説明

鋼板の多電極サブマージアーク溶接方法

【課題】溶接速度3m/分以下で行なう厚肉材の溶接にて、低入熱で溶接部の高靭性化を図るとともに、深い溶込みと広いビード幅を得ることができる多電極サブマージアーク溶接方法を提供する。
【解決手段】溶接進行方向の先頭の第1電極12のワイヤ径を2.0〜2.4mmかつ電流密度を220A/mm2以上とし、溶接進行方向の最後尾に、溶接線を挟んで両側に2本の電極32,42を配置し、かつ2本の電極の鋼板の表面におけるワイヤ先端位置を溶接線に対してほぼ垂直な同一線上に配置するとともに溶接線との距離をそれぞれ5〜20mmとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼板の多電極サブマージアーク溶接に関し、UOE鋼管やスパイラル鋼管等の大径鋼管のシーム溶接に好適な多電極サブマージアーク溶接に関するものである。
【背景技術】
【0002】
UOE鋼管やスパイラル鋼管等の大径鋼管のシーム溶接には、2電極以上を用いるサブマージアーク溶接(たとえば特許文献1,2参照)が普及しており、大径鋼管の生産性向上の観点から、内面側を1パス、外面側を1パスで溶接する高能率な両面一層盛り溶接が広く採用されている。
両面一層盛り溶接では、内面側の溶接金属と外面側の溶接金属とが十分に重なり、未溶融部が生じないように、溶込み深さを確保する必要があるので、1000A以上の大電流を供給して溶接を行なうのが一般的である。
【0003】
一方で、大径鋼管のシーム溶接では、溶接部とりわけ熱影響部の靭性が劣化するという問題があり、溶接部の靭性向上のためには可能な限り溶接入熱を低減する必要がある。しかし、溶接入熱を低減すれば、溶込み不足を生じる危険性が高まり、未溶融部が生じ易くなり、かつアンダーカット等の表面欠陥が発生しやすくなるという問題がある。
そのため、大径鋼管のシーム溶接における溶込み深さの確保と溶接部の靭性向上とを両立させる溶接技術が検討されている。
【0004】
たとえば特許文献3には、高電流密度のサブマージアーク溶接方法が開示されており、アークエネルギーを板厚方向に投入し、必要な溶込み深さを確保するとともに鋼板幅方向の母材の溶解を抑制することで、過剰な溶接入熱の投入を防止して、溶接入熱の低減と溶込み深さの確保との両立を図っている。
しかしながら、特許文献3に開示された技術では、アークエネルギーを板厚方向に投入して、鋼板幅方向の溶解を抑制することから、ビード幅が狭くなり、アンダーカット等の表面欠陥が生じ易くなるという問題がある。
【0005】
特許文献4には、ガスメタルアーク溶接とサブマージアーク溶接を併用する溶接方法が開示されており、ガスメタルアーク溶接により深い溶込みを確保した後、溶着量の大きいサブマージアーク溶接の1本のトーチに2本のワイヤを溶接線方向に対して直角に配置して溶接を行なうことによって、広いビード幅を得て、アンダーカット等の表面欠陥の防止を図っている。
【0006】
しかしながら、特許文献4に開示された技術では、溶接速度が3m/分を超える場合にビード幅を広げる効果が得られるが、3m/分以下の溶接速度では、特に板厚が20mmを超えるような厚肉材を溶接する際に、ビード幅を広げる効果は十分に得られない。そのため、溶接電圧を高める等の方法で、ビード幅を広げる必要があり、その結果、溶接入熱を低減することは困難であるという問題がある。しかも、ガスメタルアーク溶接とサブマージアーク溶接を併用するので、機器の構成が複雑になり、溶接条件の管理や機器のメンテナンスに要する負荷が増大する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平11-138266号公報
【特許文献2】特開平10-109171号公報
【特許文献3】特開2006-272377号公報
【特許文献4】特開平7-266047号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、溶接速度3m/分以下で行なう厚肉材の溶接にて、低入熱で溶接部の高靭性化を図るとともに、深い溶込みと広いビード幅を得ることができる多電極サブマージアーク溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、多電極サブマージアーク溶接にて電極の配置や使用するワイヤ,供給する溶接電流等を種々変更して、得られた溶接継手を調査し、その結果、溶接進行方向の先頭の第1電極に細径ワイヤを使用して電流密度を高め、溶接進行方向の最後尾に、2本の電極を溶接線を挟んで両側に配置することによって、低入熱で十分な溶込みが得られ、しかもビード幅の広い溶接継手が得られることを見出した。
【0010】
本発明は、この知見に基づいてなされたものである。なお、電流密度は下記の式で算出される値である。
電流密度(A/mm2)=溶接電流(A)/ワイヤ断面積(mm2
すなわち本発明は、3電極以上のサブマージアーク溶接で鋼板を溶接する多電極サブマージアーク溶接方法において、溶接進行方向の先頭の第1電極のワイヤ径を2.0〜2.4mmかつ電流密度を220A/mm2以上とし、溶接進行方向の最後尾に、溶接線を挟んで両側に2本の電極を配置し、かつ2本の電極の鋼板の表面におけるワイヤ先端位置を溶接線に対してほぼ垂直な同一線上に配置するとともに溶接線との距離をそれぞれ5〜20mmとして溶接を行なう多電極サブマージアーク溶接方法である。
【0011】
本発明の多電極サブマージアーク溶接方法においては、第1電極に直流電流を供給し、第2電極以降に交流電流を供給することが好ましい。また、最後尾の2本の電極の前進角を10°以上とすることが好ましい。さらに、最後尾の2本の電極に供給される交流電流の位相差を90〜180°とすることが好ましい。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、溶接入熱の低減と溶込み深さの確保を両立でき、かつ広いビード幅を得ることができるので、多電極サブマージアーク溶接に有利であり、産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の多電極サブマージアーク溶接方法の例を模式的に示す斜視図である。
【図2】図1中の電極と鋼板の側面図である。
【図3】図1中のワイヤの鋼板表面における先端位置を示す平面図である。
【図4】開先形状の例を示す断面図である。
【図5】溶接継手の例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図1は、本発明の多電極サブマージアーク溶接方法を適用して鋼板の溶接を行なう例を模式的に示す斜視図であり、図2はその側面図である。図3は、図1中の各ワイヤの鋼板表面における先端位置を示す平面図である。以下に、図1〜3を参照して、本発明の多電極サブマージアーク溶接方法について説明する。なお、図1〜3には4本の電極を用いる例を示すが、本発明は、3本以上の電極を用いる多電極サブマージアーク溶接方法であり、電極を4本に限定するものではない。
【0015】
図1に示すように、4本の電極を用いる場合は、矢印Aで示す溶接進行方向の先頭の電極を第1電極1とし、その第1電極1のワイヤ12の先端位置が進行する鋼板5表面上の軌跡を溶接線6とする。溶接進行方向Aの2番目の電極を第2電極2として、第1電極1の後方に配置する。さらに第2電極2の後方に、最後尾の2本の電極を、溶接線6を挟んで両側に配置して、第3電極3および第4電極4とする。なお、各電極のトーチ11,21,31,41には、それぞれワイヤ12,22,32,42を1本ずつ供給する。
【0016】
まず、第1電極について説明する。
第1電極1のワイヤ12を細くすることによって、電流密度を増加させ、小さい溶接入熱でも深い溶込みを得ることができるので、ワイヤ12のワイヤ径は2.4mm以下とする。しかし、ワイヤ径が2.0mm未満では、ワイヤ12が細すぎるので、溶接金属の必要量を確保するためにワイヤ送給速度を増速せざるを得ず、その結果、送給性が不安定となり、安定した溶接ができなくなる。したがって、第1電極1のワイヤ12のワイヤ径は2.0〜2.4mmの範囲内とする。
【0017】
第1電極1のワイヤ12に供給される電流の電流密度は、上記のように、ワイヤ径の小さいワイヤ12を用いることによって増加させることが可能であるが、220A/mm2未満では、十分な深さの溶込みが得られない。したがって、第1電極1のワイヤ12の電流密度は220A/mm2以上とする。また、第1電極1のワイヤ12の電流密度が大きすぎると、ワイヤ送給速度を増加せざるを得ず、結果として安定した溶接ができなくなるので、電流密度は450A/mm2以下が好ましい。
【0018】
また、第1電極1のワイヤ12に供給する電流は、溶込み深さをさらに増加させるために、直流電流を供給することが好ましい。
さらに、第1電極1は、図2に示すように、ワイヤ12の先端がトーチ11よりも溶接進行方向Aの後方(すなわち最後尾の電極側)に位置するように、ワイヤ12を傾斜させて設定することが好ましい。そのワイヤ12と鉛直線とのなす角α(以下、後退角という)を5〜10°とすれば、溶込み深さを増加する効果が顕著に現われるので好ましい。
【0019】
次に、第2電極について説明する。
第2電極2は、図3に示すように、ワイヤ22の鋼板表面における先端位置23が溶接線6上に配置されるように設定する。ワイヤ22のワイヤ径や、ワイヤ22に供給される電流の電流密度は、特に限定しないが、他の電極との間でアークの干渉が生じるのを防止するために、ワイヤ22に交流電流を供給することが好ましい。
【0020】
3本の電極を用いて本発明を適用する場合には、この第2電極2は配置せず、第1電極1の後方に最後尾の2本の電極を溶接線6の両側に配置する。
また、5本以上の電極を用いて本発明を適用する場合は、第2電極2の後方に3番目以降の電極を溶接線6上に配置し、最後尾の2本の電極を溶接線6の両側に配置する。
次に、最後尾の電極について説明する。
【0021】
最後尾の第3電極3,第4電極4は、図3に示すように、ワイヤ32,42の鋼板表面における先端位置33,43が溶接線6に対してほぼ垂直な同一線上に配置されるように設定する。ほぼ垂直とは、厳密な意味で垂直でなくとも、若干の自由度があることを意味し、±20°を許容する。
第3電極3のワイヤ32の先端位置33と溶接線6との距離WR、および第4電極4のワイヤ42の先端位置43と溶接線6との距離WLが5mm未満では、ビードの幅を広げる効果が得られない。距離WRと距離WLが20mmを超えると、第3電極3および第4電極4の溶接金属が、第1電極および第2電極が形成するビードと分離してビードを形成してしまう。したがって、距離WRと距離WLは、いずれも5〜20mmの範囲内とする。距離WRと距離WLは必ずしも同一とする必要はないが、良好な形状のビードを形成して、アンダーカットを防止するために、WRとWLとの差を2mm以下とすることが好ましい。
【0022】
また、ワイヤ32,42に供給する電流は、電極間でアークの干渉が生じるのを防止するために、交流電流とすることが好ましい。そのワイヤ32,42に供給される交流電流の位相差を90〜180°とすれば、ビードの幅を広げる効果も得られるので一層好ましい。
さらに、最後尾の第3電極3,第4電極4は、図2に示すように、ワイヤ32,42の先端がトーチ31,41よりも溶接進行方向Aの前方(すなわち第1電極側)に位置するように、ワイヤ32,42を傾斜させて設定することが好ましい。そのワイヤ32,42と鉛直線とのなす角β(以下、前進角という)を10°以上とすれば、ビードの幅を広げる効果が顕著に現われるので好ましい。前進角が大きすぎると、トーチを非常に長くせざるを得なくなるので、設備上の制約から前進角は50°以下が好ましい。
【0023】
以上に、4本の電極を用いる例について説明したが、本発明は電極数を4本に限定するものではなく、3本以上の電極を用いる多電極サブマージアーク溶接に適用でき、とりわけ3〜5本の電極を用いる場合に顕著な効果が得られる。
また、本発明は、種々の板厚や開先形状に適用でき、片面溶接にも両面溶接にも適用できるが、特に板厚が20mmを超えるような厚鋼板を溶接速度300cm/分以下で溶接する場合に適用すれば、深い溶込みと広いビード幅を得るとともに溶接入熱の低減を図ることができるので、熱影響部の靭性向上およびアンダーカットの防止に有効である。
【0024】
さらに、サブマージアーク溶接の溶接ワイヤには、ソリッドワイヤが用いられるのが一般的であるが、本発明にはソリッドワイヤのみでなく、メタルコアードワイヤも適用できる。
【実施例】
【0025】
図4に示すように、板厚Tが31.8mmの鋼板5に開先角度θを70°、開先深さDを13.0mmとして開先加工を施した後、3〜5本の電極を用いて多電極サブマージアーク溶接を行なって、1パスで図5に示すような溶接継手を作製した。表1に開先形状、表2に溶接条件、表3に電極の配置、表4に溶接電流の設定を示す。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
【表3】

【0029】
【表4】

【0030】
得られた溶接継手のビード外観を目視で観察し、さらにビード定常部の断面を観察して溶込み深さとビード幅を測定した。その結果を表5に示す。
【0031】
【表5】

【0032】
表5に示す通り、発明例の溶接記号1〜10は、いずれもビード外観が良好で、しかも溶込み深さが20.3〜23.2mm、ビード幅が30.0〜33.3mmであり、深い溶込みを得ながら、広いビード幅を得ることができた。なお、発明例のうちの溶接記号2は、第1電極に交流電流を供給したために、溶込みが他の発明例と比べて浅かった。溶接記号3は、最後尾の2本の電極の前進角が10°未満であるために、ビード幅が他の発明例と比べて狭かった。溶接記号4は、最後尾の2本の電極に供給した交流電流の位相差が0°であるために、ビード幅が他の発明例と比べて狭かった。
【0033】
比較例の溶接記号11は、第1電極でワイヤ径1.6mmのワイヤを使用したために、溶込みが発明例よりも浅かった。溶接記号12は、第1電極でワイヤ径3.2mmのワイヤを使用し、電流密度を180A/mm2としたために、溶込みが発明例よりも浅かった。溶接記号13は、第1電極の電流密度を210A/mm2としたために、溶込みが発明例よりも浅かった。溶接記号14は、最後尾の2本の電極のワイヤ先端位置と溶接線との距離WR,WLを25mmとしたために、それぞれの溶接金属が分離してビードを形成した。溶接記号15は、最後尾の2本の電極のワイヤ先端位置と溶接線との距離をゼロとしたために、ビード幅が発明例よりも狭かった。
【符号の説明】
【0034】
1 第1電極
11 第1電極のトーチ
12 第1電極のワイヤ
13 第1電極のワイヤの先端位置
2 第2電極
21 第2電極のトーチ
22 第2電極のワイヤ
23 第2電極のワイヤの先端位置
3 第3電極
31 第3電極のトーチ
32 第3電極のワイヤ
33 第3電極のワイヤの先端位置
4 第4電極
41 第4電極のトーチ
42 第4電極のワイヤ
43 第4電極のワイヤの先端位置
5 鋼板
6 溶接線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
3電極以上のサブマージアーク溶接で鋼板を溶接する多電極サブマージアーク溶接方法において、溶接進行方向の先頭の第1電極のワイヤ径を2.0〜2.4mmかつ電流密度を220A/mm2以上とし、前記溶接進行方向の最後尾に、溶接線を挟んで両側に2本の電極を配置し、かつ該2本の電極の前記鋼板の表面におけるワイヤ先端位置を前記溶接線に対してほぼ垂直な同一線上に配置するとともに前記溶接線との距離をそれぞれ5〜20mmとして溶接を行なうことを特徴とする多電極サブマージアーク溶接方法。
【請求項2】
前記第1電極に直流電流を供給し、第2電極以降に交流電流を供給することを特徴とする請求項1に記載の多電極サブマージアーク溶接方法。
【請求項3】
前記最後尾の2本の電極の前進角を10°以上とすることを特徴とする請求項1または2に記載の多電極サブマージアーク溶接方法。
【請求項4】
前記最後尾の2本の電極に供給される交流電流の位相差を90〜180°とすることを特徴とする請求項2または3に記載の多電極サブマージアーク溶接方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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