説明

酸化ストレスに伴う老化関連疾患を示すトランスジェニック動物

老化および老化関連疾患、特にアルツハイマー病を含む神経変性疾患、糖尿病、眼疾患、白髪、生殖器の異常、筋萎縮および骨粗鬆症、またはミトコンドリア病のモデル動物を提供する。 ALDH22遺伝子を非ヒト動物に導入したトランスジェニック非ヒト動物を作成する。 ALDH22対立遺伝子を導入することにより老化および老化関連疾患モデルとなるトランスジェニック動物が作成された。該トランスジェニック動物は、骨粗鬆症、筋萎縮症、および/または糖尿病様の形質を示した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、老化および老化関連疾患、特にアルツハイマー病を含む神経変性疾患、糖尿病、眼疾患、白髪、生殖器の異常、筋萎縮および骨粗鬆症、またはミトコンドリア病のモデル動物に関する。
【背景技術】
老化とともに、さまざまな老化関連疾患の発症リスクが上昇することがわかっており、これらの疾患の治療および/または予防のための薬剤ならびに方法の開発が急務であるが、この開発には、ヒトにおける症状をできるだけ忠実に表すモデル動物を利用する必要がある。
これらのモデル動物作製における代表的な技術として、その疾患における発症機序のトリガーとなる遺伝子をトランスジェニック動物作製技術を用いて導入するなどの手法がある。
種々の老化関連疾患の中で、アルツハイマー病等を含む神経変性疾患は、その発症および進行の機序が未だ完全には解明されていないことが、神経変性疾患モデル動物の開発に支障となっている。
アルツハイマー病モデルトランスジェニック動物としては、我が国特許出願特開平7−132033号「アルツハイマー病モデルトランスジェニック動物」が公知である。しかしながら、該トランスジェニック動物は、βアクチンプロモーターを用いて変異βアミロイド前駆体タンパク質を核内に高発現させることにより、細胞内でのβアミロイドの蓄積を促進させたものである。βアミロイドの産生および蓄積は、アルツハイマー病で病理学上認められるが、これが発症機序におけるトリガーとして寄与しているという確証は得られておらず、また、βアミロイドが発症機序に関与しているアルツハイマー病は、アルツハイマー病患者の約1割程度であるとする説もある。したがって、この学説からしても、βアミロイドトランスジェニック動物は、アルツハイマー病のモデル動物としての適用範囲が狭く、該動物をもってアルツハイマー病の治療および/または予防のための薬剤および方法の開発に十分であるとは言えない。
アルツハイマー病以外の老人性神経変性疾患のモデル動物もまた、未だ開発途上であり、その発症機序の解明とともに、モデル動物の開発も待たれている。
また、他の老化関連疾患として、骨粗鬆症を挙げることができるが、骨粗鬆症のモデル動物としては、現在のところ、低カルシウム食モデル、卵巣摘出モデル、プレドニゾロン投与モデル等が公知である。しかしながら、これらの動物が、完全な骨粗鬆症モデルであるという確証はない。したがって、公知のトランスジェニック動物とは異なるアプローチにより作製された骨粗鬆症モデル動物を開発し、かかるモデル動物を利用してその発症機序の解明、ならびに治療および/または予防法等の開発を進めることが必要とされている。
その他には、老化関連疾患として糖尿病を挙げることができる。糖尿病もまた他の老化関連疾患と同じく、その発症機序の解明、ならびに治療および/または予防法等の開発を進めることが必要とされている。糖尿病のモデル動物は、複数種のものが知られているが、これらが完全な糖尿病モデルであるという確証はない。したがって、公知のトランスジェニック動物とは異なるアプローチにより作製された糖尿病モデル動物は、その発症機序の解明等に有用である。
老化関連疾患とは別にミトコンドリアの機能障害によって生じるミトコンドリア病もまた多種の病因からなる疾患である。特に筋と中枢神経系に主症状が現れる疾患はミトコンドリア脳筋症と総称される。ミトコンドリア病の多くは、ミトコンドリアDNA及びミトコンドリアに関連する核DNAの異常が原因とされている。しかし、病因から病態へと至るプロセスについては不明な点が多い。特にミトコンドリアは活性酸素を発生し、酸化ストレスの影響を受けやすいオルガネラであり、これが様々な病態と結びついている可能性が高い。こうした観点から、ミトコンドリア病発症機序の解明、ならびに治療および/または予防法等の開発を進める為のモデル動物の作製が試みられている(例えば、特表平9−511398、および特表2003−509071号公報など参照のこと)。
一方、ミトコンドリア型アルデヒド脱水素酵素2(ALDH2)の欠損が、アポリポタンパク質Eのε4遺伝子座と相乗的に働いて、老年性アルツハイマー病(AD)の危険因子となり得ることを本発明者らはすでに報告している(特開2001−299397)。
ALDH2は、アルコールから生成するアルデヒドをカルボン酸に代謝する酵素であり、生体内におけるアセトアルデヒドの酸化に重要な役割を有している(Bosron W.F.and Li T.K.(1986)Genetic polymorphism of human liver alcohol and aldehyde dehydrogenases,and their relationship to alcohol metabolism and alcoholism.Hepatology.6,502−510.)。ヒトにおいては、その変異対立遺伝子であるALDH2*2は、ALDH2*1遺伝子の第12エキソン内に1つの点突然変異(G/A)を有するものであり、これはアジア系人種に限られる(Yoshida A.,Huang I.Y.and lkawa M(1984)Molecular abnorlnality of aninactive aldehyde dehydrogenase variant commonly found in Orientals.Proc.Natl.Acad.Sci.USA.81,258−261.)
)。この変異により、487位のグルタミン酸がリジンに置換され(E487K)、ドミナント・ネガティブとして作用する(Crabb D.W.,Edenberg H.J.,Bosron W.F.and Li T.K.(1989)Genotypes for aldehyde dehydrogenase deficiency and alcohol sensitivity.The inactive ALDH2(2)allele is dominant.J.Clin.Invest.83,314−316.Singh S.,Fritze G.,Fang B.L.,Harada S.,Paik Y.K.,Eckey R.,Agarwal D.P.and Goedde H.W.(1989)Inheritance of mitochondnal aldehyde dehydrogenase:genotyping in Chinese,Japanese and South Korean families reveals dominance of the mutant allele.Hum.Genet.83,119−121.Xiao Q.,Weiner H.and Crabb D.W.(1996)The mutation in the mitochondrial aldehyde dehydrogenase(ALDH2)gene responsible for alcohol−induced flushing increases turnover of the enzyme tetramers in a dominant fashion.J.Clin.Invest.98,2027−2032.)
)。ALDH2*2対立遺伝子を有する個体は、アルコール赤面症候群(Alcohol flushing syndrome)を示し、血中アセトアルデヒド値が増加する(Goedde H.W.,Harada S.and Agarwal D.P.(1979)Racial differences in alcohol sensitivity:a new hypothesis.Hum.Genet.51,331−334.Crabb D.W.(1990)Biological markers for increased risk of alcoholism and for quantitation of alcohol consumption.J.Clin.Invest.85,311−315.)
)。また、ALDH2*2対立遺伝子は、トルエンの代謝産物であるベンズアルデヒドなどの他のアルデヒドおよびビニルクロライドの代謝の際に生成するクロロアセトアルデヒドの代謝にも作用しているとの報告がある(Kawamoto T.,Matsuno K.,Kodama Y.,Murata K.and Matsuda S.(1994)ALDH2 polymorphism and biological monitoring of toluene.Arch.Environ.Health.49,332−336.Farres J.,Wang X.,Takahashi K.,Cunningham S.J.,Wang T.T.and Weiner H.(1994)Effects of changing glutamate 487 to lysine in rat and human liver mitochondrial aldehyde dehydrogenase.A model to study human(Oriental type)class 2 aldehyde dehydrogenase.J.Biol.Chem.269,13854−13860.Yokoyama A.,Muramatsu T.,Ohmori T.,Makuuchi H.,Higuchi S.,Matsushita S.,Yoshino K.,Maruyama K,,Nakano M.and Ishii H.(1996)Multiple primary esophageal and concurrent upper aerodigestive tract cancer and the aldehyde dehydrogenase−2 genotype of Japanese alcoholics.Cancer.77,1986−1990.)。
活性酸素種(ROS)により生ずる酸化ストレスおよび過酸化反応は、AD(Lovell M.A.,Ehmann W.D.,Mattson M.P.and Markesbery W.R.(1997)Elevated 4−hydroxynonenal in ventricular fluid in Alzheimer’s disease,Neurobiol.Aging.18,457−461.Mark R.J.,Pang Z.,Geddes J.W.,Uchida K.and Mattson M.P.(1997)Amyloid b−peptide impairs glucose transport in hippocampal and cortical neurons:involvement of membrane lipid peroxidation.J.Neurosci.17,1046−1054.)、パーキンソン病(PD)(Dexter D.T.,Holley AE.,Flitter W.D.,Slater T.F.,Wells F.R.,Daniel S.E.,Lees AJ.,Jenner P.and Marsden C.D.(1994)Increased levels of lipid hydroperoxides in the parkinsonian substantia nigra:an HPLC and ESR study.Mov Disord.9,92−97.)、筋性側索硬化症(amytrophic lateral sclerosis)および脳虚血(Chan P.H(2001)Reactive oxygen radicals in signaling and damage in the ischemic brain.J.Cereb.Blood Flow Metab.21,2−14.)などの神経変性疾患の原因に深く関与していることが報告されている。主要なROSは、ミトコンドリアのスーパーオキシドアニオンラディカルに由来し、これが不飽和多価脂肪酸を攻撃することによって膜脂質の過酸化反応が起こり、4−ヒドロキシ−2−ノネナール(4−HNE)およびマロンジアルデヒドなどの反応性アルデヒドが生成する。該4−HNEは求電子試薬であり、細胞内タンパク質に吸着して、該タンパク質内のリジン、ヒスチジン、セリンおよびシスティン残基と相互作用してタンパク質を変性させ得る。ADまたはPD患者の脳組織の免疫染色によると、神経変性に伴う4−HNEにより修飾されたタンパク質が増加している(Montine K.S.,Olson S.J.,Amarnath V.,Whetsell W.O.Jr.,Graham D.G.and Montine T.J.(1997)Immunohistochemical detection of 4−hydroxy−2−nonenal adducts in Alzheimer’s disease is associated with inheritance of APOE4.Am.J.Pathol.150,437−443.Yoritaka A.,Hattori N.,Uchida K.,Tanaka M.,Stadtman E.R.and Mizuno Y.(1996)Immunohistochemical detection of 4−hydroxynonenal protein adducts in Parkinson disease.Proc.Natl.Acad.Sci.USA.93,2696−2701.Sayre L.M.,Zelasko D.A.,Harris P.L.,Perry G.,Salomon R.G.and Smith M.A(1997)4−Hydroxynonenal−derived advanced lipid peroxidation end products are increased in Alzheimer’s disease.J.Neurochem.68,2092−2097.)。
【発明の開示】
本発明は、酸化ストレスによる老化症状を反映する新規な老化関連疾患モデル動物を提供するものであり、特に、アルツハイマー病をはじめとする老化に関連する神経変性疾患および糖尿病、骨粗鬆症、さらにはミトコンドリア病の新規モデル動物を提供する。
上記の知見に基づき、本発明者らは、ALDH2*2対立遺伝子を導入することによりアルツハイマー病疾患モデルとなるトランスジェニック動物が作成できると考え、本発明を完成させるに至った。また、該トランスジェニック動物は、神経変性疾患、糖尿病、骨粗鬆症、筋萎縮症、眼疾患等、老化関連およびミトコンドリア関連疾患様の形態を示すことが判明した。
また、本発明者らは、神経細胞死におけるALDH2酵素活性の役割を培養細胞を用いて検討したところ、ALDH2活性欠損株は酸化ストレスによって生じる4−HNEの解毒能が低下し、細胞死が促進されることを見いだした(Ohsawa I.,Nishimaki,K.,Yasuda C.,Kamino K.and Ohta S.(2003)Deficiency in a mitochondrial aldehyde dehydrogenase increases vulnerability to oxidative stress in PC12 cells.J.Neuchem.84,1110−1117.)。この結果から、ALDH2の活性欠損型がアルツハイマー病やパーキンソン病などの老化関連神経変性疾患の危険因子となるのは、この欠損により酸化ストレスに対する抵抗性が低下しているためと考えることができる。
したがって、本発明は、以下の:
1. ミトコンドリア型アルデヒド脱水素酵素2(ALDH2)遺伝子の活性をドミナント・ネガティブに抑制する不活性型ミトコンドリア型アルデヒド脱水素酵素2(ALDH2*2)をコードする遺伝子を、非ヒト脊椎動物に導入することによる早期老化、老化関連疾患および/またはミトコンドリア病の症状を示すトランスジェニック動物;
2. 老化関連疾患が神経変性疾患、糖尿病または骨粗鬆症である、上記1記載のトランスジェニック動物;
3. 不活性型ミトコンドリア型アルデヒド脱水素酵素2(ALDH2*2)遺伝子がマウスに由来するものである、上記1または2に記載のトランスジェニック動物;
4. 非ヒト脊椎動物がマウスである、上記1〜3のいずれかに記載のトランスジェニック動物:
5. プロモーターを上記ALDH2*2遺伝子に対して機能し得る形で連結させて用いる、上記1〜4のいずれかに記載のトランスジェニック動物;
6. プロモーターがEFプロモーターである、上記5記載のトランスジェニック動物;
7. プロモーターがアクチンプロモーターである、上記5記載のトランスジェニック動物;
8. ALDH2*2遺伝子を、非ヒト脊椎動物に導入することによる、早期老化、老化関連疾患および/またはミトコンドリア病のモデルとなるトランスジェニック動物の作製方法;
9. 老化関連疾患が神経変性疾患、糖尿病または骨粗鬆症である、上記8記載のトランスジェニック動物の作製方法;
10. 不活性型ミトコンドリア型アルデヒド脱水素酵素2(ALDH2*2)遺伝子がマウスに由来するものである、上記8または9に記載のトランスジェニック動物の作製方法;
11. 非ヒト脊椎動物がマウスである、上記8〜10のいずれかに記載のトランスジェニック動物の作製方法;
12. プロモーターを上記ALDH2*2遺伝子に対して機能し得る形で連結させて用いる、上記8〜11のいずれかに記載のトランスジェニック動物の作製方法;
13. プロモーターがEFプロモーターである、上記12記載のトランスジェニック動物の作製方法;
14. プロモーターがアクチンプロモーターである、上記12記載のトランスジェニック動物の作製方法;
15. 老化関連疾患またはミトコンドリア病を制御する物質を、上記1〜7のいずれかに記載のトランスジェニック動物を用いてスクリーニングする方法であって、
1) 上記動物に試験する物質を投与、または上記動物を試験する物質に曝露すること、
2) 上記動物の老化、老化関連疾患またはミトコンドリア病の症状の促進または抑制を確認すること、
を含む、上記方法;
16. 上記動物の老化または老化関連疾患の症状を確認することが、上記物質を投与、または上記物質に曝露した上記動物が、投与または曝露を受けていない対照の動物に比べて、筋萎縮、背骨の湾曲、骨密度の低下、体毛の脱色、糖負荷試験により検出される高血糖値の持続、または神経伝導速度低下のうちの少なくともいずれか1つを促進または抑制されていることを確認することである、上記15記載の方法;
17. 上記筋萎縮を促進または抑制されていることを確認することが、筋組織の断面積測定、筋組織の筋密度測定、または筋組織の免疫染色のいずれかにより実施される、上記16記載の方法;
18. 上記酸化ストレスに対する抵抗性の低下を促進または抑制されていることを確認することが、上記動物から単離した組織由来の細胞が4−HNEに対する抵抗性が減少または増大していることにより実施される、上記16記載の方法;
19. 上記動物から単離した組織由来の細胞が中枢神経系由来のニューロンである、上記18記載の方法;
20. 老化関連疾患またはミトコンドリア病を制御する物質を、上記1〜7のいずれかに記載のトランスジェニック動物より単離した組織由来の細胞を用いてスクリーニングする方法であって、
1) 上記細胞を試験する物質に曝露すること、
2) 上記動物の老化、老化関連疾患またはミトコンドリア病の症状の促進または抑制を確認すること、
を含む、上記方法;
に関する。
本明細書は本願の優先権の基礎である日本国特許出願2003−307490号の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【図面の簡単な説明】
図1は、アクチンプロモーターを用いたALDH2*2トランスジェニック・マウスの各組織におけるALDH2*2の発現を確認したウェスタンブロットの結果である。
図2は、アクチンプロモーターを用いたALDH2*2DNA導入マウスの3系統(C2,629および635)について、ALDH2活性の測定結果を示す。
図3は、アクチンプロモーターを用いたALDH2*2DNA導入マウスC2および629の2系統について、生後から15週目までの体重を測定した結果を示す(右図)。左図は皮を除去したマウスの画像である。C2マウスでは全身の筋肉が減少している。
図4は、10週齢メスのヘテロC2マウスと野生型C57BL/6について、脳、心臓、肝臓、脾臓、腎臓、大腿筋の重量を比較した結果を示す。
図5は、C2マウスとC57BL/6の12週齢メスの下肢切片のヘマトキシリン・エオジン染色結果を示す。
図6は、C2マウスとC57BL/6の12週齢メスの下肢切片のヒラメ筋断面積測定結果を示す。
図7は、C2マウスとC57BL/6の12週齢メスの下肢切片の単位面積あたりのヒラメ筋細胞数をカウントした結果を示す。
図8は、C2マウスとC57BL/6の12週齢メスの下肢切片のヒラメ筋細胞総数をカウントした結果を示す。
図9は、C2とC57BL/6マウスの下肢切片をレーザー顕微鏡で観察した結果を示す。
図10は、C2とC57BL/6マウスの下肢切片のGomoriトリクローム変法による組織化学的染色像を示す。
図11は、C2とC57BL/6マウスの下肢切片の蛍光色素MitoTracker Green染色による染色像を示す。
図12は、大腿筋の過酸化脂質量を、BIOXYTECH LPO−586キットによるMDA量及びMDA+4−HAEの測定結果を示す。
図13は、3ヶ月齢のホモの1033−7マウスの写真である。
図14は、C2とC57BL/6マウスの神経伝導速度測定結果を示す。
図15は、C2とC57BL/6マウスの糖負荷試験結果を示す。
図16は、C2マウスの背骨湾曲を示すレントゲン写真(A)と骨密度の低下(B)を示す。
図17は、Pef−ALDH2*2導入マウス大脳皮質初代培養神経細胞に4−HNEを添加したときの生存細胞数を示す。
図18は、Pef−ALDH2*2導入マウス大脳皮質初代培養神経細胞に4−HNEを添加後、抗TUJ−1抗体陽性となる神経細胞の写真である。
図19は、Pef−ALDH2*2導入マウス大脳皮質初代培養神経細胞に4−HNEを添加後、抗4−HNE抗体で染色することで、4−HNEの蓄積を測定した結果である。
図20は、C2ヘテロの雄にビタミンE添加食を与えたときの体重増加を経時的に示す。
図21は、C2ヘテロの雄にビタミンE添加食を与えたときの筋断面積増加を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
本明細書中、「不活性型ミトコンドリア型アルデヒド脱水素酵素2」とは、ALDH2遺伝子内に1つ以上の点突然変異(G/A)を有し、この変異によりミトコンドリア型アルデヒド脱水素酵素2の活性をドミナント・ネガティブに抑制することのできる変異タンパク質のことを指す。ヒトにおいてはALDH2遺伝子の第12エキソン内に1つ以上の点突然変異(G/A)を有し487位のグルタミン酸がリジンに置換(E487K)されているALDH2*2を指す。本発明のトランスジェニック動物は、該不活性型酵素遺伝子が高レベルで発現することにより、ドミナント・ネガティブとしてミトコンドリア型アルデヒド脱水素酵素2活性を抑制し、酸化ストレスが蓄積する。
動物の用意、微量注入法、注入された受精卵の再移植、仮親の維持、及びトランスジェニック・マウス系統の回収と維持に関する詳細な方法は、Gordon,JとRuddle,F.,Methods in Enzymology 101,411−433(1983)、BrinsterらProc Natl Acad Sci USA 82,4438−4442(1985)、及びBrinsterらProc Natl Acad Sci USA 85,836−840(1988)に従えばよい。
ALDH2*2遺伝子は、天然に存在する遺伝子を、その個体に由来する組織から単離することもでき、またALDH2遺伝子を常法にしたがって適当な動物種からクローニングし、アミノ酸残基を置換する変異を導入することで得ることもできる。たとえば、ヒトALDH2の487位のグルタミン酸に相当するマウスALDH2遺伝子(マウスALDH2cDNAを配列番号1に示している)の506番目のアミノ酸残基グルタミン酸をコードするコドンGAAを点突然変異誘発法、二段階PCR法等を用いて、リジンをコードするコドン(例えば、AAA)に変異させることにより得ることができる。さらに他には、DNA合成により得ることも可能である。この変異導入は、適切なベクター(プラスミド、ウイルスDNAなど)を用いて行われる。例えば、プラスミドpBluescript等を用いることができる。こうして得られた変異遺伝子(すなわち、ALDH2*2遺伝子)と、適切な発現プロモーターおよび/またはエンハンサーとを、プロモーターおよび/またはエンハンサーが該遺伝子に対して機能し得る形で連結するように挿入する。本発明の適切な発現プロモーターは、通常の遺伝子組換技術で使用される発現プロモーターであり、特に限定されるものではないが、例えば、恒常型プロモーターの例として、CAGプロモーター、CMVプロモーター、EFプロモーター、SRαプロモーター、SV40プロモーター、RSVプロモーター、Lckキナーゼの遠位プロモーター、アデノウイルス主要後期プロモーター(MLP)などが挙げられる。また、誘導型のプロモーターの例としては、メタロチオネイン遺伝子プロモーター、マウス乳ガンウイルス(MMTV)プロモーターなどが挙げられる。以上のようなプロモーターを有する発現ベクターは、いずれも市販されているか、または公的な機関から入手できる。市販されている場合は、例えばInvitrogen社、Clontech社などから購入することができる。また、部位特異的発現プロモーター、例えば、筋組織で高発現するプロモーターであるアクチンプロモーター、神経特異的プロモーターであるTα1遺伝子プロモーター(Nature Biotechnology16:196−201,1998)など、対象とする遺伝子を発現させたい部位に応じて、その部位に特異的な発現プロモーターを使用することは、当業者には容易に達成でき得る。
あるいはまた、エンハンサー配列を、機能し得る形で対象とする遺伝子と連結させることもできる。本発明において適切なエンハンサー配列とは、特に限定されるものではないが、例えば、SV40エンハンサー、ポリオーマウイルスエンハンサー、MoMuLVエンハンサー、MoMuSVエンハンサー、AKVエンハンサー、SL3−3エンハンサー、HPVのIE2またはIE6エンハンサー、HBVエンハンサー、HCMVエンハンサー等のウイルスエンハンサー、例えば、IgHエンハンサー、IgLエンハンサー、T細胞レセプターα鎖エンハンサー、HLADQαおよびβ遺伝子エンハンサー、β−IFNエンハンサー、IL−2エンハンサー、IL−2Rエンハンサー等の免疫系遺伝子のエンハンサー、例えば、β−アクチンエンハンサー、MCKエンハンサー、プレアルブミン遺伝子エンハンサー、エラスターゼI遺伝子エンハンサー、メタロチオネイン遺伝子エンハンサー等の細胞エンハンサー等が挙げられる。当業者であれば、目的に応じて、適切なものを選択して用いることができる。
上述にしたがって、プロモーターおよび/またはエンハンサー配列に連結されたALDH2*2遺伝子を、非ヒト脊椎動物に導入するためのトランスジェニック技術は、公知である。非ヒト脊椎動物としては、技術的には全ての動物種を対象とすることが可能である。したがって、本発明のトランスジェニック動物は、あらゆる脊椎動物であり得る。脊椎動物のなかでも、特にニワトリ等の鳥類、ブタ、ウマ、ヒツジ、ウサギ等の哺乳類が好ましく、マウスの他、ラット、モルモットをはじめとするあらゆる囓歯動物がさらに好ましい。特に近交系が多数作出されており、しかも受精卵の培養、体外受精等の技術が整っている点で、マウスが特に好ましい。全能性細胞(マウスの場合、受精卵や初期胚が好ましい)に公知の遺伝子導入法により目的とする遺伝子を導入する。該遺伝子導入法は、例えば、マイクロインジェクション法(Gordon J.およびRuddle F.,Methods in Enzymology,1983など参照のこと)あるいはウイルスを介して感染させる方法を用いることができる。遺伝子を注入した受精卵は、次に仮親の卵管または子宮に移植され、出生された動物を飼育した後、体の一部(尾部先端等)からDNAを抽出し、サザン解析やPCR法等により、導入した遺伝子の存在を確認する。導入した遺伝子の存在が確認された個体(ヘテロ接合体)を初代(Founder:FO)とすれば、導入遺伝子はその子(F1)の50%に伝達される。さらに、このF1個体の雌雄を交配させることにより、2倍体染色体の両方に導入遺伝子を有する個体(F2)を作成することができる。
このようにして得られたALDH2*2トランスジェニック動物は、1種または複数の老化関連疾患およびミトコンドリア病形質を示し得る。
本明細書中、「老化関連疾患」とは、老年性神経変性疾患(アルツハイマー病、老人性痴呆症、パーキンソン氏病、網膜変性疾患など)、糖尿病、筋萎縮症、骨粗鬆症、視聴覚障害など、加齢とともに発症するという傾向のある疾患の総称として用いる。例えば、EFプロモーターを用いたALDH2*2トランスジェニック動物の場合、老年性神経変性疾患またはアルツハイマー病の形質を示す。これらは、外界からの刺激に対する応答が著しく低下している。あるいは、アクチンプロモーターを用いたALDH2*2トランスジェニック動物の場合、骨粗鬆症の形質を示す。これは背骨の湾曲と骨密度の低下により確認することができる。また、アクチンプロモーターを用いたALDH2*2トランスジェニック動物の場合、糖尿病の形質を示す。これはグルコース負荷試験で高血糖値を示し、また糖尿病に付随する神経伝達速度の低下により確認することができる。
また、ALDH2*2トランスジェニック動物は、早期老化モデル動物として利用し得る。早期老化モデル動物とは、老化関連疾患の発症期が通常の個体より若い、ヒトの老化現象に認められる、例えば眼疾患、白髪、生殖器の異常、および筋萎縮等の現象が、通常の個体より若くして認められる、および/または寿命が通常の個体より短い等の特徴を有する動物を指す。例えば、本発明のEFプロモーターを用いたALDH2*2トランスジェニック動物では、老化関連疾患の発症期が通常の個体より若いことの他に、通常の個体より早期に体毛の退色が認められる。
かかる早期老化モデル動物は、人類の老化関連疾患および老化現象に認められる症状についての予防および/または治療のための研究が、短期間に行えるという点で、これらの研究における利用価値が高い。早期老化モデル動物の開発は従来から行われていたが、本発明のトランスジェニック動物の老化促進は、酸化ストレスを機序とするため、酸化ストレスに対する老化現象等の解明および解決等に有用である。
また、ALDH2*2トランスジェニック動物は、ミトコンドリア病モデル動物として利用し得る。ミトコンドリアの機能障害によって生じるミトコンドリア病もまた多種の病因からなる疾患である。特に筋と中枢神経系に主症状が現れる疾患はミトコンドリア脳筋症と総称される。例えば、本発明のアクチンプロモーターを用いたALDH2*2トランスジェニック動物では顕著な筋萎縮が認められ、ミトコンドリアの異常な蓄積が認められる等、ミトコンドリア脳筋症の形質を示す。かかるモデル動物は、ミトコンドリア病発症機序の解明、ならびに治療および/または予防法等の開発を進める上で有用である。
さらに、本発明のトランスジェニック動物を、他の早期老化モデル動物または老化関連疾患モデル動物と交配することにより、新規の早期老化モデル動物、または老化関連疾患モデル動物を作製することもできる。例えば、他のアルツハイマー病関連遺伝子を操作した動物と本発明のトランスジェニック動物を交配して得られる動物は、該アルツハイマー病関連遺伝子と酸化ストレスとの関連性についての研究に用いることができる。
本発明はさらに、上記トランスジェニック動物を用いて、老化関連疾患またはミトコンドリア病を制御する物質をスクリーニングする方法にも関する。該方法は、試験する物質(あらゆる化学物質、動物体内でタンパク質発現の可能な核酸分子を含む)を上記動物に適切な方法で投与するか、または適切な方法で該物質に上記動物を曝露することにより、該動物の老化関連疾患またはミトコンドリア病の症状における変化を確認することにより、達成することができる。例えば、該動物の筋萎縮、背骨の湾曲、骨密度の低下、体毛の脱色、糖負荷試験により検出される高血糖値の持続、神経伝導速度低下、または酸化ストレスに対する抵抗性の低下のうち、少なくとも1つが、上記物質の投与または曝露を受けていない対照の動物に比較して、抑制されている場合、該物質は老化関連疾患を抑制(すなわち、予防/治療)する方向に制御する物質であると特定することができる。また同様に比較して、促進されている場合、該物質は老化関連疾患を促進する方向に制御する物質であると特定することができる。該方法において、例えば筋萎縮の促進または抑制を調べる場合、例えば、上記物質の投与または曝露後の動物から特定の筋組織を摘出し、その断面積測定、筋密度測定、免疫染色の少なくとも1種の方法で確認することができる。
また、酸化ストレスに対する抵抗性の低下について検出するには、上記物質の投与または曝露を受けた上記動物に酸化ストレスを与える(例えば、4−HNEを投与する)か、該動物から特定の組織中の細胞(例えば、神経細胞)を採取し、該細胞が生存可能な条件下で酸化ストレスを与え、その細胞毒性(例えば、細胞死の誘導、細胞の生存活性の低下など)を検出することによっても実施可能である。老化関連疾患またはミトコンドリア病を制御する物質を投与または暴露されていない動物由来の細胞に比べて、該物質を投与または暴露された細胞では酸化ストレスによる細胞毒性が増強されている場合(例えば、低濃度の活性酸素で細胞毒性が検出される等)は、該物質は老化関連疾患を促進する方向に制御する物質であると特定することができる。また、逆に細胞毒性が低減されている場合は、該物質は老化関連疾患を抑制(すなわち、予防/治療)する方向に制御する物質であると特定することができる。
あるいはまた、該動物から特定の組織を摘出し、該組織中の細胞を単離して、in vitroで老化関連疾患またはミトコンドリア病を制御する物質をスクリーニングすることもできる。単離した細胞(例えば、中枢神経系由来のニューロンなど)を生存可能な条件下で、試験する物質に暴露し、該細胞に対する影響(例えば、細胞の生存活性の変化など)を評価することにより達成できる。
上記スクリーニングにおける適切な条件等は、当業者であれば、必要に応じて日常的な作業により容易に設定することができる。
さらに、後述の実施例により、本発明にかかるトランスジェニック動物が、アルツハイマー病の疾患モデル動物として有用であること、および抗老化物質(例えば、抗酸化物質)などの効果を評価するのに有用な動物であることを含めて、本発明を具体的に説明する。しかし、本発明は実施例に限定して解釈されるべきではない。
実施例1:マウスALDH2 cDNAのクローニング
マウスのアルデヒド脱水素酵素2(ALDH2)をコードするcDNAは、配列番号2と3のプライマーを用いて、マウス脳cDNAライブラリー(Life Technologies社製、Rockville,MD,USA)からPCR法を用いてクローニングした。PCR法の条件は標準の方法を用いた。各1μMのプライマー、鋳型DNAとして3μg cDNAライブラリー、200μM dNTPs、2単位のAmplitag DNAポリメラーゼ、10mM Tris−HCl(pH8.3)、50mM KCl、1.5mM MgClからなる反応液を増幅サイクル数25で、94℃に30秒、57℃に30秒、72℃に30秒にて反応した。得られた1.7kbのALDH2cDNA断片を各12単位の制限酵素XhoIとBamHIで37℃にて1時間消化し、0.5μgのプラスミドpBluescript SK(+)(STRATAGENE社製、La Jolla,CA,USA)を各6単位の制限酵素XhoIとBamHIで37℃にて1時間消化することで開裂したDNA断片と混和して、1単位のT4 DNAリガーゼ存在下で16℃にて1時間反応した。この反応液10μlを大腸菌DH5αのコンピテント・セル100μlに添加、氷上に1時間静置、30秒間42℃で熱処理、再び氷上で2分間静置した後に、LB液体培地を900μl加えて37℃にて1時間培養後、アンピシリン(終濃度50μg/ml)を含むLB寒天培地に塗沫した。37℃にて一晩培養した寒天培地から生育したコロニーを選択し、アンピシリン(終濃度50μg/ml)を含むLB液体培地1リットルにて一晩培養した後、Plasmid Midi Kit(QIAGEN社製、Valencia,CA,USA)を用いて、プラスミドpBluescript−ALDH2を精製した。
実施例2:不活性型マウスALDH2であるALDH2*2の構築
ALDH2 mRNA(配列番号1)がコードする506番目のコドンGAA(アミノ酸残基Gluをコード)をコドンAAA(アミノ酸残基Lysをコード)に置換するために二段階PCR法により DNA配列を変更した。一段階目のPCRは、pBluescript−ALDH2を鋳型DNAとして用い、反応液(1)では配列番号2と4に記載のプライマーを用いて、反応液(2)では配列番号3と5に記載のプライマーを用いて、前述の反応条件と同一のPCR条件で反応した。その結果、反応液(1)では1568bp、反応液(2)では135bpのDNA断片が得られた。この反応液(1)と(2)のDNA断片を鋳型に、配列番号2と3のプライマーを用いて二段階めのPCRを前述の反応条件と同一の条件で反応した。得られた1.7kb ALDH2*2cDNA断片を各12単位の制限酵素XhoIとBamHIで37℃にて1時間消化し、0.5μgのプラスミドpBluescript SK(+)を各6単位の制限酵素XhoIとBamHIで37℃にて1時間消化することで開裂したDNA断片と混和して、1単位のT4 DNAリガーゼ存在下で16℃にて1時間反応した。この反応液10μlを大腸菌DH5αのコンピテント・セル100μlに添加、氷上に1時間静置、30秒間42℃で熱処理、再び氷上で2分間静置した後に、LB液体培地を900μl加えて37℃にて1時間培養後、アンピシリン(終濃度50μg/ml)を含むLB寒天培地に塗沫した。37℃にて一晩培養した寒天培地から生育したコロニーを選択し、アンピシリン(終濃度50μg/ml)を含むLB液体培地1リットルにて一晩培養した後、Plasmid Midi Kitを用いて、プラスミドpBluescript−ALDH2*2を精製した。
実施例3:トランスジェニック・マウス作製用プラスミドpCAGGS−ALDH2*2及びpEF1−BOS−ALDH2*2の構築
pCAGGS−ALDH2*2の作製には、1μgのプラスミドpBluescript−ALDH2*2を各12単位の制限酵素XhoIとBamHIで37℃にて1時間消化し、0.5μgのプラスミドpCAGGS(Niwa,H.他、Gene 108,193−199(1991)に記載、熊本大学 山村研一先生より入手)を各6単位の制限酵素XhoIとBglIIで37℃にて1時間消化することで開裂したDNA断片と混和し、1単位のT4 DNAリガーゼ存在下で16℃にて1時間反応した。この反応液10μlを大腸菌DH5αのコンピテント・セル100μlに添加、氷上に1時間静置、30秒間42℃で熱処理、再び氷上で2分間静置した後に、LB液体培地を900μl加えて37℃にて1時間培養後、アンピシリン(終濃度50μg/ml)を含むLB寒天培地に塗沫した。37℃にて一晩培養した寒天培地から生育したコロニーを選択し、アンピシリン(終濃度50μg/ml)を含むLB液体培地1リットルにて一晩培養した後、Plasmid Midi Kitを用いて、プラスミドpCAGGS−ALDH2*2を精製した。
pEF1−BOS−ALDH2*2の作製には、1μgのプラスミドpBluescript−ALDH2*2を12単位の制限酵素XbaIで37℃にて1時間消化し、0.5μgのプラスミドpEF1−BOS(Mizushima,S.とNagata,S.、Nuc.Acid Res.18,5322(1990)に記載、大阪大学 長田重一先生より入手)を6単位の制限酵素XbaIで37℃にて1時間消化することで開裂したDNA断片と混和し、1単位のT4 DNAリガーゼ存在下で16℃にて1時間反応した。この反応液10μlを大腸菌DH5αのコンピテント・セル100μlに添加、氷上に1時間静置、30秒間42℃で熱処理、再び氷上で2分間静置した後に、LB液体培地を900μl加えて37℃にて1時間培養後、アンピシリン(終濃度50μg/ml)を含むLB寒天培地に塗沫した。37℃にて一晩培養した寒天培地から生育したコロニーを選択し、アンピシリン(終濃度50μg/ml)を含むLB液体培地1リットルにて一晩培養した後、Plasmid Midi Kitを用いて、プラスミドpEF1−BOS−ALDH2*2を精製した。
実施例4:マウス受精卵への微量注入の為の線状DNA断片Pactin−ALDH2*2及びPef−ALDH2*2の調製
30μgのpCAGGS−ALDH2 *2を、200μlの全反応量において各50単位の制限酵素SalIとHindIIIで37℃において16時間消化した。次いで、この反応液をエチジウムブロマイド含有アガロースゲル電気泳動に供し、UV照射にて可視化し、3.9kbのアクチンプロモーターとALDH2*2cDNAをコードする線状DNA断片Pactin−ALDH2*2を含むゲル切片を回収した。同様に30μgのpEF1−BOS−ALDH2*2を、200μlの全反応量において各50単位の制限酵素ApaLIとPvuIで37℃において16時間消化した。次いで、この反応液をエチジウムブロマイド含有アガロースゲル電気泳動に供し、UV照射にて可視化し、4.2kbのEF1プロモーターとALDH2*2cDNAをコードする線状DNA断片Pef−ALDH2*2を含むゲル切片を回収した。それぞれのDNA断片のゲル切片からの精製には、PrepA−Gene DNA Purification Kit(BIO−RAD社製、Hercules,CA,USA)を用いて、製造者のマニュアルに従って実施した。
実施例5:マウス受精卵への微量注入とトランスジェニック・マウスの作製
マウス受精卵への微量注入とトランスジェニック・マウスの作製は発表されている方法によっておこなった。受精卵はC57BL/6マウスから単離し、線状DNA断片Pactin−ALDH2*2及び線状DNA断片Pef−ALDH2*2をそれぞれ800個の受精卵に注入した。注入済み卵はただちに仮親マウスの卵管内に移植して出産させた。Pactin−ALDH2*2DNA導入については83匹、Pef−ALDH2*2DNA導入については95匹のマウスを得た。なお、本発明のトランスジェニック・マウスの系統は、胚を凍結保存することにより維持する。
次いで、得られたマウス個体のゲノムDNA中の導入遺伝子について、その存在の有無を試験した。マウスの各個体からのDNAの抽出には、まず、プロテナーゼKを添加した組織溶解液(150mM NaCl、10mM Tris−HCl(pH8.0)、10mM EDTA及び0.1%ラウリル硫酸塩)200μlの入ったチューブにバイオプシーによって得たマウス尾1〜2mmを加え、55℃で一晩インキュベーションした。RNaseAを添加し37℃にて1時間インキュベーションし溶液中の不要なRNAを分解せしめた後、フェノールを加えて5分間震盪し上清を回収、新しいチューブに移して、さらにフェノール・クロロホルムを加えて5分間震盪し上清を回収、新しいチューブに移す工程を2回繰り返した後にクロロホルムを加えて5分間震盪し上清を回収、新しいチューブに移してエタノールでDNAを沈澱させ、乾燥後にTE緩衝液で溶解した。得られたゲノムDNAを鋳型に実施例1で述べたPCR条件に準じて、増幅サイクル数35回としてPCRを行った。Pactin−ALDH2*2DNA導入マウスの検出には配列番号6と7に記載のプライマーの組み合わせと、配列番号8と9に記載のプライマーの組み合わせの二通りのPCR反応を、また、Pef−ALDH2*2DNA導入マウスの検出には配列番号10と7に記載のプライマーの組み合わせによるPCR反応を行った。以上の反応では、遺伝子導入されていないマウスではPCRによるDNAの増幅は認められない。PCRによって増幅されたDNAをエチジウムブロマイド含有アガロースゲルにて電気泳動せしめ、UV照射にて増幅されたDNA断片の有無を確認した結果、Pactin−ALDH2*2DNA導入マウスについては21匹、Pef−ALDH2*2DNA導入マウスについては16匹のマウスについて遺伝子の導入を確認できた。
実施例6:トランスジェニック系統の確立
導入遺伝子の存在を確認できたマウスについて、その子孫であるトランスジェニック系統を確立するために、遺伝子導入が確認できたマウスをC57BL/6マウスと検定交配(backcross)した。生まれたマウスについて実施例5に記載の方法を用いて尾よりDNAを抽出、PCRを行うことで遺伝子導入の有無を検定した。その結果、Pactin−ALDH2*2DNA導入マウスについては3系統(C2,629および635)、Pef−ALDH2*2DNA導入マウスについては3系統(1033−7,1039−2および1030−12)、それぞれ子孫に導入遺伝子を移すことができ、トランスジェニック系統を確立することができた。
実施例7:ホモとヘテロの判別
実施例6で得られた各系統のマウスについて、それぞれの子孫がホモであるかヘテロであるかサザン・ブロティング法を用いて決定した。マウスからのDNAの抽出は、実施例5に記載の方法を用いた。標識プローブの調製は、配列番号8と配列番号11に記載の合成DNAをプライマーにプラスミドpBluescript−ALDH2を鋳型として実施例1に記載の方法に準じてPCRを行い、DNAを回収した。このDNA 50ngにそれぞれ10μMの配列番号8と配列番号11の合成DNA 2μlづつを加えて計5μlとし、94℃で3分間加熱処理後、液体窒素にて凍結した。次いで、これに10倍濃度のKlenowバッファー1μl、2.5mM dAGT mix 0.6μl、α32P−dCTP 6μlとKlenow Flagment 1μlを加えて、37℃で10分間反応せしめ、これを標識プローブとした。マウスから抽出したDNA5μgを50単位の制限酵素BglIIで37℃にて一晩消化し、1%アガロースゲルにて電気泳動せしめ、次いで、ゲルを0.5M NaOHと1.5M NaClからなる変性液に浸して30分間浸透することでDNAを変性処理した。このDNAをPVDF膜に移行せしめ、UVでDNAをクロスリンクした後に膜を2×SSCで洗浄した。次いで、膜をRapid Hybridization Buffer(Amersham Biosciences社製、Piscataway,NJ,USA)に浸し、これに標識プローブを加えて65℃にて100分間加温処理した。膜を0.1% SDS含有2×SSCで室温にて20分間洗浄し、次いで0.1% SDS含有0.1×SSCで65℃にて15分間、2回洗浄した後、FLA2000(富士フイルム株式会社、東京、日本)を用いて遺伝子導入したALDH2 DNAを含む1.2kbのバンドを検出した。バンドの濃度が、非トランスジェニック、ヘテロ、ホモの間で0対1対2となることから、それぞれのマウス子孫がホモであるかヘテロであるかを判別した。
実施例8:抗ALDH2抗血清の作製
抗ALDH2抗血清を作製するために大腸菌でグルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)とALDH2の融合タンパク質を作製した。融合タンパク質の作製のため1μgのプラスミドpBluescript−ALDH2*2を各12単位の制限酵素XhoIとBamHIで37℃にて1時間消化し、0.5μgのプラスミドpProEx3 GST(Life Technologies社、Rockville,MD,USA)を6単位の制限酵素EcoRIで37℃にて1時間消化することで開裂したDNA断片と混和し、1単位のT4 DNAリガーゼ存在下で16℃にて1時間反応した。この反応液10μlを大腸菌DH5αのコンピテント・セル100μlに添加、氷上に1時間静置、30秒間42℃で熱処理、再び氷上で2分間静置した後に、LB液体培地を900μl加えて37℃にて1時間培養後、アンピシリン(終濃度50μg/ml)を含むLB寒天培地に塗沫した。37℃にて一晩培養した寒天培地から生育したコロニーを選択し、アンピシリン(終濃度50μg/ml)を含むLB液体培地1リットルにて一晩培養した後、Plasmid Midi Kitを用いて、GST−ALDH2融合タンパク質発現プラスミドpGST−ALDH2を精製した。次いで、このプラスミドを保持する大腸菌BL21をアンピシリン50μg/mlを含むLB培地で培養せしめ、600nMにおける吸光度が0.5に達したときにIPTGを終濃度1mMとなるように添加して、さらに4時間培養した。この培養液を遠心にて集菌し、集菌した大腸菌を1%Triton X−100を含むPBSに懸濁し、氷上で超音波破砕した。これを遠心後に上清を新しいチューブに移し、Glutathione Sepharose 4B(Amersham社製、Piscataway,NJ,USA)を加えて1晩、4℃にて混和した。このGlutathione Sepharose 4Bの沈殿をPBSで洗浄した後に5mMの還元型グルタチオンを含む50mM Tris−HCl(pH8.0)を加えて、4℃にて10分間緩やかに混和することでGST−ALDH2融合タンパク質を溶出させしめた。次いで、この融合タンパク質をフロイントアジュバント(Life Technologies社製)と混和し、ウサギに免疫した。抗体価が上昇したことを確認した後に全採血し、さらに血清として−80℃にて保存し以降の実験に用いた。
実施例9:Western blotting法によるALDH2*2タンパク質発現の確認
トランスジェニック・マウスから各臓器を取り出し、即座に液体窒素で凍結後、−80℃で保存した。凍結した臓器は、ハンマーを用いて細断した後に臓器100mgに対してTNバッファー(10mM Tris−HCl(pH7.5),150mM NaCl,7.5M尿素、EDTA不含(Complete EDTA−free)プロテアーゼ・インヒビター(Roche社、Mannheim,Germany))を1mlとなるように添加した。これをPOLYTRON(KINEMATICA社、Littau−Lucerne、Switzerland)で破砕し、さらに1/4量の10% SDSを加えてから超音波処理した。遠心後に上清をとり、SDS−ポリアクリルアミド・ゲル電気泳動用サンプルとした。次いで、各臓器のサンプル量が20μgとなるように調製し、10%のSDS−ポリアクリルアミド・ゲルを用いて電気泳動を行った。泳動後にタンパク質をPVDF膜にブロッティングし、膜をBlock Ace(雪印乳業、日本)で15分間ブロッキングした後、1/10濃度のBlock Aceで2000倍に希釈した抗ALDH2抗ウサギ血清と置き換え、37℃で1時間反応させた。0.2% Tween20を含有する1/10濃度のBlock Aceで3回洗浄した後、1/10濃度のBlock Aceで1000倍に希釈したアルカリフォスファターゼが結合されている抗ウサギIgG抗体と置き換え、37℃で1時間反応した。0.2% Tween20を含有する1/10濃度のBlock Aceで3回洗浄した後、膜にAttoPhos(Roche社製)を塗布し、FLA2000でALDH2のバンドを検出した。結果の一例を図1に示す。C2系統においては、心臓と大腿筋においてALDH2の発現量が増加しており、増加分はALDH2*2が過剰発現していることを示している。
実施例10:ALDH2活性の測定
Pactin−ALDH2*2DNA導入マウスについては3系統(C2,629および635)について、大腿筋のALDH2活性を測定した。生後12週のヘテロのC2マウス、ホモの629および635マウスとコントロールのC57BL/6マウスから大腿筋を取り、筋1gあたり7mlのAバッファー(0.1M KCl,50mM Tris−HCl(pH7.5),5mM MgCl,1mM EDTA,1mM ATP)を加えて細断した。これに筋1gあたり5mgのproteinase Kを添加し、5分間室温にて反応した後に、さらに20mlのAバッファーを加えて15秒間ホモジナイズ、600gで10分間遠心した。上清をさらに14000gで10分間遠心した後に1%BSAを含む5mlのBバッファー(0.1M KCl,50mM Tris−HCl(pH7.5),5mM MgCl,0.2mM EDTA,0.2mM ATP,プロテアーゼ・インヒビターEDTA不含(Complete EDTA−free))で懸濁し、7000gで10分間遠心し、再び沈殿を1mlのBバッファーで懸濁した。これを3500gで10分間遠心して、ミトコンドリアの沈殿を250mMショ糖を含む20mMリン酸バッファー(pH7.4)500μlで懸濁後に30秒間3回超音波で破砕、再び100000gで30分間遠心して、その上清10μlを用いてALDH2活性を測定した。反応は上清を加えて100μlとした反応液(20mMリン酸バッファー(pH7.4),1mM NAD,5mMアセトアルデヒドまたはプロピオンアルデヒド)の340nmの吸光度を5〜10分間測定し、その吸光度の経時変化から上清中のALDH2活性を求めた。また、上清中のタンパク量をBCA Protein Assayキット(PIERCE社製、Rockford,IL,USA)を用いて製造者のプロトコールに従って測定し、この値を元にタンパク質量あたりのALDH2活性を計算した。結果を図2に示す。C57BL/6の大腿筋に比して、いずれのPactin−ALDH2*2DNA導入マウスの大腿筋でもALDH2活性が大幅に低下しており、特にC2マウスについてはほとんど活性が検出できなかった。
実施例11:Pactin−ALDH2*2DNA導入マウスの体重および各臓器の重量測定
Pactin−ALDH2*2DNA導入マウスの各系統とC57BL/6の雌5匹について生後から15週目までの体重を測定した。C2マウスはヘテロ、629と635についてはホモのマウスについて解析した。その結果、C2および629の2系統について、C57BL/6よりも有意に体重が減少していた(図3)。さらに10週齢メスのヘテロC2マウスとC57BL/6について、脳、心臓、肝臓、脾臓、腎臓、大腿筋の重量を比較した(図4)。その結果、心臓と大腿筋の重量がC2マウスでは減少していた。
実施例12:Pactin−ALDH2*2DNA導入マウスの筋萎縮
ヘテロまたはホモのC2マウスとC57BL/6の12週齢メスの下肢を液体窒素で凍結し、cryostat(CM1900,LEICA社製、Nussloch,Germany)で8μmの厚さからなる横断面の新鮮凍結切片を作製した。作製した切片はヘマトキシリン・エオジン染色し(図5)、腓腹筋とヒラメ筋についてその断面積を測定したところ、C2マウスの筋断面積はC57BL/6の筋断面積よりも減少していた。図6には、ヒラメ筋断面積の測定結果を示す。一方、単位面積あたりの筋細胞数をカウントすることで筋密度を測定したところ、C2マウスの筋密度が増加していた(図7)。しかし、ヒラメ筋細胞の総数には変化がない(図8)ことから、C2マウスでは筋が萎縮していることが明らかとなった。
実施例13:免疫染色と組織化学的染色による萎縮した筋の観察
ヘテロのC2マウスとホモの629と635マウス、及びC57BL/6マウスの12週齢メスの下肢を液体窒素で凍結し、cryostatで8μmの厚さからなる横断面の新鮮凍結切片を作製した。免疫染色のためには、まず、切片を70%のメタノールで−20℃にて10分間膜透過処理をし、PBSで洗浄後、ブロッキング・バッファー(PBS中に3%ヤギ血清、3%牛アルブミンを含有)に15分間浸した。次いで、抗ALDH2抗ウサギ血清(1/100容量)とミトコンドリアに局在するHSP60に特異的な抗HSP60抗体(1/100容量;医学生物研究所製、名古屋)を含むブロッキング・バッファーに切片を37℃に1時間浸した。これをPBSで3回洗浄した後に、抗マウスIgG BODIPY(1/100容量;Molecular Probes社製、Eugene,OR,USA)と抗ウサギIgG Alexa Fluor 647(1/100容量;Molecular Probes社製)を含むブロッキング・バッファーに切片を室温にて1時間浸した。次いで、PBSにて3回洗浄した後に5μMのヨウ化プロピジウムに5分間漬けることで核を染色し、PBSで洗浄後PERMAFLOURで一晩固定して観察用スライドとした。C2とC57BL/6マウスの切片を共焦点レーザー顕微鏡(オリンパス社製、東京)で観察した結果を図9に示す。C57BL/6の切片では、抗HSP60抗体陽性のミトコンドリアで抗ALDH2抗体陽性像が得られ、ALDH2がミトコンドリアに局在していた。これに対しC2の切片では、抗ALDH2抗体陽性像は筋細胞全体に認められ、顆粒状となっていることがわかる。
組織化学的染色ではGomoriトリクローム変法を行った。新鮮凍結切片をHarrisヘマトキシリン液に10分間漬けた後に水洗を10分間行い、次いでGomori液に20分間浸した。0.2%酢酸で少し洗浄した後、脱水、透徹、カナダバルサムにて封入した。染色像を図10に示す。C57BL/6と635マウスの切片では正常な染色像が見られたが、629マウスの切片では一部、C2マウスの切片では半分以上の筋細胞で、ミトコンドリアが増殖し集積したときに見られる赤色ボロ繊維が認められた。また、新鮮凍結切片をPBS中にミトコンドリアを特異的に染色する蛍光色素MitoTracker Green(1μM;Molecular Probes社製)を含む溶液で10分間染色し、共焦点レーザー顕微鏡で観察した(図11)。その結果、629及びC2マウスでは筋細胞内に顆粒状に染色像が見られ、Gomoriトリクローム変法で見られたミトコンドリアの異常集積を確認することができた。
実施例14:大腿筋の過酸化脂質量測定
C2およびC57BL/6マウスから大腿筋を取り出し、即座に液体窒素で凍結後、−80℃で保存した。凍結した臓器は、ハンマーを用いて細断した後に臓器100mgに対してTNバッファーを1mlとなるように添加した。これをPOLYTRONで破砕し、さらに1/4量の10% SDSを加えてから超音波処理し、遠心、その上清をとり、抽出タンパク量が10mg/mlとなるように希釈した。この抽出液200μlを用いて、BIOXYTECH LPO−586キット(Oxis Reseach社製、)にてmalondialdehyde(MDA)量とMDAと4−hydroxyalkenals(4−HAE)の総量の2種類をキット製造者のマニュアルに記載の方法で測定した。その結果、C2マウス大腿筋ではC57BL/6と比較して、MDA量及びMDA+4−HAE総量のいずれも増加しており、また、MDA+4−HAE総量からMDA量を差し引いて求めた4−HAE量も増加していた(図12)。この結果は、大腿筋で発現させたALDH2*2によりALDH2活性が低下し、酸化ストレスが増加したことを示している。また、C2マウスで見られる筋の萎縮は、この酸化ストレスの増加がもたらしたものと考えられる。
実施例15:Pef−ALDH2*2DNA導入マウスの解析
ホモの1033−7マウスについて解析を行ったところ、以下の所見を得た。まず、雄については生後3ヶ月で体毛の脱色が見られた(図13)。また、雄および雌のいずれにおいても運動量低下、ふるえ、視覚異常、筋力低下がみとめられた。すなわち、このマウスでは老化が促進され、また中枢神経系に異常が生じている。
実施例16:神経伝導速度の低下
雌のヘテロC2マウスとC57BL/6マウスについて、後肢の運動神経について伝達速度を測定した。測定した結果を図14に示す。この結果から、トランスジェニック・マウスでは、糖尿病に特徴的な神経伝導速度の低下が認められた。
実施例17:糖負荷後の血糖値の上昇
25週齢のヘテロC2マウスとC57BL/6マウスについて2g/kgのグルコースを腹腔投与した。投与0、15、30、60、90、および120分後に目から採血し、血糖値を市販のキット(ニプロフリースタイルセンサー、ニプロ社、大阪)を用いて測定した。その結果を図15に示す。C2マウスは、雄および雌のいずれについてもコントロールのC57BL/6マウスを上回る高い血糖値を示し、このマウスが糖尿病となっている所見を得た。
実施例18:背骨の湾曲と骨密度の低下
ホモおよびヘテロのC2マウスとC57BL/6マウスについて、38kVpにて0.03秒間レントゲン照射することで骨の解析を行った。その結果、12週齢においてヘテロ及びホモのC2マウスは背骨が湾曲しており、ヘテロマウスは年齢の進行とともにその湾曲が増大している(図16A)。また、X線フィルムに投影された骨の画像について、その濃淡を測定することで相対的な骨密度を求めた。その結果、C57BL/6マウスに比してホモのC2マウスは有意に骨密度が低下していた(図16B)。
実施例19:Pef−ALDH2*2導入マウス脳神経細胞の酸化ストレスに対する抵抗性の低下
大脳皮質神経細胞を培養するために、Pef−ALDH2*2導入マウスである1033−7系統のホモで維持されている雌雄を掛け合わせて妊娠18日目の胎児を取り出した。胎児は氷冷したPBS入りシャーレに移し、脳を取り出した後に実体顕微鏡下で大脳皮質を切り出し、髄膜を剥がした。これをカミソリの刃で細断して、一腹分の胎児より取り出した大脳皮質片につき、5mlの0.25%トリプシンで懸濁し、37℃で時々揺すりながら10分間消化して0.25mlの0.01% DNaseIを加え、転倒混和してDNAを切断後にトリプシン阻害剤として馬血清5mlを添加し、ピペットで軽く混和した。遠心して上清を除去後、沈殿した細胞を5mlの培地(MEM培地(Gibco社製)にL−Glutamine(292mg/l)、ペニシリン、ストレプトマイシン、ITS premix(Becton Dickinson社製)、プトレシン(Sigma社製)を含む)で懸濁した。細胞は、ポリ−L−リジンでコートした培養皿に2x10個/cmとなるように撒き、1日間培養した。この細胞に酸化ストレスに対する抵抗性を調べる目的として各濃度の4−HNEを含む培地を添加し、さらに1日間培養した後に生細胞数をカウントした。この時、生着しており多角形の細胞体と神経突起を有する細胞を生細胞と判定した。Pef−ALDH2*2導入マウスから調製した大脳皮質初代培養細胞は、同じ方法でC57BL/6マウスから調製した細胞に比べて、より低濃度の4−HNEで細胞死が促進された(図17)。また、これらの細胞を4%パラフォルムアルデヒドで室温30分間固定し、PBSで2回洗浄後0.2% Triton X−100で透過処理、再度PBSで3回洗浄後、ブロッキング・バッファー(PBS中に3%ヤギ血清、3%牛アルブミンを含有)に15分間浸した。次いで、神経細胞特異的な抗TUJ−1抗体(1/500容量;Sigma社製)または、抗4−HNE抗体(1/100容量;日本老化制御研究所製、静岡)を含むブロッキング・バッファーに37℃1時間浸し、PBSで3回洗浄後に抗マウスIgG BODIPY(1/500容量;Molecular Probe社製)を含むブロッキング・バッファーに室温1時間浸し、PBSで3回洗浄後に共焦点レーザー顕微鏡(オリンパス社製)で観察した。抗TUJ−1抗体による染色(図18)から、図17で観察した細胞は成熟神経細胞であり、Pef−ALDH2*2導入マウスの神経細胞はC57BL/6マウスの神経細胞に比べて、より低濃度の4−HNEで細胞死が促進されることが示された。さらに抗4−HNE抗体による染色像をNIH Imageソフトウエア(NIH製、MD,USA)で解析することで、染色強度をグラフ化した(図19)。その結果、Pef−ALDH2*2導入マウスの神経細胞では、4−HNEがより蓄積しやすいことが明らかとなった。このことは、Pef−ALDH2*2導入マウスの脳由来の神経細胞でALDH2活性が低下した結果、脂質の過酸化により生じる反応性アルデヒドである4−HNEを解毒する能力が低下して、酸化ストレスによる神経細胞死が促進されたことを示している。酸化ストレスは加齢に伴って増大することから、Pef−ALDH2*2導入マウス脳は加齢に伴う傷害をより受けやすく、アルツハイマー病などのモデル動物としての活用が期待できる。
実施例20:Pactin−ALDH2*2DNA導入マウス筋萎縮にたいするビタミンE添加食投与の効果
ビタミンEは広範に使用されている抗酸化物質であり、アルツハイマー病においてもその予防効果があることが良く知られている。そこで、本発明のALDH2*2DNA導入マウスが、抗酸化剤などの薬効を調べるためのモデル動物となりうるか、ビタミンE添加食を投与することで調べた。ビタミンE添加食は、粉末飼料(MFマウス・ラット・ハムスター飼育用実験動物飼料;オリエンタル酵母工業製、東京)に100gあたり3gの(±)−α−トコフェノール(Wako製、東京)を添加し、よく混和することで作製した。これを生後7週のヘテロC2マウス雄5匹に与え、以降6ヶ月間にわたって週1回体重を測定した。その結果、ビタミンE添加食群のマウスは、未添加の飼料(普通食)を与えた群に比較して体重の増加が認められた(図20)。また、そのときの各マウスの実施例12と同様に下肢筋断面積を測定し比較したところ、ビタミンE添加食群のマウスでは筋断面の増加しており(図21)、ビタミンEの筋萎縮阻害効果が認められた。この結果は、ALDH2活性低下に伴う筋での酸化ストレス増加をビタミンEが抑制したことを示しており、ALDH2*2DNA導入マウスが抗酸化物質などの薬効を調べるうえで有効なモデルであることが示された。
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
【産業上の利用可能性】
本発明によるトランスジェニック動物は、老化および老化関連疾患、特にアルツハイマー病、骨粗鬆症、筋萎縮症、眼疾患、白髪、生殖器異常などのモデル動物として利用できる。本発明による老化関連疾患モデル動物は、酸化ストレスに起因する老化関連疾患の治療および/もしくは予防のための薬剤または方法の開発に貢献し得るものである。また、本発明のトランスジェニック動物は、あらゆる加齢とともに認められる症状の改善するための方法および薬剤の開発にも有用である。
【配列表】











【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】

【図13】

【図14】

【図15】

【図16】

【図17】

【図18】

【図19】

【図20】

【図21】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミトコンドリア型アルデヒド脱水素酵素2(ALDH2)遺伝子の活性をドミナント・ネガティブに抑制する不活性型ミトコンドリア型アルデヒド脱水素酵素2(ALDH2*2)をコードする遺伝子を、非ヒト脊椎動物に導入することによる早期老化、老化関連疾患および/またはミトコンドリア病の症状を示すトランスジェニック動物。
【請求項2】
老化関連疾患が神経変性疾患、糖尿病または骨粗鬆症である、請求項1記載のトランスジェニック動物。
【請求項3】
不活性型ミトコンドリア型アルデヒド脱水素酵素2(ALDH2*2)遺伝子がマウスに由来するものである、請求項1または2に記載のトランスジェニック動物。
【請求項4】
非ヒト脊椎動物がマウスである、請求項1〜3のいずれか1項に記載のトランスジェニック動物。
【請求項5】
プロモーターを上記ALDH2*2遺伝子に対して機能し得る形で連結させて用いる、請求項1〜4のいずれか1項記載のトランスジェニック動物。
【請求項6】
プロモーターがEFプロモーターである、請求項5記載のトランスジェニック動物。
【請求項7】
プロモーターがアクチンプロモーターである、請求項5記載のトランスジェニック動物。
【請求項8】
ALDH2*2遺伝子を、非ヒト脊椎動物に導入することによる、早期老化、老化関連疾患および/またはミトコンドリア病のモデルとなるトランスジェニック動物の作製方法。
【請求項9】
老化関連疾患が神経変性疾患、糖尿病または骨粗鬆症である、請求項8記載のトランスジェニック動物の作製方法。
【請求項10】
不活性型ミトコンドリア型アルデヒド脱水素酵素2(ALDH2*2)遺伝子がマウスに由来するものである、請求項8または9に記載のトランスジェニック動物の作製方法。
【請求項11】
非ヒト脊椎動物がマウスである、請求項8〜10のいずれか1項に記載のトランスジェニック動物の作製方法。
【請求項12】
プロモーターを上記ALDH2*2遺伝子に対して機能し得る形で連結させて用いる、請求項8〜11のいずれか1項記載のトランスジェニック動物の作製方法。
【請求項13】
プロモーターがEFプロモーターである、請求項12記載のトランスジェニック動物の作製方法。
【請求項14】
プロモーターがアクチンプロモーターである、請求項12記載のトランスジェニック動物の作製方法。
【請求項15】
老化関連疾患またはミトコンドリア病を制御する物質を、請求項1〜7のいずれか1項に記載のトランスジェニック動物を用いてスクリーニングする方法であって、
1) 上記動物に試験する物質を投与、または上記動物を試験する物質に曝露すること、
2) 上記動物の老化、老化関連疾患またはミトコンドリア病の症状の促進または抑制を確認すること、
を含む、上記方法。
【請求項16】
上記動物の老化または老化関連疾患の症状を確認することが、上記物質を投与、または上記物質に曝露した上記動物が、投与または曝露を受けていない対照の動物に比べて、筋萎縮、背骨の湾曲、骨密度の低下、体毛の脱色、糖負荷試験により検出される高血糖値の持続、神経伝導速度低下、または酸化ストレスに対する抵抗性の低下のうちの少なくともいずれか1つを促進または抑制されていることを確認することである、請求項15記載の方法。
【請求項17】
上記筋萎縮を促進または抑制されていることを確認することが、筋組織の断面積測定、筋組織の筋密度測定、または筋組織の免疫染色のいずれかにより実施される、請求項16記載の方法。
【請求項18】
上記酸化ストレスに対する抵抗性の低下を促進または抑制されていることを確認することが、上記動物から単離した組織由来の細胞が4−HNEに対する抵抗性が減少または増大していることにより実施される、請求項16記載の方法。
【請求項19】
上記動物から単離した組織由来の細胞が中枢神経系由来のニューロンである、請求項18記載の方法。
【請求項20】
老化関連疾患またはミトコンドリア病を制御する物質を、請求項1〜7のいずれか1項に記載のトランスジェニック動物より単離した組織由来の細胞を用いてスクリーニングする方法であって、
1) 上記細胞を試験する物質に曝露すること、
2) 上記動物の老化、老化関連疾患またはミトコンドリア病の症状の促進または抑制を確認すること、
を含む、上記方法。

【国際公開番号】WO2005/020681
【国際公開日】平成17年3月10日(2005.3.10)
【発行日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−513552(P2005−513552)
【国際出願番号】PCT/JP2004/012797
【国際出願日】平成16年8月27日(2004.8.27)
【出願人】(803000034)学校法人日本医科大学 (37)
【Fターム(参考)】