説明

銅又は銅合金の表面処理方法、表面処理材及びこれを用いた電子部品

【課題】 とりわけコネクタ、端子、スイッチ及びリードフレーム等の電子部品として使用可能な銅又は銅合金の、簡便かつ比較的安価に実施可能なウィスカー抑制のための表面処理方法を提供する。
【解決手段】 銅又は銅合金の表面の一部又は全体に錫めっきを施すめっき工程と、前記錫めっきを加熱溶融するリフロー工程と、これにより得られたリフロー錫めっき材を冷却する冷却工程と、冷却されたリフロー錫めっき材のリフロー錫めっき表面を1種又は2種以上のシランカップリング剤と下記一般式(ア)で示されるベンゾトリアゾール系化合物及び下記一般式(イ)で示されるベンゾチアゾール系化合物から選択される1種又は2種以上の含窒素化合物とで任意の順(同時を含む)に被覆する被覆工程とを含む銅又は銅合金の表面処理方法。
【化1】


(式中、R1は水素原子、アルキル基又は置換アルキル基を表し、R2はアルカリ金属、水素原子、アルキル基又は置換アルキル基を表す。R3はアルカリ金属又は水素原子を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は銅又は銅合金の表面処理方法及び前記方法により得られた表面処理材に関し、とりわけコネクタ、端子、スイッチ及びリードフレーム等の電子部品に用いることのできる銅又は銅合金の表面処理方法及び前記方法により得られた表面処理材、更には該表面処理材を用いた電子部品に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、自動車、家電、OA機器等の各種電子機器に使用されるコネクタ・端子等の電子部品には銅又は銅合金が母材として使用され、これらは防錆、耐食性向上、電気的特性向上といった機能向上を目的としてめっき処理がなされている。めっきには金、銀、銅、錫、ニッケル、半田及びパラジウム等の種類があるが、特に錫又は錫合金めっきはコスト面、接触信頼性及び半田付け性等の観点からコネクタ、端子、スイッチ及びリードフレームのアウターリード部等に多用されている。錫又は錫合金めっきとして、従来ははんだ(Sn−Pb)めっきが多く用いられてきたが、Pb(鉛)の使用が規制される予定であるため、はんだめっきの代替として、Sn、Sn−Cu、Sn−Bi及びSn−Agめっき等のSnを主成分とした鉛フリーめっきに関する研究が近年積極的に実施されている。
【0003】
しかし、前記鉛フリーめっきには、ウィスカーの発生を抑制するPbが含有されていないため、ウィスカーが発生しやすいという問題があり、その中でもSnめっきはウィスカーが発生しやすい。
【0004】
ウィスカーとは錫の針状結晶が成長したものであるが、場合によっては数十μm長の髭状に成長して電気的な短絡を起こすことがある。このウィスカー現象はSnの再結晶によって起こり、めっき被膜に働く圧縮応力(めっきの内部応力、Cu6Sn5の拡散、Snの酸化、母材の膨脹収縮及び部品へ加工する際に発生する応力等の種々の要因が指摘されている。)によって成長する現象であると言われており、接点に応力が集中しやすいタイプの端子、コネクタ(とりわけFPC用コネクタ)等に鉛フリーめっきを施した場合には、ウィスカーの問題がより深刻となる。
【0005】
上記のようなウィスカー現象の発生を制御するためにこれまでめっき浴の改善による方法や熱処理する方法などの技術が提案されている。
例えば特公昭第59−15993号公報では、ウィスカーの発生し難いSnめっきとして、塩化第一錫、硫酸第一錫を主成分とし苛性ソーダやリン酸で浴pHを中性とした浴にハイドロキシエタンのリン酸エステルを添加した浴が提案されている。
また、原利久、鈴木基彦著、「錫めっき付き銅合金板条」、神戸製鋼技報、2004年4月、Vol.54、No.1、p11−12ではリフロー錫めっきによって内部応力が緩和されてウィスカーの発生が抑えられることが報告されている。
【0006】
一方、ウィスカー抑制技術に関するものではないが、錫めっきには、はんだ特性や電気的特性の向上を目的とした表面処理がなされることも知られている。
例えば、特開2003−328153号公報では動摩擦係数が低く、かつはんだ濡れ性及び電気的信頼性(接触抵抗)の優れる錫めっき付き銅又は銅合金材料について開示している。この発明は銅又は銅合金からなる母材表面に0.4μm以上の錫又は錫合金めっきが施され、その表面にシランカップリング剤を結合させることでシラン化合物の被膜又はシラン化合物とその有機官能基に結合した有機質からなる被膜を形成することを特徴としている。
また、特開平7−173675号公報では錫あるいは錫−合金めっき材のはんだ付け性の経時劣化を抑制し、耐食性にも優れる該めっき材用表面処理液について開示している。この発明に係る表面処理液はベンゾトリアゾール系化合物、メルカプトベンゾチアゾール系化合物、及びトリアジン系化合物からなる群から選ばれた1種もしくは2種以上を含有することを特徴としている。
【0007】
【特許文献1】特公昭第59−15993号公報
【特許文献2】特開2003−328153号公報
【特許文献3】特開平7−173675号公報
【非特許文献1】原利久、鈴木基彦著、「錫めっき付き銅合金板条」、神戸製鋼技報、2004年4月、Vol.54、No.1、p11−12
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ウィスカー抑制技術の開発の基礎となるその発生メカニズムの解明はまだ進行中であり、日米欧の業界団体である社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)、米国電子機器製造者協会(NEMI)及びティンテクノロジー社はんだ付け技術センター(SOLDERTEC)がウィスカー成長のメカニズムの解明及びウィスカー試験方法の標準化の確立を目指すことを2003年に合意したばかりである。
このように、上で例示したウィスカー問題を巡る背景はウィスカー抑制問題の一側面を示しているに過ぎず、ウィスカー問題の解決には難しい側面が多い。例えば、先に例示したSn、Sn−Cu、Sn−Bi及びSn−Agめっきにも一長一短があるため、これらの中でどのめっきを選択することがもっともウィスカー対策を含めてはんだめっきの代替として有効であるかということすら方向性が定まっていないのが現状である。
そして、ウィスカーの抑制技術も多岐にわたり、上述したものの他にもNiやAgの下地による拡散バリアーの形成、Au、Pd又はAgのフラッシュめっき、耐熱プリフラックス等による有機被膜処理等の技術も含めた多種多様な可能性が考えられるためウィスカー抑制技術の開発の焦点を絞るのはかなり困難な状況にある。
【0009】
上記のような現状にも拘らず、急速に展開するIT化に伴う情報機器の高機能化及び小型化は否応にもウィスカー抑制技術の更なる向上を迫っており、より進んだウィスカー抑制技術の開発が求められる。新たな設備投資の少ない簡便な方法によって実施可能なウィスカー抑制技術が提供されれば、産業の発達に資するであろう。
【0010】
そこで、本発明の主要な課題の一つは、とりわけコネクタ、端子、スイッチ及びリードフレーム等の電子部品として使用可能な銅又は銅合金の、簡便かつ比較的安価に実施可能なウィスカー抑制のための表面処理方法を提供することである。
また、本発明の主要な課題のもう一つは、この表面処理方法によって得られた、ウィスカーが発生しにくく、また発生したウィスカーの長さが短い表面処理材及びこれを用いた電子部品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上述したような発生メカニズムが十分解明されていないウィスカーを抑制する技術を開発すべく、本発明者は鋭意研究を重ねたところ、まずめっきの種類に関してはSnめっきに開発の方向性を見出した。
すなわち、Snめっきは一般的にSn−Cu、Sn−Bi及びSn−Agめっきに比較して耐ウィスカー性に劣る。しかし、Snめっきは外観や延性に優れ、2元系めっきに比べてめっき液の維持管理も容易で環境に対する影響も少ないという長所を有する。また、Sn−Agめっきではコスト、Sn−Biめっきでは脆性の問題があるため、耐ウィスカー性の問題が解決されればSnめっきが鉛フリーめっきの主流となる可能性もあると考えた。
【0012】
本発明者は、上記課題を解決すべく更に鋭意研究を続けたところ、これまでウィスカー抑制との関連について報告のないシランカップリング剤とベンゾトリアゾール系化合物及び/又はベンゾチアゾール系化合物との組合せが意外にもウィスカー抑制に貢献することを見出した。
【0013】
本発明は上記知見に基づいて完成されたものであり、以下によって特定される。
本発明は一側面において、銅又は銅合金の表面の一部又は全体に錫めっきを施すめっき工程と、前記錫めっきを加熱溶融するリフロー工程と、これにより得られたリフロー錫めっき材を冷却する冷却工程と、冷却されたリフロー錫めっき材のリフロー錫めっき表面を1種又は2種以上のシランカップリング剤と下記一般式(ア)で示されるベンゾトリアゾール系化合物及び下記一般式(イ)で示されるベンゾチアゾール系化合物から選択される1種又は2種以上の含窒素化合物とで任意の順(同時を含む)に被覆する被覆工程とを含む銅又は銅合金の表面処理方法である。
【化1】

(式中、R1は水素原子、アルキル基又は置換アルキル基を表し、R2はアルカリ金属、水素原子、アルキル基又は置換アルキル基を表す。R3はアルカリ金属又は水素原子を表す。)
また本発明は別の一側面において、前記被覆工程が前記1種又は2種以上のシランカップリング剤を含有する表面処理液及び前記1種又は2種以上の含窒素化合物を含有する表面処理液に任意の順に、或いは前記1種又は2種以上のシランカップリング剤及び前記1種又は2種以上の含窒素化合物の両者を含有する表面処理液に前記リフロー錫めっき材を浸漬することを含む表面処理方法である。
また本発明は別の一側面において、前記リフロー工程により得られた前記リフロー錫めっき材を前記1種又は2種以上のシランカップリング剤と前記1種又は2種以上の含窒素化合物とを含有する30℃〜80℃の表面処理液に接触させることによって被覆工程が冷却工程を兼ねる表面処理方法である。
また本発明は別の一側面において、前記表面処理を受ける前記銅又は銅合金が条又は条をプレス加工した端子の形態にあることを特徴とする表面処理方法である。
また本発明は別の一側面において前記表面処理方法によって得られた表面処理材である。
また本発明は別の一側面において、前記リフロー錫めっき表面をXPSで分析した際に検出されるSi及びNの濃度が、下記の条件式(A)及び(B)を同時に満たすことを特徴とする表面処理材である。
(A) 0.005≦ 〔Si〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕) ≦0.2
(B) 0.002≦ 〔N〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕) ≦0.3
(上記式において、〔Si〕、〔N〕、〔C〕はそれぞれ、錫めっき表面からXPSで検出されるSi、N及びCの濃度(原子百分率(at%))を表す。)
また本発明は別の一側面において、XPSで表面分析した際に検出されるSi及びNの濃度が、下記の条件式(A)及び(B)を同時に満たすように表面が被覆されたリフロー錫めっき材である。
(A) 0.005≦ 〔Si〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕) ≦0.2
(B) 0.002≦ 〔N〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕) ≦0.3
(上記式において、〔Si〕、〔N〕、〔C〕はそれぞれ、錫めっき表面からXPSで検出されるSi、N及びCの濃度(原子百分率(at%))を表す。)
また本発明は別の一側面において、前記表面処理材又は前記リフロー錫めっき材を用いた電子部品である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ウィスカーが発生しにくく、また発生したウィスカーの長さが短い。そして、本発明は錫めっき液に変更を要せず、既存の錫めっき設備に対する大幅な改造も必要としないため、簡便にかつ比較的低コストで実施可能なウィスカー抑制技術である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
めっき工程
本発明に係る表面処理方法では、銅又は銅合金の表面の一部又は全体に錫めっきを施すめっき処理を行う。めっきを施す領域は所望により決定すればよく、例えば種々の形態(端子の形態を含む)の銅又は銅合金表面の全体にめっきしてもよいし、或いは片面のみ若しくはストライプ状に部分めっきしてもよい。
【0016】
錫(Sn)めっきは、それ自体公知の方法により行うことができるが、例えば有機酸浴(例えばフェノールスルホン酸浴、アルカンスルホン酸浴及びアルカノールスルホン酸浴)、硼フッ酸浴、ハロゲン浴、硫酸浴、ピロリン酸浴等の酸性浴、或いはカリウム浴やナトリウム浴等のアルカリ浴を用いて電気めっきすることができる。また、特公昭第59−15993号公報に記載のような、塩化第一錫、硫酸第一錫を主成分とし苛性ソーダやリン酸で浴pHを中性とした浴にハイドロキシエタンのリン酸エステルを添加した中性浴も使用可能である。これらの浴の中でもウィスカー抑制やめっき外観の観点から有機酸浴が好ましい。錫めっき浴の組成や作業条件は当業者に公知の方法によって適宜設定されるが、錫イオン濃度10〜50g/L、酸濃度0.5〜1.5N、陰極電流密度3〜30A/dm2にするのが好ましい。
錫めっきの厚さはウィスカー抑制効果や外観、めっきコストの理由により、通常は0.5〜5.0μmとし、好ましくは0.7〜2.0μmである。
また、本発明に係る表面処理を施す前に当業者にとって公知の種々の前処理を銅又は銅合金に対して行っても良い。例えば、Cu−Sn化合物成長抑制を目的としたNiや外観向上を目的としたCuの下地めっきを施しても良く、その他NiやCuの積層下地めっきを施しても良い。ただし、ウィスカー抑制効果の面からはNi下地めっきを施しても,錫めっきに外的応力が加わる場合は、ウィスカーを抑制することはできない。
【0017】
リフロー工程
本発明に係る表面処理方法では、上で規定しためっき処理によって銅又は銅合金の表面の一部又は全体に施された錫めっきを錫の融点以上に加熱して溶融するリフロー処理を行う。リフロー処理を経ないと前記シランカップリング剤及び前記含窒素化合物で被覆処理を行っても効果的にウィスカーを抑制することはできない。リフロー処理では錫めっきの内部応力を緩和するために、温度は250〜600℃、好ましくは300〜500℃、より好ましくは350〜450℃として、めっき外観をよくするために、時間は3〜40秒、好ましくは5〜30秒、より好ましくは5〜20秒の熱処理を加えて錫を一瞬溶融させる。これにより、めっき内部の残留応力(ウィスカー発生、成長の要因となる)が開放され、ウィスカーが成長しにくくなる。
その他、加熱は還元雰囲気または不活性雰囲気条件で行うことが好ましい。
【0018】
冷却工程
本発明に係る表面処理方法では、上で規定したリフロー処理によって得られたリフロー錫めっき材を冷却する。冷却は任意の公知手段によって行うことができるが、例えば空冷、水冷等が挙げられ、水冷の場合はリフロー炉から出てきた該めっき材への噴霧、該めっき材の水槽への浸漬等が挙げられる。めっき外観をよくするために、好ましくは水槽への浸漬より20℃〜90℃程度まで冷却する。
【0019】
被覆工程
本発明に係る表面処理方法では、冷却されたリフロー錫めっき材のリフロー錫めっきされた表面を1種又は2種以上のシランカップリング剤と、ベンゾトリアゾール系化合物及びベンゾチアゾール系化合物から選択される1種又は2種以上の含窒素化合物とで被覆する。
前記1種又は2種以上のシランカップリング剤及び前記1種又は2種以上の含窒素化合物でリフロー錫めっきされた表面を被覆する順序には特に制限はない。例えば、1種又は2種以上のシランカップリング剤で先に被覆してその上に1種又は2種以上の含窒素化合物で被覆しても良いし、1種又は2種以上の含窒素化合物で先に被覆した後にその上に1種又は2種以上のシランカップリング剤を塗布しても良い。また、両者を混合するなどして1種又は2種以上のシランカップリング剤及び1種又は2種以上の含窒素化合物で同時に被覆することも可能である。上記操作を組み合わせてもよい。
被覆処理の際には該めっき材表面は乾燥していても前記冷却工程での冷却水で濡れていても良い。
被覆工程によって、該めっき材表面にシランカップリング剤と含窒素化合物が吸着して被膜が生成する。以上のようなメカニズムで得られた被膜がバリアーとなりウィスカー発生の起点が少なくなり、また成長も抑制されるものと考えられる。更にめっき材の表面はシラン被膜のために微小な傷が発生しにくく、また酸化も抑えられるためフレッティングコロージョンも低減できる。
なお、より好ましくは、1種又は2種以上のシランカップリング剤及び1種又は2種以上の含窒素化合物で順番に被覆する場合は、先に1種又は2種以上の含窒素化合物で被覆し、後に1種又は2種以上のシランカップリング剤で被覆するか、或いはこれらで同時に被覆するのがウィスカー抑制効果の観点から好ましい。
【0020】
シランカップリング剤及び含窒素化合物で該めっき材表面を被覆するためにシランカップリング剤及び含窒素化合物自体を表面処理液として個別に又は混合して該めっき材表面に直接塗布して被覆してもよい。しかしながら、被覆量を調整するために、シランカップリング剤及び含窒素化合物を個別に又は混合して水、或いはエタノール等のアルコール、アセトン等のケトン、酢酸エチル等のエステル又はトルエン、n−デカン、N−メチル−2−ピロリドンやプロピレンカーボネート等の有機溶媒中に添加して均一になるように十分に攪拌して分散又は溶解させた表面処理液を用いて被覆させてもよい。溶媒としてはn−デカンなどを用いるのが安全性の理由により好ましい。
【0021】
前記表面処理液の温度はウィスカー抑制効果の観点から、20〜100℃、好ましくは30〜80℃、より好ましくは50〜70℃である。
表面処理液中の前記シランカップリング剤の濃度は、特に制限されるものではないが、ウィスカー抑制とコストの観点から表面処理液全体の重量に対して0.05〜10重量%、好ましくは0.1〜5.0重量%の濃度である。また、表面処理液中の前記含窒素化合物の濃度も、特に制限されるものではないが、ウィスカー抑制の観点から表面処理液全体の重量に対して0.01〜10重量%、好ましくは0.1〜5.0重量%の濃度である。
【0022】
前記表面処理液で該めっき材表面を被覆する方法は、スプレーコーティング、フローコーティング、スピンコーティング、ディップコーティング、ロールコーティング等の方法が挙げられ、生産性の観点からディップコーティングもしくはスプレーコーティングが好ましい。
【0023】
ここで、前記表面処理液で該めっき材表面を被覆する際は、リフロー炉より出てきたリフロー錫めっき材を30℃〜80℃程度の前記表面処理液に接触させることによって該めっき材を冷却し、被覆工程が冷却工程を兼ねることが好ましい。リフロー炉から出てきた直後の高温(通常300〜400℃)の該めっき材表面は活性に富むため、加熱溶融(リフロー)した後の高温の材料を、前記表面処理液に接触させることにより、冷却効果のみならず前記シランカップリング剤と前記含窒素化合物が錫めっき表面により強固に吸着する効果が得られ、更には生産効率も高まるからである。また、錫の表面に酸化膜が厚く存在すると処理液との反応がやや鈍くなるために、リフロー炉から出た該めっき材をできるだけ空気その他のガスに触れさせずに素早く前記処理液に接触させるのが好ましいが、実際上はリーツーリール等のめっきラインの中で連続的に行われれば充分な効果が得られる。
【0024】
被覆工程が冷却工程を兼ねる場合は、前記表面処理液のリフロー錫めっき材への接触は、高温のリフロー錫めっき材を冷却すること及び前記表面処理液で該めっき材表面を被覆することを主目的として行う。従って、表面処理液を該めっき材へ接触させる方法としては、前記表面処理液を該めっき材に噴霧する方法や前記表面処理液中に該めっき材を浸漬する等の方法が好ましい。被覆工程が冷却工程を兼ねる場合では、使用する表面処理液の温度は、液成分と錫めっきとの反応性を高める理由により、通常は20〜100℃であり、好ましくは30〜80℃、より好ましくは50〜70℃である。該めっき材を冷却液に接触させる時間は通常0.5〜60秒であり、好ましくは1〜40秒、より好ましくは5〜30秒とすることでシランカップリング剤と含窒素化合物の充分な吸着が得られる。
【0025】
被覆は水溶液等を用いて行われることが多いため、被覆工程の後、乾燥が行われることが通常である。すなわち、前記表面処理液で該めっき材表面を被覆した後は乾燥を実施する。乾燥方法としては、風乾や加熱乾燥が挙げられ、生産性の観点から加熱乾燥が好ましい。溶媒を除去するとともに、シランカップリング剤の脱水縮合を促進し、めっき材表面への定着を図るためである。被覆工程が冷却工程を兼ねる場合は、前記表面処理液との接触によって該めっき材を20〜90℃、好ましくは50〜80℃まで冷却してから乾燥するのが乾燥時間短縮の理由により好ましい。
該めっき材表面を1種又は2種以上のシランカップリング剤及び1種又は2種以上の含窒素化合物で複数回に分けて被覆する場合は、各被覆工程を連続的に実施してもよいが、各被覆工程間に乾燥工程を設け、先に被覆した方を上記方法で乾燥してから後に被覆する方で被覆するのが好ましい。先に被覆した方が乾燥する前に被覆すると先に被覆した方が後の被覆の際にめっき材表面から脱離してしまう恐れがあるからである。
【0026】
これまで説明してきた表面処理は上で特に指摘した点を除いて時間的制約は特にないが、工業的観点からは一連の工程で行うのが好ましい。
【0027】
銅又は銅合金
本発明に係る表面処理の対象となる銅又は銅合金の種類に特に制限はないが、これら銅又は銅合金がコネクタ・端子といった電子部品の材料として使用されることを主たる目的とするため、それら用途に適した強度、バネ性、加工性、導電性等を備えているのが望ましい。従って、銅又は銅合金としては例えば、リン青銅、黄銅、ベリリウム銅、チタン銅及びコルソン系合金等が挙げられる。
【0028】
本発明に係る表面処理を受ける銅又は銅合金の形態に特に制限はない。従って、本発明に係る表面処理はプレス加工前の素材の段階で行っても良く、又はプレス加工途中若しくは加工後に行っても良い。しかしながら工業性や用途の観点から本発明に係る表面処理はプレス加工前の条の形態にあるとき、或いはこれをプレス加工して端子やリードフレームの形態にした後に行うのが好ましい。
【0029】
シランカップリング剤
本発明に係るシランカップリング剤の種類は特に制限されずに使用可能である。本明細書において、シランカップリング剤とは1分子中に少なくとも一つの加水分解性基及び少なくとも一つの有機官能基を有する有機ケイ素化合物のことをいう。加水分解性基としては、例えば、クロル基等のハロゲン基、アルコキシ基、アセトキシ基、イソプロペノキシ基、アミノ基等が挙げられ、安定性及び取扱い易さの観点等からアルコキシ基が好ましい。アルコキシ基としては、例えば、炭素数が1〜20、好ましくは1〜10、より好ましくは1〜6の直鎖状、分枝鎖状又は環状のアルコキシ基が挙げられ、より具体的には、例えば、メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基、ブトキシ基、イソブトキシ基、第二級ブトキシ基、第三級ブトキシ基、ペンチルオキシ基、ヘキシルオキシ基、シクロプロピルオキシ基、シクロペンチルオキシ基、シクロヘキシルオキシ基等が挙げられる。上記アルコキシ基は置換基を有していてもよい。
また、有機官能基としては、例えば、ビニル基、エポキシ基、スチリル基、アクリロキシ基、メタクリロキシ基、アミノ基、N−フェニルアミノプロピル基、ウレイド基、クロロプロピル基、メルカプト基、イソシアネート基、スルフィド基等が挙げられ、ウィスカー抑制の観点からアミノ基が好ましい。
シランカップリング剤は2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0030】
含窒素化合物
本発明においては、下記一般式(ア)で示されるベンゾトリアゾール系化合物及び下記一般式(イ)で示されるベンゾチアゾール系化合物よりなる郡から選ばれる1種又は2種以上の含窒素化合物を使用する。
(ア)及び(イ)の化合物ははんだ付け劣化防止及び耐食性向上に寄与すると共に前記シランカップリング剤と組み合わさせることにより相乗的にウィスカー抑制効果を有すると考えられる。
【化2】

(式中、R1は水素原子、アルキル基又は置換アルキル基を表わし、R2はアルカリ金属、水素原子、アルキル基又は置換アルキル基を表わす。R3はアルカリ金属又は水素原子を表す。)で表わされる。R1及びR2のアルキル基は各々独立に、直鎖状、分枝状又は環状であってよく、炭素数も特に制約されないが、通常1〜22、好ましくは1〜12、より好ましくは1〜8である。アルキル基の例としてはメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基、t−ブチル基、n−ペンチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基が挙げられ、置換アルキル基の例としては少なくとも一個のハロゲン原子によって置換されたこれらのアルキル基が挙げられる。R3は溶媒が水の場合にはアルカリ金属であることが好ましく、アルカリ金属としてはナトリウム又はカリウムが好ましい。
一般式(ア)で表わされる化合物のうち好ましいものを挙げると、例えば、ベンゾトリアゾール(R1、R2ともに水素)、1−メチルベンゾトリアゾール(R1が水素、R2がメチル)、トリルトリアゾール(R1がメチル、R2が水素)、1−(N,N−ジオクチルアミノメチル)ベンゾトリアゾール(R1が水素、R2がN,N−ジオクチルアミノメチル)などである。
一般式(イ)で表わされる化合物のうち好ましいものを挙げると、例えば、メルカプトベンゾチアゾール、メルカプトベンゾチアゾールのナトリウム塩、メルカプトベンゾチアゾールのカリウム塩などがある。
含窒素化合物は2種以上を組み合わせて用いることもできる。
【0031】
XPS分析
シランカップリング剤はSi(珪素原子)を成分にもち、含窒素化合物(ベンゾトリアゾール系化合物及びベンゾチアゾール系化合物)はN(窒素原子)を成分にもつ。これら成分の錫めっきへの濃度は、XPS(X線光電子分光法)による表面分析により確認することができる。本発明者等は、XPSにより錫めっき表面に吸着しているSi、N及びCの強度(濃度)を様々な条件で測定して以下の知見を得た。
本発明に係る表面処理方法によるウィスカー抑制効果は、前記リフロー錫めっき表面に吸着している上記各成分の濃度に依存し、表面濃度がある規定レベルを超えないとウィスカー抑制効果が充分ではない。また、錫めっき表面に吸着しているSi又はN濃度が高すぎるとウィスカー抑制効果は得られるが接触抵抗が上昇してしまう。
また、検出されたC、Si及びNの合計濃度に対するSi又はNの比率が高すぎると接触抵抗の上昇を招き、逆にSi又はNの比率が低すぎるとウィスカー抑制効果が不十分となることが分かった。
【0032】
本発明者は、鋭意研究の結果、下記の条件式(イ)及び(ロ)を同時に満たすときに、ウィスカー抑制効果と接触抵抗の良好なバランスを示すことを見出した。これは、ウィスカーの抑制と接触抵抗は、錫めっき表面に吸着しているSiとNの濃度に依存するとの理由によると考えられる。
(イ) 0.005≦ 〔Si〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕) ≦0.2
(ロ) 0.002≦ 〔N〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕) ≦0.3
ここで、〔Si〕、〔N〕、〔C〕はそれぞれ、該錫めっき材表面からXPSで検出されるSi、N及びCの濃度(原子百分率(at%))を表す。
〔Si〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕)は好ましくは0.007以上、より好ましくは0.01以上であり、好ましくは0.18以下、より好ましくは0.15以下である。〔N〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕)は好ましくは0.003以上、より好ましくは0.005以上であり、好ましくは0.27以下、より好ましくは0.25以下である。
【0033】
〔Si〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕)及び〔N〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕)はシランカップリング剤の種類、ベンゾトリアゾール、チアゾール系化合物の種類、冷却液中の濃度、液温度より調整することができ、これらの数値を大きくしたい場合は例えば成分濃度を高くすれば良く、小さくしたい場合は成分濃度を下げれば良い。従って、シランカップリング剤とベンゾトリアゾール系化合物の濃度をそれぞれ0.1〜1.0%添加すれば上記範囲の〔Si〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕)及び〔N〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕)を得ることができる。ただし、上記式の値は、各有機成分の分子量や分子構造にも依存するため、式にはC(炭素)濃度も加味されている。
【0034】
上で説明した本発明に係る表面処理方法の種々の実施形態によって得られた表面処理材は本発明の別の一実施形態に該当し、更にこの表面処理材は、コネクタ、端子、スイッチ及びリードフレーム等の電子部品の一部又は全体として用いることができる。
【0035】
本発明及びその利点を充分に理解できるように以下に本発明の実施例を挙げるが、これらは本発明が限定されることを意図するものではない。
【実施例1】
【0036】
(1)リフロー錫めっき試料の作製
幅50mm、長さ100mm、厚み0.64mmの黄銅板に、厚み0.6μmのCuめっき(硫酸浴使用)の下地めっきを行い、その上に厚み1.2μmの錫めっき(メタンスルホン酸浴使用)を施した。
錫めっき後の試料を窒素雰囲気下、300〜400℃で15秒加熱溶融(リフロー)処理して錫めっき被膜を溶融させ、次に約60℃に維持したの3Lの冷却水中に材料を10秒浸漬させて冷却処理した。次いで、めっき表面に本発明に係る60℃の種々の表面処理液を浸漬方法で塗布した。その後、試料を温風により乾燥した。
リフローの有無及びめっきに塗布する処理液の組成、濃度及び処理方法を変えて試料を作製した。
各実施例に使用した試料を表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
(2)X線光電子分光法(XPS)による分析方法
X線光電子分光装置(型式:5600MC、アルバック・ファイ製)を用い、試料表面から検出される元素の強度から、各元素の濃度(at.%)を測定した。
【0039】
(3)ウィスカー評価方法
ウィスカーの評価は、錫めっき表面に圧子(直径1.4mmのステンレス球)を接触させ、1.5Nの荷重をかけて168時間室温で、空気雰囲気中に放置させ、試料を取り出しSEMでその表面を観察した。
ウィスカー平均長さは、SEMにより試料表面の中央付近を1000〜2000倍の倍率で1枚撮影し、写真の中のウィスカーから最も長いものを3本選び、その平均値とした。
【0040】
(4)接触抵抗測定方法
接触抵抗測定装置として、接点シミュレータ(山崎精機製)を用い、接点荷重0.49N、電流10mAの条件で接触抵抗を測定した。
【0041】
(5)加熱後のはんだ付け性評価方法
試験条件は下記とし、はんだ濡れ時間が3秒未満の場合を○、はんだ濡れ時間が3秒以上の場合を×と評価した。
・加熱条件:大気雰囲気中で、155℃、16時間加熱
・はんだ:Sn60%−Pb40%はんだ(235℃)
・フラックス:ロジン−イソプロピルアルコール溶液
・測定装置:レスカ(株)製SA−5000
【0042】
(6)各試料(実施例、比較例)の評価結果
発明例1〜6においては、ウィスカーの平均長さが約6μmと短く、また接触抵抗も10mΩ以下の低い値となり、ウィスカーが成長しにくいことが確認された。また、加熱後のはんだ付け性も良好であった。
発明例7は、〔Si〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕)及び〔N〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕)の値が低い場合であり、ウィスカーの成長は抑制されているが、実施例1〜6に比較するとウィスカーは長くなっている。
発明例8は、〔Si〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕)及び〔N〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕)の値が高い場合であり、ウィスカーの成長は抑制されているが、接触抵抗が高くなっている。
比較例1は、めっき表面に処理液を塗布しないものであり、この場合にはウィスカーが長く成長した。また、加熱後のはんだ付け性も悪かった。
比較例2は、錫めっきをリフローしない場合の例であり、この場合にもウィスカーは長く成長する。
比較例3は、エポキシ系シランカップリング剤単独で表面処理したもので、ウィスカー抑制効果は高くない。また、加熱後のはんだ付け性も悪かった。
比較例4は、アミノ系シランカップリング剤単独で表面処理したもので、エポキシ系シランカップリング剤よりはウィスカー抑制効果はあるものの、これにベンゾトリアゾールを添加した発明例3よりは劣る。また、加熱後のはんだ付け性も悪かった。
比較例5は、ベンゾトリアゾール単独で表面処理したもので、ウィスカー抑制効果は高くない。
【0043】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
銅又は銅合金の表面の一部又は全体に錫めっきを施すめっき工程と、前記錫めっきを加熱溶融するリフロー工程と、これにより得られた錫めっき材を冷却する冷却工程と、冷却されたリフロー錫めっき材のリフロー錫めっき表面を1種又は2種以上のシランカップリング剤と下記一般式(ア)で示されるベンゾトリアゾール系化合物及び下記一般式(イ)で示されるベンゾチアゾール系化合物から選択される1種又は2種以上の含窒素化合物とで任意の順(同時を含む)に被覆する被覆工程とを含む銅又は銅合金の表面処理方法。
【化1】

(式中、R1は水素原子、アルキル基又は置換アルキル基を表し、R2はアルカリ金属、水素原子、アルキル基又は置換アルキル基を表す。R3はアルカリ金属又は水素原子を表す。)
【請求項2】
前記被覆工程が前記1種又は2種以上のシランカップリング剤を含有する表面処理液及び前記1種又は2種以上の含窒素化合物を含有する表面処理液に任意の順に、或いは前記1種又は2種以上のシランカップリング剤及び前記1種又は2種以上の含窒素化合物の両方を含有する表面処理液に前記リフロー錫めっき材を浸漬することを含む請求項1に記載の表面処理方法。
【請求項3】
前記リフロー工程により得られた前記リフロー錫めっき材を前記1種又は2種以上のシランカップリング剤と前記1種又は2種以上の含窒素化合物とを含有する30℃〜80℃の表面処理液に接触させることによって被覆工程が冷却工程を兼ねる請求項1に記載の表面処理方法。
【請求項4】
前記表面処理を受ける前記銅又は銅合金が条又は条をプレス加工した端子の形態にあることを特徴とする請求項1〜3の何れか一項に記載の表面処理方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか一項に記載の表面処理方法によって得られた表面処理材。
【請求項6】
前記リフロー錫めっき表面をXPSで分析した際に検出されるSi及びNの濃度が、下記の条件式(A)及び(B)を同時に満たすことを特徴とする請求項5に記載の表面処理材。
(A) 0.005≦ 〔Si〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕) ≦0.2
(B) 0.002≦ 〔N〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕) ≦0.3
(上記式において、〔Si〕、〔N〕、〔C〕はそれぞれ、錫めっき表面からXPSで検出されるSi、N及びCの濃度(原子百分率(at%))を表す。)
【請求項7】
XPSで表面分析した際に検出されるSi及びNの濃度が、下記の条件式(A)及び(B)を同時に満たすように表面が被覆されたリフロー錫めっき材。
(A) 0.005≦ 〔Si〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕) ≦0.2
(B) 0.002≦ 〔N〕/(〔C〕+〔Si〕+〔N〕) ≦0.3
(上記式において、〔Si〕、〔N〕、〔C〕はそれぞれ、錫めっき表面からXPSで検出されるSi、N及びCの濃度(原子百分率(at%))を表す。)
【請求項8】
請求項5又は6の何れか一項に記載の表面処理材を用いた電子部品。
【請求項9】
請求項7に記載のリフロー錫めっき材を用いた電子部品。