説明

銅合金板材およびその製造方法

【課題】高強度で曲げ加工性およびプレス打抜き性が良好なCu−Ni−Si系銅合金板材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】0.7〜4.0質量%のNiと0.2〜1.5質量%のSiを含み、必要に応じて、0.1〜1.2質量%のSn、2.0質量%以下のZn、1.0質量%以下のMg、2.0質量%以下のCoおよび1.0質量%以下のFeからなる群から選ばれる1種以上の元素を含み、さらに必要に応じて、Cr、B、P、Zr、Ti、Mn、Ag、Beおよびミッシュメタルからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計3質量%以下の範囲で含み、残部がCuおよび不可避不純物である組成を有する銅合金の原料を溶解して鋳造し、熱間圧延を行って得られた銅合金板材を複数枚積層して仕上げ冷間圧延を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、銅合金板材およびその製造方法に関し、コネクタ、リードフレーム、リレー、スイッチなどの電気電子部品に使用するCu−Ni−Si系銅合金板材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
コネクタ、リードフレーム、リレー、スイッチなどの通電部品として電気電子部品に使用される材料には、通電によるジュール熱の発生を抑制するために良好な導電性を有することが要求されるとともに、電気電子機器の組立時や作動時に付与される応力に耐え得る高い強度を有することが要求される。また、コネクタなどの電気電子部品は、一般にプレス打抜き後に曲げ加工により成形されることから、優れたプレス打抜き性と曲げ加工性を有することも要求される。
【0003】
特に、近年では、コネクタなどの電気電子部品は、高集積化、小型化および軽量化が進む傾向にあり、それに伴って、コネクタなどの電気電子部品の素材である銅や銅合金の板材には、薄肉化の要求が高まっている。そのため、素材に要求される強度レベルは一層厳しくなっており、引張強さ700MPa以上の強度レベルを有することが望まれている。
【0004】
しかし、一般に銅合金板材の強度と曲げ加工性の間やプレス打抜き性と曲げ加工性の間にはトレードオフの関係があるので、このように素材に要求される強度レベルが一層厳しくなるに従って、強度とプレス打抜き性と曲げ加工性を同時に満足する銅合金板材を得るのは難しくなっている。
【0005】
コネクタなどの電気電子部品の素材として使用される銅合金板材の中で、Cu−Ni−Si系合金(所謂コルソン合金)は、強度と導電性の間の特性バランスに比較的優れた材料として注目されている。例えば、Cu−Ni−Si系銅合金板材は、熱間圧延、冷間圧延、溶体化処理、冷間圧延、時効処理、仕上げ冷間圧延および低温焼鈍を基本とする工程により、比較的高い導電率(30〜50%IACS)を維持しながら、700MPa以上の強度にすることができる。しかし、Cu−Ni−Si系銅合金板材は、高強度であるが故に、その曲げ加工性が必ずしも良好であるとは限らない。
【0006】
また、Cu−Ni−Si系銅合金板材の強度を向上させる方法として、NiやSiなどの溶質元素の添加量を多くする方法や、時効処理後の仕上げ圧延(調質処理)率を高くする方法などが知られている。しかし、NiやSiなどの溶質元素の添加量を多くする方法では、導電率が低下するとともに、Ni−Si系の析出物の量が多くなって曲げ加工性が低下し易くなる。一方、時効処理後の仕上げ圧延率を高くする方法では、加工硬化の程度が大きくなるために、LD(圧延方向)を曲げ軸とする曲げ加工性(BadWay曲げ加工性)を著しく悪化させるので、強度と導電性が高くてもコネクタなどの電気電子部品として加工することができない場合がある。
【0007】
また、Cu−Ni−Si系銅合金板材の曲げ加工性の低下を防止する方法として、時効処理後の仕上げ冷間圧延を省略するか、あるいは、仕上げ冷間圧延率を最小限にするとともに、これによる強度の低下をNiやSiなどの溶質元素の添加量の増加により補う方法が知られている。しかし、この方法では、TD(圧延方向および板厚方向に垂直な方向)を曲げ軸とする曲げ加工性(GoodWay曲げ加工性)が著しく悪化するという問題がある。
【0008】
近年、Cu−Ni−Si系銅合金板材において、このような曲げ加工性の問題を改善する方法として、結晶方位(集合組織)を制御することによって曲げ加工性を改善する種々の方法が提案されている。例えば、(I{200}+I{311})/I{220}≧0.5を満たすようにして、Cu−Ni−Si系銅合金板材の曲げ加工性を向上させる方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0009】
また、Cu−Ni−Si系銅合金板材において、プレス加工性と曲げ加工性を改善する方法として、圧延面において測定した(hkl)面のX線回折強度比I(111)/I(200)を2.0以上にすることによって、Cu−Ni−Si合金などの銅基圧延合金のプレス加工性と曲げ加工性を改善する方法が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2000−80428号公報(段落番号0003−0004)
【特許文献2】国際公開2007/148712号公報(段落番号0010−0017)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかし、特許文献1の方法では、(I{200}+I{311})/I{220}≧0.5を満たすようにするために、圧延集合組織の主方位である{220}結晶面の割合を少なくする必要がある。そのため、溶体化処理後の冷間圧延の圧延率を低くすると、曲げ加工性を向上させることができるが、このような圧延集合組織に調整すると、強度が低下することが多く、引張強さが560〜670MPa程度になる。
【0012】
また、特許文献2の方法では、引張強度が高くなって700N/mm以上になると、曲げ加工性が悪化して十分な曲げ加工性を得ることができなくなる。
【0013】
したがって、本発明は、このような従来の問題点に鑑み、高強度で曲げ加工性およびプレス打抜き性が良好なCu−Ni−Si系銅合金板材およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、0.7〜4.0質量%のNiと0.2〜1.5質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物である組成を有する銅合金板材を複数枚積層して仕上げ冷間圧延することにより、高強度で曲げ加工性およびプレス打抜き性が良好なCu−Ni−Si系銅合金板材を製造することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明による銅合金板材の製造方法は、0.7〜4.0質量%のNiと0.2〜1.5質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物である組成を有する銅合金からなる板材を複数枚積層して仕上げ冷間圧延することを特徴とする。
【0016】
この銅合金板材の製造方法において、仕上げ冷間圧延を圧延率20%以上で行うのが好ましく、仕上げ冷間圧延の後に150〜550℃で加熱処理する低温焼鈍を行うのが好ましい。また、上記の組成を有する銅合金からなる板材が、上記の組成を有する銅合金の原料を溶解して鋳造した後、熱間圧延を行うことによって得られた板材、あるいは、上記の組成を有する銅合金の原料を溶解して鋳造した後、熱間圧延を行い、その後、冷間圧延、中間焼鈍、溶体化処理および時効処理を行うことによって得られた板材であるのがさらに好ましい。
【0017】
また、上記の銅合金板材の製造方法において、銅合金の原料が、0.1〜1.2質量%のSn、2.0質量%以下のZn、1.0質量%以下のMg、2.0質量%以下のCoおよび1.0質量%以下のFeからなる群から選ばれる1種以上の元素をさらに含む組成を有してもよく、また、Cr、B、P、Zr、Ti、Mn、Ag、Beおよびミッシュメタルからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計3質量%以下の範囲でさらに含む組成を有してもよい。
【0018】
また、本発明による銅合金板材は、0.7〜4.0質量%のNiと0.2〜1.5質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物である組成を有し、一方の板面における{111}結晶面のX線回折強度をI{111}とし、他方の板面における{111}結晶面のX線回折強度をI{111}とすると、I{111}>I{111}であり、I{111}/I{111}≧3を満たす結晶配向を有することを特徴とする。
【0019】
この銅合金板材は、I{111}/I{111}≧5を満たす結晶配向を有するのが好ましい。また、一方の板面における{220}結晶面のX線回折強度をI{220}とし、他方の板面における{220}結晶面のX線回折強度をI{220}とすると、[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]≧3を満たす結晶配向を有するのが好ましく、[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]≧10を満たす結晶配向を有するのがさらに好ましい。
【0020】
また、上記の銅合金板材は、0.1〜1.2質量%のSn、2.0質量%以下のZn、1.0質量%以下のMg、2.0質量%以下のCoおよび1.0質量%以下のFeからなる群から選ばれる1種以上の元素をさらに含む組成を有してもよく、また、Cr、B、P、Zr、Ti、Mn、Ag、Beおよびミッシュメタルからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計3質量%以下の範囲でさらに含む組成を有してもよい。
【0021】
また、上記の銅合金板材の引張強さが700N/mm以上であるのが好ましい。また、上記の銅合金板材の一方の板面が凸面になるように曲げ加工した際の曲げ加工性が、他方の板面が凸面になるように曲げ加工した際の曲げ加工性より良好であるのが好ましい。さらに、一方の板面からのプレス打抜き性が、他方の板面からのプレス打抜き性より良好であるのが好ましい。
【0022】
また、本発明による電気電子部品は、上記の銅合金板材を材料として用いたことを特徴とする。この電気電子部品が、コネクタ、リードフレーム、リレーまたはスイッチであるのが好ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、高強度で曲げ加工性およびプレス打抜き性が良好なCu−Ni−Si系銅合金板材を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】実施例における仕上げ冷間圧延を説明する概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明による銅合金板材の製造方法の実施の形態では、0.7〜4.0質量%のNiと0.2〜1.5質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物である組成を有する銅合金板材を複数枚積層して冷間圧延(積層圧延)を行う。
【0026】
この銅合金板材は、CuとNiとSiを含むCu−Ni−Si系銅合金からなり、必要に応じて、Cu−Ni−Siの3元系基本成分にSn、Zn、Mg、CoおよびFeからなる群から選ばれる1種以上の元素を含有させてもよく、Cr、B、P、Zr、Ti、Mn、Ag、Beおよびミッシュメタルからなる群から選ばれる1種以上の元素を含有させてもよい。
【0027】
NiおよびSiは、Ni−Si系析出物を生成して、銅合金板材の強度と導電性を向上させる効果を有する。Ni含有量が0.7質量%未満の場合やSi含有量が0.2質量%未満の場合には、この効果を十分に発揮させるのは困難である。そのため、Ni含有量は、0.7質量%以上にするのが好ましく、1.2質量%以上にするのがさらに好ましく、1.4質量%以上にするのがさらに好ましい。また、Si含有量は、0.2質量%以上にするのが好ましく、0.3質量%以上にするのがさらに好ましく、0.35質量%以上にするのが最も好ましい。一方、Ni含有量やSi含有量が高過ぎると、粗大な析出物が生成し易く、曲げ加工時の割れの原因になるので、GoodWayとBadWayのいずれの曲げ加工性も低下し易い。そのため、Ni含有量は、4.0質量%以下にするのが好ましく、3.5質量%以下にするのがさらに好ましく、2.5質量%以下にするのが最も好ましい。また、Si含有量は、1.5質量%以下にするのが好ましく、1.0質量%以下にするのがさらに好ましく、0.8質量%以下にするのが最も好ましい。
【0028】
NiとSiによって形成されるNi−Si系析出物は、NiSiを主体とする金属間化合物であると考えられる。但し、合金中のNiおよびSiは、時効処理によって全てが析出物になるとは限らず、ある程度はCuマトリックス中に固溶した状態で存在する。固溶状態のNiおよびSiは、銅合金板材の強度を若干向上させるが、析出状態と比べてその効果は小さく、また、導電率を低下させる要因になる。そのため、NiとSiの含有量の比は、できるだけ析出物NiSiの組成比に近づけるのが好ましい。したがって、Ni/Si質量比を3.5〜6.0に調整するのが好ましく、3.5〜5.0に調整するのがさらに好ましい。但し、銅合金板材がCoやCrなどのようにSiとの析出物を生成可能な元素を含有する場合には、Ni/Si質量比を1.0〜4.0に調整するのが好ましい。
【0029】
Snは、銅合金板材の固溶強化作用を有する。この作用を十分に発揮させるためには、Sn含有量が0.1質量%以上であるのが好ましく、0.2質量%以上であるのがさらに好ましい。一方、Sn含有量が1.2質量%を超えると、導電率が著しく低下してしまうので、Sn含有量が1.2質量%以下であるのが好ましく、0.7質量%以下であるのがさらに好ましい。
【0030】
Znは、銅合金板材のはんだ付け性および強度を向上させるとともに、鋳造性を改善する効果を有する。また、Znを添加することによって安価な黄銅スクラップを使用することができるという利点がある。この効果を十分に発揮させるためには、Zn含有量を0.1質量%以上にするのが好ましく、0.3質量%以上にするのがさらに好ましい。しかし、Zn含有量が2.0質量%を超えると、導電性や耐応力腐食割れ性が低下し易くなるので、Znを添加する場合には、Zn含有量を2.0質量%以下にするのが好ましく、1.0質量%以下にするのがさらに好ましい。
【0031】
Mgは、Ni−Si系析出物の粗大化を防止する作用を有するとともに、銅合金板材の耐応力緩和特性を向上させる作用を有する。これらの作用を十分に発揮させるためには、Mg含有量を0.01質量%以上にするのが好ましい。しかし、Mg含有量が1.0質量%を超えると、鋳造性や熱間加工性が著しく低下し易くなるので、Mgを添加する場合には、Mg含有量を1.0質量%以下にするのが好ましい。
【0032】
Coは、銅合金板材の強度と導電率を向上させる作用を有する。すなわち、Coは、Siとの析出物を生成可能な元素であるとともに、単体で析出可能な元素であり、銅合金板材がCoを含有すると、Cuマトリックス中の固溶Siと反応して析出物を生成する一方、余剰のCoが単体で析出することにより、強度と導電率が向上する。これらの作用を十分に発揮させるためには、Co含有量を0.1質量%以上にするのが好ましい。しかし、Coは高価な元素であることから、過剰に添加するとコストが増大するため、Co含有量を2.0質量%以下にするのが好ましい。したがって、Coを添加する場合には、Co含有量を0.1〜2.0質量%にするのが好ましく、0.5〜1.5質量%にするのがさらに好ましい。また、CoとSiとの析出物が生成することにより、Ni−Si系析出物を生成可能なSiの量が減少する可能性があるため、Coを添加する場合には、Si/Co質量比0.15〜0.3のSiをさらに添加するのが好ましい。
【0033】
Feは、溶体化処理後の再結晶粒の{200}方位の生成を促進するとともに、{220}方位の生成を抑制することにより、銅合金板材の曲げ加工性を向上させる作用を有する。すなわち、銅合金板材がFeを含有すると、{220}方位密度の減少と{200}方位密度の増大により、曲げ加工性が向上する。これらの作用を十分に発揮させるためには、Fe含有量を0.05質量%以上にするのが好ましい。しかし、Fe含有量が過剰になると、導電率が著しく低下してしまうので、Fe含有量を1.0質量%以下にするのが好ましい。したがって、Feを添加する場合には、Fe含有量を0.05〜1.0質量%にするのが好ましく、0.1〜0.5質量%にするのがさらに好ましい。
【0034】
Cr、B、P、Zr、Ti、Mn、Ag、Beおよびミッシュメタルのうち、Cr、B、P、Zr、Ti、Mn、Beは、銅合金板材の強度をさらに高めるとともに、応力緩和を小さくする作用を有する。また、Cr、Zr、Ti、Mnは、不可避的不純物として存在するSやPbなどと高融点化合物を形成し易く、B、P、Zr、Tiは、鋳造組織の微細化効果を有し、熱間加工性を向上させる効果を有する。また、Agは、導電率をそれ程低下させずに固溶強化の効果を有する。さらに、ミッシュメタルは、Ce、La、Dy、Nd、Yなどを含む希土類元素の混合物であり、結晶粒の微細化効果や、析出物の分散化効果を有する。
【0035】
なお、銅合金板材がCr、B、P、Zr、Ti、Mn、Ag、Beおよびミッシュメタルからなる群から選ばれる1種以上を含有する場合には、各元素を添加した効果を十分に得るために、これらの総量が0.01質量%以上であるのが好ましい。しかし、総量が3質量%を超えると、熱間加工性または冷間加工性に悪い影響を与え、コスト的にも不利になる。したがって、これらの元素の総量は、3質量%以下であるのが好ましく、2質量%以下であるのがさらに好ましい。
【0036】
複数枚積層して冷間圧延(最終的な冷間圧延である仕上げ冷間圧延)を行う銅合金板材として、一般的な銅合金の溶製方法と同様の方法により銅合金の原料を溶解し、連続鋳造や半連続鋳造などにより鋳片を製造(鋳造)した後、熱間圧延を行って得られた銅合金板材を使用することができる。なお、必要に応じて、熱間圧延後、仕上げ冷間圧延前に、冷間圧延、中間焼鈍、溶体化処理、時効処理などを行ってもよく、仕上げ冷間圧延後に低温焼鈍を行ってもよい。また、熱間圧延後には、必要に応じて面削や酸洗を行い、中間焼鈍などの熱処理後には、必要に応じて酸洗、研磨、脱脂を行ってもよい。
【0037】
仕上げ冷間圧延では、複数枚の銅合金板材を積層して冷間圧延を行う。積層する銅合金板材の枚数は、2枚以上であればよいが、3枚以上であるのが好ましく、その場合には外側(冷間圧延するための一対の圧延ロールが接触する側または圧延ロールに近い側)の銅合金板材を使用する。なお、3枚の板材を積層して冷間圧延を行う場合には、内側の銅合金板材(圧延ロールが接触しない銅合金板材)を外側の銅合金板材(圧延ロールが接触する銅合金板材)と異なる材料からなる金属板材、例えばFe、42アロイなどのFe−Ni合金、AlまたはAl合金などからなる金属板材に代えてもよい。このように内側と外側の板材の材料を異なる材料とすれば、圧延条件によって部分的に接合するのを防止し、銅合金板材を引き剥がす際に表面にキズなどが生じるのを防止して、良好な品質の銅合金板材を容易に得ることができる。この場合、外側の2枚の銅合金板材をコネクタなどの材料として使用すればよい。また、内側の金属板材は、ダミー材(内側専用板材)として繰り返し使用してもよいし、別の用途の材料として使用してもよい。また、内側の金属板材をダミー材として繰り返し使用する場合には、その材料、硬さ、表面粗さなどが異なるダミー材を使用すれば、外側の銅合金板材との摩擦係数やせん断応力などを制御して、良好な品質の銅合金板材を容易に得ることができる。
【0038】
このように複数枚の銅合金板材を積層して冷間圧延を行うと、各々の銅合金板材の集合組織を板厚方向に変化させることができることがわかった。このように銅合金板材の集合組織を板厚方向に変化させると、同一の圧延率により同等の強度が得られる通常の圧延材と比べて、BadWay曲げ加工性を飛躍的に向上させることができる。板材の曲げ加工では、曲げ部外側が引張応力を受けるのに対して、曲げ部内側は圧縮応力を受けることになり、その間は板厚方向に連続的に変化する応力状態になるため、集合組織を板厚方向に変化させることによって、優位な状態があると考えられる。なお、仕上げ圧延の際に上下の圧延ロールの周速が異なる異速圧延機を使用すると、積層した複数枚の銅合金板材の間の界面に、より高いせん断変形を与えることができ、効率的に銅合金板材の集合組織を板厚方向に変化させることができる。但し、異速圧延機を使用すると、銅合金板材の圧延ロールに接する面や形状などが悪化し易く、後処理が必要となる場合があり、また、コストの増加を招き易いので注意が必要である。
【0039】
また、複数枚の銅合金板材を積層して冷間圧延を行うと、銅合金板材の内側面(冷間圧延するための一対の圧延ロールから遠い側の面)からの銅合金板材のプレス打抜き性が飛躍的に向上することがわかった。すなわち、複数枚の銅合金板材を積層して冷間圧延を行うと、銅合金板材の内側面にダレが形成され、外側面にバリが形成されるようなプレス打抜きを行う場合のプレス打抜き性が飛躍的に向上することがわかった。一般に、パンチとダイの間に板材を配置してパンチがダイを通過することにより板材を打抜くプレス打抜き加工などのせん断加工を行う場合には、その板材が{110}結晶面や{111}結晶面が発達した集合組織を有するのが好ましいが、プレス打ち抜き加工などのせん断加工による板材の切断面には、パンチ側からせん断面および破断面がこの順で異なるメカニズムにより形成されるため、板材の両面で異なる集合組織を発達させれば、優れたプレス打抜き性を有する板材を得ることができると考えられる。
【0040】
この仕上げ冷間圧延では、板面の集合組織を制御することができ、一方の板面のみの{111}結晶面を発達させ、{220}結晶面の発達を抑制することができることがわかった。このように一方の板面のみの{111}結晶面を発達させて{220}結晶面の発達を抑制すると、板材の両面で異なる集合組織を発達させて、両面で大きく異なった集合組織を有する板材を得ることができる。
【0041】
このようにして、一方の板面(仕上げ冷間圧延において積層した銅合金板材の外側の面)における{111}結晶面のX線回折強度をI{111}とし、他方の板面(仕上げ冷間圧延において積層した銅合金板材の内側の面)における{111}結晶面のX線回折強度をI{111}とすると、I{111}/I{111}≧3、好ましくはI{111}/I{111}≧5を満たす結晶配向を有し、一方の板面における{220}結晶面のX線回折強度をI{220}とし、他方の板面における{220}結晶面のX線回折強度をI{220}とすると、[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]≧3、好ましくは[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]≧10を満たす結晶配向を有する銅合金板材を得ることができる。
【0042】
このような集合組織の銅合金板材を得るためには、仕上げ冷間圧延を圧延率20%以上で行うのが好ましく、圧延率25%以上で行うのがさらに好ましい。また、コネクタ、リードフレーム、リレー、スイッチなどの電気電子部品の材料として使用するためには、最終的な板厚を概ね0.05〜1.0mmにするのが好ましく、0.08〜0.5mmにするのがさらに好ましい。
【0043】
この仕上げ冷間圧延前に、必要に応じて、冷間圧延、(冷間圧延後または冷間圧延間の)中間焼鈍、溶体化処理、(溶体化処理後の)時効処理を行うのが好ましい。なお、冷間圧延および中間焼鈍は、溶体化処理および時効処理の前に行ってもよいし、溶体化処理と時効処理の間に行ってもよいし、溶体化処理および時効処理の後に行ってもよい。
【0044】
冷間圧延は、仕上げ冷間圧延前に所望の板厚にするとともに、加工硬化による機械特性を向上させるために行われる。
【0045】
溶体化処理は、溶質元素のマトリックス中への再固溶と、再結晶化とを目的とする熱処理である。この溶体化処理は、好ましくは700〜980℃、さらに好ましくは700〜900℃で、好ましくは10秒〜20分間、さらに好ましくは10秒〜10分間行う。具体的には、この溶体化処理の温度(到達温度)および時間(保持時間)は、溶体化処理後の再結晶粒の平均結晶粒径が好ましくは5〜60μm、さらに好ましくは5〜40μm、最も好ましくは5〜20μmになるように設定すればよい。この溶体化処理後の再結晶粒の平均結晶粒径は、最終的に製造される銅合金板材の平均結晶粒径とほぼ等しくなる。
【0046】
時効処理は、Ni−Si系金属間化合物を析出させて、Cu−Ni−Si系銅合金板材の導電性と強度を向上するために行われる。この時効処理は、400〜600℃の温度で行うのが好ましく、時効処理時間は、概ね1〜10時間程度で良好な結果が得られる。
【0047】
仕上げ冷間圧延後には、銅合金板材の残留応力の低減、ばね限界値と耐応力緩和特性の向上を目的として、低温焼鈍を施してもよい。加熱温度は、150〜550℃になるように設定するのが好ましい。これにより板材内部の残留応力が低減され、強度の低下をほとんど伴わずに曲げ加工性を向上させることができる。また、導電率を向上させる効果もある。この加熱温度が高過ぎると、短時間で軟化し、バッチ式でも連続式でも特性のバラツキが生じ易くなる。一方、加熱温度が低過ぎると、上述した特性を改善する効果が十分に得られない。加熱時間は、5秒以上にするのが好ましく、通常1時間以内で良好な結果が得られる。
【0048】
なお、本発明による銅合金板材の製造方法の実施の形態では、銅合金板材を複数枚積層して冷間圧延(積層圧延)を行うので、タクトタイム(工程作業時間)を短くすることができるとともに、設備負荷を低減することができる。
【0049】
本発明による銅合金板材の実施の形態は、0.7〜4.0質量%のNiと0.2〜1.5質量%のSiを含み、必要に応じて、0.1〜1.2質量%のSn、2.0質量%以下のZn、1.0質量%以下のMg、2.0質量%以下のCoおよび1.0質量%以下のFeからなる群から選ばれる1種以上の元素を含み、さらに必要に応じて、Cr、B、P、Zr、Ti、Mn、Ag、Beおよびミッシュメタルからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計3質量%以下の範囲で含み、残部がCuおよび不可避不純物である組成を有する銅合金板材において、両面で大きく異なった集合組織を有し、一方の板面(仕上げ冷間圧延において積層した銅合金板材の外側の面)における{111}結晶面のX線回折強度をI{111}とし、他方の板面(仕上げ冷間圧延において積層した銅合金板材の内側の面)における{111}結晶面のX線回折強度をI{111}とすると、I{111}>I{111}であり、I{111}/I{111}≧3、好ましくはI{111}/I{111}≧5を満たす結晶配向を有し、一方の板面における{220}結晶面のX線回折強度をI{220}とし、他方の板面における{220}結晶面のX線回折強度をI{220}とすると、[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]≧3、好ましくは[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]≧10を満たす結晶配向を有する。
【0050】
一般に、金属板の曲げ加工を行う場合、各結晶粒の結晶方位が異なるので、曲げ加工時に変形し易い結晶粒と変形し難い結晶粒が存在し、結晶粒が一様に変形するのではない。金属板の曲げ加工の程度が増大するに従って、変形し易い結晶粒が優先的に変形し、金属板の曲げ部の表面には、結晶粒間における不均一な変形に起因して微小の凹凸が生じ、この凹凸がしわに発展し、場合によっては割れ(破壊)に至る。したがって、一般に、金属板の曲げ加工性は、結晶粒径と結晶方位に左右され易い。結晶粒径が小さい程、曲げ変形が分散して曲げ加工性が向上する。また、曲げ加工時に変形し易い結晶粒が多い程、曲げ加工性が向上する。すなわち、金属板が特定の集合組織を有する場合には、特に結晶粒を微細化しなくても、曲げ加工性を顕著に向上させることもできる。
【0051】
上述したように、平均結晶粒径が小さい程、曲げ加工性の向上に有利であるが、小さ過ぎると耐応力緩和特性が悪くなり易い。JIS H0501の切断法による平均結晶粒径が好ましくは6μm以上、さらに好ましくは8μm以上であれば、銅合金板材を車載用コネクタの素材として使用する場合でも満足できるレベルの耐応力緩和特性を確保し易くなる。しかし、平均結晶粒径が大きくなり過ぎると、曲げ部の表面の肌荒が起こり易く、曲げ加工性が低下する場合があるので、60μm以下であるのが好ましい。したがって、平均結晶粒径は、6〜60μmであるのが好ましく、8〜30μmであるのがさらに好ましい。
【実施例】
【0052】
以下、本発明による銅合金板材およびその製造方法の実施例について詳細に説明する。
【0053】
[実施例1]
1.6質量%のNiと0.4質量%のSiと0.5質量%のSnと0.4質量%のZnを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金を溶製し、縦型連続鋳造機を用いて鋳造して鋳片を得た。
【0054】
この鋳片を加熱し、熱間圧延を行って厚さ10mmの板材にした後、水冷によって急冷し、その後、表層の酸化層を機械研磨により除去(面削)した。
【0055】
次いで、それぞれ圧延率約83%で第1の冷間圧延(粗圧延)を行って厚さ1.6mmの板材とした。その後、圧延率約86%で第2の冷間圧延を行って厚さ0.225mmの板材とした後、平均結晶粒径が8〜30μmになるように900℃で約15秒間保持して溶体化処理を行った。なお、この溶体化処理後の板材の表面を光学顕微鏡で観察して、JIS H0501の切断法によって平均結晶粒径を求めたところ、11μmであった。
【0056】
次いで、450℃で時効処理を行った。時効処理時間は、合金組成に応じて450℃の時効で硬さがピークになる時間に調整した。なお、この時効処理時間については、本実施例の合金の組成に応じて最適な時効処理時間を予備実験により求め、本実施例では7時間であった。
【0057】
次いで、図1に示すように、時効処理後の3枚の板材12、14、16を積層して一対の圧延ロール10の間を通過させて、各々の板材の板厚が0.225mmから0.159mmになるまで仕上げ冷間圧延(圧延率約29%)を行った。
【0058】
このようにして3枚の銅合金板材を得た後、外側の2枚の銅合金板材を本実施例の銅合金板材とし、以下のように曲げ加工性、引張強さ、ビッカース硬度、X線回折強度およびプレス打抜き性の評価を行った。
【0059】
銅合金板材の曲げ加工性を評価するために、外側の2枚の銅合金板材の一方から長手方向がTD(圧延方向および板厚方向に対して垂直な方向)の曲げ試験片(幅10mm)および長手方向がLD(圧延方向)の曲げ試験片(幅10mm)をそれぞれ2個ずつ採取し、これらの試験片について、曲げ試験治具の曲げ半径R=0.0として、JIS H3110に準拠した90°W曲げ試験を行った。なお、この曲げ試験では、一方の試験片を外側面(仕上げ冷間圧延において積層した銅合金板材の外側の面、すなわち、圧延ロールが接触する面)が凸面になるように曲げ加工するとともに、他方の試験片を内側面(仕上げ冷間圧延において積層した銅合金板材の内側の面、すなわち、圧延ロールが接触しない面)が凸面になるように曲げ加工した。
【0060】
この曲げ試験後の試験片について、曲げ加工部の表面および断面を光学顕微鏡によって45倍の倍率で観察して、割れが発生しない最小曲げ半径Rを求めた後、この最小曲げ半径Rを銅合金板材の板厚tで除することによって、長手方向がTDの曲げ試験片のLDを曲げ軸とするBadWay曲げと、長手方向がLDの曲げ試験片のTDを曲げ軸とするGoodWay曲げのそれぞれのR/tの値を求めた。その結果、外側面が凸面になるように曲げ加工した場合では、LDを曲げ軸とするBadWay曲げと、TDを曲げ軸とするGoodWay曲げのいずれも、R/t=0.0であり、内側面が凸面になるように曲げ加工した場合では、BadWay曲げとGoodWay曲げのいずれも、R/t=0.0であり、優れた曲げ加工性を有していた。
【0061】
また、この曲げ試験を行った後の試験片について、「日本伸銅協会技術基準 銅および銅合金薄板条の曲げ加工性評価方法」に準拠して、A(しわ無し)、B(しわ小)、C(しわ大)、D(割れ小)、E(割れ大)によって、曲げ部の割れの有無および表面状態の評価を行った。その結果、外側面が凸面になるように曲げ加工した場合では、B(しわ小)であり、内側面が凸面になるように曲げ加工した場合では、C(しわ大)であり、いずれも割れが生じなかった。これらの結果から、本実施例の銅合金板材の曲げ加工性は良好であるが、内側面が凸面になるように曲げ加工した場合よりも、外側面が凸面になるように曲げ加工した方が、曲げ加工性がさらに良好になることがわかる。
【0062】
また、銅合金板材の引張強さを求めるために、外側の2枚の銅合金板材の一方からLD(圧延方向)の引張試験用の試験片(JIS Z2241の5号試験片)を採取し、JIS Z2241に準拠した引張試験を行ったところ、引張強さは746N/mmであった。
【0063】
また、外側の2枚の銅合金板材の一方について、JIS Z2244に準拠してビッカース硬度を測定したところ、外側面ではHV234、内側面ではHV237であった。
【0064】
X線回折強度(X線回折積分強度)の測定は、X線回折装置(XRD)を用いて、Cuアノード、管電圧30kV、管電流100mAの条件で、試料の板面(圧延面)のうちの一方の面(仕上げ冷間圧延において積層した銅合金板材の外側の面)について{111}結晶面の回折ピークの積分強度I{111}と{220}結晶面の回折ピークの積分強度I{220}を測定するとともに、他方の面(仕上げ冷間圧延において積層した銅合金板材の内側の面)について{111}結晶面の回折ピークの積分強度I{111}と{220}結晶面の回折ピークの積分強度I{220}を測定した。その結果、X線回折強度比I{111}/I{111}は47.4であり、I{111}/I{111}≧3を満たす結晶配向を有していた。また、X線回折強度比[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]は137.1であり、[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]≧3を満たす結晶配向を有していた。
【0065】
また、銅合金板材のプレス打抜き性を評価するために、外側の2枚の銅合金板材の一方から2つの試験片を採取し、JCBA(日本伸銅協会規格)T310:2002(銅および銅合金薄板条のせん断試験方法)に準拠して、2つの試験片の一方を内側面から打抜くとともに、他方を外側面から打抜いて、それぞれの場合の破断面における欠損の割合(破断面に対応する部分の欠損の大きさ(深さ)を板厚で除してパーセントで表示した値)を求めるとともに、バリの高さを求めた。その結果、内側面から打抜いた場合には、破断面における欠損の割合が0.9%、バリの高さが8.7μmと低く、プレス打抜き性が非常に良好であった。一方、外側面から打抜いた場合には、破断面における欠損の割合が5.6%、バリの高さが31.8μmと高く、プレス打抜き性が良好ではなかった。これらの結果から、本実施例の銅合金板材のプレス打抜きをする場合には、外側面から打抜くよりも、内側面から打抜いた方が、プレス打抜き性が非常に良好になることがわかる。
【0066】
[比較例1]
実施例1で得られた3枚の銅合金板材のうちの真中の銅合金板材から試料を採取し、実施例1と同様の方法によって、曲げ加工性、引張強さ、ビッカース硬度、X線回折強度およびプレス打抜き性の評価を行った。その結果、曲げ加工性の評価ではR/t>0およびD(割れ小)であり、引張強さは750N/mm、ビッカース硬度はHV238であった。また、X線回折強度比I{111}/I{111}は1.3であり、I{111}/I{111}≧3を満たす結晶配向を有していなかった。また、X線回折強度比[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]は1.5であり、[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]≧3を満たす結晶配向を有していなかった。さらに、プレス打抜き性の評価では、いずれの面から打抜いた場合でも、破断面における欠損の割合が8.4%、バリ高さが38.8μmと高く、プレス打抜き性が良好ではなかった。
【0067】
[比較例2]
時効処理後の1枚の板材を単独で仕上げ冷間圧延を行った以外は、実施例1と同様の方法によって得られた銅合金板材から試料を採取し、実施例1と同様の方法によって、曲げ加工性、引張強さ、ビッカース硬度、X線回折強度およびプレス打抜き性の評価を行った。その結果、曲げ加工性の評価ではR/t>0およびD(割れ小)であり、引張強さは745N/mm、ビッカース硬度はHV236であった。また、X線回折強度比I{111}/I{111}は1.4であり、I{111}/I{111}≧3を満たす結晶配向を有していなかった。また、X線回折強度比[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]は1.3であり、[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]≧3を満たす結晶配向を有していなかった。さらに、プレス打抜き性の評価では、いずれの面から打抜いた場合でも、破断面における欠損の割合が9.1%、バリ高さが36.5μmと高く、プレス打抜き性が良好ではなかった。
【0068】
[実施例2]
第1の冷間圧延と第2の冷間圧延との間に500℃で6時間中間焼鈍を行い、時効処理後の2枚の板材を積層して仕上げ冷間圧延を行った以外は、実施例1と同様の方法によって得られた銅合金板材から試料を採取し、実施例1と同様の方法によって、曲げ加工性、引張強さ、ビッカース硬度、X線回折強度およびプレス打抜き性の評価を行った。その結果、曲げ加工性の評価ではいずれもR/t=0およびC(しわ大)であり、割れが生じなかった。また、引張強さは745N/mm、ビッカース硬度はHV235であった。また、X線回折強度比I{111}/I{111}は9.6であり、I{111}/I{111}≧3を満たす結晶配向を有していた。また、X線回折強度比[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]は17.6であり、[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]≧3を満たす結晶配向を有していた。さらに、内側面から打抜いた場合には、破断面における欠損の割合が1.9%、バリの高さが15.0μmと低く、プレス打抜き性が良好であった。一方、外側面から打抜いた場合には、破断面における欠損の割合が6.0%、バリの高さが38.0μmと高く、プレス打抜き性が良好ではなかった。これらの結果から、本実施例の銅合金板材のプレス打抜きをする場合には、外側面から打抜くよりも、内側面から打抜いた方が、プレス打抜き性が非常に良好になることがわかる。
【0069】
[実施例3]
1.5質量%のNiと1.1質量%のCoと0.6質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物からなる銅合金を使用し、第1の冷間圧延の圧延率を85%として厚さ1.5mmの板材とし、中間焼鈍を550℃で10時間行い、第2の冷間圧延の圧延率を約81%として厚さ0.29mmの板材とし、溶体化処理を960℃で1分間行い、時効処理を480℃で7時間行い、圧延率約31%で仕上げ冷間圧延を板厚が0.2mmになるまで行った以外は、実施例1と同様の方法によって3枚の銅合金板材を得た後、外側の2枚の銅合金板材のうちの一方から試料を採取し、曲げ試験治具の曲げ半径R=0.3およびR=0.4とした以外は、実施例1と同様の方法により、溶体化処理後の平均結晶粒径を求めるとともに、曲げ加工性、引張強さ、ビッカース硬度、X線回折強度およびプレス打抜き性の評価を行った。
【0070】
その結果、溶体化処理後の平均結晶粒径は13μmであった。また、外側面が凸面になるように曲げ加工した場合では、いずれの曲げ半径でもR/t≦1.5およびB(しわ小)であり、内側面が凸面になるように曲げ加工した場合では、いずれの曲げ半径でもR/t≦1.5およびC(しわ大)であり、いずれも割れが生じなかった。また、引張強さは890N/mmであり、ビッカース硬度は、外側面ではHV279、内側面ではHV280であった。
【0071】
また、X線回折強度比I{111}/I{111}は18.2であり、I{111}/I{111}≧3を満たす結晶配向を有していた。また、X線回折強度比[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]は30.3であり、[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]≧3を満たす結晶配向を有していた。
【0072】
さらに、内側面から打抜いた場合には、破断面における欠損の割合が0.9%、バリの高さが5.6μmと低く、プレス打抜き性が非常に良好であった。一方、外側面から打抜いた場合には、破断面における欠損の割合が5.3%、バリの高さが28.1μmと高く、プレス打抜き性が良好ではなかった。これらの結果から、本実施例の銅合金板材のプレス打抜きをする場合には、外側面から打抜くよりも、内側面から打抜いた方が、プレス打抜き性が非常に良好になることがわかる。
【0073】
[比較例3]
時効処理後の1枚の板材を単独で仕上げ冷間圧延を行った以外は、実施例3と同様の方法によって得られた銅合金板材から試料を採取し、曲げ試験治具の曲げ半径R=0.3およびR=0.4とした以外は、実施例1と同様の方法によって、曲げ加工性、ビッカース硬度およびX線回折強度の評価を行った。その結果、曲げ加工性の評価では、R=0.3のときにR/t>2およびE(割れ大)、R=0.4のときにR/t>2およびD(割れ小)であった。また、引張強さは886N/mmであり、ビッカース硬度はHV282であった。また、X線回折強度比I{111}/I{111}は1.3であり、I{111}/I{111}≧3を満たす結晶配向を有していなかった。また、X線回折強度比[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]は1.6であり、[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]≧3を満たす結晶配向を有していなかった。さらに、プレス打抜き性の評価では、いずれの面から打抜いた場合でも、破断面における欠損の割合が8.9%、バリ高さが29.9μmと高く、プレス打抜き性が良好ではなかった。
【符号の説明】
【0074】
10 圧延ロール
12、14、16 板材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.7〜4.0質量%のNiと0.2〜1.5質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物である組成を有する銅合金からなる板材を複数枚積層して仕上げ冷間圧延することを特徴とする、銅合金板材の製造方法。
【請求項2】
前記仕上げ冷間圧延を圧延率20%以上で行うことを特徴とする、請求項1に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項3】
前記仕上げ冷間圧延の後に150〜550℃で加熱処理する低温焼鈍を行うことを特徴とする、請求項1または2に記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項4】
前記組成を有する銅合金からなる板材が、前記組成を有する銅合金の原料を溶解して鋳造した後、熱間圧延を行うことによって得られた板材であることを特徴とする、請求項1乃至3のいずれかに記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項5】
前記組成を有する銅合金からなる板材が、前記組成を有する銅合金の原料を溶解して鋳造した後、熱間圧延を行い、その後、冷間圧延、中間焼鈍、溶体化処理および時効処理を行うことによって得られた板材であることを特徴とする、請求項1乃至3のいずれかに記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項6】
前記銅合金の原料が、0.1〜1.2質量%のSn、2.0質量%以下のZn、1.0質量%以下のMg、2.0質量%以下のCoおよび1.0質量%以下のFeからなる群から選ばれる1種以上の元素をさらに含む組成を有することを特徴とする、請求項1乃至5のいずれかに記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項7】
前記銅合金の原料が、Cr、B、P、Zr、Ti、Mn、Ag、Beおよびミッシュメタルからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計3質量%以下の範囲でさらに含む組成を有することを特徴とする、請求項1乃至6のいずれかに記載の銅合金板材の製造方法。
【請求項8】
0.7〜4.0質量%のNiと0.2〜1.5質量%のSiを含み、残部がCuおよび不可避不純物である組成を有し、一方の板面における{111}結晶面のX線回折強度をI{111}とし、他方の板面における{111}結晶面のX線回折強度をI{111}とすると、I{111}>I{111}であり、I{111}/I{111}≧3を満たす結晶配向を有することを特徴とする、銅合金板材。
【請求項9】
前記銅合金板材が、I{111}/I{111}≧5を満たす結晶配向を有することを特徴とする、請求項8に記載の銅合金板材。
【請求項10】
前記一方の板面における{220}結晶面のX線回折強度をI{220}とし、前記他方の板面における{220}結晶面のX線回折強度をI{220}とすると、[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]≧3を満たす結晶配向を有することを特徴とする、請求項8または9に記載の銅合金板材。
【請求項11】
前記銅合金板材が、[I{111}/I{220}]/[I{111}/I{220}]≧10を満たす結晶配向を有することを特徴とする、請求項10に記載の銅合金板材。
【請求項12】
前記銅合金板材が、0.1〜1.2質量%のSn、2.0質量%以下のZn、1.0質量%以下のMg、2.0質量%以下のCoおよび1.0質量%以下のFeからなる群から選ばれる1種以上の元素をさらに含む組成を有することを特徴とする、請求項8乃至11のいずれかに記載の銅合金板材。
【請求項13】
前記銅合金板材が、Cr、B、P、Zr、Ti、Mn、Ag、Beおよびミッシュメタルからなる群から選ばれる1種以上の元素を合計3質量%以下の範囲でさらに含む組成を有することを特徴とする、請求項8乃至12のいずれかに記載の銅合金板材。
【請求項14】
前記銅合金板材の引張強さが700N/mm以上であることを特徴とする、請求項8乃至13のいずれかに記載の銅合金板材。
【請求項15】
前記一方の板面が凸面になるように曲げ加工した際の曲げ加工性が、前記他方の板面が凸面になるように曲げ加工した際の曲げ加工性より良好であることを特徴とする、請求項8乃至14のいずれかに記載の銅合金板材。
【請求項16】
前記一方の板面からのプレス打抜き性が、前記他方の板面からのプレス打抜き性より良好であることを特徴とする、請求項8乃至15のいずれかに記載の銅合金板材。
【請求項17】
請求項8乃至16のいずれかに記載の銅合金板材を材料として用いたことを特徴とする、電気電子部品。
【請求項18】
前記電気電子部品が、コネクタ、リードフレーム、リレーまたはスイッチであることを特徴とする、請求項17に記載の電気電子部品。

【図1】
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【公開番号】特開2012−102398(P2012−102398A)
【公開日】平成24年5月31日(2012.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−225990(P2011−225990)
【出願日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【出願人】(506365131)DOWAメタルテック株式会社 (109)
【Fターム(参考)】