説明

銅ボンディングワイヤの製造方法および該製造方法を用いた銅ボンディングワイヤ

【課題】 超高速で動作するワイヤボンダの大電流短時間放電においても銅ボールとアルミ電極との接合信頼性を低下させない酸化しにくいボールを形成し、アルミニウムパッドと銅ボールとの合金層を酸化させない銅ボンディングワイヤを提供する。
【解決手段】 塩素量が1質量ppm以下、酸素量が5ppm以下、かつ含有リン量が10質量ppm以上80質量ppm以下である銅鋳造線材を最終線径まで縮径した後、該線材の伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度の上下50℃の温度範囲内で水素ガスを含む還元雰囲気中にて焼鈍する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、半導体素子上の電極と外部電極とを接続するために用いる銅ボンディングワイヤに関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に半導体素子上の電極と外部電極との結線に用いられるボンディングワイヤの直径は15〜75μmと非常に細く、また、化学的な安定性や大気中での取り扱いやすさから、従来は金線が用いられていた。
しかし、金線はその重量の99%から99.99%が金で、残部が他添加元素と不可避不純物であるため非常に高価格であることから、材料として安価な銅に替えたいという産業界からの要請がある。
【0003】
また、半導体素子上の電極材料としてはアルミニウムまたはアルミニウム合金がよく用いられているが、かかるアルミニウムやアルミニウム合金製の電極表面に金製のボンディングワイヤや銅製のボンディングワイヤを接合させ、高温放置での信頼性を評価すると、銅製ボンディングワイヤを用いた方が金製ボンディングワイヤを用いた場合より劣化が遅いという結果が出ており、このためボンディングワイヤと電極材料との接合の信頼性向上のためにも銅線へ替えたいという要請もある。なお、この理由として金中へのアルミニウム原子の拡散速度よりも銅中へのアルミニウム原子の拡散速度の方が極めて遅いこと、また銅原子のアルミニウム中への拡散速度も金の拡散速度に比べて遅いことが指摘されている。
【0004】
しかし、ボンディングワイヤとして使用される材料を金から銅に替える場合、最大の弊害として、チップクラックの発生率が金製ボンディングワイヤを用いた場合より銅製ボンディングワイヤを用いた方が高くなるという問題である。これは銅の硬度が金よりも高いことによる。
【0005】
こうした問題を解消するためには、ボールボンディング時に銅製ボンディングワイヤ先端に形成させるボールの硬度を低下させることが必要となる。この目的を達成するために、工業的に入手しやすい純度99.99%から99.9999%の銅で、かつ酸素濃度が不活性ガス溶融法による酸素濃度分析で10ppm未満である無酸素銅(以下無酸素銅と記す)が一般的に使用されてきた。
無酸素銅は電解精錬を数回繰り返した後、前記電解精錬により得られた高純度の電気銅を帯域融解法により精製して得られる純度99.999%以上の高純度の銅素材を使用することでチップクラックの発生率を低下させる方法が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。
【0006】
このように、無酸素銅線の採用や銅の高純度化はボールの軟化を実現し、パッドダメージの大幅な低減に寄与し、パワーICやトランジスタ向けの銅ボンディングワイヤとしての用途へ利用されてきている。
【0007】
一方、近年急激に生産量が急増しているPBGA(Plastic Ball Grid Array package)やQFN(Quad Flat Non lead package)等の半導体パッケージに対する銅ボンディングワイヤの適用に向けた評価が開始されてきている。
【0008】
ところが、これらの半導体パッケージについてPCT(Pressure Cooker Test)を行ったところ、ボール接合部が腐食され電気的絶縁となる不具合が露見した。
より詳細には、銀メッキされたリードフレームへ高純度アルミニウムを蒸着したシリコンチップをダイボンディングし、アルミニウムと銀メッキリードとの間を従来使用されている各社の4N純度の銅ボンディングワイヤにてワイヤボンディングし、これを樹脂封止せずに温度85℃、湿度85%の恒温恒湿環境で放置したところ、いずれのワイヤも168時間までの放置によってボール接合部が腐食され、シア強度測定試験においてボールが腐食面で剥がれてしまうという現象が観察された。
これは、いずれの半導体パッケージも片側のみが樹脂封止されたものであり、リードと樹脂の隙間から水分がパッケージ内に浸入したためと考えられる。
【0009】
このため、本発明者らは、かかる弊害を是正するために鋭意検討した結果、腐食してボールが剥がれた部分のアルミパッド面とボール裏面についてEPMA(電子プローブエックス線マイクロアナライザ)によって元素定性分析を行ったところ、いずれの試料からも塩素が検出された。このことから、かかる銅ボンディングワイヤ中に存在する塩素が水分との反応によって銅ボンディングワイヤ中から溶出することで、ボール接合部が腐食し、これが電気的絶縁を発生させることを見出し、グロー放電質量分析法によって検出される塩素量が1質量ppm以下の無酸素銅からなる銅ボンディングワイヤを発明し特許出願した(例えば、特許文献2参照。)。
【0010】
前記銅ボンディングワイヤの採用により、前記電気的絶縁の発生は減少できたが、近年の高密度化、高集積化に対応すべく、例えば、線径が25μmや20μmといった極細線を用いた場合には、必ずしも十分な効果が得られないという事態が発生してきている。
即ち、線径25μmの銅ボンディングワイヤを用いてボールボンディングを行い、エポキシ樹脂で封止し、焼成して得たパッケージに対しHTB試験(High Temperature Baki ng test,高温動作試験)を行うと、一般的に要求される動作時間である1000時間を待たずに導通不良となる新たな現象が観察されことである。
【0011】
これは、銅ボンディングワイヤを用いたボールボンディングは、チップ側のアルミニウム電極へボールボンディングするためのボール形成を、5%水素+95%窒素ガスのフォーミングガス雰囲気中でプラズマ放電によって行っている。この時、ワイヤボンディングに要する時間がわずか60msecというボンディングヘッドの超高速動作、リードフレームや基板を固定するためのウインドウクランパ開閉動作、リードフレームや基板が挿入されたマガジンの交換作業等で発生する空気の移動、等の要因により導電不良が発生する。あるいはパワーICの組立において主流になっている対向式チューブ状ノズルでは、両ノズルの軸が一直線上で無い場合には合流後のフォーミングガス流に空気が混入しやすくなり、混入した空気により銅ボール表面が酸化し、ボンディングによりアルミニウム電極と銅ボールとの間に酸素が取りこまれ、HTB試験における約150℃という高温加熱によってアルミニウム電極側に銅が拡散して発生するアルミニウム銅合金層が、前記酸素により酸化してしまうことが原因であるとされている。
また銅ボールが酸化したり形状がボール底部へ伸びる楕円形状を呈した場合には、最新のLow−k材料を使用してアルミニウム電極の下へ回路を形成したシリコンチップではパッドが損傷しやすいことも判明した。
【0012】
ところで、ボンディング時に形成するボールの耐酸化性を向上させるためにリンを添加する方法がある。例えば、リンが200質量ppm以上添加された3N純度の銅ボンディングワイヤがある。この銅ボンディングワイヤは一部のパワーデバイス向けに用いられている。従来のアルミニウムパッド下にLow−k膜を使用した配線が施されていないシリコンチップに対しては、この銅ボンディングワイヤでパッドダメージ無しにボンディングが可能であった。しかし、最新のLow−k膜を使用したパッド構造を有するシリコンチップでのワイヤボンディングに使用すると、ボンディング時に形成されるボールの硬度が高いためにLow−k膜が割れるという、いわゆるパッド損傷が発生して使用できない。
【0013】
リンの添加量を50ppm程度添加にすれば、前記ボールの酸化は抑えられ、最新のLow−k膜を使用したパッド構造を有するシリコンチップでのワイヤボンディングに使用しても、パッドダメージは無く使用可能であることが確認できたが、温度125℃、気圧2.3atm、湿度100%の環境で168時間放置して行うPCT試験の結果では、ボール接合界面で腐食が発生して導通不良が発生するという問題がある。
【特許文献1】特開昭60−244054号公報
【特許文献2】特開2008−153625号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
半導体素子組立においてはコストミニマムの観点から生産性を極限まで高める工夫を行っており、例えばワイヤボンディングのサイクル時間も短縮化され、その実現のためにボンディングヘッドは超高速動作し、またボール形成時の放電条件は大電流短時間放電が主流となっている。さらに最新のLow−kウエハは集積化向上のためにアルミニウム電極パッドの下には回路が形成されており、そのパッド下は脆く損傷しやすくなっている。
即ち、本発明が解決しようとする課題は、超高速で動作するワイヤボンダの大電流短時間放電においても、銅ボールとアルミ電極との接合信頼性を低下させることはなく、酸化しにくい真円度の高いボールを形成し、パッド損傷無しにボールボンディングが行われ、かつアルミニウムパッドと銅ボールとの合金層を酸化させない銅ボンディングワイヤとその製造方法の提供にある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために、本発明の銅ボンディングワイヤの製造方法は、塩素を1質量ppm以下、酸素を5質量ppm以下、リンを10質量ppm以上80質量ppm以下の割合で含み、残部が銅と不可避不純物からなる銅鋳造線材を、最終線径まで縮径した後、水素ガスを含む還元雰囲気中で伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度をX℃としたときに、(X+50)℃から(X−50)℃の温度範囲で焼鈍する銅ボンディングワイヤの製造方法を採用した。
本発明の銅ボンディングワイヤの製造方法は、前記銅鋳造線材が、塩素を1質量ppm以下、酸素を5ppm以下、リンを10質量ppm以上40質量ppm以下の割合で含み、残部が銅と不可避不純物からなる銅鋳造線材であることが好ましい。
また、本発明の銅ボンディングワイヤは、上記本発明の銅ボンディングワイヤの製造方法により得られた銅ボンディングワイヤである。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る銅ボンディングワイヤによれば、まずワイヤ中の塩素含有量が1ppm以下なので、高湿下でも銅ボールとアルミニウムの接合界面での塩素濃度上昇が抑制され、界面が腐食することはない。また酸素含有量が5ppm以下と極めて低いので、ボール形成時にリンはボール表面の酸化防止に専ら消費され、銅ボール表面の酸化防止に効果的である。
また、ボール形成中に水素ガスから水素が銅中に溶け込んでも、銅中で拡散してきた酸素と水素が粒界で結合してH2Oとなる確率が低下し、ボールの粒界割れを発生させることがない。リンは80ppm以下なので高湿度においてもワイヤと水分との接触で水分中に滲出するリン量は極めて少なく、PBGAやQFNといった水分が浸入しやすい片側樹脂封止のパッケージにおいても、リンと塩素の相乗効果によるボール接合部の腐食の問題が完全に解決される。
【0017】
またワイヤの伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度近傍の温度で焼鈍するので、ワイヤ中の再結晶化が十分進むために結晶粒界が減少し、このためボール形成時に発生するボール内結晶粒の数も減少し、ボール内の結晶粒界が減少することで10〜80質量ppmのリンを添加しても、ボール接合時のボール塑性変形が容易になり銅ボールによるアルミニウム電極へのダメージが減少される。
さらに、最終線径まで縮径後に水素ガスを含む還元ガスで焼鈍するので、空気中の伸線によってワイヤ表面や粒界が酸化しても酸素を除去できるため、ボール形成時のリンの効果を高めるのみならず、ボール粒界割れ防止や、スティッチボンディング性向上にも寄与する。リン量が10〜40質量ppmの場合にはボンディング後のボールやワイヤの色相が純銅とほぼ同色で変色が発生しないため、樹脂封止時のワイヤと樹脂との密着性が良好となり、パッケージが熱変形を起こした場合のワイヤと樹脂界面での剥離の発生が防止される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明においては、用いる銅鋳造線材の組成を、塩素を1質量ppm以下、酸素量を5ppm以下、リンを10質量ppm以上80質量ppm以下の割合で含み、残部が銅と不可避不純物からなる銅鋳造線材としている。この理由は、以下の通りである。
なお、銅鋳造線材を最終径まで縮径して得られる銅ボンディングワイヤの組成は、通常銅鋳造線材と同じである。
【0019】
1) 塩素含有量
ワイヤボンディングした後の銅ボールとアルミニウムとの接合界面に染み出してくる塩素の量を抑え、同接合界面における塩素による腐食を押さえるためである。塩素の量としては少なければ少ないほど良いが、1ppm以下とすることで目的は達成される。
【0020】
2) リン含有量
リンは、ワイヤボンディングに形成される銅ボールの表面酸化を防止するために添加される。従って、リン含有量が少ないと銅ボールの表面酸化が防止できなくなる。また、リン含有量が高いと銅ボールの硬度が上昇するので好ましくない。本発明では、酸素含有量を5ppm以下とすることにより、リン含有量を80質量ppm以下とすることができ、銅ボールの硬度上昇による不具合の発生が防止可能となった。更に、リンは80ppm以下なので高湿度を印加してもワイヤと水分との接触で水分中に滲出するリン量は極めて少なく、PBGAやQFNといった水分が浸入しやすい片側樹脂封止のパッケージにおいても、リンと塩素の相乗効果によるボール接合部の腐食の問題が完全に解決される。
なお、リン含有量を10〜40質量ppmとすると、ボンディング後のボールやワイヤの色相が純銅とほぼ同色で変色が発生しないため、樹脂封止時のワイヤと樹脂との密着性が良好となり、パッケージが熱変形を起こした場合のワイヤと樹脂界面での剥離の発生が防止されるので好ましい。
【0021】
3) 酸素含有量
ワイヤボンディング時に銅ボールを形成すると、ボンディングワイヤ中に存在する酸素により銅ボール表面に酸化銅被膜が発生し、これが接合面に介在して接合強度を低下させたり、信頼性を損なう原因となったりする。このため、前記したように、リンを添加して酸化銅の生成を防止する。従って、酸素含有量が高い場合には、リン含有量を高くしなければならなくなる。リン含有量を高くすると銅ボールの硬度が高くなるという連鎖が起きる。この連鎖の中で、支障ない範囲でのリン含有量とするために、酸素含有量を5ppm以下とする。
さらにボール形成中に水素ガスから水素が銅中に溶け込んでも、信頼性評価中に銅中で拡散してきた酸素と水素が粒界で結合してHOとなる確率が低下し、ボールの粒界割れを発生させることがない。
【0022】
本発明では、前記組成の銅鋳造線材を通常の線引き加工手段により最終線径まで縮径した後、得られた銅ボンディングワイヤを水素ガスを含む還元雰囲気中にて焼鈍するが、その焼き鈍し温度を該線材の伸び率と温度との関係を示す伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度をXとしたときに、(X+50)℃から(X−50)℃の範囲内の温度で行うものである。
【0023】
本発明において伸び率温度線図とは、例えば図1に示すように温度と、その温度における材料の伸び率との関係を測定し、得られた結果を示した図である。通常、被測定物に一定の張力を与えつつ、被測定物の温度を上昇させて被測定物の伸び量を求めることにより得られるが、通常破断強度も合わせて測定される。
図1の伸び率温度線を例に説明すると、試料Aを熱処理した温度が500℃であると、伸び率は13.5%であることを示す。この試料Aの伸び率が最大値となる温度は500℃である。したがって伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度から50℃低い温度とは、500−50=450℃となる。450℃の熱処理温度で処理したのが試料Bで、伸び率は約10.5%である。また、伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度から50℃高い温度とは、500+50=550℃となり、550℃の熱処理温度で処理したのが試料Cで、伸び率は約12.5%である。
なお、伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度は銅ボンディングワイヤのリン含有量によって変化するため、用いる銅鋳造線材の組成が異なる毎に伸び率温度線図を測定することが好ましい。
【0024】
縮径後の銅ボンディングワイヤを、伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度Xの±50℃で焼鈍するのは、この温度範囲であれば銅ボンディングワイヤの再結晶化が十分進むために結晶粒界が減少するからである。この結果、このためワイヤボンディング時のボール形成に際して発生するボール内の結晶粒の数も減少し、ボール内の結晶粒界が減少し、10〜80質量ppmのリン含有量であってもボールをアルミニウム製あるいはアルミニウム合金製の電極パットに接合した際のボールの塑性変形が容易になり、銅ボールによるアルミニウム電極へのダメージが減少される。
また最終線径まで縮径後に水素ガスを含む還元ガスで焼鈍するので、仮に空気中での伸線によりワイヤ表面や粒界が酸化されても、酸素を除去できるためボール形成時のリンの効果を高めるのみならず、ボール粒界割れ防止やスティッチボンディング性向上にも寄与する。
【実施例】
【0025】
以下、本発明に係る銅ボンディングワイヤについて説明する。
表1は本発明の実施例と、現在市場で使用されている従来品の無酸素銅線との化学分析値と最終熱処理温度とを比較して示した表である。
塩素量およびリン量は、直径25μmのワイヤ試料をアルミニウム製キャップに挿入して20tプレスを行い平板状にしたものを測定試料とし、測定前に装置内で約1時間の予備放電を行い、試料表面を数ミクロン程度除去した後、該除去面をグロー放電質量分析法にて測定した。酸素量は不活性ガス溶融赤外吸収法にて測定した。銅量はグロー放電質量分析法と不活性ガス溶融赤外吸収法とによって検出限界以上で検出された各元素の検出値を100%から減じた数字とした。
なお、表1中のT1、T2、T3、T4、T5、T6は各組成試料の25μm径の線材の伸び率温度線図における伸び率が最大値となる最終熱処理温度である。
【0026】
【表1】

【0027】
実施例1〜11は、本発明の銅ボンディングワイヤであり、その調整方法は以下の通りである。
まず、真空溶解連続鋳造炉においてカーボンルツボ内に原料銅を入れ、溶解チャンバー内を真空度1×10−4Pa以下に保持して高周波溶解を行い、溶湯温度1150℃以上、保持時間10分以上で十分に脱ガスした後、リンをルツボ内に投入して溶解して撹拌し、不活性ガスで溶解チャンバー内を大気圧に戻し、連続鋳造によって8mmφに鋳造し無酸素銅鋳造線材とした。
次に、この材料につき、不活性ガス溶融法による酸素量が5ppm以下で、かつグロー放電質量分析法による塩素量が1ppm以下で、リン量が10、30、80質量ppmの無酸素銅鋳造線材を、途中酸洗浄すること無しに直径25μmまで縮径し、該線材の伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度の上下50℃となる範囲内の温度で焼鈍した銅ボンディングワイヤである。
【0028】
なお実施例1から9の各焼鈍は5%水素+95%窒素のフォーミングガス雰囲気で行い、実施例10と11は窒素ガス中で行った。
【0029】
(比較例1〜比較例8)
比較例1はリン量が0.5質量ppmで、塩素量が0.4質量ppm、酸素量が5ppm以下の銅鋳造線材を、縮径して直径25μmとし、5%水素+95%窒素のフォーミングガス中で伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度425℃で焼鈍した銅ボンディングワイヤである。
【0030】
比較例2はリン量が3質量ppmで、塩素量が0.4質量ppm、酸素量が5ppm以下の銅鋳造線材を、縮径して直径25μmとし、5%水素+95%窒素のフォーミングガス中で伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度460℃で焼鈍した銅ボンディングワイヤである。
【0031】
比較例3はリン量が91質量ppmで、塩素量が0.8質量ppm、酸素量が5ppm以下の銅鋳造線材を、縮径して直径25μmとし、5%水素+95%窒素のフォーミングガス中で伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度563℃で焼鈍した銅ボンディングワイヤである。
【0032】
比較例4はリン量が30質量ppmで、塩素量が2.1質量ppm、酸素量が5ppm以下の銅鋳造線材を、縮径して直径25μmとし、5%水素+95%窒素のフォーミングガス中で伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度525℃で焼鈍した銅ボンディングワイヤである。
【0033】
比較例5はリン量が30質量ppmで、塩素量が0.4質量ppm、酸素量が5ppm以下の銅鋳造線材を、縮径して直径25μmとし、5%水素+95%窒素ガス中で伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度525℃よりも100℃低い425℃で焼鈍した銅ボンディングワイヤである。
【0034】
比較例6はリン量が30質量ppmで、塩素量が0.4質量ppm、酸素量が5ppm以下の銅鋳造線材を、縮径して直径25μmとし、100%窒素中で伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度525℃よりも100℃低い425℃で焼鈍した銅ボンディングワイヤである。
【0035】
比較例7はリン量が30質量ppmで、塩素量が0.6質量ppm、酸素量が7ppmの銅鋳造線材を、縮径して直径25μmとし、5%水素+95%窒素のフォーミングガス中で伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度525℃で焼鈍した銅ボンディングワイヤである。
【0036】
比較例8はリン量が80質量ppmで、塩素量が0.6質量ppm、酸素量が6ppmの銅鋳造線材を、縮径して直径25μmとし、5%水素+95%窒素のフォーミングガス中で伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度500℃で焼鈍した銅ボンディングワイヤである。
【0037】
(ボンディングワイヤの評価)
(1) ボールの評価
A.酸化膜の有無
固定電気トーチを持つカイジョー製ワイヤボンダFB780を用いて、ボールを酸化しやすくするために通常の銅ワイヤボンディングに用いられる5%水素+95%窒素ガスではなく、2.5%水素+97.5%窒素ガスの雰囲気ガスを用いて直径75μmのボールを50個作製し、走査電子顕微鏡観察とエネルギー分散型分析装置によって1個でもボール形成時の酸化が認められた場合をNGと判定した。
B.外形
また底部に伸張した楕円体形状となったボールが50個中1個でも発生した場合をNGと判定した。
【0038】
(2) ボンディングの評価
C.パッドの損傷
図2にボンディングの評価及び電気抵抗測定に用いた半導体パッケージの平面図を示す。図中1は銅ボンディングワイヤ、2はボール、3はシリコンチップ、4はアルミニウム電極、5は銀メッキ付きリード、6は封止エポキシ樹脂、7は抵抗測定器である。
図2に示すように、厚さ0.8μmのアルミニウム電極4と、アルミニウム電極とシリコン相との間に50nm厚のチタン層と50nmの酸化シリコン層とを有するシリコンチップ3の間に、各種銅ボンディングワイヤの超音波熱圧着ボールボンディングを行った後に、水酸化カリウム溶液で銅ボールごとアルミニウムを洗い流してアルミニウム電極下のパッド損傷を観察し、ひび割れ・欠け等の損傷が100個中1個でも発生した場合をNGと判定した。
D.スティッチ接合性
2個ずつ連結されたアルミニウム電極パッドを持つ前述のCMOSチップのアルミニウム電極4と、リード先端に銀メッキされた42合金のリードフレームのリード5とをワイヤボンディング接続し、1200ワイヤ中1本でもスティッチ不着が発生した場合にNGと判定した。
【0039】
E.HBT導通
通電テストは図2に示す半導体パッケージに通電し、抵抗測定器7を使用して電気抵抗を測定した。
ワイヤボンディング後に市販のグリーンエポキシコンパウンドで樹脂封止を行った後に、150℃で1時間焼成して個片試料にリードフレームを切断し、その後175℃で700時間の高温放置試験を行った。
その後、通電テストにおいて50組中電気抵抗が高温放置前の20%以上になった組が1組でも発生した場合をNGと判断した。
F.ボールの粒界割れ
ボール接合部中央の縦断面を集束イオンビームによって作製し、接合界面近くでのボールの粒界割れ発生有無を観察した。
G.酸化被膜厚さ
その後、さらに薄片を作製して透過顕微鏡エネルギー分散型X線分析装置にてアルミニウムと銅との合金層中の酸化層の厚さを測定した。
【0040】
H.プレッシャークッカーテスト(PCT)
前述の個片試料を温度125℃、気圧2.3atm、湿度100%の環境で168時間放置するいわゆるプレッシャークッカーテスト(PCT)を行った後、通電テストにて50組中電気抵抗が高温放置前の20%以上になった組が1組でも発生した場合をNGと判断した。
【0041】
I.電気比抵抗の算出
径25.0μmの線を用いてホイートストーンブリッジ回路により電気抵抗を測定して電気比抵抗を算出した。
以上の結果を表2に示す。
【0042】
【表2】

【0043】
ワイヤ中のリンの水への滲出を調査するため、リンを150ppmまで添加した線径50μm長さ50mの表面を純水で十分に洗浄したワイヤをビーカーに入れ、100mlの純水で2時間煮沸し、純水中に滲出したリンをモリブデンブルー法によってPOとして定量し、1リットル当たりの重量に換算した結果を表3に示す。
【0044】
【表3】

【0045】
表2の結果から、本発明の実施例では初期ボール外観では50個全てが光沢を持った真球形状であり、ボンディングパッドのチップは50個全てが割れ等の損傷が見られず、HBT試験では50組全てが電気抵抗の上昇は初期電気抵抗に対し20%未満であり、アルミニウムと銅との合金層の酸化膜厚は15nm未満の薄さであり、断面観察ではボールには粒界割れは観察されず、PCT試験では50組全てが電気抵抗の上昇は20%未満であり、リン添加による電気比抵抗上昇も従来の4N無酸素銅の1.70μΩcmに対して8%以内にとどまっている。
【0046】
実施例のうちリン添加量が40ppm以下である実施例1,2,4,5,7,8,10,11では肉眼では純銅と同じ色であったが、80ppmであっ実施例3,6,9のボールおよびボール直上のネック部の色は、肉眼では赤みが薄く感じられ、純銅と異なることが容易に判別できた。
【0047】
実施例のうち、最終熱処理を5%水素95%+窒素のフォーミングガス雰囲気で行った実施例1から9については、スティッチボンディングでの接合性は良好であったが、最終熱処理を100%窒素の雰囲気で行った実施例10と11では、不着が多発した。
【0048】
比較例1では初期ボールの表面が酸化し、また形状も楕円形に変形し、ボンディングパッドは12%でチップにひび割れが生じ、ボンディング後のHBTでは電気抵抗が高温放置前の20%以上上昇した導通不良が発生し、ボールには粒界割れが観察された。また、導通不良を示したボール接合部のアルミニウムと銅との合金層の酸化膜厚は80nmを超えるような厚さとなっている事も確認。また、PCTでも導通不良が発生した。
【0049】
比較例2では初期ボールの形状は楕円形にはならなかったもののボール表面が酸化し、ボンディング後のHBTでは電気抵抗が高温放置前の20%以上上昇した導通不良が発生し、ボールには粒界割れが観察された。また、アルミニウムと銅との合金層の酸化膜厚は80nmを超えるような厚さとなっている事が確認され、また、PCTでも導通不良が発生した。
【0050】
比較例3では初期ボールの外観には異常は認められなかったものの、ひび割れや欠けといったパッド損傷が発生した。またHBTでは導通不良は発生しなかったもののPCTでは導通不良が発生した。
【0051】
比較例4では初期ボールの外観には異常は認められなかったものの、ボンディング後のHBTでは全測定対で電気抵抗が高温放置前の20%以上上昇する導通不良が発生した。また、アルミニウムと銅との合金層の酸化膜厚は80nmを超えるような厚さとなっている事を確認した。また、PCTでも全測定対で導通不良が発生した。
【0052】
比較例5では初期ボールの外観には異常は認められなかったものの、ひび割れや欠けといったパッド損傷やスティッチ不着が発生した。ボンディング後のHBTでは電気抵抗が高温放置前の20%以上上昇する導通不良が発生し、ボールの粒界割れも観察された。また、アルミニウムと銅との合金層の酸化膜厚は80nmを超えるような厚さとなっている事を確認した。また、PCTでも導通不良が発生した。
【0053】
比較例6では初期ボールの外観には異常は認められなかったものの、ひび割れや欠けといったパッド損傷やスティッチ不着が発生した。ボンディング後のHBTでは全測定対で電気抵抗が高温放置前の20%以上上昇する導通不良が発生し、ボールの粒界割れも観察された。また、アルミニウムと銅との合金層の酸化膜厚は80nmを超えるような厚さとなっている事を確認した。また、PCTでも全測定対で導通不良が発生した。
【0054】
比較例7では初期ボールの外観には異常は認められなかったものの、ボンディング後のHBTでは電気抵抗が高温放置前の20%以上上昇する導通不良が発生し、ボールの粒界割れも観察された。また、アルミニウムと銅との合金層の酸化膜厚は80nmを超えるような厚さとなっている事を確認した。また、PCTでも導通不良が発生した。
【0055】
比較例8では初期ボールの外観には異常は認められなかったものの、ボンディング後のHBTでは電気抵抗が高温放置前の20%以上上昇する導通不良が発生し、ボールの粒界割れも観察された。また、アルミニウムと銅との合金層の酸化膜厚は80nmを超えるような厚さとなっている事を確認した。また、PCTでも導通不良が発生した。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明に係る銅ボンディングワイヤによれば、塩素量が1質量ppm以下で酸素が5ppm以下で、かつ含有リン量が10質量ppm以上80質量ppm以下である銅鋳造線材を最終線径まで縮径した後、該線材の伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度の上下50℃となる範囲内の温度で水素ガスを含む還元雰囲気中にて焼鈍しているので、1本のワイヤボンディングを60msecで行うような超高速ワイヤボンダを使用してたとえボール形成時のフォーミングガス流量が最適化されていなくとも初期ボールが酸化せず、パッドダメージや信頼性の問題が解消されるので、産業上の利用価値は多大である。なお、最終線径まで縮径した後の熱処理温度を、該線材の伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度より50℃を超えて低い温度で焼鈍したワイヤは、パッド下に回路が形成された脆弱なLow−kウエハへの使用は困難ではあるが、パッド下に回路が形成されていないウエハや、パッド下回路とアルミニウム電極との間にバナジウム層などを挿入して回路を衝撃から保護する場合には、酸化の無い初期ボールを形成できるという特徴から、超高速ボンダの使用による生産性向上や、ボールボンディング接合界面のアルミニウムと銅との合金層の酸化防止による信頼性向上といった効果が得られ、この場合にも利用価値は多大である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】実施例3の組成の線径25μmにおける伸び率温度線図である。
【図2】銅ボンディングワイヤの評価に用いた半導体パッケージの平面図と電気抵抗測定を説明する図である。
【符号の説明】
【0058】
1:銅ボンディングワイヤ
2:ボール
3:シリコンチップ
4:アルミニウム電極
5:銀メッキ付きリード
6:封止エポキシ樹脂
7:抵抗測定器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
塩素を1質量ppm以下、酸素を5質量ppm以下、リンを10質量ppm以上80質量ppm以下の割合で含み、残部が銅と不可避不純物からなる銅鋳造線材を、最終線径まで縮径した後、水素ガスを含む還元雰囲気中で伸び率温度線図における伸び率が最大値となる温度をX℃としたときに、(X+50)℃から(X−50)℃の温度範囲で焼鈍することを特徴とする銅ボンディングワイヤの製造方法。
【請求項2】
前記銅鋳造線材が、塩素を1質量ppm以下、酸素を5質量ppm以下、リンを10質量ppm以上40質量ppm以下の割合で含み、残部が銅と不可避不純物からなる銅鋳造線材であることを特徴とする請求項1記載の銅ボンディングワイヤ。
【請求項3】
請求項1または2記載の製造方法によって得られたことを特徴とする銅ボンディングワイヤ。

【図1】
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【図2】
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