説明

防災用倒立壁

【課題】堤体の天端を開放した状態で、堤体の安全性を確保できる壁体を提供する。
【解決手段】堤体の斜面に沿って寝かした板状の壁体、あるいは堤体の天端に水平方向にスライド自在に寝かした板状の壁体である。この壁体を、必要に応じてほぼ鉛直状態まで引き起こすことが可能であるように構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、防災用倒立壁の構造に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年,異常気象などにより過去の記録にないような降水量が認められ,既往の治水計画では洪水流を防禦出来ない場合が発生し,有効な対策が求められている。
加えて地球全体の温暖化が進み,将来はさらに大きな洪水流の発生が懸念されている。
しかし,ダムや遊水地の建設,河川や貯水池などの堤防や護岸の増強・改修などが自治体や住民などの反対,あるいは土地の市街地化や高度利用などのために対策用用地の確保が困難などで,有効な対策の実施が困難になる事例が発生している。
そのような問題を解決に転用できる構造として、特許文献1のような起伏式防波装置が提案されている。
その構造は図8に示すように、河川の堤体ではなく、防波堤の構造ではあるが、平常時は道路面となっている防波堤aの上面に防波板bを寝かしておき、異常時にはこの防波板bをジャッキで押し上げて、波浪を防ぐ構造である。
さらに特許文献2のような可動堤防も知られている。
その構造は、図9に示すように、堤体aの上の回転軸cに回転自在の支柱dを取り付け、この支柱dの上に円弧状の屋根eを取り付け、平常時には日除けとして、異常時には支柱dを倒して屋根eを堤防とする構造である。
また特許文献2で公知技術として記載された構造は、図10に示すように堤体aの内部に鉛直に上昇、下降する昇降板fを収納しておき、異常時にはこの板fを上昇させて堤防とする構造である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003−239243号公報。
【特許文献2】特開平2−240312号公報。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前記した従来の防災用倒立壁にあっては、次のような問題点がある。
<1> 図8から10に示す公知の技術は、いずれも堤体の天端(堤体上の最上面部分)に防波板b、円弧板e、昇降板fなどの防災構造物を恒久的に設置する構造である。
<2> そのために異常時に天端に自動車、その他の物がひとつでも存在していた場合には、堤防板の押し上げや倒し動作が困難、あるいは不可能となってしまう。
<3> そのような場合に、一か所でも堤防板の引き起こしができない場所があれば、そこまで水位が上昇した場合には、その部分から洪水流などが堤内地側へ流れ込むから、すべての堤防構造は無意味となる。
<4> また図9、10の構造では平常時でも堤体の天端の利用が制限され、その景観を大きく変更してしまう。
<5> 異常時に天端に堤防板などの防災構造物が設置されるから、緊急車両や人員の交通が困難、あるいは不可能となり、防災の対応ができないことになる。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記のような課題を解決するために、本発明の防災用倒立壁は、堤体の斜面に沿って寝かした板状の壁体であり、必要に応じてほぼ鉛直状態まで引き起こすことが可能であるように構成したことを特徴としたものである。
また本発明の防災用倒立壁は、堤体の天端に埋設してある板状の壁体であり、必要に応じてほぼ水平に引き出し、その後にほぼ鉛直状態まで引き起こすことが可能であるように構成したことを特徴としたものである。
また本発明の防災用倒立壁は、堤体の天端に、回転軸を介してほぼ水平に設置してある壁体であり、回転軸は堤体の長手方向と平行であり、回転軸よりも外側に、壁体に下向きの力を与える牽引機構を配置して構成したことを特徴としたものである。
【発明の効果】
【0006】
本発明の防災用倒立壁は以上説明したようになるから次のような効果を得ることができる。
<1> 管理事業者が外的環境や条件に拘束されることなく,必要に応じて主体となって本防災用倒立壁を設置して防災対策を実施することが出来る。
<2> 自治体や住民などの意向に拘わらず,新規の土地収用を必要とすることなく,現況の形態や景観に変化を与えず,損なうことがない。平常時は堤防上に新設の防災構造物が突出,視認されることなく,あるいは既設の施設の形態を変更させることなく,洪水流災害問題を抜本的に解決することが可能である。
<3> 平常時には堤体に倒して格納しておき,異常時にのみ起立展張させるので,既存の堤防や護岸などの形態や利用も現況を変更することはない。
<4> このようにして起立展張する本防災用倒立壁は対象河川の堤防や護岸などに人工的な堤防を構築したこととなり,堤防を増強・改修したと同じ効果を得ることが可能になる。すなわち、本防災用倒立壁の設置により河川の堤防や護岸を嵩上げしたと同じ効果を得ることが出来る。
<5> 河川には堤防や護岸などの天端高と計画高水位との間に余裕高が設定されている。この余裕高は治水計画上の余裕を含むものではなく,この部分に洪水流を流下させるとしてその容量を治水計画に計上することは認められていない。しかし,本発明は本防災用倒立壁の設置により堤防を嵩上げしたと同じ効果を得ることができるので,既存の余裕高部分は堤防として利用して洪水流を流下させることが出来る。
<6> このため,本防災用倒立壁の設置により既存の余裕高を新設する本防災用倒立壁部分に代替させれば,洪水流を現堤防や護岸などの余裕高に相当する部分に流下させることが理論的に可能になる。
<7> 新規の治水計画により既存の堤防や護岸などでは対応出来ないような異常な洪水流の発生が予測される場合は本防災用倒立壁の高さを洪水流下と余裕高に対応出来るように設定し,洪水時にはこの部分を利用することも可能である。
<8> 本防災用倒立壁が新たな堤防や護岸などの役割を果たして,洪水流の越流を防ぐことを可能にし,多くの河川の洪水流対策を抜本的に解決することが出来る。
<9> いずれの構造であっても、図8、9、10に示す従来例のように堤体の天端面に通行の障害物が設置される構造ではない。したがって壁体を鉛直に引き起こしても、図8のように堤体の天端にジャッキgが露出したり、図9のように支柱dが通路を遮断することがなく、天端の開放状態を維持できる。そのために壁体が堤体の河川側にある場合には、天端の道路はそのまま緊急車両や人員が通行することが可能であり、壁体が堤内地側にある場合には必要幅だけ河川側へ移動させれば、同様に緊急車両や人員が通行することが可能となる。
<10> 堤体自体の強度の確保は最重要な課題であるが、本発明の構造を採用するならば堤体自体の強度は、工事前の数値以上を確保することができるとともに、堤体内に構築する構造物を最小限に抑えることができる。
<11> 防災用倒立壁の設置に際して堤体の一部の掘削などを行う場合には、堤体の強度を着工以前の強度以上を確保するように復旧することができる。
<12> 防災用倒立壁の設置により、洪水流の水深が増える場合はその水圧に耐える堤体の強度を確保するように設計する。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【図1】本発明の実施例の斜視図。
【図2】河川側から引き起こす形式の実施例の説明図。
【図3】堤体へ埋め込む形式の実施例の説明図。
【図4】河川側へ引き出して引き起こす形式の実施例の説明図。
【図5】堤内地側から引き起こす形式の実施例の説明図。
【図6】堤内地側へ引き出して引き起こす形式の実施例の説明図。
【図7】壁体を跳ね上げる形式の実施例の説明図。
【図8】特許文献1記載の防波装置の説明図。
【図9】特許文献2記載の可動堤防の説明図。
【図10】特許文献2記載の可動胸壁の断面図。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下図面を参照にしながら本発明の好適な実施の形態を詳細に説明する。
【実施例】
【0009】
<1>基本的構成。
本発明の防災用倒立壁1は、壁体11と引き起こし機構12によって構成する。
壁体11は、基本的には堤体Bの斜面に沿って寝かした板状の壁体11(図2、3、5)、あるいは堤体Bの天端にほぼ水平方向に寝かした板状の壁体11(図4、6、7)である。
引き起こし機構12は、この板状の壁体11を、必要に応じてほぼ鉛直状態まで引き起こすことが可能であるように構成したものである。
なお本明細書、請求項、図面において「斜面」とは、実際に傾斜した面に限らず、傾斜していない垂直面も含ませた意味で使用する。
本発明の技術的思想は、堤体Bが傾斜しているか、あるいは鉛直であるか否かにあるのではなく、その面から壁体11を引き起こす、引き上げる、あるいは引き出して引き起こす構成に存在するものである。
【0010】
<2>引き起こし形式。(図2、図5)
板状の壁体11を、堤体Bの斜面に寝かした状態で設置する。
洪水、高潮、その他の危険な異常時には、この壁体11を、ほぼ鉛直の姿勢まで引き起こして防災用倒立壁1として構成する。
そのために、壁体11の上部は、堤体に設置した回転軸13に回転自在に取り付ける。
この回転軸13の軸方向は、堤体の長手方向と平行である。
引き起こし機構12は、従来公知の回転機構を利用することができる。
たとえば壁体11の回転軸13に取り付けた歯車に、原動機あるいは人力によって回転を与える機構である。
あるいはリンク機構と油圧ジャッキの組み合わせ、あるいは人力によるジャッキの組み合わせ機構などで、壁体11の回転軸13よりも堤体Bの中心側に、下向きの引き下げる方向の力を与える構成であれば公知の機構を採用することができる。
壁体11を寝かす側を、河川W側とする場合(図2)と、堤内地A側とする場合(図5)が考えられる。
なお、すべての図は説明のための概念図であり、たとえば回転軸13が天端上に露出していない、完全に堤体Bに内蔵している構造も本発明の技術思想に含まれることは当然である。
【0011】
<3>埋め込み形式。(図3)
板状の壁体11を、堤体Bの河川W側の斜面に寝かした状態で設置する点は、図2の実施例と同様である。
ただし、斜面に壁体11の厚さに相当する深さの収納溝15を形成する。
そしてこの収納溝15の内部に、壁体11を収納しておき、壁体11の上端は、堤体に設置した回転軸に回転自在に取り付ける。
この回転軸の軸方向は、堤体の長手方向と平行である。
必要に応じてこの壁体11を、回転軸(図示せず)を中心に回転させてほぼ鉛直の姿勢まで引き起こして防災用倒立壁1として構成する。
引き起こし機構12は、前記の例と同様に、従来公知の機構を利用することができる。
壁体11を埋め込む側を河川W側とする場合(図3)と、堤内地A側とする場合(図示せず)が考えられる。
【0012】
<4>引き出し形式。(図4、図6)
堤体Bの天端に、水平に板状の壁体11を埋設する。
壁体11は、ほぼ水平の薄い容器14に収納した状態で堤体Bの天端に埋め込んである。
この壁体11を、必要に応じて水平容器14からほぼ水平方向に向けて引き出す。
ちょうど、オフィスのデスクの薄い引き出しを引き出したような状態であるから天端の状況には変化を与えることがない。
その後に、引き出した壁体11を、ほぼ鉛直状態まで引き起こすことができるように構成する。
引き出した壁体11が回転して起立が可能であるようにするためには、従来公知の各種の機構を採用することができる。
たとえば壁体11の回転軸受けも同時に引き出せるように構成し、引き出しの終点で軸受けの移動を拘束し、その位置で壁体11に回転を与えるような構成もその一例である。
あるいは壁板の最後端にワイヤーを取付け、これを先端側の滑車を介して巻き取ることにより引き起すことも可能であり、どのような引き出し起立構成を採用するかは、技術者の選択の範囲である。
壁体11の引き出す方向は、それを河川W側とする場合(図4)と、堤内地A側とする場合(図6)が考えられる。
なお、壁体11を水平容器14に収納することは不可欠の要件ではなく、水平容器14を用いずに、壁体11を水平の引き出して引き起こす構造を採用することもできる。
その場合には、水平に引き出した後の天端の露出面B1を、コンクリート製、アスファルト製などの床版として構成しておけば、引き出し後の天端での交通などに問題は生じない。
【0013】
<5>跳ね上げ形式。(図7)
壁体11を堤体Bの天端に水平に設置する。
その壁体11の堤内地A側を、回転軸を介して天端に回転自在に軸止めする。
この回転軸の方向は、堤体Bの長手方向と平行である。
さらに回転軸の位置よりも外側、すなわち堤内地A側の堤体B内に、引き起こし機構12として牽引装置を設ける。
この牽引装置は、堤体Bの内部ではなく、堤体Bの堤内地A側の斜面に設けることもできる。
この牽引装置は、ジャッキやワイヤやギヤなど、公知の構成を採用することができる。
この引き起こし機構12である牽引装置によって、壁体11の堤内地A側に下向きの力を与えると、壁体11は回転軸を中心に回転し、壁体11の河川W側の端が上昇する。
壁体11をほぼ鉛直の状態まで引き起こして防災用倒立壁1を構成する。
回転軸の位置を、堤内地A側とせず河川W側に設け、それよりも河川W側に引き起こし機構12を設置することも可能である。
このように、引き起こし機構12としての牽引装置は、図8に示すような押し上げ機構ではないから、押し上げ用の斜材が道路面を横断するようなことがない。
したがって壁体11を跳ね上げた後の天端の露出面B1を、コンクリート製、アスファルト製などの床版として構成しておけば、跳ね上げた後の天端での交通などに問題は生じない。
【0014】
<6>混在設置。
以上の説明は、斜面に寝かした壁体11を引き起こすタイプと、天端の容器内に寝かした壁体11を引き出すタイプを別々に設置する例であった。
しかし堤体Bに斜路が形成してある場合、あるいは堤体Bに接近して構造物が設置してある場合などではひとつのタイプだけでは対応できないことも考えられる。
そのような場合には、現場の状況に応じて両者を混在させて設置することももちろん可能である。
また壁体11を構築する側に障害物などがある場合は堤体Bを横断して反対側に迂回して設置することも可能である。
【0015】
<7>設計事項。
本発明の防災用倒立壁1の高さは,すなわち壁板の高さは現在個々の河川Wに設定されている計画高水位や余裕高を参考にして決めればよいが、一般にはそれほど高くする必要がなく,1〜3m程度である。ただし条件によってはそれ以下、それ以上の寸法の壁板を採用する場合もあり得る。
構造は治水計画の設計条件によるが,それほどの規模にはならない。
本防災用倒立壁1は工学的に安全性や安定性を確保するように設置し,かつ維持補修にも対応出来るように設計する。
壁体11を構成する材質はスチール、鉄筋コンクリート、無筋コンクリート、プレストレスコンクリート、合成樹脂製など、所期の目的を達する構造を得られる材質であれば何れでも利用することができる。
さらに、既存の堤体Bや護岸の安全性を確保するために、異常時に相応して堤体Bを補強したり,堤体B内に遮水壁を構築したり,その安全性を確保しておくことも可能である。
【0016】
<8>異常時の作動。
災害の危険が迫ってきた時には、図2,3、5の引き起こし形式では、堤体Bの斜面に寝かしてある壁体11を引き起こす。
壁体11を天端に水平に寝かしてある図4、6の引き出し形式では、壁体11を容器内から、あるいは壁体11の水平方向に引き出し、その後に引き起こしてほぼ鉛直の姿勢を維持させる。
図7の跳ね上げ形式では、牽引機構によって回転軸よりも外側に引き下げ力を与えて、壁体11を跳ね上げる。
すると、あたかも新規の堤防や護岸を構築したのと同様に機能し、その中に余裕高を含ませた構造を確保できる。
あるいは直接に本発明の倒立壁の一部に洪水流を流下させることができる。
本発明の防災用倒立壁1は、いずれの実施例の構造であっても、図8に示す従来例のように堤体の天端の防波板b自体をジャッキgなどで押し上げるような構造ではない。
したがって壁体11を鉛直に引き起こしても、堤体Bの天端の状況に影響を与えることがなく開放状態を維持できる。
そのため壁体11が堤体Bの河川W側にある場合には、天端の道路は、緊急車両や人員がそのまま通行することが可能である。
一方、壁体11が堤内地A側にある場合には壁体11を必要幅だけ河川W側へ移動させれば、天端に道路を形成でき、やはり緊急車両や人員が通行することが可能となる。
なおここに「余裕高」とは、「堤防高さと計画高水位との間に取るべき余裕の最小値。洪水時の風浪,うねり,跳水等計画高水位には考慮されない一時的な水位上昇に対する堤防の構造上の安全確保,巡視・水防活動の安全確保等を対象にし,治水計画上の余裕を含むものではない」、と規定されている。(土木学会,土木用語大辞典)
【0017】
<9>構造の追加。
壁体11を二重構造としておき、ほぼ鉛直に立てた壁体11の内部から、さらに鉛直方向に内部の壁体11を上昇させれば、高い防災用倒立壁1を得ることができる。
また、堤体Bの横断方向にレールを敷設しておき、ほぼ鉛直に立てた壁体11を、堤体Bの天端に沿って水平移動が可能であるように構成すれば、壁体11を堤内地A側にスライドさせて川幅を広げることが可能となり、流水断面を拡大することができる。
【符号の説明】
【0018】
1:防災用倒立壁
11:壁体
12:引き起こし機構
14:容器
A:堤内地
B:堤体
W:河川

【特許請求の範囲】
【請求項1】
堤体の斜面に沿って寝かしてあり、
かつその上端付近を、堤体の長手方向と平行の回転軸で堤体に回転自在に取り付けてある板状の壁体と、
この回転軸を中心に壁体に回転力を与える引き起こし機構とにより構成した、
防災用倒立壁。
【請求項2】
堤体の天端にほぼ水平に設置してあり、
かつその端部を、堤体の長手方向と平行の回転軸で堤体に回転自在に取り付けてある板状の壁体と、
回転軸に、水平方向への引き出しを与える引き出し機構と、
回転軸の移動を拘束して、壁体に回転を与える引き起こし機構とにより構成した、
防災用倒立壁。
【請求項3】
堤体の天端に、回転軸を介してほぼ水平に設置してあり、
かつその一部を、堤体の長手方向と平行の回転軸で堤体に回転自在に取り付けてある板状の壁体と、
回転軸よりも外側の位置で、壁体に下向きの力を与える引き起こし機構とにより構成した、
防災用倒立壁。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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