
【0073】
Ca、S、Pbは、通常において切削性の改善を主目的に添加することが多い。このような目的のためには上記の本実施の形態の面圧強度改善効果と勘案して必要目的に応じて添加量を調整しながら使用することが好ましい。
また、上記鋼材中のP、N、Oは歯車用鋼材としての通常の適用範囲で添加されることが好ましいが、O≦0.002重量%、P≦0.03重量%であることがより好ましい。
【実施例】
【0074】
次に、本発明の実施例による転動部材およびその製造方法について図面を参照しつつ説明する。
【0075】
(1)試験片の準備
本発明で用いた供試鋼の組成を表1に示した。供試鋼中の炭素濃度は、歯車等の肌焼き鋼として使用される約0.2重量%のものとした。さらに、市販のSCM420H、SNCM220H、SNCM420Hも使用した。試験は、図1〜図3にそれぞれ示した炭素分析用丸棒片、回転曲げ疲労試験片、ローラピッチング試験片を用いて実施した。なお、ローラピッチング試験片用の大ローラ片にはSUJ2を焼入れ焼戻し、硬さをHRC64に調整した。
【0076】
【表1】
【0077】
(2)熱処理試験
本試験の浸炭、浸炭後の粒状化処理は真空浸炭炉を主として用い、一部はRXガスとブタンガスを用いたRXガス浸炭を実施した。
【0078】
まず、図4(A)の熱処理1に示すように、1030℃で15分間均熱した後にメタンガスの導入と排気によって炭素の浸炭と拡散を行いながら浸炭期と拡散期の全時間の比率を1:1.15として120分間の浸炭処理後(浸炭期55分、拡散期65分)にN2ガス冷却したものを850℃に60分間の再加熱を行い、(N2+10体積%NH3)ガス中で保持した後に油焼入れした試験片表面からの炭素分析と組織観察を行った。
【0079】
代表的な例として、No.1、3、4とSCM420H試験片の炭素濃度分析を図5に示し、SCM420Hの表面層の組織を図6(a)、(b)に示した。約1重量%のCrを含有するSCM420Hでは、浸炭処理中に最表面〜約0.07mm位置に粗大なセメンタイト(約8.6μm)が多量に析出分散し、その表面炭素濃度(3.03重量%)が3重量%以上にまで高まっている。これに対して、No.1、3、4のように、Cr含有量に対して1.0倍以上のSiを共存含有させることによって浸炭処理中のセメンタイトの析出が防止され、最表面層位置から0.3mm位置での炭素濃度が約1.3重量%となることがわかる。また、表面から0.6mm深さ位置では約1重量%C、0.8mm位置で約0.7重量%Cとなるような炭素濃度分布が得られることがわかる。A1〜900℃の再加熱、粒状化処理、焼入れによって約0.7mm位置までセメンタイト粒子を分散させることが可能になることがわかり、例えば、No.4では約0.6mm位置においてはSUJ3軸受鋼と同等レベルのセメンタイト量が分散されることがわかる。また、表1中のNo.5の場合には、同様にSUJ2と同様のセメンタイト粒子が分散した組織が得られることがわかる。
【0080】
なお、表1の右欄に、浸炭処理中に粗大セメンタイトが析出する合金に対しては×印、析出が防止された合金に対しては○印で示した。
【0081】
また、走査型電子顕微鏡(SEM)によって観察したSCM420Hの最表面組織(図6(b)参照)から、前記粗大なセメンタイト(粒界、凝集)以外にも、再加熱工程によって母相中において、1.5μm以下の粒状化されたセメンタイト粒子が微細に分散されていることが分かる。
【0082】
なお、これらの粗大セメンタイトが表面層に析出することは、疲労強度を大幅に劣化させることが考えられ、この粗大セメンタイトの析出を防止するために、前述のようにCr添加量の1倍以上、より好ましくは1.5倍以上のSiを含有させた鋼を用いるのが有効であることがわかる。
【0083】
また、上記真空浸炭において、表面炭素濃度を1.0重量%以上に制御するためには、(拡散期時間/浸炭期時間)の比率を2以下、より好ましくは1.5以下として、浸炭温度は950℃以上、より好ましくは1000℃とする。
【0084】
表1の右欄には前記再加熱、浸窒処理時間を4時間とする図4(B)の熱処理2を施し、表面から0.2mm位置に析出分散したセメンタイト粒の平均粒径を記載したが、分配係数γKMの大きいCr含有量が多いほど微細になり(No.1、No.3、No.4、No.5)、さらに、Vは添加量が少なくても微細化に顕著に作用することがわかる(No.1、2、4、SCM420HとSCM420HV)。また、No.3、No.4の比較から、Moもセメンタイトの微細化に有効であることがわかる。
【0085】
図7は、セメンタイトの微細化パラメータFPaを、FPa=0.25×Mn+36×Cr+6.25×Mo+144×V+Si、(FPa=(1−γKMn)2×Mn+(1−γKCr)2×Cr+(1−γKMo)2×Mo+(1−γKV)2×V+(1−γKSi)2×Si)と定義して、再加熱によって粒状化させたセメンタイトの平均直径(μm)の関係を図示したものである。上述した合金元素と添加量の関係がよく成立することがわかり、例えば、再加熱温度を850℃とした場合、平均粒径1.5μm以下のセメンタイト粒子を得るためには、FPaが20以上となるように鋼中の合金元素を調整することが必要であることがわかる。
【0086】
上記浸炭処理後の再加熱粒状化処理によって、焼入れ硬化層中に微細なセメンタイトを析出させる適正な深さは、転動部材(歯車部材)接触最大面圧から計算される最大剪断応力位置よりも深い位置にあることが好ましい。多くのスポーリング損傷位置が0.2mm深さ以上の深部に位置することから、5体積%セメンタイト析出深さは、1.05重量%C位置で0.3mm以上が必要であり、図5に示す炭素濃度分布からこの条件が十分に達成されることがわかる。
【0087】
なお、上記表面炭素濃度を1.0重量%以上としたのは、硬質なマルテンサイト母相中に5体積%以上のセメンタイト粒子を分散析出させ、少なくとも軸受鋼以上の耐面圧強度を得るようにするためである。より好ましい表面炭素濃度は、後述する300℃での焼戻し硬さの関係から1.2重量%以上である。
【0088】
また、上記炭素濃度が高くなるほど再加熱による粒状化処理が1回で十分でないことが考えられるので、この場合には、複数の粒状化処理を施すことが好ましく、1回目の再加熱温度は730〜780℃が好ましい。
【0089】
再加熱、粒状化、浸窒処理工程における浸炭雰囲気の影響と過熱温度の影響を調べる目的で、図4(C)、(D)に示す熱処理3と熱処理4について検討した。
【0090】
図8は、図4(C)の熱処理3に示した熱処理条件で、浸炭処理(1000℃、浸炭期時間/拡散期時間=1)を繰り返して浸炭中に析出分散するセメンタイトを核にしてより高濃度に浸炭した高炭素浸炭法の組織(表1中のSCM420H、表面炭素濃度3.2重量%、表面硬さHv880)を示した。高温での長時間浸炭処理によって表面層近傍のセメンタイトが凝集した粗大なセメンタイト、さらに深い位置では中程度に粗大化したセメンタイトと母相中には1.5μm程度のセメンタイト粒子が分散しており、再加熱後の浸炭によって表面層に粗大なセメンタイトが析出することがわかった。
【0091】
また、図9は、上記粗大化セメンタイトの微細化を図るために、Cr、V濃度を高めた鋼(表1中SCM420V)を用いて、さらに、追加浸炭温度を900℃に下げた高炭素浸炭法(図4(D)の熱処理4)によって得られる組織を示したものである。浸炭処理によって析出するセメンタイトは、図8の例に較べて、顕著に小さくなるが、平均粒径が1.5μm以下に調整できない。また、析出、分散するセメンタイトの凝集による粗大化が避けられないことがわかり、転動部材の疲労強度やショットピーニング時のセメンタイトの破損防止に好ましくないことがわかる。
【0092】
図10は、前記の熱処理2、熱処理3、熱処理4の再加熱温度において分散させたセメンタイト粒子の平均粒径と再加熱温度の関係を示したものであり、再加熱時に浸炭した(高炭素浸炭法)合金記号にはHCを記載している。例えば高炭素浸炭したSNCM220HCと再加熱したS50C、SCM420とはほぼ同じ温度依存性を示し、セメンタイトの平均粒径はほぼ同じ合金の拡散機構で成長することがわかる。さらに、高炭素浸炭法のSNCM220HCと再加熱法のSNCM220との比較によって、再加熱、浸窒処理時に浸炭によって表面層を加炭することが好ましくないことがわかる。
【0093】
(3)焼戻し軟化抵抗性
本実施例においては、前記高濃度浸炭、浸窒処理によってセメンタイトを高密度に析出分散させた熱処理2の焼入れ硬化層を300〜500℃で焼戻し処理した後の硬さデータを加え、焼戻し硬さと炭素、窒素量の関係を表2、図11(A)、(B)、(C)に示した。図11(A)に示す300計算Hvは下記式(4)であり、図11(B)に示す400計算Hvは下記式(5)であり、図11(C)に示す500計算Hvは下記式(6)である。
【0094】
(Hv)300℃=200+380(C+12N/14)1/2+95Si+20Cr+25Mo+52V+10W (4)
(Hv)400℃=100+340(C+12N/14)1/2+180N+95Si+39Cr+54Mo+101V+26W (5)
(Hv)500℃=80+230(C+12N/14)1/2+380N+95Si+56Cr+108Mo+205V+52W (6)
【0095】
その結果、300℃での焼戻し硬さは、前記焼戻し硬さの計算式に基づいて、(C重量%+12/14×N重量%)1/2に比例して焼戻し軟化抵抗性が顕著に改善されることがわかる。さらに、400℃、500℃の焼戻しにおいては、浸窒処理で拡散浸透させたNが、さらに顕著な焼戻し軟化抵抗性を発現し、特に500℃の焼戻しにおいて最も顕著に現れることがわかる。なお、400℃以上の焼戻しによる顕著な焼戻し軟化抵抗性は、Nと親和力の強いCrの存在が重要と考えられ、表2のNo.1の焼戻し軟化抵抗性から、Crが0.3重量%以上、好ましくは0.5重量%以上を鋼中に含有させておくことが良いことがわかる。
【0096】
さらに、No.1〜No.6で代表される本発明鋼を利用することによって、500℃の焼戻しにおいても、Hv650以上(HRC58以上)の高硬度性が得られ、潤滑条件の厳しい転動部材においても、高い面圧強度や耐摩耗性が得られる。
【0097】
【表2】
【0098】
(3)滑りを伴う転動面圧強度の調査
図3に示したローラピッチング試験片を用いて、小ローラの回転速度を1000rpm、滑り率40%、潤滑油(#30エンジンオイル)の油温60℃の条件で転動面圧強度の確認を行った。
【0099】
(3−1)転動面圧強度に及ぼすセメンタイト粒子径の影響
本例では、熱処理1〜4の各種浸炭法によって得られる転動面に析出するセメンタイト粒子の大きさと転動面強度の関係を調査するが、それらの結果は予備試験で求めたSCM420H、SNCM220H、SNCM420Hの通常の浸炭焼入れの転動面圧強度と比較して検討した。
【0100】
図12は、SCM420H鋼材を熱処理3と熱処理4の浸炭温度と最終の再加熱浸炭工程の条件を調整して各種粒径のセメンタイトを析出分散させたローラピッチング試験片(図中凡例A〜Mに表面炭素濃度とセメンタイトの平均粒径を表示)を面圧290kgf/mm2においてピッチングが発生する回転数と転動面硬さ、セメンタイト平均粒子径の関係を示したものである。さらに、上記通常の浸炭焼入れ材の転動面圧強度を実線で示した。
【0101】
その結果、明らかにセメンタイト粒子の分散によって耐面圧強度が改善されるが、セメンタイト平均粒径が3μm以下においてその改善作用が大きく、セメンタイト粒子径がより大きくなるにしたがってその改善作用が低減することが分かる。
【0102】
また、図13にはSCM420Hに熱処理2を施した試験片とSCM420Hに熱処理4の最終工程の浸炭条件にアンモニアガスを10体積%添加して浸炭浸窒処理した試験片の面圧290kgf/mm2におけるピッチング強度の結果を示したものである。浸窒処理によって表面窒素濃度が0.4〜0.8重量%に高まり、SCM420H材においても明確な面圧強度の改善が認められる。例えばセメンタイトの平均粒子径が3μmの大きさであっても十分な強度改善が認められる。これが窒素の浸透拡散によって生成される安定な残留オーステナイトの存在によってセメンタイト粒子位置における応力集中が緩和されることと、焼入れ硬化層中の窒素による焼戻し軟化抵抗性の改善によることがわかる。
【0103】
(3−2)転動面圧強度に及ぼすショットピーニングとセメンタイト粒子径の影響
さらに、図12に示した試験片と表2に示したNo.1〜No.5に浸窒処理を施し、セメンタイト粒径を1.5μm以下に調整した試験片にアークハイト0.6以上でHRC57、平均粒径0.8mmの剛球を使ったショットピーニングとその後に平均粒径0.2mmの剛球を使ったショットピーニング処理(WHSP)を施したもののピッチング強度の調査結果を図14に示した。なお、図14中の「S」はショット、「P」はポリッシュを意味する。ショットピーニング後の転動面硬さはほぼすべてHv900〜930程度に加工硬化されている。
【0104】
その結果、通常の浸炭焼入れ(GCQT)後にショットピーニングを施したGCQT+WHSP試験片の面圧強度はGCQT試験片に較べて顕著に改善されるが、平均粒径3μm以上のセメンタイトを含有する試験片(B、D、F、M)ではショットピーニング処理によって面圧強度が十分に改善されず、ショットピーニング処理を施して、ピッチング強度の向上を図るためには、平均粒径が3μm以下、好ましくは1.5μm以下のセメンタイト粒子を析出分散させることである。
【0105】
また、そのセメンタイトの分散量はK、N試験片の面圧強度を参考にすると約10体積%(1.2重量%)程度まで許容されることがわかる。しかし、セメンタイト量が多すぎるとセメンタイトの凝集が起こり易くなる危険性から、軸受鋼(SUJ等)等を参考にしてその最大炭素量は1.0重量%であることが好ましい。
【0106】
また、表2に記載したNo.1〜No.5(再加熱、浸窒処理、1.2C−0.5N)の結果から、焼戻し軟化抵抗性を高めることによって、顕著にピッチング強度が改善されており、例えばNo.1の焼戻し軟化抵抗性を付加することを下限とすることが好ましいことがわかる。
【0107】
また、図14中には、No.1、No.2の試験片については、浸窒時間を1時間として、Nの拡散浸透距離を0.1mm以下に調整したNo.1S、No.2Sの結果も合わせて示したが、前記No.1、No.2よりも優れたピッチング強度が確認された。このことは、長時間の浸窒処理によって、表面から拡散浸透するN濃度が多くなり、前記ショットピーニング(WHPS)の影響深さより深い位置での軟質な残留オーステナイト量が多すぎることと、ショットピーニングによる圧縮残留応力が付加されにくいことによって、ピッチング強度が劣化しやすくなることを示唆している。
【0108】
図15は、図14中に示したM試験片のローラピッチング試験後の転動面損傷部の断面写真を示したものであり、転動面直下にある粗大なセメンタイト粒子を起点とする破損の様子を示している。これからはショットピーニングによって起こるセメンタイトの亀裂が面圧強度の低下となっていることが分かる。
【0109】
図16は、S55、SCM420、SNCM220、SNCM420鋼材に950℃、6時間の浸炭処理(表面炭素濃度:約0.8重量%)を施した後、850、800℃、(N2+10体積%NH3)ガス中で1時間、4時間の浸窒処理を施し、焼入れしたKHP試験片の表面層のC、N濃度を示したものである。例えば、800℃、1時間の浸窒処理によっても、ピッチング強度の改善に寄与する20μm深さ以上に、Nを高濃度で拡散浸透させることができることがわかる。
【0110】
また、図17は、SNCM420鋼材の表面層のC、N濃度および残留オーステナイト量(γR分率)として示したものであり、残留オーステナイトが最表面部において約60体積%、0.2mm深さ位置で45体積%と非常に多く存在し、窒素の浸透距離(0.1重量%N位置)は0.4mmまで深く浸透することがわかる。しかし、このKHP試験片にショットピーニングを施した試験片(KHP+HSP)においては残留オーステナイトが最表面部で約1/2にまで減少しているが、その深部0.15mm深さでショットピーニングによる残留オーステナイトからのマルテンサイト化の促進作用がほぼ無くなることがわかる。またさらに、ショットピーニングによるセメンタイトが亀裂を発生する危険域が表面から0.07mmまでであると考えることができることが分かる。したがって、ショットピーニングが作用する深さ約0.15mmの位置における残留オーステナイト量を30体積%以下に調整することがより好ましいことがわかる。
【0111】
(3−3)転動面圧強度に及ぼす転動面研磨の影響
図14中に示した、SCM420鋼材を用いたGCQT、GCQT+WHSPとNo.1S、No.2S試験片の転動面をバレル研磨した水準についても、前記(3−2)と同様にピッチング強度を調査し、その結果を図14中に、凡例GCQT-P、GCQT+WHSP-P、No.1S-P、No.2S-Pとして示した。その結果、バレル研磨によって、ピッチング強度が改善されることがわかったが、これはバレル研磨によって、図18に示すように、転動表面の凹凸面の凸部が略平坦化されるとともに、その平坦部の微視的面粗さが顕著に改善されることにより、滑りを伴う転動面での摩擦抵抗性が低減され、その摩擦係数に伴う転動最表面でピッチングを発生させる応力が低減されることによるものである。
【0112】
尚、本発明は上記実施の形態及び上記実施例に限定されず、本発明の主旨を逸脱しない範囲内で種々変更して実施することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0113】
【図1】炭素分析用丸棒片を示す図である。
【図2】回転曲げ疲労試験片を示す図である。
【図3】ローラピッチング試験片を示すものであって、(a)は小ローラ試験片を示す図であり、(b)は大ローラ試験片を示す図である。
【図4】(A)〜(D)は熱処理1〜4それぞれの熱処理温度と熱処理時間を示す図である。
【図5】No.1、3、4とSCM420H試験片の1030℃、120分間の浸炭後の炭素濃度分布を示す図である。
【図6】(a),(b)は、SCM420Hの表面層の組織を示す写真である。
【図7】セメンタイトの微細化パラメータFPaと粒状化させたセメンタイトの平均直径(μm)の関係を示す図である。
【図8】図4(C)の熱処理3に示した熱処理条件で、より高濃度に浸炭した高炭素浸炭法の組織を示す写真である。
【図9】表1中SCM420Vを用いて高炭素浸炭法(図4(D)の熱処理4)によって得られる組織を示す写真である。
【図10】再加熱において分散させたセメンタイト粒子の直径と再加熱温度の関係を示す図である。
【図11】(A)〜(C)は、熱処理2の焼入れ硬化層を300〜500℃で焼戻し処理した後の焼戻し硬さの実測値と計算値の関係を示す図である。
【図12】ローラピッチング試験片を面圧290kgf/mm2においてピッチングが発生する繰り返し回数とセメンタイト平均粒径の関係を示す図である。
【図13】試験片の面圧290kgf/mm2においてピッチングが発生する繰り返し回数とセメンタイト平均粒径の関係を示す図である。
【図14】面圧と繰り返し数の関係を示すものであって、面圧強度に及ぼすショットピーニングとセメンタイト粒子径の影響を示す図である。
【図15】図14中に示したM試験片のローラピッチング試験後の転動面損傷部の断面を示す写真である。
【図16】KHP試験片の表面層のC、N濃度を示す図である。
【図17】SNCM220鋼材の浸炭浸窒による表面層のC、N濃度と残留オーステナイト量の関係を示す図である。
【図18】転動表面の凹凸面の凸部が略平坦化された状態を示す図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、転動部材及びその製造方法に係わり、特に、歯車、ベアリングの転動部材、そのレース、カム構成部品等の接触疲労強度・耐摩耗性を必要とする駆動力伝達部品に適用する高耐面圧用鋼部品及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の歯車減速装置や変速装置には、高出力化や軽量コンパクト化に対応した高い動力伝達力ニーズがますます高まっており、特に歯車やベアリング等に対しては、よりコンパクトで面圧強度が高い特性が望まれている。また、自動車や建設機械に使われる動力伝達装置においても、歯車、ベアリングなどでは高い接触疲労強度が要求されている。これらの面圧強度を高める手段として、歯車では浸炭処理や窒化処理等によって表面硬化することが通常的に実施されている。また、面圧強度を高める指針を通して表面の硬化をより高く、かつ焼き戻し軟化抵抗性を高めるようなMo等の積極的な鋼への添加等の材料的な手段がとられている。特に、近年においては、浸炭や浸炭浸窒処理後に焼き入れし、ショットピーニングを施し、積極的に表面硬度を高めるとともに、顕著な圧縮残留応力を付与する方法についても多く検討されている。
【0003】
また、浸炭方法によって鋼表面に高密度のセメンタイト粒子を析出させることによって、表面硬度を高めて面圧強度を高める方法も報告されている。
【0004】
さらに、介在物起点の接触疲労破壊を防止する観点からの鋼中における介在物量の低減を目指した高清浄度鋼の開発に関しても報告されている。
【0005】
転動部材において滑りを伴った転動もしくは転動の摩擦や接触応力(ヘルツ応力)による微小な剪断変形から生ずる発熱に起因する硬さの低減を抑制し、かつ、表面硬度をより高くするために、焼戻し軟化抵抗元素である例えばMoをより多く添加する鋼を浸炭することによって、転動部材の面圧強度(ピッチング、スポーリング強度)を高める手段が広く検討されている。しかし、接触応力が高くなるに従って、接触面積における油膜厚さがより薄くなり、結果としては潤滑性の劣化による摩擦力の増大が起こり、さらなる発熱とより大きな接触応力に基づく破壊剪断応力が発生する原因となり、大きな十分な面圧強度の向上が期待できない等の問題がある。また、Moは面圧強度が問題となる300℃近傍での焼戻し軟化抵抗性を効率的に改善するために、多量の添加は鋼材コストの顕著な増大を招くなどの問題点を有している。
【0006】
また、上記の浸炭品表面に対して強烈なショットピーニングを実施し、最表面部から約200μm程度に存在する残留オーステナイトをマルテンサイト変態させることによってより高い表面硬度と大きな圧縮残留応力を発生させる。これによって、面圧強度の向上を図っている報告がある。しかし、現実的には浸炭時に発生する粒界酸化物がショットによる微視的欠陥を誘発し、転動初期における摩耗粉の発生および面あれによる摩擦係数の増大によるマイナス効果によってピッチング強度が劣化し、さらに、転動面の内部から割れが発生するスポーリング損傷に対しては、前記ショットピーニングによって付加される圧縮残留応力がほとんど寄与しない。これらのことから、前記転動面表面でのマイナス効果によって、かえってスポーリング強度が劣化しやすい問題がある。
【0007】
また、浸炭法によって表面層にセメンタイトを高密度に分散析出させる高炭素浸炭もしくは高濃度浸炭法を歯車に適用する方法においては、基本的にはセメンタイトの析出効果によって転動面の硬度を高め、粒子分散効果による焼戻し軟化抵抗性を改善している例がある。しかし、例えば高炭素浸炭による方法で高密度にセメンタイト粒子を析出させる場合には、析出させるセメンタイト粒子の大きさが10μm以上と大きくなりやすく、かつセメンタイト粒同士の凝集が起こりやすく、また粒界に沿った巨大な析出が起こるため、この技術を歯車に適用した場合には脆弱なセメンタイト凝集体が破壊され、表面損傷の起点として顕著な歯元強度の低下をきたすなどの問題点がある。
【0008】
また、このようなセメンタイトの微細化および凝集性の防止を図る手段として高炭素浸炭方法の改善や鋼中の合金元素の調整を実施している。例えば、特開平4−160135(特許文献1)においては、Cr成分濃度を2〜8重量%に高め、さらに0.5〜4重量%Ni、0.01〜0.5重量%Nb、0.1〜2重量%V、0.05〜1重量%Moの内の1種以上を添加し、浸炭後の表面炭素濃度が2.0重量%以上にすることによって5μm以下のV系とCr系の炭化物および炭窒化物を表面から150μm深さの内部に析出させる方法が開示されている。しかし、上記炭化物および炭窒化物の析出する深さが浅いために、耐スポーリング性の改善を含めた面圧強度の改善が十分発揮されないこと、また、極めて硬質なCr系炭化物が高密度に分散析出する場合においては、相手歯車材を顕著に摩耗させること、また、Cr系炭化物は板状に析出しやすく、かつ、粒界に析出しやすいことから、十分な歯元曲げ疲労強度が得られない問題、さらに、CrとNiの多量添加は、材料を高価にする問題がある。
【0009】
さらに、特開平8−120438(特許文献2)では、高価な合金設計を改善しながら、かつ焼き入れ時の不完全焼き入れ層の発生を抑制するための材料と方法に関する技術が開示されており、Mn:0.2〜2.0重量%、Cr:0.2〜5重量%、V:0.1〜1.0重量%を各含有する鋼を用いて、表面から150μm内部まで炭素量が0.6重量%以上、窒素量が0〜1.0重量%となるように浸窒処理を施している。しかし、これは前記特許文献1とほぼ同じ問題点を有することが明らかである。
【0010】
さらに、類似の方法については、特開平8−3720(特許文献3)にも開示されており、多量のセメンタイトを析出させるとともに、焼き入れ性の確保の観点から、セメンタイトから排出されやすく、焼き入れ性を高めるNiとセメンタイト中に濃縮する程度が低く、かつ効果的に焼き入れ性を高めるMoを高濃度に添加する方法が開示されている。
【0011】
さらに、本発明者は特開平10−176219(特許文献4)において、接触する表面組織に、少なくとも平均粒径が0.3μm以下の微細な窒化物および/または炭窒化物を分散させ、これら窒化物および/または炭窒化物によって細かく分断されたマルテンサイト葉にてなる複合組織を有し、さらに、3μm以下のセメンタイト粒を分散させ、表面部硬さを補強する歯車部材を開示している。しかし、上記のように強力なショットピーニング処理を歯面に施した場合においては、接触する表面部に分散させたセメンタイト粒もしくはその周辺においてミクロ的なクラックが発生しやすくなり、面圧強度が強化されない問題がある。
【0012】
また、上述したように、強力なショットピーニング処理を6〜10μm深さの粒界酸化層を持つ歯面に施した場合においては、初期摩耗が顕著になり、かつ、同じ歯面で往復滑りを受けるような条件では急進的なピッチング破損が起こりやすい問題がある。
【0013】
また、ベアリングなどの軸受け製品においては転動寿命の改善を目的として、鋼中の酸化物、窒化物、硫化物系の介在物を低減する目的から、鋼の精錬段階において充分なる脱ガス工程と特殊なスラグを利用した脱硫、脱燐精錬を何段階にも実施して高清浄度な軸受鋼を使用する場合が多い。一般的には、10〜20μmサイズの酸化物系、硫化物系の介在物を低減した、このような高清浄度軸受鋼の使用によって転動寿命が約10倍ほどに改善されることが報告されている。しかし、通常の歯車などに使う低炭素な機械構造用鋼では、充分な清浄度が得られにくいこと、および仮にこのような高清浄度な機械構造用鋼が生産されるときの製造コストは非常に高価なものになる問題がある。従って、現状技術において低介在物レベルの機械構造用鋼が存在する場合においても面圧強度が改善できる、低コストな技術の開発が必要である。また、仮に鋼中の介在物量を低減させることができた場合においても、潤滑油中に混入してくるゴミや摩耗粉末などによって接触表面からの疲労損傷が起こりやすく、高面圧強化用部品としては耐ゴミ対応の表面強靭化、強化技術を織り込む必要がある。
【0014】
【特許文献1】特開平4−160135号公報
【特許文献2】特開平8−120438号公報
【特許文献3】特開平8−3720号公報
【特許文献4】特開平10−176219号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
前述したように、高炭素浸炭による方法で高密度にセメンタイト粒子を析出させる場合には、セメンタイト粒同士の凝集が起こりやすく、粒界に沿った粗大なセメンタイトの析出が起こる。従って、この技術を歯車のような転動部材に適用した場合には脆弱なセメンタイト凝集体が破壊され、表面損傷の起点として顕著な歯元強度の低下をきたす問題点がある。
【0016】
本発明は上記のような事情を考慮してなされたものであり、その目的は、粒界に沿った粗大なセメンタイトの析出を抑制した転動部材及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解決するため、本発明に係る転動部材の製造方法は、少なくとも、0.1〜0.35重量%のCと0.5〜2.0重量%のSiを含有し、0.05〜1.0重量%のV、0.3〜2.0重量%のCrおよび0.05〜0.8重量%のMoからなる群から選択された1種以上を含有する鋼材を準備する工程と、
前記鋼材に900℃以上の温度で浸炭処理を施すことによって、表面炭素濃度が0.8〜1.8重量%に調整された浸炭層を前記鋼材に形成した後に、一旦A1温度以下に降温させる工程と、
浸炭および脱炭が生じない非浸炭雰囲気中においてA1温度以上900℃以下の温度に前記鋼材を加熱してセメンタイトの粒状化処理を施すことによって、前記鋼材の表面側に2〜20体積%の粒状化セメンタイトを分散させるとともに、前記鋼材の表面窒素濃度が0.1〜1.0重量%になり且つ前記鋼材の表面から20μm以上の深さまで窒素を浸透させる浸窒処理をA1温度以上900℃以下の温度で施す工程と、
前記鋼材に焼入れ処理を施すことによって前記浸炭層より深く焼入れ硬化する工程と、
を具備することを特徴とする。
【0018】
本発明に係る転動部材は、少なくとも、0.1〜0.35重量%のCと0.5〜2.0重量%のSiを含有し、0.05〜1.0重量%のV、0.3〜2.0重量%のCrおよび0.05〜0.8重量%のMoからなる群から選択された1種以上を含有する鋼材からなる転動部材であって、
前記鋼材に形成され、表面炭素濃度が0.8〜1.8重量%に調整された浸炭層と、
前記鋼材の表面側に分散された2〜20体積%の粒状化セメンタイトと、
前記鋼材の表面から20μm以上の深さまで形成され、表面窒素濃度が0.1〜1.0重量%に調整された浸窒層と、
前記浸炭層より深く形成された焼入れ硬化層と、
を具備することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
以上説明したように本発明によれば、粒界に沿った粗大なセメンタイトの析出を抑制した転動部材及びその製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
本発明の実施の形態による転動部材及びその製造方法は、粒界に沿った粗大なセメンタイトの析出を抑制したものである。この転動部材の製造方法は、少なくとも、0.1〜0.35重量%のCと0.5〜2.0重量%のSiを含有し、0.05〜1.0重量%のV、0.3〜2.0重量%(好ましくは0.5〜1.4重量%)のCrおよび0.05〜0.8重量%のMoからなる群から選択された1種以上を含有する鋼材を準備し、前記鋼材に900℃以上の温度で浸炭処理を施すことによって、表面炭素濃度が0.8〜1.8重量%(好ましくは1.0〜1.8重量%)に調整された浸炭層を前記鋼材に形成した後に、一旦A1温度以下に降温させ、浸炭および脱炭が生じない非浸炭雰囲気中においてA1温度以上900℃以下の温度に前記鋼材を加熱してセメンタイトの粒状化処理を施すことによって、前記鋼材の表面側に2〜20体積%の粒状化セメンタイトを分散させるとともに、前記鋼材の表面窒素濃度が0.1〜1.0重量%になり且つ前記鋼材の表面から20μm以上の深さまで窒素を浸透させる浸窒処理をA1温度以上900℃以下の温度で施し、前記鋼材に焼入れ処理を施すことによって前記浸炭層より深く焼入れ硬化するものである。
【0021】
また、本実施の形態による転動部材の製造方法において、前記焼入れ処理を施す工程の後に、前記鋼材の表面にショットピーニング処理を施すことにより、前記鋼材に表面圧縮残留応力を60〜200kgf/mm2の範囲で残留させる工程をさらに具備することが好ましい。このように圧縮残留応力を発生させるショットピーニング処理を施すことによって、より高耐面圧が得られる転動部材を実現することができる。
【0022】
また、本実施の形態による転動部材の製造方法において、前記セメンタイトの粒状化処理後の前記浸窒処理時における前記鋼材のオーステナイト相のCr濃度が1.0重量%以下(好ましくは0.6重量%以下)であることも可能である。これにより、Cr窒化物の析出を防止することができる。
【0023】
また、本実施の形態による転動部材の製造方法において、前記浸炭処理を施すことによって前記鋼材の表面に発生する粒界酸化層が3μm以下に調整されることが好ましい。
【0024】
本発明の実施の形態による転動部材は、少なくとも、0.1〜0.35重量%のCと0.5〜2.0重量%のSiを含有し、0.05〜1.0重量%のV、0.3〜2.0重量%(好ましくは0.5〜1.4重量%)のCrおよび0.05〜0.8重量%のMoからなる群から選択された1種以上を含有する鋼材からなる転動部材であって、前記鋼材に形成され、表面炭素濃度が0.8〜1.8重量%(好ましくは1.0〜1.8重量%)に調整された浸炭層と、前記鋼材の表面側に分散された2〜20体積%の粒状化セメンタイトと、前記鋼材の表面から20μm以上の深さまで形成され、表面窒素濃度が0.1〜1.0重量%に調整された浸窒層と、前記浸炭層より深く形成された焼入れ硬化層と、を具備することを特徴とする。
尚、前記焼入れ硬化層は、50%マルテンサイト硬さ以上の硬さを有する層である。
【0025】
また、本実施の形態による転動部材において、前記鋼材は、1〜2重量%のMnおよび/または0.5〜2.0重量%のNiを含有し、Mo、Cu、W、Ti、B、Nb、Hf、Zr、AlおよびCaからなる群から選択された1種以上と不可避的な不純物元素を含有し、残部がFeからなり、A3変態温度が850℃以下に調整されていることが好ましい。
尚、前記不可避な不純物元素はP、S、N、O等である。
【0026】
また、本実施の形態による転動部材において、前記鋼材のマトリックスを規定するために、前記鋼材のA3パラメータであるPaA3が下記式(1)を満たすことも可能である。
PaA3=911−203(C+12N/14)1/2+40Si−41Mn−32Ni−12Cr+20Mo+37V+11W+70Al≦900 (1)
【0027】
また、本実施の形態による転動部材において、前記鋼材の表面を規定するために、前記焼入れ硬化層における400℃焼戻しビッカース硬さパラメータである(Hv)400℃が下記式(2)を満たすことも可能である。
(Hv)400℃=100+340(C+12N/14)1/2+180N+95Si+39Cr+54Mo+101V+26W≧700 (2)
【0028】
また、本実施の形態による転動部材において、前記粒状化セメンタイトの大きさを規定するために、前記粒状化セメンタイトの微細化パラメータであるFPaが下記式(3)を満たすことも可能である。
FPa=0.25Mn+36Cr+6.25Mo+144V+Si≧20 (3)
【0029】
また、本実施の形態による転動部材において、前記鋼材中のSi含有量をCr含有量の1.0倍以上とすることが好ましい。
また、本実施の形態による転動部材において、前記粒状化セメンタイトが分散された前記焼入れ硬化層に存在する旧オーステナイト結晶粒が10μm以下に微細化されていることが好ましい。
【0030】
また、本実施の形態による転動部材において、前記浸窒層は、10〜40体積%の残留オーステナイト相を含有することも可能である。
また、本実施の形態による転動部材において、前記鋼材の表面が滑りを伴う転動面であり、前記転動面の面粗さを構成する凹凸におけると凸部が略平坦化されており、前記略平坦化された凸部が前記転動面に対して50面積%以上を占めるとともに、前記面粗さが5μm以下に調整されていることも可能である。尚、前記凸部の略平坦化はポリッシングによって行う。
また、前述した本実施の形態による転動部材が歯車部材であることも可能である。
【0031】
また、本発明の他の実施の形態は、圧縮残留応力を発生させるショットピーニング処理を施すことによって、より高耐面圧が得られる歯車部材を開発したものである。本実施の形態においては、少なくとも、0.1〜0.35重量%のCと0.5〜2.0重量%のSiを含有し、0.05〜1.0重量%のV、0.3〜2.0重量%(好ましくは0.5〜1.4重量%)のCrおよび0.05〜0.8重量%のMoからなる群から選択された1種以上を含有する鋼材を用いた転動部材(例えば歯車部材)である。まず、表面炭素濃度が0.8〜1.8重量%(好ましくは1.0〜1.8重量%)で、且つ粗大なセメンタイトが析出されないように、900℃以上での浸炭処理(A処理)を施した後に、一旦A1温度以下に降温させ、次に、A1温度〜900℃で再加熱による粒状化処理(B処理)を行うことによって2〜20体積%の粒状化セメンタイトを分散させるとともに、その表面窒素濃度が0.1〜1.0重量%になるように、表面から20μm以上300μm未満の深さまで窒素を浸透させる浸窒処理を施した後に焼入れ処理を施したことによって表面硬化層が形成される。その表面硬化層と接する深部側の非浸炭層は焼入れ硬化されている。
【0032】
なお、前記浸炭処理は、例えば、歯車部材では、ピッチング、スポーリング損傷を起こさない最大ヘルツ面圧240kgf/mm2と同等以上の面圧強度を確保するために、浸炭処理後の焼入れ硬化層深さが歯車モジュールMの0.1〜0.3倍の距離となるように設定されることが好ましい。また、従来の浸炭焼入れされた歯面表面層における300℃焼戻し硬さがHv560以上であることに配慮して、前記歯車部材においては、微細なセメンタイト粒子が分散する表面硬化層(最大剪断応力位置以上の深さ)の硬さをHv600以上とすることが好ましいが、最大ヘルツ面圧300kgf/mm2相当のHv=700以上がより好ましい。
【0033】
また、前記非浸炭部の硬さは、従来通りに、Hv250〜500に調整するために、マルテンサイト硬さと鋼材中の炭素量の関係を考慮して、その下限炭素量を0.1重量%とすることが好ましい。さらに、前記焼入れ温度において、前記非浸炭部にフェライト相が析出しないように、その鋼材の上限炭素量は、最大2重量%のSiが含有されることを考慮して、A3温度が900℃以下となるように0.35重量%とすることが好ましい。
【0034】
なお、A3温度は、下記式によって算出されるものとする。
A3(℃)=911−203(C+12N/14)1/2+40Si−41Mn−32Ni−12Cr+20Mo+37V+11W+70Al
ここで、式中のC、N、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、V、W、Alは各元素の重量%を表示するものである。
【0035】
なお、前記浸炭、浸窒、焼入れ、300℃焼戻し処理後の炭素鋼材の表面層の硬さは(Hv0)300℃は、次式のように表記することが出来る。
(Hv0)300℃=200+380×(C+12N/14)1/2
(0.057〜2.75重量%:(C+N))
【0036】
例えば、2.0重量%(C+N)の焼入れ硬化層では、Hv737ほどの高硬度性が確保され、通常の浸窒処理で0.3重量%以上のNを浸透させた場合には、通常の浸炭焼入れ歯車部材に較べて、浸炭層の炭素濃度を1.8重量%に高めることによって、その面圧強度が改善されることがわかる。しかし、1.8重量%の炭素濃度で歯車部材を浸炭する場合には、粗大なセメンタイトが粒界に析出し、歯車部材の歯元曲げ疲労強度が顕著に劣化するために、本実施の形態では、浸炭による上限の表面炭素濃度を1.8重量%、より好ましくは1.5重量%として、前記のように浸炭処理後に一旦A1温度以下に冷却した後にA1温度〜900℃の温度範囲内に再加熱しながらセメンタイトの粒状化処理を施すことによって、平均粒径が1.5μm以下となるようにセメンタイト粒子を分散させるとともに、浸窒処理によってN濃度を0.1重量%以上、より好ましくは0.3重量%以上に拡散浸透させることが好ましい。また、後述するように、Siを2重量%、Crを1重量%添加した鋼では、その共析炭素濃度が約0.4重量%程度に低下するので、浸炭時の表面炭素濃度の下限値を0.8重量%とすることによって、最大5体積%のセメンタイト粒子が析出分散する。従って、(Hv0)300℃≧700を達成するためには、浸窒処理によって表面窒素濃度を1.0重量%とすることが必要であって、これを上限の窒素濃度とすることが好ましい。
【0037】
さらに、後述する予備テスト結果から、合金元素を含有する300℃における硬さ(Hv)300℃が次式で表記できる。
(Hv)300℃=200+380(C+12N/14)1/2+95Si+20Cr+25Mo+52V+10W
【0038】
前記浸炭および浸窒を行った表面層の硬さは、経済性を考慮しながら、Hv700以上となるようにN、Si、Cr、Mo、V、Wの添加量を調整されるものであるが、とりわけ、N、Siの安価な元素が焼戻し軟化抵抗性を顕著に改善し、高硬度化に寄与することが好ましい。また、400、500℃における硬さ(Hv)400℃、(Hv)500℃の表示式を下記に示す。
(Hv)400℃=100+340(C+12N/14)1/2+180N+95Si+39Cr+54Mo+101V+26W
(Hv)500℃=80+230(C+12N/14)1/2+380N+95Si+56Cr+108Mo+205V+52W
【0039】
これらの結果から、浸窒処理によって表面から拡散浸透させるNが300℃以上の高温域において顕著な焼戻し軟化抵抗性を示すことと、より優れた前記面圧強度を実現させるために、本実施の形態においては、400℃焼戻し硬さが、Hv700(750)以上となるように設定されることがより好ましく、本実施の形態における浸窒処理は不可避条件である。
【0040】
なお、歯車のスポーリング強度を高めるためには、上記最大剪断応力発生位置以上にNを拡散浸透させることが必要である。通常よく観察されるスポーリング亀裂深さまで、表面から0.1mm以上の深さ、より好ましくは0.3mm以上の深さにまでNを拡散浸透させることが好ましい。しかし、窒素の固溶によって顕著に安定化される残留オーステナイトが、表面からより深い位置に多量に形成される場合には、逆に面圧強度の劣化が危惧されることから、窒素の拡散浸透距離を0.2mmにとどめることが好ましく、さらに、転動表面から後述するショットピーニングによって加工硬化される領域内にとどまるように、0.1重量%N位置が0.1mm以内とすることがより好ましい。
【0041】
歯車部材同士の噛合う接触面においては、滑りを伴いながら転動するために、油中における歯面表面であっても、境界潤滑状態が発現し、微視的な摩擦力の働きや凝着によって、最表面において、表面に対して30〜45°の角度で亀裂が進展し、扇型状に歯面が損傷(ピッチング現象)したり、歯面が摩耗しやすくなり、よりヘルツ面圧が高くなるほどこれらの損傷が起こり易くなる。そこで、本実施の形態では、Cu系焼結摺動材料中に分散させた硬質粒子が耐凝着性と耐摩耗性を顕著に改善する役割と同様に、歯車表面層におけるセメンタイト粒子(硬質粒子)が摺動条件下では、その歯面における耐凝着性と耐摩耗性を顕著に改善する。セメンタイトの下限添加量はSUJ2中のセメンタイト分散量を参考に2体積%とし、上限添加量は、セメンタイト粒子が凝集して粗大化しやすくなる20体積%とすることが好ましい。さらに、上記浸炭処理によってオーステナイト中に固溶される最大炭素濃度(1.8重量%)を参考にして上限添加量は20体積%としたが、セメンタイト粒子の分散量は15体積%に抑えて使用することが好ましい。
【0042】
後述するように、強力なショットピーニングを硬質な歯面に施した場合、その表面硬さは約Hv800〜950に加工硬化されるだけでなく、強力な圧縮残留応力が付加されることによって、表面からの亀裂発生、進展が抑制されるように作用して、ピッチング強度が改善される。しかし、ショットピーニングを施した際、表面から0.20mmの深さにまで顕著に加工硬化され、セメンタイト粒が粗大な場合には、ショットピーニングによってそのセメンタイトが破損される危険性があり、この危険性を回避することが重要である。このことから、少なくとも表面から0.30mm深さに分散させるセメンタイト粒子の平均粒径を1.5μm以下に微細化することが好ましい。
【0043】
さらに、前記滑りを伴う転動表面では、摩擦熱や大きな面圧がかかることによる弾性変形などによって、また転動面表面温度が上昇することによって、その転動面表面層の硬さや残留応力が低下するために、十分なピッチング強度の改善は出来ないという問題がある。この問題に対しては、前記スポーリング強度の改善方法と同様に、(1)表面硬化層(浸炭焼入れした硬化層)中に平均粒径1.5μm以下のセメンタイト粒子を高密度(2〜20体積%)に分散させること、(2)300℃での焼戻し軟化抵抗性を高めるSi、Cr、Moを適正に添加すること、(3)浸窒処理によってNを表面層に拡散浸透させることを、本実施の形態の主旨としており、300℃での焼戻し硬さがHv700以上となる表面硬化層を具備させることを特徴としていることは前述したとおりであるが、400℃での焼戻し硬さがHv700以上となる表面硬化層を具備することがより好ましい。
【0044】
さらに、本実施の形態で利用される鋼材には0.5〜2.0重量%のSiが添加され、その転動部材の表面焼入れ硬化層の焼戻し軟化抵抗性を改善することができる。
【0045】
下限Si添加量は、前記300℃の焼戻し硬さ(Hv)300℃の表示式を参照して、焼戻し軟化抵抗性が明確に現れる0.5重量%とするが、他の合金元素に較べ、経済性に優れることから、1重量%とすることがより好ましい。また、Siはフェライト安定化元素であり、Si添加によってA3温度が上昇するために、多量のSiを含有させた鋼材を用いた転動部材においては、前記表面硬化層の深部にある非浸炭部に軟質なフェライト相が形成されないように焼入れ温度を高めることが好ましく、さらに、焼入れ温度が高くなりすぎた場合においては、前記表面硬化層中に分散させた粒状セメンタイトが1.5μm以上に粗大化するとともに、焼入れ温度で加熱時のオーステナイト結晶粒が粗大化しやすくなることから、900℃以下の焼入れ温度に調整するためにその上限Si添加量を2重量%とすることが好ましい。
【0046】
またさらに、A3温度を低下させるオーステナイト安定化元素である0.1〜0.35重量%のC、0.3〜2重量%のMnおよび0〜3重量%のNiのうち1種以上を添加、調整することによって、下記に示すA3温度が900℃以下となるようにして、セメンタイト粒を1.5μm以下により微細化し、前記オーステナイト結晶粒度の微細化を図ることがより好ましく(A3温度は前記A3表示式に従う)、さらに、A3温度を850℃以下にすることがより好ましい。また、その際の鋼中の1.0〜2重量%のMnおよび0.5〜3重量%のNiの1種以上を含有させることが好ましい。
【0047】
また、上記セメンタイト粒子を1.5μm以下に微細化するためには、前記焼入れ温度をより低温化するだけでなく、セメンタイト中に濃縮しやすい合金元素が含有された鋼材を利用することが重要である。本実施の形態においては、オーステナイト中にセメンタイトが分散されている時の合金元素Mの分配係数γKM(セメンタイト中の合金元素濃度の重量%/オーステナイト中の合金元素濃度の重量%)が大きいCr、V、Moのうちの1種以上が含有されることを特徴とする。
【0048】
なお、900℃におけるγKCr:6.4、γKV:12.3、γKMo:3.5、γKMn:2.1、γKNi:0.22、γKSi:0であり、また、γKM≧1の合金元素は低温になるほどより大きく、γKM≦1の合金元素は低温ほどより小さくなり、焼入れ温度を850℃以下に下げることによって、Cr、V、Mo添加によるセメンタイトの微細化作用がより大きくなる。
【0049】
さらに、γKMが大きい元素ほど、単位添加量当たりのセメンタイト成長の遅滞作用は大きくなることがわかる。例えば、V、Moはセメンタイトに対する固溶度(0.6重量%V、2重量%Mo)がCr(16重量%Cr)に較べて少なく、過剰の添加によってはV4C3やM6Cなどの特殊炭化物として、セメンタイトの微細化に対する作用量が限定されることから、本実施の形態においては、0.5〜2.0重量%のCr、0.05〜0.16重量%のV、0.05〜0.8重量%のMoのうち1種以上を添加することを特徴とする。
【0050】
また、V上限添加量は、Vがセメンタイト中に固溶限(0.6重量%V)まで固溶した20体積%のセメンタイトと前記γKV=12.3とオーステナイト中のV濃度から算出される鋼中のV含有量(0.16=0.6×0.2+0.6÷12.3×0.8)とし、Mo上限添加量(0.86=2×0.2+2÷3.5×0.8)についても同様に算出したものである。
【0051】
なお、後述するように、合金元素によってセメンタイト粒子の微細化される挙動と加熱温度、時間に伴うセメンタイト粒子の成長性がほぼセメンタイトのオストワルド成長機構として近似される。従って、セメンタイトの微細化パラメータであるFPaを次式
FPa=(1−γKMn)2×Mn+(1−γKCr)2×Cr+(1−γKMo)2×Mo+(1−γKV)2×V+(1−γKSi)2×Si=0.25×Mn+36×Cr+6.25×Mo+144×V+Si
と定義し、セメンタイト粒子の平均粒径が1.5μm以下となるFPa=20以上に、より好ましくはFPa=30(平均粒径1μm)以上に調整されるものとする。
【0052】
また、前記鋼材を表面炭素濃度が高濃度となるように浸炭する場合においては、浸炭処理時において、粗大なセメンタイトが表面層に分散することを避けるために、Si添加量がCr含有量の1.0倍以上、より好ましくは1.5倍以上添加したことを特徴とする。
【0053】
また、上記算出結果から、オーステナイト中のV、Moの最大濃度が、0.05重量%V、0.57重量%Moとなることがわかる。オーステナイト中のCr濃度が1重量%を超えた場合には、A1〜900℃の温度で浸窒処理する際に、Cr窒化物が析出することを避けるために、Cr上限添加量(2.06=1×6.4×0.2+1×0.8)は2重量%と設定されるが、オーステナイト中のCr濃度が0.6重量%に相当する1.2重量%とすることがより好ましい。同様に、上記の窒素の拡散浸透処理によってより硬質なAlNを析出分散しやすくするために、Al添加量を0.1重量%以下にとどめておくことが好ましい。
【0054】
また、前記再加熱焼入れ温度(A1〜900℃)において微細なセメンタイト粒を2〜20体積%分散させた状態でのオーステナイトの結晶粒(D、μm)は、ほぼ、D=2/9×(d/fθ)の関係で表示される。従って、例えば平均粒径d=1.5μmのセメンタイト粒が15体積%(体積分率fθ=0.15)で分散した場合には、オーステナイトの平均結晶粒径Dが5μm以下に微細化されることがわかり、さらに、焼入れ温度を800〜850℃程度に下げて、セメンタイト粒を平均粒径0.5μmに微細化し、2体積%分散させた場合には、オーステナイトの平均結晶粒径Dは11μm以下に微細化されることがわかる。そこで、本実施の形態においては、旧オーステナイト粒径を10μm以下(ASTM No.10)に微細化し、より好ましくはセメンタイトの下限分散量を5体積%としてオーステナイト結晶粒を5μm以下にまでより微細化することである。
【0055】
なお、上記のようにγKMの大きな合金元素(Cr、V)は、セメンタイト粒子が共存するオーステナイト相中ではセメンタイト中に濃縮し、オーステナイト相中の合金元素濃度が低減するために、セメンタイト粒子が分散する浸炭層の焼入れ性が劣化し、十分な硬さの表面硬化層が得られない問題が発生する。しかし、本実施の形態においては、オーステナイト中に濃縮するSi、Ni、Al、Bの添加量およびセメンタイトへの濃縮傾向が小さいMn、Moの添加量を調整して、セメンタイト粒子が分散する浸炭層の焼入れ性を確保している。
【0056】
通常のRXガス浸炭を施した歯車部材の歯面表面層のオーステナイト粒界(旧オーステナイト粒界)には、粒界酸化物が形成され、その粒界酸化物周辺には、その酸化物の主成分となるSi、Mn、Cr、V等の合金元素の不足する領域が形成され、その領域における焼入れ性が劣化することによって不完全焼入れ層が表面から約50μmの深さまで形成されやすい。本実施の形態では、A1〜900℃で浸窒処理を施し、表面層に窒素を拡散浸透させることによって、不完全焼入れ層が形成される深さ以上に窒素を拡散浸透させ、前記焼入れ性の劣化を改善することによって、不完全焼入れ層の生成を防止するものであり、その作用がより明確に確認される0.1重量%Nを下限窒素濃度とすることが好ましく、より好ましい下限窒素濃度は0.3重量%である。
【0057】
またさらに、窒素は焼戻し軟化抵抗性を顕著に高める作用を有することから、少なくとも、表面層における窒素濃度の下限値を0.1重量%、より好ましくは0.3重量%で調整することである。また、拡散浸透させた窒素は、Ms温度を顕著に低下させて、焼入れ処理後の残留オーステナイトを多く生成させ、60体積%を超えた場合に、焼入れ硬さが急速に低減し始めることを考慮して、本実施の形態においては、転動部材表面の浸窒層における残留オーステナイト相量を、10〜60体積%とすることを特徴とする。また、後述するショットピーニング処理後の残留オーステナイト量が60体積%を超えた場合に、十分な圧縮残留応力が確保されないことを考慮して、前記窒素濃度の上限値は1重量%が好ましいが、より好ましくは0.8重量%である。
【0058】
さらに、上記粒界酸化物の生成を原因とする不完全焼入れ層の発生を抑制するには、Si、Mn、Crの含有量を低減することと、Ni、Mo元素を多く添加することである。しかし、前述のように、粒界酸化物の存在はショットピーニング処理によるピッチング強度の劣化につながることから、本実施の形態においては、真空浸炭法、プラズマ浸炭法やN2ガスベースとするほぼ酸素フリーな浸炭法を適用し、粒界酸化層の深さが少なくとも3μm以下、好ましくは1.5μm以下である。
【0059】
また、前記浸窒処理時において、Acmを超える炭素ポテンシャルを伴う浸窒処理を施した場合には、最表面層近傍において、粗大な粒界セメンタイトの発生が器具されることから、本実施の形態においては、N2、Ar、H2のうちの1種以上のガスもしくは真空雰囲気などの非浸炭性雰囲気で、かつ、浸窒雰囲気を形成させるガス成分(アンモニアなど)を加えて浸窒処理することが好ましい。
【0060】
上述した歯車部材は、熱処理後において、少なくとも歯面部、歯底部にショットピーニング処理を施して、これらの部位において600〜2000MPaの圧縮残留応力を付与して、歯元曲げ疲労強度が80kgf/mm2以上となるような高強度歯車部材の高耐面圧性を改善することを前提にして用いられるものである。
【0061】
また、滑りを伴って転動する歯車歯面において、潤滑油による潤滑状況が改善されることがピッチング強度の向上に有効であり、上記の歯車部材においても、前記ショットピーニング後に、バフ研磨やバレル研磨を施して、図18に示すように、転動面の凸部を略平坦化し、さらに、その略平坦化した部分と凹部からなる面粗さが5μm以下に抑制することが好ましい。
【0062】
次に、各種合金元素の機能について説明する。
(炭素、窒素)
上記歯車部材に用いる鋼材にあらかじめ含有される炭素量0.1〜0.35重量%は、歯車部材の素地硬さと歯車部材の機械加工性を確保する観点から、従来の浸炭用鋼に適用される範囲をさほど逸脱するものではない。しかし、前述のようにフェライト安定化元素である2重量%のSiの添加によっても、焼入れ温度900℃で、オーステナイト化するようにその上限の炭素添加量を0.35重量%とした。
【0063】
上記転動面焼入れ硬化層においては、スポーリング強度とピッチング強度を高めるために浸炭によって0.8〜1.8重量%の範囲内に炭素濃度を高める。さらに、少なくとも表面から0.1mm深さの位置においては、平均粒径が1.5μm以下の粒状セメンタイトを2〜20体積%分散析出させながら、Nを表面から20μm以上に拡散浸透させた後に焼入れすることによって表面層を高硬度化させることと焼戻し軟化抵抗性を改善する。これによってスポーリング強度を高め、さらに、上記歯面にショットピーニングを施す際のセメンタイト粒子の損傷によるピッチング強度の低下を防止するとともに、ショットピーニングによる圧縮残留応力を発生させる。その結果、歯面における耐焼付き性、耐摩耗性およびピッチング強度の向上を図るとともに、歯元、歯底強度の向上を図ることができる。なお、これらセメンタイト粒子の微細化を図る上で、Cr、V、Mo等の合金元素を添加することは後述するように重要なことである。
【0064】
また、上記浸炭は900℃以上の温度域で実施されることが好ましい。より高炭素濃度でかつより高深度まで炭素を拡散浸透させる場合においては、1150℃までのより高温域での浸炭が好ましい。その後の粒状化処理を施す場合においては浸炭後に一旦A1温度以下に冷却し、少なくとも1回以上の再加熱粒状化処理によってセメンタイト粒の微細化を図ることが好ましい。本実施の形態では、これらの微細なセメンタイト粒子が分散する深さが、歯車の接触面圧によって生じる最大剪断応力位置よりも深く、より好ましくは0.3mm以上である。
【0065】
また窒素は、上記表面層中に0.1〜1.0重量%含有するように拡散浸透させ、ショットピーニング後においても残留オーステナイトを10〜40体積%残留させるものとし、さらに、歯車部材の最表面層に形成されやすい不完全焼入れ層の形成を防止し、焼戻し軟化抵抗性の改善によってピッチング強度を高めるものである。
【0066】
(Ni、Si、Al、B)
多量の粒状化セメンタイトが分散するオーステナイト母相においては、Mn、Cr、Mo、V等の合金元素がセメンタイト中に濃縮し、オーステナイト母相の合金元素が希薄になることによってオーステナイトの焼入れ性が顕著に低下し、また焼戻し軟化抵抗性も低下するようになる。このため、セメンタイトよりもオーステナイト中に濃縮するSi、Ni、Bの1種以上を0.5重量%以上添加することが好ましい。また、これら元素の添加量の上限は、Niがコスト的な観点から3重量%とすることが好ましく、Siが鋼製造上の介在物量の観点から2重量%以下とすることが好ましい。また、焼戻し軟化抵抗性を高める観点からは、Si添加量が極めて有用であり、Siの下限値を1.0重量%とすることがより好ましい。
【0067】
また、Alを高濃度に含有する鋼にRXガス浸炭処理を施す場合においては、粗大なAlNが粒界に析出しやすいことから、通常の脱酸、結晶粒の微細化を目的とする添加範囲〜0.1重量%に制限することが好ましい。さらに、Ti、Nb、Zr、Vのいずれか1種以上の合金元素が0〜0.2重量%添加されて、浸透する窒素をトラップすることが好ましい。
【0068】
(Cr、V)
Cr、Vはセメンタイト中に顕著に濃縮することによって、上記浸炭後のセメンタイト粒子を微細化する役割を果たすことは、本発明者が特開平11−117059にて開示している。Cr下限添加量は、セメンタイト粒の微細化が顕著に現れる0.3重量%とし、上限添加量は、900℃での前記浸窒処理によって、Cr窒化物が析出しない1重量%のCrを含有するオーステナイト中にCrが濃縮されたセメンタイト(γKCr=6.3)20体積%が分散される条件から算出された鋼材のCr濃度である2.0重量%とすることが好ましい。しかし、より好ましくは、850℃で浸窒処理を施し、その際にCr窒化物が析出しない0.6重量%Crを含有するオーステナイト中にCrが濃縮されたセメンタイト(γKCr=8.5)20体積%が分散される条件から算出された鋼材のCr濃度である1.5重量%とすることである。
【0069】
またさらに、前記浸炭中に粗大なセメンタイトがオーステナイト粒界に析出しないように、SiをCr添加量の1倍以上とすることが好ましいが、より好ましくは1.5倍以上に調整することである。
【0070】
また、Vは、オーステナイト/セメンタイト間のセメンタイトへの濃縮傾向がCrの2倍ほど強く、セメンタイト粒子をより微細化するが、経済的な観点からは、Crの微細化作用を促進させる役割として、Crと共存添加させることが好ましく、その上限添加量は、VCの固溶度の結果と焼戻し軟化抵抗性を考慮して0.16重量%とした。
【0071】
(Mn、Mo、B)
Mn、Moは、オーステナイト/セメンタイト間のセメンタイト中への濃縮傾向が比較的小さいことから、上記オーステナイトの焼入れ性に有効に作用できる合金元素である。このことから、本実施の形態においては、通常の機械構造用肌焼き鋼の範囲としてMnを1.0〜2.0重量%に限定し、Moを0〜0.8重量%に限定してもよいと考えられる。また、焼入れ性を向上させるBの添加は通常の機械構造用肌焼き鋼の範囲が好ましい。
【0072】
(Nb、Ti、Hf、Zr)
また、高温浸炭時の結晶粒粗大化防止の観点からはNb、Ti、Hf、Zrを0.01重量%以上添加することが好ましいが、上限値は経済的な観点から0.2重量%とすることが好ましい。
【0073】
Ca、S、Pbは、通常において切削性の改善を主目的に添加することが多い。このような目的のためには上記の本実施の形態の面圧強度改善効果と勘案して必要目的に応じて添加量を調整しながら使用することが好ましい。
また、上記鋼材中のP、N、Oは歯車用鋼材としての通常の適用範囲で添加されることが好ましいが、O≦0.002重量%、P≦0.03重量%であることがより好ましい。
【実施例】
【0074】
次に、本発明の実施例による転動部材およびその製造方法について図面を参照しつつ説明する。
【0075】
(1)試験片の準備
本発明で用いた供試鋼の組成を表1に示した。供試鋼中の炭素濃度は、歯車等の肌焼き鋼として使用される約0.2重量%のものとした。さらに、市販のSCM420H、SNCM220H、SNCM420Hも使用した。試験は、図1〜図3にそれぞれ示した炭素分析用丸棒片、回転曲げ疲労試験片、ローラピッチング試験片を用いて実施した。なお、ローラピッチング試験片用の大ローラ片にはSUJ2を焼入れ焼戻し、硬さをHRC64に調整した。
【0076】
【表1】
【0077】
(2)熱処理試験
本試験の浸炭、浸炭後の粒状化処理は真空浸炭炉を主として用い、一部はRXガスとブタンガスを用いたRXガス浸炭を実施した。
【0078】
まず、図4(A)の熱処理1に示すように、1030℃で15分間均熱した後にメタンガスの導入と排気によって炭素の浸炭と拡散を行いながら浸炭期と拡散期の全時間の比率を1:1.15として120分間の浸炭処理後(浸炭期55分、拡散期65分)にN2ガス冷却したものを850℃に60分間の再加熱を行い、(N2+10体積%NH3)ガス中で保持した後に油焼入れした試験片表面からの炭素分析と組織観察を行った。
【0079】
代表的な例として、No.1、3、4とSCM420H試験片の炭素濃度分析を図5に示し、SCM420Hの表面層の組織を図6(a)、(b)に示した。約1重量%のCrを含有するSCM420Hでは、浸炭処理中に最表面〜約0.07mm位置に粗大なセメンタイト(約8.6μm)が多量に析出分散し、その表面炭素濃度(3.03重量%)が3重量%以上にまで高まっている。これに対して、No.1、3、4のように、Cr含有量に対して1.0倍以上のSiを共存含有させることによって浸炭処理中のセメンタイトの析出が防止され、最表面層位置から0.3mm位置での炭素濃度が約1.3重量%となることがわかる。また、表面から0.6mm深さ位置では約1重量%C、0.8mm位置で約0.7重量%Cとなるような炭素濃度分布が得られることがわかる。A1〜900℃の再加熱、粒状化処理、焼入れによって約0.7mm位置までセメンタイト粒子を分散させることが可能になることがわかり、例えば、No.4では約0.6mm位置においてはSUJ3軸受鋼と同等レベルのセメンタイト量が分散されることがわかる。また、表1中のNo.5の場合には、同様にSUJ2と同様のセメンタイト粒子が分散した組織が得られることがわかる。
【0080】
なお、表1の右欄に、浸炭処理中に粗大セメンタイトが析出する合金に対しては×印、析出が防止された合金に対しては○印で示した。
【0081】
また、走査型電子顕微鏡(SEM)によって観察したSCM420Hの最表面組織(図6(b)参照)から、前記粗大なセメンタイト(粒界、凝集)以外にも、再加熱工程によって母相中において、1.5μm以下の粒状化されたセメンタイト粒子が微細に分散されていることが分かる。
【0082】
なお、これらの粗大セメンタイトが表面層に析出することは、疲労強度を大幅に劣化させることが考えられ、この粗大セメンタイトの析出を防止するために、前述のようにCr添加量の1倍以上、より好ましくは1.5倍以上のSiを含有させた鋼を用いるのが有効であることがわかる。
【0083】
また、上記真空浸炭において、表面炭素濃度を1.0重量%以上に制御するためには、(拡散期時間/浸炭期時間)の比率を2以下、より好ましくは1.5以下として、浸炭温度は950℃以上、より好ましくは1000℃とする。
【0084】
表1の右欄には前記再加熱、浸窒処理時間を4時間とする図4(B)の熱処理2を施し、表面から0.2mm位置に析出分散したセメンタイト粒の平均粒径を記載したが、分配係数γKMの大きいCr含有量が多いほど微細になり(No.1、No.3、No.4、No.5)、さらに、Vは添加量が少なくても微細化に顕著に作用することがわかる(No.1、2、4、SCM420HとSCM420HV)。また、No.3、No.4の比較から、Moもセメンタイトの微細化に有効であることがわかる。
【0085】
図7は、セメンタイトの微細化パラメータFPaを、FPa=0.25×Mn+36×Cr+6.25×Mo+144×V+Si、(FPa=(1−γKMn)2×Mn+(1−γKCr)2×Cr+(1−γKMo)2×Mo+(1−γKV)2×V+(1−γKSi)2×Si)と定義して、再加熱によって粒状化させたセメンタイトの平均直径(μm)の関係を図示したものである。上述した合金元素と添加量の関係がよく成立することがわかり、例えば、再加熱温度を850℃とした場合、平均粒径1.5μm以下のセメンタイト粒子を得るためには、FPaが20以上となるように鋼中の合金元素を調整することが必要であることがわかる。
【0086】
上記浸炭処理後の再加熱粒状化処理によって、焼入れ硬化層中に微細なセメンタイトを析出させる適正な深さは、転動部材(歯車部材)接触最大面圧から計算される最大剪断応力位置よりも深い位置にあることが好ましい。多くのスポーリング損傷位置が0.2mm深さ以上の深部に位置することから、5体積%セメンタイト析出深さは、1.05重量%C位置で0.3mm以上が必要であり、図5に示す炭素濃度分布からこの条件が十分に達成されることがわかる。
【0087】
なお、上記表面炭素濃度を1.0重量%以上としたのは、硬質なマルテンサイト母相中に5体積%以上のセメンタイト粒子を分散析出させ、少なくとも軸受鋼以上の耐面圧強度を得るようにするためである。より好ましい表面炭素濃度は、後述する300℃での焼戻し硬さの関係から1.2重量%以上である。
【0088】
また、上記炭素濃度が高くなるほど再加熱による粒状化処理が1回で十分でないことが考えられるので、この場合には、複数の粒状化処理を施すことが好ましく、1回目の再加熱温度は730〜780℃が好ましい。
【0089】
再加熱、粒状化、浸窒処理工程における浸炭雰囲気の影響と過熱温度の影響を調べる目的で、図4(C)、(D)に示す熱処理3と熱処理4について検討した。
【0090】
図8は、図4(C)の熱処理3に示した熱処理条件で、浸炭処理(1000℃、浸炭期時間/拡散期時間=1)を繰り返して浸炭中に析出分散するセメンタイトを核にしてより高濃度に浸炭した高炭素浸炭法の組織(表1中のSCM420H、表面炭素濃度3.2重量%、表面硬さHv880)を示した。高温での長時間浸炭処理によって表面層近傍のセメンタイトが凝集した粗大なセメンタイト、さらに深い位置では中程度に粗大化したセメンタイトと母相中には1.5μm程度のセメンタイト粒子が分散しており、再加熱後の浸炭によって表面層に粗大なセメンタイトが析出することがわかった。
【0091】
また、図9は、上記粗大化セメンタイトの微細化を図るために、Cr、V濃度を高めた鋼(表1中SCM420V)を用いて、さらに、追加浸炭温度を900℃に下げた高炭素浸炭法(図4(D)の熱処理4)によって得られる組織を示したものである。浸炭処理によって析出するセメンタイトは、図8の例に較べて、顕著に小さくなるが、平均粒径が1.5μm以下に調整できない。また、析出、分散するセメンタイトの凝集による粗大化が避けられないことがわかり、転動部材の疲労強度やショットピーニング時のセメンタイトの破損防止に好ましくないことがわかる。
【0092】
図10は、前記の熱処理2、熱処理3、熱処理4の再加熱温度において分散させたセメンタイト粒子の平均粒径と再加熱温度の関係を示したものであり、再加熱時に浸炭した(高炭素浸炭法)合金記号にはHCを記載している。例えば高炭素浸炭したSNCM220HCと再加熱したS50C、SCM420とはほぼ同じ温度依存性を示し、セメンタイトの平均粒径はほぼ同じ合金の拡散機構で成長することがわかる。さらに、高炭素浸炭法のSNCM220HCと再加熱法のSNCM220との比較によって、再加熱、浸窒処理時に浸炭によって表面層を加炭することが好ましくないことがわかる。
【0093】
(3)焼戻し軟化抵抗性
本実施例においては、前記高濃度浸炭、浸窒処理によってセメンタイトを高密度に析出分散させた熱処理2の焼入れ硬化層を300〜500℃で焼戻し処理した後の硬さデータを加え、焼戻し硬さと炭素、窒素量の関係を表2、図11(A)、(B)、(C)に示した。図11(A)に示す300計算Hvは下記式(4)であり、図11(B)に示す400計算Hvは下記式(5)であり、図11(C)に示す500計算Hvは下記式(6)である。
【0094】
(Hv)300℃=200+380(C+12N/14)1/2+95Si+20Cr+25Mo+52V+10W (4)
(Hv)400℃=100+340(C+12N/14)1/2+180N+95Si+39Cr+54Mo+101V+26W (5)
(Hv)500℃=80+230(C+12N/14)1/2+380N+95Si+56Cr+108Mo+205V+52W (6)
【0095】
その結果、300℃での焼戻し硬さは、前記焼戻し硬さの計算式に基づいて、(C重量%+12/14×N重量%)1/2に比例して焼戻し軟化抵抗性が顕著に改善されることがわかる。さらに、400℃、500℃の焼戻しにおいては、浸窒処理で拡散浸透させたNが、さらに顕著な焼戻し軟化抵抗性を発現し、特に500℃の焼戻しにおいて最も顕著に現れることがわかる。なお、400℃以上の焼戻しによる顕著な焼戻し軟化抵抗性は、Nと親和力の強いCrの存在が重要と考えられ、表2のNo.1の焼戻し軟化抵抗性から、Crが0.3重量%以上、好ましくは0.5重量%以上を鋼中に含有させておくことが良いことがわかる。
【0096】
さらに、No.1〜No.6で代表される本発明鋼を利用することによって、500℃の焼戻しにおいても、Hv650以上(HRC58以上)の高硬度性が得られ、潤滑条件の厳しい転動部材においても、高い面圧強度や耐摩耗性が得られる。
【0097】
【表2】
【0098】
(3)滑りを伴う転動面圧強度の調査
図3に示したローラピッチング試験片を用いて、小ローラの回転速度を1000rpm、滑り率40%、潤滑油(#30エンジンオイル)の油温60℃の条件で転動面圧強度の確認を行った。
【0099】
(3−1)転動面圧強度に及ぼすセメンタイト粒子径の影響
本例では、熱処理1〜4の各種浸炭法によって得られる転動面に析出するセメンタイト粒子の大きさと転動面強度の関係を調査するが、それらの結果は予備試験で求めたSCM420H、SNCM220H、SNCM420Hの通常の浸炭焼入れの転動面圧強度と比較して検討した。
【0100】
図12は、SCM420H鋼材を熱処理3と熱処理4の浸炭温度と最終の再加熱浸炭工程の条件を調整して各種粒径のセメンタイトを析出分散させたローラピッチング試験片(図中凡例A〜Mに表面炭素濃度とセメンタイトの平均粒径を表示)を面圧290kgf/mm2においてピッチングが発生する回転数と転動面硬さ、セメンタイト平均粒子径の関係を示したものである。さらに、上記通常の浸炭焼入れ材の転動面圧強度を実線で示した。
【0101】
その結果、明らかにセメンタイト粒子の分散によって耐面圧強度が改善されるが、セメンタイト平均粒径が3μm以下においてその改善作用が大きく、セメンタイト粒子径がより大きくなるにしたがってその改善作用が低減することが分かる。
【0102】
また、図13にはSCM420Hに熱処理2を施した試験片とSCM420Hに熱処理4の最終工程の浸炭条件にアンモニアガスを10体積%添加して浸炭浸窒処理した試験片の面圧290kgf/mm2におけるピッチング強度の結果を示したものである。浸窒処理によって表面窒素濃度が0.4〜0.8重量%に高まり、SCM420H材においても明確な面圧強度の改善が認められる。例えばセメンタイトの平均粒子径が3μmの大きさであっても十分な強度改善が認められる。これが窒素の浸透拡散によって生成される安定な残留オーステナイトの存在によってセメンタイト粒子位置における応力集中が緩和されることと、焼入れ硬化層中の窒素による焼戻し軟化抵抗性の改善によることがわかる。
【0103】
(3−2)転動面圧強度に及ぼすショットピーニングとセメンタイト粒子径の影響
さらに、図12に示した試験片と表2に示したNo.1〜No.5に浸窒処理を施し、セメンタイト粒径を1.5μm以下に調整した試験片にアークハイト0.6以上でHRC57、平均粒径0.8mmの剛球を使ったショットピーニングとその後に平均粒径0.2mmの剛球を使ったショットピーニング処理(WHSP)を施したもののピッチング強度の調査結果を図14に示した。なお、図14中の「S」はショット、「P」はポリッシュを意味する。ショットピーニング後の転動面硬さはほぼすべてHv900〜930程度に加工硬化されている。
【0104】
その結果、通常の浸炭焼入れ(GCQT)後にショットピーニングを施したGCQT+WHSP試験片の面圧強度はGCQT試験片に較べて顕著に改善されるが、平均粒径3μm以上のセメンタイトを含有する試験片(B、D、F、M)ではショットピーニング処理によって面圧強度が十分に改善されず、ショットピーニング処理を施して、ピッチング強度の向上を図るためには、平均粒径が3μm以下、好ましくは1.5μm以下のセメンタイト粒子を析出分散させることである。
【0105】
また、そのセメンタイトの分散量はK、N試験片の面圧強度を参考にすると約10体積%(1.2重量%)程度まで許容されることがわかる。しかし、セメンタイト量が多すぎるとセメンタイトの凝集が起こり易くなる危険性から、軸受鋼(SUJ等)等を参考にしてその最大炭素量は1.0重量%であることが好ましい。
【0106】
また、表2に記載したNo.1〜No.5(再加熱、浸窒処理、1.2C−0.5N)の結果から、焼戻し軟化抵抗性を高めることによって、顕著にピッチング強度が改善されており、例えばNo.1の焼戻し軟化抵抗性を付加することを下限とすることが好ましいことがわかる。
【0107】
また、図14中には、No.1、No.2の試験片については、浸窒時間を1時間として、Nの拡散浸透距離を0.1mm以下に調整したNo.1S、No.2Sの結果も合わせて示したが、前記No.1、No.2よりも優れたピッチング強度が確認された。このことは、長時間の浸窒処理によって、表面から拡散浸透するN濃度が多くなり、前記ショットピーニング(WHPS)の影響深さより深い位置での軟質な残留オーステナイト量が多すぎることと、ショットピーニングによる圧縮残留応力が付加されにくいことによって、ピッチング強度が劣化しやすくなることを示唆している。
【0108】
図15は、図14中に示したM試験片のローラピッチング試験後の転動面損傷部の断面写真を示したものであり、転動面直下にある粗大なセメンタイト粒子を起点とする破損の様子を示している。これからはショットピーニングによって起こるセメンタイトの亀裂が面圧強度の低下となっていることが分かる。
【0109】
図16は、S55、SCM420、SNCM220、SNCM420鋼材に950℃、6時間の浸炭処理(表面炭素濃度:約0.8重量%)を施した後、850、800℃、(N2+10体積%NH3)ガス中で1時間、4時間の浸窒処理を施し、焼入れしたKHP試験片の表面層のC、N濃度を示したものである。例えば、800℃、1時間の浸窒処理によっても、ピッチング強度の改善に寄与する20μm深さ以上に、Nを高濃度で拡散浸透させることができることがわかる。
【0110】
また、図17は、SNCM420鋼材の表面層のC、N濃度および残留オーステナイト量(γR分率)として示したものであり、残留オーステナイトが最表面部において約60体積%、0.2mm深さ位置で45体積%と非常に多く存在し、窒素の浸透距離(0.1重量%N位置)は0.4mmまで深く浸透することがわかる。しかし、このKHP試験片にショットピーニングを施した試験片(KHP+HSP)においては残留オーステナイトが最表面部で約1/2にまで減少しているが、その深部0.15mm深さでショットピーニングによる残留オーステナイトからのマルテンサイト化の促進作用がほぼ無くなることがわかる。またさらに、ショットピーニングによるセメンタイトが亀裂を発生する危険域が表面から0.07mmまでであると考えることができることが分かる。したがって、ショットピーニングが作用する深さ約0.15mmの位置における残留オーステナイト量を30体積%以下に調整することがより好ましいことがわかる。
【0111】
(3−3)転動面圧強度に及ぼす転動面研磨の影響
図14中に示した、SCM420鋼材を用いたGCQT、GCQT+WHSPとNo.1S、No.2S試験片の転動面をバレル研磨した水準についても、前記(3−2)と同様にピッチング強度を調査し、その結果を図14中に、凡例GCQT-P、GCQT+WHSP-P、No.1S-P、No.2S-Pとして示した。その結果、バレル研磨によって、ピッチング強度が改善されることがわかったが、これはバレル研磨によって、図18に示すように、転動表面の凹凸面の凸部が略平坦化されるとともに、その平坦部の微視的面粗さが顕著に改善されることにより、滑りを伴う転動面での摩擦抵抗性が低減され、その摩擦係数に伴う転動最表面でピッチングを発生させる応力が低減されることによるものである。
【0112】
尚、本発明は上記実施の形態及び上記実施例に限定されず、本発明の主旨を逸脱しない範囲内で種々変更して実施することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0113】
【図1】炭素分析用丸棒片を示す図である。
【図2】回転曲げ疲労試験片を示す図である。
【図3】ローラピッチング試験片を示すものであって、(a)は小ローラ試験片を示す図であり、(b)は大ローラ試験片を示す図である。
【図4】(A)〜(D)は熱処理1〜4それぞれの熱処理温度と熱処理時間を示す図である。
【図5】No.1、3、4とSCM420H試験片の1030℃、120分間の浸炭後の炭素濃度分布を示す図である。
【図6】(a),(b)は、SCM420Hの表面層の組織を示す写真である。
【図7】セメンタイトの微細化パラメータFPaと粒状化させたセメンタイトの平均直径(μm)の関係を示す図である。
【図8】図4(C)の熱処理3に示した熱処理条件で、より高濃度に浸炭した高炭素浸炭法の組織を示す写真である。
【図9】表1中SCM420Vを用いて高炭素浸炭法(図4(D)の熱処理4)によって得られる組織を示す写真である。
【図10】再加熱において分散させたセメンタイト粒子の直径と再加熱温度の関係を示す図である。
【図11】(A)〜(C)は、熱処理2の焼入れ硬化層を300〜500℃で焼戻し処理した後の焼戻し硬さの実測値と計算値の関係を示す図である。
【図12】ローラピッチング試験片を面圧290kgf/mm2においてピッチングが発生する繰り返し回数とセメンタイト平均粒径の関係を示す図である。
【図13】試験片の面圧290kgf/mm2においてピッチングが発生する繰り返し回数とセメンタイト平均粒径の関係を示す図である。
【図14】面圧と繰り返し数の関係を示すものであって、面圧強度に及ぼすショットピーニングとセメンタイト粒子径の影響を示す図である。
【図15】図14中に示したM試験片のローラピッチング試験後の転動面損傷部の断面を示す写真である。
【図16】KHP試験片の表面層のC、N濃度を示す図である。
【図17】SNCM220鋼材の浸炭浸窒による表面層のC、N濃度と残留オーステナイト量の関係を示す図である。
【図18】転動表面の凹凸面の凸部が略平坦化された状態を示す図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも、0.1〜0.35重量%のCと0.5〜2.0重量%のSiを含有し、0.05〜1.0重量%のV、0.3〜2.0重量%のCrおよび0.05〜0.8重量%のMoからなる群から選択された1種以上を含有する鋼材を準備する工程と、
前記鋼材に900℃以上の温度で浸炭処理を施すことによって、表面炭素濃度が0.8〜1.8重量%に調整された浸炭層を前記鋼材に形成した後に、一旦A1温度以下に降温させる工程と、
浸炭および脱炭が生じない非浸炭雰囲気中においてA1温度以上900℃以下の温度に前記鋼材を加熱してセメンタイトの粒状化処理を施すことによって、前記鋼材の表面側に2〜20体積%の粒状化セメンタイトを分散させるとともに、前記鋼材の表面窒素濃度が0.1〜1.0重量%になり且つ前記鋼材の表面から20μm以上の深さまで窒素を浸透させる浸窒処理をA1温度以上900℃以下の温度で施す工程と、
前記鋼材に焼入れ処理を施すことによって前記浸炭層より深く焼入れ硬化する工程と、
を具備することを特徴とする転動部材の製造方法。
【請求項2】
前記焼入れ処理を施す工程の後に、前記鋼材の表面にショットピーニング処理を施すことにより、前記鋼材に表面圧縮残留応力を60〜200kgf/mm2の範囲で残留させる工程をさらに具備することを特徴とする請求項1に記載の転動部材の製造方法。
【請求項3】
前記セメンタイトの粒状化処理後の前記浸窒処理時における前記鋼材のオーステナイト相のCr濃度が1.0重量%以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の転動部材の製造方法。
【請求項4】
前記浸炭処理を施すことによって前記鋼材の表面に発生する粒界酸化層が3μm以下に調整されることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の転動部材の製造方法。
【請求項5】
少なくとも、0.1〜0.35重量%のCと0.5〜2.0重量%のSiを含有し、0.05〜1.0重量%のV、0.3〜2.0重量%のCrおよび0.05〜0.8重量%のMoからなる群から選択された1種以上を含有する鋼材からなる転動部材であって、
前記鋼材に形成され、表面炭素濃度が0.8〜1.8重量%に調整された浸炭層と、
前記鋼材の表面側に分散された2〜20体積%の粒状化セメンタイトと、
前記鋼材の表面から20μm以上の深さまで形成され、表面窒素濃度が0.1〜1.0重量%に調整された浸窒層と、
前記浸炭層より深く形成された焼入れ硬化層と、
を具備することを特徴とする転動部材。
【請求項6】
前記鋼材の表面にはショットピーニング処理による表面圧縮残留応力が60〜200kgf/mm2の範囲で残留していることを特徴とする請求項5に記載の転動部材。
【請求項7】
前記鋼材は、1〜2重量%のMnおよび/または0.5〜2.0重量%のNiを含有し、Mo、Cu、W、Ti、B、Nb、Hf、Zr、AlおよびCaからなる群から選択された1種以上と不可避的な不純物元素を含有し、残部がFeからなり、A3変態温度が850℃以下に調整されていることを特徴とする請求項5又は6に記載の転動部材。
【請求項8】
前記鋼材のA3パラメータであるPaA3が下記式(1)を満たすことを特徴とする請求項5乃至7のいずれか一項に記載の転動部材。
PaA3=911−203(C+12N/14)1/2+40Si−41Mn−32Ni−12Cr+20Mo+37V+11W+70Al≦900 (1)
【請求項9】
前記焼入れ硬化層における400℃焼戻しビッカース硬さパラメータである(Hv)400℃が下記式(2)を満たすことを特徴とする請求項5乃至7のいずれか一項に記載の転動部材。
(Hv)400℃=100+340(C+12N/14)1/2+180N+95Si+39Cr+54Mo+101V+26W≧700 (2)
【請求項10】
前記粒状化セメンタイトの微細化パラメータであるFPaが下記式(3)を満たすことを特徴とする請求項5乃至7のいずれか一項に記載の転動部材。
FPa=0.25Mn+36Cr+6.25Mo+144V+Si≧20 (3)
【請求項11】
前記鋼材中のSi含有量をCr含有量の1.0倍以上とすることを特徴とする請求項5乃至7のいずれか一項に記載の転動部材。
【請求項12】
前記粒状化セメンタイトが分散された前記焼入れ硬化層に存在する旧オーステナイト結晶粒が10μm以下に微細化されていることを特徴とする請求項5乃至11のいずれか一項に記載の転動部材。
【請求項13】
前記浸窒層は、10〜40体積%の残留オーステナイト相を含有することを特徴とする請求項5乃至12のいずれか一項に記載の転動部材。
【請求項14】
前記鋼材の表面が滑りを伴う転動面であり、前記転動面の面粗さを構成する凹凸におけると凸部が略平坦化されており、前記略平坦化された凸部が前記転動面に対して50面積%以上を占めるとともに、前記面粗さが5μm以下に調整されていることを特徴とする請求項5乃至12のいずれか一項に記載の転動部材。
【請求項15】
請求項5乃至14のいずれか一項に記載の転動部材が歯車部材であることを特徴とする転動部材。
【請求項1】
少なくとも、0.1〜0.35重量%のCと0.5〜2.0重量%のSiを含有し、0.05〜1.0重量%のV、0.3〜2.0重量%のCrおよび0.05〜0.8重量%のMoからなる群から選択された1種以上を含有する鋼材を準備する工程と、
前記鋼材に900℃以上の温度で浸炭処理を施すことによって、表面炭素濃度が0.8〜1.8重量%に調整された浸炭層を前記鋼材に形成した後に、一旦A1温度以下に降温させる工程と、
浸炭および脱炭が生じない非浸炭雰囲気中においてA1温度以上900℃以下の温度に前記鋼材を加熱してセメンタイトの粒状化処理を施すことによって、前記鋼材の表面側に2〜20体積%の粒状化セメンタイトを分散させるとともに、前記鋼材の表面窒素濃度が0.1〜1.0重量%になり且つ前記鋼材の表面から20μm以上の深さまで窒素を浸透させる浸窒処理をA1温度以上900℃以下の温度で施す工程と、
前記鋼材に焼入れ処理を施すことによって前記浸炭層より深く焼入れ硬化する工程と、
を具備することを特徴とする転動部材の製造方法。
【請求項2】
前記焼入れ処理を施す工程の後に、前記鋼材の表面にショットピーニング処理を施すことにより、前記鋼材に表面圧縮残留応力を60〜200kgf/mm2の範囲で残留させる工程をさらに具備することを特徴とする請求項1に記載の転動部材の製造方法。
【請求項3】
前記セメンタイトの粒状化処理後の前記浸窒処理時における前記鋼材のオーステナイト相のCr濃度が1.0重量%以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の転動部材の製造方法。
【請求項4】
前記浸炭処理を施すことによって前記鋼材の表面に発生する粒界酸化層が3μm以下に調整されることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の転動部材の製造方法。
【請求項5】
少なくとも、0.1〜0.35重量%のCと0.5〜2.0重量%のSiを含有し、0.05〜1.0重量%のV、0.3〜2.0重量%のCrおよび0.05〜0.8重量%のMoからなる群から選択された1種以上を含有する鋼材からなる転動部材であって、
前記鋼材に形成され、表面炭素濃度が0.8〜1.8重量%に調整された浸炭層と、
前記鋼材の表面側に分散された2〜20体積%の粒状化セメンタイトと、
前記鋼材の表面から20μm以上の深さまで形成され、表面窒素濃度が0.1〜1.0重量%に調整された浸窒層と、
前記浸炭層より深く形成された焼入れ硬化層と、
を具備することを特徴とする転動部材。
【請求項6】
前記鋼材の表面にはショットピーニング処理による表面圧縮残留応力が60〜200kgf/mm2の範囲で残留していることを特徴とする請求項5に記載の転動部材。
【請求項7】
前記鋼材は、1〜2重量%のMnおよび/または0.5〜2.0重量%のNiを含有し、Mo、Cu、W、Ti、B、Nb、Hf、Zr、AlおよびCaからなる群から選択された1種以上と不可避的な不純物元素を含有し、残部がFeからなり、A3変態温度が850℃以下に調整されていることを特徴とする請求項5又は6に記載の転動部材。
【請求項8】
前記鋼材のA3パラメータであるPaA3が下記式(1)を満たすことを特徴とする請求項5乃至7のいずれか一項に記載の転動部材。
PaA3=911−203(C+12N/14)1/2+40Si−41Mn−32Ni−12Cr+20Mo+37V+11W+70Al≦900 (1)
【請求項9】
前記焼入れ硬化層における400℃焼戻しビッカース硬さパラメータである(Hv)400℃が下記式(2)を満たすことを特徴とする請求項5乃至7のいずれか一項に記載の転動部材。
(Hv)400℃=100+340(C+12N/14)1/2+180N+95Si+39Cr+54Mo+101V+26W≧700 (2)
【請求項10】
前記粒状化セメンタイトの微細化パラメータであるFPaが下記式(3)を満たすことを特徴とする請求項5乃至7のいずれか一項に記載の転動部材。
FPa=0.25Mn+36Cr+6.25Mo+144V+Si≧20 (3)
【請求項11】
前記鋼材中のSi含有量をCr含有量の1.0倍以上とすることを特徴とする請求項5乃至7のいずれか一項に記載の転動部材。
【請求項12】
前記粒状化セメンタイトが分散された前記焼入れ硬化層に存在する旧オーステナイト結晶粒が10μm以下に微細化されていることを特徴とする請求項5乃至11のいずれか一項に記載の転動部材。
【請求項13】
前記浸窒層は、10〜40体積%の残留オーステナイト相を含有することを特徴とする請求項5乃至12のいずれか一項に記載の転動部材。
【請求項14】
前記鋼材の表面が滑りを伴う転動面であり、前記転動面の面粗さを構成する凹凸におけると凸部が略平坦化されており、前記略平坦化された凸部が前記転動面に対して50面積%以上を占めるとともに、前記面粗さが5μm以下に調整されていることを特徴とする請求項5乃至12のいずれか一項に記載の転動部材。
【請求項15】
請求項5乃至14のいずれか一項に記載の転動部材が歯車部材であることを特徴とする転動部材。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図7】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図16】
【図17】
【図18】
【図6】
【図8】
【図9】
【図15】
【図2】
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【図8】
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【図15】
【公開番号】特開2008−163414(P2008−163414A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−355622(P2006−355622)
【出願日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【出願人】(000001236)株式会社小松製作所 (1,686)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【出願人】(000001236)株式会社小松製作所 (1,686)
【Fターム(参考)】
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