説明

銅の電解精製方法及び電気銅の製造方法

【課題】 操業時の安全性を損なうことなく浮遊固体の生成を抑制でき、且つ電解効率を向上可能な銅の電解精製方法及び電気銅の製造方法を提供する。
【解決手段】 粗銅と砒素とアンチモンを含むアノード電極板を用いた銅の電解精製方法において、アンチモンを50ppm以上含み、砒素/アンチモンの質量比が5.0以上となるように制御したアノード電極板を用いて、電流密度290A/m2以上で電解精製を行うことを含む銅の電解精製方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅の電解精製方法及び電気銅の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、一般的に、銅の電解精製時における電解液中の浮遊固体(Suspended Solid:SS)の存在が、電流効率、ショート率等の電解成績の低下の要因の1つとされてきたが、浮遊固体の発生メカニズムは、これまであまり詳しく解明されてこなかった。
【0003】
浮遊固体の発生メカニズムの解明例として、例えば、特開2008−121066号公報(特許文献1)では、銅電解精製時の浮遊スライムの主成分がアンチモン(Sb)であり、電解液中の溶存酸素とSbとが反応して五酸化二アンチモン(Sb25)となり、Sb25が砒素(As)やビスマス(Bi)を巻き込むことで浮遊スライムが形成され、浮遊スライムが電気銅表面に溶着して電気銅の品位を低下させることが記載されている。特許文献1では、浮遊スライム生成を抑制するために、2.8〜5.0A/dm2の高電流密度の電解処理を行い、カソード上から水素を発生させ、発生した水素を電解液中の酸素と反応させることで電解液中の溶存酸素濃度を低減させ、Sb25の生成を抑制し、電気銅の品位を向上させることを試みている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−121066号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、電解精製中の電解液中には水素イオンが存在することが事実であるにしても、本発明者らのこれまでの知見から、電流密度が2.8〜5.0A/dm2程度の条件で銅の電解精製を行い、その電解精製によって新たに水素が生成することは考えにくい。もし、高電流密度の電解精製によって水素が新たに生成されるのであれば、電解液中の砒素と反応して有害ガスであるヒ酸化水素が発生し、操業時の安全性を損なう場合も考えられる。
【0006】
上記課題を鑑み、本発明は、操業時の安全性を損なうことなく浮遊固体の生成を抑制でき、且つ電解効率を向上可能な銅の電解精製方法及び電気銅の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は上記課題を解決するために鋭意検討した結果、高電流密度下における浮遊固体の生成機構は、特許文献1のように電解液中の溶存酸素濃度とアンチモンとの反応が支配的であるというよりも、むしろアノード電極板中のアンチモンと砒素の存在比率が、浮遊固体の生成と電解効率に影響を及ぼすという知見を得た。
【0008】
以下の説明によって本発明が制限されるものではないが、アノード電極板中のアンチモンと砒素の存在比率と電解精製時の浮遊固体の発生頻度の関係は、以下のような機構によるものと考えられる。電解精製時、アノード反応(酸化反応)により銅イオンと共にアノード電極板の界面から砒素、アンチモン等の不純物が電解液中へと溶出していく。この際アノード界面においてアノード電極板から溶出した砒素は、アンチモンよりも酸素との親和性が大きいため、アンチモンよりも優先的にアノード電極板界面付近の溶存酸素と反応して酸化物を生成する。砒素が優先的に酸化物を形成することで、浮遊固体の主成分であるアンチモン酸化物の生成が抑制されるというものである。即ち、本発明では、アンチモンよりも酸素との親和性の高い元素である砒素をアノード電極板中に積極的に混入させ、且つその存在比率を適正な範囲に制御することで、電解精製時の浮遊固体の発生を効果的に抑制させることを試みたものである。
【0009】
本来、砒素は毒物として扱われ、銅製錬工程では、不純物としてできるだけ除去しなければならない元素とされてきた。そのため、このような毒性を有する砒素を、電解精製に使用するアノード電極板に対して積極的に添加するような報告例はこれまでに無く、また、電解精製における浮遊固体の発生抑制に寄与し得るとの報告もされていない。
【0010】
以上の知見を基礎として完成した本発明は一側面において、粗銅と砒素とアンチモンを含むアノード電極板を用いた銅の電解精製方法において、アンチモンを50ppm以上含み、砒素/アンチモンの質量比が5.0以上となるように制御したアノード電極板を用いて、電流密度290A/m2以上で電解精製を行うことを含む銅の電解精製方法である。
【0011】
本発明に係る銅の電解精製方法は一実施態様において、アノード電極板が、アンチモンを50ppm以上200ppm未満含む。
【0012】
本発明に係る銅の電解精製方法は別の一実施態様において、アノード電極板が、砒素を700ppm〜1200ppm含む。
【0013】
本発明に係る銅の電解精製方法は更に別の一実施態様において、アノード電極板が浸漬された電解液の一部を循環させ、ろ過することを含む。
【0014】
本発明に係る銅の電解精製方法は更に別の一実施態様において、電解液の一部を限外濾過膜でろ過することを含む。
【0015】
本発明に係る銅の電解精製方法は更に別の一実施態様において、電解液中の浮遊固体濃度を0.6mg/L以下に保持して電解精製を行うことを含む。
【0016】
本発明は別の一側面において、粗銅と砒素と50ppm以上のアンチモンとを含み、砒素/アンチモンの質量比が5.0以上となるように制御したアノード電極板を製造する工程と、アノード電極板を用いて電流密度290A/m2以上で電解精製を行う工程とを含む電気銅の製造方法である。
【0017】
本発明の電気銅の製造方法は一実施態様において、アノード電極板を製造する工程が、粗銅溶湯中に砒素を添加して砒素/アンチモンの質量比を制御することを含む。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、操業時の安全性を損なうことなく浮遊固体の生成を抑制でき、且つ電解効率を向上可能な銅の電解精製方法及び電気銅の製造方法が提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】As/Sb比が電解液中のSS濃度(SS発生量)に与える影響の例を表すグラフである。
【図2】As/Sb比と電流効率との関係の例を表すグラフである。
【図3】図3(a)は、電解液の一部をバッチで抽出し、抽出した電解液をろ過し、ろ過後の電解液を電解液に戻しながら電解精製を行った場合の電流効率の推移を表すグラフである。図3(b)は、図3(a)の工程における電解液中のSS濃度の推移を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
本発明の実施の形態に係る銅の電解精製方法は、粗銅と砒素とアンチモンを含むアノード電極板を用いた銅の電解精製方法において、アンチモンを50ppm以上含み、砒素/アンチモンの質量比が5.0以上となるように制御したアノード電極板を用いて、電流密度290A/m2以上で電解精製を行う。
【0021】
アノード電極板中の砒素/アンチモンの質量比を5.0以上に制御することで、アノード電極板の界面近傍で生じるアノード反応を制御できる。即ち、電解精製における浮遊固体の発生は、電解液の成分よりもアノード電極板近傍でのアノード反応に影響を受ける。そのため、アノード電極板の質量比を制御し、アノード反応を適切に制御することで電解液中の浮遊固体(SS)濃度を低減でき、電流効率を94%以上、場合によっては96%又は98%以上に向上できる。As/Sbの質量比を5.0より小さくした場合、アノード反応によって砒素よりもアンチモンが優先的に電解液中の溶存酸素と結合して酸化物を生成する場合があるため、電解液中のSS濃度が高くなり、生成される電気銅の表面にSS分が付着して、コブの発生又は銅品位の低下が生じ、電流効率を高く保つことが困難になる。
【0022】
アノード電極板としては、例えば約104×91cm2の電極板が用いられ、粗銅、アンチモン(Sb)、砒素(As)の他に、ビスマス(Bi)、ニッケル(Ni)、鉛(Pb)、鉄(Fe)等の不純物元素を含んでいてもよい。以下に制限されるものではないが、本実施形態に使用するアノード電極板としては、As/Sbの質量比が5.0以上、より好ましくは5.5以上となるように調整したアノード電極板を用いることが好ましい。As/Sbの質量比の上限値に特に制限はないが、銅の電解精製に用いられるアノード電極板の製品特性上、As/Sbの質量比の上限値は、約24.0、より好ましくは14.0、更に好ましくは8.0程度となる。なお、電流密度290A/m2以上の高電流密度域では、アノード電極板中のSbが150ppm以上の一般的に高濃度状態のときにSSが生成しやすくなるため、As/Sbの質量比の制御がSS低減に特に有効である。また、アノード電極板中のSb含有量が多すぎるとSSの発生が顕著になるため、アノード電極板中に含まれるSbは200ppm未満であるのが好ましい。この際、アノード電極板中の砒素は、少なくとも700ppm以上含有すれば所望の効果を得ることができ、700ppmより少ない場合はSSの発生を低減する効果が小さくなる。砒素含有量の上限に特に制限はないが、砒素含有量が多すぎると電解操業の安全性に問題が生じる場合があるため、一般には1200ppm程度である。なお、アノード電極板中のSb濃度が150ppm以下の場合、アノード電極板中にAsが700ppm以上含んでいれば、SSの発生には影響しない。カソード電極板の材料に特に制限はなく、ステンレス製等の一般的な材料が用いられる。
【0023】
アノード電極板のAs/Sbの質量比を5.0以上に制御する方法としては、銅製錬工程での処理原料の調整が好適である。具体的には、粗銅を精製炉に装入し、装入した粗銅のAs、Sbの濃度値に基づいて、As/Sbの質量比が5.0以上となるように調整する。粗銅中のAs/Sbの質量比が5.0に満たない場合は、金属砒素(灰色ヒ素)を精製炉に投入して制御する。
【0024】
電解精製操業中の電流密度に特に制限はないが、電流密度290A/m2より小さい操業では、アノード電極板-カソード電極板間の物質の移動速度が小さく、浮遊固体がカソード電極板に電着するまでに比重の重い鉛、銀等の他の金属と化合物を形成し沈降するため、カソード電極板上に電着する電着銅の品質に影響は少ないが、電着速度の低下のため、生産性が低下するという問題が生じる。一方、電流密度350A/m2以上とする高電流密度下では、電解精製により発生する浮遊固体の電着銅表面へ巻き込みにより電着銅の品質が劣化する場合がある。よって、電流密度は290A/m2以上であることが好ましく、例えば、300〜340A/m2、より好ましくは310〜330A/m2である。
【0025】
電解精製操業中の電解液中に沈殿するSS等を取り除くために、アノード電極板が浸漬された電解液の一部(循環液)を循環させてろ過することが好ましい。電解液の一部を循環させてその循環液をろ過する場合は、電解液の一部を常に抽出して循環させる連続式システムであっても良いし、所定の時間毎に電解液の一部を抽出して循環させるバッチ式システムであっても構わない。通常は、電解精製が進行するにつれて、アノード電極板中に含まれる不純物元素が電解液中に溶出し、電解液中の不純物濃度が高くなっていくが、電解液を循環させることにより、電解液中の不純物濃度を所定の範囲内に制御し易くなる。
【0026】
循環経路内に取り付けられるろ過装置としては、逆浸透(RO)膜、限外ろ過膜(UF)膜、精密ろ過膜(MF)膜等の様々な膜を用いたろ過を行うことができるが、本実施形態では、UF膜を用いることが好ましい。UF膜を用いることで、As、Sb等の不純物元素とともに電解液中に浮遊するSSも効率的に除去できるため、SSの付着又は巻き込みによる電解精製時の電気銅の汚染が抑制される。本発明の実施の形態では、ろ過装置としてUF膜を使用しているが、UF膜の補修粒径は5〜10μmφ程度であり、電解液中に浮遊するSS成分の回収に最も適している。さらに5μm以下の微細な粒径のSSを回収するために、より微細な補修粒径のフィルタを使用することも考えられるが、電解液の通液時の抵抗が大きくなり、ろ過の処理時間が長時間となることや、電解液のろ過処理量が低下し、操業に適さなくなる。
【0027】
また、ろ過能力を向上させるために、ろ過装置は複数設け、ろ過処理率(ろ過能力)を一定以上に高めることも有効と考えられ、処理能力と設備コスト、設置される許容空間との兼ね合いで最適な条件が決定される。
【0028】
本発明者らの知見によれば、電解液中のSS濃度を低く保ち、電流効率を向上させて高品位の電気銅を製造するためには、ろ過処理率が60%以上であることが好ましく、より好ましくは70%以上であることが分かった。ろ過処理率が60%より低い場合には、SSの除去が十分に行われず、電流効率の低下を招くか、或いは電流効率を一定以上に維持できない場合がある。
【0029】
ろ過処理率を60%以上とすることにより、電解液中の浮遊固体濃度は、所定レベル以下に低減される。具体的には、電解液中の浮遊固体濃度は、0.6mg/以下、より好ましくは0.1mg/以下に保持できる。その結果、電解精製時の電流効率が94%以上に維持できるようになる。なお、本実施形態における「ろ過処理率」とは「ろ過処理率[%]=(ろ過処理量/循環液量)×100」で定義される。
【0030】
電解精製操業中、電解液中の成分濃度をモニタリングしても構わない。例えば、電解液中の濃度を常時監視できるような検出器を電解精製システム内に配置してもよいし、一定期間毎に電解液を抽出し、分析装置を用いて電解液の成分を測定するような態様であっても構わない。
【0031】
このように、本実施形態に係る銅の電解精製方法及び電気銅の製造方法によれば、アノード電極板のAs/Sb比を制御することで、電解精製時のアノード反応を適切に制御することができるため、有毒ガスの発生原因となり得る水素を発生させることなく、操業時の安全性を損なうことなく浮遊固体の生成を抑制し、且つ電解効率が向上可能となる。
【実施例】
【0032】
以下に本発明の実施例を示すが、以下の実施例に本発明が限定されることを意図するものではない。
【0033】
(As/Sb比の影響)
表1に示すように、不純物元素の組成が異なるアノード電極板(No.1〜12)を使用し、アノード電極板中のAs/Sb比が電解液中のSS濃度(SS発生量)に与える影響を評価した。表面積20,380cm2のアノード電極板50枚とカソード電極板(SUS316L)49枚を交互にアノード・カソード電極板間距離27mmで設置した電解槽中に、Cu:40〜50g/L、H2SO4:165〜185g/Lの硫酸系電解液を入れ、電解液温度60〜70℃、カソード電極板の電流密度が290A/m2となるように調整し、9時間、電解精製を行った。SS発生量は電子秤により測定した。結果を図1に示す。図1に示すように、As/Sb比が大きくなるほどSS発生量が小さくなり、As/Sb比が5.0以上ではSS発生量を250ppm以下に安定的に低減できていることが分かる。これは、As/Sb比が高くなると、Sbと酸素の生成物よりも砒素と酸素の生成物が優先的に生成されてSb25の生成が抑制され、SSが生じにくくなるためと考えられる。
【0034】
【表1】

【0035】
(As/Sb比と電流効率との関係)
図2は、電解精製に使用したアノード中のAs/Sb比と操業時の電流効率の関係をまとめたものである。図2に示すように、As/Sb比が5.0より小さい場合は、98%以上の電流効率を維持することが難しかった。一方、As/Sb比を5.0以上とした場合には、電流効率を98%以上に向上できた。
【0036】
(電解液循環による電流効率とSS濃度の関係)
電解精製工程中の電流効率の推移とSS濃度の関係を図3(a)及び図3(b)に示す。図3(b)に示すように、循環液中のSS濃度が上昇すると、図3(a)に示すように電流効率は低下する傾向にあることがわかる。また、SS濃度が0.6mg/L以下となる場合には、電流効率を96%以上の高効率で操業できることがわかり、逆にSS濃度が高くなった場合には、電流効率が85%程度にまで落ち込んでいることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粗銅と砒素とアンチモンを含むアノード電極板を用いた銅の電解精製方法において、
アンチモンを50ppm以上含み、砒素/アンチモンの質量比が5.0以上となるように制御したアノード電極板を用いて電流密度290A/m2以上で電解精製を行うことを含む銅の電解精製方法。
【請求項2】
前記アノード電極板が、アンチモンを50ppm以上200ppm未満含む請求項1に記載の銅の電解精製方法。
【請求項3】
前記アノード電極板が、砒素を700ppm〜1200ppm含む請求項1又は2に記載の銅の電解精製方法。
【請求項4】
前記アノード電極板が浸漬された電解液の一部を循環させ、ろ過することを含む請求項1〜3のいずれか1項に記載の銅の電解精製方法。
【請求項5】
前記電解液の一部を限外濾過膜でろ過することを含む請求項4に記載の銅の電解精製方法。
【請求項6】
電解液中の浮遊固体濃度を0.6mg/L以下に保持して電解精製を行うことを含む請求項1〜5のいずれか1項に記載の銅の電解精製方法。
【請求項7】
粗銅と砒素と50ppm以上のアンチモンとを含み、砒素/アンチモンの質量比が5.0以上となるように制御したアノード電極板を製造する工程と、
前記アノード電極板を用いて電流密度290A/m2以上で電解精製を行う工程と
を含む電気銅の製造方法。
【請求項8】
前記アノード電極板を製造する工程が、粗銅溶湯中に砒素を添加して砒素/アンチモンの質量比を制御することを含む請求項7に記載の電気銅の製造方法。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−167318(P2012−167318A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−28633(P2011−28633)
【出願日】平成23年2月14日(2011.2.14)
【出願人】(500483219)パンパシフィック・カッパー株式会社 (109)
【Fターム(参考)】