説明

金属用の防食塗料、防食塗膜、複合塗膜および金属の防食方法

【課題】電気化学的防食方法において、長期間にわたって防錆機能を発揮できる防食塗料を提供することである。
【解決手段】金属1用の防食塗料は、犠牲アノード金属および光触媒を含有する。この防食塗料を金属1上に塗布することによって防食塗膜2を形成する。好ましくは、上塗り塗料を防食塗膜2上に塗布することによって、無機系多孔質膜3を形成し、複合塗膜4を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材の防食工法における分野で、光触媒を用いた防食工法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
金属、特に炭素鋼は、非常に優れた構造材料であるが、錆による劣化という短所をもつ。この炭素鋼の防食方法には大きく分けて、物理的防食方法と電気化学的方法の二種類の方法が挙げられる。物理的防食方法は、鋼材表面を化学的に不活性な皮膜で覆うことによって、腐食の要因となる外界の酸素や水を遮断するものである。代表的なものとしては、クロムメッキ、リン酸塩処理、化学的不動態化処理、耐候性鋼などが挙げられる。また、化学的処理ではないが鋼材表面にエポキシ樹脂、ウレタン樹脂等の有機系塗料で被覆形成した保護塗膜も酸素、水や塩化物イオンを遮断する作用があり、有機系塗膜による鋼材の腐食抑制対策の一つである。
【0003】
しかし、これらの物理的防食方法では、さまざまな要因で防食皮膜に傷や剥がれが発生することにより、下地鋼材にまで水や酸素が浸入してしまうと、そこを起点とした激しい腐食が発生するという欠点がある。
【0004】
一方、電気化学的防食方法は、鋼材表面にメッキ金属を被覆することでメッキ金属がアノードとして機能し、下地鋼材を電気化学的に防食するというものであり、一般的にカソード防食と呼ばれている。代表的なものとしては、工場内で行うスズメッキや亜鉛メッキ等が挙げられる。また、現場では、カソード防食工法の代表である金属亜鉛粉末を含んだジンクリッチペイント塗装が主流である。
【0005】
亜鉛メッキの電気化学的防食方法の防食機構について述べる。固定化された亜鉛のイオン化傾向は鋼材のイオン化傾向よりも大きい。亜鉛メッキ鋼と電解液とが接触した場合に、先に亜鉛が溶解するとともに、電子が鋼材に注入され、鋼材の浸漬電位が急激に「卑の方向」へ移行することで、鋼材のカソード防食が成り立っている。犠牲防食作用が生じている時の鋼材の浸漬電位を飽和塩化銀電極で表すと、−730mV(vs.Ag/AgCl)以下を保持していることになる。ジンクリッチ塗料は例えば特許文献1に記載されている。
【特許文献1】特開平7−133442
【0006】
また、光触媒である酸化チタンを利用した光カソード防食が開示されている(特許文献2、3、4、5)
【特許文献2】特開2001−247985
【特許文献3】特開2001−262379
【特許文献4】特開2002−69677
【特許文献5】特開2002−273238
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、電気化学的防食方法では、物理的防食方法のような傷などによる皮膜の剥がれから、下地鋼材が溶出して腐食が起こらないかわりに、亜鉛が犠牲溶出してしまう。このため、亜鉛量が減少してくると、防食効果も次第に弱まる。特に、塩化物イオンが多く存在する海岸沿いの環境では、その防食寿命が著しく短くなるという欠点があった。
【0008】
前記した防食方法の欠点は、周期的に防食皮膜を塗り替えることで対処されている。しかし、鉄塔、橋梁等の金属建造物や船舶、鉄道、機械類等においては、強度を維持するために、また化学プラント等では塔槽類、熱交換器、加熱炉、回転機、計装機類、電気設備等があり、これらを配管で結んで構成されている。これらのプラント設備の保全を維持するために、防食処理を頻繁に行わなければならないという問題がある。さらに、その防食効果の持続性にも改良の余地があった。
【0009】
本発明の課題は、電気化学的防食方法において、長期間にわたって防錆機能を発揮できる防食塗料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、犠牲アノード金属および光触媒を含有することを特徴とする、金属用の防食塗料に係るものである。
本発明は、前記防食塗料を金属上に塗布することによって形成されることを特徴とする、防食塗膜に係るものである。
更に、本発明は、犠牲アノード金属および光触媒を含有する防食塗料を金属上に塗布して防食塗膜を形成することを特徴とする、金属の防食方法に係るものである。
【0011】
本発明の好適な実施形態においては、前記防食塗膜上に無機系多孔質膜を形成することができる。
【0012】
本発明によれば、犠牲アノード金属を含む塗料中に光触媒が含有されているので、犠牲アノード金属と太陽光の紫外線によって励起した電子との防錆相互作用により、例えば塩分の存在下においても、所望の防錆機能を長期間に渡って発揮し、鋼材の腐食を抑制することができる。
【0013】
光触媒を含有させた犠牲アノード金属を含む塗料の鋼材防食メカニズムについて述べる。夜間には、塗料中の犠牲アノード金属の溶出によって金属を保護し、昼間は太陽光の紫外線を吸収して光触媒から発生する光励起電子が、犠牲アノード金属粉末の消耗を抑えながら金属へ注入され、または直接金属へと注入され、鋼材を保護しているものと判断される。
【0014】
また、この防食塗料によって形成された防食塗膜の上に無機系多孔質膜を更に形成することによって、一層長期間にわたって鋼材の腐食を抑制することができる。
【0015】
金属上に犠牲アノード金属および光触媒を含有させた塗料から塗膜を形成した場合、光触媒が太陽光の紫外線を吸収するといえども、紫外線のすべてを吸収できない。このため、無機系多孔質膜によって、塗料中のバインダー(特に有機物)が紫外線劣化するのを防ぐことができる。これと共に、光触媒を含有させた犠牲アノード金属を含む塗膜に上塗り材の多孔質部分から太陽光の紫外線を受光させることによって、防錆相互作用を促進させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
図1は、本発明の一実施形態に係る複合塗膜4を金属1上に形成した状態を模式的に示す図である。金属体1上に、本発明の防食塗膜2および無機系多孔質膜3が順次形成されている。
【0017】
金属1の塗布面に錆が発生している場合には、錆の程度によって、サンドブラスト、サンダーケレン等により除錆を行う。次いで、金属1上に、光触媒および犠牲アノード金属を含む塗料をローラー、刷毛、スプレー方式によって塗布して防食塗膜2が形成される。塗料を乾燥した後、乾燥塗膜が多孔質になる無機系塗料をローラー、刷毛、スプレー方式によって塗布して無機系多孔質膜3が形成される。
【0018】
本発明の防食塗料は、犠牲アノード金属と光触媒を含有する塗料である。この塗料のバインダーは限定されないが、耐熱性を重視する場合は、無機系バインダーが好ましい。また、一般の鋼材の防食を目的とする場合には、有機系バインダー、無機系バインダー、有機系−無機系ハイブリッド系バインダーを使用できる。有機系塗料を使用すると、防食塗膜2のアンカー効果を発揮させるためのサンドブラスト処理が不要となるので、この点では有機系バインダーが望ましい。
【0019】
バインダーの種類は特に限定されないが、特に好ましくは以下を例示できる。
(無機系バインダー)
無機系バインダーとしては水溶性珪酸塩、変性水溶液珪酸塩、あるいはコロイダルシリカの熱処理物が挙げられる。
水溶性珪酸塩としては、一般式MO・xSiO・yHOで表され、Mはナトリウム、リチウム、カリウム等のアルカリ金属、式中のx及びyは整数を示し、具体的な化合物としては例えば、珪酸ナトリウム、珪酸カリウム、珪酸リチウム等の珪酸アルカリ金属塩の一種または二種以上が挙げられる。また、水溶性珪酸塩をバインダーとして用いた防食塗膜2の安定性の耐水性を向上させるために、ホウ素や燐酸化合物を添加することができる。
【0020】
変性水溶性珪酸塩としては、前記水溶性珪酸塩をアルミニウム、マグネシウム、カルシウム、バリウム、ストロンチウム、亜鉛、ジルコニウム、バナジウムから選ばれる金属の酸化物、水酸化物、弗化物、珪弗化物の1種またはは2種以上で変性させたもの、或いは珪弗化ナトリウム、トリ珪弗化亜鉛酸カリウム、フルオロアルミニウム錯塩、フルオロ亜鉛錯塩等で変性させたもの(特開昭53−18636号参照)等が挙げられる。
金属酸化物ゾルの熱処理物であるコロイダルシリカを利用する場合には、利用可能な他の金属酸化物ゾルとしては、ケイ素、アルミニウム、鉄、チタン、ジルコニウム、マグネシウム、ニオブ、タンタル、タングステン、スズ、亜鉛、セリウムなどの金属の酸化物が挙げられる。金属酸化物は、一種類を単独で使用でき、あるいは複数種類の金属酸化物の混合ゾルを用いても良い。複数の金属成分を含む複合酸化物のゾルも利用できる。金属酸化物ゾルの分散媒は限定されないが、水が好ましい。
【0021】
これらの無機系バインダー(水溶性珪酸塩、変性水溶液珪酸塩、コロイダルシリカ)の分散媒は、水溶性アルコールと水との混合溶媒であっても良い。成分としては、炭素数1〜3のアルコール(メタノール、エタノール、変性アルコール、1‐プロパノール、2‐プロパノール)を例示できる。このアルコールは単独で使用でき、あるいは複数種類を混合して使用できる。更に、他の成分としては、プロピレングリコールモノアルキルエーテル(アルキル基の炭素数は1〜3)を含んでいてよい。これはアルコールよりも沸点が高いため、レベリング性の向上や蒸発速度の調整を行うことが可能となる。また、アルキル基の炭素数を1〜3とすることによって、膜の金属1への濡れ性を低下させることなく、防食塗膜2を得ることができる。
またこれらの無機系バインダー(水溶性珪酸塩、変性水溶液珪酸塩、コロイダルシリカ)は、他の水溶性溶剤を含んでいてよい。他の水溶性溶剤としては、例えば、エチレングリコールモノメチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテルなどのグリコールエーテル類、エチレングリコール、プロピレングリコールなどのグリコール類、アセトン、ジメチルケトンなどのケトン類、テトラヒドロフラン、ジオキサンなどのエーテル類、プロピレングリコールモノメチルエーテル・アセテートなどのエステル類、アセト二トリル、N−メチルピロリドン、ジメチルスルホキシドなどが挙げられる。
こうした無機系バインダーは、必要により、界面活性剤、増粘剤、香料、酸化防止剤、紫外線吸収剤、光安定剤、キレート剤、消泡剤などを含有してよい。
【0022】
(有機系バインダー)
エポキシ系樹脂、エポキシエステル系樹脂、スチレン系樹脂、アルキッド樹脂が挙げられる。
【0023】
(有機−無機ハイドリッド系バインダー)
有機−無機ハイブリッド系バインダーとは有機成分と無機成分を含有する樹脂を意味する。
有機−無機ハイブリッド系バインダーとしては、前記水溶性珪酸塩、アルキルシリケート、アルコキシシリケート、カップリング剤などが挙げられる。
水溶性珪酸塩としては、前記したように一般式MO・xSiO・yHOで表され、式中のx及びyは整数を示し、MがN(COH)、N(CHOH)、N(COH)、C(NHNHを示し、具体的な化合物としては例えば、珪酸トリエタノールアミン、珪酸テトラメタノールアンモニウム、珪酸テトラエタノールアンモニウムなどが挙げられる。
アルキルシリケートとしては、一般式;SiR又はSiXRで表され、式中のRはアルキル基を示し、Xはアルコキシ基、ビニル基、エポキシ基、アミノ基、メタクリル基、メルカプト基を示す。前記アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基等の炭素数1〜5の直鎖状又は分岐状のアルキル基が挙げられ、具体的な化合物として、例えば、テトラメチルシリケート、テトラエチルシリケート、テトラプロピルシリケート、テトラブチルシリケート等が挙げられる。
【0024】
アルコキシシランとしては、一般式;Si(OR)又はSiX(OR)、SiR(OR)で表され、式中のRはアルキル基を示し、Xはビニル基、エポキシ基、アミノ基、メタクリル基、メルカプト基を示す。前記アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基等の炭素数1〜5の直鎖状又は分岐状のアルキル基が挙げられ、具体的な化合物として、例えば、テトラメチルキシシリケート、テトラエトキシシリケート、テトラプロポキシシリケート、テトラブトキシシリケート等が挙げられる。
カップリング剤としては、例えば、γ−グリシドキシプロピルトリメトキシシランや、γ−グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、β−(3,4−エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、ビニルトリエトキシシラン、γ−メタクリロキシトリメトキシシラン、γ−メルカプトプロピルトリメトキシシラン等のシラン系カップリング剤、イソプロピルトリイソステアロイルチタネートや、テトラオクチルビス(ジドデシル)ホスファイトチタネート、イソプロピルトリオクタノイルチタネート、イソプロピルトリドデシルベンゼンスルホニルチタネート等のチタン系カップリング剤 、アルミニウム系カップリング剤 、ジルコニウム系カップリング剤等が挙げられる。
【0025】
犠牲アノード金属を含む塗料に充填する光触媒は特に限定されないが、ガリウムリン(GaP)、酸化ジルコニウム(ZrO2)、ケイ素(Si)、硫化カドニウム(CdS)、タンタル酸カリウム(KTaO3)、セレン化カドミウム(CdSe)、チタン酸ストロンチウム(SrTiO3)、酸化チタン(TiO2:アナタ−ゼ型、ルチル型、ブルッカイト型)、酸化二オブ(Nb2O5)、酸化亜鉛(ZnO)、酸化鉄(Fe2O3)、酸化タングステン(WO3)、酸化スズ(SnO2)等のn型半導体となる材料、及びこれらのn型半導体となる材料にアンチモン(Sb)や窒素(N)などをドープした材料が挙げられる。
【0026】
塗料中の光触媒の結晶形態についても特に限定されず、球状や針状タイプなど多種多様な形状なものを使用できる。鋼材の光触媒による光カソード防食性能の向上を図るためには、針状結晶であることが特に好ましく、針状導電性酸化チタン(以下、光触媒「RATO」と記す)が最も好ましい。
【0027】
光触媒「RATO」は、図2に示す形の石原産業(株)の製品(FT-3000)17 であり、ルチル型酸化チタン粒子16の周囲をアンチモンがドープされた酸化スズ(以下ATOと記す)15
で覆うように構成されている。この光触媒「RATO」中のルチル型酸化チタンの重量割合はおよそ92%である。また、その形状は直径が0.27μm、長さが5.15μmの針状結晶である。
【0028】
この光触媒「RATO」の特徴としては、紫外線照射時におけるルチル型酸化チタンの酸化力(有機物分解作用)が少ないこと、またATOで覆われているために、バインダーが有機系であっても直接接触することがないために有機系のバインダーを分解させないことが挙げられる。一方、還元力としては、例えばステンレス鋼の浸漬電位を-300〜-400mVまで卑の方向へ移行させるほどの光励起電子が発生することが知られている。
【0029】
塗料中の犠牲アノード金属の種類は特に限定されないが、Zn/亜鉛、Mg/マグネシウム、Al/アルミニウム等の一種の金属、およびMg-Al-Zn合金、または少量のIn/インジウムやSn/スズをドープさせたAl-Zn合金、さらには少量のCd/カドミウム、Hg/水銀、In/インジウムをドープさせたZn-Al合金を例示できる。
【0030】
本発明の乾燥塗膜中における各成分の重量比率は限定されないが、好ましくは以下のとおりである。
犠牲アノード金属とバインダーの合計重量を100重量部とするとき、
犠牲アノード金属: 50〜90重量部(特に好ましくは60〜90重量部)
バインダー: 10〜50重量部(特に好ましくは10〜40重量部)
光触媒: 3.5〜15重量部(特に好ましくは5.3〜8.9重量部)
光触媒: 2〜15重量%(特に好ましくは3〜8重量%):塗料全量100重量%に対して
【0031】
また、本発明の塗料(溶媒を含む全量)の金属塗布面への塗布量は限定されないが、金属塗布面1mに対して100〜300gであり、より好ましくは150〜200gである。
【0032】
無機系多孔質膜3の材質は限定されず、水性シリケート塗料、前記コロイダルシリカを例示できる。
【0033】
無機系多孔質膜3を本発明の塗膜上に形成することによって、防食塗料中の犠牲アノード金属の溶解を抑えることができる。また、これは例えば平均1μm程度の多孔質(ポーラス状態)をもつ構造であるため、屋外条件下でも、太陽光の紫外線が無機多孔質塗膜3を通して防食塗膜2へと到達することが可能であり、防食塗膜2の光カソード防食が発揮される。
【0034】
この上塗り塗料(溶媒を含む全量)の塗布量は、金属塗布面1mに対して、150〜300gであることが好ましく、150〜200gであることが更に好ましい。
【0035】
金属1の材質は限定はされないが、以下の金属に対して特に有効性が高い。
純鉄、電解鉄、炭素鋼、リムド鋼、キルド鋼、セミキルド鋼、合金鋼、超合金、キャップド鋼、耐候性鋼、溶融アルミニウムメッキ鋼、クロムメッキ鋼、溶融亜鉛メッキ鋼、電気亜鉛メッキ鋼、亜鉛−アルミニウム合金メッキ鋼、鉛−スズメッキ鋼(ターンメッキ鋼)、スズメッキ鋼、珪素鋼、ティンフリースチール等
【0036】
本発明の防食塗料、防食塗膜2および複合塗膜4の用途は特に限定されず、以下を例示できる。
(1) 鉄塔、橋梁等の金属建造物や船舶、鉄道、機械類等の機械の表面塗膜
(2) 化学プラント等では塔槽類、熱交換器、加熱炉、回転機、計装機類、電気設備等の表面塗膜や、これらの機器設備類を連結するための配管表面の塗膜
【0037】
(3) 鉄筋コンクリート構造物の鉄筋腐食抑制対策として、流電陽極方式の電気防食工法が挙げられる。この工法では、亜鉛シートと、保護カバーである亜鉛防食板とをコンクリート表面に固定する。この工法によると、亜鉛シートが溶解することによって防食電流が流れるので、電源装置を必要としない。
ここで、流電陽極方式の電気防食工法において、亜鉛シートおよび保護カバー(亜鉛防食板)の代替品として、本発明の防食塗膜2および無機系多孔質膜3からなる複合塗膜4を適用し、前記亜鉛シートの亜鉛含有量と同じになるように防食塗膜2の厚みを調整して施工することができる。この場合、防食塗膜2中では、光触媒の励起電子および無機系多孔質膜3による亜鉛溶出の抑制作用が生じるために、亜鉛シートを用いた場合より、防食効果の延命が期待できる。
【0038】
(4) 上記と同様の用途で、金属溶射や鋼材の直接的防食を目的とした金属溶射システムがある。金属溶射に使用される金属は、亜鉛、アルミニウム、亜鉛とアルミニウムの合金、また亜鉛とアルミニウムの擬合金等の犠牲アノード金属が使用され、この溶射皮膜は多孔性の状態になっている。この溶射皮膜のままで暴露すると、溶射皮膜の表層や巣穴、気孔部から急速に犠牲アノード金属が消耗するために短期間で防食機能が損なわれる。このため、溶射皮膜の気孔部にエポキシ系、フェノール系、シリコーン系樹脂等を希釈したものを浸透させて封孔する処理が一般的には施される。
この封孔処理材代替品として、本発明の防食塗料を用いることによって、気孔内部を封孔処理することが可能である。即ち、亜鉛、アルミニウム、亜鉛とアルミニウムの合金、また亜鉛とアルミニウムの擬合金等の犠牲アノード金属からなる溶射皮膜の気孔内に、本発明の防食塗料を含浸させる。この場合には、光触媒の励起電子によって金属溶射皮膜の溶解抑制作用が生じ、長期間の防食効果が期待できる。さらに、本発明の防食塗料を用いた封孔処理後、防食塗膜2、無機系多孔質膜3からなる複合塗膜4を金属溶射被膜の上に形成することによって、さらに長期の防食効果が期待できる。
【0039】
(5) 前記防食塗膜2または無機系多孔質膜3からなる複合塗膜4の上に隠蔽型の無機または有機系塗料が適用できる。
隠蔽型の無機または有機系塗料を施した状態で、塗膜にひびわれ等の変状が生じた場合、その部分は太陽光の紫外線を受光できる箇所となる。
ひびわれ近辺に存在する犠牲アノード金属は溶解が進行し、カソード防食作用が生じていることになるが、この部分に光触媒が存在するために、光励起電子によって犠牲アノード金属の溶解を抑制する作用が生じ、防食効果の延命が期待できる。
【実施例】
【0040】
以下、本発明を実施例に則して更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0041】
(実験A:試験体製作と亜鉛溶出量測定)
金属1上に本発明および比較例の防食塗膜2を形成した。具体的には、本発明例では、高濃度の犠牲アノード金属(金属亜鉛粉末)を含む塗料(神東塗料株式会社製品「ジンクプライマー ♯500」:以下、「ZRP」と呼ぶ)に光触媒「RATO」を5重量%添加した塗料を用いた。ZRPは、亜鉛粉末含有量が62重量%で、一液性のエポキシエステル樹脂(有機系)をバインダーとして含有する。本発明例では、縦15mm、横25mm、厚さ0.1mmの鉄板1に、本発明例の前記塗料を鉄板1m当たり150g塗布した。
また、比較例では、光触媒「RATO」を含有しない通常の金属亜鉛粉末を含有する「ZRP」を、鉄板1m当たり150g塗布した。
なお、ZRP塗料の成分比率は以下のとおりである。
亜鉛粉末 62重量%
有機系パインダー 8重量%
溶剤 30重量%
本発明例では、ZRP塗料100重量部に対して「RATO」5重量部を添加した。
【0042】
本発明例および比較例の試験体に対して、それぞれ、1日6時間の紫外線照射(50mW/cm)を4日間行い、亜鉛溶出量を原子吸光法で測定した。この結果を表1に示す。
【0043】
【表1】

【0044】
亜鉛溶出量の測定結果から、光触媒および金属亜鉛粉末を含有した塗料(本発明例)からの亜鉛溶出量は、光触媒を含有しないもの(比較例)に対して、約10分の1に抑えられていた。光触媒「RATO」が存在することにより、紫外線照射時には光触媒から光励起電子が発生して亜鉛の溶解を抑えていることが確認でき、上述の鋼材防食メカニズムが立証された。
【0045】
(実験B:無機系多孔質膜3の透過率測定)
厚み1mmのガラス板に水性シリケート塗料(日板研究所株式会社製品「SSA1000」:加熱残分(固形分) 約70%、水約30%)を刷毛にて150g/m塗布し、無機系多孔質膜3を形成した。この水性シリケート塗料は、成分として、シリカ(SiO)、ルチル型酸化チタン(TiO)および珪酸カルシウム(CaSiO)および水からなり、常温では6時間程度で硬化し、無機率が90%以上の環境に易しい塗料である。この塗膜に対して波長300〜800nmの光を照射した時の透過率を分光光度計で測定し、結果を図3に示す。この結果、ブランク試験体(ガラス1mmt)での透過率が92%であるのに対し、水性シリケート塗膜はブランクと比較して透過率は減少したが、照射光の40%程度を透過させていることが確認できた。
【0046】
(実験C:自然電位測定)
図4に模式的に示す装置を使用し、本発明例および比較例の試験体について水溶液試験を行い、鋼材の自然電位を経時的に測定することによって、各種試験体における鋼材防錆効果の確認を行った。
【0047】
図4に示すように、各ビーカー6内に試料溶液(3wt%NaCl溶液)7、飽和塩化カリウム溶液9を収容し、各溶液に塩橋8を浸漬した。試料溶液7内に試験体5を浸漬し、飽和塩化カリウム溶液9内に飽和塩化銀電極(Ag/AgCl)を浸漬した。各電極5、10をポテンショスタット11に接続し、ポテンショスタット11を記録計12に接続した。
【0048】
実験Aの試験体作製方法と同様に、本発明例および比較例の塗料を丸鋼(φ10×110mm)に150 g/mの量で塗布することによって防食塗膜2を形成し、試験体を作製した。各試験体5に対し、室温23℃で合計10日間の養生を行った。この試験体5のうち長さ60mmの部分を3wt%NaClの試料溶液7に浸漬し、自然電位の経時変化を測定した。
【0049】
塩橋8によって電気回路を構成し、飽和塩化カリウム溶液9に飽和塩化銀電極10(Ag/AgCl、以下省略する)を比較電極としてポテンショスタット11を通して行い、記録計12のチャート上に記録した。防錆性能の評価は、自然電位が鉄の腐食電位(-640mV)に移行する過程で防食電位 (-730mV)以上の貴の電位、すなわち腐食領域に入るまでの時間を比較することで行った。紫外線照射サイクルは、1mW/cmの紫外線強度をもつ紫外線ランプ13を用いて10時間の照射、14時間の暗状態を繰り返すサイクルとした。
【0050】
自然電位が測定される箇所は、丸鋼が試料溶液7に浸漬している部分だけであるため、この部分に対して被覆率(塗装面積と浸漬する試験体表面積との割合)を30、70、100%の3水準とし、光触媒「RATO」とZRPとの組み合わせの有効性を評価した。試験結果を図5、図6及び表2に示す。
【0051】
図5には、被覆率30%、70%の場合の自然電位の経時変化を示す。aは鋼材の腐食電位であり、bは防食電位である。cはZRPを使用した場合の被覆率30%の比較例を示し、dは、本発明塗料を使用した場合の被覆率30%の場合の結果を示す。eはZRPを使用した場合の被覆率70%の比較例を示し、fは、本発明塗料を使用した場合の被覆率70%の場合の結果を示す。
【0052】
図6には、被覆率100%での自然電位の経時変化を示す。aは鋼材の腐食電位であり、bは防食電位である。gはZRPを使用した場合の結果を示し、hは、本発明塗料を使用した場合の結果を示す。表2には、各試験体の防食電位に到達した時間の比較を示している。
【0053】
【表2】

【0054】
これらの試験の結果、光触媒「RATO」をZRPに混入することによって鋼材の防錆期間が著しく延びることが確認できた。
光触媒「RATO」を含有したZRPでは、被覆率が30%の場合(図5のd)では、86時間、70%の場合(図5のf)では140時間、100%の場合(図6のh)では時間312時間程度に上昇していた。このように、光触媒「RATO」を含有しないZRPとの間に防錆効果期間の差異が見られた。光触媒の添加量が塗料に対して5重量%と少量であるのにもかかわらず、防錆効果持続期間の延びは著しい。
【0055】
なお、光触媒「RATO」の有無に係らず、被覆率の違いによる防錆効果期間は、被覆率が小さくなるにつれて短くなる傾向にある。これは、被覆率が小さくなるにつれて未塗装面積が大きくなるため、未塗装部分の鋼材を防食するための金属亜鉛粉末の消耗が未塗装面積に比例して著しく大きくなったためである。
【0056】
(実験D:防食塗膜2および無機系多孔質膜3を有する複合塗膜の効果)
実験Cと同様にして、金属表面に本発明および比較例の防食塗膜を形成した。図7において、aは鋼材の腐食電位を示し、bは鋼材の防食電位を示し、eはZRPのみを鋼材に塗布した前述の比較例を示し、fは、光触媒「RATO」を添加したZRPを鋼材に塗布した前述の本発明例を示す。
【0057】
iは、前述したZRPからなる比較例の防食塗膜2上に、刷毛を用いて一液常乾型ビニル変性エポキシ樹脂塗料を1回当たり1m当たり150gの塗布を2回行ったもの(比較例)である。
jでは、前述したZRPからなる比較例の防食塗膜2上に、刷毛を用いて水性シリケート塗料を1m当たり150g塗布したもの(比較例)である。
【0058】
本発明例kでは、前述したように、RATO含有ZRPを用いて本発明例の防食塗膜を形成した翌日に、前記の水性シリケート塗料を刷毛にて1m当たり150 g/m塗布して無機系多孔質膜3を形成した。これらの試験体の被覆率は70%とした。これらの試験結果を図7および表3、表4に示す。
【0059】
【表3】

【0060】
【表4】

【0061】
図7のe、fの試験結果は前述したものと同じである。
iでは、上塗り材として一液常乾型ビニル変性エポキシ樹脂塗料を用いたが、金属亜鉛粉末の犠牲防食作用の効果が見られず、鋼材は腐食してしまった。これは、一液常乾型ビニル変性エポキシ樹脂塗膜を通して水が浸入できず、金属亜鉛粉末が溶解できなかったためと考えられる。
【0062】
jでは、ZRPに水性シリケート塗膜を形成させたが、試験体を試料溶液7に浸漬すると、同時に自然電位は卑の方向へ移行し、浸漬から144時間までは−950mV前後の値を示した後、自然電位は貴の方向へ移行して最終的に鉄の腐食電位-640mV前後に落ち着き、鋼材が腐食した。
kでは、光触媒「RATO」を5重量%含有したZRPを用いた本発明例の防食塗膜2上に水性シリケート塗膜を形成させているが、試料溶液7に浸漬すると同時に自然電位は卑の方向へ移行し、浸漬から336時間までは-1000mVを示し、その後、緩やかに自然電位が貴の方向へ移行し続け、最終的には鋼材は腐食してしまった。しかしながら、光触媒「RATO」を含有したZRPの試験体fに比べて、更に著しく防錆効果期間が長くなることが確認できた。
【0063】
(実験E)
実験Cと同様の試験を行った。ただし、金属として、炭素鋼の代わりに亜鉛メッキ処理された炭素鋼を使用した。この結果、本発明例では同様の結果が得られた。
【0064】
(実験F)
実験Cと同様の試験を行った。ただし、金属として、炭素鋼の代わりにクロムメッキ処理された炭素鋼を使用した。この結果、本発明例では同様の結果が得られた。
【図面の簡単な説明】
【0065】
【図1】図1は、金属1上に防食塗膜2および無機系多孔質膜3が形成されている状態を示す模式図である。
【図2】好適な光触媒粒子の形態を示す模式図である。
【図3】分光光度計によるガラスおよび水性シリケート塗膜の透過率を示すグラフである。
【図4】防錆作用の測定装置を示す模式図である。
【図5】各実施例および比較例の電位の変化を示すグラフである。
【図6】各実施例および比較例の電位の変化を示すグラフである。
【図7】各実施例および比較例の電位の変化を示すグラフである。
【符号の説明】
【0066】
1 金属
2 防食塗膜
3 無機系多孔質膜
4 複合塗膜
5 試験体
6 ビーカー
7 試料溶液(3重量%NaCl溶液)
8 塩橋
9 飽和塩化カリウム溶液
10 参照電極(飽和塩化銀電極)
11 ポテンショスタット
12 記録計
13 紫外線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
犠牲アノード金属および光触媒を含有することを特徴とする、金属用の防食塗料。
【請求項2】
請求項1記載の防食塗料を金属上に塗布することによって形成されることを特徴とする、防食塗膜。
【請求項3】
請求項2記載の防食塗膜、およびこの防食塗膜上に形成されている無機系多孔質膜を備えていることを特徴とする、複合塗膜。
【請求項4】
犠牲アノード金属および光触媒を含有する防食塗料を金属上に塗布して防食塗膜を形成することを特徴とする、金属の防食方法。
【請求項5】
前記防食塗膜上に無機系多孔質膜を形成することを特徴とする、請求項4記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2006−143815(P2006−143815A)
【公開日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−333368(P2004−333368)
【出願日】平成16年11月17日(2004.11.17)
【出願人】(000244084)明星工業株式会社 (33)
【出願人】(591237917)光陽電気工事株式会社 (4)
【Fターム(参考)】