電圧形インバータのデッドタイム補償法およびデッドタイム補償器
【課題】 電圧形インバータにおいて固定子電流がゼロクランプすることを防いで固定子電流の零交差点近傍における電流歪みを低減するためのデッドタイム補償法およびデッドタイム補償装置を提供する。特に、新しく見出された現象に基づいて簡易な論理を使った簡便なデッドタイム補償法およびデッドタイム補償装置を提供する。
【解決手段】 極性反転指令器12を備えて、この極性反転指令器によりd軸デッドタイム補償電圧vdcomに基づいて固定子電流が零交差点近傍でクランプしている相を検出して検出された固定子電流がクランプした相に係るデッドタイム補償電圧vdcomの極性を切り換えることを特徴とする。
【解決手段】 極性反転指令器12を備えて、この極性反転指令器によりd軸デッドタイム補償電圧vdcomに基づいて固定子電流が零交差点近傍でクランプしている相を検出して検出された固定子電流がクランプした相に係るデッドタイム補償電圧vdcomの極性を切り換えることを特徴とする。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電圧形インバータにおいて固定子電流の零交差点近傍における電流歪みを低減するためのデッドタイム補償法およびデッドタイム補償器に関する。
【背景技術】
【0002】
電圧形インバータで駆動する永久磁石同期電動機(PMSM)可変速ドライブシステムが産業界で広く用いられている。図10は、一般的な三相電圧形インバータの基本的構成を示す回路図である。a,b,c三相の各相毎にトランジスタスイッチとダイオードを並列接続した上下1組のアームを有するレグを備え、3個のアームを並列接続した両端に直流電源からの直流リンク電圧Vdcを供給し、制御装置から供給されるパルスでトランジスタスイッチをオンオフすることにより上下アームの中間にインバータ出力電圧va,vb,vcを発生させ、これを電動機の固定子巻線に供給して回転駆動する。
【0003】
三相電圧形インバータは、固定子電圧の基本波成分に対応する正弦波の指令電圧信号を用いてこれと整合したパルス列を生成し、これに従ったインバータ出力電圧を発生させて、各レグを互いに60度ずつずらしながら上下のアームを交互に180度導通させて切り替わる。
しかしながら、(1)インバータでは同一レッグの上下アームが同時にオンすることによる短絡を防ぐため数μsのデッドタイムを設ける必要があること、(2)スイッチング素子のターンオン/オフ時間やスイッチング素子およびダイオードのオン電圧が存在することによって、インバータ出力電圧の基本波成分は指令電圧波形とずれを生じる。
【0004】
図11は永久磁石同期電動機(PMSM)を電圧形インバータ(VSI)で駆動する系において、インバータにPWM信号を供給する制御回路を備えたものを例示する回路図である。制御回路は、デッドタイム補償電圧(DTCV)演算器を含むインバータ制御器とインターフェースボードで構成される。
少なくとも2個の相電流ia,icがA/D変換器(ADC)を介して制御器に取り込まれる。また、ロータリーエンコーダ(RE)より得られる回転子位置情報はカウンターを介して制御器に取り込まれる。デッドタイム補償電圧(DTCV)演算器は、デジタル化された少なくとも2相の相電流ia,icを取り込んで演算し、指令電圧vabc* の補償電圧vabccom を算出して制御器に供給する。制御器は補償電圧vabccom を受け取るとこれを指令電圧vabc* に加算してゲートドライブに与える。
【0005】
dq変換器は、相電流ia,icを入力して回転dq軸電流id,iqに変換し、またd軸電圧設定値vd*とq軸電圧設定値vq*を入力して相電圧指令値vabc*に変換する。
同期電動機の回転数ωmは速度制御器(SC)により設定値ωm* と同じ値になるように制御される。またd軸電流idは電流制御器(CC)により常時0Aになるように制御される。電流制御器は、速度制御とd軸電流制御を行うため適合するd軸電圧設定値vd*とq軸電圧設定値vq*を出力する。制御器内で決定された指令電圧vabc* はゲートドライバに供給され、ゲートドライバが指令電圧に基づいてPWMパルスを生成し電圧形インバータに供給する。
【0006】
図12は電圧形インバータのa相レグを取り出した回路で、出力電流iaが正方向に流れるときの電流経路を説明する図面、図13はその時のインバータ出力電圧の理想値と実際値との関係を示す図面である。インバータ出力電圧の実際値が、デッドタイムやスイッチング素子のターンオン時間やターンオフ時間、またスイッチング素子やダイオードのオン電圧の影響を受けて、タイミングや振幅誤差を持つようになることが示されている。
【0007】
上下アームのスイッチSa+,Sa−に供給されるゲート信号Ga+,Ga−は、デッドタイムTdを考慮して決定される。ゲート信号Ga+,Ga−に対して想定するインバータ出力電圧の理想値VANidealは表される高さVdcのパルスになる。
a相電流iaはスイッチのオン期間Tonに上アームのスイッチング素子Sa+を流れて出力電圧は直流リンク電圧Vdcに等しくなり、オフ期間Toffとデッドタイム期間Tdに下アームのダイオードDa−を流れて陰極電圧(この回路ではアース電位)に等しくなる。したがって、これらを考慮したインバータ出力電圧は図13にVANdtとして示されたようになる。
【0008】
また、スイッチング素子Sa+のターンオン時間tonとターンオフ時間toffを考慮すると、インバータ出力電圧は図13にVANdt+tnとして示されたようになる。
さらに、電流がスイッチを流れるときにはスイッチオン電圧vsの電圧降下、ダイオードDa−を流れるときにはダイオードオン電圧vDの電圧降下を生じる。そこで、これらのオン電圧vs,vDを考慮すると、インバータ出力電圧は図13にVANdt+tn+onとして示されるように、出力電圧にオン電圧vs,vDが加重されたものとなる。
【0009】
デッドタイムを補償するためには、a相インバータ出力電圧の理想値と実際値の誤差のスイッチング周期Ts毎の平均値をデッドタイム補償電圧(DTCV)として指令電圧に加えればよい。
そこで、オン電圧vs,vDに係る誤差分を時間に換算し、これら諸量を1つのパラメータTcに集約して、
Tc=Td+ton−toff+Ts・Von/Vdc
と表す。ここで、Vonは、周期Ts内におけるオン電圧vs,vDの平均値である。このパラメータTcをデッドタイム補償時間(DTCT)と呼ぶ。
デッドタイム補償時間Tcを用いて形成した等価的なインバータ出力電圧は図13にVANdtcとして示されたようになる。
【0010】
この等価的なインバータ出力電圧VANdtcと理想値VANidealとの誤差ΔVANは、図13にΔVANとして示されたように、スイッチング周期Ts毎に高さVdc、時間幅Tcの1個のパルスを持つようになる。
こうして、相電流iaが正方向のときのa相のデッドタイム補償電圧vacomは、デッドタイム補償時間Tcを用いて、
vacom=Vdc・Tc/Ts
と表すことができる。
【0011】
さらに、出力電流iaが負方向に流れるときについて説明する。図14と図15は、a相レグにおいて出力電流iaが負方向に流れるときの電流経路とインバータ出力電圧の様子を説明する図面である。図12および図13と比べると電流の方向が異なり、電流が通過する素子が異なるだけで同じ回路要素で構成されるので、図12および図13と同じ記号を用いて異なる部分だけを説明する。
【0012】
負方向に流れるa相電流iaは、スイッチのオン期間TonにダイオードDa+を流れて出力電圧は直流リンク電圧Vdcに等しくなり、オフ期間Toffとデッドタイム期間TdにトランジスタスイッチSa−を流れてアース電位に等しくなる。また、相電流iaがスイッチSa−を流れるときにはスイッチオン電圧vsの電圧降下、ダイオードDa+を流れるときにはダイオードオン電圧vDの電圧降下を生じる。
【0013】
したがって、これらを考慮したインバータ出力電圧は図15にVANdt+tn+onとして示されたようになり、さらにデッドタイム補償時間Tcを考慮に入れた等価的なインバータ出力電圧VANdtcと理想値VANidealの誤差ΔVANは図に示されるように、スイッチング周期Ts毎に深さVdc、時間幅Tcのマイナスのパルスを1個持つようになる。
【0014】
こうして、相電流iaの流れ方向を考慮したときの、a相デッドタイム補償電圧vacomは、
vacom=Vdc・Tc/Ts・sgn(ia)
と表すことができる。
こうして得られるa相デッドタイム補償電圧vacomをa相指令電圧に加えてインバータを運転することにより、始めの指令電圧と位相が一致するa相インバータ出力電圧VANを得ることができる。
b相、c相についても同様である。
【0015】
図16は、デッドタイム補償電圧演算器が付かない制御回路を使ってデッドタイムを補償しない場合の電流波形を表した図面である。各相電流ia,ib,icとdq変換関係を有するd軸電流idに顕著な脈動が存在し、a相電流iaにもd軸電流idの脈動に対応した歪みが表れている。このような電流歪みはトルク脈動の原因ともなる。なお、d軸電流idの脈動は相電流iaの6倍の周期であることが分かる。
【0016】
図17は、デッドタイム補償電圧演算器を使ってデッドタイム補償をした場合の電流電圧波形の例を表す図面である。図面の電流電圧波形は試験機を用いデッドタイム補償時間Tcを3.2μsとして行った試験により得たもので、図の上段にa相電流ia、2段目にd軸電流id、3段目にa相デッドタイム補償電圧(DTCV)vacom、下段にd軸デッドタイム補償電圧(DTCV)Vdcomの変化を表示してある。
d軸電流idの脈動は全体的に小さくなったが、相電流iaの6倍の周期でやや大きい脈動が生じていることが観察される。これは、固定子電流がゼロ交差点近傍でクランプしたことにより指令電圧に加算すべきデッドタイム補償電圧の極性反転が適切に行われていないためである。
【0017】
図18は、電流クランプがない理想的な状態におけるPMモータドライブのデッドタイム補償電圧を数値解析で得た結果を示している。ここで、d軸電流idは零であり、デッドタイム補償時間Tcを3μs、スイッチング周期Tsを200μs、直流リンク電圧Vdcを200Vとして解析している。図の上段にa相電流ia、2段目にa相デッドタイム補償電圧vacom、3段目にd軸デッドタイム補償電圧vdcom、下段にq軸デッドタイム補償電圧vqcomの変化を表示してある。
【0018】
たとえばa相電流iaが零交差をすると、これを検出してa相デッドタイム補償電圧vacomの極性反転を行う。
d軸電流idが零の条件で、各相のデッドタイム補償電圧vacom,vbcom,vccomを回転d−q座標上へ変換すると、d軸デッドタイム補償電圧vdcomは3段目に表示したような駆動周波数の6倍の周波数を持つのこぎり波となる。d軸デッドタイム補償電圧vdcomの理論的振幅Vdampは、
Vdamp=√(2/3)・Tc/Ts・Vdc
となる。
なお、q軸デッドタイム補償電圧vqcomは、直流量であり変動分は小さい。
【0019】
図19は、図18と同じ条件下で固定子電流が零交差点近傍でクランプするときのデッドタイム補償電圧の数値解析結果を示すものである。相電流の1つが零にクランプした部分では、各相電流が同時に脈動を起こしている。相電流が零交差点近傍でクランプしたため零交差を検出し損ねて、当該相のデッドタイム補償電圧の極性反転が適切に行われないためである。なお、相電流がクランプした部分では、d軸デッドタイム補償電圧vdcomが理論的振幅Vdampを越えることが分かる。
【0020】
特許文献1には、インバータ出力電流の瞬時値の絶対値が反転レベルより小さい期間に出力される矩形パルスを積分して補償電圧として指令電圧に加算するデッドタイム補償装置において、デッドタイム期間中の補償電圧信号をPWM化または量子化して積極的に加振することにより、相電流がゼロクロスするときに発生するゼロクランプを抑制する技術が開示されている。
【0021】
また、特許文献2には、各相インバータ出力電圧のオンオフタイミングを検出し指令電圧のオンオフタイミングとの誤差分を補償するデッドタイム補償装置が開示されている。この開示方法は、各相出力電圧のオンオフタイミングを検出する閾値を変化させると出力電圧の立ち上がりと立ち下がりで電流波形の歪み状態が変化することに基づいて、立ち上がり時には閾値を直流電圧の半値より大きな値すなわちゼロクロス点を越えた位置の値とし、立ち下がり時には閾値を直流電圧の半値より小さな値すなわちゼロクロス点を越えた位置の値としたものである。こうすることによって、電流の立ち上がりと立ち下がり共に波形歪みを少なくして正弦波に近い波形を得て、ゼロクランプ現象を避けることができる。
【0022】
さらに、特許文献3には、電流のフィードバック制御ループを持ったモータの駆動回路であって、スイッチ制御信号にデッドタイムを設けたインバータ回路の出力電流のゼロクロス点付近で電圧指令値を補償することによって、インバータ回路の出力電流のゼロクロス点付近での不感帯を除去しモータのコイルに流れる電流の制御特性を改善したモータの駆動回路が開示されている。開示方法は、インバータ回路の出力電圧をフィードバックして電圧誤差補償信号を生成し、これを電圧指令信号を補償することにより、電流方向切替時における出力電圧の不感帯による誤差を低減することを特徴とする。
【0023】
これら特許文献に開示された技術は、いずれも複雑な回路を用いて達成されるものである。
【特許文献1】特開2003−180083号公報
【特許文献1】特開平7−95773号公報
【特許文献1】特開2001−161092号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
本発明が解決しようとする課題は、電圧形インバータにおいて固定子電流がゼロクランプすることを防いで固定子電流の零交差点近傍における電流歪みを低減するためのデッドタイム補償法およびデッドタイム補償装置を提供することであり、特に、新しく見出された現象に基づいて簡易な論理を使った簡便なデッドタイム補償法およびデッドタイム補償装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0025】
デッドタイム補償電圧(DTCV)を算出するDTCV演算器から与えられるデッドタイム補償電圧を加算した電圧指令により制御され同期電動機を駆動する電圧形インバータ装置において、上記課題を解決するため、本発明の電圧形インバータのデッドタイム補償装置は、極性反転指令器を備えて、この極性反転指令器によりd軸デッドタイム補償電圧に基づいて固定子電流が零交差点近傍でクランプしている相を検出して検出された固定子電流がクランプした相に係るデッドタイム補償電圧の極性を切り換えることを特徴とする。
【0026】
デッドタイム補償装置から出力される各相デッドタイム補償電圧を回転dq変換して得られるd軸デッドタイム補償電圧は、図19に見られるとおり、相電流の1つが零にクランプした部分ではデッドタイム補償電圧の極性反転が行われないため、そのまま増加する。したがって、d軸デッドタイム補償電圧を監視することによって相電流のゼロクランプの発生を検出することができる。
【0027】
d軸デッドタイム補償電圧をたとえば通常時の振幅として予め求められる理論的振幅と比較することによりゼロクランプの発生を検出した後に、ゼロクランプした相電流を判定するには、3つの相電流のうち電流の瞬時値がゼロ付近にある相を見出せばよい。3つの相電流の和がゼロになるという三相交流の性質からこの判定は容易で、たとえば絶対値の最も小さい相電流を選択するなど簡単な方法および装置を使用して実行することができる。
こうして、ゼロクランプを発生した相電流を迅速に見出して、その相に係るデッドタイム補償電圧の極性を反転すれば、ゼロクランプ状態が直ちに解消されて、インバータ出力はほぼ理想的な波形を呈し、トルク脈動も抑制される。
【0028】
なお、インバータのスイッチング素子に寄生容量が存在することに起因して、デッドタイム期間中のインバータ出力電圧の立ち上がり時間および立ち下がり時間は相電流の向きと大きさに関わって変化し、実質的にターンオフ時間が変化することになる。なお、スイッチング素子の寄生容量や駆動系のインピーダンスなどはインバータと電動機を組み合わせた系毎に異なる。
ターンオフ時間は、相電流が正方向であるときには立ち下がり時に電流が小さくなるほど長くなり立ち上がり時は電流値にかかわらず一定である。一方、相電流が負方向であるときには立ち上がり時に電流が小さくなるほど長くなり、立ち下がり時は電流値に依らない。ターンオフ時間に差異があれば適正なデッドタイム補償時間が変化する。したがって、相電流の向きと大きさに対するターンオフ時間の変化をデッドタイム補償電圧の演算に反映させることが好ましい。
【0029】
本願発明では、対象とする電動機駆動系について相電流とターンオフ時間の関係を予め調べて、この関数関係をたとえばルックアップテーブルなどの形で演算器に取り込んで、デッドタイム補償電圧の演算に反映させるように構成することができる。
相電流の瞬時値とターンオフ時間の関係を用いて調整したデッドタイム補償電圧を使用すると、相電流はほぼ滑らかな正弦波となり、d軸電流の脈動はほぼ抑制される。このとき、a相デッドタイム補償電圧は反転時に丸みを有する矩形波状となって、d軸デッドタイム補償電圧も底部と頂点部が丸みを帯びた三角波となり、振幅は理論的振幅より小さくなる。
【発明の効果】
【0030】
本発明の電圧形インバータのデッドタイム補償方法により、従来のデッドタイム補償方法と比較して相電流の電流脈動を低減することができる。
また、本発明のデッドタイム補償装置は、従来のデッドタイム補償装置にデッドタイム補償電圧に基づいてクランプを見出す回路あるいは相電流とターンオフ時間の関数回路もしくはこれらのアルゴリズムを付加するだけであるので、極めて容易に低コストで構成することができる。特にデッドタイム補償装置をデジタル演算器(DSP)で構成したものでは、プログラムの追加のみで本発明の構成を行うことができるので、経済的である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に説明する。
図1は、本実施例に係る電圧形インバータのデッドタイム補償装置を表すブロック図、図2は零クランプした相を見出すアルゴリズムを示すフロー図である。
本実施例のデッドタイム補償装置は、図11で説明した従来例の電圧形インバータ制御器に付属させたデッドタイム補償電圧演算器11に、極性反転指令器12とルックアップテーブル13を加えてデッドタイム補償器10としたもので、デッドタイム補償器10以外の部分は図11に関して説明したものと変わらない。
【0032】
電圧形インバータ(VSI)21の出力は永久磁石同期電動機(PMSM)22に供給され、電動機を回転駆動する。出力線の少なくとも2線に電流検出器が設けられ、同期電動機22にロータリーエンコーダ(RE)23が設けられている。
インバータ制御器30は、インターフェースボード40を介して、同期モータインバータ系の計測値情報を入力して適切な指令電圧を生成し電圧形インバータ21に供給する。
【0033】
インターフェースボード40には、ゲートドライバ41、アナログデジタル変換器(ADC)42、カウンタ43が備えられる。ロータリーエンコーダ23で測定する同期電動機22の回転子位置情報はカウンタ43で回転角θmに変換してインバータ制御器30に与えられる。また、インバータ21の出力電流はADC42でデジタル信号に変換し相電流ia,icとしてインバータ制御器30に与えられる。
また、インバータ制御器30で算出した各相の指令電圧vabc*はゲートドライバ41でPWM信号に変成されて電圧形インバータ21に供給され上下アームのトランジスタスイッチを開閉して、同期電動機22に適切な3相の駆動電圧を供給する。
【0034】
インバータ制御器30は、速度制御器31、電流制御器32、abc/dq変換器33を備え、さらにデッドタイム補償器10を付属する。インバータ制御器30は、デッドタイム補償器10を含めて、市販のデジタル信号処置装置で構成することも可能である。
同期電動機22は速度制御器31により設定値ωm*と一致するように制御される。速度制御器31は、微分器34で回転角θmを微分して回転速度ωmとして出力された信号を取り込んで、設定値ωm*との偏差に対して制御演算を施すことにより、操作関数としてq軸電流設定値iq*を算出して、電流制御器32に供給する。
【0035】
電流制御器32は、abc/dq変換器33によって3相電流ia,ib,icの瞬時値、もしくはこのうちの2つ、たとえばa相電流iaとc相電流icの瞬時値をabc/dq変換して求めたd軸電流idとq軸電流iqを入力して、d軸電流idはゼロに、q軸電流iqは速度制御器31から与えられるq軸電流設定値iq*と同じ値になるように制御する。速度制御器31は、回転速度ωmを用いて演算し、操作関数としてd軸指令電圧vd*とq軸指令電圧vq*を出力する。
d軸指令電圧vd*とq軸指令電圧vq*は、abc/dq変換器33によってdq/abc変換して、abc3相の相電圧に対する指令電圧vabc* に変成し、ゲートドライバ41に供給される。指令電圧vabc* は各相毎に120度ずつ位相がずれた正弦波である。
【0036】
デッドタイム補償器10は、デッドタイム補償電圧演算器11と極性反転指令器12とルックアップテーブル13で構成され、3相電流ia,ib,icもしくはそのうちの2つたとえばa相電流iaとc相電流icの瞬時値を入力して、3相のデッドタイム補償電圧vabccomを算出して出力する。3相デッドタイム補償電圧vabccomは加算器35で3相の指令電圧vabc* に加算されて、新しい3相指令電圧としてゲートドライバ41に供給される。
【0037】
デッドタイム補償電圧演算器11は、従来技術に基づいたもので、背景技術の欄で説明した通り、a相電流iaとc相電流icの瞬時値を入力し、
Tc=Td+ton−toff+Ts・Von/Vdc
の式に基づいて、各相毎に適正なデッドタイム補償時間(DTCT)Tcを求め、さらにデッドタイム補償時間Tcを用いて各相毎のデッドタイム補償電圧vabccomを算出する。たとえば、a相デッドタイム補償電圧vacomであれば、
vacom=Vdc・Tc/Ts・sgn(ia)
と表すことができる。
【0038】
極性反転指令器12は、デッドタイム補償器10内に存在するa相電流iaとc相電流icの瞬時値と各相毎のデッドタイム補償電圧vabccomを用いて相電流のゼロクランプ発生を検知し、クランプの影響が大きくならないうちにクランプを発生した相のデッドタイム補償電圧について極性反転を行い、制御器本体の加算器35に供給して3相の指令電圧vabc* を補償させる。
図2は、極性反転指令器12において実行されるアルゴリズムを説明するフロー図である。
【0039】
図2のアルゴリズムは、電圧形インバータ21の相電流瞬時測定値を入力するたびに実行される。
デッドタイム補償電圧演算器11から各相毎のデッドタイム補償電圧vacom,vbcom,vccomを受け入れると(S01)、これらをdq変換してd軸デッドタイム補償電圧vdcomとq軸デッドタイム補償電圧vdcomを求める(S02)。このうち、d軸デッドタイム補償電圧vdcomを、
Vdamp=√(2/3)・Tc/Ts・Vdc
で表される理論的振幅Vdampと比較する(S03)。
【0040】
d軸デッドタイム補償電圧vdcomが理論的振幅Vdampより小さいときは
、ゼロクランプが生じていないので、各相毎のデッドタイム補償電圧vacom,vbcom,vccomはそのまま出力する。
一方、d軸デッドタイム補償電圧vdcomが理論的振幅Vdamp以上あるときは、いずれかの相にゼロクランプが生じていることになる。ゼロクランプが生じた相では相電流が零交差点近傍にある。そこで、ゼロクランプが生じた相を特定するため、まず、各相の相電流の絶対値|ia|,|ib|,|ic|をとって、これらのうち最小の値Iminを見出す(S04)。
ここで、相電流の総計は0Aになるから、b相電流ibを直接測定しない場合でも、
ib=−ia−ic
により求めることができる。
【0041】
次に、各相の相電流の絶対値を、順次、相電流の最小絶対値Iminと比較し、一致したものが相電流がゼロクロス点近傍にあるものと判定して、その相の補償電圧の極性を反転させる。
図2においては、a相電流絶対値|ia|が相電流の絶対値の最小値Iminと一致するか判定して(S05)、一致する場合にa相デッドタイム補償電圧vacomの極性を反転させた値を新しいa相デッドタイム補償電圧vacomとして(S06)、終了する。2つの値が一致しないときは、b相電流絶対値|ib|について相電流の絶対値の最小値Iminと一致するか判定して(S07)、一致すればb相デッドタイム補償電圧vbcomの極性を反転させて(S08)終了し、2つの値が一致しないときは残ったc相の相電流がゼロクロス点近傍にあることになるので、c相デッドタイム補償電圧vccomの極性を反転させて(S09)終了する。
なお、インバータ制御器をデジタル信号処理装置で構成した場合には、極性反転指令器12も同じデジタル信号処置装置内にソフトウェアにより実装することができるので、経済的である。
【0042】
図3は、上記のように極性反転指令器12を追加して構成したデッドタイム補償器10を組み込んだ制御器を使用した電圧形インバータによって、160Wの永久磁石同期電動機を500rpmで運転して、a相に係るデッドタイム補償効果を確認した結果を示す波形図である。
図の最上段にa相電流ia、2段目にd軸電流id、3段目にa相デッドタイム補償電圧(DTCV)vacom、最下段にd軸デッドタイム補償電圧(DTCV)Vdcomの変化を表示してある。
【0043】
d軸デッドタイム補償電圧Vdcomが理論的振幅Vdampに達すると直ちにa相デッドタイム補償電圧vacomの極性を反転しているので、d軸デッドタイム補償電圧Vdcomは範囲内に収まっている。相電流iaは、零交差点近傍の歪みが低減されて滑らかに正弦波形を描き、d軸電流idの脈動は、極性反転指令器を付けなかったときと比較して大幅に低減され、極性反転指令器の効果は大きい。
【0044】
しかし、相電流の零交差点近傍におけるd軸電流の脈流は完全には除去できていない。これは、インバータのトランジスタスイッチに寄生する容量の影響によって補償すべき電圧が低下したため過剰に補償することになったことが原因と考えられる。
【0045】
図4は、インバータ出力電圧VANの立ち下がり状態をa相電流iaを変えて観察した波形図である。最上段のグラフはa相電流iaが1.4Aのとき、2段目のグラフはa相電流iaが0.1Aのとき、3段目のグラフはa相電流iaが−0.1Aのとき、最下段のグラフはa相電流iaが−1.4Aのときの立ち下がり状態を表す。
これらグラフが示すとおり、a相電流iaが正のときは、立ち下がり時間が電流が小さいほうが大きい。一方、a相電流iaが負のときは、立ち下がり時間は相電流の大きさにかかわらずほぼ一定である。
【0046】
図5はインバータ出力電圧立ち下がり時間のメカニズムを説明する図面で、スイッチオン期間からスイッチオフ期間へ移行する途中のデッドタイム期間におけるa相インバータ出力電圧の挙動を説明するものである。図中のCpはスイッチング素子Saの寄生容量を表す。
図5(a)はa相電流iaが正のときの状態を示す。スイッチオン期間中に下側の寄生容量Cp−が充電されていて、スイッチが切れてデッドタイム期間になると寄生容量Cp−の放電が始まる。したがって、インバータ出力電圧VANは寄生容量の端子電圧Vcpになり、端子電圧Vcpは相電流iaにしたがって寄生容量中の電荷が放出されることから、相電流iaが小さいほど放電期間が大きくなり、立ち下がり時間は相電流の大きさに依存する。
【0047】
一方、図5(b)はa相電流iaが負のときであり、下側寄生容量Cp−はスイッチオン期間に充電される。しかし、a相電流iaは、デッドタイム期間中もスイッチオン期間と同様に上側ダイオードDa+を流れるので、下側寄生容量Cp−は放電せず、端子電圧Vcpは直流リンク電圧Vdcを維持する。また、ターンオフ期間への移行は下側スイッチSa−のターンオン時間に依存することから、立ち下がり時間は寄生容量にかかわらずほぼ一定となる。
インバータ出力電圧の立ち上がり時間についても同じ機構が適用でき、立ち上がり時間と逆に、負の相電流の大きさに依存する。
【0048】
図6は、相電流の瞬時値iaに対する立ち上がり時間と立ち下がり時間の関係を同じグラフに重ねて描いた図面である。横軸は相電流iaを表し、縦軸は遷移時間ttrを表す。白丸が立ち上がり時間、黒丸が立ち下がり時間である。
立ち上がり時間は相電流が負のときに電流絶対値が小さくなるほど長くなり、立ち下がり時間は相電流が正のときに電流値が小さくなるほど長くなる。
相電流iに依存して遷移時間ttrが長くなればターンオフ時間toffが長くなり、
Tc=Td+ton−toff+Ts・Von/Vdc
で表されるデッドタイム補償時間Tcを減少させる必要があり、換言すればデッドタイム補償電圧vacomを小さくする必要がある。
【0049】
図7は、デッドタイム補償時間を調整する方法の1例を説明する図面である。
図7(a)は、相電流iaの絶対値が十分大きい場合のインバータ出力電圧VANの立ち下がり波形であり、立ち下がり時間をttr0とする。図6で見るように、相電流iaが正のときは相電流の瞬時値iaが小さいほど立ち下がり時間が増加するから、瞬時値が小さいときには図7(b)に示すように、立ち下がり時間が延びてttrとなる。
相電流はほぼ正弦波形を持ち刻々変化するので、補償する量は、相電流の瞬時値に応じて図7(c)に示す斜線部の面積だけ変化する。この斜線部はほぼ三角形であり、(d)はこの三角形と等価な面積を持つ長方形に変換したものを表している。当該三角形と長方形は高さが等しいので、面積が等価となるためには、長方形の底辺(時間幅)が三角形の底辺の半分になる必要がある。この値を等価遷移時間tetrと呼ぶこととすると、相電流瞬時値の減少に伴い延びた立ち下がり時間が(ttr−ttr0 )であるから、
tetr=(ttr−ttr0 )/2
で表すことができる。図7中、Tcnはデッドタイム補償時間のノミナル値である。図7(e)はこれらを整理して新しいデッドタイム補償時間Tcを表した波形図である。結局、デッドタイム補償時間Tcは、ノミナル値Tcnから等価遷移時間tetrを差し引いた値となり、デッドタイム補償電圧vacomは、この新しいデッドタイム補償時間Tcを用いて算出される。
【0050】
図8は、相電流瞬時値の絶対値|ia|に対する等価遷移時間tetrの関係を示すグラフである。
デッドタイム補償器10は、この等価遷移時間tetrを利用して3相のデッドタイム補償電圧vabccomを算出することが好ましい。このため、デッドタイム補償器10には、図8のグラフをテーブル化したルックアップテーブル13を備えて、相電流を入力して等価遷移時間tetrを検索し、デッドタイム補償電圧演算器11に供給して、デッドタイム補償時間のノミナル値Tcnを補正することができるように構成されている。
【0051】
図9は、図3と同じ試験条件下で、極性反転指令器12を組み込んだ上にさらに上記説明したルックアップテーブル13を追加したデッドタイム補償器10を使用して試験した結果を示す波形図である。図面の配置は図3と同じである。
a相電流iaは、零交差点近傍の歪みが殆ど見られず滑らかな正弦波形を描き、d軸電流idの脈動は、極性反転指令器だけを付属したときと比較して大幅に低減され、ルックアップテーブル13を利用する効果は大きい。
なお、a相デッドタイム補償電圧vacomは、相電流iaがゼロクロスするところで極性反転するが、その近傍では相電流の絶対値が小さくなるので、電圧値が減少して緩やかに変化している。また、d軸デッドタイム補償電圧Vdcomは、理論的振幅Vdampの範囲内に余裕を持って収まっている。
【0052】
以上、詳しく説明したとおり、本発明の電圧形インバータのデッドタイム補償装置によれば、ごく簡単な機構を付属しただけで、相電流の零クランプを解消して電流歪みを無くすることができる。
なお、上記実施例は本願発明を実施するための最良の形態を示したものに過ぎず、本明細書に説明した技術的思想に基づいていわゆる当業者が想到する他の装置および方法に対しても本願発明の技術範囲に属することはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の1実施例に係る電圧形インバータのデッドタイム補償装置を表すブロック図である。
【図2】本実施例において、零クランプした相を見出すアルゴリズムを示すフロー図である。
【図3】本実施例において極性反転指令器を使用した試験によりデッドタイム補償効果を確認した結果を示す波形図である。
【図4】本実施例におけるインバータ出力電圧の立ち下がり状態を相電流を変えて観察した波形図である。
【図5】本実施例におけるインバータ出力電圧立ち下がり時間のメカニズムを説明する図面である。
【図6】本実施例における相電流瞬時値に対する立ち上がり時間と立ち下がり時間の関係を示すグラフである。
【図7】本実施例におけるデッドタイム補償時間調整方法の1例を説明する図面である。
【図8】本実施例における相電流瞬時値の絶対値に対する等価遷移時間の関係を示すグラフである。
【図9】本実施例において極性反転指令器とルックアップテーブルを備えたデッドタイム補償器を使用した試験結果を示す波形図である。
【図10】一般的な三相電圧形インバータの基本的構成を示す回路図である。
【図11】永久磁石同期電動機を駆動する電圧形インバータにPWM信号を供給する制御回路を備えた系を例示する回路図である。
【図12】電圧形インバータのa相レグについて、出力電流が正方向に流れるときの電流経路を説明する図面である。
【図13】図12におけるインバータ出力電圧の理想値と実際値との関係を示す図面である。
【図14】電圧形インバータのa相レグについて、出力電流が負方向に流れるときの電流経路を説明する図面である。
【図15】図14におけるインバータ出力電圧の理想値と実際値との関係を示す図面である。
【図16】デッドタイムを補償しない場合の電流波形を表した図面である。
【図17】デッドタイム補償電圧演算器を使ってデッドタイム補償をした場合の電流電圧波形の例を表す図面である。
【図18】電流クランプがない理想的な状態におけるPMモータドライブのデッドタイム補償電圧を数値解析で得た結果を示すグラフである。
【図19】固定子電流が零交差点近傍でクランプするときのデッドタイム補償電圧の数値解析結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0054】
10 デッドタイム補償器
11 デッドタイム補償電圧演算器
12 極性反転指令器
13 ルックアップテーブル
21 電圧形インバータ(VSI)
22 永久磁石同期電動機(PMSM)
23 ロータリーエンコーダ(RE)23
30 インバータ制御器
31 速度制御器
32 電流制御器
33 abc/dq変換器
34 微分器
35 加算器
40 インターフェースボード
41 ゲートドライバ
42 アナログデジタル変換器(ADC)
43 カウンタ
【技術分野】
【0001】
本発明は、電圧形インバータにおいて固定子電流の零交差点近傍における電流歪みを低減するためのデッドタイム補償法およびデッドタイム補償器に関する。
【背景技術】
【0002】
電圧形インバータで駆動する永久磁石同期電動機(PMSM)可変速ドライブシステムが産業界で広く用いられている。図10は、一般的な三相電圧形インバータの基本的構成を示す回路図である。a,b,c三相の各相毎にトランジスタスイッチとダイオードを並列接続した上下1組のアームを有するレグを備え、3個のアームを並列接続した両端に直流電源からの直流リンク電圧Vdcを供給し、制御装置から供給されるパルスでトランジスタスイッチをオンオフすることにより上下アームの中間にインバータ出力電圧va,vb,vcを発生させ、これを電動機の固定子巻線に供給して回転駆動する。
【0003】
三相電圧形インバータは、固定子電圧の基本波成分に対応する正弦波の指令電圧信号を用いてこれと整合したパルス列を生成し、これに従ったインバータ出力電圧を発生させて、各レグを互いに60度ずつずらしながら上下のアームを交互に180度導通させて切り替わる。
しかしながら、(1)インバータでは同一レッグの上下アームが同時にオンすることによる短絡を防ぐため数μsのデッドタイムを設ける必要があること、(2)スイッチング素子のターンオン/オフ時間やスイッチング素子およびダイオードのオン電圧が存在することによって、インバータ出力電圧の基本波成分は指令電圧波形とずれを生じる。
【0004】
図11は永久磁石同期電動機(PMSM)を電圧形インバータ(VSI)で駆動する系において、インバータにPWM信号を供給する制御回路を備えたものを例示する回路図である。制御回路は、デッドタイム補償電圧(DTCV)演算器を含むインバータ制御器とインターフェースボードで構成される。
少なくとも2個の相電流ia,icがA/D変換器(ADC)を介して制御器に取り込まれる。また、ロータリーエンコーダ(RE)より得られる回転子位置情報はカウンターを介して制御器に取り込まれる。デッドタイム補償電圧(DTCV)演算器は、デジタル化された少なくとも2相の相電流ia,icを取り込んで演算し、指令電圧vabc* の補償電圧vabccom を算出して制御器に供給する。制御器は補償電圧vabccom を受け取るとこれを指令電圧vabc* に加算してゲートドライブに与える。
【0005】
dq変換器は、相電流ia,icを入力して回転dq軸電流id,iqに変換し、またd軸電圧設定値vd*とq軸電圧設定値vq*を入力して相電圧指令値vabc*に変換する。
同期電動機の回転数ωmは速度制御器(SC)により設定値ωm* と同じ値になるように制御される。またd軸電流idは電流制御器(CC)により常時0Aになるように制御される。電流制御器は、速度制御とd軸電流制御を行うため適合するd軸電圧設定値vd*とq軸電圧設定値vq*を出力する。制御器内で決定された指令電圧vabc* はゲートドライバに供給され、ゲートドライバが指令電圧に基づいてPWMパルスを生成し電圧形インバータに供給する。
【0006】
図12は電圧形インバータのa相レグを取り出した回路で、出力電流iaが正方向に流れるときの電流経路を説明する図面、図13はその時のインバータ出力電圧の理想値と実際値との関係を示す図面である。インバータ出力電圧の実際値が、デッドタイムやスイッチング素子のターンオン時間やターンオフ時間、またスイッチング素子やダイオードのオン電圧の影響を受けて、タイミングや振幅誤差を持つようになることが示されている。
【0007】
上下アームのスイッチSa+,Sa−に供給されるゲート信号Ga+,Ga−は、デッドタイムTdを考慮して決定される。ゲート信号Ga+,Ga−に対して想定するインバータ出力電圧の理想値VANidealは表される高さVdcのパルスになる。
a相電流iaはスイッチのオン期間Tonに上アームのスイッチング素子Sa+を流れて出力電圧は直流リンク電圧Vdcに等しくなり、オフ期間Toffとデッドタイム期間Tdに下アームのダイオードDa−を流れて陰極電圧(この回路ではアース電位)に等しくなる。したがって、これらを考慮したインバータ出力電圧は図13にVANdtとして示されたようになる。
【0008】
また、スイッチング素子Sa+のターンオン時間tonとターンオフ時間toffを考慮すると、インバータ出力電圧は図13にVANdt+tnとして示されたようになる。
さらに、電流がスイッチを流れるときにはスイッチオン電圧vsの電圧降下、ダイオードDa−を流れるときにはダイオードオン電圧vDの電圧降下を生じる。そこで、これらのオン電圧vs,vDを考慮すると、インバータ出力電圧は図13にVANdt+tn+onとして示されるように、出力電圧にオン電圧vs,vDが加重されたものとなる。
【0009】
デッドタイムを補償するためには、a相インバータ出力電圧の理想値と実際値の誤差のスイッチング周期Ts毎の平均値をデッドタイム補償電圧(DTCV)として指令電圧に加えればよい。
そこで、オン電圧vs,vDに係る誤差分を時間に換算し、これら諸量を1つのパラメータTcに集約して、
Tc=Td+ton−toff+Ts・Von/Vdc
と表す。ここで、Vonは、周期Ts内におけるオン電圧vs,vDの平均値である。このパラメータTcをデッドタイム補償時間(DTCT)と呼ぶ。
デッドタイム補償時間Tcを用いて形成した等価的なインバータ出力電圧は図13にVANdtcとして示されたようになる。
【0010】
この等価的なインバータ出力電圧VANdtcと理想値VANidealとの誤差ΔVANは、図13にΔVANとして示されたように、スイッチング周期Ts毎に高さVdc、時間幅Tcの1個のパルスを持つようになる。
こうして、相電流iaが正方向のときのa相のデッドタイム補償電圧vacomは、デッドタイム補償時間Tcを用いて、
vacom=Vdc・Tc/Ts
と表すことができる。
【0011】
さらに、出力電流iaが負方向に流れるときについて説明する。図14と図15は、a相レグにおいて出力電流iaが負方向に流れるときの電流経路とインバータ出力電圧の様子を説明する図面である。図12および図13と比べると電流の方向が異なり、電流が通過する素子が異なるだけで同じ回路要素で構成されるので、図12および図13と同じ記号を用いて異なる部分だけを説明する。
【0012】
負方向に流れるa相電流iaは、スイッチのオン期間TonにダイオードDa+を流れて出力電圧は直流リンク電圧Vdcに等しくなり、オフ期間Toffとデッドタイム期間TdにトランジスタスイッチSa−を流れてアース電位に等しくなる。また、相電流iaがスイッチSa−を流れるときにはスイッチオン電圧vsの電圧降下、ダイオードDa+を流れるときにはダイオードオン電圧vDの電圧降下を生じる。
【0013】
したがって、これらを考慮したインバータ出力電圧は図15にVANdt+tn+onとして示されたようになり、さらにデッドタイム補償時間Tcを考慮に入れた等価的なインバータ出力電圧VANdtcと理想値VANidealの誤差ΔVANは図に示されるように、スイッチング周期Ts毎に深さVdc、時間幅Tcのマイナスのパルスを1個持つようになる。
【0014】
こうして、相電流iaの流れ方向を考慮したときの、a相デッドタイム補償電圧vacomは、
vacom=Vdc・Tc/Ts・sgn(ia)
と表すことができる。
こうして得られるa相デッドタイム補償電圧vacomをa相指令電圧に加えてインバータを運転することにより、始めの指令電圧と位相が一致するa相インバータ出力電圧VANを得ることができる。
b相、c相についても同様である。
【0015】
図16は、デッドタイム補償電圧演算器が付かない制御回路を使ってデッドタイムを補償しない場合の電流波形を表した図面である。各相電流ia,ib,icとdq変換関係を有するd軸電流idに顕著な脈動が存在し、a相電流iaにもd軸電流idの脈動に対応した歪みが表れている。このような電流歪みはトルク脈動の原因ともなる。なお、d軸電流idの脈動は相電流iaの6倍の周期であることが分かる。
【0016】
図17は、デッドタイム補償電圧演算器を使ってデッドタイム補償をした場合の電流電圧波形の例を表す図面である。図面の電流電圧波形は試験機を用いデッドタイム補償時間Tcを3.2μsとして行った試験により得たもので、図の上段にa相電流ia、2段目にd軸電流id、3段目にa相デッドタイム補償電圧(DTCV)vacom、下段にd軸デッドタイム補償電圧(DTCV)Vdcomの変化を表示してある。
d軸電流idの脈動は全体的に小さくなったが、相電流iaの6倍の周期でやや大きい脈動が生じていることが観察される。これは、固定子電流がゼロ交差点近傍でクランプしたことにより指令電圧に加算すべきデッドタイム補償電圧の極性反転が適切に行われていないためである。
【0017】
図18は、電流クランプがない理想的な状態におけるPMモータドライブのデッドタイム補償電圧を数値解析で得た結果を示している。ここで、d軸電流idは零であり、デッドタイム補償時間Tcを3μs、スイッチング周期Tsを200μs、直流リンク電圧Vdcを200Vとして解析している。図の上段にa相電流ia、2段目にa相デッドタイム補償電圧vacom、3段目にd軸デッドタイム補償電圧vdcom、下段にq軸デッドタイム補償電圧vqcomの変化を表示してある。
【0018】
たとえばa相電流iaが零交差をすると、これを検出してa相デッドタイム補償電圧vacomの極性反転を行う。
d軸電流idが零の条件で、各相のデッドタイム補償電圧vacom,vbcom,vccomを回転d−q座標上へ変換すると、d軸デッドタイム補償電圧vdcomは3段目に表示したような駆動周波数の6倍の周波数を持つのこぎり波となる。d軸デッドタイム補償電圧vdcomの理論的振幅Vdampは、
Vdamp=√(2/3)・Tc/Ts・Vdc
となる。
なお、q軸デッドタイム補償電圧vqcomは、直流量であり変動分は小さい。
【0019】
図19は、図18と同じ条件下で固定子電流が零交差点近傍でクランプするときのデッドタイム補償電圧の数値解析結果を示すものである。相電流の1つが零にクランプした部分では、各相電流が同時に脈動を起こしている。相電流が零交差点近傍でクランプしたため零交差を検出し損ねて、当該相のデッドタイム補償電圧の極性反転が適切に行われないためである。なお、相電流がクランプした部分では、d軸デッドタイム補償電圧vdcomが理論的振幅Vdampを越えることが分かる。
【0020】
特許文献1には、インバータ出力電流の瞬時値の絶対値が反転レベルより小さい期間に出力される矩形パルスを積分して補償電圧として指令電圧に加算するデッドタイム補償装置において、デッドタイム期間中の補償電圧信号をPWM化または量子化して積極的に加振することにより、相電流がゼロクロスするときに発生するゼロクランプを抑制する技術が開示されている。
【0021】
また、特許文献2には、各相インバータ出力電圧のオンオフタイミングを検出し指令電圧のオンオフタイミングとの誤差分を補償するデッドタイム補償装置が開示されている。この開示方法は、各相出力電圧のオンオフタイミングを検出する閾値を変化させると出力電圧の立ち上がりと立ち下がりで電流波形の歪み状態が変化することに基づいて、立ち上がり時には閾値を直流電圧の半値より大きな値すなわちゼロクロス点を越えた位置の値とし、立ち下がり時には閾値を直流電圧の半値より小さな値すなわちゼロクロス点を越えた位置の値としたものである。こうすることによって、電流の立ち上がりと立ち下がり共に波形歪みを少なくして正弦波に近い波形を得て、ゼロクランプ現象を避けることができる。
【0022】
さらに、特許文献3には、電流のフィードバック制御ループを持ったモータの駆動回路であって、スイッチ制御信号にデッドタイムを設けたインバータ回路の出力電流のゼロクロス点付近で電圧指令値を補償することによって、インバータ回路の出力電流のゼロクロス点付近での不感帯を除去しモータのコイルに流れる電流の制御特性を改善したモータの駆動回路が開示されている。開示方法は、インバータ回路の出力電圧をフィードバックして電圧誤差補償信号を生成し、これを電圧指令信号を補償することにより、電流方向切替時における出力電圧の不感帯による誤差を低減することを特徴とする。
【0023】
これら特許文献に開示された技術は、いずれも複雑な回路を用いて達成されるものである。
【特許文献1】特開2003−180083号公報
【特許文献1】特開平7−95773号公報
【特許文献1】特開2001−161092号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
本発明が解決しようとする課題は、電圧形インバータにおいて固定子電流がゼロクランプすることを防いで固定子電流の零交差点近傍における電流歪みを低減するためのデッドタイム補償法およびデッドタイム補償装置を提供することであり、特に、新しく見出された現象に基づいて簡易な論理を使った簡便なデッドタイム補償法およびデッドタイム補償装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0025】
デッドタイム補償電圧(DTCV)を算出するDTCV演算器から与えられるデッドタイム補償電圧を加算した電圧指令により制御され同期電動機を駆動する電圧形インバータ装置において、上記課題を解決するため、本発明の電圧形インバータのデッドタイム補償装置は、極性反転指令器を備えて、この極性反転指令器によりd軸デッドタイム補償電圧に基づいて固定子電流が零交差点近傍でクランプしている相を検出して検出された固定子電流がクランプした相に係るデッドタイム補償電圧の極性を切り換えることを特徴とする。
【0026】
デッドタイム補償装置から出力される各相デッドタイム補償電圧を回転dq変換して得られるd軸デッドタイム補償電圧は、図19に見られるとおり、相電流の1つが零にクランプした部分ではデッドタイム補償電圧の極性反転が行われないため、そのまま増加する。したがって、d軸デッドタイム補償電圧を監視することによって相電流のゼロクランプの発生を検出することができる。
【0027】
d軸デッドタイム補償電圧をたとえば通常時の振幅として予め求められる理論的振幅と比較することによりゼロクランプの発生を検出した後に、ゼロクランプした相電流を判定するには、3つの相電流のうち電流の瞬時値がゼロ付近にある相を見出せばよい。3つの相電流の和がゼロになるという三相交流の性質からこの判定は容易で、たとえば絶対値の最も小さい相電流を選択するなど簡単な方法および装置を使用して実行することができる。
こうして、ゼロクランプを発生した相電流を迅速に見出して、その相に係るデッドタイム補償電圧の極性を反転すれば、ゼロクランプ状態が直ちに解消されて、インバータ出力はほぼ理想的な波形を呈し、トルク脈動も抑制される。
【0028】
なお、インバータのスイッチング素子に寄生容量が存在することに起因して、デッドタイム期間中のインバータ出力電圧の立ち上がり時間および立ち下がり時間は相電流の向きと大きさに関わって変化し、実質的にターンオフ時間が変化することになる。なお、スイッチング素子の寄生容量や駆動系のインピーダンスなどはインバータと電動機を組み合わせた系毎に異なる。
ターンオフ時間は、相電流が正方向であるときには立ち下がり時に電流が小さくなるほど長くなり立ち上がり時は電流値にかかわらず一定である。一方、相電流が負方向であるときには立ち上がり時に電流が小さくなるほど長くなり、立ち下がり時は電流値に依らない。ターンオフ時間に差異があれば適正なデッドタイム補償時間が変化する。したがって、相電流の向きと大きさに対するターンオフ時間の変化をデッドタイム補償電圧の演算に反映させることが好ましい。
【0029】
本願発明では、対象とする電動機駆動系について相電流とターンオフ時間の関係を予め調べて、この関数関係をたとえばルックアップテーブルなどの形で演算器に取り込んで、デッドタイム補償電圧の演算に反映させるように構成することができる。
相電流の瞬時値とターンオフ時間の関係を用いて調整したデッドタイム補償電圧を使用すると、相電流はほぼ滑らかな正弦波となり、d軸電流の脈動はほぼ抑制される。このとき、a相デッドタイム補償電圧は反転時に丸みを有する矩形波状となって、d軸デッドタイム補償電圧も底部と頂点部が丸みを帯びた三角波となり、振幅は理論的振幅より小さくなる。
【発明の効果】
【0030】
本発明の電圧形インバータのデッドタイム補償方法により、従来のデッドタイム補償方法と比較して相電流の電流脈動を低減することができる。
また、本発明のデッドタイム補償装置は、従来のデッドタイム補償装置にデッドタイム補償電圧に基づいてクランプを見出す回路あるいは相電流とターンオフ時間の関数回路もしくはこれらのアルゴリズムを付加するだけであるので、極めて容易に低コストで構成することができる。特にデッドタイム補償装置をデジタル演算器(DSP)で構成したものでは、プログラムの追加のみで本発明の構成を行うことができるので、経済的である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下、実施例を用いて本発明を詳細に説明する。
図1は、本実施例に係る電圧形インバータのデッドタイム補償装置を表すブロック図、図2は零クランプした相を見出すアルゴリズムを示すフロー図である。
本実施例のデッドタイム補償装置は、図11で説明した従来例の電圧形インバータ制御器に付属させたデッドタイム補償電圧演算器11に、極性反転指令器12とルックアップテーブル13を加えてデッドタイム補償器10としたもので、デッドタイム補償器10以外の部分は図11に関して説明したものと変わらない。
【0032】
電圧形インバータ(VSI)21の出力は永久磁石同期電動機(PMSM)22に供給され、電動機を回転駆動する。出力線の少なくとも2線に電流検出器が設けられ、同期電動機22にロータリーエンコーダ(RE)23が設けられている。
インバータ制御器30は、インターフェースボード40を介して、同期モータインバータ系の計測値情報を入力して適切な指令電圧を生成し電圧形インバータ21に供給する。
【0033】
インターフェースボード40には、ゲートドライバ41、アナログデジタル変換器(ADC)42、カウンタ43が備えられる。ロータリーエンコーダ23で測定する同期電動機22の回転子位置情報はカウンタ43で回転角θmに変換してインバータ制御器30に与えられる。また、インバータ21の出力電流はADC42でデジタル信号に変換し相電流ia,icとしてインバータ制御器30に与えられる。
また、インバータ制御器30で算出した各相の指令電圧vabc*はゲートドライバ41でPWM信号に変成されて電圧形インバータ21に供給され上下アームのトランジスタスイッチを開閉して、同期電動機22に適切な3相の駆動電圧を供給する。
【0034】
インバータ制御器30は、速度制御器31、電流制御器32、abc/dq変換器33を備え、さらにデッドタイム補償器10を付属する。インバータ制御器30は、デッドタイム補償器10を含めて、市販のデジタル信号処置装置で構成することも可能である。
同期電動機22は速度制御器31により設定値ωm*と一致するように制御される。速度制御器31は、微分器34で回転角θmを微分して回転速度ωmとして出力された信号を取り込んで、設定値ωm*との偏差に対して制御演算を施すことにより、操作関数としてq軸電流設定値iq*を算出して、電流制御器32に供給する。
【0035】
電流制御器32は、abc/dq変換器33によって3相電流ia,ib,icの瞬時値、もしくはこのうちの2つ、たとえばa相電流iaとc相電流icの瞬時値をabc/dq変換して求めたd軸電流idとq軸電流iqを入力して、d軸電流idはゼロに、q軸電流iqは速度制御器31から与えられるq軸電流設定値iq*と同じ値になるように制御する。速度制御器31は、回転速度ωmを用いて演算し、操作関数としてd軸指令電圧vd*とq軸指令電圧vq*を出力する。
d軸指令電圧vd*とq軸指令電圧vq*は、abc/dq変換器33によってdq/abc変換して、abc3相の相電圧に対する指令電圧vabc* に変成し、ゲートドライバ41に供給される。指令電圧vabc* は各相毎に120度ずつ位相がずれた正弦波である。
【0036】
デッドタイム補償器10は、デッドタイム補償電圧演算器11と極性反転指令器12とルックアップテーブル13で構成され、3相電流ia,ib,icもしくはそのうちの2つたとえばa相電流iaとc相電流icの瞬時値を入力して、3相のデッドタイム補償電圧vabccomを算出して出力する。3相デッドタイム補償電圧vabccomは加算器35で3相の指令電圧vabc* に加算されて、新しい3相指令電圧としてゲートドライバ41に供給される。
【0037】
デッドタイム補償電圧演算器11は、従来技術に基づいたもので、背景技術の欄で説明した通り、a相電流iaとc相電流icの瞬時値を入力し、
Tc=Td+ton−toff+Ts・Von/Vdc
の式に基づいて、各相毎に適正なデッドタイム補償時間(DTCT)Tcを求め、さらにデッドタイム補償時間Tcを用いて各相毎のデッドタイム補償電圧vabccomを算出する。たとえば、a相デッドタイム補償電圧vacomであれば、
vacom=Vdc・Tc/Ts・sgn(ia)
と表すことができる。
【0038】
極性反転指令器12は、デッドタイム補償器10内に存在するa相電流iaとc相電流icの瞬時値と各相毎のデッドタイム補償電圧vabccomを用いて相電流のゼロクランプ発生を検知し、クランプの影響が大きくならないうちにクランプを発生した相のデッドタイム補償電圧について極性反転を行い、制御器本体の加算器35に供給して3相の指令電圧vabc* を補償させる。
図2は、極性反転指令器12において実行されるアルゴリズムを説明するフロー図である。
【0039】
図2のアルゴリズムは、電圧形インバータ21の相電流瞬時測定値を入力するたびに実行される。
デッドタイム補償電圧演算器11から各相毎のデッドタイム補償電圧vacom,vbcom,vccomを受け入れると(S01)、これらをdq変換してd軸デッドタイム補償電圧vdcomとq軸デッドタイム補償電圧vdcomを求める(S02)。このうち、d軸デッドタイム補償電圧vdcomを、
Vdamp=√(2/3)・Tc/Ts・Vdc
で表される理論的振幅Vdampと比較する(S03)。
【0040】
d軸デッドタイム補償電圧vdcomが理論的振幅Vdampより小さいときは
、ゼロクランプが生じていないので、各相毎のデッドタイム補償電圧vacom,vbcom,vccomはそのまま出力する。
一方、d軸デッドタイム補償電圧vdcomが理論的振幅Vdamp以上あるときは、いずれかの相にゼロクランプが生じていることになる。ゼロクランプが生じた相では相電流が零交差点近傍にある。そこで、ゼロクランプが生じた相を特定するため、まず、各相の相電流の絶対値|ia|,|ib|,|ic|をとって、これらのうち最小の値Iminを見出す(S04)。
ここで、相電流の総計は0Aになるから、b相電流ibを直接測定しない場合でも、
ib=−ia−ic
により求めることができる。
【0041】
次に、各相の相電流の絶対値を、順次、相電流の最小絶対値Iminと比較し、一致したものが相電流がゼロクロス点近傍にあるものと判定して、その相の補償電圧の極性を反転させる。
図2においては、a相電流絶対値|ia|が相電流の絶対値の最小値Iminと一致するか判定して(S05)、一致する場合にa相デッドタイム補償電圧vacomの極性を反転させた値を新しいa相デッドタイム補償電圧vacomとして(S06)、終了する。2つの値が一致しないときは、b相電流絶対値|ib|について相電流の絶対値の最小値Iminと一致するか判定して(S07)、一致すればb相デッドタイム補償電圧vbcomの極性を反転させて(S08)終了し、2つの値が一致しないときは残ったc相の相電流がゼロクロス点近傍にあることになるので、c相デッドタイム補償電圧vccomの極性を反転させて(S09)終了する。
なお、インバータ制御器をデジタル信号処理装置で構成した場合には、極性反転指令器12も同じデジタル信号処置装置内にソフトウェアにより実装することができるので、経済的である。
【0042】
図3は、上記のように極性反転指令器12を追加して構成したデッドタイム補償器10を組み込んだ制御器を使用した電圧形インバータによって、160Wの永久磁石同期電動機を500rpmで運転して、a相に係るデッドタイム補償効果を確認した結果を示す波形図である。
図の最上段にa相電流ia、2段目にd軸電流id、3段目にa相デッドタイム補償電圧(DTCV)vacom、最下段にd軸デッドタイム補償電圧(DTCV)Vdcomの変化を表示してある。
【0043】
d軸デッドタイム補償電圧Vdcomが理論的振幅Vdampに達すると直ちにa相デッドタイム補償電圧vacomの極性を反転しているので、d軸デッドタイム補償電圧Vdcomは範囲内に収まっている。相電流iaは、零交差点近傍の歪みが低減されて滑らかに正弦波形を描き、d軸電流idの脈動は、極性反転指令器を付けなかったときと比較して大幅に低減され、極性反転指令器の効果は大きい。
【0044】
しかし、相電流の零交差点近傍におけるd軸電流の脈流は完全には除去できていない。これは、インバータのトランジスタスイッチに寄生する容量の影響によって補償すべき電圧が低下したため過剰に補償することになったことが原因と考えられる。
【0045】
図4は、インバータ出力電圧VANの立ち下がり状態をa相電流iaを変えて観察した波形図である。最上段のグラフはa相電流iaが1.4Aのとき、2段目のグラフはa相電流iaが0.1Aのとき、3段目のグラフはa相電流iaが−0.1Aのとき、最下段のグラフはa相電流iaが−1.4Aのときの立ち下がり状態を表す。
これらグラフが示すとおり、a相電流iaが正のときは、立ち下がり時間が電流が小さいほうが大きい。一方、a相電流iaが負のときは、立ち下がり時間は相電流の大きさにかかわらずほぼ一定である。
【0046】
図5はインバータ出力電圧立ち下がり時間のメカニズムを説明する図面で、スイッチオン期間からスイッチオフ期間へ移行する途中のデッドタイム期間におけるa相インバータ出力電圧の挙動を説明するものである。図中のCpはスイッチング素子Saの寄生容量を表す。
図5(a)はa相電流iaが正のときの状態を示す。スイッチオン期間中に下側の寄生容量Cp−が充電されていて、スイッチが切れてデッドタイム期間になると寄生容量Cp−の放電が始まる。したがって、インバータ出力電圧VANは寄生容量の端子電圧Vcpになり、端子電圧Vcpは相電流iaにしたがって寄生容量中の電荷が放出されることから、相電流iaが小さいほど放電期間が大きくなり、立ち下がり時間は相電流の大きさに依存する。
【0047】
一方、図5(b)はa相電流iaが負のときであり、下側寄生容量Cp−はスイッチオン期間に充電される。しかし、a相電流iaは、デッドタイム期間中もスイッチオン期間と同様に上側ダイオードDa+を流れるので、下側寄生容量Cp−は放電せず、端子電圧Vcpは直流リンク電圧Vdcを維持する。また、ターンオフ期間への移行は下側スイッチSa−のターンオン時間に依存することから、立ち下がり時間は寄生容量にかかわらずほぼ一定となる。
インバータ出力電圧の立ち上がり時間についても同じ機構が適用でき、立ち上がり時間と逆に、負の相電流の大きさに依存する。
【0048】
図6は、相電流の瞬時値iaに対する立ち上がり時間と立ち下がり時間の関係を同じグラフに重ねて描いた図面である。横軸は相電流iaを表し、縦軸は遷移時間ttrを表す。白丸が立ち上がり時間、黒丸が立ち下がり時間である。
立ち上がり時間は相電流が負のときに電流絶対値が小さくなるほど長くなり、立ち下がり時間は相電流が正のときに電流値が小さくなるほど長くなる。
相電流iに依存して遷移時間ttrが長くなればターンオフ時間toffが長くなり、
Tc=Td+ton−toff+Ts・Von/Vdc
で表されるデッドタイム補償時間Tcを減少させる必要があり、換言すればデッドタイム補償電圧vacomを小さくする必要がある。
【0049】
図7は、デッドタイム補償時間を調整する方法の1例を説明する図面である。
図7(a)は、相電流iaの絶対値が十分大きい場合のインバータ出力電圧VANの立ち下がり波形であり、立ち下がり時間をttr0とする。図6で見るように、相電流iaが正のときは相電流の瞬時値iaが小さいほど立ち下がり時間が増加するから、瞬時値が小さいときには図7(b)に示すように、立ち下がり時間が延びてttrとなる。
相電流はほぼ正弦波形を持ち刻々変化するので、補償する量は、相電流の瞬時値に応じて図7(c)に示す斜線部の面積だけ変化する。この斜線部はほぼ三角形であり、(d)はこの三角形と等価な面積を持つ長方形に変換したものを表している。当該三角形と長方形は高さが等しいので、面積が等価となるためには、長方形の底辺(時間幅)が三角形の底辺の半分になる必要がある。この値を等価遷移時間tetrと呼ぶこととすると、相電流瞬時値の減少に伴い延びた立ち下がり時間が(ttr−ttr0 )であるから、
tetr=(ttr−ttr0 )/2
で表すことができる。図7中、Tcnはデッドタイム補償時間のノミナル値である。図7(e)はこれらを整理して新しいデッドタイム補償時間Tcを表した波形図である。結局、デッドタイム補償時間Tcは、ノミナル値Tcnから等価遷移時間tetrを差し引いた値となり、デッドタイム補償電圧vacomは、この新しいデッドタイム補償時間Tcを用いて算出される。
【0050】
図8は、相電流瞬時値の絶対値|ia|に対する等価遷移時間tetrの関係を示すグラフである。
デッドタイム補償器10は、この等価遷移時間tetrを利用して3相のデッドタイム補償電圧vabccomを算出することが好ましい。このため、デッドタイム補償器10には、図8のグラフをテーブル化したルックアップテーブル13を備えて、相電流を入力して等価遷移時間tetrを検索し、デッドタイム補償電圧演算器11に供給して、デッドタイム補償時間のノミナル値Tcnを補正することができるように構成されている。
【0051】
図9は、図3と同じ試験条件下で、極性反転指令器12を組み込んだ上にさらに上記説明したルックアップテーブル13を追加したデッドタイム補償器10を使用して試験した結果を示す波形図である。図面の配置は図3と同じである。
a相電流iaは、零交差点近傍の歪みが殆ど見られず滑らかな正弦波形を描き、d軸電流idの脈動は、極性反転指令器だけを付属したときと比較して大幅に低減され、ルックアップテーブル13を利用する効果は大きい。
なお、a相デッドタイム補償電圧vacomは、相電流iaがゼロクロスするところで極性反転するが、その近傍では相電流の絶対値が小さくなるので、電圧値が減少して緩やかに変化している。また、d軸デッドタイム補償電圧Vdcomは、理論的振幅Vdampの範囲内に余裕を持って収まっている。
【0052】
以上、詳しく説明したとおり、本発明の電圧形インバータのデッドタイム補償装置によれば、ごく簡単な機構を付属しただけで、相電流の零クランプを解消して電流歪みを無くすることができる。
なお、上記実施例は本願発明を実施するための最良の形態を示したものに過ぎず、本明細書に説明した技術的思想に基づいていわゆる当業者が想到する他の装置および方法に対しても本願発明の技術範囲に属することはいうまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0053】
【図1】本発明の1実施例に係る電圧形インバータのデッドタイム補償装置を表すブロック図である。
【図2】本実施例において、零クランプした相を見出すアルゴリズムを示すフロー図である。
【図3】本実施例において極性反転指令器を使用した試験によりデッドタイム補償効果を確認した結果を示す波形図である。
【図4】本実施例におけるインバータ出力電圧の立ち下がり状態を相電流を変えて観察した波形図である。
【図5】本実施例におけるインバータ出力電圧立ち下がり時間のメカニズムを説明する図面である。
【図6】本実施例における相電流瞬時値に対する立ち上がり時間と立ち下がり時間の関係を示すグラフである。
【図7】本実施例におけるデッドタイム補償時間調整方法の1例を説明する図面である。
【図8】本実施例における相電流瞬時値の絶対値に対する等価遷移時間の関係を示すグラフである。
【図9】本実施例において極性反転指令器とルックアップテーブルを備えたデッドタイム補償器を使用した試験結果を示す波形図である。
【図10】一般的な三相電圧形インバータの基本的構成を示す回路図である。
【図11】永久磁石同期電動機を駆動する電圧形インバータにPWM信号を供給する制御回路を備えた系を例示する回路図である。
【図12】電圧形インバータのa相レグについて、出力電流が正方向に流れるときの電流経路を説明する図面である。
【図13】図12におけるインバータ出力電圧の理想値と実際値との関係を示す図面である。
【図14】電圧形インバータのa相レグについて、出力電流が負方向に流れるときの電流経路を説明する図面である。
【図15】図14におけるインバータ出力電圧の理想値と実際値との関係を示す図面である。
【図16】デッドタイムを補償しない場合の電流波形を表した図面である。
【図17】デッドタイム補償電圧演算器を使ってデッドタイム補償をした場合の電流電圧波形の例を表す図面である。
【図18】電流クランプがない理想的な状態におけるPMモータドライブのデッドタイム補償電圧を数値解析で得た結果を示すグラフである。
【図19】固定子電流が零交差点近傍でクランプするときのデッドタイム補償電圧の数値解析結果を示すグラフである。
【符号の説明】
【0054】
10 デッドタイム補償器
11 デッドタイム補償電圧演算器
12 極性反転指令器
13 ルックアップテーブル
21 電圧形インバータ(VSI)
22 永久磁石同期電動機(PMSM)
23 ロータリーエンコーダ(RE)23
30 インバータ制御器
31 速度制御器
32 電流制御器
33 abc/dq変換器
34 微分器
35 加算器
40 インターフェースボード
41 ゲートドライバ
42 アナログデジタル変換器(ADC)
43 カウンタ
【特許請求の範囲】
【請求項1】
デッドタイム補償電圧(DTCV)を算出するDTCV演算器から与えられるデッドタイム補償電圧を加算した電圧指令により制御され同期電動機を駆動する電圧形インバータ装置において、極性反転指令器を備えて、該極性反転指令器によりd軸デッドタイム補償電圧に基づいて固定子電流が零交差点近傍でクランプしている相を検出して該固定子電流がクランプした相に係る前記デッドタイム補償電圧の極性を切り換えることを特徴とする電圧形インバータのデッドタイム補償装置。
【請求項2】
前記極性反転指令器は、各相のデッドタイム補償電圧を回転d−q座標上へ変換してd軸デッドタイム補償電圧を得て、該d軸デッドタイム補償電圧を理論的振幅値と比較してこれを越えたときにいずれかの相電流が零交差点近傍でクランプしていると判定し、各相電流の絶対値が最も小さい相を検出して、該相に係るデッドタイム補償電圧の極性を反転することを特徴とする請求項1記載の電圧形インバータのデッドタイム補償装置。
【請求項3】
さらに、ルックアップテーブルを備え、該ルックアップテーブルに相電流に対応して異なる立ち上がり時間と立ち下がり時間に係るデッドタイム補償時間の補正値を記録しておいて、インバータが出力する相電流を入力して該相電流に対応する前記補正値を検索して前記DTCV演算器に供給することを特徴とする請求項1または2記載の電圧形インバータのデッドタイム補償装置。
【請求項4】
デッドタイム補償電圧(DTCV)を算出するDTCV演算器から与えられるデッドタイム補償電圧を加算した電圧指令により制御され同期電動機を駆動する電圧形インバータ装置において、d軸デッドタイム補償電圧に基づいて固定子電流が零交差点近傍でクランプしている相を検出し、該固定子電流がクランプした相に係る前記デッドタイム補償電圧の極性を反転させることを特徴とする電圧形インバータのデッドタイム補償方法。
【請求項5】
各相のデッドタイム補償電圧を回転d−q座標上へ変換してd軸デッドタイム補償電圧を得て、該d軸デッドタイム補償電圧を理論的振幅値と比較してこれを越えたときに相電流の絶対値が最も小さい相を検出して、該相が前記固定子電流がクランプした相とすることを特徴とする請求項4記載の電圧形インバータのデッドタイム補償方法。
【請求項6】
さらに、相電流に対応して立ち上がり時間と立ち下がり時間が異なることに係るデッドタイム補償時間の補正値を算出して前記デッドタイム補償電圧を算定することを特徴とする請求項4または5記載の電圧形インバータのデッドタイム補償方法。
【請求項1】
デッドタイム補償電圧(DTCV)を算出するDTCV演算器から与えられるデッドタイム補償電圧を加算した電圧指令により制御され同期電動機を駆動する電圧形インバータ装置において、極性反転指令器を備えて、該極性反転指令器によりd軸デッドタイム補償電圧に基づいて固定子電流が零交差点近傍でクランプしている相を検出して該固定子電流がクランプした相に係る前記デッドタイム補償電圧の極性を切り換えることを特徴とする電圧形インバータのデッドタイム補償装置。
【請求項2】
前記極性反転指令器は、各相のデッドタイム補償電圧を回転d−q座標上へ変換してd軸デッドタイム補償電圧を得て、該d軸デッドタイム補償電圧を理論的振幅値と比較してこれを越えたときにいずれかの相電流が零交差点近傍でクランプしていると判定し、各相電流の絶対値が最も小さい相を検出して、該相に係るデッドタイム補償電圧の極性を反転することを特徴とする請求項1記載の電圧形インバータのデッドタイム補償装置。
【請求項3】
さらに、ルックアップテーブルを備え、該ルックアップテーブルに相電流に対応して異なる立ち上がり時間と立ち下がり時間に係るデッドタイム補償時間の補正値を記録しておいて、インバータが出力する相電流を入力して該相電流に対応する前記補正値を検索して前記DTCV演算器に供給することを特徴とする請求項1または2記載の電圧形インバータのデッドタイム補償装置。
【請求項4】
デッドタイム補償電圧(DTCV)を算出するDTCV演算器から与えられるデッドタイム補償電圧を加算した電圧指令により制御され同期電動機を駆動する電圧形インバータ装置において、d軸デッドタイム補償電圧に基づいて固定子電流が零交差点近傍でクランプしている相を検出し、該固定子電流がクランプした相に係る前記デッドタイム補償電圧の極性を反転させることを特徴とする電圧形インバータのデッドタイム補償方法。
【請求項5】
各相のデッドタイム補償電圧を回転d−q座標上へ変換してd軸デッドタイム補償電圧を得て、該d軸デッドタイム補償電圧を理論的振幅値と比較してこれを越えたときに相電流の絶対値が最も小さい相を検出して、該相が前記固定子電流がクランプした相とすることを特徴とする請求項4記載の電圧形インバータのデッドタイム補償方法。
【請求項6】
さらに、相電流に対応して立ち上がり時間と立ち下がり時間が異なることに係るデッドタイム補償時間の補正値を算出して前記デッドタイム補償電圧を算定することを特徴とする請求項4または5記載の電圧形インバータのデッドタイム補償方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図2】
【図3】
【図4】
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【図6】
【図7】
【図8】
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【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【公開番号】特開2006−74898(P2006−74898A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−254675(P2004−254675)
【出願日】平成16年9月1日(2004.9.1)
【出願人】(504145308)国立大学法人 琉球大学 (100)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願日】平成16年9月1日(2004.9.1)
【出願人】(504145308)国立大学法人 琉球大学 (100)
【Fターム(参考)】
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