説明

鋼中Siの発光分光分析方法

【課題】本発明は、方式の異なる2方式で行っていた珪素鋼の溶鋼の定量分析を1方式に統一し、低エネルギー放電を用いた珪素鋼中Siの分析を迅速かつ安定的に実現する発光分光分析方法を提供することを目的とする。
【解決手段】不活性ガス雰囲気中で珪素鋼試料の表面にパルスレーザを照射し、前記珪素鋼試料と対電極との間で複数回のスパーク放電を行い、発生するSiの固有スペクトル線を測定し、検量線を用いて珪素鋼中のSi成分の含有量を分析する発光分光分析方法において、前記スパーク放電の放電時間を200マイクロ秒以下、電流値を300アンペア以下とすることを特徴とする珪素鋼中のSi成分の含有量を分析する発光分光分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属試料の成分(組成比を含む)を分析するためのスパーク放電発光分光分析方法に関し、特に、鋼中のSiを定量するのに好適な発光分光分析方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄鋼業における精錬工程では、精錬中の溶鋼から分析用の試料を採取し、その試料の分析値に基づき溶鋼の成分調整や精錬工程の操業管理を行っている。したがって、精錬工程を迅速に行うためには、精錬中の溶鋼から採取した試料を短時間に精度良く分析することが必要となる。
【0003】
スパーク放電発光分光分析方法では、分析試料が固体状態で励起・放電するので、分析試料を直接分析でき、また、分析試料を真空中に保持する必要が無いため、試料の前処理から分析結果が得られるまでの時間が1〜2分ときわめて短く、鉄鋼の精錬工程において、普通鋼のC、Si、Mn、Pなどの微量元素の定量分析に広く用いられている。
【0004】
一方、珪素鋼中のSi分析のように鋼中の濃度が高い元素に関しては、分析精度が不足しているという理由で、スパーク放電発光分光分析方法はあまり利用されていない。以下、本明細書では、Si濃度の高い鋼を珪素鋼と記載する。Si濃度の測定では、1.6%以上の場合に前述のようなスパーク放電発光分析方法での分析精度の問題が顕著となり、このような高濃度の元素の分析に関しては、スパーク放電発光分光分析方法の代わりに、高濃度域でも精度が高いとされている蛍光X線分析法が、一般に用いられている。
【0005】
しかし、蛍光X線分析法では、試料を真空中に保持することが必須であるため、試料セット及び排気等に時間がかかり、分析結果を得るのに数分を要し、迅速性に欠けるという問題がある。また、Si以外の元素の分析は、普通鋼と同様に微量元素を迅速分析可能なスパーク放電発光分光分析方法で分析が行われている。
【0006】
したがって、珪素鋼の精錬工程における溶鋼成分分析は、同一試料に対し、Siについては蛍光X線分析法、Si以外の元素についてはスパーク放電発光分光分析と、異なる2つの分析手法を用いて行われており、分析所要時間も長く、試料の入れ換えや搬送など無駄な工程が多かった。
【0007】
このような課題に対し、特許文献1には、スパーク放電発光分析方法による珪素鋼中Siの分析を可能にするため、珪素鋼中Siの発光分光分析方法に関する技術が開示されている。この技術は、放電対電極と珪素鋼試料間の距離を、発生プラズマ量が小さくなるような放電エネルギーで安定した放電が起きるように最適化し、さらに、分析に用いるSiの固有スペクトル線の波長を高濃度域まで、高精度で分析できる波長とすることで、スパーク放電発光分光分析方法による珪素鋼中Siの分析精度を向上する技術である。
【0008】
また、特許文献2には、低エネルギーの放電を利用する技術として、試料表面へのレーザ照射とスパーク放電発光分光分析方法を組み合わせた技術が開示されている。この技術は、放電前にレーザなどの高エネルギーを集中させて注入し試料成分を蒸発させ、この高エネルギー注入後に、試料と対電極の間で低エネルギーのスパーク放電を行うことにより、バックグラウンドの低減を計る技術である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平10−318926号公報
【特許文献2】特開平08−210980号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1の技術では、低エネルギーのスパーク放電を用いることにより高濃度域での定量可能性が向上することが期待されるが、スパーク放電発光分光分析前に分析面の前処理として行う研磨により、珪素鋼試料の表面に絶縁性の酸化皮膜が生成しやすくなる。したがって、低エネルギーのスパーク放電を用いると、放電が安定状態にならないことや、また放電が安定になったとしても分析に長時間を要することなどの問題がある。
【0011】
この対策として、分析開始時に高エネルギーのスパーク放電を用いて試料表面の酸化膜を除去し、その後、放電を安定させる方法が考えられる。しかし、この方法では、試料の表面状態によって、高エネルギースパーク放電を行う時間が異なるため、常に安定した放電状態で分析を行うためには、十分な余裕を持った高エネルギー放電時間が必要となり、結果的に分析時間が長くなるという問題が解消されない。
【0012】
一方、特許文献2の技術では、レーザなどの照射により試料成分を蒸発させ、この蒸気を発光させるに足る低エネルギーの放電で分析を行うが、レーザ照射によりスパーク放電発光分光分析方法と同等の試料蒸発量を得るには、極めて強いレーザが必要となり、設備が大型化し、高価になるといった問題がある。
【0013】
例えば、スパーク放電発光分光分析方法の放電条件は、放電電圧が300V、放電電流が200〜300A、放電時間が50〜100μs程度であるから、一放電あたりのエネルギーは2〜6J程度であり、極めて大型のパルスレーザが必要である。さらに、本技術を高濃度成分の分析に適用した場合、十分な測定精度が得られるかについては検討がなされていない。
【0014】
本発明は、上記問題を解決し、方式の異なる2方式で行っていた珪素鋼の溶鋼の定量分析を1方式に統一し、低エネルギー放電を用いた珪素鋼中Siの分析を迅速かつ安定的に実現する発光分光分析方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
発明者等は、金属試料の表面にレーザを照射し、照射部と対電極との間で、スパーク放電を発生させる分析法を検討する中で、珪素鋼試料について、レーザ照射とスパーク放電を組み合わせた発光分析方法では、放電エネルギーが低い条件であっても、放電初期の立ち上がりが急峻であり、速やかに放電が安定することを見出した。
【0016】
上述した知見より得られた本発明の構成は、以下の通りである。
(1)不活性ガス雰囲気中で珪素鋼試料の表面にパルスレーザを照射し、前記珪素鋼試料と対電極との間で複数回のスパーク放電を行い、発生するSiの固有スペクトル線を測定し、検量線を用いて珪素鋼中のSi成分の含有量を分析する発光分光分析方法において、
前記スパーク放電の放電時間を200マイクロ秒以下、電流値を300アンペア以下とすることを特徴とする珪素鋼中のSi成分の含有量を分析する発光分光分析方法。
【0017】
(2)前記パルスレーザのパワー密度は、試料表面において1×10W/cm〜5×1010W/cmであることを特徴とする請求項1に記載の珪素鋼中のSi成分の含有量を分析する発光分光分析方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、放電に先立ち試料表面にパルスレーザを照射して放電を誘起するようにしたので、発生するプラズマ量が少なくなるように放電エネルギーを小さくした際でも、放電初期から安定した放電が得られ、珪素鋼中Siのように、初期の放電状態が不安定な試料において含有濃度が高い元素をスパーク放電発光分光分析方法により定量分析する際の分析精度を向上できる。
【0019】
また、従来、方式の異なる2方式で行っていた珪素鋼の精錬工程における溶鋼の定量分析をスパーク放電発光分光分析方法に統一することが可能となり、迅速かつ安定的に精錬中の鉄鋼材料の成分分析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明方法の一実施形態である測定装置の模式図。
【図2】低エネルギー放電のみによる測定結果を示す図(従来法1)。
【図3】高エネルギー放電の後の低エネルギー放電による測定結果を示す図(従来法2)。
【図4】4mJのパルスレ−ザ照射後低エネルギー放電による測定結果を示す図(本発明例)。
【図5】15mJのパルスレ−ザ照射後低エネルギー放電による測定結果を示す図(本発明例)。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態を図に基づき説明する。
【0022】
図1は、本実施の形態で使用する発光分光分析方法の一例を示した模式図である。1は分析対象である珪素鋼試料、2はスパーク放電用の対電極、3はレーザ光、4は試料台、5は分光分析装置、6は対電極2に電圧を印加する放電装置、7はレーザ光3を生成する為のレーザ発振器、8はレーザ用集光レンズ、9は光ファイバ、10は制御装置、11はレーザ光3の照射方向を調整するレーザ反射ミラーを示す。
【0023】
制御装置10は、分光分析装置5、放電装置6及びレーザ発振器7にそれぞれ接続しており、分光分析装置5、放電装置6及びレーザ発振器7の動作をそれぞれ制御する。特に、レーザ光3の照射と対電極2への電圧印加のタイミングは、制御装置10が放電装置6とレーザ発振器7を制御することで実現する。
【0024】
次に、各測定条件の影響について説明する。まず、放電のエネルギー量は、放電時間と与えた電流値との積で表し、本発明では、特に、放電時間は100マイクロ秒以下、及び電流値は300アンペア以下にする必要がある。この条件では、放電エネルギーが小さく、試料蒸発量が減少しプラズマ中の元素の密度が低くなるため、試料中の含有量が多い元素でもプラズマ中の自己吸収を抑制して精度良く定量分析出来るようになる。また、これらの値を超えると前記蒸発量が増加し、分析精度が低下する。さらに、スパーク放電の放電時間及び電流値の下限値はそれぞれ50マイクロ秒及び200アンペアであることが好ましい。いずれもスパーク放電をより安定に維持することができるからである。
【0025】
次に、珪素鋼試料に照射するパルスレーザは、レーザ誘起プラズマを生成するに足るエネルギー密度が必要であり、具体的には、レーザ発振器7としてNd:YAGレーザなどの固体パルスレーザを用いることが望ましく、1パルスあたりのエネルギーとして1mJ以上、パルス幅として50ns以下のパルスレーザを発振できるものであれば、集光レンズを用いて、レーザ誘起プラズマ生成に必要なパワー密度を得ることが出来る。
【0026】
具体的には、試料表面で1×10W/cm以上のパワー密度があれば、レーザ誘起プラズマを生成できる。また、パルスレーザのパワー密度が高くなると高密度のレーザ誘起プラズマが生成しその後の放電を妨げるため、パワー密度は5×1010W/cm以下とすることが望ましい。
【0027】
なお、試料表面でのパワー密度とは、パルスレーザのエネルギーをパルス幅で除し、さらにレーザビームの照射面積で除した値で、単位面積、単位時間あたりのレーザエネルギーである。
【0028】
また、レーザ発振器7の繰返し発振性能として、200〜1000Hzの高繰返し発振が可能であることが望ましい。これは、スパーク放電発光で用いられる繰返し周波数が300〜400Hzであり、これと同等の繰返し性能を有すれば、従来法と比較して分析時間が延長することなく本発明法を実施できる。また、レーザとスパーク放電との同期が容易であるというメリットもある。
【0029】
また、レーザ光3の照射位置は、対電極2の先端より金属試料1へ下ろした垂線の足を中心として半径3mm以内であることが望ましい。この位置であれば、レーザ光3を照射した箇所と対電極2との間で、スパーク放電を容易に発生させることができることが、実験から判明している。
【0030】
金属試料1の表面にレーザ誘起プラズマを生成するに足るパワー密度のレーザ光3を照射した後、5マイクロ秒(μsec)以上から200マイクロ秒以下の時間内に放電装置6により対電極2に電圧を印加する。この時間内であれば、レーザ光3の照射した位置に、スパーク放電を発生できることが、実験的に明らかになっている。
【0031】
この時間が5マイクロ秒より短い場合、レーザ光3の照射により生成する金属試料1の蒸気やイオンが、金属試料1の表面に高密度に存在し、これが障壁となり金属試料1と対電極2との間の導通が妨げられ、分析希望位置へのスパーク放電の発生が不安定となる。
【0032】
一方、この時間が200マイクロ秒より長い場合、レーザ光3の照射により生成するレーザ誘起プラズマが拡散してしまい、同様に、分析希望位置へのスパーク放電の発生が不安定となる。
【0033】
レーザ光3を照射した位置と対電極2との間で発生したスパーク放電により、金属試料1の成分を反映した励起発光が発生する。この励起発光を、光ファイバ9等を介して分光分析装置5へ導光し、分光分析装置5で、試料中に含まれる成分元素の発光線強度を計測する。濃度既知の試料を用いて予め用意した検量線等を用いて、この発光線強度から元素濃度を算出しても良い。
【実施例】
【0034】
珪素鋼試料1(Si濃度:3.0%)にパルスレーザを照射した場合と照射しない場合のスパーク放電による発光強度の経時変化を調査し、本発明にかかる発光分光分析方法の効果を比較した。
【0035】
発光分光分析装置は、島津製作所製のPDA−5017を使用し、金属試料にパルスレーザを照射するための入射窓を備えた改良発光スタンドを使用した。放電条件は、低エネルギー放電としてノーマルスパークを高エネルギー放電としてコンバインドスパークを使用した。放電の繰返し周波数は300Hzとした。また、Siの固有スペクトル線の波長は、特許文献1と同じ212.4nmを使用した。
【0036】
レーザには、波長1064nm、パルス幅12nsのNd:YAGパルスレーザを使用し、レーザ用集光レンズ8には、焦点距離100mmの球面平凸レンズを用いた。
【0037】
図2および図3に、従来法として、特許文献1に記載の低エネルギー放電のみによる測定結果、および、初期の放電を安定させるために低エネルギー放電に先立って高エネルギー放電を0.5秒間行った後に低エネルギー放電を行った場合の測定結果を示す。横軸は放電回数、縦軸はSiの発光強度である。測定は、各条件で同一分析面の異なる部位を3回ずつ測定した。
【0038】
図2に示すように、珪素鋼試料において、低エネルギー放電のみで測定を行った場合、放電初期の発光強度の立ち上がりは極めて遅い。これは、試料表面に存在する絶縁性の酸化皮膜などの影響と考えられる。
【0039】
また、図3に示すように低エネルギー放電に先立ち0.5秒すなわち150回の高エネルギー放電の後に低エネルギー放電を行うと、放電初期の発光強度の立ち上がりが早く、図2に比べ安定放電に至るまでの時間が短縮されることが分かる。しかし、3回の繰返しの測定を比較すると、安定放電に至るまでの時間にはばらつきがあることが分かる。
【0040】
次に、図4に、本発明によるパルスレーザを照射した場合の測定結果を示す。パルスレーザのエネルギーは約4mJとし、このときのパワー密度は、試料表面において2×10W/cmであった。また、パルスレーザは、分析面の2mm角の領域を走査させながら、レーザ照射の20マイクロ秒後にスパーク放電を行うようにタイミングを調整した。また、スパーク放電の放電時間を60マイクロ秒、電流値を280アンペアとした。図4に示すように、本発明によるパルスレーザ照射後に放電を行う方法では、放電初期よりSiの発光強度が安定しているので、珪素鋼試料を低エネルギー放電のみで安定して測定できることが確認できる。
【0041】
表1に、図2〜4と同様の条件で、Si濃度の異なる6個の珪素鋼試料(Si濃度:1.6〜4.2%)を各3回ずつ繰り返し測定した際の、Si成分の分析結果の変動係数(CV値)を%表示で比較して示す。表1より、本開発法により各元素の繰返し分析精度が向上していることを確認できる。
【0042】
【表1】

【0043】
次に、図5にパルスレーザのエネルギーを15mJとして、本発明によるスパーク放電発光分光分析方法を実施した結果を示す。スパーク放電の放電時間を60マイクロ秒、電流値を280アンペアとした。図5より、このパルスレーザのエネルギー条件でも放電初期のSi発光強度が安定していることが分かる。
【0044】
また、図4と図5の比較より、パルスレーザのエネルギーが増加してもSiの発光強度には変化が無く、これは、レーザ照射による試料蒸発量がスパーク放電による蒸発量に比べ、無視できるほど小さいことを示していると考えられ、特許文献2に記載の技術とは、異なる現象による効果であることを示している。
【符号の説明】
【0045】
1 分析試料
2 放電対電極
3 レーザ光
4 試料台
5 分光分析装置
6 放電装置
7 レーザ発振器
8 レーザ用集光レンズ
9 光ファイバ
10 制御装置
11 レーザ反射ミラー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
不活性ガス雰囲気中で珪素鋼試料の表面にパルスレーザを照射し、前記珪素鋼試料と対電極との間で複数回のスパーク放電を行い、発生するSiの固有スペクトル線を測定し、検量線を用いて珪素鋼中のSiの含有量を分析する発光分光分析方法において、
前記スパーク放電の放電時間を100マイクロ秒以下、電流値を300アンペア以下とすることを特徴とする珪素鋼中のSiの含有量を分析する発光分光分析方法。
【請求項2】
前記パルスレーザのパワー密度は、試料表面において1×10W/cm〜5×1010W/cmであることを特徴とする請求項1に記載の珪素鋼中のSiの含有量を分析する発光分光分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2012−52828(P2012−52828A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−193426(P2010−193426)
【出願日】平成22年8月31日(2010.8.31)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】