説明

部材中の水素濃度測定方法と水素濃度測定装置

【課題】 被測定物の任意の位置の水素濃度を非破壊的に得られる水素濃度の測定技術を提供する。
【解決手段】 被測定物8の壁体に対して磁束密度が高周波で変化する磁界を生じ、厚さ方向に平行な方向に振動が偏向する縦波超音波と、前記縦波超音波に対して略90°をなす方向に振動が偏向する横波超音波とを受信する電磁超音波センサー2を被測定物8の表面近傍あるいは表面に配置する工程と、
縦波超音波と横波超音波の共鳴状態を生じさせるように電磁超音波センサー2に変動磁界を生じさせ、被測定物8に生じた縦波超音波と横波超音波を受信する工程と、
縦波超音波と横波超音波の共鳴周波数を検出する工程と、
前記縦波超音波と横波超音波の共鳴周波数を使用して所定の共鳴特性指標を算出する工程と、
前記被測定物と同じ部材仕様の部材の水素濃度と共鳴特性指標との関係を記憶した標準材データベース7を参照し被測定物8の水素濃度を算出する工程と、を備えた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料中の水素濃度測定方法およびその測定装置に係る。
【0002】
特に、本発明は、電磁的に材料中に直接発生させた弾性波(超音波)の共鳴特性を用いて、金属材料中の水素濃度を非破壊的に測定することができる方法および装置に関する。
【背景技術】
【0003】
金属材料中の水素濃度の破壊測定方法として、ASTM E1447-92に記載されているように、被測定物を1グラム以下の小片に切断し、洗浄を経て乾燥させた後に、耐火性るつぼに入れ、純金属からなる融剤とともに試料の融点以下の温度で融解させ、被測定物中の水素を他のガスと共に抽出し、抽出ガスを一定容器内に捕集した時の熱伝導度の変化から水素ガス量を計測し、濃度を算出する方法が一般に広く採用されている。
【0004】
しかし、上記方法は、被測定物を破壊せざるを得ないので、実用上は実施が困難な場合が多い。特に、被測定物が放射性の金属である場合には、汚染物の処理のために過大な費用と設備を要するという問題がある。
【0005】
このため、金属材料中の水素濃度を非破壊的に測定する方法に対する要求が高い。
【0006】
非破壊法としてはまず電磁気特性を利用したものがある。
【0007】
この方法は、コイルを含む渦電流センサープローブを被測定物の表面に配置し、前記コイルに交流電流を流して励起させる。これにより導電性の被測定物に電磁誘導によって渦電流が発生する。分析対象物の金属中に析出した水素化物の割合の多少によって金属の電導率や透磁率を含む金属材料の電磁気的性質が僅かながら変化することが知られている。このことを利用して、被測定物の電導率や透磁率を計測することにより分析対象物中の水素濃度を検出することができる。この原理を用いてチタン合金やジルコニウム合金からなる部材中の水素濃度を測定する例が特許公開2001-141698号および特開平10-206394公報に開示されている。
【0008】
次に、水素濃度の非破壊測定方法として圧電素子を用いた超音波法による水素濃度の非破壊測定方法が知られている。
【0009】
例えばJournal of Nuclear Material Vol.252 (1998) 43-54ページには、10MHz近傍の縦波発生専用の圧電素子を用いて板厚3mmのジルカロイ-2の縦波の音速を測り、次に2MHz近傍の横波専用の圧電素子に交換して同一場所の横波の音速を測り、そのようにして求めた縦波に対する横波の音速比と水素濃度との間に所定の関係があり、同音速比から水素濃度を推定可能であることが開示されている。
【0010】
さらに次に、水素濃度の非破壊測定方法として電磁誘導現象と超音波共鳴現象とを組み合わせた方法(電磁超音波共鳴法)も提案されている。
【0011】
この方法に関して、特願2000-375957号公報(特開2002-181795号)および日本原子力学会予稿集(2001年春の年会,L44ヘ゜ーシ゛)には、永久磁石または電磁石とコイルとを被測定物の表面に配置し、コイルに高周波を与えることにより被測定物表面近傍の磁束密度を変動させ、同変動によって被測定物表面に直接的に弾性波を発生させ、被測定物の面に平行な方向で且つ互いに直交する方向に振動が偏向する2つの横波の超音波を受信し、該2つの横波の超音波が共鳴状態を生成するようにコイルの周波数を変化させ、2つの横波超音波の共鳴周波数(f,f)を取得し、fとfの相対的な差(音響異方性)Δfを求め、
Δf=(f−f)/f

ここで、f=(f+f)/2

被測定物の水素濃度Hとすると、
H=a・Δf+b

ここでa,bは係数

の関係を利用して被測定物中の水素濃度を算出する水素濃度の測定装置および方法が開示されている。
【0012】
また、上記電磁誘導現象と超音波共鳴現象とを組み合わせた方法(電磁超音波共鳴法)を改良したものとして、特願平14-261406(特開2004-101281)号公報には、被測定物に対して磁束密度を変化させそれによって被測定物に生じた超音波を受信する電磁超音波センサーを用い、該電磁超音波センサーのコイルの長軸方向と被測定物の圧延方向が一致しないような角度で該電磁超音波センサーを固定し、これにより電磁超音波センサーを回転することなしに、被測定物の圧延方向と、同圧延方向に直角方向とに偏向した二種類の弾性波に対応する二つの異なる共鳴周波数を得、これに基づいて水素濃度を高精度に算出する水素濃度の非破壊測定方法が提案されている。
【特許文献1】特開2002−181795号公報
【特許文献2】特開2004−101281号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上記電磁気特性を利用した従来の水素濃度の非破壊測定方法は、センサーと被測定物の間の間隙によって測定される電導率や透磁率が大きく影響されるので、センサーと被測定物との間隙の大きさの校正法などに比較的多くの解決すべき技術的な課題があった。
【0014】
また、上記圧電素子を用いた従来の超音波法による水素濃度の非破壊測定方法は、圧電素子を被測定物に音響的に密着させるためのカップリング液や平滑な表面を得るための被測定物研磨工程が必須であり、作業が繁雑であった。同方法では縦波と横波との音速比を把握するためには被測定物の当該位置の肉厚を高精度で測定するかもしくは厳密に同一位置での縦波・横波の2波による共鳴周波数を測定することが必須であった。しかし、一般的に産業に供されている被測定物は、表面がスケールや酸化膜や汚れ等で覆われており、現実的には機械的な手法で肉厚を高精度に求めることは著しく困難である。また、一般産業の現場で縦波・横波専用のセンサーを、厳密に同一場所に交互に接触させることも困難である。このため、上記従来の圧電素子を用いる方法は正確な結果を得るのが難しかった。特に、たとえば高温環境、放射性環境、遠隔環境、熱交換器用伝熱管などの狭隘部への応用を想定すると、センサーの交換作業は現場での実施が著しく困難であった。これらを勘案すると圧電素子を用いた同手法は、産業界での現場への適用は困難で、実験室での研究レベルでの測定手法に限定されていた。
【0015】
上記電磁誘導現象と超音波共鳴現象とを組み合わせた従来の水素濃度の非破壊測定方法は、上述したとおり、被測定物の長手方向(圧延方向)に振動が偏向している第1の横波超音波と該長手方向に対して90゜の方向(圧延方向に対して横方向)に偏向している第2の横波超音波の2つの共鳴周波数をそれぞれfとf、被測定物の水素濃度Hとすると、
H=a・Δf+b

ここで、a,b:係数
Δf=(f−f)/f
f=(f+f)/2

の関係を用いる。
【0016】
上記の係数aは、同一の部材仕様(寸法、成分、製造方法等)で作製された被測定物間ではほぼ一定値であるが、係数bは同一の部材仕様で作製された部材であっても、被測定物の位置毎に有意な範囲で変動することが試験データから明らかになった。
【0017】
すなわち、ある被測定物の音響異方性Δfを求めた場合、b値が被測定物および測定位置毎に異なるため、aが部材仕様によって一定値であってもbが未知なので水素濃度Hを特定することができない。
【0018】
換言すれば、特定の被測定物について水素吸収の前後のΔfの変化を求めれば、水素濃度の変化量はa・(Δfの変化)として求めることが可能であるが、bが不明なので水素濃度の絶対値は算出することができない。
【0019】
このことから、特願2000-375957(特開2002-181795号)で提案されている方法では、水素濃度の絶対値(H)をΔfから求めるためには水素濃度が既知の材料の音響異方性Δfを把握する必要がある。例えば水素無添加時(初期状態)での被測定物のΔfを測定する必要がある。
【0020】
つまり、特願2000-375957(特開2002-181795号)で提案されている方法によれば、特定位置毎に製造時に予め音響異方性を測定しておき、同一位置を繰り返し測定して水素濃度の絶対値を求めるような、所謂定点観測的な利用に限定されるという制限があった。
【0021】
しかし、そのように定点観測的にしか利用できない水素濃度の非破壊測定方法では、被測定物の任意の部位の水素濃度を測定することができず、不便であった。
【0022】
そこで、本発明が解決しようとする課題は、従来の電磁超音波共鳴法による水素濃度の非破壊測定方法と相違して、水素濃度の絶対値を求める際に水素を含有しない状態での測定値の必要性があることを無くし、被測定物の任意の位置のその時点での水素濃度を得られる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0023】
本発明者らは各種材料中の水素濃度と電磁超音波共鳴法を用いて測定される音響特性との関係について、被測定物の製造ロット差や測定部位の違いに鈍感であると同時に水素濃度の増加には逆に敏感であるような、相反する特性を併せ持つ音響特性指標を探索する研究を鋭意積み重ねて本発明に到達した。
【0024】
本発明による部材中の水素濃度測定方法は、電磁超音波センサーを被測定物の表面近傍あるいは表面に配置する工程と、前記電磁超音波センサーにより被測定物に変動磁界を印加する工程と、前記変動磁界により被測定物に生じる超音波を受信する工程を有する部材の水素濃度測定方法のうち、
被測定物の厚さ方向に振動する縦波超音波を受信する工程と、前記縦波超音波が共鳴を生じるように変動磁界の周波数を調整する工程と、被測定物の表面に平行な方向に振動する横波超音波を受信する工程と、前記横波超音波が共鳴を生じるように変動磁界の周波数を調整する工程と、前記縦波超音波および前記横波超音波それぞれの共鳴周波数を検出する工程と、検出した縦波超音波の共鳴周波数と検出した横波超音波の共鳴周波数から共鳴特性指標を算出する工程と、算出した共鳴特性指標と被測定物と同じ仕様の部材における水素濃度と前記共鳴特性指標との関係を記憶した標準材データとを比較することで被測定物の水素濃度を算出する工程と、を有することを特徴とする。
【0025】
前記横波超音波は、少なくとも被測定物の圧延方向に振動する第1の横波超音波と前記圧延方向に対して横方向に振動する第2の横波超音波のうちいずれか一つを含み、前記縦波超音波の共鳴周波数をf、前記第1の横波超音波の共鳴周波数をf、前記第2の横波超音波の共鳴周波数をfとしたときに、前記共鳴特性指標がfとfの少なくとも一方とfとを含んだ無次元化された関数からなるようにすることができる。
【0026】
本発明による部材の水素濃度測定装置は、
被測定物の表面近傍あるいは表面に配置され、被測定物に変動磁界を印加するとともに前記変動磁界により被測定物に生じる超音波を受信する電磁超音波センサーと、前記電磁超音波センサーに電磁波を発生させる所定周波数の電圧を出力し前記電磁超音波センサーが受信した超音波の電気信号を入力する電磁超音波送受信器と、前記被測定物に生じる超音波が共鳴を生じるように前記電磁波超音波送受信器が出力する電圧の周波数を制御するとともに前記電磁波超音波送受信器が入力した超音波の周波数と振幅を記録する制御・記録手段と、前記制御・記録手段に記録された超音波の周波数と振幅から被測定物の共鳴特性指標を算出する共鳴特性指標算出手段と、部材における水素濃度と共鳴特性指標との関係を記憶した標準材データベースと、算出された共鳴特性指標に対応する水素濃度を前記標準材データベースから取得し出力する水素濃度出力手段と、を有する部材の水素濃度測定装置であって、
前記共鳴特性指標算出手段は、被測定物の厚さ方向に振動する縦波超音波の共鳴周波数と被測定物の表面に平行な方向に振動する横波超音波の共鳴周波数から共鳴特性指標を算出する、ことを特徴とする。
【0027】
前記横波超音波は、少なくとも被測定物の圧延方向に振動する第1の横波超音波と前記圧延方向に対して横方向に振動する第2の横波超音波のうちいずれか一つを含み、前記縦波超音波の共鳴周波数をf、前記第1の横波超音波の共鳴周波数をf、前記第2の横波超音波の共鳴周波数をfとしたときに、前記共鳴特性指標算出手段は、fとfの少なくとも一方とfとを含み、無次元化された関数からなる共鳴特性指標を算出するようにすることができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明による測定方法および測定装置は、従来技術が被測定物の壁体の面に平行な方向に振動が偏向する横波超音波の共鳴周波数のみを用いて水素濃度を測定していたのに対して、新たに被測定物の壁体の厚さ方向に平行な方向に振動が偏向する縦波超音波の共鳴周波数を導入し、縦波超音波の共鳴周波数と横波超音波の共鳴周波数から算定される所定の指標(共鳴特性指標)と水素濃度の間の対応関係から水素濃度を測定する。
【0029】
上記指標(共鳴特性指標)は、製造ロッドや測定部位の相違に対して鈍感である一方、水素濃度の変化に対して敏感であることが実験等によって判明した。
【0030】
ある部材仕様で製造された部材の上記共鳴特性指標の初期値は、同一部材仕様で製造された他の部材の共鳴特性指標とほぼ同一である。また、測定位置が相違しても、同一の部材仕様の部材が同一の水素濃度を有する限り、上記共鳴特性指標もほぼ同一である。
【0031】
本発明は、上記共鳴特性指標の特性により、初期状態に関する情報が無い被測定物の水素濃度の大きさを測定することができる。また、測定部位に関係なく被測定物の水素濃度の大きさを測定することができる。
【0032】
すなわち、本発明によれば、従来技術では不可能であった製造ロットの異なる被測定物の水素濃度の値を、製造初期の音響特性データ無しに、任意の部位で高精度で直接求めることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施形態を説明する。
【0034】
図1は本発明の一実施形態による水素濃度測定装置1の構成とその構成要素間の処理の流れを示している。
【0035】
水素濃度測定装置1は、電磁超音波センサー2と、電磁超音波送受信器3と、制御・記録手段4と、共鳴特性指標算出手段5と、水素濃度出力手段6と、標準材データベース7とを有している。
【0036】
符号8は被測定物を示している。被測定物8は平板状の部材であってもよいし、管状や球状の部材の一部であってもよい。
【0037】
電磁超音波センサー2は、被測定物8の壁体に対して磁束密度が高周波で変化する磁界を生じ、その変化する磁界によって被測定物8に生じた厚さ方向に平行な方向に振動が偏向する縦波超音波と、前記縦波超音波に対して略90°をなす方向に振動が偏向する横波超音波とを同時に受信する機能を有している。
【0038】
水素濃度測定装置1による被測定物8中の水素濃度の測定は以下のように行われる。
【0039】
電磁超音波センサー2は、被測定物8の壁体表面あるいはその近傍に配置される。
【0040】
次に、変化する磁界と超音波の送受信工程が行われる。最初に、制御・記録手段4が、被測定物8に前記縦波超音波と横波超音波の共鳴状態を生じさせるように、電磁波超音波送受信器3に電磁超音波送受信器3の出力電圧の周波数の制御信号を出力する。この制御信号により、電磁超音波送受信器3は電磁超音波センサー2に変化する電圧を出力し、電磁超音波センサー2に磁束密度が高周波で変化する磁界を生じさせる。被測定物8近傍で磁束密度が高周波で変化することにより、被測定物8は前記縦波超音波と横波超音波を生じる。電磁超音波センサー2は被測定物8に生じた縦波超音波と横波超音波を受信し、電磁超音波送受信器3に出力する。電磁超音波送受信器3は受信した縦波超音波と横波超音波の信号を制御・記録手段4に送り、制御・記録手段4は該縦波超音波と横波超音波の信号を記録する。
【0041】
次に、共鳴特性指標算出手段5は、制御・記録手段4から電磁超音波センサー2が受信した縦波超音波と横波超音波の信号を入力し、縦波超音波の共鳴周波数と横波超音波の共鳴周波数を検出し、前記縦波超音波の共鳴周波数と前記横波超音波の共鳴周波数とを使用して共鳴特性指標を算出する。該共鳴特性指標は本願発明者によって被測定物8の水素濃度と相関関係を有することが見いだされたものである。共鳴特性指標については後に詳述する。
【0042】
次に、水素濃度出力手段6は、共鳴特性指標算出手段5から前記共鳴特性指標を入力し、標準材データベース7を参照する。標準材データベース7には、被測定物8と同一部材仕様の部材における共鳴特性指標と水素濃度が対応付けられて記憶されている。水素濃度出力手段6は、標準材データベース7に記憶されている共鳴特性指標と対応する水素濃度を検索し、該水素濃度を出力する。
【0043】
なお、同一の部材仕様の部材とは、寸法、材質、製造方法等の部材仕様が同一の部材である。製造ロットや部材中の部位が相違しても部材仕様が同一であれば同一部材仕様の部材ということができる。
【0044】
図2は電磁超音波共鳴法においてEMATと称呼される電磁超音波センサーの公知例であり、両端をそれぞれS極とN極に磁化させた永久磁石21の片端に高周波発信用コイル22を配置し、図示していない同形状の受信用コイルを重ねた構成を有し、縦波超音波と横波超音波を同時に発信・受信が可能な機能を有する。符号23は被測定物を示している。
【0045】
図3は 製造時の水素を吸収していない薄板の共鳴スペクトル31を示しており、同共鳴スペクトル31は、被測定物の長手方向(圧延方向)に振動が偏向している横波超音波の共鳴周波数f(32)と、長手方向に対して90゜方向に偏向している横波超音波の共鳴周波数f(34)と、振動方向が被測定物の板厚方向である縦波超音波の共鳴周波数f(33)とを有していることが示されている。
【0046】
上記共鳴スペクトルは具体的に以下のように測定された。
【0047】
ジルカロイと称呼されるジルコニウム合金のスラブを圧延加工して、長尺の厚さ約0.5mmの薄板に仕上げ、これを所定の長さに裁断することにより原子燃料集合体のスペーサと呼ばれ部品を構成するバンド板材が作製されている。この様にして作製された板材を被測定物8として表面に図2に示す電磁超音波センサー2のコイル部22を接触させる。電磁超音波センサー2を電磁超音波送受信器3に結線しておき、制御・記録手段4から特定の同一周波数からなる高周波をバースト状に短時間送信し、特定周波数に対する応答信号を受信する。短時間送信する特定の周波数を8.8MHzから9.5MHzまで次第に増加させると共鳴スペクトル31および共鳴条件が満たされる条件では上述の3つの共鳴周波数f(32)、f(34)、f(33)が得られた。
【0048】
同材料を高温水蒸気中で腐食させることによって破壊測定による水素濃度が109ppm、581ppm、および948ppmである試料を作製し、図3中の符号35,36,37に示す共鳴スペクトルと共鳴周波数を求めた。
【0049】
発明者らは同様な水素添加作業を、同一仕様で製造されたがロットが異なるA,B,C,E,F,Gの6種の原子燃料集合体のスペーサと呼ばれ部品を構成するバンド板材について実施し、各共鳴周波数と被測定物中の水素濃度との相関関係において、ロット差の影響を受け難い指標について鋭意研究した。
【0050】
その結果、図4に示すように、超音波特性として(f/f)(以降f/fを共鳴周波数比と呼ぶ)を指標にすると、f/fと水素濃度との関係はロット差の影響を受けにくいことを新規に見出した。
【0051】
共鳴特性指標算出手段5による共鳴特性指標の算出処理において、縦波超音波の共鳴周波数fを横波超音波の共鳴周波数のうち低い方の共鳴周波数fで除し、同一の部材仕様で製造された標準材(板材)に数レベルの水素を添加してそれらの共鳴周波数比と水素濃度の関係を標準材データベース7に記憶し、算出した共鳴周波数比(f/f)を用いて標準材データベース7の共鳴周波数比(f/f)と水素濃度の対応関係から水素濃度を算出することが出来る。
【0052】
共鳴特性指標の実施例として図4に示したように、共鳴周波数比(f/f)を用いたが、当然のことながら共鳴特性指標は例示の関数に限定されるものではなく、縦波超音波の共鳴周波数と二つの横波超音波の共鳴周波数の少なくとも一つを含む同次数の分母および分子からなる無次元化された関数であればよい。このような関数からなる共鳴特性指標は部材の製造ロット差の影響を受けにくく、かつ、水素濃度とは直接的な相関関係を有している。このような共鳴特性指標として、f/f以外に、たとえばf/f、f/(f+f)あるいは(f+f)/(fr+f+f)等の指標およびこれらの指標を組み合わせて無次元化するように構成された指標であればよい。これらの指標は、製造ロット差に関わり無く水素濃度と共鳴特性指標とに一定の相関が認められることから本発明の主旨に含まれることは明らかである。
【0053】
なお、図3の共鳴スペクトル31において共鳴周波数が低い順にf(被測定物の長手方向(圧延方向)に振動が偏向している横波超音波の共鳴周波数)、f(振幅方向が板厚方向の縦波超音波の共鳴周波数)、f(長手方向に対して90゜方向(圧延方向に対して横方向)に偏向している横波超音波の共鳴周波数)としたが、その特定の根拠を示す理論的な内容を述べる。
【0054】
共鳴周波数f、f、fは、固体中の超音波の伝達現象であるので、nを共鳴の次数、tを板厚、ρを材料の密度、C11, C55, C66をそれぞれジルコニウム合金の弾性定数とすると波動方程式の解から

=n・(C55/ρ)0.5/(2t)
=n・(C66/ρ)0.5/(2t)
=n・(C11/ρ)0.5/(2t)

と表現できる。
【0055】
ここでC55は被測定物の長手方向(圧延方向)へのせん断歪とせん断応力との弾性定数、C66は長手方向に対して90゜方向(圧延方向に対して横方向)へのせん断歪とせん断応力との弾性定数、C11は板厚方向の歪と応力との弾性定数である。ジルカロイからなる薄板の20℃での弾性特性 C11, C55, C66 は板の集合組織を勘案して計算すると、それぞれ概略149GPa、34.3 GPa、36.9 GPaであったので、

=n・5.857(1/ρ)0.5/(2t)
=n・6.075(1/ρ)0.5/(2t)
=n・12.21(1/ρ)0.5/(2t)

となる。
【0056】
一般的に材料の弾性特性から理論的に導出した共鳴周波数は、超音波法で求めた共鳴周波数ほどの精度が出ないために厳密には測定値と弾性特性からの計算値とは一致はしないが、ほぼ近似値を与えることが知られている。弾性特性から導いた数値を見ると、f<f<fであり、同一次数で比べると縦波超音波の共鳴周波数fは横波超音波のそれの約2倍であり、逆に同一周波数範囲で見ると、例えば横波超音波の4次共鳴周波数の近傍に縦波超音波の2次の共鳴周波数が現れることになる。このような対応関係から例えば3次共鳴では横波超音波の共鳴周波数の近傍には縦波超音波の共鳴は現れないことから横波超音波の共鳴周波数が特定され、その共鳴周波数に4/3を乗ずれば横波超音波の4次共鳴周波数が特定でき、共鳴スペクトル中の残りのピークが縦波超音波の2次の共鳴周波数として特定できる。このようにして共鳴スペクトルにおいて縦波と二つの横波の共鳴周波数位置を特定することができる。なお、上述のf,f,fと材料密度ρと板厚tとの関数形を見ると、同次数の分数からなる関数を指標として採用すると密度や板厚が指標に含まれない無次元数値になり、本質的に材料密度や板厚の影響を受けない指標であると言える。
【0057】
本実施例では図2に示した電磁超音波共鳴用センサーを示したが、その他に図5に示すようにS極とN極上にトラック状にコイルを配置した電磁超音波センサーを用いても同等の共鳴スペクトルを得ることができる。
【0058】
即ち、互いに磁極が異なるように二つの永久磁石51上の各磁石端面の長手方向とコイル52の直線部が平行になるように配置してなる電磁超音波センサーを被測定物53に接近させることでも図2と同等な共鳴特性が得られる。
【0059】
本実施例では、ジルコニウム合金からなる平板の測定例を示したが、被測定物は水素化物を生成する導電性の材料に適用可能で、好ましくはチタンやジルコニウム等の6方晶を主成分とする圧延材料に適用され得る。形状は、平板に限定されることはなく、球状容器や円筒状構造物であって適用可能である。例えば石油精製産業等でもよく用いられているチタン合金からなる熱交換器用配管の内側からの水素濃度非破壊測定が図6および図7に示す電磁超音波センサーで可能である。
【0060】
ここで、図6ではS極、N極が直径の両端になるように磁化された棒状永久磁石61と、その片一方の極(例えばN極)上に渦巻き状のコイル62を配置している。磁石の移動時の安定性を保つために磁石の両端に非磁性体からなるガイド64を具備した電磁超音波センサーになっており、被測定物63である管内に挿入して、各位置での超音波特性を検出することができる。
【0061】
上記の管内挿入測定用の電磁超音波センサーは図6に限られることは無く、図7には棒状磁石の長手方向の両端を磁化させた2個の永久磁石71の外表面にトラック状のコイル72を配置し、両側に非磁性体からなる移動用のガイド74を備えた電磁超音波センサーを示す。図6と同様に被測定物である管73に挿入し、同等の測定が可能である。
【0062】
なお、図6や図7では被測定物内に挿入させて測定する例を示したが、当然のことながら被測定物の外側に電磁超音波センサーを配置しても測定できることは明らかである。
【0063】
本発明によって得られる効果を、二つの横波超音波の共鳴周波数の関係から水素濃度を求める従来技術(以下「横波を利用する従来技術」という)による測定結果との対比において説明する。
【0064】
図8は、横波を利用する従来技術による測定結果を示している。
【0065】
横波を利用する従来技術による測定のために、図4の場合と同様に、同一の部材仕様であるが製造ロットがA,B,C,E,F,Gと異なる原子燃料集合体のスペーサバンド板材に各濃度レベルまで水素を添加させて被測定物を作製した。
【0066】
この様にして作製された材料を、横波を利用する従来の測定法によって音響異方性Δfを求め、得られたΔfと水素濃度との関係を図8に示す。
【0067】
横波を利用する従来技術の音響異方性Δfは、同一の部材仕様で製作された板材であってもロット差の影響が大きく、同一のΔfについて見ると最大500ppm(平均値±250ppm)の誤差があり、同一の製造仕様であっても音響異方性(Δf)と水素濃度関係が特定されないので、音響異方性Δfから水素濃度を求めることは困難であることが分かる。
【0068】
横波を利用する従来技術は利用面から見ると、各測定対象部位毎に、水素を吸収していない製造時の音響異方性Δf0を測っておいて、水素を吸収した後の音響異方性Δfを測って、(Δf−Δf0)に係数を乗じて水素濃度に換算する定点観測的な利用に限定される。
【0069】
これに対して、本発明による測定方法(縦波を利用する測定方法)は、共鳴周波数比(f/f)と水素濃度との関係(前出の図4)で整理すると、ロット差の影響が著しく小さく、6種のロットに対して同一の共鳴周波数比(f/f)での水素濃度のバラツキを見ると1000ppmで最大100ppmの範囲内(平均値±50ppm)に入ることが分かる(図4参照)。
【0070】
図4と図8とを比較すると、従来の横波超音波のみを利用する測定方法では同一の部材仕様で製造されても製造ロットが異なると誤差が大きく、製造時での超音波特性情報が必要であったが、本発明による縦波超音波を利用する測定方法によれば、特定の部材仕様で製作された部材であれば、水素濃度と共鳴周波数比(f/f)との関係を求めておくことにより、他の製造ロットについても共鳴周波数比(f/f)から水素濃度の大きさが直接的に算出可能であり、改良効果が著しい。
次に、縦波超音波と横波超音波を利用する本発明と、同様に縦波超音波と横波超音波を利用する前出の圧電素子を利用する従来技術(以下「圧電素子を利用する従来技術」という)との相違について述べる。
【0071】
本発明による技術は、圧電素子を利用する従来技術とは以下の点で本質的に異なる。
【0072】
第一に、圧電素子を利用する従来技術では、音速を高精度に求めるために被測定物の板厚をきわめて高精度に検出・測定する必要がある。これに対して、本発明による技術は、測定部位の板厚情報を必要としない。
【0073】
第二に、圧電素子を使用する従来技術では、共鳴周波数は圧電素子やケーシングをも含めたセンサーと被測定物との全体の振動体系での共鳴である。このため、本発明の電磁超音波共鳴法のように材料だけの共鳴特性を求めることと異なり、センサーを含む全体系での振動に起因する誤差は避けられない。
【0074】
第三に、圧電素子を利用する従来技術では、一般的に縦波用・横波用の各専用センサーを用いる必要がある。しかし、測定する場所の同一点に2種類の素子を置くことは精度低下を招くことが避けられない。これに対して、本発明による技術では、一つの測定場所で縦波超音波と横波超音波を受信できるので、測定精度の低下を招くことがない。
【0075】
第四に、本発明の電磁超音波センサーではコンパクトなセンサー本体内に縦波と横波を同時に発信・受信が可能な機能を具備しており、小径の管内等の狭隘部での遠隔測定が可能である。これに対して、圧電素子を利用する技術では、2種類のセンサー(横波用と縦波用センサー)を交換しながら同一場所を測定するので、産業機器の現場環境では著しい困難を伴う。本発明による技術によれば、過酷な現場環境下で使用された結果、表面にスケ−ルや酸化膜や汚れが堆積している被測定物に対しても、センサーを1回置くだけで縦波・横波の二つの音響特性が検出でき、かつ高精度に水素濃度が予測可能である。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】本発明の一実施形態による水素濃度測定装置の構成と処理の流れを示したブロック図。
【図2】電磁超音波センサーの一例を示した斜視図。
【図3】水素濃度と縦波超音波と横波超音波の共鳴スペクトルの関係を示したグラフ。
【図4】共鳴周波数比と水素濃度の関係を示したグラフ。
【図5】電磁超音波センサーの一例を示した斜視図。
【図6】電磁超音波センサーの一例を示した斜視図。
【図7】電磁超音波センサーの一例を示した斜視図。
【図8】横波超音波の共鳴周波数のみを利用する従来技術による指標と水素濃度の関係を示したグラフ。
【符号の説明】
【0077】
1 水素濃度測定装置
2 電磁超音波センサー
3 電磁超音波送受信器
4 制御・記録手段
5 共鳴特性指標算出手段
6 水素濃度出力手段
7 標準材データベース
縦波超音波の共鳴周波数
第1の横波超音波の共鳴周波数
第2の横波超音波の共鳴周波数

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電磁超音波センサーを被測定物の表面近傍あるいは表面に配置する工程と、
前記電磁超音波センサーにより被測定物に変動磁界を印加する工程と、
前記変動磁界により被測定物に生じる超音波を受信する工程を有する部材の水素濃度測定方法のうち、
被測定物の厚さ方向に振動する縦波超音波を受信する工程と、
前記縦波超音波が共鳴を生じるように変動磁界の周波数を調整する工程と、
被測定物の表面に平行な方向に振動する横波超音波を受信する工程と、
前記横波超音波が共鳴を生じるように変動磁界の周波数を調整する工程と、
前記縦波超音波および前記横波超音波それぞれの共鳴周波数を検出する工程と、
検出した縦波超音波の共鳴周波数と検出した横波超音波の共鳴周波数から共鳴特性指標を算出する工程と、
算出した共鳴特性指標と被測定物と同じ仕様の部材における水素濃度と前記共鳴特性指標との関係を記憶した標準材データとを比較することで被測定物の水素濃度を算出する工程と、
を有することを特徴とする部材中の水素濃度測定方法。
【請求項2】
前記横波超音波は、
少なくとも被測定物の圧延方向に振動する第1の横波超音波と前記圧延方向に対して横方向に振動する第2の横波超音波のうちいずれか一つを含み、
前記縦波超音波の共鳴周波数をf、前記第1の横波超音波の共鳴周波数をf、前記第2の横波超音波の共鳴周波数をfとしたときに、
前記共鳴特性指標がfとfの少なくとも一方とfとを含んだ無次元化された関数からなることを特徴とする請求項1記載の部材中の水素濃度測定方法。
【請求項3】
被測定物の表面近傍あるいは表面に配置され、
被測定物に変動磁界を印加するとともに前記変動磁界により被測定物に生じる超音波を受信する電磁超音波センサーと、
前記電磁超音波センサーに電磁波を発生させる所定周波数の電圧を出力し前記電磁超音波センサーが受信した超音波の電気信号を入力する電磁超音波送受信器と、
前記被測定物に生じる超音波が共鳴を生じるように前記電磁波超音波送受信器が出力する電圧の周波数を制御するとともに前記電磁波超音波送受信器が入力した超音波の周波数と振幅を記録する制御・記録手段と、
前記制御・記録手段に記録された超音波の周波数と振幅から被測定物の共鳴特性指標を算出する共鳴特性指標算出手段と、
部材における水素濃度と共鳴特性指標との関係を記憶した標準材データベースと、
算出された共鳴特性指標に対応する水素濃度を前記標準材データベースから取得し出力する水素濃度出力手段と、
を有する部材の水素濃度測定装置であって、
前記共鳴特性指標算出手段は、
被測定物の厚さ方向に振動する縦波超音波の共鳴周波数と被測定物の表面に平行な方向に振動する横波超音波の共鳴周波数から共鳴特性指標を算出する、ことを特徴とする部材の水素濃度測定装置。
【請求項4】
前記横波超音波は、
少なくとも被測定物の圧延方向に振動する第1の横波超音波と前記圧延方向に対して横方向に振動する第2の横波超音波のうちいずれか一つを含み、
前記縦波超音波の共鳴周波数をf、前記第1の横波超音波の共鳴周波数をf、前記第2の横波超音波の共鳴周波数をfとしたときに、
前記共鳴特性指標算出手段は、fとfの少なくとも一方とfとを含み、無次元化された関数からなる共鳴特性指標を算出することを特徴とする請求項3に記載の部材の水素濃度測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−258569(P2006−258569A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−75702(P2005−75702)
【出願日】平成17年3月16日(2005.3.16)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【出願人】(000229461)株式会社グローバル・ニュークリア・フュエル・ジャパン (102)
【Fターム(参考)】