非線形適応モデルベース制御の設計方法及び制御装置並びにプログラム
【課題】PIDのような複雑なマップを必要としない制御の体系的な設計方法及びこれを利用した制御装置並びにプログラムを提供する。
【解決手段】対象となる機械全系の物理モデルを受け、当該物理モデルを簡略化し、前記簡略化したモデルに対応する状態方程式を求め、当該状態方程式を用いて予め定められた制御系のパラメータを求めることにより当該制御系の設計を行うことを特徴とする非線形適応モデルベース制御の設計方法である。
【解決手段】対象となる機械全系の物理モデルを受け、当該物理モデルを簡略化し、前記簡略化したモデルに対応する状態方程式を求め、当該状態方程式を用いて予め定められた制御系のパラメータを求めることにより当該制御系の設計を行うことを特徴とする非線形適応モデルベース制御の設計方法である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象となる機械に関する制御の設計方法及びこれにより得られた状態方程式に基づく制御装置並びにこれをコンピュータで実現するためのプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、制御対象となる自動車などの機械について、PID制御をもちいて制御されているものが多い。PID制御単体では系の非線形性に対応できないが、運転条件からマップを読み込み、ゲインを切り替えることで非線形性に対応している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−337716号公報
【特許文献2】特開2002−007486号公報
【特許文献3】特開2002−007378号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
機械製造業界では、高性能かつ高品質な製品を短期間で開発することが求められており、開発期間の短縮のために、モデルベース開発プロセスヘの移行は必須となっている。モデルベース開発プロセスを完全に実施するには、機械の各要素システム(部品)のモデルに加え、市場においてユーザーが実際に使用する状況を模擬することが可能な機械全系の物理モデルが必要になる。機械全系の物理モデルは、特許文献1〜3に示す機能モデル手法などの最新の手法に基づいたモデル化を行うことによって実現可能である。
【0005】
しかし、制御に複雑な機能および高性能化が要求されている現在では、PID制御器による制御は限界に近づいている。すなわち、高い性能を確保するために、マップが複雑になりすぎて製作者以外は理解が困難なものとなってしまっている。一方、マップは制御対象の特性に対応した調整(適合)をすることで高い性能を確保しているが、制御対象の設計が変更されると特性も設計変更に連動して変更されるため、設計変更する毎にマップの再適合を行う必要があり、同じような適合作業を何度も繰り返すことになる。そのため、開発期間、開発コストの増大を招いている。
【0006】
そこで、本発明は、非線形特性に対応しながらも、PIDのような複雑なマップを必要としない制御の体系的な設計方法及びこれを利用した制御装置並びにプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明に係る非線形適応モデルベース制御の設計方法は、対象となる機械全系の物理モデルを受け、当該物理モデルを簡略化するステップと、前記簡略化したモデルに対応する状態方程式を求め、当該状態方程式を用いて予め定められた制御系のパラメータを求めることにより当該制御系の設計を行うステップとを備えるものである。
【0008】
前記物理モデルを簡略化するステップは、前記物理モデルのパラメータに関して質量、粘性、剛性の3つの要素に分解するステップと、前記剛性の要素を前記物理モデルから取り除くステップと、前記質量及び前記粘性を合成して、部品に加わるエネルギーの強さ及び量を表わす位差量及び流動量の流れを表現するステップとを含む。
【0009】
この発明に係る制御装置は、対象となる機械を構成する部品の特性データを保持する部品特性データ保持部と、前記対象となる機械に関する予め定められた状態方程式を保持する状態方程式保持部と、前記状態方程式に基づきゲインを設定するゲイン設定部と、設定された前記ゲインに基づき予め定められたサーボ制御処理を行う制御器とを備える制御装置であって、前記部品特性データ保持部は、予め定められたサンプル時間ごとに運転条件を得て、これに対応する部品特性データを前記状態方程式保持部へ出力し、前記状態方程式保持部は、前記状態方程式を前記部品特性データに基づき当該サンプル時間における状況に適合する状態方程式とし、前記ゲイン設定部は、当該サンプル時間の状態方程式を用いてサーボ系のフィードバックゲインを求めるものであり、前記状態方程式は、対象となる機械の物理モデルを受け、当該物理モデルを簡略化するステップと、前記簡略化したモデルに基づき制御系設計を行うステップとを備える非線形適応モデルベース制御の設計方法により設計されたものである。
【0010】
この発明は、上記制御装置を、コンピュータにより実現するためのプログラムである。
【0011】
この発明に係るプログラムは、例えば、記録媒体に記録される。
【0012】
媒体には、例えば、EPROMデバイス、フラッシュメモリデバイス、フレキシブルディスク、ハードディスク、磁気テープ、光磁気ディスク、CD(CD−ROM、Video−CDを含む)、DVD(DVD−Video、DVD−ROM、DVD−RAMを含む)、ROMカートリッジ、バッテリバックアップ付きのRAMメモリカートリッジ、フラッシュメモリカートリッジ、不揮発性RAMカートリッジ等を含む。
【0013】
また、電話回線等の有線通信媒体、マイクロ波回線等の無線通信媒体等の通信媒体を含む。インターネットもここでいう通信媒体に含まれる。
【0014】
媒体とは、何等かの物理的手段により情報(主にデジタルデータ、プログラム)が記録されているものであって、コンピュータ、専用プロセッサ等の処理装置に所定の機能を行わせることができるものである。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】制御対象となる機械である自動車の全系の物理モデルの概略図である。
【図2】自動車全系の物理モデルの詳細図である。
【図3】エンジンとトルクコンバータの機能モデル図である。
【図4】発明の実施の形態に係る簡略化後のエンジンとトルクコンバータの機能モデル図である。
【図5】発明の実施の形態に係る簡略化後の自動車全系の物理モデルの詳細図である。
【図6】発明の実施の形態に適用できる積分型最適サーボ系のブロック図である。
【図7】発明の実施の形態に適用できる積分型適応最適サーボ系のブロック図である。
【図8】発明の実施の形態に係る設計方法のフローチャートである。
【図9】発明の実施の形態に係る簡略化ステップの詳細フローチャートである。
【図10】発明の実施の形態に係る制御装置のブロック図である。
【図11】発明の実施の形態に係る制御装置の動作説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施の形態は、機械全系の物理モデルを用い、現代制御理論を適用した非線形適応モデルベース制御系の系統的な設計方法及び制御装置を提案する。機械全系の物理モデルは、特開2001−337716号公報、特開2002−007486号公報及び特開2002−007378号公報に示される機能モデル手法などの最新の手法に基づいたモデル化を行うことによって実現可能である。
【0017】
本発明の実施の形態は、非線形性の強い機械システムを対象とした制御に対し、広い作動域において制御性の良好な制御系の効率的かつ系統的な設計手法を提供するものである。これに用いる物理モデルの作成手法についての詳細な説明は省略する。以下の説明では、制御対象となる機械全系の物理モデルは、予め与えられているものとする。
【0018】
古典制御であるPID制御に対して、現代制御理論はLQ制御(最適レギュレータ制御:Linear Quadratic optimal control)やLQI制御(Linear Quadratic Integration optimal control)に代表されるように、非線形性に対して高いロバスト性を持っている。よって現代制御理論を適用することで、非線形性に対応しながらも、PIDのような複雑なマップを必要としない体系的な設計方法が構築可能となる。
【0019】
具体的手法を以下に述べる。
【0020】
まず、機械の各要素システムを機能モデル手法などでモデル化し、それら要素システムのモデルを統合することで機械全系の物理モデルを表現する(図8のステップS1)。例えば、特許文献1〜3記載の手法を利用する。
【0021】
次に、機械全系の物理モデルの簡略化を行い制御対象となるシステムの低次元化を行う(図8のステップS2、図9)。これにより、計算負荷を軽減し、制御システム全体としての性能を向上させる。各要素システム(機械全系を構成する各システム)は、その時間における運転条件をもとに各物理パラメータ(部品特性データ)を計算させることで系の非線形性に対応する(図8のステップS3、図11のステップS11)。制御器は、この簡略化した機械全系の物理モデルから逐次計算することで、時々刻々と変動する系に対し、その時々に応じてリアルタイムで設計される(図10及びその説明参照)。
【0022】
主な制御手法としては、最適レギュレータ理論の逆問題を巧みに利用したILQ制御(Inverse-LQ)手法を用いる。ILQ制御はLQ制御の抱える「評価関数の重みパラメータが、工学的仕様に結びつかない」という問題を解決する1つの手法である。LQ制御は重みの選択によらず、低感度特性やロバスト安定性に強い特性を持っている。ILQ制御はこの特性を有しながらも、閉ループ系の目標応答を指定して設計できる、設計結果の制御則が制御対象のパラメータにより数式的に表すことができるなどの利点が挙げられる。各物理パラメータを変更することで、機械の機種違いにも対応可能であるため、制御系設計(機械全系の物理モデルの開発及びその低次元化)は、当初の一回で済み、制御系設計は大幅に効率化される。すなわち、機種の違いは、部品特性データの入れ替えですむため、PID制御のようにマップを適合する必要がなくなる。
【0023】
次に、自動車のACC制御系設計を例として設計プロセスを以下に示す。
(A)ステップ1(図8のステップS1)対象となる機械の機械全系の物理モデル化を行う。
【0024】
特許公開2001−337716号公報、特許公開2002−007486号公報又は特許公開2002−007378号公報に示される機能モデル手法などを利用する。
【0025】
機械全系の物理モデルについて、図1にその概略を示す。この例では、自動車全系の物理モデルとなる。本例では、機能モデル手法によりモデル化を行っている。
【0026】
図2に自動車全系の物理モデル詳細図を示す。図2は、図1に示す機械全系の物理モデルのブロックの中をすべて接続した形で表示した図である。自動車は、エンジン、トルクコンバータ、変速機、ディファレンシャルギア、ブレーキ、タイヤ、ボディの7つの部分から成り立ち、それらについて、エネルギーの強さ及び量を表す流動量と位差量の入出力を順に結合したものである。これらは、エネルギーを規定する「量(位差量)」と「強さ(流動量)」という二次元量に相当する。
(B)ステップ2(図8のステップS2)機械全系の物理モデルの簡略化を行う。
【0027】
先に述べた、機械全系の物理モデルは、構造も複雑で次数も高い、よって、このモデルを基に制御器を設計するには、計算負荷が高く、実用に向かない、そこで、このモデルの簡略化を行い、次数の低い簡略化モデルを作成し、それを用いてサンプル時間毎に制御器を設計することとする。この簡略化を行うことで、自動車全系は単なる質量と粘性抵抗のみの簡単な系となる。
【0028】
図3に、エンジンとトルクコンバータの機能モデルを示す。図3の機能モデルを以下の手順により図4の簡易な機能モデルに変換する。
【0029】
以下に、具体的手順について述べる。
(1)それぞれのパラメータに関して、質量、粘性、剛性の3つの要素に分解する(図9のステップS21)。
【0030】
図3の機能モデルには、質量、粘性、剛性の3つの要素が含まれる。例えば、機能モデルを求めるための特性行列同定法は、被試験物(部品)の振動試験により得られた加振力と応答の時刻暦測定データから、力学系における「力のつり合い」則に基づいて定式化された運動方程式の係数である3種類の特性行列、すなわち質量行列、減衰行列、剛性行列を同定するという手段を採用している。
(2)剛性部分をモデルから取り除く(図9のステップS22)。
【0031】
剛性部分を取り除く理由について述べる。対象が、エンジン、トルクコンバータの回転軸であるので、剛性部分はねじり振動のエネルギーの流れを表している。しかし、実際の系を考えたとき、それらのエネルギーは非常に小さいと見なすことができる。よって、剛性部分は全て取り除き、物理モデルを簡略化して差し支えない。図3の例では、Sw_d_luc、To_luc、Cluc、Klucを取り除く。
(3)質量、粘性をそれぞれ合計し、位差量、流動量の流れを表現する(図9のステップS23)。
【0032】
図3の質量同士、粘性抵抗同士を足し合わせる。例えば、同種の入出力同士(図において縦方向に揃った入出力同士など)をまとめることができる。
【0033】
以上の(1)〜(3)の手順に従って、エンジンとトルクコンバータの簡略化を行ったものが、図4となる、各係数は以下に示す。
【0034】
【数1】
【0035】
図4からも解るように、質量同士、粘性抵抗同士を足し合わせただけの単純なモデルとなっており、状態方程式も1次となっている。
【0036】
以後、上記(1)〜(3)の要領で同様の操作を行う。ギアや、タイヤの部分にある、係数部分の要素に関しては各パラメータに係数をあらかじめ埋め込むことで対応する。これら全てを行い簡略化した機械全系の物理モデルを図5に示す。
【0037】
以後の制御器設計にはこの簡略化モデルを用いることで設計される制御器が低次元化され、計算負荷の軽減が可能となる。これにより、機械の制御に用いられるECUへの負担を大きく軽減でき、より実装可能なものに近づく。ECUは一般のパソコンに比べて悪条件で作動することを前提に設計されているので、計算負荷はなるべく軽くする必要がある。ただし、このような低次元化は、機能モデル各要素の特性を評価した上で、システム全体としての基本特性を維持するよう、適切な次元で行う。
(C)ステップ3(図8のステップS3)簡略化したモデルをもとに制御系設計(ILQ制御)を行う。
【0038】
制御系の設計は各サンプル時間においてリアルタイムで行い、制御器は逐次更新することで、系の非線形性に対応する。すなわち、簡略化モデルは、直接制御系に実装され、各サンプル時間においてリアルタイムで部品特性データの更新を行い、状態方程式が各サンプル時間においてリアルタイムで再構成される(図10及びその説明参照)。簡略化モデルの状態方程式から制御器のゲインを各サンプル時間においてリアルタイムで逐次更新することで、非線形適応制御系を構築している。
【0039】
制御対象のモデルは車速を目標値として与える場合には1次の状態空間モデルとなり、車間を目標値として与える場合には、車速から車間を算出する項が加わり、2次の状態空間モデルとなる。入力はトルク、出力は速度もしくは車間となる。実際には、制御入力のトルクとそのときの運転条件から、加速の場合は燃料噴射量を計算するフィルタが、減速の場合はブレーキ開度を計算するフィルタが用いられることとなる。
・車速を目標とする場合
車速を目標とする場合のモデルには図5で示した機械全系の物理モデルを簡略化したモデルを用いる。状態方程式を以下に示す。なお、状態方程式は、入力をトルクとしている。
【0040】
【数2】
【0041】
この状態方程式について、最適サーボ系の設計は目標値と出力の偏差系で考えているので、F0は状態に加わる外乱ととらえ、考えなくても良い。よって、この状態方程式を以下のように定義する。
【0042】
【数3】
【0043】
この状態方程式は1入力1出力1次元となっている。モデルの部品特性データは各サンプル時間ごとに、
・運転条件からマップによる読み込み
・下位の機構モデルにおける計算
によって更新する。
【0044】
よって、本状態方程式は各時間においてその時々の状況に合わせた状態方程式となり、車両の動特性の変動に対応可能な高い適応性を持つ制御器の作成が可能となる。
【0045】
上記の各時間においてその時々の状況に合わせた状態方程式を用いて、図6に示す積分型最適サーボ系のフィードバックゲインKI0、 KF0、ΣをILQ最適サーボ系設計法により求める。ILQ最適サーボ系設計法は木村英紀らの著書、「ロバスト制御(コロナ社)」に詳しいのでここでは割愛する。特徴は簡単な代数演算でコントローラゲインが求まり、制御設計パラメータが目標から出力までの閉ループ伝達関数であり工学的仕様に合わせて設計できる点と、式(9)の状態方程式を制御対象モデルとする場合、その時々の状況に合わせて状態方程式を更新し、リアルタイムで制御器を設計するので、運転条件の変化に伴うシステムの非線形特性に対応できる点にある。
【0046】
ただし、本発明の実施の形態において、制御設計法はILQ最適サーボ系設計法に限定されない。例えば任意の制御問題に基づいて、図7に示すような制御系のフィードバックゲインが求まる設計法であれば適用可能である。
【0047】
またフィードバック制御のみでなくフィードフォワード制御も加えた2自由度積分型最適サーボ系を構成すれば、閉ループ系においてより高い追従性能および安定性を確保することができる。
【0048】
発明の実施の形態に係る制御装置のブロック図を図10に示す。
【0049】
図10の装置は、具体的には、CPUと、メモリと、I/Oなどにより構成される制御装置(ECU)である。CPUがメモリに予め記憶された所定のプログラムを実行することで、図10の装置が実現されている。
【0050】
部品特性データ保持部10は、対象となる機械を構成する部品の特性データを保持する。この部品特性データ保持部10は、具体的には、メモリに記憶されたテーブル(データ)である。テーブルは、予め定められた複数の運転条件と部品特性データの対応関係を記憶するものである。例えば、運転条件a,b,c,・・・に対して、それぞれ部品特性データp,q,r,・・・を記憶するようなものである。制御対象である機械(自動車)は複数の部品を備えているから、部品特性データp,q,r,・・・はそれぞれ複数のデータを含む(この点、部品特性データはデータの集まりである部品特性データ群と言える)。
【0051】
部品特性データ保持部10は、所定のサンプル時間(例えば一定時間間隔)ごとに、I/Oを通じて外部から運転条件を読み込む。運転条件は運転者がどのような操作をしたか、制御対象である機械(自動車)がどのような状態にあるかについての情報であり、各種部品(センサなど)を通じて与えられるものである。
【0052】
20は、対象となる機械に関する予め定められた状態方程式を保持する状態方程式保持部である。これは例えば、メモリに記憶された状態方程式のパラメータに基づきCPUが所定の処理を行うことで実現される。この状態方程式は、上述の手順(図8など参照)で求めたものである。すなわち、状態方程式は、対象となる機械の物理モデルを受け、当該物理モデルを簡略化するステップと、前記簡略化したモデルに基づき制御系設計を行うステップとを備える非線形適応モデルベース制御の設計方法により設計されたものである。これは、例えば、式(9)〜(14)で与えられる。この状態方程式の各係数は部品特性データにより定められるから、各サンプル時間においてリアルタイムで部品特性データが更新され、これに伴い、状態方程式が各サンプル時間においてリアルタイムで再構成されることになる。
【0053】
30は、状態方程式に基づきゲインを設定するゲイン設定部である。これは、CPUが所定のプログラムを実行することで実現される。上述のように、公知のILQ最適サーボ系設計法により、状態方程式保持部20の状態方程式に基づき積分型最適サーボ系のフィードバックゲインKI0、 KF0、Σを求める。これらが、実際に制御を行う制御器40のパラメータとなる。
【0054】
40は、設定された前記ゲインに基づきサーボ制御処理を行う制御器である。これは、CPUが所定のプログラムを実行することで実現される。その具体的な構造は、例えば、図6や図7に示すものである。
【0055】
図11は、図10の装置の動作の概略説明図である。
・ステップS11:部品特性データ保持部10は、予め定められたサンプル時間ごとに運転条件を得て、これに対応する部品特性データを状態方程式保持部20へ出力する。状態方程式保持部20は、予め与えられた状態方程式を部品特性データに基づき当該サンプル時間における状況に適合する状態方程式とする。
・ステップS12:ゲイン設定部30は、当該サンプル時間の状態方程式を用いてサーボ系のフィードバックゲインを求める。
・ステップS13:制御器40はフィードバックゲインを所定の制御系に適用して制御を実行する。
・ステップS10:ステップS11〜ステップS13のステップを、予め定められたサンプル時間ごとに繰り返す。
【0056】
発明の実施の形態による効果について説明する。
【0057】
非線形性の強い機械の制御においては、ゲインスケジュールによるPID制御などゲインのマップの調整(適合)が必要であった。ゲインのマップは、それぞれの機種にしか使えないマップであり、機種が変わるごとに再適合が必要である。
【0058】
これに対し、本発明の実施の形態により、非線形の強い機械の制御系設計を系統的に行うことが可能であり、次のような優れた利点がある。
(1)時々刻々と部品特性データを入れ替えたモデルにより、制御器のゲインが更新されるため、高い適応性を持つ制御器の作成が可能となる。すなわち、制御性が機械の広い作動域において向上する。
(2)モデルベース開発において検証用として開発された機械全系の物理モデルを再利用することができるため、制御系設計にかかる人的資源を節約することができる。
(3)コアとなる機種の制御系が開発されると、部品特性データのみが異なる機種の展開は、モデルの部品特性データの変更だけで済むため、従来必要であった機種ごとの調整作業(適合)が不要となる。すなわち、組み込み制御系ソフトウェア工学におけるプロダクトライン工学も実現できることになる。
(4)機械全系の物理モデルさえ開発すれば制御系も開発できるため、開発の力点を機械全系の物理モデル開発におくことが可能となる。したがって、より効率的にモデルベース開発全体を進めることが可能となる。それによって、機械の機能品質が向上する。
【0059】
本発明は、以上の実施の形態に限定されることなく、特許請求の範囲に記載された発明の範囲内で、種々の変更が可能であり、それらも本発明の範囲内に包含されるものであることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0060】
10 部品特性データ保持部
20 状態方程式保持部
30 ゲイン設定部
40 制御器
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象となる機械に関する制御の設計方法及びこれにより得られた状態方程式に基づく制御装置並びにこれをコンピュータで実現するためのプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、制御対象となる自動車などの機械について、PID制御をもちいて制御されているものが多い。PID制御単体では系の非線形性に対応できないが、運転条件からマップを読み込み、ゲインを切り替えることで非線形性に対応している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2001−337716号公報
【特許文献2】特開2002−007486号公報
【特許文献3】特開2002−007378号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
機械製造業界では、高性能かつ高品質な製品を短期間で開発することが求められており、開発期間の短縮のために、モデルベース開発プロセスヘの移行は必須となっている。モデルベース開発プロセスを完全に実施するには、機械の各要素システム(部品)のモデルに加え、市場においてユーザーが実際に使用する状況を模擬することが可能な機械全系の物理モデルが必要になる。機械全系の物理モデルは、特許文献1〜3に示す機能モデル手法などの最新の手法に基づいたモデル化を行うことによって実現可能である。
【0005】
しかし、制御に複雑な機能および高性能化が要求されている現在では、PID制御器による制御は限界に近づいている。すなわち、高い性能を確保するために、マップが複雑になりすぎて製作者以外は理解が困難なものとなってしまっている。一方、マップは制御対象の特性に対応した調整(適合)をすることで高い性能を確保しているが、制御対象の設計が変更されると特性も設計変更に連動して変更されるため、設計変更する毎にマップの再適合を行う必要があり、同じような適合作業を何度も繰り返すことになる。そのため、開発期間、開発コストの増大を招いている。
【0006】
そこで、本発明は、非線形特性に対応しながらも、PIDのような複雑なマップを必要としない制御の体系的な設計方法及びこれを利用した制御装置並びにプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
この発明に係る非線形適応モデルベース制御の設計方法は、対象となる機械全系の物理モデルを受け、当該物理モデルを簡略化するステップと、前記簡略化したモデルに対応する状態方程式を求め、当該状態方程式を用いて予め定められた制御系のパラメータを求めることにより当該制御系の設計を行うステップとを備えるものである。
【0008】
前記物理モデルを簡略化するステップは、前記物理モデルのパラメータに関して質量、粘性、剛性の3つの要素に分解するステップと、前記剛性の要素を前記物理モデルから取り除くステップと、前記質量及び前記粘性を合成して、部品に加わるエネルギーの強さ及び量を表わす位差量及び流動量の流れを表現するステップとを含む。
【0009】
この発明に係る制御装置は、対象となる機械を構成する部品の特性データを保持する部品特性データ保持部と、前記対象となる機械に関する予め定められた状態方程式を保持する状態方程式保持部と、前記状態方程式に基づきゲインを設定するゲイン設定部と、設定された前記ゲインに基づき予め定められたサーボ制御処理を行う制御器とを備える制御装置であって、前記部品特性データ保持部は、予め定められたサンプル時間ごとに運転条件を得て、これに対応する部品特性データを前記状態方程式保持部へ出力し、前記状態方程式保持部は、前記状態方程式を前記部品特性データに基づき当該サンプル時間における状況に適合する状態方程式とし、前記ゲイン設定部は、当該サンプル時間の状態方程式を用いてサーボ系のフィードバックゲインを求めるものであり、前記状態方程式は、対象となる機械の物理モデルを受け、当該物理モデルを簡略化するステップと、前記簡略化したモデルに基づき制御系設計を行うステップとを備える非線形適応モデルベース制御の設計方法により設計されたものである。
【0010】
この発明は、上記制御装置を、コンピュータにより実現するためのプログラムである。
【0011】
この発明に係るプログラムは、例えば、記録媒体に記録される。
【0012】
媒体には、例えば、EPROMデバイス、フラッシュメモリデバイス、フレキシブルディスク、ハードディスク、磁気テープ、光磁気ディスク、CD(CD−ROM、Video−CDを含む)、DVD(DVD−Video、DVD−ROM、DVD−RAMを含む)、ROMカートリッジ、バッテリバックアップ付きのRAMメモリカートリッジ、フラッシュメモリカートリッジ、不揮発性RAMカートリッジ等を含む。
【0013】
また、電話回線等の有線通信媒体、マイクロ波回線等の無線通信媒体等の通信媒体を含む。インターネットもここでいう通信媒体に含まれる。
【0014】
媒体とは、何等かの物理的手段により情報(主にデジタルデータ、プログラム)が記録されているものであって、コンピュータ、専用プロセッサ等の処理装置に所定の機能を行わせることができるものである。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】制御対象となる機械である自動車の全系の物理モデルの概略図である。
【図2】自動車全系の物理モデルの詳細図である。
【図3】エンジンとトルクコンバータの機能モデル図である。
【図4】発明の実施の形態に係る簡略化後のエンジンとトルクコンバータの機能モデル図である。
【図5】発明の実施の形態に係る簡略化後の自動車全系の物理モデルの詳細図である。
【図6】発明の実施の形態に適用できる積分型最適サーボ系のブロック図である。
【図7】発明の実施の形態に適用できる積分型適応最適サーボ系のブロック図である。
【図8】発明の実施の形態に係る設計方法のフローチャートである。
【図9】発明の実施の形態に係る簡略化ステップの詳細フローチャートである。
【図10】発明の実施の形態に係る制御装置のブロック図である。
【図11】発明の実施の形態に係る制御装置の動作説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施の形態は、機械全系の物理モデルを用い、現代制御理論を適用した非線形適応モデルベース制御系の系統的な設計方法及び制御装置を提案する。機械全系の物理モデルは、特開2001−337716号公報、特開2002−007486号公報及び特開2002−007378号公報に示される機能モデル手法などの最新の手法に基づいたモデル化を行うことによって実現可能である。
【0017】
本発明の実施の形態は、非線形性の強い機械システムを対象とした制御に対し、広い作動域において制御性の良好な制御系の効率的かつ系統的な設計手法を提供するものである。これに用いる物理モデルの作成手法についての詳細な説明は省略する。以下の説明では、制御対象となる機械全系の物理モデルは、予め与えられているものとする。
【0018】
古典制御であるPID制御に対して、現代制御理論はLQ制御(最適レギュレータ制御:Linear Quadratic optimal control)やLQI制御(Linear Quadratic Integration optimal control)に代表されるように、非線形性に対して高いロバスト性を持っている。よって現代制御理論を適用することで、非線形性に対応しながらも、PIDのような複雑なマップを必要としない体系的な設計方法が構築可能となる。
【0019】
具体的手法を以下に述べる。
【0020】
まず、機械の各要素システムを機能モデル手法などでモデル化し、それら要素システムのモデルを統合することで機械全系の物理モデルを表現する(図8のステップS1)。例えば、特許文献1〜3記載の手法を利用する。
【0021】
次に、機械全系の物理モデルの簡略化を行い制御対象となるシステムの低次元化を行う(図8のステップS2、図9)。これにより、計算負荷を軽減し、制御システム全体としての性能を向上させる。各要素システム(機械全系を構成する各システム)は、その時間における運転条件をもとに各物理パラメータ(部品特性データ)を計算させることで系の非線形性に対応する(図8のステップS3、図11のステップS11)。制御器は、この簡略化した機械全系の物理モデルから逐次計算することで、時々刻々と変動する系に対し、その時々に応じてリアルタイムで設計される(図10及びその説明参照)。
【0022】
主な制御手法としては、最適レギュレータ理論の逆問題を巧みに利用したILQ制御(Inverse-LQ)手法を用いる。ILQ制御はLQ制御の抱える「評価関数の重みパラメータが、工学的仕様に結びつかない」という問題を解決する1つの手法である。LQ制御は重みの選択によらず、低感度特性やロバスト安定性に強い特性を持っている。ILQ制御はこの特性を有しながらも、閉ループ系の目標応答を指定して設計できる、設計結果の制御則が制御対象のパラメータにより数式的に表すことができるなどの利点が挙げられる。各物理パラメータを変更することで、機械の機種違いにも対応可能であるため、制御系設計(機械全系の物理モデルの開発及びその低次元化)は、当初の一回で済み、制御系設計は大幅に効率化される。すなわち、機種の違いは、部品特性データの入れ替えですむため、PID制御のようにマップを適合する必要がなくなる。
【0023】
次に、自動車のACC制御系設計を例として設計プロセスを以下に示す。
(A)ステップ1(図8のステップS1)対象となる機械の機械全系の物理モデル化を行う。
【0024】
特許公開2001−337716号公報、特許公開2002−007486号公報又は特許公開2002−007378号公報に示される機能モデル手法などを利用する。
【0025】
機械全系の物理モデルについて、図1にその概略を示す。この例では、自動車全系の物理モデルとなる。本例では、機能モデル手法によりモデル化を行っている。
【0026】
図2に自動車全系の物理モデル詳細図を示す。図2は、図1に示す機械全系の物理モデルのブロックの中をすべて接続した形で表示した図である。自動車は、エンジン、トルクコンバータ、変速機、ディファレンシャルギア、ブレーキ、タイヤ、ボディの7つの部分から成り立ち、それらについて、エネルギーの強さ及び量を表す流動量と位差量の入出力を順に結合したものである。これらは、エネルギーを規定する「量(位差量)」と「強さ(流動量)」という二次元量に相当する。
(B)ステップ2(図8のステップS2)機械全系の物理モデルの簡略化を行う。
【0027】
先に述べた、機械全系の物理モデルは、構造も複雑で次数も高い、よって、このモデルを基に制御器を設計するには、計算負荷が高く、実用に向かない、そこで、このモデルの簡略化を行い、次数の低い簡略化モデルを作成し、それを用いてサンプル時間毎に制御器を設計することとする。この簡略化を行うことで、自動車全系は単なる質量と粘性抵抗のみの簡単な系となる。
【0028】
図3に、エンジンとトルクコンバータの機能モデルを示す。図3の機能モデルを以下の手順により図4の簡易な機能モデルに変換する。
【0029】
以下に、具体的手順について述べる。
(1)それぞれのパラメータに関して、質量、粘性、剛性の3つの要素に分解する(図9のステップS21)。
【0030】
図3の機能モデルには、質量、粘性、剛性の3つの要素が含まれる。例えば、機能モデルを求めるための特性行列同定法は、被試験物(部品)の振動試験により得られた加振力と応答の時刻暦測定データから、力学系における「力のつり合い」則に基づいて定式化された運動方程式の係数である3種類の特性行列、すなわち質量行列、減衰行列、剛性行列を同定するという手段を採用している。
(2)剛性部分をモデルから取り除く(図9のステップS22)。
【0031】
剛性部分を取り除く理由について述べる。対象が、エンジン、トルクコンバータの回転軸であるので、剛性部分はねじり振動のエネルギーの流れを表している。しかし、実際の系を考えたとき、それらのエネルギーは非常に小さいと見なすことができる。よって、剛性部分は全て取り除き、物理モデルを簡略化して差し支えない。図3の例では、Sw_d_luc、To_luc、Cluc、Klucを取り除く。
(3)質量、粘性をそれぞれ合計し、位差量、流動量の流れを表現する(図9のステップS23)。
【0032】
図3の質量同士、粘性抵抗同士を足し合わせる。例えば、同種の入出力同士(図において縦方向に揃った入出力同士など)をまとめることができる。
【0033】
以上の(1)〜(3)の手順に従って、エンジンとトルクコンバータの簡略化を行ったものが、図4となる、各係数は以下に示す。
【0034】
【数1】
【0035】
図4からも解るように、質量同士、粘性抵抗同士を足し合わせただけの単純なモデルとなっており、状態方程式も1次となっている。
【0036】
以後、上記(1)〜(3)の要領で同様の操作を行う。ギアや、タイヤの部分にある、係数部分の要素に関しては各パラメータに係数をあらかじめ埋め込むことで対応する。これら全てを行い簡略化した機械全系の物理モデルを図5に示す。
【0037】
以後の制御器設計にはこの簡略化モデルを用いることで設計される制御器が低次元化され、計算負荷の軽減が可能となる。これにより、機械の制御に用いられるECUへの負担を大きく軽減でき、より実装可能なものに近づく。ECUは一般のパソコンに比べて悪条件で作動することを前提に設計されているので、計算負荷はなるべく軽くする必要がある。ただし、このような低次元化は、機能モデル各要素の特性を評価した上で、システム全体としての基本特性を維持するよう、適切な次元で行う。
(C)ステップ3(図8のステップS3)簡略化したモデルをもとに制御系設計(ILQ制御)を行う。
【0038】
制御系の設計は各サンプル時間においてリアルタイムで行い、制御器は逐次更新することで、系の非線形性に対応する。すなわち、簡略化モデルは、直接制御系に実装され、各サンプル時間においてリアルタイムで部品特性データの更新を行い、状態方程式が各サンプル時間においてリアルタイムで再構成される(図10及びその説明参照)。簡略化モデルの状態方程式から制御器のゲインを各サンプル時間においてリアルタイムで逐次更新することで、非線形適応制御系を構築している。
【0039】
制御対象のモデルは車速を目標値として与える場合には1次の状態空間モデルとなり、車間を目標値として与える場合には、車速から車間を算出する項が加わり、2次の状態空間モデルとなる。入力はトルク、出力は速度もしくは車間となる。実際には、制御入力のトルクとそのときの運転条件から、加速の場合は燃料噴射量を計算するフィルタが、減速の場合はブレーキ開度を計算するフィルタが用いられることとなる。
・車速を目標とする場合
車速を目標とする場合のモデルには図5で示した機械全系の物理モデルを簡略化したモデルを用いる。状態方程式を以下に示す。なお、状態方程式は、入力をトルクとしている。
【0040】
【数2】
【0041】
この状態方程式について、最適サーボ系の設計は目標値と出力の偏差系で考えているので、F0は状態に加わる外乱ととらえ、考えなくても良い。よって、この状態方程式を以下のように定義する。
【0042】
【数3】
【0043】
この状態方程式は1入力1出力1次元となっている。モデルの部品特性データは各サンプル時間ごとに、
・運転条件からマップによる読み込み
・下位の機構モデルにおける計算
によって更新する。
【0044】
よって、本状態方程式は各時間においてその時々の状況に合わせた状態方程式となり、車両の動特性の変動に対応可能な高い適応性を持つ制御器の作成が可能となる。
【0045】
上記の各時間においてその時々の状況に合わせた状態方程式を用いて、図6に示す積分型最適サーボ系のフィードバックゲインKI0、 KF0、ΣをILQ最適サーボ系設計法により求める。ILQ最適サーボ系設計法は木村英紀らの著書、「ロバスト制御(コロナ社)」に詳しいのでここでは割愛する。特徴は簡単な代数演算でコントローラゲインが求まり、制御設計パラメータが目標から出力までの閉ループ伝達関数であり工学的仕様に合わせて設計できる点と、式(9)の状態方程式を制御対象モデルとする場合、その時々の状況に合わせて状態方程式を更新し、リアルタイムで制御器を設計するので、運転条件の変化に伴うシステムの非線形特性に対応できる点にある。
【0046】
ただし、本発明の実施の形態において、制御設計法はILQ最適サーボ系設計法に限定されない。例えば任意の制御問題に基づいて、図7に示すような制御系のフィードバックゲインが求まる設計法であれば適用可能である。
【0047】
またフィードバック制御のみでなくフィードフォワード制御も加えた2自由度積分型最適サーボ系を構成すれば、閉ループ系においてより高い追従性能および安定性を確保することができる。
【0048】
発明の実施の形態に係る制御装置のブロック図を図10に示す。
【0049】
図10の装置は、具体的には、CPUと、メモリと、I/Oなどにより構成される制御装置(ECU)である。CPUがメモリに予め記憶された所定のプログラムを実行することで、図10の装置が実現されている。
【0050】
部品特性データ保持部10は、対象となる機械を構成する部品の特性データを保持する。この部品特性データ保持部10は、具体的には、メモリに記憶されたテーブル(データ)である。テーブルは、予め定められた複数の運転条件と部品特性データの対応関係を記憶するものである。例えば、運転条件a,b,c,・・・に対して、それぞれ部品特性データp,q,r,・・・を記憶するようなものである。制御対象である機械(自動車)は複数の部品を備えているから、部品特性データp,q,r,・・・はそれぞれ複数のデータを含む(この点、部品特性データはデータの集まりである部品特性データ群と言える)。
【0051】
部品特性データ保持部10は、所定のサンプル時間(例えば一定時間間隔)ごとに、I/Oを通じて外部から運転条件を読み込む。運転条件は運転者がどのような操作をしたか、制御対象である機械(自動車)がどのような状態にあるかについての情報であり、各種部品(センサなど)を通じて与えられるものである。
【0052】
20は、対象となる機械に関する予め定められた状態方程式を保持する状態方程式保持部である。これは例えば、メモリに記憶された状態方程式のパラメータに基づきCPUが所定の処理を行うことで実現される。この状態方程式は、上述の手順(図8など参照)で求めたものである。すなわち、状態方程式は、対象となる機械の物理モデルを受け、当該物理モデルを簡略化するステップと、前記簡略化したモデルに基づき制御系設計を行うステップとを備える非線形適応モデルベース制御の設計方法により設計されたものである。これは、例えば、式(9)〜(14)で与えられる。この状態方程式の各係数は部品特性データにより定められるから、各サンプル時間においてリアルタイムで部品特性データが更新され、これに伴い、状態方程式が各サンプル時間においてリアルタイムで再構成されることになる。
【0053】
30は、状態方程式に基づきゲインを設定するゲイン設定部である。これは、CPUが所定のプログラムを実行することで実現される。上述のように、公知のILQ最適サーボ系設計法により、状態方程式保持部20の状態方程式に基づき積分型最適サーボ系のフィードバックゲインKI0、 KF0、Σを求める。これらが、実際に制御を行う制御器40のパラメータとなる。
【0054】
40は、設定された前記ゲインに基づきサーボ制御処理を行う制御器である。これは、CPUが所定のプログラムを実行することで実現される。その具体的な構造は、例えば、図6や図7に示すものである。
【0055】
図11は、図10の装置の動作の概略説明図である。
・ステップS11:部品特性データ保持部10は、予め定められたサンプル時間ごとに運転条件を得て、これに対応する部品特性データを状態方程式保持部20へ出力する。状態方程式保持部20は、予め与えられた状態方程式を部品特性データに基づき当該サンプル時間における状況に適合する状態方程式とする。
・ステップS12:ゲイン設定部30は、当該サンプル時間の状態方程式を用いてサーボ系のフィードバックゲインを求める。
・ステップS13:制御器40はフィードバックゲインを所定の制御系に適用して制御を実行する。
・ステップS10:ステップS11〜ステップS13のステップを、予め定められたサンプル時間ごとに繰り返す。
【0056】
発明の実施の形態による効果について説明する。
【0057】
非線形性の強い機械の制御においては、ゲインスケジュールによるPID制御などゲインのマップの調整(適合)が必要であった。ゲインのマップは、それぞれの機種にしか使えないマップであり、機種が変わるごとに再適合が必要である。
【0058】
これに対し、本発明の実施の形態により、非線形の強い機械の制御系設計を系統的に行うことが可能であり、次のような優れた利点がある。
(1)時々刻々と部品特性データを入れ替えたモデルにより、制御器のゲインが更新されるため、高い適応性を持つ制御器の作成が可能となる。すなわち、制御性が機械の広い作動域において向上する。
(2)モデルベース開発において検証用として開発された機械全系の物理モデルを再利用することができるため、制御系設計にかかる人的資源を節約することができる。
(3)コアとなる機種の制御系が開発されると、部品特性データのみが異なる機種の展開は、モデルの部品特性データの変更だけで済むため、従来必要であった機種ごとの調整作業(適合)が不要となる。すなわち、組み込み制御系ソフトウェア工学におけるプロダクトライン工学も実現できることになる。
(4)機械全系の物理モデルさえ開発すれば制御系も開発できるため、開発の力点を機械全系の物理モデル開発におくことが可能となる。したがって、より効率的にモデルベース開発全体を進めることが可能となる。それによって、機械の機能品質が向上する。
【0059】
本発明は、以上の実施の形態に限定されることなく、特許請求の範囲に記載された発明の範囲内で、種々の変更が可能であり、それらも本発明の範囲内に包含されるものであることは言うまでもない。
【符号の説明】
【0060】
10 部品特性データ保持部
20 状態方程式保持部
30 ゲイン設定部
40 制御器
【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象となる機械全系の物理モデルを受け、当該物理モデルを簡略化するステップと、
前記簡略化したモデルに対応する状態方程式を求め、当該状態方程式を用いて予め定められた制御系のパラメータを求めることにより当該制御系の設計を行うステップとを備える非線形適応モデルベース制御の設計方法。
【請求項2】
請求項1記載の非線形適応モデルベース制御の設計方法であって、
前記物理モデルを簡略化するステップは、
前記物理モデルのパラメータに関して質量、粘性、剛性の3つの要素に分解するステップと、
前記剛性の要素を前記物理モデルから取り除くステップと、
前記質量及び前記粘性を合成して、部品に加わるエネルギーの強さ及び量を表わす位差量及び流動量の流れを表現するステップとを含む
ことを特徴とする非線形適応モデルベース制御の設計方法。
【請求項3】
対象となる機械を構成する部品の特性データを保持する部品特性データ保持部と、
前記対象となる機械に関する予め定められた状態方程式を保持する状態方程式保持部と、
前記状態方程式に基づきゲインを設定するゲイン設定部と、
設定された前記ゲインに基づき予め定められたサーボ制御処理を行う制御器とを備える制御装置であって、
前記部品特性データ保持部は、予め定められたサンプル時間ごとに運転条件を得て、これに対応する部品特性データを前記状態方程式保持部へ出力し、
前記状態方程式保持部は、前記状態方程式を前記部品特性データに基づき当該サンプル時間における状況に適合する状態方程式とし、
前記ゲイン設定部は、当該サンプル時間の状態方程式を用いてサーボ系のフィードバックゲインを求めるものであり、
前記状態方程式は、対象となる機械の物理モデルを受け、当該物理モデルを簡略化するステップと、前記簡略化したモデルに基づき制御系設計を行うステップとを備える非線形適応モデルベース制御の設計方法により設計されたものである
ことを特徴とする制御装置。
【請求項4】
対象となる機械を構成する部品の特性データを保持する部品特性データ保持部と、
前記対象となる機械に関する予め定められた状態方程式を保持する状態方程式保持部と、
前記状態方程式に基づきゲインを設定するゲイン設定部と、
設定された前記ゲインに基づき予め定められたサーボ制御処理を行う制御器とを備える制御装置であって、
前記部品特性データ保持部は、予め定められたサンプル時間ごとに運転条件を得て、これに対応する部品特性データを前記状態方程式保持部へ出力し、
前記状態方程式保持部は、前記状態方程式を前記部品特性データに基づき当該サンプル時間における状況に適合する状態方程式とし、
前記ゲイン設定部は、当該サンプル時間の状態方程式を用いてサーボ系のフィードバックゲインを求めるものを、コンピュータにより実現するためのプログラムであって、
前記状態方程式は、対象となる機械の物理モデルを受け、当該物理モデルを簡略化するステップと、前記簡略化したモデルに基づき制御系設計を行うステップとを備える非線形適応モデルベース制御の設計方法により設計されたものである
ことを特徴とするプログラム。
【請求項1】
対象となる機械全系の物理モデルを受け、当該物理モデルを簡略化するステップと、
前記簡略化したモデルに対応する状態方程式を求め、当該状態方程式を用いて予め定められた制御系のパラメータを求めることにより当該制御系の設計を行うステップとを備える非線形適応モデルベース制御の設計方法。
【請求項2】
請求項1記載の非線形適応モデルベース制御の設計方法であって、
前記物理モデルを簡略化するステップは、
前記物理モデルのパラメータに関して質量、粘性、剛性の3つの要素に分解するステップと、
前記剛性の要素を前記物理モデルから取り除くステップと、
前記質量及び前記粘性を合成して、部品に加わるエネルギーの強さ及び量を表わす位差量及び流動量の流れを表現するステップとを含む
ことを特徴とする非線形適応モデルベース制御の設計方法。
【請求項3】
対象となる機械を構成する部品の特性データを保持する部品特性データ保持部と、
前記対象となる機械に関する予め定められた状態方程式を保持する状態方程式保持部と、
前記状態方程式に基づきゲインを設定するゲイン設定部と、
設定された前記ゲインに基づき予め定められたサーボ制御処理を行う制御器とを備える制御装置であって、
前記部品特性データ保持部は、予め定められたサンプル時間ごとに運転条件を得て、これに対応する部品特性データを前記状態方程式保持部へ出力し、
前記状態方程式保持部は、前記状態方程式を前記部品特性データに基づき当該サンプル時間における状況に適合する状態方程式とし、
前記ゲイン設定部は、当該サンプル時間の状態方程式を用いてサーボ系のフィードバックゲインを求めるものであり、
前記状態方程式は、対象となる機械の物理モデルを受け、当該物理モデルを簡略化するステップと、前記簡略化したモデルに基づき制御系設計を行うステップとを備える非線形適応モデルベース制御の設計方法により設計されたものである
ことを特徴とする制御装置。
【請求項4】
対象となる機械を構成する部品の特性データを保持する部品特性データ保持部と、
前記対象となる機械に関する予め定められた状態方程式を保持する状態方程式保持部と、
前記状態方程式に基づきゲインを設定するゲイン設定部と、
設定された前記ゲインに基づき予め定められたサーボ制御処理を行う制御器とを備える制御装置であって、
前記部品特性データ保持部は、予め定められたサンプル時間ごとに運転条件を得て、これに対応する部品特性データを前記状態方程式保持部へ出力し、
前記状態方程式保持部は、前記状態方程式を前記部品特性データに基づき当該サンプル時間における状況に適合する状態方程式とし、
前記ゲイン設定部は、当該サンプル時間の状態方程式を用いてサーボ系のフィードバックゲインを求めるものを、コンピュータにより実現するためのプログラムであって、
前記状態方程式は、対象となる機械の物理モデルを受け、当該物理モデルを簡略化するステップと、前記簡略化したモデルに基づき制御系設計を行うステップとを備える非線形適応モデルベース制御の設計方法により設計されたものである
ことを特徴とするプログラム。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2012−226532(P2012−226532A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−93104(P2011−93104)
【出願日】平成23年4月19日(2011.4.19)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年4月19日(2011.4.19)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)
【Fターム(参考)】
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