説明

電解質膜およびその製造方法

【課題】高温条件においてプロトン伝導性を有する無機系プロトン伝導材料を含む、機械的特性と水存在環境における安定性が改善された電解質膜を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明の燃料電池用電解質膜(1)は、膜厚方向(3)に貫通する複数の孔径10〜500nmの貫通孔(4)が形成された、空孔率が30%以下である高分子フィルム(2)と、貫通孔(4)に充填された無機系電解質材料(5)とを備えることを特徴とする。本発明はまた、燃料電池用電解質膜(1)における無機系電解質材料(5)の貫通孔(4)内での充填率を高める方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は無機系電解質材料が充填された燃料電池用電解質膜およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池や水素濃淡電池などに用いられるプロトン伝導電解質膜には、プロトン伝導能力を有すると同時に、機械的強度(自己支持膜成立性、柔軟性)や水に対する安定性(膨潤、溶出)などが要求される。これらの要求を満たすことができる電解質膜として、デュポン社製のナフィオン(商標名)に代表されるフッ素系プロトン電解質膜がよく用いられている。しかし、特に車載用燃料電池用電解質膜に対しては、搭載車両の低コスト化や高効率化の観点から100℃以上の高温駆動が要求されているが、フッ素系プロトン電解質膜はその温度領域ではプロトン伝導能力が発揮できない。
【0003】
100℃以上の領域でよくプロトンを伝導する材料として、複数の研究機関で無機系プロトン伝導材料の開発が行われている。特許文献1、特許文献2および特許文献3には無機系プロトン伝導材料の自立膜の形成を実現する技術が開示されている。
【0004】
特許文献1には、少なくともケイ素を含むプロトン伝導性薄膜が開示されている。この薄膜は、少なくともケイ素を含む薄膜作成用溶液を基材上に膜状に付着させ、ガラス転移させることにより形成される。
【0005】
特許文献2には、燃料電池のためのプロトン伝導体として使用するための、五酸化リンを10モル%以上含み、50℃での電気伝導度が10mS/cm以上である非晶質シリカ成形体が記載されている。
【0006】
特許文献3には、スルホン酸基を高密度で有するポリシロキサンプロトン伝導材料が開示されている。
【0007】
しかし、従来の、無機系プロトン伝導材料からなる電解質膜は、プロトン伝導能力以外に要求される前述の機械的強度や水に対する安定性において、フッ素系プロトン電解質膜にくらべて著しく劣り、燃料電池用電解質膜として実用上使用するのに適さないものであった。
【0008】
無機系プロトン伝導材料のこれらの性質を改善することを目的として種々の技術が開示されている。
【0009】
特許文献4には、ポリシロキサン系プロトン伝導材料を含むゾルから形成されたプロトン伝導膜を、その両面から、多孔性かつ導電性のシートにより挟持することにより自立性膜を形成する技術が開示されている。
【0010】
特許文献5には、多孔質膜の細孔内にメソポーラス有機無機ハイブリッド電解質材料が充填された有機無機ハイブリッド電解質膜が開示されている。メソポーラス有機無機ハイブリッド材料は中心細孔孔径が1〜50nmである微細孔を有しており、かつ微細孔内にはイオン交換能を有する官能基が結合されている。多孔質膜としてポリイミドなどの高分子の多孔質膜が開示されている。高分子フィルムに細孔を開ける技術は特に限定されず、延伸法等が使用できる方法として挙げられている。実施例においては市販の多孔質フィルムが使用されている。特許文献5では含浸法により有機無機ハイブリッド材料を多孔質膜に導入する方法が実施例として記載されている。
【0011】
一方、有機系または無機系のプロトン伝導材料のみを製膜して電解質膜とするのではなく、担体としての多孔質膜にプロトン伝導材料を充填し保持させて電解質膜とする技術としては以下のもの例示できる。
【0012】
特許文献6には、半径が5nm以上、500nm以下の細孔を有する多孔質材料に、無機酸化物等の固体酸であってもよいイオン伝導性化合物を含有させたイオン伝導体が開示されている。細孔内にイオン伝導性化合物を導入する方法としては、含浸法、沈殿法、イオン交換などの方法が挙げられている。特許文献6では、熱硬化性樹脂と熱可塑性樹脂とを混合した後、熱硬化性樹脂を硬化させ、さらに熱可塑性樹脂を除去することにより多孔質材料が形成されていることから、細孔の構造は網目状であると考えられる。
【0013】
特許文献7には、ポリイミド多孔質膜に機能性物質を充填したハイブリッド材料の製造方法が開示されている。ここで機能性物質としてプロトン導電性ポリマーが記載されている。特許文献7のハイブリッド材料の製造方法では、プロトン導電性ポリマーを構成するモノマーを多孔質膜の細孔に充填した後、モノマーを加熱により重合させる工程を特徴とする。そしてモノマーの充填および加熱による重合を1回以上繰り返すことにより充填率を制御することも開示されている。特許文献7で用いられるプロトン導電性ポリマーはいずれも有機系プロトン伝導材料である。特許文献7では、ポリイミド多孔質膜の細孔へのモノマーの充填は、モノマーの溶液に多孔質膜を浸漬する方法により行われる。そして細孔への充填を促進させるために、界面活性剤を使用すること、モノマーの溶液に多孔質膜を浸漬した状態で減圧操作または超音波照射を行うことなどが開示されている。特許文献7ではポリイミド多孔質膜は、テトラカルボン酸成分とジアミン成分とを有機溶媒中で重合して得られたポリアミック酸溶液から、多孔質化法、例えばポリアミック酸溶液を平坦な基板上に流延して多孔質ポリオレフィン製の溶媒置換速度調整材と接触させた後に水などの凝固液中に浸漬する方法によって、ポリイミド前駆体多孔質フィルムとした後、ポリイミド前駆体多孔質フィルムの両端を固定して大気中で280〜500℃で5〜60分間加熱することによって得ることができることが記載されている。
【0014】
特許文献8には、基材表面に、イオン交換基を有する有機分子が化学的に結合して有機分子膜が形成されたイオン伝導性電解質膜が開示されている。イオンは、前記有機分子膜のイオン交換基を介して伝導される。特許文献8の電解質膜の一実施形態では、前記基材は、膜面に垂直な方向(厚さ方向)に複数の貫通孔が形成された多孔質膜であり、前記有機分子は、前記貫通孔の内面と化学的に結合して有機分子膜を形成している。有機分子膜とは、典型的には、貫通孔の内側表面にシランカップリング剤により導入されたイオン交換基を有する分子の膜である。イオンは、この有機分子膜に沿って電解質膜の厚さ方向に伝導される。この実施形態において、好ましくは、貫通孔の内部に存在する空隙を充填するように、前記有機分子膜における基材に結合している面とは反対側の面上に有機物または無機物の材料を重合した物質が充填されている。特許文献8によれば、燃料は、電解質膜の膜面に垂直な方向に伸びる隙間を介して移動すると考えられ、このような物質を隙間に充填することにより、隙間が小さくなり燃料のクロスオーバーが抑制される。隙間を充填するための無機物としては、テトラメトキシシラン等のシラン化合物の重合物が例示されている。これらの無機物材料は、充填の目的を考慮すれば、それ自体はイオン伝導性を有しないものと考えられる。
【0015】
特許文献8ではさらに、粒子状の基材の表面に、イオン交換基を有する有機分子が化学的に結合して有機分子膜が形成されたものを、多孔質膜の空孔内部に導入して電解質膜とする技術も開示されている。空孔内部に導入する方法としては、イオン交換基を表面に有する基材粒子の分散液を吸引ろ過により多孔質膜に導入する方法が具体例として挙げられている。
【0016】
特許文献9には、無機物微粒子を焼成して形成される多孔質膜に、プロトン伝導性有機物質を充填させた電解質膜が記載されている。特許文献9では多孔質膜の浸漬によりプロトン伝導性有機物質の充填が行う方法が開示されており、その際に超音波照射や減圧処理により充填を促進することが言及されている。
【0017】
ところで特許文献10には、燃料電池用の高分子電解質膜のフィルム基材に高エネルギー重イオンを照射することによりフィルム基材に貫通孔を形成し、貫通孔の孔壁に所望のモノマーをグラフト重合させ、フィルム基材に機能性を付与する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【特許文献1】特許第3869318号公報
【特許文献2】特許開2000-272932号公報
【特許文献3】特開2006-114277号公報
【特許文献4】特開2004-311147号公報
【特許文献5】特開2007-242524号公報
【特許文献6】特開2004-259593号公報
【特許文献7】特開2004-253147号公報
【特許文献8】国際公開WO2004/019439号パンフレット
【特許文献9】特開2005-183017号公報
【特許文献10】特開2008-127534号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
無機系プロトン伝導材料は、食塩、もしくはガラス状の性状をもっている。単一組成で自己支持膜として成立するには、100μm以上の厚膜となる。膜厚が大きければ燃料電池の出力におけるプロトン伝導に関わる電圧損失が大きくなり、実用に適していない。仮に電圧損失を犠牲にして厚膜の自己支持膜が得られても、その性状は非常に脆い。車載時に電解質膜が受けるせん断、圧縮応力や衝撃に耐える強度や柔軟性を有していないため、クラックが発生し易く、破壊し易い。
【0020】
また、無機系プロトン伝導材料は親水性であるため、環境に水分が存在するとき無機系プロトン伝導材料は大量に含水し、大きく膨潤し、自己支持膜状態を維持できないという問題もある。さらに、無機系プロトン伝導材料が水中へ溶出すると安定動作ができないことから、無機系プロトン伝導材料の水中への溶出を抑制する技術も求められている。
【0021】
無機系プロトン伝導材料のこのような問題を解決する技術として上記の特許文献4、5等が提供されている。しかしながらその機能は必ずしも満足できるものではなかった。
【0022】
一方、種々のプロトン伝導材料を多孔質担体の空孔に充填する技術が上記特許文献5、6、7、8、9等に開示されている。しかしながら、無機系プロトン伝導材料として高酸密度シリカ材料(ポリシロキサン)を使用した場合には、含浸法や吸引ろ過法による充填では細孔内部をプロトン伝導体により十分に満たすことは困難であることが本発明者らの検討で明らかとなっている。
【0023】
そこで本発明は、無機系プロトン伝導材料を含む、機械的特性と水存在環境における安定性が改善された電解質膜を提供することを目的とする。
【0024】
本発明はまた、電解質膜中での無機系プロトン伝導材料の導入量を高めるための方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0025】
本発明は、上記課題の解決手段として以下の発明を提供する。
(1) 膜厚方向に貫通する複数の孔径10〜500nmの貫通孔が形成された、空孔率が30%以下である高分子フィルムと、該貫通孔に充填された無機系電解質材料とを備えることを特徴とする燃料電池用電解質膜。
(2) 前記貫通孔がイオン穿孔法により形成された貫通孔である、(1)の燃料電池用電解質膜。
(3) 前記無機系電解質材料の、100℃以上の温度条件下におけるバルク状態での水素イオン伝導度が0.01 S/cm以上である、(1)または(2)の燃料電池用電解質膜。
(4) 前記無機系電解質材料が2気圧の加圧環境下において水素、酸素、または水との接触によっては分解しない材料である、(1)〜(3)のいずれかの燃料電池用電解質膜。
(5) 前記無機系電解質材料が、プロトン伝導性イオン交換基を有する無機重合体化合物である、(1)〜(4)のいずれかの燃料電池用電解質膜。
(6) (5)の燃料電池用電解質膜の製造方法であって、プロトン伝導性イオン交換基を有する無機重合体化合物を重縮合により形成する、プロトン伝導性イオン交換基またはプロトン伝導性イオン交換基に変換される官能基を有するモノマー成分を溶媒中に少なくとも含み、前記モノマー成分がプロトン伝導性イオン交換基に変換される官能基を有するものである場合には該官能基をプロトン伝導性イオン交換基へ変換するための成分をさらに含む原料液を、膜厚方向に貫通する複数の孔径10〜500nmの貫通孔が形成された高分子フィルムによりろ過するろ過工程と、ろ過後に前記高分子フィルムを加熱し乾燥する加熱乾燥工程とを含むことを特徴とする前記方法。
(7) 前記原料液に含まれる溶媒が炭素数1〜10のアルコールであり、
プロトン伝導性イオン交換基に変換される官能基を有するモノマー成分が
(R1O)3Si-R2-SH
(式中、R1は炭素数1〜4のアルキル基であり、R2は炭素数1〜10のアルキレン鎖である)
で表されるメルカプトアルキルトリアルコキシシランであり、
該モノマー中のメルカプト基をプロトン伝導性イオン交換基であるスルホン酸基に変換する成分が過酸化水素である、(6) の方法。
(8) 前記ろ過工程が、前記高分子フィルムの一方の膜面に前記原料液を配置し、該膜面に向けて前記原料液を加圧することにより行われる、(6)または(7)の方法。
(9) 前記ろ過工程を行い次に前記乾燥工程を行う充填工程が複数回繰り返して行われる、(6)〜(8)のいずれかの方法。
(10) 前記充填工程がN回(Nは2以上の整数である)繰り返され、第n回(nは2〜Nの範囲の任意の整数である)の充填工程において使用される原料液のモノマー成分の濃度が、第n−1回の充填工程において使用される原料液のモノマー成分の濃度よりも低い、(9)の方法。
(11) (1)〜(5)のいずれかの燃料電池用電解質膜を備えた燃料電池。
【発明の効果】
【0026】
本発明により、高分子フィルムの柔軟性を有しながら、無機系電解質材料の高温駆動性を有する電解質膜が提供される。
【0027】
無機系電解質材料は貫通孔内に保持されるため、水存在条件においても膨順や溶出が抑制される。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】図1(a)は厚さ方向に貫通孔を有する高分子フィルムを示す。図1(b)は該貫通孔に無機系プロトン伝導材料が充填された本発明の電解質膜を示す。
【図2】図2は重合性の無機系プロトン伝導材料を段階的に充填する方法を模式的に示す。
【図3】図3は実施例で使用した限外ろ過装置の写真である。
【図4】図4はイオン穿孔により貫通孔が形成された高分子フィルムの表面の電子顕微鏡写真である。
【図5】図5は無機系プロトン伝導材料を充填した後の高分子フィルムの表面の電子顕微鏡写真である。
【図6】図6は実施例7(充填率31.3%)のプロトン伝導材充填フィルムの断面のFE-SEM像である。
【図7】図7は実施例8(充填率100.6%)のプロトン伝導材充填フィルムの断面のFE-SEM像である。
【図8】図8は、イオン穿孔法により形成された複数の貫通孔を有する高分子フィルムの電子顕微鏡による観察像である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
1. 電解質膜
本発明の燃料電池用電解質膜の構造について図1(a)および(b)に基づいて説明する。本発明の燃料電池用電解質膜1は、膜厚方向3に貫通する複数の貫通孔4が形成された、空孔率が30%以下である高分子フィルム2と、貫通孔4に充填された無機系電解質材料5を有する。
【0030】
2. 高分子フィルム
複数の貫通孔4が形成された高分子フィルム2は、空孔が形成されていない高分子フィルム基材に貫通孔を形成することにより作成することができる。
高分子フィルム基材としては、柔軟性を有し水不溶性である高分子化合物のフィルムであれば特に限定されない。具体的には、ポリイミド、ポリパラフェニレンテレフタラート、ポリエーテルイミド、ポリアミドイミド、芳香族液晶ポリマー、ポリベンゾイミダゾール、ポリエーテルエーテルイミド、ポリフッ化ビニリデン、エチレン−テトラフルオロエチレン共重合体、ポリテトラフルオロエチレン、テトラフルオロエチレン−六フッ化プロピレン共重合体、テトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリアミド、ポリエチレンテレフタレート、ポリエチレンナフタレート、ポリカーボネイト、ポリエーテルケトン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルスルホン、ポリフェニレンサルファイド、ポリスルホン等の高分子化合物のフィルムが挙げられる。
【0031】
フィルムの厚さは特に限定されないが、200μm以下であることが好ましく、10〜30μmであることが更に好ましい。
【0032】
貫通孔の孔径は10〜500nmであることが好ましく、50〜300nmであることがより好ましい。孔径とは貫通孔の横断面の最長部の長さを指し、たとえば断面が真円であれば直径を、楕円形であれば長径を、矩形であれば対角線を示す。このような孔径の範囲であれば、内部に充填された無機系電解質の溶出が生じにくく、なおかつ十分なイオン伝導性が達成される。貫通孔はどのような断面形状(例えば断面が真円、楕円形、矩形など)を有するものであってもよいが、真円または略真円の断面を有する貫通孔が好ましい。
【0033】
貫通孔は、高分子フィルムの膜厚方向に形成される。好ましくは、高分子フィルムが有する空孔は、膜厚方向の貫通孔のみである。
【0034】
高分子フィルム2は空孔率が30%以下であることが好ましく、5〜20%であることが更に好ましい。本発明において空孔率とは、貫通孔を形成する前の高分子フィルムの重量Aと、貫通孔形成後の高分子フィルムの重量Bを測定し、式:
100 x (A-B) / A
により算出された値である。
【0035】
3. 貫通孔の形成方法
上記のような特性を有する高分子フィルム2を形成するためには、貫通孔がイオン穿孔法により形成されることが好ましい。イオン穿孔法とは、好ましくは、高分子フィルム基材に、該基材の膜面に垂直な方向から高エネルギー重イオンを照射するイオン照射工程と、該イオン照射工程において生成した垂直な方向に形成された照射損傷を化学的または熱的にエッチング処理して前記基材に貫通孔を形成するエッチング工程とを含む。
【0036】
イオン照射工程において、高分子フィルム基材に高エネルギー重イオンを膜面に対し垂直に照射すると、基材には膜面に対して垂直方向に線状の照射損傷(イオントラック)が形成される。照射損傷領域では、高分子フィルムは局所的に低分子量化等の化学的変化を受ける。照射損傷領域は熱的または化学的にエッチング処理することにより除去することができる。この結果、断面が真円で、高分子フィルムの膜厚方向に貫通した貫通孔が形成される。またイオンの照射量を調整することにより、空孔率を容易に制御することができる。図8に、イオン穿孔法により形成された貫通孔を有する高分子フィルムの電子顕微鏡による観察像を示す。図8(a)は高分子フィルムの表面を、図8(b)は断面をそれぞれ示す。貫通孔の横断面はほぼ真円であり、孔径は最大でも数百ナノメートルとなる。また貫通孔は高分子フィルムの膜面に対して垂直に形成されることがわかる。
【0037】
イオン照射工程において照射される高エネルギー重イオンのイオン種については特に限定されず、サイクロトロン等で加速された各種イオン種が用いられる。特に、Xe、Ar、Fe、O等のO元素以上の重イオンから選択される1種以上の重イオンを照射することが好ましい。照射エネルギーの範囲は特に限定されないが、100 MeV〜600 MeVが好ましい。照射イオン数は、意図する空孔率に応じて適宜決定することができ、例えば106〜1010 ions/cm2が好ましい。
【0038】
エッチングの方法は特に限定されず、熱的または化学的な処理により行うことができる。例えば、PPTA(ポリフェニレンテレフタルアミド)、PAI(ポリアミドイミド)、PI(ポリイミド)等は次亜塩素酸ナトリウム水溶液によりエッチングすることができ、PVDF(ポリビニリデンフロライド)、LCP(液晶ポリマー)等はNaOH水溶液でエッチングすることができる。エッチングの温度、時間等の諸条件は目的とする孔径となるように適宜設定することができる。
【0039】
4. 無機系電解質材料
上記貫通孔内に充填される無機系電解質材料はプロトン伝導性を有する無機系電解質材料であれば特に限定されないが、なかでも、100℃以上の温度条件下、典型的には100〜200℃の温度条件下、におけるバルク状態(高分子フィルムに充填された状態ではなく、無機系電解質材料のみの状態)での水素イオン伝導度が0.01 S/cm以上である無機系電解質材料が好ましい。特に、2気圧程度の加圧環境下において水素、酸素、または水との接触によっては分解しない材料が好ましい。このような無機系電解質材料としては、リン酸水素セシウム、スルホン化フラーレン、プロトン伝導性イオン交換基を有する無機重合体化合物、タングステン酸などが挙げられ、プロトン伝導性イオン交換基を有する無機重合体化合物が特に好ましい。
【0040】
プロトン伝導性イオン交換基としては、スルホン酸基、ホスホン酸基、リン酸基、ボロン酸基、およびカルボン酸基等を挙げることができ、特にスルホン酸基、ホスホン酸基、リン酸基が好ましく、特にスルホン酸基が好ましい。
【0041】
プロトン伝導性イオン交換基を有する無機重合体化合物としては、プロトン伝導性イオン交換基を有するポリシロキサン系化合物が特に重要である。プロトン伝導性イオン交換基を有するポリシロキサン系化合物はプロトン伝導性ガラスとも呼ばれており、種々のものが知られているが、本願発明にはいずれも使用することができる。
【0042】
本発明で用いる無機重合体化合物としては、イオン交換基1当量当たりの乾燥重量(EW)が250以下である無機重合体化合物が好ましく、EWが200以下である無機重合体化合物が更に好ましい。このような無機重合体化合物としては、特許文献3に開示されている、下記構造式(I):
【0043】
【化1】

(式中、pは1〜10、好ましくは1〜5であり、m:n=100:0〜1:99である。)
を基本骨格とするプロトン伝導性ポリシロキサン化合物が挙げられる。
【0044】
このプロトン伝導性ポリシロキサン化合物は、メルカプトアルキルトリアルコキシシランと所望によりテトラアルコキシシランとを出発物質とし、ゾル−ゲル法により製造することができる。
【0045】
具体的には、下記反応スキームに示されるように、メルカプトアルキルトリアルコキシシランと所望によりテトラアルコキシシランのメルカプト基を酸化してスルホン酸とする工程と、トリアルコキシシランアルキルスルホン酸と所望によりテトラアルコキシシランのアルコキシ基を水酸基とする工程と、これらモノマー化合物を重縮合させる工程により上記プロトン伝導材料が製造方法される。
【0046】
【化2】

【0047】
ここで、R,Rはアルキル基であり、Rはアルキレン基 [-(CH2)p-] (pは上記の通り)である。
【0048】
メルカプト基を酸化してスルホン酸とする工程で用いられる過酸化水素、及びt-ブタノールは容易に蒸発して反応系から除かれる。又、スルホン酸とする工程で生じたスルホン酸基(−SOH)が、アルコキシ基を水酸基とする工程における触媒として機能する。これらにより、本発明は、反応副生物や不純物が生じることはない、極めて合理的な製造法である。また、t-ブタノールの代わりにイソプロパノール等の他の低級アルコールを使用してもよい。
【0049】
出発原料である前記メルカプトアルキルトリアルコキシシランの具体例としては3−メルカプトプロピルトリメトキシシラン(MePTMS)が挙げられ、前記テトラアルコキシシランの具体例としてはテトラメトキシシラン(TMOS)が挙げられる。
【0050】
5. 充填方法
本発明の電解質膜は、複数の貫通孔を有する高分子フィルムの貫通孔に、無機系電解質材料を充填することにより行われる。
無機系電解質材料を、貫通孔の孔径よりも小さくなるまで微粉砕したものを貫通孔に充填することによっても本発明の電解質膜を製造することができる。
【0051】
無機系電解質材料が、プロトン伝導性イオン交換基を有する無機重合体化合物である場合において特に好ましい充填方法としては、プロトン伝導性イオン交換基を有する無機重合体化合物を重縮合により形成する、プロトン伝導性イオン交換基またはプロトン伝導性イオン交換基に変換される官能基を有するモノマー成分を溶媒中に少なくとも含み、前記モノマー成分がプロトン伝導性イオン交換基に変換される官能基を有するものである場合には該官能基をプロトン伝導性イオン交換基へ変換するための成分をさらに含む原料液を、膜厚方向に貫通する複数の孔径10〜500nmの貫通孔が形成された高分子フィルムによりろ過するろ過工程と、ろ過後に前記高分子フィルムを加熱し乾燥する加熱乾燥工程とを含む方法が挙げられる。なお本発明らが確認したところ、含浸法を用いてプロトン伝導性イオン交換基を有する無機重合体化合物をイオン穿孔法により孔径10〜500nmの貫通孔が複数形成された高分子フィルムに十分に充填することは極めて困難である。その理由は必ずしも明らかではないが、以下の要因が考えられる。(1) イオン穿孔法による貫通孔は孔径が通常の多孔体よりも小さく、アスペクト比が高い。(2) イオン穿孔法による貫通孔は膜厚さ方向のみに連続している。(3) 無機重合体化合物の原料液は反応性が高く、粒成長の速度が速い。これらの要因により、貫通孔の内部に原料液が進入することができないと考えられる。
【0052】
本方法は特に、上記構造式(I)のポリシロキサン系プロトン伝導材料が充填された電解質膜の製造に適している。この場合、前記原料液は、溶媒として炭素数1〜10のアルコール(特に好ましくはイソプロピルアルコールまたはn−ブチルアルコール)を含むことが好ましく、プロトン伝導性イオン交換基に変換される官能基を有するモノマー成分として
(R1O)3Si-R2-SH
(式中、R1は炭素数1〜4のアルキル基であり、R2は炭素数1〜10のアルキレン鎖である)
で表されるメルカプトアルキルトリアルコキシシランを含むことが好ましく、該モノマー中のメルカプト基をプロトン伝導性イオン交換基であるスルホン酸基に変換する成分として過酸化水素を含むことが好ましい。このような原料液では、メルカプトアルキルトリアルコキシシランは1〜30wt%、過酸化水素はメルカプトアルキルトリアルコキシシランの添加量の4〜6倍のモル比で添加することが好ましい。原料液には更に、必要に応じて他のモノマー成分が含まれていてもよい。このような他のモノマー成分としては、例えば
(R3O)4Si
(式中、R3は炭素数1〜4のアルキル基である)
で表されるテトラアルコキシシランが挙げられる。テトラアルコキシシランは、1モルのメルカプトアルキルトリアルコキシシランに対して99モルまで添加してもよい。
【0053】
原料液は重縮合の進行に伴い、溶液−ゾル−ゲルの順に変化するが、少なくともろ過開始時において溶液の形態であることが望ましい。そのために原料液は低温条件(例えば氷浴中)で調製され、加熱をすることなくろ過工程に使用されることが好ましい。
【0054】
ろ過工程では、複数の貫通孔が形成された高分子フィルムにより原料液をろ過する。貫通孔の孔径は10〜500nmであり非常に微細であるため、ろ過工程の途中でモノマー成分および/またはモノマー成分が重縮合して形成されたゲルが貫通孔内に蓄積される。ろ過の方法としては加圧ろ過法または吸引ろ過法のいずれでもよいが、加圧ろ過が特に好ましい。加圧ろ過法とは、前記高分子フィルムの一方の膜面に前記原料液を配置し、該膜面に向けて前記原料液を加圧して原料液の液体成分を通過させる方法である。加圧ろ過は通常の限外ろ過装置を用いて実施することができる。一方、吸引ろ過法とは、前記高分子フィルムの一方の膜面に前記原料液を配置し、他方の膜面の側を陰圧にして原料液の液体成分を通過させる方法である。
【0055】
加熱乾燥工程では、モノマー成分および/またはモノマー成分が重縮合して形成されたゲルが貫通孔内に蓄積された、ろ過工程後の高分子フィルムを加熱し乾燥する工程であり、加熱および乾燥によりモノマー成分が重縮合されて、プロトン伝導性イオン交換基を有する無機重合体化合物が貫通孔内に形成される。原料液として上記メルカプトアルキルトリアルコキシシランと過酸化水素とアルコールとを含む溶液を使用する場合には、加熱乾燥工程において、メルカプト基が酸化されてスルホン酸に変換される酸化工程と、形成されたトリアルコキシシランアルキルスルホン酸と所望によりテトラアルコキシシランのアルコキシ基が水酸基に変換される加水分解工程と、これらモノマー成分が脱水重縮合する脱水縮合工程が進行する。加熱乾燥工程は、50〜150℃にて1〜10時間行うことが好ましい。
【0056】
ろ過工程を行い次に前記乾燥工程を行う一連の操作を、本発明では充填工程という。本発明者らは驚くべきことに、充填工程を複数回繰り返し行うことにより無機系電解質材料の貫通孔内での充填率を高めることができることを見出した。本発明者らは更に、原料液中のモノマー成分濃度を、充填工程のたびに低下させることにより充填率を高めることが可能になることを見出した。すなわち、充填工程がN回(Nは2以上の整数であり、好ましくは2〜5の整数である)繰り返される場合には、第n回(nは2〜Nの範囲の任意の整数である)の充填工程において使用される原料液のモノマー成分の濃度が、第n−1回の充填工程において使用される原料液のモノマー成分の濃度よりも低くなるように原料液を調製することが好ましい。原料液として上記メルカプトアルキルトリアルコキシシランと過酸化水素とアルコールとを含む溶液を使用する場合には、1回目の充填工程では、原料液中のメルカプトアルキルトリアルコキシシランの濃度を原料液が室温において高粘度ゲル状になる程度の濃度(例えば15〜25重量%)とし、2回目以降の充填工程では、同濃度を原料液が室温においてゲル化しない程度の濃度(例えば1〜10重量%)または室温においてゲル化に長時間を要する濃度(例えば10〜15重量%)とすることが好ましい。図2には、充填工程を3回反復した場合に貫通孔22が無機系電解質材料27により満充填される様子を模式的に示す。1回目の充填操作では無機系電解質材料の層25内に空孔23が残るが、2回目の充填操作により無機系電解質材料の層26内の空孔24は比較的小さくなり、3回目の充填操作により無機系電解質材料の層27内に空孔が見られなくなる。こうして、無機電解質材料の充填率が50%以上、好ましくは80%以上、より好ましくは90%以上、特に好ましくは100%となる。
【0057】
6. 電解質膜
本発明の電解質膜は1.0×10-6〜1.0×10-2 S/cm程度のプロトン伝導度を有し、なおかつ機械的強度が高い。本発明の電解質膜は無機系電解質材料を使用するため100℃以上の高温でも燃料電池を駆動することが可能である。
本発明の電解質膜は更に、水存在環境において膨潤や電解質材料の溶出がないという特長を有する。
【0058】
7. 燃料電池
本発明はまた、本発明の電解質膜を備えた燃料電池を提供する。本発明の燃料電池は、例えば、本発明の電解質膜と、その両面に接合された一対の、触媒層を有するガス拡散電極と、更にその両側に配された集電体とにより構成することができる。
本発明の電解質膜を備えた燃料電池は、高温動作に対応することができるとともに耐久性が高いという特長を有する。
【実施例】
【0059】
以下、実施例に基づいてより具体的に本発明を説明する。
実験1
1.イオン穿孔フィルムの作製
ポリイミドフィルム(東レ・デュポン(株)製 カプトン100V 膜厚25μm)に、加速キセノンイオン(129Xe23+、450MeV)を、空孔率が10%程度となるように、照射イオン数3.25×108 [ions/cm2]の密度で照射した。イオン照射後のポリイミドフィルムをpH9.0次亜塩素酸ナトリウム水溶液に浸漬し、細孔径が200nm程度となるように、60℃で5時間保持してエッチングを行った。
【0060】
2. 無機系プロトン伝導材料の充填
3-メルカプトプロピルトリメトキシシラン(以下MePTMSと記す;チッソ製サイラエースS810の蒸留精製品)の40% イソプロピルアルコール(以下「プロパノール」と記載する)溶液(9.84g)に30%過酸化水素水(H2O2、ナカライテスク製試薬)の53%プロパノール溶液(21.34g)を滴下攪拌した後、さらに60℃で加熱し1時間攪拌することで、メルカプト基のスルホン酸基への変換、メトキシ基の水酸基への変換およびモノマーの重縮合を進行させて、平均粒径約10nmのスルホン酸末端導入シリカ粒子のコロイド分散液を調製した。
【0061】
この12.6 wt%のシリカコロイド分散液(31g)と、この分散液にプロパノールを加えてシリカコロイドの濃度を9.2wt%に調整した分散液(42g)を、2種のシリカゾル液とした。
【0062】
続いて、イオン穿孔フィルムへのシリカゾル液の充填を以下の手順で行った。
限外ろ過装置(図3)にイオン穿孔フィルムを装着し、該フィルムに上記シリカゾル液をN2ガスにより加圧し、ろ過した。加圧ろ過は、液流出チューブに溶出液が流出するように調整されたガス圧力により、室温にて、液が流出しきるまで行った。次いで膜表面をプロパノールで濡らしたワイパーでふき取り、乾燥器にて70℃で1時間乾燥処理を行った。
12.6wt%のシリカゾル液を使用して得られた充填フィルムを実施例1とし、9.2wt%のシリカゾル液を使用して得られた充填フィルムを実施例2とした。
【0063】
3.充填フィルムの評価
上記手順で得られた充填フィルムの充填率、充填状況、プロトン伝導度、機械的強度、水に対する安定性を評価した。
充填率は精密天秤にて充填操作前後のフィルムの重量変化を測定し算出した。
充填状況は走査型電子顕微鏡(SEM)にてフィルム表面を観察することで評価した。
プロトン伝導度は、恒温恒湿槽中にフィルムサンプルを置き、交流インピーダンス法により算出した。
フィルムの機械的強度は、実感にて柔軟性を確認することにより評価した。
フィルムの水分に対する安定性は、フィルムを室温水中に浸漬して寸法変化と重量変化からフィルムの安定性とプロトン伝導材の溶出量を確認することにより評価した。
【0064】
4.評価結果
以下の通り、実施例1および2のプロトン伝導材充填フィルムはプロトン伝導性を有し、柔軟性は高分子フィルムと同等であり、かつ水に対して完全に安定であった。
充填率:
充填率測定結果を表1に示す。シリカ濃度に応じて充填率が異なることが確認された。
【0065】
【表1】

【0066】
充填状況:
未充填フィルムの表面のSEM写真を図4に、プロトン伝導材充填済みフィルム(実施例1)の表面のSEM写真を図5にそれぞれ示す。プロトン伝導材充填済みフィルムでは部分的に細孔の閉塞が見られた(シリカが充填された)。
プロトン伝導度:
充填率測定結果を表2に示す。充填率に応じてプロトン伝導度が異なることが確認された。
【0067】
【表2】

【0068】
機械的強度:
プロトン伝導材充填済みフィルムは、未処理のポリイミドフィルムと同様の柔軟性を有していた。すなわち、本発明による細孔形成およびプロトン伝導材の充填によっては高分子フィルムの機械的特性は損なわれないことが確認された。
水に対する安定性:
膨潤によるフィルムの寸法変化およびプロトン伝導材の水に対する溶出は全く認められなかった。
【0069】
【表3】

【0070】
実験2
1. イオン穿孔フィルムの作製
実験1記載の手順によりイオン穿孔フィルムを作製した。
【0071】
2. イオン穿孔フィルムへのプロトン伝導材の充填
2.1.加圧ろ過法によるシリカゾル液の充填(実施例1)
実験1で得られた実施例1のフィルムを、加圧ろ過法によりシリカゾル液を充填した例として比較に用いた。
【0072】
2.2.加圧ろ過法によるシリカ原液の充填(実施例3)
MePTMS(チッソ製サイラエースS810の蒸留精製品)3.92gに30%過酸化水素水(H2O2、ナカライテスク製試薬)の74%プロパノール溶液(15.23g)を氷浴中で滴下し10分間攪拌して重合原液を得た後、充填作業を実施した。重合原液中のMePTMS濃度は20.5wt%であった(これ以上濃くなると重合原液が短時間でゲル化するため、加圧ろ過による充填ができない)。
上記実験1と同様の手順により、イオン穿孔フィルムに上記原液を加圧ろ過法により通過させて充填し、充填後のサンプルの表面をプロパノールで濡らしたワイパーで拭き取り、乾燥器にて70℃で1時間乾燥処理を行った。
得られたプロトン伝導材充填フィルムを実施例3のフィルムとした。
【0073】
2.3.含浸法による充填(実施例4)
MePTMSの40%プロパノール溶液 (A液)と、30%過酸化水素水の53%プロパノール溶液(B液)を調製した。
フラスコ内にイオン穿孔フィルムを収容し、真空ポンプでフラスコ内を減圧した。次いで減圧状態を維持したままA液9.84gとB液21.3gとをフラスコ内に導入し、30分間攪拌してA液とB液の混合液を細孔内部に侵入させた。混合液中のMePTMS濃度は12.6wt%であった。次いで、乾燥器にて70℃で1時間乾燥処理を行った。
得られたプロトン伝導材充填フィルムを実施例4のフィルムとした。
【0074】
3. 実施例1、3、4の充填率の評価
精密天秤にて充填前後でのフィルムの重量変化を測定し、空隙内におけるプロトン伝導材の充填率を算出した。結果を表4に示す。
含浸法(実施例4)ではプロトン伝導材はほとんど充填されなかった。ろ過法のなかでも重合が進行していない原液を通過させた実施例3が、重合が進行したシリカゾル溶液を通過させた実施例1よりも充填率が高かった。
【0075】
【表4】

【0076】
4. 繰り返し充填方法の検討
4.1. 同一濃度のシリカゾル溶液の、ろ過法による繰り返し充填(実施例5)
上記実験1の手順によりMePTMS濃度が12.6wt%であるシリカゾル液を調製した。そして上記実験1の手順によるシリカゾル液の加圧ろ過法による充填操作(限外ろ過装置へのフィルム装着から乾燥までの一連の操作)を3回繰り返した。
【0077】
4.2. 段階的に低濃度化されたシリカゾル溶液の、ろ過法による繰り返し充填(実施例6)
上記実験1の手順によりMePTMS濃度が12.6wt%であるシリカゾル液を調製した。さらに、当該シリカゾル液をプロパノールにより希釈してMePTMS濃度が9.2wt%と、6.3wt%のシリカゾル液を調製した。そして上記実験1の手順によるシリカゾル液の加圧ろ過法による充填操作(限外ろ過装置へのフィルム装着から乾燥までの一連の操作)を、1回目はMePTMS濃度が12.6wt%のシリカゾル液を使用し、2回目はMePTMS濃度が9.2wt%のシリカゾル液を使用して実施し、3回目はMePTMS濃度が6.3wt%のシリカゾル液を使用して実施した。
【0078】
4.3. 同一濃度の重合原液の、ろ過法による繰り返し充填(実施例7)
上記2.2の手順によりMePTMS濃度が20.5wt%である原液を調製した。そして上記2.2の手順による原液の加圧ろ過法による充填操作(限外ろ過装置へのフィルム装着から乾燥までの一連の操作)を3回繰り返した。
【0079】
4.4. 段階的に低濃度化された重合原液の、ろ過法による繰り返し充填(実施例8)
上記2.2の手順によりMePTMS濃度が20.5wt%である原液を調製した。さらに、当該原液をプロパノールにより希釈してMePTMS濃度が12.6wt%と、6.3wt%の原液を調製した。そして上記2.2の手順による原液の加圧ろ過法による充填操作(限外ろ過装置へのフィルム装着から乾燥までの一連の操作)を、1回目はMePTMS濃度が20.5wt%の原液を使用し、2回目はMePTMS濃度が12.6wt%の原液を使用して実施し、3回目はMePTMS濃度が6.3wt%の原液を使用して実施した。
【0080】
【表5】

【0081】
5. 実施例5〜8の充填率の評価
実施例5〜8のサンプルの1〜3回目の充填操作終了時点での充填率をそれぞれ測定した。精密天秤にて各サンプルについて充填前後での重量変化を測定し、空隙内におけるプロトン伝導材の充填率を算出した。結果を表6に示す。段階的に濃度を低下させた原液を使用した実施例8において充填率100%を達成することができた。
【0082】
【表6】

【0083】
6. プロトン伝導材充填フィルムの観察
実施例7(充填率31.3%)および実施例8(充填率100.6%)の各サンプルを樹脂埋めし、ミクロトームで切断した後、カーボンを蒸着し、電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)(Hitachi,S-4800)により2次電子像を観察した。図6に実施例7の観察結果を、図7に実施例8の観察結果をそれぞれ示す。充填率とSEM像で観察された充填状況は一致した。
【0084】
7. プロトン伝導材充填フィルムの評価
1)評価項目と方法
実施例1, 3〜8のプロトン伝導材充填フィルムについて以下の評価を行った。
プロトン伝導度:恒温恒湿槽中にサンプルを置き、交流インピーダンス法にて算出
機械的強度:実感にて柔軟性を評価
水分に対する安定性:室温水中にサンプル浸漬して寸法変化と重量変化からフィルムの安定性とプロトン伝導材の溶出を評価
【0085】
2)結果
結果を表7に示す。
プロトン伝導度は、ほぼ充填率の増大に比例して増加することが確認された。
機械的強度に関しては、いずれのフィルムも未処理基材と同等の柔軟性を有していることが確認された。
含水時の寸法変化と重量変化はいずれのサンプルからも認められなかった。すなわち、いずれのフィルムも水分に対して安定であることが確認された。
【0086】
【表7】

【符号の説明】
【0087】
1・・・電解質膜
2・・・高分子フィルム
3・・・膜厚方向
4・・・貫通孔
5・・・無機系電解質材料
21・・・高分子フィルム
22・・・貫通孔
23、24・・・空孔
25、26、27・・・無機系電解質材料の層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
膜厚方向に貫通する複数の孔径10〜500nmの貫通孔が形成された、空孔率が30%以下である高分子フィルムと、該貫通孔に充填された無機系電解質材料とを備えることを特徴とする燃料電池用電解質膜。
【請求項2】
前記貫通孔がイオン穿孔法により形成された貫通孔である、請求項1の燃料電池用電解質膜。
【請求項3】
前記無機系電解質材料の、100℃以上の温度条件下におけるバルク状態での水素イオン伝導度が0.01 S/cm以上である、請求項1または2の燃料電池用電解質膜。
【請求項4】
前記無機系電解質材料が2気圧の加圧環境下において水素、酸素、または水との接触によっては分解しない材料である、請求項1〜3のいずれかの燃料電池用電解質膜。
【請求項5】
前記無機系電解質材料が、プロトン伝導性イオン交換基を有する無機重合体化合物である、請求項1〜4のいずれかの燃料電池用電解質膜。
【請求項6】
請求項5の燃料電池用電解質膜の製造方法であって、プロトン伝導性イオン交換基を有する無機重合体化合物を重縮合により形成する、プロトン伝導性イオン交換基またはプロトン伝導性イオン交換基に変換される官能基を有するモノマー成分を溶媒中に少なくとも含み、前記モノマー成分がプロトン伝導性イオン交換基に変換される官能基を有するものである場合には該官能基をプロトン伝導性イオン交換基へ変換するための成分をさらに含む原料液を、膜厚方向に貫通する複数の孔径10〜500nmの貫通孔が形成された高分子フィルムによりろ過するろ過工程と、ろ過後に前記高分子フィルムを加熱し乾燥する加熱乾燥工程とを含むことを特徴とする前記方法。
【請求項7】
前記原料液に含まれる溶媒が炭素数1〜10のアルコールであり、
プロトン伝導性イオン交換基に変換される官能基を有するモノマー成分が
(R1O)3Si-R2-SH
(式中、R1は炭素数1〜4のアルキル基であり、R2は炭素数1〜10のアルキレン鎖である)
で表されるメルカプトアルキルトリアルコキシシランであり、
該モノマー中のメルカプト基をプロトン伝導性イオン交換基であるスルホン酸基に変換する成分が過酸化水素である、請求項6の方法。
【請求項8】
前記ろ過工程が、前記高分子フィルムの一方の膜面に前記原料液を配置し、該膜面に向けて前記原料液を加圧することにより行われる、請求項6または7の方法。
【請求項9】
前記ろ過工程を行い次に前記乾燥工程を行う充填工程が複数回繰り返して行われる、請求項6〜8のいずれかの方法。
【請求項10】
前記充填工程がN回(Nは2以上の整数である)繰り返され、第n回(nは2〜Nの範囲の任意の整数である)の充填工程において使用される原料液のモノマー成分の濃度が、第n−1回の充填工程において使用される原料液のモノマー成分の濃度よりも低い、請求項9の方法。
【請求項11】
請求項1〜5のいずれかの燃料電池用電解質膜を備えた燃料電池。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2010−165626(P2010−165626A)
【公開日】平成22年7月29日(2010.7.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−8853(P2009−8853)
【出願日】平成21年1月19日(2009.1.19)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】