説明

金属製摺動部材の製造方法

【課題】金属製摺動部材の基材の摺動面に形成されたメッキ被膜を剥離し難くするとともに、メッキ被膜に油穴などの凹部を形成し易くする。
【解決手段】本発明は、金属製の基材の摺動面にメッキ皮膜を形成して摺動部材を製造する金属製摺動部材の製造方法であって、(a)摺動部材の基材を溶体化処理する工程Aと、(b)前記(a)工程を経た基材を急冷する工程Bと、(c)前記(b)工程を経た基材の摺動面にメッキ被膜を形成する工程Eと、(d)前記(c)工程を経たメッキ被膜が形成された基材を所定の熱処理条件で熱処理することにより基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜中に化合物を析出させる析出硬化処理を同時に行う工程Fと、(e)前記(d)工程を経たメッキ被膜に潤滑剤を保持するための複数の凹部を形成する工程Hとを含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シリンダーライナやロータハウジングなどの摺動面を備える摺動部材を製造する方法に関し、金属の表面処理の技術分野に属する。
【背景技術】
【0002】
従来より、自動車のエンジンのシリンダーライナやロータハウジングなどの摺動部材においては、摺動部材の基材の摺動面に耐磨耗性を備えるメッキ被膜が形成されているとともに、そのメッキ被膜に潤滑剤を保持するクロスハッチ溝や油穴などの凹部が形成されている。クロスハッチ溝や油穴が潤滑剤を保持することにより、摺動部材のメッキ被膜表面と接触する被摺動部材(例えば摺動部材がシリンダーライナの場合はピストンリング)の被摺動面との間に作用する摩擦力を低減している。これにより、摺動部材のメッキ被膜と被摺動部材の被摺動面それぞれまたはいずれかの磨耗を抑制している。
【0003】
このような摺動部材の製造方法は、まず摺動部材の基材に溶体化処理と続いて人工時効硬化処理が実施され、次に、その基材の摺動面が切削や研磨のなどの機械加工によって表面仕上げされる。人工時効硬化処理を利用した製造方法や人工時効硬化処理された製造物を記載するものとして、例えば特許文献1がある。
【0004】
続いて、機械加工によって表面仕上げされた基材の摺動面にメッキ被膜が形成される。さらに、メッキ被膜に対して該皮膜中に化合物を析出させる析出硬化処理が実施され、この処理によりメッキ被膜は耐磨耗性を備えるようになる。最後に、析出硬化処理によって硬化したメッキ被膜の表面が研磨され、研磨されたメッキ被膜に機械加工によってクロスハッチ溝や油穴が形成される。
【0005】
【特許文献1】特開2002−235134公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、基材の摺動面に耐磨耗性を備えるメッキ被膜を形成しても、メッキ被膜が基材の摺動面から剥離し、摺動部材と被摺動部材との間に作用する摩擦力が高くなることがある。また、メッキ皮膜中に化合物を析出させる析出硬化処理によりメッキ被膜が過度に硬化するため、メッキ被膜にクロスハッチ溝や油穴を形成するための機械加工時間が長いものとなる。
【0007】
そこで、本発明は、メッキ被膜の基材の摺動面からの剥離を抑制することができ、また、クロスハッチ溝や油穴が形成し易いメッキ被膜が基材の摺動面に形成される金属製摺動部材の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、本願の請求項1に記載の発明は、金属製の基材の摺動面にメッキ被膜を形成して摺動部材を製造する金属製摺動部材の製造方法であって、(a)摺動部材の基材を溶体化処理する工程と、(b)前記(a)工程を経た基材を急冷する工程と、(c)前記(b)工程を経た基材の摺動面にメッキ被膜を形成する工程と、(d)前記(c)工程を経たメッキ被膜が形成された基材を所定の熱処理条件で熱処理することにより基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜中に化合物を析出させる析出硬化処理を同時に行う工程と、(e)前記(d)工程を経たメッキ被膜に潤滑剤を保持するための複数の凹部を形成する工程とを含むことを特徴とする。
【0009】
また、請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の金属製摺動部材の製造方法において、前記(e)工程は、ショットブラスト加工によってメッキ被膜に複数の凹部を形成する工程であることを特徴とする。
【0010】
さらに、請求項3に記載の発明は、請求項2に記載の金属製摺動部材の製造方法において、前記(d)工程と前記(e)工程の間に、所定のパターンで位置する複数の穴を備えるマスクがメッキ被膜上に配置される工程を有することを特徴とする。
【0011】
さらにまた、請求項4に記載の発明は、請求項1〜3のいずれか1つに記載の金属製摺動部材の製造方法において、前記摺動部材の基材が軽合金製であることを特徴とする。
【0012】
加えて、請求項5に記載の発明は、請求項4に記載の金属製摺動部材の製造方法において、前記摺動部材の基材がアルミニウム合金製であることを特徴とする。
【0013】
加えてまた、請求項6に記載の発明は、請求項5に記載の金属製摺動部材の製造方法において、前記(a)工程の溶体化処理の処理条件が450〜520℃の温度で4〜15時間維持することであるとともに、前記(d)工程における所定の熱処理条件が180〜300℃の温度で4〜10時間維持することであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明の請求項1に記載の金属製摺動部材の製造方法によれば、摺動部材の基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理が同時に実施されるため、同時に実施されない場合に比べてメッキ被膜と基材の摺動面の密着性が向上し、メッキ被膜が摺動面から剥離することが抑制される。また、それとともに、メッキ被膜が適度に脆化されて、例えばクロスハッチ溝や油穴などの複数の凹部がメッキ被膜に形成し易くなる。
【0015】
また、本発明の請求項2に記載の金属製摺動部材の製造方法によれば、複数の凹部はショットブラスト加工により形成されるため、摺動面(メッキ被膜面)が切削や研磨などの機械加工が困難な曲面であっても確実に凹部が形成される。
【0016】
さらに、本発明の請求項3に記載の金属製摺動部材の製造方法によれば、ショットブラストを実施する前に所定のパターンで位置する複数の穴を備えるマスクがメッキ被膜上に配置されるため、マスクの複数の穴に対応する位置に凹部が形成される。所定のパターンで複数の凹部がメッキ被膜に形成されることにより、マスクがないためにショットブラスト加工によってパターン性(規則性)なしに凹部が形成される場合に比べて、この製造方法によって製造される摺動部材の耐磨耗性のバラツキが小さくなる。
【0017】
さらにまた、本発明の請求項4に記載の金属製摺動部材の製造方法によれば、摺動部材の基材は軽合金製であるため、例えば鉄鋼製の基材等に比べて、メッキ被膜形成前の機械加工がし易い。
【0018】
加えて、本発明の請求項5に記載の金属製摺動部材の製造方法によれば、摺動部材の基材は汎用性が高いアルミニウム合金製である。アルミニウム合金は熱伝導性に優れるため、摩擦熱が摺動面に蓄熱してメッキ被膜が熱疲労することを抑制することができる、すなわち摺動部材の寿命が長くなる。
【0019】
加えてまた、本発明の請求項6に記載の金属製摺動部材の製造方法によれば、アルミニウム合金製摺動部材の基材は適切な熱処理条件、450〜520℃の温度で4〜15時間維持される熱処理条件で熱処理されることにより溶体化処理される。また、基材の摺動面にメッキ被膜が形成されたアルミニウム製金属製摺動部材は適切な熱処理条件、180〜300℃の温度で4〜10時間維持される熱処理条件で熱処理されることにより、基材の人工時効硬化処理およびメッキ被膜中に化合物を析出させる析出硬化処理が同時に実施される。これにより、耐磨耗性に優れ、摺動部材とメッキ被膜との密着性が高く、かつ加工し易いメッキ被膜を備えるアルミニウム合金製金属摺動部材が製造される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
まず、本発明の一実施形態に係る金属摺動部材の製造方法を説明する前に、その製造方法によって製造される本発明に係る金属製摺動部材について説明する。
【0021】
図1は、摺動する摺動部材と被摺動部材の接触部を拡大した図である。
【0022】
図1に示すように、摺動部材10と被摺動部材100は、例えばシリンダライナとピストンリングであって、接触状態を維持しつつ少なくとも一方が対向方向と直行する方向(摺動方向)200に移動する。摺動部材10は、金属製の基材12と該基材12の被摺動部材100と対向する面(摺動面)14上に形成されたメッキ被膜16とを有し、そのメッキ被膜16の表面18が被摺動部材100の被摺動面102と接触している。
【0023】
また、メッキ被膜16には、潤滑剤を保持する複数の凹部20、例えばクロスハッチ溝や油穴が形成されている。凹部20が潤滑剤を保持することにより、摺動中にメッキ被膜16の表面18と被摺動部材100の被摺動面102の間に作用する摩擦力が低減される。これにより、メッキ被膜16と被摺動部材100の磨耗が抑制される。
【0024】
次に、このような摺動部材10の製造方法について説明する。なお、説明は、アルミニウム合金(AC4D:JISH5202)製の摺動部材に、窒化ケイ素粒子が分散されたニッケル−コバルト−リン(Ni−Co−P)のメッキ被膜が形成される例を挙げて行う。
【0025】
図2(a)に本実施形態の摺動部材10の製造工程を示すとともに、参照として図2(b)に従来の摺動部材の製造工程を示す。
【0026】
なお、図において、熱処理である工程は角丸四角形で示し、熱処理以外の工程は四角形で示している。
【0027】
まず、図2に示すように、工程Aにおいて摺動部材10の基材12が作製される。例えば、アルミニウム合金のインゴットから所定形状に鋳造された鋳造品を所定の形状に切削加工して摺動部材10の基材12が作製される。なお、本発明は、基材の作製方法を問わない。
【0028】
次に、工程Aに続く工程Bにおいて、基材12は、所定の熱処理条件で溶体化処理されて硬化される。例えば、アルミニウム合金製の基材は450〜520℃の炉の中で4〜15時間維持されるアルミニウム合金において工業的に一般的である熱処理条件で溶体化処理される。
【0029】
工程Bに続く工程Cにおいて、溶体化処理されることによって得た硬さを常温でも維持できるように、基材12は急冷処理される。なお、本明細書や特許請求の範囲で言う「急冷」とは、20℃/s以上の冷却速度にて冷却することを言う。例えば、450〜520℃の炉の中で4〜15時間維持される熱処理条件で溶体化処理されたアルミニウム合金製の基材は、95℃の水に浸けられて急冷処理される。
【0030】
なお、溶体化処理と急冷処理は、まとめて「焼き入れ処理」と呼ばれる。
【0031】
また、工程A〜Cは従来工程と同じである。
【0032】
工程Cに続く工程Dにおいて、基材12の摺動面14が所定の表面形状に機械加工される。例えば、摺動面は砥石により摺動面が所定の表面粗さに研削加工される。摺動面14の表面の機械加工の加工条件は、摺動面14の表面形状が後の工程で摺動面14の表面上に形成されるメッキ被膜16の表面形状に影響を与えることを考慮するとともに、摺動面14とメッキ被膜16との密着性を考慮して設定される。なお、本発明は、摺動面の機械加工方法を問わない。また、工程C終了時に、摺動面が所定の表面形状を備える場合、工程Dは省略することができる。
【0033】
一方、従来工程において、摺動面の機械加工は、図2(b)に示すように、基材が急冷処理されて続いて人工時効硬化処理を実施されたあとに行われる。
【0034】
工程Dに続く工程Eにおいて、基材12の摺動面14にメッキ被膜16が形成される。例えば、窒化ケイ素粒子が分散されたニッケル−コバルト−リンのメッキ被膜が摺動面上に形成される場合、図3のメッキ条件の表に示すように、メッキ浴は、その組成が塩化第一ニッケル(NiCl・6HO)が130g/l、塩化第一コバルト(CoCl・6HO)が130g/l、塩化アンモニウム(NHCl)が90g/l、次亜リン酸ナトリウム(NaHPO・HO)が9g/lにされ、その中に平均粒子径が1μmの窒化ケイ素からなるメッキ被膜を硬くするための硬質粒子が60g/l分散される。また、浴の温度が50℃、ペーハー値(pH)が4.0、電流密度が12A/dmにされる。この浴に基材は60分間浸される。
【0035】
工程Eにおいてメッキ被膜16が基材12の摺動面14に形成された後、工程Fでは、所定の熱処理条件で基材12の人工時効硬化処理とメッキ被膜16の析出硬化処理が同時に実施される。例えば、ニッケル−コバルト−リンのメッキ被膜が摺動面に形成された基材は、180〜300℃の炉の中で4〜10時間維持される熱処理を実施される。この熱処理条件は、アルミニウム合金を人工時効硬化処理するための工業的に一般的である条件範囲とニッケル−コバルト−リンのメッキ被膜を析出硬化処理するための工業的に一般的である条件範囲との両方に含まれる条件である。
【0036】
基材12の人工時効硬化処理とメッキ被膜16の析出硬化処理を同時に実施することにより、メッキ被膜16と基材12の摺動面14との密着性が、2つの処理を同時に実施しない場合に比べて(図2(b)に示す従来工程のように、基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理とが別々の工程である場合に比べて)、向上する。それとともに、メッキ被膜16が、従来工程に比べて、ニッケルリン化物(NiP)が多く析出することにより適度に脆化して後の工程である凹部20の形成工程の時間が短縮される(すなわち、メッキ被膜が加工し易くなる)。
【0037】
工程Fに続く工程Gにおいて、基材12の摺動面14に形成されたメッキ被膜16の表面18が所定の表面形状に機械加工される。例えば、メッキ被膜の表面は砥石により摺動面が所定の表面粗さに研削加工される。摺動面14の表面の機械加工の加工条件は、被摺動部材100の被摺動面102との摺動性(間に作用する摩擦力)を考慮するとともに、凹部20に保持される潤滑剤がメッキ被膜16の表面18と被摺動部材100の被摺動面102の間に供給されることを考慮して決定される。なお、工程F終了時に、基材12の摺動面14に形成されたメッキ被膜16の表面が所定の表面形状を備える場合、工程Gを省略することができる。
【0038】
工程Gに続く工程Hにおいて、メッキ被膜16に、潤滑剤を保持するための複数の凹部20が形成される。本発明においては凹部の形成方法は問わないが、ここでは、摺動面(メッキ被膜の表面)が曲面であっても平面である場合と同様に、凹部の形成が可能なショットブラスト加工について説明する。
【0039】
ショットブラスト加工は、簡単に説明すると、炭化ケイ素、ガラス、プラスチックなどの微小粒子径の粒子を所定の圧力でノズルから噴射させて部材に衝突させ、粒子の衝突により部材を削って該部材に凹部を形成するショットブラスト装置による加工である。ショットブラスト装置の加工条件は、ノズルから噴射される粒子の材料やその粒子径、および噴射圧力によって設定される。また、ショットブラスト装置は、複数の凹部が表面に形成される部材を、ノズルの下を設定した速度で粒子の噴射方向と直行する方向に搬送することにより、部材の表面全体に所望の深さの複数の凹部を形成する。
【0040】
なお、本発明において凹部をショットブラスト装置で形成する場合、所定のパターンで位置する複数の穴を備えるマスクをメッキ被膜上に配置してショットブラスト加工を実施するのが好ましい。
【0041】
すなわち、マスクなしでショットブラスト加工を部材の表面に実施した場合、加工条件(粒子材料、粒子径、噴射圧力)が一定であっても部材毎に表面形状が異なる、言い換えると、ショットブラスト加工はその加工精度が一定でない。本発明において、潤滑剤を保持するための凹部の加工精度が摺動部材毎に異なると、製造される摺動部材の耐摩耗性にバラツキが生じることになる。したがって、摺動部材の耐摩耗性のバラツキを小さく抑制するために複数の凹部をパターン性(規則性)をもってメッキ被膜に形成するのがよく、それを可能とするために所定のパターンで位置する複数の穴を備えるマスクをショットブラスト加工前にメッキ被膜上に配置するのが好ましい。
【0042】
なお、マスクは、ノズルから噴射された粒子の衝突に耐え得るものであればよく、例えば金属の薄板でもよい。また、部材の表面にフォトレジストを塗布し、塗布したフォトレジストを所定のパターンで位置する複数の穴を備えるフォトマスクを介して露光し、その後フォトレジストの未露光部分を現像処理によって除去して残ったフォトレジストの露光部分をマスクとしてもよい。この場合、ショットブラスト加工後、フォトレジストの露光部分を部材の表面から除去する工程が必要となる。
【0043】
ここからは、発明者が実施した3種類の実験によって実証された本実施形態の効果、すなわち本発明の金属製摺動部材の製造方法によって得られる効果(本発明の金属製摺動部材が持つ能力)について説明する。
【0044】
まず、図4は、第1の実験によって得られた、本実施形態の製造方法によって製造された金属製摺動部材(図2(a)に示す工程で製造された摺動部材)の凹部の平均深さ(実施例1)と、従来工程の製造方法によって製造された金属製摺動部材(図2(b)に示す工程で製造された摺動部材)の凹部平均深さ(比較例1)を示している。
【0045】
第1の実験の実験条件を説明する。実施例1と比較例1の摺動部材の基材材料は同一のアルミニウム合金AC4Dとした。また実施例1と比較例1のメッキ条件も同一にし、図3において表で示されたメッキ条件とした。さらに、実施例1と比較例1の摺動部材の基材に実施された溶体化処理と急冷処理も同一にし、495℃の温度で6時間維持する溶体化処理を実施し、95℃の水に浸す急冷処理を実施した。
【0046】
さらにまた、実施例1と比較例1の摺動部材の複数の凹部をショットブラスト加工によって形成し、そのショットブラスト加工の加工条件も同一にし、粒子径1〜5μmの炭化ケイ素の粒子を0.5MPaの噴射圧力で摺動面に衝突させて複数の凹部を形成した。
【0047】
加えて、実施例1における基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理を同時に実施するための熱処理条件を、250℃の温度で6時間維持される条件とした。一方、比較例1における別々に実施された基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理それぞれの熱処理条件は、人工時効硬化処理の熱処理条件を180℃の温度で6時間維持される条件とした。
【0048】
第1の実験では、実施例1と比較例1の複数の凹部の深さとそれぞれのメッキ被膜のビッカース硬さを測定した。
【0049】
第1の実験の実験結果を示す。図4に示すように、実施例1の摺動部材の方が比較例1の摺動部材に比べて凹部の平均深さが大きい。メッキ条件、ショットブラスト加工の加工条件が同一にもかかわらず凹部の平均深さが異なる理由は、実施例1において基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理が同時に実施されたことによりメッキ被膜から析出された析出物(本実験においては、ニッケルリン化物)の量が、基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理が別々に実施された比較例1に比べて大きく、それにより比較例1に比べてメッキ被膜がより適度に脆化されたためと考えられる。
【0050】
一方、参照までに実施例1と比較例1の測定したメッキ被膜のビッカース硬さは、実施例1が750で、比較例1が630であった。
【0051】
したがって、図4に示す実験結果から、基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理を同時に実施することにより、2つの処理を別々に実施する場合に比べて、メッキ被膜の硬さが高くなるとともに、メッキ被膜が適度に脆化して加工し易くなることがわかる。
【0052】
次に、図5は、第2の実験によって得られた、本実施形態の製造方法によって製造された金属製摺動部材(図2(a)に示す工程で製造された摺動部材)におけるメッキ被膜と摺動面との密着力(実施例2、実施例3)と、従来工程の製造方法によって製造された金属製摺動部材(図2(b)に示す工程で製造された摺動部材)におけるメッキ被膜と摺動面との密着力(比較例2)を示している。
【0053】
第2の実験の実験条件を説明する。実施例2、実施例3、比較例2の基材材料、メッキ条件、ショットブラスト加工の加工条件、溶体化処理条件は第1の実験と同一にした。
【0054】
実施例2、実施例3における基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理を同時に実施するための熱処理条件は、実施例2が300℃の温度で6時間維持される条件とし、実施例3が250℃の温度で6時間維持される条件とした。一方、比較例2における別々に実施された基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理それぞれの熱処理条件は、人工時効硬化処理の熱処理条件を180℃の温度で6時間維持される条件とし、析出硬化処理の熱処理条件を300℃の温度で1時間維持される条件とした。
【0055】
実施例2、実施例3、比較例2におけるメッキ被膜と基材の摺動面との密着力は、直径12.5mmの円柱の端面をメッキ被膜に同一の接着剤(住友スリーエム株式会社製SW2214)を用いて貼り付け、貼り付けられた円柱を1mm/minの一定速度で摺動面と直行する方向に引張り試験機によって引っ張り、メッキ被膜が剥離したときの引っ張り力とした。
【0056】
第2の実験の実験結果を示す。図5に示すように、実施例2、実施例3の摺動部材におけるメッキ被膜と基材との密着力の方が、比較例2に比べて大きい。これは、基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理が同時に実施されることにより、メッキ被膜と基材(摺動面)との間の界面が、2つの処理が別々に実施された場合に比べて安定化したためと考えられる。
【0057】
また、実施例2と実施例3を比較すると、実施例2の密着力の方が実施例3に比べて大きい。この結果より、基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理を同時に実施するための熱処理の温度が高いほど、メッキ被膜と基材との密着力が高くなると考えられる。
【0058】
したがって、図5に示す実験結果から、基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理を同時に実施することにより、2つの処理を別々に実施する場合に比べてメッキ被膜と基材との密着力が大きくなる、言い換えるとメッキ被膜が基材の摺動面から剥離し難くなり、また、基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理を同時に実施するための熱処理の温度が高いほどメッキ被膜が基材の摺動面からさらに剥離し難くなることがわかる。
【0059】
続いて、図6は、第3の実験によって得られた、本実施形態の製造方法によって製造された金属製摺動部材(図2(a)に示す工程で製造された摺動部材)の焼き付き荷重(実施例4)と、従来工程の製造方法によって製造された金属製摺動部材(図2(b)に示す工程で製造された摺動部材)の焼き付き荷重(比較例3)と、凹部形成工程を除く従来工程の製造方法によって製造された金属製摺動部材(図2(b)に示す工程から凹部形成工程が除かれた工程で製造された摺動部材)の焼き付き荷重(比較例4)を示している。
【0060】
第3の実験の実験条件を説明する。第3の実験においてはピンオンディスク式磨耗試験機を使用した。すなわち、ディスク形状の基材表面にメッキ被膜を形成し、メッキ被膜が形成された基材ディスクを一定の回転速度(周速)で回転させ、回転している基材ディスクのメッキ被膜に被摺動部材を想定したシール部材を荷重を加えて当接させ、その荷重を増加していく実験を行った。基材ディスクが回転速度が一定でなくなった時点での荷重を焼き付き荷重とした。この焼き付き荷重が大きいほど、メッキ被膜は高い耐磨耗性を有することを示す。
【0061】
実施例4、比較例3、比較例4の基材材料、メッキ条件、溶体化処理条件は第1の実験と同一にした。
【0062】
実施例4と比較例3におけるショットブラスト加工の加工条件は第1の実験と同一にした。
【0063】
実施例4と比較例3においてショットブラストよって形成される凹部を、マスクを用いることにより円形状の開口を備えるようにしてその開口径を100μmとした。また、単位面積あたりの開口面積を10%にした。
【0064】
実施例4における基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理を同時に実施するための熱処理条件を250℃の温度で6時間維持される条件にした。一方、比較例3,4における別々に実施された基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理それぞれの熱処理条件を、人工時効硬化処理の熱処理条件が180℃の温度で6時間維持される条件にした。
【0065】
実施例4、比較例3、比較例4の基材ディスクの回転速度は、シール部材と当接する位置での周速が8m/sになるように設定した。また、基材ディスクとシール部材との接触領域に100℃の温度の潤滑剤(潤滑油)を100cc/min供給した。
【0066】
また、実施例4、比較例3、比較例4のメッキ被膜のビッカース硬さを測定した。
【0067】
さらに、実施例4、比較例3の複数の凹部の深さを測定した。
【0068】
第3の実験の実験結果を示す。まず、実施例4のメッキ被膜のビッカース硬さは730であり、比較例3と比較例4のメッキ被膜のビッカース硬さは両方とも630であった。また、実施例4の複数の凹部の平均深さは18μmであって、比較例3の複数の凹部の平均深さは10μmであった。これは、第1の実験結果に対応しており、基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理が同時に実施されることによるものと考えられる。
【0069】
また、図6に示すように、実施例4の焼付け荷重は、比較例3と比較例4の両方の焼き付き荷重に比べて大きい。すなわち、実施例4の摺動部材の方が、比較例3と比較例4の摺動部材に比べて耐磨耗性が大きい。これは、基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理が同時に実施されることにより、複数の凹部の平均深さが、2つの処理が別々に実施された場合に比べて大きくなり、それにより凹部が保持する潤滑剤の量が大きくなったためと考えられる。このことは、メッキ被膜に複数の凹部が形成されていない比較例4の焼付き荷重が、メッキ被膜に複数の凹部が形成された実施例4と比較例3の焼付け荷重に比べて小さいことからもわかる。
【0070】
したがって、凹部の平均深さとビッカース硬さの測定結果と図5に示す実験結果から、基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜の析出硬化処理を同時に実施するとともに複数の凹部を形成することにより、2つの処理を別々に実施するとともに複数の凹部を形成する場合に比べて、また2つの処理を別々に実施して複数の凹部を形成しない場合に比べて、焼き付き荷重が増加する、すなわちメッキ被膜の耐磨耗性が高くなることがわかる。
【0071】
以上、上述の一実施形態を挙げて、本発明の金属製摺動部材の製造方法を説明したが、本発明はこれに限定されない。
【0072】
例えば、上述の実施形態は、摺動部材の基材がメッキ被膜と被摺動部材の摺動面との間に発生する摩擦熱を他の場所に効率よく移動させることができる、すなわちメッキ被膜の熱疲労を抑制できる熱伝導性に優れたアルミニウム合金であったが、これに限定されない。例えば、アルミニウム合金以外の金属であってもよい。しかしながら、メッキ被膜形成前の機械加工のし易さを考慮すると、アルミニウム合金などの軽金属であるのが好ましい。
【0073】
また、上述の実施形態のメッキ被膜は、ニッケル−コバルト−リンメッキ被膜であったが、他の材料からなるメッキ被膜でもよい。例えば、ニッケル−リン(Ni−P)被膜、ニッケル−タングステン(Ni−W)被膜であってもよい。また、メッキ被膜(メッキ浴)に分散される硬質粒子は、窒化ケイ素であったが、酸化ケイ素(Si)、炭化ケイ素(SiC)、酸化アルミニウム(Al)などであってもよい。
【0074】
しかしながら、本発明の効果を得るためには、摺動部材の基材の材料、メッキ被膜の組成材料、および硬質粒子の材料は、摺動部材が要求される摺動性や耐磨耗性によって選択されることは当然であるとともに、かつ、基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜中に化合物を析出させる析出硬化処理が同時に実施できるような材料(言い換えると、基材の人工時効硬化処理の熱処理条件の範囲とメッキ被膜の析出硬化処理の熱処理条件の範囲それぞれに、共通する熱処理条件内の範囲が存在するような基材とメッキ被膜)でなければならないことは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0075】
【図1】本発明の一実施形態に係る金属製摺動部材を説明するための概略的な構成図である。
【図2】本発明の一実施形態に係る金属製摺動部材の製造工程と、従来の金属製摺動部材の製造工程とを示す図である。
【図3】メッキ条件の一例の表を示す図である。
【図4】第1の実験の実験結果を示す図である。
【図5】第2の実験の実験結果を示す図である。
【図6】第3の実験の実験結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製の基材の摺動面にメッキ被膜を形成して摺動部材を製造する金属製摺動部材の製造方法であって、
(a)摺動部材の基材を溶体化処理する工程と、
(b)前記(a)工程を経た基材を急冷する工程と、
(c)前記(b)工程を経た基材の摺動面にメッキ被膜を形成する工程と、
(d)前記(c)工程を経たメッキ被膜が形成された基材を所定の熱処理条件で熱処理することにより基材の人工時効硬化処理とメッキ被膜中に化合物を析出させる析出硬化処理を同時に行う工程と、
(e)前記(d)工程を経たメッキ被膜に潤滑剤を保持するための複数の凹部を形成する工程とを含むことを特徴とする金属製摺動部材の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の金属製摺動部材の製造方法において、
前記(e)工程は、ショットブラスト加工によってメッキ被膜に複数の凹部を形成する工程であることを特徴とする金属製摺動部材の製造方法。
【請求項3】
請求項2に記載の金属製摺動部材の製造方法において、
前記(d)工程と前記(e)工程の間に、
所定のパターンで位置する複数の穴を備えるマスクがメッキ被膜上に配置される工程を有することを特徴とする金属製摺動部材の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1つに記載の金属製摺動部材の製造方法において、
前記摺動部材の基材が軽合金製であることを特徴とする金属製摺動部材の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の金属製摺動部材の製造方法において、
前記摺動部材の基材がアルミニウム合金製であることを特徴とする金属製摺動部材の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の金属製摺動部材の製造方法において、
前記(a)工程の溶体化処理の処理条件が450〜520℃の温度で4〜15時間維持することであるとともに、
前記(d)工程における所定の熱処理条件が180〜300℃の温度で4〜10時間維持することであることを特徴とする金属製摺動部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−127662(P2008−127662A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−316519(P2006−316519)
【出願日】平成18年11月24日(2006.11.24)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】