説明

電解系によってまたは反応性酸素種によって物品を汚染除去、消毒または滅菌する方法

物品を汚染除去、消毒または滅菌する方法であって、酸素添加された電解液(4')を含む電解系の中に物品を入れ、電解系に電位差を加えることを含む方法。この方法は、ステンレス鋼外科用器具(3')の滅菌に特に適し、この器具は電解系中で陰極を構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、物品を汚染除去、消毒または滅菌するための方法および装置、特に酸素添加された電解液(oxygenated electrolyte)を含む電解系(electrolytic system)の使用によって物品を汚染除去、消毒または滅菌するための方法および装置に関する。この方法は外科用器具などの医療装置の滅菌に特に適する。
【背景技術】
【0002】
器具の汚染除去は、その器具を再使用しても安全なものにするために使用されるプロセスの組合せを表す。汚染除去はさまざまな産業分野に応用できるが、特に保健の分野で重要である。
【0003】
一般に、医療用器具の汚染除去プロセスに含まれるステップは洗浄、消毒および滅菌である。それ自体が健康リスクとなるだけでなく、後の消毒および滅菌ステップを阻害する有機物を除去するので、洗浄は、汚染除去の必要な最初のステップである。汚染除去プロセスの次のステップは、細菌の胞子を除く病原性微生物を除去または破壊することを目指す消毒である。消毒は一般に、自動化された洗浄および加熱プロセスまたは化学物質の適用によって達成される。いくつかの化学消毒薬が一般的に使用されており、これには家庭用洗剤(例えば食器洗い液)、塩素製剤(例えば次亜塩素酸ナトリウム)、アルコール製剤(例えば70%のイソプロピルアルコール)などの汎用洗剤が含まれる。しかし、これらのうちいくつかの製剤、特に塩素を含む消毒薬は外科用器具の腐食を引き起こす。消毒は、自動化された洗浄と加熱の組合せを使用して微生物を除去する洗浄/消毒器を使用して達成することもできる。汚染除去の最後のステップは、細菌の胞子を含む、理想的には全ての生物を医療用器具から理想的には完全に除去することを目指す滅菌である。滅菌は一般に水蒸気を使用して実行され、滅菌しようとする器具の全ての表面と指定された圧力の水蒸気との間の指定された期間の接触を必要とする。しかし、滅菌も外科用器具の腐食を引き起こす可能性があり、特に水蒸気滅菌装置において生水が使用される場合にそうである。もちろん、消毒および滅菌は、汚染除去プロセスの中で実行されるだけではなく、それら自体だけで実行されるプロセスでもあることを理解されたい。
【0004】
医療機器の汚染除去は、院内感染(hospital acquired infections: HAI)、例えばMRSAのリスクの最小化にとって重要である。このような感染の他の1つの例が、運動機能障害、痴呆、最終的には死に至る中枢神経系の神経変性障害である伝染性海綿状脳症(transmissible spongiform encephalopathy: TSE)または「プリオン病(prion disease)」である。このようなTSEの一例がクロイツフェルトヤコブ病(CJD)である。感染した人との通常の臨床的または社会的接触によるTSE伝染の危険は知られていないが、脳神経手術、角膜および硬膜移植、ならびにヒト成長ホルモン注射を受けた患者は感染した(Decontamination of Surgical Instruments and Other Medical Devices - Report of a Scottish Executive Health Department Working Group February 2001)。
【0005】
ウシ海綿状脳症(BSE)および変異型CJD (vCJD)もTSEの例である。BSEおよびvCJDを引き起こす作用物質はまだ確認されていないが、不適当に折りたたまれた形態の膜プリオンタンパク質(PrP)が関係していることが知られている。PrPScと名づけられたこの病気特異的形態のPrPは、vCJDにかかった結果死亡した患者の扁桃、脾臓、リンパ節およびCNSで発見されている。
【0006】
プリオンタンパク質は、従来の滅菌法に対して極端な抵抗性を示し、金属およびプラスチックの表面に結合しても感染力を失わない傾向を有するため(PNAS Colloquium; 2002; 99, suppl.4; 16378-16383)、医療汚染除去の課題である。加熱によるPrPScの滅菌は現在、このタンパク質を、多孔質負荷オートクレーブ(porous load autoclave)の中で134℃の水蒸気に18分間暴露することを含む。しかし、これよりも長い暴露時間が必要かもしれないこと、およびたとえそうしたとしても、この方法によって完全な不活化は不可能かもしれないことが示唆されている。プリオンタンパク質の感染力を際立たせる1つの事例では、診断未確定のCJD感染患者の皮質に以前に挿入された電極が、ベンゼン、70%エタノールおよびホルムアルデヒド蒸気を用いた処理を含む汚染除去手順にかけられた(J. Neurol. Neurosurg. Psychiatry; 1994; 57, 757-758)。この同じ電極が続いて2人の患者に使用され、2人とも処理から2年以内にCJDを発病した。それぞれの使用の後、電極は上記のとおり洗浄された。犯人と目されたこの電極は次いでチンパンジーの脳に挿入され、そこでも海綿状脳症を引き起こした。この調査は、数年間にわたる多数回の滅菌の試みの後もこの電極が感染性プリオンタンパク質を持ち続けたことを示している。したがって、医療用器具の表面からプリオンタンパク質を除去することができる滅菌法は、従来技術の重大な改善を示すものとなろう。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、改良された汚染除去、消毒または滅菌法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
第1の態様によれば、本発明は、物品を汚染除去、消毒または滅菌する方法であって、酸素添加された電解液を含む電解系の中に物品を入れ、電解系に電位差を加えることを含む方法を提供する。本発明の方法を使用すると、汚染物質、例えば汚染性生体物質を物品から効果的に除去することができると考えられる。さらに、本発明の方法を使用すると、物品の表面の汚染物質、例えば汚染性生体物質を破壊することができると考えられる。さらに、この方法は、物品の表面に存在する汚染物質または電解液中に存在する汚染物質(例えばこの方法の間に表面から除去された汚染物質)を分解し、または他の方法で無効にする働きをすると考えられる。さらに、本発明の方法は、汚染物質が物品に再付着することを妨げることができると考えられる。本発明を使用して除去することができる汚染物質には、アミノ酸、タンパク質、細菌、哺乳類の細胞およびプリオンタンパク質が含まれると考えられる。本発明の方法は特に、物品を滅菌する方法として適当である。
【0009】
本発明の方法は、任意の物品の汚染除去、消毒または滅菌に適する。しかし本発明の方法は、医療用器具、例えば外科用器具または歯科用器具の汚染除去、消毒または滅菌に特に適する。これらの医療用器具は一般に、金属を含む医療用器具などの導電性の医療用器具である。医療用器具は外科用器具であることが好ましい。このような外科用器具の例はメス、電極および外科用ねじである。本発明の方法で使用される物品の他の例はコンタクトレンズである。
【0010】
本発明の電解系において使用することができる電解液は、その中で酸素が還元される可能性がある任意の電解液とすることができる。当業者ならこの目的に適した電解液を知っているはずである。一般的な電解液はイオン性塩の水溶液である。このような電解液の例は、水酸化カリウム、リン酸ナトリウム、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、オルトホウ酸塩またはクエン酸塩の水溶液である。好ましい電解液は、リン酸ナトリウム、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、オルトホウ酸塩またはクエン酸塩の水溶液、あるいはこれらの混合物など、環境にやさしい電解液である。特に好ましい電解液は炭酸水素ナトリウムの水溶液である。
【0011】
電解液のpHは、電解系中での酸素の還元に影響を及ぼす。例えば、酸素が電解還元を受けて超酸化物イオンを生成することができることは知られている。この超酸化物イオンは塩基性種であり、超酸化物イオンの安定性はpHの低下とともに低下する。したがって、電解液は中性またはアルカリ性であることが好ましい。電解液の一般的なpH範囲は7から11である。環境を考慮して、電解液のpHは実質的にpH7であることが好ましい。
【0012】
本発明の発明者は、電解液中の不純物の存在が酸素の還元速度を低下させることを発見した。このことを考慮して、水性電解液を使用するときには、脱イオン水を使用して電解液を調製することが好ましい。
【0013】
しかし、電解液中の添加物は、場合によっては、電解系中での酸素の還元を向上させる。このような添加剤の一例は洗剤であり、本発明の発明者は、電解液1mlあたり0.1ml以上の洗剤濃度が酸素の還元速度を向上させることを発見した。したがって本発明はさらに、電解系中での酸素の還元を向上させる添加物を含む電解液に関する。
【0014】
電解液の酸素添加は、電解液に酸素(好ましくは分子酸素)を導入するのに適した任意の方法によって達成される。一般的な方法は、酸素を含有するガス(好ましくは分子酸素を含有するガス)を電解液中でバブリング(bubbling)することを含む。このような方法は一般に、酸素または酸素含有ガスで電解液が飽和するまで実行されるが、電解液の完全飽和は必ずしも必要ない。この目的には任意の酸素含有ガスを使用することができると予想されるが、一般には空気となろう。反応条件中に酸素を供給する前駆物質を使用して電解液に酸素添加することもできる。
【0015】
一般に、電解液中の酸素含有量は、酸素の飽和濃度の1から100%である。酸素含有量は25から100%であることが好ましい。酸素含有量は50から100%であることがより好ましい。酸素含有量は75から100%であることが特に好ましい。
【0016】
好ましい一実施形態では、電解液中の酸素含有量が、ガスの飽和濃度の1から100%である。酸素含有量は15から100%であることが好ましい。酸素含有量は50から100%であることがより好ましい。酸素含有量は75から100%であることが特に好ましい。
【0017】
電解液は一般に、電解槽に電圧を加える前に酸素添加される。しかし、電解の間に電解液に酸素を導入することもできる。
【0018】
電解系に加える電位差は一般に、酸素添加された電解液中の酸素を還元するのに十分な電位である。一般に、電解系に加えられる電位差は、水を水素ガスに還元するのに十分な電位差よりも小さい。酸素添加された電解液中の酸素を還元するのに十分な電位差は、電解液の性質、電解液のpHおよび陰極を含む数多くの因子に左右される。しかし、電位差の範囲は一般に、標準銀電極(SSE)と比較して、または標準銀電極(SSE)に対して-1.50から+0.25Vである。電位差の好ましい範囲は-1.25から-0.5Vである。より好ましい範囲は-1.0から-0.8Vである。一例として、アルカリ溶液中の研磨されたステンレス鋼陰極に対しては、酸素還元のための電位差の範囲が-0.2から-0.9Vである。
【0019】
本発明の方法は、電解系に対して一般に使用される任意の温度で実行することができる。適当な温度範囲の一例は10から75℃である。好ましい温度範囲は15から50℃である。本発明の方法は一般に室温で実行されることが予想される。
【0020】
電解系に電位差を加える時間は、電解系の性質、加える電圧および電解液の酸素含有量を含む多くの因子に左右される。しかし、電位差は約36時間まで加えられることが予想される。好ましい制限時間は6から30時間、特に好ましい制限時間は8から24時間である。好ましい一実施形態では、制限時間が一般に0.5から4時間、好ましくは0.75から2時間、より好ましくは約1時間である。
【0021】
電解系の陰極は、その表面で酸素を還元することができる適当な任意の導電材料から製作することができる。このような材料の例はステンレス鋼および関連合金である。このような材料の他の例は導電性ポリマーである。
【0022】
本発明の方法は、電解系の電解液中に存在するアミノ酸、タンパク質などの生体物質を効果的に分解することができる。したがって一実施形態では本発明が、電解液の中に入れられた物品を汚染除去、消毒または滅菌する前述の方法に関する。
【0023】
本発明の方法が、陰極の表面に存在するタンパク質、細菌、哺乳類の細胞などの生体物質を分解するのに特に有効であることが分かった。したがって好ましい一実施形態では本発明が、物品を汚染除去、消毒または滅菌する前述の方法であって、物品が電解質系の陰極を含む方法を提供する。研究によれば、本発明の方法は陰極の完全性を保存し、したがって汚染除去、消毒または滅菌しようとする物品に損傷を与えない。したがって本発明の方法は、汚染物質の直接陽極酸化を含む方法よりも有利である。このような方法はしばしば電極の損傷と関連しているからである。この実施形態では、陰極の働きをすることができるものであるかぎり、物品は任意の材料を含むことができる。適当な材料には鋼、黄銅などの金属が含まれるが、ステンレス鋼が好ましい。
【0024】
反応性酸素種は、電解系および酸素添加された電解液を使用する前述の方法によって生成させることができる。本発明の他の態様は、物品の汚染除去、消毒または滅菌における反応性酸素種の使用を提供する。本発明は特に、物品の滅菌における反応性酸素種の使用を提供する。好ましい反応性酸素種類は、超酸化物イオン(O2-・)、ヒドロキシルラジカル(OH)および過酸化水素(H2O2)のうちの1種または数種である。反応性酸素種の1種がヒドロキシルラジカルまたは超酸化物イオンであるとさらに好ましい。反応性酸素種の1種が超酸化物イオンであると特に好ましい。反応性酸素種が超酸化物イオンであると最も好ましい。一実施形態では、反応性酸素種がヒドロキシルラジカルであると最も好ましい。
【0025】
本発明の他の態様は、酸素添加された電解液を含む電解系を備えた汚染除去、消毒または滅菌装置を提供する。本発明はさらに、酸素添加された電解液を使用中に含む電解系を備えた汚染除去、消毒または滅菌装置を提供する。本発明はさらに、取外しのできるふたを有する容器を備えた該装置を提供する。このような装置では、電解系の回路電線の一部をふたの中に含めることができ、ふたが容器の上に置かれたときに回路が完成し、ふたが取り外されたときに回路が切れる。本発明はさらに、電解系の陰極が滅菌しようとする物品である該装置を提供する。本発明はさらに、汚染除去、消毒または滅菌しようとする物品に電流を流すための手段を備え、使用中、物品が電解系の陰極の働きをする該装置を提供する。本発明はさらに、汚染除去、消毒または滅菌しようとする物品が電解系の陽極と陰極の間に保持される装置を提供する。このような装置では物品を、ふたに取り付けられたホルダの中に保持することができる。さらに、このホルダは、非導電性プラスチックメッシュなどの非導電材料から製作することができる。本発明はさらに、本明細書に記載の汚染除去、消毒または滅菌法を実行するための汚染除去、消毒または滅菌装置を提供する。
【0026】
次に、添付図面を参照し例を挙げて本発明をさらに説明する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
図2は、電解系に電位差を加えるための電源1と、陽極2と、陰極3と、酸素添加された電解液4と、容器5とを含む電解系を概略的に示している。
【0028】
図3は、電解系に電位差を加えるための電源1'と、陽極2'と、汚染除去、消毒または滅菌しようとする物品3'と、酸素添加された電解液4'と、容器5'とを含む電解系を概略的に示している。
【0029】
図4は、ふた6と、回路電線7と、接触電線8と、汚染除去、消毒または滅菌しようとする物品を保持するための装置9と、陰極3"と、回路電線10と、非導電性プラスチックなどの非導電性材料から製作することができる容器5"と、電源1"と、例えばプラスチックメッシュなどの非導電性材料から製作された中心軸11と、保持クリップ12と、陽極2"と、ねじ接続、押込みばめ接続などの容器とふた13の間の接続と、蝶番14とを含む電解系を概略的に示している。
【0030】
図4に示した実施形態を使用して、医療用器具などの任意の物品を汚染除去、消毒または滅菌することができる。物品はかごの中に入れることができる。しかし、この実施形態はコンタクトレンズの洗浄に特に適している。
【0031】
陽極2は、適当な任意の導電材料から製作することができる。適当な材料の例にはこれらの条件下で腐食しない任意の導電材料が含まれる。具体的な例は、白金などの貴金属および黒鉛などの炭素材料である。
【0032】
電解系における酸素の電解還元では一般に、酸素が陰極3で還元される。しかし、陰極3で生成された還元された酸素種は電解液4中で遊離の状態にあり、電解液4中でさらに反応を受けて、他の酸素電解還元種、すなわち反応性の酸化性酸素種を生成することができる。したがって本発明の方法は、電解系の電解液4の中に滅菌しようとする物品を入れることによって実行することができる。しかし、導電性物品または他の金属性物品の滅菌に関して、酸素の還元は陰極3の表面で起こるので、本発明の好ましい一実施形態は、滅菌しようとする器具を陰極3として使用することである。導電性物品または他の金属性物品の全部または一部が導電材料または金属材料を含むことができることを理解されたい。さらに、導電性物品または他の金属性物品の表面の全部または一部が導電性または金属材料を含むことができる。この実施形態は、ステンレス鋼物品、例えばステンレス鋼外科用器具に対して特に適している。
【0033】
外科用器具は一般にステンレス鋼を含む。外科用器具の製造に使用されるステンレス鋼には、マルテンサイト系、オーステナイト系およびフェライト系の3つのタイプがある。マルテンサイト系ステンレス鋼は、鉄(72〜89.3%)、クロム(10.5〜18%)および炭素(0.2〜1%)からなる。マルテンサイト系ステンレス鋼は腐食に対して適度に抵抗性であり、刃を有する必要がある器具、および丈夫で摩耗に対して抵抗性である必要がある器具を製造するために使用される。マルテンサイト系ステンレス鋼外科用器具の例には、外科持針器および歯科用歯石除去器が含まれる。
【0034】
オーステナイト系ステンレス鋼は鉄(62〜78%)、クロム(16〜26%)およびニッケル(6〜12%)からなる。このタイプのステンレス鋼は、良好な耐食性および適度な強度を必要とする医療用器具を製造するために使用される。オーステナイト系ステンレス鋼医療用器具の例には皮下注射針および歯科用印象用トレーが含まれる。フェライト系ステンレス鋼は、鉄(約82〜87%)、クロム(12.5%または17%)およびニッケル(一般に<1%)からなる。このタイプのステンレス鋼は医療用器具の製造ではあまり使用されない。フェライト系ステンレス鋼医療用器具の例には、器具のためのねじ頭および中実のハンドルを有する医療装置が含まれる。
【0035】
本発明のこの実施形態では、電解系に電位差が加えられたときに、酸素添加された電解液中の酸素が、反応性酸素種を生成する一連の反応を受ける。このような反応性酸素種の例は、超酸化物イオン(O2-・)、ヒドロキシラジカル(OH)および過酸化水素(H2O2)である。本明細書に記載した汚染除去、消毒または滅菌法の効力は現在のところ、この反応の条件下で生成される反応性酸素種によるものと考えられる。
【実施例】
【0036】
材料および方法
外科用器具電極
外科用組織鉗子を2インチに切断し、外科用器具電極として使用した。
【0037】
電気化学系
使用した電気化学機械はBAS-50Wボルタンメトリーアナライザーである。
【0038】
化学物質
化学物質は全て、使用可能な最も高い純度のものであり、特に明記しない限りSigma-Aldrich社から入手した。
【0039】
質量分析
質量分析は全てMicromass LCアナライザーで実行した。質量分析は全て、コーン電圧(cone voltage)30Vのエレクトロスプレーポジティブモード(electrospray positive mode)で実行した。
【0040】
電解
サイクリックボルタンメトリー。サイクリックボルタンメトリーは全て、下記の方法によって実行した。特に明記しない限り電位は全て、Ag/AgCl参照電極(標準銀電極、SSE)に対して表した。
【0041】
標準電気化学セル中で電解液アリコート20mlを使用した。作用電極は、使用のたびに事前に研磨アルミナで研磨した。補助電極は黒鉛棒(直径6mm)または白金コイルとした。参照電極はAg/AgClとした。最初の走査方向は負方向とした。マグネチックスターラーを使用して溶液を撹拌した。脱気溶液(deaerated solution)として、電解前に1時間、溶液に窒素を通した。1時間後、電解液から窒素放出管を取り出し、電解液の表面の上方に置いた。これによって、電解の間中、電解液表面の上方に窒素被覆を維持した。
【0042】
グルタチオン分解-DTNB検定による評価
バルク電解を90分間実行した。15分ごとに電解槽から100μM試料を取り出した。この試料を、脱イオン水中のリン酸緩衝液(pH7)100mMおよび100μM 5,5'-ジチオビス(2-ニトロ安息香酸)(DTNB)を含むキュベットに加えた。吸光度は412nmで読みとった。対照は室温に90分間放置し、次いで100μlをEDTA/DNTB溶液に加え、吸光度を412nmで読みとった。
【0043】
グルタチオン分解-質量分析による評価
100mMグルタチオン貯蔵溶液10μlをバルク電解槽に加え、前述のとおりに90分間実行した。電解槽中のグルタチオンの初期濃度は50μMであった。次いで試料を取り出し(20μl)、49.5%アセトニトリル+49.5%脱イオン水+1%ギ酸溶液を用いて5mlに希釈した。最終的なGSH濃度は200nMであった。さらに、最終的なGSH濃度が200nMとなるようにGSH対照を調製した。これらの溶液をエレクトロスプレー質量分析計にかけた。
【0044】
質量分析によるミオグロビン分解の評価
ミオグロビン貯蔵溶液を濃度10mg/mlとし、脱イオン水で洗浄したPD-10カラム上で脱塩した。
【0045】
10mg/mlミオグロビン貯蔵溶液1mlを電解液19mlに加えた。
【0046】
前述のとおりのバルク電解を8時間実行した。1時間ごとに試料を取り出した。49.5%アセトニトリル+49.5%脱イオン水+1%ギ酸溶液2部にこのタンパク質溶液1部を加えた。対照は室温で放置した。対照は、貯蔵ミオグロビン溶液1mlおよびNaHCO3(pH7、50mM)19mlからなる。この溶液をエレクトロスプレー質量分析計にかけた。対照溶液および全てのタンパク質試料は使用まで-20℃で保管した。
【0047】
SDS-PAGEによるミオグロビン分解の評価
15%アクリルアミドゲルを以下のように調製した。
【0048】
分離用ゲル:
ビスアクリルアミド 4.24ml
分離用緩衝混合液 3.995ml
過硫酸アンモニウム 1ml
TEMED 10μl
水 4.769ml
濃縮用ゲル:
ビスアクリルアミド 0.3034ml
濃縮用緩衝混合液 2.03ml
過硫酸アンモニウム 0.3ml
TEMED 4μl
水 0.669ml
これらのゲルは100mVで実行し、クーマシーブルーで染色し、次いで標準SDS-PAGEゲル脱色溶液で脱色した。
【0049】
外科用器具のバルク電解
全てのバルク電解実験は以下のように実行した。作用電極は外科用器具とした。マグネチックスターラーは速度700rpmにセットした。補助電極は黒鉛棒とした。固定電位は-900mVとした。50mM NaHCO3(pH7)電解液を使用した。
【0050】
(実施例1)
グルタチオン分解
DTNB検定によるグルタチオン分解の評価
グルタトン(GSH)は、システイン、グリシンおよびグルタメートからなるトリペプチドである。5,5'-ジチオビス(2-ニトロ安息香酸)(DTNB)はSH基と反応して、波長412nmの光を吸収する5-メルカプト-2-ニトロ安息香酸を生成する。GSHはスルフヒドリル基を有するため、DTNBを使用して、試料中に存在するGSHの量を調べることができる。この検定では、最終GSH濃度が50μMになるように電解液にグルタチオンを加えた。外科用器具を作用電極として使用し、定電位-900mVに90分間保持した。15分間隔で電気化学セルから試料を取り出し、DTNB検定で使用した。これを、通気溶液(aerated solution)と脱気溶液の両方について3連で実施した。電解液中にグルタチオンを含む対照は室温に1時間置いた。図1は、通気溶液と脱気溶液のDTNB検定の結果を比較したものである。
【0051】
このDTNB検定の結果は、通気溶液と脱気溶液の間の明らかな差を示している。通気溶液の検定結果は、外科用器具作用電極がNaHCO3(pH7)中のグルタチオンを分解することを示している。吸光度は約40分後まで直線的に低下し、その後、水平になり始める。これは、最大速度に達成するまで、電解液中の酸素の還元による反応性酸素種の生成の増大と整合しており、作用電極へのO2とGSHの両方の質量輸送および溶液のO2枯渇によって制限される。脱気溶液では、グルタチオンの分解が若干起こっているようだが、その速度は対照よりもわずかに速いだけにすぎない。脱気溶液の時間に対する吸光度のグラフは、対照のグラフとよく一致している。このことは、脱気が不完全で若干の酸素が電解液中に残ったか、または補助電極での酸素が関与しないプロセスによってGSHがある程度酸化されたことを示唆している。
【0052】
質量分析によるグルタチオン分解の評価
50mM NaHCO3水性電解液(pH7)にグルタチオン(GSH)を、最終GSH濃度が50μMになるように加えた。外科用器具を作用電極として使用し、定電位-900mVに90分間保持した。90分後、電気化学セルから試料を取り出し、エレクトロスプレー(ES)質量分析計にかけた。電解液中にグルタチオンを含む対照は室温に90分間置いた。
【0053】
グルタチオンの分子量は307であり、対照溶液は、プロトン付加されたグルタチオンのため約m/z308でピークを示した。このグルタチオンのピークは対照溶液の質量スペクトルには存在するが、通気溶液の質量スペクトルには存在しない。このことは、水性NaHCO3電解液(pH7)中の-900mVの外科用器具電極での酸素還元によってグルタチオンが分解されることを示している。総ペプチド中の小さな割合として存在するグルタチオンの酸化形態であるGSSGのため、約615にもピークが現れた。
【0054】
(実施例2)
ミオグロビン分解
質量分析によるミオグロビン分解の評価
10mg/mlミオグロビン貯蔵溶液1mlを電解液19mlに加えた。外科用器具を作用電極として使用して電位-900mVでバルク電解を8時間実行した。1時間ごとに試料を取り出し、冷蔵庫に入れて保管した。これを通気溶液と脱気溶液の両方について実行した。NaHCO3(pH7)中にミオグロビンを含む対照は室温に8時間放置した。対照は試料と同じ濃度にした。電解後、溶液をエレクトロスプレー質量分析計にかけた。
【0055】
貯蔵溶液の質量スペクトルでは、プロトンが付加した異なる形態のミオグロビンに対応するm/z700とm/z1600の間にピークが現れた。ウマ心臓ミオグロビンの分子量は約17,000g/モルである。m/z 707、734、771、808、849、893、943、998、1060、1131、1138、1219、1319および1413のピークはそれぞれ24〜12回プロトン付加されたミオグロビンに対応する。
【0056】
対照のミオグロビンに対応するピーク高さは、貯蔵溶液に比べて低下していた。対照質量スペクトルではm/z600とm/z94の間に、貯蔵溶液の質量スペクトルには存在しなかった追加のピークも観察された。これらのピークは、対照のミオグロビンの分解産物に対応する。具体的には、m/z91および227に、対照スペクトルにはなかった比較的に大きなピークが見られた。貯蔵および対照溶液の質量スペクトルのこれらの差は、タンパク質を凍結-融解するときに見られる通常の分解によることが示唆される。
【0057】
脱気溶液の質量スペクトルは、8時間のバルク電解後でも、対照に比べて相対的に小さな差しかないことを示した。一方、通気溶液の質量スペクトルは、バルク電解から取り出した試料と対照の間の相対的な大きな差を明らかに示していた。-900mVでの8時間の電解の後、ミオグロビンのピークはほぼ完全に消失した。通気溶液と脱気溶液の8時間試料のスペクトルの比較は、このような広範囲の分解は通気溶液だけで起こることを示した。
【0058】
SDS-PAGEによるミオグロビン分解の評価
質量分析に使用したのと同じ試料をポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)によってさらに分析した。
【0059】
使用したサイズマーカーは、分子量225、150、100、75、50、35、25、15および10kDaの9種類のペプチドからなる幅広い範囲のサイズのマーカーであった。
【0060】
脱気溶液と通気溶液のゲル間には明らかな差があった。脱気溶液のゲルは、電解槽中での8時間のインキュベーションの後、対照に比べてミオグロビンバンドの強度において観測できる差がほとんどないことを示していた。通気溶液のゲルでは、対照および脱気溶液のゲルの等価のレーンに比べて5時間後の強度に明らかな低下がある。バンドの強度は6、7および8時間試料でも低下していた。通気電解液中での8時間の電解の後、試料は、対照に比べて、無傷のミオグロビンに対応した非常にかすかなバンドだけを与える。
【0061】
(実験3)
透析管実験
アルブミンタンパク質を(12〜14,000Daの範囲の)透析管に加え、この管を一方の電極に取り付けた。これによってアルブミンタンパク質は、一方の電極、すなわち外科用器具陰極または黒鉛棒陽極に密に接触して置かれた。次いで電解を実行した。この実験の結果は、アルブミンタンパク質が外科用器具陰極では分解されたが、黒鉛陽極では分解されなかったことを示した。これによって、この汚染除去プロセスが陰極プロセスであることが確認され、このことは、通気/窒素実験とともに、汚染除去が還元性の酸素ラジカルプロセスによって進むという主張を支持している。この実験はさらに、器具表面の近くの汚染を効果的に破壊することができることを示した。ほとんどの器具は表面に吸着した汚染物質を含み、この実験は実生活の状況のよい反映である。
【0062】
(実験4)
細菌および哺乳類の細胞
本発明の方法はタンパク質に対して有効であることが証明されたので、細菌に対する効果も検討した。細菌(E.coli)溶液中に金属を2時間置いた後に空気乾燥することによって細菌を金属の表面に直接に吸着させた。この吸着細菌を電解系に24時間暴露すると、寒天細菌増殖培地に試料を加えたときに、細菌コロニー増殖の数とサイズの両方にかなりの低下が見られた。この実験では、プラスチック製無菌ループを使用して無菌条件下でこの金属をかき、それを新たに調製したLB寒天平板に移し、37℃で一晩増殖させた。次いで細菌生存の指標としてコロニーを計数した。
【0063】
哺乳類細胞の汚染に対する有効性を調べるため、金属をポリ-D-リジンでコーティングし、ダウディ細胞(Daudi cell)を金属に付着させて24時間置いた。ダウディ細胞を選択したのは、それらがB細胞として知られる血球タイプであるためである。次いでこれらの細胞を24時間汚染除去系に暴露し、市販のニンヒドリン試験法を使用して金属の汚染を試験した。ニンヒドリンはアミノ基と反応し赤く発色する。したがってこのキットを使用した陽性および陰性の対照はそれぞれ赤および無色であった。本発明に基づく系で「汚染除去」した金属は、ニンヒドリンで染色したときに赤い色を示さなかったが、系に電流を流さなかった以外、したがって汚染除去しなかった以外は同じように処理した陽性の対照金属は赤い色を示した。これは、哺乳動物の細胞(およびポリ-D-リジン)が器具表面から除去されたことを明白に示している。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】対照、通気電解液および脱気電解液のグルタチオンDTNB検定を示す図である。
【図2】本発明の一実施形態に基づく電解系を概略的に示す図である。
【図3】汚染除去、消毒または滅菌しようとする物品が電解系の陰極を構成する本発明の一実施形態に基づく電解系を概略的に示す図である。
【図4】汚染除去、消毒または滅菌しようとする物品が、電解系の陽極と陰極の間の電解液の中に保持される本発明の一実施形態に基づく電解系を概略的に示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
物品を汚染除去、消毒または滅菌する方法であって、酸素添加された電解液を含む電解系の中に前記物品を入れ、前記電解系に電位差を加えることを含む方法。
【請求項2】
物品を滅菌する方法である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記物品が医療用器具である、請求項1または請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記物品が外科用器具である、前記請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記物品がステンレス鋼を含む、前記請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記物品が前記電解系の陰極を含む、前記請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記電解液が、リン酸ナトリウム、塩化ナトリウム、硫酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、オルトホウ酸塩またはクエン酸塩の水溶液である、前記請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記電解液が炭酸水素ナトリウムの水溶液である、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記電解液が中性またはアルカリ性である、前記請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記電解液のpHが実質的に7である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
使用前に前記電解液に通気する、前記請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記電解中に前記電解液に通気する、前記請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記酸素添加された電解液の酸素含有量が1から100%である、前記請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記酸素添加された電解液の酸素含有量が50から100%である、請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記電解系に加える前記電位差が、標準銀電極(SSE)と比較して、または標準銀電極(SSE)に対して-1.50から0.25Vである、前記請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項16】
前記電位差が、標準銀電極(SSE)と比較して、または標準銀電極(SSE)に対して-1.25から-0.5Vである、請求項14に記載の方法。
【請求項17】
前記電解系に前記電位差が36時間まで加えられる、前記請求項のいずれか一項に記載の方法。
【請求項18】
前記電位を6から24時間加える、請求項16のいずれか一項に記載の方法。
【請求項19】
物品の汚染除去、消毒または滅菌における反応性酸素種の使用。
【請求項20】
物品の滅菌における請求項19に記載の使用。
【請求項21】
前記反応性酸素種が、超酸化物イオン(O2-・)、ヒドロキシルラジカル(OH)および過酸化水素(H2O2)のうちの1種または数種を含む、請求項19または請求項20に記載の使用。
【請求項22】
前記反応性酸素種の1種がヒドロキシルラジカルまたは超酸化物イオンである、請求項21に記載の使用。
【請求項23】
酸素添加された電解液を含む電解系を備えた汚染除去、消毒または滅菌装置。
【請求項24】
酸素添加された電解液を使用中に含む電解系を備えた汚染除去、消毒または滅菌装置。
【請求項25】
取外しのできるふたを有する容器を備えた、請求項23または請求項24に記載の装置。
【請求項26】
ふたを有する容器を備え、前記電解系の回路電線の一部が前記ふたの中にあり、前記ふたが前記容器の上に置かれたときに前記回路が完成し、前記ふたが取り外されたときに前記回路が切れる、請求項25に記載の装置。
【請求項27】
前記電解系の陰極が滅菌しようとする物品である、請求項23から26のいずれか一項に記載の装置。
【請求項28】
汚染除去、消毒または滅菌しようとする物品に電流を流すための手段を備え、使用中、前記物品が前記電解系の陰極の働きをする、請求項23から26のいずれか一項に記載の装置。
【請求項29】
汚染除去、消毒または滅菌しようとする物品が前記電解系の陽極と陰極の間に保持される、請求項23から26のいずれか一項に記載の装置。
【請求項30】
前記物品が前記ふたに取り付けられたホルダの中に保持される、請求項29に記載の装置。
【請求項31】
前記ホルダが非導電性プラスチックメッシュから作られている、請求項29または請求項30に記載の装置。
【請求項32】
請求項1から18のいずれか一項に記載の方法を実行するための汚染除去、消毒または滅菌装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公表番号】特表2007−510441(P2007−510441A)
【公表日】平成19年4月26日(2007.4.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−534823(P2006−534823)
【出願日】平成16年10月14日(2004.10.14)
【国際出願番号】PCT/GB2004/004367
【国際公開番号】WO2005/039653
【国際公開日】平成17年5月6日(2005.5.6)
【出願人】(506125993)エクセター アンティオキシダント セラピューティクス リミテッド (1)
【Fターム(参考)】