説明

遠赤外分光分析装置

【課題】テラヘルツ分光には電磁波の発生用光源として100フェムト秒程度のパルス幅を有するレーザー光が利用されることが多い。しかし、このパルス幅では水や水溶液の混合物の検査には、計測もれなどの可能性があり、十分正確な検査ができないという課題がある。
【解決手段】水の特徴的な吸収帯域は、0.4THzから10THzに広がっており、水や水溶液の混合物の検査において、正確な計測を実現するためには、その領域にちょうど対応する電磁波を発生させるとよい。その実現には、パルス幅を10フェムト秒以上50フェムト秒以下で調整しうるチタンサファイアレーザーをテラヘルツ電磁波の励起光源として利用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遠赤外分光法に分類される技術であり、これまで光源や検知器の技術が不足していたために未開拓とされていたテラヘルツ(THz)領域の電磁波を利用した分光分析技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
テラヘルツ波(周波数約1012から1014Hz付近)は、遠赤外線領域の電磁波である。電波と定義される領域のミリ波と、光と定義される領域の赤外光の中間の周波数帯域に相当する電磁波である。従来、この領域は産業的には利用されていない分光領域であり、長い間、未開拓電磁波や未到光学領域などと呼ばれていた。
【0003】
この領域には、軽い分子の回転運動や分子振動の低周波数成分、水素結合のような分子間振動などに対応する共鳴周波数が存在し、この領域の分光分析は分子の構造や運動状態を検知する上で極めて有望な技術領域である。
【0004】
最近、フェムト秒レーザーの技術的進歩が行われたことと、フェムト秒レーザーを励起光源としたテラヘルツ時間領域分光法が開発され、分子の分光分析を飛躍的に高精度に行えるようになった。テラヘルツ時間領域分光法では、フェムト秒レーザーから発生するパルス(通常100フェムト秒程度のパルス幅を有する)を、GaAs等の半導体に照射することにより、テラヘルツ領域の電磁波を発生させ、その電磁波が測定サンプルを通過したときの電磁波の強度変化を分析することで吸収の程度からその物質の性質を評価する分光法である。
【特許文献1】特開 2007−199044
【特許文献2】特開 2006−344679
【特許文献3】特開 2006−145512
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
テラヘルツ分光において、既知の例であるが、たとえばカドミウム・オレンジ、カドミウム・レッド、カドミウム・イエローなどの似通っている混合物を全て区別して検知するには、帯域として10THz程度まで周波数領域が広がっている必要がある。
【0006】
図1に示すように、水や水蒸気の電磁波に対する吸収領域は、0.4THzから10THz程度まで広範囲に広がっている。この領域の電磁波は、水の吸収が強いため、水分子と化合した他の化学物質などの吸収量の差に敏感となり、水溶液の混合物を対象とする分析に適しているといえる。
【0007】
水素結合などにより水和した溶液においては、スペクトルは広帯域化する傾向にあるため、水溶液の混合物の差異を正確に検出するためには、上記の水の吸収領域全域に対して、電磁波の周波数帯域を広げておく必要がある。
【0008】
しかし、従来のテラヘルツ時間領域分光法では光源として100フェムト秒程度の光源が使用されることが多く、その帯域は4THz程度にとどまっており、水に関わるテラヘルツ分光にとっては帯域幅が狭く弱点であり課題となっている。
【0009】
さらに、通常のテラヘルツ分光では、計測対象サンプルを通過させることで、その対象物の吸収量から、測定対象の分光学的分析を行う。
【0010】
ところが、水は電磁波の吸収量が多いため、照射する電磁波の強度が弱い場合に通過した電磁波が弱くなり過ぎ、S/N比が低下するという問題がある。これは、水系の混合物をテラヘルツ帯域の電磁波で、その吸収量から分光分析するという手法においては重大な課題である。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、フェムト秒レーザーを利用したテラヘルツ時間領域分光法において、検査対象を水系の混合物とした場合に生じる課題を解決する技術を提供する。
【0012】
水や水溶液に関わるテラヘルツ分光の精度や信頼性を高めるためには、テラヘルツ光源の周波数帯域を従来技術に基づく光源より広げ、水の吸収領域に近づけるとともに水の吸収に対して十分な強度の電磁波を発生させる必要がある。
【0013】
フェムト秒レーザー照射によるテラヘルツ発生技術において、発生する周波数の領域は、テラヘルツを発生する半導体アンテナ(GaAs、InAsなど)に照射するフェムト秒パルスのパルス幅に依存している。
【0014】
半導体に照射するフェムト秒パルス幅が狭ければ、すなわちパルスの周波数スペクトル帯域が広ければ、それに対応して、発生するテラヘルツ領域の電磁波も広い帯域を持つようになる。
【0015】
そこで、フェムト秒パルスのパルス幅を、従来から頻繁に利用されている100フェムト秒程度のパルス幅から30フェムト秒程度以下とすることにより、0.4から10THzの電磁波を発生させることができ、その結果、発生させる電磁波は水の吸収帯域全域をカバーすることが可能となる。
【0016】
現在の技術で実現可能な30フェムト秒程度以下のパルスは、モード同期チタンサファイアレーザーから発生させることが可能である。10フェムト秒以下のパルス幅もチタンサファイアレーザーを利用して発生させることも可能であり、その場合は、60THz程度の帯域を持つテラヘルツ領域電磁波を発生させ得るが、そこまで広い帯域は、水の吸収帯域を大きく越えており、不必要な領域を含んでいる。また、パルス幅が10フェムト秒以下のレーザー光は、空気の分散による影響を強く受けるため、装置全体を真空化するなどが必要となり、実用的でない。
【0017】
また、このチタンサファイアレーザーは、出力強度も比較的大きく、外付け増幅器を用いることなく、数百ミリワットから1ワットレベルの出力を発生することができる。この値は、ファイバーレーザーを用いて発生するフェムト秒パルスの数十ミリワットに比較して桁違いに大きいため、水の吸収による信号の減少を容易に補うことができ、S/N比のよい分光分析が可能となる。その結果、水系の混合物のテラヘルツ分光分析を高い精度で実現することが可能となる。
【発明の効果】
【0018】
本発明により、蛍光X線などの従来の分析機器では不可能であった化合物が分析できるため、産業機器として、安全防犯分野、農業分野、環境分野などに応用することができる。
【0019】
特に電磁波による透過性と水分や水と結合した化学物質に対する敏感性を利用することで、食品安全性検査や、農業分野における水分モニタリングなどを、紙やプラスチックなど梱包されたままの状態で瞬時に検査可能となる。
【0020】
さらに、水と氷の相転移に伴う吸収スペクトルの差を敏感に検知できるため、冷凍食品などの凍結モニタリングに応用でき、冷凍保存が必要な医療分野への応用が期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下、図を用いて本発明の詳細について説明する。図1に示すように、電磁波の周波数帯として、0.4THzから10THzには、自然現象として決定されている水の吸収領域がちょうど重なっている。また、この領域の電磁波は紙やプラスチックを容易に透過することができる。
【0022】
一般的に利用されているフェムト秒パルスは100フェムト秒程度が多く、そのパルス幅で発生する電磁波の帯域は、一般的に3THzから4THz程度である。
【0023】
上記の帯域は水の吸収帯域の約1/3に過ぎず、水系の混合物のテラヘルツ分光には不十分である。
【0024】
そこで、図1に示すように、水の吸収領域全体を包含する電磁波の帯域を発生できるように、30フェムト秒か、あるいはそれ以下のパルス幅を発生するフェムト秒レーザー光源を、テラヘルツ発生用励起光源とする。
【0025】
図2にフェムト秒レーザーを励起源とするテラヘルツ分光分析装置の実施例を示す。フェムト秒レーザー装置から発生するビーム(フェムト秒パルス列)は、まずビームスプリッターで励起ビームとサンプリングビームに分割される。励起ビームは、反射ミラーを経て、送信半導体光伝導アンテナに入射し、テラヘルツ電磁波を発生させる。発生したテラヘルツ電磁波は放物面ミラーで集光し、平行ビームに変換したのち、次の放物面ミラーで分析対象を流すフローセルに集光する。
【0026】
サンプリングビームは反射ミラーで構成された光学遅延ユニットを経て、時間的遅延を調整した後、反射ミラーを通過させて、電磁波の受信を目的にした受信半導体光伝導アンテナに集光する。その集光点に、フローセルを通過してきたテラヘルツ電磁波を二つの放物面ミラーを使って集光する。
【0027】
テラヘルツ電磁波とサンプリングビームが同じ点に集光されることにより、微弱なテラヘルツ電磁波でも、サンプリングビームの強度との積により時間分解計測が可能となる。受信半導体光伝導アンテナにより電気信号に変換された検出信号はアナログデジタル(AD)変換されてパソコンに入力する。
【0028】
検査対象となる水系の混合物は、水溶液タンクからポンプにより加圧され配管を経由して、ガラス製、あるいは、テラヘルツ電磁波透過性の樹脂で構成されたフローセルを通過して、リザーバータンクを経て、配管経由で次の系へ導かれる。テラヘルツ電磁波が通過する部分のフローセルは、テラヘルツ電磁波の透過に対して十分に透明の構造とする。
【0029】
図3にフェムト秒レーザー光源を励起源とするテラヘルツ分光分析装置の別の実施例を示す。フェムト秒レーザー装置から発生したビームは、ビームスプリッターにより、励起ビームとサンプリングビームとなる。励起ビームは、反射ミラーを経て、送信半導体光伝導アンテナに入射させ、テラヘルツ電磁波を発生させる。発生したテラヘルツ電磁波は放物面ミラーで集光し、平行ビームに変換したのち、次の放物面ミラーで分析対象である生鮮食品に集光される。生鮮食品は紙やプラスチックなどテラヘルツ電磁波を透過させる材料で梱包されており、搬送用コンベアにより、順次適切な搬送スピードで流れているものとする。
【0030】
サンプリングビームは表面反射型の反射ミラーで構成された光学遅延ユニットを経て、時間的遅延を調整した後、反射ミラーを通過させて、電磁波の受信を目的にした受信半導体光伝導アンテナに集光する。その集光点に、梱包箱内部の生鮮食品から反射あるいは散乱した電磁波を二つの放物面ミラーを使って受信半導体光伝導アンテナに集光する。
【0031】
テラヘルツ電磁波とサンプリングビームが同じ点に集光されることにより、微弱なテラヘルツ電磁波でも、サンプリングビームの強度との積により時間分解計測が可能となる。受信半導体光伝導アンテナにより電気信号に変換された検出信号はアナログデジタル(AD)変換されてコンピュータに入力する。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明の活用例として、水や水溶液中に存在する有害な有機物を敏感に検知することができ、工業製品として市販されるドリンク剤などの飲料製品の安全をリアルタイムで検査することが可能となる。また、テラヘルツ領域の特長である紙やプラスチックを透過することを利用して、たとえばダンボール箱に梱包された野菜や果物などの生鮮食品に対して残留農薬などの有害な有機物を、梱包を開梱することなくリアルタイムで検査することが可能となり、大量にベルトコンベアなどで搬送される配送システムにも利用することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】電磁波の周波数と水の吸収領域
【図2】フローセルを有するテラヘルツ分光分析装置
【図3】梱包紙箱の内部を検査するテラヘルツ分光分析装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
テラヘルツ領域における分光装置において、水のテラヘルツ領域の吸収スペクトル帯域に限りなく近い帯域の電磁波を発生させ利用するテラヘルツ分光分析装置。
【請求項2】
請求項1に記載の装置において、10フェムト秒以上50フェムト秒以下のパルス幅を発生させる機能を有するフェムト秒レーザー光源を具備した装置。
【請求項3】
請求項1に記載の装置において、共振器を構成する反射鏡の一つに群速度分散補償機能を有する反射鏡を用いることで、出力するパルス幅を10フェムト秒から50フェムト秒の間で連続的に可変できる機能を有する光源を具備した装置。
【請求項4】
請求項1ないし3に記載の装置において、フローセルを通じて液体測定物を流動的、かつ連続的に分析できることを特徴とするテラヘルツ分光分析装置。
【請求項5】
請求項1ないし3に記載の装置において、搬送装置で順次運ばれる紙あるいはプラスチックで構成される梱包体を通じて、梱包体内部の有機分子の吸収を反映した反射波および散乱波を計測することを特徴とするテラヘルツ分光分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−151562(P2010−151562A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−328955(P2008−328955)
【出願日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【出願人】(504049730)株式会社光フィジクス研究所 (20)
【Fターム(参考)】