説明

鉄基混合粉末ならびにこれを用いた粉末成形体および粉末焼結体の製造方法

【課題】100℃未満という低温度域でも優れた成形性が得られ、また、成形体の焼結に際し炉内環境に悪影響を及ぼすことなく、さらには得られた焼結体の機械的強度および切削性に優れる、粉末冶金用の鉄基混合粉末を提供する。
【解決手段】鉄基混合粉末に、添加材として、タルクおよびステアタイトのうちから選んだ少なくとも1種と脂肪酸アミドとソーダガラスおよび/または炭酸リチウムとを添加する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄基粉末(iron-based powder)に、潤滑剤(lubricant)および必要に応じ合金用粉末(alloying powder)を混合した鉄基混合粉末(iron-based powder mixture)に関するものである。
本発明の鉄基混合粉末は、粉末冶金(powder metallurgy)に適し、とくに常温から100℃未満の温度域での加圧成形(compaction)に適した混合粉末である。
また、本発明は、上記の鉄基混合粉末を原料とする鉄基粉末成形体(compacted body)の製造方法および該鉄基粉末成形体を素材とする鉄基粉末焼結体(sintered body)の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
粉末冶金用の鉄基混合粉末は、鉄基粉末に、潤滑剤、合金用粉末、さらに必要に応じて切削性改善用粉末(powder of free machining additives)を添加し、混合して製造するのが一般的である。
ここで、鉄基粉末は、混合粉末の主成分となるもので、主に鉄粉(iron powder)(純鉄粉(pure iron powder)を含む)や合金鋼粉(alloyed steel powder)などが用いられる。合金鋼粉は、合金成分を含有する鋼粉であり、予め、合金成分を溶鋼中に添加した後、アトマイズして製造する完全合金化鋼粉および合金元素を部分拡散により純鉄粉等に結合させた部分拡散合金化鋼粉(diffusion alloyed steel powder)が用いられる。本発明ではこれも合金鉄粉の1種とする。
【0003】
潤滑剤は、特に加圧成形や成形後の金型からの取り出しを容易とするための添加物である。潤滑剤としては種々の物質が適用可能であるが、鉄基粉末との混合性や、焼結時の散逸性などを考慮して選択される。潤滑剤の例としては、ステアリン酸亜鉛やステアリン酸アルミニウム、ステアリン酸マグネシウムなどが挙げられる。また、特許文献1に示される、種々の潤滑剤なども知られている。
合金用粉末は、主に鉄基粉末成形体や鉄基粉末焼結体の組成や構造を調整する目的で添加されるもので、黒鉛粉、銅粉、燐化鉄粉、モリブデン粉およびニッケル粉などが挙げられる。
切削性改善用粉末(快削成分(free machining additives))は、とくに焼結体の切削性を改善するために添加されるもので、S、MnSなどが挙げられる。
【0004】
さて、近年、焼結部材に対する高強度化の要求の高まりと共に、特許文献2、特許文献3および特許文献4に開示されるように、鉄基混合粉末を加熱しつつ成形することにより、成形体の高密度化および高強度化を可能にする温間成形技術が開発された。この技術により、鉄基粉末が加熱により塑性変形抵抗が低下することを利用して、より低い荷重での成形体密度の向上が可能となった。
【0005】
しかしながら、このような鉄基混合粉末は、以下に述べるような問題を有する。
すなわち、温間成形は、金型および粉末を高温に予め加熱した後、鉄基混合粉末を加圧成形する技術である。加熱温度としては、特許文献2には70〜120℃という範囲が言及されているものの、実質的には、特許文献3および特許文献4で述べられているように、100℃以上で行なうことが一般的である。ところが、熱伝導性が悪い鉄基混合粉末を安定して100℃以上に加熱・保温することは極めて難しいため、焼結部品の生産性の低下を招く傾向にあった。また、鉄基混合粉末を長時間加熱することによって、鉄基混合粉末の酸化による変質という問題も生じていた。
【0006】
【特許文献1】米国特許第5,256,185号明細書
【特許文献2】特開平2−156002号公報
【特許文献3】特公平7−103404号公報
【特許文献4】米国特許第5,368,630号明細書
【0007】
また、特許文献5や特許文献6には、MoSやフッ化炭素、黒鉛などの層状結晶を有する無機化合物を潤滑剤として用いる技術が開示されている。しかしながら、MoSを用いた場合は、焼結時に分解して有害なSが発生し、焼成炉が汚染される危険性がある。また、フッ化炭素を用い、水素雰囲気中で焼結した場合は、フッ化水素の発生が懸念される。
【0008】
【特許文献5】特開平9−104901号公報
【特許文献6】特開平10−317001号公報
【0009】
他方、鉄基混合粉末は、切削性の問題についても解決が望まれている。
自動車等の各種機械の部品を粉末冶金技術で製造する際には、粉末冶金用混合粉末を金型に充填して圧粉成形し、さらに焼結を行なう。こうして得られた各種機械の部品(以下、焼結部品という)は、通常、5.0〜7.2Mg/m3の密度を有する。また、焼結部品は寸法精度が良く、複雑な形状のものを製造できる。
【0010】
焼結部品は様々な機器の部品として採用されているが、とりわけ自動車用の部品(たとえばギヤ等)は高強度、高疲労特性が要求される。そこで高強度、高疲労特性を有する焼結部品を製造するために、合金成分を添加した粉末冶金用混合粉末を使用する技術が種々検討されている。
例えば、特許文献7には、Ni、Cu、Mo等の粉末を純Fe粉に拡散付着させた、高強度、高疲労特性を有する焼結部品の製造に好適でかつ圧縮性に優れた粉末冶金用混合粉末が開示されている。
また、高強度の焼結部品の製造に好適な粉末冶金用混合粉末として、特許文献8には、CとMoを含有し、MnとCrを実質的に含有しない低合金鋼粉に、Cu粉および/またはNi粉を添加し、さらに黒鉛粉を添加した粉末冶金用混合粉末が、また、特許文献9には、Mo、Mn、Cを含有する合金鋼粉にCu粉が融着した粉末冶金用混合粉末が開示されている。
【0011】
しかし、上記したような粉末冶金技術を用いても、極めて厳しい寸法精度が要求される焼結部品を製造する場合には、焼結した後で機械加工(たとえば切削加工,ドリル加工等)を施す必要がある。ところが、焼結部品は切削性が劣るので、機械加工で使用する切削工具が著しく損耗する。その結果、機械加工費が増大し、焼結部品の製造コストの上昇を招く。このような焼結部品の切削性の低下は、内部に存在する気孔によって、被削材内部に断続的に固体表面が出現し、切削中の工具に対して断続的に衝撃を与えると共に、焼結部品の熱伝導率が低下し、切削中に焼結部品の温度が上昇するために生じる。なお、切削性は焼結体が高強度となるほど顕著に低下する。
【0012】
前述のように、粉末冶金用混合粉末に快削成分を添加することによって、焼結部品の切削性が改善されることは従来から知られている。快削成分は、切り屑を容易に破断させる効果、あるいは切削工具表面に薄い構成刃先を形成して、切削工具(特にすくい面)の潤滑性を高める効果を有している。
【0013】
しかし、Sを主成分として含有する快削成分は前述のMoSと同様に焼成炉を汚染する。
また特許文献7、特許文献8および特許文献9などに開示された高強度、高疲労特性材に関する技術では、得られた焼結部品の硬度がとくに高いので、快削成分を粉末冶金用混合粉末に添加しても切削性の大幅な改善は期待できない。
【0014】
【特許文献7】特公昭45−9649号公報
【特許文献8】特開昭61−163239号公報
【特許文献9】特開昭63−114903号公報
【0015】
焼成炉への悪影響を排して焼結部品の切削性を改善する技術としては、MgO−SiO系複合酸化物を利用する技術が提案されている。例えば、特許文献10には、焼結体の機械的特性(例えば強度)を損なうことなしに切削性を改善する手段として、モル比でMgO/SiOが0.5以上1.0未満で、結晶水を持たないMgO−SiO系複合酸化物(例えば無水タルク)を、鉄系原料粉末に配合する技術が、また、特許文献11にはMgO−SiO系複合酸化物および/またはガラス粉よりなる快削成分を還元鉄粉の粒内に存在する形態で(すなわち還元前の鉄粉原料に添加して)含有させる技術が、それぞれ開示されている。
いずれの文献においても、前記複合酸化物を0.1〜1.5wt%添加するのが良好であるとしているが、潤滑剤(ステアリン酸亜鉛1wt%)等を含有する鉄基粉末における調査結果によれば、特許文献10の表3、特許文献11の図6および図8に示されるとおり、同複合酸化物の添加量が多いほど切削性改善効果が高く、とくに0.5〜1.0wt%以上で効果が大きいの対し、機械的特性は添加量が多いほど低下している。すなわち、焼結体の品質の観点からは、かならずしも有利な技術とはいえない。
【0016】
【特許文献10】特開平1-255604号公報
【特許文献11】特開昭64-79302号公報
【0017】
上記の諸問題を解決するものとして、発明者らは先に、次の構成になる鉄基粉末混合物を、特願2007-035371において提案した。
「鉄基粉末に、添加材として、タルクおよびステアタイトのうちから選んだ少なくとも1種ならびに脂肪酸アミドを添加したことを特徴とする鉄基粉末混合物。」
【0018】
上記、特願2007-035371に開示の鉄基粉末混合物の開発により、低温成形での成形性が大幅に改善され、また、焼結体の切削性も向上した。
しかしながら、この鉄基粉末混合物を用いて製造した自動車部品等の高強度焼結部品における快削性については、必ずしも十分とは言えなかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
本発明は、特願2007-035371において提案した鉄基粉末混合物の改良に係り、特に該鉄基粉末混合物を用いて作製した高強度焼結部品の切削性の一層の向上を図ったものである。
また、本発明は、上記の鉄基混合粉末を原料とする鉄基粉末成形体の製造方法、さらには該鉄基粉末成形体を素材とする鉄基粉末焼結体の製造方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
さて、発明者らは、上記の目的を達成すべく、鉄基混合粉末の成形に際し、炉内環境に悪影響を及ぼすことなく、また鉄基混合粉末の加熱温度をより低く、好ましくは加熱なしに成形した場合であっても、高密度の成形体の製造を可能とする潤滑剤について、鋭意検討を重ねた。
その結果、以下に述べる知見を得た。
a) 潤滑剤として、タルクやステアタイトを用い、加えて脂肪酸アミドを用いた場合に、加圧成形時に鉄基粉末粒子の再配列が促進され、室温程度の低い成形温度であっても、成形密度の高い鉄基粉末成形体が得られる。
b) さらに、ソーダガラスおよび/または、炭酸リチウムを複合添加すると、切削性が一層向上する。
本発明は上記の知見に立脚するものである。
【0021】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
(1) 鉄基粉末に、添加材として、タルクおよびステアタイトのうちから選んだ少なくとも1種と、脂肪酸アミドと、ソーダガラスおよび/または炭酸リチウムとを添加することを特徴とする鉄基混合粉末。
【0022】
(2) 前記鉄基混合粉末に、さらに合金用粉末を配合してなる上記(1)に記載の鉄基混合粉末。
【0023】
(3) 前記鉄基粉末が、Mo:0.3〜0.5質量%、Mn:0.1〜0.25質量%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる水アトマイズ合金鋼粉であり、前記合金用粉末が、Cu粉:1〜3質量%および黒鉛粉:0.1〜1.0質量%であることを特徴とする上記(2)に記載の鉄基混合粉末。
【0024】
(4) 上記(1)〜(3)のいずれかに記載の鉄基混合粉末を、金型に充填し、100℃未満の温度で成形することを特徴とする鉄基粉末成形体の製造方法。
【0025】
(5) 上記(4)において得られた鉄基粉末成形体を焼結することを特徴とする鉄基粉末焼結体の製造方法。
【0026】
なお、鉄基粉末中の合金(Mo、Mnなど)含有量、および添加する合金用粉末(Cu粉,黒鉛粉など)およびタルク,ステアタイトなどの添加率は、いずれも鉄基混合粉末全体の質量に占める比率を指すものとする。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、室温程度の低い温度でも、成形密度が高くかつ抜出し力が小さい鉄基混合粉末を得ることができる。
また、本発明によれば、上記の鉄基混合粉末を原料とすることにより、成形密度が高い鉄基粉末成形体、さらには焼結密度が高く、しかも機械的強度および切削性に優れた鉄基粉末焼結体を得ることができる。
従って、本発明の鉄基混合粉末は、特に自動車部品等の高強度焼結部品等の原料粉末として好適なものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明を具体的に説明する。
まず、本発明の鉄基混合粉末の原料について説明する。なお、鉄基粉末中の合金成分の含有量および各原料(合金化用粉末・潤滑剤など)の配合量は、これらを混合して得られる鉄基混合粉末の質量(100質量%)に占める、内数の重量比率で示し、以下、特に断らない限り、質量%を単に%と表すものとする。ただし、鉄基粉末中の合金含有量(部分拡散合金量も含む)等を鉄基粉末に対する重量比率で表した場合と、数値上は大きな差は無い。
【0029】
本発明において、鉄基粉末としては、アトマイズ鉄粉(atomized iron powder)や還元鉄粉(reduced iron powder)などの純鉄粉、または合金鋼粉などが例示される。なお、合金鋼粉としては、部分拡散合金化鋼粉および完全合金化鋼粉(合金成分が溶製時より含まれているもの)、さらには完全合金化鋼粉に合金成分を部分拡散させたハイブリッド鋼粉などが例示される。
なお鉄基粉末中の不純物は合計3%程度以下であればよい。代表的な不純物の含有量は、
C:0.05%以下、Si:0.10%以下、Mn(合金元素として添加しない場合):0.50%以下、P:0.03%以下、S:0.03%以下、O:0.30%以下、N:0.1%以下である。
【0030】
また合金鋼粉としてはCr、Mn、Ni、Mo、V、Ti、Cu、Nb等を合金化でき、とくにTi、Ni、Mo、Cu等については拡散接合によっても添加できる。鉄基粉末である前提(Fe:50%以上)さえ満たせば、他の合金元素の含有量にとくに限定はない。
鉄基粉末の平均粒径は、粉末冶金に用いられる通常の範囲、すなわち70〜100μm程度とすることが好ましい。なお、粉末の粒径はとくにことわらない限り、JIS規格Z2510準拠の篩い分け法による測定値とする。
【0031】
また、合金用粉末としては、黒鉛粉末、Ni、Mo、Cuなどの金属粉末、ボロン粉末および亜酸化銅粉末などが例示される。これらの合金用粉末を鉄基粉末に混合させることにより焼結体の強度を上昇させることができる。
この合金用粉末の配合量は、鉄基混合粉末中0.1〜10%程度とすることが好ましい。というのは、合金用粉末を0.1%以上配合することにより、得られる焼結体の強度が有利に向上し、一方10%を超えると焼結体の寸法精度が低下するからである。
なお、本発明の場合、とくにCu粉:1〜3%および黒鉛粉:0.1〜1.0%を添加することが好ましい。
【0032】
黒鉛粉の主成分であるCは、水アトマイズ合金鋼粉の固溶強化、焼入れ性向上によって焼結部品の強度を高める元素である。黒鉛粉の添加量が0.1%未満では、その添加効果に乏しく、一方、1.0%を超えると、焼結部品の強度が必要以上に上昇して、不必要に切削性が低下する。したがって、黒鉛粉は0.1〜1.0%の範囲内とする。より好ましくは、0.5〜1.0%である。
Cuは、合金鋼粉の固溶強化、焼入れ性向上によって焼結部品の強度を高める元素である。またCu粉は、焼結の際に溶融して液相となり、合金鋼粉の粒子を互いに固着させる。Cu粉の添加量が1%未満では、その添加効果に乏しく、一方、3%を超えると、焼結部品の強度向上の効果が飽和するので、不必要に切削性が低下する。したがって、Cu粉は1〜3%の範囲内とする。
【0033】
なおCu粉を添加するにあたって、添加量が上記の範囲内であれば、添加方法は、合金鋼粉にCu粉を添加して単に混合する方法であっても、水アトマイズ合金鋼粉の表面にバインダーを介してCu粉を付着させる方法であってもよい。なお、合金鋼粉に混合する方法に代えて、合金鋼粉とCu粉を混合しさらに熱処理して合金鋼粉の表面にCu粉を拡散付着させ、部分拡散合金化鋼粉(あるいはハイブリッド合金化鋼粉)としてもよい。
【0034】
さて、本発明では、タルク(3MgO・4SiO)およびステアタイトのうちから選んだ少なくとも1種を配合させることが重要である。なお、ステアタイトは焼きタルクとも呼ばれ、主成分がエンスタタイト(MgO・SiO)であるので、本発明においてステアタイトは、エンスタタイトを含むものとする。また、これらタルクおよびステアタイトは、層状の結晶構造を有し、加圧時にへき開する性質は、物質の境界面においての潤滑効果をもたらす。
さらに、タルクやステアタイトは脂肪酸アミドと共に添加することで、潤滑剤として格段の効果を発揮する。また、タルクやステアタイトは快削成分として知られるMgO−SiO系複合酸化物の一種であるが、さらにソーダガラスまたは、炭酸リチウムと共に添加することで、快削成分としても格段の効果を発揮する。
【0035】
潤滑剤として、上記したタルクやステアタイトおよび脂肪酸アミドを配合することにより、成形体の圧縮性が向上すると同時に、成形時の抜出し力が低減し、成形性が大幅に改善される理由は、次のとおりと考えられる。
すなわち、タルクおよびステアタイトは、成形時に鉄基粉末粒子間で剪断応力を受けた際、上記物質が結晶面に沿ってへき開し易く、そのため成形体内部の粒子間の摩擦抵抗が低減し、粒子問相互で動き易くなる結果、成形体の密度が向上するものと考えられる。この効果は比較的圧縮圧力の低い領域で有効である。他方、高圧の領域では、脂肪酸アミドが粒子間に薄く入り込んで摩擦抵抗を低減する効果を発揮する。このように、圧縮の全領域に渡り摩擦抵抗が低減されるため、成形体密度の向上に相乗的な効果を発揮するものと思われる。
【0036】
また、成形体と金型間にタルクやステアタイトが存在すると、成形体抜出時に金型表面からの剪断応力を受けて、へき開するため、金型表面での成形体のすべり易さが向上し、抜出し力が低減するものと考えられる。
これらの効果は、鉄基混合粉末の温度によらず発現するため、鉄基混合粉末を加熱する必要は必ずしもなく、常温での成形における鉄基粉末成形体の密度向上に有効に寄与する。また、鉄基粉末を加熱した場合は、加圧成形時に鉄基粉末の塑性変形抵抗が低下するため、より高い成形体密度が得られることが可能となる。従って、必要とする成形体密度に応じて、鉄基粉末の加熱温度を適宜設定することができるが、この加熱温度は100℃未満で十分である。より好ましくは80℃以下である。
【0037】
しかしながら、タルクやステアタイトと脂肪酸アミドの組み合わせだけでは、当該高強度焼結体の切削性が必ずしも十分とはいえなかった。
【0038】
そこで、本発明者らは、さらに検討を重ねた結果、ソーダガラスおよび/または炭酸リチウムを、上記鉄基混合粉末に複合添加させることにより、強度の低下なしに切削性を有利に向上させ得ることを突き止めた。
ソーダガラスおよび/または炭酸リチウムの複合添加により、切削性が顕著に改善される理由は、解明されていないが、焼結に際してソーダガラスおよび/または炭酸リチウムがタルクやステアタイトと反応して低融点の複合酸化物を生成し、この低融点の複合酸化物が切削時の摩擦熱で容易に軟化したり、または溶融して焼結体内部から工具表面にしみ出し、工具と被削材との摩擦抵抗を下げる等して、工具の磨耗を低減するものと考えられる。
従って、本発明の鉄基混合粉末を用いて製造した焼結部品は、従来の高強度焼結部品と同等の高い強度を有し、かつ極めて優れた切削性も有するものと考えられる。
【0039】
以下、潤滑剤として添加する成分の好適添加量について説明する。
これらタルクやステアタイトの配合量は、合計で鉄基混合粉末中0.01〜1.0%程度とすることが好ましい。というのは、これらの潤滑剤を0.01%以上配合することにより、加圧成形時における成形体密度を十分に向上させ、かつ成形体抜出時における抜出し力を十分に低減させることができるからである。
また、切削性改善効果を得る場合も、0.05%以上の添加が好ましい。さらに、高強度焼結体用の合金鋼粉を用いる場合、より強力な切削性改善効果を確保するために、タルクおよび/またはステアタイトの添加量を合計で0.1%以上とすることが好ましい。
一方、配合量が1.0%を超えると、混合粉末の圧縮性が低下し、成形体を焼結して得た焼結材の機械的強度などを低下させることが懸念される。なお、より好ましい上限は0.8%であり、焼結体の機械的特性への影響をほぼ無くすためには0.5%以下とすることが好ましい。
なお、タルクは単斜晶系または三斜晶系の結晶構造、ステアタイトは単斜晶系の結晶構造をそれぞれ有することが好ましい。
また、タルクやステアタイトのサイズは、粒径:1〜10μm程度が好ましい。
【0040】
本発明では、潤滑剤として、脂肪酸アミドを少なくとも1種配合する。ここに、脂肪酸アミドとしては脂肪酸モノアミド(ステアリン酸モノアミドなど)および脂肪酸ビスアミド(エチレンビスステアロアミド、メチレンビスステアロアミドなど)から選ばれる1種以上が好ましい。
これらは、潤滑剤としてだけではなく、結合剤としても機能するものであり、これらを用いることにより、鉄基混合粉末の偏析、発塵が効果的に防止され、かつ流動性、成形性をさらに向上させることができる。なお、脂肪酸アミド中に脂肪酸が混在することがあるが、これはとくに禁じるものではない。
【0041】
上記した脂肪酸アミドの配合量は、鉄基混合粉末中0.01〜1.0%程度とすることが好ましい。というのは、配合量が0.01%に満たないとその添加効果に乏しく、一方1.0%を超えると圧粉体の強度が低下するためである。より好ましい下限は、0.05%であり、より好ましい上限は0.8%であり、さらに好ましい上限は0.5%である。
【0042】
本発明ではさらに、ソーダガラスおよび/または炭酸リチウムを配合するが、この点が本発明の最大の特徴である。
ソーダガラスおよび/または炭酸リチウムの配合量は、鉄基混合粉末中0.01〜0.5%程度とすることが好ましい。というのは、配合量が0.01%に満たないと、切削効果の改善効果に乏しく、一方0.5%を超えると圧粉体の強度が低下するためである。より好ましい下限量は0.05%であり、より好ましい上限量は0.3%である。
【0043】
なお、タルク・ステアタイト、脂肪酸アミドおよびソーダガラス・炭酸リチウムの合計配合量は鉄基混合粉末中0.01〜2.0%程度とするのが好適である。より好ましくは、0.10〜0.5%の範囲にある。
【0044】
本発明の鉄基混合粉末には、とくに他の添加物は必要ないが、表面改質剤(シロキサン類など)など、公知の添加剤を0.5%以下程度、さらに加えることもできる。
【0045】
次に、本発明の鉄基混合粉末の製造方法について説明する。
鉄基粉末に、上記の各原料(タルク・ステアタイト、脂肪酸アミド、ソーダガラス・炭酸リチウムおよび合金用粉末など)を加えて、1次混合する。ついで、1次混合後の混合物を、脂肪酸アミド、金属石鹸のうち少なくとも1種の融点以上に加熱しながら撹拌し、混合しながら徐々に冷却する。その結果、前記の溶融した原料によって、鉄基粉末の表面に合金用粉末やその他の原料粉末が固着される。
すなわち、溶融して固着に用いられた原料は、結合剤としても機能している。
【0046】
なお、鉄基粉末と各原料の混合手段としては、特に制限はなく従来から公知の混合機がいずれもが使用できる。中でも、加熱が容易な、高速底部撹拌式混合機(high-Speed mixer)、回転パン型混合機(counter current mixer)、回転鋤型混合機(plough share mixer)および円錐遊星スクリュー形混合機(conical mixer)などは特に有利に適合する。
【0047】
次に、本発明の鉄基混合粉末を用いた鉄基粉末成形体の製造方法および鉄基粉末焼結体(焼結部品)の製造方法について説明する。
本発明の鉄基混合粉末は、通常の成形方法で成形体とすることができる。具体的には、鉄基混合粉末を金型に充填し、さらに圧粉成形を行なう。圧粉成形の一般的に好適な条件としては、加圧力を400〜1000MPaとすることが好ましい。また、金型を50〜70℃に加熱しても良い。あるいは、粉末冶金用混合粉末と金型を80〜100℃に加熱しても良い。
【0048】
なお、本発明の鉄基混合粉末は、常温でも充分高密度に成形することができ、生産性の観点からは常温成形が好ましい。とはいえ、鉄基混合粉末、金型の加熱や、金型に潤滑剤を塗布することは有利である。
加熱雰囲気で成形を行う場合、鉄基混合粉末や金型の温度は100℃未満とすることが好ましい。というのは、本発明に従う鉄基混合粉末は圧縮性に富むので100℃未満の温度でも優れた成形性を示し、また100℃以上になると酸化による劣化が懸念されるからである。より好ましくは、80℃以下である。
【0049】
ついで上記方法で得られた高密度鉄基粉末成形体を金型から取り出し、焼結処理を施して、高密度の焼結体とする。焼結処理については、特に限定されることはなく、従来公知の焼結処理方法いずれもが好適に使用できる。焼結は、加熱温度を1100〜1300℃とし、加熱時間を10〜60分とすることが好ましい。
このように焼結を行なうことによって、優れた強度と切削性を有する焼結部品(合金鋼粉を用いた場合は、とくに高強度焼結部品)を得る。
焼結を行なった後で、必要に応じて浸炭焼入れ(ガス浸炭熱処理)、光輝焼入れ、高周波焼入れ、浸炭窒化熱処理等などの熱処理を施して、(高強度)焼結部品の強度を一層高めることができる。さらに、焼戻し処理を施しても良い。
【実施例】
【0050】
以下、実施例に基づき本発明を具体的に説明する。
表1に、実施例で鉄基粉末として用いた各種粉末冶金用鉄粉(いずれも平均粒径:約80μm)の種類を示す。特に合金鋼粉の場合には、完全合金化鋼粉であるのか、部分合金化鋼粉であるのか、さらには完全合金化鋼粉に合金成分を部分拡散させたハイブリッド鋼粉であるのかの区別を示す。
【0051】
【表1】

【0052】
実施例1
表2に示す各種の鉄基粉末、天然黒鉛粉(平均粒径:5μm)および/または銅粉(平均粒径:25μm)に、各種潤滑剤(1次添加材)を添加し、高速底部撹拌式混合機で混合しながら140℃に加熱した後、60℃以下に冷却し、さらに各種潤滑剤(2次添加材)を添加し、500rpmで1分間撹拌後、混合機から混合粉末を排出した。1次および2次添加材の種類と添加量を 、表2に併記する。添加材の添加量(質量部)は、鉄基粉末と天然黒鉛粉と銅粉との合計質量:100mass%に対する比率を外数で示したものであるが、内数で表した数値とほぼ同じである。なお、タルク粉末、ステアタイト粉末の平均粒径はそれぞれ6μm、4μmであった。
また、比較のために、上記と同じ鉄基粉末、天然黒鉛粉および/または銅粉の組成の粉末に、潤滑剤としてステアリン酸亜鉛を0.8%添加し、V型容器回転式混合機で混合した混合粉末を用意した(表3参照)。この比較材は、常温成形で通常用いられる組成である。
【0053】
次に、得られた各鉄基粉末混合物を、室温下で、内径:11mmの超硬製タブレット型に充填し、490MPaおよび686MPaで加圧成形した。その際、成形体を金型から抜出す時の抜出し力および得られた成形体の圧粉密度を測定した。
さらに、得られた各鉄基粉末混合物に対し、別途、切削試験用の試験片(外径:60mm,内径:20mm,長さ:30mm)の圧粉成形を行った。圧粉成形の加圧力は590MPaとした。焼結はRXガス雰囲気中で行い、加熱温度を1130℃とし、加熱時間を20分とした。切削性を評価するに当たり、超硬P10種の切削工具を用いて、切削速度:200m/分、送り:0.1mm/回、切込み深さ:0.3mm、切削距離:500mでの切削工具の逃げ面の摩耗幅を測定した。切削工具の逃げ面の摩耗幅が小さいほど、焼結体の切削性が優れていることを示す。
得られた結果を表4に示す。
【0054】
【表2】

【0055】
【表3】

【0056】
【表4】

【0057】
表2〜表4に示した発明例と比較例を比較すれば明らかなように、潤滑剤として本発明に従う添加材を用いることにより、室温成形であっても、抜出し力をあまり増加させることなく高密度の圧粉体を得ることができた。また、発明例はいずれも、強度が高く、また、切削工具のにげ面磨耗が小さいことから、切削性にも優れていることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本発明によれば、とりわけ高強度、高疲労特性が要求される、自動車用の部品(例えばギヤ)等の自動車用高強度焼結部品(Sintered parts)の製造に好適な粉末冶金用混合粉末を提供できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄基粉末に、添加材として、タルクおよびステアタイトのうちから選んだ少なくとも1種と、脂肪酸アミドと、ソーダガラスおよび/または炭酸リチウムとを添加することを特徴とする鉄基混合粉末。
【請求項2】
前記鉄基混合粉末に、さらに合金用粉末を配合してなる請求項1に記載の鉄基混合粉末。
【請求項3】
前記鉄基粉末が、Mo:0.3〜0.5質量%、Mn:0.1〜0.25質量%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる水アトマイズ合金鋼粉であり、前記合金用粉末が、Cu粉:1〜3質量%および黒鉛粉:0.1〜1.0質量%であることを特徴とする請求項2に記載の鉄基混合粉末。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の鉄基混合粉末を、金型に充填し、100℃未満の温度で成形することを特徴とする、鉄基粉末成形体の製造方法。
【請求項5】
請求項4において得られた鉄基粉末成形体を焼結することを特徴とする、鉄基粉末焼結体の製造方法。

【公開番号】特開2010−53388(P2010−53388A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−218284(P2008−218284)
【出願日】平成20年8月27日(2008.8.27)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】