説明

電解検知システムにおけるポリマーの制御される転位

遮断シグナルを測定する電解検知システム1が、DNA18’等の流体チャネル16、16’を通じる分子18の制御される転位を可能にする。DC電源23が供給する実質的に一定の電界が流体チャネル16、16’にわたって印加され、システム1内の分子18の転位を誘発する。AC電源22、22’が供給する振動電気パラメータ(例えば電流又は電圧)も遮断シグナルを測定する手段として流体チャネル16、16’にわたって印加される。実質的に一定の電界を変更して、分子18のより詳細な制御を提供し、任意選択的に分子18の選択された部分をチャネル16、16’に複数回通して多数のシグナル測定値を提供できる。温度制御ステージ14がこのシステムを冷却し、分子転位のさらなる制御を提供する。変性又は非変性タンパク質孔38を流体チャネル16、16’内で利用できる。本システムにより長いDNA181鎖を増幅を用いずに迅速にシークエンシング可能になる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分子の物理的構成を測定する技術分野に関し、より詳細には、ポリマーが流体チャネル内の狭い狭窄部を通過するときにこのポリマーによって生成されるイオン電流の変化の測定による、ポリマーの個々のモノマーのシークエンシングに関する。
【0002】
[関連出願の相互参照]
本発明は、2006年8月17日に出願された「Controlled Translocation of a Polymer Through a Nanopore and Means to Measure Individual Monomers」と題する米国仮特許出願第60/838,170号の利益を主張する。
【背景技術】
【0003】
近年、分子が存在している間にチャネルを通過するイオン電流の一瞬の変化を記録する方法によって、単分子と、イオンチャネル及び関連付けられるタンパク質孔との相互作用動態を測定することに多大な関心が寄せられている。概して、分子は、分子の特定の物理的サイズ及び構成に特有の振幅及び持続時間、並びにチャネル内の活性部位との化学的相互作用によって部分的に電流の流れを遮る。この電流遮断方法を、典型的な環境化学的種の背景内で個々のターゲット分子の存在を識別するセンサシステムの基本として適用することに労力が注がれている。
【0004】
電流遮断方法の特定の用途は、ポリマー内の個々のモノマーを識別すること、及び、理想的な場合では、DNA及びRNAのような複合生体ポリマーの個々の塩基をシークエンシングすることである。ヒトゲノム計画の下で研究されている最も有望な方法のうちの1つは、ナノスケールチャネルに通して、一本鎖DNA(ssDNA)を駆動させると共に、ヌクレオチド塩基ごとにチャネルを通じて特徴的な電流変化を測定しようと試みることである。これらの方法は、二重層内で懸濁されるα溶血素(aHl)のような自然発生する孔を使用するか、又はシリコンのような基板内のナノメートルスケールの孔を使用して実施されてきた。しかし、両方の考案による進展は、首尾よく迅速にDNAをシークエンシングすることを可能にしていない。これは、DNAが、電子機器が各ヌクレオチド塩基によって生成される電流の急速且つ小さな変化を測定するにはあまりに速く孔を通じて転位するためである。
【0005】
25℃における120ミリボルト(mV)で印加される電圧の下での一本鎖ポリマーの転位速度は、約100マイクロメートル/秒(μm/秒)〜500μm/秒であり、塩基当たり約0.8マイクロ秒(μs)〜4μsの、DNA又はRNAの個々のモノマーに対応するシグナルを測定する(すなわち、一塩基に対する空間広がり内で集中する(localize to spatial extent to a single base))ための平均時間が提供される。DNAに対する電界力は、流体力学的抗力及び分子のチャネルとの相互作用によって生成される平均力によって均衡を保たれ、結果的に、加えられる力に比例する転位速度が生じる。したがって、電界を生成する印加される電圧が100mVから10mVに低下すると、ポリマーの速度は10倍低下し、時間は塩基当たり8μs〜40μsに及ぶ。したがって、印加される電圧を低下させることは、所与のDNA塩基が孔の適切な領域に位置する時間を増大する手段を提供する。利用可能な時間を増大することによって、多数の測定を行うと共に平均化し、それによって測定の精度を向上させることができる。しかし、従来のシステムでは、印加される電圧は、特定の遮断事象に特有のシグナルを与える電流も生成する。これによって、印加される電圧が低下する場合、電流が正比例して低減するという矛盾が生じる。逆に、印加される電圧が上昇して大きな電流が生成される場合、DNAがより速く転位し、シグナルを測定する時間が短縮する。
【0006】
理想的には、分子転位速度を非常に低いレベルまで低下させて、塩基当たり約1ミリ秒(ms)の測定時間を可能とする。しかし、分子がより低速に転位するにつれ、熱誘導(ブラウン)運動の分子に対する相対的効果が増大する。ブラウン運動によって移動する正味の距離は全時間間隔の平方根である。したがって、基準点に1msの間存在する分子は、熱運動によって、1μsの間存在する場合の32倍の平均正味距離だけこの点から移動する。DNAをシークエンシングする場合、ランダムな熱誘導運動が、単にDNAの転位速度を低下させることによって実際に増大することができる測定時間量に制限を設ける。単一のモノマーを長期間にわたって測定する試みは、ランダムな熱誘導運動が、近隣のモノマーからの寄与の際に混合することによって結果を不鮮明にすることを可能にしてしまう。
【0007】
DNA転位の速度を低下させようと試みる開発された方法は、DNA転位を停止すると共にゆっくりと開く(unzip)、チャネルの入口で捕捉されるヘアピン、並びに、分子機械として作用して酵素サイクル中に塩基ごとにチャネルを通じてDNAを引き出すポリメラーゼ及びエキソヌクレアーゼの使用を含む。両方の場合において、DNAの拡散運動は、転位制限機構を反対方向に引っ張る(pulling against)電界力によってもたらされるDNA内の張力によって低減される。しかし、DNAヘアピンはDNAの短鎖としてのみ使用可能であり、酵素方法はまだ、分子の転位速度を制御することができる程度まで進歩していない。
【0008】
近年、ヘアピン手法の変形形態が、シグナル差が約〜1ピコアンペア(pA)〜4pA(120mVバイアスにおける)である、4つ全てのDNA塩基の異なる個々の遮断シグナルの検出を可能にした。加えて、多塩基鎖内での一塩基変化の検出が示されており、測定に必要なのは一塩基のみであることが示されている。これらの測定されるシグナル振幅に基づくと、現在のイオン電流記録技術は、必要とされる検出帯域幅(短い測定期間)において約100倍も鈍感である。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
したがって、必要とされているのは、検出チャネルを通じる分子の転位速度と、転位中の分子の拡散運動とを低減し、短い分子長に制限されず、加えて対象の電流遮断シグナルを本質的に低減しないように作用するシステム及び方法である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、チャネル遮断シグナルを測定すると共に、ssDNAのような、流体チャネルを通じる少なくとも1つのポリマーの制御される転位を提供する、電解検知システム及び方法を対象とする。概して、本システムは、第1の電解質を収容する第1の流体室と、第2の電解質を収容する第2の流体室と、第1の流体室及び第2の流体室を隔てる障壁とを備え、障壁は内部に少なくとも1つの流体チャネルを有する。障壁は温度制御ステージに取り付けられ、この温度制御ステージは、システムを冷却すると共に、ひいてはシステム内のポリマーの熱誘導運動を低減するようになっている。任意選択的に、aHlのような関連付けられるタンパク質孔を有する膜を流体チャネルと共に利用することができる。タンパク質孔を変更して、チャネル遮断シグナルを改善し、分子の長さ内のチャネル遮断シグナルの空間分解能を向上させ、且つ/又は分子の移動度を低減することができる。
【0011】
使用時、DC電源によって供給される実質的に一定の電界が、バイアス電極を介して流体チャネルにわたって印加され、システム内の分子の転位を誘発する。加えて、AC電源(たとえば電圧源又は電流源)によって供給される振動電気パラメータが流体チャネルにわたって印加される。ポリマーがチャネルに入った後、センサが、ポリマーのモノマーがチャネルを通じて移動するときにこれらのモノマーによって生成される遮断シグナルを検出する。シグナルは、遮断シグナルの予備的な推測値をポリマーに沿った距離の関数として推定する前にフィルタリング及び復調を受ける。その後、シグナルの振幅を較正値と比較して、存在しているモノマーの性質を推定する。実質的に一定の電界を変更して、ポリマーのより詳細な制御を提供し、任意選択的に、ポリマーをチャネルに複数回通して多数のシグナル測定値を提供することができる。加えて、AC振幅及び周波数の所望の組み合わせを選択して、ポリマーをチャネル内で2つのモノマー間で往復振動させることができ、したがって、印加される電界と同期して平均化を行うことによって、それぞれからのシグナルを増大することが可能になる。
【0012】
有利には、本システムは、イオンチャネルを通じるポリマーの転位速度と、転位中のポリマーの拡散運動とを大幅に低減する。加えて、このシステム及び方法によって、長い分子鎖を、増幅を用いずに、且つ対象の遮断シグナルを本質的に低減することなく、迅速にシークエンシングすることが可能になる。
【0013】
本発明のさらなる対象、特徴、及び利点は、好ましい実施形態の以下の詳細な説明を図面と共に考慮した場合に、当該説明からより容易に明らかとなり、当該図面では、同様の参照符号が幾つかの図において対応する部分を指す。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1(a)】本発明による電解検知システムの断面図である。
【図1(b)】複数の平行チャネルを含む、図1(a)の電解検知システムの一部の部分断面図である。
【図1(c)】膜及びタンパク質孔を含む、図1(a)の電解検知システムの一部の部分断面図である。
【図2】電流遮断シグナルの処理を示すフローチャートである。
【図3】AC電流バイアス及びAC電圧センサが利用される、図1(a)のシステムに対する一代替形態を示す図である。
【図4】一本鎖DNAが孔を通じて往復駆動される際の、経時的な一本鎖DNAの位置を示す図である。
【図5】一本鎖DNAが経時的に孔を通じて往復駆動される際の、DCバイアス電位の変化を示す図である。
【図6】経時的なポリマー転位に対する拡散の効果のグラフである。
【図7】本発明の電解検知システムを利用する、経時的なDNA塩基の理想化された測定を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
概して、本発明は、チャネルを通じる分子又はポリマーの転位を制御し、それによって個々のモノマーに対応する遮断シグナルを測定する方法及び電解検知システムを対象とする。まず図1(a)を参照すると、検知システム1は、内部に第1の電解質6が設けられる第1の流体室又は電解質槽4と、第2の電解質10が設けられる第2の流体室又は検知容積部(volume)8とを備える。検知容積部8は、電解質槽4から障壁構造体11によって隔てられ、この障壁構造体は内部に形成される狭窄チャネル16を備え、この狭窄チャネルは第1の電解質6と第2の電解質10とを接続する流体路を提供する。図1(b)に示されている代替の一実施形態では、システム1は、内部に複数のチャネル16’を有する障壁構造体11'を備え、アレイタイプの検知システムを提供する。いずれにせよ、障壁構造体11は基板又はステージ14に接合される。好ましい一実施形態では、ステージ14は温度制御ステージである。概して、システム1は、転位手段又は電源20を利用してチャネル16を通じてポリマー18の転位を制御する。図1(a)の実施形態では、転位電源20は、ACバイアス源22及びDCバイアス源23を含む。電流センサ24が、ACバイアス源22によって生成される、チャネル16を通じるAC電流を測定するために設けられる。電流センサ24によって検出される電流シグナルは、より詳細に後述されるように、ポリマー18のモノマーシークエンスを計算するために処理される。
【0016】
電解質6及び10は典型的には同じであり生体適合性を有する(たとえば1 M KCl)。好ましくは、電解質6及び10は、システム1の他の態様に適合する最高濃度を有し、それによって、所与の印加される電圧の場合のチャネル16を流れる電流を最大化する。幾つかの用途では、電解質6及び10は異なり、それによって、チャネルにわたる濃度勾配によってチャネル16を通じて電流を駆動する。このように電流を駆動することは、電界をかけることによってポリマー18に直接電気力を加えることなく、電流遮断シグナルのための所望の電流を誘発する方法を提供する。濃度によって駆動される電流は、望ましい場合には、印加されるDC電界又はAC電界によって生成される電流と共に使用することができる。
【0017】
チャネル16は、ポリマー18がチャネル内に位置するときに、測定可能な遮断シグナルを生成するほど十分に小さくなければならない。ポリマー18がDNAである場合、チャネル16は好ましくは、その最も狭い点において、約2ナノメートル(nm)の直径を有する。図1(c)に示されている実施形態では、チャネル16は、より大きく、ひいてはより容易に製造されるチャネル16に広がる(span)薄膜40内に挿入されるイオンチャネル又はタンパク質孔38を設けられる。システム1が、図1(c)において18’で示されている一本鎖DNA(ssDNA)のシークエンシングにおいて利用される場合、チャネル16は好ましくは、aHlのような生体タンパク質孔38を含む。この手法の1つの利点は、このようなタンパク質孔38を当該技術分野において既知の様態で分子レベルにおいて変更し、それによって孔内でのポリマーとの当該孔の相互作用を変更することができるということである。このような変更は、遮断シグナルを増大するか、遮断効果の空間分布を変えるか、又は測定される分子のドリフト速度及び/又は拡散速度を低下させることができる。
【0018】
利用される場合、膜40は、脂質二重層、ポリジメチルシロキサン(PDMS)のような同等の物質、液膜、又はさらには、孔若しくはイオンチャネル挿入を何らかの様態で可能にする固体物質とすることができる。膜40は、塗布の方法によって、ベシクル融合によって、又は当該技術分野において既知の別の方法によってチャネル16を覆って形成される。1つのこのような膜構成は、White他に対する係属中の米国仮特許出願第60/919,694号に記載されている。
【0019】
障壁11は好ましくは、ナノ加工される、伝導率が非常に低いシリコン、又はガラス、プラスチック(たとえばポリイミド)、石英若しくはサファイアのような同等の硬質基板である。代替的に、従来のテフロンカップ装置又はパッチクランプピペットを利用してもよい。障壁11の主要な要件は、障壁が電解質槽4と電解質10との間で、約10ギガオーム(GΩ)の電気抵抗(膜が使用される場合は、当該膜へのシール抵抗を含む)を提供することである。たとえば、ガラス上の脂質膜は、10GΩ以上のシールを生成する。加えて、高いほうのAC周波数(>10キロヘルツ(kHz))における動作のために、障壁11は、低い誘電損失正接を有する材料から成らなければならない。
【0020】
さらに、ポリマーの個々のモノマー間のシグナルの急速な変化を測定するために、電解質6及び10を結合する容量を最小化する必要がある。この容量は式C=εA/tによって与えられ、式中、Aは障壁11のエリアであり、tは障壁11の厚さである。全般的に、構造体11をわたって内側電解質容積部8を外側電解質容積部4に結合する容量は好ましくは、2ピコファラド(pF)未満、より好ましくは0.25pF未満である。結合容量の所望の低い値を達成する、障壁11及びチャネル16の具体的な構成は、参照により本明細書に援用される、Hibbs及びPoquetteに対する係属中のPCT出願PCT/US2007/011257号において教示されている。
【0021】
実際には、対象のポリマー18は、図1(a)に示されているように電解質槽4内に導入される。電極28及び30はDCバイアス源23に接続され、チャネルを通してポリマー転位及びバイアス電流を駆動し、チャネル16にわたる電界を提供する。好ましくは、電極28及び30は、チャネル16にわたるDC電界を生成する。DC電界を利用する場合、電極28及び30は、電子の交換によって電解質6及び10に結合する材料から成り、したがって自身のインピーダンスに対して実数成分を有する。好ましくは、電極28及び30は、銀/塩化銀(Ag/AgCl)のような従来の非分極性材料から成る。図1(a)は、流体内に浸されるさらなる電極32及び34を示し、電極32は電流センサ24に接続され、電極34はACバイアス源22に接続される。望ましい場合は、同じ電極をバイアス及び読み出しに使用することができる。別個のDCバイアス電極及びACバイアス電極が使用される場合、電極32及び34は好ましくは、電解質に主に容量的に結合する白金のような材料から成る。
【0022】
ポリマー18は、電気泳動によってバルク溶液又は電解質6からチャネル16に向かって引き出され、実質的にチャネル16の領域におけるその濃度を増大する。印加されるDC電界及びAC電界からの力を受けるために、ポリマー18は好ましくは、その溶媒和状態に固有であるか又は溶液条件(たとえば電解質6、10のpH)を調整することによって誘発若しくは変更され得る正味の電荷を有する。溶液内のポリマー18を包囲する水はこの電荷の幾らかの遮蔽をもたらすが、依然として、印加される電界によってチャネル16に通してポリマー18を駆動することを可能にする正味の電荷が存在する。低減したポリマー電荷は、印加される電界を増大することによって補償することができる。幾つかの場合では、対象のポリマーは、システム1に損傷を与える(たとえば脂質二重層を破る)電圧を印加することなくチャネル16内に引き入れられるほど十分には荷電していないことがある。しかし、概して、低いポリマー電荷は、このポリマー電荷が電界に応じてポリマー速度を制限し、これによってより高いバイアス電界、ひいてはより高いバイアス電流を使用することを可能にするため有益である。したがって、電解質6及び10における化学的環境(たとえばpH、電解質濃度)は好ましくは、ポリマー電荷を最小化するように設定される。
【0023】
概して、チャネル16の入口において1度、ポリマー18をチャネル16の狭い測定領域48及び/又は孔に入らせるためのエネルギー障壁が生じる。たとえば、ssDNA18’がaHlタンパク質孔38に入る場合、入り始めるために、約70ミリボルト(mV)のDC電圧を印加しなければならない。これは、挿入を誘発するのに十分に高いレベルにDC電圧を保ち、その後、ポリマー挿入が生じると直ぐにDC電圧を迅速に低下させることによって克服することができ、ポリマー転位速度を所望のより低いレベルに低下させるようにする。望ましい場合は、運動を誘発するための小さい電圧の期間を短くし、印加されるDC電圧を測定期間の間ゼロに設定することができる。これは、最初の挿入シグナルを約1マイクロ秒(μs)〜10μs内で検出すること、及び印加されるDC電圧を約1μs〜10μsの期間にわたって低下させることを必要とする。適切な孔38に入るポリマー18によって生成される電流の変化は大きい(たとえば、aHl内のssDNAの場合、全電流の最大80%であり、100mVの電圧における〜80ピコアンペア(pA)に相当する)。したがって、ポリマー18の挿入を短い時間期間内に検出することは比較的容易である。
【0024】
これより、システム1が利用される一般的な様態を図2を参照して説明する。印加されるAC電界に応じて流れるAC電流を使用して、測定領域48がポリマー18によって塞がれているときにこの測定領域のコンダクタンスを調べる。AC電流を測定するのに特に適しているシステムアーキテクチャが、上述した、Hibbs及びPoquetteのPCT出願PCT/US2007/011257号に記載されている。好ましくは、電流センサ24は、可能な限り検知電極32及び34の近くにあり、また、漂遊インピーダンスを最小化するための全ての他の事前対策がとられる。測定シグナル対雑音比(SNR)を最大にするために、電流センサ24からのバイアス電流シグナルを狭帯域フィルタ50に送信し、このフィルタにおいて、印加されたAC周波数を中心にしてフィルタリングし、次に復調器52において、当業者に既知のアナログ又はデジタルの方法によって復調してその時間領域変化を復元する。その後、復調されたシグナルを検出モジュール54に送信する。この検出モジュールでは、ポリマー18を測定する準備ができていることを判断するアルゴリズムを利用することができる。その後、56において示されているように、塞がれたチャネルのコンダクタンスを較正値と比較して、チャネル16内に存在する分子単位の性質を推定することができる。較正値は、既知の単独ポリマーシークエンスがチャネル16を通じて転位するときに以前に測定されたシグナルから導出することができる。幾つかの場合では、分子構造の十分な評価を即座に推測することができる。しかし、他の場合では、さらに詳細に後述するように、転位の方向を反転すると共にシグナルを複数回記録し、それによって、58に示されているように多数の測定値を平均化し、ひいては測定の忠実度を向上させることが有利である。加えて、鎖内のモノマーの位置が拡散効果に起因して不確定になる可能性を低減するように測定パラメータを選択するべきであるが、繰返し測定は、このようなエラーを検出及び補正する手段を提供する。転位の方向は、コントローラ62を利用して、印加されるDCバイアス電界の符号を反転することによって容易に反転することができる。冗長データをこのように集めることは、所望のあらゆる距離スケールで実行することができる。各方向に移動するポリマーの長さは、一塩基ほど短くすることができるか、又は、鎖全体ほど長くすることができる。後者のオプションは単に、ポリマー18がチャネル16内に入るのを検出した検出アルゴリズムと同様の検出アルゴリズムを利用するだけである。このようなアルゴリズムは、ポリマー18がチャネル16から出始めるのを検出し、このポリマーが完全に出る前にDCバイアス電界を反転する。64において示されているように、バイアスレベルコントローラを利用して、ポリマー18の転位をさらに制御する。
【0025】
上述した特定のハードウェア及び工程は、印加されるAC電圧バイアス及びAC電流測定を利用して、チャネルが分子によって塞がれているときのこのチャネルのコンダクタンスを推測する。コンダクタンスは、意図的なAC電流を印加すると共に結果的に生じるAC電圧を測定することによって、対応して測定することができる。この構成は、図3の実施形態に示されており、ここでは、電圧センサ24’が電極32及び34に結合され、チャネル16の近傍において電圧を検知する。チャネル16の狭い狭窄部に起因して、チャネル16の片側においてバルク流体領域内で測定される電圧は、実質的にチャネルにわたる電圧となる。固定AC電圧の場合におけるように、電極32及び34を、電解質10及び6にAC結合又はDC結合することができる。ACシグナル及びDCシグナルを、図3に示されているような同じ対の電極28及び30を通じて印加することができるか、又はさらなる対の電極(図示せず)を使用して、AC電界及びDC電界の別個の印加を可能にし、それによって、それぞれの電極特性を最適化することができる。いずれの場合も、DCバイアス源は、AC周波数において高インピーダンスを提示しなければならない。
【0026】
図3の代替の構成を使用する場合、図2を参照して上述した、システム1が利用される一般的な様態をわずかに変更する必要がある。この代替の構成では、印加されるAC電界に応じて生成されるAC電圧を使用して、測定領域48がポリマー18によって塞がれているときにこの測定領域のコンダクタンスを調べる。より詳細には、図1(a)の第1の構成では、振動電気パラメータを与える要素はAC電圧源22であり、一方、図3の構成において利用される要素はAC電流源22’である。さらに、第1の構成では、電流センサ24が利用され、第2の構成の構成では、電圧センサ24’が利用される。工程の残りの部分は変わらない。同様の様態で、当業者は容易に、電圧及び電流への参照を変換して、いずれかの構成に対する用途概念を適切に適用することができるであろう。したがって、システム最適化の詳細に関する以下の説明は、AC電圧バイアス及びAC電流測定を利用する第1の構成の観点のみにおいて記述されている。
【0027】
これより、好ましくはシステム1を最適化するのに用いられる方法をより詳細に説明する。ポリマー18は、その電荷がどれほど小さくても、印加されるAC電界に応じて往復移動する。ACバイアス電圧の振幅Vac及び周波数facは、ポリマー18が、印加されるAC電界の影響下で個々の測定の時間枠内であまりに遠くへ移動するのを防止するために注意深く設定しなければならない。移動する全距離xacは、AC電位Vacの振幅と、AC電位が1つの極性で印加される時間1/2Tac(すなわちその振動の半周期)とに依存する。所与の所望のxacの場合、ACバイアス振幅VacとAC周波数fac(fac=1/Tac)との比は好ましくは一定に保たれる。AC振幅が高すぎる場合、ポリマー転位は、ACバイアスと、複数のモノマー又は塩基の平均化されたシグナルとによって支配される。ACバイアスに起因する運動は、AC周波数を上昇させて、それによって、ポリマー18がACサイクル中に移動する全距離を低減することによって最低限に抑えることができる。概して、遮断電流シグナルの振幅を最大化するためにVacを最大化することが望ましい。
【0028】
第1の実施形態Aでは、Vac及びTacは、xacがポリマー18のモノマー間の平均距離xspの概ね半分未満であり、それによって、隣接するモノマーからのシグナルが共に平均化されないように設定される。使用することができる特定の最大xacは、正味のポリマー遮断シグナルの内部モノマー配列による特有の変化に依存する。たとえば、ssDNAの場合の20℃における平均転位速度は、Vac=100mVの場合、塩基当たり約2μsである。ACバイアスの〜2μsのTacを使用することによって、AC電界が反転する前にssDNAが次の塩基に転位するのを防止する。したがって、室温におけるssDNAの場合、比Vac/facは約0.2V/MHzである。実施形態Aでは、シグナル測定周波数fmeasは、ssDNAの部分に関連付けられる遮断シグナルがポリマー18のp回の振動ごとに1度測定されるようにfac/pに設定される。
【0029】
AC測定バイアスが、ACサイクル当たりのポリマー18の移動が1つのモノマー未満であるほど十分に早く且つ低い振幅であることは望ましいが、必須ではない。ポリマー18が統計的に予測可能な量だけ往復移動する場合、シグナル処理技法を使用して、適切に、測定値をポリマー18に沿った予想位置に帰することができる。たとえば、測定忠実度を向上させる1つの方法は、AC電界の直接影響下で、隣接する単位(たとえばモノマー)間でポリマー18を往復移動させることである。AC振幅及び周波数の適切な組み合わせを使用することによって、ポリマー18を2つのモノマー間で往復振動させることができ、それぞれからのシグナルを、印加される電界と同期して平均化を行うことによって増大することが可能になる。この手法のさらなる利益は、より高い振幅AC電流を誘発して、それによって測定の信対雑音比を増大することができるということである。十分なシグナルを取得すると、ポリマー18を所望の量だけ転位して、次のモノマーを読み取り、シークエンスを重複シグナルから構築することを可能にすることができる。
【0030】
第2の実施形態Bでは、Vac及びTacに対する要件は緩和され、それによって、xacがxsp以上の規模を有することができる。Vacは、xacがモノマー間隔の数nに対応するように設定される。nが整数であることは必須ではないが、概念的には、またおそらく数学的には、nが、偶数個のモノマーに、ひいては概ね全体に及び、好ましくは25%未満だけ全体とは異なることがより簡単である。実施形態Bでは、ポリマー18を、n個のモノマーだけチャネル16を通じて往復駆動させる。この方法は、ssDNAを対象のポリマーとして、またnxsp(n≒5)のAC振幅を有するタンパク質孔を使用して、図4に概略的に図示されている。データサンプルは、図4においてバツ印として示されており、各データ点は、ポリマーの長さnxspにわたる遮断シグナルの平均である。シグナルサンプリング周波数fmeasレートはfac/pに設定され、ポリマー18の長さnxspに関連付けられる遮断シグナルはpサイクルごとに1回測定される。各データ点における正味のシグナルは、単一のモノマー位置ではなく、複数のモノマーにわたって往復振動するポリマー鎖の一部の概ね重み付けされた平均である。このぶれをシグナルから逆畳み込みする手段を、非局在化シグナルを分解する方法のより大きな問題の一部として以下で説明する。AC振動を、望ましい場合にはp回だけ繰り返すことができる。実施形態Bの利益は、より大きいVacを使用して、それによってチャネル16を通過する電流を増大し、それによってポリマー18の各モノマーに関連付けられる遮断シグナルを増大することができるということである。
【0031】
ポリマー18がチャネル16を通じて引かれると、DCバイアス電位Vdcの方向を反転することができ、鎖全体を反対方向に引くことができる。反転の時点は、ポリマーが入るのを開始するために使用される方法と同じ方法で、適切な閾値をポリマー18のバルク遮断シグナル(bulk blocking signal)において設定することによって求めることができる。ポリマー18がチャネル16を通過するごとに、塩基ごとの遮断シグナルの時間記録を反転し、全累積記録に加える。この工程は、要求される測定精度を達成するのに必要な回数だけ繰り返すことができる。拡散の効果を最小化するために、同じポリマーからのこれらの複数のシグナルを比較する場合、雑音と比較して大きさが大きいシグナル特徴を含む、シグナル内の領域をシグナル間でのアラインメントに使用することができる。たとえば、DNAの場合、シトシン(C)塩基とグアニン(G)塩基との間の差を明確に観察するために、繰返しシグナルを考慮する必要があり得るが、はるかにより大きなシグナルを生成する、シトシン(C)とチミン(T)との間の転位は、それぞれ個々のシグナルにおいてより明確になるであろう。
【0032】
孔遮断電流シグナルを読み取るのに使用される手段から独立している、ポリマー転位を制御するさらなる方法は、分子速度に逆らう、チャネル16内の流体の流れを誘発することである。このような流れは、ポリマー18のチャネル16内での側方運動を低減するように作用することができる流体境界層も生成する。同様に、圧力勾配及び/又は圧力流の存在は、孔の構造又はポリマー/孔相互作用をわずかに変化させ、ポリマーのドリフト又は拡散の速度を低下させ得る。
【0033】
本発明によれば、ポリマー18のバルク転位(bulk transition)を達成する手段、すなわちDC電界を、モノマーを識別するのに使用される手段(AC電界)とは別個に制御する。両方の実施形態A及びBでは、DCバイアス電位Vdcは、測定の時間スケール上でモノマーの位置を大幅に乱さないように十分に低く設定しなければならない。したがって、ポリマー18が、所与のモノマー又はモノマーのセットに関連付けられる測定の全時間pTacの間、DC電界xdcに応じて移動する距離は、xspと比較して小さくするべきであり、すなわちxdc<1/2xspである。好ましくは、DC電界は、測定期間pTac中ゼロに設定され、その後、要求される線形増分、すなわちnxspだけポリマー18をチャネル16内に進ませるために短い持続時間にわたって印加される。Vdcの最大値は、障壁11及びチャネル16の破壊電圧である。測定精度を向上させると共に、ポリマー18の領域がスキップされるリスクを最小化するために、図5に示されているように調べられるポリマー18の長さnxspは重ね合わせることができる。
【0034】
この点に関する説明は、チャネル16が内部狭窄部又は測定領域48を有し、それによって、遮断シグナルがモノマー間の間隔と比較して小さい領域において主に生成されることを暗黙的に仮定している。この場合、チャネル電流遮断シグナルの変化は、主に測定領域48内のモノマーに起因するものと考えることができ、そのシグナルは、一方のモノマーが測定領域48を出て他方のモノマーが入るとき、値間の急激な遷移を有するであろう。実際に、この理想的な場合では、モノマーよりも小さいスケールでシグナル構造が存在し得る。しかし、多くの場合、測定領域48は、少なくともモノマーと同じサイズであるか又はより大きく、結果的にシグナルが塩基間で滑らかに変化する。加えて、チャネル16の最も狭い部分におけるポリマー18の部分が測定されるシグナルに最も強く影響を与え得るとしても、狭窄の程度がより小さい部分における妨害物が測定可能な効果を生成することができる。任意の特定の時間において測定されるシグナルは、チャネル16内の各位置の幾何学的配置及び/又は化学的特性に依存する畳み込み関数による、チャネル16の任意の部分における全てのモノマー間の畳み込みとみなすことができる。畳み込み関数の大きさはチャネル16の測定領域48において最大であり得るが、チャネルの長さ全体に沿って非ゼロである可能性がある。
【0035】
理想的には、チャネル16の構造は、チャネルを通じる位置の関数として所与のモノマーによって生成される相対的な妨害物シグナルの形状が各種類のモノマーに関して同じであり、単に大きさのみが異なるように選択される。この構造によって、結果的に生じる逆畳み込み問題を当業者に既知の方法で数学的に解くことが可能になる。そうではない場合、適切な準同型変換を使用することができるか、又は反復方法を使用することができ、その一例を以下で説明する。さらに、実施形態Bにおいて上記で説明されたサブサンプリングに起因するぶれは、幅xacの核によってさらなる畳み込みを生成するであろう。これが数学的に良好に機能する場合、反復法が孔長さ効果(pore-length-effect)逆畳み込みに適用される前に、ぶれを分析的に逆畳み込みすることができる。
【0036】
チャネルに関連する畳み込み関数の特定の形は、特定のポリマー及びチャネルの組み合わせに依存する。しかし、関数を直接調べて、ひいては、既知のポリマーシークエンスの経験的測定による後続のシグナル処理ステージにおいて使用することができる。たとえば、シグナルを、単一の異なる塩基(たとえばシトシン(C))を中間に有する、長さが長い同一塩基(たとえばアデニン(A)塩基)から成るssDNAセグメントから測定することができる。長さは、鎖が完全にチャネル16に入ると、測定されるシグナルが全てのA塩基のためのものとなることを確実にするのに十分に長くなければならない。鎖がチャネル16を移動する際、単一のC塩基が、チャネルの長さに沿った特定の各位置においてCを有する場合に特有の異なるシグナルを生成する。このような測定を多数回繰り返して、このシグナルを非常に正確に求めることを可能にすることができる。単一の異なる塩基を中間に有する、繰り返される塩基(DNAの4つの固有の塩基の場合、11個の他の塩基)の他の可能な組み合わせの場合に、同様の測定を行うことができる。xac>xsp(実施形態B)の場合、測定結果は、xacのぶれが別個に除去されない限り、使用されるxacの特定の値に固有のものとなる。
【0037】
同時に、これらの経験データセットによって、チャネル16内の全ての位置における可能な各塩基に特有の妨害物シグナルを知ることができる。このような畳み込み関数が分かると、任意の所与の測定されるシグナルを逆畳み込みすることができる。塩基ごとの畳み込み関数の形が一定の比例因子だけ異なる場合、標準的な数学的方法を使用することができる。そうではない場合、多くの反復法のうちの1つを適用することができる。たとえば、チャネル16が狭窄の程度が最大の主要な点(畳み込み核における顕著な最高の大きさの位置)を有する場合、1つの方法では、a)観察されるシグナル全体が、狭窄の程度が最大の点において存在する塩基にのみ起因すると仮定して、実際のシークエンスの最初の推測を行うことができ、b)このシークエンスに関して予備的な推測を行うと、鎖の位置ごとに、測定されたシグナルを調整して、狭窄の程度が最大の点にない塩基の寄与を除去し、調整されたシグナルを狭窄の程度が最大の点のために残すことができ、c)調整されたシグナルに基づいて、その狭窄位置における塩基に関して、改善した推測を行うことができ、d)測定されるシグナルと、推定シークエンス及び畳み込み関数に関して予想されるシグナルとの間の一致においてさらなる改善が行われなくなるまで、この工程を繰り返すことができる。狭窄の程度が最大の主要な位置が畳み込み核において存在しない場合、同様に、測定されるシグナルとの最適な一致が得られるまで、仮定シークエンスを繰り返し変更する、より複雑な反復法を使用することができる。
【0038】
理想的には、モノマーシグナルを多数回(p>>1)平均化して、SNRを最大化する。しかし、所与のモノマー又はモノマーのセットに関連付けられる全測定時間(pTac)は熱拡散に起因する分子運動によって制限される。ssDNAの場合、3’末端対5’末端で孔に入る方向における15℃での拡散定数を、それぞれ3.05及び1.77×10−10cm/sと求めた。1.77×10−10cm/sの拡散定数D及びt=1μsの場合、1次元拡散距離(2Dt)1/2は約0.19nm、すなわち約0.45塩基である。たとえば、(チャネル16を出るポリマー18に対応する)片側において吸収境界を有する1つの1次元拡散に関して、より長い時間にわたる拡散の効果を、幾何学的配置に依存する解析解によって推測することができる。式1では、Pescape(t)は、鎖がチャネル16を時間tまでに抜け出す確率であり、dはモノマーの数であり、Dは拡散定数であり、vはDCバイアスに起因する速度である。
【0039】
【数1】

【0040】
(式1)
図6は、100mer鎖の場合の、一定のDにおける(DCバイアスによって生成されるような)異なるポリマー転位速度v、及び一定のvにおける異なるDの効果を示す。図6のy軸は、時間tにおいてチャネル16に残っているDNA鎖の比率である。拡散定数が増大するにつれ、確率分布が経時的に広がる。8×10−11cm/sのD値及びv=1塩基/16μsは、以下に与えられるssDNAの例としての実施形態に対応する。
【0041】
AC測定パラメータVac、Tac及びpは、拡散xdiffに起因するポリマー18の正味の運動がモノマー間の平均距離xspの概ね半分未満であり、それによって連鎖内のモノマーの配列が失われないように設定しなければならない。したがって、20℃におけるssDNAの場合、熱運動によって1つのモノマーのシグナルがその近隣のモノマーによって平均化される前に使用することができる、約1μsのモノマー当たりの全測定時間が最も長い。説明したように、ほとんどのポリマーに関して、1μsの測定時間は十分な記録感度を達成するには短すぎる。したがって、好ましい一実施形態では、温度制御ステージ14を利用して、電解質6、10を冷却し、したがって熱誘導運動を低減する。DNAの場合、転位速度の測定は、電解質6、10を15℃〜2℃に冷却すると拡散定数が4倍変化することを示唆する。これによって、モノマー当たりの滞留時間を4倍増大させることが可能になり、感度において名目上、2倍の向上が可能になる。
【0042】
ac、Tac、Vdc、T及びpの最適値は、測定される特定のポリマーと、使用されるチャネル及び/又は孔の特性とに依存する。上述したように、DNAは、技術的及び商業的に重要な1つのポリマーである。したがって、本発明の好ましい一実施形態の一例として、DNAのシークエンシングの具体的な例を説明する。
【0043】
好ましくは、システム1は、既に参照により援用したHibbs及びPoquette, 2007によって教示されている方法のような、感度が向上した方法によって実施される。この手法では、aHlタンパク質孔38は、図1(c)に示されているように、障壁11内のチャネル16に広がる脂質二重層40内に位置する。チャネル16は、ナノスケール寸法を有し、これは、機械的ロバスト性を向上させ、重要なことには、より高いAC及びDCの印加される電圧の使用を可能にする。
【0044】
上記で略述されたように、ssDNA18’がaHlタンパク質孔38に入るように、Vdcは最初は少なくとも70mVに設定される。ssDNA18’を孔38’に電気泳動によって引き寄せるように、Vdcは好ましくは200mVに設定され、最も好ましくは、現在では概ね750mVである膜技術の破壊電圧限界に設定される。ssDNA18’が測定領域48内に入ったのを検出すると、後述するように、転位速度を所望のレベルまで低下させるようにVdcを低下させる。
【0045】
好ましい一実施形態では、各電解質6、10は3M KClであり、システムは2℃まで冷却される。システムを冷却することは好ましくは、1次元拡散定数を、概ね0.5×10−10cm/sの、その2つの可能な進行方向の平均値に低減する。最も好ましくは、システムを3M KClの概ね凝固点まで冷却することができる。特徴的な拡散時間Tdiffは、1次元拡散に関して、位置における標準偏差がxspに等しいような時間である:
【0046】
【数2】

【0047】
測定周波数は、個々の測定間の時間Tmeas(=pTac)が拡散時間よりも短い(Tmeas<Tdiff)ように設定しなければならない。基本設計として、Tmeas=Tdiff/4を設定する。aHlタンパク質孔内のssDNAの場合、xsp=4×10−8cmであり、Tmeas=4μs、又は同等にfmeas(=1/Tmeas)=250kHzが与えられる。印加されるACバイアスの周波数は、少なくともfmeasでなければならず、好ましくはfac=2.5であり、fmeas=625kHz(すなわちp=2.5)である。
【0048】
2℃では、aHlを通じるssDNAの平均転位速度は、Vac=100mVの場合、塩基当たり16μsであると推定され、これは、速度の電圧に対する線形依存の場合、1Vにおいて0.625塩基/μsのドリフト速度に変わる。運動が同相であると推定すると、正弦AC電圧の場合の変形はxac=速度×Tac/2×piである。fmeas=625kHz、且つVac=1Vの場合、Tac=1.6μs、且つxac=0.16塩基である。125mVの従来のDCバイアス電圧レベルと比較してVacを1Vに設定することは、平均AC電流遮断シグナルを8倍(=1/0.125)増大させるという利益を有する。3M KClにおける動作は、遮断電流をさらに約3倍増大させる。捕捉されるDNAを使用する測定は、DNA塩基間の電流遮断シグナルにおける1pA(Vdc=125mVの場合)差の下限を示唆する。したがって、好ましい実施形態による、AC読み出し手法を使用するDNA塩基間の推定される最小遮断シグナル差は概ね24pA(1×8×3)である。
【0049】
DNAの理想的な塩基ごとの測定が図7に示されている。視覚上の便宜のため、各塩基が描写され(すなわちアデニン(A)、チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C))、概ね一定の電流遮断シグナルが概ね定まっている時間tの間生成され、一方、測定領域48において塩基間で振幅の急な変化が存在する。しかし、塩基間のシグナル変化は急である必要はなく、a)十分な測定SNRが塩基ごとに達成され、且つb)DNAが、塩基の配列が概ね維持されるのに十分なほど単調に動きさえすればよい。
【0050】
meas=250kHzに設定することにより、125kHzの有効雑音帯域幅をもたらす。既に参照により本明細書に援用したHibbs及びPoquette, 2007によって教示されているタイプのシステムの場合、125kHzの帯域幅において、等価電流雑音は概ね5pAmsである。したがって、好ましい実施形態における測定点ごとのSNRは約5である。SNRは、各塩基の複数の測定を行うことによってさらに増加することができる。Vdcが200mVに設定される場合、所与の塩基を8μsの間記録する。代替的に、Vdcを8μs(又は他の所望の時間間隔)の間ゼロに設定することができ、その後、1.6μsの間1Vに設定して、ssDNAを1塩基だけ進めることができる。上述したように、ssDNAのこの好ましい実施形態では、Tdiff=16μsである。したがって、概して、塩基ごとに2つの測定点を取得して、SNRを1.4倍増加することができる。Vdcの極性を1回又は複数回反転すると共に、鎖の長さ全体にわたって、又は塩基間の遮断電流のより大きな変化によって定められる複数の領域にわたってシグナルをコヒーレントに加えることによって、さらなる改善を達成することができる。
【0051】
システム1の総測定スループットは、ポリマー18をチャネル16内に引き入れるのにかかる時間、及びポリマー18をチャネル16で測定するのに必要な時間の両方によって制限され得る。図1(b)に示されているように、複数の測定チャネルを平行して使用することによってスループットを増大することができる。チャネル16’の物理的設計に応じて、これらの測定チャネルは、全て同じ基板において形成することができるか、又は別個の基板に形成することができる。同様に、これらの測定チャネルは、電解質容積部及び測定電極のうちの一方又は両方を共有することができる。実際に、到達統計値(arrival statistics)が測定時間を決定する場合、複数の平行チャネル16’のうちの2つ以上が分子を含み、単に、占められていない孔を通じて引き出される追加の電流雑音を犠牲にして、孔が複数の電解質容積部及び測定電子素子の両方を共有し得る可能性は少ない。これは、参照により本明細書に援用される国際公開WO2006/044248号によって教示されるアレイ構成と同様のアレイ構成で1つの電解質容積部及び1つの電極だけを共有することによって除去することができる。
【0052】
別の重要な利益は検出の速さである。16μs/塩基において、システム1は、1秒間で約50000塩基を読み取ることができる。このシステムは50個の平行チャネルを有するように容易に規模を変えることができる。理論的には、これによって30億の塩基の哺乳類ゲノムを1時間未満でシークエンシングすることが可能となり、現在システムの1000倍の向上が得られるであろう。このような迅速で低コストのシークエンシングを使用して、疾病素因及び治療に関する個別の情報を得ることができ、それによって医療に革命をもたらすことができる。
【0053】
本発明の電解検知システム1は、分子構造の直接の電気的読み取りを可能にし、これは、従来のシークエンシング技術に比べて、DNAシークエンシングに、多数の利益と共にほぼ理想的な手法を提供する。たとえば、本発明のシステムは、1)増幅ステップを必要とすることなく単分子に作用して、多くの時間にわたる関連付けられる処理ステップと、増幅装置と、関連付けられるエラーの可能性とを排除し、2)実質的に消耗品を必要とせず、3)測定を単一コピーに対して行うことができるため、DNAの繰返しセグメントのより早期の確定を可能にし、4)サンプルが破壊されないため、繰返し測定及び記憶を可能にし、5)10000以上の塩基長を読み取るための電位を有し、したがって、長いシークエンスを再構築するのに必要な後処理を大幅に簡素化し、6)低いシステムサイズ、重量、及びコストを有すると共に、可搬性も有することができ、7)DNAフラグメントを再作成するのに逆転写酵素を必要としないため、RNAの迅速なシークエンシングを提供する。これは結果的に、鳥インフルエンザの検出のような用途のために、ウイルスRNAの迅速なin situシークエンシングを可能にする。
【0054】
本発明の好ましい実施形態を参照して説明したが、様々な変更及び/又は修正を、本発明の精神から逸脱することなく本発明に対して行うことができることが容易に理解されるはずである。たとえば、ssDNAを参照して説明したが、本発明のシステムを利用して、任意の適切な分子の物理的構成を測定することができることが理解されるはずである。概して、本発明は、添付の特許請求の範囲の範囲によってのみ限定されるように意図される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
分子の電流遮断シグナルを測定する電解検知システムであって、
第1の電解質を収容する第1の流体室と、
第2の電解質を収容する第2の流体室と、
前記第1の流体室と前記第2の流体室とを隔てると共に、該第1の流体室及び該第2の流体室間に流体連通を提供する測定領域を画定する第1のチャネルを内部に有する障壁と、
前記測定領域にわたって実質的に一定の電界を印加して、前記測定領域を通じる分子の転位を制御して誘発するように構成されるDC電源と、
前記測定領域にわたって振動電気パラメータを印加するように構成されるAC電源であって、前記振動電気パラメータは周波数を有する、AC電源と、
前記振動電気パラメータに関連付けられるチャネル遮断シグナルを検出するように構成されるセンサと、
を備える、電解検知システム。
【請求項2】
前記振動電気パラメータはAC電圧であり、前記センサは電流センサである、請求項1に記載の電解検知システム。
【請求項3】
前記振動電気パラメータはAC電流であり、前記センサは電圧センサである、請求項1に記載の電解検知システム。
【請求項4】
電解質温度制御ステージをさらに備える、請求項1に記載の電解検知システム。
【請求項5】
前記振動電気パラメータの前記周波数は20kHzを超える、請求項1に記載の電解検知システム。
【請求項6】
前記振動電気パラメータの前記周波数は100kHzを超える、請求項5に記載の電解検知システム。
【請求項7】
前記第1のチャネル内に位置するタンパク質孔をさらに備える、請求項1に記載の電解検知システム。
【請求項8】
前記第1のチャネルに広がる膜をさらに備える、請求項7に記載の電解検知システム。
【請求項9】
前記膜は、脂質二重層、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、及び液膜から構成される群から選択される、請求項8に記載の電解検知システム。
【請求項10】
前記タンパク質孔は前記膜内に位置する、請求項8に記載の電解検知システム。
【請求項11】
前記タンパク質孔はα溶血素である、請求項7に記載の電解検知システム。
【請求項12】
前記タンパク質孔は、前記遮断シグナルを改善するように構成される変性タンパク質孔である、請求項7に記載の電解検知システム。
【請求項13】
前記タンパク質孔は、前記分子の長さ内で前記遮断シグナルの空間分解能を向上させるように構成される変性タンパク質孔である、請求項7に記載の電解検知システム。
【請求項14】
前記タンパク質孔は、前記分子の移動度を低減するように構成される変性タンパク質孔である、請求項7に記載の電解検知システム。
【請求項15】
前記障壁は、ガラス、サファイア、石英、高抵抗シリコン及びプラスチックから構成される群から選択される、請求項1に記載の電解検知システム。
【請求項16】
前記第1のチャネルに平行に前記障壁内に設けられる第2のチャネルをさらに備える、請求項1に記載の電解検知システム。
【請求項17】
前記第1のチャネル及び前記第2のチャネルは前記障壁を貫通する、請求項16に記載の電解検知システム。
【請求項18】
前記第1の電解質及び第2の電解質は、前記遮断シグナルの振幅を増大するようになっている最大濃度を有する、請求項1に記載の電解検知システム。
【請求項19】
前記第1の電解質及び前記第2の電解質は、前記分子にある電荷を最小化するように構成される、請求項1に記載の電解検知システム。
【請求項20】
前記第1の電解質及び前記第2の電解質は異なり、それによって、前記第1のチャネルにわたる濃度勾配によって該第1のチャネルに通して電流を駆動する、請求項1に記載の電解検知システム。
【請求項21】
第1の電解質を収容する第1の流体室と、第2の電解質を収容する第2の流体室と、内部にチャネルを有すると共に、狭い測定領域を画定する障壁であって、前記第1の流体室及び前記第2の流体室を隔てる、障壁と、DC電源と、振動電気パラメータを確立するためのAC電源と、センサとを備える電解検知システムにおいて分子をシークエンシングする方法であって、
分子を前記第1の流体室に導入するステップ、
前記DC電源を利用して前記チャネルにわたる実質的に一定の電界を印加するステップであって、転位力を前記分子に提供する、印加するステップ、
前記AC電源を利用して前記チャネルにわたる振動電気パラメータを印加するステップ、
前記振動電気パラメータを測定するステップであって、前記分子が前記チャネル内に存在するときに遮断シグナルを検出する、測定するステップ、及び
前記遮断シグナルをフィルタリング及び復調するステップであって、測定されたシグナルを生成する、フィルタリング及び復調するステップ、
を含む、方法。
【請求項22】
前記AC電源はAC電圧源であり、前記電気パラメータはAC電流である、請求項21に記載の方法。
【請求項23】
前記AC電源はAC電流源であり、前記電気パラメータはAC電圧である、請求項21に記載の方法。
【請求項24】
前記振動電気パラメータは、20kHzを超える周波数で正弦波形状で変化する、請求項21に記載の方法。
【請求項25】
前記振動電気パラメータは、100kHzを超える周波数を有する、請求項24に記載の方法。
【請求項26】
前記振動電気パラメータの振幅を設定するステップであって、前記遮断シグナルに特有の忠実度を最大化する、設定するステップをさらに含む、請求項21に記載の方法。
【請求項27】
前記第1の電解質及び前記第2の電解質を冷却するステップをさらに含む、請求項21に記載の方法。
【請求項28】
前記第1の電解質及び前記第2の電解質は、該第1の電解質及び該第2の電解質のうちの少なくとも一方の凝固点を超える温度まで冷却される、請求項27に記載の方法。
【請求項29】
流体の流れを前記チャネルに通すステップをさらに含む、請求項21に記載の方法。
【請求項30】
前記実質的に一定の電界を変更するステップであって、前記チャネルを通る前記分子の運動を制御する、変更するステップをさらに含む、請求項21に記載の方法。
【請求項31】
前記実質的に一定の電界は、高い値に保たれて前記分子が前記チャネル内に入るのを促進し、その後、低減されて前記分子の転位速度を低下させる、請求項30に記載の方法。
【請求項32】
前記チャネルを通る前記分子の前記運動を、該分子の所与の部分が前記チャネルを通じて繰り返し往復移動するように制御するステップをさらに含む、請求項30に記載の方法。
【請求項33】
前記分子の前記所与の部分は分子全体を構成する、請求項32に記載の方法。
【請求項34】
分析又は反復逆畳み込み技法を利用して、前記測定シグナルを解釈するステップをさらに含む、請求項21に記載の方法。
【請求項35】
前記分析又は反復逆畳み込み技法は、特定の組成の分子に適用される前記電解検知システムの測定に由来する、請求項34に記載の方法。
【請求項36】
前記振動電気パラメータの振幅及び周波数を、前記分子の移動が、該振動電気パラメータのサイクル中、単一のモノマーに満たないように設定するステップをさらに含む、請求項21に記載の方法。
【請求項37】
前記振動電気パラメータの振幅及び周波数を、前記分子の移動が、前記振動電界のサイクル中、単一のモノマーを超えるように設定するステップ、及び
個別のモノマーデータを前記解釈される測定シグナルから抽出するステップ、
をさらに含む、請求項34に記載の方法。
【請求項38】
反復逆畳み込み技法を利用して前記測定シグナルを解釈するステップは、
a.分子シークエンスの初期推測値を選択するステップと、
b.前記初期推測値を利用して前記測定されたシグナルを分子位置ごとに調整するステップであって、前記チャネル中に広がっているモノマーの前記シグナルへの寄与を明らかにして、調整されたシグナル値を生成する(develop)、調整するステップと、
c.前記調整されたシグナル値に基づいて前記分子シークエンスの更新した推測値を計算するステップと、
d.最適な更新されたシグナル値が得られるまで、ステップb及びcを繰り返すステップと、
を含む、請求項34に記載の方法。

【図1(a)】
image rotate

【図1(b)】
image rotate

【図1(c)】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate


【公表番号】特表2010−501077(P2010−501077A)
【公表日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−524690(P2009−524690)
【出願日】平成19年8月17日(2007.8.17)
【国際出願番号】PCT/US2007/018243
【国際公開番号】WO2008/021488
【国際公開日】平成20年2月21日(2008.2.21)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(505388436)エレクトロニック・バイオサイエンシーズ・エルエルシー (5)
【Fターム(参考)】