説明

電気化学を用いたポリマーの製造方法と生成物

【課題】炭水化物から、電極を利用して電気化学的に酸化させることによる、機能性炭水化物を生成させる改質技術の提案。
【解決手段】機能性電極の炭水化物の酸化に対する触媒能を発現できる環境下で、難溶性炭水化物を溶解・分散させることによる、難溶性炭水化物の電気化学的な改質。アルカリ環境下では、金や銀などの金属電極表面に水酸基が結合して、難溶性炭水化物の酸化反応の触媒活性部位として働く。酸化された難溶性炭水化物の反応部位は、カルボキシル基に変わり、水との親和性が増した新しい機能をもつ誘導体として得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭水化物成分を、電気化学処理によって、機能性ポリマーを製造する方法およびその生成物に関する。
【背景技術】
【0002】
産業革命以降、我々は石油などの化石資源を大量に消費し、今日では、世界のエネルギー消費に占める化石資源の割合は、約80 %に上る。その一方で、化石資源の大量消費に伴い、地球規模での環境問題が深刻化してきており、低炭素社会の実現を求められている。また、化石資源の埋蔵量も、約40年程度と見積もられ、枯渇による問題も危惧されてきている。したがって、再生可能な石油代替資源の導入が求められている。
【0003】
代替エネルギー源として、太陽光や風力、原子力などと同様に、バイオマス資源が特に注目されている。バイオマス資源は、エネルギー供給だけでなく、工業原料を供給することができるため、他の代替エネルギー資源よりも利用範囲の広い次世代エネルギー資源の一つとして期待されている。
【0004】
我が国でも、バイオマス・ニッポン総合戦略を中心に、廃棄または未利用のバイオマスの利用に注力した政策が推進されている。しかし、未利用のバイオマスの利活用は円滑には進んでいないのが現状で、林地残材や農業残渣などのセルロース系バイオマスの利用率が低く、これらの未利用バイオマスの利活用が、資源の少ない我が国にとって、特に重要な課題となっている。
【0005】
バイオマスは主にセルロース、ヘミセルロースおよびリグニンで構成されており、それぞれが難分解性・難溶性成分である。ここで、難溶性とは、水やエタノール、メタノールなどの溶媒さらに、DMSO(ジメチルスルホキシド)やTFA(トリフルオロ酢酸)、アセトンなどの有機溶媒に対して溶解できないことを示す。バイオマスをエネルギーまたは物質供給資源として利用するには、これらの成分を既存のエネルギー変換、あるいは物質変換技術が適用できる成分にまで分解・改質する必要がある。
【0006】
バイオマスのエネルギー利用に関する代表的な例として、糖化および発酵プロセスを経て、エタノールや水素などの燃料物質に変換し、これらを燃料電池などのエネルギー変換装置に供給することで、最終的にバイオマス資源からエネルギーを取り出すという試みが行われている。しかし、糖化および発酵プロセスには、特殊な操作や技術が必要である。バイオマスの糖化プロセスでは、未だ実用的な糖化技術は確立されておらず、対費用効果の高い糖化技術の研究開発が求められている現状がある。
【0007】
現在、バイオマスの主成分であるセルロースを糖化処理して得られるグルコースから、機能性電極を用いて直接電気エネルギーに変換するグルコース燃料電池に関する研究開発が活発化しており、エタノールや水素産生に必要な発酵プロセスを必要とせず、より簡略化したシステム系の構築に成功している。この方法では、小型化や持ち運びがより容易で、より応用範囲を広げた燃料電池技術として期待されている。しかし、現在の技術では、全ての炭水化物を燃料として利用することが難しい。これまでは、主にグルコースに代表されるような可溶性の炭水化物成分を利用したものであり、既存のエネルギー変換技術には、依然として多くの技術課題がある。
【0008】
一方、バイオマスの物質供給に関する代表的な例として、酸化剤や触媒などを用いた化学的改質により、樹脂材料や化学材料などの機能性セルロースに変換されるような化学的改質技術がある。このような機能性セルロースは、多くの分野で利用されている。
【0009】
プラスチックや繊維などの工業原料および自動車用燃料などのエネルギー供給を、セルロースなどのバイオマス資源で代替するバイオリファイナリーの導入が推進されており、バイオマスの利用技術に関する研究開発が盛んに行われている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2009-209217
【特許文献2】特開2009-067906
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 3358-3393
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従来の化学的改質技術では、高温高圧下で、強酸や強アルカリなどの危険な化学薬品を使用した前処理工程が必要とされる。本発明では、高温高圧下ではなく、常温常圧下で改質処理することができる。
【0013】
化学的改質過程では、反応の選択性を、使用する薬品や反応時間、反応温度といった複雑な要素を制御する必要があるが、本発明においては、印加電圧や走査範囲、走査速度などを制御することで、難溶性炭水化物を改質することができる。
【0014】
生成物はおもに一つの反応系に1種類または2種類程度しか得られないため、目的生成物数に応じた反応環境場を個別に整える必要がある。
【0015】
従来のバイオマス由来の難溶解性物質の利用技術では、エネルギー供給源として利用するか、あるいは物質供給源として利用するか択一的な選択が必要となり、どちらかの方向性に特化する必要がある。
【0016】
改質技術の概念は既に確立されているため、その方向性は、新たな酸化剤や触媒の探索や、反応環境の制御・最適化などの化学的改質反応の粋に限定されており、今後、新たに異分野領域の融合や新規産業を創出する発展性に乏しい。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明では、従来の化学的改質技術ではなく、電気化学的改質技術を用いることで、上記問題を改善できることを見出した。
【0018】
従来技術では、難溶性の炭水化物の改質にエネルギーを投入する必要があり、
【0019】
本発明では、機能性電極の炭水化物の酸化に対する触媒能を発現できる環境下で、難溶性炭水化物を溶解・分散させることで、従来不可能であった難溶性炭水化物の電気化学的な改質が可能となる。アルカリ環境下では、金や銀などの金属電極表面にOH基が結合して、難溶性炭水化物の酸化反応の触媒活性部位として働く。酸化された難溶性炭水化物の反応部位は、カルボキシル基に変わり、水との親和性が増した新しい機能をもつ誘導体として得られる。
【0020】
さらに、電極電位を制御することで、従来技術では難しかった、一つの反応場で複数の炭水化物誘導体を生成できるシステム系を構築できる可能性も考えられる。
【発明の効果】
【0021】
本発明により、セルロースから、従来の化学的改質技術とは異なる、電気化学的改質方法を用いて、カルボキシル基が導入された、水可溶性のセルロース誘導体を生成できることが示され、今後の各種改質技術分野および融合可能な周辺分野がさらに発展することが期待される。
【0022】
また、機能性素材の生成と並行して、電気エネルギーの供給も可能であることが示唆されたことから、バイオリファイナリーの概念に相応しい、新しい技術提案が可能となる。
【0023】
さらに、改質技術分野に、電気化学的手法を導入することにより、電極電位やその材質、界面状態など、各種電気化学的パラメータが加わり、化学的改質では制御の難しかった領域に応用・展開できる可能性が考えられ、新たな機能性素材や、ナノ材料などを選択的に生成できることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】セルロースを電気化学的に酸化させた前後における、セルロース溶液の上清成分の構造の変化を示すFT-IRスペクトルである。
【図2】セルロースを電気化学的に酸化させた前後における、セルロース溶液の沈殿成分の構造の変化を示すXRDスペクトルである。
【図3】セルロースを電気化学的に酸化させた前後における、セルロース溶液の上清成分の構造の変化を示すXRDスペクトルである。
【図4】セルロースを電気化学的に酸化させた前後における、セルロース溶液の上清と沈殿成分の重量比の変化を示す図である。
【図5】電気化学的にセルロースを酸化させた後に得られた、セルロース誘導体のSECスペクトルである。
【図6】セルロースの改質の有無による、酵素に対する被糖化能の違いを示す図である。
【図7】セルロースの電気化学特性を示すサイクリックボルタモグラム、金ナノ構造電極の方が高い酸化電流が得られることを示す図である。
【図8】リグニンの成分であるバニリン、シナピン酸、フェルラ酸のサイクリックボルタムグラムを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
オイルリファイナリーからバイオリファイナリーへの技術体系の移行は、上述した地球規模での問題解決に大きく寄与すると期待されている。本発明では、バイオマス成分からの物質供給に注力しているが、バイオマスを原料とした場合、バイオマスからエネルギーを得た後、物質供給する技術体系が望ましい。
【0026】
難溶性炭水化物の溶解では、電極表面への吸着など、電極を不活性化させる成分を含む溶媒の使用を控えることが望ましい。
【0027】
難溶性炭水化物の電気化学的改質では、難溶性炭水化物特有の酸化電位ポテンシャル周辺を走査範囲とすることが望ましい。
【0028】
電気化学的改質技術を、電池内電極反応と共役させることで、バイオマスからエネルギーを得た後、ほぼ同時に工業物質を供給するシステム系の構築が可能である。
【実施例1】
【0029】
結晶性セルロースを、水酸化ナトリウム水溶液に溶解させ、2%(w/v)のセルロース溶液を調整した。このセルロース溶液を、ポテンシオスタットに接続した電気化学セルのアノード相に投入し、電極上に電位を掃印(走査範囲:-0.1〜0.4 V)することで、セルロースを電気化学的に酸化させ、酸化セルロースを得た。
【0030】
酸化セルロースを透析・遠心・凍結乾燥処理により回収し、IR測定した。遠心分離後の上清成分に、カルボキシル基に帰属する分子振動の増加が確認され、セルロースを電気化学的に酸化することで、カルボキシル基が導入された水可溶性のセルロース誘導体が得られることが示された(図1)。
【0031】
酸化反応の前後において、沈殿成分の結晶性の変化も観察された(図2)。
【0032】
酸化反応の前後において、上清成分の結晶性はほとんど変化が見られず、アモルファス状であることが観察された(図3)。
【0033】
酸化反応の前後において、セルロース溶液中の可溶性および不溶性成分の重量比の変化も認められた(図4)。
【0034】
得られたセルロース誘導体は一種類ではなく、複数種存在することが示された(図5)。
【0035】
得られたセルロース誘導体の被糖化能を、酵素(T.reesei由来セルラーゼ)を用いて調べた結果、セルロース誘導体は、もとのセルロースと比べて、より酵素糖化されやすい特性を有することが示された(図6)。
【実施例2】
【0036】
セルロースの酸化反応と、電池電極上の電子授受反応を共役させることで、燃料電池システムとして応用・展開できる可能性も示された。塩化金酸溶液に電圧を-0.1V, -0.66V, -1Vを印加して作成した金ナノ構造を用いることにより通常の金電極より電流値を増大できた。(図7)。
【実施例3】
【0037】
リグニン成分であるバニリン、シナピン酸、フェルラ酸を水酸化ナトリウム溶液(300mM)に10 mMになるように溶解し、金電極およびカーボンフェルトに金を析出させた金ナノ構造電極を用いて、サイクリッボルタンメトリー(電圧の掃引範囲は-0.1 V〜1.25V、掃引速度は50mV/s)で電気化学特性を測定し、その結果、酸化還元電流が得られ、電解生成物の生成が示唆された。(図8)
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明によれば、セルロースやキシロース、リグニンなどの難溶性のバイオマス成分から、電極上で直接、工業原料および電気エネルギーを供給することが可能であるため、機能性素材製造分野、燃料電池分野、またはこれらの複合分野で利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
難溶性の炭水化物の電気化学によって改質する原理および方法。
【請求項2】
難溶性の炭水化物を電気化学の方法によって改変した際に生成される炭水化物誘導体。
【請求項3】
難溶性の炭水化物から誘導体を生成する際にエネルギーを消費しない請求項1記載の原理および方法。
【請求項4】
難溶性の炭水化物からエネルギーを使用せずに生成した請求項2記載の炭水化物誘導体。
【請求項5】
炭水化物の改質が酸化反応である請求項1に記載の改質方法。
【請求項6】
電気化学による改質について、触媒能を有する機能性電極を使用する請求項1に記載の原理および方法。
【請求項7】
難溶性の炭水化物の電気化学反応を電極の表面で触媒反応を起こすことのできる反応溶媒。
【請求項8】
反応溶媒が水酸化ナトリウム溶液である請求項7に記載の溶媒。
【請求項9】
難溶性の炭水化物を炭水化物誘導体にする際のエネルギーが電気エネルギーである請求項3および4記載の方法及び炭水化物誘導体。
【請求項10】
難溶性の炭水化物の改質について、炭水化物誘導体と電気エネルギーを同時に供給することのできる請求項1に記載の原理および方法。
【請求項11】
難溶性の炭水化物がセルロースである請求項10記載の原理および方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2011−207918(P2011−207918A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−73902(P2010−73902)
【出願日】平成22年3月27日(2010.3.27)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【Fターム(参考)】