部分フランジ付挿入補強部材及び応力緩衝層構造
【課題】
木材に溝を掘り、補強部材を挿入接着する構造において、その作業性、正確性の向上が課題である。また木材及び補強部材の異種材料界面に生じる応力集中が木材の破壊につながりやすいのでこれを抑制することが課題である。
【解決手段】
挿入補強部材の両端に部分フランジを作製することにより、作業性、正確性を改善する。また、部分フランジの効果により補強部材の位置が固定できるので、木材の溝をあらかじめ大きめに作成しておき、その部分に接着剤やゴムなどを充填することで、応力集中を緩和する応力緩衝層を接着作業と同時に容易に作製することが可能である。
木材に溝を掘り、補強部材を挿入接着する構造において、その作業性、正確性の向上が課題である。また木材及び補強部材の異種材料界面に生じる応力集中が木材の破壊につながりやすいのでこれを抑制することが課題である。
【解決手段】
挿入補強部材の両端に部分フランジを作製することにより、作業性、正確性を改善する。また、部分フランジの効果により補強部材の位置が固定できるので、木材の溝をあらかじめ大きめに作成しておき、その部分に接着剤やゴムなどを充填することで、応力集中を緩和する応力緩衝層を接着作業と同時に容易に作製することが可能である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、作業性を飛躍的に上昇させるとともに挿入補強部材4を適切かつ正確に設置することが可能である挿入補強部材4及び木質構造物の破壊につながる応力集中を緩和する応力緩衝層12構造に関する。
【背景技術】
【0002】
木材1に溝2を掘り、一枚板形状の挿入補強部材4を挿入し、接着剤3で固定接着する方法は、特許文献1などが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11-333809
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】千田知弘、後藤文彦、薄木征三、佐々木貴信、石川和彦:鋼板挿入集成材梁のせん断強度についての数値的・実験的解析、構造工学論文集、Vol54A、(CD-ROM)、2008
【非特許文献2】千田知弘、佐々木貴信、後藤文彦、薄木征三、飯島泰男:鋼板挿入集成材梁のせん断応力に関する実験とFEM解析、構造工学論文集、Vol55A、(CD-ROM)、2009
【0005】
図1に示すように、木材1に形成された溝2に挿入補強部材4を挿入接着する際は、溝2に予め接着剤3を充填し、その中に挿入補強部材4を挿入接着する。挿入補強部材4は一枚板の形状をしており、また、溝2の大きさは、挿入補強部材4よりも、左右、底部それぞれ1〜2mmほど大きめに彫られているので、挿入補強部材4は接着剤3の中にそのままほぼ完全に沈み込む。しかし、接着剤3の粘性が大きく、挿入時に気泡が生じ易い上、生じた気泡が外に逃げて行きづらい。よって、一度の挿入で、挿入補強部材4全体にまんべんなく接着剤3を付着させることは難しく、通常数回に渡って挿入補強部材4を出し入れするが、この時、溝2から引き出した挿入補強部材4を空中で停止させ、接着剤3が付着していない箇所に、直接接着剤3を塗布する方法も行われる。これらの作業を行うために、軸方向の両端もしくはその間の数か所に、タコ糸などを溝に沿うように配置してから接着剤3を流し込み、挿入補強部材4を挿入後、このタコ糸などを使って挿入補強部材4を引っ張り上げる手法が用いられてきた。
【0006】
接着材3はあくまでも、木材1と挿入補強部材4の合成を目的としたもので、強度を向上させる目的ではないので、強度解析計算上は接着剤3の部分は木材1として計算される。また、上記の作業性の問題から、木材1の溝2を大きめに作製することは必要不可欠であるが、接着材3の強度に対する信頼性とその取扱については未だ未解明であり、溝2は必要最低限の大きさにすべきだと考えられて来た。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来のように一枚板状の挿入補強部材4を使用する場合、挿入補強部材4運搬時は、ワイヤーなどにより支持されるが、非常に不安定であり、ずれて落下するなど、安全性に問題がある。また、溝2に挿入する作業及び挿入補強部材4を空中で停止し、挿入補強部材4を出し入れし接着剤3を塗布する作業においては、運搬時同様、挿入補強部材4の姿勢を保つことは困難であり、倒れ込みなどの危険を伴う。よって、安全性を確保する目的も含め、多くの労力と時間を必要とする。
【0008】
挿入補強部材4の設置位置は、強度が最大となるように溝2の中心部に位置するように設計される。しかし、0005に記したように、挿入作業を容易にするために、溝2は挿入補強部材4よりも左右それぞれ1〜2mm程度大きめに彫られており、挿入後、挿入補強部材4が斜めに傾いてしまい、そのまま接着固化されることが多く、挿入補強部材4が偏心を受けてしまい、強度が下がると同時に力を一様に伝えなくなる。同様に、底部においても1〜2mm大きめに彫られており、その分、挿入補強部材4は設計位置よりも内側に位置することになり、断面二次モーメントが減少するとともに、木材1の引張縁の劇的な破壊を挿入補強部材4で抑制する効果も薄れてしまう。これらにより、期待する効果や強度が十分に得られないことが考えられる。溝2の深さが軸方向に一様な場合は上記の問題が生じるだけであるが、両端の溝2の深さが異なる場合や、局所的に溝2が浅い部分があると、挿入補強部材4が軸方向においても斜めに傾いてしまい、どちらか一方の端部において、挿入補強部材4の鋼板などが突出し固化することがある。この場合、突出した鋼板などを、研磨機などで削り水平にするが、この作業もまた重労働であるとともに、木材1に傷をつけてしまう恐れがある。
【0009】
木材1を挿入補強部材4で補強する際、挿入補強部材4の強度が大き過ぎると、材料間界面付近の木材1側で応力集中が生じ、これが破壊に大いに寄与することが最近分かってきている。応力集中を生じさせない為には、材料どうしが直接接しないよう、応力緩衝層12を作製する必要がある。尚、材料同士が直接接しているように見えても、実際には、挿入補強部材4と木材1の界面には薄膜の接着層が介在しているが、薄膜と挿入補強部材4及び木材1では物性が異なるものの、この薄膜層が力学的に挿入補強部材4及び木材1に悪影響を与えたり、逆に効果的に働く事はないので、これ以後強度解析計算上は接着層は木材1と同等な特性を持つとして取扱い、かつ接着層厚さは木材1に加味して取り扱う。今現在までの所、挿入補強部材4を挿入するための溝2の大きさは、できる限り挿入補強部材4の大きさに合わせるべきだという考えが主流であると同時に、溝2に一枚板を直接挿入する旧来の方法では、材料どうしが直接接しないようにすることは不可能であり、応力緩衝層12を任意に作製することは難しく、なんら対応策が取られていないのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1の発明は、図2に示すように、一枚板状の挿入補強部材4の両端2箇所もしくは任意の箇所に1ないし複数の、部分フランジ5を有する部分フランジ付挿入補強部材6の構造となっている。部分フランジ5は、挿入補強部材4が鋼材などであれば溶接、炭素繊維や繊維強化型プラスティック(以下FRPと称す)などであれば接着剤3で接着するなどして、容易に取り付けが可能である。この部分フランジ5を利用すれば、運搬時の作業性、接着作業の利便性、安全性を高めることが可能であり、それに伴って、時間、必要人員を大幅に減少することが可能である。転じては経済的にも有効であると言える。
【0011】
請求項2の発明は、0008に対し、任意の位置に挿入補強部材4を正確かつ確実に配置し、そのまま接着固定することを可能とする構造である。請求項1に記載の部分フランジ5により、図3に示すように部分フランジ付挿入補強部材6は木材1両端部で固定されることとなり、図1の右図に示すように溝2の中に沈み込むことがなく、溝2の寸法、形状のばらつきに影響を受けることがない。また、部分フランジ付挿入補強部材6が斜めに倒れ込んだまま固化することがない。
【0012】
請求項3の発明は、請求項2に記載した効果により、木材1と、部分フランジ付挿入補強部材6とを直接接することを避けることが可能である。これにより、図4に示すような異種材料界面で生じる応力集中を生じない応力緩衝層12形成が任意に可能となる。一方で、部分フランジ付挿入補強部材6の位置固定により生じる、木材1に掘られた溝2と部分フランジ付挿入補強部材間6の隙間には接着剤3が充填されることになるが、これまでに行われた実験、有限要素法(以下、FEMと称す)解析により、接着剤3が応力緩衝層12として十分機能し、かつ固化後の接着剤3ほどの強度では、木材1−接着剤3界面で応力集中が生じないことが分かっており、応力緩衝層12が従来の作業工程でそのまま容易に作製することが可能である。
【0013】
請求項4の発明は、請求項3に記した応力緩衝層12が必要な構造であるか否かを簡易的に判断する指標となる無次元定数である。これまでの多くの実験、解析から、応力集中が生じる構造は、使用する挿入補強部材4の硬度では無く、軸方向ヤング率が係わっている事が分かっている。よって、木材1と挿入補強部材4の軸方向ヤング率の比である無次元定数を用いれば、応力緩衝層12が必要かどうかを判断することが可能となる。尚、この無次元定数の使用は異種材料を組み合わせた場合に、異種材料界面に応力集中が生じるかどうかの指標である。よって、どのような構造にも使用することが可能であり、本請求のような挿入補強部材4のみならず、サンドイッチ型の構造にも使用可能である。応力緩衝層12の詳細は、後述する実施例2に記す。
【0014】
請求項5の発明は、クレーンなどによる挿入補強部材4の運搬、ならびに、挿入接着作業時の利便性を考慮し、図5に示すように、請求項1に記載した部分フランジ5の任意箇所に、クレーン用の金具または、重機もしくは人が挿入補強部材4を引き上げる際に使用する紐などを取り付けるための取手8を取り付けた取手付部分フランジ付挿入補強部材7構造である。挿入補強部材4が鋼材であれば、部分フランジ5も鋼材となるので、磁石式のクレーンを直接部分フランジ5部に使用することが可能となり、容易に部分フランジ付補強部材6を運搬できるとともに、接着時に何度か挿入補強部材4を出し入れし、接着剤3を挿入補強部材4にまんべんなく塗布する作業時には、部分フランジ付挿入補強部材6をクレーンで固定できる。しかし、挿入補強部材4及び部分フランジ5が鋼材ではない場合、運搬ならびに挿入作業時の利便性は従来とそれほど変わりないものとなるが、部分フランジ5部に取手8をつけることによって、部分フランジ5が鋼材であるときと同様に、運搬並びに挿入作業時の利便性が得られる。
【0015】
請求項6の発明は、請求項1及び請求項5に記載した部分フランジ5を、請求項2及び請求項3に記載したような供試体作製時の利便性、安全性、経済性を考慮したものだけではなく、部分フランジ5の材質、強度、形状、サイズを任意に変えることにより、特定の位置、例えば図6に示すように、支点位置及び継手部位置に配置することにより、継手部の補強部材として用いる部分フランジ10もしくは支点板として用いる部分フランジ11による方法である。架設時の支点板の設置、継手の補強部材の取り付け作業を省けるので、効率がよく経済的である。
【発明の効果】
【0016】
請求項1及び請求項5に記載した部分フランジ5は、一枚板状の挿入補強部材4に部分的にフランジを取り付けるものであり、挿入補強部材4の材料の種類によらず、作製は容易である。また、請求項5に記した取手8付き部分フランジ5においても、部分フランジ5に取手8を作製することはそれほど難しいことではない。部分フランジ5及び取手8付き部分フランジ5の作製においては、挿入補強部材4単体としてのコストを上昇させるものであるが、以下に示す、運搬の容易性、安全性、作業時の容易性、安全性の飛躍的な上昇、それに伴う時間・人員削減などといった面で非常に効果があり、作業全体のコストを大幅に減少することが可能である。
【0017】
従来の一枚板状の挿入補強部材4は、運搬時の安定性、容易性、ならびに接着作業時の安全性、容易性に難があり、それに応じ、必要人員の数も多くなる傾向にあった。請求項1に記載した部分フランジ5が鋼材の場合、磁石式のクレーンを用いれば運搬時の安定性、容易性は飛躍的に上昇する。必要人員も、クレーン技師、挿入補強部材4が回転するのを制御する人員1または2名、合計3名前後で運搬が可能である。挿入補強部材4に接着剤3をまんべんなく塗布する作業時においても、クレーンで挿入補強部材4を上下に移動、空中で停止といった作業が容易かつ安全に行えるので、必要人員も、運搬時同様3名程度に抑えられる。よって、挿入補強部材4の運搬、設置、接着作業が一連の動作で行える上、容易性、安全性が飛躍的に上昇するとともに、必要人員を大幅に減少することが可能となるので、時間的にも、経済的にも非常に節約が可能となる。
【0018】
部分フランジ5が鋼材以外の材料であっても、請求項5に示す発明により、クレーンで容易に作業を行うことが可能となる。
【0019】
請求項1及び5に記載した部分フランジ5が木材1両端部で固定される効果で、請求項2に記載した部分フランジ付挿入補強部材6を任意の位置に固定することが可能となる。また、挿入時に斜めに挿入され、そのまま固化する心配はなく、横位置がずれても、フランジの移動によって容易に調整が可能である。つまり、木材1の幅方向、木材1の高さ方向、木材1の軸方向の位置を任意に調整することが可能であるとともに、挿入補強部材4を確実に鉛直に挿入することが可能となる。これは、設計時に期待される挿入補強部材4の効果を、ほぼ忠実に再現できる断面を作製することが可能であることを示す
【0020】
木材1と強度の強い挿入補強部材4を組み合わせた合成断面においては、材料間の界面において応力集中が生じ、その箇所で破壊が生じ易くなることが、これまでの実験、FEM解析で示されている。従来技術の場合と本発明の効果に関する実験、FEM解析の詳細は実施例2で後述する。また同時に、木材1と挿入補強部材4間に応力緩衝層12を設けると、応力集中の緩衝に極めて効果的であることが示されているとともに、応力緩衝層12として、木材1と挿入補強部材4を接着する際に用いられる接着剤3を充填するだけで十分な効果が得られることが示されている。請求項2で記載した、任意の位置に挿入補強材4を固定する技術は、請求項3に記載した木材1と挿入補強部材4を直接接しない断面作製が可能であると同時に、木材と挿入補強部材4の隙間に接着剤3が流れ込み、応力緩衝層12が自然に作製される。よって、力学的に強度が確認されている断面を簡易に作製することが可能である。
【0021】
請求項1に記した挿入補強型の補強方法に限らず、木材1を補強することよって、応力集中が生じる可能性があるが、それが構造によるものか、使用する材料によるものか今までは分かっていなかった。しかし、請求項4に記した無次元定数を用いることにより、使用材料、構造によらず、応力集中が生じ得るかどうか、引いては応力緩衝層12が必要であるかどうか非常に容易に判断することが可能となる。
【0022】
請求項4に記した応力緩衝層12の形状については、応力集中は力のかかる方向に依存するので、挿入補強部材4の形状にあわせ、図7に示すように挿入補強部材4がすべての方向で木材と接しないような形状にすべきである。
【0023】
請求項6に記載したように、部分フラン5を、架設時に支点もしくは継手部となる箇所に取り付ければ、継手部の補強部材10もしくは支点11としてそのまま使用することが可能となるので、架設時の作業性、経済性を上昇させることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】一枚板状の挿入補強部材4を、木材1に掘られた溝2に挿入する従来の手順を示したものである。尚、一番右側の図は、挿入補強部材4が大きめに掘られた溝2の底に沈みこんだ状態である。
【図2】従来の一枚板状の挿入補強部材4の両端に、部分フランジ5を両端2箇所に取り付けた場合の部分フランジ付補強部材6の3次元(以下3Dと称す) パース図である。
【図3】部分フランジ付補強部材6が、実際に木材1にどのように挿入・固定されるかを示した3Dパース図である。
【図4】断面内に生じる材料界面の応力集中。左:FEMシミュレート、右:実験時の破壊断面。尚、FEM解析では、弱軸で分割された左側のみ解析対象としているので、図は左側の断面のみの表示である。以後の図も同様である。
【図5】部分フランジ付補強部材6の部分フランジ5底部に、クレーンなどを使用する際にワイヤーなどを通す取手8を取り付けた、取手付部分フランジ付補強部材9の3Dパース図である。
【図6】部分フランジ5を、継手部における補強板10、支点板11としてそのまま使用する一例を示した図である。
【図7】応力緩衝層12の形状の例を示したものである。
【図8】木材の横ねじれ座屈解析の実験データと、2次元解析と3次元解析の結果を比較した図である。縦軸は無次元化座屈荷重であり、横軸は軸長を示す。
【図9】応力集中を確認するために、挿入条件を変化させた鋼板挿入集成材梁の断面図である。
【図10】よりせん断に支配される試験法である逆対称四点曲げ試験法の概略図である。
【図11】鋼板挿入条件の違いによる、応力集中の違いを示した図である。
【図12】応力が集中する部の木材1を取り除いた場合の効果を、各モデルごとに比較した図である。
【図13】サンドイッチ型のモデル図である。
【図14】図13の外側のラミナに高いヤング率の材料を用いた際の、材料特性が応力集中に与える影響を示した図である。縦軸は、図13のモデルの高さ、横軸はせん断応力を示す。以後の図も同様である。
【図15】図12の外側のラミナに木材1の2倍のヤング率を用いた際の、材料特性が応力集中に与える影響を示した図である。
【図16】実際に行われた実験の材料定数を使用したシミュレーション図である。
【図17】応力集中が、どれほどのヤング率比で生じるかをシミュレートした図である。
【図18】図16に用いた材料の材料定数を示した表である。bは供試体の幅、hは高さ、Lは軸長、Wは重量、fは振動数、Efrは動ヤング係数を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
【実施例】
【0026】
実施例1 図2に示す挿入補強部材4を鋼材で作製し、図3に示すように、木材1桁に挿入し、
【特許文献1】の鋼補剛集成材を作製した。使用した挿入補強部材4の寸法は、幅16mm、高さ200mm、軸長2500mmであり、これに、幅150mm、厚さ12mm、軸長250mmの部分フランジ5が溶接された構造となっている。木材1桁は、幅180mm、高さ800mm、軸長2500mmの木材1桁底部中央に、幅20mm、高さ202mm、軸長2500mmの溝2が掘られている。尚、図3の木材1供試体の手前上下を切り欠いてあるが、これはこの部分が後に継手となるため、溶接を容易にするためである。なお、供試体作製時には、本請求者2名のみで作業を行っている。部分フランジ付挿入補強部材6を木材1の溝2まで移動する際は、部分フランジ部5に磁石式のワイヤーを取り付け、クレーンで移動した。移動時に部分フランジ付挿入補強部材6は少なからず回転するが、クレーンで吊られている部分フランジ付挿入補強部材6を人力で元に戻すことは容易であり、木材1の溝2の位置に部分フランジ付挿入補強部材6を誘導することは少人数であっても安全に行うことが可能である。接着剤3が充填された木材1の溝2に挿入補強部材4を一度挿入した後、挿入補強部材4が溝2から完全に出てしまわないようにクレーンで調整・固定し、挿入補強材4の接着剤3が付着していない部分に接着剤3を塗布する。この際、部分フランジ付挿入補強部材6の上下方向の動きはクレーンで拘束され、左右の移動、並びに回転はクレーンと溝2によって拘束されるので、ここでも容易かつ安全に作業を行うことが可能であった。塗布後再び挿入補強部材4を溝2に戻し、部分フランジ5を利用してずらすことにより、横方向、軸方向の位置を合わせた。なお、この場合木材1と部分フランジ5に予め穴や釘により最適な位置決めを行うことも可能である。接着剤3固化後、接着断面を確認したところ、挿入補強部材4は的確に挿入され、なおかつ、木材1と挿入補強部材4の部材間には接着層が作製されており、応力緩衝層12の作製も成功していた。接着剤3固化後部分フランジ5は、一方を継手部の補強部材10として、一方を支点11として活用した。
【0027】
以下に0027から0032において、上記0026の形態に場合について解析により本形態の有用性示す。木材1に挿入補強材4を挿入接着した桁や柱の実験と解析は多く行われてきているが、異種材料界面に生じる応力集中に言及したものは、請求者らの研究以外ほとんど存在しない。実験において、異種材料界面で破壊が生じやすいことは木材関係者であれば経験的に感じ得るものであったが、力学的かつ数値的に解明されることは皆無であった。以下に、これまでの解析と実験より分かった応力緩衝層12(断面)の必要性と、応力集中が生じる断面のメカニズムを説明する。
【0028】
実施例2 請求者らは、図3及び図4に示すように、木材1に溝2を掘り、鋼板を垂直に挿入接着した鋼板挿入集成材梁に関して、多くの実験とFEM解析を行ってきた。当初、鋼板挿入集成材梁曲げ破壊試験を行った場合、3、4本に一本の割合で曲げ破壊では無くせん断破壊を生じる供試体が確認されていた。しかし、木材は個体ごとに非常にばらつきが大きい材料であるとともに、せん断耐力が極端に低い材料であることから、せん断破壊を生じる個体が存在しても不思議ではないと考えられてきた。一方、FEM解析においては、ここ数年のコンピュータスペックの劇的な進歩に伴い、クライアントパソコンレベルであっても、比較的容易に3次元モデルの解析が可能となり、これまでに不可能であった解析を行うことが可能になった。2次元で直行異方性材料である木材をモデル化する場合、一旦等方性材料としてモデル化した上で補正係数を乗じる方法や、ポアソン比に非常に大きい値を代入する方法などが行われてきたが、正確な解析を行うことは不可能に近く、時には図8に示したように、実験値及び3次元解析と正反対の結果が得られる場合すら存在した。しかし、3次元解析においては、3方向のすべての材料定数を直接組み入れることで、直行異方性材料を正確にモデル化することが可能となった。これにより、2次元解析や梁理論では、断面幅方向の複雑な考慮は不可能であったが、3次元解析の場合、幅方向の詳細な解析も可能となった。こうしたFEM解析を取り巻く環境の大幅の進歩により、過去の実験を3Dで再解析を行ったところ、図4の左図のように、挿入鋼板と集成材との界面において、非常に大きなせん断応力の集中がみられ、その集中位置と実験での破壊位置が一致する結果が得られた。更に、図9に示すように、挿入条件を変化させた複数の鋼板挿入集成材梁を用意し、図10に示した、よりせん断に特化した逆対称四点曲げ試験を行い、応力集中の影響を調べる実験を行った結果、図4に示すように、すべての供試体はFEMで応力集中が見られた箇所においてせん断破壊を生じた。しかし、FEM解析においては、破壊箇所の応力値はすべての供試体で同じであるのにもかかわらず、実際の実験における耐荷力に関しては、図9の各モデルによって大きく異なった。そこで、境界条件により、解析精度が著しく低下するFEM解析の弱点を克服するために、新手法「拘束緩衝法」を提案し、再解析を行った結果、各モデルの応力集中の仕方に大きな差がみられることを発見し、図11に示すように耐荷力に関しても解析結果と実験結果が一致した。図9における下鋼板2本挿入モデルのように、複数本挿入鋼板を挿入した場合、曲げ破壊時に劇的に梁が破壊することを防ぐことが分かっており、既存の橋梁にも用いられている。しかし、せん断耐力の観点から考えると、上下に一本ずつ挿入するモデルが一番効果が高い。ただし、上下一本モデルにおいても、応力集中の値は、設計時に用いられる中立軸上のせん断応力の値の2倍近くにもなり、容易にせん断耐力の値に達しやすいことが示された。事実、1/4モデルの鋼板挿入型のハイブリッド橋梁の曲げ破壊試験を後日に行った際は、予想曲げ破壊荷重の3/4ほどの荷重でせん断破壊を生じたという実例が存在する。この時の予想曲げ破壊荷重時の中立軸上のせん断応力はせん断破壊荷重に達しないものとなっていたが、破壊時の界面におけるせん断応力値は中立軸上の2倍を超えていた。このように、多くの実験結果、解析結果により、異種材料界面には非常に大きなせん断応力の集中が確実に生じ、その応力集中が、木材においては特に破壊につながり得るということが明らかになった。
【0029】
上記の事から、応力集中を生じさせない断面の作製が急務となった。これまでの実験と解析により、鋼板の挿入条件では応力集中を緩和する方法はほぼ皆無であることが分かっている。その最大の理由は、せん断に最も効果的な挿入方法は、上下に1本ずつ挿入する方法であり、挿入本数を増やしても、位置をずらしても効果がない。また、上下に1本ずつ挿入する方法であっても、十分にせん断破壊を生じ得る構造であるからである。そこで最も効果的な手法として、図12のような応力が集中する箇所7に木材1を存在させない手法を提案した。図12の各モデルは、各左図がこれまでの断面、各右図が応力集中箇所7に空隙を作った断面である。空隙の効果は絶大であり、応力集中が無くなるとともに、応力が断面中央に分散し、その最大値は、設計時に用いられる中立軸上に存在するので、応力集中を気にせず、これまで通りの設計が可能となる。しかし、実際の木橋で空隙を作製した場合、木材1内部に容易に水や腐朽菌が侵入し、木橋の寿命を大幅に縮めることとなる。よって、この空隙位置に、何らかの物質を充填する必要があり、その例として、接着剤3やゴムなどが効果的であると考えられる。充填剤として用いる材料の条件としては、せん断耐力が応力集中の値(木材のせん断耐力の3倍程度)よりも大きいこと、且つ、鋼材のような剛な材料を用いてしまえば再び充填剤と木材1との間に応力集中を生じてしまうので、できるだけ柔らかい材料を用いることなどが挙げられる。
【0030】
木材1のせん断強度の3倍を超える材料は少なくはないが、できるだけ柔らかい材料となると漠然としてくる。ここでの「柔らかい」の定義は、一般的な柔らかさ、つまり硬度ではなく、橋梁のように、曲げを受けた際の柔らかさ、つまり軸方向ヤング率のことを指す。例えば、応力緩衝層12に用いる充填剤の候補の一つである接着剤3であるが、固化後には非常に硬くなり、爪で押してめり込む木材とは対称的に、全くと言っていいほどめり込まない。しかし、曲げを受ける際の柔らかさで言えば、接着剤3のヤング率は木材の1/3程であり、木材1よりも柔らかい材料である。実際、これまで多くの実験や実際に架設されている橋梁においても、接着剤3が木材1に悪い影響を及ぼした例は存在しない。このように、実際に実験などで使用した材料においては、データなどが存在するが、そもそも、木材1と何を組み合わせると応力集中を生じてしまうのか、何を組み合わせると応力集中を生じないのか、という根本的なことが分かっていなかった。しかし、申請者らは、異種材料界面に発生する応力集中はヤング率の差、つまりヤング率比の値に依存すること突き止めた。そこで、応力集中を生じる断面について、ヤング率比、等方性・異方性といった材料の性質の違いが応力集中にどのように影響してくるのかのシミュレートを行った。シミュレートに用いた断面は、挿入型の断面ではなく、図13に示すようなサンドイッチ型の断面で行っている。このような断面を用いた理由は、実験・解析が容易に行うことが可能であることと、せん断応力の挙動は、幅方向の形状に鈍感であり、応力集中の有無を調べるだけならば、このモデルで十分に把握することが可能である事にある。無論、サンドイッチ型と挿入型とでは、木材との接地面が大きく異なるので、接地面の小さい挿入型の応力集中の値はサンドイッチ型の数倍になることに注意が必要である。
【0031】
使用する材料の特性の違いが応力集中の原因であるかどうかを調べるために複数のシミュレーションを行った。その代表的なものとして、図14に図13の上下のラミナに鋼材、中央のラミナに木材1の材料定数を与えたシミュレーション結果を、図15にすべてのラミナは木材1であるが、上下のラミナに中央のラミナの2倍のヤング率を与えたシミュレーション結果を示している。各図ともに、上下のラミナの軸方向ヤング率はそのままに、直行異方性材料として解析したものと、等方性材料として解析した場合を併記した。図14は補強材に高ヤング率の材料を用いた場合のシミュレーションに相当するが、多少の差はあるものの、使用する材料の特性が応力集中を引き起こす原因でないことを示している。一方、図15は補強材、もしくは緩衝剤に比較的低ヤング率の材料を用いた場合のシミュレーションに相当するが、ほとんど差がなく、こちらも材料の特性が応力集中を引き起こす原因でないことを示している。よって、材料特性の違いは、ヤング率の大小にかかわらず、応力集中の原因にならないことを示している。
【0032】
続いて、使用する材料間のヤング率比の大小が応力集中の原因であるかどうかを調べるために複数のシミュレーションを行った。図14においては、そのヤング率比は26.7ほどであるが、梁理論で最大になるとされる中立軸上ではなく、材料界面でせん断応力が最大となる事が見て取れる。それに対し図15においては、そのヤング率比は前述の通り2であるが、応力集中は見られず、中立軸上でせん断応力の値が最大となっている。図15に近いモデルとして、図16は表1の材料定数を用いてシミュレーションした結果であるが、FEMはほぼ同じ結果になるのに対し、梁理論では、軸方向ヤング率の差が顕著に現れる結果となった。つまり、ヤング率の値自体はFEMにおいても梁理論においてもせん断に対し非常に影響を与えるファクターである事は間違いないが、FEMにおいてはヤング率比もまた重要であるのに対し、梁理論ではヤング率比の違いはあまり重要ではないことを示す。表1のモデルで実際に実験を行って確認した所、実験結果は概ねFEMの解析結果と一致し、ヤング率比がせん断応力に重要な影響を及ぼすことが確認された。そこでヤング率比の値がどれほどになれば応力集中に影響を及ぼすのかをシミュレートした結果を図17に示す。ヤング率比2である図15においては、中立軸上で最大の値となり、応力分布も中立軸を頂点としたかなりRのきつい二次曲線となるが、図17においては、ヤング率比5ほどではかなり丸みを帯び、ヤング率比7ではほぼ直線となり、ヤング率比10では界面での応力集中を示す四字曲線となる。安全側に見積もると、木材1と異種材料を組み合わせる際は、木材1よりもヤング率が高くても、低くても、ヤング率比7程度に収まる材料を選択しなければ応力集中を生じることが分かる。しかし、曲げ剛性を改善するために用いられる挿入補強部材4のヤング率は総じて高くなくてはならず、ヤング率比を7以下にすることは不可能であるから、木材1を挿入補強部材4で補強する際は、応力緩衝層12が必要不可欠である。また、応力緩衝層12に用いる材料として、接着材3やゴム材などが候補に挙げられるが、このいずれも木材1とのヤング率比が7以下であるので、その有効性が示される。ただし、応力集中はヤング率が低い方の材料に生じるので、応力緩衝層12に用いる部材のヤング率が木材1よりも高い場合は、ヤング率比7以内に収めなければならないが、ヤング率が木材1よりも低い材料を用いる場合は、せん断強度がかなり大きい材料に限り、ヤング率比7以上になっても問題ないこととなる。
【0033】
以上記載したように、本発明の部分フランジ付補強部材は、必要最低限の人数で容易かつ安全に作業を行えることに加え、力学的に大いに意味を持つ断面作製を容易かつ正確に作製することを可能とする。また、部分フランジそのものを部材として応用することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0034】
木材1を比較的大きな構造部材として用いるためには、補強部材で補強することが必要不可欠となる。橋梁の桁や建築物の柱など、補強部材で補強した木材部材は今現在においても大いに用いられているが、耐震や免震の観点からも、その需要は今後も増えて続けていくことは明白である。本発明は、木材を補強する際に最も用いられる手法の一つである挿入補強部材4で木材1を補強することに関するもので、今後の利用が大いに見込まれる。また、木材1を補強する際に、応力集中を生じさせない構造及び生じ得る構造の指標を示しており、この点からも本発明は産業上大いに有用である。
【符号の説明】
【0035】
1木材
2挿入補強部材を挿入するために木材にあらかじめ掘られた溝
3接着剤
4挿入補強部材
5部分フランジ
6部分フランジ付挿入補強部材
7木材に生じる応力集中箇所
8取手
9取手付部分フランジ付挿入補強部材
10継手部の補強部材として用いる部分フランジ
11支点板として用いる部分フランジ
12応力緩衝層
【技術分野】
【0001】
本発明は、作業性を飛躍的に上昇させるとともに挿入補強部材4を適切かつ正確に設置することが可能である挿入補強部材4及び木質構造物の破壊につながる応力集中を緩和する応力緩衝層12構造に関する。
【背景技術】
【0002】
木材1に溝2を掘り、一枚板形状の挿入補強部材4を挿入し、接着剤3で固定接着する方法は、特許文献1などが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平11-333809
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】千田知弘、後藤文彦、薄木征三、佐々木貴信、石川和彦:鋼板挿入集成材梁のせん断強度についての数値的・実験的解析、構造工学論文集、Vol54A、(CD-ROM)、2008
【非特許文献2】千田知弘、佐々木貴信、後藤文彦、薄木征三、飯島泰男:鋼板挿入集成材梁のせん断応力に関する実験とFEM解析、構造工学論文集、Vol55A、(CD-ROM)、2009
【0005】
図1に示すように、木材1に形成された溝2に挿入補強部材4を挿入接着する際は、溝2に予め接着剤3を充填し、その中に挿入補強部材4を挿入接着する。挿入補強部材4は一枚板の形状をしており、また、溝2の大きさは、挿入補強部材4よりも、左右、底部それぞれ1〜2mmほど大きめに彫られているので、挿入補強部材4は接着剤3の中にそのままほぼ完全に沈み込む。しかし、接着剤3の粘性が大きく、挿入時に気泡が生じ易い上、生じた気泡が外に逃げて行きづらい。よって、一度の挿入で、挿入補強部材4全体にまんべんなく接着剤3を付着させることは難しく、通常数回に渡って挿入補強部材4を出し入れするが、この時、溝2から引き出した挿入補強部材4を空中で停止させ、接着剤3が付着していない箇所に、直接接着剤3を塗布する方法も行われる。これらの作業を行うために、軸方向の両端もしくはその間の数か所に、タコ糸などを溝に沿うように配置してから接着剤3を流し込み、挿入補強部材4を挿入後、このタコ糸などを使って挿入補強部材4を引っ張り上げる手法が用いられてきた。
【0006】
接着材3はあくまでも、木材1と挿入補強部材4の合成を目的としたもので、強度を向上させる目的ではないので、強度解析計算上は接着剤3の部分は木材1として計算される。また、上記の作業性の問題から、木材1の溝2を大きめに作製することは必要不可欠であるが、接着材3の強度に対する信頼性とその取扱については未だ未解明であり、溝2は必要最低限の大きさにすべきだと考えられて来た。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従来のように一枚板状の挿入補強部材4を使用する場合、挿入補強部材4運搬時は、ワイヤーなどにより支持されるが、非常に不安定であり、ずれて落下するなど、安全性に問題がある。また、溝2に挿入する作業及び挿入補強部材4を空中で停止し、挿入補強部材4を出し入れし接着剤3を塗布する作業においては、運搬時同様、挿入補強部材4の姿勢を保つことは困難であり、倒れ込みなどの危険を伴う。よって、安全性を確保する目的も含め、多くの労力と時間を必要とする。
【0008】
挿入補強部材4の設置位置は、強度が最大となるように溝2の中心部に位置するように設計される。しかし、0005に記したように、挿入作業を容易にするために、溝2は挿入補強部材4よりも左右それぞれ1〜2mm程度大きめに彫られており、挿入後、挿入補強部材4が斜めに傾いてしまい、そのまま接着固化されることが多く、挿入補強部材4が偏心を受けてしまい、強度が下がると同時に力を一様に伝えなくなる。同様に、底部においても1〜2mm大きめに彫られており、その分、挿入補強部材4は設計位置よりも内側に位置することになり、断面二次モーメントが減少するとともに、木材1の引張縁の劇的な破壊を挿入補強部材4で抑制する効果も薄れてしまう。これらにより、期待する効果や強度が十分に得られないことが考えられる。溝2の深さが軸方向に一様な場合は上記の問題が生じるだけであるが、両端の溝2の深さが異なる場合や、局所的に溝2が浅い部分があると、挿入補強部材4が軸方向においても斜めに傾いてしまい、どちらか一方の端部において、挿入補強部材4の鋼板などが突出し固化することがある。この場合、突出した鋼板などを、研磨機などで削り水平にするが、この作業もまた重労働であるとともに、木材1に傷をつけてしまう恐れがある。
【0009】
木材1を挿入補強部材4で補強する際、挿入補強部材4の強度が大き過ぎると、材料間界面付近の木材1側で応力集中が生じ、これが破壊に大いに寄与することが最近分かってきている。応力集中を生じさせない為には、材料どうしが直接接しないよう、応力緩衝層12を作製する必要がある。尚、材料同士が直接接しているように見えても、実際には、挿入補強部材4と木材1の界面には薄膜の接着層が介在しているが、薄膜と挿入補強部材4及び木材1では物性が異なるものの、この薄膜層が力学的に挿入補強部材4及び木材1に悪影響を与えたり、逆に効果的に働く事はないので、これ以後強度解析計算上は接着層は木材1と同等な特性を持つとして取扱い、かつ接着層厚さは木材1に加味して取り扱う。今現在までの所、挿入補強部材4を挿入するための溝2の大きさは、できる限り挿入補強部材4の大きさに合わせるべきだという考えが主流であると同時に、溝2に一枚板を直接挿入する旧来の方法では、材料どうしが直接接しないようにすることは不可能であり、応力緩衝層12を任意に作製することは難しく、なんら対応策が取られていないのが現状である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1の発明は、図2に示すように、一枚板状の挿入補強部材4の両端2箇所もしくは任意の箇所に1ないし複数の、部分フランジ5を有する部分フランジ付挿入補強部材6の構造となっている。部分フランジ5は、挿入補強部材4が鋼材などであれば溶接、炭素繊維や繊維強化型プラスティック(以下FRPと称す)などであれば接着剤3で接着するなどして、容易に取り付けが可能である。この部分フランジ5を利用すれば、運搬時の作業性、接着作業の利便性、安全性を高めることが可能であり、それに伴って、時間、必要人員を大幅に減少することが可能である。転じては経済的にも有効であると言える。
【0011】
請求項2の発明は、0008に対し、任意の位置に挿入補強部材4を正確かつ確実に配置し、そのまま接着固定することを可能とする構造である。請求項1に記載の部分フランジ5により、図3に示すように部分フランジ付挿入補強部材6は木材1両端部で固定されることとなり、図1の右図に示すように溝2の中に沈み込むことがなく、溝2の寸法、形状のばらつきに影響を受けることがない。また、部分フランジ付挿入補強部材6が斜めに倒れ込んだまま固化することがない。
【0012】
請求項3の発明は、請求項2に記載した効果により、木材1と、部分フランジ付挿入補強部材6とを直接接することを避けることが可能である。これにより、図4に示すような異種材料界面で生じる応力集中を生じない応力緩衝層12形成が任意に可能となる。一方で、部分フランジ付挿入補強部材6の位置固定により生じる、木材1に掘られた溝2と部分フランジ付挿入補強部材間6の隙間には接着剤3が充填されることになるが、これまでに行われた実験、有限要素法(以下、FEMと称す)解析により、接着剤3が応力緩衝層12として十分機能し、かつ固化後の接着剤3ほどの強度では、木材1−接着剤3界面で応力集中が生じないことが分かっており、応力緩衝層12が従来の作業工程でそのまま容易に作製することが可能である。
【0013】
請求項4の発明は、請求項3に記した応力緩衝層12が必要な構造であるか否かを簡易的に判断する指標となる無次元定数である。これまでの多くの実験、解析から、応力集中が生じる構造は、使用する挿入補強部材4の硬度では無く、軸方向ヤング率が係わっている事が分かっている。よって、木材1と挿入補強部材4の軸方向ヤング率の比である無次元定数を用いれば、応力緩衝層12が必要かどうかを判断することが可能となる。尚、この無次元定数の使用は異種材料を組み合わせた場合に、異種材料界面に応力集中が生じるかどうかの指標である。よって、どのような構造にも使用することが可能であり、本請求のような挿入補強部材4のみならず、サンドイッチ型の構造にも使用可能である。応力緩衝層12の詳細は、後述する実施例2に記す。
【0014】
請求項5の発明は、クレーンなどによる挿入補強部材4の運搬、ならびに、挿入接着作業時の利便性を考慮し、図5に示すように、請求項1に記載した部分フランジ5の任意箇所に、クレーン用の金具または、重機もしくは人が挿入補強部材4を引き上げる際に使用する紐などを取り付けるための取手8を取り付けた取手付部分フランジ付挿入補強部材7構造である。挿入補強部材4が鋼材であれば、部分フランジ5も鋼材となるので、磁石式のクレーンを直接部分フランジ5部に使用することが可能となり、容易に部分フランジ付補強部材6を運搬できるとともに、接着時に何度か挿入補強部材4を出し入れし、接着剤3を挿入補強部材4にまんべんなく塗布する作業時には、部分フランジ付挿入補強部材6をクレーンで固定できる。しかし、挿入補強部材4及び部分フランジ5が鋼材ではない場合、運搬ならびに挿入作業時の利便性は従来とそれほど変わりないものとなるが、部分フランジ5部に取手8をつけることによって、部分フランジ5が鋼材であるときと同様に、運搬並びに挿入作業時の利便性が得られる。
【0015】
請求項6の発明は、請求項1及び請求項5に記載した部分フランジ5を、請求項2及び請求項3に記載したような供試体作製時の利便性、安全性、経済性を考慮したものだけではなく、部分フランジ5の材質、強度、形状、サイズを任意に変えることにより、特定の位置、例えば図6に示すように、支点位置及び継手部位置に配置することにより、継手部の補強部材として用いる部分フランジ10もしくは支点板として用いる部分フランジ11による方法である。架設時の支点板の設置、継手の補強部材の取り付け作業を省けるので、効率がよく経済的である。
【発明の効果】
【0016】
請求項1及び請求項5に記載した部分フランジ5は、一枚板状の挿入補強部材4に部分的にフランジを取り付けるものであり、挿入補強部材4の材料の種類によらず、作製は容易である。また、請求項5に記した取手8付き部分フランジ5においても、部分フランジ5に取手8を作製することはそれほど難しいことではない。部分フランジ5及び取手8付き部分フランジ5の作製においては、挿入補強部材4単体としてのコストを上昇させるものであるが、以下に示す、運搬の容易性、安全性、作業時の容易性、安全性の飛躍的な上昇、それに伴う時間・人員削減などといった面で非常に効果があり、作業全体のコストを大幅に減少することが可能である。
【0017】
従来の一枚板状の挿入補強部材4は、運搬時の安定性、容易性、ならびに接着作業時の安全性、容易性に難があり、それに応じ、必要人員の数も多くなる傾向にあった。請求項1に記載した部分フランジ5が鋼材の場合、磁石式のクレーンを用いれば運搬時の安定性、容易性は飛躍的に上昇する。必要人員も、クレーン技師、挿入補強部材4が回転するのを制御する人員1または2名、合計3名前後で運搬が可能である。挿入補強部材4に接着剤3をまんべんなく塗布する作業時においても、クレーンで挿入補強部材4を上下に移動、空中で停止といった作業が容易かつ安全に行えるので、必要人員も、運搬時同様3名程度に抑えられる。よって、挿入補強部材4の運搬、設置、接着作業が一連の動作で行える上、容易性、安全性が飛躍的に上昇するとともに、必要人員を大幅に減少することが可能となるので、時間的にも、経済的にも非常に節約が可能となる。
【0018】
部分フランジ5が鋼材以外の材料であっても、請求項5に示す発明により、クレーンで容易に作業を行うことが可能となる。
【0019】
請求項1及び5に記載した部分フランジ5が木材1両端部で固定される効果で、請求項2に記載した部分フランジ付挿入補強部材6を任意の位置に固定することが可能となる。また、挿入時に斜めに挿入され、そのまま固化する心配はなく、横位置がずれても、フランジの移動によって容易に調整が可能である。つまり、木材1の幅方向、木材1の高さ方向、木材1の軸方向の位置を任意に調整することが可能であるとともに、挿入補強部材4を確実に鉛直に挿入することが可能となる。これは、設計時に期待される挿入補強部材4の効果を、ほぼ忠実に再現できる断面を作製することが可能であることを示す
【0020】
木材1と強度の強い挿入補強部材4を組み合わせた合成断面においては、材料間の界面において応力集中が生じ、その箇所で破壊が生じ易くなることが、これまでの実験、FEM解析で示されている。従来技術の場合と本発明の効果に関する実験、FEM解析の詳細は実施例2で後述する。また同時に、木材1と挿入補強部材4間に応力緩衝層12を設けると、応力集中の緩衝に極めて効果的であることが示されているとともに、応力緩衝層12として、木材1と挿入補強部材4を接着する際に用いられる接着剤3を充填するだけで十分な効果が得られることが示されている。請求項2で記載した、任意の位置に挿入補強材4を固定する技術は、請求項3に記載した木材1と挿入補強部材4を直接接しない断面作製が可能であると同時に、木材と挿入補強部材4の隙間に接着剤3が流れ込み、応力緩衝層12が自然に作製される。よって、力学的に強度が確認されている断面を簡易に作製することが可能である。
【0021】
請求項1に記した挿入補強型の補強方法に限らず、木材1を補強することよって、応力集中が生じる可能性があるが、それが構造によるものか、使用する材料によるものか今までは分かっていなかった。しかし、請求項4に記した無次元定数を用いることにより、使用材料、構造によらず、応力集中が生じ得るかどうか、引いては応力緩衝層12が必要であるかどうか非常に容易に判断することが可能となる。
【0022】
請求項4に記した応力緩衝層12の形状については、応力集中は力のかかる方向に依存するので、挿入補強部材4の形状にあわせ、図7に示すように挿入補強部材4がすべての方向で木材と接しないような形状にすべきである。
【0023】
請求項6に記載したように、部分フラン5を、架設時に支点もしくは継手部となる箇所に取り付ければ、継手部の補強部材10もしくは支点11としてそのまま使用することが可能となるので、架設時の作業性、経済性を上昇させることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】一枚板状の挿入補強部材4を、木材1に掘られた溝2に挿入する従来の手順を示したものである。尚、一番右側の図は、挿入補強部材4が大きめに掘られた溝2の底に沈みこんだ状態である。
【図2】従来の一枚板状の挿入補強部材4の両端に、部分フランジ5を両端2箇所に取り付けた場合の部分フランジ付補強部材6の3次元(以下3Dと称す) パース図である。
【図3】部分フランジ付補強部材6が、実際に木材1にどのように挿入・固定されるかを示した3Dパース図である。
【図4】断面内に生じる材料界面の応力集中。左:FEMシミュレート、右:実験時の破壊断面。尚、FEM解析では、弱軸で分割された左側のみ解析対象としているので、図は左側の断面のみの表示である。以後の図も同様である。
【図5】部分フランジ付補強部材6の部分フランジ5底部に、クレーンなどを使用する際にワイヤーなどを通す取手8を取り付けた、取手付部分フランジ付補強部材9の3Dパース図である。
【図6】部分フランジ5を、継手部における補強板10、支点板11としてそのまま使用する一例を示した図である。
【図7】応力緩衝層12の形状の例を示したものである。
【図8】木材の横ねじれ座屈解析の実験データと、2次元解析と3次元解析の結果を比較した図である。縦軸は無次元化座屈荷重であり、横軸は軸長を示す。
【図9】応力集中を確認するために、挿入条件を変化させた鋼板挿入集成材梁の断面図である。
【図10】よりせん断に支配される試験法である逆対称四点曲げ試験法の概略図である。
【図11】鋼板挿入条件の違いによる、応力集中の違いを示した図である。
【図12】応力が集中する部の木材1を取り除いた場合の効果を、各モデルごとに比較した図である。
【図13】サンドイッチ型のモデル図である。
【図14】図13の外側のラミナに高いヤング率の材料を用いた際の、材料特性が応力集中に与える影響を示した図である。縦軸は、図13のモデルの高さ、横軸はせん断応力を示す。以後の図も同様である。
【図15】図12の外側のラミナに木材1の2倍のヤング率を用いた際の、材料特性が応力集中に与える影響を示した図である。
【図16】実際に行われた実験の材料定数を使用したシミュレーション図である。
【図17】応力集中が、どれほどのヤング率比で生じるかをシミュレートした図である。
【図18】図16に用いた材料の材料定数を示した表である。bは供試体の幅、hは高さ、Lは軸長、Wは重量、fは振動数、Efrは動ヤング係数を示す。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して説明する。
【実施例】
【0026】
実施例1 図2に示す挿入補強部材4を鋼材で作製し、図3に示すように、木材1桁に挿入し、
【特許文献1】の鋼補剛集成材を作製した。使用した挿入補強部材4の寸法は、幅16mm、高さ200mm、軸長2500mmであり、これに、幅150mm、厚さ12mm、軸長250mmの部分フランジ5が溶接された構造となっている。木材1桁は、幅180mm、高さ800mm、軸長2500mmの木材1桁底部中央に、幅20mm、高さ202mm、軸長2500mmの溝2が掘られている。尚、図3の木材1供試体の手前上下を切り欠いてあるが、これはこの部分が後に継手となるため、溶接を容易にするためである。なお、供試体作製時には、本請求者2名のみで作業を行っている。部分フランジ付挿入補強部材6を木材1の溝2まで移動する際は、部分フランジ部5に磁石式のワイヤーを取り付け、クレーンで移動した。移動時に部分フランジ付挿入補強部材6は少なからず回転するが、クレーンで吊られている部分フランジ付挿入補強部材6を人力で元に戻すことは容易であり、木材1の溝2の位置に部分フランジ付挿入補強部材6を誘導することは少人数であっても安全に行うことが可能である。接着剤3が充填された木材1の溝2に挿入補強部材4を一度挿入した後、挿入補強部材4が溝2から完全に出てしまわないようにクレーンで調整・固定し、挿入補強材4の接着剤3が付着していない部分に接着剤3を塗布する。この際、部分フランジ付挿入補強部材6の上下方向の動きはクレーンで拘束され、左右の移動、並びに回転はクレーンと溝2によって拘束されるので、ここでも容易かつ安全に作業を行うことが可能であった。塗布後再び挿入補強部材4を溝2に戻し、部分フランジ5を利用してずらすことにより、横方向、軸方向の位置を合わせた。なお、この場合木材1と部分フランジ5に予め穴や釘により最適な位置決めを行うことも可能である。接着剤3固化後、接着断面を確認したところ、挿入補強部材4は的確に挿入され、なおかつ、木材1と挿入補強部材4の部材間には接着層が作製されており、応力緩衝層12の作製も成功していた。接着剤3固化後部分フランジ5は、一方を継手部の補強部材10として、一方を支点11として活用した。
【0027】
以下に0027から0032において、上記0026の形態に場合について解析により本形態の有用性示す。木材1に挿入補強材4を挿入接着した桁や柱の実験と解析は多く行われてきているが、異種材料界面に生じる応力集中に言及したものは、請求者らの研究以外ほとんど存在しない。実験において、異種材料界面で破壊が生じやすいことは木材関係者であれば経験的に感じ得るものであったが、力学的かつ数値的に解明されることは皆無であった。以下に、これまでの解析と実験より分かった応力緩衝層12(断面)の必要性と、応力集中が生じる断面のメカニズムを説明する。
【0028】
実施例2 請求者らは、図3及び図4に示すように、木材1に溝2を掘り、鋼板を垂直に挿入接着した鋼板挿入集成材梁に関して、多くの実験とFEM解析を行ってきた。当初、鋼板挿入集成材梁曲げ破壊試験を行った場合、3、4本に一本の割合で曲げ破壊では無くせん断破壊を生じる供試体が確認されていた。しかし、木材は個体ごとに非常にばらつきが大きい材料であるとともに、せん断耐力が極端に低い材料であることから、せん断破壊を生じる個体が存在しても不思議ではないと考えられてきた。一方、FEM解析においては、ここ数年のコンピュータスペックの劇的な進歩に伴い、クライアントパソコンレベルであっても、比較的容易に3次元モデルの解析が可能となり、これまでに不可能であった解析を行うことが可能になった。2次元で直行異方性材料である木材をモデル化する場合、一旦等方性材料としてモデル化した上で補正係数を乗じる方法や、ポアソン比に非常に大きい値を代入する方法などが行われてきたが、正確な解析を行うことは不可能に近く、時には図8に示したように、実験値及び3次元解析と正反対の結果が得られる場合すら存在した。しかし、3次元解析においては、3方向のすべての材料定数を直接組み入れることで、直行異方性材料を正確にモデル化することが可能となった。これにより、2次元解析や梁理論では、断面幅方向の複雑な考慮は不可能であったが、3次元解析の場合、幅方向の詳細な解析も可能となった。こうしたFEM解析を取り巻く環境の大幅の進歩により、過去の実験を3Dで再解析を行ったところ、図4の左図のように、挿入鋼板と集成材との界面において、非常に大きなせん断応力の集中がみられ、その集中位置と実験での破壊位置が一致する結果が得られた。更に、図9に示すように、挿入条件を変化させた複数の鋼板挿入集成材梁を用意し、図10に示した、よりせん断に特化した逆対称四点曲げ試験を行い、応力集中の影響を調べる実験を行った結果、図4に示すように、すべての供試体はFEMで応力集中が見られた箇所においてせん断破壊を生じた。しかし、FEM解析においては、破壊箇所の応力値はすべての供試体で同じであるのにもかかわらず、実際の実験における耐荷力に関しては、図9の各モデルによって大きく異なった。そこで、境界条件により、解析精度が著しく低下するFEM解析の弱点を克服するために、新手法「拘束緩衝法」を提案し、再解析を行った結果、各モデルの応力集中の仕方に大きな差がみられることを発見し、図11に示すように耐荷力に関しても解析結果と実験結果が一致した。図9における下鋼板2本挿入モデルのように、複数本挿入鋼板を挿入した場合、曲げ破壊時に劇的に梁が破壊することを防ぐことが分かっており、既存の橋梁にも用いられている。しかし、せん断耐力の観点から考えると、上下に一本ずつ挿入するモデルが一番効果が高い。ただし、上下一本モデルにおいても、応力集中の値は、設計時に用いられる中立軸上のせん断応力の値の2倍近くにもなり、容易にせん断耐力の値に達しやすいことが示された。事実、1/4モデルの鋼板挿入型のハイブリッド橋梁の曲げ破壊試験を後日に行った際は、予想曲げ破壊荷重の3/4ほどの荷重でせん断破壊を生じたという実例が存在する。この時の予想曲げ破壊荷重時の中立軸上のせん断応力はせん断破壊荷重に達しないものとなっていたが、破壊時の界面におけるせん断応力値は中立軸上の2倍を超えていた。このように、多くの実験結果、解析結果により、異種材料界面には非常に大きなせん断応力の集中が確実に生じ、その応力集中が、木材においては特に破壊につながり得るということが明らかになった。
【0029】
上記の事から、応力集中を生じさせない断面の作製が急務となった。これまでの実験と解析により、鋼板の挿入条件では応力集中を緩和する方法はほぼ皆無であることが分かっている。その最大の理由は、せん断に最も効果的な挿入方法は、上下に1本ずつ挿入する方法であり、挿入本数を増やしても、位置をずらしても効果がない。また、上下に1本ずつ挿入する方法であっても、十分にせん断破壊を生じ得る構造であるからである。そこで最も効果的な手法として、図12のような応力が集中する箇所7に木材1を存在させない手法を提案した。図12の各モデルは、各左図がこれまでの断面、各右図が応力集中箇所7に空隙を作った断面である。空隙の効果は絶大であり、応力集中が無くなるとともに、応力が断面中央に分散し、その最大値は、設計時に用いられる中立軸上に存在するので、応力集中を気にせず、これまで通りの設計が可能となる。しかし、実際の木橋で空隙を作製した場合、木材1内部に容易に水や腐朽菌が侵入し、木橋の寿命を大幅に縮めることとなる。よって、この空隙位置に、何らかの物質を充填する必要があり、その例として、接着剤3やゴムなどが効果的であると考えられる。充填剤として用いる材料の条件としては、せん断耐力が応力集中の値(木材のせん断耐力の3倍程度)よりも大きいこと、且つ、鋼材のような剛な材料を用いてしまえば再び充填剤と木材1との間に応力集中を生じてしまうので、できるだけ柔らかい材料を用いることなどが挙げられる。
【0030】
木材1のせん断強度の3倍を超える材料は少なくはないが、できるだけ柔らかい材料となると漠然としてくる。ここでの「柔らかい」の定義は、一般的な柔らかさ、つまり硬度ではなく、橋梁のように、曲げを受けた際の柔らかさ、つまり軸方向ヤング率のことを指す。例えば、応力緩衝層12に用いる充填剤の候補の一つである接着剤3であるが、固化後には非常に硬くなり、爪で押してめり込む木材とは対称的に、全くと言っていいほどめり込まない。しかし、曲げを受ける際の柔らかさで言えば、接着剤3のヤング率は木材の1/3程であり、木材1よりも柔らかい材料である。実際、これまで多くの実験や実際に架設されている橋梁においても、接着剤3が木材1に悪い影響を及ぼした例は存在しない。このように、実際に実験などで使用した材料においては、データなどが存在するが、そもそも、木材1と何を組み合わせると応力集中を生じてしまうのか、何を組み合わせると応力集中を生じないのか、という根本的なことが分かっていなかった。しかし、申請者らは、異種材料界面に発生する応力集中はヤング率の差、つまりヤング率比の値に依存すること突き止めた。そこで、応力集中を生じる断面について、ヤング率比、等方性・異方性といった材料の性質の違いが応力集中にどのように影響してくるのかのシミュレートを行った。シミュレートに用いた断面は、挿入型の断面ではなく、図13に示すようなサンドイッチ型の断面で行っている。このような断面を用いた理由は、実験・解析が容易に行うことが可能であることと、せん断応力の挙動は、幅方向の形状に鈍感であり、応力集中の有無を調べるだけならば、このモデルで十分に把握することが可能である事にある。無論、サンドイッチ型と挿入型とでは、木材との接地面が大きく異なるので、接地面の小さい挿入型の応力集中の値はサンドイッチ型の数倍になることに注意が必要である。
【0031】
使用する材料の特性の違いが応力集中の原因であるかどうかを調べるために複数のシミュレーションを行った。その代表的なものとして、図14に図13の上下のラミナに鋼材、中央のラミナに木材1の材料定数を与えたシミュレーション結果を、図15にすべてのラミナは木材1であるが、上下のラミナに中央のラミナの2倍のヤング率を与えたシミュレーション結果を示している。各図ともに、上下のラミナの軸方向ヤング率はそのままに、直行異方性材料として解析したものと、等方性材料として解析した場合を併記した。図14は補強材に高ヤング率の材料を用いた場合のシミュレーションに相当するが、多少の差はあるものの、使用する材料の特性が応力集中を引き起こす原因でないことを示している。一方、図15は補強材、もしくは緩衝剤に比較的低ヤング率の材料を用いた場合のシミュレーションに相当するが、ほとんど差がなく、こちらも材料の特性が応力集中を引き起こす原因でないことを示している。よって、材料特性の違いは、ヤング率の大小にかかわらず、応力集中の原因にならないことを示している。
【0032】
続いて、使用する材料間のヤング率比の大小が応力集中の原因であるかどうかを調べるために複数のシミュレーションを行った。図14においては、そのヤング率比は26.7ほどであるが、梁理論で最大になるとされる中立軸上ではなく、材料界面でせん断応力が最大となる事が見て取れる。それに対し図15においては、そのヤング率比は前述の通り2であるが、応力集中は見られず、中立軸上でせん断応力の値が最大となっている。図15に近いモデルとして、図16は表1の材料定数を用いてシミュレーションした結果であるが、FEMはほぼ同じ結果になるのに対し、梁理論では、軸方向ヤング率の差が顕著に現れる結果となった。つまり、ヤング率の値自体はFEMにおいても梁理論においてもせん断に対し非常に影響を与えるファクターである事は間違いないが、FEMにおいてはヤング率比もまた重要であるのに対し、梁理論ではヤング率比の違いはあまり重要ではないことを示す。表1のモデルで実際に実験を行って確認した所、実験結果は概ねFEMの解析結果と一致し、ヤング率比がせん断応力に重要な影響を及ぼすことが確認された。そこでヤング率比の値がどれほどになれば応力集中に影響を及ぼすのかをシミュレートした結果を図17に示す。ヤング率比2である図15においては、中立軸上で最大の値となり、応力分布も中立軸を頂点としたかなりRのきつい二次曲線となるが、図17においては、ヤング率比5ほどではかなり丸みを帯び、ヤング率比7ではほぼ直線となり、ヤング率比10では界面での応力集中を示す四字曲線となる。安全側に見積もると、木材1と異種材料を組み合わせる際は、木材1よりもヤング率が高くても、低くても、ヤング率比7程度に収まる材料を選択しなければ応力集中を生じることが分かる。しかし、曲げ剛性を改善するために用いられる挿入補強部材4のヤング率は総じて高くなくてはならず、ヤング率比を7以下にすることは不可能であるから、木材1を挿入補強部材4で補強する際は、応力緩衝層12が必要不可欠である。また、応力緩衝層12に用いる材料として、接着材3やゴム材などが候補に挙げられるが、このいずれも木材1とのヤング率比が7以下であるので、その有効性が示される。ただし、応力集中はヤング率が低い方の材料に生じるので、応力緩衝層12に用いる部材のヤング率が木材1よりも高い場合は、ヤング率比7以内に収めなければならないが、ヤング率が木材1よりも低い材料を用いる場合は、せん断強度がかなり大きい材料に限り、ヤング率比7以上になっても問題ないこととなる。
【0033】
以上記載したように、本発明の部分フランジ付補強部材は、必要最低限の人数で容易かつ安全に作業を行えることに加え、力学的に大いに意味を持つ断面作製を容易かつ正確に作製することを可能とする。また、部分フランジそのものを部材として応用することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0034】
木材1を比較的大きな構造部材として用いるためには、補強部材で補強することが必要不可欠となる。橋梁の桁や建築物の柱など、補強部材で補強した木材部材は今現在においても大いに用いられているが、耐震や免震の観点からも、その需要は今後も増えて続けていくことは明白である。本発明は、木材を補強する際に最も用いられる手法の一つである挿入補強部材4で木材1を補強することに関するもので、今後の利用が大いに見込まれる。また、木材1を補強する際に、応力集中を生じさせない構造及び生じ得る構造の指標を示しており、この点からも本発明は産業上大いに有用である。
【符号の説明】
【0035】
1木材
2挿入補強部材を挿入するために木材にあらかじめ掘られた溝
3接着剤
4挿入補強部材
5部分フランジ
6部分フランジ付挿入補強部材
7木材に生じる応力集中箇所
8取手
9取手付部分フランジ付挿入補強部材
10継手部の補強部材として用いる部分フランジ
11支点板として用いる部分フランジ
12応力緩衝層
【特許請求の範囲】
【請求項1】
木材に形成された溝に、挿入接着し補強する挿入補強部材の形状において、補強部材両端2箇所もしくは任意箇所に1箇所ないし複数の部分フランジを持つ構造の部分フランジ付挿入補強部材。
【請求項2】
請求項1記載の部分フランジ付挿入補強材において、接着時に補強材の挿入深さを含む補強材の挿入位置を任意に調整する部分フランジ構造。
【請求項3】
請求項2記載の接着時に補強部材の挿入深さを任意に調整する手法において、木材と挿入補強部材が直性接触することに起因する応力集中を避けるために接着剤あるいはゴムシートなどの応力緩衝層を有する構造。
【請求項4】
請求項3記載の応力緩衝層が必要な構造において、木材の軸方向ヤング率Ewと補強部材の軸方向ヤング率Exとの関係Ew/Exで表わされる無次元定数が7以上の構造。
【請求項5】
現場におけるクレーンなどを用いた挿入補強部材の運搬、取り付け作業などを容易にするため、請求項1記載の部分フランジの任意箇所に取手を取り付けた、取手付き部分フランジを持つ構造。
【請求項6】
部分フランジの設置位置を、支点部、もしくは継手部に配置することにより、部分フランジを支点、もしくは継手部の補強部材として架設後も使用する方法。
【請求項1】
木材に形成された溝に、挿入接着し補強する挿入補強部材の形状において、補強部材両端2箇所もしくは任意箇所に1箇所ないし複数の部分フランジを持つ構造の部分フランジ付挿入補強部材。
【請求項2】
請求項1記載の部分フランジ付挿入補強材において、接着時に補強材の挿入深さを含む補強材の挿入位置を任意に調整する部分フランジ構造。
【請求項3】
請求項2記載の接着時に補強部材の挿入深さを任意に調整する手法において、木材と挿入補強部材が直性接触することに起因する応力集中を避けるために接着剤あるいはゴムシートなどの応力緩衝層を有する構造。
【請求項4】
請求項3記載の応力緩衝層が必要な構造において、木材の軸方向ヤング率Ewと補強部材の軸方向ヤング率Exとの関係Ew/Exで表わされる無次元定数が7以上の構造。
【請求項5】
現場におけるクレーンなどを用いた挿入補強部材の運搬、取り付け作業などを容易にするため、請求項1記載の部分フランジの任意箇所に取手を取り付けた、取手付き部分フランジを持つ構造。
【請求項6】
部分フランジの設置位置を、支点部、もしくは継手部に配置することにより、部分フランジを支点、もしくは継手部の補強部材として架設後も使用する方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
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【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【公開番号】特開2011−37233(P2011−37233A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−189192(P2009−189192)
【出願日】平成21年8月18日(2009.8.18)
【出願人】(306024148)公立大学法人秋田県立大学 (74)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年8月18日(2009.8.18)
【出願人】(306024148)公立大学法人秋田県立大学 (74)
【Fターム(参考)】
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