説明

連続鋳造鋳型

【課題】対向配置された長辺の間に対向配置される短辺の内側角部の欠け及び磨耗を防止することが可能な連続鋳造鋳型を提供する。
【解決手段】対向配置される長辺11、12と、長辺11、12の間に対向配置される短辺13、14とを有する連続鋳造鋳型10において、長辺11、12の内側表面に当接する短辺13、14の内側角部、又は短辺13、14のメニスカス部を含む下側領域であって長辺11、12の内側表面に当接する内側角部に面取りを施し、内側角部と長辺11、12の内側表面との間に空間部19を形成し、短辺13、14の内側角部の損傷を防止した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対向配置される長辺と、長辺の間に横移動可能に対向配置される短辺とを有する連続鋳造鋳型に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、対向配置される長辺と、長辺の間に横移動可能に対向配置される短辺とを有する連続鋳造鋳型を使用した連続鋳造においては、鋳造される鋳片のコーナー部の凝固遅れを防止して、コーナー凝固遅れに伴う鋳片コーナー割れ等の品質異常を防止するために、例えば長辺の内側に、長辺の対向する内幅が鋳片の凝固収縮形状に応じて鋳片の鋳造方向に狭まるように、マルチテーパを形成した連続鋳造鋳型(マルチテーパ鋳型)が使用されている(例えば、特許文献1参照)。そして、マルチテーパ鋳型では、鋳片のコーナー部が鋳型内面に常時接触しながら移動するため、鋳型内面の磨耗損傷が大きくなるという問題が生じるので、鋳型内側に、耐磨耗性に優れた硬質皮膜(例えば、NiをベースとしたCr−Si−B系の合金からなる溶射皮膜)を形成して、鋳型内面の磨耗を抑制している。
【0003】
一般に、連続鋳造鋳型では、連続鋳造時に外側は水冷され、内側は注入された溶鋼により加熱されるため、短辺の内側表面の熱膨張は、短辺の外側表面の熱膨張より大きくなる。そして、対向配置された短辺は、対向配置された長辺により、短辺の幅方向両側から押圧された状態であるため、短辺の幅方向の熱膨張は拘束され、特に、短辺の内側角部にあって、メニスカス部を含む下側領域には拘束に伴う大きなひずみ(応力集中)が発生する。このため、短辺の内側に硬質皮膜が形成されているマルチテーパ鋳型では、長辺の内側表面に当接する短辺の内側(硬質皮膜)角部に、硬質皮膜の強さを超える高い応力が発生する。そして、硬質皮膜は延性(塑性変形性)に劣るため、硬質皮膜(短辺の内側)角部には、欠けが発生するという問題が生じる。そこで、長辺の内側表面と当接する短辺の側端面に、Niめっき等の延性(塑性変形性)に優れた皮膜を形成して、短辺の内側角部を塑性変形させることで欠けが発生することを防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−49385号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、短辺の側端面に、Niめっき等の延性に優れた皮膜を形成すると、延性に優れた皮膜は耐磨耗性に劣るため、短辺の内側角部に早期に磨耗損傷が発生するという問題が生じる。このため、マルチテーパ鋳型の寿命が非常に短くなるという問題がある。
【0006】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、対向配置された長辺の間に対向配置される短辺の内側角部の欠け及び磨耗を防止することが可能な連続鋳造鋳型を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的に沿う本発明に係る連続鋳造鋳型は、対向配置される長辺と、該長辺の間に対向配置される短辺とを有する連続鋳造鋳型において、
前記長辺の内側表面に当接する前記短辺の内側角部、又は前記短辺のメニスカス部を含む下側領域であって前記長辺の内側表面に当接する内側角部に面取りを施し、前記内側角部と前記長辺の内側表面との間に空間部を形成し、前記短辺の内側角部の損傷を防止した。
【0008】
本発明に係る連続鋳造鋳型において、前記面取りの寸法は、前記短辺の幅方向に対して0.3mm以上1mm以下であり、前記短辺の厚み方向に対して0.3mm以上2mm以下とすることができる。
【0009】
本発明に係る連続鋳造鋳型において、前記面取りが施される前記短辺の内側角部には、溶射皮膜からなる耐磨耗性の補強皮膜が形成されていることが好ましい。
【0010】
本発明に係る連続鋳造鋳型において、前記溶射皮膜はNi又はCoをベースとしたCr−Si−B系の合金とすることができる。
また、前記溶射皮膜はCo、Ni、又はCo−Ni系の合金に、炭化物、窒化物、及び硼化物のいずれか1又は2以上を添加した複合材とすることもできる。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る連続鋳造鋳型においては、長辺の内側表面に当接する短辺の内側角部、又は短辺のメニスカス部を含む下側領域であって、長辺の内側表面に当接する内側角部に面取りを施し、内側角部と長辺の内側表面との間に空間部を形成したので、連続鋳造時に、短辺の内側で熱膨張が顕著な領域にある短辺の内側角部は、拘束されずに長辺の内側表面側に熱膨張することができ、短辺の内側角部に拘束に伴うひずみ(応力集中)が発生することを防止できる。その結果、短辺の内側角部に硬質皮膜を形成することが可能になる。
【0012】
本発明に係る連続鋳造鋳型において、面取りの寸法が、短辺の幅方向に対して0.3mm以上1mm以下であり、短辺の厚み方向に対して0.3mm以上2mm以下である場合、連続鋳造鋳型内に注入された溶鋼が空間部に浸入することが防止できる。これにより、鋳片を連続鋳造鋳型内で容易に移動させることができる。
【0013】
本発明に係る連続鋳造鋳型において、面取りが施される短辺の内側角部に、溶射皮膜からなる耐磨耗性の補強皮膜が形成されている場合、鋳片との接触による短辺の内側角部の磨耗を防止することができる。
そして、溶射皮膜がNi又はCoをベースとしたCr−Si−B系の合金からなる場合、ヒュージング処理を行うことで、補強皮膜の緻密化、短辺との結合性を高めることができ、補強皮膜の寿命を延ばすことができる。
また、溶射皮膜がCo、Ni、又はCo−Ni系の合金に、炭化物、窒化物、及び硼化物のいずれか1又は2以上を添加した複合材からなる場合、補強皮膜に擦り疵が発生することを防止できると共に、耐摩耗性の向上を更に図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の一実施の形態に係る連続鋳造鋳型の斜視図である。
【図2】同連続鋳造鋳型の長辺の断面図である。
【図3】(A)は同連続鋳造鋳型の短辺の部分側面図、(B)は(A)のQ−Q矢視図である。
【図4】短辺の内側角部を示す平断面図である。
【図5】実施例の連続鋳造鋳型において、連続鋳造時に短辺の内側角部のメニスカス部に発生する破断ひずみ率と短辺の内側角部に設ける面取りの面取り寸法との関係を示すグラフである。
【図6】実施例の連続鋳造鋳型において、連続鋳造時に短辺の内側角部のメニスカスより下方400mmの位置に発生する破断ひずみ率と短辺の内側角部に設ける面取りの面取り寸法との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
続いて、添付した図面を参照しつつ、本発明を具体化した実施の形態につき説明し、本発明の理解に供する。
図1に示すように、本発明の一実施の形態に係る連続鋳造鋳型10は、対向配置される長辺11、12と、長辺11、12の間に横移動可能に対向配置される短辺13、14とを有して、上下方向(鋳造方向)に貫通した鋳片形成部15を形成し、鋳片形成部15に溶鋼16(図2参照)を供給して冷却しながら鋳片(図示せず)を製造するものである。
【0016】
そして、対向する長辺11、12の内幅が鋳片の引き抜かれる下方へ向けて狭まるマルチテーパが長辺11、12の内側に形成されている。また、短辺13、14のメニスカス部を含む下側領域である短辺下部18にあって、長辺11、12の内側表面に当接する内側角部には面取りが施され、内側角部と長辺11、12の内側表面との間に空間部19が形成されている。更に、長辺11、12の内側には溶射皮膜からなる耐磨耗性の補強皮膜20が、短辺13、14の少なくとも短辺下部18の内側表面及び内側角部には溶射皮膜からなる耐磨耗性の補強皮膜21がそれぞれ形成されている。以下、詳細に説明する。
【0017】
長辺11、12及び短辺13、14の外表面(溶鋼16と接する面とは反対側の面)側には、上下方向(鋳造方向)に並べて配置される複数のボルト(図示せず)からなる締結手段群を介して図示しないバックプレートがそれぞれ取付けられている。これにより、バックプレートの下部に設けられた給水部(図示せず)から、長辺11、12と短辺13、14の外面側に設けられた図示しない多数の導水溝に冷却水を流すことで、長辺11、12及び短辺13、14の冷却を行うと共に鋳片形成部15に供給した溶鋼16の冷却を行なって鋳片を製造することができる。
【0018】
短辺13、14は、厚さ(補強皮膜21を含めた厚さ)が、例えば、5mm以上100mm以下程度、幅が50mm以上300mm以下程度で、上下方向の長さが600mm以上1200mm以下程度である。また、長辺11、12は、厚さ(補強皮膜20を含めた厚さ)が、例えば5mm以上100mm以下程度、対向配置される一対の短辺13、14の間隔(鋳片と接触する幅)を、600mm以上3000mm以下の範囲で変更可能とすることのできる幅を有し、上下方向の長さは短辺13、14と同程度である。これにより、例えば、幅が600mm以上3000mm以下程度、厚みが50mm以上300mm以下程度のスラブを製造できる。
【0019】
先ず、図1に示す長辺11(長辺12も同様)のマルチテーパの構成を説明する。
図2に示すように、長辺11の内側の表面において、長辺11の幅方向に亘って、溶鋼16の溶鋼湯面位置(メニスカス位置、単に湯面位置という場合もある)を上位置P1とし、上位置P1から300mm以上下方の位置を下位置P2として、鋳片形成部15側へ張り出す膨出部22からなるマルチテーパが形成されている。この溶鋼湯面位置は、長辺11の上端位置を基点として、下方へ50mm以上150mm以下の範囲内(ここでは、100mm程度)にある。なお、膨出部22の鋳片形成部15側への張り出し量は僅かであるが、説明の便宜上、図1、図2においては、誇張して示している。
【0020】
膨出部22の上位置P1を、湯面位置としたのは、溶鋼16の冷却の起点位置だからである。また、膨出部22の下位置P2を、上位置P1から下方へ300mm以上の位置としたのは、溶鋼16の鋳型接触面側に形成される凝固シェルと長辺11の内表面との間に隙間が生じる範囲が、この範囲内であることによる。以上のことから、膨出部22の形成位置を、溶鋼16の湯面位置を上位置P1とし、上位置P1から下方へ300mm以上の下位置P2までとしたが、下位置P2を、上位置P1から500mm以上下方の位置、更には短辺13、14及び長辺11、12の下端位置とすることが好ましい。
【0021】
膨出部22の縦断面の内表面輪郭線は、上位置P1から下位置P2まで3つ以上8つ以下(本実施の形態では、3つ)の連続する直線部L1〜L3で構成されており、長辺11の内表面が、傾斜角度の異なる3段以上8段以下の傾斜面で構成されている。ここで、膨出部を構成する直線部が3つ未満(2つ以下)の場合、直線部の数が少な過ぎて、膨出部の縦断面形状が、部分的に突出する極端な形状となり、鋳片との接触抵抗が大きくなって、膨出部に摩耗損傷が発生し易くなる。一方、直線部の数が8つを超える(9つ以上)場合、直線部の数が多過ぎて、膨出部の加工が複雑となり、製造コストの増大を招く。以上のことから、膨出部22を、3つの直線部L1〜L3で構成したが、直線部の数の下限を4つとすることが好ましく、また上限を6つとすることが好ましい。
【0022】
直線部L1〜L3については、最上の直線部L1と、この直線部L1に隣接する上から2番目の直線部L2のなす角θ1、この直線部L2と上から3番目の直線部L3のなす角θ2を、それぞれ174度以上179.97度以下の範囲内としている。なお、各角θ1、θ2は、同一角度であるが、異なる角度にしてもよい。ここで、隣り合う直線部のなす角θが174度未満の場合、膨出部の側断面視した形状が、部分的に突出する極端な形状となり、鋳片との接触抵抗が大きくなって、膨出部に摩耗損傷が発生し易くなる。一方、隣り合う直線部のなす角θが179.97度を超える場合、直線部の数が多くなって膨出部の加工が複雑となり、製造コストの増大を招く。以上のことから、隣り合う直線部L1〜L3のなす角θ1、θ2を、それぞれ174度以上179.97度以下の範囲内としたが、下限を178.0度、更には179.0度とすることが好ましく、上限を179.90度とすることが好ましい。
【0023】
上記した最上の直線部L1と次の直線部L2の連接箇所X1と、直線部L2と次の直線部L3の連接箇所X2と、下位置P2は、長辺11の上端位置から、長辺11の上下方向に異なる間隔S1〜S3で設けられている。なお、各連接箇所X1、X2と下位置P2は、長辺11の上下方向の一部又は全部について、均等な間隔Sで設けてもよい。ここで、均等な間隔Sとは、各間隔の平均値に対して、±20%(好ましくは±5%)の範囲内で、各間隔が異なる場合も含む。
【0024】
図2に示すように、上位置P1と下位置P2を結ぶ直線L4を底辺とする膨出部22の最大高さh(上から1番目の直線部L1と2番目の直線部L2との連接箇所X1の高さ)を、0.2mm以上5mm以下の範囲内としている。ここで、最大高さhが0.2mm未満の場合、膨出部の空間部側への張り出し量が小さ過ぎて、膨出部の表面形状がスラブの凝固収縮に追従できず、膨出部の表面と溶鋼の鋳型接触面側に形成される凝固シェルとの間に隙間が生じる。一方、最大高さhが5mmを超える場合、膨出部の縦断面が、部分的に突出する極端な形状となり、鋳片との接触抵抗が大きくなって、膨出部に摩耗損傷が発生し易くなる。以上のことから、膨出部22の最大高さhを0.2mm以上5mm以下の範囲内としたが、下限を0.5mm、更には0.55mmとすることが好ましく、上限を2.5mm、更には2.2mmとすることが好ましい。
【0025】
以上に示した膨出部の形成位置、膨出部を構成する直線部の数、隣り合う直線部のなす角、及び膨出部の最大高さh(即ち、マルチテーパの形成位置及び形状)は、以下に示す条件を考慮したり、また実際に測定した結果を基にして、3次元の鋳片の凝固収縮及び鋳型の熱変形を考慮したFEM解析(有限要素法を用いた解析)により、前記した範囲内で決定するのがよい。
1)鋳片の形状、鋳片のサイズ、又は鋳込み条件(例えば、鋳込み温度、引き抜き速度、鋳型冷却条件等)。
2)鋳込み鋼種の成分に由来する物理量(例えば、液相温度、固相温度、変態温度、線膨張率、剛性値等)。
3)鋳型と鋳片との間の接触熱移動量(鋳片の収縮量は、この量に大きく影響される)。
この接触熱移動量については、特開2008−49385号公報に開示されているため、その詳細内容については省略する。
【0026】
長辺11、12はそれぞれ、銅又は銅合金で形成された長辺母材23と、長辺母材23の内側表面に形成された補強皮膜20とを有している。また、図1、図3に示すように、短辺13、14はそれぞれ、銅又は銅合金で形成された短辺母材24を有し、短辺母材24は、短辺下部18の上端に連接する短辺上部17の母材である短辺上部母材25と、短辺下部18の母材である短辺下部母材26で構成されている。更に、短辺13、14は、短辺母材24(短辺上部母材25及び短辺下部母材26)の内側表面及び短辺下部母材26の内側角部にそれぞれ形成された補強皮膜21と、短辺上部母材25の側端面に形成され、延性を有する保護皮膜27とを有する。
【0027】
ここで、補強皮膜20、21には、Ni又はCoをベースとしたCr−Si−B系の合金からなる溶射皮膜、あるいはCo、Ni、又はCo−Ni系の合金に、炭化物(例えばWC)、窒化物(例えばTiN)、及び硼化物(例えばCrB)のいずれか1又は2以上を添加した複合材からなる溶射皮膜を使用することができる。補強皮膜20、21を溶射皮膜とすることで、補強皮膜20、21の厚み調整が容易にできる。また、保護皮膜27は、例えばNiめっき等の延性に優れた金属皮膜とすることができる。
【0028】
なお、Ni又はCoをベースとしたCr−Si−B系の合金からなる溶射皮膜の場合、ヒュージング処理を行うことで、補強皮膜20、21の緻密化、補強皮膜20と長辺母材23、補強皮膜21と短辺母材24との結合性を高めることができ、補強皮膜20、21の寿命を延ばすことができる。一方、Co、Ni、又はCo−Ni系の合金に、炭化物、窒化物、及び硼化物のいずれか1又は2以上を添加した複合材からなる溶射皮膜の場合、補強皮膜20、21に発生する擦り疵の防止、補強皮膜20、21の耐摩耗性の向上を更に図ることができる。
【0029】
長辺母材23の内側表面に形成した補強皮膜20と、短辺母材24の内側表面に形成した補強皮膜21の厚さは、0.01mm以上5mm以下、例えば0.5mmである。
短辺上部母材25に設ける保護皮膜27は、図3(A)、(B)に示すように、短辺上部母材25を側端面28から短辺上部母材25の幅方向中央側に距離a(0.5mm以上1mm以下、例えば0.8mm)の範囲除去(例えば研削)し、除去した部分に延性に優れた金属皮膜を充填し、更に短辺母材24の内側表面に形成する補強皮膜21の表面と同一高さ位置となるまで積層することにより形成される。
【0030】
また、短辺下部母材26の内側角部に形成される補強皮膜21は、図3(A)、(B)、図4に示すように、短辺下部母材26を側端面28から短辺下部母材26の幅方向中央側に距離b(0.5mm以上1mm以下、例えば0.8mm)、かつ短辺下部母材26の内側表面から外側表面側に距離c(0.3mm以上1mm以下、例えば0.7mm)の範囲除去(例えば研削)し、除去した部分に溶射皮膜を充填し、更に短辺母材24の内側表面に形成する補強皮膜21の表面と同一高さ位置となるまで積層することにより形成される。
【0031】
そして、図4に示すように、短辺13、14の幅方向に対して行う面取りの寸法dは0.3mm以上1mm以下、例えば0.35mmであり、短辺13、14の厚み方向に対して行う面取りの寸法eは0.3mm以上2mm以下、例えば0.35mmである。したがって、短辺下部18の内側角部に施す面取りは、短辺下部母材26の内側角部に形成された補強皮膜21の部分に施されることになる。その結果、短辺下部18の内側角部と長辺11、12の内側表面との間に空間部19が形成される。
【0032】
本実施の形態では、空間部19を、短辺13、14のメニスカス部を含む下側領域である短辺下部18の内側角部に形成したが、長辺11、12の内側表面に当接する短辺の内側角部の全体に面取りを施し、短辺の内側角部が長辺11、12の内側表面に当接しないようにすることもできる。なお、短辺の内側角部の全体に設ける面取りの形状は、実施の形態で説明した面取りの形状と同一とすることができ、短辺の内側角部と長辺11、12の内側表面との間に形成される空間部の形状も、実施の形態で説明した空間部19の形状と同一とすることができる。
【0033】
続いて、本発明の一実施の形態に係る連続鋳造鋳型10の作用について説明する。
連続鋳造時に、短辺13、14の内側で熱膨張が顕著な領域を含む短辺下部18の内側角部を面取りして、短辺下部18の内側角部と長辺11、12の内側表面との間に空間部19を形成することにより、連続鋳造時に、短辺下部18の内側角部は、拘束されずに長辺11、12の内側表面側に熱膨張することができる。このため、短辺13、14の内側角部に熱膨張の拘束に伴うひずみが局在することが防止され、局在するひずみに伴う応力集中の発生を防止できる。
【0034】
その結果、対向配置された長辺11、12の間に対向配置される短辺13、14の内側角部に硬質皮膜からなる補強被膜を形成しても、連続鋳造時に形成した補強皮膜に欠けが発生することを防止できる。これにより、短辺13、14の内側角部に硬質皮膜からなる補強被膜を安定して存在させることが可能になって、マルチテーパ鋳型で問題となっていた短辺13、14の内側角部の早期磨耗損傷を防止することができ、マルチテーパ鋳型の寿命を延長することができる。
【0035】
また、短辺下部18の内側角部に形成する面取りの寸法は、短辺13、14の幅方向に対して0.3mm以上1mm以下であり、短辺13、14の厚み方向に対して0.3mm以上2mm以下であるので、長辺11、12の内側表面と短辺下部18の内側角部との間に空間部19が形成されても、溶鋼が浸入する(差し込む)ことを防止できる。このため、空間部19内で溶鋼が固化することはなく、連続鋳造鋳型10内で鋳片を容易に移動させることができる。
【実施例】
【0036】
(実験例1)
長辺母材の内側表面にCoをベースとしたCr−Si−B系の合金の溶射皮膜からなる補強皮膜が形成された長辺と、短辺上部母材の内側表面、短辺下部母材の内側表面、及び短辺下部母材の内側角部にCoをベースとしたCr−Si−B系の合金の溶射皮膜からなる補強皮膜が、短辺上部母材の側部にNiめっきからなる保護皮膜が形成された短辺とを用いて連続鋳造鋳型を構成し、連続鋳造時に短辺の内側角部に発生するひずみを有限要素法により求めた。ここで、短辺下部の内側角部には、短辺(短辺下部)の内側表面と45度の角度をなす面取り加工を施している。
面取りにより形成する面の幅(斜辺面取り寸法)を変化させた際に、メニスカス部に発生するひずみレベルを図5に、メニスカスより下方400mmの位置に発生するひずみレベルを図6にそれぞれ示す。なお、図5、図6では、計算で得られたひずみを補強皮膜の破断時のひずみで除した(規格化した)破断ひずみ率を用いている。
【0037】
図5、図6に示すように、CoをベースとしたCr−Si−B系の合金からなる補強皮膜を設け、短辺下部の内側角部に面取りを施すことで、発生する破断ひずみ率を、短辺の側端面にNiめっきを形成した際に短辺の内側角部のメニスカス部に生じる破断ひずみ率(即ち、短辺の内側角部に欠けが発生しない「好ましい破断ひずみ率の上限レベル」)である6.3%未満の値にすることができ、短辺下部の内側角部の欠けを防止できる。また、斜辺面取り寸法の増加に伴って、破断ひずみ率は徐々に低下するが、斜辺面取り寸法が0.5mm以上では破断ひずみ率の低下効果は見られなくなる。したがって、補強皮膜の内側角部に設ける面取りの斜辺面取り寸法は0.5mmとすれば十分であることが判る。
【0038】
(実験例2)
長辺母材の内側表面にCoをベースとしたCr−Si−B系の合金の溶射皮膜からなる補強皮膜が形成された長辺と、短辺母材の内側表面及び短辺母材の内側角部にCoをベースとしたCr−Si−B系の合金の溶射皮膜からなる補強皮膜が形成された短辺とを用いて連続鋳造鋳型を構成し、連続鋳造時に短辺の内側角部に発生するひずみを有限要素法により求めた。ここで、短辺の内側角部には、短辺の内側表面と45度の角度をなす面取り加工を施している。
面取りにより形成する斜辺面取り寸法を変化させた際にメニスカス部に発生するひずみレベルを図5に、メニスカスより下方400mmの位置に発生するひずみレベルを図6にそれぞれ示す。
【0039】
図5、図6に示すように、CoをベースとしたCr−Si−B系の合金からなる補強皮膜を設け、短辺の内側角部に面取りを施すことで、破断ひずみ率を6.3%未満の値にすることができ、短辺の内側角部の欠けを防止できる。また、補強皮膜の内側角部に設ける面取りの面取り寸法は0.5mmとすれば十分であることが判る。
【0040】
(実験例3)
長辺母材の内側表面にNi−Cr系の合金の溶射皮膜からなる補強皮膜が形成された長辺と、短辺母材の内側表面及び短辺母材の内側角部にそれぞれNi−Cr系の合金の溶射皮膜からなる補強皮膜が形成され、短辺母材の内側角部に形成された補強皮膜の内側角部に傾き45度の面が形成されるように面取りを施した短辺とを用いて連続鋳造鋳型を構成し、連続鋳造時に短辺の内側角部に発生するひずみを有限要素法により求めた。ここで、短辺の内側角部には、短辺の内側表面と45度の角度をなす面取り加工を施している。
面取りにより形成する斜辺面取り寸法を変化させた際にメニスカス部に発生するひずみレベルを図5に、メニスカスより下方400mmの位置に発生するひずみレベルを図6にそれぞれ示す。
【0041】
Ni−Cr系の合金からなる補強皮膜を形成し、しかも、補強皮膜の内側角部に面取りを施さない(斜辺面取り寸法が0mm)と、図5に示すように、メニスカス部に発生する破断ひずみ率は約115%となり、短辺の内側角部に欠けが発生することが予想できる。また、短辺の内側角部に施す斜辺面取り寸法を大きくすることに伴って、メニスカス部に発生する破断ひずみ率を減少させることは可能となるが、補強皮膜の内側角部に設ける斜辺面取り寸法を0.6mm以上としても、破断ひずみ率は約30%となって、連続鋳造鋳型の実使用により経験から得られた「欠け損傷の少ない破断ひずみ率の上限レベル」である15.6%を超えている。そして、メニスカスより下方400mmの位置に発生する破断ひずみ率も、図6に示すように、斜辺面取り寸法の大きさに依存せず15.6%近傍の値となる。このため、短辺の内側角部に欠けが発生する可能性が高い。
【0042】
(実験例4)
長辺母材の内側表面にCoをベースとしたCr−Si−B系の合金の溶射皮膜からなる補強皮膜が形成された長辺と、短辺母材の内側表面にCoをベースとしたCr−Si−B系の合金の溶射皮膜からなる補強皮膜が、短辺母材の側部にCo−Ni系の合金めっきからなる保護皮膜が形成された短辺とを用いて連続鋳造鋳型を構成し、連続鋳造時に短辺の内側角部に発生するひずみを有限要素法により求めた。ここで、短辺の内側角部には、短辺の内側表面と45度の角度をなす面取り加工を施している。
面取りにより形成する斜辺面取り寸法を変化させた際にメニスカス部に発生するひずみレベルを図5に、メニスカスより下方400mmの位置に発生するひずみレベルを図6にそれぞれ示す。
【0043】
図5に示すように、Co−Ni系の合金めっきからなる保護皮膜を設け、しかも、保護皮膜の内側角部に面取りを施さないと、図5に示すように、メニスカス部に発生する破断ひずみ率は約55%となり、短辺の内側角部に欠けが発生する可能性が高い。また、短辺の内側角部に施す斜辺面取り寸法を大きくすることに伴って、メニスカス部に発生する破断ひずみ率を減少させることは可能となるが、保護皮膜の内側角部に設ける斜辺面取り寸法を0.6mm以上としても、破断ひずみ率は約10%となって、「好ましい破断ひずみ率の上限レベル」である6.3%を超えている。一方、メニスカスより下方400mmの位置に発生する破断ひずみ率は、図6に示すように、6.3%未満の値となっている。その結果、このため、Co−Ni系の合金めっきからなる保護皮膜を設けた場合は、保護皮膜の内側角部に面取りを施しても、メニスカス部に相当する短辺の内側角部に欠けが発生する可能性がある。
【0044】
以上、本発明を、実施の形態を参照して説明してきたが、本発明は何ら上記した実施の形態に記載した構成に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載されている事項の範囲内で考えられるその他の実施の形態や変形例も含むものである。
更に、本実施の形態とその他の実施の形態や変形例にそれぞれ含まれる構成要素を組合わせたものも、本発明に含まれる。
例えば、本実施の形態では、長辺をマルチテーパとしたが、長辺及び短辺をマルチテーパとすることもできる。
また、本実施の形態では、短辺を構成する短辺母材の側部に設けた補強皮膜の内側角部に面取りを施したが、短辺母材上に補強皮膜が存在していない場合に、短辺母材の内側角部に面取りを施すことも本発明に含まれる。
【符号の説明】
【0045】
10:連続鋳造鋳型、11、12:長辺、13、14:短辺、15:鋳片形成部、16:溶鋼、17:短辺上部、18:短辺下部、19:空間部、20、21:補強皮膜、22:膨出部、23:長辺母材、24:短辺母材、25:短辺上部母材、26:短辺下部母材、27:保護皮膜、28:側端面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
対向配置される長辺と、該長辺の間に対向配置される短辺とを有する連続鋳造鋳型において、
前記長辺の内側表面に当接する前記短辺の内側角部、又は前記短辺のメニスカス部を含む下側領域であって前記長辺の内側表面に当接する内側角部に面取りを施し、前記内側角部と前記長辺の内側表面との間に空間部を形成し、前記短辺の内側角部の損傷を防止したことを特徴とする連続鋳造鋳型。
【請求項2】
請求項1記載の連続鋳造鋳型において、前記面取りの寸法は、前記短辺の幅方向に対して0.3mm以上1mm以下であり、前記短辺の厚み方向に対して0.3mm以上2mm以下であることを特徴とする連続鋳造鋳型。
【請求項3】
請求項1又は2記載の連続鋳造鋳型において、前記面取りが施される前記短辺の内側角部には、溶射皮膜からなる耐磨耗性の補強皮膜が形成されていることを特徴とする連続鋳造鋳型。
【請求項4】
請求項3記載の連続鋳造鋳型において、前記溶射皮膜はNi又はCoをベースとしたCr−Si−B系の合金からなることを特徴とする連続鋳造鋳型。
【請求項5】
請求項3記載の連続鋳造鋳型において、前記溶射皮膜はCo、Ni、又はCo−Ni系の合金に、炭化物、窒化物、及び硼化物のいずれか1又は2以上を添加した複合材からなることを特徴とする連続鋳造鋳型。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−31867(P2013−31867A)
【公開日】平成25年2月14日(2013.2.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−168596(P2011−168596)
【出願日】平成23年8月1日(2011.8.1)
【出願人】(000176626)三島光産株式会社 (40)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】