説明

金属保護層形成用液媒体及び金属保護層の形成方法

【課題】 金属保護層を形成する際に発生してしまうピンホール等によって保護層が不均一となることを改善し、金属上に、確実に所望のコーティング状態を形成することが可能となる、金属保護層形成用液媒体及び金属保護層の形成方法を提供すること。
【解決手段】 金属に対して保護層を形成する保護層形成用液媒体において、溶媒溶解基として、一般式(I)中に記載の少なくとも一種の構造を有する化合物が、保護層形成材として含有されてなることを特徴とする金属保護層形成用液媒体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属保護層形成用液媒体、及び金属保護層の形成方法に関し、より詳しくは、金属上に良好な保護層を形成することができ、特に、熱エネルギーをインクに作用させて、吐出口よりインクを吐出させて画像を形成する方式のインクジェット記録用ヘッドに用いた場合に好ましい効果が得られる、金属保護層形成用液媒体、及び金属保護層の形成方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
これまで、高精細度を要求されるインクジェット用記録液(インク)の色材には染料が用いられてきた。染料を用いたインクは、高透明度、高精細度、優れた演色性等の特徴を有する画像を与えることができるが、画像の耐光性及び耐水性等に劣るという問題を有する場合が多い。近年、この耐光性及び耐水性の問題を解決するために、染料に代えて、有機顔料やカーボンブラックを色材として用いた顔料インクが製造されている。このように、画像の堅牢性を高める観点から、インクに使用される色材は、染料から顔料へとシフトしてきており、例えば、下記の如き種々の提案がなされている。
【0003】
例えば、所定の溶媒に対する親溶媒性の基を有する構造とすることによって、該溶媒に可溶であり、逆ディールス・アルダー反応によって該親溶媒性の基が脱離し、該溶媒に対する溶解度が不可逆的に低下可能な化合物、及びかかる化合物を用いたインクが提案されている(特許文献1参照)。この化合物が色材の場合には、該色材は、インク中では溶媒に溶解状態(即ち、染料状態)であるが、該インクを被記録材上に付与し、且つ該色材を逆ディールス・アルダー反応させると、溶媒に不溶解状態(即ち、顔料状態である)にすることができ、画像の堅牢性が良好になる。しかしながら、上記提案では、溶媒に溶解した化合物(即ち、染料状態)を被記録材に付与し、該被記録材上で上記の反応を生じせしめるためには、加熱や、光、電磁波及び放射線の照射等といった外的エネルギー付与手段が必要となる。
【0004】
又、熱的可逆性のディールス・アルダー反応する重合化反応化合物を、インクジェットインク・キャリアの粘度温度制御材として用いた相変化インクについての提案がされている(特許文献2参照)。この提案では、反応が可逆反応であるため、溶解性が減少した状態で冷却すると、環化反応が誘発され、溶解性が増加するという問題がある。
【0005】
又、トリアリルメタン系の化合物の紫外線、熱による分解反応や、フォトクロミック化合物のような光、熱可逆性化合物を使用した極性(溶解性、凝集性)の制御についての提案がされている(特許文献3参照)。しかしながら、該極性部は、ラジカルイオン開裂的に分解する系であるため、非可逆的な状態を形成することは可能であるが、副生成物が極めて不安定であるため、酸化劣化反応を誘発してしまう。又、フォトクロミック反応は、可視、紫外線及び熱に対し可逆反応であるため、ある一定状態を維持することが難しいといった問題がある。
【0006】
更に、インクが、被記録材上に付与された時に、ディールス・アルダー反応を生じさせることで、得られた記録画像の堅牢性を良好にすることについての提案がある(特許文献4参照)。又、被記録媒体中の構成成分による逆ディールス・アルダー反応に起因して生じる着色現象(黄変現象)を、強くディールス・アルダー反応を生じさせる成分を含有させることで防止することが提案されている(特許文献5参照)。
【0007】
顔料には、化学式や組成、構造が同じでも2以上の結晶型をとるものがあり、多形と呼ばれる。例として挙げると、フタロシアニンブルーの、α型、β型、ε型等があり、これらは、吸収係数や屈折率が異なるので、色相や隠蔽力が異なっている。有機顔料は、色材として塗料分野で使用されるばかりでなく、エレクトロニクス分野においても、例えば、電子写真感光体の電荷発生剤、CD−R、DVD−R等の記録媒体用色素、トナーやインクジェットプリンタ用インクの着色剤、液晶表示素子用カラーフィルター色素、有機ELデバイス用発光材等の様々な用途に用いられる。ここで、有機顔料を上記用途に使用するためには、先ず、高純度であること、特定の吸収特性を持つこと、が必要である。吸収特性は、顔料の化学構造、粒径、結晶型、純度等により支配されているが、特に有機顔料は同一化学構造であっても、幾つもの結晶型を持つものが多く存在するため、それらを制御しながら、且つ、いかに高純度に製造していくかが新たな有機顔料を開発する上での重要なポイントとなる。
【0008】
例えば、電子写真感光体の電荷発生材料としては様々な有機顔料が使用されているが、近年、半導体レーザー光やLED光の発振波長である近赤外光に対し、高感度な吸収を示す顔料が強く求められている。この要求を満たす有機顔料として、フタロシアニン類が広く研究されている。フタロシアニン類は、中心金属の種類により吸収スペクトルや光導電性が異なるだけでなく、結晶型によってもこれらの物性には差があり、同じ中心金属のフタロシアニンでも特定の結晶型が電子写真感光体用に選択されている例が幾つか報告されている。
【0009】
無金属フタロシアニンではX型の結晶型が高い光導電性で、且つ、800nm以上の近赤外光に対しても感度が有るとの報告があり、又、銅フタロシアニンでは、多くの結晶型のうちで、ε型が最も長波長に感度を有していると報告されている。しかし、X型無金属フタロシアニンは準安定型結晶型であって、その製造が困難であり、又、安定した品質のものが得にくいという欠点がある。一方で、ε型銅フタロシアニンは、α型やβ型銅フタロシアニンに比べれば分光感度は長波長に伸びているが、800nmでは780nmに比較し、急激に低下しており、発振波長に変動のある半導体レーザー用には使いにくい性能となっている。銅フタロシアニンでは、α、β、γ、ε型等の結晶型の違いにより、帯電性、暗減衰、感度等に大きな差があることが知られており(例えば、非特許文献1参照)、又、結晶型により吸収スペクトルが異なることより、分光感度も変化することも報告されている(例えば、非特許文献2参照)。
【0010】
この様に、結晶型による電気特性の違いは、無金属フタロシアニンや他の多くの金属フタロシアニンに関してよく知られており、電気特性の良好な結晶型をいかに作るか、という点に多くの努力がなされている。更に、多くの顔料は、水の中で合成或いは後処理されていて、ここで大きさや形を調整した一次粒子がつくられるが、その後の工程、特に乾燥工程で粒子同士が凝集して二次粒子を形成してしまうため、これらの凝集した粒子を微細化することが分散工程においては必要である。
【0011】
これまで、有機顔料の結晶型を制御(又は微細化)する方法としては、合成段階で制御する方法の他、例えば、アシッドペーステイング法、アシッドスラリー法等のいわゆる硫酸法(特許文献6参照);ソルベントミリング法、ドライミリング法、ソルトミリング法等の粉砕法により一旦溶解或いは非晶質化した後、所望の結晶型に転換させる方法(非特許文献3参照)、加熱条件下、有機顔料を溶媒に加熱溶解した後、徐冷却し結晶化させる方法(特許文献7参照)が一般的である。又、有機薄膜において、結晶型を制御する方法では、昇華温度を制御して所望の結晶型を得る方法(特許文献8参照)が一般的である。
【0012】
【特許文献1】特開2003−327588号公報
【特許文献2】特開平11−349877号公報
【特許文献3】特開平10−31275号公報
【特許文献4】特開平7−61117号公報
【特許文献5】特開昭64−26444号公報
【特許文献6】特開平5−72773号公報
【特許文献7】特開2003−160738号公報
【特許文献8】特開2003−003084号公報
【非特許文献1】染料と薬品、第24巻6号、p122(1984)
【非特許文献2】電子写真学会誌第22巻、第2号、p111(1984)
【非特許文献3】色材協会他、「第41回顔料入門講座テキスト(1999)」
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
しかしながら、色材に分散性を示す顔料を用いた液状物でコーティングすると、顔料を含んだ該液状物中に微細な気泡が混入してしまい、得られたコーティングは、乾燥により微細な穴(ピンホール)が発生したり、コーティング層が薄くなってしまう問題が生じる。この対策として、コーティング層を厚くする方法があるが、この方法では、コストがかさむ他に、例えば、熱エネルギーをインクに作用させてインク滴を吐出するインクジェット記録用ヘッドのヒーターにおいては、インクに作用する熱エネルギー伝導性が低下してしまい、吐出性を低下させてしまう。
【0014】
以上の様に、従来、金属上に保護層を形成する際、保護層に微小な穴(ピンホール)が発生してしまうという問題があった。特に、該保護層が、液体と接する場合、このピンホールを通して、液媒体と金属が接触してしまい、金属が腐食したり、又、金属が電気配線の一部であった場合、絶縁、ショートが生じてしまうという問題があった。これに対し、一般的には、保護層を厚くする方法があるが、この場合には、コストが上がってしまうという問題のほか、例えば、インクジェット記録用ヘッド内のインクに吐出エネルギーを伝える発熱素子の場合に、エネルギー伝達性が低下してしまい、インクの吐出性に悪影響を与えてしまっていた。
【0015】
従って、本発明の目的は、上記金属保護層を形成する際に発生してしまうピンホール等によって保護層が不均一となることを改善し、金属上に、確実に所望のコーティング状態を形成することが可能となる、金属保護層形成用液媒体及び金属保護層の形成方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0016】
即ち、本発明は、金属に対して保護層を形成する保護層形成用液媒体において、溶媒溶解基として、下記一般式(I)中に記載の少なくとも一種の構造を有する化合物が、保護層形成材として含有されてなることを特徴とする金属保護層形成用液媒体に関するものである。
【0017】

(R1〜R4は、水素原子、又は、直接的或いは間接的に結合された親溶媒可溶化基を表し、R5〜R8は、水素原子、又は、直接的或いは間接的に結合された置換基を表す。)
【0018】
本発明は、前記保護層形成用液媒体が、インクジェット記録に用いられるインクジェット記録用ヘッド内に充填される液体である上記構成の金属保護層形成用液媒体に関するものである。
【0019】
本発明は、金属に対して、上記に記載の金属保護層形成用液媒体を接触させた状態で、光及び熱の少なくとも一方を作用させて、溶媒溶解基として、上記一般式(I)中に記載の少なくとも一種の構造を有する化合物から該構造の一部を脱離させることで、該化合物によって金属に保護層を形成することを特徴とする金属保護層の形成方法に関するものである。
【0020】
本発明は、インクジェット記録用ヘッド内のヒーター面の金属上に保護層を形成する方法において、ヒーター面の保護層形成部に、溶媒溶解基として、前記一般式(I)中に記載の少なくとも一種の構造を有する化合物を含有してなる液媒体を接触させて、上記ヒーター面を加熱し、ヒーター面の金属上に、溶媒溶解基として、下記一般式(I)中に記載の少なくとも一種の構造を有する化合物から、該構造の一部を脱離させて、得られた化合物によって保護層を形成することを特徴とするインクジェット記録用ヘッド内ヒーター面金属保護層形成方法に関するものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明の第一の発明は、従来技術では、解決することができなかった金属面保護層のピンホール等によって生じる保護不良を解決し、不均一性が改良された保護層の形成を可能とする金属保護層形成用液媒体である。
【0022】
第二の発明は、金属上に上記の金属保護層形成用液を接触させ、且つ、これに光や熱を作用させることで、金属上に、均一性に優れる良好な状態の保護層の形成を可能とする保護層の形成方法を提案するものである。
【0023】
第三の発明は、熱エネルギーを用いてインク滴を吐出するタイプのインクジェット記録ヘッドの、インクに吐出エネルギーを作用させるヒーター面(金属面)に対する保護層の形成、及び該ヒーター面上に形成した保護層の不良状態を再生処理するために行う保護層の形成、といった保護層の形成方法を提案するものである。これらの場合において、ヒーター面への保護層の形成を、インクに吐出エネルギーを作用させる際に発生する熱エネルギーを用いて簡易に行うことができ、該簡易な処理によって、ヒーターの寿命を伸ばし、インクジェット記録信頼性を格段に向上させることが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、好ましい実施の形態を挙げて本発明を更に詳細に説明する。本発明は、金属上に保護層を形成する保護層形成用液媒体において、溶媒溶解基として、下記一般式(I)中に記載の少なくとも一種の構造を有する化合物を保護層形成材として含有してなる保護層形成用液媒体にかかるものであるが、その使用形態としては、下記のものが挙げられる。
【0025】

(R1〜R4は、水素原子、又は、直接的或いは間接的に結合された親溶媒可溶化基を表し、R5〜R8は、水素原子、又は、直接的或いは間接的に結合された置換基を表す。)
【0026】
先ず、上記した本発明にかかる保護層形成用液媒体は、インクジェット記録用のインク吐出ヘッドに用いられる印字検査インクとした場合に有用である。ここで、印字検査インクとは、インクジェット記録用ヘッドの各ノズル吐出性をチェックする目的で用いるものであり、上記保護層形成用液媒体を用いれば、吐出チェック時に、ヒーター上の保護層が不良であった場合でも吐出するための熱エネルギーでヒーター保護層不良部をコーティングできるという利点が得られる。
【0027】
又、上記した本発明にかかる保護層形成用液媒体は、インクジェット記録に用いられるインクジェット記録用ヘッド用物流インクとした場合に有用である。ここで、インクジェット記録用ヘッド用物流インクとは、出荷時に、インクジェット記録用ヘッド内に充填してある、記録を目的としないインクであり、上記保護層形成用液媒体を用いれば、インクジェットプリンターの記録ヘッドの初期稼働時に、ヒーター保護層が不良であった場合でも、熱エネルギーの作用によって、保護層を良好にできるという利点が得られる。
【0028】
又、上記した本発明にかかる保護層形成用液媒体は、インクジェット記録に用いられるインクジェット記録用インクとした場合に有用である。即ち、インクジェット記録用インクに用いれば、インク状態では、分散の問題のない染料インクと同様に扱え、形成される画像は、顔料インクによって形成した画像と同様に堅牢性に優れたものとなるという利点が得られる。
【0029】
本発明は、金属上に保護層を形成するための金属保護層の形成方法において、上記した本発明にかかる保護層形成用液媒体を接触させた状態で、光及び熱の少なくとも一方を作用させて、溶媒溶解基として、前記一般式(I)中に記載の少なくとも一種の構造を有する化合物から該構造の一部を脱離させることで、該化合物によって金属に保護層を形成することを特徴とする。
【0030】
上記した本発明にかかる金属保護層の形成方法の別の形態としては、インクジェット記録用ヘッド内のヒーター面の金属上に保護層を形成する方法において、保護層形成部に、本発明にかかる保護層形成用液媒体を接触させて、該液媒体を接触させた状態で、液滴を吐出させ、液滴を吐出させる際に生ずる熱の作用によりヒーター面を加熱し、ヒーター面の金属上に、溶媒溶解基として、前記一般式(I)中に記載の少なくとも一種の構造を有する化合物から該構造の一部を脱離させ、得られた化合物によって保護層を形成することを特徴とする金属保護層の形成方法が挙げられる
【0031】
次に、本発明にかかる保護層形成用液媒体を用いて保護層を形成する場合においては、溶媒溶解基として、下記一般式(I)中に記載の少なくとも一種の構造を有する化合物の存在によって、ピンホール等の欠陥のない保護層の形成が可能となるが、この際の保護層形成のメカニズムについて説明する。
【0032】

(R1〜R4は、水素原子、又は、直接的或いは間接的に結合された親溶媒可溶化基を表し、R5〜R8は、水素原子、又は、直接的或いは間接的に結合された置換基を表す。)
【0033】
上記で言う、親溶媒可溶化基とは、溶媒溶解基として、上記一般式(I)中に記載されている少なくとも一種の構造を有する化合物に、溶媒に対する可溶性を付与することができる基を意味しており、一般式(I)で表される少なくとも一種の構造は、該構造を有する化合物を溶媒に溶解させるための溶媒溶解基となる。
【0034】
上記したように一般式(I)中に記載されている少なくとも一種の構造部分は、該構造を有する化合物を溶媒に溶解させるための溶解基として働く。その一方で、該一般式(I)の構造がエネルギーを受けると、下記一般式(II)で示したような化学変化を生じ、上記一般式(I)で表される構造部分は溶媒溶解基ではなくなってしまう。即ち、下記一般式(II)で示した化学変化は、ジエンとジエノフィルの反応(ディールス・アルダー反応)の逆反応であり、更に、一般的には、ディールス・アルダー反応は可逆性があるが、下記化学変化は、不可逆変化である逆ディールス・アルダー反応であるため、保護層が形成された後、溶解性が戻って溶媒等で取れるといったことはない。
【0035】
更に、本発明らの検討によれば、下記一般式(II)で示した化学変化は、金属が共存していると、共存していない場合と比較して低エネルギーで化学変化が進行することがわかった。そして、その際に金属に対する化学的反応や、物理的な吸着が生じる。この結果として、金属に接触した部分は、一般式(I)の構造を有する化合物が覆うことになる。
【0036】

【0037】
前記一般式(I)の構造を有する化合物(保護層形成化合物)を金属化合物上に接触(吸着)させた後、逆ディールス・アルダー反応させる具体的な方法としては、外部エネルギーの付与が挙げられるが、具体的には、例えば、加熱や、光、電磁波及び放射線の照射等から選ばれる少なくとも1つの手段が挙げられる。
【0038】
〔ディールス・アルダー(Diels−Alder)反応及び逆ディールス・アルダー(Retro Diels−Alder)反応について〕
ディールス・アルダー反応は、共役二重結合を持った化合物(ジエン)の1,4位に二重結合又は三重結合を持った化合物(ジエノフィル)が付加して環状化合物を生成する反応をいう。環状構造を持った共役2重結合化合物をジエンとしてジエノフィルと反応させることによって架橋部位を持ったビシクロ[2,2,2]オクタジエン骨格を構築することができる。逆ディールス・アルダー反応とは、逆ディールス・アルダー反応の逆反応のことを指す。例えば、ビシクロ[2,2,2]オクタジエン骨格の縮環部分を有する化合物を逆ディールス・アルダー反応させることで、架橋部分をエチレンとして脱離させることができ、芳香環を構築することができる。その際、当該脱離部位に、直接的或いは間接的に、当該化合物が溶媒に対する溶解性を増すような置換基を導入しておくことによって、溶媒溶解性の化合物を溶媒不溶性の化合物へと変換することが可能となる。更に、芳香環上に存在させたい置換基をあらかじめ導入しておくことにより置換芳香環を構築することが可能である。
【0039】
本発明にかかる逆ディールス・アルダー反応による脱離の結果、パイ共役系が構築される化合物へと変換される場合、更には、パイ共役系の構築の結果として分子の立体構造が嵩高い構造から、平坦な構造に変化するように分子構造を構築しておくことによって、当該化合物を逆ディールス・アルダー反応させた結果として得られる化合物の凝集性や会合性を変化させることができ、好ましい態様である。
【0040】
上記好ましい態様を実現するために、逆ディールス・アルダー反応後に分子間で水素結合や、ファンデルワールス力、静電相互作用、極性による相互作用が大きくなる系を設計することがより好ましい。従来であれば会合状態が大きくなっているため制御が困難であった系においても、反応前後の化合物の性質を設計することによって効果的に凝集性や会合性を変化させることが可能となる。
【0041】
本発明にかかる化合物は、逆ディールス・アルダー反応によって脱離した部分を極めて安定で安全性の高いものにすることが可能であり、系に悪影響を与えるような可逆的な反応や副次的な反応は起こさないような反応を構築することが可能である。一般的に、ジエン化合物とジエノフィル化合物間でのディールス・アルダー反応系は、発熱反応(ディールス・アルダー反応)、吸熱反応(逆ディールス・アルダー反応)の平衡反応であることから可逆性反応であることが知られている。この点を利用した技術としては、先に挙げたように、特開平11−349877号公報(特許文献1)に、インクジェットインク・キャリアの粘度温度制御にディールス・アルダー反応系が利用されている発明が開示されている。
【0042】
しかしながら、上記発明に使用されているディールス・アルダー反応系は可逆反応であるため本発明に適用した場合、溶解性が減少した状態で、冷却をされると再度、環化反応(ディールス・アルダー環化反応)を誘発し、溶解性が再増加することが考えられる。又、同公報においては、化合物が逆ディールス・アルダー反応した状態では、反応生成物が、不安定なジエン化合物とジエノフィル化合物で存在するため、副反応として酸化反応を誘発することが懸念され、本発明のような用途には不適であると考えられる。
【0043】
更に、先に挙げた特開平10−31275号公報(特許文献2)ではトリアリルメタン系の化合物の紫外線・熱による分解反応や、フォトクロミック化合物のような光・熱可逆性化合物を使用して極性(溶解性、凝集性)の制御をしている例が開示されている。しかしながら、該発明に利用されている極性制御部はラジカルイオン開裂的に分解する系であるため、非可逆的な状態を形成することは可能であるが、副生成物が不安定であり、酸化劣化反応を誘発し、悪影響を与える恐れが考えられる。又、フォトクロミック反応は可視・紫外光線、及び熱に対する可逆反応であるため、1つの状態を維持することが極めて困難であり、本発明のような用途には不適当であると考えられる。
【0044】
このような好ましい態様にするためには、脱離した化合物と前駆体から生成した化合物が再びディールス・アルダー反応を起こすジエンとジエノフィルの関係で反応しないことが必要である。本発明の場合、脱離した化合物が反応性2重結合を持たない化合物へと自動酸化、還元等によって逆反応が不可能な物質に変換される仕組みを持たせて反応を非可逆的に進行させている、ことが特徴となっている。
【0045】
〔逆ディールス・アルダー反応の誘起方法〕
逆ディールス・アルダー反応を誘起する具体的な方法としては、外部エネルギーの付与及び化学的摂動(熱エネルギー、光エネルギー、電磁波エネルギー、化学的作用)が挙げられる。
【0046】
本発明で使用する前記した溶媒溶解基として、一般式(I)中に記載の少なくとも一種の構造部分を有する化合物(以下、一般式(I)の構造部分を有する化合物と呼ぶ)から、逆ディールス・アルダー反応を誘起して、目的とする部分(以下、脱離部位と呼ぶ)を脱離する方法(前記一般式(II)参照)は、一般式(I)中のR1、R2の置換基の種類と、脱離前後の分子のエネルギー準位によって変化する。例えば、R1、R2が水素であると通常の熱的反応でエチレン分子が脱離する、更に、脱離後に構築される芳香環の共鳴安定化エネルギーが大きいほど、活性化エネルギーが大きくなり、加熱に必要な温度は高くなっていくことが知られている。又、R1、R2がケトンである場合には、その可視光によるn−π*励起によって反応が起こることが知られている。更には、水酸基の場合、金属化合物(塩基性化合物)により電子引き抜きが生じる状態になることによって化学的作用により反応が起こることが知られている。この場合、脱離基と金属が電気的な相互作用をするための物理的パラメータや、原子半径等のこのようなパラメータを考慮に入れる必要がある。
【0047】
このように、R1、R2の置換基と脱離機構を検討することによって、種々の方法によって脱離反応を誘起することが可能である。これらの検討の際にはR3〜R6の置換基が反応系に及ぼす電気的誘起効果を考慮することが好ましい。これらの脱離反応は1つの反応種のみで完結されてもよいし、化学的反応下で加熱する、或いは光励起下加熱するといった複数の反応系を組み合わせて同時に誘起してもよいし、更には、逐次的(光反応で脱離させた中間生成物を加熱により最終生成物に変換する)といった複雑な工程を用いて、より高度な脱離反応系を構築することが可能である。
【0048】
〔本発明に用いる一般式(I)の構造部分を有する化合物について〕
本発明に用いる一般式(I)の構造部分を有する化合物は、逆ディールス・アルダー反応によって直接的或いは間接的に結合された親溶媒可溶化基を有する脱離部位が離脱して顔料化される化合物である。
【0049】
以下に、下式一般式(I)で示される構造を有している一般式(I)の構造部分を有する化合物について説明する。

(R1〜R4は、水素原子、又は、直接的或いは間接的に結合された親溶媒可溶化基を表し、R5〜R8は、水素原子、又は、直接的或いは間接的に結合された置換基を表す。)
【0050】
ここで具体的に、R1〜R4は、脱離部位に直接的に結合しているか、間接的に結合している親溶媒可溶化基を表しており、R5〜R8は、親溶媒可溶化基に限定されない置換基を表している。即ち、R1〜R4は脱離部位に結合しているもので、脱離部位と一緒に脱離してしまう置換基であり、R5〜R8は脱離部位の脱離によって構築された芳香環上に置換された形になる置換基である。
【0051】
例えば、所定の溶媒が水若しくは水と親水性溶媒からなる混合媒体である場合においては、一般式(I)の構造部分を有する化合物の水に対する溶解度(25℃)が少なくとも1質量%以上となるように、該化合物の構造中に親溶媒可溶化基を直接的或いは間接的に導入しておき、この親溶媒可溶化基を逆ディールス・アルダー反応により脱離部位を一般式(I)の構造部分を有する化合物から脱離させることにより、顔料化させることが可能となる。
【0052】
尚、親水性溶媒としては、例えば、水をはじめとして、アルコール系溶媒、グリコール系、アミン系に代表されるような水に溶解可能な極性を有する溶媒を挙げることができる。一般式(I)の構造部分を有する化合物を含有させてインクジェット用のインクとして用いる場合には、この分野で使用されている親水性溶媒を用いることができる。又、インクジェット用のインクに用いる水性媒体中の水の割合は、通常30質量%以上とされる。
【0053】
以下に、上記した化合物について、具体例を用いてより詳細に説明するが、これらに限定されるものではない。上記したように、逆ディールス・アルダー反応により親溶媒可溶化基を脱離させることで、その溶媒への溶解度を制御することのできる化合物としては、請求項に規定の構造単位を有するものであれば特に限定されないが、例えば、下記式(I)或いは(II)で示されるようなテトラアザポリフィリン化合物、下記式(III)で示されるようなチオインジゴ化合物、下記式(IV)で表されるようなアクリドン化合物、下記式(V)で表されるようなアミノアントラキノン化合物、(VI)で表されるような縮合多環系化合物が挙げられる。
【0054】

【0055】

【0056】
[上記式(I)及び(II)中、R1〜R4は、直接的或いは間接的に置換された親溶媒可溶化基を表す、R5〜R8は置換基を表し、Mは2価からから4価の配位金属原子、Yは、ハロゲン原子、酸素原子又は水酸基、nは、0〜2を表す。]
【0057】

【0058】

【0059】

【0060】

【0061】
[上記式(III)〜(VI)中、R1〜R4は、それぞれ直接的或いは間接的に結合された親溶媒可溶化基を表す、R5〜R8は、置換基を表す。]
【0062】
本発明にかかる保護層形成用液媒体としては、一般式(I)中の少なくとも一種の構造を有する上記に例示したような化合物と、これを溶解する液媒体、及び溶解助剤としての各種有機溶媒等を用いることができる。
【0063】
液媒体としては水の他に、有機溶媒として、例えば、グリセリン、キシリトール等の糖アルコール類、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等のアミド類;アセトン等のケトン類;テトラヒドロフラン、ジオキサン等のエーテル類;ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等のポリアルキレングリコール類;エチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、トリエチレングリコール、1,2,6−ヘキサントリオール、チオジグリコール、ヘキシレングリコール、ジエチレングリコール等のアルキレン基が2〜6個の炭素原子を含むアルキレングリコール類、エチレングリコールモノメチル(又はエチル)エーテル、ジエチレングリコールモノメチル(又はエチル)エーテル、トリエチレングリコールモノメチル(又はエチル)エーテル等の多価アルコールの低級アルキルエーテル類;N−メチル−2−ピロリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、トリエタノールアミン、スルホラン、ジメチルサルフォキサイド、2−ピロリドン等や、結晶性を有する、例えば、尿素、エチレン尿素、εカプロラクトン、スクシンイミド、チオ尿素、ジメチロール尿素等が挙げられ、又、これらの化合物に、エチレンオキサイド、プロピレンオキサイド及びアルキルの少なくとも1種を置換基として付加してもよい。又、これらは、混合して用いてもよい。
【0064】
又、本発明にかかる保護層形成用液媒体をインクとする場合は、前記した以外の色材を併用してもよい。色材としては、主溶媒に安定に、溶解又は分散するものであれば差し支えない。以下、インクとする場合について説明する。
【0065】
又、インク中の水の含有量は、好ましくは、30〜95質量%の範囲から選択する。30質量%よりも少ないと、水溶性の成分の溶解性が確保できない場合があり、又、インクの粘度も高くなる。一方、水が95質量%よりも多いと、蒸発成分が多過ぎて、十分な固着特性を満足することができない場合がある。
【0066】
更に、インク中には、必要に応じて、水溶性有機溶剤、界面活性剤、防錆剤、防腐剤、防カビ剤、酸化防止剤、還元防止剤、蒸発促進剤、キレート化剤、水溶性ポリマー及びpH調整剤等の種々の添加剤を含有してもよい。
【0067】
本発明の液媒体は、表面張力が40dyn/cm以下であると、インクジェット記録方法に用いた場合、吐出性が良好になり好ましい。
又、本発明の液媒体のpHは、インクの安定性の面から6.5以上であることが好ましい。
【0068】
更に、インクには、色材の対イオンとして、複数のアルカリ金属イオンを併用することが好ましい。インクジェット記録に用いた場合、両者が併用されていると、インクの安定性及びインクの吐出性が良好になる。アルカリ金属イオンとしては、Li+、Na+、K+等を挙げることができる。
【0069】
上記したような構成からなる本発明にかかるインクは、インクジェット吐出方式のヘッドに用いられ、又、そのインクが収納されているインク収納容器としても、或いは、その充填用のインクとしても有効である。特に、本発明にかかるインクは、インクジェット記録方式の中でも、バブルジェット(登録商標)方式の記録ヘッド、記録装置において、優れた効果をもたらすものである。
【0070】
上記インクジェット記録方式の代表的な構成や原理については、例えば、米国特許第4,723,129号明細書、同第4,740,796号明細書に開示されている基本的な原理を用いて行うものが好ましい。この方式は、所謂オンデマンド型、コンティニュアス型の何れにも適用可能であるが、特に、オンデマンド型の場合には、インクが保持されているシートや液路に対応して配置された電気熱変換体に、記録情報に対応していて核沸騰を超える急速な温度上昇を与える少なくとも一つの駆動信号を印加することによって、電気熱変換体に熱エネルギーを発生せしめ、記録ヘッドの熱作用面に膜沸騰させて、結果的にこの駆動信号に一対一対応し、インク内の気泡を形成できるので有効である。この気泡の成長、収縮により吐出用開口を介してインクを吐出させて、少なくとも一つの滴を形成する。この駆動信号をパルス形状とすると、即時適切に気泡の成長収縮が行われるので、特に応答性に優れたインクの吐出が達成でき、より好ましい。このパルス形状の駆動信号としては、米国特許第4,463,359号明細書、同第4,345,262号明細書に記載されているようなものが適している。尚、上記熱作用面の温度上昇率に関する発明の米国特許第4,313,124号明細書に記載されている条件を採用すると、更に優れた記録を行うことができる。
【0071】
記録ヘッドの構成としては、上述の各明細書に開示されているような吐出口、液路、電気熱変換体の組み合わせ構成(直線状液流路又は直角液流路)の他に、熱作用部が屈曲する領域に配置されている構成を開示する米国特許第4,558,333号明細書、米国特許第4,459,600号明細書を用いた構成にも、本発明にかかる保護層形成用液媒体を用いることは有効である。加えて、複数の電気熱変換体に対して、共通すると吐出口を電気熱変換体の吐出部とする構成(特開昭59−123670号公報等)に対しても、本発明にかかる保護層形成用液媒体を用いることは有効である。
【0072】
更に、記録装置が記録できる最大記録媒体の幅に対応した長さを有するフルラインタイプの記録ヘッドとしては、上述した明細書に開示されているような複数記録ヘッドの組み合わせによって、その長さを満たす構成や一体的に形成された一個の記録ヘッドとしての構成の何れでもよいが、本発明にかかる保護層形成用液媒体を用いることによって、上述した効果を一層有効に発揮させることができる。
【0073】
加えて、装置本体に装着されることで、装置本体との電気的な接続や装置本体からのインクの供給が可能になる交換自在のチップタイプの記録ヘッド、或いは記録ヘッド自体に一体的に設けられたカートリッジタイプの記録ヘッドを用いた場合にも、本発明にかかる保護層形成用液媒体を用いることは有効である。又、本発明は、適用される記録装置の構成として設けられる、記録ヘッドに対しての回復手段、予備的な補助手段等を付加することは、本発明の効果を一層安定できるので好ましいものである。これらを具体的に挙げれば、記録ヘッドに対してのキャピング手段、クリーニング手段、加圧或いは吸引手段、電気熱変換体或いはこれとは別の加熱素子或いはこれらの組み合わせによる予備加熱手段、記録とは別の吐出を行う予備吐出モードである。
【実施例】
【0074】
次に、実施例及び比較例を挙げて本発明を更に具体的に説明する。文中、部及び%とあるものは、特に断りない限り質量基準である。尚、次の略語を使用する。
・THF:テトラヒドロフラン
・DBU:1,8−ジアザビシクロ−[5.4.0]ウンデセン−7
【0075】
<一般式(I)の構造を有する化合物であるテトラアザポリフィリン骨格を有する化合物の合成>
<実施例1で使用する化合物の合成>
一般式(I)の構造を有する化合物として、化合物6’を下記方法で合成した。
先ず、原料として1,2−ジヒドロキシシクロヘキサペンタジエン(化合物1’)の20%酢酸エチル溶液(25ml)を用意し、溶媒を減圧下濃縮し、そこにアセトン(30ml)、2,2−ジメトキシプロパン(69ml)、痕跡量のp−トルエンスルホン酸を加え、室温で4時間攪拌した。10%水酸化ナトリウム水溶液(30ml)、飽和食塩水(30ml)を加えて攪拌し、反応を停止し、ジエチルエーテル(3×30ml)で抽出、有機層を飽和食塩水(3×30ml)で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させ、減圧下濃縮することで化合物1’の水酸基を保護した化合物2’が8.33gの収率で得られた。
【0076】
反応容器に化合物2’(158mg、1.04mmol)と、2−ニトロ−1−(フェニルスルホニル)エチレン(230mg、1.08mmol)を入れ、トルエン(2.00ml)を加えて、90℃で3時間攪拌した。反応終了後、反応溶液を減圧濃縮し、カラムクロマトグラフィ(20−30容量% 酢酸エチル/ヘキサン)で分離し、Rf0.24(20容量% 酢酸エチル/ヘキサン)とRf0.18(20容量% 酢酸エチル/ヘキサン)のフラクションを濃縮した。これらをそれぞれ再結晶することにより、化合物3a’と3b’が124mg(0.339mmol、32.6質量%)、62mg(0.17mmol、16.3質量%)の収率で得られた。
【0077】
得られた化合物について、融点(mp)の測定、NMR及び赤外吸光分析(IR)を行った。その結果を下記に示す。
・mp:151.9−152.6℃
1HNMR[溶媒:CDCl3、単位:δppm]7.87(m、2H)、7.71(m、1H)、7.59(m、2H)、6.16(m、2H)、4.81(dd、J=5.6、2.4Hz、1H)、4.33(dd、J=6.8、2.9Hz、1H)、4.19(dd、J=6.8、2.9Hz、1H)、4.04(dd、J=5.6、1.5Hz、1H)、3.70(m、1H)、3.48(m、1H)1.28(s、3H)、1.22(s、3H)
・IR[KBr法、単位:/cm-1]2981w、1552s、1313s、1151s、1056s、727.0m、601.7m
【0078】
反応容器に化合物3a’、3b’(2,2−ジメチル−8−ニトロ−9−フェニルスルホニル−3a,4,7,7a−テトラヒドロ−4,7−エタノ−1,3−ベンゾジオキソール)を365mg(1mmol)を入れ窒素置換し、ドライTHF(5.00ml)に溶解させ、反応容器を氷浴に浸した。ドライ−エチルイソシアノアセテート(0.110ml、1.00mmol)を加えた後、水素化カルシウムにより蒸留したDBU(0.370ml、2.50mmol)を5分かけて滴下し、氷浴を取り除き、室温で17時間攪拌した。反応終了後、2%塩酸(10.0ml)を加え、酢酸エチル(3×20.0ml)で抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥、減圧下濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィ(5容量%酢酸エチル/クロロホルム)で分離し、Rf0.41(5容量%酢酸エチル/クロロホルム)のフラクションを濃縮し、再結晶することにより化合物4’を283mg(97.8mmol、97.8重量%)の収率で得られた。
【0079】
得られた化合物4’について、融点(mp)の測定、NMR及び赤外吸光分析(IR)を行った。その結果を下記に示す。
・mp:114.9−146.3℃
1HNMR[溶媒:CDCl3、単位:δppm]8.58(Br、1H)、6.68(d、J=2.4Hz、1H)、6.50(m、2H)、4.56(m、1H)4.34(m、2H)、4.32(q、J=7.0Hz、2H)、4.06(m、1H)、1.42(s、3H)、1.38(t、J=7.0Hz、3H)、1.30(s、3H)
・IR(KBr法、単位:/cm-1]3345s、2892w、1681s、1297m、1141s、1039s。
【0080】
反応容器に化合物4’(289mg、1.00mmol)を入れ窒素置換し、ドライTHF(5.00ml)に溶解させ、反応容器を氷浴に浸した。水素化リチウムアルミニウム(114mg、3.00mmol)を加えて氷浴を取り除き、室温で1時間攪拌した。還元終了後、飽和食塩水(20.0ml)を加え、不溶物をセライト濾過し、クロロホルム(3×100ml)で抽出し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させた。溶液にp−トルエンスルホン酸(80.0mg)を加え、1日攪拌した。更にクロラニル(223mg、0.907mmol)を加え更に1日撹拌した。反応終了後、反応溶液を1%チオ硫酸ナトリウム水溶液(50.0ml)、飽和食塩水(50.0ml)でそれぞれ洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥後、減圧下濃縮し、カラムクロマトグラフィで精製し再結晶することで、化合物5’(収率39.8重量%)を得た。
【0081】
反応容器に化合物5’と酢酸銅をクロロホルム(30ml)−メタノール(3ml)に溶かし、室温で3時間撹拌した。反応終了後、水(100ml×2)、飽和食塩水(40ml)でそれぞれ洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥後、減圧下濃縮し、クロロホルム−メタノールから再結晶することによって赤紫色結晶(化合物6’)を得た。
【0082】
<実施例2で使用する化合物の合成>
一般式(I)の構造を有する化合物として化合物5を下記方法で合成した。
先ず、原料として1,2−ジヒドロキシシクロヘキサペンタジエン(化合物1)の20%酢酸エチル溶液(25ml)を用意し、溶媒を減圧下濃縮し、そこにアセトン(30ml)、2,2−ジメトキシプロパン(69ml)、痕跡量のp−トルエンスルホン酸を加え、室温で4時間攪拌した。10%水酸化ナトリウム水溶液(30ml)、飽和食塩水(30ml)を加えて攪拌し、反応を停止し、ジエチルエーテル(3×30ml)で抽出、有機層を飽和食塩水(3×30ml)で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥させ、減圧下濃縮することで化合物1の水酸基を保護した化合物2が8.33g得られた。
【0083】
次に、反応容器に化合物2(158mg)とジシアノアセチレン(230mg)を入れ、トルエン(2.00ml)を加えて、90℃で3時間攪拌した。反応終了後、反応溶液を減圧濃縮し、カラムクロマトグラフィ(20−30容量% 酢酸エチル/ヘキサン)で分離し、Rf0.24(20容量% 酢酸エチル/ヘキサン)とRf0.18(20容量% 酢酸エチル/ヘキサン)のフラクションを濃縮した。これらをそれぞれ再結晶することにより、化合物3が184mg得られた。得られた化合物3について、融点(mp)の測定、NMR及び赤外吸光分析(IR)を行った。その結果を下記に示す。
【0084】
・mp:151.9−152.6℃
1HNMR[溶媒:CDCl3、単位:δppm]7.87(m、2H)、7.71(m、1H)、7.59(m、2H)、6.16(m、2H)、4.81(dd、J=5.6、2.4Hz、1H)、4.33(dd、J=6.8、2.9Hz、1H)、4.19(dd、J=6.8、2.9Hz、1H)、4.04(dd、J=5.6、1.5Hz、1H)、3.70(m、1H)、3.48(m、1H)1.28(s、3H)、1.22(s、3H)
・IR[KBr法、単位:/cm-1]2981w、1552s、1313s、1151s、1056s、727.0m、601.7m
【0085】
更に、反応容器に化合物3(365mg)を入れ窒素置換し、ドライTHF(5.00ml)に溶解させた。そこにn−ブトシキマグネシウムのn−ブタノール溶液を加え、150℃の温度で加熱撹拌し、4量環化、金属錯体化を行った。反応終了後、酢酸エチル(3×20.0ml)で抽出した。有機層を飽和食塩水で洗浄し、無水硫酸ナトリウムで乾燥、減圧下濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィ(5容量%酢酸エチル/クロロホルム)で分離し、Rf0.41(5容量%酢酸エチル/クロロホルム)のフラクションを濃縮し、再結晶することにより化合物4が283mgの収率で得られた。
【0086】
得られた化合物4について、融点(mp)の測定、NMR及び赤外吸光分析(IR)を行った。その結果を下記に示す。
・mp:114.9−146.3℃
1HNMR[溶媒:CDCl3、単位:δppm]8.58(Br、1H)、6.68(d、J=2.4Hz、1H)、6.50(m、2H)、4.56(m、1H)4.34(m、2H)、4.32(q、J=7.0Hz、2H)、4.06(m、1H)、1.42(s、3H)、1.38(t、J=7.0Hz、3H)、1.30(s、3H)
・IR(KBr法、単位:/cm-1]3345s、2892w、1681s、1297m、1141s、1039s。
【0087】
反応容器に化合物4(289mg)を入れ窒素置換し、THF(5.00ml)に溶解させた。1N塩酸(114mg)を加えて室温で1時間攪拌した。撹拌終了後、飽和食塩水(20ml)を加えて反応を停止し、反応溶液を、1%チオ硫酸ナトリウム水溶液(50.0ml)、及び飽和食塩水(50.0ml)でそれぞれ洗浄した。。得られた液を、無水硫酸ナトリウムで乾燥後、減圧下で濃縮し、これをカラムクロマトグラフィ(充填材:シリカゲル)で精製し、再結晶することで、水酸基が脱保護された水溶性フタロシアニン化合物5(収率39.8%)を得た。
【0088】
[実施例1、2及び比較例1]
上記で得られた一般式(I)の構造部分を有する各化合物をそれぞれ5.0部ずつ用い、下記組成からなる実施例1及び2の2種類の液媒体を作成した。
<組成>
・一般式(I)の構造を有する化合物 5.0部
・グリセリン 7.0部
・エチレングリコール 10.0部
・イオン交換水 78.0部
【0089】
上記のようにして得た各液媒体をそれぞれ、市販のインクジェット記録装置であるBJF870(商品名、キヤノン株製)に搭載用の未使用ヘッドに対し、エージング処理として、実施例の各液媒体を用いて1×106パルス/ノズルで連続吐出行った。次に、BJF870(商品名、キヤノン株製)用のインクを用いて、市販の上質紙に、連続吐出を1×1010パルス/ノズルまで行い、終了後、ヒーターを目視で観察したところ、ヒーター面が削れたような凹凸は見られず、ヒーター面が綺麗で、且つ吐出スピードを測定したところ、初期と比べほとんど悪くならなかった。
【0090】
上記した操作によって、前記一般式(I)中に記載の構造に含まれる部分を有する化合物がら、逆逆ディールス・アルダー反応によって一部が脱離して、不溶性の化合物が得られるが、図2に、実施例4のテトラアザポリフィリン骨格を有する化合物からの脱離反応を示した。
【0091】
比較例1として、一般式(I)の構造を有する化合物のエージング処理を行わないヘッドを用いて、市販の上質紙に、1×109パルス/ノズルで連続吐出したところ、ヒーター面が凸凹になり、且つ吐出スピードが初期と比べ悪くなった。
【0092】
又、比較例2として、一般式(I)の構造を有する化合物の代わりに、C.I.Direct Blue 199を用いてエージング処理を行ったヘッドを用いて、市販の上質紙に、1×109パルス/ノズルで連続吐出したところ、ヒーター面が凸凹になり、且つ吐出スピードが初期と比べ若干悪くなった。
【産業上の利用可能性】
【0093】
本発明の活用例としては、上記で説明したように、例えば、熱エネルギーを作用させてインク滴を吐出させて記録を行うインクジェット記録に用いると、インクに熱エネルギーを作用させるヒーター上に、ヒーター面(金属面)に均一性な保護層を形成することができ、更に、良好な保護層形成が可能となるため、インク吐出性、ノズルごとの吐出ばらつき性が良好になり、従来よりもインクジェット記録の信頼性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0094】
【図1】本発明の実施例で使用するテトラアザポリフィリン骨格を有する化合物の合成方法を示すスキームである。
【図2】本発明の実施例で使用するテトラアザポリフィリン骨格を有する化合物からの脱離反応を説明するための図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属に対して保護層を形成する保護層形成用液媒体において、溶媒溶解基として、下記一般式(I)中に記載の少なくとも一種の構造を有する化合物が、保護層形成材として含有されてなることを特徴とする金属保護層形成用液媒体。

(R1〜R4は、水素原子、又は、直接的或いは間接的に結合された親溶媒可溶化基を表し、R5〜R8は、水素原子、又は、直接的或いは間接的に結合された置換基を表す。)
【請求項2】
前記保護層形成用液媒体が、インクジェット記録用のインク吐出ヘッドに用いられる印字検査インクである請求項1に記載の金属保護層形成用液媒体。
【請求項3】
前記保護層形成用液媒体が、インクジェット記録に用いられるインクジェット記録用ヘッド内に充填される液体である請求項1に記載の金属保護層形成用液媒体。
【請求項4】
前記記一般式(I)中に記載された少なくとも一種の構造を有する化合物が、アセチレン基をもった化合物である請求項1〜3の何れか1項に記載の金属保護層形成用液媒体。
【請求項5】
金属に対して、請求項1〜4の何れか1項に記載の金属保護層形成用液媒体を接触させた状態で、光及び熱の少なくとも一方を作用させて、溶媒溶解として、下記一般式(I)中に記載の少なくとも一種の構造を有する化合物から該構造の一部を脱離させることで、該化合物によって金属に保護層を形成することを特徴とする金属保護層の形成方法。

(R1〜R4は、水素原子、又は、直接的或いは間接的に結合された親溶媒可溶化基を表し、R5〜R8は、水素原子、又は、直接的或いは間接的に結合された置換基を表す。)
【請求項6】
前記一般式(I)中に記載の少なくとも一種の構造を有する化合物が、アセチレン基をもった化合物である請求項5に記載の金属保護層の形成方法。
【請求項7】
インクジェット記録用ヘッド内のヒーター面の金属上に保護層を形成する方法において、ヒーター面の保護層形成部に、溶媒溶解基として、下記一般式(I)中に記載の少なくとも一種の構造を有する化合物を含有してなる液媒体を接触させて、上記ヒーター面を加熱し、ヒーター面の金属上に、溶媒溶解基として、下記一般式(I)中に記載の少なくとも一種の構造を有する化合物から、該構造の一部を脱離させて、得られた化合物によって保護層を形成することを特徴とするインクジェット記録用ヘッド内ヒーター面金属保護層形成方法。

【請求項8】
前記一般式(I)中に記載された少なくとも一種の構造を有する化合物が、アセチレン基をもった化合物である請求項7に記載のインクジェット記録用ヘッド内ヒーター面金属保護層形成方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−77102(P2006−77102A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−261703(P2004−261703)
【出願日】平成16年9月8日(2004.9.8)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】