説明

遺伝子導入剤、並びに核酸複合体及びその製造方法

【課題】遺伝子導入効率に優れた遺伝子導入剤及び核酸複合体を提供する。
【解決手段】生体温度よりも低温の所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性であるカチオン性分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤であって、該カチオン性分岐型重合体は、N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これにN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体を光照射リビング重合させてそのポリマーブロック鎖を形成した後、さらに、カチオン性モノマーを光照射リビング重合させてカチオン性ポリマーブロック鎖を形成したものであることを特徴とする遺伝子導入剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、遺伝子導入剤に関するものである。本発明は、また、この遺伝子導入剤と核酸とを複合させた核酸複合体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ヒト疾患の分子遺伝学的要因が明らかになるにつれ、遺伝子治療研究がますます重要視されている。遺伝子治療法は標的とする部位でのDNAの発現を目的としており、いかにDNAを標的部位に到達させるか、いかにDNAを標的部位に効率的に導入し、当該部位で機能的に発現させるかということが重要となる。外来DNAの導入のためのベクターとして、レトロウイルス、アデノウイルス又はヘルペスウイルスを含む多くのウイルスが、治療用遺伝子を運搬するように改変されて、遺伝子治療のヒトの臨床試験に使用されている。しかし感染及び免疫反応の危険性は依然として残されている。
【0003】
DNAを細胞中に運搬するための非ウイルス系ベクターとして、カチオン性のスター型ポリマーが特許文献1,2に記載されている。
【特許文献1】WO2004/092388
【特許文献2】特開2007−070579
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
I.これらの特許文献1,2では、分岐鎖が3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドを光照射により重合したものよりなり、分岐鎖は芳香族環に対し3〜6本設けられる。
【0005】
この分岐鎖は、DNAを捕捉して包蔵するものであるから、分岐鎖の数が多いほどDNAの包蔵能力が高くなることが期待される。しかしながら、種々の研究の結果、6本の分岐鎖を有する遺伝子導入剤が必ずしも4本の分岐鎖を有する遺伝子導入剤よりも高いDNA包蔵能力を示す訳ではないことが認められた。このことは、分岐鎖同士の電気的反発により、特に分岐鎖の基端側において分岐鎖の運動自由度が小さくなるためであると考えられる。
【0006】
即ち、上記特許文献1,2のように、芳香族環に直接に3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドを重合させて分岐鎖を形成したスター型ポリマーの場合、分岐鎖の基端側にあっては、分岐鎖同士の距離が近いため、電気的斥力(カチオン同士の反発力)によって、分岐鎖の動きが制限され易いと考えられる。即ち、この分岐鎖は、芳香族環を回動中心として、動き得るものであるが、分岐鎖基端側において分岐鎖同士が反発すると、分岐鎖の基端側回動方向に動き得る範囲が狭くなる。換言するならば、分岐鎖の運動自由度が小さくなる。そして、このように分岐鎖の運動自由度が小さいと、分岐鎖がDNAを包蔵する能力が低下するおそれがある。
【0007】
このように、分岐鎖の数を多くすると、分岐鎖の運動自由度が制限されるところから、分岐鎖の数を多くしてもDNAの包蔵能力は直ちには増大しない。
【0008】
II.上記特許文献1,2では、核酸と遺伝子導入剤との核酸複合体は、水溶液中に分散しているため、生体内の一定部位に長期にわたって定置させることができない。
【0009】
本出願人は、かかる短所を解決するものとして、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これにカチオン性モノマーを光照射リビング重合させ、次いでN−イソプロピルアクリルアミドを光照射リビング重合させた分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤を提案した(特願2007−34889。以下「先願」という。)。
【0010】
この先願の遺伝子導入剤は、生体温度よりも低温の所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性である。
【0011】
III.本発明は、生体温度よりも低温の所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性となる温度応答性を有した遺伝子導入剤を用いた核酸複合体であって、遺伝子導入効率の向上を図ることが可能であると考えられる遺伝子導入剤と、この遺伝子導入剤を用いた核酸複合体及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明(請求項1)の遺伝子導入剤は、生体温度よりも低温の所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性であるカチオン性分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤であって、該カチオン性分岐型重合体は、N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これにN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体を光照射リビング重合させてそのポリマーブロック鎖を形成した後、さらに、カチオン性モノマーを光照射リビング重合させてカチオン性ポリマーブロック鎖を形成したものであることを特徴とする。
【0013】
請求項2の遺伝子導入剤は、請求項1において、N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物は、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基が結合していることを特徴とする。
【0014】
請求項3の遺伝子導入剤は、請求項1又は2において、前記N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基は、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基であることを特徴とする。
【0015】
請求項4の遺伝子導入剤は、請求項1ないし3のいずれか1項において、前記カチオン性モノマーが3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、4−N,N−ジメチルアミノスチレン及び4−アミノスチレンからなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする。
【0016】
請求項5の遺伝子導入剤は、請求項1ないし4のいずれか1項において、N−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体のポリマーブロックの分子量が1,000〜10,000であることを特徴とする。
【0017】
請求項6の遺伝子導入剤は、請求項1ないし5のいずれか1項において、該カチオン性分岐型重合体の分子量が3,000〜1,000,000であることを特徴とする。
【0018】
請求項7の遺伝子導入剤は、請求項1ないし6のいずれか1項において、前記所定温度(T)は、25〜35℃の間の温度であることを特徴とする。
【0019】
本発明(請求項8)の核酸複合体は、請求項1ないし7のいずれか1項の遺伝子導入剤と核酸とを複合させてなるものである。
【0020】
本発明(請求項9)の核酸複合体の製造方法は、請求項1ないし7のいずれか1項に記載のカチオン性分岐型重合体と核酸とを前記所定温度(T)よりも高い温度で混合することにより核酸複合体を生成させることを特徴とする核酸複合体の製造方法。
【0021】
請求項10の核酸複合体の製造方法は、請求項9において、前記カチオン性分岐型重合体を0.05〜50mg/mLの濃度のカチオン性分岐型重合体水溶液として核酸と混合することを特徴とする。
【発明の効果】
【0022】
本発明の遺伝子導入剤は、芳香環を核とするスター型ポリマーであって、N−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体のポリマーブロックを内郭へ導入し、カチオン性ポリマーブロックを外層へ導入したカチオン性分岐型重合体である。
【0023】
このカチオン性分岐型重合体に導入されたN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体は、生体温度よりも低温の所定温度(T)よりも低い温度では親水性であるが、該所定温度(T)よりも高い温度環境下に置くと、相転移して疎水性となる温度感応性のモノマーである。即ち、本発明の遺伝子導入剤は、核となる芳香族環に温度感応性モノマーであるN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体を重合させた後、カチオン性モノマーを重合させたものである。この遺伝子導入剤は、従って、該所定温度(T)よりも高い状態にあるときには、スター型ポリマーの分岐鎖の基端側は疎水性ポリマーブロック鎖にて構成され、それよりも先端側はカチオン性ポリマーブロック鎖にて構成されたものとなる。
【0024】
この遺伝子導入剤は、カチオン性ポリマーブロック鎖が、アニオン性の核酸を捕捉して包蔵する。また、この遺伝子導入剤は、上記所定温度(T)よりも高い温度の水溶液中において、分岐鎖の基端側を構成している各疎水性ポリマーブロック鎖同士の間に吸引力ないし凝集力が生じ、複数個のスター型ポリマーが各々の中心部(芳香環及び分岐鎖基端側)を重畳させる如くして集合ないし凝集し(以下、この現象を「分子間凝集現象」と称す場合がある。)、デンドリマー様のスター型ポリマー複合体を構成するものと考えられる。このスター型ポリマー複合体は、1個のスター型ポリマーの分岐鎖をnとして、集合したスター型ポリマーの数をmとした場合、中心部からn×m本の分岐鎖が放射方向に伸延した、分岐鎖の数が著しく多いものとなる。
【0025】
また、このスター型ポリマー複合体の各分岐鎖の末端側は、カチオン性であり、互いに反発するので、各分岐鎖は、相互間に距離をあけて、スター型ポリマー複合体の中心部から放射方向に伸延する。
このように、放射状に伸延したスター型ポリマー複合体は、単独で存在する1個のスター型ポリマーに比べて、DNAの包蔵能力が著しく高いものとなる。
【0026】
このようなことから、本発明の遺伝子導入剤によれば、遺伝子導入効率に優れた核酸複合体を製造することができる。
【0027】
本発明において、イニファターとしてのN,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物は、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基が結合しているものが好ましく(請求項2)、このN,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基は、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基であることが好ましい(請求項3)。
【0028】
また、イニファターに光照射リビング重合させるカチオン性モノマーとしては、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、4−N,N−ジメチルアミノスチレン及び4−アミノスチレンからなる群から選択される少なくとも1種が好ましい(請求項4)。
【0029】
また、カチオン性分岐型重合体に導入されるN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体のポリマーブロックの分子量は1,000〜10,000であることが好ましく(請求項5)、カチオン性分岐型重合体の分子量は3,000〜1,000,000であることが好ましい(請求項6)。
【0030】
また、カチオン性分岐型重合体が親水性又は疎水性となる生体温度より低温の所定温度(T)とは、25〜35℃の間の温度であることが好ましい(請求項7)。
【0031】
本発明の遺伝子導入剤を上記所定温度(T)よりも低い温度で核酸と複合させるべく水溶液中で遺伝子導入剤と核酸とを混合すると、N−イソプロピルアクリルアミド(又はその誘導体)のポリマーブロックは、親水性となって水溶液中で伸延した状態となり、各々の分岐鎖がフリーに伸延した状態で核酸複合体を形成してしまう。このような核酸複合体では、前述のスター型ポリマー複合体の特異的なデンドリマー様の立体構造に基く遺伝子導入活性の向上効果は得られない。
【0032】
従って、本発明の核酸複合体の製造方法では、カチオン性分岐型重合体と核酸とを前記所定温度(T)よりも高い温度で混合することにより核酸複合体を生成させる(請求項9)。この場合、遺伝子導入剤であるカチオン性分岐型重合体を0.05〜50mg/mLの濃度の水溶液として核酸と混合することが好ましい(請求項10)。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下に本発明の遺伝子導入剤並びにこれを用いた核酸複合体及びその製造方法の実施の形態を詳細に説明する。
【0034】
[遺伝子導入剤]
<カチオン性分岐型重合体>
まず、本発明に係る遺伝子導入剤を構成するカチオン性分岐型重合体及びその製造方法について説明する。
【0035】
このカチオン性分岐型重合体は、N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これにN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体を光照射リビング重合させてそのポリマーブロック鎖を形成させた後、さらにカチオン性モノマーを光照射リビング重合させてカチオン性ポリマーブロック鎖を形成させた分岐型重合体であり、芳香族環を核とし、それから放射状に伸延した複数のカチオン性の分岐鎖を有するカチオン性分岐型重合体である。
【0036】
このカチオン性分岐型重合体は、温度感応性のN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体のポリマーブロック鎖を有することにより、生体温度よりも低温の所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性である。この生体温度よりも低温度の所定温度(T)とは、25〜35℃、例えば30℃前後であることが好ましく、N−イソプロピルアクリルアミドのポリマーブロック鎖を導入した場合には、通常、この所定温度(T)は約30℃である。
【0037】
本発明に係るカチオン性分岐型重合体は、N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基、好ましくはN,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これにN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体を光照射リビング重合させて、N−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体のポリマーブロック鎖を形成させた後、カチオン性モノマーを光照射リビング重合させてカチオン性ポリマーブロック鎖を形成させ、基端側がN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体のポリマーブロック(以下、「感温性ポリマーブロック」と称す場合がある。)で、先端側がカチオン性ポリマーブロックのブロックコポリマーよりなる分岐鎖を形成することにより製造される。
【0038】
なお、本明細書において、イニファターとは、光照射によりラジカルを発生させる重合開始剤、連鎖移動剤としての機能と共に、成長末端と結合して成長を停止する機能、さらに光照射が停止すると重合を停止させる重合開始・重合停止剤として機能する分子のことである。
【0039】
イニファターとなるN、N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物としては、ベンゼン環に該N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基、好ましくはN,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基が3個以上分岐鎖として結合しているものが好適であり、具体的には次が例示される。即ち、3分岐鎖化合物としては、1,3,5−トリ(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,3,5−トリ(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、4分岐鎖化合物としては、1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、6分岐鎖化合物としては、ヘキサキス(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られるヘキサキス(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンが挙げられる。なお、ここで、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基に含まれるジアルキル部分のアルキル基としては、エチル基等の炭素数2〜18個のアルキル基が好ましいが、アルキル基に限らず、フェニル基など芳香族系の炭化水素基であっても構わない。即ち、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基に限らず、N,N−ジアリールジチオカルバミルメチル基等を含む、脂肪族炭化水素基及び/又は芳香族炭化水素基で置換されたN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基であれば目的を達成することができる。
【0040】
上記のイニファターは、アルコール等の極性溶媒に対しては殆ど不溶であるが、非極性溶媒には易溶である。この非極性溶媒としては炭化水素、ハロゲン化炭化水素が好適であり、特に、ベンゼン、トルエン、クロロホルム又は塩化メチレン、中でも特にトルエンが好適である。
【0041】
イニファターとN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体とを反応させるには、イニファターとN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体を含んでなる原料溶液を調製し、これに光照射することによって、イニファターに対しN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体が結合した反応生成物を生成させる。なお、N−イソプロピルアクリルアミドとその誘導体の2種以上を用いても良い。この溶液の溶媒としては、アルカン、アルケン、アロマチック、ハロゲン化炭化水素が好適であり、具体的にはベンゼン、トルエン、クロロホルム、四塩化炭素又は塩化メチレンが挙げられ、中でもトルエン又はクロロホルムが好適である。
【0042】
この原料溶液中のN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体濃度は0.5M以上、例えば0.5〜2.5Mが好適である。イニファターの濃度は0.1〜100mM程度が好適である。
【0043】
照射する光の波長は300〜400nmが好適である。光の照射時間は照射強度にも依存するが、1〜60分程度が好適であり、1μW/cm〜10mW/cm程度の低い照射強度で1分〜30分程度が特に好適である。
【0044】
この光照射により、反応液中に目的とする分岐型重合体が生成するので、必要に応じ精製して分岐型重合体よりなるN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体ホモポリマー(以下「感温性ホモポリマー」と称す場合がある。)を得る。
【0045】
このようにして生成した分岐型重合体よりなる感温性ホモポリマーに対し、カチオン性モノマーを光照射リビング重合によりブロック共重合させて目的とするカチオン性分岐型重合体とする。
【0046】
この感温性ホモポリマーに重合させるカチオン性モノマーとしては、アクリル酸誘導体、スチレン誘導体等のビニル系モノマーが好適であり、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、4−N,N−ジメチルアミノスチレン、4−アミノスチレンなどが挙げられるが、特に、耐加水分解性に優れることから、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドCH=CHCONHCN(CH、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレートといったアクリル系モノマーが好ましい。カチオン性モノマーは1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0047】
感温性ホモポリマーにカチオン性モノマーを光照射リビング重合によりブロック共重合させるには、上記のようにして合成した感温性ホモポリマーをメタノール等の溶媒に溶解させ、これにカチオン性モノマーを混合し、光を照射して重合させればよい。この重合反応を開始する際の溶液中における感温性ホモポリマーの濃度は0.01〜10重量%程度が好適であり、カチオン性モノマーの濃度は0.3〜30重量%程度が好適である。光の照射条件は、光波長250〜400nm、照射時間1〜150分、照射強度100〜10,000μW/cm程度が好適である。
【0048】
このようにして、イニファターに対してまずN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体を光照射リビング重合させ、次いでカチオン性モノマーを光照射リビングブロック共重合させることにより、基端側が感温性ポリマーブロック、先端側がカチオン性ポリマーブロックで構成されたブロックコポリマー鎖よりなる分岐鎖を有する分岐型共重合体(ブロックコポリマー)を得ることができる。
【0049】
本発明において、このブロックコポリマーよりなるカチオン性分岐型重合体の分子量は、これを構成するイニファター、カチオン性モノマー、及びN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体の種類等によっても異なり、一概には言えないが、3,000〜1,000,000、特に3,000〜150,000であることが好ましい。カチオン性分岐型重合体の分子量がこの範囲外であると核酸複合体を生成しにくく、特に、カチオン性分岐型重合体の分子量が小さ過ぎると、本発明に好適な分岐型コポリマーの分子設計を十分に行うことができず、カチオン性分岐型重合体の分子量が大き過ぎると、代謝性、生分解性などが劣る傾向にあり、好ましくない。
【0050】
また、カチオン性分岐型重合体中の感温性ポリマーブロック及びカチオン性ポリマーブロックの各々の分子量についても、各々のポリマーブロックを構成するモノマーの種類等によっても異なり、一概には言えないが、感温性ポリマーブロックの分子量は1,000〜10,000、特に30,000〜8,000であり、カチオン性ポリマーブロックの分子量は5,000〜100,000、特に15,000〜80,000であることが好ましい。
【0051】
感温性ポリマーブロックの分子量が小さ過ぎると、上述のカチオン性分岐型重合体の好適な分子量範囲において、生体温度よりも低温の所定温度(T)、例えば30℃以上の温度でも水溶液中で安定してしまい、前述の分子間凝集現象が起こらず、大き過ぎると、カチオン性分岐型重合体の水に対する親和性が低過ぎて、水中で乳化してマクロ粒子を形成してしまい、好ましくない。
【0052】
また、カチオン性ポリマーブロックの分子量が小さ過ぎると遺伝子導入活性が劣る傾向にあり、大き過ぎると、カチオン性分岐型重合体の分子量が徒に大きくなり、好ましくない。
【0053】
なお、本明細書において、分子量とは、GPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィー)によるポリエチレングリコール換算の数平均分子量をさす。
【0054】
本発明の遺伝子導入剤は、イニファターへのN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体の光照射リビング重合、次いでカチオン性モノマーの光照射リビング重合で製造することができるため、合成は容易かつ迅速であり、更なる異種ポリマーブロックの導入や修飾可能な官能基の導入など、分子設計の自由度が大きい点においても非常に有利である。
【0055】
[核酸複合体の製造]
上述のようにして得られるカチオン性分岐型重合体よりなる本発明に係る遺伝子導入剤(ベクター)を用いて、核酸を核酸含有複合体として包囲させることによって、生体内の酵素による核酸の失活、分解を抑制することができる。
【0056】
本発明においては、前述のカチオン性分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤を好ましくは0.05〜50mg/mLの濃度の水溶液とし、この遺伝子導入剤の水溶液に対して、前記所定温度(T)よりも高い温度で核酸を混合することにより、遺伝子導入剤と核酸とを複合化させる。この際、核酸に対して遺伝子導入剤が過剰量となるように混合し、遺伝子導入剤を核酸に対し飽和状態にして核酸含有複合体として複合化させるのが好ましい。
【0057】
ここで、遺伝子導入剤と核酸とを混合する際の遺伝子導入剤、即ちカチオン性分岐型重合体水溶液中のカチオン性分岐型重合体の濃度が0.05mg/mL未満であっても50mg/mLを超えても、最終的に生体細胞へ作用させるに適当な核酸複合体を形成し得ない。特に、カチオン性分岐型重合体濃度が高い場合には、カチオン性分岐型重合体と核酸との混合温度を前記所定温度(T)より高めた際に、分子間の凝集頻度が高くなり、乳化してマクロ粒子を形成してしまい好ましくない。カチオン性分岐型重合体と核酸とを混合する際のより好適なカチオン性分岐型重合体水溶液のカチオン性分岐型重合体濃度は0.1〜5.0mg/mLである。
【0058】
また、カチオン性分岐型重合体水溶液と核酸とを混合する際の温度が、前記所定温度(T)より低いと、カチオン性分岐型重合体が親水性となり、前述の分子間凝集現象による核酸の凝集効果が得られず、本発明の目的を達成し得ない。カチオン性分岐型重合体の分子間凝集現象を十分に得る上で、カチオン性分岐型重合体と核酸との混合時の温度は前述の所定温度(T)よりも数℃以上高い温度とすることが好ましい。ただし、ポリマー自体の溶解性が変わって分子間凝集現象に悪い影響を及ぼしたり、細胞へ作用させる温度まで冷却する際に塩の析出や相分離などの予期せぬ現象が起こる可能性も否定できないことから、混合時の温度は前述の所定温度(T)より10℃高い温度以下とすることが好ましい。例えば前記所定温度(T)が30℃であれば、32〜37℃でカチオン性分岐型重合体と核酸との混合、複合化を行うことが好ましい。
【0059】
カチオン性分岐型重合体と核酸との混合は、より具体的には、前述の所定濃度のカチオン性分岐型重合体水溶液を調製し、別に、核酸の水溶液を調製し、両液をそれぞれ混合時の温度に加温し、当該温度で両液を混合することにより行われる。なお、ここでいう水溶液とは、あくまで水を主溶媒成分とする溶液を意味し、分子間凝集現象を阻害しない範囲内で当業者に周知のTris・EDTAバッファー、NaCl、エタノールなどを含有させることも可能である。
【0060】
核酸の好ましい例としては、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子(HSV1−TK遺伝子),p53癌抑制遺伝子及びBRCA1癌抑制遺伝子やサイトカイン遺伝子としてTNF−α遺伝子,IL−2遺伝子,IL−4遺伝子,HLA−B7/IL−2遺伝子,HLA−B7/B2M遺伝子,IL−7遺伝子,GM−CSF遺伝子,IFN−γ遺伝子及びIL−12遺伝子などのサイトカイン遺伝子並びにgp−100,MART−1及びMAGE−1などの癌抗原ペプチド遺伝子が癌治療に利用できる。
【0061】
また、VEGF遺伝子,HGF遺伝子及びFGF遺伝子などのサイトカイン遺伝子並びにc−mycアンチセンス,c−mybアンチセンス,cdc2キナーゼアンチセンス,PCNAアンチセンス,E2Fデコイやp21(sdi−1)遺伝子が血管治療に利用できる。また、上記のようなDNAの導入、遺伝子発現のみならず、細胞内のmRNAを破壊するRNA干渉をsiRNAの導入で行うことも可能である。かかる一連の遺伝子は当業者には良く知られたものである。
【0062】
本発明の核酸複合体の粒径は50〜400nm程度が好適である。これよりも小さいと、核酸複合体内部の核酸にまで酵素の作用が及ぶおそれ、あるいは腎臓にて濾過排出されるおそれがある。また、これよりも大きいと、細胞に導入されにくくなるおそれがある。
【0063】
核酸は、細胞に導入されることによりその細胞内で機能を発現することができるような形態で用いる。例えばDNAの場合、導入された細胞内で当該DNAが転写され、それにコードされるポリペプチドの産生を経て機能発現されるように当該DNAが配置されたプラスミドとして用いる。好ましくは、プロモーター領域、開始コドン、所望の機能を有する蛋白質をコードするDNA、終止コドン及びターミネーター領域が連続的に配列されている。
【0064】
所望により2種以上の核酸をひとつのプラスミドに含めることも可能である。
【0065】
本発明において、核酸を導入する対象として望ましい「細胞」としては、当該核酸の機能発現が求められるものであり、このような細胞としては、例えば使用する核酸(すなわちその機能)に応じて種々選択され、例えば心筋細胞、平滑筋細胞、繊維芽細胞、骨格筋細胞、血管内皮細胞、骨髄細胞、骨細胞、血球幹細胞、血球細胞等が挙げられる。また、単球、樹状細胞、マクロファージ、組織球、クッパー細胞、破骨細胞、滑膜A細胞、小膠細胞、ランゲルハンス細胞、類上皮細胞、多核巨細胞等、消化管上皮細胞・尿細管上皮細胞などである。
【0066】
本発明の核酸複合体は任意の方法で生体に投与することができる。
【0067】
当該投与方法としては静脈内又は動脈内への注入が特に好ましいが、筋肉内、脂肪組織内、皮下、皮内、リンパ管内、リンパ節内、体腔(心膜腔、胸腔、腹腔、脳脊髄腔等)内、骨髄内への投与の他に病変組織内に直接投与することも可能である。
【0068】
この核酸複合体を有効成分とする医薬は、更に必要に応じて製剤上許容し得る担体(浸透圧調整剤,安定化剤、保存剤、可溶化剤、pH調整剤、増粘剤等)と混合することが可能である。これら担体は公知のものが使用できる。
【0069】
また、この核酸複合体を有効成分とする医薬は、含まれる核酸の種類が異なる2種以上の核酸含有複合体を含めたものも包含される。このような複数の治療目的を併せ持つ医薬は、多様化する遺伝子治療の分野で特に有用である。
【0070】
投与量としては、動物、特にヒトに投与される用量は目的の核酸、投与方法及び治療される特定部位等、種々の要因によって変化する。しかしながら、その投与量は治療的応答をもたらすに十分であるべきである。
【0071】
この核酸複合体は、好ましくは遺伝子治療に適用される。適用可能な疾患としては、当該複合体に含められる核酸の種類によって異なるが、末梢動脈疾患、冠動脈疾患、動脈拡張術後再狭窄等の病変を生じる循環器領域での疾患に加え、癌(悪性黒色腫、脳腫瘍、転移性悪性腫瘍、乳癌等)、感染症(HIV等)、単一遺伝病(嚢胞性線維症、慢性肉芽腫、α1−アンチトリプシン欠損症、Gaucher病等)等が挙げられる。
【0072】
また、この核酸複合体の水溶液を基材に塗布などにより付着させ、必要に応じ乾燥させることにより、核酸を担持したポリマーのコーティング等が形成される。
【0073】
上記の核酸複合体を基材に付着させる場合、基材としてはシート状のものが好適である。このシート状基材の厚さは0.05〜10mm程度であることが好ましく、シート面の大きさは、方形の場合、一辺が1〜20mmであり他辺が1〜20mmであり、円形又は楕円形の場合、径は1〜20mm程度が好ましい。基材の材料としては、ポリオレフィン、ポリスチレン、ポリエステル、ポリアミド、ポリウレタン、シリコン樹脂、フッ素樹脂などの合成樹脂が好適である。この基材は多孔質であってもよい。
【0074】
この基材に対する核酸複合体の付着量は、基材表面1cm当り0.001〜10mg程度が好ましい。
【0075】
核酸複合体を担持させた基材よりなる遺伝子導入材料は、皮下組織、心筋組織、病変組織、病変血管を包囲するようにシート状基材を配置したり、カバードステントのフィルムへ塗布することによって生体内に配置したり、生体外面に粘着テープを用いて貼り付けたりするようにして用いられる。
【実施例】
【0076】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。
【0077】
[実施例1]
i)イニファターの合成
1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチルベンゼン)5.0gとN,N−ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム34.0gをエタノール100mL中へ加え、遮光下で室温にて4日間攪拌した。沈殿物を濾過し、3リットルのメタノールへ投入して30分間攪拌して濾過した。この操作を繰り返して合計4回行った。沈殿物をトルエン200mLへ溶解した後、100mLのメタノールを加えて50℃に加温し、冷蔵庫中で15時間保管して再結晶させ、結晶を濾別後に大量のメタノールで洗浄した。結晶を室温で減圧乾燥して、白色の1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンの針状結晶を得た(収率90%)。
高速液体クロマトグラフィーにより、原料ピークが消失し、精製物が単一物質であることを確認した。
【0078】
H NMR(in CDCl)の測定結果は、δ1.26−1.31ppm(t,24H,CHCH),δ3.69−3.77ppm(q,8H,N(CHCH),δ3.99−4.07ppm(q,8H,N(CHCH),δ4.57ppm(s,8H,Ar−CH),δ7.49ppm(s,2H,Ar−H)となった。
【0079】
【化1】

【0080】
ii)4分岐型スター型N−イソプロピルアクリアミドホモポリマーの合成
i)により合成した1,2,4,5−テトラサキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼン188.6mgを20mLのトルエンへ溶解し、N−イソプロピルアクリルアミド1.0gを加えて混合し、全量をトルエンで50mLに調整した。この液を3mm厚軟質ガラスセル中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガス(G1グレード,流量は2L/分)で10分間パージした後に、300Wショートアークキセノンランプ(朝日分光社製、MAX−301)で波長250nm〜400nmの混合紫外線を20分間照射した。照射強度はウシオ電機社のUIT−150へUVD−C405(検出波長範囲320nm〜470nm)を装着して2.5mW/cmに調整した。重合溶液をエバポレーターで濃縮し、ジエチルエーテルで重合物を再沈殿させ、クロロホルム/ジエチルエーテル系で3回再沈殿を繰り返して精製し、エーテルを蒸散させた後に真空乾燥させて4分岐型スター型N−イソプロピルアクリルアミドホモポリマーを得た(重合率13%)。
このものの分子量はGPCにより5,000(Mw/Mn=1.18)と測定された。
【0081】
【化2】

【0082】
iii)4分岐型スター型N−イソプロピルアクリルアミド/カチオン性ブロックコポリマーの合成
ii)で合成したN−イソプロピルアクリルアミドホモポリマーの1.0g及び3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド7.9gを約30mLのトルエンへ溶解した。この液をガラス容器中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガス(G1グレード,流量は2L/分)で10分間パージした後に、光照射時間を40分とした以外はii)と同様の手法で光照射重合を行い、クロロホルム/ジエチルエーテル系で3回再沈殿処理を行い、エーテルを蒸散させた後に少量の水へ溶解し、0.2μmフィルターで濾過してから凍結乾燥させて4分岐型スター型N−イソプロピルアクリルアミド/カチオン性ブロックコポリマーを得た(重合率28%)。
【0083】
このものの分子量はGPCにより73,000(Mw/Mn=1.86)と測定された。
【0084】
以上より、ベンゼンを中心核として放射状にN−イソプロピルアクリルアミドの感温性ポリマーブロック(分子量5,000)と3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドのカチオン性ポリマーブロック(分子量68,000)とが導入された4分岐型ブロックポリマーが合成されたことが確認された。
【0085】
【化3】

【0086】
[比較例1]
iv)4分岐型スター型カチオン性ホモポリマーの合成
実施例1のi)で合成した1,2,4,5−テトラサキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼン45.6mgを30mLのトルエンへ溶解し、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド7.9gを加えて混合し、全量をトルエンで50mLに調整した。この液をガラス容器中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガス(G1グレード,流量は2L/分)で10分間パージした後に、光照射時間を40分とした以外は実施例1のii)と同様の手法で光照射重合を行い、クロロホルム/ジエチルエーテル系で3回再沈殿処理を行った後に真空乾燥を行った。
【0087】
ポリマー成分の全量を約30mLのメタノールへ溶解し、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド3.4gを加えて混合し、全量をメタノールで50mLとした。再度、ガラス容器中で激しく攪拌しながら高純度窒素ガス(G1グレード,流量は2L/分)で10分間パージした後に、15分間の光照射を行った後、溶液を濃縮し、ジエチルエーテルでポリマー成分を分離した。分離したポリマー成分をクロロホルム/ジエチルエーテル系で6回再沈殿処理を行った後、エーテルを蒸散させた後に少量の水へ溶解し、0.2μmフィルターで濾過してから凍結乾燥させて4分岐型スター型カチオン性ホモポリマーを得た(重合率34%)。
このものの分子量はGPCにより71,000(Mw/Mn=1.31)と測定された。
【0088】
【化4】

【0089】
[ポリマーの解析]
実施例1のiii)で合成した4分岐型スター型N−イソプロピルアクリアミド/カチオン性ブロックコポリマーを室温で重水に溶解し、40℃に温調すると乳濁した。H NMRを40℃で測定すると、室温での測定では確認されたN−イソプロピルアクリアミドに由来するNMRシグナルが減少しており、加温によってN−イソプロピルアクリルアミドのポリマーブロックがカチオン性ポリマーブロックへ遮蔽されていることが示唆された。白濁した現象も合わせるとN−イソプロピルアクリルアミドポリマーブロックを包囲するようなミセルが形成されていると考えられた。
【0090】
静的光散乱装置(MALVERN ZETA-SIZER NANO)による粒子径の測定結果は、20℃において、実施例1のiii)で合成したN−イソプロピルアクリルアミド/カチオン性ブロックコポリマーは6.9nm、比較例1のiv)で合成した分子量71,000の4分岐型カチオン性ホモポリマーが粒子径7.3nmであった。この結果は、GPCによる測定結果と整合性が確認された。一方、N−イソプロピルアクリルアミド/カチオン性ブロックコポリマーを40℃に加温して粒子径を測定すると最大で13.1nmと測定された。これより、N−イソプロピルアクリルアミド/カチオン性ブロックコポリマーが40℃の水中で複数の分子が会合してミセルを形成するような、つまり、デンドリマー様の3D放射状の構造体を形成していることが示唆された。
【0091】
[溶解性・濃度バランスの検証]
実施例1のiii)で合成した4分岐型スター型N−イソプロピルアクリルアミド/カチオン性ブロックコポリマーを水に溶解し50mg/mL濃度とした。40℃まで加温すると白濁(乳化)し、0.2μmフィルターでの濾過はできなかった。
【0092】
なお、実施例1のii)においてイニファター濃度を1/2量まで下げること及び/又は重合時間を延長することでN−イソプロピルアクリルアミドポリマーブロックの鎖長を自由に延長することができた。実施例1のiii)でのカチオン性ポリマーブロック(Mnは約45,000〜60,000)の導入を行った後で、この4分岐型スター型N−イソプロピルアクリルアミド/カチオン性ブロックコポリマーの水溶性(40℃)を確認するとN−イソプロピルアクリルアミドポリマーブロックとしては、分子量10,000以下のブロック鎖長において、均質な水溶液となった。水溶液中でN−イソプロピルアクリルアミドポリマーブロックの会合とカチオン性ポリマー鎖の静電的な反発によりデンドリマー様の3D構造が自己形成され、遺伝子導入活性に対して構造的優位性が発現されることが確認された。
【0093】
[遺伝子導入活性]
インビトロでの細胞遺伝子導入実験を行った。
細胞にはCOS−1細胞を使用し、DNAにはpGL3コントロールベクターを使用した。播種密度6×10個/mLで24Well培養皿へ播種し、培養24時間後に遺伝子導入を行った。実施例1のiii)で合成した4分岐型スター型N−イソプロピルアクリルアミド/カチオン性ブロックコポリマーを遺伝子導入剤として使用し、遺伝子導入剤中の単位重量あたりの陽電荷数は、GPCによるN−イソプロピルアクリルアミドブロック及びカチオン性ブロックの各分子量とカチオン性ポリマーのモノマー単位の分子量156から計算して求めた。DNA中の単位重量あたりの陰電荷数は配列マップによる塩基対数と核酸塩基の平均的分子量660とから計算した。
【0094】
この遺伝子導入剤の水溶液(1mg/mL濃度)を37℃に加温して攪拌し、さらに同様に37℃に温調したDNAのTris・EDTA溶液及びOPTI−MEMと混合して30分間インキュベートした。混合比は電荷数の関係が陽電荷数が陰電荷数の20倍となるように調整し、0.5μgのDNAが各Wellへ投与されるように溶液を調整し、培養細胞へ加えた。3時間後、OPTI−MEM溶液を除去し、PBSで洗浄後、完全培地を加えて培養した。培養48時間後にルシフェラーゼアッセにより遺伝子導入活性の評価を行った(プロメガ社、アッセイキット試薬)。補正はタンパク濃度で行い、タンパク定量はBioRad社のBradford試薬で行った。結果を図1に示す(実施例1)。
【0095】
また、比較例1のiv)で合成した4分岐型スター型重合体よりなるカチオン性ホモポリマーを遺伝子導入剤として使用したこと以外は、上記と同様にして遺伝子導入活性を調べ、結果を図1に示した(比較例1)。
【0096】
また、遺伝子導入剤の水溶液とDNAのTris・EDTA溶液及びOPTI−MEMとの混合に当たり、温度15℃で温度調整したこと以外は、上記と同様にして遺伝子導入活性を調べ、結果を図1に示した(比較例2)。
【0097】
図1より、本発明によれば、無電荷でDNAとイオン的な相互作用のないN−イソプロピルアクリルアミドブロックを導入し、DNAとの混合温度を30℃以上とするだけで、単分子ミセルの立体的な優位性が発現され、遺伝子導入活性が高められることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0098】
【図1】実施例1及び比較例1,2における遺伝子導入活性の評価結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体温度よりも低温の所定温度(T)よりも低い温度では親水性であり、該所定温度(T)よりも高い温度では疎水性であるカチオン性分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤であって、
該カチオン性分岐型重合体は、N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、これにN−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体を光照射リビング重合させてそのポリマーブロック鎖を形成した後、さらに、カチオン性モノマーを光照射リビング重合させてカチオン性ポリマーブロック鎖を形成したものであることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項2】
請求項1において、N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物は、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基が結合していることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記N,N−ジ置換−ジチオカルバミルメチル基は、N,N−ジアルキル−ジチオカルバミルメチル基であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項において、前記カチオン性モノマーが3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、4−N,N−ジメチルアミノスチレン及び4−アミノスチレンからなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項において、N−イソプロピルアクリルアミド又はその誘導体のポリマーブロックの分子量が1,000〜10,000であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項において、該カチオン性分岐型重合体の分子量が3,000〜1,000,000であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1項において、前記所定温度(T)は、25〜35℃の間の温度であることを特徴とする遺伝子導入剤。
【請求項8】
請求項1ないし7のいずれか1項の遺伝子導入剤と核酸とを複合させてなる核酸複合体。
【請求項9】
請求項1ないし7のいずれか1項に記載のカチオン性分岐型重合体と核酸とを前記所定温度(T)よりも高い温度で混合することにより核酸複合体を生成させることを特徴とする核酸複合体の製造方法。
【請求項10】
請求項9において、前記カチオン性分岐型重合体を0.05〜50mg/mLの濃度のカチオン性分岐型重合体水溶液として核酸と混合することを特徴とする核酸複合体の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2009−275002(P2009−275002A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−128572(P2008−128572)
【出願日】平成20年5月15日(2008.5.15)
【出願人】(591108880)国立循環器病センター総長 (159)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【Fターム(参考)】