説明

醸造酢の製造方法及び醸造酢

【課題】全体として、旨味、コク、キレ等、香味のバランスに優れ、しかも香味が相応に深い醸造酢を得ることができる醸造酢の製造方法及びそのような醸造酢を提供する。
【解決手段】原料を酵素処理した後、アルコール発酵し、更に酢酸発酵する醸造酢の製造において、原料としてコーンスターチとモルトとを、乾物換算でコーンスターチ100質量部当たりモルト20〜100質量部となる割合で用いた。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は醸造酢の製造方法及び醸造酢に関する。穀類、果実類、野菜類等、各種の原料の特性を活かした様々な醸造酢が製造され、使用されている。これらの醸造酢は、多くの場合、その香味や色調等に原料由来の何らかの特徴を有している。しかし近年では、際立った或は偏った特徴はないけれども、全体として、旨味、コク、キレ等、香味のバランスに優れ、しかも香味が相応に深い醸造酢が求められるようになっている。なかでも、ドレッシング、マヨネーズソース、ウースターソース、ケチャップソース等に使用される醸造酢には、その傾向が強い。本発明は、全体として香味のバランスに優れ、しかも香味が相応に深い醸造酢を得ることができる醸造酢の製造方法及びそのような醸造酢に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、醸造酢は一般に、原料を酵素を用いて液化処理及び糖化処理した後、酵母や麹を用いてアルコール発酵し、更に酢酸菌や種酢を用いて酢酸発酵することにより製造されている(例えば、特許文献1〜4参照)。これらの醸造酢には、原料としてコーンスターチを用いたもの、原料としてモルトを用いたもの、原料として醸造アルコールを用いたもの等も知られており、いずれも何らかの形で原料由来の特徴を有するものとなっている。しかし、その反面でこれらの醸造酢には、香味のバランスに欠け、或はまた香味の深さに欠けるという問題がある。例えば、原料としてコーンスターチを用いた醸造酢は、香味にキレはあるものの、旨味やコク、更には深さに劣り、また原料としてモルトを用いた醸造酢は、香味に旨味やコク、更には深さはあるものの、キレに著しく劣り、鈍重な感じが強いのである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平1−257475号公報
【特許文献2】特開平10−248551号公報
【特許文献3】特開2003−310242号公報
【特許文献4】特開2008−148615号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明が解決しようとする課題は、全体として、旨味、コク、キレ等、香味のバランスに優れ、しかも香味が相応に深い醸造酢を得ることができる醸造酢の製造方法及びそのような醸造酢を提供する処にある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
前記の課題を解決する本発明は、原料を酵素処理した後、アルコール発酵し、更に酢酸発酵する醸造酢の製造において、原料としてコーンスターチとモルトとを、乾物換算でコーンスターチ100質量部当たりモルト20〜100質量部となる割合で用いることを特徴とする醸造酢の製造方法に係る。また本発明は、かかる醸造酢の製造方法によって得られる醸造酢に係る。
【0006】
先ず、本発明に係る醸造酢の製造方法(以下、単に本発明の製造方法という)について説明する。本発明の製造方法でも、原料を酵素を用いて処理した後、酵母を用いてアルコール発酵し、更に酢酸菌や種酢を用いて酢酸発酵する。
【0007】
本発明の製造方法では、原料としてコーンスターチとモルトとを用い、双方を乾物換算でコーンスターチ100質量部当たりモルト20〜100質量部となる割合で用いる。コーンスターチとモルトとを、かかる割合の範囲内で用いることにより初めて、全体として香味のバランスに優れ、しかも香味が相応に深い所期の通りの醸造酢を得ることができる。より優れた醸造酢を得るためには、コーンスターチとモルトとを乾物換算でコーンスターチ100質量部当たりモルト30〜60質量部となる割合で用いるのが好ましい。コーンスターチやモルトは市販品を使用できるが、モルトとしては醸造用の麦芽全粒粉砕物を用いるのが好ましく、大麦の麦芽全粒粉砕物を用いるのがより好ましい。
【0008】
本発明の製造方法では、前記のような原料を用いて、酵素処理を行なう。酵素処理は通常、液化処理及び糖化処理である。液化処理及び糖化処理に用いる酵素としては市販品を使用できる。ここで用いる酵素には、主に液化を行なうもの、主に糖化を行なうもの、液化と糖化を同時に行なうもの等、各種があるが、本発明の製造方法では、モルトが本来的に持っている糖化酵素を活用してより優れた香味バランスの醸造酢を得るため、先ずコーンスターチを液化処理し、次にモルトを加えて糖化処理するのが好ましい。この場合、通常は、液化処理を45〜55℃で1〜3時間行なった後、更に85〜95℃で1〜5時間行ない、また糖化処理を45〜65℃で15〜25時間行なう。なかでも糖化処理は、糖化処理後のBxが18.0〜28.0質量%となるように行なうのが好ましく、糖化処理液のBxが19.0〜23.0質量%となるように行なうのがより好ましい。また糖化処理は、糖化処理液のホルモール法によるアミノ酸度が0.50〜3.00となるように行なうのが好ましく、かかるアミノ酸度が0.80〜1.50となるように行なうのがより好ましい。
【0009】
本発明の製造方法では、前記のような原料を酵素処理した後、アルコール発酵し、更に酢酸発酵して醸造酢を得る。アルコール発酵や酢酸発酵それ自体は、従来と同様の方法で行なうことができる。通常、アルコール発酵は、例えばサッカロマイセス・セレビシエを主とする酵母を用いて、10〜30℃で7〜30日間行ない、また酢酸発酵は、例えばアセトバクター・アセチを主とする酢酸菌やこれを培養した種酢を用いて、20〜35℃で3〜30日間行なう。なかでも酢酸発酵は、中和滴定法による酢酸換算濃度を5容量%にしたときの酢酸発酵液のホルモール法によるアミノ酸度が0.08〜0.65となるように行なうのが好ましく、かかるアミノ酸度が0.15〜0.40となるように行なうのがより好ましい。また酢酸発酵は、中和滴定法による酢酸換算濃度を5容量%にしたときの酢酸発酵液に含まれるコハク酸、乳酸及びグルコン酸の3種の有機酸濃度がそれぞれ0.01〜0.10質量%となるように行なうのが好ましい。
【0010】
本発明に係る醸造酢は、以上説明したような本発明の製造方法によって得られる醸造酢である。本発明の製造方法によると、全体として、旨味、コク、キレ等、香味のバランスに優れ、しかも香味が相応に深い醸造酢を得ることができる。原料としてモルトを用いずにコーンスターチのみを用いてその他は同様に製造した所謂コーン酢と、原料としてコーンスターチを用いずにモルトのみを用いてその他は同様に製造した所謂モルト酢とを単に混ぜ合わせるだけでは、本発明のような醸造酢は得られない。
【発明の効果】
【0011】
本発明によると、全体として、旨味、コク、キレ等、香味のバランスに優れ、しかも香味が相応に深い醸造酢を得ることができる。
【実施例】
【0012】
以下、本発明の構成及び効果をより明らかにするため、実施例及び比較例を挙げるが、本発明がこれらの実施例に限定されるというものではない。尚、以下のこれらの例において、特に記載しない限り、部は質量部であり、%は質量%である。またアミノ酸度はホルモール法による測定値であり、酢酸濃度は中和滴定法による酢酸換算の測定値であって、有機酸濃度は高速液体クロマトグラフィーによる測定値である。
【0013】
試験区分1
実施例1
コーンスターチ1000kgを50℃の温水4430Lに投入し、撹拌下に溶解した。液化酵素としてデンプン分解酵素(ノボエンザイム社製の商品名ターマミル120L)1.5kg及びタンパク分解酵素(ノボエンザイム社製の商品名ニュートラーゼ0.8L)1.0kgを加え、また無機塩類として食塩0.5kg及び塩化カルシウム0.04kgを加えて、撹拌下に50℃で1時間保持し、更に93℃で3.5時間保持して液化処理を行なった。液化処理液を58℃に冷却した後、モルトの粉砕物(アサヒビールモルト社製の商品名醸造用麦芽粉砕物)200kgを加え(乾物換算でコーンスターチ100部当たりモルトの粉砕物20部)、また糖化酵素(ノボエンザイム社製の商品名AGM300L)1.5kgを加えて、撹拌下に58℃で18時間保持し、糖化処理を行なった。糖化処理液のBxは18.5%、アミノ酸度は0.55であった。糖化処理液を加圧濾過し、濾液にサッカロマイセス・セレビシエを主とする酵母500gを加え、20℃で15日間、静置によりアルコール発酵を行なった。アルコール発酵液に水を加え、種酢を加えて、濾過し、アルコール発酵による菌体を除去した後、更にアセトバクター・アセチを主とする酢酸菌により、30℃で20日間、通気により酢酸発酵を行なった。酢酸発酵液から濾過により菌体を除去して、実施例1の醸造酢(コーンモルト酢)を得た。
【0014】
比較例1
コーンスターチ1000kgを50℃の温水4430Lに投入し、撹拌下に溶解した。液化酵素として実施例1と同じデンプン分解酵素(ノボエンザイム社製の商品名ターマミル120L)1.5kg及びタンパク分解酵素(ノボエンザイム社製の商品名ニュートラーゼ0.8L)1.0kgを加え、また無機塩類として食塩0.5kg及び塩化カルシウム0.04kgを加えて、撹拌下に50℃で1時間保持し、更に93℃で3.5時間保持して液化処理を行なった。液化処理液を58℃に冷却した後、実施例1と同じ糖化酵素(ノボエンザイム社製の商品名AGM300L)1.5kgを加えて、撹拌下に58℃で18時間保持し、糖化処理を行なった。糖化処理液のBxは17.3%、アミノ酸度は0.03であった。糖化処理液を加圧濾過し、濾液に実施例1と同じサッカロマイセス・セレビシエを主とする酵母500gを加え、20℃で15日間、静置によりアルコール発酵を行なった。アルコール発酵液に水を加え、種酢を加えて、濾過し、アルコール発酵による菌体を除去した後、更にアセトバクター・アセチを主とする酢酸菌により、30℃で20日間、通気により酢酸発酵を行なった。酢酸発酵液から濾過により菌体を除去して、比較例1の醸造酢(コーン酢)を得た。
【0015】
実施例2〜4及び比較例2
コーンスターチを1000kg、水を4430Lとし、コーンスターチとモルトとの乾物換算の割合を、コーンスターチ100部当たり、モルトの粉砕物を30部(実施例2)、60部(実施例3)、100部(実施例4)、200部(比較例2)としたこと以外は実施例1と同様にして、実施例2〜4及び比較例2の醸造酢(コーンモルト酢)を得た。
【0016】
比較例3
実施例1と同じモルトの粉砕物(アサヒビールモルト社製の商品名醸造用麦芽粉砕物)1000kgを50℃の温水4430Lに投入し、無機塩類として食塩0.5kg及び塩化カルシウム0.04kgを加え、更に糖化酵素(ノボエンザイム社製の商品名AMG300L)1.5kgを加えて、撹拌下に58℃で18時間保持し、糖化処理を行なった。糖化処理液のBxは12.9%、アミノ酸度は2.55であった。糖化処理液を加圧濾過し、濾液に実施例1と同じサッカロマイセス・セレビシエを主とする酵母500gを加え、20℃で15日間、静置によりアルコール発酵を行なった。アルコール発酵液に水を加え、種酢を加えて、濾過し、アルコール発酵による菌体を除去した後、更にアセトバクター・アセチを主とする酢酸菌により、30℃で20日間、通気により酢酸発酵を行なった。酢酸発酵液から濾過により菌体を除去して、比較例3の醸造酢(モルト酢)を得た。
【0017】
以上の各例について、糖化処理液のBx及びアミノ酸度、並びに醸造酢の酢酸濃度を5容量%となるよう水希釈したときのアミノ酸度を表1にまとめて示した。
【0018】
【表1】

【0019】
試験区分2
比較例4及び5
精米又は玄米2000kgを水5000Lに投入し、撹拌下に、液化酵素として実施例1と同じデンプン分解酵素(ノボエンザイム社製の商品名ターマミル120L)2.0kg及びタンパク分解酵素(ノボエンザイム社製の商品名ニュートラーゼ0.8L)1.0kgを加え、また無機塩類として食塩0.5kg及び塩化カルシウム0.04kgを加えて、撹拌下に50℃で1時間保持し、更に93℃で3.5時間保持して液化処理を行なった。液化処理液を15℃に冷却した後、撹拌下に米麹500kgを加えて糖化処理を開始した。更に実施例1と同じサッカロマイセス・セレビシエを主とする酵母500gを加え、15℃で15日間、静置により糖化処理及びアルコール発酵を行なった。アルコール発酵液に水を加え、種酢を加えて、加圧濾過し、アルコール発酵による菌体を除去した後、更にアセトバクター・アセチを主とする酢酸菌により、30℃で20日間、通気により酢酸発酵を行なった。酢酸発酵液から濾過により菌体を除去して、比較例4の醸造酢(純米酢)と比較例5の醸造酢(玄米酢)を得た。
【0020】
比較例6
酒粕1500kgを水8000Lに投入し、撹拌下に18時間保持した。処理液を加圧濾過し、濾液に変性アルコール2000L及び種酢を加えて、30℃で20日間、通気により酢酸発酵を行なった。酢酸発酵液から濾過により菌体を除去して、比較例6の醸造酢(粕酢)を得た。
【0021】
比較例7
アルコール発酵液として市販の醸造アルコールに種酢を加えた変性アルコールを用い、以降の酢酸発酵等は比較例1と同様にして、醸造酢を得た。
【0022】
試験区分1の実施例3、比較例1及び3、並びに試験区分2の比較例4〜7について、醸造酢の酢酸濃度を5%となるよう水希釈したときのアミノ酸度及び有機酸濃度を表2にまとめて示した。
【0023】
【表2】

【0024】
試験区分3
試験区分1の比較例1の醸造酢(コーン酢)、実施例1の醸造酢(コーンモルト酢)及び比較例3の醸造酢(モルト酢)の3点について、男性6人及び女性6人の合計12人の評価員により官能評価した。官能評価は、3点の醸造酢を酢酸濃度5%となるよう水希釈したものについて、コク、キレ、旨味、深み、酸臭のまろやかさ及び甘味の各程度を3点順位法(1位を3点、2位を2点、3位を1点)で行なった。また実施例1の醸造酢(コーンモルト酢)に代えて、実施例2〜4及び比較例2の醸造酢(コーンモルト酢)を用いたこと以外は上記と同様にして官能評価を行なった。結果を表3にまとめて示した。表3中、比較例1の醸造酢(コーン酢)及び比較例3の醸造酢(モルト酢)についての評価は、5回の官能評価の平均点で示した。
【0025】
【表3】

【0026】
試験区分4
試験区分1の各例の醸造酢を用いて、男性8人及び女性8人の合計16人の評価員により官能評価した。官能評価は、各例の醸造酢を酢酸濃度5容量%となるよう水希釈したものを用いて、コーンモルト酢と、そのコーンモルト酢と原料配分が同じ割合となるようコーン酢とモルト酢とを混合したものとの2点比較法で行ない、どちらの醸造酢が全体の香味バランス及び香味の深さを考慮して好ましいかを選択させた。例えば、実施例1の醸造酢(コーンモルト酢)を評価する場合は、それを酢酸濃度5容量%となるよう水希釈したものと、比較例1の醸造酢(コーン酢)を酢酸濃度5容量%となるよう水希釈したもの100部に対して比較例3の醸造酢(モルト酢)を酢酸濃度5容量%となるよう水希釈したもの20部の割合で混合したものとを2点比較した。好ましいと選択した人数を表4にまとめて示した。表4中、*印は危険率5%で有意であることを示しており、また**印は危険率0.1%で有意であることを示している。
【0027】
【表4】

【0028】
表1〜表4の結果からも明らかなように、各実施例の醸造酢(コーンモルト酢)、なかでも実施例2及び3の醸造酢(コーンモルト酢)は、比較例1の醸造酢(コーン酢)や比較例3の醸造酢(モルト酢)と比べ、全体として旨味、コク、キレ等、香味のバランスに優れ、しかも香味が相応に深い。また各実施例の醸造酢(コーンモルト酢)は、単に比較例1の醸造酢(コーン酢)と比較例3の醸造酢(モルト酢)とを混合したものよりもはるかに優れたものとなっている。これらの各実施例の醸造酢(コーンモルト酢)を得るためには、酵素処理に供する原料としてコーンスターチとモルトとを前記したような割合で用いることが肝要であり、またアミノ酸度が前記したような範囲となるように糖化処理し、酢酸発酵することが好ましく、かくしてコハク酸、乳酸及びグルコン酸を前記したようにそれぞれ0.01〜0.10質量%含有するものとすることが好ましい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料を酵素処理した後、アルコール発酵し、更に酢酸発酵する醸造酢の製造において、原料としてコーンスターチとモルトとを、乾物換算でコーンスターチ100質量部当たりモルト20〜100質量部となる割合で用いることを特徴とする醸造酢の製造方法。
【請求項2】
乾物換算でコーンスターチ100質量部当たりモルト30〜60質量部となる割合で用いる請求項1記載の醸造酢の製造方法。
【請求項3】
酵素処理が液化処理及び糖化処理であって、コーンスターチを液化処理し、更にモルトを加えて糖化処理する請求項1又は2記載の醸造酢の製造方法。
【請求項4】
酵素処理液のホルモール法によるアミノ酸度が0.50〜3.00となるよう糖化処理する請求項1〜3のいずれか一つの項記載の醸造酢の製造方法。
【請求項5】
中和滴定法による酢酸換算濃度を5容量%にしたときの酢酸発酵液のホルモール法によるアミノ酸度が0.08〜0.65となるよう酢酸発酵する請求項1〜4のいずれか一つの項記載の醸造酢の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれか一つの項記載の醸造酢の製造方法によって得られる醸造酢。

【公開番号】特開2012−183030(P2012−183030A)
【公開日】平成24年9月27日(2012.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−48453(P2011−48453)
【出願日】平成23年3月7日(2011.3.7)
【出願人】(502143467)内堀醸造株式会社 (3)
【Fターム(参考)】