説明

電気−機械変換素子とその製造方法、電気−機械変換素子を備えた液滴吐出ヘッド及び液滴吐出装置

【課題】簡素化した工程でパターン化と高品質な結晶性を有する電気−機械変換膜が形成可能な電気−機械変換素子とその製造方法、液滴吐出ヘッド及び液滴吐出装置を提供する。
【解決手段】基板又は下地膜上に第1の電極11を形成する工程と、第1の電極11表面にパターン化されたセラミック薄膜12’を形成する工程と、セラミック薄膜12’上に電気−機械変換膜15を形成する工程[第1工程(第1の電極11のみを表面改質させて疎水性部位を形成)、第2工程(セラミック薄膜12’上に、前駆体溶液22を印刷してCSD法により塗膜14を形成)、第3工程(塗膜14を熱処理)、第4工程(第1工程〜第3工程を繰返して電気−機械変換膜15を所望の膜厚に形成)を含む]と、電気−機械変換膜15上に第2の電極を形成する工程とを備えた製造方法により電気−機械変換素子を作製し、液滴吐出ヘッド及び液滴吐出装置を構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気−機械変換素子の製造方法、該製造方法により製造された電気−機械変換素子、該電気−機械変換素子を備えた液滴吐出ヘッド並びに液滴吐出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
インクジェット記録装置は、騒音が極めて小さく、かつ高速印字が可能であり、更にはインクの自由度があり安価な普通紙を使用できるなど多くの利点があるために、プリンタ、ファクシミリ、複写装置等の画像記録装置あるいは画像形成装置として用いられ、広い分野で使用が展開されている。
【0003】
このインクジェット記録装置において使用する液滴吐出装置は、主として、インク滴を吐出するノズルと、このノズルが連通する吐出室、加圧液室、圧力室、インク流路等を称する液室と、該液室内のインクを吐出するための圧力発生手段とで構成されている。この圧力発生手段としては、圧電素子などの電気−機械変換素子を用いて吐出室の壁面を形成している振動板を変形変位させることでインク滴を吐出させるピエゾ型のもの、吐出内に配設した発熱抵抗体などの電気熱変換素子を用いてインクの膜沸騰でバブルを発生させてインク滴を吐出させるバブル型(サーマル型)のものなどがある。更に、ピエゾ型のものにはd33方向の変形を利用した縦振動型、d31方向の変形を利用した横振動(ベンドモード)型、更には剪断変形を利用したシェアモード型等があるが、最近では半導体プロセスやMEMSの進歩により、Si基板に直接液室及びピエゾ素子を作り込んだ薄膜アクチュエータが考案されている。ピエゾ型のものに使用される電気−機械変換素子(圧電素子)は、下部電極(第1の電極)と、電気機械変換層と、上部電極(第2の電極)とが積層した構成からなる。各インク吐出の圧力を発生させるために、各圧力室ごとに個別の圧電素子が配置されることになる。電気機械変換層はジルコン酸チタン酸鉛(PZT)セラミックスなどが用いられ、これらは複数の金属酸化物を主成分としているので一般に金属複合酸化物と称される。
【0004】
ここで、従来における電気−機械変換素子(圧電素子)の個別形成方法としては、下部電極上に各種の真空成膜法[例えば、スパッタリング法、MO−CVD法(金属有機化合物を用いた化学的気相成長法)、真空蒸着法、イオンプレーティング法]やゾルゲル法、水熱合成法、AD(エアロゾルデポジション)法、塗布・熱分解法(MOD)などの周知の成膜技術により電気機械変換層を堆積させ、引き続き、上部電極を形成した後、フォトリソグラフィ・エッチングにより、上部電極のパターニングを行い、順次同様にして電気機械変換層、下部電極のパターニングを行い、個別化した圧電素子を配置形成している。
【0005】
前記金属複合酸化物、特にPZTはドライエッチングで加工するには容易な材料ではない。Si半導体デバイスの場合にはRIE(反応性イオンエッチング)で容易にエッチング加工できるが、この種の材料はイオン種のプラズマエネルギーを高めるために、ICPプラズマ、ECRプラズマ、ヘリコンプラズマを併用した特殊なRIE加工が成される。そのため、製造装置のコスト高を招いたり、また下地電極膜との選択比が稼げないなどの難点があり、特に大面積基板ではエッチング速度の不均一性は致命的な問題である。予め、所望する部位のみに難エッチング性のPZT膜を配置すれば、上記加工工程が省略できるが、その試みは一部を除いて成されていない。
【0006】
個別PZT膜形成の従来例として、例えば、下記に概説する水熱合成法、真空蒸着法、エアロゾルデポジション法(AD法)、液滴吐出方式によるPZT前駆体塗布法等いくつか提案されている。
水熱合成法ではTi金属上にPZTが選択成長する。Ti電極をパターニングしておけば、その部位のみにPZT膜が成長する。この方法で十分な耐圧を有するPZT膜を得るには、膜厚が5μm以上の比較的厚い膜が好ましい。これ以下の膜厚では、電界印加で容易に絶縁破壊してしまうからである。
また、真空蒸着法は、有機ELの製造にシャドウマスクが用いられ、発光層のパターニングが成されているが、PZT成膜は基板温度500〜600℃にした状態で実行される。これは圧電性出現のためには複合酸化物が結晶化している必要があり、その結晶化膜を得るのに先記基板温度が必須となる。
更に、AD法では、予めフォトリソグラフィによりレジストパターンを形成し、レジストの無い部位にPZTを成膜する方法が知られている。このAD法は上記水熱合成法と同様に厚膜に有利である。また、レジスト膜上にもPZT膜が堆積するので、研磨処理により一部の堆積膜を除去した後、リフトオフ工程を行う。
また、液滴吐出方式によるPZT前駆体塗布法では、高解像度で液滴を吐出、塗布することが可能である。液滴吐出方式では、塗布・熱分解法やゾルゲル法などのCSD(Chemical Solution Deposition)法によりPZTが形成される。ゾルゲル法は、金属アルコキシシラン等の有機金属化合物を、電極を含む基板上に塗布した後、フォトリソ・エッチング等の手法により、所望とするパターンの個別の圧電体層(金属複合酸化物からなる電気−機械変換膜)を形成するものである。ゾルゲル法によって金属複合酸化物の薄膜(電気−機械変換膜)を形成するには、例えば、非特許文献1に記載されているような技術が応用できる。
一方、下部電極上に個別PZT膜を形成するに先だって、インクジェット方式により下部電極表面を改質することが知られている。非特許文献2に、フォトリソグラフィーや電子線リソグラフィーによって作製されたマスター(型)の形状パターンから、ゴム状プラスチック(ポリジメチルシロキサン:PDMS)へ転写してスタンプを作製する技術が紹介されている。例えば、Au膜上にアルカンチオールを用いて自己組織化単分子膜(SAM)を形成することができる。
【0007】
前述のPZT膜形成における問題点を解決するために、特許文献1では、電気−機械変換素子における電気−機械変換層をCSD((Chemical Solution Deposition))法により形成し、そのパターン化をインクジェット印刷により選択的に形成する方法が提案されている。すなわち、印刷表面に親インク/疎インク領域を形成した後、親インク領域にインク化した電気−機械変換層用の前駆体溶液をインクジェット印刷により印刷塗布することにより超解像度化されたパターンがインクジェット印刷により達成できるとされている。なお、超解像とはインク滴直径が約40μmであるにもかかわらず、親インク/疎インク領域パターンを配置することにより、インク滴より微細なパターン形成が達成できることを意味する。
また、特許文献2では、電界の印加によりベタ圧電体膜不要部分(パターニングされた領域)を除去して圧電体膜を製造する方法が提案されている。これにより、高価な装置を要することなく圧電体膜を容易にパターニングすることができるとされている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、前述した水熱合成法、真空蒸着法、エアロゾルデポジション法(AD法)、液滴吐出方式によるPZT前駆体塗布法では、所望とする任意の薄膜が得られない。また、Si基板上に素子を形成する場合、水熱合成が強アルカリ性の水溶液下で合成されるため、Si基板の保護が必須となる。また、真空蒸着法では、一般的なシャドウマスクはステンレス製であり、Si基板とステンレス材の熱膨張差から、十分なマスキングができない。使い捨てシャドウマスクは経済的に実現性が低い。特にMO−CVD法やスパッタリング法では堆積膜の回り込み現象が大きく、更に不向きである。更に、AD法では、5μm以下の薄膜には不向きであり、大面積の均一研磨工程も煩雑であるほか、レジスト膜は耐熱性が無いため、室温でAD成膜を実施し、ポストアニール処理を経て、圧電性を示す膜に変換している。また、液滴吐出方式によるPZT前駆体塗布では、白金表面上に塗布された液体は微量であるため乾燥が速く、また塗布領域における端部でも、微小液体から蒸発した溶媒の蒸気濃度が低いため、乾燥が速い。このように白金表面上に塗布されたPZT前駆体の乾燥速度の差は、電気−機械変換膜の膜厚ムラを生じる要因となり、電気−機械変換素子の電気特性に不具合を生じることとなる。また、非特許文献1記載のフォトリソ・エッチング手法によって微細パターンが形成できるが、製造プロセスの工程数が多くなるため、コストが嵩む難点がある。また、非特許文献2記載のマイクロコンタクトプリント(mCP)法により、工程の繰り返し性等における生産性は向上するが、SAM膜の形成(表面改質処理)以前の段取り、すなわち硬版(ガラス等)上でのマスター作製およびスタンパの作製・複製等、別途の準備工程が増えてコスト増となる。また、型温、アライメント、平行度等を含む、マスター−スタンプ間あるいはスタンプ−下部電極間を含む基板間でのコンタクト/離型条件を細かく制御する必要があり、工程が煩雑化するという難点がある。したがって前記いずれもの方法も、製造工程として課題を有しており簡素化も含めた改善が必要とされる。一方、電気−機械変換膜(電気−機械変換層)の特性はその結晶性に強く依存し、高品質な結晶を得ることが電気−機械変換素子のさらなる高性能化において重要であるが、前述の特許文献1、特許文献2の方法では未だ十分とは言えない。
【0009】
本発明は上記課題を解決するためのものであり、簡素化した工程でパターン化が可能で、且つ高品質な結晶性を有する電気−機械変換膜の形成が可能な電気−機械変換素子の製造方法、該製造方法により製造した電気−機械変換素子、液滴吐出ヘッド及び液滴吐出装置を提供することを目的とする。
なお、本発明における「電気−機械変換膜」は「電気−機械変換層」と同義である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、第1の電極表面に、電気−機械変換膜の結晶構造形成時においてシード層として機能する金属酸化物もしくは金属複合酸化物からなるセラミック薄膜を、選択された特定の配置パターン(所謂、所望のパターン)で形成(「パターン化」と呼称する。)した後、第1の電極のみを表面改質させてセラミック薄膜(親水性部位:親インク領域)よりも表面エネルギー状態の低い疎水性部位(疎インク領域)とし、電気−機械変換膜用の前駆体溶液(インク)を印刷し、CSD(Chemical Solution Deposition)法により塗膜を形成し熱処理することにより、上記課題が解決されることを見出し本発明に至った。以下、本発明について具体的に説明する。
【0011】
上記課題は、基板または下地膜上に第1の電極を形成する工程(I)と、該第1の電極表面にパターン化されたセラミック薄膜を形成する工程(II)と、該セラミック薄膜上に電気−機械変換膜を形成する工程(III)と、該電気−機械変換膜上に第2の電極を形成する工程(IV)とを備えた電気−機械変換素子の製造方法であって、
前記(II)の工程で形成されるセラミック薄膜が、前記(III)の工程で形成される電気−機械変換膜の結晶構造形成時においてシード層として機能する金属酸化物もしくは一般式ABO[但し、Aは2価の金属元素、もしくは1価の元素と3価の元素が複合(A1/21+,A1/23+)して2価の元素と等価に振舞う組合せから選択され、Bは4価の金属元素、もしくは2価の元素と5価の元素が複合(B1/32+,B2/35+)して4価の元素と等価に振舞う組合せ、または3価の元素と5価の元素が複合(B1/23+,B1/25+)して4価の元素と等価に振舞う組合せ、または2価の元素と6価の元素が複合(B1/23+,B1/26+)して4価の元素と等価に振舞う組合せ、または3価の元素と6価の元素が複合(B2/33+,B1/36+)して4価の元素と等価に振舞う組合せから選択される。]で表される金属複合酸化物から構成されるとともに、
前記(III)の工程が、下記第1の工程から第4の工程を含むことを特徴とする電気−機械変換素子の製造方法により解決される。
第1の工程:前記セラミック薄膜表面を親水性部位として維持したまま前記第1の電極のみを表面改質させて疎水性部位とする。
第2の工程:前記セラミック薄膜上に、電気−機械変換膜用の前駆体溶液を印刷してCSD(Chemical Solution Deposition)法により塗膜を形成する。
第3の工程:前記塗膜を熱処理する。
第4の工程:前記第1の工程、第2の工程、第3の工程を繰返して電気−機械変換膜を所望の膜厚とする。
【0012】
また上記課題は、請求項1乃至10のいずれか1項に記載の電気−機械変換素子の製造方法によって製造されたことを特徴とする電気−機械変換素子により解決される。
【0013】
また上記課題は、請求項11に記載の電気−機械変換素子を具備することを特徴とする液滴吐出ヘッドにより解決される。
【0014】
また上記課題は、請求項12に記載の液滴吐出ヘッドを具備することを特徴とする液滴吐出装置により解決される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、簡素化した工程でパターン化が可能で、且つ高品質な結晶性を有する電気−機械変換膜の形成が可能な電気−機械変換素子の製造方法、該製造方法により製造した電気−機械変換素子、液滴吐出ヘッド及び液滴吐出装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明の電気−機械変換素子の製造方法において第1の電極上に電気−機械変換膜を形成する主要工程を示す工程断面図である。
【図2】本発明の電気−機械変換素子の製造方法において第1の電極上に(001)配向を有するPZT(40/60)膜を形成する一部工程を示す工程断面図である。
【図3】本発明の電気−機械変換素子の製造方法によって製造された電気−機械変換素子を備えた液滴吐出ヘッドの構成を示す断面図である。
【図4】図3の液滴吐出ヘッドを複数個配置して構成されたヘッド例を示す概略断面図である。
【図5】発明に係る一実施の形態における液滴吐出塗布装置の構成を示す斜視図である。
【図6】発明に係る別の実施の形態における液滴吐出装置(インクジェット記録装置)の構成を示す概略図[(a)は概略断面図、(b)は概略透視斜視図]である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
前述のように本発明における電気−機械変換素子の製造方法は、基板または下地膜上に第1の電極を形成する工程(I)と、該第1の電極表面にパターン化されたセラミック薄膜を形成する工程(II)と、該セラミック薄膜上に電気−機械変換膜を形成する工程(III)と、該電気−機械変換膜上に第2の電極を形成する工程(IV)とを備えた電気−機械変換素子の製造方法であって、
前記(II)の工程で形成されるセラミック薄膜が、前記(III)の工程で形成される電気−機械変換膜の結晶構造形成時においてシード層として機能する金属酸化物もしくは一般式ABO[但し、Aは2価の金属元素、もしくは1価の元素と3価の元素が複合(A1/21+,A1/23+)して2価の元素と等価に振舞う組合せから選択され、Bは4価の金属元素、もしくは2価の元素と5価の元素が複合(B1/32+,B2/35+)して4価の元素と等価に振舞う組合せ、または3価の元素と5価の元素が複合(B1/23+,B1/25+)して4価の元素と等価に振舞う組合せ、または2価の元素と6価の元素が複合(B1/23+,B1/26+)して4価の元素と等価に振舞う組合せ、または3価の元素と6価の元素が複合(B2/33+,B1/36+)して4価の元素と等価に振舞う組合せから選択される。]で表される金属複合酸化物から構成されるとともに、
前記(III)の工程が、下記第1の工程から第4の工程を含むことを特徴とするものである。
第1の工程:前記セラミック薄膜表面を親水性部位として維持したまま前記第1の電極のみを表面改質させて疎水性部位とする。
第2の工程:前記セラミック薄膜上に、電気−機械変換膜用の前駆体溶液を印刷してCSD(Chemical Solution Deposition)法により塗膜を形成する。
第3の工程:前記塗膜を熱処理する。
第4の工程:前記第1の工程、第2の工程、第3の工程を繰返して電気−機械変換膜を所望の膜厚とする。
【0018】
本発明の電気−機械変換素子の製造方法における主要な工程は、前記工程(I)、工程(II)、工程(III)、工程(IV)からなり、第1の電極のみを表面改質させて疎水性部位とし、電気−機械変換膜用の前駆体溶液を印刷してCSD法(例えば、ゾルゲル法)により塗膜を形成する簡素化した工程[工程(II)及び工程(III)]で選択的に必要部位のみに電気−機械変換膜を形成することができる。また、セラミック薄膜がシード層の機能を有するため、電気−機械変換膜の結晶化処理において、その結晶性を高める作用を持ち、高品質で高性能な電気−機械変換素子が提供される。以下、本発明の電気−機械変換素子の製造方法について順を追って説明する。
【0019】
本発明における基板または下地膜について説明する。
<基板>
基板としては、限定されるものではないがシリコン単結晶基板(例えば、シリコンウェハ)が好ましく用いられ、通常500〜1000μm程度の厚みを持つことが好ましく、単結晶基板の面方位は適宜選択される。電気−機械変換素子における圧力室は、シリコン単結晶基板にエッチング加工を施して形成できる。なお、シリコン単結晶基板の表面を酸化処理して酸化膜としてもよい。
<下地膜>
下地膜は、基板と第1の電極の密着性を向上させ膜密着力を強める役割を担うものであり、必要に応じて設けられる。白金を第1の電極として使用する場合には、SiOとの密着性が悪いために、チタン(Ti)、酸化チタン(TiO)、窒化チタン(TiN)、タンタル(Ta)、酸化タンタル(Ta)、窒化タンタル(Ta)等やこれらの積層膜等を下地膜(密着層)として設けることが好ましい。例えば、シリコンウェハ表面を酸化処理した基板に、白金膜を第1の電極として設ける場合、下地膜として酸化チタンを形成すると密着性が向上する。
下地膜は、スパッタ法等の薄膜形成手法により成膜できる。膜厚としては10〜100nmが好ましい。さらに好ましくは50nm程度である。膜厚が10nmより薄いと膜形態が島状組織からなる場合があるので好ましくない。一方、膜厚が100nmより厚いと電気−機械変換膜の発生する力に対して拘束力が働き、インク吐出性能に支障をきたす場合があるので好ましくない。
下地膜として、その他の金属酸化物[例えば、酸化アルミニウム(Al)、酸化ジルコニウム(ZrO)、酸化セリウム(CeO)、酸化イットリウム(Y)等]を用いることもできる。
【0020】
次に、本発明における第1の電極について説明する。
第1の電極としては、該第1の電極表面にパターン化されたセラミック薄膜を形成する工程(II)における第1の工程で、第1の電極のみを表面改質するのに好都合な材質であることが好ましい。すなわち、第1の電極として、白金族元素、Au、Ag、Cuまたはこれらの合金からなるものが好ましい。
ここで、白金族元素とは、周期表において第5及び第6周期、第8、9、10族に位置する元素、すなわちルテニウム(Ru)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、オスミウム(Os)、イリジウム(Ir)、白金(Pt)を表す総称である。物理的性質や化学的性質が互いによく似ているため、同じ族として扱われる。
例えば、チオール化合物溶液を用いた表面処理により、これらの白金族元素、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)表面において、チオール化合物が自己組織化された膜(SAMを形成する。これにより、セラミック薄膜表面を親水性部位として維持したまま、第1の電極のみを表面改質させて疎水性部位とすることができる。
【0021】
第1の電極の形成方法としては、スパッタ法やゾルゲル(Sol−gel)法が用いられ、スピンコーター等により作製することができる。この製法では、成膜エリアの一部においてパターニング化が必要となる場合があるため、必要に応じてフォトリソグラフィー・エッチング等により所望のパターンを得る。第1の電極の膜厚としては50〜400nmが好ましい。さらに好ましくは100nm程度である。膜厚が50nmより薄いと電極としての抵抗値が上昇し、特に高周波駆動させる時の電力伝播速度を低下させる。また、膜厚が400nmより厚いと電気−機械変換膜の発生する力に対して拘束力が働き、インク吐出性能に支障をきたす場合があるので好ましくない。
【0022】
次に、本発明におけるセラミック薄膜について説明する。
本発明におけるセラミック薄膜は、電気−機械変換膜の結晶構造形成時においてシード層として機能する金属酸化物もしくは一般式ABOで表される金属複合酸化物から構成される。
ここで、金属複合酸化物を表す一般式ABOにおいて、Aとして:Pb,Ba,Sr,Ca等の2価の金属元素、もしくは2価の元素と等価に振舞う組合せ[Na,K等の1価の元素とLa,Ce,Nd,Bi等の3価の元素との複合(A1/21+,A1/23+)]が挙げられる。Bとして:Ti,Zr,Hf,V等の4価の金属元素、もしくは4価の元素と等価に振舞う組合せ[Mg,Ni,Zn,Co,Cd等の2価の元素とNd,Ta等の5価の元素との複合(B1/32+,B2/35+);Fe,Sc,Inやランタニド等の3価の元素とNb,Ta等の5価の元素との複合(B1/23+,B1/25+);Cd,Mn,Zn,Mg,Co等の2価の元素とW等の6価の元素との複合(B1/23+,B1/26+);Fe等の3価の元素とW等の6価の元素との複合(B2/33+,B1/36+)]が挙げられる。
これらの具体例としては、後述の電気−機械変換膜を形成するために用いることができる例示化合物(表1に記載)と同様の金属複合酸化物が挙げられる。
前記セラミック薄膜を構成する金属酸化物としては限定されるものではないが、例えば、チタン酸鉛が、また金属複合酸化物としてはチタン酸鉛リッチなジルコン酸チタン酸鉛(PZT)が好ましく用いられる。
【0023】
セラミック薄膜の膜厚としては、後述のように10nm以上100nm以下であることが好ましく、特に好ましくは20nm以上60nm以下である。膜厚が10nmより薄いと連続性が低減することにより、表面改質処理の際に効果が低減する傾向があり、一方、膜厚が100nmより厚いとセラミック薄膜の結晶化時においてクラックが発生する危険性が高まる。
【0024】
セラミック薄膜は、例えば、スピンコート法等により先ず金属酸化物もしくは金属複合酸化物からなるアモルファス状態の薄膜を形成した後、このアモルファス状態の薄膜をフォトリソグラフィー・エッチングによりパターン化(所望とするパターンに形成)し、さらに熱処理により結晶化膜に変換して形成することができる。
フォトリソグラフィーによるパターニングに基づき、アモルファス状態の薄膜は、フッ酸、硝酸、酢酸、水、フッ化アンモニウム、塩酸を主成分とする混酸を用いたウェットエッチングにより処理され、パターン化される。
【0025】
次に、本発明における電気−機械変換膜について説明する。
本発明における電気−機械変換膜(電気−機械変換層と同義)とは圧電性結晶からなる膜を意味し、圧電性を示す化合物、特に金属酸化物や金属複合酸化物が好ましく使用可能である。このような金属複合酸化物として、一般式ABOで表される金属複合酸化物が挙げられる。すなわち、一般式ABOにおいて、
Aとして:Pb,Ba,Sr,Ca等の2価の金属元素、もしくは2価の元素と等価に振舞う組合せ[Na,K等の1価の元素とLa,Ce,Nd,Bi等の3価の元素との複合(A1/21+,A1/23+)]が挙げられる。Bとして:Ti,Zr,Hf,V等の4価の金属元素、もしくは4価の元素と等価に振舞う組合せ[Mg,Ni,Zn,Co,Cd等の2価の元素とNd,Ta等の5価の元素との複合(B1/32+,B2/35+);Fe,Sc,Inやランタニド等の3価の元素とNb,Ta等の5価の元素との複合(B1/23+,B1/25+);Cd,Mn,Zn,Mg,Co等の2価の元素とW等の6価の元素との複合(B1/23+,B1/26+);Fe等の3価の元素とW等の6価の元素との複合(B2/33+,B1/36+)]が挙げられる。一般式ABOで表される金属複合酸化物の一例を下記表1、2に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

【0028】
表1、表2で示す一般式ABOで表される金属複合酸化物は、前記セラミック薄膜において記載した金属複合酸化物と同様であるが、セラミック薄膜においては少なくとも電気−機械変換膜の結晶構造形成時においてシード層として機能する金属酸化物であり、電気−機械変換膜では少なくとも圧電性結晶として機能する金属酸化物から選択される。 なお、本発明の電気−機械変換膜は圧電性結晶の材料であればよく、金属酸化物の単成分であってもよい。
【0029】
電気−機械変換膜の膜厚としては500nm以上5000nm以下であることが好ましい。膜厚が500nmより薄いと十分なインク吐出力が得られず、また静電容量の増加により消費電力の増加をもたらすので好ましくない。一方、膜厚が5000nmより厚いと成膜工程が長くなるほか、一定の電界強度を得るための駆動電圧の増加を招き、高電圧供給可能なドライバーICの選定にも不具合を生じる。
【0030】
セラミック薄膜上に電気−機械変換膜を形成する工程(III)は、第1の工程、第2の工程、第3の工程、第4の工程を含んでなる。
第1の工程では、セラミック薄膜表面を親水性部位として維持しつつ、第1の電極のみを表面改質させて疎水性部位とする。第1の電極のみの表面改質にはチオール化合物を用いることが好ましい。すなわち、第1の電極に用いられる、白金族元素(Ru、Rh、Pd、Os、Ir、Pt)、金(Au)、銀(Ag)、銅(Cu)に対して自己整合的にチオール化合物はSAM(Self Assembled Mono‐layer)を形成する。すなわち、チオール化合物は白金等の第1の電極に選択的に付着し、自己組織化によりSAM膜を形成する。チオール化合物が付着した表面は、チオール化合物の疎水性基(アルキル基)で覆われるため、第1の電極表面領域で疎水性部位を形成することができる。一方、パターン化されたセラミック薄膜表面には付着せず親水性部位として維持される。なお、チオール化合物の自己組織化(アルカンチオールが特定金属上に自己配列する現象)に関しては非特許文献2にも記載されている。
【0031】
第2の工程では、SAM処理により、セラミック薄膜表面と第1の電極表面の濡れ性を制御した後、親水性部位として維持されたセラミック薄膜上に、電気−機械変換膜用の前駆体溶液(インク)を印刷してCSD(Chemical Solution Deposition)法により塗膜(アモルファス状態)を形成する。ここで、前駆体溶液の印刷、所謂インクの塗り分けが、インクジェット印刷により行われることが好ましい。セラミック薄膜表面は親水性部位(親インク性)として維持され、白金等の第1の電極は疎水性部位(疎インク性)とされているため、この表面エネルギーのコントラストを利用してインクジェット印刷によるインク塗り分けが確実に行われる。このような親インク/疎インク領域パターンを配置する方法によれば、インク滴より微細なパターン形成を可能とする。
【0032】
上記のように電気−機械変換膜用の前駆体溶液(インク)を印刷塗布してCSD法により塗膜を形成する。前駆体溶液は、有機金属化合物、特に金属アルコキシド化合物を出発材料に用いて調製されるが、電気−機械変換膜がPZT(ジルコン酸チタン酸鉛)の場合、例えば、出発材料に酢酸鉛、ジルコニウムアルコキシド、チタンアルコキシド化合物を用い、共通溶媒としてメトキシエタノールに溶解させ均一溶液としたものをPZT前駆体溶液として用いることができる。
PZT(ジルコン酸チタン酸鉛)とは、ジルコン酸鉛(PbZrO)とチタン酸鉛(PbTiO)の固溶体で、その比率により特性が異なる。一般的に優れた圧電特性を示す組成はPbZrOとPbTiOの比率が53:47の割合で、化学式で示すとPb(Zr0.53,Ti0.47)O、一般にPZT(53/47)と示される。前記酢酸鉛、ジルコニウムアルコキシド、チタンアルコキシド化合物の出発材料は、この化学式に従って秤量される。
なお、前記CSD(Chemical Solution Deposition)法とは、液相から固相(セラミックス膜)を得る方法を指し、従来の塗布・熱分解法やゾルゲル法がこれに含まれる。また、本発明における電気−機械変換素子の説明においては、d31方向の変形を利用した横振動(ベンドモード)型を例としている。
【0033】
第3の工程では、前駆体溶液を印刷してCSD法により形成された塗膜(アモルファス状態)を熱処理する。すなわち、熱処理とは、具体的には熱を加えてアモルファス状態の塗膜から結晶状態の塗膜へ変換することである。前述のように、電気−機械変換膜は圧電性結晶からなるものであり、一般にこの熱処理温度は550℃から750℃の温度範囲内で実行される。圧電性結晶のうち、Pbを主組成に含む組成では、結晶化時の熱処理中、蒸発によるPb欠損が生じる場合がある。従って、この欠損量を見込んで、化学式で示される量より5〜20モル%過剰に酢酸鉛(出発材料)を仕込むことが一般的になされている。
【0034】
金属アルコキシド化合物は大気中の水分により容易に加水分解してしまうので、前駆体溶液に安定剤としてアセチルアセトン、酢酸、ジエタノールアミンなどの安定化剤を適量、添加してもよい。また、PZT以外の金属複合酸化物としてはチタン酸バリウムなどが挙げられ、この場合はバリウムアルコキシド、チタンアルコキシド化合物を出発材料にし、共通溶媒に溶解させることでチタン酸バリウム前駆体溶液を作製することも可能である。
【0035】
電気−機械変換膜用の前駆体溶液を印刷する方法としてインクジェット印刷が好ましく用いられるが、これに限定されるものではない。コントラストの程度にもよるが、PZT前駆体(インク)はスピンコート法で全面塗布してもパターン状に塗り分けられる場合もある。ドクターブレード塗工でもよく、ディップコートでもよい。凸版印刷も可である。
インクジェット印刷によれば、前記PZT前駆体溶液の消費量を低減することもできる。
基板または下地膜上に形成された第1の電極の全面にPZT膜を形成する場合、PZT前駆体(インク)をスピンコートなどの溶液塗布法により印刷して塗膜を形成し、溶媒乾燥、熱分解、結晶化の各熱処理を施すことで得られる。塗膜から結晶化膜への変態には体積収縮が伴うので、クラックフリーな膜を得るには一度の工程で100nm以下の膜厚が得られるように前駆体濃度の調整が必要になる。また、本発明の製造方法により作製した電気−機械変換素子を液体噴射装置の素子として用いる場合、このPZT膜の膜厚は0.5μm〜5μm、好ましくは1μm〜3μmが要求される。スピンコートによる塗布〜熱処理による方法でこの膜厚を得るには十数回、工程を繰り返すことになる。
【0036】
第4の工程では、電気−機械変換膜を所望の膜厚とするため、前記第1の工程、第2の工程、第3の工程を必要回数繰返す。
インクジェット印刷の場合、2μmの電気−機械変換膜(PZT膜)を得るには、仮に1回の処理で形成される膜厚が100nm程度とすると、第4の工程を20回程度繰り返す必要がある。このように、第1の工程、第2の工程、第3の工程を必要回数繰返して厚膜とすることで、クラックなどの発生を抑制した品質の優れた電気−機械変換膜(PZT膜)が得られる。ここで、さらに工程の簡素化のために、塗膜形成、乾燥、熱分解を繰返して複数回毎(例えば、3巡目)に結晶化処理を行ってもよい。
【0037】
本発明における第2の電極について説明する。
本発明における第2の電極として、電極材料として用いられる導電性材料であればいずれも用いられ、第1の電極と同様の金属材料(白金族元素、Au、Ag、Cu等)や導電性酸化物などを用いることができる。これらは金属材料または導電性酸化物を単層で電極構成としたものでもよく、それぞれを積層して電極構成としたものでもよい。
導電性酸化物としては、例えば、SrRuO、CaRuO、これらの固溶体である(Sr1-xCa)O、LaNiO、SrCoO、これらの固溶体である(La,Sr)(Ni1-yCoy)O(y=1でもよい)、IrO、RuO等が挙げられる。
第2の電極の作製方法としては、スパッタ法もしくは、ゾルゲル(Sol−gel)法を用いてスピンコーターにて作製することができる。その場合には、パターニング化が必要となるので、フォトリソグラフィー・エッチング等により所望のパターンを得る。また、インクジェット工法によりパターニングされた膜を作製することができる。
第2の電極の膜厚としては50〜400nmが好ましい。さらに好ましくは100〜200nmである。膜厚が50nmより薄いと電極としての抵抗値が上昇し、特に高周波駆動させる時の電力伝播速度を低下させる。また、膜厚が400nmより厚いと電気−機械変換膜の発生する力に対して拘束力が働き、インク吐出性能に支障をきたす場合があるので好ましくない。
【0038】
以下、さらに具体的な例を挙げて本発明の電気−機械変換素子の製造方法について説明する。
第1の工程においてセラミック薄膜表面を親水性部位として維持したまま第1の電極のみを表面改質させて疎水性部位とする、所謂、表面エネルギーコントラストを得るためのセラミック薄膜とこのパターニングについて説明する。
セラミック薄膜の組成は、その機能として上述の表面エネルギーコントラストを得るほか、電気−機械変換膜の結晶性の高品位化を達成することが可能なものから選択される。
例えば、PZT(53/47)を電気−機械変換膜に採用した場合、好適なセラミック薄膜としては、PZTの端成分であるチタン酸鉛が選ばれる。また、チタン酸鉛リッチなPZT、すなわちPZT(20/80)やPZT(40/60)などもよい。
シード層は電気−機械変換膜の結晶構造形成時において機能するものであるが、該シード層としては、高い結晶性を持ち、その結晶情報(格子定数など)を積層される電気−機械変換膜であるPZT(53/47)に伝える必要があり、この点からもチタン酸鉛が有効である。チタン酸鉛はPZT(53/47)の結晶化温度より約70℃ほど低い低温で結晶化する。
【0039】
チタン酸鉛をセラミック薄膜とする場合には、酢酸鉛、チタンアルコキシドを出発材料とした前駆体溶液を用いて白金電極上にスピンコートし、CSD(Chemical Solution Deposition)法により塗膜を形成し、その後乾燥、熱分解、結晶化を行う。なお、結晶化時の鉛抜け対策として過剰鉛組成を仕込むことが望ましい。白金上に形成されるチタン酸鉛の結晶化処理温度(350℃〜400℃の温度範囲)において、前駆体中の鉛成分と白金が反応する。白金薄膜をスパッタリングなどの真空製膜で作製する場合、プロセス条件により白金結晶配向が可能になる。Arガス雰囲気中、成膜時の基板温度を150℃以上にすれば白金(111)配向膜が得られる。前記鉛と白金の反応により生成するPt−Pb合金はこの白金(111)配向に従って形成され、Pt−Pb(111)配向膜が一旦形成され、処理温度470℃以上で、このPt−Pb(111)結晶情報を受けてチタン酸鉛の(111)配向膜が形成される。すなわち、セラミック薄膜(シード層)を構成するチタン酸鉛が(111)配向となるので、シード層上に形成されるPZT膜(電気−機械変換膜)は、同様に(111)配向膜になる。
【0040】
一方、チタン酸鉛を組成分とするセラミック薄膜(シード層)の形成時に30℃/秒以上の急速熱処理を行い、500℃の熱を与えた場合、シード層を構成するチタン酸鉛が(001)配向した膜が得られる。このシード層上に形成されるPZT膜(電気−機械変換膜)は、同様に(001)優先配向膜になる。
チタン酸鉛(001)配向膜の格子定数とPZTのそれが離れている場合、PZT(001)の配向が若干乱れる場合がある。従って、格子ミスフィットを低減させるため、シード層としてPZT(20/80)や、PZT(40/60)を用いてもよい。
【0041】
セラミック薄膜(シード層)の膜厚は、前述のように10nm以上100nm以下であることが好ましい。特に好ましくは20nm以上60nm以下である。シード層の厚さが10nmより薄いと連続性に若干劣り、表面改質効果が低減するために膜の非連続部にSAMが形成されることによる疎インク化が一部認められる。一方、100nmより厚いと、連続性には問題ないものの結晶化時におけるクラックの発生の危険性が高まる。膜厚制御は前駆体溶液中のチタン酸鉛濃度を変化させることで制御が可能になる。
【0042】
フォトリソグラフィーによるパターニングに基づき、アモルファス状態の薄膜は、ウェットエッチングにより処理され、パターン化される。前述のように、セラミック薄膜のパターン化はフォトリソグラフィー・エッチングで行う。加工膜厚が薄いことから、エッチングは簡単な処理装置で実行できるウェットエッチングが好ましい。エッチング液の組成を選べば10μm程度のパターンが容易に形成できる利点を有する。ここで、エッチング液はフッ酸、硝酸、酢酸、水(水は希釈剤、酢酸は緩衝剤と界面活性効果)の混酸でよい。アモルファス状のセラミック薄膜の場合はフッ酸の代わりにフッ化アンモニウムを用いることで、エッチング処理のマージンを稼ぐことができる。
エッチング液に対するセラミック薄膜(シード層)の溶解性はアモルファス状態の方が結晶状態より容易に溶解する。またPZT(40/60)などジルコン酸鉛が加わると、酸化ジルコニウムがエッチング残渣になりやすい。従って、ジルコン酸鉛がシード層成分に加わった場合は、アモルファス状態でのエッチング加工が好適である。アモルファス状態ではシード層としての機能を果たさないため、エッチング・レジスト剥離後にシード層の結晶化アニール処理を行う。
【0043】
以下、本発明の第1の実施の形態に係る電気−機械変換素子の製造方法について図を参照して説明する。
図1は、本発明の電気−機械変換素子の製造方法において第1の電極上に電気−機械変換膜を形成する主要工程を示す工程断面図である。
すなわち、図1において、(a)〜(i)はそれぞれ下記工程を示す。
(a):工程(I)により、基板または下地膜上に形成された第1の電極(11)。
(b):工程(II)により、第1の電極表面に形成されたセラミック薄膜(12)。
(c):工程(II)により、パターン化されたセラミック薄膜(12’)。
(d):工程(III)の第1の工程により、表面改質されないセラミック薄膜表面の親水性部位(親インク部)と、表面改質された第1の電極表面の疎水性部位(疎インク部)。符号13はSAM(例えば、アルカンチオールにより形成された疎インク部)を示す。
(e):工程(III)の第2の工程により、セラミック薄膜上に印刷されたPZT塗膜(14)。符号21は液滴塗出ヘッド、符号22は液滴[電気−機械変換膜用の前駆体溶液(インク)]を示す。
(f):工程(III)の第3の工程により、熱処理されたPZT膜(15)
(g)、(h)、(i):工程(III)の第4の工程により、前記第1の工程、第2の工程、第3の工程を繰返して電気−機械変換膜を所望の膜厚とする。
【0044】
上記(a)に示す第1の電極(11)の材料として白金族元素、Au、Ag、Cuまたはこれらの合金からなるものを用いることができるが、特にチオール化合物との反応性に優れた白金を用いるのが好ましい(白金電極膜)。
また、(b)に示すセラミック薄膜(12)をセラミック薄膜(シード層)用の前駆体溶液(インク)を用いてCSD法により形成する。前駆体溶液(インク)として金属アルコキシド化合物を原料として調製した溶液を用いることが好ましい。チタン酸鉛を組成分とするようにセラミック薄膜を形成すれば(111)配向のチタン酸鉛薄膜が得られる。チタン酸鉛薄膜を形成するには、酢酸鉛三水和物、チタンイソプロポキシドを原料とし、メトキシエタノールを溶媒として調製した前駆体溶液を用いることができる。
第1の電極(白金電極膜)(11)上に前駆体溶液をスピンコートにて成膜(セラミック薄膜12)し、乾燥、熱分解(例えば、400℃)、結晶化(例えば、500℃)で処理を行い、(111)配向チタン酸鉛薄膜(セラミック薄膜12)を得る。膜厚は10nm以上100nm以下とする。
【0045】
次に、(c)に示すようにパターン化されたセラミック薄膜12’(配向チタン酸鉛薄膜)をリソグラフィー・エッチング法により形成する。通常のリソグラフィー処理により、所定のパターンとされたレジスト膜を形成し、露出部分のチタン酸鉛薄膜をウェットエッチングすることでパターン化された(111)配向チタン酸鉛薄膜(セラミック薄膜12’)が形成される。エッチング液としては、例えば、フッ酸水溶液、硝酸、酢酸、純水を組成とする混酸が用いられる。
【0046】
次に、(d)に示すように、白金電極膜(11)上にセラミック薄膜12’を形成した後、白金電極膜(11)表面のみを表面改質(SAM処理)して疎水性部位(疎インク部)とする。配向チタン酸鉛薄膜(セラミック薄膜12’)は表面改質されず親水性部位(親インク部)として維持される。
SAM処理に用いるアルカンチオール溶液として、チオール化合物、特にC6からC18のアルカンチオールを一般的な有機溶媒(アルコール、アセトン、トルエンなど)に溶解させて(濃度数mol/L)用いることができる。ここで、撥水性を強固なものにするため、フッ素を含むSAM剤でもよい。なお、アルカンチオールは分子鎖長により反応性や疎水性(撥水性、撥インク性)が異なるので適宜選択される。白金電極膜表面にアルカンチオールからなるSAMを形成後、水の接触角を測定すれば、表面エネルギーのコントラストがつく。例えば、セラミック薄膜上では水の接触角は25°以下、SAM膜上では105°程度となる。なお、実験によれば、セラミック薄膜の膜厚が10nm以上、好ましくは20nm以上であれば、表面エネルギーコントラストが得られる。一方、上限については1回のスピンコートから結晶化処理でクラックの生じない範囲(100nm)であればよい。
【0047】
次に、(e)に示すように液滴塗出ヘッド21(インクジェットプリンター)により、液滴22[電気−機械変換膜用の前駆体溶液(インク)]を印刷(塗布)する。例えば、電気−機械変換膜としてPZT(53/47)を形成する場合、PZT(53/47)前駆体溶液は、先のチタン酸鉛ストックソリューション作製時の出発材料にジルコニウムブトキシドを追加し、同様の工程で反応を進めることで調製できる。なお、前駆体液のインク化には、表面張力制御剤、乾燥速度制御剤、ゲル化反応停止剤、粘度調整剤、濃度調整剤等の制御剤が添加される。
【0048】
インクジェットにより印刷(塗布)する場合、必要な箇所にインク滴を配置することが可能である。ただし、インク滴の大きさは直径が約30μmであり、また着弾精度のばらつきを考慮すると、60μmの幅で、ドットが連結したパターンが得られるのが一般的である。このような不具合を解消するため、本発明では第1の電極のみを表面改質させて疎水性部位とする工程でチオール化合物溶液を用いた表面処理と該チオール化合物の自己組織化された膜形成(SAM)により電気−機械変換膜のパターン化を行っている。SAMを適用したインクジェット印刷により超解像度化されたパターンが達成できることからパターン高精度化が実現できる。すなわち、電気−機械変換膜用の前駆体溶液(インク)の着弾精度が悪いことにより好ましくない部位(疎水性部位:疎インク部)にインク滴が着弾しても、そこにSAMが存在することで、着弾インクを親水性部位(親インク部)に押しやることが可能となる。結果として疎インク部であるSAM膜13上には塗膜が形成されず、SAM膜13の無い親インク部のみにPZT塗膜14が形成される。
インクジェットによる印刷(塗布)には、例えば、リコープリンティングシステムズ社製GEN−4ヘッドを搭載した工業用インクジェットプリンター等を用いることができる。
【0049】
次に、(f)に示すように溶媒乾燥、熱分解、結晶化の各熱処理を施すことにより、熱処理されたPZT膜15を形成する。
PZT塗膜14を125℃で乾燥(ホットプレート等による)した後、500℃で熱分解(ホットプレート等による)し、さらに650℃で急速熱処理(昇温速度:80℃/秒)して結晶化し、熱処理されたPZT膜15とすることができる。この工程を経てPZT(53/47)膜は膜厚100nm以下、好ましくは80nmになるように、インク濃度、パターン面積に対するインク滴滴下量が制御される。例えば、2μm厚のPZT(53/47)膜を得るために、図1(g):SAM形成、(h):インクジェット塗膜形成、(i):熱処理を繰り返すことで電気−機械変換素子として機能する膜厚に仕上げる。
上記条件で作製した2μm厚のPZT(53/47)膜は(111)配向を有する。前述のように工程の簡素化のために、塗膜形成、乾燥、熱分解を繰返して複数回(例えば、3巡目)毎に結晶化処理を行ってもよい。
【0050】
次に、本発明の第2の実施の形態に係る電気−機械変換素子の製造方法について図2を参照して説明する。
図2は、本発明の電気−機械変換素子の製造方法において第1の電極上に(001)配向を有するセラミック薄膜[例えば、PZT(40/60)膜]を形成する一部工程を示す工程断面図である。
すなわち、図2において、(a)〜(d)はそれぞれ下記工程を示す。
(a):工程(I)により、基板または下地膜上に形成された第1の電極(11)。
(b):工程(II)により、第1の電極表面に形成されたセラミック薄膜(16)。
セラミック薄膜(16)はPZT(40/60)膜からなる。
(c):工程(II)により、パターン化されたセラミック薄膜(16’)。
パターン化されたセラミック薄膜(16’)はPZT(40/60)膜からなる。
(d):工程(III)の第1の工程により、表面改質されないセラミック薄膜表面の親水性部位(親インク部)と、表面改質された第1の電極表面の疎水性部位(疎インク部)。符号13はSAM(アルカンチオールにより形成された疎インク部)を示す。
図2において、図1と同じ符号は同じ構成要素を示す。
【0051】
本例では電気−機械変換層にPZT(53/47)を用い、かつ(001)配向膜を得るため、シード層としての役割を担うセラミック薄膜を(001)配向とする。すなわち、セラミック薄膜はPZT(53/47)の格子定数に近くなるようにPZT(40/60)を用いる。
上記(a)に示す第1の電極(11)は、表面改質処理に用いるチオール化合物との反応性に優れた白金により形成するのが好ましい(白金電極膜)。
また、(b)に示すセラミック薄膜(16)をPZT(40/60)を組成分とするようにCSD法(スピンコート)により形成する。
このセラミック薄膜16には難溶性のジルコニウムが含まれているので、スピンコート塗膜は乾燥、熱分解の熱処理を与え、結晶化処理前に、パターニングを実施する必要がある。具体的には、125℃で乾燥(ホットプレート等による)した後、450℃で熱分解(ホットプレート等による)する。この条件で得られる膜は、X線回折評価からアモルファス状態であることが確認される。
次に、(c)に示すようにパターン化されたセラミック薄膜(PZT(40/60))16’をリソグラフィー・エッチング法により形成する。
エッチング液として、フッ化アンモニウム(50%)水溶液:1部、硝酸(60%):3部、酢酸:8部、純水:8部の組成(部は体積比)を用い室温でエッチングする。レジスト剥離後、アモルファス状態のセラミック薄膜16を、結晶化アニール処理[650℃で急速熱処理(昇温速度80℃/秒)]することにより結晶化膜に変換され、(001)配向膜が形成される。
次に、(d)に示すように白金電極膜上にパターン化された配向セラミック薄膜(PZT(40/60))が形成された表面に、図1と同様にしてSAM処理を行う。
そして工程(d)以降は、図1(e)〜(i)で説明したのと同様にして電気−機械変換膜が形成される。
【0052】
本発明の液滴吐出ヘッドは前記本発明の電気−機械変換素子を具備することを特徴とするものである。以下、本発明の電気−機械変換素子の製造方法によって製造された電気−機械変換素子を用いた液滴吐出ヘッドについて図を参照して説明する。
図3は、本発明の電気−機械変換素子の製造方法によって製造された電気−機械変換素子を備えた液滴吐出ヘッドの構成を示す断面図である。
図3に示す液滴吐出ヘッド30は、第1の電極である下部電極33上にセラミック薄膜41を介して電気−機械変換膜32が設けられ、該電気−機械変換膜32上には、第2の電極である上部電極31が積層されて電気−機械変換素子34を構成している。更には、この電気−機械変換素子34の下部電極33上には密着層35が設けられている。この密着層35は白金族元素からなる下部電極を配置する場合にセラミック薄膜41との膜密着力を強めるための層(下地)である。なお、第2の電極である上部電極31は、限定されるものではないが例えば、白金スパッタ膜を形成した後、周知の技術でエッチング加工により形成することができる。セラミック薄膜41は、電気−機械変換膜の結晶構造形成時においてシード層として機能する金属酸化物もしくは前記一般式ABOで表される金属複合酸化物から形成される(チタン酸鉛またはチタン酸鉛リッチなジルコン酸チタン酸鉛が好ましく用いられる)。そして、振動板36とSi基板である圧力室基板37とノズル38が設けられたノズル板39とで圧力室40が構成されている。なお、図3では、液体供給手段、流路、流体抵抗は省略している。
【0053】
下部電極33として用いられる材料は耐熱性かつアルカンチオールとの反応によりSAM膜を形成する金属が選ばれる。更に、密着層35として好ましい材料は、チタン、タンタル、酸化チタン、酸化タンタル、窒化チタン、窒化タンタル等やこれらの積層膜である。
また、基板である振動板36は厚さ数ミクロンでシリコン酸化膜や窒化シリコン膜、酸化窒化シリコン膜、及びこれら各膜を積層した膜でもよい。また熱膨張差を考慮した酸化アルミニウム膜、ジルコニア膜などのセラミック膜でもよい。これら材料は絶縁体である。そして、下部電極33は電気−機械変換素子34に信号入力する際の共通電極として電気的接続をするので、その上にある振動板36は絶縁体か、もしくは導体であれば絶縁処理を施して用いることになる。この絶縁処理に用いられるシリコン系絶縁膜は熱酸化膜、CVD堆積膜を用い、金属酸化膜はスパッタリング法で成膜することができる。図4の概略断面図に、図3の液滴吐出ヘッドを複数個配置して構成されたヘッド例を示す。
上述したように、電気−機械変換素子が簡便な製造工程で、且つバルクセラミックスと同等の性能を持つように形成でき、その後で圧力室形成のための裏面からのエッチング除去、ノズル孔を有するノズル板を接合することで液滴吐出ヘッドができる。なお、図4では液体供給手段、流路、流体抵抗は省略している。
【0054】
上記液液滴吐出ヘッド(インクジェットヘッド)を配備することにより、液滴吐出装置(インクジェット記録装置)を構成することができる。
本発明に係る電気−機械変換素子を有する液吐出ヘッドを搭載した液滴吐出装置の一例について図を参照して説明する。
図5は発明に係る一実施の形態における液滴吐出塗布装置の構成を示す斜視図である。
本発明の電気−機械変換素子の製造方法によって製造された電気−機械変換素子(前記図1で示した構成の液滴吐出ヘッド)を搭載した図5に示す液滴吐出塗布装置60において、架台61の上に、Y軸駆動手段62が設置してあり、その上に基板63を搭載するステージ64がY軸方向に駆動できるように設置されている。なお、ステージ64には図示されていない真空、静電気などの吸着手段が付随して設けられており、基板63が固定されている。また、X軸支持部材65にはX軸駆動手段66が取り付けられており、これにZ軸駆動手段67上に搭載されたヘッドベース68が取り付けられており、X軸方向に移動できるようになっている。ヘッドベース68の上には液体を吐出させる液滴吐出ヘッド69が搭載されている。この液滴吐出ヘッド69には図示されていない液体タンクから供給用パイプ70を介して液体が供給される。
【0055】
図6は発明に係る別の実施の形態における液滴吐出装置(インクジェット記録装置)の構成を示す概略図である。図6の(a)は概略断面図であり、(b)は概略透視斜視図である。なお、図6に示す本発明の液滴吐出装置は、上述した本発明の電気−機械変換素子の製造方法によって製造された電気−機械変換素子を具備する液滴吐出ヘッドを搭載している。
図6に示すインクジェット記録装置100は、主に、記録装置本体の内部に主走査方向に移動可能なキャリッジ101と、キャリッジ101に搭載した本発明を実施して製造した液滴吐出ヘッドの一例であるインクジェットヘッドからなる記録ヘッド102と、記録ヘッド102へインクを供給するインクカートリッジ103とを含んで構成される印字機構部104を有している。
【0056】
また、装置本体の下方部には前方側から多数枚の用紙105を積載可能な給紙カセット106を抜き差し自在に装着することができ、また用紙105を手差しで給紙するための手差しトレイ107を開倒することができ、給紙カセット106或いは手差しトレイ107から給送される用紙105を取り込み、印字機構部104によって所要の画像を記録した後、後面側に装着された排紙トレイ108に排紙する。
【0057】
印字機構部104は、図示しない左右の側板に横架したガイド部材である主ガイドロッド109と従ガイドロッド110とでキャリッジ101を主走査方向に摺動自在に保持し、このキャリッジ101にはイエロー(Y)、シアン(C)、マゼンタ(M)、ブラック(Bk)の各色のインク滴を吐出する本発明に係る液滴吐出ヘッドの一例であるインクジェットヘッドからなる記録ヘッド102を複数のインク吐出口(ノズル)を主走査方向と交差する方向に配列し、インク滴吐出方向を下方に向けて装着している。
【0058】
また、キャリッジ101には記録ヘッド102に各色のインクを供給するための各インクカートリッジ103を交換可能に装着している。インクカートリッジ103は上方に大気と連通する大気口、下方には記録ヘッド102へインクを供給する供給口を、内部にはインクが充填された多孔質体を有しており、多孔質体の毛管力により記録ヘッド102へ供給されるインクをわずかな負圧に維持している。また、記録ヘッド102としてここでは各色のヘッドを用いているが、各色のインク滴を吐出するノズルを有する1個のヘッドでもよい。ここで、キャリッジ101は後方側(用紙搬送方向下流側)を主ガイドロッド109に摺動自在に嵌装し、前方側(用紙搬送方向上流側)を従ガイドロッド110に摺動自在に載置している。そして、このキャリッジ101を主走査方向に移動走査するため、主走査モータ111で回転駆動される駆動プーリ112と従動プーリ113との間にタイミングベルト114を張装し、このタイミングベルト104をキャリッジ101に固定しており、主走査モータ111の正逆回転によりキャリッジ101が往復駆動される。
【0059】
一方、給紙カセット106にセットした用紙105を記録ヘッド102の下方側に搬送するために、給紙カセット106から用紙105を分離給装する給紙ローラ115及びフリクションパッド116と、用紙105を案内するガイド部材117と、給紙された用紙105を反転させて搬送する搬送ローラ118と、この搬送ローラ118の周面に押し付けられる搬送コロ119及び搬送ローラ118からの用紙105の送り出し角度を規定する先端コロ120とを設けている。搬送ローラ118は副走査モータ121によってギヤ列を介して回転駆動される。そして、キャリッジ101の主走査方向の移動範囲に対応して搬送ローラ118から送り出された用紙105を記録ヘッド102の下方側で案内する用紙ガイド部材である印写受け部材122を設けている。この印写受け部材122の用紙搬送方向下流側には、用紙105を排紙方向へ送り出すために回転駆動される搬送コロ123、拍車124を設け、さらに用紙105を排紙トレイ108に送り出す排紙ローラ125及び拍車126と、排紙経路を形成するガイド部材127,128とを配設している。
【0060】
記録時には、キャリッジ101を移動させながら画像信号に応じて記録ヘッド102を駆動することにより、停止している用紙105にインクを吐出して1行分を記録し、用紙105を所定量搬送後次の行の記録を行う。記録終了信号または、用紙105の後端が記録領域に到達した信号を受けることにより、記録動作を終了させ用紙105を排紙する。
また、キャリッジ101の移動方向右端側の記録領域を外れた位置には、記録ヘッド102の吐出不良を回復するための回復装置129を配置している。回復装置129はキャップ手段と吸引手段とクリーニング手段を有している。キャリッジ101は印字待機中にはこの回復装置129側に移動されてキャッピング手段で記録ヘッド102をキャッピングされ、吐出口部を湿潤状態に保つことによりインク乾燥による吐出不良を防止する。
また、記録途中などに記録と関係しないインクを吐出することにより、全ての吐出口のインク粘度を一定にし、安定した吐出性能を維持する。
なお、本発明は上記実施の形態例に限定されるものではなく、特許請求の範囲内の記載であれば多種の変形や置換可能であることは言うまでもない。
【実施例】
【0061】
以下、実施例に基づいて本発明を更に具体的に説明するが、本発明は、これら実施例によって制限されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない限りこれらの実施例を適宜改変したものも本件の発明の範囲内である。
【0062】
[実施例1]
図1に示した工程断面図(第1の電極上に電気−機械変換膜を形成する主要工程を示す)に準拠し、下記条件で第1の電極表面へパターン化されたセラミック薄膜を形成し、該セラミック薄膜上へ電気−機械変換膜を形成した。
(a):第1の電極(11)の材料としてチオール化合物との反応性に優れた白金を用いた(白金電極膜)。
(b):白金電極膜上に、セラミック薄膜(シード層)用の前駆体溶液(インク)を用いCSD法によりチタン酸鉛を組成分とするセラミック薄膜(12)を形成した。
前駆体溶液(インク)は、酢酸鉛三水和物、チタンイソプロポキシドを出発材料に用い、共通溶媒としてメトキシエタノールを使用して調製したものを用いた。前駆体溶液(インク)中の鉛量は10モル%過剰にした。
前駆体溶液(インク)の調製においては、酢酸鉛三水和物をメトキシエタノールに溶解させ、メトキシエタノールの沸点(125℃)以上に加熱・分留して結晶水の脱水を行った。脱水の目安として、分留液体の水分をカールフィッシャー水分計で測定し、約60ppmまで脱水した。酢酸鉛は一部、カルボキシル基がメトキシエトキシドに置換されている。この溶液にチタンイソプロポキシドを加えて溶解し、均一溶液を得た。この間、アルコール交換反応が進行し、チタンメトキシエトキシドとイソプロピルアルコールの生成、カルボキシル基とアルコールのエステル反応も生じている。溶液の安定性を増すためにアセチルアセトンをアルコキシ基に対し0.5当量、濃度調整としてメトキシエタノールを各々加え、0.5mol/Lにし、これをストックソリューションとした。
このストックソリューションを濃度0.05mol/Lに希釈し、白金電極膜上にスピンコートにて成膜(塗膜)、乾燥、400℃熱分解、500℃結晶化処理を行い、膜厚20nm、(111)配向チタン酸鉛薄膜(セラミック薄膜12)を形成した。
【0063】
(c):パターン化されたセラミック薄膜(配向チタン酸鉛薄膜)をリソグラフィー・エッチング法により形成した。
通常のリソグラフィー処理により、所定パターンのレジスト膜を形成し、このレジストパターンに対し、露出しているチタン酸鉛薄膜をウェットエッチングした。エッチング液として、フッ酸(50%)水溶液:1部、硝酸(60%):3部、酢酸:8部、純水:8部の組成(部は体積比)からなる混酸を用い室温でエッチングした。次いで、有機溶剤にてレジストを除去し、パターン化された配向チタン酸鉛薄膜(セラミック薄膜12’)を得た。
【0064】
(d):表面改質剤としてアルカンチオール溶液(ドデカンチオール溶液)を用いて第1の電極表面のみ表面改質して疎水性部位(疎インク部)を形成した。すなわち、ドデカンチオールのエタノール溶液(濃度0.1mol/L)に、室温3分程度浸漬し、その後エタノール洗浄することで、白金電極膜表面にドデカンチオールからなるSAMを形成した。このようなSAM処理実施後、水の接触角を測定したところセラミック薄膜上では水の接触角は25°以下、SAM膜上では105°で表面エネルギーのコントラストがついており、SAM膜処理がなされたことが確認された。セラミック薄膜の膜厚と水の接触角の関係を下記表3に示す。
【0065】
【表3】

【0066】
(e)インクジェットプリンターの液滴吐出ヘッドから電気−機械変換膜用の前駆体溶液(インク)を液滴として吐出して印刷(塗布)し、塗膜[PZT(53/47)]を形成した。
前駆体溶液は、前記チタン酸鉛ストックソリューション作製時に用いた出発材料にジルコニウムブトキシドを追加し、同様の工程で反応を進めることで調製した。鉛量を化学両論組成に対して14モル%過剰になるように仕込むことで鉛抜けの対策を講じた。なお、前駆体液のインク化は、スットックソリューションに、表面張力制御剤、乾燥速度制御剤、ゲル化反応停止剤、粘度調整剤、濃度調整剤等の制御剤を加えて処方した。
上記チオール化合物の自己組織化された膜形成(SAM)により、第1の電極のみを表面改質させて疎水性部位とし、電気−機械変換膜のパターン化を行っているため、インクジェット印刷により超解像度化されたパターンが達成でき、パターン高精度化が実現できる。
【0067】
(f):上記形成した塗膜をホットプレートにより125℃で乾燥した後、500℃で熱分解し、さらに650℃で急速熱処理(昇温速度:80℃/秒)して結晶化して電気−機械変換膜を形成した。
この工程でPZT(53/47)膜の膜厚を100nm以下(80nm程度)になるように、インク濃度、パターン面積に対するインク滴滴下量を制御した。
ここで、図1(g):SAM形成、(h):インクジェット塗膜形成、(i):熱処理を繰り返して、2μm厚のPZT(53/47)膜を得た。前記条件で作製した2μm厚のPZT(53/47)膜は、(111)配向チタン酸鉛薄膜と同じく(111)配向を有するものであった。つまり、簡素化した工程でパターン化が可能で、高品質な結晶性を有する電気−機械変換膜が形成できることが確認された。
【0068】
[実施例2]
実施例1の(b)でセラミック薄膜に用いた配向チタン酸鉛薄膜をPZT(40/60)膜に変えてパターン化されたセラミック薄膜とした以外は実施例1と同様にして電気−機械変換膜を形成した。なお、PZT(40/60)膜からなるセラミック薄膜は(001)配向を有する。
そして、上記条件で作製した2μm厚のPZT(53/47)膜からなる電気−機械変換膜は(001)配向を有するものであった。実施例1と同様、簡素化した工程でパターン化が可能で、高品質な結晶性を有する電気−機械変換膜が形成できることが確認された。
【0069】
[実施例3]
下記条件により電気−機械変換素子を作製した。
先ず、基板としてシリコンウェハを用い、このシリコンウェハに熱酸化膜(膜厚1μm)を形成した。次に、熱酸化膜を形成したシリコンウェハ表面に、該シリコンウェハ(基板)と第1の電極(白金膜)の密着性を向上させるために下地として密着層を形成した。すなわち、シリコンウェハ(基板)表面にチタン膜(膜厚50nm)をスパッタ成膜した後、引き続きこのチタン膜を酸素雰囲気中、750℃の急速熱処理(昇温速度80℃/秒)を行い、酸化物薄膜(TiOx)に変換して密着層とした。次いで、第1の電極として白金膜をスパッタ成膜により形成した(膜厚100nm)。
次に、実施例1で説明した条件と同様にして、上記で形成した第1の電極(白金膜)表面にパターン化されたセラミック薄膜(チタン酸鉛薄膜:膜厚20nm)を形成し、このセラミック薄膜上へ電気−機械変換膜[PZT膜(53/47)]を形成した。電気−機械変換膜(PZT膜)の厚さは2μmとした。なお、パターン化されたセラミック薄膜(チタン酸鉛薄膜)のパターン幅は40μm、長さは1000μmの形状とした。これにより、PZT(53/47)のパターンも40μm±0.5μmの精度で形成できた。セラミック薄膜(チタン酸鉛薄膜)の配向は(111)であり、電気−機械変換膜[PZT膜(53/47)]の配向も(111)であった。
次に、電気−機械変換膜[PZT膜(53/47)]上に第2の電極として白金膜をスパッタ成膜(膜厚100nm)により形成して電気−機械変換素子を得た。
【0070】
上記作製した電気−機械変換素子における電気−機械変換膜の電気特性、電気機械変換能(圧電定数)の評価を行った。電気−機械変換膜の比誘電率は1020、誘電損失は0.02、残留分極は20.3μC/cm、抗電界は35.5kV/cmであり、通常のセラミック焼結体と同等の特性を有するものであった。
【0071】
[実施例4]
上記素子のSi基板の裏面から電気−機械変換素子に対応した堀加工を行い、印加電界に対する振動板撓み量を計測した。すなわち、電気機械変換能は電界印加による変形量をレーザドップラー振動計で計測し、シミュレーションによる合わせ込みから算出した。その圧電定数d31は−120pm/Vとなり、こちらもセラミック焼結体と同等の値であった。これは液体吐出ヘッドとして十分設計できうる特性値である。電気−機械変換膜の膜厚を変化させたときの圧電定数変化を下記表4に記す。電気−機械変換層の膜厚には適正値があり、おおむね0.5μm以上であれば一定の圧電定数を示すことがわかる。
【0072】
【表4】

【0073】
[実施例5]
実施例3で得た構成の電気−機械変換素子を備えた液体吐出ヘッドを作製し(図4に示す構成とした:図3の構成を基本としてこれを複数個配置した構成)、インクの吐出評価を行った。
作製した電気−機械変換素子を備えた液体吐出ヘッドを、図5、6に示すようなインクジェット記録装置に搭載し、液体吐出ヘッドの各ノズル孔からのインク吐出安定性、ノズル孔からの吐出ばらつきを評価した結果、いずれも問題なく良好な吐出特性が得られた。
【0074】
すなわち、本発明の電気−機械変換素子は、簡便に製造されると共に、再現性良く高密度に配列したパターン化した電気−機械変換膜を備えているため、安定したインク滴吐出特性を発揮する。
本発明の電気−機械変換素子を用いた液体吐出ヘッド、及び該液体吐出ヘッドを有する液体吐出装置は、安定したインク滴吐出特性が得られて、画像品質が向上するため、インクジェット式記録装置(例えば、インクジェットプリンタ、MFPを使用するデジタル印刷装置、オフィス、パーソナルで使用するプリンタ、MFP等)用として有用である。また、インクジェット技術を利用する三次元造型技術などへの応用も可能である。
【符号の説明】
【0075】
(図1,2)
11 第1の電極
12 セラミック薄膜
12’パターン化されたセラミック薄膜
13 SAM
14 PZT塗膜
15 熱処理されたPZT膜
16 セラミック薄膜
16’パターン化されたセラミック薄膜
21 液滴吐出ヘッド
22 液滴
(図3、4)
30 液滴吐出ヘッド30
31 上部電極(第2の電極)
32 電気−機械変換膜
33 下部電極(第1の電極)
34 電気−機械変換素子
35 密着層(下地)
36 振動板(基板)
37 圧力室基板
38 ノズル
39 ノズル板
40 圧力室
41 セラミック薄膜
(図5)
60 液滴吐出塗布装置
61 架台
62 Y軸駆動手段
63 基板
64 ステージ
65 X軸支持部材
66 X軸駆動手段
67 Z軸駆動手段
68 ヘッドベース
69 液滴吐出ヘッド
70 供給用パイプ
(図6)
100 インクジェット記録装置
101 キャリッジ
102 記録ヘッド
103 インクカートリッジ
104 印字機構部
105 用紙
106 給紙カセット
107 手差しトレイ
108 排紙トレイ
109 主ガイドロッド
110 従ガイドロッド
111 主走査モータ
112 駆動プーリ
113 従動プーリ
114 タイミングベルト
115 給紙ローラ
116 フリクションパッド
117 ガイド部材
118 搬送ローラ
119 搬送コロ
120 先端コロ
121 副走査モータ
122 印写受け部材
123 搬送コロ
124 拍車
125 排紙ローラ
126 拍車
127、128 ガイド部材
129 回復装置
【先行技術文献】
【特許文献】
【0076】
【特許文献1】特開2011−9726号公報
【特許文献2】特開2010−73837号公報
【非特許文献】
【0077】
【非特許文献1】K.D.Budd,S.K.Dey,D.A.Payne,Proc.Brit.Ceram.Soc.36,107(1985)
【非特許文献2】A.Kumar and G.M.Whitesides,Appl.Phys.Lett.,63,2002(1993)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板または下地膜上に第1の電極を形成する工程(I)と、該第1の電極表面にパターン化されたセラミック薄膜を形成する工程(II)と、該セラミック薄膜上に電気−機械変換膜を形成する工程(III)と、該電気−機械変換膜上に第2の電極を形成する工程(IV)とを備えた電気−機械変換素子の製造方法であって、
前記(II)の工程で形成されるセラミック薄膜が、前記(III)の工程で形成される電気−機械変換膜の結晶構造形成時においてシード層として機能する金属酸化物もしくは一般式ABO[但し、Aは2価の金属元素、もしくは1価の元素と3価の元素が複合(A1/21+,A1/23+)して2価の元素と等価に振舞う組合せから選択され、Bは4価の金属元素、もしくは2価の元素と5価の元素が複合(B1/32+,B2/35+)して4価の元素と等価に振舞う組合せ、または3価の元素と5価の元素が複合(B1/23+,B1/25+)して4価の元素と等価に振舞う組合せ、または2価の元素と6価の元素が複合(B1/23+,B1/26+)して4価の元素と等価に振舞う組合せ、または3価の元素と6価の元素が複合(B2/33+,B1/36+)して4価の元素と等価に振舞う組合せから選択される。]で表される金属複合酸化物から構成されるとともに、
前記(III)の工程が、下記第1の工程から第4の工程を含むことを特徴とする電気−機械変換素子の製造方法。
第1の工程:前記セラミック薄膜表面を親水性部位として維持したまま前記第1の電極のみを表面改質させて疎水性部位とする。
第2の工程:前記セラミック薄膜上に、電気−機械変換膜用の前駆体溶液を印刷してCSD(Chemical Solution Deposition)法により塗膜を形成する。
第3の工程:前記塗膜を熱処理する。
第4の工程:前記第1の工程、第2の工程、第3の工程を繰返して電気−機械変換膜を所望の膜厚とする。
【請求項2】
前記第1の電極のみの表面改質が、チオール化合物溶液を用いた表面処理と該チオール化合物の自己組織化された膜形成により行われることを特徴とする請求項1に記載の電気−機械変換素子の製造方法。
【請求項3】
前記セラミック薄膜が、チタン酸鉛またはチタン酸鉛リッチなジルコン酸チタン酸鉛から構成されることを特徴とする請求項1または2に記載の電気−機械変換素子の製造方法。
【請求項4】
前記セラミック薄膜の膜厚が、10nm以上100nm以下であることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項に記載の電気−機械変換素子の製造方法。
【請求項5】
前記電気−機械変換膜が、一般式ABO[但し、Aは2価の金属元素、もしくは1価の元素と3価の元素が複合(A1/21+,A1/23+)して2価の元素と等価に振舞う組合せから選択され、Bは4価の金属元素、もしくは2価の元素と5価の元素が複合(B1/32+,B2/35+)して4価の元素と等価に振舞う組合せ、または3価の元素と5価の元素が複合(B1/23+,B1/25+)して4価の元素と等価に振舞う組合せ、または2価の元素と6価の元素が複合(B1/23+,B1/25+)して4価の元素と等価に振舞う組合せ、または3価の元素と6価の元素が複合(B2/33+,B1/36+)して4価の元素と等価に振舞う組合せから選択される。]で表される金属複合酸化物から構成されることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項に記載の電気−機械変換素子の製造方法。
【請求項6】
前記電気−機械変換膜の膜厚が、500nm以上5000nm以下であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項に記載の電気−機械変換素子の製造方法。
【請求項7】
前記第1の電極が、白金族元素、Ag、Au、またはこれらの合金からなることを特徴とする請求項1乃至6のいずれか1項に記載の電気−機械変換素子の製造方法。
【請求項8】
前記セラミック薄膜が、金属酸化物もしくは金属複合酸化物からなるアモルファス状態の薄膜をフォトリソグラフィー・エッチングによりパターン化した後、熱処理により結晶化膜に変換したものであることを特徴とする請求項1乃至7のいずれか1項に記載の電気−機械変換素子の製造方法。
【請求項9】
前記エッチングが、フッ酸、硝酸、酢酸、水、フッ化アンモニウム、塩酸を主成分とする混酸を用いたウェットエッチングであることを特徴とする請求項8に記載の電気−機械変換素子の製造方法。
【請求項10】
前記電気−機械変換膜用の前駆体溶液を印刷する方法が、インクジェット印刷であることを特徴とする請求項1乃至9のいずれか1項に記載の電気−機械変換素子の製造方法。
【請求項11】
請求項1乃至10のいずれか1項に記載の電気−機械変換素子の製造方法によって製造されたことを特徴とする電気−機械変換素子。
【請求項12】
請求項11に記載の電気−機械変換素子を具備することを特徴とする液滴吐出ヘッド。
【請求項13】
請求項12に記載の液滴吐出ヘッドを具備することを特徴とする液滴吐出装置。

【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2013−65670(P2013−65670A)
【公開日】平成25年4月11日(2013.4.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−202955(P2011−202955)
【出願日】平成23年9月16日(2011.9.16)
【出願人】(000006747)株式会社リコー (37,907)
【Fターム(参考)】