説明

鉄スクラップに共存する元素の分離・回収方法

【課題】鉄スクラップに共存する銅などの元素を効率的にかつ経済的に分離・回収する方法を提供する。
【解決手段】鉄スクラップを溶融させ、得られた鉄スクラップの溶融物と溶融Agとを接触させることで、鉄スクラップの溶融物と溶融Agとの間における分配平衡に基づいて、鉄スクラップに共存する元素を溶融Agに移行させ、この溶融Agに移行した元素を溶融Agから酸化除去する。鉄スクラップの溶融物はCを含有していることが好ましく、Cが飽和溶解していることがさらに好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は鉄スクラップにおいて鉄と共存する元素、特にトランプエレメントなどの金属元素の分離・回収方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本国内での鉄スクラップの蓄積は年々増加しており、2020年には約18億トンに達し、年5,000万トンの鉄スクラップが発生すると予想されている。市中鉄スクラップ中には、鉄からの除去が困難であり、また、鋼材の品質あるいは製造過程に悪影響を及ぼすトランプエレメントと称される微少な鉄以外の不純物成分(Cu,Ni,Cr,Sn,Znなど)が含まれるものが多く、我が国製鉄業が得意とする高級鋼材の原料としての使用が制約されている。
【0003】
また、昨今、鉄資源以外にも有用稀少金属の高騰および枯渇の問題が現出しており、この観点から見た場合でも、鉄スクラップには上記の銅やクロムに加えて有用な金属(W,Mo,Co,Ni,V,Nb等)が含まれており、鉄スクラップに含まれている微少な鉄以外の成分を効率的に分離させ、これを回収することが可能となれば、国内で発生する鉄スクラップを輸出せず、国内での活用を拡大することが可能となる。
【0004】
鉄スクラップより銅を除去する方法としては、鉄−アルカリ金属およびアルカリ土類金属系の硫化物と炭素飽和鉄間の銅の分配を利用して、溶鉄から銅を除去する技術がある(非特許文献1)。
【0005】
この方法では100kg/t−metalのフラックス原単位で65〜75%の脱銅率を達成できるが、脱銅効率は十分ではなく、さらに脱銅率を向上するためにはフラックスの量を増加させる必要があり、経済的観点から問題がある。
【0006】
また、多量のアルカリ金属を含む硫化物フラックスを利用することからフラックスの処理も問題となる。
特許文献1には、塩素ガスを用いて鉄に対して銅を選択的に反応させ、これを気体として除去する方法が報告されているが、塩素ガスを用いるので反応容器を完全密閉型にする必要があるとともに、塩素と反応しない反応容器の材質が問題となる。
【0007】
真空下での銅を選択的に蒸発させる蒸発精錬法も提案されているが、蒸発速度を高めるためには1873K以上の高温および少なくとも100Paの高真空が必要である。また、蒸発速度から試算した実用化に足る反応界面積は多大であり、実プロセスへの展開は困難である(非特許文献2)。
【0008】
特許文献2には鉄スクラップ中の銅を一旦鉛合金へ移行した後、鉛合金中の銅をアルミニウムを含む金属融体へ移行させることにより銅を除去する技術が考案されている。
しかし、この従来技術では溶融鉄に対して鉄スクラップ中から鉛合金への銅の移行と鉛合金中からアルミニウムを含む金属融体への銅の移行を別々に実施する必要があり、連続的に進行させることができない。
【0009】
また、鉄スクラップからの鉛合金への銅の移行において、鉄に対する鉛合金への銅の分配(銅の平衡分配比=[質量%Cu]in Pb / [質量%Cu]in Fe−C、ここで、[質量%Cu]in Pbは鉛中の銅濃度を、[質量%Cu]in Fe−Cは鉄中の銅濃度を意味する。)は2:1程度と小さく、鉄中から銅を除去するためには多量の鉛合金が必要という問題がある。
【0010】
以上のように、従来提案されてきた鉄スクラップからの銅の除去方法は、その効率や経済的観点から問題があり、実用化には至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開平6−248364
【特許文献2】特開平10−110224
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】王潮、長坂徹也、日野光、萬谷志郎:鉄と鋼、77(1991)、644−651.
【非特許文献2】H.Ono−Nakazato,K.Taguchi,Y.Seike and T.Usui: ISIJ International,43(2003),1691−1697.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、鉄スクラップに共存する銅などの元素を効率的にかつ経済的に分離・回収する方法を提案し、鉄スクラップの利用を拡大することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らが検討した結果、鉄スクラップに共存する元素のうち、通常の酸化精錬では溶鉄から分離することが困難な元素であっても、鉄スクラップの溶融物に対する溶解度が特に低い溶融Agを媒体として間接的に酸化除去することにより、上記課題を解決することが可能であるとの知見を得た。
【0015】
Feよりも酸化しにくく従来の酸化製錬では溶鉄から分離することが困難な元素の例としてCuを用いて、この知見を具体的に説明する。鉄スクラップの溶融物に対する溶解度が特に低い溶融Agを介し、鉄スクラップの溶融物と接していない溶融Ag表面に酸素を吹き付けることで、Cuを酸化除去して回収することが可能となる。
【0016】
Fe相にCuが含有している場合には、FeはCuに対して優先的に酸化されてしまう。このため、下記式(2)の反応を通常は進めることができない。
【0017】
【数1】

【0018】
そこで鉄スクラップの溶融物と溶解度をもたないAgを用いて、鉄スクラップの溶融物と溶融Ag間のCuの分配(下記式(3))と溶融Ag中のCuの酸化(下記式(4))を連続的に進めることにより、式(3)+式(4)=式(2)の反応、つまり、鉄スクラップの溶融物中のCuの酸化精錬を実現可能とする。
【0019】
【数2】

【0020】
上記の原理で分離しうる元素は、Agよりも酸化しやすい元素であって、鉄スクラップの溶融物および溶融Agに対して溶解しうる、すなわち鉄スクラップの溶融物と溶融Agとの界面において分配される元素である。
【0021】
また、鉄スクラップの溶融物がCを含有していると、より効率的に上記の元素を回収することが可能となる。
以上の知見に基づき完成された本発明は次のとおりである。
【0022】
(1)鉄スクラップに共存する元素の分離・回収方法であって、鉄スクラップを溶融させ、得られた鉄スクラップの溶融物と溶融Agとを接触させることで前記鉄スクラップに共存する元素を溶融Agに移行させ、この溶融Agに移行した元素を溶融Agから酸化除去することを特徴とする分離・回収方法。
【0023】
ここで、鉄スクラップを溶融させ、得られた鉄スクラップの溶融物と溶融Agとを接触させると、鉄スクラップの溶融物と溶融Agとの間における分配平衡に基づいて、鉄スクラップの溶融物から溶融Agへと、鉄スクラップにおいて鉄と共存する元素(以下、「共存元素」ともいう。)が移行する。
また、「酸化除去」とは、酸素を吹付けるなどの手段により溶融Agの表面近傍の雰囲気を強酸化性雰囲気とすることにより、溶融Agに含まれる元素のうちAgよりも酸化されやすい元素を酸化し、溶融Agに不溶な酸化物として溶融Ag相から除去することをいう。
【0024】
(2)鉄スクラップの溶融および鉄スクラップの溶融物と溶融Agとの接触を非酸化性雰囲気で行う上記(1)記載の分離・回収方法。
【0025】
(3)鉄スクラップの溶融物がCを含有し、その濃度N(単位:質量%)が下記式(1)を満たす上記(1)または(2)記載の分離・回収方法:
≦ 1012.728 / T + 0.7271 × log T − 3.049 (1)
ここで、Tは鉄スクラップの溶融物の温度であり、1426<T<1873Kを満たす。
【0026】
(4)鉄スクラップを炭素源とともに溶融させることで、Cを含有する鉄スクラップの溶融物を得る上記(3)記載の分離・回収方法。
【0027】
(5)鉄スクラップの溶融および鉄スクラップの溶融物と溶融Agとの接触を黒鉛坩堝内で行い、鉄スクラップの溶融物にCが飽和溶解している上記(4)記載の分離・回収方法。
【0028】
(6)分離・回収される元素がトランプエレメントを含む上記(1)から(5)のいずれかに記載の分離・回収方法。
【0029】
(7)分離・回収される元素がW,Mo,Co,VおよびNbからなる群から選ばれる一種または二種以上である上記(1)から(6)のいずれかに記載の分離・回収方法。
【発明の効果】
【0030】
本発明では、鉄スクラップに共存する元素を、鉄スクラップの溶融物と溶解度を持たない溶融Agを媒体とすることで酸化除去可能する。このため、鉄スクラップからトランプエレメントや有用な希少元素を効率的に回収することが実現される。したがって、本発明に係る方法を採用することで鉄スクラップの利用拡大を実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明に係る共存元素の分離・回収方法を実施するための反応容器の一例の構造を概念的に示す図である。
【図2】本実施例において使用した共存元素の分離・回収装置を概念的に示す図である。
【図3】本実施例の試験終了後の固体Ag相における回収領域側の表面の一部をX線回折(XRD)測定した結果である。
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下に、本発明に係る鉄スクラップにおいて鉄と共存する元素(共存元素)の分離・回収方法について詳しく説明する。
1.分離・回収原理
本発明におけるAgを利用した鉄スクラップ中の共存元素の分離・回収方法は、鉄スクラップが溶融して得られる溶融物からなる溶融Fe相と溶融Ag相とが2液相分離し、互いにほとんど溶解度をもたず溶け合わない性質、および媒体相である溶融Ag相が貴金属であるため酸素と反応しにくい性質を利用する。
【0033】
図1は、本発明に係る共存元素の分離・回収方法を実施するための反応容器の一例の構造を概念的に示す図である。
溶融Ag相は溶融Fe相よりも比重が大きいため、本発明に係る方法を実施する反応容器として、図1に示されるように、溶融Ag相が下層に存在し、一部溶融Ag相に浸入するかたちで仕切りがあり、仕切りで区切られた一方の領域において溶融Fe相と溶融Ag相とが接触し、他方の領域において溶融Agの表面に酸素が供給されるような構造が考えられる。以下、上記の一方の領域を「分離領域」、上記の他方の領域を「回収領域」という。
【0034】
FeとAgとはお互いに溶解度をほとんどもたないため、分離領域において溶融Fe相と溶融Ag相とが2液相分離する。このため、鉄スクラップ中の共存元素は2液相分離した溶融Fe相と溶融Ag相とに分配される。
【0035】
溶融Ag相内に分配された共存元素は、仕切りを越えて回収領域へと拡散し、この領域の溶融Agの表面近傍に到達する。回収領域の溶融Agの表面には酸素が供給されているため、回収領域は強酸化性雰囲気となっている。このため、回収領域の溶融Agの表面近傍に到達した共存元素は速やかに酸化される。ここで、媒体である溶融Agは貴金属であるために酸化されにくい。したがって、共存元素は優先的に酸化され、酸化物となって溶融Ag相から除去される。
【0036】
こうして溶融Ag相中の共存元素が酸化除去されると、溶融Ag相の回収領域における共存元素の濃度が低下し、この影響により分離領域から回収領域へと共存元素の拡散が促進される。このため、分離領域における共存元素の濃度も低下する。すると、溶融Fe相と溶融Ag相との間の共存元素の分配平衡に基づき、分離領域において溶融Fe相から溶融Ag相へ共存元素が移動する。この共存元素の移動が生じている間も回収領域では共存元素の濃度低下が生じているため、分離領域において溶融Ag相中へ移動した共存元素は拡散により回収領域へとさらに移動し、回収領域の強酸化性雰囲気で酸化除去される。
このような原理で、鉄スクラップの溶融物からなる溶融Fe相に含まれる共存元素が連続的に減少し、この共存元素は溶融Ag相側において酸化物として回収される。
【0037】
2.対象元素
以上の原理(以下、「本原理」という。)に基づき元素の分離・回収を行うため、本発明において分離・回収される元素は、媒体であるAgよりも酸化されやすい元素となる。これらの元素には、Cu,Ni,Cr,Sn,Znなどのいわゆるトランプエレメントが含まれ、また、W,Mo,Co,Ni,V,Nb等の有用な希少金属も含まれる。特に、鉄よりも酸化されにくい元素(Cuなど)は、従来の酸化精錬では除去されないが、本原理に基づく本発明の方法では、効率的に分離・回収されることになる。つまり、鉄スクラップに含有される非鉄金属元素のうち、Agよりも酸化されやすくFeよりも酸化されにくい元素を対象とする場合に、本発明の分離・回収方法による利益を最も享受できる。
【0038】
もちろん、鉄よりも酸化されやすい、すなわち従来の酸化精錬によっても除去されうる金属(例えばSmなどのREM)も本原理により回収領域において回収可能である。ただし、そのような元素を回収領域において効率的に回収されるようにするためには、分離領域において従来の酸化精錬が進行しないように、分離領域の雰囲気を非酸化性雰囲気とすることが好ましい。
【0039】
なお、後述するように、C,Si,BなどのFeに対して熱力学的親和力が働く元素は、鉄スクラップの溶融物から溶融Agに移動しにくいため、本原理によって効率的に分離することは困難である。
【0040】
3.分離領域の雰囲気
溶融Fe相と溶融Ag相とが接触する分離領域における雰囲気は非酸化性雰囲気であることが好ましい。溶融Fe相と溶融Ag相との間で元素の分配が行われることを利用して溶融Fe相から溶融Ag相へと共存元素を移動させるため、本原理に基づく分離・回収方法の対象元素が溶融Fe相に溶解していることが求められる。したがって、分離領域の雰囲気、すなわち溶融Fe相と溶融Ag相との界面近傍の雰囲気の酸素分圧が高いと、溶融Fe相に溶解する元素には酸化物となってしまうものもあり、そのように溶融Fe相内で酸化物になってしまうと、溶融Fe相と溶融Ag相との界面を通じて溶融Ag相に移動することが困難となり、回収領域においてその元素が回収されにくくなってしまう。
【0041】
4.鉄スクラップの溶融物の組成
上記のように、鉄スクラップの溶融物が溶融Fe相である場合には、溶融Ag相と2液相分離させることが実現されるが、次に説明するように、鉄スクラップの溶融物は溶融Fe−C相であることが好ましく、この溶融Fe−C相に含有されるCは飽和溶解していることが特に好ましい。
【0042】
炭素を含まないFe−Ag系で2液相に分離する場合には、共存元素の種類や濃度にも依存するが鉄の融点近傍の温度、すなわち1800K程度は必要とされる。しかしながら、系全体の温度を高めると、溶融Fe相に対するAgの溶解度が増加する。このため本発明に係る分離・回収方法を実施したあとの鉄スクラップにおけるAg濃度が、系全体の温度を高めない場合に比べて相対的に高くなりやすい。また、このことは、本発明の実施後における媒体であるAgが相対的に多く減少することを意味し、プロセスロスの増加を招く。
【0043】
これに対し、鉄スクラップを溶融させるにあたり炭素源を存在させると、CはFeと熱力学的親和力が働くため、鉄スクラップの溶融物は溶融Fe相から溶融Fe−C相になる。このため、溶融物の融点は、共存元素の種類や濃度にも依存するが1500K以下程度に低下し、相対的に低温での2液相分離が可能となる。このことがプロセス後の鉄スクラップの品質向上およびプロセスロスの低下をもたらすことは上記のとおりである。また、Cが含まれていることにより、鉄スクラップの溶融物中へのAgの溶解度がさらに減少する。このため、単に融点が低下したこと以上に、プロセス後の鉄スクラップの品質向上およびプロセスロスの低下がもたらされる。さらに、溶融Fe−C相中の共存元素の活量係数が大きくなるため、共存元素の溶融Fe−C相および溶融Ag相間の分配において、溶融Ag相へと分配される共存元素の濃度が高くなることが熱力学的に期待される、つまり、溶融Fe−C相中から融Ag相中への共存元素の移動が促進される。そのうえ、Cが含まれていることで、鉄スクラップの溶融物におけるFeと酸素との反応が抑制される。
【0044】
鉄スクラップの溶融物を溶融Fe−C相とした場合における上記式(2)から(4)に対応する反応は、次の式(2)’から(4)’に示されるとおりである。
【0045】
【数3】

【0046】
表1はPO2=1atm制御下において溶融Ag相と接触させた場合の溶融Fe−C相(C濃度は4.4質量%)中の共存元素濃度の低減限界値の計算結果を示している。
【0047】
【表1】

【0048】
表1は、Cu,Niなどのトランプエレメントの溶融Fe−C相中濃度を低減させることが可能であることを示している。また、W,Mo,Co,V,Nbなどの金属元素は溶融Fe−C相中に残留する量は極めて少なくなる可能性があることも表1は示している。このように、本原理に基づくことにより、効率的に溶融Fe−C相中から共存元素を抽出し、分離・回収できることを、表1は示している。
【0049】
溶融Fe−C相中のC濃度N(単位:質量%)は特に限定されないが、溶融Fe−C相の温度によって飽和溶解モル分率が決定されるため、下記式(1)に示される範囲となる。
≦ 1012.728 / T + 0.7271 × log T − 3.049 (1)
【0050】
ここで、Tは鉄スクラップの溶融物の温度であり、1426K<T<1873Kを満たす。鉄スクラップ溶融物の温度Tが1426K以下の場合には、Fe−C相は液相として存在することが困難となるため、本原理に基づく分離・回収方法を実施することが実質的に不可能となる。鉄スクラップ溶融物の温度Tが1873K以上の場合には、本原理に基づく分離・回収方法を実施するために投入するエネルギーが過大となり、この方法を実施する利益が実質的になくなってしまう。
【0051】
C濃度Nが高いほど溶融Fe−C相にAgは移動しにくくなり、共存元素は溶融Ag相側に移動しやすくなるため、溶融Fe−C相においてCは飽和していることが好ましい。また、C濃度Nが高いと、回収領域から溶融Ag相に供給された酸素が拡散などの理由により分離領域に到達しても、溶融Ag相と接触する溶融Fe−C相に含有されるCによって速やかに系外に除去される。このため、分離領域を非酸化性雰囲気に維持することが安定的にかつ容易に実現される。炭素を含有させたことの利益が明確になるC濃度Nは、鉄スクラップ溶融物の組成などにより変化する。
【0052】
鉄スクラップの溶融物へのCの供給方法は特に限定されない。図1に示されるように、石炭などの炭素源を鉄スクラップと共存させた状態で溶融させてもよい。図2に示されるように、鉄スクラップを溶融させる坩堝を黒鉛坩堝とすれば、黒鉛坩堝から炭素が供給されるとともに、鉄スクラップの溶融物の近傍の雰囲気を非酸化性雰囲気とすることが容易に実現されるため、好ましい。
【0053】
以上鉄スクラップの溶融物にCを含有させることの利点について説明したが、Cと同様にFeと熱力学的親和力が働く元素、例えばBやSiを鉄スクラップの溶融物に含有させた場合も、Cの場合と同様の効果が得られる。このことを別の観点から説明すれば、共存元素としてBやSiが鉄スクラップに含まれている場合には、これらの元素を本原理によって分離・回収することは困難である。
【0054】
5.媒体相の材料
本発明においては、鉄スクラップに含まれる共存元素の移動媒体相として溶融Ag相を使用する。溶融Ag相は鉄スクラップの溶融物と酸素を含む気相との間に介在する媒体相であって、それ自体は酸素と反応しない。このように溶融Ag相を介在させることで、鉄スクラップの溶融物における溶鉄が直接酸化反応を起こすことが抑制される。また、媒体である溶融Ag相を通じて鉄スクラップの溶融物から回収領域に移動してきたCuなどの共存元素は、回収領域の酸化性雰囲気において酸化し、溶融Ag相に不溶なものとなって回収可能となる。このため、溶融Ag相は継続的に使用することが可能である。
【0055】
なお、Ag以外の他の貴金属も原理的には媒体相として使用可能であるが、Ag以外の貴金属(Au,Ptなど)はきわめて高価であるから、いかに継続的に利用可能とはいえ、共存元素を移動させる媒体相の材料としてこれらを使用することは現実的でない。また、Cuは回収対象元素となる場合が多いため、媒体相の材料として使用しないことが好ましい。
【0056】
鉄スクラップに含まれる共存元素を分離領域において分配・分離する観点のみからはPbを使用することが可能であるが、回収領域における酸化精錬で媒体自らが揮発したり酸化されたりしてしまう。しかも、Pbは環境負荷の大きな金属である。こうした理由により、Pbを使用することはできない。
【0057】
6.分離領域と回収領域とが一体化している場合について
以上の説明では、本原理の理解を促進するために分離領域と回収領域とを仕切りにより分けた場合について説明したが、この構成は本原理において必須ではない。
【0058】
雰囲気全体を酸化性雰囲気として、鉄スクラップの溶融物と溶融Agとを接触させてもよい。この場合には、FeおよびFeよりも酸化されやすい元素は、鉄スクラップの溶融物の表面において酸化が進行することで鉄スクラップの溶融物から除去される。また、Feよりも酸化されにくくAgよりも酸化されやすい元素は、溶融Agの表面において酸化が進行して、結果的に鉄スクラップの溶融物から除去されることになる。
【0059】
このような構成において、鉄スクラップの溶融物がCを含有し、溶融Fe−C相となっている場合には、Cを含有させない場合には鉄スクラップの溶融物の表面で酸化していた元素のうちその雰囲気においてCよりも酸化されにくい元素は、鉄スクラップの溶融物から溶融Agへと移動することが可能となり、その結果、溶融Agの表面において酸化されることとなる。もちろん、本発明に係る分離・回収方法がより効率的に実施されることは上記のとおりであり、さらに、鉄スクラップの溶融物における溶鉄の酸化が含有Cにより抑制されるため、共存元素の含有量が低下したFe−C相をより高収率で回収することが実現される。
【実施例】
【0060】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により制限されるものではない。
Feに共存元素として含有させたCuを、Agを媒体として酸化除去した実施例を示す。
【0061】
図2に示されるように、切り欠きをいれたアルミナ管(外径17mm,内径12mm,高さ55mm)をアルミナるつぼ(外径30mm,内径24mm,高さ50mm)内に設置し、アルミナ管内にCu濃度が1.8質量%になるように調製したAgおよびCu計約30gを入れ、Ar(純度99.99%)をガス吹付け管から100cm/min(標準状態換算)供給してなる雰囲気で1時間予備溶解し、アルミナるつぼ、アルミナ管内をAg−Cu合金で満たして冷却した。
【0062】
なお、媒体であるAgにあらかじめCuを含有させた理由は次のとおりである。
Cuを含有する溶融Fe相にAgのみからなる溶融相を接触させると、次の2つの現象が発生する。
【0063】
(1)分配により溶融Fe相中からCuが溶融Ag相中に移動し、溶融Fe相中のCu濃度が減少する(分配による分離)。
(2)溶融Ag相に酸素を吹き付けると溶融Fe相中のCu濃度がさらに減少する(酸化による回収)。
このように、分離・回収の両方の現象により、溶融Fe相中のCu濃度が減少するため、両方の現象を独立に評価することができない。
【0064】
これに対し、一方、Cuを含有する溶融Fe相に、あらかじめ溶融Fe相と溶融Ag相との分配で決定される濃度でCuを含有する溶融Ag−Cu相を接触させると、上記の(1)で示される分離現象は生じない。このため、(2)で示される回収現象のみが生じ、本発明の原理をより明確に確認することが可能となる。
【0065】
上記のようにアルミナるつぼ、アルミナ管内をAg−Cu合金で満たした後、予備溶解しておいたFe−4質量%Cu−C(飽和)合金4gをアルミナ管内のAg−Cu合金上に配し、上記のFe−Cu−C合金の周囲を黒鉛管、黒鉛蓋で覆った。
【0066】
この黒鉛管、黒鉛蓋はFe−Cu−C合金の周囲を還元雰囲気に保持するとともに、Fe中への炭素の供給の役割を果たす。
この状態で、温度を1523Kとし、Arを100cm/min(標準状態換算)でガス吹付け管から供給する雰囲気中で1時間保持した後、ガス吹付け管からの供給をO(純度99.5%)を100cm/min(標準状態換算)に切り替えて、3あるいは7時間保持して空冷した。
【0067】
室温まで空冷して得られた試料の固体Fe相中のCu,AgおよびC濃度、ならびに固体Ag相中のCu濃度の分析を行った。表2にその結果を示す。
【0068】
【表2】

【0069】
Fe中のCuは初期濃度から減少して熱力学平衡計算により得られるCu濃度(0.26質量%)に近い値となっており、本発明に係る分離・回収方法を用いればFe相中からCuを熱力学平衡計算で予測される濃度まで選択的に酸化除去できることが確認された。
【0070】
なお、試験終了後の固体Ag相における回収領域側の表面の一部をX線回折(XRD)で測定すると、図3に示されるようにCuOのピークが観察され、Cuが酸化除去されたことが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄スクラップに共存する元素の分離・回収方法であって、
鉄スクラップを溶融させ、
得られた鉄スクラップの溶融物と溶融Agとを接触させることで前記鉄スクラップに共存する元素を溶融Agに移行させ、
この溶融Agに移行した元素を溶融Agから酸化除去すること
を特徴とする分離・回収方法。
【請求項2】
鉄スクラップの溶融および鉄スクラップの溶融物と溶融Agとの接触を非酸化性雰囲気で行う請求項1記載の分離・回収方法。
【請求項3】
鉄スクラップの溶融物がCを含有し、その濃度N(単位:質量%)が下記式(1)を満たす請求項1または2記載の分離・回収方法:
≦ 1012.728 / T + 0.7271 × log T − 3.049 (1)
ここで、Tは鉄スクラップの溶融物の温度であり、1426K<T<1873Kを満たす。
【請求項4】
鉄スクラップを炭素源とともに溶融させることで、前記Cを含有する鉄スクラップの溶融物を得る請求項3記載の分離・回収方法。
【請求項5】
鉄スクラップの溶融および鉄スクラップの溶融物と溶融Agとの接触を黒鉛坩堝内で行い、鉄スクラップの溶融物にCが飽和溶解している請求項4記載の分離・回収方法。
【請求項6】
分離・回収される元素がトランプエレメントを含む請求項1から5のいずれかに記載の分離・回収方法。
【請求項7】
分離・回収される元素がW,Mo,Co,VおよびNbからなる群から選ばれる一種または二種以上を含む請求項1から6のいずれかに記載の分離・回収方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−6749(P2011−6749A)
【公開日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−152515(P2009−152515)
【出願日】平成21年6月26日(2009.6.26)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】