説明

銀粉の製造方法及び銀粉

【課題】湿式還元法を用いて、特に、製造コストを抑えるとともに、低温焼結特性に優れた粗粒径である銀粉の製造方法及び銀粉を提供すること。
【解決手段】銀イオン含有溶液と還元剤含有溶液とを接触混合させる湿式還元法を用い、銀イオン含有溶液は硝酸銀水溶液と亜硝酸イオンとを含み、還元剤含有溶液はアスコルビン酸、アスコルビン酸の異性体の群から選ばれたいずれか1種以上を水に溶解させたものを含む銀粉の製造方法を採用する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
湿式還元法による銀粉の製造方法及び銀粉に関する。
【背景技術】
【0002】
銀粉は、セラミック部品(基板)等の電子機器の配線回路、電極、フラットディスプレイパネルの導体等の形成において、導電性インクまたは導電性ペーストの原材料として使用されている。そして、電子部品等の小型化、基板のファインライン化に伴い、微細かつ高密度な配線回路の形成に対応するため、一定の分散性を持ち、かつある程度微粒であることが要求されている。一方、フラットディスプレイパネルの電極等を形成する場合には、ガラス基板上に導電性インクで回路等を形成し、500℃前後で焼成して導体回路や電極を形成することが望まれる。このとき、ガラス基板の焼成温度に応じて、導電性インクまたは導電性ペースト用の銀粉には低温焼成可能な性能が望まれるのは当然である。そして、このような用途においては、焼結開始温度及び加工性能への要求を両立可能な銀粉が望まれ、その要求に近い銀粉として、微粒レベルのアトマイズ粉が使用されてきた。
【0003】
銀粉の従来技術として、特許文献1では、乾式法の一種であるアトマイズ法を用いて製造された銀粒子(金属微粒子)を、精密ふるいを用いた分級操作で粒子径分布が狭い微粒子とする技術が開示されている。特許文献2は、導体ペーストの原料となる銀粉末の製造方法に関するものであり、硝酸銀結晶を加熱溶融した溶融物を噴霧して液滴にし、この液滴を熱分解させることによって粒子径が2μm〜4μmの大きさの銀粉末を製造する技術が開示されている。また、特許文献3は、導電ペースト用途に適した高分散性球状銀粉末及びその製造方法に関する発明であり、アンミン錯体水溶液と還元剤水溶液とを用いて銀粒子を還元析出させることにより得られ、微細で高分散性を有する銀粉末及びその製造方法が開示されている。そして、本発明者等は、特許文献4に開示したように、微粒で、分散性が良く、結晶子が大きい高結晶性銀粉について従来より検討してきた。
【0004】
【特許文献1】特開2003−225586号公報
【特許文献2】特開2000−265202号公報
【特許文献3】特開2001−107101号公報
【特許文献4】特開2005−226094号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
フラットディスプレイパネルのパネル等の製造に用いられる、ガラス基板上に導体を形成するための導電性インクまたは導電性ペーストの材料となる銀粉には、例えば、乾式法の一種であるアトマイズ法により得られ、レーザー回折散乱式粒度分布測定法による体積累積平均粒径D50値(以下、「D50値」と記す。)が5μm前後の高分散性銀粉が一般的に利用されている。アトマイズ法による銀粉の製造方法は、粒子径が10μm〜数十μm程度の比較的粒度の大きな銀粉の量産性に優れているが、D50値が5μm程度の銀粉を直接製造することは困難であるため、分級を行う必要がある。従って、製造コストが高くなる点が難点である。また、アトマイズ法、噴霧熱分解還元法等の乾式法では製造プロセスの特性上融点までの熱履歴を受けることによる粒子の結晶組織の特性故に良好な耐熱収縮性を有する反面、微粒化しても良好な低温焼結特性を得ることが出来ず、少なくとも800℃以上での加熱が要求される。
【0006】
一方、湿式還元法により得られる銀粉は低温焼結特性に優れ、更に微粒かつ分散性に優れている。しかし、湿式還元法により得られる銀粉は、D50値が3μmを超える粒径の製品を安定的に生産することが出来なかったため、D50値が3μm以下の製品が一般的に製造されている。
【0007】
通常、ガラス基板上で回路形成する場合等の用途においては、500℃前後での焼結が要求される。このような要求を想定すると、従来の湿式銀粉では焼結開始温度が低過ぎるため、500℃付近で焼成した導体は形状安定性に欠け、ファインピッチ回路の形成には不適であった。更に、湿式還元法により得られる銀粉は、製造プロセスの特性上、乾式法により得られる銀粉と比べて有機物を多く含むので、導電性の阻害要因となっていた。このようなことから、特に500℃程度の低温焼結性及び導電性を確保し、焼成後の導体形状の安定性に優れた銀粉が望まれていた。
【0008】
また、特許文献4に開示の高結晶性銀粉は、粒度分布が比較的ブロードであることにより、従前の銀粉と比べて、当該銀粉を用いた導電性ペーストで回路を形成すると、銀粉の充填性に優れ、その結果、導電性の確保に有利である。しかし、粒度分布がブロードであることから、形成した回路の平滑性や形状安定性にバラツキが生じ易いものであった。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本発明者等は、鋭意研究を行った結果、以下の銀粉の製造方法を採用することで上記課題を達成するに到った。
【0010】
銀粉の製造方法: 即ち、本発明に係る銀粉の製造方法は、銀イオン含有溶液と還元剤含有溶液とを接触混合させる湿式還元法を用いた銀粉の製造方法であって、前記銀イオン含有溶液は硝酸銀と亜硝酸イオンとを含み、前記還元剤含有溶液はアスコルビン酸またはアスコルビン酸の異性体のいずれか1種以上からなる還元剤を水に溶解させたものを用いることを特徴とする。
【0011】
上記銀粉の製造方法において、前記銀イオン含有溶液は、銀1mol当たり1mol〜2molの硝酸を含有するものを用いることが望ましい。
【0012】
上記銀粉の製造方法において、前記亜硝酸イオンは、銀イオン含有溶液に、0.01mol/l〜2.0mol/l濃度で含むことが望ましい。
【0013】
そして、上記銀粉の製造方法において、前記銀イオン含有溶液は、亜硝酸銀を添加することにより亜硝酸イオンを得ることが好ましい。
【0014】
更に、上記銀粉の製造方法に用いる前記銀イオン含有溶液は、ゼラチンを添加したものを用いることが好ましい。
【0015】
上記銀粉の製造方法において、液温を40℃〜60℃に保ちながら、前記銀イオン含有溶液と前記還元剤含有溶液とを接触混合させることが好ましい。
【0016】
銀粉: 本発明に係る銀粉は、上記方法を用いて製造された銀粉であって、粉末法X線解析分析により得られる結晶子径が540Å〜600Åであることを特徴とする。
【0017】
上述の結晶子径は、粉末法X線回折分析に基づくものであり、測定機器として株式会社リガク製のRINT2000を用い、CuKα線測定角度20/2θ〜100/2θの条件で測定したものである。
【0018】
そして、本発明に係る銀粉は、焼結開始温度が450℃〜550℃である特性を有するものであることが好ましい。
【0019】
また、本発明に係る銀粉は、望ましくはレーザー回折散乱式粒度分布測定法による体積累積平均粒径D50値が4μm〜6μmである特性を備えるものである。
【0020】
更に、本発明に係る銀粉は、レーザー回折散乱式粒度分布測定法による10%体積累積粒径D10値(以下、「D10値」と記す。)が3μm以上であることが望ましい。
【0021】
また、本発明に係る銀粉は、比表面積(SSA)が0.2m/g以下であることが望ましい。
【発明の効果】
【0022】
本発明に係る銀粉の製造方法によって、従来、製造することが難しかった、D50値が5μm程度の粒度分布がシャープな銀粉を安定的に製造することができる。そして、本発明に係る銀粉は、上記製造方法により得られ、D50値が5μm前後の平均粒子径を有し、非常にシャープな粒度分布を示すものである。この結果、結晶子径が大きくかつ狭い範囲で揃った銀粉が得られるので、焼結性及び導電性に優れるのみならず、安定した形状の回路形成が可能である。このような銀粉は、500℃前後の温度での焼成が求められる用途においては有用なものである。また、比表面積(SSA)が0.2m/g以下であり、かつ10%体積累積粒径D10値が3μm以上という特性を備える銀粉は、これを用いてペーストを作製する場合に、ペーストの組成物である樹脂等の溶媒量を極限に減らすことができる。この結果、ペーストのコンテントを上げることができるので粘度調節がしやすく、かつ製造コストを削減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明に係る銀粉の製造方法及び銀粉の最良の実施の形態に関して説明する。
【0024】
<銀粉の製造形態>
本発明は、湿式還元法を用いた銀粉の製造方法に関するものである。ここでいう、湿式還元法とは、銀イオンを含有する銀イオン含有溶液と、還元剤含有溶液とを、接触混合させることによって水素還元反応を起こさせて析出させることにより粒子を得て、この得られた粒子を沈降させて上澄みを抜き、濾過、洗浄することによって銀粉を得る方法である。即ち、本発明に係る銀粉の製造方法は、以下に述べる銀イオン含有溶液と還元剤含有溶液とを接触混合させて、還元析出によって粒子を生成させる銀粉の製造方法であり、D50値が5μm前後の銀粉を製造するものである。確かに、銀イオン含有溶液中の銀濃度を高くすると、他の製造方法を採用してもD50値を2μm〜3μm程度まで大きくすることが可能である。しかしながら、通常の製造方法を以て、単に反応液中の銀濃度を上昇させても、析出粒子同士の凝集現象が顕著になるだけであり、良好な粒子分散性及び均一な粒子形状を備えたD50値が5μm前後の銀粉を安定的に得ることは出来ない。
【0025】
ところで、乾式法にて得られる銀粉(以下、「乾式銀粉」と記す。)は、製造過程において、一旦溶融金属にして、これを粉体化させるため、その凝固過程において粒子の再結晶化が起こりやすく、結晶子径が大きくなる傾向がある。従って、湿式銀粉に比べて焼結開始温度が高い。一方、従来の湿式法で得られる銀粉(以下、「湿式銀粉」と記す。)は、還元析出させて直接形成するため、結晶子径が小さい。その結果、加熱による再結晶化がおこりやすく、乾式銀粉より焼結開始温度がはるかに低いのが通常である。ところが、本発明に係る銀粉の製造方法では、従来の湿式銀粉と比べて結晶子径が大きく、焼結開始温度を500℃程度に上昇させ、乾式銀粉により近い焼結特性を得ることができるのである。
【0026】
以下、本発明に係る銀粉の製造で用いる銀イオン含有溶液、還元剤含有溶液等に関して詳細に説明する。
【0027】
銀イオン含有溶液: 本発明に係る銀粉の製造方法において、銀イオン含有溶液には、硝酸銀と亜硝酸イオンとを含むものである。このように、銀イオン含有溶液に亜硝酸イオンを加えることによって、銀粉粒子の大粒径化のみならず銀粉の粒度分布をシャープにすることが可能となるのである。亜硝酸イオンの作用機構は明確ではないが、析出した銀粒子の成長を促進するためには反応速度が重要であり、亜硝酸イオンが前記混合溶液中における酸化還元電位を低下させ、析出粒子の成長を促進させるものと考えられる。亜硝酸イオンは、言わば、析出する銀粒子の成長促進剤として機能し、その結果、比較的粒度が大きく、かつシャープな粒度分布を有する銀粉を得ることができる。
【0028】
当該銀イオン含有溶液は、銀1mol当たり1mol〜2molの硝酸を含有することが好ましい。このような硝酸溶液であれば、硝酸イオンによって酸化還元電位を下げ、析出核の形成段階では還元反応を起こしにくい雰囲気を形成し、緩やかな還元反応とすることができ、余分な析出核の形成を抑制して析出核の形成数を適量にし、銀イオンを粒子の成長に振り向けさせることで、析出粒子の成長が促進できると考える。
【0029】
また、本発明に係る銀粉の製造方法において、銀イオン含有溶液には、0.01mol/l〜2.0mol/lの濃度の亜硝酸イオンを含むものを用いる。
【0030】
本発明に係る銀粉の製造方法では、還元剤含有溶液としてアスコルビン酸を用いているので、銀イオン含有溶液において亜硝酸イオンを用いると、酸性下での反応効率が良い。そして、亜硝酸イオンの含有量として、銀イオン含有溶液中の亜硝酸イオン濃度が2.0mol/lを超えると、亜硝酸イオンの量が多くなり過ぎて反応が安定せず、得られる銀粉に凝集が生じる。一方、銀イオン含有溶液中の亜硝酸イオン濃度が0.01mol/lを下回ると、析出させる銀粉の大粒径化の効果が得られない。
【0031】
そして、亜硝酸イオンの供給源としては、亜硝酸銀を添加することにより得ることが好ましい。亜硝酸銀は、前記混合溶液中で銀イオンと亜硝酸イオンとなり、この亜硝酸イオンが還元反応において上述の効果を奏する。なお、亜硝酸銀を用いると、亜硝酸銀から生じた銀イオンは還元反応により銀粉として析出するので、混合溶液中に不純物成分を導入することにならず、不純物の影響を回避することができる。
【0032】
更に、銀イオン含有溶液は、ゼラチンを含有することが好ましい。ゼラチンが銀イオン含有溶液と還元剤含有溶液との混合溶液中の反応における立体障害として寄与して反応の進行を妨げるので粒子の析出数を抑制することができる。その結果、緩やかな反応となり析出した粒子を成長させることができる。また、ゼラチンは保護剤として機能し、混合溶液中に析出した粒子の分散状態を良好な状態に保つことができるので、析出粒子間の凝集を防ぐことができる。ゼラチンの含有量は還元析出する銀粒子量を考慮して、銀イオン含有溶液中で1g/l〜5g/lの範囲で用いることが好ましい。ゼラチン含有量が1g/l未満の場合には、還元析出粒子の立体障害としての効果が得られず、また、混合溶液の分散性が得られずに凝集が生じやすくなる。一方、ゼラチン含有量が5g/lを超える場合には、銀粒子の還元析出反応を阻害する要因となり、還元析出反応が過度に遅くなると共に得られる銀粉の粒度分布がブロード化する。
【0033】
なお、銀イオン含有溶液の銀濃度は、0.5mol/l〜0.6mol/lの範囲であることが好ましい。ここで、銀イオン含有溶液の銀濃度が0.5mol/l未満の場合には、工業的に求められる生産性を維持できないばかりか、本発明の目的とするアトマイズ粉の微粒レベル(D50値が5μm前後)の銀粉を得ることも出来なくなる。一方、銀イオン含有溶液の銀濃度が0.6mol/lを超えると、還元析出する粒子同士の凝集が顕著となり、粒子分散性に優れた銀粉を得ることが出来なくなる。
【0034】
還元剤含有溶液: 本発明に係る銀粉の製造方法には、還元剤含有溶液として、アスコルビン酸、アスコルビン酸の異性体から選ばれたいずれか1種以上からなる還元剤を水に溶解させたものを用いる。上記還元剤は、比較的還元力の弱いものを選択している。還元力の弱い還元剤を用いて緩やかな還元反応を起こさせることで、還元析出する粒子数を抑制させ、その分、析出した核の成長を促進させるためである。そして、上記還元剤は還元剤含有溶液として用いる。このように溶媒としての水に溶解させた状態で用いることにより、銀イオン含有溶液と還元剤含有溶液とを混合する際の、反応系内における還元剤の偏在をなくし、均一な分散状態が得られる。これらの還元剤を上記銀イオン含有溶液に添加することにより、従来の湿式還元法で得られる銀粒子より粒径大となるD50値が5μm前後の平均粒径の銀粉を効率良く製造出来るのである。
【0035】
そして、この還元剤含有溶液は、反応させる銀イオン含有溶液に含まれる銀1当量あたり1倍当量〜3倍当量の上記還元剤を含む水溶液として用いることが好ましい。必要とする還元剤の量は、還元対象となる銀イオンの総量によって異なる。しかしながら、上記銀イオン含有溶液に含まれる銀濃度を前提として考えると、還元剤含有溶液の還元剤濃度が1倍当量未満の場合には、還元析出速度が遅くなる以上に、還元剤含有溶液としての使用量が増加して、廃液処理の負荷が顕著となるために好ましくない。これに対し、還元剤含有溶液の還元剤濃度が3倍当量を超える場合には、銀イオン含有溶液と還元剤含有溶液とを接触混合する際に、還元剤濃度が濃いため、反応系内における還元剤の偏在を速やかに消失させることが困難となり、得られる銀粒子の均一な分散性を阻害する。
【0036】
銀イオン含有溶液と還元剤含有溶液との混合方法: 上述の還元剤含有溶液と銀イオン含有溶液とを接触混合する。混合の際は、還元剤含有溶液を銀イオン含有溶液に添加するのが好ましい。還元剤含有溶液の添加時間については特に限定しないが、時間を掛けて連続して徐々に添加する方法を用いると、前記混合溶液内の反応を緩やかにすることができ、かつ、還元剤含有溶液の添加に伴う反応系の温度変化の影響を防止して、還元反応が安定し、析出粒子の均質化を図ることができ、製造安定性に優れるものとなる。なお、例えば、一括添加等、還元剤含有溶液の銀イオン含有溶液への還元剤含有溶液の1回当たりの添加量が多くなると、反応速度が早くなって、粒子の成長より粒子の析出数が多くなり、D50値が5μm前後の大きさの粒子を得ることが難しくなる。加えて、銀イオン含有溶液の液温変動が大きくなりやすく、これが反応に影響して粒子径のバラツキが生じやすくなり、粒度分布がブロードになる傾向がある。
【0037】
更に、この銀イオン含有溶液と還元剤含有溶液との混合溶液の液温が40℃〜60℃に保たれるように接触混合することがより好ましい。ここで、上記混合溶液の液温を40℃未満とすると、銀イオン含有溶液に含むゼラチンの粘度が高くなり、銀イオン含有溶液の分散状態を良好に保てなくなる。一方、混合溶液の液温が60℃を超えると、還元剤含有溶液との反応速度が増し、析出粒子の粒径混合溶液の分散状態を良好な状態に保てなくなる。従って、前記混合溶液の液温が40℃〜60℃の範囲に保たれることにより、反応速度を好適な状態に制御することができ、製造安定性を向上させ、析出する粒子の粒径を目的とする微粒レベル(D50値が5μm前後)とすることが容易となるのである。
【0038】
以上のようにして、銀イオン含有溶液と還元剤含有溶液とを接触混合した以降は、速やかに混合溶液を撹拌して、混合溶液内における銀イオンと還元剤との偏在を解消するのである。そして、還元反応の起こっている混合液の撹拌は、そのまま継続して行うことが好ましい。このような操作により当該混合溶液において還元析出反応が進み、析出した粒子同士の接触を防止して、凝集を起こさず、粒子分散性の高い状態を保つことができる。
【0039】
還元反応終了後は、従来の湿式還元法と同様に粒子を沈降させ、上澄みを抜き、濾過、洗浄工程を経て銀粉を得る。
【0040】
<銀粉の形態>
本発明に係る湿式還元法を用いて製造された銀粉は、粉末法X線解析分析により得られる結晶子径が540Å〜600Åであり、結晶子径が大きいので、焼結温度の高温化を図ることができる。
【0041】
また、本発明に係る銀粉の焼結開始温度は450℃〜550℃である。焼結開始温度が当該範囲の銀粉は、上述の通り、ガラス基板上に回路形成する場合等の用途に好適である。
【0042】
加えて、前記銀粉は、レーザー回折散乱式粒度分布測定法による体積累積粒径について、以下の特徴を示す。まず、D50値が4μm〜6μmである。これは従来の湿式法により得られる銀粉では難しかったD50値が5μm前後の銀粉であり、このようなD50値が5μm前後の粒径の銀粉を導電性ペーストに用いると、500℃付近での焼成により形成された導体の形状安定性に貢献できる。
【0043】
更に、D10値については3μm以下である。D50値が4μm〜6μmであり、かつ、D10値が3μm以下である銀粉は、粒径が揃った非常にシャープな粒度分布を備えるものであると言える。
【0044】
また、前記銀粉の粒度分布の幅は、レーザー回折散乱式粒度分布測定法による90%体積累積粒径D90値(以下、「D90値」と記す。)並びに粒径D50とを用いたD90値/D10値により表すことができる。このD90値/D10値が小さい程に粒度分布の幅が狭いと言える。そして、本発明に係る銀粉は、D90値/D10値≦3.0を満足するものが好ましい。D90値/D10値≦3.0であると、粗大粒子や凝集塊が非常に少なく、粒度分布の幅が狭い銀粉であると言える。
【0045】
更に、本発明に係る銀粉は、比表面積(SSA)は0.2m/g以下である。比表面積が0.2m/g以下であれば、表面が平滑であり、ペーストに加工したときのペースト粘度の低減化が可能となるのである。
【0046】
以上、説明したように、本発明に係る銀粉は、D50値が5μm前後で、微粒が少なく、粒度分布が非常にシャープで、かつ、粒子分散性に優れた銀粉である。
【0047】
上述のような特性を備える銀粉を用いて導電性インク等に加工し、導体膜形成を行い焼成すると、ペーストのコンテントが上げられるので、ペーストの組成物である樹脂等の溶媒量を減らすことができ、ペーストの粘度調節が容易となる。この結果、当該銀粉を用いたペーストにより形成された回路の抵抗を低くすることができる。しかも、低温焼結性に優れ、500℃前後の加熱により粒子同士が連結する焼成が可能であるため、粒径のバラツキ及び粒子の凝集に起因した導体膜表面の粗れを抑制でき、表面状態が均質な焼結体(導電膜)を形成することができ、当該温度域における導電性に優れた低抵抗の導体膜の形成に好適である。
【0048】
以下、実施例及び比較例を示して本発明を具体的に説明する。しかし、本発明は以下の実施例に制限されるものではない。なお、以下の実施例及び比較例における銀粉の製造条件の概略を一覧にして表1に掲載する。
【0049】
【表1】

【実施例1】
【0050】
実施例1では、銀イオン含有溶液として、硝酸銀50kg、ゼラチン1kg、硝酸26.4kg、亜硝酸銀200gを純水250Lに入れ、50℃まで溶解させ、撹拌した硝酸銀水溶液を用いた。還元剤含有溶液は、アスコルビン酸26.4kgを純水250Lに溶解させたものを用いた。銀イオン含有溶液(硝酸銀水溶液)に、上記還元剤含有溶液を、連続的に30分かけて添加する。この工程において、混合溶液の液温を50℃に保つ。添加終了後、10分間撹拌して熟成させる。その後、粒子を沈降させた上澄みを抜き、濾過、洗浄、乾燥することによって銀粉を得た。
【0051】
なお、上記銀イオン含有溶液の銀濃度は0.57mol/lとなり、この銀の当量に対して、アスコルビン酸の使用量は、1.0倍当量となる。
【0052】
こうして得られた銀粉について、結晶子径、D10値、D50値、D90値、Dmax値(レーザー回折散乱式粒度分布測定法による体積累積最大粒径)、D90値/D10値、(D90値−D10値)/D50値、比表面積(SSA)、タップ充填密度(T.D)を測定した。これら諸特性の測定方法を以下に示す。
【0053】
結晶子径は株式会社リガク製のRINT2000を用い、測定角度20/2θ〜100/2θの条件で測定した。また、粒度分布を評価するため、レーザー回折散乱式粒度分布測定装置であるMicro Trac HRA9320−X100型(Leeds+Northrup社製)を用いて、D10値、D50値、D90値、Dmax値を測定した(銀粉0.1gをSNディスパーサント5468の0.1%水溶液(サンノプコ社製)と混合し、超音波ホモジナイザ(日本精機製作所製 US−300T)で5分間分散させた試料を使用)。この測定値を用いて、D90値/D10値、(D90値−D10値)/D50値を算出した。そして、タップ密度(T.D)をホソカワミクロン製パウダーテスターPT−E型にて測定し、比表面積(SSA)を島津−マイクロメリッテクス製2200型BET計にて測定した。更に、セイコーインスツルメンツ社製の熱機械分析装置(TMA装置)であるTMA/SS6000を用いて焼結開始温度を調べた。
【0054】
実施例1で得られた銀粉の走査型電子顕微鏡像を図1に示し、諸特性の評価結果については表2に示す。図1を見ると、実施例1の銀粉は、表面が滑らかな多面形状の粒子が見られ、目視による粒径が5μm程度の大きさで揃っていることが分かる。また、粒子の凝集がほとんど見られないことも特徴である。
【実施例2】
【0055】
実施例2は実施例1と比べ、銀イオン含有溶液における亜硝酸銀量が異なる。即ち、実施例1の亜硝酸銀量が200gであるのに対し、亜硝酸銀量が100gである点が異なり、この亜硝酸銀量以外の条件は全て実施例1と同じであるので製造方法の説明を省略する。
【0056】
実施例2で得られた銀粉の走査型電子顕微鏡像を図2に示す。図2を見ると、表面が滑らかな多面体形状の粒子が形成され、実施例1に比べると目視による粒径が小さくなるものの、大きさが揃っていることが分かる。
【実施例3】
【0057】
実施例3は、銀イオン含有溶液における亜硝酸銀量を25gとする以外の条件は、実施例1と全て同じである。従って、製造方法についての説明を省略する。
【0058】
実施例3で得られた銀粉の走査型電子顕微鏡像を図3に示す。図3を見ると、実施例1及び実施例2に比べると大きさが小さくなるものの、大きさが揃っていることが確認できる。いずれの実施例においても、表2に示す粒度分布が非常にシャープであることからも言える。
【比較例】
【0059】
[比較例1]
比較例1では、従来の湿式還元法を用いて銀粉を製造した。即ち、銀イオン含有溶液として、硝酸銀5kgを純水25Lに溶かした溶液にアンモニア水10Lを溶かして16℃まで冷却したものを用い、還元剤含有溶液はヒドロキノン1.6kgを純水200Lに溶解させ、16℃まで冷却したものを用いた。この銀イオン含有溶液と還元剤含有溶液とを一括して接触混合して5分間撹拌した後、粒子を沈降させ上澄みを抜き、濾過、洗浄、乾燥することによって銀粉を得た。比較例1で得られた銀粉の走査型電子顕微鏡像を図4に示す。比較例1の銀粉は、相当微粒かつ分散性に優れており、湿式還元法により得られる従来の銀粉の特徴を示している例である。
【0060】
[比較例2]
比較例2は、特許文献4に示す銀粉をトレースした例であり、アスコルビン酸を30分掛けて添加した例である。まず、銀イオン含有溶液として、硝酸銀50kg、ゼラチン1kg、硝酸26.4kgを純水250Lに入れ、50℃で溶解させ、撹拌した硝酸銀水溶液を用いた。還元剤含有溶液は、アスコルビン酸26.4kgを純水250Lに溶解させたものを用いた。銀イオン含有溶液(硝酸銀水溶液)に、上記還元剤含有溶液を、連続的に30分かけて添加する。この工程において、混合溶液の液温を50℃に保つ。添加終了後、10分間撹拌して熟成させる。その後、粒子を沈降させた上澄みを抜き、濾過、洗浄、乾燥することによって銀粉を得た。即ち、比較例2は、実施例1〜実施例3と比べ、銀イオン含有溶液に亜硝酸イオン(亜硝酸銀)を含まない点が異なる。
【0061】
[比較例3]
比較例3では、噴霧熱分解還元法を用いて銀粉を製造した。即ち、硝酸銀110gをるつぼに入れ、電気加熱で315℃にした後、二流体ノズル(SUS製)にキャリアガスとしてアルゴンガスを用い、キャリアガス圧力5kg/cm、流速10l/minの条件で硝酸銀を噴霧し、1100℃に加熱された石英管に導入した。熱分解後の銀粉末はサイクロンにより捕集した。
【0062】
比較例3で得られた銀粉の走査型電子顕微鏡像を図5に示す。図5を見ても分かるように、比較例3の銀粉は凝集した粒子が多く見られ、粒径が不揃いである。
【0063】
【表2】

【0064】
[実施例と比較例の対比]
表2から明らかなように、実施例の銀粉は、D50値が5μm程度であり、D90値/D10値や(D90値−D10値)/D50値が小さく、シャープな粒度分布を呈していることから、比較的粒径大なる銀粉でありながら、回路形成用途に用いた際の回路の平滑性や形状安定性に優れた原材料として好適である。また、焼結開始温度が400℃台で、かつ、結晶子径がほぼ600Å近傍と大きいことにより、耐収縮性等、熱的な影響も受けにくく、500℃程度の焼結温度でガラス基板上に回路形成するような用途に好適である。また、比較的粒径大、かつ比表面積も小さく、粒子表面の平滑性も高いことがうかがえることから、ペースト化した際の増粘等も抑制できる。
【0065】
これに対し、比較例1の銀粉は粒度分布がシャープであるものの、D50値が小さく、500℃程度の焼結温度で用いるには不適であり、充填性の面(タップ密度小)、耐収縮性の面(結晶子径小)、ペースト化した際の増粘性の面等でも劣ることが予測される。
【0066】
また、比較例2の銀粉は、粒径(D50値)が小さいながら、500℃程度の焼結温度で用いることも可能な特性(焼結開始温度400℃台、結晶子径500Å超)を有するものである。しかし、粒径(D50値)が小さく、粒度分布がブロードであり、凝集の程度で実施例より劣り、本発明の目的とする比較的粒度の大きな粒子からなる銀粉ではないのみならず、ペースト化した際の増粘等が生じやすいものと予測される。
【0067】
また、比較例3の銀粉は、粒径(D50値)が5μm程度であり、結晶子径が大きく、耐収縮性等、熱的な影響を受けにくいものである。しかし、粒度分布がかなりブロードであり、回路形成用途に用いた際の回路の平滑性や形状安定性に劣るものと予測される。また、焼結開始温度が高く500℃程度では焼結しない為、500℃程度の焼結温度が求められる用途では不適である。
【産業上の利用可能性】
【0068】
従来の湿式還元法では得られなかったD50値が5μm前後の銀粉を製造可能としたことにより、分散性に優れ、焼結特性を改善した優れた銀粉を得ることができる。また、表面形状が滑らかな銀粉とすることにより、当該銀粉をペースト材料として用いた場合の、充填密度を高めることができる。更に、アトマイズ法による銀粉で必要となる分級を行う必要がないので、アトマイズ法と比べて製造コストを抑えることができる。従って、本発明に係る銀粉を用いた導電性インクまたは導電性ペースト等をフラットディスプレイパネルのガラス基板形成に用いると、ガラス基板上に導体形成する際の焼結温度との整合性を有し、寸法安定性に優れ、導電性が高く、高性能なフラットディスプレイパネルの製造コスト低減に貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】実施例1の銀粉の走査型電子顕微鏡像である。
【図2】実施例2の銀粉の走査型電子顕微鏡像である。
【図3】実施例3の銀粉の走査型電子顕微鏡像である。
【図4】比較例1の銀粉の走査型電子顕微鏡像である。
【図5】比較例3の銀粉の走査型電子顕微鏡像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
銀イオン含有溶液と還元剤含有溶液とを接触混合させる銀粉の製造方法であって、
前記銀イオン含有溶液は硝酸銀と亜硝酸イオンとを含み、
前記還元剤含有溶液はアスコルビン酸またはアスコルビン酸の異性体のいずれか1種以上からなる還元剤を水に溶解させたものを用いることを特徴とする銀粉の製造方法。
【請求項2】
前記銀イオン含有溶液は、銀1mol当たり1mol〜2molの硝酸を含有するものを用いる請求項1に記載の銀粉の製造方法。
【請求項3】
前記亜硝酸イオンは、銀イオン含有溶液に、0.01mol/l〜2.0mol/l濃度で含む請求項1又は請求項2に記載の銀粉の製造方法。
【請求項4】
前記銀イオン含有溶液は、亜硝酸銀を添加することにより亜硝酸イオンを得る請求項1〜請求項3のいずれかに記載の銀粉の製造方法。
【請求項5】
前記銀イオン含有溶液は、ゼラチンを添加したものを用いる請求項1〜請求項4のいずれかに記載の銀粉の製造方法。
【請求項6】
液温を40℃〜60℃に保ちながら、前記銀イオン含有溶液と前記還元剤含有溶液とを接触混合させる請求項1〜請求項5のいずれかに記載の銀粉の製造方法。
【請求項7】
請求項1に記載の製造方法により製造された銀粉であって、
粉末法X線解析分析により得られる結晶子径が540Å〜600Åであることを特徴とする銀粉。
【請求項8】
焼結開始温度が450℃〜550℃である請求項7に記載の銀粉。
【請求項9】
レーザー回折散乱式粒度分布測定法による体積累積平均粒径D50値が4μm〜6μmである請求項7又は請求項8に記載の銀粉。
【請求項10】
レーザー回折散乱式粒度分布測定法による10%体積累積粒径D10値が3μm以上である請求項7〜請求項9のいずれかに記載の銀粉。
【請求項11】
比表面積が0.2m/g以下である請求項7〜請求項10のいずれかに記載の銀粉。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−179851(P2008−179851A)
【公開日】平成20年8月7日(2008.8.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−13394(P2007−13394)
【出願日】平成19年1月24日(2007.1.24)
【出願人】(000006183)三井金属鉱業株式会社 (1,121)
【Fターム(参考)】