説明

金属成分の除去方法及びその方法に用いられる物質

【課題】放射性セシウムなどのイオン化傾向の大きな金属成分を除去する物質であって、ゼオライトと同程度の除去能力を有する物質を用いた金属成分の除去方法を提供する。
【解決手段】カルシウムよりもイオン化傾向の大きな金属成分を含む被処理物を、貝殻又はその水溶液と接触することにより、前記被処理物から前記金属成分を除去する、金属成分の除去方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属成分の除去方法及びその方法に用いられる物質に関し、特に、イオン化傾向の大きな金属成分の除去方法及びその方法に用いられる貝殻又はその水溶液に関する。
【背景技術】
【0002】
現在、東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所の事故により、大量の放射性物質が大気中に放出され、高濃度の汚染水が海へ流出していると考えられる。飲料水に放射性物質の摂取量規制値を超えるものは現れていないものの、今なお水への不安は尽きず、今後は海産物への影響も懸念されている。また、牛の餌として保管されていた稲藁が汚染され、それを与えられて飼育された牛の枝肉から高濃度の放射線セシウムも検出されている。さらに福島県内では、空間放射線量の値から推定される年間20mSvを超える被曝量を懸念して、学校や公園の土壌表土を入れ替えた箇所がある。懸念される放射性物質は、放射性ヨウ素や放射性セシウムであるが、とりわけ半減期約30年の137Csをどのように除去(除染)するかが問題となる。被曝は外部被曝と内部被曝とに分類され、137Csは土壌に吸着しやすいため、長期間にわたり外部被曝の原因になる。また、空気中に飛散した137Csの吸入、及び、137Csの農作物への移行による食品からの摂取による内部被曝の可能性も指摘されている。
【0003】
従来、放射性セシウムを吸着して取り除くのに有用な吸着剤として、ゼオライトと総称される鉱物粉末、活性炭、あるいはイオン交換能を有する無機化合物が検討されている(例えば非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】「東電福島第一原子力発電所内の汚染水処理に役立つデータ収集について」、[online]、平成23年4月7日、一般社団法人日本原力学会、[平成23年9月15日検索]、インターネット〈http://www.aesj.or.jp/info/pressrelease/pr20110407.pdf〉
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
セシウム及びそれを有する化合物は、その融点、沸点及び分解温度が比較的低いため、放射性セシウムによる、土壌や水、稲藁等の汚染範囲は広範に亘ると考えられており、実際にそのことを支持するデータも出てきている。しかしながら、従来の吸着剤をその広範な汚染範囲の全てに適用するには、コストの観点から困難である。
【0006】
本発明は、上記事情にかんがみてなされたものであり、放射性セシウムなどのイオン化傾向の大きな金属成分を除去する物質であって、ゼオライトと同程度の除去能力を有する物質、及びその物質を用いた上記金属成分の除去方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、貝殻及びその少なくとも一部を溶解した溶液が、放射性セシウムなどのイオン化傾向の大きな金属成分の除去に有効であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明は下記のとおりである。
[1]カルシウムよりもイオン化傾向の大きな金属成分を含む被処理物を、貝殻又はその水溶液と接触することにより、前記被処理物から前記金属成分を除去する、金属成分の除去方法。
[2]前記被処理物が固体であり、その固体を前記貝殻の水溶液と接触することにより、前記固体から前記金属成分を除去する、[1]の除去方法。
[3]前記貝殻が800℃以上の加熱処理を施されたものである、[2]の除去方法。
[4]前記被処理物が液体又は気体であり、その液体又は気体を前記貝殻と接触することにより、前記液体又は気体から前記金属成分を除去する、[1]の除去方法。
[5]前記被処理物が液体と固体との混合物であり、その混合物を前記貝殻と接触することにより、前記混合物から前記金属成分を除去する、[1]の除去方法。
[6]前記貝殻が300〜500℃の加熱処理を施されたものである、[4]又は[5]の除去方法。
[7]前記貝殻が塩酸に浸漬されたものである、[4]〜[6]のいずれか1つの除去方法。
[8]前記金属成分における金属元素がセシウムである、[1]〜[7]のいずれか1つの除去方法。
[9]前記セシウムが放射性セシウムである、[8]の除去方法。
[10]前記貝殻がホタテガイの貝殻である、[1]〜[9]のいずれか一つの除去方法。
[11]前記貝殻が粉砕された貝殻である、[1]〜[10]のいずれか一つの除去方法。
[12][1]〜[11]のいずれか1つの除去方法に用いられる貝殻又はその水溶液。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、放射性セシウムなどのイオン化傾向の大きな金属成分を除去する物質であって、ゼオライトと同程度の除去能力を有する物質、及びその物質を用いた上記金属成分の除去方法を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明する。
【0011】
本実施形態の金属成分の除去方法は、カルシウム(Ca)よりもイオン化傾向の大きな金属成分(以下、単に「金属成分」ともいう。)を含む被処理物を、貝殻又はその水溶液と接触することにより、上記被処理物から上記金属成分を除去するものである。
【0012】
被処理物を貝殻と接触させる場合、貝殻が被処理物に含まれる金属成分を吸着することにより、被処理物から金属成分を除去することができる。これは、貝殻が大きな比表面積を有するので、被処理物との接触面積が大きくなって接触時間が長くなることと、多孔質である貝殻が有する多数の細孔が、一旦貝殻に吸着した金属成分を閉じ込め、その脱離を防ぐことによるものと考えられる。ただし、要因はこれに限定されない。
【0013】
被処理物を貝殻の水溶液と接触させる場合、その水溶液には貝殻の主成分である炭酸カルシウム(CaCO3)由来のカルシウムイオンが含まれており、このカルシウムイオンと、被処理物に含まれる金属成分との間でイオン交換又はそれに類似する相互作用が発生することにより、被処理物から金属成分が除去されると考えられる。ただし、要因はこれに限定されない。
【0014】
[Caよりもイオン化傾向の大きな金属成分を含む被処理物]
本実施形態の除去方法における被処理物は、Caよりもイオン化傾向の大きな金属成分を含むものである。被処理物が金属成分を含む態様としては、例えば、被処理物表面に金属成分が、化学的に結合(吸着)する態様、及び、物理的(静電的)に付着する態様が挙げられる。
【0015】
金属成分における金属元素としては、Caよりもイオン化傾向の大きな金属成分であれば特に限定されず、イオン化傾向の大きな順に、リチウム(Li)、セシウム(Cs)、ルビジウム(Rb)及びカリウム(K)(以上、アルカリ金属に属する。)、バリウム(Ba)及びストロンチウム(Sr)(以上、アルカリ土類金属に属する。)が挙げられる。これらの中では、より確実に本発明による効果を奏する観点から、Csが好ましい。被処理物は、これらの金属成分のうち1種を単独で又は2種以上を混合して含んでもよい。
【0016】
金属元素の同位体は安定なものであってもよく、不安定な放射性同位体であってもよい。特に金属元素が放射性同位体であって、その半減期が長いものは、環境中に比較的高い線量の放射線を長期に亘り発し続けるため、なるべく迅速に除去することが望まれる。そこで、かかる放射性同位体を除去する目的で本実施形態の除去方法を採用するのが望ましい。そのような放射性同位体としては、137Cs(半減期:約30年)及び90Sr(半減期:約30年)が挙げられる。これらのうち、より確実に本発明による効果を奏する観点から、137Csが好ましい。137Csは安定な同位体と比較してコロイド状になりやすいため、貝殻の細孔内に閉じ込められやすく、そのことに起因して、被処理物から除去されやすいと考えられる。ただし、要因はこれに限定されない。
【0017】
金属成分は、被処理物に含まれている状態では単体金属であってもよく、金属塩であっても、金属イオン(被処理物に含まれる他の成分とイオン結合した態様も含む。)であっても、金属化合物であってもよい。金属成分は、これらの状態のうち2種以上の状態で被処理物に含まれていてもよい。
【0018】
被処理物は、固体、液体及び気体のいずれの状態であってもよい。固体の被処理物としては、例えば、農産物(米、葉物野菜)、畜産物(肉)、林産物、これらの副産物(稲藁、堆肥)、木材、土壌(腐葉土、がれき)、汚泥及びそれらの焼却灰が挙げられる。また被処理物が人体や動物であってもよい。これらのうち、植物繊維を有するような固体に対しては、本実施形態の除去方法を採用することにより、その植物繊維の隙間に入り込んだ金属成分を除去する効果が、従来の除去方法よりも顕著に高くなる。
【0019】
液体の被処理物としては、例えば、水、畜産物(原乳)、農産物(果汁)が挙げられる。これらのうち、水は海水であっても淡水であってもよいが、ナトリウムイオンなどの上記金属成分以外の他種金属成分を含むと、上記金属成分の除去を阻害する傾向にあるため、そのような他種金属成分の少ない淡水が好ましい。さらに、気体としては、例えば空気が挙げられる。また、被処理物は、液体と固体との混合物であってもよい。そのような混合物としては、例えば、土砂を含むたまり水が挙げられる。
【0020】
[貝殻又はその水溶液]
本実施形態においては、金属成分を被処理物から除去するために貝殻を直接又は間接的に利用する。貝殻は、食用に捕獲又は養殖される貝が必ず有するものであるため、その製造コストや入手コストは、極めて低い。しかも、貝殻の他の用途は限られており、多量に廃棄処分されている現状をかんがみると、金属成分を除去するのに貝殻を用いることは貝殻の極めて有効な利用方法といえる。
【0021】
本実施形態に係る貝殻は特に限定されないが、多孔質であって、その比表面積が大きいと、被処理物から金属成分を除去しやすい。かかる観点から、貝殻は、ホタテガイ、カキ及びウバガイ(ホッキガイ)の貝殻であると好ましく、ホタテガイの貝殻であるとより好ましい。また、貝殻、特にホタテガイの貝殻は断熱性が高い。そこで、例えば、金属成分における金属元素がCsである場合、一旦、貝殻の細孔内に吸着したCsは、その周囲の温度がCsの融点以上の温度になったとしても、細孔内の温度はCsの融点未満の温度に維持されやすく、Csの液化に伴う流出を防ぐことができるので、かかる観点からも好ましい。これらは1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いられる。
【0022】
貝殻を用いて被処理物から金属成分を除去する場合、貝殻は300℃以上の加熱処理を施されたものであると好ましい。この加熱処理における加熱温度は、300〜500℃であるとより好ましく、300〜450℃であると更に好ましく、300〜400℃であると特に好ましい。貝殻には微量の有機物が含まれるが、この有機物は貝殻への金属成分の吸着を阻害しやすいため、より少ない方が望ましいところ、300℃以上の加熱処理により、貝殻に含まれる有機物が燃焼除去される。また、500℃を超える加熱温度で貝殻を加熱すると、貝殻がアルカリ性を呈しやすくなるため、貝殻の取扱い性の観点から、加熱温度は500℃以下であると好ましい。
【0023】
貝殻の水溶液を用いて被処理物から金属成分を除去する場合、貝殻は800℃以上の加熱処理を施されたものであると好ましい。この加熱処理における加熱温度は、850℃以上であるとより好ましく、900℃以上であると更に好ましく、950℃以上であると特に好ましい。貝殻の水溶性を高めるためには、貝殻の主成分であるCaCO3を分解して酸化カルシウム(CaO)を生成すればよい。CaCO3からのCaOへの分解温度は約900℃であり、また、貝殻表面のCaCO3は、それよりも低い温度でCaOに変化し得ることから、貝殻は800℃以上の加熱処理を施されたものであると好ましい。
【0024】
貝殻に加熱処理を施す際の貝殻周囲の雰囲気は特に限定されないが、貝殻の外観を白くする観点からは、酸化雰囲気であると好ましい。また、加熱時間は上述の効果を奏するような時間であれば特に限定されず、例えば30分〜2時間であってもよい。
【0025】
貝殻を用いて被処理物から金属成分を除去する場合、貝殻は塩酸に浸漬されたものであると好ましい。塩酸に浸漬された貝殻を用いると、金属成分の除去効果が更に高められる。貝殻を塩酸に浸漬することにより、貝殻の主成分であるCaCO3がCaCl2となって塩酸中に溶解するので、これに伴い貝殻がより多孔質化したりして比表面積が更に増大すると考えられる。これにより、貝殻の被処理物との接触面積が大きくなって接触時間が長くなることと、更に多孔質化した貝殻が有するより多くの細孔が、一旦貝殻に吸着した金属成分を閉じ込め、その脱離を防ぐこととなり、金属成分の除去効果が高められると考えられる。ただし、要因はこれに限定されない。
【0026】
貝殻を浸漬する前の塩酸濃度は特に限定されないが、pHが2.0〜2.5となるような濃度であると好ましい。pHが2.5以下であることにより、貝殻の多孔質化及び比表面積の増大による金属成分の除去効果が一層高められる。一方、pHが2.0以上であることにより、貝殻の主成分であるCaCO3がCaCl2となって塩酸中に過剰に溶解し、却って貝殻の比表面積が小さくなったり細孔のサイズが大きくなったりして金属成分の除去効果が低下する、ということを防ぐことができる。上記pHは2.2〜2.4であるとより好ましい。
【0027】
貝殻は、塩酸に代えて、又は塩酸に加えて、リン酸水溶液及び/又はジルコニウム水溶液に浸漬されたものであってもよい。
【0028】
貝殻は、粉砕されたものであると好ましい。粉砕された貝殻は、その比表面積が大きくなると共により多くの細孔が表面に現れる。その結果、貝殻の被処理物との接触面積が更に大きくなって接触時間が長くなると共に、細孔内に被処理物を取り込みやすくなるので、金属成分の除去効果がより高くなる。貝殻の粉砕方法は特に限定されず、公知の方法で粉砕してもよい。例えば、ハンマーにより粗粉砕した後、市販のミルを用いて微粉砕してもよく、市販のハンマーミルなどの粉砕機で一度に微粉際してもよい。粉砕された貝殻は好ましくは篩い分けされる。
【0029】
貝殻の粒径は特に限定されないが、篩い分けされた場合、大きさが4mm以下かつ厚さが1.5mm以下であると好ましく、大きさが2mm以下かつ厚さが1.5mm以下であるとより好ましく、大きさ及び厚さ共に0.78mm以下であると更に好ましく、大きさ及び厚さ共に0.4mm以下であることが特に好ましい。このような微細な貝殻であると比表面積の増大や細孔の露出に伴い、金属成分の除去効果が更に高まる。また、このような粒径を有する貝殻を土壌に散布して、金属成分を除去する場合、金属成分を吸着した貝殻が、降雨や水の散布によって土壌の奥深くに沈降しやすくなり、金属元素が放射性同位体である場合に、その金属成分からの放射線を地上に発し難くするので好ましい。なお、貝殻の粒径は篩い分けのメッシュサイズから判断される。
【0030】
上述の加熱、塩酸浸漬、リン酸水溶液浸漬、ジルコニウム水溶液浸漬及び粉砕の、貝殻に対する各処理は、いかなる順序で行われてもよいが、貝殻粉砕の容易性の観点から、加熱処理の後に粉砕を行うことが好ましい。また、塩酸浸漬、リン酸水溶液浸漬及びジルコニウム水溶液浸漬は、それらの浸漬処理による効果を保持する観点から、加熱処理の後に行うことが好ましい。さらに、塩酸浸漬、リン酸水溶液浸漬及びジルコニウム水溶液浸漬は、それらの浸漬処理による効果をより効率的に奏するようにする観点から、粉砕の後に行うことが好ましい。貝殻を粉砕した後に塩酸浸漬等を行うことで、貝殻の塩酸等との接触面積が増大し、より効率的な浸漬処理が可能になる。
【0031】
なお、以上説明した貝殻として、市販品を用いることもできる。そのような市販品としては、例えば、株式会社北海道裕雅製のホタテガイの貝殻(商品名「夢の砂」)が挙げられる。
【0032】
貝殻の水溶液は、貝殻を水に溶解させることにより調製される。この際、貝殻の水への溶解性を高めるために、上記のように、予め貝殻に加熱処理を施すのが好ましい。その際の加熱温度は、好ましくは800℃以上、より好ましくは850℃以上、更に好ましくは900℃以上、特に好ましくは950℃以上である。なお、好適な上限の加熱温度は、CaOが溶融しない温度であればよく、例えば2500℃であってもよい。
【0033】
貝殻の水溶液はアルカリ性であるが、そのpHは、金属成分の除去効果をより高める観点及び安全性の観点から、10〜12.5であると好ましく、11〜12であるとより好ましい。pHが上記下限値以上であることにより、金属成分の除去効果をより高めることができる傾向にあり、上記上限値以下であることにより、安全性に優れる傾向にある。
【0034】
貝殻を水に溶解させる操作は特に限定されず、例えば、水中に粉砕した貝殻を投入して必要に応じて撹拌することで、水溶液を調製してもよい。貝殻を水に溶解させる際の温度や時間は特に限定されず、例えば上記の好ましいpHを有する水溶液を得るように、それらの条件を適宜調整すればよい。また、水中に投入した貝殻を全て溶解させる必要はなく、所期の水溶液が得られた後に残存した未溶解の貝殻は、濾過等の公知の方法により除去することができる。
【0035】
本実施形態に係る貝殻の水溶液は、通常のアルカリ水溶液(例えば、NaOH水溶液)や電気分解等で生成したアルカリイオン水と比べて、同じpHでも安全性が高いことが確認されている。すなわち、同じpHのアルカリ水溶液やアルカリイオン水と比較して、本実施形態に係る貝殻の水溶液は、人間の皮膚に付着しても、皮膚への刺激性が弱い。
【0036】
なお、本実施形態に係る貝殻の水溶液には、本発明の目的の達成を阻害しない範囲で、各種添加剤及び成分が含まれてもよい。そのような添加剤及び成分としては、例えば、凝集沈降剤及び高分子(ポリマー)が挙げられる。
【0037】
[金属成分の除去方法]
本実施形態の金属成分の除去方法において、貝殻の水溶液を固体である被処理物と接触させる場合、貝殻の水溶液の温度は特に限定されず、被処理物及びそこに含まれる金属成分の種類等に応じて設定することができる。例えば、金属成分における金属元素がCsである場合、貝殻の水溶液の温度は35〜45℃であると好ましい。Csの金属単体としての融点は約28℃であるため、それよりも少し高めの上記温度範囲に設定することにより、被処理物から貝殻の水溶液へのCsの移行をより容易にすることができる。
【0038】
金属成分を含む固体の被処理物を、貝殻の水溶液と接触することにより、被処理物から金属成分を除去する態様としては、例えば、下記の態様が挙げられる。ただし、態様はこれらに限定されない。
(1)貝殻の水溶液を収容した容器内に、被処理物を投入し、必要に応じて撹拌することにより被処理物から金属成分を貝殻の水溶液に移行させて除去する。その後、必要に応じて、濾過等により、貝殻の水溶液と被処理物とを分離する。
(2)被処理物に対して貝殻の水溶液を散布することにより、それらを接触させて、被処理物から金属成分を貝殻の水溶液に移行させて除去する。より具体的には、被処理物としての土壌に貝殻の水溶液を散布する。この場合、貝殻の水溶液に移行した金属成分が土壌の奥深くに沈降し、金属元素が放射性同位体である場合に、その金属成分からの放射線を土壌が遮蔽するので好ましい。
(3)被処理物を収容し2箇所の開口を有する容器又は管に、貝殻の水溶液を、片方の開口から導入し他方の開口から排出させてその容器又は管内に流通させることにより、それらを接触させて、被処理物から金属成分を貝殻の水溶液に移行させて除去する。
(4)貝殻と被処理物とを共存させた系内に、水を導入する。これにより、貝殻と接触した水から貝殻の水溶液が生成し、その水溶液が被処理物と接触するので、被処理物から金属成分を貝殻の水溶液に移行させて除去することができる。この際、更に、貝殻の水溶液中の金属成分の一部が貝殻に吸着する。より具体的には、被処理物としての土壌に貝殻を散布し、そこに更に水を散布する。この場合も、貝殻の水溶液に移行した金属成分が土壌の奥深くに沈降し、金属元素が放射性同位体である場合に、その金属成分からの放射線を土壌が遮蔽するので好ましい。また、貝殻の水溶液から一部の金属成分が貝殻に吸着するが、貝殻の粒径を小さくする(例えば大きさ及び厚さ共に0.4mm以下にする)ことで、金属成分が吸着した貝殻自体も土壌の奥深くに沈降し、金属元素が放射性同位体である場合に、その金属成分からの放射線を土壌が遮蔽するので、やはり好ましい。
【0039】
本実施形態の金属成分の除去方法において、貝殻を液体若しくは気体、又は液体と固体の混合物である被処理物と接触させる場合、被処理物の温度は特に限定されず、被処理物及びそこに含まれる金属成分の種類等に応じて設定することができる。
【0040】
金属成分を含む液体若しくは気体、又は液体と固体の混合物である被処理物を、貝殻と接触することにより、被処理物から金属成分を除去する態様としては、例えば、下記の態様が挙げられる。ただし、態様はこれらに限定されない。
(1)被処理物を収容した容器内に、貝殻を投入し、必要に応じて撹拌することにより被処理物中の金属成分を貝殻に吸着させて除去する。その後、必要に応じて、濾過等により、貝殻と被処理物とを分離する。
(2)貝殻に対して被処理物を散布する又は吹き付けることにより、それらを接触させて、被処理物から金属成分を貝殻に移行させて除去する。
(3)貝殻を収容し2箇所の開口を有する容器又は管に、被処理物を、片方の開口から導入し他方の開口から排出させてその容器又は管内に流通させることにより、それらを接触させて、被処理物から金属成分を貝殻に移行させて除去する。
【0041】
本実施形態によると、貝殻又はその水溶液は、Caよりもイオン化傾向の大きな金属成分を除去するのに際して、ゼオライトと同程度の除去能力を有するので、その金属成分を被処理物から有効に除去することができる。また、貝殻は、それ自体を低コストで入手できるので、本実施形態の除去方法も低コストで行うことが可能となる。さらに、貝殻の水溶液は、通常のアルカリ水溶液(例えばNaOH水溶液)やアルカリイオン水だけでなく、塩酸などの強酸と比較しても、当然に安全性の高いものである。また、貝殻及びその水溶液は、温度上昇を抑制するという効果もあるので、Csなどの比較的融点の低い金属の溶融を防止するという効果も奏する。
【0042】
以上、本発明を実施するための形態について説明したが、本発明は上記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。例えば、本発明の別の実施形態において、貝殻の水溶液を不織布などに染みこませることによりウェットタイプのシートを作製し、そのシートを人体や動物の皮膚又は物質表面と接触させることにより、皮膚や物質表面に付着したCsなどの金属成分を、シートに染みこんだ貝殻の水溶液に移行させて除去する(拭き取る)ことも可能である。さらに、そのシートを予め人体や動物の鼻孔周辺に接触させることで貝殻の水溶液をそこに塗布すれば、空気中のCsなどの金属成分が、鼻孔周辺に塗布された貝殻の水溶液に移行して空気から除去されるので、金属成分が同伴した空気を鼻孔から吸入するのを防止することも可能である。
【実施例】
【0043】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0044】
(実施例1)
(金属成分除去用の貝殻の調製)
北海道噴火湾産養殖ホタテガイの身を除去した貝殻を常温、大気中で乾燥した後、焼却炉にて加熱した。このとき、焼却炉には充分酸素が供給されるように空気供給孔を開けて加熱を行った。なお、炉内の貝殻付近の温度を熱電対温度計にて測定したところ、約350℃であった。1時間後、このホタテガイの貝殻を炉から取り出し室温まで冷却した後、ハンマーミル(ホソカワミクロン株式会社製、製品名「H−12」)で粉砕した。得られた貝殻の粉体を篩い分けして、大きさ及び厚さ共に0.78mm以下の貝殻の粉体を得た(以下「粉体A」という)。
【0045】
得られた粉体Aの一部は、pH2.2の塩酸に篩い入れ、その塩酸中に常温下、2時間浸漬した。2時間浸漬後の塩酸のpHは4.5であった。その後、濾過により粉体と塩酸とを分離し、更に粉体を乾燥させた(乾燥後のものを以下「粉体B」という。)。
【0046】
(たまり水中の137Csの除去(1))
福島県葛尾村において、2011年7月17日に採取したたまり水(砂などの沈殿物を含む。)500mLを容器に収容したものを4つ用意した。それらの容器のそれぞれに、株式会社くらば製の凝集沈降剤(商品名「ステア−S」)0.1gを添加した。凝集沈降剤を添加した容器のうち1つに上記粉体Aを0.1g添加し、別の1つに上記粉体Bを0.1g添加し、更に別の1つにゼオライトの粉体を0.1g添加した。それぞれ、粉体を添加した後、容器内の撹拌をスターラーで200回転分行った。そして、しばらく容器を静置して、沈殿の生成が完了した時点で、上澄み液300mLを秤取した。得られた300mLの上澄み液及びたまり水のみのガンマ線量(放射能の量)を、ベクレルモニター(BERTHOLD TECHNOLOGIES社製、商品名「LB200」)を用い、そのベクレルモニターの取扱説明書に従って測定した。なお、測定当初は、ガンマ線量の数値が上昇し続けていたが、その後、ガンマ線量の数値が増減し始めたので、そこから、測定値を5回採取して、その5回の相加平均を液1L当たりに換算したものを測定結果とした。また、たまり水の採取時期及び採取場所から、そのたまり水に含まれるガンマ線を放射する物質は137Csであると判断できた。結果を表1に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
凝集沈降剤を用いることで、凝集沈降剤のみによる上澄み液及び更にゼオライトを添加したものによる上澄み液における放射能の濃度(Bq/L)はたまり水のみよりも高くなる傾向となった。これは、たまり水中の沈殿物に含まれる137Csが凝集沈降剤とイオン交換され水中へ移行したためと考えられる。すなわち、137Csを吸着した沈殿物はその全体として電気的に中性を保っているため、1価の正電荷を帯びた137Csが吸着した状態では、沈殿物の本体は負電荷を帯びていると考えられる。一方、凝集沈降剤は正電荷を帯びているため、沈殿物の本体と電気的な相互作用をし、その際に、凝集沈降剤と沈殿物に吸着した137Csとの間でイオン交換が行われ、137Csが沈殿物から脱離して、水中に移行したと考えられる。これに対して、粉体Aを添加したもの及び粉体Bを添加したものによる上澄み液では、放射線の濃度がたまり水のみよりも低くなるという良好な結果となった。このことから、焼却灰や汚泥を凝集沈降剤と共に水中に混合させると、粒子が小さく水になじみやすい焼却灰や汚泥に含まれる137Csを水に移行させることが可能になるので、焼却灰や汚泥から137Csを除去することも可能であること分かる。
【0049】
(実施例2)
(たまり水中の137Csの除去(2))
粉体Aの一部を、ジルコニウム水溶液(中国産のジルコニウム鉱石を水に溶かしたもの)に篩い入れ、その水溶液中に常温下、2時間浸漬した。その後、濾過により粉体と水溶液とを分離し、更に粉体を乾燥させた(乾燥後のものを以下「粉体C」という。)。
【0050】
凝集沈降剤を添加しない以外は実施例1と同様にして、粉体A、粉体B及びゼオライトの粉体を添加したたまり水から上澄み液300mLを秤取した。また、粉体Aを粉体Cに代えた以外は、上記と同様にして、粉体Cを添加したたまり水から上澄み液300mLを秤取した。得られた300mLの上澄み液及びたまり水のみのガンマ線量を、実施例1と同様にして測定した。結果を表2に示す。
【0051】
【表2】

【0052】
(実施例3)
(金属成分除去用の貝殻の水溶液の調製)
大きさ及び厚さ共に0.78mm以下を大きさ及び厚さ共に1.0mm以下に変更した以外は実施例1における粉体Aの調製と同様にして、貝殻の粉体を得た。得られた貝殻の粉体を、更に焼却炉にて加熱した。このとき、焼却炉には充分酸素が供給されるように空気供給孔を開けて加熱を行った。なお、炉内の貝殻付近の温度を熱電対温度計にて測定したところ、約1000℃であった。2時間後、この貝殻の粉体を炉から取り出し室温まで冷却した。冷却後の貝殻の粉体を、純水を収容した容器内に篩い入れ、その貝殻の粉体を純水に溶解した。この際、最終的に得られる貝殻の水溶液のpHが約12になるように、粉体量を調節した。水溶液中に貝殻の粉体が一部残存していたので、濾過して、水溶液と貝殻の粉体とを分離した。なお、得られた貝殻の水溶液は、ICP発光分析法によるとカルシウム575ppmを含む一方で、鉄、マグネシウム、砒素、重金属、鉛、カドミウムについては、いずれも検出限界(それぞれ、1ppm、1ppm、0.1ppm、5ppm、0.05ppm、0.01ppm)以下であった。
【0053】
(土壌中の137Csの除去)
上記貝殻の水溶液の他、純水、3.6%塩酸及び100倍に希釈したキトサン水溶液を準備した。
【0054】
福島県葛尾村において、2011年7月17日に採取した土壌10gと各液体を、それぞれ500mLのビーカーに入れ、全体の容量を500mLに調整した。その後、ビーカー内の撹拌をスターラーで200回転分行った。次いで、濾紙を用いた濾過により土壌と分離した液体300mLのガンマ線量を、実施例1と同様にして測定した。なお、土壌の採取時期及び採取場所から、その土壌に含まれるガンマ線を放射する物質は137Csであると判断できた。結果を表3に示す。
【0055】
【表3】

【0056】
この実施例では、土壌中の137Csの除去を目的としているから、液体中の放射能の量が多いほど、土壌から液体に移行した137Csが多いことを意味するので好ましい。この実施例では、塩酸が最も良好な結果となった。塩酸は土壌中のCsと反応して生成したCsClを溶解することで、土壌からの137Csの移行を可能にしていると考えられる。しかしながら、塩酸は劇物であり、安全性に難がある。一方、貝殻の水溶液でも一定の137Csの除去効果が確認された。貝殻の水溶液は安価かつ安全であるため、これを大量に用いることで、土壌中の137Csの除去に有効に用いることができると考えられる。
【0057】
(実施例4)
(稲藁中の137Csの除去)
実施例3と同様にして、貝殻の水溶液、純水、3.6%塩酸及び100倍に希釈したキトサン水溶液を準備した。
【0058】
福島県葛尾村において、2011年7月17日に採取した稲藁10gと各液体を、それぞれ500mLのビーカーに入れ、全体の容量を500mLに調整した。その後、ビーカー内の撹拌をスターラーで200回転分行った。次いで、濾紙を用いた濾過により稲藁と分離した液体300mLのガンマ線量を、実施例1と同様にして測定した。なお、稲藁の採取時期及び採取場所から、その稲藁に含まれるガンマ線を放射する物質は137Csであると判断できた。結果を表4に示す。
【0059】
【表4】

【0060】
この実施例でも、稲藁中の137Csの除去を目的としているから、液体中の放射能の量が多いほど、稲藁から液体に移行した137Csが多いことを意味するので好ましい。この実施例では、貝殻の水溶液が最も良好な結果となった。貝殻の水溶液はアルカリ性であるため、米や野菜の洗浄にも用いることができ、紫外線への抵抗性を持つフラボノイドに反応する。これにより、稲藁中の137Csを良好に除去することができると考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0061】
本発明によると、137Csなどのカルシウムよりイオン化傾向が大きな放射性同位体を除去したり移行したりするのに、産業上の利用可能性がある。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルシウムよりもイオン化傾向の大きな金属成分を含む被処理物を、貝殻又はその水溶液と接触することにより、前記被処理物から前記金属成分を除去する、金属成分の除去方法。
【請求項2】
前記被処理物が固体であり、その固体を前記貝殻の水溶液と接触することにより、前記固体から前記金属成分を除去する、請求項1記載の除去方法。
【請求項3】
前記貝殻が800℃以上の加熱処理を施されたものである、請求項2記載の除去方法。
【請求項4】
前記被処理物が液体又は気体であり、その液体又は気体を前記貝殻と接触することにより、前記液体又は気体から前記金属成分を除去する、請求項1記載の除去方法。
【請求項5】
前記被処理物が液体と固体との混合物であり、その混合物を前記貝殻と接触することにより、前記混合物から前記金属成分を除去する、請求項1記載の除去方法。
【請求項6】
前記貝殻が300〜500℃の加熱処理を施されたものである、請求項4又は5に記載の除去方法。
【請求項7】
前記貝殻が塩酸に浸漬されたものである、請求項4〜6のいずれか1項に記載の除去方法。
【請求項8】
前記金属成分における金属元素がセシウムである、請求項1〜7のいずれか1項に記載の除去方法。
【請求項9】
前記セシウムが放射性セシウムである、請求項8記載の除去方法。
【請求項10】
前記貝殻がホタテガイの貝殻である、請求項1〜9のいずれか一項に記載の除去方法。
【請求項11】
前記貝殻が粉砕された貝殻である、請求項1〜10のいずれか一項に記載の除去方法。
【請求項12】
請求項1〜11のいずれか1項に記載の除去方法に用いられる貝殻又はその水溶液。

【公開番号】特開2013−64694(P2013−64694A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−204613(P2011−204613)
【出願日】平成23年9月20日(2011.9.20)
【出願人】(511228573)
【出願人】(596163301)株式会社北海道裕雅 (1)
【Fターム(参考)】