説明

遷移金属窒化物の製造方法

【課題】酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物を提供する。
【解決手段】ステンレス鋼からなる基材をガス窒化して、基材の表層部に遷移金属窒化物を形成し、表層部の表面部を、リン酸系溶液又はリン酸溶液とフッ化物系溶液とを含む溶液による表面処理を行うことで、ガス窒化でできた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層は表面処理によって除去される。このため、基材表面には、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層が残存する。この遷移金属窒化物は、酸素含有量が少なく窒素含有量が多いため、導電性に優れる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、遷移金属窒化物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガス窒化は、アンモニアガス又はアンモニアと炭素源を有するガス(例えばRXガス。)との混合ガスを使用した窒化方法である。ガス窒化は、低コストで環境に優しく量産性に優れた窒化方法であり、ガス窒化により鋼の表面に窒化物の層を形成した場合には、鋼の耐摩耗性、耐食性及び疲労強度等の機械的性質が向上する(特許文献1参照)。
【0003】
一般に、鋼は500[℃]以上の温度で窒化される。鋼の表面層への窒素の吸着、拡散には金属表面の活性度が高いことが必要であり、有機、無機系の汚れは勿論、酸化皮膜やOの吸着皮膜が存在しないことが望ましい。特に、酸化皮膜の存在は、窒化ガスであるアンモニアの解離度を助長する点でも好ましくない。
【特許文献1】特開平8−193256号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、実際にはガス窒化において酸化皮膜の形成を防止することは不可能である。また、ガス窒化では酸素分圧が高いため、形成された窒化層は酸素含有量が高く、窒化後には導電性が悪化する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、本発明に係る遷移金属窒化物の製造方法は、ステンレス鋼からなる基材をガス窒化して、基材の表層部に遷移金属窒化物を形成し、表層部の表面部を、リン酸系溶液又はリン酸溶液とフッ化物系溶液とを含む溶液で処理することを特徴とする。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
以下、本発明の実施の形態に係る遷移金属窒化物の製造方法について、固体高分子型燃料電池に使用するセパレータに適用した例を挙げて説明する。
【0008】
図1は、固体高分子型燃料電池に使用するセパレータ1の模式図である。図1(a)は、セパレータ1の模式的平面図、図1(b)は、セパレータ1のIb-Ib線断面図、図1(c)は、セパレータ1のIc-Ic線断面図である。
【0009】
図1(a)に示すように、セパレータ1は、外周部2と、その内縁3と、平板な本体4とを有する。本体4は角隅にガスマニホールドとしての通孔5、6を有し、通孔5、6の間を連通する燃料又は酸化剤の流路7が形成されている。各流路7は溝形にプレス加工された加工面としてのチャンネル壁8により画成される。図1(b)に示すように、通孔5、6は孔開け加工された内壁9により画成される。内壁9は、本体4の上下の面4a、4bに連なる。これらの面4a、4bは、セパレータ1を電気化学反応により発電を行う基本単位となる単セルの両側に配置した際に、単セルの固体高分子膜上のガス拡散層に接触する。通孔5、6を画成する内壁9全域と、流路7を画成するチャンネル壁8と、本体4の上下の面4a、4bとを含む本体4の表面部10は窒化層11から形成される。窒化層11は、ステンレス鋼からなる基材12の表面12aから深さ方向に形成され、基材12の表面12aを窒素雰囲気下で窒化処理することにより得られる。窒化層11の下には、窒化されていない基材からなる基層13が延在する。
【0010】
窒化層11は、ステンレス鋼からなる基材12をガス窒化して、基材12の表層部に形成された遷移金属窒化物を、リン酸系溶液又はリン酸溶液とフッ化物系溶液とを含む溶液で処理することにより得られた遷移金属窒化物からなる。次に、図2及び図3を参照し、遷移金属窒化物の製造方法を説明する。図2に遷移金属窒化物の製造方法を主要工程の流れ図で示す。図3は、各工程におけるセパレータの模式的断面図である。図3(a)は、搬入工程S1でのセパレータ20(S)の模式的断面図であり、図3(b)は、ガス窒化工程S2でのセパレータ20(S)の模式的断面図であり、図3(c)は、搬出工程S3でのセパレータ20(S)の模式的断面図であり、図3(d)は、投入工程S4でのセパレータ20(S)の模式的断面図であり、図3(e)は、表面処理工程S5でのセパレータ20(S)の模式的断面図であり、図3(f)は、取出工程S6でのセパレータ20(S)の模式的断面図である。
【0011】
本発明の実施の形態に係る遷移金属窒化物の製造方法は、ステンレス鋼からなる基材をガス窒化して、基材の表層部に遷移金属窒化物を形成し、表層部の表面部を、リン酸系溶液又はリン酸溶液とフッ化物系溶液とを含む溶液で処理することを含む。
【0012】
より詳細に説明する。窒化対象となるセパレータ(ここでは、基材にプレス加工により燃料又は酸化剤の流路等を形成したもの)をセパレータ20(S)とする。遷移金属窒化物は、セパレータ20(S)を熱処理炉に搬入する搬入工程S1と、搬入したセパレータ20(S)を熱処理炉内でガス窒化するガス窒化工程S2と、ガス窒化したセパレータ20(S)を熱処理炉から搬出する搬出工程S3と、セパレータ20(S)を溶液に投入する投入工程S4と、セパレータ20(S)を表面処理して最終製品に仕上げる表面処理工程S5と、セパレータ20(S)を溶液から取り出す取出工程S6とを経て製造される。
【0013】
搬入工程S1でのセパレータ20、つまり図3(a)に示すセパレータ20(S)は、ステンレス鋼基材そのものである基部21(S)と、基部21(S)の表面に付着している自然酸化膜22(S)とからなる。搬入工程S1では、セパレータ20(S)を熱処理炉に搬入する。
【0014】
ガス窒化工程S2では、熱処理炉内に搬入したセパレータ20(S)(=セパレータ20(S))をガス窒化する。図3(b)に示すセパレータ20(S)は、ステンレス鋼基材そのものである基部21(S)と、基部21(S)に付着している自然酸化膜22(S)とからなる。ガス窒化工程S2では、熱処理炉内に例えばアンモニアガスを導入し、熱処理炉を500[℃]以上に加熱して一定時間保持し、自然酸化膜22(S)を除去してセパレータ20(S)の表面に遷移金属窒化物からなる窒化層を形成する。
【0015】
搬出工程S3では、ガス窒化したセパレータ20(S)を熱処理炉から搬出する。図3(c)に示すセパレータ20(S)は、ステンレス鋼基材そのものである基部21(S)と、セパレータ20(S)の表面から深さ方向に形成された窒化層23(S)とからなる。窒化層23(S)は、酸素含有量が多い遷移金属窒化物層23a(S)と、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層23b(S)とからなる。図4に、オージェ電子分光分析の深さ方向プロファイルを示す。図4に示すように、破線で示す560[nm]を境として矢印aで示す領域では酸素含有量が多い遷移金属窒化物層となっており、矢印bで示す領域では酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層となっている。矢印aで示す領域では、表層に近いほど酸素の含有量が高く、スパッター深さが深いほど酸素の含有量が低くなり、窒素含有量が高くなる。矢印bで示す領域では、酸素含有量が低い値で一定しており、窒素含有量は高い値で一定となっている。
【0016】
投入工程S4では、窒化層23(S)が形成されたセパレータ20(S)(=セパレータ20(S))をリン酸を含む溶液に投入する。図3(d)に示すセパレータ20(S)は、ステンレス鋼基材そのものである基部21(S)と、セパレータ20(S)の表面から深さ方向に形成された窒化層23(S)とからなる。窒化層23(S)は、酸素含有量が多い遷移金属窒化物層23a(S)と、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層23b(S)とからなる。
【0017】
表面処理工程S5では、セパレータ20(S)(=セパレータ20(S))を表面処理して最終製品に仕上げる。図3(e)に示すセパレータ20(S)は、ステンレス鋼基材そのものである基部21(S)と、セパレータ20(S)の表面から深さ方向に形成された窒化層23(S)とからなる。窒化層23(S)は、酸素含有量が多い遷移金属窒化物層23a(S)と、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層23b(S)とからなる。表面処理工程S5では、セパレータ20(S)をリン酸を含む溶液に浸漬し、表面処理する。表面処理工程S5により、酸素含有量が多い遷移金属窒化物23a(S)(図4では矢印aで示す領域。)は除去され、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物23b(S)(図4では矢印bで示す領域。)が残る。
【0018】
取出工程S6では、セパレータ20(S)をリン酸を含む溶液から取り出す。図3(f)に示すセパレータ20(S)は、ステンレス鋼基材そのものである基部21(S)と、セパレータ20(S)の表面から深さ方向に形成された窒化層23(S)とからなる。窒化層23(S)は、図3(e)に示す窒化層23(S)において、酸素含有量が多い遷移金属窒化物層23a(S)が除去されて残存した、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層23b(S)と同じである。
【0019】
本発明の実施の形態に係る遷移金属窒化物の製造方法によれば、ステンレス鋼からなる基材をガス窒化した後、リン酸系溶液又はリン酸溶液とフッ化物系溶液とを含む溶液による表面処理を行うことで、ガス窒化でできた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層は表面処理によって除去される。このため、基材表面には、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層が残存する。この遷移金属窒化物は、酸素含有量が少なく窒素含有量が多いため、導電性に優れている。また、ガス窒化は真空装置等が必要ではなく容易であり、溶液処理も特別な装置を必要としないため容易に行うことができる。このように、この製造方法では、特別な装置を必要としないことから、大量に処理することが可能である。このため、所望の遷移金属窒化物を低コストで得ることが可能となる。なお、ガス窒化では、酸素分圧が高いため窒化層表面は酸素含有量の高い遷移金属窒化物となるが、ガス窒化の後に溶液処理による表面処理を行うことで、酸素含有量が多い遷移金属窒化物のみが除去される。このため、最終的には、基材表面に、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物の窒化層のみが形成される。
【0020】
溶液処理に用いるリン酸系溶液は、55〜65[%]の濃度のリン酸(HPO)溶液であることが好ましい。また、リン酸溶液とフッ化物系溶液とを含む溶液は、9〜30[%]の濃度のリン酸溶液と6〜8[%]の濃度のフッ化水素酸(HF)溶液との混合液、又は9〜30[%]の濃度のリン酸溶液と8〜12[%]の濃度の中性フッ化アンモニウム(NHF)溶液との混合液であることをが好ましい。この場合には、基材表面に存在する酸素含有量が多い遷移金属窒化物層が効率よく除去され、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物からなる窒化層のみが残る。
【0021】
処理は、15〜60[℃]の温度で行うことにより、酸素含有量が多い遷移金属窒化物層は除去され、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物からなる窒化層が残る。処理時間は、30〜120[分]の間、適当な浸漬時間を選択すれば良い。
【0022】
このように、本発明の実施の形態に係る遷移金属窒化物の製造方法によれば、ガス窒化と溶液処理を組み合わせることにより、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層が基材表面に形成される。また、ガス窒化と溶液処理という簡便な操作により、導電性の高い遷移金属窒化物を低コストで得ることが可能となる。
【実施例】
【0023】
以下、本発明の実施の形態に係る遷移金属窒化物の製造方法の実施例1〜実施例22及び比較例1〜比較例2について説明する。これらの実施例は、本発明の有効性を調べたもので、異なる条件下で処理して各試料を調製したものであり、例示した実施例に限定されるものではない。
【0024】
<試料の調製>
各実施例では、板厚0.1[mm]、サイズ口100mmのオーステナイト系ステンレス鋼(SUS316L)の光輝焼鈍(BA)材を脱脂洗浄して用いた。実施例1〜実施例22では、脱脂洗浄後両面をガス窒化し、その後、リン酸溶液(HPO30〜90[%])又はリン酸溶液とフッ化物(5〜9[%]HF又は7〜13[%]NHF )の混合溶液で表面処理した。なお、ガス窒化条件はアンモニア(NH100[%])ガスを用い、処理時間38[時間]、処理温度425[℃]にて行った。表面処理は、温度を60[℃]で行った。比較例1ではガス窒化のみを行い、比較例2ではガス窒化は行わずに、表面処理のみを行った。
【0025】
ここで、各試料は、以下の方法によって評価された。
【0026】
<遷移金属窒化物中の窒素濃度と酸素濃度の測定>
ガス窒化後、遷移金属窒化物からなる窒化層の窒素濃度と酸素濃度の測定は、オージェ電子分光分析の深さ方向プロファイルにより、深さ100〜200[nm]間の測定値を平均した。装置は、PHI社製 MODEL4300を用いた。測定は、電子線加速電圧5[kV]、測定領域20[μm]×16[μm]、イオン銃加速電圧3[kV]、スパッタリングレート10[nm/min](SiO換算値)の条件で行った。
【0027】
<接触抵抗値の測定>
実施例1〜実施例22及び比較例1〜比較例2で得られた試料を30[mm]×30[mm]の大きさに切り出して接触抵抗値を測定した。装置は、アルバック理工製 圧力負荷接触電気抵抗測定装置 TRS-2000SS型を用いた。そして、図5(a)に示すように、電極31とサンプル32との間にカーボンペーパ33を介在させて、図5(b)に示すように、電極31a/カーボンペーパ33a/サンプル32/カーボンペーパ33b/電極31bの構成とした。そして、測定面圧1.0[MPa]にて1[A/cm]の電流を流した際の電気抵抗を2回測定し、各電気抵抗の平均値を求めて接触抵抗値とした。カーボンペーパは、カーボンブラックで担持した白金触媒を塗布したカーボンペーパ(東レ(株)製カーボンペーパ TGP-H-090 厚さ0.26[mm]、かさ密度0.49[g/cm]、空隙率73[%]、厚さ方向体積抵抗率0.07[Ω・cm])を用いた。電極は、直径φ20のCu製電極を用いた。測定は、表面処理前と表面処理後に行った。
【0028】
用いた処理条件、実施例1〜実施例22については表面処理前(ガス窒化後)及び表面処理後の接触抵抗値、比較例1のガス窒化後の接触抵抗値、及び比較例2の表面処理前及び表面処理後の接触抵抗値を表1〜表4に示す。
【表1】

【表2】

【表3】

【表4】

【0029】
まず、実施例1〜実施例7、比較例1及び比較例2により、リン酸溶液の濃度と接触抵抗値との関係を調べた。
【0030】
実施例1では、ガス窒化後に、30[%]リン酸溶液用い、60[℃]の温度で、120[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。リン酸濃度を30[%]と低くして表面処理を行ったことにより、表面処理前では539[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は170[mΩ・cm]まで低下した。ガス窒化後にできた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層を全て除去できずに一部残存したため、表面処理前と比べて表面処理後の接触抵抗値は減少したが、比較的高い値となったと考えられる。
【0031】
実施例2では、ガス窒化後に、54[%]リン酸溶液用い、60[℃]の温度で、100[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。リン酸濃度を54[%]と実施例1よりも高い濃度で表面処理を行ったことにより、表面処理前では570[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は82[mΩ・cm]まで低下した。実施例1よりも表面処理後の接触抵抗値は低くなったが、この濃度では、ガス窒化後にできた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層を全て除去できずに一部残存したと考えられる。
【0032】
実施例3では、ガス窒化後に、56[%]リン酸溶液用い、60[℃]の温度で、100[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。リン酸濃度を56[%]と実施例2よりも高い濃度で表面処理を行ったことにより、表面処理前では583[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は43[mΩ・cm]まで低下した。これは、ガス窒化できた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層が表面処理によって除去され、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層が残ったことにより、接触抵抗値が減少したためと考えられる。
【0033】
実施例4では、ガス窒化後に、60[%]リン酸溶液を用い、60[℃]の温度で、100[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理前では528[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は44[mΩ・cm]まで低下した。これは、ガス窒化できた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層が表面処理によって除去され、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層が残ったことにより、接触抵抗値が減少したためと考えられる。
【0034】
実施例5では、ガス窒化後に、64[%]リン酸溶液を用い、60[℃]の温度で、100[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理前では534[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は40[mΩ・cm]まで低下した。これは、ガス窒化できた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層が表面処理によって除去され、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層が残ったことにより、接触抵抗値が減少したためと考えられる。
【0035】
実施例6では、ガス窒化後に、66[%]リン酸溶液を用い、60[℃]の温度で、100[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理前では543[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は96[mΩ・cm]まで低下した。このように、実施例3〜実施例5よりも表面処理後の接触抵抗値が高かった。これは、ガス窒化後にできた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層だけでなく、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層も一部除去されたためと考えられる。
【0036】
実施例7では、ガス窒化後に、90[%]リン酸溶液用い、60[℃]の温度で、120[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。リン酸濃度を90[%]と高くして表面処理を行ったことにより、表面処理前では561[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は154[mΩ・cm]となった。実施例2〜実施例6と比較して表面処理後の接触抵抗値が高かったのは、ガス窒化後にできた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層だけでなく、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層も除去されたためと考えられる。
【0037】
比較例1で示すように、ガス窒化のみを行った場合、ガス窒化によって試料表面には酸素含有量が多い遷移金属窒化物層が形成されるため、接触抵抗値はが545[mΩ・cm]と高い値を示した。
【0038】
比較例2では、窒化処理を行わない生SUS316L基材を用い、60[%]リン酸溶液を用い、60[℃]の温度で、100[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理のみを行った場合、表面処理後の接触抵抗値は表面処理前と比べて減少するが、ガス窒化と組み合わせた実施例と比較すると大幅な減少は見られなかった。
【0039】
実施例1〜実施例7で得られた試料の表面処理に用いたリン酸溶液の濃度と接触抵抗値との関係を図6に示す。図6より、リン酸溶液の濃度が55〜65[%]の溶液を使って表面処理した場合に接触抵抗値が下がることがわかる。
【0040】
次に、実施例4及び実施例8〜実施例12により浸漬時間と接触抵抗値との関係を調べた。
【0041】
実施例8では、ガス窒化後に、60[%]リン酸溶液用い、60[℃]の温度で、130[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理前では589[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は98[mΩ・cm]となった。表面処理の浸漬時間を長くして行ったことにより、窒化処理後にできた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層だけでなく、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層も除去された。このため、表面処理前と比べて表面処理後の接触抵抗値は減少したが、比較的高い値を示した。
【0042】
実施例9では、ガス窒化後に、60[%]リン酸溶液用い、60[℃]の温度で、121[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理前では519[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は103[mΩ・cm]となった。表面処理の浸漬時間を長くして行ったことにより、窒化処理後にできた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層だけでなく、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層も除去された。このため、表面処理前と比べて表面処理後の接触抵抗値は減少したが、比較的高い値を示した。
【0043】
実施例10では、ガス窒化後に、60[%]リン酸溶液用い、60[℃]の温度で、119[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理前では570[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は35[mΩ・cm]となった。表面処理の浸漬時間が適当だったことにより、ガス窒化できた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層が表面処理によって除去され、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層が残ったことにより、接触抵抗値が減少したと考えられる。
【0044】
実施例11では、ガス窒化後に、60[%]リン酸溶液用い、60[℃]の温度で、30[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理前では550[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は41[mΩ・cm]となった。表面処理の浸漬時間が適当だったことにより、ガス窒化できた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層が表面処理によって除去され、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層が残ったことにより、接触抵抗値が減少したと考えられる。
【0045】
実施例12では、ガス窒化後に、60[%]リン酸溶液用い、60[℃]の温度で、29[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理前では568[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は97[mΩ・cm]となった。表面処理の浸漬時間が短かったことにより、窒化処理後にできた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層を全て除去できずに一部残存したため、表面処理前と比べて表面処理後の接触抵抗値は減少したが、比較的高い値となったと考えられる。
【0046】
実施例4及び実施例8〜実施例12で得られた試料の浸漬時間と接触抵抗値との関係を図7に示す。図7より、浸漬時間が30〜120[分]の場合に接触抵抗値が下がることがわかる。
【0047】
次に、実施例13〜実施例17によりフッ化水素酸溶液の濃度と接触抵抗値との関係を調べた。
【0048】
実施例13では、ガス窒化後に28[%]リン酸溶液と9[%]フッ化水素酸溶液の混合溶液を用い、60[℃]の温度で、100[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理前では510[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は110[mΩ・cm]まで低下した。表面処理後の接触抵抗値が比較的高かったのは、ガス窒化後にできた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層だけでなく、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層も除去されたためと考えられる。
【0049】
実施例14では、ガス窒化後に28[%]リン酸溶液と8[%]フッ化水素酸溶液の混合溶液を用い、60[℃]の温度で、100[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理前では562[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は44[mΩ・cm]まで低下した。これは、ガス窒化できた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層が表面処理によって除去され、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層が残ったことにより、接触抵抗値が減少したためと考えられる。
【0050】
実施例15では、ガス窒化後に28[%]リン酸溶液と7[%]フッ化水素酸溶液の混合溶液を用い、60[℃]の温度で、30[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理前では、573[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示した。表面処理後には接触抵抗値は31[mΩ・cm]まで低下した。これは、ガス窒化できた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層が表面処理によって除去され、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層が残ったことにより、接触抵抗値が減少したためと考えられる。また、実施例14と比較して浸漬時間が短く、フッ化水素酸溶液の濃度も低いが、実施例14よりも接触抵抗値が減少した。このことにより、28[%]リン酸溶液と7[%]フッ化水素酸溶液の混合溶液を用いた場合には、浸漬時間が短くても効率よく表面処理を行うことができることが示唆された。
【0051】
実施例16では、ガス窒化後に28[%]リン酸溶液と6[%]フッ化水素酸溶液の混合溶液を用い、60[℃]の温度で、100[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理前では568[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は42[mΩ・cm]まで低下した。これは、ガス窒化できた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層が表面処理によって除去され、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層が残ったことにより、接触抵抗値が減少したためと考えられる。
【0052】
実施例17では、ガス窒化後に、28[%]リン酸溶液と5[%]フッ化水素酸溶液の混合溶液を用い、60[℃]の温度で、100[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。フッ化水素酸の濃度を5[%]と低くして表面処理を行ったことにより、ガス窒化後にできた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層を全て除去できずに一部残存したため、表面処理前と比べて表面処理後の接触抵抗値は減少したが、比較的高い値となったと考えられる。
【0053】
実施例13〜実施例17で得られた試料の表面処理に用いたフッ化水素酸溶液の濃度と接触抵抗値との関係を図8に示す。図8より、フッ化水素酸溶液の濃度が6〜8[%]の溶液を使って表面処理した場合に接触抵抗値が下がることがわかる。
【0054】
次に、実施例18〜実施例22により中性フッ化アンモニウム溶液の濃度と接触抵抗値との関係を調べた。
【0055】
実施例18では、ガス窒化後に13[%]リン酸溶液と13[%]中性フッ化アンモニウム溶液の混合溶液を用い、60[℃]の温度で、100[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理前では613[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は117[mΩ・cm]まで低下した。表面処理後の接触抵抗値が比較的高かったのは、ガス窒化後にできた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層だけでなく、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層も除去されたためと考えられる。
【0056】
実施例19では、ガス窒化後に13[%]リン酸溶液と11[%]中性フッ化アンモニウム溶液の混合溶液を用い、60[℃]の温度で、30[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理前では535[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は29[mΩ・cm]まで低下した。これは、ガス窒化できた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層が表面処理によって除去され、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層が残ったことにより、接触抵抗値が減少したためと考えられる。
【0057】
実施例20では、ガス窒化後に13[%]リン酸溶液と10[%]中性フッ化アンモニウム溶液の混合溶液を用い、60[℃]の温度で、100[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理前では551[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は37[mΩ・cm]まで低下した。これは、ガス窒化できた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層が表面処理によって除去され、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層が残ったことにより、接触抵抗値が減少したためと考えられる。
【0058】
実施例21では、ガス窒化後に13[%]リン酸溶液と9[%]中性フッ化アンモニウム溶液の混合溶液を用い、60[℃]の温度で、30[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理前では560[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は28[mΩ・cm]まで低下した。これは、ガス窒化できた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層が表面処理によって除去され、酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物層が残されたことにより、接触抵抗値が減少したためと考えられる。
【0059】
実施例22では、ガス窒化後に13[%]リン酸溶液と7[%]中性フッ化アンモニウム溶液の混合溶液を用い、60[℃]の温度で、100[分間]浸漬する条件で表面処理を行った。表面処理前では596[mΩ・cm]と高い接触抵抗値を示したが、表面処理後には接触抵抗値は109[mΩ・cm]まで低下した。中性フッ化アンモニウム溶液の濃度を7[%]と低くして表面処理を行ったことにより、ガス窒化後にできた酸素含有量が多い遷移金属窒化物層を全て除去できずに一部残存したため、表面処理前と比べて表面処理後の接触抵抗値は減少したが、比較的高い値となったと考えられる。
【0060】
実施例18〜実施例22で得られた試料の表面処理に用いた中性フッ化アンモニウム溶液の濃度と接触抵抗値との関係を図9に示す。図9より、中性フッ化アンモニウム溶液の濃度が8〜12[%]の溶液を使って表面処理した場合に接触抵抗値が下がることがわかる。
【0061】
このように、ガス窒化と表面処理を組み合わせることにより、基材表面に酸素含有量が少なく窒素含有量が多い遷移金属窒化物の窒化層が形成された。この窒化層は、接触抵抗値が低く、導電性に優れていることがわかった。なお、本実施例においては、基材としてオーステナイト系ステンレス鋼を用いたが、これに限定されるものではなく、フェライト系もしくはマルテンサイト系ステンレス鋼を用いても、同様の効果が得られる。
【0062】
以上、本発明の実施の形態について説明したが、上記の実施の形態の開示の一部をなす論述および図面はこの発明を限定するものであると理解するべきではない。この開示から当業者には様々な代替実施の形態、実施例および運用技術が明らかとなろう。
【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】(a)セパレータの模式的平面図である。(b)セパレータのIb-Ib線断面図である。(c)は、セパレータのIc-Ic線断面図である。
【図2】遷移金属窒化物の製造方法の主要工程の流れ図である。
【図3】(a)搬入工程S1でのセパレータ20(S)の模式的断面図である。(b)ガス窒化工程S2でのセパレータ20(S)の模式的断面図である。(c)搬出工程S3でのセパレータ20(S)の模式的断面図である。(d)投入工程S4でのセパレータ20(S)の模式的断面図である。(e)表面処理工程S5でのセパレータ20(S)の模式的断面図である。(f)は、取出工程S6でのセパレータ20(S)の模式的断面図である。
【図4】ガス窒化により得られた遷移金属窒化物の走査型オージェ電子分光分析による深さ方向の元素プロファイルを示す図である。
【図5】(a)各実施例で得られた試料の接触抵抗の測定方法を説明する模式図である。(b)接触抵抗の測定に使用する装置を説明する模式図である。
【図6】リン酸溶液の濃度と接触抵抗値との関係を示すグラフである。
【図7】浸漬時間と接触抵抗値との関係を示すグラフである。
【図8】フッ化水素酸溶液の濃度と接触抵抗値との関係を示すグラフである。
【図9】中性フッ化アンモニウム溶液の濃度と接触抵抗値との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0064】
1 セパレータ
2 外周部
3 内縁
4 本体
5、6 通孔
7 流路
8 チャンネル壁
9 内壁
10 表面部
11 窒化層
12 基材
13 基層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス鋼からなる基材をガス窒化して、前記基材の表層部に遷移金属窒化物を形成し、
前記表層部の表面部を、リン酸系溶液又はリン酸溶液とフッ化物系溶液とを含む溶液で処理することを特徴とする遷移金属窒化物の製造方法。
【請求項2】
前記リン酸系溶液は、55〜65[%]の濃度のリン酸溶液であることを特徴とする請求項1に記載の遷移金属窒化物の製造方法。
【請求項3】
前記リン酸溶液とフッ化物系溶液とを含む溶液は、9〜30[%]の濃度のリン酸溶液と6〜8[%]の濃度のフッ化水素酸溶液との混合液、又は9〜30[%]の濃度のリン酸溶液と8〜12[%]の濃度の中性フッ化アンモニウム溶液との混合液であることを特徴とする請求項1に記載の遷移金属窒化物の製造方法。
【請求項4】
前記処理は、前記表層部の表面部を、15〜60[℃]の温度にて、前記リン酸系溶液又は前記リン酸溶液とフッ化物系溶液を含む溶液に30〜120[分]間浸漬することを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれか一項に記載の遷移金属窒化物の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2008−138265(P2008−138265A)
【公開日】平成20年6月19日(2008.6.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−326961(P2006−326961)
【出願日】平成18年12月4日(2006.12.4)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】