説明

電子放出素子の製造方法及び硼化ランタン膜の製造方法

【課題】スパッタ法における膜質のばらつきを改善し、結晶性の良い硼化ランタン膜を製造する。大面積の基板上に均質な膜質(結晶性)の硼化ランタン膜を形成する。電子放出特性(特に電子放出の安定性)に優れた電子放出素子の製造方法を提供する。
【解決手段】基板と硼化ランタンのターゲットとを対向配置した状態で、前記基板と前記ターゲットを相対的に移動させながら、スパッタ法により前記基板上に硼化ランタン膜を成膜する工程において、成膜時のスパッタガス分子の平均自由行程をλ(mm)、前記基板と前記ターゲットとの距離をL(mm)としたときに、L/λが20以上に設定され、放電電力を前記ターゲットの面積で除した値が、1W/cm以上5W/cm以下に設定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はスパッタ法を用いた硼化ランタン膜の製造方法、および、硼化ランタン膜を有する電子放出素子の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電界放出型電子放出素子は、カソード電極(及びその上に配置された電子放出構造体)と、ゲート電極との間に電圧(電界)を印加し、この電圧(電界)によってカソード電極側から電子を真空中に引き出すタイプの電子放出素子である。そのため、用いるカソード電極(電子放出構造体)の仕事関数やその形状などによって動作電界が大きく左右される。理論的には、仕事関数の小さいカソード電極(電子放出膜)の方がより低い動作電圧で駆動することができると考えられている。特許文献1および2には、金属からなる電子放出構造体(スピント等)の上に、低仕事関数の電子放出材として六硼化ランタン(LaB)膜をコートした電子放出素子が開示されている。また、特許文献3、4にはスパッタ法およびスパッタ装置について開示されている。
【特許文献1】特開平01−235124号公報
【特許文献2】米国特許第4008412号明細書
【特許文献3】特開2000−173365号公報
【特許文献4】特開2001−270795号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
硼化ランタン膜を用いた電子放出素子を作製するにあたり、膜の結晶性が高い方が、電子放出の安定性などの点で好ましい。また、結晶の配向性においては、(100)に配向している方が、電子放出が安定する。これは、(100)面は(110)面や(111)面に比べ表面のダングリングボンド数が少なく、不純物吸着能力が低くなるためである。
【0004】
しかし、本発明者らの検討により、スパッタ法による成膜においては、成膜条件の違いによって、硼化ランタン膜の結晶性および配向性が大きく変化することが判明した。
【0005】
図5Aは従来から良く知られている、平行平板型のスパッタ装置のレイアウト図である。501は基板ホルダー、502は基板、および503はカソードである。カソード503はターゲット505、バッキングプレート506、磁石507、およびヨーク508から形成されている。磁石507により磁力線509で示されるような磁場が発生しており、504はエロージョン領域を示す。このような装置を用いて、ターゲットとして8インチの円形の六硼化ランタンを、基板502としてSiウェハー基板を使用し、基板温度を室温に保持し、Arを供給して全圧1.5Paとし、Siウェハー基板上に硼化ランタンを50nmの厚さに成膜した。ターゲットに供給したRF電力は500Wであり、ターゲットと基板との距離は90mmであった。その結果成膜された硼化ランタン膜をX線回折法で分析し、(100)面での回折ピークの半値幅と基板位置との関係を整理すると図5Bに示す通りであった。半値幅が小さいほど結晶の結晶子サイズが大きくなり、良好な結晶であることを示す。基板位置については、図5Aに示したターゲットの中心からの距離を示した。図5Bに示したように、エロージョン領域に対向した位置においては、半値幅が大きく、一方、エロージョン領域に対向した位置から離れると、半値幅が小さくなる。すなわち、膜質にばらつきがあり、エロージョン領域に対向した位置では硼化ランタン膜の結晶性が低下することが分かった。更なる検討の結果、マグネットの磁場を変えることでプラズマ密度分布を変更しても、常にエロージョン領域に対向する部分の結晶性が低下することが判明した。つまり膜質は、プラズマ密度分布との相関よりも、エロージョン位
置との相関が強いことがわかった。以下、エロージョン領域に対向する領域(もしくは位置)を、エロージョン対向領域(もしくは位置)とよぶ。またエロージョン領域でない領域を非エロージョン領域とよび、非エロージョン領域に対向する領域(もしくは位置)を、非エロージョン対向領域(もしくは位置)とよぶ。
【0006】
硼化ランタンターゲットを使用した際にエロージョン対向位置で膜の結晶性が低下する原因は明らかでないが、本発明者の検討により、少なくとも、硼化ランタンターゲットを用いたスパッタにおいては、膜質の位置依存が存在することが分かった。一方、電子放出素子を画像表示装置の電子源に利用する場合には、大サイズの基板上に硼化ランタン膜をできるだけ均質に成膜することが望ましい。したがって、膜質の位置依存を緩和するために、基板とターゲットを相対的に移動させながら成膜を行う、いわゆる通過成膜が行われる。通過成膜では、基板上の被成膜部位(電子放出素子)が、エロージョン対向領域と非エロージョン対向領域の双方を通過する。このときエロージョン対向領域で堆積される膜の膜質と非エロージョン対向領域で堆積される膜の膜質とのばらつきが大きいと、(100)面が配向した結晶性の良い硼化ランタン膜を作製することが困難であった。
【0007】
硼化ランタンターゲットではなく、酸化物ターゲットを使用した際の、エロージョン対向領域の膜の酸素負イオンによる損傷を防ぐ方法としては、遮蔽板の設置(特許文献3、4)が知られている。しかしながら、この方法では結晶性の良い硼化ランタン膜を製造することは難しい。
【0008】
遮蔽板の設置について本発明者が検討した結果について説明する。本発明者は、ターゲットと基板との間の空間に、エロージョン対向領域が隠れるように遮蔽板を設置し、硼化ランタンのスパッタ成膜を行った。その結果、遮蔽板を設置せずにスパッタを行った場合に比べ、膜の結晶性が著しく低下した。これは遮蔽板の設置によりプラズマが乱れ、成膜エネルギーが不足してしまった可能性がある。スパッタガス圧やスパッタ電力を調整しても、遮蔽板を設置せずにスパッタを行った場合よりも膜の結晶性は大幅に低下したままであった。
【0009】
本発明は、上記実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、スパッタ法における膜質のばらつきを改善し、結晶性の良い硼化ランタン膜を製造する技術を提供することである。本発明のさらなる目的は、大面積の基板上に均質な膜質(結晶性)の硼化ランタン膜を形成する技術を提供することである。また本発明のさらなる目的は、電子放出特性(特に電子放出の安定性)に優れた電子放出素子の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の第1態様は、電子放出材として硼化ランタン膜を備える電子放出素子の製造方法であって、
基板と硼化ランタンのターゲットとを対向配置した状態で、前記基板と前記ターゲットを相対的に移動させながら、スパッタ法により前記基板上に硼化ランタン膜を成膜する工程、を備え、
成膜時のスパッタガス分子の平均自由行程をλ(mm)、前記基板と前記ターゲットとの距離をL(mm)としたときに、L/λが20以上に設定され、
放電電力を前記ターゲットの面積で除した値が、1W/cm以上5W/cm以下に設定されることを特徴とする電子放出素子の製造方法である。
【0011】
本発明の第2態様は、硼化ランタン膜の製造方法であって、
基板と硼化ランタンのターゲットとを対向配置した状態で、スパッタ法により前記基板上に硼化ランタン膜を成膜する工程を備え、
成膜時のスパッタガス分子の平均自由行程をλ(mm)、前記基板と前記ターゲットと
の距離をL(mm)としたときに、L/λが20以上に設定されることを特徴とする硼化ランタン膜の製造方法である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、スパッタ法における膜質のばらつきを改善し、結晶性の良い硼化ランタン膜を製造することができる。また、大面積の基板上に均質な膜質(結晶性)の硼化ランタン膜を形成することができる。さらに電子放出特性(特に電子放出の安定性)に優れた電子放出素子を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下に図面を参照して、本発明の好適な実施形態について説明する。ただし、この実施の形態に記載されている構成部品の寸法、材質、形状、その相対配置などは、特に特定的な記載がない限りは、本発明の範囲をそれらのみに限定する趣旨のものではない。
【0014】
(スパッタ方法)
図5Aを参照して、スパッタ装置及びスパッタ方法について説明する。図5Aは、平行平板型のスパッタ装置のチャンバー内部を模式的に示した図である。スパッタ装置は、概略、基板502を保持する基板ホルダー501と、ターゲット505が設置されるカソード503とを備える。カソード503は、バッキングプレート506、磁石507、およびヨーク508を有している。磁石507は、ドーナツ型の外側磁石と、外側磁石の中心に配置される内側磁石とから構成されており、この磁石により磁力線509で示されるような磁場が形成される。この磁場により、ターゲット505には一つのドーナツ状のエロージョン領域504が形成される。
【0015】
高真空排気ポンプを用いてチャンバー内を例えば2×10-4Pa以下に真空引きした
のち、スパッタガスを導入して所定の圧力に保持して、カソード503に電力を印加し、成膜を行う。スパッタガスとしてはアルゴン(Ar)ガス、クリプトン(Kr)ガス、キセノン(Xe)ガスなどを用いることができるが、特にアルゴンガスを用いる方が製造コストの面から望ましい。スパッタ電源としては、DC電源、あるいは13.56MHzなどの工業用電源周波数のRF電源が使用される。
【0016】
このスパッタ装置では、ターゲット505と基板502が対向配置されており、成膜時には、基板502を図5Aの矢印方向に搬送することによって、基板502とターゲット505を相対的に移動させる(通過成膜)。なお、ターゲット505を搬送してもよいし、基板502とターゲット505の両方を搬送してもよい。また平行移動に限らず、回転移動でもよい。
【0017】
このとき、基板502とターゲット505との距離L(mm)を、チャンバー内に導入したスパッタガス分子の平均自由行程λ(mm)で除した値(L/λ)が20以上となるように保持する。
【0018】
気体の平均自由行程λとは、気体分子が散乱(衝突)することなく進むことのできる距離の平均であり、次式で求めることができる。
λ=(k×T)/(√2×π×σ×P)
kはボルツマン定数、Tは温度、σは分子の直径、Pは圧力である。
【0019】
図1に、成膜時のL/λと、膜の結晶性について調べた結果を示す。ただし、エロージョン対向領域と非エロージョン対向領域の膜の結晶性を比較するために、通過成膜でなく、基板を静止した状態で成膜を行った。また、導入するアルゴンガスの圧力を0.5Paから4.0Paの範囲(すなわちAr分子の平均自由行程λが1.7mmから13.7m
mの範囲)、基板とターゲットとの距離L(mm)を90mmから180mmの範囲において任意の値に設定して成膜を行った。RF電源の放電電力をターゲット面積で除した値は約1.5W/cmに設定した。
【0020】
非エロージョン対向領域(ターゲットの中心に対向した領域)において50nm堆積された膜F1と、エロージョン対向領域において50nm堆積された膜F2を、X線回折法で分析し、六硼化ランタンの(100)面での回折ピーク(以下、単に「(100)ピーク」ともよぶ)の半値幅を得た。図1は、成膜条件(L/λ)と(100)ピークの半値幅の関係を示す。図1より、L/λが小さいと、(100)ピークの半値幅が大きいこと、つまり膜の結晶性が悪いことがわかる。また膜F1と膜F2の結晶性の差も大きい。そして、L/λが大きくなるほど、結晶性が向上し、かつ膜F1、F2の結晶性の差も小さくなることがわかる。
【0021】
前述したように、電子放出素子の電子放出材として六硼化ランタン膜を用いる場合、膜の結晶性が良い方が、電子放出の安定性などの点で好ましい。また電子放出素子ごとの電子放出特性の差(電子放出特性の面内ばらつき)を小さくするために、基板全体に硼化ランタン膜をできるだけ均質に成膜することが好ましい。
【0022】
しかしながら、非エロージョン対向領域で形成される膜とエロージョン対向領域で形成される膜のいずれかの結晶性が悪いと、通過成膜によって作製される膜は、結晶性が悪い成分を含むことになる。そうすると、結晶性の良い膜が得られない。また、両者の膜の結晶性に差がある場合も、通過成膜で作製した膜の電子放出特性が不安定になってしまう。
【0023】
したがって、良好な電子放出特性を得るためには、成膜領域の膜質のばらつきを小さくし、かつ広い領域にわたって結晶性の良い膜を作製できる条件が必要となる。具体的には、(100)ピークの半値幅の面内ばらつきが±5%以内であり、かつ、(100)ピークの半値幅が0.6°以下となる条件が好ましい。図1に示す実験結果より、L/λの値
が20以上である場合に、上記の条件を満足できることがわかる。
【0024】
L/λを20以上に保つことにより膜質(結晶性)を向上できる理由は明らかではない。おそらく、L/λを大きくすることで、エロージョン領域から強いエネルギーをもって垂直方向に飛び出す粒子が十分に散乱され、エロージョン対向位置の膜の損傷を抑制できることが一つの要因と考えられる。
【0025】
上記のように、スパッタガスの圧力や、基板とターゲットの距離は、硼化ランタン膜の結晶性に大きく影響を与える。一方、放電電力が膜の結晶性に与える影響は小さい。ただし、放電電力をターゲット面積で除した値を1W/cm以上5W/cm以下に設定することが好ましい。1W/cmより小さい場合は、スパッタされた原子のエネルギーが小さく、結晶性の良い膜を作製しにくいからである。また、5W/cmを超える場合は、ターゲットへの負荷が大きく、ターゲットが損傷してしまうおそれがあるからである。なお、1W/cm以上5W/cm以下の範囲であれば、L/λと膜質との関係はおおむね図1のような傾向を示す。
【0026】
本実施形態において、基板を加熱または保温しながら成膜を行うことが好ましい。温度は成膜条件などによって異なるが、好ましくは300℃以上に基板の温度を保つとよい。
【0027】
次に、本実施形態で作製した硼化ランタン膜を備える電界放出型電子放出素子の製造方法について、図2A、図2B、図2Cを用いて説明する。図2Aは、電子放出素子をZ方向から見た平面模式図であり、図2Bは図2AにおけるA−A線の断面(Z−X面)模式図である。図2Cは図2AをX方向から見た場合の模式図である。
【0028】
この電子放出素子では、基板1上に第1絶縁層7A及び第2絶縁層7Bを介してゲート電極8Aが設けられている。また、基板1上にはカソード電極2が設けられており、カソード電極2に接続された電子放出構造体(導電性膜)3が、第1絶縁層7Aの側壁に沿って且つ基板1から離れる方向に向かって伸びている。第2絶縁層7BはX方向において、第1絶縁層7Aより幅が小さくなっており、第1絶縁層7Aとゲート電極8Aとの間には凹部45が設けられている。そして、図2Bから明らかな様に、上述した電子放出構造体3は、第1絶縁層7Aの上面よりもZ方向に突出している。即ち、電子放出構造体3は、第1絶縁層7Aの上面よりゲート電極8Aに近づく方向に突出する突起部を備えている。また、電子放出構造体3の一部が、凹部45内に入り込んでいる。その結果、電子放出構造体3は、凹部45内に位置する絶縁層7Aの表面上に設けられた突起部を備えていると言うことができる。この突起部から主に電子が放出される。
【0029】
また、図2Bは、ゲート電極8Aの一部が電子放出構造体3と同じ材料の導電性膜8Bで覆われている例を示している。この導電性膜8Bは省略することもできるが、安定な電界を形成するためには導電性膜8Bを設けておくことが好ましい。この結果、図2Bに示した例では、ゲート電極は、8Aと8Bとで示された部材で構成されることになる。
【0030】
電子放出構造体3は、硼化ランタン膜(好ましくは、六硼化ランタン膜)5で覆われている。この硼化ランタン膜5は上述したスパッタ法により成膜されたものである。図2Bの例では、電子放出構造体3の全体が硼化ランタン膜5で覆われているが、少なくとも電子放出構造体3の突起部の表面が、硼化ランタン膜5で覆われていればよい。
【0031】
硼化ランタン膜5としては、硼化ランタンの単結晶膜であるよりも硼化ランタンの多結晶膜であることが好ましい。単結晶膜に比べて多結晶膜は、成膜が容易であり、電子放出構造体3のような複雑で微細な凹凸形状の表面に沿って電子放出構造体3を被覆することができ、内部応力も低くすることができるので安定である。尚、仕事関数は多結晶膜よりも単結晶膜の方が低いが、膜厚や結晶子サイズを制御することで、多結晶膜でも単結晶膜に近い3.0eVよりも低い仕事関数を得ることができる。
【0032】
硼化ランタンの多結晶膜は導電性を備える。本実施形態における硼化ランタンの多結晶膜5は金属的な伝導を示す。図3に示す様に、本実施形態に係わる硼化ランタンの多結晶膜5は、多数の結晶子80よりなる、いわゆる多結晶体としての特質を有する。各々の結晶子80は硼化ランタンからなる。結晶子とは、単結晶としてみなせる最大の集まりを意味するものである。なお、多結晶膜5は、結晶子80同士が接合(当接)または複数の結晶子の塊(集合体)同士が接合(当接)することで金属的な導電性を示す膜を指し、微粒子の集合体からなるいわゆる微粒子膜とは異なる。
【0033】
多結晶膜5は、結晶子80同士が接合または複数の結晶子の塊(集合体)同士が接合しており、結晶子80同士の間または複数の結晶子の塊(集合体)同士の間には空隙(ギャップまたは空間)を有する場合もある。
【0034】
本実施形態における硼化ランタンの多結晶膜5を構成する結晶子80のサイズは2.5nm以上である。そして、多結晶膜5の膜厚は100nm以下である。そのため、多結晶膜5を構成する結晶子80のサイズの上限は必然的に100nmとなる。2.5nm以上の結晶子サイズの多結晶膜は、2.5nm未満の結晶子サイズの多結晶膜に比べて放出電
流が安定する(揺らぎが低減する)。また、結晶子サイズが100nmを超えると、多結晶膜の膜厚が100nmを超え、結果、膜はがれが顕著に生じ、電子放出素子に用いると不安定な特性となる。2.5nmよりも小さいと、仕事関数が3.0eVよりも大きくなってしまう。これは、LaとBの組成比が6.0よりも大きくずれてしまい、結晶性を維
持できなくなるような不安定な状態になっているものと考えられる。また、特に膜厚を20nm以下とすると電子放出特性のばらつきが小さいので好ましい。
【0035】
結晶子サイズは、典型的にはX線回折測定から求めることが可能である。回折線のプロファイルから、Scherrer法と呼ばれる方法によって算出することができる。X線回折測定は、結晶子サイズの算出のみならず、多結晶膜5が六硼化ランタンの多結晶体により構成されていることや、配向性について調べることが可能である。六硼化ランタン(LaB)は、LaとBの比率が化学量論的組成として1:6で表される構造であり、単純立方格子を有するものを指す(ただし、組成比に関しては非化学量論組成についても含み、格子定数の変化したものも含む。)。尚、断面TEMによる観察を行うと、結晶子に対応する領域に、実質的に平行に並んで見える複数の格子縞が確認される。そこで、この複数の格子縞の中から互いに最も離れた2つの格子縞を選択し、一方の格子縞の端と他方の格子縞の端を結ぶ線分のうち最も長い線分の長さを結晶子サイズ(結晶子径)と認定することができる。そして、断面TEMで観察した領域内に複数の結晶子が確認されるのであれば、それらの結晶子サイズの平均値を、硼化ランタンの多結晶膜の結晶子サイズとすることができる。
【0036】
また、仕事関数の測定は、真空UPSなどの光電子分光法やケルビン法、真空中での電界放出電流を計測して電界と電流の関係より導く方法などがあり、これらを組み合わせて求めることも可能である。
【0037】
鋭利な突起部を有する導電性の針(タングステン製)の突起部の表面に、仕事関数が既知の材料、たとえばMoなどの20nm程度の膜(金属膜)を形成し、真空中で電界を印加して電子放出特性を測定する。そして電子放出特性から、針の先端である突起部の形状による電界増倍係数をあらかじめ求めておき、しかる後に硼化ランタンの多結晶膜5を形成して、仕事関数を算出して求めることが可能である。
【0038】
電子放出素子から放出される放出電流の揺らぎは、放出電流の時間的な変動の大きさを示すものである。たとえば矩形波形のパルス電圧を周期的に印加することによって放出される電流の変動であり、単位時間あたりの変動の大きさを偏差で示し、その偏差を平均値で割って算出することができる。
【0039】
具体的には、パルス幅が1m秒で周波数60Hzの矩形波形のパルス電圧を連続して印加する。そして連続した32回分の矩形波形のパルス電圧に応じた放出電流値の平均を計測するシーケンスを2秒間隔で実施して、30分間あたりの偏差ならびに平均値を求めたものである。なお、複数の電子放出素子間で揺らぎの大きさを比較するにあたっては、上述の電流の平均値が概ね等しくなるように印加電圧の波高値を設定している。
【0040】
カソード電極2とゲート電極8Aの材料としては、例えば、Be,Mg,Ti,Zr,Hf,V,Nb,Ta,Mo,W,Al,Cu,Ni,Cr,Au,Pt,Pd等の金属またはこれらの合金材料が用いることができる。また、TiC,ZrC,HfC,TaC,SiC,WC等の炭化物、HfB2,ZrB2,LaB,CeB,YB,GdB等の硼化物、TiN,ZrN,HfN等の窒化物、Si,Ge等の半導体等も用いることができる。
【0041】
電子放出構造体3の材料としては金属であれば良いが、特には高融点金属が好ましい。高融点金属としてはモリブデンやタングステンを好ましく用いることができる。
【0042】
以上述べたように、本実施形態の製造方法を適用することのできる電子放出素子は、第1の電極(カソード電極)と、第1の電極と離れて設けられた第2の電極(ゲート電極)
との間に電圧を印加して、第1の電極側から電子を電界放出する電子放出素子である。尚、電子放出素子から電子をゲート電極以外の電極に照射させる場合には、アノード電極を基板1から離して設ける。そして、ゲート電極8Aに印加する電位よりも十分に高い電位をアノード電極に印加する。このようにすることで、ゲート電極8Aによって引き出された電子(電界放出された電子)がアノード電極に照射される。このような電子放出装置は、3端子(カソード電極、ゲート電極、アノード電極)構造となる。アノード電極と基板1の間隔は、カソード電極2とゲート電極8Aの間隔よりも十分に大きく、典型的には500μmから2mmに設定される。この電子放出素子を画像表示装置(電子線ディスプレイ)の電子源として用いる場合には、蛍光体などの発光体にアノード電極を設ける。電子放出素子から放出された電子を発光体に照射することで発光が得られ、画像が形成される。
【0043】
<実施例>
以下に、より具体的な実施例について説明する。
【0044】
(実施例1)
直径8インチの円形の六硼化ランタンターゲットとSiウェハー基板を使用し、図5Aに示すように基板502とターゲット505を対向配置した。高真空排気時の真空度は2×10−4Paとし、エロージョン領域504はターゲットの中心から60mm離れた位置に形成された。RF電源の放電電力をターゲット面積で除した値は3.1W/cmに設定した。また、スパッタガスとしてアルゴン(Ar)ガスを用い、アルゴンガスの圧力は1.5Paに設定した(Ar分子の平均自由行程λは4.6mm)。基板502とターゲット505との距離Lは180mmに設定した。つまり、L/λは39であった。そして、基板502を図5Aの矢印方向に移動させながら、基板上に硼化ランタン膜を成膜した。
【0045】
(比較例1)
基板とターゲットとの距離Lを90mmに設定した他は、実施例1と同様の条件で、比較例1の硼化ランタン膜を形成した。このときL/λは19.5であった。
【0046】
実施例1と比較例1で得られた硼化ランタン膜をそれぞれX線回折法で解析した。実施例1の膜は、(100)ピークの半値幅が0.50°、(100)ピークの積分値を(110)ピークの積分値で除した値は5.7であった。これに対し、比較例1の膜は、(100)ピークの半値幅が0.60°を超え、(100)ピークの積分値を(110)ピークの積分値で除した値は2.8であった。つまり、実施例1のほうが、比較例1よりも、(100)面に配向した結晶性の良い膜を得ることができた。また実施例1では、(100)ピークの半値幅の面内ばらつきは5%より小さくなり、基板全体に均質な硼化ランタン膜を形成することができた。
【0047】
(実施例2)
図4A〜図4Fを参照して、実施例2に係る電子放出素子の製造方法を説明する。図4A〜図4Fは、電子放出素子の製造工程を順に示した模式図である。
【0048】
基板401は素子を機械的に支えるための基板である。本実施例では、基板401として、プラズマディスプレイ用に開発された低ナトリウムガラスであるPD200を用いた。
【0049】
最初に、図4Aに示すように基板401上に絶縁層403、404及び導電層405を積層した。絶縁層403、404は、加工性に優れる材料からなる絶縁性の膜である。実施例2では、スパッタ法にて、膜厚500nmの窒化シリコン(Si)の絶縁層4
03と、膜厚30nmの酸化シリコン(SiO)の絶縁層404を形成した。また、スパッタ法にて、30nmの窒化タンタル(TaN)の導電層405を形成した。
【0050】
次に、フォトリソグラフィー技術により導電層405上にレジストパターンを形成したのち、ドライエッチング手法を用いて導電層405、絶縁層404、絶縁層403を順に加工した(図4B参照)。この時の加工ガスとしては、CF系のガスが用いられた。このガスを用いてRIE(Reactive Ion Etching)を行った結果、絶縁層403の側面(斜面)の角度は基板水平面に対しておよそ80°であった。
【0051】
レジストを剥離した後、バッファードフッ酸(BHF)と呼ばれるフッ化アンモニウムとフッ酸との混合溶液を用いて、絶縁層404をエッチングし、凹部(リセス部)を形成した(図4C参照)。
【0052】
図4Dに示すようにモリブデン(Mo)を絶縁層403の側面上及び上面(凹部の内表面)上に付着させ、電子放出構造体(導電性膜)406Aを形成した。尚このとき、導電層405(ゲート電極)上にもモリブデン層406Bが付着した。本実施例では成膜方法としてEB蒸着法を用いた。
【0053】
次に、図4Eに示すように、電子放出構造体406A上に六硼化ランタン膜407を形成した。六硼化ランタン膜407は実施例1と同様の方法で形成した。つまり六硼化ランタンのスパッタ時は、RF電源の放電電力をターゲット面積で除した値を3.1W/cmに設定し、Arガスの圧力Pを1.5Paに、基板とターゲットとの距離Lを180mmに、即ちL/λを39とした。そして、図4Dに示す構造体が形成された基板と六硼化ランタンターゲットとを対向配置し、通過成膜により六硼化ランタン膜407を形成した。
【0054】
次に図4Fに示すように、スパッタ法にてカソード電極402を形成した。カソード電極402には銅(Cu)を用いた。厚さとしては、500nmであった。
【0055】
形成された電子放出素子を真空装置内に入れて、内部を10-8Paまで排気した。そ
してカソード電極402とゲート電極405の間に、ゲート電極405の電位が高くなるようにして、パルス幅1ms、周波数60Hzの矩形波形のパルス電圧を繰り返し印加した。そして、ゲート電極405に流れるゲート電流をモニターした。同時に、基板401の上方5mmの位置にアノード電極を設置し、アノード電極に流れ込む電流(アノード電流)もモニターし、アノード放出電流の変動を求めた。放出電流(アノード電流)の変動(ゆらぎ)は、連続した32回分の矩形波形のパルス電圧に応じた放出電流値の平均を計測するシーケンスを2秒間隔で実施して、30分間あたりの偏差ならびに平均値を求めた。そして、得られたデータの(標準偏差/平均値×100(%))を計算した。
【0056】
また、比較のため、比較例1と同様の方法で六硼化ランタン膜を形成した電子放出素子も試作し、上記と同じ測定を行った。
【0057】
その結果、本実施例の電子放出素子は、比較例の電子放出素子に比べ、電流変動値の平均値が0.8倍となり、輝度の変動が少ない良好な電子放出を長時間に渡り続けることができた。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】図1は六硼化ランタン膜の結晶性と成膜条件(L/λ)の関係を示す図である。
【図2】図2A〜図2Cは電子放出素子の一例を示す模式図である。
【図3】図3は硼化ランタンの多結晶膜の断面模式図である。
【図4】図4A〜図4Fは電子放出素子の製造方法の一例を示す模式図である。
【図5】図5Aは平行平板型スパッタ装置の模式図であり、図5Bは六硼化ランタン膜の結晶性と成膜位置の関係を示す図である。
【符号の説明】
【0059】
1 基板
2 カソード電極
3 電子放出構造体
5 硼化ランタン膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子放出材として硼化ランタン膜を備える電子放出素子の製造方法であって、
基板と硼化ランタンのターゲットとを対向配置した状態で、前記基板と前記ターゲットを相対的に移動させながら、スパッタ法により前記基板上に硼化ランタン膜を成膜する工程、を備え、
成膜時のスパッタガス分子の平均自由行程をλ(mm)、前記基板と前記ターゲットとの距離をL(mm)としたときに、L/λが20以上に設定され、
放電電力を前記ターゲットの面積で除した値が、1W/cm以上5W/cm以下に設定されることを特徴とする電子放出素子の製造方法。
【請求項2】
前記スパッタガスがアルゴンガスであることを特徴とする請求項1に記載の電子放出素子の製造方法。
【請求項3】
硼化ランタン膜の製造方法であって、
基板と硼化ランタンのターゲットとを対向配置した状態で、スパッタ法により前記基板上に硼化ランタン膜を成膜する工程を備え、
成膜時のスパッタガス分子の平均自由行程をλ(mm)、前記基板と前記ターゲットとの距離をL(mm)としたときに、L/λが20以上に設定されることを特徴とする硼化ランタン膜の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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