説明

金属処理

金属物体は、酸性溶液と接触させた金属物体を陽極酸化し(P、SE)、次に陽極酸化済みの金属物体を逆電圧に供する(VR)ことによって処理される。この陽極酸化は、2段階で行われる。まず、不動態化(P)によって表面層を形成し、次にこの表面層にピットを形成する(SE)。陽極酸化の第2段階(SE)は第1段階(P)より低い電圧で行われる。逆電圧工程(VR)後、次に金属物体を、殺生物性金属含有溶液と接触させる。殺生物性金属は金属物体の表面に吸収されて、改善された殺生物特性が得られる。陽極酸化の第2段階(SE)における低電圧によって、処理時間が短縮される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、殺生物特性を付与するための金属物体の処理方法に関する。特に、本発明は、身体と接触する際の刺激又は感染のリスクが低い、処理を施した金属物体に関するが、これに限定するものではない。
【背景技術】
【0002】
金属材料は、数多くの状況下で身体と接触する。例えば、インプラントを使用する外科手術において、これらのインプラントは、軟組織か硬組織かに関わらず、身体の組織に挿入される。例えば、骨の癌治療では、癌に冒された骨組織を除去し、補綴金属インプラントを使用して、除去した骨の部位と置換する。インプラントは、関節(例えば、股関節)の骨の部分又は完全置換にも使用され、また歯科学、顎顔面手術等のその他の分野でも使用される。切断術又は外傷でインプラント及び医療機器を使用することもあり、このような機器は経皮的に挿入され得る。上記(及びその他)の用途のインプラントはチタン金属又はチタン合金製であり得る。チタン金属及びチタン合金は生体適合性であり、比較的強靭且つ軽量である。
【0003】
更に、金属は宝飾品として身体と接触する。多くの宝飾品は合金から作られているが、発汗時に水分と反応する成分を含有することがある。また、汗に含まれる塩化物イオンのせいで合金のピッチングが起きることがあり、それによって細菌の温床ができ、合金が皮膚の傷と接触した場合に皮膚感染が引き起こされる可能性がある。刺激及び感染は、身体を貫通する宝飾品だけでなく、着用者が敏感肌ならば、皮膚と接して位置する宝飾品でも起きる可能性がある。
【0004】
このように、医療及び宝飾品の両業界において、身体組織と接触する金属の使用には感染源となる又は感染が発生するリスクがある。このため、両分野において、金属上への金属銀の電気めっきが提案されている。銀は殺生物特性を有することが知られており、また対象に毒性作用を引き起こすことなく感染を制御する。しかしながら、このようなコーティングでは、体液による腐食によって土台の金属がえぐられてコーティングが金属から剥離し、これが摩耗度の上昇につながり、また銀を含有する分離した粒子による組織損傷を招く場合がある。
【発明の概要】
【0005】
本発明は、感染のリスクを抑えることができる、耐摩耗性と殺生物特性とを併せ持つ陽極酸化された金属物体を提供することによって、従来技術に関連する問題点を克服しようとするものである。本発明を、バイオフィルムの形成の防止に使用することもできる。本発明は、医療分野、宝飾品分野、また例えばペンを使用したり、食卓用金物類又はその他の家庭用品若しくは工業製品を扱ったり、メガネをかけたりする際に金属が身体と接触し得るその他の分野を含む数多くの技術分野に用途を有し、また、本発明を、感染のリスクを最小限に抑える必要があるヘルスケア産業に応用することもできる。事実上、本発明を、本発明の方法に従って陽極酸化した金属物品が皮膚又は身体組織と接触する全ての分野で応用することができ、特に、本発明を、チタン等の金属又はニオブ、タンタル、ジルコニウム等のその他のバルブ金属又はこれらの合金から形成された金属物品並びにこのような金属又はそれらの合金で金属めっき又はコーティングした金属物品に応用可能である。本発明は、例えばタイプI、タイプII又はタイプIII陽極酸化によって既に陽極酸化されている金属物品にも応用することができる。
【0006】
発明の第1の態様において、金属物体を処理して、その上に金属物体と一体化しており且つ殺生物性物質を含む表面層を形成する方法が提供され、この方法は、
(a)表面層にとっての基体を提供する金属物体を陽極酸化電解液と接触させ、この金属物体に陽極酸化電圧を印加してその上に陽極酸化された一体化表面層を形成することによって金属を不動態化し、
(b)陽極酸化電圧を印加し続けることによって、一体化表面層を貫通して基体まで至るピットを形成し、
(c)電解液又は溶液と接触させての電気化学的又は化学的還元によって表面層に含水金属酸化物を生成し、
(d)工程(c)で得られた陽極酸化済みの金属物体を工程(c)の電解液又は溶液から取り出し又は分離し、
(e)陽極酸化済みの金属物体を、殺生物性物質を含有する溶液と接触させることによって、この殺生物性物質を表面層に取り込ませることを含み、
ピット形成工程(b)における電圧は、不動態化工程(a)中に印加される最大電圧より低い。
【0007】
還元工程である工程(c)は、第1の選択肢として、陽極酸化電解液と接触させたまま、工程(a)及び(b)で陽極酸化された金属物体に負電圧を印加することを含む。第2の選択肢としては、工程(a)及び(b)中に陽極酸化された金属物体を、チタン又は基体金属の還元可能且つ可溶性の塩を含有する電解質溶液と接触させ、また負電圧に曝露することによって電気化学的還元を引き起こす。工程(c)の第3の選択肢としては、電気化学的還元を行う代わりに、工程(a)及び(b)後、金属物体を化学的還元剤と接触させる。
【0008】
工程(a)及び(b)の陽極酸化後、表面ピット内の溶液は、基体金属のペルオキシカチオン性錯体を含有すると考えられる。この錯体を、上記の工程(c)の第1の選択肢のように、限定された溶解度の含水金属酸化物に電気化学的に還元することができる。この錯体を、工程(c)の第3の選択肢のように、同様に化学的に還元することもできる。工程(c)の第2の選択肢においては、ピット内に留まっているこの錯体に依存するのではなく、ペルオキシカチオン性錯体、好ましくはピット内で電気化学的に還元して含水チタニアにすることができるペルオキシチタニルを含有する電解質溶液が提供される。
【0009】
電気化学的還元のために外部電源を使用する代わりに、金属物体を、腐食性金属(鉄、鋼等)の電極に電気的に接続することによって負にし得る。この電極を、金属物体と同じ電解液又は塩橋若しくはイオン選択膜を介してイオン接続された別の電解液に浸漬し得る。腐食性金属電極は優先的に腐食して、金属物体の表面での電気化学的還元が引き起こされる。
【0010】
化学的還元の場合(工程(c)の第3の選択肢)、ここでもまた含水金属酸化物が生成されるのだが、化学的還元剤は、以下の:亜硫酸ナトリウム、第一鉄塩(塩化物又はサルフェート)、亜硝酸ナトリウム、臭化カリウム又はヨウ化カリウム、又は水素化ホウ素ナトリウム又はヒドラジンの1種以上から選択され得る。塩化第一スズ又は硫酸第一スズ、クロムクロリド又はクロムサルフェート、又は硫酸バナジウムを適切な条件下で使用し得る。ただし、これらの化合物には、得られる含水チタニア上に吸着され得る多価残留物という欠点がある。
【0011】
還元工程である工程(c)でどの選択肢を選択しようと、広い表面積を有する含水金属酸化物が生成される。この広い表面積によって、殺生物性物質として使用できる銀等の物質とのイオン交換が促進される。状況によっては、使用する電解液に応じて、含水金属酸化物をホスフェートと組み合わせ得て、これも同様のイオン交換特性を有する。
【0012】
陽極酸化は、最初の不動態化、すなわち酸化物の表面膜を成長させるプロセスを含む工程(a)と、この表面膜を貫通して基体金属まで至るピットを形成する次の工程(b)とを含む2段階プロセスである。
【0013】
陽極酸化中に印加される最大電圧によって、不動態化酸化物膜の厚さが決定される。後に印加されるより低い電圧は、膜の厚さに影響しない。最大電圧は2000Vであってよいが、より典型的には30〜150V、例えば100Vである。
【0014】
工程(a)の不動態化中の電圧は、時間の経過と共に最大限界値まで直線的に上昇する電圧として、或いは最大限界値まで段階的に上昇する電圧として印加され得る。不動態化を複数回行うことも想定され、電圧を繰り返し印加することによって、ピッチング用の金属表面を準備する。これらの異なる電圧印加方法は全て電圧印加の定義に含まれる。
【0015】
工程(b)では、印加する電圧を下げる。驚くべきことに、これにはピットの発達速度及び発達度の両方を上昇させる効果がある。好ましくは、ピット形成工程(b)中に印加する電圧は15〜80V、例えば20、30又は75Vである。望ましくは、25〜60V、例えば25V又は30Vである。
【0016】
好ましくは、工程(d)において、金属物体をすすぐことによって、先行の工程の後に表面上に残っている電解液又は溶液を除去する。このすすぎでは、水又はいずれの適当な溶媒をも使用し得る。次に、工程(e)において、金属物体を、好ましくは金属イオンの形態の殺生物性物質を含有している溶液と接触させることによって、金属物体上の表面層への殺生物性物質の取り込みを最大化する。
【0017】
工程(a)及び(b)の陽極酸化手順の間、正電圧を金属に印加する。工程(c)で電気化学的還元を行う場合は、工程(c)中、金属には反対方向に電圧が印加され(すなわち、反転させる)、この電圧が、工程(c)に関連してここで言及した負電圧である。この電圧反転は、ピット形成のための工程(b)の終了後に起きる。ピットは、殺生物性物質を貯蔵可能なウェル又は貯蔵部を構成する。陽極酸化及びそれに続く工程の結果、金属物体は、その表面から成長した陽極酸化層から形成される硬質の外表面を有し(典型的には、約0.3〜1.0μg/cm2のAgを吸着することができる)、この層又は膜を、殺生物性物質(銀イオン等)の追加のイオンを吸収することができるピットが貫通している。殺生物性物質を受け取るピット内のマトリックスは硬質の陽極酸化表面より比較的軟らかく且つ多孔質になり得て、より高いイオン交換能力を備えていることから、金属物体は、より高い銀イオン貯蔵能力とより硬質の陽極酸化表面という特性を併せ持つ。
【0018】
殺生物性物質は殺生物性金属を含み得て、特に、殺生物性金属は銀であり得る又は銀を含み得るが、その他の金属も銀に加えて又はその代替物として使用し得て、例えば銅と銀との組み合わせである。好ましくは、殺生物性物質(例えば、銀等の金属)は、工程(e)の溶液にイオンの形態で提供される。コロイドタイプの殺生物性物質を代わりに使用することも想定され、例えば、身体部位に栄養素を放出することもできる含水チタニア表面上にタンパク質コロイドを吸着させて、インプラントを配置した身体の治癒を支援する。
【0019】
工程(a)における正電圧は、30〜最大200V、典型的には30〜150Vの範囲であり得る。電圧は、高破壊電圧の電解液(ホウ酸リチウム等)においては最大750V又は2000Vであり得る。有用であると見なされている電圧は、例えば35V、100V、150又は200Vであり、これらはインプラントの分野において特に有用である。所望の厚さ、硬さ及び色の不動態化層の成長後(工程(a))、工程(b)において、別の工程として、ピットを表面に同じ又は異なる電解液中で、低電位で成長させ(例えば、2.1MのHPO4、30V)、次に含水チタニアをその場所で生成する還元工程(工程(c))、すすぎ(工程(d))及び殺生物性物質の取り込み(工程(e)を行い得る。
【0020】
電気化学的還元中の負電圧の大きさは、好ましくは、溶媒の電解を引き起こすには不十分なものとなるように維持される又は調節される。負電圧の大きさは表面の吸収能力に影響するが、これは負電圧の大きさが還元電流の大きさに影響するからである。通過する電荷は吸着材マトリックスの形成、ひいては金属物体の表面に後に取り込ませることができる殺生物性物質(例えば、銀等の金属)の量に直接関係している。負電圧の大きさが小さすぎる場合、後に取り込める殺生物性金属の量は、所望のレベルの殺生物特性を付与するには不十分なものとなる。しかしながら、このプロセスをより長時間に亘って行うことによって、通過する還元電荷量を増やすことで電圧の低さを補償し得る。目的は、殺生物/静菌効果を得るのに必要とされるレベルの殺生物性物質を、商業的に許容可能な時間枠内で処理済み物体に取り込ませる負電圧を供給することである。還元電流をモニタすることによって、後に所望の量の殺生物性金属を金属物体の表面に取り込ませることを可能にしながらも溶媒の電解を引き起こすことのない負電圧の大きさを決定することが可能である。
【0021】
少なくとも、金属物体を流れる電流によって十分な電荷が通過して所望の吸着能力が得られるまで負電圧を印加し得る。典型的には、この電流は負電圧の印加中に低下し、電圧は、好ましくは、この電流が著しく(例えば、ピーク電流の20%未満まで)低下するまで印加される。典型的には、これには2分しかかからない。実際は、電流は実質的にゼロまで低下し得る。典型的には、還元電流密度の初期値は0.05〜2.0mA/cm2の範囲である。電流が適切な低い値に低下するまで負電圧を印加する時間は300秒未満であってよく、また120秒以下であってよい。例えば、チタンを含む医療用インプラントの場合、リン酸のモル濃度が2.1Mなら、負電圧は、Ag/AgCl対照電極に対して−0.2〜−0.7Vの範囲になり得る。この電圧範囲では、−0.7V未満の電圧で起きる水溶媒の電解が回避される。
【0022】
金属物体の金属はチタンを含み得て、或いはニオブ、タンタル、ジルコニウム又はこのような金属を含む合金を含み得る。金属物体の金属はその他の金属を含み得て、例えば、金属物体は、チタン又はその他のバルブ金属又はその合金等の金属でめっき又はコーティングしたステンレススチールである。本発明は、例えばタイプI、タイプII又はタイプIII陽極酸化によって既に陽極酸化されている金属物品にも応用することができる。金属物体の金属は、多孔質構造体(レーザー焼結を利用して製造されるもの等)の形態であり得る。本発明は、焼結ビード構造体及びチタン又はその他のバルブ金属のその他の多孔質体にも応用可能である。
【0023】
金属物体を最初に研磨することによって、表面を極めて滑らかにし得る。チタン合金を、酢酸又は硝酸とフッ化水素酸との混合物を使用して電解研磨することができる。或いは、金属物体を、電解グレイニング(electrolinishing)と称され得るアノード不動態化と機械的研磨との組み合わせに供し得て、このプロセスによって、表面粗さを保護している酸化物が除去され、表面のこの地点は次に電気化学的に再不動態化されて、鏡面平滑仕上げが出来上がる。この目的には、硫酸と混合した硝酸、水酸化ナトリウム、リン酸ナトリウム、酢酸、硝酸ナトリウムと混合した水酸化ナトリウムを含む様々な電解液が適している。グリットブラスティング、ショットブラスティング、ショットピーニング等の技法を使用して(例えば、殺生物性イオンを担持させた後、限局的な骨の付着を促進するための、続くプラズマ溶射によるヒドロキシアパタイトの塗布のために)表面を整えてもよい。また、表面にチタンをスプレーコーティングして粗面にしてもよい。
【0024】
金属物体の表面を研磨した後又はその他の処理を施した後に、表面の改質又は変換を、上述したように行うことができる。若干のホスフェート(例えば、リン酸電解液を使用する場合)を含み得る金属酸化物材料の層が、適切な電解液中での陽極酸化とそれに続く還元によって形成される。次に、殺生物性金属種(例えば、イオン)を、続く工程において、陽極酸化済み金属表面を、殺生物性物質を含有する溶液で処理することによって、酸化物及び/又はホスフェート層に吸収又は吸着させることができる。溶液中のこの殺生物性金属種はイオンの形態であり得て、例えば銀イオン(又はCu++)であり、次にこれらのイオンを、酸化物及び/又はホスフェート層にイオン交換によって吸収/吸着させる。パラジウム、プラチナ又は更にルテニウムのカチオンも、同様のやり方で吸収させることができる。要望に応じて、次に、酸化物又はホスフェート層内で、堆積させた銀、プラチナ又はパラジウムイオンを金属に、或いは堆積させたルテニウムイオンを不溶性のRuO2へと変換することができ、この反応は、化学的に又は電気化学的に又は光によって行われる。
【0025】
陽極酸化電解液は、好ましくは、溶媒中の望ましいpHの希釈溶液としてリン酸を含む。溶媒は水を含み得る。その他の電解液(硫酸、リン酸塩溶液、酢酸等)も使用し得る。アルカリ性電解液(水酸化ナトリウム等)も使用し得る。これらの電解液は希釈形態にあることが好ましく、例えば2.1MのH3PO4、0.1MのH2SO4である。
【0026】
高電流が流れている不動態化工程(a)中、局所的な加熱作用を最小限に抑えるために、穏やかな撹拌を行うことが望ましい。これは1個のアイテムについてのプロセス均一性、また同時に処理するアイテム群でのプロセス均一性を改善するにあたって有益である。好ましくは、微視的なピットが表面層を貫通して形成されている工程(b)中、金属物体の表面に対しての電解液の動き又は循環を抑制する又は阻害する。このため、ピット成長工程(b)中は電解液の撹拌が行われないことが好ましく及び/又はバッフル等の手段若しくは電解液の粘度を上昇させるためのゲル化剤等の添加剤を使用することによって、電解液の動きを防止又は軽減し得る。工程(b)中に金属物体の表面に対して電解液を運動又は循環させなければ、続いてより多くの含水金属酸化物(例えば、含水酸化チタン)が生成され、またより多くの殺生物性金属を得られる陽極酸化表面に取り込ませることができ、金属物体を使用しても毒性作用を引き起こさないことが判明している。
【0027】
リン酸は、0.01〜5.0M、典型的には0.1〜3.0Mの範囲、特には2.0Mの濃度を有し得る。好ましくは、酸性電解液のpHは0.5<pH<2.0の範囲内、より理想的には0.75<pH<1.75の範囲内に維持されるべきである。
【0028】
アルカリ性電解液を使用する場合、pHは好ましくは9より高く、より典型的にはpHは10〜14の範囲である。アルカリ性電解液は、Na3PO4等のリン酸塩又は水酸化ナトリウム(NaOH)であり得る。
【0029】
その他の金属基体又は陽極酸化電解液をリン酸、硫酸又は酢酸の代わりに使用する場合、pH又は更には温度における変化等の要因により、所望の作用を得るために負(すなわち、逆)電圧の大きさの調節が必要になり得る。
【0030】
金属物体の幾何学的表面積は、標準的な測定器(カリパス、マイクロメータ、定規等)を処理対象であるアイテムの幾何モデル(例えば、コンピュータ援用設計(CAD)を使用)と組み合わせて使用する等の慣用の手段又はより高度な光学的方法(レーザースキャニング等)によって決定することができる。しかしながら、この測定では、金属の微視的な表面の特徴又は表面粗さを考慮していない。この微視的表面積は、陽極酸化工程中にどのぐらいの電荷を通過させるかを決定し、またその量を制御する上で重要な要素である。微視的表面積は、例えば、金属物体(整形外科用インプラント等)を電解液中に浸漬し、二重層キャパシタンスを測定し、このキャパシタンスを、同じ温度及び電解液濃度条件下の較正標準と比較することによって決定することができる。したがって、典型的には、単位微視的表面積あたりの電荷又は電流(例えば、クーロン/cm2、mA/cm2)を陽極酸化プロセスの制御において使用する。微視的表面積対幾何学的表面積比は表面粗さ係数として知られ、また一方の面積をもう一方の面積に換算するのに使用することができる。例えば、幾何学的面積基準で10μg/cm2の銀の担持量は、表面粗さ係数が2の場合、微視的面積基準で5μg/cm2の銀の担持量に相当する。単位幾何学的面積あたりの銀の担持量は、整形外科用インプラントの説明に典型的に使用されるパラメータである。
【0031】
不動態化工程(a)中、電流を制御し得るか、或いは、電圧を制御し得る。陽極酸化を、0.1〜100mA/cm2、好ましくは0.1〜50mA/cm2、より典型的には1〜10mA/cm2の範囲、例えば5mA/cm2前後の最大電流密度で行い得る。或いは、時間の経過と共に直線的に上昇する印加電圧(好ましくは、0.1〜10V/秒、例えば1V/秒又は0.5V/秒で)又は段階的に上昇する印加電圧を印加することによって、不動態化プロセスを制御し得る。どちらの場合であっても、印加電位を最大値(例えば、100V)に上昇させる。所望の最大電圧に達したら、電圧は一定に維持され、不動態化が完了すると電流は極めて低い値まで低下する。
【0032】
不動態化工程(a)は、電流が低い値まで低下した時に完了すると見なしてよい。本発明においては、次に印加電圧を低い値まで低下させてから、ピット形成工程(b)を行う。驚くべきことに、低電圧でピット形成を行うと、電流が著しく高くなり、ピット形成にかかる時間が結果的に大幅に短縮される。
【0033】
本発明は、この説明に続く請求項の1つ以上で特定されるような金属物体を処理する方法も提供する。
【0034】
本発明の更なる態様において、上記の及び後述の方法によって得られる金属物体も提供される。
【0035】
金属物体は、インプラント、医療器具若しくは機器又は宝飾品の形態であり得る。特に、医療器具又は機器の場合、これには身体と接触することになる全てのタイプの機器又は用具、例えばペースメーカー、ステント、スキンステープル、メス、トロカール、骨用のピン、更には外科手術中に使用されるメス、組織クランプ等の医療器具が含まれ得る。
【0036】
金属物体は、動物であれヒトであれ、金属物体の材料と接触することになる個体に有毒な作用を及ぼすことなく感染を抑制及び/又は制御するのに望ましい殺生物特性を有する。
【0037】
本発明のインプラントは、完全及び部分股関節置換、顎顔面、外傷、泌尿器科学、歯科矯正及び整形外科用途において有用なインプラント、関節鏡器具、歯科インプラント、神経学的装置並びに心血管及び一般外科手術において使用される部品(ステープル、ネイル、ピン等)を含む多くの医療及び外科的目的に使用することができる。
【0038】
本発明の金属物体から作ることができる宝飾品には、全てのタイプの宝飾品を含めることができる。この宝飾品は、指輪、ネックレス、ブレスレット等の従来の宝飾品であり得る。或いは、宝飾品は、身体の開口部内に保持されるタイプのもの、例えば、身体を貫通する宝飾品(例えば、ピアス、臍リング、唇、頬等の身体のその他の肉質部位を貫通して挿入されるリング)であり得る。
【0039】
本発明に従ってインプラント又は宝飾品の製造に使用し得る金属は、チタン又はチタン合金であり得る。これを目的とした1つの標準的な合金は、6%のアルミニウムと4%のバナジウムとを含む90%のチタンである(英国規格7252)。或いは、金属は、ニオブ、タンタル、ジルコニウム又はこれらの合金を含み得る。
【0040】
インプラント又は身体を貫通する宝飾品に関しては、材料の表面を高度に研磨してから陽極酸化によって表面層を形成することが望ましい。インプラントの場合、高度に研磨された表面によって、インプラントが骨と接触する際の局所的なカルシウム沈着の傾向が軽減される。研磨された表面は、フレッティング又は摩耗が最小限に抑えられた表面上での筋肉及び組織の滑らかな動きも可能にする。適切な研磨は、例えば機械的研磨及び/又は電解研磨等の公知の技術によって達成され得る。
【0041】
ここで本発明を、単なる例として添付の図面を参照しながら更により詳しく説明する。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】表面処理中に使用される電圧及び電流を図で表わしたものである。
【図2】本発明の実施形態による表面処理中に使用される電圧及び電流を図で表わしたものである。
【図3】様々な表面処理によって達成される銀の担持量をグラフで示したものである。
【発明を実施するための形態】
【0043】
ここで、本発明のプロセスを、外科的処置で使用するための金属インプラントの処理との関連で説明する。まず、インプラントを、(製造中に十分に清浄されていない限り)水性又は非水性プロセスで清浄する。この清浄プロセスでは、まず液相としてアセトン(又はその他の脱脂溶媒)を使用して超音波清浄し、次に新鮮なアセトン(又はその他の溶媒)、続いて脱イオン水又はその他の適切なすすぎ用溶液ですすぎ得る。次に、金属インプラントを水酸化ナトリウム(又はその他のアルカリ性洗浄剤)の1Mの水溶液で清浄し、次に脱イオン水ですすぎ得る。次に、得られた清浄済み金属インプラントを、陽極酸化電解液としてのリン酸水溶液(この例では2.1M)と接触させて陽極酸化する。この例においては、インプラントを、最大電圧100Vで陽極酸化して耐摩耗性陽極酸化酸化物表面層を形成する。
【0044】
図1、2は、医療用インプラント、宝飾品等のチタン金属物体の陽極酸化で使用される電流及び電圧レベルの模式図である。図1の処理プロセスは、実質的に、WO2009/044203明細書(Accentus社)に記載のものである。各ケースにおいて、電圧は実線(A)として、また電流は点線(B)として示される。グラフは、時間(t)に対しての印加された電流(I)及び電圧(V)を示す。また、グラフは模式図であって、一定の縮尺ではない。最初の電圧印加時、電位は、この例では電流制限器を使用して制御され、電位は2.5〜10mA/cm2の範囲になり得るが、その他のレベルも使用することができる。チタン合金を処理するための好ましい電流強度限界値は5mA/cm2であり、純チタンの場合、好ましい限界値は7.5〜25mA/cm2、特には7.5〜10mA/cm2の範囲である。陽極酸化電流によって、チタン金属基体と一体化した酸化物層が形成され、表面が不動態化される。電流制限時、電源から供給される印加電位は、酸化物膜が厚くなるに従って徐々に上昇する。電圧は既定の限界値まで上昇させられ、この既定の限界値は、表面層に必要とされる特性に応じて選択される。電圧限界値に達したら(この例においては100V)、次に電圧をそのレベルで維持し、電流は低レベル(例えば、1mA/cm2未満)に低下し、電流におけるこの低下は、不動態化(Pで記される)が完了したことを示す。
【0045】
不動態化プロセスにより、光学干渉作用から様々な色彩の外観を有し得る硬質の表面が形成される。陽極酸化の初期段階において、表面の色彩は金から紫、青、無色を経て緑、黄、オレンジ、そして最終的に赤/紫に変化する。100Vでの陽極酸化により、厚さ約140nmの紫色の膜が形成され、この膜は耐摩耗性である。酸化物の厚さは約1.4nm/Vであり、最大電圧がこの硬質の酸化物層の厚さを決定し、厚さが色彩に影響する。例えば、2.1Mのリン酸では、約30Vの最大電圧で厚さ約42nmの青色の層が形成される。様々な色彩を得られることは審美的な理由から望ましく、また異なるタイプの物品(インプラント等)を見分け易くするのに望ましい。
【0046】
不動態化(P)が一旦完了したら、陽極酸化電圧を維持して不動態化金属表面の表面加工(SEで示す)を行わせて表面にピットを形成する。電圧レベル及び電圧を印加する時間は、表面に必要とされるカバレージ及びピットの寸法に応じて選択することができる。
【0047】
このようにして陽極酸化された、チタンをベースとしたインプラントの表面は、酸化チタンを含む硬質の表面層を含み、その表面層にピット又はピット形成領域がある。ピット及び/又はピット形成領域は酸化チタンを含有すると考えられ、また可溶性チタン化合物を含有し得る。ピットは典型的には1〜3μmの範囲の深さを有し、外側の不動態化硬質酸化物層(100Vで厚さ0.14μm)を基体まで貫通し、また典型的には1〜5μmの直径を有する。ピットの占有面積は、好ましくは表面積の10%未満であるものの、表面積の約5〜20%であることから、硬質表面層の耐摩耗性に大きく影響することはない。しかしながら、工程(b)中に低電圧を使用することによって、図2に示すように、より多い銀担持量を達成することができ、ピット密度は最高50%となる。
【0048】
不動態化及び必要な形態でのピット形成が一旦完了したら、金属物体を電圧反転に供し(VRとして示す)、電圧反転によって実測電流は負になる。例えば2.1Mのリン酸水溶液での処理中、逆電圧を、−0.2〜−0.7V、例えば−0.3〜−0.6V、より具体的には−0.40〜−0.55Vの範囲、例示的には約−0.45V(Ag/AgCl標準対照電極に対して測定)の電圧で印加することによって、溶媒(水)を電解することなく還元プロセスを起こさせる。逆電圧の印加中(VR)、特定のチタン種はピット内で電気化学的に還元されて広い表面積で低い溶解度の含水酸化チタン種となるため、ピットはこの広い表面積を有する無機媒体で満たされると考えられる。逆電圧を印加すると、インプラントを流れる電流は初期値より低下し、最終的にはゼロ又は略ゼロまで低下する。この電流の低下は、還元可能なチタン種がピット内で低溶解度の含水チタニア種を生成することによる、還元可能なチタン種の欠乏に起因すると考えられる。含水チタニアへの実質的に完全な還元は、典型的には、0.005〜0.2クーロン/cm2、例えば0.01〜0.05クーロン/cm2の範囲での陰極チャージ後に達成される。逆電流が十分に低下したら(例えば、初期値の20%未満、好ましくはゼロ前後まで)、逆電位を停止させる。この逆電圧工程VRは、60〜180秒かかり得る。
【0049】
陽極酸化中、工程SE中、ピット内のアノード条件下、ペルオキシチタニル(TiO22+)が、チタン溶解を経て局所的に(リン酸塩として)生成されると考えられる。続く電圧反転で、このペルオキシチタニルはTi(OH)4(含水チタニア)に還元され、この含水チタニアは本質的に約0.5より高いpHの電解液中で不溶性であることから、固体としてピット/細孔内に留まる。含水チタニアは、続いて硝酸銀(AgNO3)溶液と接触させた際に銀カチオン等のカチオンで飽和する無機イオン交換媒体である。
【0050】
電圧反転工程VRで、(例えば、Ti(OH)4を、過酸化水素を含有する酸性電解質溶液に溶解させることによって)化学的に合成した溶解ペルオキシチタニル塩を含有する溶液を電解液として使用することも可能である。(同等のプロセスを、アルカリ性電解液を使用して行うこともできる。)酸化物膜の半導体特性のせいで、還元反応が、陽極酸化済みのアイテムの不動態化表面で起きることはないが、ピット内では電解還元が局所的に起きる。金属基体、特に非チタン系材料(例えば、Nb、Ta、Zr及びこれらの合金)の基体の場合、これは、後の殺生物性物質の吸着に先立って含水チタニア吸着媒体を表面に導入する有用な方法であり得る。この吸着材は、インプラントの材料となる金属(例えば、ニオブ、ジルコニウム)をベースとしたものであってもよいが、費用効果のために好ましくはチタニアが使用される。
【0051】
陽極酸化工程P、SE及び還元工程VRが完了したら、陽極酸化済みのインプラントの表面を脱イオン水ですすぐことによってリン酸残留物及びその他の可溶性物質を除去する。このようにして清浄したインプラントを次に、殺生物性物質(この例では銀)を含む溶液に典型的には0.5〜2時間、例えば1時間に亘って浸漬する。この溶液は、0.001〜10M、例えば0.01〜1.0Mの範囲、例えば0.1M前後の銀濃度を有する硝酸銀の水溶液である。銀イオンは表面内に恐らくはイオン交換によって吸収され、ピット内の物質中で濃度が最大となる。
【0052】
この処理済みのインプラントは、0.5〜40μg/cm2、より典型的には2〜20μg/cm2の銀含有量を有し得る。この銀は最初は主にイオンの形態で存在するが、光還元の結果として、含水チタニア吸着マトリックス内に分散した金属の原子クラスタに少なくとも部分的に変換され得る。典型的には、約0.3〜1μg/cm2の銀が硬質不動態化層上に吸着され、残りは含水チタニアが充填されたピット内に貯蔵される。
【0053】
陽極酸化工程P、SEについて再度言及するが、望ましい陽極酸化度は通常、2〜5クーロン/cm2(インプラントの表面積)の電荷量の通過後に得られる。適切な電荷量は約3.5クーロン/cm2である。図1に示されるように、陽極酸化電圧を、表面加工工程SE中、その最大値(この例においては100V)で維持する場合、陽極酸化プロセスは典型的には2〜4時間かかる。
【0054】
ここで図2を参照するが、本発明のプロセスは、表面加工工程SE(すなわち、ピットが形成される工程)を著しく低い電圧で行うことを除いて上述した通りである。図2に示されるように、不動態化が達成されたら(段階Pの終了は、低電流値によって示される)、次に電圧を20〜80V、例えば30、35又は75Vに低下させる。これには驚くべき効果がある。電流は、電圧を100Vで維持した場合に観察されるものよりはるかに大きくなるのである。この結果、同じピット形成度をもっと迅速に達成することができ、また100Vで必要とされる時間よりはるかに短い時間でより高いピット形成度を達成することができる。処理済みのアイテムにおける続く銀の担持はピット形成度と直接関係していることから、銀の担持も同様に促進することができる。
【0055】
例えば、不動態化工程Pは、1〜10分かかり得る。電流の観察結果に基づいて、例えば電流又は電流密度が閾値を下回った時又は電流低下速度が閾値を下回った時に、不動態化工程Pを終了させて工程SEを開始させてもよい。ピット形成工程SE中、電圧を(図1のように)100Vに維持し、プロセスの総持続時間が3時間の場合、銀の担持量は微視的基準で3.0μg/cm2又は幾何学的基準で4.5〜5.5μg/cm2である。対照的に、微視的基準で4.0μg/cm2、幾何学的基準で5.0〜6.0μg/cm2の銀担持量は、ピット形成工程SE中の電圧を(図2のように)20Vで13分間に亘って維持することによって達成することができる。このため、総処理時間は極めて大幅に短縮される。
【0056】
更に、電圧を低い値に維持する時間が長くなればなるほどピット形成度が高くなり、また処理済み製品中の銀の担持量が多くなる。例えば、20Vで26分の場合、銀の担持量は約2倍になる。硬質陽極酸化物層の耐摩耗性を維持するつもりなら、許容可能なピット形成度には限界があることは理解できよう。
【0057】
最終的な銀担持量がピット形成工程SE中に印加される電圧にどのように影響されるかを調査するために実験計測を行った。9種類の異なるチタンサンプルを、電圧を0.5V/秒で最大100Vまで上昇させ、次に電位を100Vで10分間に亘って維持して不動態化(P)した。次に、サンプルを、更に20分間に亘る15〜最大100Vの様々な電圧でのピット形成SEに供した。次に、各サンプルを電圧反転VRに約2分間に亘って供した。次に、すすぎ後、各サンプルを硝酸銀溶液でのイオン交換に1時間に亘って供した。比較のために、10番目のサンプルを、図1に示すように、ピット形成SEを100Vで、ただし3時間の総陽極酸化時間に亘って行ってから同じやり方でイオン交換して処理した。
【0058】
幾何学的基準でのサンプルの銀担持量Qは、表に示す通り、また図3においてグラフで示す通りであった。図1に示すように処理した比較サンプルを最終列に示し、アスタリスクの印をつけた。表は、陽極酸化(すなわち、P及びSE)にかかった合計時間も示す。
【0059】
【表1】

【0060】
銀担持量Qの測定値は±20%まで正確であり、各ケースにおいて、サンプルは1つだけであったが、それでも測定結果は極めてはっきりとした傾向を示している。ピット形成段階SE中の電圧を65V未満に低下させることによって、電圧を100Vで陽極酸化時間3時間に亘って維持する場合と比較して、同等の又はより良好な銀担持をたった30分で達成することが可能になる。また、ピット形成段階SE中の電圧を低下させることによって、時間が同じなら、電圧を維持する場合より銀の担持量が多くなる。
【0061】
SE電圧が低下するにつれて銀の担持量が上昇し、またSE電圧が15又は20Vの場合に銀の担持量が最大になることが判明した。しかしながら、ピットが密集し易く、また酸化物表面が部分的に脆いことから、得られる表面仕上げの満足度は低いとも観察された。一方、SE電圧が約25Vより高い場合、ピットは表面全体に万遍なく分散し、表面は良好な完全性を有していた。
【0062】
最適な処理は、金属物体に必要とされる特性に左右される。例えば、この金属物体が高い銀担持レベルを必要とするものの表面外観は重要でない又は物体が耐摩耗性を必要としない場合、ピット形成工程SEを15V又は20Vの低電圧で行うことも許容し得る。ピット形成SEにかかる時間を(例えば10分に)短縮することによって、表面仕上げの脆さを軽減し得る。或いは、より高い電圧で不動態化を行うことによって、表面仕上げの脆さを軽減し得る。
【0063】
対照的に、物体が、十分な殺生物特性を依然として有しながらも魅力的な表面外観又は耐摩耗性を必要とする場合は、ピット形成工程SEを20Vより高い電圧で行うことが望ましい。SE電圧は好ましくは25〜60V、より好ましくは25〜50V、例えば30Vであるが、これは良質な表面仕上げ及び完全性を維持しながら良好に銀を担持させることができるからである。著しく高い電圧(例えば、90Vより高い電圧)では、本発明の利点は得られない。
【0064】
不動態化工程Pを行うやり方もまた、ピット形成度及び銀の担持量に影響する。上述したように、初期の上昇する電圧は電流制御下で印加し得る。典型的には、約2.5V/秒の電圧上昇率になると観察される。或いは、上述の例におけるように、電位を、時間の経過と共に最大値まで直線的に上昇させ得る。原則として、不動態化電圧の上昇速度が遅ければ遅いほど最終的な銀の担持量が多くなり、ピット密度における上昇と相関関係にある。これは、ピットが不動態化段階P中に形成され始め、次にピット形成段階SE中に成長することを示唆している。
【0065】
不動態化P中の電圧は、直線的に上昇させてもよく、或いは、例えば2V、5V又は10Vと段階的に電圧を上昇させてもよい。別の例においては、電圧を初期に例えば5Vまで上昇させ、数分に亘ってその電圧を維持し(例えば、5分)、次に再度段階的に又は直線的に最大電圧(例えば、100V)まで上昇させてもよい。
【0066】
別の例として、Ti6A14V合金ディスクを清浄し、次に2.1MのH3PO4中で、20℃で、電圧を15Vまで0.5V/秒で上昇させながら陽極酸化した。次に、電圧を100Vまで0.5V/秒で再度上昇させ、100Vを10分間に亘って維持し、次に電圧を20Vまで低下させ、その電圧を20分間に亘って維持した。これは上記のプロセスとは初期の15V陽極酸化工程で異なる。次に、ディスクを還元に供した。1枚のディスクは、上述のように電気化学的還元に供された。1枚のディスクは、電解液に浸漬した軟鋼電極に4分間に亘って接続され(−0.66 AgCl/Agと同等)、別のディスクは、亜硝酸ナトリウム溶液を使用して化学的に還元された。次に、全てのディスクを脱イオン水ですすいでから、撹拌された0.1MのAgNO3中に1時間に亘って浸漬した。これら3枚のディスクについて得られた銀の担持量Qは、幾何学的基準で以下の通りであった:電気化学的還元、4.41μg/cm2;鋼電極、5.72μg/cm2;亜硝酸ナトリウム、7.05μg/cm2
【0067】
処理を施した金属物体を使用すると、体液に曝露されている間に銀種が陽極酸化層からゆっくりと浸出することから、微生物(細菌、酵母、真菌等)の金属物体周囲での繁殖が阻害されると考えられる。この浸出は、金属物体上の銀と、金属物体と接触する体液に含まれるナトリウムとのイオン交換によって起きると考えられる。その他のメカニズム(金属銀の局在する酸素によるイオン種への酸化等)が起きて銀イオンが放出され、この銀イオンが微生物の繁殖又はバイオフィルムの形成を絶つ又は抑制する場合もある。
【0068】
本明細書における殺生物性金属としての銀への言及が、その他の殺生物性金属(銅、金、プラチナ、パラジウム、これらの混合物等)の単体又は他の殺生物性金属との組み合わせにもあてはまることを理解されたい。
【0069】
殺生物性物質を一旦導入したら、骨形成促進材料(ヒドロキシアパタイト等)を金属インプラント上にコーティングをすることも想定される。
【0070】
本発明の個々の実施形態について述べたが、これらの個々の実施形態を組み合わせたものも請求項で請求し且つ説明した本発明の範囲内に含まれることを理解されたい。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属物体を処理して、その上に金属物体と一体化しており且つ殺生物性物質を含む表面層を形成する方法であって、
(a)表面層にとっての基体を提供する金属物体を陽極酸化電解液と接触させ、前記金属物体に陽極酸化電圧を印加してその上に陽極酸化された一体化表面層を形成することによって金属を不動態化し、
(b)陽極酸化電圧を印加し続けることによって、前記一体化表面層を貫通して前記基体まで至るピットを形成し、
(c)電解液又は溶液と接触させての電気化学的又は化学的還元によって前記表面層に含水金属酸化物を生成し、
(d)工程(c)で得られた陽極酸化済みの前記金属物体を工程(c)の電解液又は溶液から取り出し又は分離し、
(e)前記陽極酸化済みの金属物体を、殺生物性物質を含有する溶液と接触させることによって、前記殺生物性物質を前記表面層に取り込ませる
ことを含み、ピット形成工程(b)における電圧が、不動態化工程(a)中に印加される最大電圧より低いことを特徴とする方法。
【請求項2】
ピット形成工程(b)における電圧が15〜85Vである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
ピット形成工程(b)における電圧が20〜75V、例えば30Vである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
ピット形成工程(b)における電圧が20〜60V、好ましくは25〜50Vである、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
陽極酸化工程(a)及び(b)が60分以下の合計時間で行われる、請求項1〜4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
不動態化工程(a)において印加する電圧を5V/秒以下で上昇させる、請求項1〜5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
不動態化工程(a)において印加する電圧を段階的に上昇させる、請求項1〜6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
不動態化工程(a)において、電圧を、50V未満の値で1〜20分間に亘って維持してから前記最大電圧まで上昇させる、請求項1〜7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
前記最大電圧まで上昇させる前に、電圧を、3〜35Vの値で2〜5分間に亘って維持する、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記最大電圧まで上昇させる前に、不動態化工程(a)において、電圧を50V未満の値まで上昇させ、次にゼロに低下させる、請求項1〜9のいずれかに記載の方法。
【請求項11】
工程(a)及び(b)における陽極酸化で使用する電荷の量が0.5〜10クーロン/cm2の範囲である、請求項1〜10のいずれかに記載の方法。
【請求項12】
前記最大不動態化電圧が、30〜2000Vの範囲から選択される、請求項1〜11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれかに記載の方法によって製造される、医療処置で使用するための金属物体又は宝飾品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2012−522135(P2012−522135A)
【公表日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−502803(P2012−502803)
【出願日】平成22年3月29日(2010.3.29)
【国際出願番号】PCT/GB2010/050531
【国際公開番号】WO2010/112908
【国際公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【出願人】(511235814)アクセンタス メディカル ピーエルシー (2)
【Fターム(参考)】