説明

金属体中の水素の局所分析方法

【課題】本発明は、金属体中に存在する拡散性水素の正確な局所定量分析が可能な金属体中の水素の局所分析方法を提供することを目的とする。
【解決手段】被測定金属体としての試料20の表面の所定箇所を融点以下に加熱するために、所定条件下でレーザー光2gを断続的に照射し、レーザー光2gの照射の有無における試料20の表面の所定箇所から放出される各水素放出速度をAPIMS10で測定し、これらの測定された水素放出速度の偏差と予め求められた試料20の表面の所定箇所から放出される水素放出速度の偏差と拡散性水素量との関係より、試料20の表面の所定箇所に含有する拡散性水素量を求める工程を有したことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属体中の水素の局所分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼材等の金属体は、水素ガス環境、腐食環境あるいは酸洗・電気めっき等の表面処理工程にて相応する水素量を固溶吸収する。この吸収された金属体中の水素は、原子状水素として金属体中を拡散移動し、引張応力集中部などの局所に濃縮し、金属体の脆化割れの原因となることが知られている。また、こうした水素は常温状態でも金属体中を拡散移動することから拡散性水素とも呼称され、水素化物等の化合物形態として金属体中に安定的に存在する水素とは状態が異なる水素と理解されている。例えば、引張強さが1000MPa以上の高強度鋼材では、鋼材の水素脆化割れ(遅れ破壊)危険性は、0.1質量ppm程度の拡散性水素量にて生じることが知られている(非特許文献1参照)。
【0003】
また、金属体中の拡散性水素量の分析方法としては、分析用試料を定温保持(45℃×72hあるいは150℃×6h)し、放出された水素ガス量をグリセリン置換法あるいはガスクロマトグラフ法にて定量する方法が規定されている(非特許文献2参照)。
【0004】
また、金属体から放出される水素ガスの検出方法としては、上記の分析方法以外に測圧法、容量法なども知られる(非特許文献3参照)。
【0005】
さらに、近年では、規格化はされていなものの、採取した分析用試料を連続昇温し水素放出速度−温度図を求め、図から拡散性水素起因の放出ピークを判定し定量する方法(昇温分析法)が多用されており、拡散性水素分析の主流となっている(非特許文献4参照)。
【0006】
一方、金属体の水素脆化割れ現象を定量化する手法としては、金属体中の拡散性水素量と割れ限界の関係を実験室的に求め、割れ限界水素量を評価する方法が提案されている(非特許文献5参照)。
【0007】
また、固体材料表面にレーザー光を照射して元素分析を実施する方法としては、レーザーアブレーション/ICP質量分析装置も知られている(非特許文献6参照)。
【0008】
また、レーザー照射にて試料のイオン化処理を行い、そのまま連続的に質量分析を実施する例もある(非特許文献7参照)。
【0009】
一方、金属体中の水素に着目して、レーザー光照射を利用する方法も複数提案されている。
【0010】
例えば、レーザーの照射により試料の局所における構成元素を蒸発させ、水素のみ水素吸蔵合金にて補足、別途定量する方法が開示されている(特許文献1参照)。
【0011】
また、不活性ガス中にて金属体にレーザー光を照射し、放出ガスを質量分析計にて測定することにより、金属体中の水素含有量が高感度に定量化できるという技術が開示されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平4−204042号公報
【特許文献2】特開2000−28580号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】松山晋作著“遅れ破壊”日刊工業新聞社(1989)、p.70
【非特許文献2】JIS Z 3118−1992“鋼溶接部の水素量測定方法”
【非特許文献3】JIS Z 2614−1990“金属材料の水素定量方法通則”
【非特許文献4】日本金属学会セミナー資料“最新の水素の検出法と水素脆化防止法”、(1999)、p.15
【非特許文献5】鈴木ら,鉄と鋼,vol.79,No.2(1993),p.97
【非特許文献6】望月正“レーザーアブレーション”,ぶんせき,1994−4,(1994),p.256
【非特許文献7】一宮信吾“レーザーイオン化”,ぶんせき,1994−2,(1994),p.88
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、上記非特許文献2〜4に開示された各分析手法は、いずれも分析用試料全体を加熱し放出水素を定量する方法であり、試料中の局所・要所における水素量の違いを評価することはできず、分析用試料中平均の水素量を定量する技術に止まっているのが現状である。
【0015】
また、上記非特許文献5に開示された水素分析は、前述した各分析手法と同様に分析用試料全体を加熱し放出水素を定量する方法であり、試料中平均の水素量しか定量できず、分析用試料中の局所に存在する割れ発生の起点近くにおける正確な拡散性水素の定量が不可能である。
【0016】
また、上記非特許文献6、7に開示された各分析手法は、高出力レーザーにて試料成分を蒸発させ、あるいはイオン化まで進め、成分(構成元素の)分析を実施する方法であるため、水素化物等の化合物形態として金属体中に安定的に存在する水素をも含めた全水素量の分析手法となり、金属体中に存在する拡散性水素の局所分析はできないという課題があった。
【0017】
また、特許文献1に開示された分析手法は、水素化物等の化合物形態として金属体中に安定的に存在する水素をも含めた全水素量の分析手法となり、金属体中に存在する拡散性水素の局所分析には適用できないという課題があった。
【0018】
また、特許文献2に開示された分析手法は、レーザー光照射前後での試料の重量変化(減量)により、放出ガス量を定量するものである。従って、レーザー光照射による重量減(すなわち試料の部分的蒸発)を前提にしており、前記特許文献1に開示された分析手法と同様、あくまでも水素化物等の化合物形態として金属体中に安定的に存在する水素をも含めた全水素量を分析する手法であるため、金属体中の局所に存在する数重量ppm程度の拡散性水素を定量する分析には適用できないという課題があった。
【0019】
以上のように、上記非特許文献2〜7および特許文献1、2に開示された各分析手法では、そのいずれにおいても金属体中に存在する拡散性水素の局所定量分析は不可能であった。特に、金属体中の割れ発生の起点のような局所には、拡散性水素が濃縮して偏在するが、この拡散性水素を正確に定量することも不可能であった。
【0020】
本発明の目的は、金属体中に存在する拡散性水素の正確な局所定量分析が可能な金属体中の水素の局所分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
この目的を達成するために、本発明の請求項1に記載の発明は、
金属体中の水素の局所分析方法において、
(1)含有する拡散性水素量が既知な金属体の表面の所定箇所を融点以下に加熱するために、レーザー光を所定条件下で断続的に照射し、前記レーザー光の照射の有無における前記金属体の表面の所定箇所から放出される各拡散性水素ガス量の放出速度(以下、「水素放出速度」という)を測定し、これらの測定された水素放出速度の偏差と前記拡散性水素量との関係を予め求めておく工程と、
(2)被測定金属体の表面の所定箇所を融点以下に加熱するために、前記所定条件と同一の条件下でレーザー光を断続的に照射し、前記レーザー光の照射の有無における前記被測定金属体の表面の所定箇所から放出される各水素放出速度を測定し、これらの測定された水素放出速度の偏差と前記(1)で求められた水素放出速度の偏差と拡散性水素量との関係より、前記被測定金属体の表面の所定箇所に含有する拡散性水素量を求める工程と、
を有したことを特徴とする金属体中の水素の局所分析方法である。
【0022】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の発明において、前記レーザー光の波長は、700nm以上であることを特徴とする。
【0023】
請求項3に記載の発明は、請求項1または2に記載の発明において、前記水素ガス量の検出には、ガスクロマトグラム分析計、質量分析計もしくは大気圧イオン化質量分析計を用いたことを特徴とする。
【0024】
請求項4に記載の発明は、請求項1乃至3に記載の発明において、前記金属体の表面および前記被測定金属体の表面の各所定箇所の表面状態を観察する工程、若しくは、表面温度を測定する工程の内の少なくともいずれか一つを有したことを特徴とする。
【0025】
請求項5に記載の発明は、請求項4に記載の発明において、前記表面状態を観察する工程では、CCDカメラが用いられ、前記表面温度を測定する工程では、熱電対若しくは非接触温度計が用いられ、前記CCDカメラで観察した画像を表示し、前記熱電対で測定された温度情報若しくは前記非接触温度計で測定された温度情報の内のいずれか一つを表示するためにモニターが用いられたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0026】
以上のように、本発明は、被測定金属体の表面の所定箇所を融点以下に加熱するために、所定条件下でレーザー光を断続的に照射し、前記レーザー光の照射の有無における前記被測定金属体の表面の所定箇所から放出される各水素放出速度を測定し、これらの測定された水素放出速度の偏差と予め求められた金属体の表面の所定箇所から放出される水素放出速度の偏差と拡散性水素量との関係より、前記被測定金属体の表面の所定箇所に含有する拡散性水素量を求める工程を有した金属体中の水素の局所分析方法であるため、水素化物等の化合物形態として被測定金属体中に安定的に存在する水素を放出させることなく、かつ、被測定金属体中に固溶し常温でも拡散移動可能な拡散性水素の正確な局所定量分析が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明に係る金属体中の水素の局所分析方法の一実施形態で用いられるレーザー光照射装置の全体構成を説明するための斜視図である。
【図2】同レーザー光照射装置のレーザー光源用光学系を説明するための分解斜視図である。
【図3】同実施形態で用いられる大気圧イオン化質量分析計を説明するための概略模式図である。
【図4】同実施形態における事前に求められた局所水素分析結果と拡散性水素量との関係を説明する説明図である。
【図5】同実施形態におけるレーザー光照射前後の試料表面の状態を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
(本発明に係る金属体中の水素の局所分析方法について)
本発明に係る金属体中の水素の局所分析方法は、被測定金属体の表面の所定箇所を融点以下に加熱するために、所定条件下でレーザー光を断続的に照射し、前記レーザー光の照射の有無における前記被測定金属体の表面の所定箇所から放出される各水素放出速度を測定し、これらの測定された水素放出速度の偏差と予め求められた金属体の表面の所定箇所から放出される水素放出速度の偏差と拡散性水素量との関係より、前記被測定金属体の表面の所定箇所に含有する拡散性水素量を求める工程を有したことを特徴とする。
【0029】
以下に、上記構成に至った理由について詳述する。
【0030】
本発明者らは、如何にしたら金属体中に存在する拡散性水素の正確な局所定量分析が可能か鋭意検討した結果、本発明につながる以下のような知見を得た。
(1)含有する拡散性水素量が既知な金属体表面上の微小面積(φ2mm)に、波長808nmの半導体レーザーを用いて所定パワーで照射することで、照射領域だけを融点以下に加熱することが可能であった。
(2)上記半導体レーザーを用いて融点以下の加熱を行うことで、水素化物等の化合物形態として金属体中に安定的に存在する水素は放出させることなく、かつ、金属体中に固溶し常温でも拡散移動可能な拡散性水素を放出させることができるばかりか、この拡散性水素の放出を加速させることが可能であった。
(3)上記半導体レーザーを用いてレーザー光を所定条件下で断続的に前記金属体表面上の微小面積に照射し、前記レーザー光の照射の有無における前記金属体表面上の微小面積から放出される各拡散性水素ガス量の放出速度(=水素放出速度)を測定し、これらの測定された水素放出速度の偏差と前記拡散性水素量との関係を調べた結果、明瞭な相関関係があることがわかった。
(4)したがって、被測定金属体表面上の前記同一の微小面積に上記半導体レーザーを用いてレーザー光を、前記所定条件と同一の条件下で断続的に照射し、前記レーザー光の照射の有無における前記被測定金属体表面上の前記同一の微小面積から放出される各水素放出速度を測定し、これらの測定された水素放出速度の偏差と上記(3)で求められた水素放出速度の偏差と拡散性水素量との関係より、前記被測定金属体上の前記同一の微小面積の箇所に含有する拡散性水素量を求めることができることを見出した。
【0031】
以下、本発明の一実施形態について、添付図面を参照しながら、本発明に係る金属体中の水素の局所分析方法で用いる装置、本発明の証左となる試験結果の順番に説明する。
【0032】
(本発明に係る金属体中の水素の局所分析方法で用いる装置)
図1は本発明に係る金属体中の水素の局所分析方法の一実施形態で用いられるレーザー光照射装置の全体構成を説明するための斜視図、図2は同レーザー光照射装置のレーザー光源用光学系を説明するための分解斜視図、図3は同実施形態で用いられる大気圧イオン化質量分析計を説明するための概略模式図である。
【0033】
図1において、1は可動ステージ、1aは可動ステージ1を構成する支持台、1bは支持台1a上に設けられた粗微動用のY軸ステージ、1cはY軸ステージ1b上に設けられた高さ調整用のZ軸ステージ、1dはZ軸ステージ1c上に設けられたレーザー光の照射角度調整用のゴニオステージ、1eはゴニオステージ1d上に設けられたレーザー光の照射位置確認用のX軸ステージである。また、このX軸ステージ1e上にはレーザー光照射ユニット2とCCDカメラ3が予め所定の位置関係になるようにセットされ、かつ、各々詳細位置を調整可能なように構成されている。
【0034】
レーザー光照射ユニット2とCCDカメラ3は、制御装置4に接続され、さらにこの制御装置4はパソコン5に接続されている。また、パソコン5にはモニター6が接続されている。
【0035】
また、レーザー光照射ユニット2内に内蔵されるレーザー光源(図示せず)は、波長808nmの半導体レーザー(光出力:最大 1.2W)で、その半導体レーザーの発光点2a(図2参照)の形状は100μm×1μmである。
【0036】
図2において、発光点2aから出射されたレーザー光2gを、コリメータレンズ2b、シリンドリカルレンズ2c、2dとアクロマートレンズ2e、2fから構成された光学系に通すことにより、最終的にφ2mmの平行光が得られる。このφ2mmの平行光であるレーザー光2gが石英管10a内に配置された被測定金属体としての水素を含有した試料20(詳細は、後述する)表面の任意の局所位置に所定条件下で断続的に照射される(詳細は、後述する)ことにより、試料20の表面の任意の局所位置が常に融点以下に加熱され、水素化物等の化合物形態として試料20中に安定的に存在する水素は放出されず、試料20中に固溶し常温でも拡散移動可能な拡散性水素がガスとして放出されるように構成されている。また、レーザー光2gが照射される位置は、可動ステージ1により詳細に調整できるようになっている。また、レーザー光2gが照射される試料20表面の任意の局所位置およびその表面状態は、CCDカメラ3を通してモニター6上で確認することができるようになっている。
【0037】
また、試料20表面の任意の局所位置へ照射するレーザー光2gの照射条件(上記所定条件)は、試料20の種類に応じた所定条件が規定されており(具体例は、後述する)、この規定された所定条件を満足させるためのプログラムがパソコン5内のメモリーに格納されている。したがって、パソコン5内のメモリーに格納されたプログラムに基づき制御装置4を介してレーザー光照射ユニット2内の半導体レーザーを制御することで、試料20の種類に応じて、その試料20の表面の任意の局所位置が常に融点以下に加熱できるようになっている。
【0038】
図3において、10は大気圧イオン化質量分析計(APIMS:Atmospheric Pressure Ionization Mass Spectrometer)である。このAPIMS10は、キャリアーガスとしてのArガス中に混入した水素ガス量を高感度で検出できる特徴があり、試料20の局所からの放出される水素ガス量の定量に最も適していると考えられる。石英管10aには、キャリアーガス(Arガス)が流量1000mL(Lはリットルをあらわす)/minで流れている。10bは試料20の表面Aに上記所定条件下でレーザー光2gを断続的に照射した時に、試料20から放出された拡散性水素ガスがキャリアーガス(Arガス)に混ざった状態で供給され、イオン化させるための大気圧イオン化室である。このイオン化された拡散性水素を圧力10Paの低真空室10cを経由して圧力10−3Paの質量分析部としての高真空室10dで定量化されるように構成されている。10eは、高真空室10dを制御する制御装置である。上記APIMS10では、試料20から放出された拡散性水素ガスが混合された上記一定流量のキャリアーガス(Arガス)中から前記拡散性水素ガス成分を分析し、定量する。この分析定量された試料20から放出される拡散性水素ガス量(体積)の放出速度(水素放出速度)の次元は、mL/minである。また、この分析定量された拡散性水素ガス量(体積)は、室温、1気圧での定量値であるため、標準状態でのガス体積が22.4L/molの関係に基づき、試料20中に存在する拡散性水素の質量へ換算できる。したがって、基本的には試料20中に存在する拡散性水素の質量と前記水素放出速度との関係を予め求めておくことにより、APIMS10を用いて検出した試料20の水素放出速度から試料20中に存在する拡散性水素の質量を求めることが可能となる。より具体的な原理に関しては、後述する。
【0039】
(事前に準備された金属体に含有する拡散性水素量について)
純度99.5質量%、長さ20mm×幅15mm×板厚1mmの鉄板を供試材として準備した。この鉄板表面をエメリー紙(#1000)にて乾式研磨した後、硫酸溶液中にて陰極電解による水素チャージ処理を実施し、供試材中に拡散性水素を含有させた。電解条件は以下のとおりである。
電解溶液:硫酸溶液(pH2〜3)、水素浸入促進のための触媒成分を適宜添加
電解電流:0.1〜10mA/cm
([鉄板]を陰極、[白金板]を陽極として水の電気分解反応により鉄板表面にて水素ガスを生成し、鉄板中に水素をチャージする)
電解時間:180分(室温)
(1mm厚の鉄板が、水素を平衡吸収するために十分な時間として設定した)
【0040】
上記水素チャージ処理後の供試材(分析直前まで液体窒素中で保管した)に対して、通常の昇温脱離水素ガス分析法にて供試材中の拡散性水素量を定量分析した、その結果を下記表1に示す。表1の中で、試料No.a〜eの各記号は、上記各電解条件(溶液組成、電流密度)を変えて準備した5水準に対応し、この5水準の試料No.a〜eについて測定した結果が表1の右欄に示されている。準備された試料No.a〜eに含有する拡散性水素量は、0.04〜1.79質量ppmの5水準である。また、表1に示す拡散性水素量は、前記供試材中に存在する拡散性水素の質量の前記供試材の質量に対する比率であり、質量ppmで表わされる。
【表1】



【0041】
(金属体に含有する拡散性水素量とレーザー光の照射の有無における水素放出速度の偏差との関係について)
上記と同じ条件にて水素チャージ処理を実施した5水準の各試料No.a〜eについて、上述した装置と方法を用いて水素局所分析を実施した。波長808nmの半導体レーザーのレーザー光2gのビーム径はφ2mmで、その時の照射出力は156mWである。石英管10a内に試料No.a〜eを順番にセットし、Arキャリアーガス流量1000ml/分のもと、同一箇所(図3に示すA点)に300秒間隔でレーザー光2gを“ON:照射有り”、“OFF:照射無し”を繰り返した。その結果、試料No.a〜eから放出される各水素放出速度は、レーザー光2gの照射有/無に同期した変化を示した。このレーザー光2gの照射有/無での水素放出速度の偏差を算出し(この偏差を局所水素分析結果と称す)、各試料No.a〜e中の拡散性水素量との関係を求めた、その結果を図4に示す。図4において、縦軸は局所水素分析結果であり、横軸は昇温脱離水素ガス分析法にて求めた試料No.a〜e中の平均の拡散性水素量である。図4より、試料中に含有する拡散性水素量とレーザー光の照射の有無における水素放出速度の偏差(局所水素分析結果)との間には、明瞭な相関関係があることがわかる。これは、すなわち、本発明に係る金属体中の水素の局所分析方法を用いることにより、金属体中に存在する拡散性水素の正確な局所定量分析が可能であることの証左を示している。
【0042】
よって、水素が不均一な試料の要所にて分析評価を実施すれば、試料中の拡散性水素量の分布を正確に評価することが可能である。したがって、これまで懸案であった金属体の水素脆化割れ現象を定量化する手法、すなわち金属体中の拡散性水素量と割れ限界の関係を正確に評価する方法を提案するものでもある。
【0043】
また、レーザー光2gの照射前/後における上記試料の表面状態を観察した写真を図5に示す。図5において、写真上の丸印は、上記試料表面へレーザー光2gの照射した位置を示す。図5より、上記試料表面の研磨による筋模様はレーザー光2gの照射前/後にて、全く変化を示しておらず、本発明の要件(融点以下での加熱)を満たしていることがわかる。
【0044】
なお、本実施形態においては、金属体として鉄板を例に説明したが、本発明の技術思想に鑑みると、上記鉄板以外の多くの金属体にも適応可能である。
【0045】
また、本実施形態においては、レーザー光2gが照射される試料20表面の任意の局所位置およびその表面状態を、CCDカメラ3を通してモニター6上で確認する例に説明したが、必ずしもこれに限定されるものではない。例えば、試料20表面の温度を熱電対や非接触温度計で測定し、この熱電対で測定された温度情報若しくは非接触温度計で測定された温度情報の内のいずれか一つをモニター上に表示することで、試料20表面の温度が融点以下に加熱されているか精度良く管理することが可能となる。
【0046】
また、本実施形態においては、レーザー光源として、波長808nmのものを採用した例について説明したが、必ずしもこれに限定されるものではなく、加熱効率が良好である点を考慮に入れると700nm以上のものを採用することができる。
【0047】
また、本実施形態においては、水素ガス量の検出に大気圧イオン化質量分析計10(APIMS)を用いた例について説明したが、必ずしもこれに限定されるものではなく、ガスクロマトグラム分析計や質量分析計を用いることも可能である。
【0048】
また、本実施形態においては、本発明に係る金属体中の水素の局所分析方法に関して実験的手法も用いた例について説明したが、必ずしもこれに限定されるものではなく、レーザー光照射の際の試料局所における水素放出挙動を拡散係数等を考慮に入れモデル化し、シミュレーションにより局所水素分析結果(レーザー光照射した際の水素放出速度)から試料局所での拡散性水素量を判定する手法も考えられる。
【符号の説明】
【0049】
1 可動ステージ
1a 支持台
1b Y軸ステージ
1c Z軸ステージ
1d ゴニオステージ
1e X軸ステージ
2 レーザー光照射ユニット
2a 発光点
2b コリメータレンズ
2c、2d シリンドリカルレンズ
2e、2f アクロマートレンズ
2g レーザー光
3 CCDカメラ
4、10e 制御装置
5 パソコン
6 モニター
10 大気圧イオン化質量分析計(APIMS)
10a 石英管
10b 大気圧イオン化室
10c 低真空室
10d 高真空室
20 試料


【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属体中の水素の局所分析方法において、
(1)含有する拡散性水素量が既知な金属体の表面の所定箇所を融点以下に加熱するために、レーザー光を所定条件下で断続的に照射し、前記レーザー光の照射の有無における前記金属体の表面の所定箇所から放出される各拡散性水素ガス量の放出速度(以下、「水素放出速度」という)を測定し、これらの測定された水素放出速度の偏差と前記拡散性水素量との関係を予め求めておく工程と、
(2)被測定金属体の表面の所定箇所を融点以下に加熱するために、前記所定条件と同一の条件下でレーザー光を断続的に照射し、前記レーザー光の照射の有無における前記被測定金属体の表面の所定箇所から放出される各水素放出速度を測定し、これらの測定された水素放出速度の偏差と前記(1)で求められた水素放出速度の偏差と拡散性水素量との関係より、前記被測定金属体の表面の所定箇所に含有する拡散性水素量を求める工程と、
を有したことを特徴とする金属体中の水素の局所分析方法。
【請求項2】
前記レーザー光の波長は、700nm以上であることを特徴とする請求項1に記載の金属体中の水素の局所分析方法。
【請求項3】
前記水素ガス量の検出には、ガスクロマトグラム分析計、質量分析計もしくは大気圧イオン化質量分析計を用いたことを特徴とする請求項1または2に記載の金属体中の水素の局所分析方法。
【請求項4】
前記金属体の表面および前記被測定金属体の表面の各所定箇所の表面状態を観察する工程、若しくは、表面温度を測定する工程の内の少なくともいずれか一つを有したことを特徴とする請求項1乃至3に記載の金属体中の水素の局所分析方法。
【請求項5】
前記表面状態を観察する工程では、CCDカメラが用いられ、前記表面温度を測定する工程では、熱電対若しくは非接触温度計が用いられ、前記CCDカメラで観察した画像を表示し、前記熱電対で測定された温度情報若しくは前記非接触温度計で測定された温度情報の内のいずれか一つを表示するためにモニターが用いられたことを特徴とする請求項4に記載の金属体中の水素の局所分析方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2010−223948(P2010−223948A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−27438(P2010−27438)
【出願日】平成22年2月10日(2010.2.10)
【出願人】(000130259)株式会社コベルコ科研 (174)
【Fターム(参考)】