説明

電界放射型電子銃を用いた電子線装置

【課題】 電界放射型電子銃を用いた電子線装置において、エミッション電流の測定を正確に行えるようにする。
【解決手段】 引出電極3に流れる電流Ieを検出するための検出抵抗5と、Ie計測回路5aと、加速電圧アンプ6に負帰還をかけるためのフィードバック抵抗7と、電子銃から前記加速電圧アンプに流れる電流Iaを検出するための検出抵抗8と、Ia計測回路8aとを備える。フィードバック抵抗7に流れる電流Ifを、引出電極電源4をoffした時のIaとして求める。(Ie+Ia−If)をエミッション電流値として求めることにより、加速電圧に電圧降下の影響を及ぼすことなくエミッション電流を正しく計測できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電界放射型電子銃(以下、FEGと略称する)を用いた電子線装置において、エミッション電流を測定する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
FEGは、放射する電子線のエネルギー幅が極めて小さく、高輝度が得られるので、観察・分析の性能向上に適しており、電子顕微鏡を始めとして多くの電子線装置に使われている。FEGは、電子を放出するエミッタと引出電極の間に電圧を印加し、エミッタ先端部に形成された強電界によりエミッタから電子を引き出すようにしている。このFEGには、エミッタを加熱するサーマルタイプと加熱しないコールドタイプがある。エミッタから引き出された電子は加速電極により加速されて試料上に照射される。
【0003】
図2は、サーマルタイプのFEGを用いた電子線装置のFEG周辺の概略回路構成例を示した図である。図2において、電子銃1内にエミッタ1aと引出電極3が配置されている。その他、エミッタ加熱電源2、引出電極に電圧を印加するための引出電極電源4、引出電極に流れる電流を検出するための抵抗値Reを持つ検出抵抗5、検出抵抗5による電圧降下により電流Ieを計測する計測回路5a、電子銃に加速電圧を印加するための加速電圧アンプ6、加速電圧アンプに負帰還をかけるための抵抗値Rfを持つフィードバック抵抗7が構成されている。フィードバック点Fは、加速電圧アンプ6の負帰還が動作して、常にエミッタに印加する所望の加速電圧が出力される点である。なお図2の構成例では、サーマルタイプのFEGのためエミッタ加熱電源2が構成されているが、コールドタイプのFEGでは不要である。また、実際の電子線装置では、引出電極4の他にも種々のレンズ電極や、電圧発生回路、電子線を細く集束するための電子レンズなどを備えるが省略している。
【0004】
上述したように、FEGは放射する電子線のエネルギー幅が極めて小さく、高輝度が得られるという利点がある。しかしその反面、エミッション電流が変動しやすく、また休止状態からの立ち上げ時に、注意して引出電極に電圧を印加する必要があるなどの点で、タングステンまたは6ホウ化ランタンをフィラメント部材として用いる電子銃より取り扱いが難しい。従って、FEGが正常に動作しているかを判断するためにエミッション電流の状態を把握することが重要である。
【0005】
特許文献1の特開平7−85830号公報(段落[0006])には、FEGの各電極電源とエミッタとの間にエミッション電流を検出するための抵抗を設け、その両端の電位差を測ることによりエミッション電流を検出する方法が述べられている。また、特許文献2の特開平8−45455号公報(段落[0012])には、引出電極に入射する電子を検出することによりエミッション電流を測定する方法が述べられている。
【0006】
【特許文献1】特開平7−85830号公報
【特許文献2】特開平8−45455号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
エミッタから引き出される電子の総和がエミッション電流であるので、特開平7−85830号公報に示されているように、電子銃と加速電圧電源の間に検出抵抗と検出回路を配置して、検出抵抗による電圧降下を計測することにより、エミッション電流を計測することができる。しかし、この電圧降下分が加速電圧に加算され、加速電圧に誤差を生ずるという問題がある。これを避けようとして検出抵抗の抵抗値を小さくすると、電圧降下の測定誤差が大きくなるという問題がある。
【0008】
上記の問題を避けるため、特開平8−45455号公報で述べられているように、引出電極に流れる電流を検出し、この電流をエミッション電流の代用とする方法が多くとられている。図2において、エミッタ1aから放射された電子は、引出電極3に流れ込む電子(電流Ie)とそれ以外の電極や試料を通ってグランドに流れ込む電子(電流Io)に分かれる。すなわち、エミッション電流をImと表すと、
Im=Ie+Io …(1)
である。電流Ieと抵抗値Reによる電圧降下分をIe計測回路5aで計測することによりIeを計測することができる。検出抵抗5は加速電圧アンプのフィードバック点Fとエミッタ間の回路外に位置しているため、Ie計測回路5aで計測される電圧降下分は加速電圧に影響を及ぼさない。
【0009】
本来のエミッション電流はImを測るべきであるが、これまでは、Imに対するIoの割合が、Imの代わりにIeを使用しても実用的には充分な程度に小さかった。しかし、元々IeとIoの比率はエミッタ先端の形状に大きく依存している。そのため、FEGの性能が向上し、より高輝度になってくると、Imに対するIoの割合が増加し、反対にIeの割合が低下するため、Ieのみを計測しても正確にエミッタの状態を反映しているとはいえないという問題が起きてきた。
【0010】
本発明は、加速電圧に影響を及ぼさず、且つ全エミッション電流を正しく計測できる方法の提供を目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記問題を解決するため、本発明は、
エミッタ及び前記エミッタから電子を引き出すための引出電極を備える電界放射型電子銃と、
前記引出電極に電圧を印加するための引出電極電源と、前記引出電極に流れる電流Ieを検出する検出手段と、
前記電子銃に加速電圧を印加するための加速電圧アンプと、前記加速電圧アンプに負帰還をかけるためのフィードバック抵抗とを備える電子線装置において、
前記加速電圧アンプのフィードバック点と前記加速電圧アンプの出力点の間に流れる電流Iaを検出する検出手段と、前記フィードバック抵抗に流れる電流Ifを検出する検出手段を備え、
前記引出電極に流れる電流Ieと前記加速電圧アンプのフィードバック点と前記加速電圧アンプの出力点の間に流れる電流Iaとの加算値(Ie+Ia)から前記フィードバック抵抗に流れる電流Ifを減算した値(Ie+Ia−If)をエミッション電流値として求める演算手段を備えたことを特徴とする。
【0012】
また本発明は、前記エミッション電流値を求める時に、演算に用いる前記フィードバック抵抗に流れる電流Ifの値として、エミッタに印加されている加速電圧の値を前記フィードバック抵抗値で除した値を使用することを特徴とする。
【0013】
また本発明は、前記エミッション電流値を求める時に、演算に用いる前記フィードバック抵抗に流れる電流Ifの値として、前記引出電極に印加する電圧をゼロに設定した時に、前記加速電圧アンプのフィードバック点と前記加速電圧アンプの出力点の間に流れる電流Iaの値を計測により求め、Ifの値として使用することを特徴とする。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、引出電極に流れる電流値Ieと前記加速電圧アンプのフィードバック点と前記加速電圧アンプの出力点の間に流れる電流Iaの加算値(Ie+Ia)からフィードバック抵抗に流れる電流値Ifを減算した値(Ie+Ia−If)をエミッション電流値として求めるようにしたので、加速電圧に対して電圧降下の影響を与えること無く全エミッタ電流を正確に計測できる。そのため、エミッタの動作状態を正しく把握できるので、エミッタの保護、装置の立ち上げなどがやり易くなった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
図1に、本発明を実施するサーマルタイプのFEGを用いた電子線装置のFEG周辺の概略回路構成例を示す。図2に示した従来構成例と同一または類似の構成要素には、説明の重複を避けるため同じ番号を付与している。図1において、フィードバック点Fと加速電圧アンプの出力点の間に流れる電流Iaを検出するための抵抗値Raを持つ検出抵抗8、検出抵抗8による電圧降下を計測して電流Iaを計測するIa計測回路8a、エミッション電流Imを演算する演算回路9、Ie計測回路5aとIa計数回路8aと演算回路9を結ぶデータラインDが、従来構成例に加えられている。
【0016】
図1において、検出抵抗5、検出抵抗8、フィードバック抵抗7を流れる電流はIe,Ia,Ifである。先にも述べたように、エミッション電流は引出電極に流れ込む電子(電流Ie)とそれ以外の電極や試料を通ってグランドに流れ込む電子(電流Io)の総和である。すなわち、電流Ioはキルヒホフの法則に従って最終的には加速電圧アンプ6に流れ込むので、
Ia=If+Io …(2)
と表すことができる。
式(1)と式(2)からIoを消去すると、
Im=Ie+Ia−If …(3)
となるので、引出電極に流れる電流Ieと加速電圧アンプのフィードバック点と加速電圧アンプの出力点の間に流れる電流Iaとの加算値(Ie+Ia)からフィードバック抵抗に流れる電流Ifを減算した値(Ie+Ia−If)をエミッション電流値として求めることができる。
【0017】
式(3)中の電流Ie、Iaはそれぞれ計測回路5a、8aで計測され、データラインDを介して演算装置9に送られる。電流Ifを求める方法は以下に述べる少なくとも二つの方法がある。
先ずひとつは、加速電圧と加速電圧アンプ6のフィードバック抵抗値から求める方法である。設定されている所望の加速電圧をVaとすると、フィードバック点Fの電位はエミッタに印加される加速電圧Vaと同電位であるから、
If=Va/Rf …(4)
と表すことができ、式(4)を式(3)に代入すればImが求められる。フィードバック抵抗Rfの規格値は予め分かっているので、データラインDを介して加速電圧アンプ6の設定電圧データを演算装置9に送り、式(3)の演算を行ってエミッション電流を求める。
【0018】
もうひとつの方法は、式(2)の関係に基づき、予めIfを実測して求めておく方法である。すなわち、引出電極に印加する電圧をゼロに設定し、エミッタから電子が放射されない状態で、検出抵抗8に流れる電流Iaを測定する。この時の電流Iaの値を、式(3)におけるIfの値として使用すれば良い。一般に高電圧を発生させるための増幅器のフィードバック抵抗は高抵抗なので、規格値に対して実際の抵抗値の持っている誤差が大きい。予めIfを実測で求める方法であれば、規格値に対する実物の誤差の影響を排除できる利点がある。
【0019】
電流Ie,Ia,Ifを使って演算装置9により求められるエミッション電流の値は、データラインDを介して、例えば図示しない表示装置またはエミッタ制御装置等に送られる。上記に説明した実施の形態はサーマルタイプのFEGを例にとったが、コールドタイプのFEGにも適用できる。その場合、図1中のエミッタ加熱電源2は構成から除かれる。
【0020】
以上述べた方法によって、FEGを用いた電子線装置において、加速電圧に対して電圧降下の影響を与えること無く、全エミッション電流の正確な計測が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】

【図1】本発明を実施する電子線装置のサーマルタイプFEG周辺の概略回路構成例を示す図。
【図2】従来の電子線装置のサーマルタイプFEG周辺の概略回路構成例を示す図。
【符号の説明】
【0022】
(同一または類似の動作を行うものには共通の符号を付す。)
D データライン F フィードバック点
1 電子銃(FEG) 1a エミッタ
2 エミッタ加熱電源 3 引出電極
4 引出電極電源 5 検出抵抗(Re)
5a Ie計測回路 6 加速電圧アンプ
7 フィードバック抵抗(Rf) 8 検出抵抗(Ra)
8a Ia計測回路 9 演算回路

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エミッタ及び前記エミッタから電子を引き出すための引出電極を備える電界放射型電子銃と、
前記引出電極に電圧を印加するための引出電極電源と、前記引出電極に流れる電流Ieを検出する検出手段と、
前記電子銃に加速電圧を印加するための加速電圧アンプと、前記加速電圧アンプに負帰還をかけるためのフィードバック抵抗とを備える電子線装置において、
前記加速電圧アンプのフィードバック点と前記加速電圧アンプの出力点の間に流れる電流Iaを検出する検出手段と、前記フィードバック抵抗に流れる電流Ifを検出する検出手段を備え、
前記引出電極に流れる電流Ieと前記加速電圧アンプのフィードバック点と前記加速電圧アンプの出力点の間に流れる電流Iaとの加算値(Ie+Ia)から前記フィードバック抵抗に流れる電流Ifを減算した値(Ie+Ia−If)をエミッション電流値として求める演算手段を備えた、ことを特徴とする電子線装置。
【請求項2】
前記エミッション電流値を求める時に、演算に用いる前記フィードバック抵抗に流れる電流Ifの値として、エミッタに印加されている加速電圧の値を前記フィードバック抵抗値で除した値を使用する、ことを特徴とする請求項1に記載の電子線装置。
【請求項3】
前記エミッション電流値を求める時に、演算に用いる前記フィードバック抵抗に流れる電流Ifの値として、前記引出電極に印加する電圧をゼロに設定した時に、前記加速電圧アンプのフィードバック点と前記加速電圧アンプの出力点の間に流れる電流Iaの値を計測により求め、Ifの値として使用する、ことを特徴とする請求項1に記載の電子線装置。

【図1】
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【図2】
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