説明

酸化物超電導線材の製造方法

【課題】臨界電流の高い(Bi,Pb)2223酸化物超電導線材の製造方法を提供する。
【解決手段】金属パイプに原料粉末を充填する工程、塑性加工により金属被覆前駆体線材を形成する工程、その金属被覆前駆体線材を熱処理して(Bi,Pb)2223超電導相を形成する工程を備える金属被覆(Bi,Pb)2223超電導線材の製造方法であって、前記金属被覆前駆体線材には(Bi,Pb)2212相が主相として含まれており、前記熱処理する工程は少なくとも1回以上の昇温ステップを含み、最高到達温度にいたる最終昇温ステップにおける昇温速度が200℃/時間以上であることを特徴とする酸化物超電導線材の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、(Bi,Pb)2Sr2Ca2Cu3Oz(zは10に近い数:以下(Bi,Pb)2223と呼ぶ)相を含む超電導線材およびその製造方法に関し、詳しくはより臨界電流値の高い酸化物超電導線材を得る製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属シース法で作製された(Bi,Pb)2223相を主成分とする酸化物超電導線材は高い臨界温度を持ち、かつ液体窒素温度等の比較的簡単な冷却下でも高い臨界電流値を示す有用な線材である(たとえば、非特許文献1を参照)。だが、更なる性能(臨界電流値)の向上が実現すれば、より実用される範囲が広がることが期待される。
【0003】
ここで(Bi,Pb)2223相を含む超電導線材の臨界電流値を向上させるには、線材中に含まれる非超電導物質の割合を低減すること、および(Bi,Pb)2223結晶の配向性を高めることが必要とされている。
【0004】
しかし、従来までは、(Bi,Pb)2223相の形成過程が十分には解明されておらず、非超電導相の低減、配向性の向上のそれぞれ、および両者を同時に満たす手法にはいまだ開発の余地があった。
【0005】
そこで発明者らは、線材熱処理工程の目標焼結温度までの昇温速度に着目した。これについては、昇温速度を速めると前駆体である(Bi,Pb)2Sr2Ca1Cu2Oz(zは8に近い数:以下(Bi,Pb)2212と呼ぶ)相の結晶成長に熱エネルギーが使用されることなく、そのエネルギーの大半が部分溶融に消費され多量の液相を形成し、その液相の介在によって不要である非超電導相の減少および、空隙の減少が観測され、臨界電流値の向上が図られている(非特許文献2を参照)。また特許文献1には700℃〜800℃の範囲を5時間以上で昇温すると線材の膨れ現象を抑制し、高性能な線材が得られると記載されている。
【特許文献1】特開平10-289623号公報
【非特許文献1】SEIテクニカルレビュー、2004年3月 第164号 p36-42
【非特許文献2】Supercond. Sci. Tech. 18 (2005) 526-530
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は線材中の(Bi,Pb)2223相の存在割合を上げ、かつ(Bi,Pb)2223相の配向性を高くすることで、臨界電流値の高い超電導線材の製造方法を提供することを目的とする。
【0007】
本発明者らは、(Bi,Pb)2223相の形成過程を検討し、焼結前の前駆体状態と熱処理時の昇温速度に重要な関係があることを見出し、本発明を完成した。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の酸化物超電導線材の製造方法は、金属パイプに原料粉末を充填する工程、塑性加工により金属被覆前駆体線材を形成する工程、その金属被覆前駆体線材を熱処理して(Bi,Pb)2223超電導相を形成する工程を備える金属被覆(Bi,Pb)2223超電導線材の製造方法であって、前記金属被覆前駆体線材には(Bi,Pb)2212相が主相として含まれており、前記熱処理する工程は少なくとも1回以上の昇温ステップを含み、最高到達温度に至る最終昇温ステップにおける昇温速度が200℃/時間以上であることを特徴とするものである。
【0009】
本発明の酸化物超電導線材の製造方法は、前記熱処理する工程において、少なくとも600℃から最高到達温度までの区間の昇温速度が、200℃/時間以上であることが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明は線材中(Bi,Pb)2223相の存在割合を上げかつ(Bi,Pb)2223相の配向性を高くすることで、臨界電流値の高い超電導線材の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
(実施形態)
図1は、酸化物超電導線材の構成を模式的に示す部分断面斜視図である。図1を参照して、例えば、多芯線の酸化物超電導線材について説明する。酸化物超電導線材11は、長手方向に伸びる複数本の酸化物超電導体フィラメント12と、それらを被覆するシース部13とを有している。複数本の酸化物超電導体フィラメント12の各々の材質は、Bi-Pb-Sr-Ca-Cu-O系の組成が好ましく、特に(Bi、Pb):Sr:Ca:Cuの原子比がほぼ2:2:2:3の比率で近似して表される(Bi、Pb)2223相を含む材質が最適である。シース部13の材質は、例えば銀や銀合金等の金属から構成される。
【0012】
次に、上記の酸化物超電導線材の製造方法について説明する。
【0013】
図2は、本発明の実施の形態における酸化物超電導線材の製造工程を示す図である。また図3〜7は、図2の各工程を示す図である。
【0014】
図2および図3を参照して、まず、酸化物超電導体の前駆体粉末31を金属管32に充填する(ステップS1)。この酸化物超電導体の前駆体粉末31は、たとえば(Bi、Pb)2212相、(Bi、Pb)2223相、アルカリ土類酸化物(例えば、(Ca,Sr)CuO2、(Ca,Sr)2CuO3、(Ca,Sr)14Cu24O41等)、Pb酸化物(例えば、Ca2PbO4、(Bi,Pb)3Sr2Ca2Cu1Oz)を含む材質よりなっている。なお、金属管32としては銀や銀合金を用いることが好ましい。これは前駆体粉末と金属管が反応し化合物を形成し、前駆体粉末の組成ずれを防ぐためである。
【0015】
次に、図2および図4に示すように、上記前駆体粉末が充填された金属管41を所望の直径まで伸線加工し、前駆体42を芯材として銀などの金属に被覆された単芯線43を作製する(ステップS2)。
【0016】
次に、図2および図5に示すように、この単芯線51を多数束ねて、例えば銀等からなる金属管52内に嵌合する(多芯嵌合:ステップS3)。これにより、前駆体粉末を芯材として多数有する多芯構造材が得られる。
【0017】
次に、図2および図6に示すように、多芯構造材61を所望の直径まで伸線加工し、前駆体粉末62が金属シース部63に埋め込まれ、断面形状が円状あるいは多角形状の等方的多芯母線64を作製する(ステップS4)。これにより、酸化物超電導線材の前駆体粉末62を金属で被覆した形態を有する等方的多芯母線64が得られる。
【0018】
次に、図2および図7に示すように、この等方的多芯母線71を圧延する(1次圧延:ステップS5)。これによりテープ状前駆体線材72が得られる。
【0019】
次に、テープ状前駆体線材を熱処理する(1次熱処理:ステップS6)。この熱処理は、たとえば大気圧下、または1MPa以上50MPa以下の加圧雰囲気において約830℃の温度で行われる。熱処理によって前駆体粉末から目的とする酸化物超電導相が生成される。
【0020】
その後、再び線材を圧延する(2次圧延:ステップS7)。このように、2次圧延を行うことにより、1次熱処理で生じたボイドが除去される。
【0021】
続いて、例えば820℃の温度で線材を熱処理する(2次熱処理:ステップS8)。このときも、大気圧下、または加圧雰囲気で熱処理する。以上の製造工程により、図1に示す酸化物超電導線材が得られる。
【0022】
本願発明者らは、前駆体粉末を(Bi,Pb)2212相を主相とする粉末とし、(Bi,Pb)2212相を主相とするテープ状前駆体線材を作製し、その1次熱処理(ステップS6)における昇温速度を200℃/時間以上にすることにより、高い臨界電流値を有する超電導線材が得られることを見出した。これについて、以下に説明する。
【0023】
(Bi,Pb)2223相を含む超電導線材の臨界電流を高めるためには、超電導フィラメント内の(Bi,Pb)2223相割合を100%に近づけること、および(Bi,Pb)2223結晶の配向性を高めることが必要とされている。本願発明者らは、この(Bi,Pb)2223相は、前駆体粉末に含まれる(Bi,Pb)2212相とアルカリ土類酸化物(例えば、(Ca,Sr)CuO2、(Ca,Sr)2CuO3、(Ca,Sr)14Cu24O41など、以下同じ)などとの反応により生成することを見出した。
【0024】
(Bi,Pb)2223相を含む超電導線材に用いられる前駆体粉末は、Bi、Pb、Sr、Ca、Cuをそれぞれ含む酸化物または炭酸塩などを混合し、仮焼、粉砕を繰り返して製造される。この前駆体は前記した生成過程が起こりやすいように、(Bi,Pb)2212相が多量に含まれるよう調整される。
【0025】
この(Bi,Pb)2212相は不安定であり、温度によってはPbを排出しBi2Sr2Ca1Cu2Oz(zは8に近い数:以下Bi2212と呼ぶ)相へ変態することもある。本願発明者らはこのBi2212相から(Bi,Pb)2223相への相変態は起こりにくいということも見出した。またこの(Bi,Pb)2212相の変態は、配向性の低下も伴うことも同時に見出した。よって、線材形状で施される熱処理において、前駆体中の(Bi,Pb)2212相をBi2212相にできるだけ変態させないことが、(Bi,Pb)2223相割合を高めること、配向性を向上させることにつながることを明らかにした。
【0026】
(Bi,Pb)2212相は600℃から800℃の範囲で不安定であり、この範囲に滞留しているとPbを吐き出し、Bi2212相へ変わってしまう。よって、できる限り600℃から800℃の温度帯に滞留しないようにすることが好ましい。図2中、ステップS6における(Bi,Pb)2212相から(Bi,Pb)2223相へ変態させる熱処理は通常800℃から850℃の範囲で施される。よって、前駆体を含んだテープ状線材は必ず600℃から800℃の温度帯を通過する。
【0027】
よって、できる限り昇温速度を速くし、特に600℃から800℃の温度帯にいる時間を短くすることが好ましい。本願発明者らは、その昇温速度が200℃/時間以上であれば、実質的に(Bi,Pb)2212相からBi2212相への変態は無視できるほど小さいことを見出した。
【実施例】
【0028】
(実施例1)
素原料としてBi2O3、PbO、SrCO3、CaCO3、CuO粉末をBi:Pb:Sr:Ca:Cuの原子比が1.8:0.3:1.9:2.0:3.0となるよう混合した。この混合粉を半分に分け、一部は大気中800℃で熱処理し、粉砕し、再度大気中800℃で熱処理し、粉砕することによって前駆体とした。もう一方は酸素中800℃で熱処理し、粉砕し、再度酸素中800℃で熱処理し、粉砕することによって前駆体とした。
【0029】
これらの粉末をXRD分析したところ、大気中熱処理粉末は(Bi,Pb)2212相が主相となっており、酸素中熱処理粉末はBi2212相が主相となっていた。
【0030】
この前駆体原料粉末それぞれを直径36mmの銀管に充填した後、伸線加工して直径3mmの単芯線を得た。この単芯線を61本束ねて直径36mmの銀管に挿入し、伸線加工して直径1mmφの多芯丸線材を得た。
【0031】
次に、上記多芯丸線材を圧延して、厚さ0.25mmのテープ状線材にした。このようにして前駆体が(Bi,Pb)2212相であるテープ状線材、前駆体がBi2212相であるテープ状線材をそれぞれ得た。
【0032】
次に、上記テープ状線材を、酸素8体積%、窒素92体積%の混合ガス雰囲気中830℃で、30時間の1次熱処理を施した。この際、室温から830℃までの昇温速度を30、60、120、200、270、360℃/時間のように変化させた。
【0033】
次に、1次熱処理された線材を厚さ0.24mmになるよう2次圧延を施し、最後に酸素8体積%、窒素92体積%の混合ガス雰囲気中820℃、100時間の2次熱処理を施し、最終目的とする超電導線材を得た。
【0034】
次にこれら線材の臨界電流(Ic)を温度77K、ゼロ磁場中、四端子法で測定する。臨界電流値(Ic)は線材1cmあたり1×10-6Vの電圧を発生させる電流と定義した。また配向を以下のように評価した。最終熱処理線材のXRD回折パターン中、(Bi,Pb)2223相の(0、0、24)面に由来する回折ピークの半価幅の1/2を算出し、この値で配向性を表す。この半価幅値が小さいほど配向性が良い。表1に製造条件、測定された臨界電流値、半価幅を記す。
【0035】
【表1】

【0036】
表1からわかるように、前駆体粉末がBi2212相を主相とするテープ線材では、昇温速度に依存せず、いずれも50A台の臨界電流値となっている。配向性を表わす半価幅も依存性がなく12、13°となっていた。これはBi2212相が昇温中に分解することがないためである。また(Bi,Pb)2223相への変態も不十分であるため全体的に低い臨界電流となっている。一方前駆体粉末が(Bi,Pb)2212相を主相とする場合は、昇温速度依存性をもち、昇温速度が200℃/時間以上で60A以上の臨界電流が得られている。半価幅も10°未満の値を示した。
【0037】
(実施例2)
実施例1で製造された前駆体粉末が(Bi,Pb)2212相を主相とするテープ線材を、酸素8体積%、窒素92体積%の混合ガス雰囲気中830℃、30時間の1次熱処理を施した。この際昇温パターンを図8に示すようにし、昇温速度変更温度81以下の低温側では100℃/時間の昇温速度、昇温速度変更温度31から最高到達温度82までの高温側では200℃/時間のように設定し、その昇温速度変更温度31を300、400、500、600、700、800℃と変化させた。
【0038】
次に、実施例1と同様に1次熱処理された線材を厚さ0.24mmになるよう2次圧延を施し、最後に酸素8体積%、窒素92体積%の混合ガス雰囲気中820℃、100時間の2次熱処理を施し、最終目的とする超電導線材を得た。その臨界電流値を表2に示す。
【0039】
【表2】

【0040】
表2からわかるように、600℃を超えるまでに、昇温速度を200℃/時間以上にしないと、(Bi,Pb)2212相からBi2212相への相変態が起こってしまい。臨界電流値が70Aを超えていない。これより、600℃から最高到達温度までの区間において昇温速度が200℃/時間以上であることが好ましいといえる。
【0041】
今回開示された実施の形態および実施例は全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した説明でなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内のすべての変更が含まれることが意図される。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】酸化物超電導線材の構成を模式的に示す部分断面斜視図である。
【図2】本発明の実施の形態における酸化物超電導線材の製造工程を示すフロー図である。
【図3】図2中S1ステップを示す図である。
【図4】図2中S2ステップを示す図である。
【図5】図2中S3ステップを示す図である。
【図6】図2中S4ステップを示す図である。
【図7】図2中S5ステップを示す図である。
【図8】本発明の実施例における昇温パターンを模式的に示す図である。
【符号の説明】
【0043】
11 酸化物超電導線材、12 酸化物超電導フィラメント、13 シース部、31 前駆体粉末、32 金属管 41 前駆体粉末が充填された金属管、42 前駆体、43 単芯線、51 単芯線、52 金属管、61 多芯構造材、62 前駆体原料粉末、63 金属シース部、64 等方的多芯母線、71 等方的多芯母線、72 テープ状前駆体線材、81 昇温速度変更温度、82 最高到達温度

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属パイプに原料粉末を充填する工程、塑性加工により金属被覆前駆体線材を形成する工程、その金属被覆前駆体線材を熱処理して(Bi,Pb)2223超電導相を形成する工程を備える金属被覆(Bi,Pb)2223超電導線材の製造方法であって、前記金属被覆前駆体線材には(Bi,Pb)2212相が主相として含まれており、前記熱処理する工程は少なくとも1回以上の昇温ステップを含み、最高到達温度にいたる最終昇温ステップにおける昇温速度が200℃/時間以上であることを特徴とする酸化物超電導線材の製造方法。
【請求項2】
前記熱処理する工程において、少なくとも600℃から最高到達温度までの区間の昇温速度が、200℃/時間以上であることを特徴とする請求項1に記載の酸化物超電導線材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2007−165206(P2007−165206A)
【公開日】平成19年6月28日(2007.6.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−362572(P2005−362572)
【出願日】平成17年12月16日(2005.12.16)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】