説明

配位子にキラルジホスホナイトを有するルテニウム触媒によるケトン、β−ケトエステル及びケチミンのエナンチオ選択的還元

【課題】
ルテニウム塩をキラルジホスホナイトと反応させて得たキラルルテニウム錯体を提供する。
【解決手段】
一般的構造を有するキラルジオールをキラルジホスホナイトとして使用するのが好ましい。前記ルテニウム錯体は、簡単且つ安価に生成でき、さらにケトン、β‐ケトエステル及びケチミンの還元反応において、高いエナンチオ選択性を示す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キラルジホスホナイト(chiral diphosphonite)を有するルテニウム錯体の製造方法及びケトン、β‐ケトエステル及びケチミンの不斉還元に触媒としてこれらを使用することに関し、その生成物は鏡像異性的に純粋なまたは富化されたアルコールまたはアミンであり、調合薬、作物保護剤組成物、香料、天然物、これらの合成中間体といった化合物の生成において、工業的に有益なユニットを構成する。
【背景技術】
【0002】
遷移金属触媒によるプロキラルのケトン(I)、β‐ケトエステル(III)及びケチミン(V)のエナンチオ選択的還元により、おのおの鏡像異性的に純粋なまたは富化されたキラルアルコール(II)、キラルβ‐ヒドロキシエステル(IV)、キラルアミン(VI)を生成する。これらは、多数の活性薬剤成分、作物保護剤組成物、香料またはその他の生産物の工業的製造に有益な中間体である(非特許文献1〜3)。このようなH2による水素化または移動水素化による還元反応用に、数多くの触媒系が開発されてきた。水素供与体には、例えば、イソプロパノールが使用される。いくつかのあまり知られていないキラル配位子には、全てではないがいくつかの基質に対して高いエナンチオ選択性(エナンチオマー過剰率(ee)>90%)がある(非特許文献1〜3)。
【0003】
【化10】

【0004】
上記方法では、高いエナンチオマー過剰率(ee)を得るのに必要なキラル配位子を多段式にて製造するので費用がかかり、さらには、例えばケトンの多くは生成するアルコールのエナンチオ選択性が低いというように、適応性は一つに限定されるという問題がある。例えば、ルテニウム触媒には光学活性BINAPと1つのキラルなアミンという2つの高価な配位子が含まれている(非特許文献1)。ノヨリも示しているように、現在のところケトンの不斉還元に最も効果的な方法の一つは、芳香族化合物とモノトシラートキラルジアミンで錯体を形成したルテニウム(II)を使用することである。この錯体は、塩基性条件下、水素供与体にイソプロパノールを使用した移動水素化反応における触媒として作用する(非特許文献4)。
【0005】
この触媒系には、キラルトシラートジアミンの調製が難しく、さらには、多くのアルキルアルキルケトン(Iの式中、R1はアルキル、R2はR1と異なるアルキル)では、中程度か低いエナンチオ選択性を示すだけであるのに、アリールアルキルケトン(Iの式中、R1はアリール、R2はアルキル)だけが高いエナンチオ選択性(エナンチオマー過剰率(ee)>90%)にて反応するという問題がある。例えば、最良のノヨリ触媒でも、たった60%のエナンチオマー過剰率にてメチルシクロヘキシルケトン(Iの式中、R1はCH3、R2はc-C5H11)が還元されるにすぎない(非特許文献5)。この触媒系は適当なルテニウム(II)錯体を使用してエナンチオ選択性を改善させた。このルテニウム(II)錯体は、エーテルを介して芳香族配位子とキラルトシラートジアミン配位子が共有結合しているが、配位子の合成系は、さらに困難で高価なものとなっている(非特許文献6)。さらに、メチルシクロヘキシルケトン(Iの式中、R1はCH3、R2はc-CH11)といったアルキルアルキルケトンのエナンチオマー過剰率(ee)は、若干改善されているにすぎない(ee>69%)(非特許文献6)。
【非特許文献1】R.ノヨリ著、Angew.Chem.Int.Ed、2002年、41巻、2008‐2022
【非特許文献2】H.- U.ブラシャー、C.マラン、B.プギン、F.スピンドール、H.スタイナー、M.ステュダール著、Adv.Synth.Catal、2003年、345巻、103−105
【非特許文献3】M.J.パルマー、M.ウイルス著、Tetrahedron:Asymmetry、1999年、10巻、2045‐2061
【非特許文献4】R.ノヨリ、S.ハシグチ著、Acc.Chem.Res、1997年、30巻、97‐102
【非特許文献5】J.タケハラ、S.ハシグチ、A.フジイ、S.-I.イノウエ、T.イカリヤ、R.ノヨリ著、Chem.Commun.(イギリス国、ケンブリッジ)、1996年、233‐234
【非特許文献6】A.M.ハイス、D.J.モーリス、G.J.クラークソン、M.ウイルス著、J.Am.Chem.Soc、2005年、127、7318‐7319
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、上記した数多くの問題を解消することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、1または2以上のルテニウム塩をキラルジホスホナイトと反応させることによって製造されるキラルルテニウム錯体を提供する。
【0008】
本発明はさらに、H2による水素化または移動水素化に、触媒として前記ルテニウム錯体を使用した、プロキラルのケトン、β‐ケトエステル及びケチミンのエナンチオ選択的な還元方法を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明では、安価であり且つ簡単な方法で得られるキラルジホスホナイトを有するルテニウム錯体を使用する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
ホスホナイトは、炭素‐リン結合と2つのリン‐酸素結合を有する化合物である。その上さらに、窒素類似体、つまり一方または両方の酸素ラジカルが1つのアミノ基で置換されたホスホナイト誘導体も、本発明に含まれる。本発明の配位子は、アキラルまたはキラルな骨格(backbone)を有し、2つのホスホナイトラジカルがこの骨格に結合している。おのおののラジカルは、キラルであるジオール(化11)、ジアミン(化12)またはアミノアルコール(化13)といったキラル配位子を含んでいる。全ての立体異性体もまた本発明に含まれる。
【0011】
化11に、キラルジオール由来のキラルホスホナイトを示す。
【0012】
【化11】

【0013】
化12に、キラルジアミン由来のキラルホスホナイト誘導体を示す。
【0014】
【化12】

【0015】
化13に、キラルアミノアルコール由来のキラルホスホナイト誘導体を示す。
【0016】
【化13】

【0017】
前記ジホスホナイト及びその窒素類似体の多くは、既に文献に記載されている(M.T.レーツ、A.ゴスベル、R.ゴッダード、S.-H.キュング著、Chem.Commun(イギリス国ケンブリッジ)、1998年、2077‐2078;I.E.ニファンチブ、L.F.マンゾコバ、M.Y.アンチピン、Y.T.ストルフコフ、E.E.ニファンチブ、Zh.オブシッチ著、Khim、1995年、65巻、756−760;J.I.ファンデルフルット、J.M.J.パウルッセ、E.J.ジップ、J.A.チメンセン、A.M.ミルス、A.L.スペック、C.クラバー、D.ボート著、Eur.J.無機化学、2004年、4193‐4201;M.T.レーツ、A.ゴスベル著、Int.Pat.Appl.、WO 00/14096、2000年)。しかし、上記化合物はいずれも、ルテニウム(II)触媒の配位子としては使用されていない。本発明はさらに、上記新規なルテニウム(II)錯体の調製及びケトン、β‐ケトエステル及びケチミンの不斉還元反応の触媒に前記化合物を使用することも含む。
【0018】
ジホスホナイト骨格の種類には様々なものがあることから、対応するルテニウム(II)錯体の調製において、その構造を多様にすることが可能である。簡単なアルキル鎖または置換アルキル鎖、つまり‐(CH2n‐(式中nは1、2、3、4、5、6、7または8)やヘテロ原子を含むアルキル鎖(例えば‐CH2 CH2 CH2 O CH2 CH2 CH2‐)だけでなく、o,o‐二置換ベンゼン誘導体といった芳香族ラジカルも骨格として使用できる。キラル骨格の一例に、トランス‐1,2‐二置換シクロペンタン誘導体を挙げることができる。骨格として除外される化合物には、シクロペンタジエニル(cyclopentadienyl)基が結合したリンのラジカルを有するフェロセン誘導体がある(I.E.ニファンチブ、L.F.マンゾコバ、M.Y.アンチピン、Y.T.ストルフコフ、E.E.ニファンチブ、Zh.オブシッチ著、Khim、1995年、65巻、756−760;M.T.レーツ、A.ゴスベル、R.ゴッダード、S.-H.キュング著、Chem.Commun(イギリス国ケンブリッジ)、1998年、2077‐2078;M.T.レーツ、A.ゴスベル著、Int.Pat.Appl.、WO 00/14096、2000年)。
【0019】
特に、リンに結合しジホスホナイトを構成する安価なキラルアシスタント(chiral assistant)には、(R)‐または(S)‐ジナフトール(BINOL)があるが、さらに他の多くのものにも可能性がある。ジホスホナイトの例を以下の式(VII)〜(X)に示す。
【0020】
【化14】

【0021】
さらに、キサンテン(例えば、式(XI)、(XII))、ホモキサンテン(例えば、式(XIII))、セキサンチン(sexanthene)(例えば、式(XIV))、チキサンチン(thixanthene)(例えば、式(XV))、ニキサンチン(nixanthene)(例えば、式(XVI))、ホスキサンチン(phosxanthene)(例えば、式(XVII))、ベンゾキサンチン(例えば、式(XVIII))、アクリジン(例えば、式(XIX))またはジベンゾフラン(例えば、式(XX))の各誘導体から調製したものもジホスホナイトの例に挙げられる。
【0022】
【化15】

【0023】
上記した全てのジホスホナイトでは、リンに結合したキラルアシスタントがBINOL(A)であるけれども、本発明は、前記にて特定したキラルジオールに限定されない。他の多くのものに加えて、オクタヒドロ‐BINOL(B)も使用できる。
【0024】
【化16】

【0025】
同様に他の軸性キラルジオールも使用でき、それらの多くは、効率的な合成工程を使用した文献記載の方法で調製できる。例えば、置換BINOL誘導体(C)、軸性キラリティを有する置換ジフェノール誘導体(D)、軸性キラリティを有する複素環含有ジオール(E)といった化合物があげられる。
【0026】
【化17】

【0027】
キラルアシスタント(C)の場合、酸素含有基部単位(base block)は、おのおの独立に以下に記載のR1、R2、R3、R4、R5及びR6ラジカルを有するジナフトール(A)からなる。前記R1、R2、R3、R4、R5及びR6ラジカルは、水素、官能基を有し及び/または架橋(例えばR1+R2=‐(CH24‐)されていてもよい飽和炭化水素、官能化されてもよく及び/または縮合されて同様の環状ラジカル(例えばR1+R2=オルト‐フェニレン、このとき4,4´‐ジヒドロキシ‐5,5´‐ジ(フェナントリル)に相当する)となってもよい芳香族基及び複素芳香族基、アルキニル基(‐C≡CR)といった非芳香族の不飽和炭化水素(官能化されていてもよい)、‐SiMe3といったシリル基、ハロゲン(‐Cl、‐Br、‐F、‐I)、ニトロ(‐NO2)、ニトリル基(‐CN)、エステル(‐COOR)、アミド(‐C(O)NRR´)、アミン(‐NRR´)、エーテル(‐OR)、スルフィド(‐SR)並びにセレナイド(‐SeR)からなる群から選択される。このとき、前記R、R´は、おのおの、水素、官能化されていてもよい飽和若しくは非芳香族の不飽和炭化水素、または官能化されていてもよい芳香族ラジカルである。
【0028】
特に、本発明は、ジナフトール基本構造の全C1‐またはC2‐対称の置換パターンを有する上記R1、R2、R3、R4、R5及びR6ラジカルすべての組み合わせを含む。加えて、1または2以上のジナフトール環の炭素原子も、窒素などのヘテロ原子で置換されてもよい。ジナフトールそれ自体(R1=R2=R3=R4=R5=R6=H)である式(A)が基部単位を構成するのが好ましい。なぜなら、ジナフトールは不斉触媒の分野では最も安価なアシスタントのうちの一つであり、ジナフトールから調製されたジホスホナイト配位子を使用すると反応効率が向上するからである。
【0029】
キラルジオール(D)の場合、ジヒドロキシル基部単位が官能化されたジフェノールであり、その立体配置は安定している。軸性キラリティに関する立体配置の安定性は、R4がHではないときに確保される(E.L.エリエル、S.H.ウィレン、L.N.マンダー著、「有機化合物の立体化学」、Wiley、ニューヨーク、1994年)。R1〜R4は化合物(C)で記載したR1〜Rラジカルと同じものを示す。特に容易に得られることからR1及びR2がH、R3がCl、R4がOCH3である誘導体(D)を選択するのが好ましい(D.J.クラム、R.C.ヘルゲソン、S.C.ピーコック、L.J.カプラン、L.A.ドマイヤー、P.モロー、K.コガ、J.M.マイヤー、Y.チョ、M.G.シーゲル、D.H.ホフマン著、G.D.Y.sogah、「J.有機化学」、1978年、43、1930‐1946)。
【0030】
キラルジオール(E)の場合、ジヒドロキシル基部単位は、安定した立体配置を有する官能化された複素芳香族系であり、2,2´‐ジヒドロキシ‐3,3´‐ビス(インドリル)(X=N)、2,2´‐ジヒドロキシ‐3,3´‐ビス(ベンゾ[b]チオフェニル)(X=S)、2,2´‐ジヒドロキシ‐3,3´‐ビス(ベンゾ[b]フラニル)(X=O)に由来する。この場合も置換基は式(D)の場合と同じものを示す。Xが酸素または硫黄のとき、置換基R1は存在しない。
【0031】
式(F)のようなキラルスピロジオール(A.-G.フ、Y.フ、J.-H.シェ、H.ゾウ、L.-X.ワン、Q.-L.ゾウ著、Angew.Chem.Int.Ed.、2002年、41、2348‐2350)、パラシクロファンまたは中心性キラリティを有するC1‐若しくはC2‐対称ジオール(例えば1,3‐ジオール)由来のジオール(G)、または式(H)に示すジオールもまた、ジホスホナイト配位子の合成成分に使用してもよい。
【0032】
【化18】

【0033】
ジオール(H)のR1、R2ラジカルは、同一(C2対称)でも相違(C1対称)していてもよい。保護炭水化物における1,3ジオール単位の場合には、これらのラジカルは随意に官能化された飽和炭化水素でもよい。利用可能なラジカルには、フェニル、ナフチルなどの芳香族基またはピリジルなどの複素芳香族基も含まれ、必要なら再度官能化されていてもよい。前記ラジカルは、‐COOCH3、‐COOC2H5、‐COO‐i‐C3H7といったエステルまたは‐CO[N(CH32]、‐CO[N(C2H52]、‐CO[N(i‐C3H72]といったアミド基を有していてもよく、この場合の対応するジオール(H)は、酒石酸誘導体である。
【0034】
ルテニウム触媒によるケトン、β−ケトエステル及びケチミンの水素化反応においては、ジオール(A)、(B)または(D)(すなわち、R1=R2=H;R3=Cl;R4=OCH3)由来のジホスホナイト配位子が好ましい。キラルジホスホナイトの調製では、キラルジオールに代えて、キラルジアミンまたはキラルアミノアルコールを使用することもできる。例えば、式(I)(例えば、R1=R2=Ph;R3=CH3、PhCH2、PhまたはSOOPh)、式(J)(例えばR=CH3、PhCH2、PhまたはSOOPh)、式(K)(例えばR=CH3、PhCH2、PhまたはSOOPh)などのキラルジアミン、式(L)(例えばR1=Ph;R2=R3=CH3)などのキラルアミノアルコールがある。
【0035】
上記全キラル配位子の場合も、全ての立体異性体も本発明の一部を形成する。
【0036】
【化19】

【0037】
最も効果的であり、従って最も好ましい配位子のうちの1つは、ジホスホナイト(XI)またはBINOL基部単位をキラルジオール(B)若しくは(D)(例えばR1=R2=H;R3=Cl;R4=OCH3)に代えたその類似体である。しかし、配位子は普遍的に使用できるものではないので、特定の基質を水素化しなければならないとき、他のジホスホナイトもまた考慮しなければならない。例えば、β‐ケトエステル(III)を水素化する場合、ジフェニルエーテル由来の配位子(X)が好ましい。
【0038】
本発明では、さらに、上記で特定したキラルジホスホナイトをルテニウム塩と反応させることにより、新規な金属錯体を多くの基質に利用可能な触媒として提供する(「無機化学事典」(R.B.キング編)、7巻、Wiley、ニューヨーク、1994年;「総合錯体化学」(G.ウィルキンソン編)、第45章、Pergamon Press、オックスフォード、1987年)。前記ルテニウム塩には、ルテニウム(II)塩を使用するのが好ましいが、反応条件下にてルテニウム(II)に還元されるルテニウム(III)塩を使用してもよい。ルテニウム(II)塩の例として、RuX2(X=Cl、Br、I、SC6H、アセチル・アセチル(AcAc)またはOTf)のような化合物だけではなく、式(M)、式(N)、式(O)、式(P)(式中、X=Cl、Br、I、SPh、OPh、OAc、アセチル・アセチル(AcAc)若しくはNHAc)、式(Q)(式中、X=Cl、Br、I、SPh、OPh、OAc、アセチル・アセチル(AcAc)若しくはNHAc)、式(R)(式中、X=Cl、Br、I、SPh、OPh、OAc、アセチル・アセチル(AcAc)若しくはNHAc)、式(S)または式(T)なども挙げることができる。ルテニウム(III)塩には、RuX3(式中、X=Cl、Br、I、SPh、OPh、OAc、アセチル・アセチル(AcAc)またはNHAc)などがある。
【0039】
【化20】

【0040】
上記した塩(いくつかは市販されている)は、前記キラルジホスホナイトと簡単に反応して触媒を形成する。ジホスホナイトのルテニウムに対する比は、2:1から4:1の間であり、好ましくは2.5:1である。一般的には、比率2:1のときに好ましい触媒が形成されるが、場合によっては配位子が過剰であってもよい。前駆物質である式(M)または式(N)(X=Cl)の塩をジホスホナイト(XI)で処理すると、ケトン(I)の還元用に最適な触媒のうちのいくつかが生成する。β‐ケトエステル(III)が還元される反応の場合、(M)または(N)の塩をジホスホナイト(X)で処理すると、好ましい触媒が生成する。
【0041】
本発明は、キラルジホスホナイトとルテニウム(II)塩またはルテニウム(III)塩との錯体に関するだけではなく、プロキラルのケトン(I)、ケトエステル(III)及びケチミン(V)の不斉水素化反応の触媒として上記錯体を使用することにも関する。還元剤にはいろいろな化合物を使用できる。特に、H2に基づく水素化または移動水素化の場合には、ギ酸、アルコール類、ジチオナイトナトリウム(sodium dithionite)、NaH2PO2といった還元剤が使用される。
【0042】
本発明における好ましい態様の一つは、アルコールを還元剤且つ溶媒として用いた移動水素化である。この目的に多種のアルコールを使用でき、イソプロパノールやシクロヘキサノールが好ましく、イソプロパノールが特に好ましい。本発明の実施態様では、H2に基づく水素化または移動水素化を、塩基の存在下にて行う場合がある。使用に適した塩基には、NaOH、KOH、MgO、Na2CO3、K2CO3、NaF、KF、NaOCH(CH32、KOCH(CH32、NaOC(CH33またはKOC(CH33などがあり、このうちNaOH、KOH、NaOC(CH33またはKOC(CH33が好ましい。
【0043】
本発明に係る触媒と工程を使用してエナンチオ選択的還元を容易に行えるケトンには、例えば、以下に記載の式(Ia)〜(Im)のケトンがある。
【0044】
【化21】

【0045】
不斉Ru‐触媒還元を受けるβ‐ケトエステルには、例えば、以下に記載の式(IIIa)〜(IIIf)があるが、R1とR2は必要であれば適当に変えてもよい。
【0046】
【化22】

【0047】
対応する基質は、例えば、式(XXI)または式(XXIII)のように2つの位置で立体中心を有するβ‐ケトエステルであり、同様に還元される。
【0048】
【化23】

【0049】
本発明に係る方法でRu‐触媒により還元されるプロキラルケチミンには、例えば以下に記載の式(XXVa)、式(XXVb)、式(XXVII)がある。
【0050】
【化24】

【実施例1】
【0051】
実施例
不斉移動水素化の方法:
[RuCl2(p‐シメネン)] 2(N)(1.22mg、2μmol)と式(XI)のキラルジホスホナイト配位子(0.010mmol)を、乾燥イソプロパノール(2.5ml)中で、アルゴン雰囲気下、80℃にて1時間、加熱した。この混合物を室温まで冷却後すぐに、塩基であるNaOH(0.04mmol;0.08Mイソプロパノール溶液を0.5ml)またはKOC(CH33(0.04mmol;0.08Mイソプロパノール溶液を0.5ml)を添加し、次にケトンであるアセトフェノン(0.4mmol)を添加した。この混合物をアルゴン雰囲気下、40℃にて所定時間(一般的には16〜96時間)攪拌した。試料を反応溶液から採取して少量のシリカゲル中に通してから、ガスクロマトグラフィにより変換率(conversion)とエナンチオマー過剰率(ee)を測定した。
【実施例2】
【0052】
不斉H2水素化の方法:
[Ru(ベンゼン)Cl2] 2(N)(16mg、0.032mmol)とジホスホナイト(0.067mmol)を、25mlのシュレンク管に入れた。このシュレンク管をアルゴンガスで3回パージしてから、乾燥ジメチルホルムアミド(DMF)(3ml)を添加した。得られた混合物を30分間100℃で加熱後、60℃に冷却した。減圧下にて溶媒を除去し、薄黄緑色の固体である触媒を得た。この触媒を乾燥ジクロロメタン(8ml)に溶解させ、アルゴンガスで既に3回パージしてあるバイアル8個(容量は、おのおの1ml)に均一に分配した。β‐ケトエステル(III)であるケトンをおのおののバイアルに入れて、3mlのエタノールをそれぞれ加えた。次に、これらバイアルを高圧用オートクレーブに移した。水素ガスで3回パージした後すぐに、水素ガスにてオートクレーブ内を60バールの圧力に調節した。この反応物を60℃にて20時間以上攪拌子にて攪拌した。次にオートクレーブ内を室温まで冷却し、水素ガスを注意深く放出した。得られた試料をおのおのの反応溶液から取り出して少量のシリカゲルにて処理し、ガスクロマトグラフィを用いて変換率とエナンチオマー過剰率(ee)を測定した。文献に記載の公知化合物との対比により、絶対配置を特定した。
【0053】
表1に、キラル配位子にジホスホナイト(XI)を使用して、上記したケトンの不斉移動水素化法をおこなったときの結果を示す。
【0054】
表1は、上記方法と(R)‐BINOLで調製した配位子Lにジホスホナイト(XI)を使用したβ‐ケトエステルの不斉ルテニウム触媒移動水素化の結果である。BuはC(CH33である。
【0055】
【表1】

【0056】
表2に、β‐ケトエステル(III)のH2による不斉水素付加の結果を示す。表2は、上記方法と(S)‐BINOLで調製した配位子であるジホスホナイト(X)を使用したH2によるβ‐ケトエステルの不斉ルテニウム触媒還元の結果である。
【0057】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ルテニウム塩をキラルジホスホナイトと反応させることによって製造されたキラルルテニウム錯体。
【請求項2】
前記キラルジホスホナイトが、式:
【化1】

で示される一般構造体のキラルジオールから得られる請求項1に記載のルテニウム錯体。
【請求項3】
配位子の合成に使用される前記ジオールが、式(C)、(D)または(E):
【化2】

(式中、R1、R2、R3、R4、R5及びR6基は、おのおの独立に、水素、官能基を有し及び/または架橋されていてもよい飽和炭素鎖、官能基を有し及び/または架橋されていてもよい芳香族及び複素芳香族、官能基を有してもよい非芳香族の不飽和炭素鎖、シリル基、ハロゲン、ニトロ、ニトリル、エステル、アミド、アミン、エーテル、並びにチオエーテルからなる群から選択される置換基である)
で示される軸性キラリティを有する化合物である請求項2に記載のルテニウム錯体。
【請求項4】
配位子の合成に使用される前記軸性キラリティを有するジオールが、式(A)、(B)または(D1):
【化3】

で示される化合物である請求項3に記載のルテニウム錯体。
【請求項5】
前記ジホスホナイトの合成に使用される前記キラルジオールが、スピロジオールである式(F)または中心性キラリティを有するジオールである式(G)若しくは式(H):
【化4】

(式中、R1とR2は、同一または相違するラジカルであって、メチル、エチル、プロピル、ブチル、フェニル、ナフチル、カルボキシル及びカルボキシアミドからなる群から選択されるラジカルである)
で示される請求項2に記載のルテニウム錯体。
【請求項6】
請求項2に記載のルテニウム錯体において、リンを含有するキラルラジカルが、前記キラルジオールに代えてキラルジアミンから得られるルテニウム錯体。
【請求項7】
前記キラルジアミンが、式(I)、(J)または(K):
【化5】

(式中、R、R1、R2及びR3ラジカルは、おのおの、飽和C1‐C10炭素基、アリール基、カルボキシル基またはカルボキシアミド基である)
で示される化合物である請求項6に記載のルテニウム錯体。
【請求項8】
請求項2に記載のルテニウム錯体において、リンを含有するキラルラジカルが、前記キラルジオールに代えて式(L):
【化6】

で示されるキラルアミノアルコールから得られるルテニウム錯体。
【請求項9】
前記キラルアミノアルコールが、式(L1)または(L2):
【化7】

で示される化合物である請求項8に記載のルテニウム錯体。
【請求項10】
前記化1の骨格が、フェロセンに基づく骨格を除いたアキラルである請求項2に記載のルテニウム錯体。
【請求項11】
前記アキラル骨格が、式(U1)ないし(U15):
【化8】

からなる群から選択されたラジカルから得られる請求項10に記載のルテニウム錯体。
【請求項12】
ルテニウム(II)塩が使用される請求項1ないし11のいずれか1項に記載のルテニウム錯体。
【請求項13】
前記ルテニウム(II)塩が、式(M)、(N)、(O)、(P)、(Q)、(R)、(S)または(T):
【化9】

(式中、XはCl、Br、I、S‐C6H5、O‐C6H5、O‐Ac、AcAc1、O‐TfまたはNHAcである)
で示される化合物である請求項12に記載のルテニウム錯体。
【請求項14】
ルテニウム(III)塩が使用される請求項1ないし11のいずれか1項に記載のルテニウム錯体。
【請求項15】
前記ルテニウム(III)塩が、式RuX3
(式中、XはCl、Br、I、S‐C6H5、AcAcまたはO‐Tfである)
で示される化合物である請求項14に記載のルテニウム錯体。
【請求項16】
請求項1ないし15のいずれか1項に記載のキラルルテニウム錯体を使用する、プロキラルであるケトン、β‐ケトエステル及びケチミンの不斉ルテニウム触媒還元の方法。
【請求項17】
H2が還元剤として使用される請求項16に記載の方法。
【請求項18】
アルコール、ギ酸、ギ酸ナトリウム、ギ酸アンモニウムまたはNa2S2O3若しくはNaH2PO2で示される無機還元剤が、移動水素化に使用される請求項16に記載の方法。
【請求項19】
還元剤である前記アルコールが、イソプロパノールまたはシクロヘキサノールである請求項18に記載の方法。
【請求項20】
塩基が反応混合物に添加される請求項17ないし19のいずれか1項に記載の方法。
【請求項21】
前記塩基が、NaOH、KOH、MgO、Na2CO3、K2CO3、NaF、KF、NaOCH(CH32、KOCH(CH32、NaOC(CH33またはKOC(CH33である請求項20に記載の方法。

【公表番号】特表2008−545721(P2008−545721A)
【公表日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−513918(P2008−513918)
【出願日】平成18年5月30日(2006.5.30)
【国際出願番号】PCT/DE2006/000929
【国際公開番号】WO2006/128434
【国際公開日】平成18年12月7日(2006.12.7)
【出願人】(591091515)シュトゥディエンゲゼルシャフト・コーレ・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング (18)
【氏名又は名称原語表記】STUDIENGESELLSCHAFT KOHLE MIT BESCHRANKTER HAFTUNG
【Fターム(参考)】