説明

遺伝子疾患モデル動物を用いた疾患標的分子の網羅的探索法

【課題】 ヒトでは解析が困難な疾患を解析しうる疾患モデル動物を利用し、(糖)タンパク質レベルでの疾患標的分子を網羅的に探索する方法、抗体の有無に関わらず低侵襲的かつ網羅的に診断する方法、及び疾患を識別し得る標的分子(マーカー)、を提供する事を課題とする。
【解決手段】 遺伝子疾患動物においてに挙動を示す(糖)タンパク質を、非疾患と疾患の血清試料とで比較する事により、遺伝子疾患に関与する疾患マーカーを網羅的に探索する。このマーカー発現をヒトにて確認する事により、ヒトの疾患に対する新規分子標的薬の開発やリスク診断が可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物における遺伝子疾患に伴い変動する標的分子を探索する方法であり、かつ、前記標的分子が、非病態試料と比較し、病態試料に有意に変動する場合、その動物は特定の遺伝子疾患に関連する病態にある可能性があるとするリスク診断方法に関する。さらに、遺伝子疾患に関連する前記標的分子の変動が患者にて確認された場合、その患者は特定の遺伝子疾患に関連する病態にある可能性があるとするリスク診断方法に関するものであり、また、特定の疾患に対する分子標的薬の探索方法に関する。
【背景技術】
【0002】
薬剤の標的分子、及びリスク診断の指標となる疾患標的分子(マーカー)の探索は近年盛んに行なわれてきている。大部分の疾患は早期に診断ができれば根治率が大幅に向上する事が知られているため、疾患マーカーにより病態を的確に把握する事で、個人に適した分子標的薬を投与する事ができれば、副作用が大幅に軽減された効率的な治療ができるためである。
【0003】
一般に特定の疾患をバイオプシーなどにより解析する場合、疾患組織に侵された患部の外科的切除・摘出が必要である。この方法は侵襲的であるため患者への負担が大きく、しかも疾患が相当進行している時点で発見される可能性が非常に高い。
疾患は進行し過ぎる前に発見できれば局部的な外科的手術や薬剤などの化学療法により完治する可能性が高くなる事実を考慮すると、特に低侵襲的に採血した血液などの試料を用いる事が疾患の早期発見ひいては完治に反映できるものと思われる。
【0004】
血液中の疾患マーカーは一般的に、病巣から産生される(糖)タンパク質や、疾患進行に関与する(糖)タンパク質であるが、1種類の疾患マーカーで疾患を特定する事は不確実であり、通常は複数の疾患マーカーの組み合わせと画像診断により総合的に判断しているのが現状である。
総じて、複数の疾患マーカーを組み合わせる事で特異性が高くなるため、より多くの有用な疾患マーカーの探索が期待されている。
【0005】
疾患の原因を解明する目的で、遺伝子工学技術により特定の遺伝子疾患を持つ疾患マウスが多種類に亘り創作されている。純系の疾患マウスは遺伝子が同じであり、生育環境も非常に類似しているため個体間における遺伝子産物の変動差を可能な限り抑える事ができ比較解析に最適だからである。
さらに、ヒトの場合と異なり、薬剤の投与量を変えて解析する事が可能であり、また、解剖などによりその薬効を詳細に調べる事が可能である。マウスはヒトと同じ哺乳類であるため遺伝子産物は非常に類似しており、マウスにおける遺伝子疾患メカニズムはヒトへの疾患治療に大いに役立っている。特に代謝系疾患領域においては、糖尿病のモデルマウスにおいて有効なマーカーが発見されている。
【0006】
純系の疾患マウスの1つとして、代表的な癌抑制遺伝子であるp53遺伝子が欠損しているマウス(C57B/6)が創作されている。実際に悪性腫瘍の約50%にp53遺伝子の変異が存在すると言う知見があるだけでなく、老化や血管新生抑制など多数の発生機構にも関与するという報告がある。しかしながら、細胞レベルでの報告がほとんどであり、ヒトにおける標的分子探索のための血液解析の報告はほとんど無い。
【0007】
ヒトにおける解析が滞っている原因としては、ヒトにおいてもp53遺伝子の変異による腫瘍多発家系(Li−Fraumeni症候群)が確認されているが例数が極めて希少であるためと推測できる。これに対し、p53欠損マウスは多数入手できるだけでなく、実際に生後30週までに大部分の個体に悪性リンパ腫などの腫瘍が発生する事が報告されているため、p53遺伝子欠損に基づく疾患の解明には、p53欠損マウスモデルを利用した標的分子の探索が理想であると推測される。
【0008】
疾患標的分子を探索する手法としては、侵襲的に患部を切除・摘出した組織をDNAアレイやタイリングアレイにて解析する方法があるが、ゲノム解析だけではリン酸化状態や糖鎖修飾などの翻訳後修飾を解析する事は極めて困難である。
【0009】
タンパク質または糖鎖を網羅的に分画し比較解析できる技術は、スクリーニング、臨床診断、及び薬品開発への応用において期待でき、ゲノミクスでは探索できなかったより重要な肺癌マーカー及び標的分子を発見できると期待される。
【0010】
タンパク質の比較解析はゲル、キャピラリー、カラムなどで分画し、MALDI−TOF−MS(Matrix assisted laser desorption ionization time of flight Mass Spectrometer)などの質量分析装置にて同定するのが一般的であり、プロテオミクスの気運と共に精度・感度ともにa(アット)molレベルのタンパク質の同定が可能である。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
標的分子の探索には血液や組織を初めとするヒト試料を用いての解析が主流であるが、ヒト由来の試料を用いた解析では、遺伝子の相違だけでなく、併発している疾患や服用薬などによって個体差を生じるなどの環境要因もあるため、厳密な比較解析が困難である。
さらに、ヒトの遺伝子欠損試料や心臓または脳などにおける疾患試料は入手が非常に困難であり、疾患標的分子を大規模に探索する事ができていないのが現状である。
【0012】
そのため、ほぼ同じ環境下で育成された純系の疾患マウスを活用する事により、ヒト由来の試料における問題点である試料数の限界、及び遺伝的な個体差や環境要因、を大幅に軽減させた比較解析を行なう必要がある。
【0013】
加えて、疾患標的分子をリスク診断に利用する場合、標的分子に対する抗体を作製できる事が望ましいが、実際には微量である事が多く、糖鎖修飾も考慮に入れると抗体作製は極めて困難である。したがって、健常試料と疾患試料とをゲル上にて比較する事で、抗体に依存しない疾患の診断法の確立が期待される。
【0014】
すなわち本発明は、
ヒトでは解析が困難な疾患を解析しうる疾患モデル動物を利用し、
(1)(糖)タンパク質レベルでの疾患標的分子を網羅的に探索する方法、
(2)抗体の有無に関わらず低侵襲的かつ網羅的に診断する方法、
(3)疾患を識別し得る標的分子(マーカー)、
を提供する事を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は従来の探索手法における問題点に対し鋭意検討した結果、腫瘍の無いp53欠損マウス、及び、野生型マウスでは検出されないSAMP(Serum amyloid P component)、KIFC3(Kinesine Like protein 3)、DAAM2(Disheveled−associated activator of morphogenesis 2)、RN170(RING finger protein 170)、及びCAH2(carbonic anhydrase 2)が、直径0.7〜2cmの大きな腫瘍を持つp53欠損マウスのみに多く発現している事を見出し、本発明を達成するに至った。
【0016】
加えて、大きな腫瘍を持つp53欠損マウス、及び腫瘍の無いp53欠損マウスでは検出されないが、野生型マウスにてABC8B(ATP−binding cassette sub−family A member 8−B)及びCAH3(carbonic anhydrase 3)を多く発現している事を見出した。
【0017】
さらに、大きな腫瘍を持つp53欠損マウス、及び野生型マウスでは検出されないが、腫瘍の無いp53欠損マウスにてCELR3(Cadherin EGF LAG seven−pass G−type receptor 3 precursor)、BRD4(Bromodomain−containing protein 4)及びLNX2(Ligand of Numb protein X 2)を多く発現している事を見出した。
【0018】
より具体的には、腫瘍の無いp53欠損マウス、野生型マウス、及び大きな腫瘍を持つp53欠損マウスから大部分のアルブミンを分画した血液を用いる事で、2次元電気泳動像によってタンパク質を網羅的に比較し、差異のあるスポットを質量分析装置(MS)にて同定する事を特徴とする。
【0019】
このようなp53欠損マウスにて差異の見られるタンパク質をマーカーとする事で、病態の識別または推測が可能となる。この方法は、マーカーに対する抗体が存在しない場合でも病態の識別または推測し得る事を意味し、かつ、疾患の分子標的薬の探索手法として有用である事を意味する。
【0020】
即ち、本発明は、
(1)動物における遺伝子疾患に伴い変動する標的分子を探索する方法;
(2)遺伝子疾患モデル動物が純系である、(1)記載の探索方法;
(3)遺伝子疾患モデル動物がp53遺伝子欠損モデル動物である、(1)〜(2)のいずれか1項に記載の方法;
(4)前記標的分子が、糖鎖、タンパク質、ペプチド、及び糖脂質である、(1)〜(3)のいずれか1項に記載の方法;
(5)試料が、血液、血清、血漿、細胞抽出液、尿、リンパ液、組織液、腹水、髄液、及び体液からなる群より選択される少なくとも1種である、(1)〜(4)のいずれか1項に記載の方法;
(6)試料が、非病態、病態由来のものである、(1)〜(5)のいずれか1項に記載の方法;
(7)(1)〜(6)のいずれか1項に記載の方法により精製した、前記標的分子を含んだ試料を、二次元電気泳動により分離する工程、及び
前記工程で得られた結果を、複数の試料間で比較する工程を含む、
試料間で発現量に差がある、前記標的分子を検出する方法;
(8)(7)に記載の方法により検出した前記標的分子を、質量分析装置により同定する工程
を含む、試料間で発現量に差がある、前記標的分子とその候補を同定する方法;
(9)質量分析装置が、MALDI−TOF−MS、ESI−MS、SELDI−MS、LC−MS、Q−TOF−MS、QIT−MS、及びメンブレンMSからなる群より選択される少なくとも1種である、(8)に記載の方法;
(10)p53欠損疾患に特徴的なマーカーを探索する方法であって、
(1)〜(9)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法;
(11)癌を初めとする疾患に特徴的なマーカーを探索する方法であって、
(1)〜(9)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法;
(12)膵臓癌及び肺癌に特徴的なマーカーを探索する方法であって、
(1)〜(9)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法;
(13)抗体の有無に関わらない、p53欠損疾患に関与する病態のリスクを推測する方法であって、
(1)〜(12)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、推測する方法;
(14)抗体の有無に関わらない、癌を初めとする疾患のリスクを推測する方法であって、
(1)〜(12)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、推測する方法;
(15)抗体の有無に関わらない、膵臓癌及び肺癌のリスクを推測する方法であって、
(1)〜(12)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、推測する方法;
(16)p53欠損疾患に関与する病態に対する分子標的薬を開発するための探索方法であって、
(9)〜(15)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法;
(17)癌を初めとする疾患に対する分子標的薬を開発するための探索方法であって、
(9)〜(15)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法;
(18)膵臓癌及び肺癌に対する分子標的薬を開発するための探索方法であって、
(9)〜(15)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法:
(19)p53遺伝子欠損モデル動物における標的分子がSAMP、KIFC3、DAAM2、ABC8B、CAH2、CAH3、CELR3、BRD4、及びLNX2である、
(1)〜(18)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、診断する方法。及び分子標的薬を探索する方法;
(20)p53遺伝子欠損モデル動物における標的分子がSAMP、KIFC3、DAAM2、ABC8B、CAH2、CAH3、CELR3、BRD4、及びLNX2である、
(1)〜(19)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、分子標的薬を探索する方法;
(21)p53遺伝子欠損モデル動物における標的分子がSAMP、KIFC3、DAAM2、ABC8B、CAH2、CAH3、CELR3、BRD4、及びLNX2から選ばれる1種または2種以上の遺伝子、転写物、翻訳物及びその修飾物を検出する事を特徴とする、p53欠損疾患に関与する病態の診断方法であって、
(1)〜(20)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、診断する方法;
(22)p53遺伝子欠損モデル動物における標的分子がSAMP、KIFC3、DAAM2、ABC8B、CAH2、CAH3、CELR3、BRD4、及びLNX2から選ばれる1種または2種以上の遺伝子、転写物、翻訳物及びその修飾物を検出する事を特徴とする、癌を初めとする疾患の診断方法であって、
(1)〜(20)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、診断する方法;
(23)p53遺伝子欠損モデル動物における標的分子がSAMP、KIFC3、DAAM2、ABC8B、CAH2、CAH3、CELR3、BRD4、及びLNX2から選ばれる1種または2種以上の遺伝子、転写物、翻訳物及びその修飾物を検出する事を特徴とする、膵臓癌及び肺癌の診断方法であって、
(1)〜(20)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、診断する方法;
(24)p53遺伝子欠損モデル動物における標的分子がSAMP、KIFC3、DAAM2、ABC8B、CAH2、CAH3、CELR3、BRD4、及びLNX2から選ばれる1種または2種以上の遺伝子、転写物、翻訳物及びその修飾物を検出する事を特徴とする、p53欠損疾患に関与する病態に対する分子標的薬の探索する方法であって、
(1)〜(23)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法;
(25)p53遺伝子欠損モデル動物における標的分子がSAMP、KIFC3、DAAM2、ABC8B、CAH2、CAH3、CELR3、BRD4、及びLNX2から選ばれる1種または2種以上の遺伝子、転写物、翻訳物及びその修飾物を検出する事を特徴とする、癌を初めとする疾患に関与する病態に対する分子標的薬の探索する方法であって、
(1)〜(23)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法;
(26)p53遺伝子欠損モデル動物における標的分子がSAMP、KIFC3、DAAM2、ABC8B、CAH2、CAH3、CELR3、BRD4、及びLNX2から選ばれる1種または2種以上の遺伝子、転写物、翻訳物及びその修飾物を検出する事を特徴とする、膵臓癌及び肺癌に関与する病態に対する分子標的薬の探索する方法であって、
(1)〜(23)のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法;
に関する。
【発明の効果】
【0021】
本発明によると、遺伝子疾患モデル動物を用いる事によって、ヒトでは探索が極めて困難な疾患標的分子を網羅的に探索する事が可能となり、前記標的分子に対する抗体の有無に関わらず、特定の遺伝子疾患に関連した病態を低侵襲的に識別または推定する事ができ、また、分子標的薬のスクリーニングに絶大な効果を発揮するものと期待される。
【0022】
よって本発明は、従来技術の問題点である試料数の限界及び遺伝的な個体差や環境要因を大幅に解消した標的分子の探索法、及び特定の遺伝子疾患に対する診断法、として臨床に大きく貢献するだけでなく、特定の遺伝子疾患に関与する標的分子を対象とした抗体医薬及び糖鎖医薬などの医薬分野への発展に寄与する期待が大きいものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明について、その好ましい態様を具体的に説明する。
【0024】
本発明に使用する疾患モデル動物は、特定の遺伝子のみを変換、例えば挿入または欠損、されることによって遺伝子疾患を呈する動物であれば限定されないが、比較解析をより厳密にするためには純系の動物が特に適している。
【0025】
本発明に使用するモデル動物またはヒトの試料としては、血液、血清、血漿、尿、体液、細胞抽出液、リンパ液、組織液、腹水、髄液などを挙げる事が出来る。
【0026】
血液を試料に用いる場合は、単純タンパク質であるアルブミンが優先的に存在し比較解析を困難にしているため、Affigel Blue(BIO−RAD)などにより予め大部分のアルブミンを分画しておく事が望ましい。
【0027】
タンパク質の量を定量し、そのうち数百μgを2次元電気泳動により比較解析し、健常試料との差異のあるタンパク質を検出する。
【0028】
差異のあったタンパク質を質量分析装置(MS)にて同定する事が望ましく、同定されたタンパク質は使用した疾患モデル動物の遺伝子疾患に関与する可能性が非常に高いと判断しうる。
【0029】
本発明において試料は、非病態由来、及び病態由来の双方を用いる事もできるが、いずれか一方のみを用いる事もできる。病態由来の試料とは、特定の疾患である事が明らかな試料に限らず、特定の疾患の可能性がある試料も含まれる。また、試料は複数から採取したものを混合しても良い。
【0030】
本発明において疾患マーカー及び標的分子とは、その量的又は質的差異により、特定の疾患における進行または病態を推測しうるものを言い、分子標的薬になり得るものも含む。
【0031】
本発明において、疾患マーカー及び標的分子を探索する方法は、遺伝子疾患モデル動物における非病態由来の試料及び病態由来の試料を、二次元電気泳動にて分離した結果を比較する。そこで、病態試料と非病態試料におけるスポット間において発現量に差があるタンパク質を質量分析装置(MS)で同定する。こうして同定した結果から、特定の疾患に関連のある、新規の疾患マーカー及び標的分子の候補を抽出する。
本発明を利用して得られた疾患マーカー及び標的分子は、特定の疾患における診断や創薬に活用する他、特定の病態を推測するための指標に活用する事ができる。
【0032】
本発明において、病態を推測する方法は、ある患者がどのような病態にあるかを詳しく調べたい時に、その患者由来の試料を使用して、健常者由来の試料又は異なる病態の患者と比較して発現量に差があるタンパク質を検出し、同定する。このように検出または同定したタンパク質が、前述の肺癌マーカーをはじめとする、特定の病態との関連性が明らかなものであれば、その情報から、特定の病態を推測する事ができる。
【実施例】
【0033】
以下に、本発明を実施例によりさらに詳しく説明するが、本発明の範囲はこれに限定されるものではない。
1.p53欠損マウスにおける血液タンパク質の比較解析
腫瘍の無い若齢p53欠損マウス、老齢野生型マウス、及び大きな腫瘍を持つ老齢p53欠損マウスから血液を採り、Affigel Blueに大部分のアルブミンを結合させ、その未結合分画及び結合分画を回収した。
それぞれの回収分画のうち500μgを2次元電気泳動により比較解析した(図1)。コントロールとして使用した野生型マウス及び腫瘍の無いp53欠損マウスのAffigel Blue未結合分画では検出されず、大きな腫瘍を持つp53欠損マウスのAffigel Blue未結合分画のみに選択的及びより多く存在するタンパク質スポットが多く検出された(図1A、1B)。
加えて、コントロールのAffigel Blue結合分画では検出されず、大きな腫瘍を持つp53欠損マウスのAffigel Blue未結合分画のみに選択的及びより多く存在するタンパク質スポットが多く検出された(図1C)。
さらに、大きな腫瘍を持つp53欠損マウスでは検出されず、コントロールとして使用した腫瘍の無いp53欠損マウス及び野生型マウスのみに選択的及びより多く存在するタンパク質スポットも多く検出された(図1D、E)。
これらの検出結果は、2次元電気泳動解析により抗体を使用せずともp53欠損による疾患として識別及び推測できる可能性がある事、を示している。
差異のあるタンパク質におけるMSスペクトルをAXIMA−TOF(島津製作所社)にてMALDI−TOF/TOF−MS/MS解析により測定し、Mascotにてタンパク質同定解析を行なった結果、重複したタンパク質、ケラチン、及び主要タンパク質、例えばAlbumin、Complement C3、Transferrin、Apolipoprotein A−I、fibrinogen、α2−Macroglobulin、を除いたp53欠損マウス疾患マーカーが同定された。
特に、大きな腫瘍を持つp53欠損マウスに特徴的なマーカーとしてSAMP(Serum amyloid P component)、KIFC3(Kinesine Like protein 3)、DAAM2(Disheveled−associated activator of morphogenesis 2)、RN170(RING finger protein 170)、及びCAH2(carbonic anhydrase 2)、コントロールとして使用した野生型マウスに特徴的なマーカーとしてABC8B(ATP−binding cassette sub−family Amember 8−B)及びCAH3(carbonic anhydrase 3)、腫瘍の無いp53欠損マウスに特徴的なマーカーとしてCELR3(Cadherin EGF LAG seven−pass G−type receptor 3 precursor)、BRD4 (Bromodomain−containing protein 4)及びLNX2(Ligand of Numb protein X 2)、が同定された。
これらのスポットの他にも多くの差異のあるスポットが存在したが同定に至らなかった。マウスにおける血液タンパク質のMascotデータベースがまだ十分に蓄積されていないためであるとすると、今後データベースが充実した段階で、今回同定できなかったペプチド情報からも同定が可能であると推測できる。
以上の結果は、p53欠損による疾患標的分子の探索には老齢p53欠損マウスの血液を解析する手法が非常に有用である事を示している。
【0034】
2.マウス血液中におけるSAMPの検出
大きな腫瘍を持つp53欠損マウスに特徴的なマーカーとしてSAMPを同定できたため、実際に大きな腫瘍を持つp53欠損マウスのみに発現するかどうかを確認した。具体的には、大きな腫瘍を持つp53欠損マウスの血液試料2例と、野生型マウスの血液試料3例を抗マウスSAMPウサギ抗体にてウエスタンブロッティング法にて確認した。
その結果、大きな腫瘍を持つp53欠損マウスのみにSAMPの発現が確認された(図2)。これは2次元電気泳動により挙動を確認した解析結果と同等であるため、p53欠損かつ腫瘍を生じる疾患に関与する標的分子の探索法として有用である事を示している。
【0035】
3.膵癌患者における血液中のSAMPの検出
大きな腫瘍を持つp53欠損マウスに特徴的なマーカーとしてSAMPを同定できたため、ヒトの膵臓癌における標的分子探索に応用可能かどうかを確認した。具体的には、膵臓癌患者の血液試料9例と、健常人の血液試料3例を抗マウスSAMPウサギ抗体にてウェスタンブロッティング法にて確認した。
その結果、27kDaには一様に発現が検出されていたが、25kDaにおいては膵臓癌の血液試料2例に特異的な発現が検出された(図2)。さらに肺癌患者の血液試料20例も同様に確認をしたが25kDaの発現は検出できなかった。
これらの結果は、p53欠損マウスからの疾患マーカー探索が有用である事、特に膵臓癌の診断や分子標的薬の探索に応用可能である事を示している。
【産業上の利用可能性】
【0036】
本発明によれば、遺伝子疾患モデル動物を利用する事によって、ヒトでは解析が困難な疾患の標的分子を網羅的に探索する事が可能である。本発明の探索方法を利用すれば、特定の疾患における臨床診断及び分子標的薬のスクリーニングに有用である。特に本発明で同定されたSAMPは膵臓癌の診断及び分子標的薬の応用でき根拠に基づいた医療を促進するものである。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【図1】 大きな腫瘍を持つp53欠損マウス血液のうちAffigel Blue未結合分画(A、B)及び結合分画(C)、野生型マウス血液のうちAffigel Blue未結合分画(D)、及び腫瘍の無いp53欠損マウスの血液のうちAffigel Blue未結合分画(E)、における試料における2次元電気泳動像を示す写真である。丸印は各々の試料にて特徴的な同定タンパク質を示す。
【図2】 大きな腫瘍を持つp53欠損マウスに特徴的なマーカーであるSAMPに対する抗体により、大きな腫瘍を持つp53欠損マウスの血液試料2例と、野生型マウスの血液試料3例をウェスタンブロッティング法にて検出した結果を示す写真である。
【図3】 大きな腫瘍を持つp53欠損マウスに特徴的なマーカーであるSAMPに対する抗体により、膵臓癌患者の血液試料9例と、健常人の血液試料3例をウェスタンブロッティング法にて検出した結果を示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動物における遺伝子疾患に伴い変動する標的分子を探索する方法。
【請求項2】
遺伝子疾患モデル動物が純系である、請求項1記載の探索方法。
【請求項3】
遺伝子疾患モデル動物がp53遺伝子欠損モデル動物である、請求項1〜2のいずれか1項に記載の方法。
【請求項4】
前記標的分子が、糖鎖、タンパク質、ペプチド、及び糖脂質である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
試料が、血液、血清、血漿、細胞抽出液、尿、リンパ液、組織液、腹水、髄液、及び体液からなる群より選択される少なくとも1種である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
試料が、非病態、病態由来のものである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の方法により精製した、前記標的分子を含んだ試料を、二次元電気泳動により分離する工程、及び
前記工程で得られた結果を、複数の試料間で比較する工程を含む、
試料間で発現量に差がある、前記標的分子を検出する方法。
【請求項8】
請求項7に記載の方法により検出した前記標的分子を、質量分析装置により同定する工程を含む、試料間で発現量に差がある、前記標的分子とその候補を同定する方法。
【請求項9】
質量分析装置が、MALDI−TOF−MS、ESI−MS、SELDI−MS、LC−MS、Q−TOF−MS、QIT−MS、及びメンブレンMSからなる群より選択される少なくとも1種である、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
p53欠損疾患に特徴的なマーカーを探索する方法であって、
請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法。
【請求項11】
癌を初めとする疾患に特徴的なマーカーを探索する方法であって、
請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法。
【請求項12】
膵臓癌及び肺癌に特徴的なマーカーを探索する方法であって、
請求項1〜9のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法。
【請求項13】
抗体の有無に関わらない、p53欠損疾患に関与する病態のリスクを推測する方法であって、
請求項1〜12のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、推測する方法。
【請求項14】
抗体の有無に関わらない、癌を初めとする疾患のリスクを推測する方法であって、
請求項1〜12のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、推測する方法。
【請求項15】
抗体の有無に関わらない、膵臓癌及び肺癌のリスクを推測する方法であって、
請求項1〜12のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、推測する方法。
【請求項16】
p53欠損疾患に関与する病態に対する分子標的薬を開発するための探索方法であって、
請求項9〜15のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法。
【請求項17】
癌を初めとする疾患に対する分子標的薬を開発するための探索方法であって、
請求項9〜15のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法。
【請求項18】
膵臓癌及び肺癌に対する分子標的薬を開発するための探索方法であって、
請求項9〜15のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法。
【請求項19】
p53遺伝子欠損モデル動物における標的分子がSAMP、KIFC3、DAAM2、ABC8B、CAH2、CAH3、CELR3、BRD4、及びLNX2である、
請求項1〜18のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、診断する方法。
及び分子標的薬を探索する方法。
【請求項20】
p53遺伝子欠損モデル動物における標的分子がSAMP、KIFC3、DAAM2、ABC8B、CAH2、CAH3、CELR3、BRD4、及びLNX2である、
請求項1〜19のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、分子標的薬を探索する方法。
【請求項21】
p53遺伝子欠損モデル動物における標的分子がSAMP、KIFC3、DAAM2、ABC8B、CAH2、CAH3、CELR3、BRD4、及びLNX2から選ばれる1種または2種以上の遺伝子、転写物、翻訳物及びその修飾物を検出する事を特徴とする、p53欠損疾患に関与する病態の診断方法であって、
請求項1〜20のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、診断する方法。
【請求項22】
p53遺伝子欠損モデル動物における標的分子がSAMP、KIFC3、DAAM2、ABC8B、CAH2、CAH3、CELR3、BRD4、及びLNX2から選ばれる1種または2種以上の遺伝子、転写物、翻訳物及びその修飾物を検出する事を特徴とする、癌を初めとする疾患の診断方法であって、
請求項1〜20のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、診断する方法。
【請求項23】
p53遺伝子欠損モデル動物における標的分子がSAMP、KIFC3、DAAM2、ABC8B、CAH2、CAH3、CELR3、BRD4、及びLNX2から選ばれる1種または2種以上の遺伝子、転写物、翻訳物及びその修飾物を検出する事を特徴とする、膵臓癌及び肺癌の診断方法であって、
請求項1〜20のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、診断する方法。
【請求項24】
p53遺伝子欠損モデル動物における標的分子がSAMP、KIFC3、DAAM2、ABC8B、CAH2、CAH3、CELR3、BRD4、及びLNX2から選ばれる1種または2種以上の遺伝子、転写物、翻訳物及びその修飾物を検出する事を特徴とする、p53欠損疾患に関与する病態に対する分子標的薬の探索する方法であって、
請求項1〜23のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法。
【請求項25】
p53遺伝子欠損モデル動物における標的分子がSAMP、KIFC3、DAAM2、ABC8B、CAH2、CAH3、CELR3、BRD4、及びLNX2から選ばれる1種または2種以上の遺伝子、転写物、翻訳物及びその修飾物を検出する事を特徴とする、癌を初めとする疾患に関与する病態に対する分子標的薬の探索する方法であって、
請求項1〜23のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法。
【請求項26】
p53遺伝子欠損モデル動物における標的分子がSAMP、KIFC3、DAAM2、ABC8B、CAH2、CAH3、CELR3、BRD4、及びLNX2から選ばれる1種または2種以上の遺伝子、転写物、翻訳物及びその修飾物を検出する事を特徴とする、膵臓癌及び肺癌に関与する病態に対する分子標的薬の探索する方法であって、
請求項1〜23のいずれか1項に記載の方法により得られた結果を用いて、探索する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−240290(P2009−240290A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−113143(P2008−113143)
【出願日】平成20年3月28日(2008.3.28)
【出願人】(503442709)株式会社 バイオマトリックス研究所 (11)
【Fターム(参考)】