説明

鋼構造物の高耐久化処理方法

【課題】塑性加工による硬度上昇に伴う疲労強度の上昇を、より向上させることができるようにする。
【解決手段】本発明の鋼構造物の高耐久化処理方法は、鋼構造物における溶接部11の溶接止端部11aに対し、溶接止端部11aの温度が100℃以上400℃未満で超音波ピーニング処理装置13によりピーニング処理を行い、かつ、ピーニング処理部を徐冷する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶接により製造された鋼構造物の高耐久化を図る処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
上述した鋼構造物における溶接部は、繰り返し荷重を受けることによる疲労破壊を起こす虞がある。その理由は、溶接部と母材との境界面が疲労損傷に弱いため、疲労破壊の起点となり得るからである。
【0003】
そこで、上記疲労破壊に対抗すべく、鉄鋼材料の疲労特性を向上させ得るピーニング処理による手法が採られ、そのピーニング処理の一つとして、超音波ピーニング処理が知られている。
【0004】
超音波ピーニング処理は、疲労特性の向上を強化したい部位、例えば溶接止端部をピンポイントに狙った処理が可能であり、かつ処理装置の小型軽量化が可能で持ち運びが容易であるため、既設構造物への適用も可能な有用な処理技術である(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
超音波ピーニング処理装置は、ピーニング処理の対象箇所に押し付ける硬質の打撃ピンと、その打撃ピンに高周波の振動を与える振動子とを備える。この装置は、高周波で振動する打撃ピンを処理対象箇所、例えば鉄鋼材料表面に押し付けることで、鉄鋼材料に塑性加工を及ぼして、圧縮の残留応力が導入されることと、硬度が上昇することによって、鉄鋼材料表面の疲労強度を上昇させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−175512号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記超音波ピーニング処理による場合には、硬度の上昇効果を十分に引き出すことができないため、溶接部を有する鋼構造物において疲労強度の上昇を十分なレベルまで達成することができず、改良の余地が残されていた。
【0008】
本発明は、このような従来記述による課題を解決すべくなされたものであり、塑性加工による硬度上昇に伴う疲労強度の上昇効果を、より向上させることができる鋼構造物の高耐久化処理方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の鋼構造物の高耐久化処理方法は、鋼構造物における溶接箇所の溶接止端部に対し、当該溶接止端部の温度が100℃以上400℃未満で超音波ピーニング処理を行い、かつピーニング処理部を徐冷することを特徴とする。本発明方法による場合には、ピーニング処理を行うときの溶接止端部の温度が100℃以上400℃未満であるので、その溶接止端部が十分にひずみ時効の効果のある温度以上の高温状態にあるため、炭素原子の鋼材料内の拡散による転位固着に起因したひずみ時効が生じ、そのひずみ時効による疲労強度の上昇を図ることができ、そのためひずみ時効が発生しない従来のピーニング処理における硬度上昇に伴う疲労強度の上昇に比べて、疲労強度をより向上させることができる。なお、ピーニング後は、ひずみ時効を発現させるために温間状態で保持される必要があるため、ピーニング処理部を水冷や空冷などによって急速冷却することを回避し、徐冷することを要する。
【0010】
ここで、ピーニング処理を行うときの溶接止端部の温度を400℃未満とするのは、400℃以上の高温で回復現象が生じてしまうことによるピーニング効果の低減を防止するためである。一方、ピーニング処理を行うときの溶接止端部の温度を100℃以上とするのは、100℃より低温側でひずみ時効が生じにくい施工条件を回避するためである。また、溶接止端部とは、溶接部の外表面であって母材との境界部分を言う。
【0011】
この方法において、前記溶接止端部における100℃以上400℃未満の温度を、再加熱により得るようにしてもよい。この場合には、溶接箇所が一旦100℃よりも低い温度に低下した後にあっても、100℃以上400℃未満の温間状態に再加熱してピーニング処理を行うことで、本発明の目的を達成することができる。
【0012】
また、この方法において、溶接後の温度低下中であって、前記溶接止端部における温度が100℃以上400℃未満のときに、ピーニング処理を行うようにしてもよい。この場合には、溶接箇所が溶接後に温度低下し、100℃以上400℃未満でピーニング処理を行うため、再加熱が不要になって再加熱用の加熱炉を設置する必要がなく、加熱炉設置のコストの増加や加熱時間のロスを解消できるというメリットがある。
【発明の効果】
【0013】
本発明による場合には、ピーニング処理を行うときの溶接止端部の温度が100℃以上400℃未満であるので、その溶接止端部が十分にひずみ時効の効果のある温度以上の高温状態にあるため、炭素原子の鋼材料内の拡散による転位固着に起因したひずみ時効が生じ、そのひずみ時効による硬度の上昇を図ることができ、そのためひずみ時効が発生しない従来のピーニング処理による硬度上昇に伴う疲労強度の上昇に比べて、疲労強度の上昇効果をより向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明が適用される鋼構造物を製造する溶接ラインの一例を示す斜視図である。
【図2】本発明の効果をあらわす溶接継手に対する疲労試験の結果を示すグラフである。
【図3】2×10回時間強度を示すグラフであり、このグラフには、従来例(室温)、実施例(200℃、300℃、380℃)及び範囲外例(450℃)における強度を、従来例(室温)における強度によってそれぞれ除して無次元化したデータが示されている。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の実施形態を具体的に説明する。
【0016】
図1は、鋼構造物を製造する溶接ラインの一例を示す斜視図である。この溶接ライン1は、T字状に突き合わされた3つの鋼板3、5、7のうち、直交する2つの鋼板3、5の突き合わせ部3aを溶接方向Aに沿って溶接する自動溶接機9と、その自動溶接機9による溶接部11に超音波ピーニング処理を施す超音波ピーニング処理装置13とを備える。超音波ピーニング処理装置13は、自動溶接機9よりも溶接方向Aの上流側に配設されている。
【0017】
自動溶接機9としては、本実施形態ではアーク溶接機が用いられている。このアーク溶接機に備わった溶接棒9aから溶接方向Aの上流側に、超音波ピーニング処理装置13に備わった打撃ピン13aが先端部を露出して配設されており、この打撃ピン13aにより溶接部11の溶接止端部11aに超音波ピーニング処理を施すようになっている。溶接部11には、溶接方向Aと直交する方向の2箇所に、溶接止端部11aと溶接止端部11bとが形成されるため、両方の溶接止端部11a、11bのそれぞれに対して打撃ピン13
aを配設し、両方の溶接止端部11a、11bにそれぞれ超音波ピーニング処理を施すようにしてもよいが、本実施形態では、疲労破壊が発生する虞がない溶接止端部11bへの超音波ピーニング処理を省略し、疲労破壊が発生する虞が高い溶接止端部11aに対して超音波ピーニング処理を施している。なお、超音波ピーニング処理装置13は、打撃ピン13aが溶接部11の溶接止端部11aを狙って打撃できるように、溶接止端部11aの位置を検出する位置センサを用いて打撃ピン13aの位置を調整する構成とすることが好ましい。
【0018】
上記超音波ピーニング処理装置13は、上記打撃ピン13aの基端側(先端側とは反対側)に振動子13bを隣接して内蔵し、この振動子13bは打撃ピン13a側とその反対側とに向うように超音波振動をしており、その振動中の振動子13bと接触することで打撃ピン13aが外側に打ち出されて溶接部11を打撃し、超音波ピーニング処理を施す。また、打撃ピン13aは、溶接部11からの反力により振動子13b側(内側)に跳ね返り、再度振動子13bと接触して外側に打ち出される。
【0019】
溶接棒9aと打撃ピン13aとの離隔距離Lは、溶接後のビード温度について実測または熱伝導解析を行うことによって、溶接後の溶接止端部11a(11b)の温度低下の時間推移を把握して設定する。より具体的には、溶接止端部11a(11b)の温度が100℃以上400℃未満のときに打撃ピン13aによりピーニング処理ができるよう、溶接を行ってからピーニング処理までの経過時間を決定し、溶接速度を乗じて、離隔距離Lを設定する。なお、ひずみ時効の効果を十分にえるため、ピーニング後はピーニング処理部を水冷や空冷などによって急速冷却することを回避して、徐冷する必要がある。
【0020】
このように構成された溶接ライン1による場合には、突き合わせ部3aが溶接された後に溶接止端部11a(11b)が100℃以上400℃未満の温度で打撃ピン13aによるピーニング処理を受けることになるため、通常の超音波ピーニングによる疲労強度の上昇に加えて、ひずみ時効による疲労強度の上昇効果を合わせて有する高耐久化された鋼構造物を製造することができる。
【0021】
上記ひずみ時効による疲労強度の上昇効果が得られることを、図2に基づき説明する。図2は、各種の溶接継手に対する疲労試験の結果を示し、縦軸は応力範囲Δσ[N/mm]を、横軸は繰返し数N[cycles]をとっている。疲労試験は、油圧サーボ式の疲労試験機を用いて荷重制御で行い、単軸引張の負荷形式で行った。試験条件は、負荷波形を正弦波、応力比を0.05、繰返し速度を20〜25Hzとした。
【0022】
図中の線Bは溶接されたまま(ピーニング処理なし)の溶接継手の疲労試験の結果(比較例)を示し、線Cは溶接後に室温まで冷却され、その温度状態で超音波ピーニング処理された溶接継手の疲労試験の結果(従来例)を示し、線Dは本発明方法により溶接後の温間状態(100℃以上400℃未満)において超音波ピーニング処理された溶接継手の疲労試験の結果(実施例)を示し、線Eは、本発明で規定されている温度よりも高い温度(400℃以上の温度)である450℃において超音波ピーニング処理された溶接継手の疲労試験の結果(本発明の範囲外の例)を示す。なお、この実施例では、溶接止端部の温度が200℃のときの疲労試験の結果(実施例1)と、溶接止端部の温度が300℃のときの疲労試験の結果(実施例2)と、溶接止端部の温度が380℃のときの疲労試験の結果(実施例3)とを纏めて表している。
【0023】
この図2より理解されるように、日本鋼構造協会で設計上の基本許容応力範囲として規定されている2×10回時間強度で比較すると、比較例では応力範囲が150[N/mm]と低く、従来例では応力範囲が200[N/mm]になり比較例に対して約30%向上する。更に、実施例では、応力範囲が230[N/mm]になって従来例に対して更に15%向上する。これに対し、本発明で規定されている温度よりも高い450℃において超音波ピーニング処理された範囲外例の応力範囲は190[N/mm]である。この範囲外例の応力範囲は、比較例の応力範囲に対して約27%の向上に留まっている。このように、範囲外例は、従来例よりも応力範囲の向上効果が低減している。
【0024】
図3は、2×10回時間強度を示すグラフである。このグラフには、従来例(室温)、実施例(200℃、300℃、380℃)及び範囲外例(450℃)における強度を、従来例(室温)における強度によってそれぞれ除して無次元化したデータが示されている。この図3からわかるように、従来例に比べて5%以上の応力範囲の向上が十分に見込める条件(超音波ピーニング処理時における溶接止端部の温度条件)は、100℃以上400℃未満の範囲である。応力範囲が5%向上する効果を疲労寿命に換算すると、約1.3倍の長寿命化となる。このように、応力範囲が5%向上する効果は大きな長寿命化効果に相当することがわかる。
【0025】
このことから、溶接止端部に対し、その溶接止端部の温度が100℃以上400℃未満の温間状態で超音波ピーニング処理を実施することは、従来例と比較して大きな疲労耐久性の向上効果が得られることが分かる。
【0026】
また、図3に示すように、超音波ピーニング処理時における溶接止端部の温度条件が200℃以上380℃以下の場合には、応力範囲が従来例の応力範囲に比べて10%以上向上している。
【0027】
ここで、本発明において、400℃未満に温度条件を限定する理由は、400℃以上の高温では回復現象が生じてしまうことによりピーニング効果が低減するからである。一方、100℃以上に温度条件を限定する理由は、100℃より低温側ではひずみ時効が生じにくいからである。よって、本発明において超音波ピーニング処理を実施する温度を100℃以上400℃未満の温間状態に限ることで、400℃以上の高温側で回復現象が生じてしまうことによるピーニング効果の低減の回避や、100℃より低温側でひずみ時効が生じにくい施工条件を回避することが可能になる。なお、ピーニング後は、ピーニング処理部を水冷や空冷などによって急速冷却することを避けて、ひずみ時効を起こさせるために徐冷する必要がある。急速冷却した場合には、ひずみ時効が発現する時間が短くなり、硬度上昇の効果が得られにくくなるためである。
【0028】
なお、上述した実施形態では超音波ピーニング処理装置13を溶接ラインにおける自動溶接機9の上流側に組み込んでいるが、本発明はこれに限らず、超音波ピーニング処理装置を作業者が手に持ってピーニング処理する形態でもよい。
【0029】
また、上述した実施形態では溶接後の余熱を利用し、溶接止端部の温度が100℃以上400℃未満のときにピーニング処理を行う場合について説明しているが、本発明はこれに限らない。溶接した後に、一度100℃よりも低い温度にまで温度低下した溶接部を加熱し、溶接止端部の温度が100℃以上400℃未満のときにピーニング処理を行うようにしてもよい。また、本発明は、既に製作された鋼構造物の一部である溶接部及びその近傍を、または、鋼構造物の全体を100℃以上400℃未満の温度に再加熱し、その温度条件のときに溶接止端部にピーニング処理を行う場合、或いは、前記鋼構造物の一部または全体を400℃以上の高い温度まで再加熱して温度が100℃以上400℃未満に低下したときに溶接止端部にピーニング処理を行う場合にも適用できる。
【0030】
更に、上述した実施形態では3つの鋼板3、5、7をT字状に突き合わせた箇所を溶接しかつピーニング処理する例を挙げているが、本発明はこのような鋼構造物の溶接箇所に限らない。例えば、鋼板と、断面が円形の丸棒と、円筒状のパイプ鋼材と、ブロック状の鋼材などのうち、同一形態の鋼材どうしや、他の形態の2以上の鋼材を組み合わせたものなどから構成される鋼構造物の溶接箇所にも、同様に適用することができる。
【0031】
更にまた、上述した実施形態では自動のアーク溶接機と超音波ピーニング処理とを組み合わせた構成例を挙げているが、本発明はこれに限らず、他の溶接法と他のピーニング処理とを組み合わせた構成としてもよい。他の溶接法としては、例えば手溶接、スポット溶接、レーザ溶接、複数の溶接法を組み合わせたハイブリッド溶接などが該当する。一方、他のピーニング処理としては、ショットピーニング、ハンマーピーニング、レーザピーニングなどが該当する。
【符号の説明】
【0032】
1 溶接ライン
9 自動溶接機
11 溶接部
11a、11b 溶接止端部
13 超音波ピーニング処理装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼構造物における溶接箇所の溶接止端部に対し、当該溶接止端部の温度が100℃以上400℃未満で超音波ピーニング処理を行い、かつピーニング処理部を徐冷することを特徴とする鋼構造物の高耐久化処理方法。
【請求項2】
前記溶接止端部における100℃以上400℃未満の温度を、再加熱により得ることを特徴とする請求項1に記載の鋼構造物の高耐久化処理方法。
【請求項3】
溶接後の温度低下中であって、前記溶接止端部における温度が100℃以上400℃未満のときに、超音波ピーニング処理を行うことを特徴とする請求項1に記載の鋼構造物の高耐久化処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−6215(P2013−6215A)
【公開日】平成25年1月10日(2013.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−116687(P2012−116687)
【出願日】平成24年5月22日(2012.5.22)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】