説明

電動工具

【課題】電子クラッチ式の電動工具において、モータの駆動開始直後から出力軸の回転トルクを設定トルク以下に制限できるようにする。
【解決手段】モータ電流が電流閾値を越えるとモータの駆動を停止する電動工具において、モータの駆動開始後、モータの駆動制御に用いられる出力dutyが増加する間(時点t0−t1間)は、電流閾値を更新値βにて決定される一定の傾きで増加させる。出力duty=目標dutyとなる時点t1以降は、電流閾値を更新値γにて決定される一定の傾きで低下させ、電流閾値が、電動工具の設定トルクに基づき設定される最終値に達すると(時点t2)、電流閾値をその最終値に固定する。この結果、モータの駆動開始直後から、電動工具の回転トルクを設定トルク以下に制限することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータにより回転駆動される電動工具に関する。
【背景技術】
【0002】
電動工具には、ドライバビット等の工具要素が装着される出力軸の回転トルクが、所定の設定トルクを越えると、モータの駆動を停止するように構成された、所謂電子クラッチ式のものが知られている。
【0003】
そして、この種の電動工具は、通常、設定トルクに応じて電流閾値を設定し、モータ電流が電流閾値に達すると、出力軸の回転トルクが設定トルクに達したと判断して、モータの駆動を停止するように構成される。
【0004】
ところで、モータ電流Imは、電源電圧をV、モータ駆動時に発生する逆起電力をE、電機子巻線の抵抗をR、とすると、「Im=(V−E)/R」と記述することができる。そして、モータの駆動開始時は、回転子が静止した状態であることから、逆起電力E=0となる。
【0005】
この結果、モータの駆動開始直後には、モータ電流が一時的に電流閾値を越えてしまい、モータの駆動開始直後からモータ電流を電流閾値以下に制限するようにすると、モータの駆動を継続することができなくなる。
【0006】
そこで、電子クラッチ式の電動工具においては、モータ電流が電流閾値を越えても、その状態が所定時間以上継続しなければ、モータの駆動を停止しないようにすることが提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0007】
つまり、モータの駆動開始後、一定時間は、電子クラッチの機能を停止させることで、モータを継続して駆動できるようにするのである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2006−271404号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、モータの駆動開始時に出力軸に加わる負荷は、一定ではなく、電動工具の使用条件によって異なる。
このため、上記提案のように、モータの駆動開始後一定時間、電子クラッチの機能を停止させると、その機能停止時に、出力軸の回転トルクが著しく大きくなって、電動工具による加工対象物若しくは電動工具自体を損傷させてしまうことが考えられる。
【0010】
例えば、電動工具が、出力軸に装着されたドライバビットによりねじを締め付ける電動ドライバである場合、モータの駆動開始によって、ねじを最初から回し始めることもあれば、締め付け対象物への締め付けが略完了したねじを増し締めすることもある。
【0011】
そして、ねじを増し締めするときには、モータ駆動開始直後から出力軸の回転トルク(つまり、ねじの締め付けトルク)が著しく大きくなる。
従って、このような使用条件下で、モータ駆動開始後一定時間、電子クラッチの機能を停止させると、ねじを設定トルク以下の適正トルクで締め付けることができず、ねじやねじによる締め付け対象物、若しくは電動工具自体、を損傷させてしまうことがある。
【0012】
本発明は、こうした問題に鑑みなされたものであり、電子クラッチ式の電動工具において、モータの駆動開始直後から出力軸の回転トルクを設定トルク以下に制限できるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
かかる目的を達成するためになされた請求項1に記載の電動工具には、使用者がモータの駆動指令を入力するための操作部が備えられており、操作部が操作されると、制御手段が、操作部の操作量に応じて、モータを駆動する。
【0014】
また、制御手段は、モータの駆動時に、電流検出手段にて検出されたモータ電流が、電流閾値設定手段にて設定された電流閾値に達すると、モータの駆動を停止する。
そして、電流閾値設定手段は、制御手段がモータの駆動を開始してから所定の変動期間の間、電流閾値を、モータの通常起動時に流れるモータ電流の変化に対応して変化するよう設定し、その後、電流閾値を、設定トルクに対応した一定閾値に固定する。
【0015】
従って、本発明の電動工具によれば、モータの駆動開始直後から、出力軸に加わる外部負荷によって出力軸の回転トルクが設定トルクを越えるような場合であっても、モータ電流と電流閾値とを用いてその旨を検出し、モータの駆動を停止させることができる。
【0016】
よって、本発明によれば、上述した従来の電動工具に比べて、モータ(延いては出力軸に装着される工具要素)を、より安全に駆動することができる。
ここで、モータの駆動開始直後の変動期間内に設定する電流閾値は、モータの通常起動時に流れるモータ電流に対応して変動するように設定すればよい。
【0017】
そして、モータの通常起動時に流れるモータ電流は、モータの起動後、モータの回転が安定したときのモータ電流よりも、一時的に大きくなることから、電流閾値設定手段は、請求項2に記載のように構成するとよい。
【0018】
すなわち、請求項2に記載の電動工具において、電流閾値設定手段は、モータの駆動開始直後の変動期間内では、電流閾値の最大値が、変動期間経過後に設定される一定閾値よりも大きくなるように、電流閾値を設定する。
【0019】
従って、請求項2に記載の電動工具によれば、モータ駆動開始直後の電流閾値を、モータが正常回転しているときのモータ電流の変化に対応して設定することができる。
また、このように、電流閾値設定手段に変動期間内の電流閾値を設定させるには、モータの通常起動時に流れるモータ電流の変動パターンに基づき、電流閾値の変動パターンを予め設定しておくようにしてもよい。
【0020】
つまり、電流閾値設定手段が、モータの駆動開始直後の変動期間内に電流閾値を設定する際には、予め設定された変動パターンを用いて、電流閾値を設定するようにするのである。
【0021】
しかし、変動期間内の電流閾値は、モータに実際に流れるモータ電流に対応して設定することが望ましく、そのためには、予め電流閾値の変動パターンを設定しておくよりも、モータの実際の制御に対応して設定することが望ましい。
【0022】
このため、請求項3に記載のように、制御手段が、駆動回路とデューティ比設定手段とを備えている場合には、電流閾値設定手段を、請求項3〜5に記載のように構成するとよい。
【0023】
つまり、この場合、制御手段において、駆動回路は、モータへの通電経路に設けられたスイッチング素子をデューティ駆動することでモータを回転させる。
また、デューティ比設定手段は、操作部の操作量に応じて目標デューティ比を設定し、駆動回路がスイッチング素子をデューティ駆動するのに用いる駆動デューティ比を、その目標デューティ比まで徐々に増加させることで、モータの回転速度を上昇させる。
【0024】
そこで、請求項3に記載の電動工具においては、デューティ比設定手段にて設定される駆動デューティ比が目標デューティ比に向けて増加しているときに、電流閾値設定手段が、電流閾値を徐々に増加させる。
【0025】
つまり、モータの駆動開始後、デューティ比設定手段が駆動デューティ比を増加させているとき、モータが正常回転していれば、駆動デューティ比の増加に応じて、モータ電流が増加し、回転速度も増加する。
【0026】
このため、請求項3に記載の電動工具によれば、電流閾値は、通常起動時のモータ電流の変化に応じて変化することになり、その電流閾値とモータ電流とを比較することで、起動電流の誤検出を防止しつつ、回転トルクの異常を正確に検知できるようになる。
【0027】
一方、請求項4に記載の電動工具において、電流閾値設定手段は、デューティ比設定手段にて設定される駆動デューティ比が目標デューティ比に達すると、電流閾値を徐々に低下させる。
【0028】
また、請求項5に記載の電動工具において、電流閾値設定手段は、電流閾値を徐々に低下させることによって電流閾値が設定トルクに対応した一定閾値に一致すると、変動期間が経過したと判断して、電流閾値を一定閾値に固定する。
【0029】
つまり、デューティ比設定手段にて設定される駆動デューティ比が目標デューティ比に達し、駆動デューティ比が目標デューティ比に固定されると、モータは加速状態から定速状態になり、モータ電流も目標デューティ比に対応した安定状態となる。
【0030】
そこで、請求項4、5に記載の電動工具においては、デューティ比設定手段にて設定される駆動デューティ比が目標デューティ比に達すると、電流閾値を徐々に低下させることで、電流閾値をモータ電流に対応した値に変化させるのである。
【0031】
従って、請求項3〜請求項5に記載の電動工具によれば、モータ駆動開始直後の変動領域での電流閾値を、モータの通常起動時に実際に流れるモータ電流に対応して変化させ、その電流閾値に基づき、起動電流の誤検出を防止しつつ、モータの駆動開始直後のトルク異常を正確に判定できるようになる。
【0032】
次に、請求項6に記載の電動工具においては、外部操作により、設定トルクとして任意のトルクを設定可能なトルク設定部が備えられる。
そして、電流閾値設定手段は、トルク設定部を介して設定された設定トルクに応じて、設定トルクが大きいほど大きくなるよう、変動期間内での電流閾値の単位時間当たりの変化割合を変化させる。
【0033】
このため、請求項6に記載の電動工具によれば、モータ駆動開始直後の変動領域内で、モータの駆動を停止するか否かを判定するのに用いる電流閾値を、設定トルクに応じて、設定トルクが大きいほど大きくなるように設定することができる。
【0034】
よって、請求項6に記載の電動工具によれば、モータの駆動開始直後に出力軸の回転トルクが設定トルクを越えるのをより良好に防止することができる。
また、請求項7に記載の電動工具においては、操作部の操作量が増加すると、電流閾値設定手段が電流閾値を一時的に増加させる。
【0035】
このため、請求項7に記載の電動工具によれば、使用者が操作部の操作量を増加させることによって、モータ電流が上昇したとき、モータ電流が電流閾値を一時的に越えて、モータの駆動が停止されるのを防止することができる。
【0036】
また次に、請求項8に記載の電動工具においては、デューティ比設定手段にて設定される駆動デューティ比が目標デューティ比に達すると、デューティ比設定手段が、モータの回転速度が操作部の操作量に応じて設定される目標回転速度となるように駆動デューティ比を更新する、回転フィードバックを行う。
【0037】
このため、請求項8に記載の電動工具によれば、モータの駆動開始後、駆動デューティ比が目標デューティ比に達した後は、出力軸に装着される工具要素(延いては加工対象物)を、一定の回転速度で駆動することができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】実施形態の電動工具の駆動系全体の構成を表すブロック図である。
【図2】コントローラにて実行される一連の制御処理を表すフローチャートである。
【図3】図2のS130にて実行されるトリガ引き量変化確認処理を表すフローチャートである。
【図4】図2のS140にて実行されるduty設定処理を表すフローチャートである。
【図5】図2のS150にて実行される閾値設定処理を表すフローチャートである。
【図6】図2のS160にて実行されるモータ駆動処理を表すフローチャートである。
【図7】duty設定処理及び閾値設定処理にて設定される駆動デューティ比(duty)及び電流閾値(閾値)を表すタイムチャートである。
【図8】閾値設定処理を実行するのに用いられる閾値設定用マップを表す説明図である。
【図9】duty設定処理の変形例を表すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0039】
以下に、本発明の実施形態を図面と共に説明する。
本実施形態の電動工具は、工具要素としての工具ビット(例えばドライバビット)が装着される出力軸を回転させることで、工具ビットを介して加工対象物に所定の加工(例えば、締め付け対象物へのねじの締め付け)を行うものである。
【0040】
図1は、電動工具の本体ハウジング(図示せず)に収納若しくは装着されて、出力軸を回転駆動するのに用いられる駆動系全体の構成を表している。
図1に示すように、電動工具には、出力軸を回転させるモータ20として、3相ブラシレス直流モータが備えられており、このモータ20を駆動制御する駆動装置として、バッテリパック10、モータ駆動回路24、ゲート回路28、及び、コントローラ40が備えられている。
【0041】
ここで、バッテリパック10は、電動工具の本体ハウジングに着脱自在に装着可能なケース内に、直列接続された複数の二次電池セルを収納することにより構成されている。
また、モータ駆動回路24は、バッテリパック10から電源供給を受けて、モータ20の各相巻線に電流を流すためのものであり、FETからなる6つのスイッチング素子Q1〜Q6を備える。
【0042】
なお、モータ駆動回路24において、スイッチング素子Q1〜Q3は、モータ20の各端子U,V,Wと、バッテリパック10の正極側に接続された電源ラインとの間に、所謂ハイサイドスイッチとして設けられている。
【0043】
また、スイッチング素子Q4〜Q6は、モータ20の各端子U,V,Wと、バッテリパック10の負極側に接続されたグランドラインとの間に、所謂ローサイドスイッチとして設けられている。
【0044】
次に、ゲート回路28は、コントローラ40から出力された制御信号に従い、モータ駆動回路24内のスイッチング素子Q1〜Q6をオン/オフさせることで、モータ20の各相巻線に電流を流し、モータ20を回転させるものである。
【0045】
また、コントローラ40は、CPU、ROM、RAM、I/Oポート、A/D変換器、タイマ等からなるワンチップマイクロコンピュータ(以下、マイコンという)にて構成されている。
【0046】
そして、コントローラ40は、トリガスイッチ30からの駆動指令に従い、モータ駆動回路24を構成するスイッチング素子Q1〜Q6の駆動デューティ比を設定し、その駆動デューティ比に応じた制御信号をゲート回路28に出力することで、モータ20を回転駆動させる。
【0047】
なお、トリガスイッチ30は、使用者が手動操作によって電動工具の駆動指令を入力するためのものであり、トルク設定スイッチ36及びトルク設定表示LED38と共に、電動工具の本体ハウジングに設けられている。
【0048】
また、トリガスイッチ30には、使用者による操作時にオン状態となるメイン接点31と、使用者によるトリガスイッチ30の引き量(換言すれば操作量)に応じて抵抗値が変化する摺動抵抗32と、使用者からの回転方向の切り換え指令を受け付ける正逆接点33とが備えられている。
【0049】
一方、トルク設定スイッチ36は、出力軸の回転トルク(例えば、工具ビットによる締め付けトルク)の上限を、使用者が手動操作で設定するためのものであり、コントローラ40に接続されている。
【0050】
また、トルク設定表示LED38は、トルク設定スイッチ36を介して設定された設定トルクを表示するためのものであり、複数のLEDにて構成されている。
そして、このトルク設定表示LED38もコントローラ40に接続されており、コントローラ40は、トルク設定スイッチ36を構成しているLEDの点灯個数若しくは点灯パターンを制御することで、設定トルクを表示させる。
【0051】
次に、モータ20には、モータの回転速度や回転位置を検出するための回転位置センサ22が設けられている。また、バッテリパック10からモータ駆動回路24を介して形成されるモータ20への通電経路には、モータ20に流れたモータ電流を検出するための抵抗26が設けられている。
【0052】
そして、回転位置センサ22からの検出信号及び抵抗26によるモータ電流の検出信号は、それぞれ、コントローラ40に入力される。
また、コントローラ40は、マイコンにて構成されているため、一定の電源電圧Vccを供給する必要がある。このため、電動工具の本体ハウジング内には、バッテリパック10から電源供給を受けて一定の電源電圧Vcc(例えば、直流5V)を生成し、コントローラ40に供給するレギュレータ42も設けられている。
【0053】
次に、コントローラ40(詳しくはCPU)が、トリガスイッチ30からの駆動指令に従いモータ20を回転駆動するために実行する制御処理について、図2〜図6に示すフローチャートに沿って説明する。
【0054】
この制御処理は、レギュレータ42からコントローラ40に電源電圧Vccが印加されているときに、コントローラ40において繰り返し実行される処理である。
図2に示すように、コントローラ40は、制御処理を開始すると、まずS110(Sはステップを表す)にて、トリガスイッチ30のメイン接点31の状態及びトルク設定スイッチ36の操作状態を認識するスイッチ処理を実行する。
【0055】
なお、このスイッチ処理では、トルク設定スイッチ36の操作状態から設定トルクを認識してトルク設定表示LED38に表示する。
また、スイッチ処理では、トリガスイッチ30のメイン接点31がオフ状態であるとき、制御に用いる各種フラグをクリアして、電流閾値を値「0」に初期化する、初期化処理も同時に実行する。
【0056】
次に、S120では、トリガスイッチ30の摺動抵抗32の抵抗値や、モータ電流検出用の抵抗26の両端電圧をA/D変換器を介して取り込み、トリガスイッチ30の引き量(以下、トリガ引き量ともいう)及びモータ電流を認識するA/D変換処理を実行する。
【0057】
そして、続くS130では、図3に示すトリガ引き量変化確認処理を実行し、続くS140では、図4に示すduty設定処理を実行する。また、続くS150では、図5に示す閾値設定処理を実行し、続くS160では、図6に示すモータ駆動処理を実行する。そして、S160のモータ駆動処理を実行した後は、再度S110に移行する。
【0058】
ここで、S130にて実行されるトリガ引き量変化確認処理は、S120にて認識したトリガ引き量が増加したか否かを判断して、トリガ引き量が増加しているときに、モータ電流の上限値である電流閾値を更新するのに用いられる補正値Aを設定するための処理である。
【0059】
図3に示すように、このトリガ引き量変化確認処理では、まず、S210にて、トリガ引き量が増加したか否かを判断し、トリガ引き量が増加していなければ、S220にて、電流閾値の補正値Aとして値「0」を設定する。
【0060】
また、S210にて、トリガ引き量が増加したと判断されると、S230に移行して、その増加量は予め設定された増加判定値よりも大きいか否かを判断し、トリガ引き量の増加量が増加判定値よりも大きくなければ、S240にて、電流閾値の補正値Aとして、予め設定された所定値A1をセットする。
【0061】
なお、この値A1は、固定値でもよいが、トルク設定スイッチ36を介して設定された設定トルクに応じて、設定トルクが大きいほど大きい値となるように設定してもよい。
次に、S230にて、トリガ引き量の増加量が予め設定された増加判定値よりも大きいと判定されると、S250にて閾値減算フラグをクリアし、S260にて閾値一定フラグをクリアし、S270にて電流閾値の補正値Aとして値「0」を設定する。
【0062】
なお、S250〜S270の処理は、トリガ引き量の増加量が増加判定値よりも大きいときに、使用者が駆動指令を入力するためにトリガスイッチ30を操作し直したと判断して、上記各フラグや補正値Aを初期化するための処理である。
【0063】
そして、上記のように、S220、S240、若しくはS270の処理が実行されると、今度は、S280に移行して、補正値Aは値「0」に設定されているか否かを判断し、補正値A=0であれば、S290に移行する。
【0064】
S290では、S240にて補正値Aとして所定値A1を設定してからの経過時間をカウントするのに用いられる一定時間カウンタをクリアし、S330に移行する。
また、S280にて、補正値Aは値「0」ではないと判断されると、S300に移行し、一定時間カウンタのカウント値から、S240にて補正値Aとして所定値A1が設定されてから一定時間が経過したか否かを判断する。
【0065】
そして、S300にて、一定時間は経過していないと判断すると、そのままS330に移行する。また、S300にて、一定時間が経過したと判断すると、S310にて、補正値Aに値「0」を設定し、S320にて、一定時間カウンタをクリアした後、S330に移行する。
【0066】
そして、S330では、次回、S210及びS230の処理にてトリガ引き量の増加及び増加量を判断できるようにするため、今回のトリガ引き量をメモリ(RAM)に記憶し、当該トリガ引き量変化確認処理を終了する。
【0067】
次に、S140にて実行されるduty設定処理は、ゲート回路28を介してモータ駆動回路24内の各スイッチング素子Q1〜Q6をデューティ駆動するのに用いられる出力デューティ比(以下、出力dutyと記載する)を設定するための処理である。
【0068】
図4に示すように、このduty設定処理では、まず、S410にて、トリガ引き量に基づき、モータ20の回転速度をトリガ引き量に対応した回転速度に制御するための目標デューティ比(以下、目標dutyと記載する)を設定する。
【0069】
次に、S420では、現在の出力duty(初期値:0)に、予め設定された更新値αを加えることで、出力dutyを増加させる、出力dutyの更新処理を実行する。
そして、続くS430では、S420にて更新された出力dutyが、S410にて設定された目標dutyを越えたか否かを判断し、出力dutyが目標dutyを越えていなければ、そのまま当該duty設定処理を終了する。
【0070】
一方、S430にて、出力dutyが目標dutyを越えたと判断されると、S440に移行して、出力dutyとして目標dutyを設定した後、S450に移行する。そして、S450では、閾値減算フラグをセットし、当該duty設定処理を終了する。
【0071】
つまり、duty設定処理では、図7に示すように、トリガ引き量に応じて目標dutyを設定し、出力dutyを目標dutyまで徐々に増加させる。
この結果、後述のモータ駆動処理により、ゲート回路28及びモータ駆動回路24を介して駆動されるモータ20の回転速度を、トリガ引き量に対応した回転速度まで増加させることができる。
【0072】
次に、S150にて実行される閾値設定処理は、モータ電流の上限値である電流閾値を設定するための処理である。そして、この閾値設定処理では、図7に示すように、モータ20の駆動開始時(時点t0)から電流閾値を設定する。
【0073】
すなわち、図5に示すように、閾値設定処理では、まず、S510にて、トルク設定スイッチ36を介して設定された設定トルクに基づき、図8に示したマップを用いて、出力軸の回転トルクを設定トルクに制限するための電流閾値の最終値を設定する。
【0074】
なお、電流閾値の最終値は、後述の更新値β及びγと共に、図8に示したマップを用いて、設定トルクが大きい程、大きくなるように設定される。
次に、S520では、閾値減算フラグがクリアされているか否かを判断し、閾値減算フラグがクリアされていれば、S530に移行して、現在設定されている電流閾値(初期値:0)に更新値β及び補正値Aを加えることで、電流閾値を更新(増加)し、S600に移行する。
【0075】
一方、S520にて、閾値減算フラグがクリアされていない(つまり、セットされている)と判断されると、S540に移行して、閾値一定フラグがクリアされているか否かを判断する。
【0076】
そして、閾値一定フラグがクリアされていれば、S550に移行して、現在設定されている電流閾値から、図8に示したマップを用いて設定される更新値γを減じ、補正値Aを加えることで、電流閾値を更新(低下)する。
【0077】
なお、補正値Aは、上述したトリガ引き量変化確認処理によって、引き量が増加判定値よりも小さい増加割合にて増加したときに一定時間だけ所定値A1に設定されるものであり、それ以外の条件下では値「0」に設定されることから、S530及びS550において、電流閾値は、通常、更新値β若しくはγにて更新される。
【0078】
また、これら更新値β及びγは、電流閾値の最終値と同様、図8に示したマップを用いて、設定トルクが大きい程大きくなるように設定されるが、その値は、電流閾値の最大値が、最終値よりも充分大きい値となるように設定される。
【0079】
つまり、図7に示すように、電流閾値は、時点t0でモータ20の駆動を開始してから、閾値減算フラグがセットされる時点t1まで、更新値βにより徐々に増加し、その後更新値γにより徐々に低下する。
【0080】
従って、電流閾値は、閾値減算フラグがセットされる時点t1で最大値となるが、電流閾値の単位時間当たりの変化割合を決定する更新値β、γは、時点t1での電流閾値の最大値が、設定トルクに対応した最終値よりも大きい値となるように設定される。
【0081】
これは、モータ20の駆動開始後、モータ20が正常回転するときのモータ電流の変化に対応して電流閾値を変化させることで、モータ20の駆動開始直後にモータ電流が一時的に急上昇した際、起動電流の誤検出を防止しつつ、モータ電流から回転トルクの異常を判定できるようにするためである。
【0082】
次に、S560では、S550にて更新された電流閾値とS510にて設定された電流閾値の最終値とを比較し、電流閾値が最終値以下になったか否かを判断する。
そして、電流閾値が最終値以下になっていれば、S570にて、電流閾値として最終値を設定し、S580にて、閾値一定フラグをセットした後、S600に移行する。また、電流閾値が最終値以下になっていなければ、そのままS600に移行する。
【0083】
次に、S540にて、閾値一定フラグがクリアされていない(つまり、セットされている)と判断されると、S590に移行し、電流閾値として、S510にて設定した最終値に補正値Aを加えた値を設定した後、S600に移行する。
【0084】
そして、S600では、抵抗26を介して検出されるモータ電流を読み込み、モータ電流が閾値電流を越えたか否かを判断する。そして、モータ電流が閾値電流を越えていなければ、そのまま当該閾値設定処理を終了する。
【0085】
一方、S600にて、モータ電流が閾値電流を越えたと判断されると、S610に移行して、現在設定されている出力dutyは、例えば、10%以下の極めて低いデューティ比(低duty)であるか否かを判断する。
【0086】
そして、S610にて、現在設定されている出力dutyは、低dutyであると判断された場合には、モータ20の駆動を継続しても、出力軸の回転トルクが著しく増加することはないと考えられるので、そのまま当該閾値設定処理を終了する。
【0087】
また、逆に、S610にて、現在設定されている出力dutyは低dutyではないと判断された場合には、S620にて締め付け完了フラグをセットした後、当該閾値設定処理を終了する。
【0088】
次に、S160にて実行されるモータ駆動処理は、使用者によりトリガスイッチ30が操作されているとき、duty設定処理にて設定された出力dutyに対応した制御信号をゲート回路28に出力することで、モータ20を回転駆動させるための処理である。
【0089】
図6に示すように、このモータ駆動処理では、まずS710にて、トリガスイッチ30のメイン接点31がオン状態になっているか否か(つまり、トリガスイッチ30が操作されているか否か)を判断する。
【0090】
そして、S710にて、トリガスイッチ30のメイン接点31がオン状態になっていると判断されると、S720に移行して、閾値設定処理のS620にてセットされる締め付け完了フラグが、クリアされているか否かを判断する。
【0091】
S720にて、締め付け完了フラグがクリアされていると判断されると、S730に移行し、duty設定処理にて設定された出力dutyに対応した制御信号をゲート回路28に出力することで、モータ20を回転駆動させ、当該モータ駆動処理を終了する。
【0092】
一方、S710にて、トリガスイッチ30のメイン接点31がオン状態になっていないと判断されるか、或いは、S720にて、締め付け完了フラグがクリアされていない(つまり、セットされている)と判断された場合には、S740に移行する。
【0093】
そして、S740では、モータ20を回転駆動するのを停止し、ゲート回路28及びモータ駆動回路24を介してモータ20に制動力を発生させる、ブレーキ処理を実行し、当該モータ駆動処理を終了する。なお、このブレーキ処理は、モータ20の回転を停止させるのに要する一定時間だけ実施される。
【0094】
以上説明したように、本実施形態の電動工具においては、モータ20により回転される出力軸の回転トルクを、使用者が設定した設定トルク以下に抑えるために、モータ電流の上限値である電流閾値を設定し、モータ電流が電流閾値を越えると、モータ20の駆動を停止する。
【0095】
また、電流閾値によるモータ電流の制限は、従来のように、モータ20の駆動開始後、モータ電流が安定するまでの一定時間が経過してから実施するのではなく、モータ20の駆動開始直後から行う。
【0096】
しかし、モータ20の駆動開始直後は、モータ20内で発生する逆起電力が略零となるため、モータ電流はモータ20の通常駆動時よりも増加する。このため、モータ20の駆動開始直後の電流閾値を、設定トルクに応じて設定すると、モータ20の駆動開始直後にモータ電流が電流閾値を越え、モータ20の駆動が停止されてしまう。
【0097】
そこで、本実施形態では、図7に示すように、モータ20の駆動開始後、モータ20の駆動制御に用いられる出力dutyが増加する間(つまり時点t0から時点t1までの間)は、電流閾値を更新値βにて決定される一定の傾きで増加させる。
【0098】
また、時点t1以降は、電流閾値を更新値γにて決定される一定の傾きで低下させ、その電流閾値が、設定トルクに基づき設定される最終値に達すると(時点t2)、電流閾値をその最終値に固定する。
【0099】
このため、本実施形態の電動工具によれば、例えば、ねじの増し締めを行うときのように、モータ20の駆動開始直後から、出力軸に加わる外部負荷が大きくなる条件下で、トリガスイッチ30が大きく操作されて、出力軸の回転トルクが設定トルクを越えたとしても、そのトルク上昇を、電流閾値とモータ電流とを用いて速やかに検出し、モータ20の駆動を停止させることができる。
【0100】
よって、本実施形態によれば、従来の電動工具に比べて、モータ20(延いては出力軸に装着される工具要素)を、より安全に駆動することができるようになる。
また、本実施形態では、図7に示す時点t0からt2までの変動期間内の電流閾値を、予め設定された変動パターンに従い設定するのではなく、モータ20の通電制御に用いられる出力dutyの変化に対応して設定する。
【0101】
このため、変動期間内の電流閾値を、モータ20の挙動に応じて、回転トルクの異常を誤判定することのないように設定することができ、電子クラッチとしての制御精度を向上することができる。
【0102】
また、本実施形態では、トリガスイッチ30の操作量であるトリガ引き量の変化を監視し、トリガ引き量の増加量が所定範囲内であるとき、電流閾値に補正値Aを加えることで、電流閾値を一時的に増加させる。
【0103】
このため、本実施形態の電動工具によれば、モータ20の回転駆動時に使用者がトリガスイッチ30を更に引くことにより、出力dutyが増加し、モータ電流が上昇した場合に、モータ電流が電流閾値を越えて、モータ20の駆動が停止されるのを防止できる。
【0104】
ここで、本実施形態では、抵抗26が、本発明の電流検出手段に相当し、トリガスイッチ30が、本発明の操作部に相当し、ゲート回路28及びモータ駆動回路24が、本発明の駆動回路に相当し、トルク設定スイッチ36が、本発明のトルク設定部に相当する。
【0105】
また、マイコンにて構成されるコントローラ40は、本発明の電流閾値設定手段、制御手段、デューティ比設定手段として機能する。つまり、本発明の電流閾値設定手段としての機能は、コントローラ40にて実行される閾値設定処理により実現され、デューティ比設定手段としての機能は、コントローラ40にて実行されるduty設定処理により実現され、制御手段としての機能は、コントローラ40にて実行されるモータ駆動処理により実現される。
【0106】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内にて種々の態様をとることができる。
例えば、上記実施形態では、duty設定処理において、出力dutyが目標dutyに達すると、その後は、出力dutyが目標dutyに設定され、トリガ引き量が変化しなければ、モータ20は、一定の出力duty(=目標duty)にて制御されるようになっている。
【0107】
しかし、図9に示すように、duty設定処理において、出力dutyが目標dutyに達すると、その後は、S460、S470の処理を実行することで、モータ20の回転速度を、トリガ引き量に対応した目標回転速度に制御するようにしてもよい。
【0108】
つまり、図9に示すduty設定処理では、S400にて、閾値減算フラグがクリアされているか否かを判断し、閾値減算フラグがクリアされていれば、図4のduty設定処理と同様、S410〜S450の処理を実行する。
【0109】
一方、S400にて、閾値減算フラグがクリアされていない(換言すれば、セットされている)と判断されると、出力dutyが目標dutyに達しているので、S460に移行し、トリガ引き量に基づき、モータ20の目標回転速度を設定する。
【0110】
そして、続くS470では、回転位置センサ22を介してモータ20の回転速度を検出し、モータ20の回転速度が目標回転速度となるよう出力dutyを増減させる、フィードバック制御を実行する。
【0111】
duty設定処理を、このように実行するようにすれば、モータ20(延いては出力軸)の回転速度を、トリガ引き量に対応した一定速度に制御することができ、使用者の使い勝手を向上できる。
【0112】
次に、上記実施形態では、コントローラ40はマイコンにて構成されるものとして説明したが、例えばASIC(Application Specific Integrated Circuits)、FPGA(Field Programmable Gate Array)などのプログラマブル・ロジック・デバイスで構成してもよい。
【0113】
また、コントローラ40が実行する上述の制御処理は、コントローラ40を構成するCPUがプログラムを実行することにより実現される。そして、このプログラムは、コントローラ40内のメモリ(ROM等)に書き込まれていてもよく、或いは、コントローラ40からデータを読み取り可能な記録媒体に記録されていてもよい。なお、記録媒体としては、持ち運び可能な半導体メモリ(例えばUSBメモリ、メモリカード(登録商標)など)を使用することができる。
【0114】
また、上記実施形態では、モータ20は、3相ブラシレス直流モータにて構成されるものとして説明したが、工具要素が装着される出力軸を回転駆動可能なモータであればよい。
【符号の説明】
【0115】
10…バッテリパック、20…モータ、22…回転位置センサ、24…モータ駆動回路、26…抵抗、28…ゲート回路、30…トリガスイッチ、31…メイン接点、32…摺動抵抗、33…正逆接点、36…トルク設定スイッチ、40…コントローラ、42…レギュレータ。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
工具要素が装着される出力軸を回転駆動するモータと、
前記モータに流れるモータ電流を検出する電流検出手段と、
外部操作によって前記モータの駆動指令を入力するための操作部と、
予め設定された設定トルクに応じて、前記モータ電流の上限値である電流閾値を設定する電流閾値設定手段と、
前記操作部の操作量に応じて前記モータを駆動すると共に、前記モータの駆動時に前記電流検出手段にて検出されたモータ電流が前記電流閾値設定手段にて設定された電流閾値に達すると前記モータの駆動を停止する制御手段と、
を備え、
前記電流閾値設定手段は、前記制御手段が前記モータの駆動を開始してから所定の変動期間の間、前記電流閾値を、前記モータの通常起動時に流れるモータ電流の変化に対応して変化するよう設定し、その後、前記電流閾値を、前記設定トルクに対応した一定閾値に固定することを特徴とする電動工具。
【請求項2】
前記電流閾値設定手段は、前記変動期間内では、前記電流閾値の最大値が前記一定閾値よりも大きくなるよう、前記電流閾値を設定することを特徴とする請求項1に記載の電動工具。
【請求項3】
前記制御手段は、
前記モータへの通電経路に設けられたスイッチング素子をデューティ駆動することで前記モータを回転させる駆動回路と、
前記操作部が操作されると、その操作量に応じて目標デューティ比を設定し、前記駆動回路が前記スイッチング素子をデューティ駆動するのに用いる駆動デューティ比を、該目標デューティ比まで徐々に増加させるデューティ比設定手段と、
を備え、
前記電流閾値設定手段は、前記デューティ比設定手段にて設定される駆動デューティ比が前記目標デューティ比に向けて増加しているときに、前記電流閾値を徐々に増加させることを特徴とする請求項2に記載の電動工具。
【請求項4】
前記電流閾値設定手段は、前記デューティ比設定手段にて設定される駆動デューティ比が前記目標デューティ比に達すると、前記電流閾値を徐々に低下させることを特徴とする請求項3に記載の電動工具。
【請求項5】
前記電流閾値設定手段は、前記電流閾値を徐々に低下させることによって前記電流閾値が前記一定閾値に一致すると、前記変動期間が経過したと判断して、前記電流閾値を前記一定閾値に固定することを特徴とする請求項4に記載の電動工具。
【請求項6】
外部操作により、前記設定トルクとして任意のトルクを設定可能なトルク設定部を備え、
前記電流閾値設定手段は、前記トルク設定部を介して設定された設定トルクに応じて、該設定トルクが大きいほど大きくなるよう、前記変動期間内での前記電流閾値の単位時間当たりの変化割合を変化させることを特徴とする請求項1〜請求項5の何れか1項に記載の電動工具。
【請求項7】
前記電流閾値設定手段は、前記操作部の操作量が増加すると、前記電流閾値を一時的に増加させることを特徴とする請求項1〜請求項6の何れか1項に記載の電動工具。
【請求項8】
前記デューティ比設定手段は、前記駆動デューティ比が前記目標デューティ比に達すると、前記モータの回転速度が前記操作部の操作量に応じて設定される目標回転速度となるように前記駆動デューティ比を更新する、回転フィードバックを行うことを特徴とする請求項3〜請求項7の何れか1項に記載の電動工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2013−49120(P2013−49120A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−189011(P2011−189011)
【出願日】平成23年8月31日(2011.8.31)
【出願人】(000137292)株式会社マキタ (1,210)
【Fターム(参考)】