説明

電気防食用陽極ユニット及びこれを用いたコンクリート構造物

【課題】 陽極の許容電流密度を上げることにより、陽極を小型化することができて施工を容易にし、陽極からの電流分布が均一となることにより、効率的な電気防食を可能にする電気防食用陽極ユニット及びこれを用いたコンクリート構造物を提供する。
【解決手段】 耐酸化性金属で被覆した炭素繊維シートからなる陽極11と、バックフィル材12とが容器13内に収容される。バックフィル材は、アルカリ性水溶液を吸水させたポリアクリル酸塩系の吸水性高分子材料と、樹脂材料により吸水可能に形成された多孔性部材とからなり、多孔性部材はコンクリート表面に当接するように固定され、多孔性部材と吸水性高分子材料とは、吸水性高分子材料が乾燥収縮した際にも接触状態が維持されるように配置される。バックフィル材に吸水させたアルカリ性水溶液は、NaOH、LiOHの少なくとも一方を含む水溶液である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は炭素繊維シートを電極として用いた電気防食用陽極ユニット及びこれを用いたコンクリート構造物に関する。
【背景技術】
【0002】
コンクリート構造物においては、酸素、水、塩化物イオン等の内部浸透によって、鉄筋等の鋼材に腐食が発生する。鋼材が腐食すると腐食生成物によりコンクリートにひび割れが発生し、腐食をさらに加速させ、最終的にはコンクリート構造物の強度等が低下する。そのため、コンクリート構造物における鋼材の腐食を防止する様々な手段が開発されてきており、その中の一つに電気防食方法がある。
【0003】
電気防食方法は、一般的にコンクリート構造物内の鋼材を陰極とし、コンクリート表面に設置された陽極との間に電流を通すことにより鋼材の電位を卑方向に変化させ防食する方法である。この方法において、効果的に電気防食を行うためには陽極の材料や構造が重要であるため、炭素や白金など多くについて実用化が試みられてきたが、最近、陽極材料として炭素繊維シートの開発も行われている。
例えば、特開2004−27709号公報には、耐酸化金属層が表面に設けられた炭素繊維シートをコンクリート構造物の電気防食に使用することが記載されている。また特開平11−200516号公報には炭素繊維シートを導電性接着剤で接着してコンクリート表面に固定する方法が記載されている。さらに、特開昭62−267485号公報及び特開2001−49472号公報には、バックフィル材として吸水性高分子材料を使用することが記載されている。
【特許文献1】特開2004−27709号公報
【特許文献2】特開平11−200516号公報
【特許文献3】特開昭62−267485号公報
【特許文献4】特開2001−49472号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
塩害等により劣化して電気防食による劣化防止が必要なコンクリート構造物では、既に飛来塩分等のような腐食性または侵食性物質に対する抵抗力を有する組成物で表面を処理する表面保護方法を施されている場合が多い。このような保護膜は、樹脂をベースとするものが多く殆どが電気的絶縁体である。これらのコンクリート構造物に電気防食を適用する場合、表面保護膜を除去する必要があり、陽極面積が大きい場合、大掛かりな除去処理が必要になる。
【0005】
既に、表面処理が施された場合、全面に渡って除去処理をする必要がないコンクリート表面に対し、部分的(帯状)な陽極配置が有効である。表面被覆を施されていない場合でも、陽極ユニットを小型化することにより、施工性を向上できる等の長所がある。しかし、セメントモルタルをバックフィル材として帯状陽極を用いた場合、陽極/コンクリート表面積比は小さくなる。必要な防食電流密度(コンクリート表面積当り)は、陽極の種類及び形状には関係なく防食対象のコンクリート構造物内の鋼材の腐食状況に依存するので、陽極/コンクリート表面積比が小さくなると、陽極表面積当りの防食電流密度が大きくなる。一方、通電による陽極反応によって酸の生成、または水酸イオンの消費が起こる。この反応速度を支配するのは電子の移動速度、すなわち、電流値の大小であり、陽極表面積当りの防食電流密度である。陽極表面積当りの防食電流密度が比較的大きくなる場合、酸の生成速度が、酸の拡散・中和速度を上回り、界面のpHの変動(低下)が発生する。界面がpH10以下では陽極被覆金属の不働態は保持できず、被覆金属のアノード溶解反応が発生する。その結果、耐酸化性金属の不働態被膜を維持することができなくなり、陽極が劣化して、酸化に変化することによりセメントモルタルも劣化する。長期耐久性が得られないので帯状に陽極を設置することはできない。
【0006】
本発明は、上記従来技術の問題点に鑑みてなされたものであり、陽極の許容電流密度を上げることにより、陽極を小型化することができて施工を容易とし、陽極からの電流分布が均一となることにより、効率的な電気防食を可能にする電気防食用陽極ユニット及びこれを用いたコンクリート構造物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明では、保護カバーとして用いられる容器の内部に耐酸化性金属で被覆した炭素繊維シートからなる陽極を配し、該陽極の周囲にアルカリ性水溶液を含んだ吸水性高分子材料からなるバックフィル材を収容してなるコンクリート構造物の電気防食用陽極ユニットが提供される。
ここで、吸水性高分子材料としては、水分吸水時に乾燥重量の100〜1000倍に達するような膨潤度を有する乾燥ゲルを使用することが好ましい。この乾燥ゲルは、膨潤したときに多少の圧力が加わっても吸水した水が放出されないような保水力を有するものを使用することが好ましい。またアルカリ性水溶液はpH値が9.0以上の強アルカリ性水溶液を使用することが好ましい。
本発明の電気防食用陽極ユニットでは、炭素繊維シート自体が高耐久性及び高導電性を有するものであり、アルカリ性水溶液による優れた緩衝作用、吸水性高分子材料の優れた保水性による高イオン伝導性及び炭素繊維シートの耐酸化性金属の不働態化の組合せ効果によって、陽極の許容電流密度を大きくすることができる。許容防食電流密度が大きいので、陽極/コンクリート表面積比を小さくできる。すなわち、陽極を小型化、例えば、帯状に配置することができることにより、既に、表面被覆が施されている場合にも、除去処理等の前処理を施す面積が少なくて済む。
さらに、本発明では、陽極が容器内でバックフィル材に埋設されて一体化されているので、バックフィル材に吸水されたアルカリ性水溶液の蒸発を防止することができて、陽極とバックフィル材を保持することにより、長期に渡って陽極とコンクリート表面のイオン伝導性を維持することができる。その結果、陽極の劣化を抑制することができるので、均一な電流分布を得ることができて、効率的な電気防食を行うことができる。小型化、軽量化された電気防食用陽極ユニットは取扱いや施工が容易である。
【0008】
本発明において、前記耐酸化性金属は、ニッケル、ルテニウム、イリジウム、ロジウム、パラジウム、白金の群から選択された一つの金属、または選択された一つの金属の酸化物を用いることができる。また前記耐酸化性金属は、ニッケル、ルテニウム、イリジウム、ロジウム、パラジウム、白金及びこれら各金属の酸化物の群から選択された2つ以上の金属の合金とすることができる。
このような耐酸化性金属で被覆した炭素繊維シートを陽極とすると共に、コンクリート構造物中の鋼材を陰極として、所定以上の防食電流を流した場合、陽極の分極電位を比較的低く抑制することができて、炭素繊維シートは一定の不働態保持状態を示し、不働態被膜は破壊されても直ちに自己修復される。すなわち、耐酸化性金属で被覆された炭素繊維シートからなる陽極では、酸素の発生反応を抑制し、塩素や二酸化炭素の発生反応は防止することができる。
【0009】
前記炭素繊維シートの体積抵抗率は7.5×10-5Ω・cm程度以下であることが好ましい。この体積抵抗率であれば、陽極通電点(導線と陽極の電気的接続部)からの均一な電流分布が得られる距離(IRロスが300mV以下の距離)が十分に長いので、通電点を数多く設置する必要が無く、施工の簡略化が可能になる。
【0010】
本発明では、前記陽極の端部を二枚のチタン製プレートで挟み込んで圧着してなる通電点を設けても良い。これにより、炭素繊維シートの各繊維全てを導線と電気的に均一に一体化することができて、陽極の通電点から均一な電流分布が得られる。
【0011】
本発明では、前記バックフィル材を、NaOH、KOH、LiOHの少なくとも一つを含む水溶液をポリアクリル酸塩系の吸水性高分子に吸水させたものとすることができる。これらNaOH、KOH、LiOHを含む水溶液は強いアルカリ性を示すものであるため、陽極におけるpHの変動を比較的小さく抑えることが可能になる。水溶液は、濃度が高いほど緩衝能力が大きくなる一方で、濃度が高いと析出しやすくなるため、アルカリ性水溶液の濃度は4〜30wt%程度が好ましい。またLiOHを含む水溶液を用いた場合には、Liイオンによるアルカリ骨材反応の抑制効果が得られる。
【0012】
本発明では、前記バックフィル材を、アルカリ性水溶液を吸水させたポリアクリル酸塩系の吸水性高分子材料と、樹脂材料により吸水可能に形成された多孔性部材とから構成することも可能である。この場合、多孔性部材はコンクリート表面に当接するように固定し、多孔性部材と吸水性高分子材料とは、吸水性高分子材料が乾燥収縮した際にも接触状態が維持されるように配置することが好ましい。このような構成により、たとえ、吸水性高分子材料が乾燥収縮した場合にも、陽極は常にバックフィル材(多孔性部材と吸水性高分子材料)を介してコンクリート表面とイオン伝導可能な状態に維持される。
【0013】
また本発明では、請求項1乃至請求項4のうちの一項に記載の電気防食用陽極ユニットを、前記バックフィル材がコンクリート表面に当接するように、チタンピンによりコンクリート表面に固定したコンクリート構造物が提供される。
本発明のコンクリート構造物に用いられる電気防食用陽極ユニットは、保護カバーである容器内に陽極やバックフィル材が収容されたものであり、バックフィル材はアルカリ性水溶液を含んだ吸水性材料からなるため、陽極の均一な電流分布と、コンクリート表面への高いイオン伝導性の維持とが可能であり、ユニットの小型化や軽量化が容易に行える。このような小型化かつ軽量化された電気防食用陽極ユニットの使用により、本発明のコンクリート構造物では、死荷重の増加を低減することができると共に、既存の被覆材の除去処理面積を少なくすることができる。また電気防食用陽極ユニットは、チタンピンにより固定されるので、迷走電流による腐食が防止される。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、バックフィル材はアルカリ性水溶液を吸水したものであり、このバックフィル材に陽極が埋め込まれた状態で設けられているので、アルカリ性水溶液により耐酸化性金属の不働態は安定して、その耐酸化性金属の酸素発生電位が低いために、耐酸化性金属被覆炭素繊維シートとバックフィル材の界面に比較的高い電流密度での通電による陽極反応によって、酸素、塩素、二酸化炭素のガスが発生し難くなり、耐酸化性金属被覆炭素繊維シートの陽極反応による劣化を防止することができるので、陽極として均一な電流分布が得られ、長期にわたる高効率の電気防食が可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態を説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0016】
図1は本発明のコンクリート構造物を説明するために模式的に示した図であり、図2(a)(b)は電気防食用陽極ユニットの断面図である。
本発明のコンクリート構造物10は、図1及び図2に示したように、陽極11とバックフィル材12とが容器13内に収容された電気防食用陽極ユニットを、チタンピン16によりコンクリート構造物10の表面に固定したものである。なお、図1では、構成に対する理解を容易にするため、容器13を部分的に破断状態で描いた。
【0017】
さらに詳細に説明すれば、陽極11は、耐酸化性金属で被覆した炭素繊維シートを使用する。このように耐酸化性金属で被覆した炭素繊維シートからなる陽極では、酸素の発生反応が抑制され、塩素や二酸化炭素の発生反応を防止することができる。
【0018】
またバックフィル材12は、アルカリ性水溶液を吸水させたポリアクリル酸塩系の吸水性高分子材料のみから構成することが可能であり、それ以外にも、図2(a)(b)に示したように、樹脂材料により吸水可能に形成された多孔性部材14と、アルカリ性水溶液を吸水させたポリアクリル酸塩系の吸水性高分子材料15とから構成することが可能である。
ここで、吸水性高分子材料14に吸水させるアルカリ性水溶液はNaOH、KOH、LiOHの少なくとも一つを含む水溶液を使用し、その水溶液は4〜30wt%程度の濃度とする。
ポリアクリル酸塩系の吸水性高分子材料15は、イオン性官能基を導入した高分子網目からなる乾燥ゲルであって、水分を吸水したときに乾燥重量の100〜1000倍程度まで膨潤し、多少の圧力が加わっても吸水した水が放出されないような保水力を有するものを使用する。
多孔性部材14は、コンクリートに面接触し易いように面状に形成された面状部14aと、この面状部から突出するように設けられた凸部14bとからなり、この凸部14bは吸水性高分子材料15の内部に埋設される。この多孔性部材14は連続気泡構造であって、表面に膜のようなものが無く、吸水性が良く、或る程度の硬度と弾性を有し、耐候性、耐薬品性に優れた素材から成るものを使用する。例えば、ポリエチレン樹脂、ウレタンエーテル系樹脂、エステル系樹脂、合成ゴム、天然ゴム、その他特殊ゴム、ポリスチレン等の樹脂材料から形成されたスポンジ状の長尺部材から成るものを使用することができる。
【0019】
したがって、図2(a)(b)に示したようなコンクリート構造物10では、吸水性高分子材料15の内部に、多孔性部材14の凸部14bが埋設されているため、たとえ、吸水性高分子材料15が図2(b)のように乾燥収縮した場合にも、両部材間の接触状態は維持され、アルカリ性水溶液は多孔性部材14の面状部14aを介して、コンクリートとの接触面に供給される。
【0020】
前記容器13はFRPから形成された部材であって、複数の孔13aを有するフランジ部13bを両側に備え、この両フランジ部13bに挟まれた中間に凹部13cが設けられている。フランジ部13bの孔13aは、容器13をコンクリート表面に固定する際に使用されるものであり、凹部13cには、陽極11と多孔性部材14の凸部14bと吸水性高分子材料15とが収容される。また容器13はフランジ部13bの孔13aにチタンピン16が通されて、コンクリート表面に固定される。
【0021】
次に、上記以外の構成について、図示をすることなく説明する。
陽極11としての炭素繊維シートは一対のチタンプレートにより上下から挟み、チタンプレートとコンクリート構造物10の鉄筋にそれぞれ電気配線を接続し、これら電気配線を電源まで延ばして接続する。このような防食構造では、炭素繊維シートを陽極として作用させ、鉄筋や鉄骨等の鋼材を陰極として作用させるように通電される。
【0022】
次に、本発明のコンクリート構造物の防食構造を施工する方法について説明する。なお、ここでは図示を行わずに施工方法の説明をする。
最初に、コンクリート構造物における劣化部分を削り落として下地処理を行い、コンクリート構造物中の鋼材が電気的に導通状態になっているか確認する。そして、コンクリート中の鋼材に一定間隔で通電点(排流端子)や照合電極を設置し、断面欠損部の修復を行う。
次に、容器内に陽極(耐酸化性金属で被覆した炭素繊維シート)を配置し、アルカリ性水溶液を吸水させたポリアクリル酸塩系の吸水性高分子材料を容器内に充填し、この吸水性高分子材料と接触するように多孔性部材を配置する。つまり、多孔性部材の突出部分が吸水性高分子材料内に埋め込まれ、多孔性部材の面状部分が吸水性高分子材料の表面に接触するように配置する。
次に、コンクリートドリル等を使用してコンクリート表面に複数の孔を削孔し、各孔に絶縁用チューブを挿入する。そして、陽極、吸水性高分子材料及び多孔性部材が取付けられた容器をコンクリート表面に設置し、チタンからなるチタンピンを容器の孔とコンクリート表面の孔に挿入し、容器をコンクリート構造物に固定する。このとき、陽極の一端は容器の端部から外側に出ており、この陽極の一端を一対のチタンプレートで挟み込んで圧着し、このチタンプレートが陽極への通電点となるべく電気配線等を接続してプルボックス内に収容し、コンクリート表面に固定する。
容器同士の継ぎ目やコンクリート表面との隙間にシーリング材を充填して防水加工を行う。最後に、通電点を介して陽極へ電流が流れるように電源装置等を設置し、所定の電流を通電すれば、コンクリート構造物の電気防食構造が完成する。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】本発明のコンクリート構造物を説明するための模式的な図である。
【図2】(a)(b)は防食構造の部分的な断面図である。
【符号の説明】
【0024】
10 コンクリート構造物
11 陽極
12 バックフィル材
13 容器
14 多孔性部材
15 吸水性高分子材料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
保護カバーとして用いられる容器の内部に耐酸化性金属で被覆した炭素繊維シートからなる陽極を配し、該陽極の周囲にアルカリ性水溶液を含んだ吸水性高分子材料からなるバックフィル材を収容してなるコンクリート構造物の電気防食用陽極ユニット。
【請求項2】
前記陽極の端部を、二枚のチタン製プレートで挟み込んで圧着してなる通電点が設けられてなる請求項1に記載のコンクリート構造物の電気防食用陽極ユニット。
【請求項3】
前記バックフィル材が、NaOH、KOH、LiOHの少なくとも一つを含む水溶液を吸水性高分子材料に吸水させたものである請求項1又は請求項2に記載のコンクリート構造物の電気防食用陽極ユニット。
【請求項4】
前記バックフィル材は、前記吸水性高分子材料に加えて、樹脂材料により吸水可能に形成された多孔性部材をも含むものである請求項1乃至請求項3のうちの一項に記載のコンクリート構造物の電気防食用陽極ユニット。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4のうちの一項に記載の電気防食用陽極ユニットを、前記バックフィル材がコンクリート表面に接触するように、チタンピンによりコンクリート表面に固定したものであるコンクリート構造物。

【図1】
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【図2】
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