説明

電子ビーム照射方法及び装置

【課題】 コアにコイルを巻いて構成した電磁偏向器により電子ビームを被照射物に照射する際に、所望の位置に正確に電子ビームを照射することが出来る様にする。
【解決手段】
強磁性体をコアに持つ電磁偏向器2のコイルに電流を流すことによって、電子銃5から発生された電子ビームを偏向し、被照射物に照射する様にした電子ビーム照射方法において、前記電磁偏向器2による電子ビームの偏向範囲において、最大偏向させる電流を前記コイルに流す工程と、最小偏向させる電流を前記コイルに流す工程とを、交互に複数回くり返した後に、前記コイルに所望の電流を流す様にした電子ビーム照射方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被照射物の所望の位置に正確に電子ビームを照射することが出来る様にした電子ビーム照射方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
真空蒸着装置やイオンプレーティング装置などには、電子ビーム蒸発装置が備えられている。その電子ビーム蒸発装置は、蒸着させる材料(蒸発物質)を坩堝内に収容し、坩堝の横または下側に設けられた電子銃からの電子ビームを、磁場により曲線状に偏向させて坩堝内の蒸発物質に照射し、蒸発物質を加熱蒸発させる。
【0003】
図1はこのような電子ビーム蒸発装置の概略を示したものである。図1において、2はコイルを強磁性体のコアに巻き、そのコアを磁極板1A,1Bで平行に挟んで構成した電磁偏向器である。偏向器2のコイルに電流を流す事により磁極板1A,1BはN極とS極に励磁される。磁極板1A,1B間には、蒸発物質3が収容された坩堝4が設けられている。坩堝4の下に、電子銃5が設けられている。図2は図1のA−A線断面図である。電子銃5はフィラメント6,グリッド7及びアノード8から構成されている。2Sは偏向器2のコイルに電流を流すための偏向用電源である。9はフィラメント加熱電源であり、フィラメント6に接続される。10はグランドと電子銃間に加速電圧を発生させる加速電源である。11はグリッド7とフィラメント6を固定する支持板である。12はX方向走査用コイルとY方向走査用コイルを環状コアに巻いた走査用電磁コイルである。走査用電磁コイル12は電子銃5からの電子ビームの通路上に配置されている。この走査用電磁コイル12は、磁極板1A,1Bの間で坩堝4の近くに取り付けられた非磁性材料製のホルダー(図示せず)によって支持されている。13は走査用電磁コイル12に走査用の電流を流す走査用電源である。14は制御装置であり、偏向用電源2S,フィラメント加熱電源9,加速電源10及び走査用電源13等の動作をコントロールする。
【0004】
このような装置において、制御装置14の指令により、フィラメント加熱電源9によって加熱されたフィラメント6から熱電子が発生する。フィラメント6には加速電源10によってグランドと電位差が与えられているため、電子銃5のフィラメント6から発生された電子は、グランド電位であるアノード8によって引きつけられ加速し、グリッド7とアノード8のビーム通過孔7H,8Hを通過し電子ビームとなる。制御装置14の制御によって、偏向用電源2Sは偏向器2に偏向用の電流を流すため、発生した電子ビームは、磁極1A,1Bが作る磁場によりラーモァ円を描く様に曲げられ、坩堝4内に収容された蒸発物質3の例えば中心位置に照射される。
また同時に、制御装置14の制御により、走査用電源13はX方向走査用の電流を走査用電磁コイル12のX方向走査用コイルに,Y方向走査用の電流を走査用電磁コイル12のY方向走査用コイルにそれぞれ流す。それにより、電子ビームは偏向器2によって蒸発物質3上の位置決めされた位置を中心として、さらに走査用電磁コイル12により、二次元に走査が加えられる。よって電子ビームを蒸発物質3上に、均一に照射する事が出来る。この結果、蒸発物質3を電子ビームにより均一に加熱して蒸発させ、その蒸発粒子を坩堝4上方に配置された各被蒸着物(図示せず)上に付着させる事が出来る。
【0005】
【特許文献1】特開2000−55940号公報
【特許文献2】特開2001−20064号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
さて、偏向器2で使用するコアや、走査用電磁コイル12で使用するコアは大きい磁束密度を発生させるように飽和磁束密度・透磁率の大きい材料である強磁性体が使用される。強磁性体の磁化状態は、外部から加える磁界のみで決まらず、強磁性体のそれまでに磁化の履歴も関係する。それを磁気ヒステリシスと言う。そこで、コイルに電流を流し発生する磁界の強さHを横軸にし、コイルから発生した磁界を受けたコアの磁化の強さを示す磁束密度Bを縦軸にしたグラフ(図3)を用いて磁気ヒステリシスを説明する。
磁化されていない強磁性体をコアにしたコイルに電流を流し、その電流を増加させて磁界の強さを零から増やして行くと、コア内の磁束密度の大きさは零から曲線0APに沿って増加して行き、P点で飽和する。次にP点で磁束密度が飽和した状態から前記コイルに流す電流を減少させ磁界の強さを減少させて行くと、磁束密度は曲線PAOには沿わずに曲線PBに沿って減少する。更に前記コイルに逆電流を流し増加させて行くと、磁界の強さはそれまでとは逆極性で増加して行く事となる。逆極性にして磁界の強さを増加させていくと、磁束密度は曲線BN(N点は磁束密度が零となる時の磁界の強さ)に沿って減少して行き、更に、曲線NQに沿って逆極性に増加して行き、Q点で飽和する。ここで、飽和点Pの磁界の強さをH、飽和点Qの磁界の強さをHとする。次に、再び前記コイルの逆電流を減らし、磁界の強さをHからHへと順次変化する。すると、磁束密度は曲線QBMPに沿って変化する。この様にして描かれたループ状の曲線をヒステリシス曲線と言う。また、磁界の強さが零である時の磁束密度の大きさOB(OB)を残留磁束密度(残留磁気)、残留磁気が零となる時の磁界強度ON(OM)を保磁力と言う。
【0007】
偏向器2のコアも強磁性体を用いるため、同様なヒステリシス特性がある。よって、偏向器2のコイルに同じ電流を流しても、そのコアの磁化履歴により、偏向器2が発生する磁束密度が異なる事となる。つまり、偏向器2のコアの磁化状態で電子ビームの偏向量が異なってしまい、電子銃5からの電子ビームの蒸発物質3への照射位置が、所望の位置(例えば中心位置)からずれてしまう。その結果、蒸発物質3を外れた部分に電子ビームが照射され加熱され、その部分にダメージを受けたり、また、蒸発物質3の均一な加熱及び均一な蒸発が出来なくなったりする。それにより、被蒸着物に形成される膜に斑が発生したり、蒸発物質3以外の蒸発粒子(不純物粒子)が混じり、膜質が低下したりする事になる。
【0008】
本発明はこのような問題点を解決するために考案されたもので、新規な電子ビーム照射方法及び装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の電子ビーム照射方法は、強磁性体をコアに持つ電磁偏向器のコイルに電流を流すことによって、電子銃から発生された電子ビームを偏向し、被照射物に照射する様にした電子ビーム照射方法において、前記電磁偏向器による電子ビームの偏向範囲において、最大偏向させる電流を前記コイルに流す工程と、最小偏向させる電流を前記コイルに流す工程とを、交互に複数回くり返した後に、前記コイルに所望の電流を流す事を特徴とした電子ビーム照射方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、強磁性体のコアをコイルで励磁する電磁偏向器で、電子ビームを偏向させて被照射物に照射する場合、所望の位置に正確に電子ビームを照射することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
磁界の強さHを横軸にし、磁束密度Bを縦軸にしたグラフ(図3)において、まず、偏向器2のコイルに電流を流しコアの磁束密度が飽和するまで電流を流し磁束密度をP点にする。そのP点から、前記コイルに流す電流を減らし、磁束密度の飽和点Pから磁界の強さをH4まで減少させて行く。次に磁界の強さをH3まで増加させる。そして再び磁界の強さをH3まで減少させH4まで増加させる。この“磁界の強さをH4へ減少させる”と、“磁界の強さをH3へ増加させる”を、くり返していく。そして、偏向器2が発生する磁束密度と磁界の関係を順次観察して比較すると、徐々に磁束密度と磁界の関係に基づくヒステリシスループのずれが小さくなり、最終的には磁束密度はP',a,b,cの順に決まったループを描いて変化するようになる。このループを小ヒステリシスループと呼ぶことにする。つまり、前記電磁偏向器による電子ビームの偏向範囲で、最大偏向電流と最小偏向電流を、偏向器のコイルに流す工程を複数回くり返す事により、コアの磁化履歴が同一のものに固定化され、前記電磁偏向器は一定の小ヒステリシスループに安定する様になる。これを小ヒステリシスカーブの固定化と言う。
図4は、偏向器2のコイルにコアの磁束密度が飽和するまで電流を流し、その後、偏向器2のコイルに電子ビームを最大偏向させる磁束密度Bmaxと、電子ビームを最小偏向させる磁束密度Bminになる電流をくり返し流し、固定化した小ヒステリシスカーブを示した図である。その中の、図4aにおいて、偏向器2に最大偏向電流を流した状態磁界の強さH3から、所望の位置に電子ビームを照射するために偏向電流を変えH5の磁界の強さにする。すると、偏向器2の磁束密度は再現性良く小ヒステリシスループに沿い磁束密度は〔1〕(本文中は丸付き数字。以下同じ)(Bmax)から〔2〕に変化する。よって、電子ビームが所望の位置となる偏向電流がわかっていれば、その電流を流す事により、電子ビームは再現性良く被照射物の所望の位置に照射される。
ところで、この固定化した小ヒステリシスループには、同じ磁界の強さH5に対してH3から磁界の強さをH5にした時の磁束密度と、H4から磁界の強さをH5にした時の磁束密度(図4b〔5〕)と、二つの磁束密度が存在する。そこで、所望の位置に再現性良く照射するには、図4aに示すように、偏向器2に最大偏向電流を流した時の偏向磁束Bmaxの状態から偏向電流を下げて、所望位置に照射する偏向磁束〔2〕を発生する電流を流し、所望位置に設定する。もしくは、図4bに示すように最小偏向電流を流した時の偏向磁束Bminの状態から偏向電流上げて所望位置に照射する偏向磁束〔5〕を発生する電流を流し、所望位置に設定する。そのどちらかの工程にするかを決め、偏向器2に最大偏向電流もしくは、最小偏向電流のどちらか決めた電流を流し、その後所望の位置にビームを照射する偏向電流を流せば再現性良く電子ビームを所望の位置に照射することができる。
次に、一旦所望位置にビーム照射後、ビーム照射位置を変える場合を説明する。この場合、固定化した小ヒステリシスループに沿うように設定すればビーム位置再現性は保たれるため、再び小ヒステリシスループ固定化の作業は必ずしも必要ではない。そこで、最大偏向電流から偏向電流を減らしビーム照射位置を設定する場合を説明する。
所望位置に電子ビーム照射した位置の磁束密度図4a〔2〕の照射が終了し、次の照射位置に電子ビームを移動する。その時、移動する電子ビーム照射位置が、磁束密度が図4a〔3〕のように、前照射位置から磁束密度を減らす変化で電子ビーム位置を変える場合は、固定化した小ヒステリシスループに沿う。この場合は、そのまま所望のビーム位置に相当する偏向電流まで減らし、図4a〔3〕の磁束密度に設定すれば再現良く設定できる。
次に、前回の電子ビーム照射位置から磁束密度を増やし電子ビーム位置を設定する場合を図4cを用いて説明する。最大偏向磁束Bmaxから偏向電流を減らす事により、まず1回目の照射位置の磁束密度〔2〕に設定する。1回目の照射終了後、最小偏向磁束密度Bminが発生する最小偏向電流を流す。次に最大偏向磁束密度Bmaxが発生する最大偏向電流を偏向器に流す。その後、2回目の照射位置となる磁束〔3〕を発生する電流を偏向器2に流す。以上の工程により、固定化した小ヒステリシスループに沿うように磁束変化させる事が出来る。
これにより、電子ビーム照射位置を変える度に小ヒステリシスループ固定の作業を行わなくても、電子ビーム照射位置を再現性良く変更し照射できる。
さて、図5は本発明の電子ビーム照射装置を一例として示した電子ビーム蒸発装置の概略図である。この図5において、前記図2で使用された記号と同一記号を付けたものは同一構成要素であり、図5の構成は、図2の構成に記憶装置15が新たに加えられたものである。記憶装置15は、制御装置14の指令により、各加速電圧値に対応する最大偏向電流設定値と最小偏向電流設定値を記憶し、また、それを参照する事が出来る機能を持つ。
【0012】
図6は、本発明の原理により図5に示す電子ビーム蒸発装置での電子ビーム照射方法を示すフローチャートである。
まず、図6(a)を用いて、小ヒステリシスループ固定に必要である各加速電圧値時の最大偏向電流値と最小偏向電流値を測定し、それを記憶装置15に記憶させる操作について説明する。
【0013】
操作者は、入力装置(図示せず)から制御装置14を介し、偏向器2のコアを飽和させる電流を偏向器に流す(工程A)。尚、前記飽和電流は予め測定等により分かっているものとする。
【0014】
次に、制御装置14は、加速電圧を設定し、加速電源10から加速電圧を出力する。続いて制御装置14はフィラメント加熱電源9を制御しフィラメント6に電流を流して加熱し、電子銃5から電子ビームを発生させる(工程B)。発生した電子ビームは、偏向器2から発生した磁極1A,1Bが作る磁場により偏向され、坩堝4内に収容された蒸発物質3に照射される。
ここで、操作者は入力装置(図示せず)により制御装置14を介し偏向器2に流す偏向電流を調節し、坩堝4をY方向に通るライン上で、Y方向最大使用範囲(最大偏向位置か最小偏向位置)のどちらか一方の点の近傍に電子ビームが照射させる。(工程C)この時、電子ビーム蒸発装置等の電子ビーム電流は大きいので、電子ビームが蒸発物質に当たるとその部分が発光する。そのため、操作者は発光位置を観察窓(図示せず)から目視により、電子ビーム照射位置を確認し、設定する。
【0015】
次に、操作者は入力装置(図示せず)により制御装置14を経由し、偏向器2に流す偏向電流を調節し、坩堝4のY方向、最大偏向位置か最小偏向位置のどちらか一方で、工程Cで照射した位置ではない位置の近傍に電子ビームを照射させる(工程D)。
【0016】
以後、前記工程Cと工程Dを交互に複数回くり返し、小ヒステリシスループの固定化を行う。小ヒステリシスループ固定化後、制御装置14は、最大偏向電流値I1maと最小偏向電流値I1mbを加速電圧V1の情報に関連づけて記憶装置15に記憶させる(工程E)。
尚、最大偏向電流と最小偏向電流のくり返しは、回数が多い程、得られる小ヒステリシスループの再現性は良いが、電子ビーム偏コイルの仕様状態による偏向位置精度の許容誤差を考慮して、必要な回数を行えば良い。
尚、電子ビーム照射位置の確認の際、電子ビームが蒸発物質3に照射された時に発する光を観察窓(図示せず)から目視することにより電子ビームの照射位置を確認する様にしたが、坩堝4の両端に電子ビーム検出器を配設して電子ビームの最大偏向位置と最小偏向位置に照射されたことを検出し確認する様にしても良い。また、坩堝4の電子ビーム照射面に蛍光板を配設して、電子ビーム量が少なくても充分な発光を得る事により、電子ビーム照射位置の目視確認する事もできる。
さて、電子ビーム蒸発装置に用いられる電子ビーム照射装置は、色々な蒸発物に最適な加熱が出来るように、加速電圧が選択できる様になっている。しかし、加速電圧を変えると電子の速度が変化するため、偏向器2から発生する偏向磁場に変化が無ければラーモア円の半径が変わる。そのため、加速電圧を変えて、偏向磁場を変えなければ電子ビームの照射位置が変化してしまう。そこで、加速電圧を変えても、電子ビームの照射位置が変化しない様に、あらかじめ、各加速電圧で前記小ヒステリシスループ固定化工程を行い、各加速電圧の最大偏向電流設定値と最小偏向電流設定値を測定し、測定値を記憶装置15に記憶させておく。それには、加速電圧V1における最大偏向電流値I1maと最小偏向電流値I1mbの測定及び記憶が終わった(工程E)後、加速電圧を加速電圧V2に変え(F工程)、再びA工程、B工程、C、D工程のくり返し小ヒステリシスループの固定化を行い、加速電圧V2時の最大偏向電流値I2maと最小偏向電流値I2mbを記憶装置15に記憶させる。同様にして、使用する全ての加速電圧での最大偏向電流設定値と最小偏向電流設定値を測定し、測定値を加速電圧値に関係付け、記憶装置15に記憶させる。
【0017】
次に、電子ビーム蒸着を行う操作を図6(b)を用いて説明する。
【0018】
まず、制御装置14は飽和電流の設定指令を偏向用電源2Sに送り、偏向器2のコアを飽和させる電流を偏向器2に流す(工程G)。
そして、制御装置14は使用する加速電圧(Vs1)が出力するように加速電源10制御する (工程H)。
【0019】
次に、制御装置14は使用する加速電圧(Vs1)に応じた最大偏向電流値と最小偏向電流値を記憶装置15から呼び出しそして、制御装置14はその最大偏向電流値と最小偏向電流値を偏向電源2Sから偏向器2に順次交互に規定回くり返して流す様にする(工程I)。この操作により、加速電圧(Vs1)下での偏向器2のコアの小ヒステリシスループが固定化される。
続いて、制御装置14は偏向器電源13が偏向器2に最大使用偏向電流もしくは最小使用偏向電流のどちらかに決めた一方の電流を、流す様に制御する(工程J)。
次に、制御装置14の指令に基づいて、偏向用電源2Sは所望の位置に電子ビームが照射されるような偏向電流を偏向器2に流す。(工程K)
この状態において、制御装置14の指令によりフィラメント加熱電源9は、フィラメント6に電流を流し、熱電子を発生させる。すると、発生した前記電子は、加速電源10によって与えられたフィラメントとアノード8との電位差によって加速され、坩堝4に収容された蒸発物質3に照射され蒸発物質3は加熱される。その時、制御装置14の指令に基づいて、走査用電源13はX方向走査電流を走査用電磁コイル12のX方向走査用偏向コイルに,Y方向走査電流を走査用電磁コイル12のY方向走査用偏向コイルにそれぞれ流す。それにより、走査用電磁コイル12は二次元方向走査用磁場を作る。二次元走査用磁場により、電子ビームは蒸発物質3上で二次元方向に走査され、蒸発物質3に均一に照射することができる(工程L)。この結果、蒸発物質3は電子ビームにより均一に加熱されて蒸発し、その蒸発粒子が、坩堝4上方に配置された各被蒸着物(図示せず)上に付着させる事ができる。
【0020】
ここで、加速電圧を変え、加速電圧(Vs2)の下で被蒸着物上への成膜を行う場合には、最大偏向電流、最小偏向電流が変わるため、再び小ヒステリシスループの固定化が必要になる。そのため別な加速電圧にするには、制御装置14は、偏向用電源2Sが偏向器2のコアが飽和する電流を再び流すように制御する(工程G)。
次に、制御装置14は加速電圧電源10を次の加速電圧(Vs2)になるように設定する(工程H)。
そして、制御装置14は加速電圧(Vs2)に応じた偏向器2へ流す最大使用偏向電流値と最小使用偏向電流値を記憶装置15から呼び出す。続いて、制御装置14は偏向用電源2Sから偏向器2に加速電圧(Vs2)に応じた最大使用偏向電流と最小使用偏向電流を交互に規定回くり返して流す様に制御する(工程I)。この作業により、設定した加速電圧(Vs2)下で、偏向器2の小ヒステリシスループを固定化する。
次に、制御装置14は偏向用電源2Sが偏向器2に最大使用偏向電流もしくは最小使用偏向電流のどちらかに決めた一方の電流を、流す様に制御する(工程J)。
【0021】
続いて、設定加速電圧がVs1の時と同様に、制御装置14は指令記憶装置15に記憶させていたデータに基づいて、偏向用電源2Sは偏向器2に加速電圧(Vs2)で所望の位置に電子ビームが照射されるように偏向電流を流すように制御する(工程K)。これにより、電子ビームは任意の位置に再現性良く照射される。
また、同時に、電子ビームを走査用電磁コイル12が作る二次元方向走査用磁場により、その位置を基準として蒸発物質3上で二次元方向に走査し、蒸発物質が均一に電子ビーム照射する(工程K)。
【0022】
尚、前記例では偏向器2の小ヒステリシスループ固定化工程で、偏向器2に飽和電流を流した後、先に最大偏向させる電流を流し、次に最小偏向させる電流を流す様にしたが、先に最小偏向させる電流を流し、次に最大偏向させる電流を流す様にしても良い。
尚、前記例では偏向器2の小ヒステリシスループ固定化工程後、最初に最大使用偏向電流を流し、次に所望の場所に電子ビームを照射する偏向電流に設定する様にしたが、偏向器2の小ヒステリシスループ固定化工程後、最初に最小使用偏向電流を流し、その後、所望の場所に電子ビームを照射する偏向電流に増やす様に設定しても良い。
尚、前記例では偏向器2の小ヒステリシスループ固定化を説明したが、走査用電磁コイル12でも実施可能である事は言うまでも無い。
【0023】
尚、前記実施態様は本発明の電子ビーム照射方法を電子ビーム蒸発装置にて実施した場合について説明したが、強磁性体のコアにコイル巻いた電磁偏向器や電子レンズが設けられている他の電子ビーム照射装置、例えば、電子ビーム加熱装置、走査型電子顕微鏡、電子ビーム加工装置等にも実施可能であることは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】従来の電子ビーム蒸着装置の1概略例を示している。
【図2】図1のA−A断面図である。
【図3】磁気ヒステリシスカーブを示している。
【図4】固定化した小ヒステリシスカーブを示している。
【図5】本発明の電子ビーム照射装置の一例として示した電子ビーム蒸発装置の一概略図である。
【図6】本発明の原理に基づく電子ビーム照射方法の一実施態様例を示す電子ビーム照射方法のフローチャートである。
【符号の説明】
【0025】
1A,1B…磁極板、2…偏向器、2S…偏向用電源、3…蒸発物質、4…坩堝、5…電子銃、6…フィラメント、7…グリッド、7H…グリッド穴、8…アノード、8H…アノード穴、9…フィラメント加熱電源、10…加速電源、11…グリッド支持板、12…走査用電磁コイル、13…走査用電源、14…制御装置、15…記憶装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
強磁性体をコアに持つ電磁偏向器のコイルに電流を流すことによって、電子銃から発生された電子ビームを偏向し、被照射物に照射する様にした電子ビーム照射方法において、前記電磁偏向器による電子ビームの偏向範囲において、最大偏向させる電流を前記コイルに流す工程と、最小偏向させる電流を前記コイルに流す工程とを、交互に複数回くり返した後に、前記コイルに所望の電流を流す様にした電子ビーム照射方法。
【請求項2】
前記二つの工程をくり返した後、一旦前記電磁偏向器に最小電流又は最大電流を流し、その後、最小電流から増やす、もしくは最大電流から減らし所望の位置へ電子ビームを移動させるように電流を流すようにした請求項1記載の電子ビーム照射方法。
【請求項3】
前記二つの工程を繰り返す前に、前記コイルに前記コアが飽和する電流を流す、又は前記コアを消磁する様にした請求項1記載の電子ビーム照射方法。
【請求項4】
前記二つの工程のくり返しは、電子ビームを加速するための電圧を変える度に行われる様にした請求項1記載の電子ビーム照射方法。
【請求項5】
前記電磁偏向器は、電子銃からの電子ビームの被照射物上での照射位置をコントロールするための位置決め用偏向器と、該電子銃からの電子ビームで被照射物上を走査するための走査用偏向器から成り、少なくとも前記位置決め用偏向器について、前記二つの工程のくり返しを行うようにした事を特徴とする請求項1記載の電子ビーム照射方法。
【請求項6】
電子銃と、コアにコイルを巻いて構成されており、該コイルに電流を流すことによって前記電子銃から発生され加速された電子ビームを偏向して被照射物に照射するための電磁偏向器とを備えた電子ビーム照射装置において、電子を加速するための電圧値毎に前記電磁偏向器による電子ビームの偏向範囲における最大偏向電流値と最小偏向電流値との関連を記憶した記憶手段を設け、該記憶手段から設定すべき加速電圧に対応づけられている最大偏向電流値と最小偏向電流値が呼び出され、該呼び出された最大偏向電流と該最小偏向電流が前記コイルに交互に複数回くり返して流される様にし、その後、該コイルに所望の電流が流される様に構成した事を特徴とする電子ビーム照射装置。
【請求項7】
前記最大偏向電流と最小偏向電流が前記コイルに交互に複数回くり返して流される前に、前記コイルに前記コアが飽和する電流を流す様に構成した請求項6記載の電子ビーム照射装置。
【請求項8】
前記最大偏向電流と最小偏向電流が前記コイルに交互に複数回くり返して流される前に、前記コアを消磁する様に構成した請求項6記載の電子ビーム照射装置。
【請求項9】
前記電磁偏向器は、電子銃からの電子ビームの被照射物上での照射位置をコントロールするための位置決め用偏向器と、該電子銃からの電子ビームで被照射物上を走査するための走査用偏向器から構成される請求項5記載の電子ビーム照射装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−123472(P2010−123472A)
【公開日】平成22年6月3日(2010.6.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−297618(P2008−297618)
【出願日】平成20年11月21日(2008.11.21)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】