説明

重金属元素の定量法

【課題】 有機系樹脂組成物を簡便に分解溶液化でき、樹脂組成物中の重金属元素を高精度で分析できる重金属元素の定量法を提供する。
【解決手段】 有機系樹脂組成物を有機物分解溶媒で分解溶液化すると共に、これをろ過して分析用の溶液を得る湿式分解工程と、湿式分解工程で得られた溶解残分を灰化し、得られた灰化物を再度有機物分解溶媒で分解溶液化すると共に、これをろ過して分析用の溶液を得る乾式灰化工程とからなり、湿式分解工程および乾式灰化工程で得られたそれぞれの溶液中の重金属元素を定量し、両者の分析結果を合計する方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、原子吸光分析や誘導結合プラズマ発光分析等の機器分析に用いる組成分析用試料の溶液化方法など、樹脂組成物中の重金属分析前処理法を含む重金属元素の定量法に関する。
【背景技術】
【0002】
電線・ケーブルなどに使用される被覆材には主に有機系樹脂組成物が用いられているが、この有機系樹脂組成物中には種々の無機化合物、金属化合物、有機化合物等が含まれ、近年、品質管理の面からこれら有機系樹脂組成物中の重金属元素の定量が求められており、実際その定量が行われている。
【0003】
例えば、2006年7月から施行されるEUのRoHS指令では、電気・電子機器に使用される各部材の中の有害物質使用制限(重金属元素の規制値はCd:100ppm未満、Pb、Hg、Cr6+:1000ppm未満)が定められている。
【0004】
これらの有機系樹脂組成物中の前記金属含有成分の定量法としては、蛍光X線法を用いて試料の前処理なしに直接分析する方法がある。しかし、この方法では、有機系樹脂組成物中に目的とする元素以外の物質(以下、マトリクスと称す)を含む場合が多く、共存する元素が多種類あることなどから、分析感度が悪くなり、30ppm以下の微量分析をする場合、高精度な分析が困難であることがわかっている。
【0005】
他方、多金属元素定量法として、高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP−AES)および原子吸光分光分析法(AAS)があるが、分析するためには有機系樹脂組成物を溶液化する必要がある。しかし、溶液化の方法は対象となる有機系樹脂組成物により様々であり、統一された溶液化方法は存在していない。そのため、溶液化に煩雑な処理や長時間を要し、簡潔な前処理方法が望まれていた。
【0006】
溶液化の方法としては、試料に硝酸等を添加し、開放系でマイクロ波を照射し、加熱分解にて試料溶液を調製する方法がある(例えば、特許文献1および2参照)。また、試料にpKa2以下の強酸を添加して密閉系でマイクロ波を照射し、ふっ化水素酸を添加して密閉系でマイクロ波を照射するなどした後、試料溶液を調製する方法もある(例えば、特許文献3参照)。
【0007】
【特許文献1】特開平8−68735号公報
【特許文献2】特開平9−89868号公報
【特許文献3】特開平11−287761号公報
【特許文献4】特開平9−59422号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、これら溶液化の方法では、溶液化できる有機系樹脂組成物が限られることや、高価なマイクロ波照射装置を必要とすること、また1回に作業できる数(試料分解量)に制限があるため測定誤差が大きいことや、使用後の洗浄などに時間がかかるなど問題があった。
【0009】
また、試料の前処理に関する公定法としては、乾式灰化法と湿式分解法があり、その代表例および前処理フローを表1に示す。
【0010】
【表1】

【0011】
欧州や米国の規格として定められた表1の湿式分解法は、重金属元素の定量法として広く用いられているが、ろ過の際に不溶分を取り除いてしまう方法であり、試料を十分溶解できない場合もある。このため、溶解しなかった重金属元素が不溶分と共に失われることになり、重金属元素の回収率が低く、測定誤差が大きい。しかも、樹脂組成物により異なる酸を用いる必要があり、試料の前処理が煩雑である。
【0012】
表1の乾式灰化法は、重金属元素の定量法の代用として用いられるが、電気炉を用いてるつぼに入れた試料を灰化する際に、重金属元素の一部が揮散するため、やはり重金属元素の回収率が低く、測定誤差が大きい。
【0013】
そこで、本発明の目的は、有機系樹脂組成物を簡便に分解溶液化でき、樹脂組成物中の重金属元素を高精度で分析できる重金属元素の定量法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は上記目的を達成するために創案されたものであり、請求項1の発明は、有機系樹脂組成物を有機物分解溶媒で分解溶液化すると共に、これをろ過して分析用の溶液を得る湿式分解工程と、湿式分解工程で得られた溶解残分を灰化し、得られた灰化物を再度有機物分解溶媒で分解溶液化すると共に、これをろ過して分析用の溶液を得る乾式灰化工程とからなり、湿式分解工程および乾式灰化工程で得られたそれぞれの溶液中の重金属元素を定量し、両者の分析結果を合計する樹脂組成物中の重金属元素の定量法である。
【0015】
請求項2の発明は、前記湿式分解工程および乾式灰化工程における有機物分解溶媒は、硫酸、硝酸、塩酸、過塩素酸、ふっ化水素酸から選ばれる少なくとも1種の酸化性酸からなる請求項1記載の樹脂組成物中の重金属元素の定量法である。
【0016】
請求項3の発明は、前記乾式灰化工程における灰化は400〜550℃で行う請求項1または2記載の樹脂組成物中の重金属元素の定量法である。
【0017】
請求項4の発明は、前記湿式分解工程を実施する前に、あらかじめ有機系樹脂組成物を加熱劣化させる加熱劣化工程を実施する請求項1〜3いずれかに記載の樹脂組成物中の重金属元素の定量法である。
【0018】
請求項5の発明は、前記加熱劣化工程における加熱劣化は150〜250℃で行う請求項4記載の樹脂組成物中の重金属元素の定量法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、有機系樹脂組成物を確実に分解溶液化できるため、樹脂組成物中の高精度な重金属元素の定量が可能になるという優れた効果を発揮する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の好適な実施の形態を説明する。
【0021】
本実施の形態に係る重金属元素の定量法は、有機系樹脂組成物としての試料を有機物分解溶媒で分解溶液化すると共に、これをろ過して1つ目の分析用の溶液を得る湿式分解工程と、湿式分解工程で得られた溶解残分(分解不溶分)を灰化し、得られた灰化物を再度有機物分解溶媒で分解溶液化すると共に、これをろ過して2つ目の分析用の溶液を得る乾式灰化工程とからなり、湿式分解工程および乾式灰化工程で得られたそれぞれの溶液中の重金属元素を定量し、両者の分析結果を合計する方法である。
【0022】
有機系樹脂組成物は、有機系ポリマに対し、無機化合物、金属化合物(例えば、配合剤中の不可避的不純物、あるいは製造工程中の混入物としての重金属元素を含む)、有機化合物をそれぞれあるいは全て配合してなり、例えば、電線・ケーブルの被覆材のような多様で複雑なマトリクスを含む。
【0023】
有機系樹脂組成物中に含まれる微量の重金属元素としては、Cd、Pb、Hg、Cr6+などがある。
【0024】
重金属元素の定量には、例えばICP装置を用いる。ICP装置は、不活性気体(Arなど)の気流中のコイルに高周波電流を流し、その際に発生するプラズマ中に試料溶液を霧状に導入して発光させ、検出した発光スペクトルの波長から試料中に含まれる元素を特定し、発光強度から元素濃度の定量分析を行うものである。ICP装置では0.01ppmレベルの高精度分析が可能である。
【0025】
湿式分解工程および乾式灰化工程における有機物分解溶媒としては、硫酸(H2 SO4 )、硝酸(HNO3 )、塩酸(HCL)、過塩素酸(HClO4 )、ふっ化水素酸(HF)から選ばれる少なくとも1種の酸化性酸からなるものを用いる。例えば、硫酸と硝酸の組み合わせ、塩酸と硝酸の組み合わせ(王水など)、硫酸、硝酸、塩酸の組み合わせなどが挙げられる。
【0026】
乾式灰化工程における灰化は、400〜550℃、好ましくは400〜500℃で行うとよい。
【0027】
本実施の形態に係る重金属元素の定量法は、まず、試料を酸の組み合わせにより湿式分解してろ過することで、揮発分が多く含まれる1つ目の分析用の溶液が得られる。ろ過により得られた揮発分が少ない(分子量が大きい)分解不溶分については、さらに灰化処理し、灰化物を再度酸の組み合わせにより分解溶液化してろ過することで、2つ目の分析用の溶液が得られる。これにより、試料がほぼ完全に分解溶液化される。以上で試料の前処理が終了する。
【0028】
そして、得られた2つの溶液それぞれの重金属元素を定量して重金属濃度を測定し、両者の重金属濃度を合計することで、試料中の重金属元素の定量が可能になる。
【0029】
このように、本実施の形態に係る重金属元素の定量法は、湿式分解工程で溶け残った重金属元素を乾式灰化工程において回収することで、試料を簡便、確実に分解溶液化できるため、試料中の高精度な重金属元素の定量が可能になる。
【0030】
しかも、試料や灰化物を溶解する酸の種類にあまり制限されないので、従来のように樹脂組成物により異なる酸を用いる必要がなく、統一した試料の前処理が可能となる。
【0031】
また、既存の装置で実施でき、マイクロ波照射装置など新たな装置を用いないので、コスト負荷がない。
【0032】
上述した湿式分解工程を実施する前に、あらかじめ試料を加熱劣化(低温灰化)させる加熱劣化工程を実施してもよい。加熱劣化工程における加熱劣化は150〜250℃で行うとよい。
【0033】
この場合、あらかじめ試料を加熱劣化させることで、湿式分解時の分解不溶分を低減でき、より高精度な重金属元素定量が可能になる。
【実施例】
【0034】
(実施例1)
実施例1における重金属元素の定量法は、図1のフローチャートにしたがって行った。まず、ビーカあるいは冷却管付きフラスコに試料0.5gを入れ、これにConc.(濃度96%)硫酸8mlとConc.(濃度98%)硝酸2mlを加え(工程F1)、350℃で1時間加熱して分解溶液化した(工程F2)。
【0035】
試料がおよそ分解溶液化したら、Conc.硝酸2mlを再び加え、硫酸が3mlとなるように350℃で30分濃縮した(工程F3)。ここで、硝酸を再び加えたのは、硝酸は沸点が低く揮散しやすいからである。
【0036】
濃縮後、不溶分をさらに分解溶液化するため、Conc.(濃度37%)塩酸6mlとConc.硝酸2ml(王水)を加え、150℃で30分〜1時間加熱した(工程F4)。ここで、150℃の低温で加熱したのは、検量線を求めるための標準液と分析用の溶液との液組成を同じにするためである。つまり、重金属元素の濃度が異なるどの試料についても、分析用の溶液中に硫酸3ml、塩酸6ml、硝酸2mlが含まれるようにする。
【0037】
その後、分解溶液をろ過し(工程F5)、1つ目の分析用の溶液(ろ液)を得て、どの試料についても同体積となるように水を加えて定容した。(工程F6)。これら工程F1〜F6が湿式分解工程である。さらに、ICP装置を用いて、1つ目のろ液の重金属濃度を測定した(工程F7)。
【0038】
他方、工程F5の後、不溶分が得られる(工程F8)。この不溶分をるつぼに入れ、電気炉を用いて400〜500℃で3時間灰化した(工程F9)。得られた灰化物をビーカあるいは冷却管付きフラスコに入れ、これにConc.塩酸6mlとConc.硝酸2mlを加え、150℃で30分(工程F10)加熱して分解溶液化した。
【0039】
その後、分解溶液をろ過し(工程F11)、2つ目の分析用の溶液(ろ液)を得て定容した(工程F12)。これら工程F8〜F12が乾式灰化工程である。さらに、ICP装置を用いて、2つ目のろ液の重金属濃度を測定した(工程F13)。そして、2つのろ液の重金属濃度を合計し、試料中の重金属濃度とした。
【0040】
(実施例2)
実施例2における重金属元素の定量法は、図2のフローチャートにしたがって行った。まず、るつぼに試料を入れ(工程F21)、電気炉を用いて150〜250℃で3時間加熱し、あらかじめ試料を加熱劣化させた(工程F22)。加熱劣化後の試料は、実施例1と同様に工程F1〜F13を行った。そして、2つのろ液の重金属濃度を合計し、試料中の重金属濃度とした。
【0041】
(比較例1)
比較例1における重金属元素の定量法は、乾式灰化法であり、図3のフローチャートにしたがって行った。まず、るつぼに試料を入れ、Conc.硫酸0.5mlを加えて乾固し(工程F31)、電気炉を用いて400〜500℃で3〜5時間灰化した(工程F32)。得られた灰化物をビーカあるいは冷却管付きフラスコに入れ、これにConc.塩酸1〜2mlを加え、30分放置して分解溶液化し、分解溶液をろ過し(工程F33)、ろ液を得て定容した(工程F34)。さらに、ICP装置を用いて、ろ液の重金属濃度を測定し(工程F35)、試料中の重金属濃度とした。
【0042】
(比較例2)
比較例2における重金属元素の定量法は、湿式分解法であり、図4のフローチャートにしたがって行った。まず、ビーカあるいは冷却管付きフラスコに試料0.5gを入れ、これにConc.硫酸10mlとConc.硝酸10mlを加え(工程F41)、350℃で加熱して分解溶液化した(工程F42)。試料がおよそ分解溶液化したら、Conc.過酸化水素5ml加え、分解溶液をろ過し(工程F43)、ろ液を得て定容した(工程F44)。さらに、ICP装置を用いて、ろ液の重金属濃度を測定し(工程F45)、試料中の重金属濃度とした。
【0043】
試料(サンプル)としては、ポリエチレン(PE)の市販標準試料BCR681、本発明者らが作製したポリ塩化ビニル(PVC)、難燃PE(FR−PE)の3つを用いた。各試料には、Cd,Pbが既知の濃度だけ保証値(あるいは添加理論値)として含まれる。各試料中のCd,Pb濃度を実施例1,2、比較例1,2の方法で測定し、保証値に対する回収率(%)を調べた。その結果を表2に示す。
【0044】
【表2】

【0045】
表2に示すように、実施例1は、Cdの回収率が96〜98%、Pbの回収率が94〜95%と高く、試料中の重金属濃度を高精度に測定できた。また、実施例1では、有機物分解溶媒が硫酸、硝酸、塩酸を組み合わせた酸化性酸からなるので、耐薬品性を有するふっ素樹脂を含まない試料であれば、ほぼ完全に分解溶液化できる。
【0046】
実施例2は、Cdの回収率がいずれも98%、Pbの回収率が99〜101%と高く、あらかじめ試料を加熱劣化させることで、試料中の重金属濃度をより高精度に測定できた。なお、PVCのPbの回収率が101%となったのは、酸の粘性による測定誤差が約1%あったからである。
【0047】
これに対し、比較例1は、Cdの回収率が80〜84%、Pbの回収率が75〜86%と実施例1,2よりも約20%低く、試料を灰化する際にCd,Pbの一部が揮散するため、測定誤差が大きかった。
【0048】
また、比較例2は、Cdの回収率が75〜81%と実施例1,2よりも約20%低く、Pbの回収率が12〜20%と極めて低く、酸によって沈殿したPbをろ過の際に取り除いてしまうため、測定誤差が最も大きかった。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】実施例1における重金属元素の定量法のフローチャートである。
【図2】実施例2における重金属元素の定量法のフローチャートである。
【図3】比較例1における重金属元素の定量法のフローチャートである。
【図4】比較例2における重金属元素の定量法のフローチャートである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機系樹脂組成物を有機物分解溶媒で分解溶液化すると共に、これをろ過して分析用の溶液を得る湿式分解工程と、湿式分解工程で得られた溶解残分を灰化し、得られた灰化物を再度有機物分解溶媒で分解溶液化すると共に、これをろ過して分析用の溶液を得る乾式灰化工程とからなり、湿式分解工程および乾式灰化工程で得られたそれぞれの溶液中の重金属元素を定量し、両者の分析結果を合計することを特徴とする樹脂組成物中の重金属元素の定量法。
【請求項2】
前記湿式分解工程および乾式灰化工程における有機物分解溶媒は、硫酸、硝酸、塩酸、過塩素酸、ふっ化水素酸から選ばれる少なくとも1種の酸化性酸からなる請求項1記載の樹脂組成物中の重金属元素の定量法。
【請求項3】
前記乾式灰化工程における灰化は400〜550℃で行う請求項1または2記載の樹脂組成物中の重金属元素の定量法。
【請求項4】
前記湿式分解工程を実施する前に、あらかじめ有機系樹脂組成物を加熱劣化させる加熱劣化工程を実施する請求項1〜3いずれかに記載の樹脂組成物中の重金属元素の定量法。
【請求項5】
前記加熱劣化工程における加熱劣化は150〜250℃で行う請求項4記載の樹脂組成物中の重金属元素の定量法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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