説明

遺伝子導入剤の製造方法

【課題】光照射リビング重合により、分子量分布の狭い遺伝子導活性に優れた遺伝子導入剤を効率的に製造する。
【解決手段】溶液中での光照射リビング重合を行う工程を含む遺伝子導入剤の製造方法において、該溶液中に光反射性粒子を存在させる。光反射性粒子の存在下で光照射リビング重合を行うことにより、光反射性粒子が照射された光を多方向に反射して系内全体に光を行きわたらせることができ、溶液内での光照射リビング重合を均一に進行させ、これにより、分子量分布の狭い遺伝子導入剤を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶液中での光照射リビング重合により遺伝子導入剤を製造する方法に係り、詳しくは、この方法により、分子量分布が狭く、遺伝子導入活性に優れた遺伝子導入剤を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ヒト疾患の分子遺伝学的要因が明らかになるにつれ、遺伝子治療研究がますます重要視されている。遺伝子治療法は標的とする部位でのDNAの発現を目的としており、いかにDNAを標的部位に到達させるか、いかにDNAを標的部位に効率的に導入し、当該部位で機能的に発現させるかということが重要となる。外来DNAの導入のためのベクターとして、レトロウイルス、アデノウイルス、アデノ付随ウイルス、レンチウイルス、センダイウイルス又はヘルペスウイルスを含む多くのウイルスが、治療用遺伝子を運搬するように改変されて、遺伝子治療のヒトの臨床試験に使用されている。しかし感染及び免疫反応の危険性は依然として残されている。
【0003】
安全性、品質安定性、製造コストに問題があるウイルスベクターに代わる遺伝子導入技術として、合成高分子ベクター、カチオン性脂質ベクターが研究開発されている。本出願人らは、前述の合成高分子ベクターとして、ベンゼンなどの芳香環を核としてカチオン性ポリマー鎖が放射状に伸延する分岐構造のベクターがDNAを高密度で凝縮させて小さな核酸複合体粒子を形成させ、効率良く細胞へ遺伝子導入できる遺伝子導入剤を提案した(特許文献1,2)。
【0004】
本出願人らはまた、前記分岐構造のベクターである分岐型重合体、或いは、この分岐型重合体に光を照射するなどして分岐型重合体同士を架橋させた架橋体のうち、重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnとの比Mw/Mnが1.0〜1.5の画分を液体クロマトグラフィー等により分取して得た遺伝子導入剤が、さらに効率よく細胞へ遺伝子を導入することができることを見出し、先に特許出願した(特許文献3)。
【0005】
なお、特許文献1〜3において、遺伝子導入剤は、N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、このイニファターに対してビニル系モノマーを光照射リビング重合することにより製造されている。この光照射リビング重合は、イニファターとビニル系モノマーとを含む溶液を反応容器に入れ、この反応容器の一側面側から光を照射することにより行われている。
【0006】
しかして、このような方法で製造される遺伝子導入剤は、重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnとの比Mw/Mnが2.5程度と分子量分布の大きいものであるが、特許文献3では、この分子量分布の大きい重合反応生成物を液体クロマトグラフィー等により分子量分画し、Mw/Mnが1.0〜1.5の分画を分取して遺伝子導入剤としている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】WO2004/092388号公報
【特許文献2】特開2007−70579号公報
【特許文献3】特願2008−128565
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記特許文献1,2に記載されるベンゼン環から放射状にポリマー鎖が伸延する遺伝子導入剤は、N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、このイニファターのジチオカルバメート基の光開裂性を利用することにより、このイニファターに対してビニル系モノマーを光照射リビング重合したものであって、同じモノマーユニットからなる線形ポリマーと比較して、その構造上、電荷密度を高く配置することが可能である。このため、DNAやRNAなどの核酸との複合体をより強く凝集させることが可能であり、より粒子径の小さい微細なポリプレックス粒子を形成させることができるが、より遺伝子導入効率に優れた遺伝子導入剤の開発が望まれていた。
【0009】
この要望に対し、本発明者らは、特許文献1,2に記載される分岐構造を有するベクターのうち、重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnとの比Mw/Mn(以下、この比を「分散比」と称す場合がある。)が小さい遺伝子導入剤が特に優れた遺伝子導入活性を示すことを見出し、光照射リビング重合反応生成物から、この分散比が1.0〜1.5である画分を分子量分画により分取する遺伝子導入剤の製造方法を提案した(特許文献3)。
【0010】
特許文献3に記載される遺伝子導入剤の製造方法によれば、分散比が1.0〜1.5である画分を分取することにより、遺伝子導入活性に特に優れる遺伝子導入剤を得ることができるが、このためには、反応生成物に対して液体クロマトグラフィー等による分子量分画を行う必要がある。
【0011】
即ち、ジチオカルバメート基の光開裂性を利用した重合反応では、以下に説明するように、分散比が小さく、分子量分布が狭い重合体を光照射リビング重合により直接製造することが難しい。
【0012】
有機テルル、ニトロキシド、ジチオエステル(RAFT試薬)をドーマント核として用いるリビングラジカル重合では、休眠期のドーマント核と成長ラジカルとの交換反応が平衡に達しているため、重合反応が反応系全体において均一に進行し、分散比がほぼ1.0であるポリマーを得ることができる。これに対し、ジチオカルバメート基の光開裂性を利用するリビング重合では、ジチオカルバメート基の光ラジカル開裂速度が遅く、ジチオカルバメート基と成長ラジカルとの交換反応がほとんど生じない。従って、この重合反応では、光量子を吸収した分子のみが重合するため、上記の有機テルルなどのリビングラジカル重合反応と比較して分子量分布が若干広くなる。
【0013】
特に、ジチオカルバメート基の光開裂性を利用したイニファターとカチオン性モノマーとの重合反応においては、以下の(1)、(2)の理由により、分子量分布の狭い分岐型重合体を収率よく得ることができない。
(1) カチオン性モノマーは、反応性が低いため高濃度の溶液で反応させる必要がある。しかしながら、このカチオン性モノマーを含む溶液は、カチオン性官能基に由来する水素結合の寄与により粘度が高く、撹拌効率が悪く、重合中に反応溶液を十分に撹拌して均一な反応溶液とすることが難しい。
(2) カチオン性モノマーとして用いられるアミン化合物は、その独特の色から明らかなように、イニファターの光開裂に重要な近紫外光の吸収率がスチレンなどの他の中性モノマーに比べて高い。このため、反応容器内の溶液に対して、均一に光を照射し、均一に重合反応を進行させることが困難である。即ち、反応溶液を入れた反応容器の一側面側から光を照射しても、溶液内の光源に近い部分に存在するアミン化合物が近紫外光を吸収して、この部分で局所的に重合が進行してしまうため、光源から遠い部分に存在するイニファターに光が到達しにくく、反応溶液中で均一に反応が進行しない。この問題は、上記(1)の均一撹拌が困難であることによって、更に助長される。
【0014】
本発明は上記従来の課題に鑑みてなされたものであり、光照射リビング重合により、分子量分布の狭い遺伝子導活性に優れた遺伝子導入剤を効率的に製造することができる遺伝子導入剤の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、溶液中での光照射リビング重合において、反応系全体に光を照射して系内全体で均一な反応を進行させる方法について検討を重ねた結果、反応系に光反射性の粒子を加え、この光反射性粒子の存在下で光照射リビング重合を行うことにより、光反射性粒子が、照射された光を多方向に乱反射して系内全体に光を行きわたらせることができ、これにより、溶液内での光照射リビング重合を均一に進行させることができること、そして、溶液内での光照射リビング重合を均一に進行させることにより、分子量分布の狭い遺伝子導入剤を得ることができること、を見出し、本発明を完成させた。
【0016】
本発明(請求項1)の遺伝子導入剤の製造方法は、溶液中での光照射リビング重合を行う工程を含む遺伝子導入剤の製造方法において、該溶液中に光反射性粒子を存在させることを特徴とするものである。
【0017】
請求項2の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項1において、前記光反射性粒子は、少なくとも表面が金属よりなる粒子であることを特徴とするものである。
【0018】
請求項3の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項1又は2において、前記光反射性粒子は、直径が10μm〜3mmの粒子であることを特徴とするものである。
【0019】
請求項4の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項1ないし3のいずれか1項において、前記溶液の光反射性粒子の含有量が、0.1〜20g/Lであることを特徴とするものである。
【0020】
請求項5の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項1ないし4のいずれか1項において、前記光照射リビング重合は、前記溶液及び光反射性粒子を保持する、少なくとも側周面が光透過性の有底筒状の反応容器の該側周面に向けて光を照射することにより行われることを特徴とするものである。
【0021】
請求項6の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項1ないし5のいずれか1項において、少なくとも、N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物からなるイニファターに対して、ビニル系モノマーを光照射リビング重合してなる分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤を製造することを特徴とするものである。
【0022】
請求項7の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項6において、前記N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物は、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基が結合していることを特徴とするものである。
【0023】
請求項8の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項6又は7のいずれか1項において、前記ビニル系モノマーは、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、N,N-ジメチルアクリルアミド、メトキシエチル(メタ)アクリレート、N−イソプロピルアクリルアミド、及びN−イソプロピルアクリルアミドの誘導体からなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とするものである。
【0024】
請求項9の遺伝子導入剤の製造方法は、請求項1ないし8のいずれか1項において、前記遺伝子導入剤の分子量が、1,000〜60,000であることを特徴とするものである。
【0025】
請求項10の遺伝子導剤の製造方法は、請求項1ないし9のいずれか1項において、前記遺伝子導入剤の重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnとの比Mw/Mnが、1.3以下であることを特徴とするものである。
【発明の効果】
【0026】
本発明の遺伝子導入剤の製造方法によれば、重合系全体に対して均一に光を照射することにより分子量分布が狭い分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤を得ることができる(請求項1)。
【0027】
即ち、光照射リビング重合を光反射性粒子の存在下で行うことにより、この反射性粒子が反応系内において照射光を反射し、反応系の全体に光が到達するようになるため、反応系内に存在するイニファターに対する光量子の衝突確率が均一になり、結果として、分子量分布の狭い重合体よりなる遺伝子導入剤を得ることができる。
【0028】
前記光反射性粒子としては、少なくとも表面が金属よりなり(請求項2)、直径が10μm〜3mmの粒子であることが好ましい(請求項3)。このような光反射性粒子であれば、反応溶液に対して照射された光の反射効率に優れる。
【0029】
前記溶液の光反射性粒子の含有量は、0.1〜20g/Lであることが好ましい(請求項4)。溶液の光反射性粒子の含有量が上記範囲内であれば、溶液全体に照射光を効率的に到達させることができる。
【0030】
前記光照射リビング重合は、前記溶液及び光反射性粒子を保持する、少なくとも側周面が光透過性の有底筒状の反応容器の該側周面に向けて光を照射することにより行われることが好ましい(請求項5)。
【0031】
本発明の遺伝子導入剤の製造方法により製造される遺伝子導入剤としては、少なくとも、N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物からなるイニファターに対して、ビニル系モノマーを光照射リビング重合してなる分岐型重合体であることが好ましい(請求項6)。
【0032】
前記N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物としては、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基が結合しているものが好ましく(請求項7)、前記ビニル系モノマーとしては、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、N,N-ジメチルアクリルアミド、メトキシエチル(メタ)アクリレート、N−イソプロピルアクリルアミド、及びN−イソプロピルアクリルアミドの誘導体からなる群から選択される少なくとも1種であることが好ましい(請求項8)。
【0033】
前記遺伝子導入剤の分子量は、1,000〜60,000であることが好ましく(請求項9)、遺伝子導入剤の重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnとの比Mw/Mnは、1.3以下であることが好ましい(請求項10)。このような遺伝子導入剤は、特に遺伝子導入活性に優れる。
【発明を実施するための形態】
【0034】
以下に本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0035】
本発明の遺伝子導入剤の製造方法は、溶液中での光照射リビング重合を行う工程を含む遺伝子導入剤の製造方法において、該溶液中に光反射性粒子を存在させることを特徴とするものであって、溶液に対して照射された光が前記光反射性粒子により多方向に反射され、溶液内全体に均等に光量子が行き渡るため、分子量分布の狭い遺伝子導入剤を得ることができる。
【0036】
この光照射リビング重合としては、N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物をイニファターとし、このイニファターとビニル系モノマーとを、光反射性粒子の存在下で反応させる重合反応であることが好ましい。
【0037】
前記イニファターとなるN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する芳香族化合物としては、ベンゼン環に該N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基、好ましくはN,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基が3個以上分岐鎖として結合しているものが好適であり、具体的には次が例示される。即ち、3分岐鎖化合物としては、1,3,5−トリ(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,3,5−トリ(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、4分岐鎖化合物としては、1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られる1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンであり、6分岐鎖化合物としては、ヘキサキス(ブロモメチル)ベンゼンとN,N−ジアルキルジチオカルバミン酸ナトリウム(ナトリウムN,N−ジアルキルジチオカルバメート)とをエタノール中で付加反応させて得られるヘキサキス(N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル)ベンゼンが挙げられる。なお、ここで、N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基に含まれるジアルキル部分のアルキル基としては、エチル基等の炭素数2〜18個のアルキル基が好ましいが、アルキル基に限らず、フェニル基など芳香族系の炭化水素基であっても構わない。即ち、N,N−ジアルキルジチオカルバミルメチル基に限らず、N,N−ジアリールジチオカルバミルメチル基等を含む、脂肪族炭化水素基及び/又は芳香族炭化水素基で置換されたN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基であれば目的を達成することができる。
【0038】
なお、本明細書において、イニファターとは、光照射によりラジカルを発生させる重合開始剤、連鎖移動剤としての機能と共に、成長末端と結合して成長を停止する機能、さらに光照射が停止すると重合を停止させる重合開始・重合停止剤として機能する分子のことである。
【0039】
上記のイニファターは、アルコール等の極性溶媒に対しては殆ど不溶であるが、非極性溶媒には易溶である。この非極性溶媒としては炭化水素、ハロゲン化アルキル又はハロゲン化アルキレンが好適であり、特に、ベンゼン、トルエン、クロロホルム又は塩化メチレン特にトルエンが好適である。
【0040】
イニファターとビニル系モノマーとを反応させるには、イニファター、ビニル系モノマー、及び光反射性粒子を含んでなる原料溶液を調製し、これに光照射することによって、イニファターに対しビニル系モノマーが結合した反応生成物を生成させる。
【0041】
前記ビニル系モノマーとしては、アクリル酸誘導体、スチレン誘導体等のビニル系モノマーが好適であり、具体的には、N,N−ジメチルアクリルアミド、メトキシエチル(メタ)アクリレート、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、4−N,N-ジメチルアミノスチレン、及び4−アミノスチレンの誘導体からなる群から選択される少なくとも1種のビニル系モノマーが挙げられ、特に、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド等のカチオン性ビニル系モノマーが好ましい。これらのビニル系モノマーは1種を単独で用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0042】
前記原料溶液中のビニル系モノマーの濃度は0.5M以上、例えば0.5M〜2.5Mが好適であり、イニファターの濃度は1〜20mM程度が好適である。
【0043】
このような原料溶液中に存在させる光反射性粒子としては、光の反射率が十分に高いものであれば問題はないが、少なくとも表面が金属(合金を含む)よりなる粒子であることが好ましい。このような粒子としては、金属粒子や、ポリスチレンなどの樹脂及びセラミックなどよりなる核粒子などに金属を蒸着した粒子を挙げることができる。
【0044】
前記金属としては、原料溶液による劣化の問題がないものが好ましく、反射効率、取扱い性などの面から、金、プラチナ、銀、銅、パラジウム、錫、亜鉛、鉛、ニッケル、SUU、アルミニウムからなる群から選択される少なくとも1種が好ましい。また、撹拌手段がマグネットスターラーである場合には、磁力に干渉されない金属を用いることが好ましい。
【0045】
光反射性粒子の粒径は、10μm〜3mm程度、特に0.5〜1.5mm程度が好ましい。光反射性粒子の粒径がこの範囲よりも小さいと光の反射効率が悪く、大きいと重合反応に影響を及ぼす可能性がある。また、前記光反射性粒子の比重は、0.1〜22g/cm程度、特に0.5〜15g/cm程度であることが好ましい。この比重が小さくても、大きくても前記光反射性粒子を原料溶液内に均一に分散させることが難しくなる。
【0046】
原料溶液の光反射性粒子の含有量は、用いた光反射性粒子の種類や、粒径によっても異なるが、0.1〜20g/L程度、特に0.1〜10g/L程度、とりわけ1.0〜5.0g/L程度であることが好ましい。光反射性粒子の含有量が少なすぎると光反射性粒子を用いることによる本発明の効果を十分に得ることができない場合があり、多すぎると光照射リビング重合に支障をきたすおそれがある。
【0047】
この原料溶液に含まれるイニファターと、ビニル系モノマーを反応させるには、この原料溶液に対して光を照射することにより行う。この光照射リビング重合は、前記溶液及び光反射性粒子を保持する、少なくとも側周面が光透過性の有底筒状の反応容器の該側周面に向けて光を照射することにより行われることが好ましい。この場合、光源として円環状の光源を用い、この円環状の光源の中心部に反応容器を設置することにより、反応容器の側周面に向けて光を効率的照射することができ、より分子量分布の狭い遺伝子導入剤を得ることができる。
【0048】
照射する光の波長としては、330〜400nm程度、特に360〜380nm程度が好適であり、例えばショートアークキセノンランプ、低圧水銀灯、高圧水銀灯などを用いることができ、光の照射強度としては、0.1〜10.0mW/cm、特に0.5〜5.0mW/cm程度が好ましい。照射時間は、0.1〜10時間、特に0.5〜2.0時間程度が好ましい。また、照射光を反射性粒子により効率的に反射させるためには、反応容器内に配置した撹拌子や撹拌羽根などの撹拌手段の回転数を制御することが好ましい。好ましい回転数は、100〜2,000回/分程度、特に500〜1,500回/分程度である。撹拌手段の回転数を上記範囲内とすることにより、溶液内に光反射性粒子を均一に分散させることができる。なお、ガスバブリング、超音波による撹拌を併用することもできる。
【0049】
この光照射により、反応液中に目的とする分岐鎖を有する分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤が生成するので、必要に応じ精製することにより、分岐鎖部分にビニル系モノマーよりなるポリマー鎖が導入され、分岐鎖の末端がN,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基であるホモポリマーを得る。
【0050】
この分岐型重合体の分岐鎖の1本当たりの分子量としては、1,000〜20,000程度、特に1,500〜15,000程度が好ましい。この分子量は、光照射の時間を制御することにより調整することができる。即ち、光照射時間を長くすることにより、重合反応を進行させて分子量の大きい分岐型重合体を得ることができる。
【0051】
なお、本明細書において、分子量とは、GPC(ゲルパーミエーションクロマトグラフィー)によるポリエチレングリコール換算の数平均分子量をさす。
【0052】
本発明に係る分岐型重合体の分岐鎖は、ビニル系モノマーをモノマーとする1種のモノマーのみからなるホモポリマーであることが好ましいが、2種以上のビニル系モノマーを導入したブロックコポリマー又はランダムコポリマーであってもよい。
【0053】
また、このように製造した遺伝子導入剤の分子量としては、1,000〜60,000程度、特に10,000〜50,000程度が好ましい。分子量がこの範囲内であると、遺伝子導入剤と核酸とが複合しやすい。
【0054】
本発明によれば、光反射性粒子の存在下に、重合系全体に対して均一に光を照射することにより、重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnとの比Mw/Mnが1.3以下、特に1.1〜1.2というような分散比の小さい遺伝子導入剤を得ることができる。このように分散比の小さい遺伝子導入剤は、優れた遺伝子導入活性を示す。
【0055】
このようにして製造される遺伝子導入剤(ベクター)が、核酸含有複合体として核酸を包囲することによって、生体内の酵素による核酸の失活、分解を抑制することができる。
【0056】
上記遺伝子導入剤と核酸とを複合させるには、遺伝子導入剤の濃度0.1〜1000μg/mL程度の溶液に対し、核酸を添加し、混合すればよい。核酸に対して遺伝子導入剤を過剰量添加し、核酸に対して遺伝子導入剤を飽和状態にして遺伝子導入剤と核酸とを複合化することが好ましい。
【0057】
核酸の好ましい例としては、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子(HSV1−TK遺伝子),p53癌抑制遺伝子及びBRCA1癌抑制遺伝子やサイトカイン遺伝子としてTNF−α遺伝子,IL−2遺伝子,IL−4遺伝子,HLA−B7/IL−2遺伝子,HLA−B7/B2M遺伝子,IL−7遺伝子,GM−CSF遺伝子,IFN−γ遺伝子及びIL−12遺伝子などのサイトカイン遺伝子並びにgp−100,MART−1及びMAGE−1などの癌抗原ペプチド遺伝子が癌治療に利用できる。
【0058】
また、VEGF遺伝子,HGF遺伝子及びFGF遺伝子などのサイトカイン遺伝子並びにc−mycアンチセンス,c−mybアンチセンス,cdc2キナーゼアンチセンス,PCNAアンチセンス,E2Fデコイやp21(sdi−1)遺伝子が血管治療に利用できる。かかる一連の遺伝子は当業者には良く知られたものである。
【0059】
核酸複合体の粒径は50〜400nm程度、特に100〜350nm、とりわけ150〜300nmが好適である。この粒径は、例えばレーザを用いた動的光散乱法によって測定される。粒径がこれよりも小さいと、核酸複合体内部の核酸にまで酵素の作用が及ぶおそれ、あるいは腎臓にて濾過排出されるおそれがある。また、これよりも大きいと、細胞に導入されにくくなるおそれがある。
【0060】
核酸は、細胞に導入されることによりその細胞内で機能を発現することができるような形態で用いる。例えばDNAの場合、導入された細胞内で当該DNAが転写され、それにコードされるポリペプチドの産生を経て機能発現されるように当該DNAが配置されたプラスミドとして用いる。好ましくは、プロモーター領域、開始コドン、所望の機能を有する蛋白質をコードするDNA、終止コドンおよびターミネーター領域が連続的に配列されている。
【0061】
所望により2種以上の核酸をひとつのプラスミドに含めることも可能である。
【0062】
核酸を導入する対象として望ましい「細胞」としては、当該核酸の機能発現が求められるものであり、このような細胞としては、例えば使用する核酸(すなわちその機能)に応じて種々選択され、例えば心筋細胞、平滑筋細胞、繊維芽細胞、骨格筋細胞、血管内皮細胞、骨髄細胞、骨細胞、血球幹細胞、血球細胞等が挙げられる。また、単球、樹状細胞、マクロファージ、組織球、クッパー細胞、破骨細胞、滑膜A細胞、小膠細胞、ランゲルハンス細胞、類上皮細胞、多核巨細胞等、消化管上皮細胞・尿細管上皮細胞などである。
【0063】
このような核酸複合体は培養試験に用いるほか、任意の方法で生体に投与することができる。
【0064】
生体への投与方法としては静脈内又は動脈内への注入が特に好ましいが、筋肉内、脂肪組織内、皮下、皮内、リンパ管内、リンパ節内、体腔(心膜腔、胸腔、腹腔、脳脊髄腔等)内、骨髄内への投与の他に病変組織内に直接投与することも可能である。
【0065】
この核酸複合体を有効成分とする医薬は、更に必要に応じて製剤上許容し得る担体(浸透圧調整剤,安定化剤、保存剤、可溶化剤、pH調整剤、増粘剤等)と混合することが可能である。これら担体は公知のものが使用できる。
【0066】
また、この核酸複合体を有効成分とする医薬は、含まれる核酸の種類が異なる2種以上の核酸含有複合体を含めたものも包含される。このような複数の治療目的を併せ持つ医薬は、多様化する遺伝子治療の分野で特に有用である。
【0067】
投与量としては、動物、特にヒトに投与される用量は目的の核酸、投与方法および治療される特定部位等、種々の要因によって変化する。しかしながら、その投与量は治療的応答をもたらすに十分であるべきである。
【0068】
この核酸複合体は、好ましくは遺伝子治療に適用される。適用可能な疾患としては、当該複合体に含められる核酸の種類によって異なるが、末梢動脈疾患、冠動脈疾患、動脈拡張術後再狭窄等の病変を生じる循環器領域での疾患に加え、癌(悪性黒色腫、脳腫瘍、転移性悪性腫瘍、乳癌等)、感染症(HIV等)、単一遺伝病(嚢胞性線維症、慢性肉芽腫、α1−アンチトリプシン欠損症、Gaucher病等)等が挙げられる。
【実施例】
【0069】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はその要旨を超えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0070】
(1) イニファターの合成
イニファターとしての1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンを次のようにして合成した。
【0071】
1,2,4,5−テトラキス(ブロモメチルベンゼン)5.0gとN,N−ジエチルジチオカルバミン酸ナトリウム34.0gをエタノール100mL中へ加え、遮光下、室温で4日間撹拌した。沈殿物を濾過し、3Lのメタノール中に投入して30分間撹拌した後、濾過した。この操作を繰り返し合計4回行った。沈殿物をトルエン200mLへ溶解した後、100mLのメタノールを加えて50℃に加温し、冷蔵庫内で15時間保管して再結晶させ、結晶を濾別後に大量のメタノールで洗浄した。結晶を室温で減圧乾燥して、白色の1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼンの針状結晶を得た(収率90%)。高速液体クロマトグラフィーにより、原料ピークが消失し、精製物が単一物質であることを確認した。
【0072】
H−NMR(in CDCl)の測定結果は、δ1.26−1.31ppm(t,24H,CHCH),δ3.69−3.77ppm(q,8H,N(CHCH),δ3.99−4.07ppm(q,8H,N(CHCH),δ4.57ppm(s,8H,Ar−CH),δ7.49ppm(s,2H,Ar−H)であった。
【0073】
【化1】

【0074】
(2) 実施例1:4分岐型重合体よりなるホモポリマーの光重合(光反射性粒子存在下)による合成
下記反応式に従い、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミドをカチオン性モノマーとして用い、1,2,4,5−テトラキス[(N,N−ジエチルジチオカルバミル)ポリ(3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド)−メチル]ベンゼンよりなる強塩基性カチオン性ホモポリマーの合成を行った。
【0075】
即ち、上記(1)により合成した1,2,4,5−テトラキス(N,N−ジエチルジチオカルバミルメチル)ベンゼン45.6mgを20mLのトルエンへ溶解し、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド7.9gを加えて混合し、さらに、光反射性粒子として、直径0.8〜1.0mmの金粒子(関東化学社製:直径0.8〜6.0mmの金粒子を分級したもの)を1.0g加え、全量をトルエンで50mLに調整した。この液を3mm厚軟質ガラスよりなる円筒形(直径50mm)のセル中で激しく撹拌しながら高純度窒素ガスで10分間パージした後、密栓した。丸管形(O字形)蛍光灯ブラックライト(NEC社製:FCL30BL)の中心部(O字形蛍光灯の内側)に上記のガラスセルとマグネットスターラーを配置し、ガラスセルの全側周方向から近紫外光を60分間照射した。照射強度は、ウシオ電機社のUIT−150にUVD−C405(検出波長範囲320nm〜470nm)を装着した装置により、蛍光灯の中心部が約2mW/cmであることを確認した。光照射後、重合溶液をエバポレーターで濃縮し、ジエチルエーテルで重合物を再沈殿させ、クロロホルム/ジエチルエーテル系で3回再沈殿を繰り返して精製し、エーテルを蒸散させた後に少量の水へ溶解し、0.2μmフィルターで濾過してから凍結乾燥させて4分岐型重合体よりなる強塩基性カチオン性ホモポリマーを得た(重合率23%)。
【0076】
GPCによるポリエチレングリコールを標準物質とした分岐型重合体の数平均分子量は35,000で、分散比Mw/Mnは1.2であった。また、計算により分岐鎖1本当たりの分子量は、8,569であることが分かった。
【0077】
H NMR(in DO)の測定結果は、δ1.5−1.8ppm(br,2H,−CHCHCH−),δ2.1−2.2ppm(br,6H,N−CH),δ2.2−2.4ppm(br,2H,CH−N),δ3.0−3.4ppm(br,2H,NH−CH),δ7.4−7.8ppm(br,1H,−NH−)となった。
【0078】
【化2】

【0079】
(3) 比較例1:4分岐型重合体よりなるホモポリマーの光重合(光反射性粒子不存在下)による合成
前記金粒子を加えないこと以外は全て前記(2)の実施例1と同様に分岐型重合体を合成し、遺伝子導入剤を得た(重合率26%)。GPCによるポリエチレングリコールを標準物質とした分岐型重合体の数平均分子量は38,000で、Mw/Mnは1.5であった。また、計算により分岐鎖1本当たりの分子量は、9,319であることが分かった。
【0080】
[考察]
光反射性粒子の存在下で反応を行った実施例1の遺伝子導入剤は、分散比が1.2と小さい値を示したのに対し、光反射性粒子を用いなかった比較例1の遺伝子導入剤は、分散比が1.5と大きい値を示した。実施例1の遺伝子導入剤の分散比が1.2と小さい値を示したのは、光反射性粒子が反応系内において照射光を反射し、反応系内に存在するイニファターに対して均一に光量子が供給されたためであると考えられる。この結果より、光反射性粒子の存在下で光照射リビング重合を行う本発明の遺伝子導入剤の製造方法によれば、分子量分布が狭く、遺伝子導入活性に優れる遺伝子導入剤を得ることができることがわかる。
【0081】
なお、分散比の小さい遺伝子導入剤が遺伝子導入活性に優れる理由の詳細は明らかになっていないが、分散比が小さく、ほぼ同程度の大きさの重合体であれば、核酸との反応性が等しく、より高密度に核酸を凝集することができるためであると考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶液中での光照射リビング重合を行う工程を含む遺伝子導入剤の製造方法において、該溶液中に光反射性粒子を存在させることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項2】
請求項1において、前記光反射性粒子は、少なくとも表面が金属よりなる粒子であることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2において、前記光反射性粒子は、直径が10μm〜3mmの粒子であることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項において、前記溶液の光反射性粒子の含有量が、0.1〜20g/Lであることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項において、前記光照射リビング重合は、前記溶液及び光反射性粒子を保持する、少なくとも側周面が光透過性の有底筒状の反応容器の該側周面に向けて光を照射することにより行われることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項において、少なくとも、N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物からなるイニファターに対して、ビニル系モノマーを光照射リビング重合してなる分岐型重合体よりなる遺伝子導入剤を製造することを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項7】
請求項6において、前記N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基を同一分子内に3個以上有する化合物は、ベンゼン環を核とし、この核に分岐鎖として3個以上の該N,N−ジ置換ジチオカルバミルメチル基が結合していることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項8】
請求項6又は7のいずれか1項において、前記ビニル系モノマーは、3−N,N−ジメチルアミノプロピルアクリルアミド、2−N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート、N,N-ジメチルアクリルアミド、メトキシエチル(メタ)アクリレート、N−イソプロピルアクリルアミド、及びN−イソプロピルアクリルアミドの誘導体からなる群から選択される少なくとも1種であることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれか1項において、前記遺伝子導入剤の分子量が、1,000〜60,000であることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。
【請求項10】
請求項1ないし9のいずれか1項において、前記遺伝子導入剤の重量平均分子量Mwと数平均分子量Mnとの比Mw/Mnが、1.3以下であることを特徴とする遺伝子導入剤の製造方法。

【公開番号】特開2011−84515(P2011−84515A)
【公開日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−238451(P2009−238451)
【出願日】平成21年10月15日(2009.10.15)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)
【出願人】(510094724)独立行政法人国立循環器病研究センター (52)
【Fターム(参考)】