説明

面圧力計測装置及び方法

【課題】測定レンジが広く、応用性にも富む面圧力計測装置を提供する。
【解決手段】本発明の面圧力計測装置は、圧力による面外変位が独立して発生する粘弾性ゲルの領域12を平面状に多数備えた圧力センサ・マトリックス10と、前記領域の面外変位を光学的に計測する光計測手段20とを備えている。圧力センサ・マトリックス10の各領域12での面外変位は、その領域の圧力により生じるから、各領域12の面外変位を計測することで2次元的な圧力分布を求めることができる。この装置では、kPa以下の低い面圧力を高精度に測定することが可能であり、また、面圧力の時間変化に迅速に応答することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば、流体が接する航空機の機体表面の圧力などを2次元的に計測する面圧力計測装置と、その計測方法に関し、測定レンジが広く、応用性に富む2次元圧力計測の実現を図るものである。
【背景技術】
【0002】
従来から、2次元圧力計測の方法として、感圧塗料を使用する方法や、MEMS圧力センサを使用する方法などが知られている。
感圧塗料を用いる2次元圧力計測では、例えば、下記特許文献1に記載されているように、周囲の圧力に応じて蛍光の発光強度が変化する感圧塗料(Pressure-Sensitive Paint、PSP)を測定対象に塗布し、これを気流の中に置いてカメラで撮影する。感圧塗料の蛍光は、気流に含まれる酸素により消光され、気流の酸素濃度は、気体圧力に比例するため、カメラの画像から、測定対象の表面の圧力分布を光学的に把握することができる。
また、MEMS圧力センサを用いる2次元圧力計測では、測定対象の表面に多数のMEMS圧力センサを配置して、その表面の圧力分布を計測する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2006−10517号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、感圧塗料を用いる2次元圧力計測(面圧力計測)は、測定レンジが高圧側に片寄り、圧力がkPa以下の低圧では精度が低下する。また、圧力の変化に対して応答性が悪く、圧力の時間変化を高精度に捉えることができない。
また、多数のMEMS圧力センサを配置する面圧力計測では、多数の配線が必要になる。そのため、新しい測定対象に適用する場合、計測の準備に大きな負担が掛かり、応用性の面で著しく劣る。
【0005】
本発明は、こうした事情を考慮して創案したものであり、測定レンジが広く、応用性にも富む面圧力計測装置を提供し、また、その計測方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の面圧力計測装置は、圧力による面外変位が独立して発生する粘弾性ゲルの領域を平面状に多数備えた圧力センサ・マトリックスと、前記領域の面外変位を光学的に計測する光計測手段とを備えることを特徴とする。
圧力センサ・マトリックスの各領域での面外変位は、その領域の圧力により生じるから、各領域の面外変位を計測することで2次元的な圧力分布を求めることができる。
【0007】
また、本発明の面圧力計測装置は、前記圧力センサ・マトリックスを、前記領域を画成する枠体と、前記枠体が画成した前記領域に充填された前記粘弾性ゲルとで構成することができる。
多数の孔を空けた薄板や金網を枠体とし、その孔や網目を粘弾性ゲルで充填して圧力センサ・マトリックスを形成することができ、この圧力センサ・マトリックスを用いて、圧力センサ・マトリックスの両面間の圧力差(相対圧力)を計測することができる。
【0008】
また、本発明の面圧力計測装置は、前記圧力センサ・マトリックスを、多数の気泡を含む前記粘弾性ゲルの層で構成し、前記気泡を内包する壁の内、前記層の表面に現われた壁を、前記領域とすることができる。
粘弾性ゲルの層の表面に現われた、気泡を内包する薄い壁は、外気の圧力を受けて面外変位する。この圧力センサ・マトリックスを用いて、気泡内の圧力に対する外界の絶対圧力を計測することができる。
【0009】
また、本発明の面圧力計測装置では、前記粘弾性ゲルとして、ウレタンゲルを用いることができる。
また、本発明の面圧力計測装置では、前記光計測手段が、スペックル干渉法やデジタルホログラフィを利用した変位計測法により、前記領域の面外変位を計測することが可能である。
スペックル干渉法やデジタルホログラフィを利用した変位計測法は、粘弾性ゲルのミクロンオーダーの面外変位を計測することができる。
【0010】
また、本発明の面圧力計測方法は、圧力による面外変位が独立して発生する粘弾性ゲルの領域を平面状に多数備えた圧力センサ・マトリックスで計測対象物体を覆うステップと、前記圧力センサ・マトリックスにレーザを照射して前記領域の面外変位を光学的に計測するステップとを備えることを特徴とする。
この方法により、計測対象物体の表面における2次元的な圧力分布を測定することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の面圧力計測装置及び方法は、kPa以下の低い面圧力を高精度に測定することが可能で、かつ,高い圧力計測も可能であり,広い測定レンジを有している。また、面圧力の時間変化に迅速に応答することができる。
また、面圧力が圧力センサ・マトリックスに対して非接触で測定できるため、測定作業が容易であり、測定対象物の形状により適用が制限されることも無い。そのため、広い応用範囲を有している。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】本発明の実施形態に係る面圧力計測方法を説明する図
【図2】本発明の実施形態に係る面圧力計測装置の光計測装置を示す図
【図3】圧力センサの面外変位の測定実験を説明する図
【図4】圧力センサ・マトリックスを示す図
【図5】圧力センサの面外変位が無いときのスペックル干渉パターンを示す図
【図6】圧力センサの面外変位が有るときのスペックル干渉パターンを示す図
【図7】スペックル干渉法でのスペックル干渉画像の求め方を説明する図
【図8】図5及び図6のスペックル干渉パターンから求めたスペックル干渉画像を示す図
【図9】面外変位と干渉縞の間隔との関係を示す図
【図10】スペックル干渉画像の輝度の時間変化を示す図
【図11】スペックル干渉画像の輝度変化と圧力との関係を示す図
【図12】圧力センサの面外変位と圧力との関係を示す図
【図13】本発明の実施形態に係る他の圧力センサ・マトリックスを示す図
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1は、本発明の実施形態に係る面圧力計測方法を概念的に示している。
2次元的な圧力分布の測定に用いる圧力センサ・マトリックス10は、多数の孔を空けた金属薄板11と、この金属薄板11の孔に充填された粘弾性ゲル12の薄層とで構成される。
金属薄板11は、測定対象物の面に沿って変形可能な厚さを有している。
金属薄板11の孔に充填された粘弾性ゲル12の各々が圧力センサであり、この圧力センサは、薄層の両面間の圧力差(相対圧力)に応じて撓む(即ち、面外変位する)。各圧力センサの面外変位は、それぞれ独立して生じ、変位の大きさは、圧力センサの位置の相対圧力にのみ依存する。
【0014】
この圧力センサ・マトリックス10の各圧力センサの面外変位を計測するために、後述する光計測装置から圧力センサ・マトリックス10にレーザ光20が照射される。
レーザ光を粗面に照射すると、拡散した反射光が重なり合い、干渉して、斑点模様のスペックルパターンを形成することが知られている。光計測装置は、圧力センサ・マトリックス10にレーザ光20を照射したときのスペックルパターン30を用いて粘弾性ゲル12の面外変位を計測する。
【0015】
図2は、本発明の実施形態の面圧力計測装置で用いた光計測装置を示している。
この装置は、スペックル干渉法により圧力センサの面外変位を計測しており、レーザ光を発するHe−Neレーザ41と、レーザ光の方向を変えるミラー42と、レーザ光を拡大平行光束に変換する対物レンズ及び空間フィルタ43と、平行光束の色収差を補正するアクロマチックレンズ44と、平行光束の方向を変えるミラー45と、平行光束を反射光及び透過光に分割するハーフミラー46と、反射光を反射する参照板48と、減光するNDフィルタ49と、透過光を反射する圧力センサ・マトリックス10と、スペックルパターンを撮影するCCDカメラ47とを備えている。
【0016】
ここでは、噴流を噴射するジェット気流発生器51を配置して、図3に示すように、圧力センサ・マトリックス10の裏面からジェット気流発生器51の噴流を当て、圧力センサのおもて面の面外変位をスペックル干渉法で測定している。
なお、圧力センサ・マトリックス10は、図4に示すように、直径1mmの孔を縦方向2mmピッチ、横方向4mmピッチで形成した厚さ0.5mmのアルミパンチングシートにウレタンゲル(硬度0、圧縮弾性率(Pa)1.2E+05、ポアソン比0.33)を充填して形成している。
【0017】
この光計測装置では、ハーフミラー46に入射したレーザ光の平行光束が反射光と透過光とに2分され、反射光が参照板48に入射し、透過光が圧力センサ・マトリックス10に入射する。参照板48に入射した平行光束は、参照板48で反射され、ハーフミラー46を透過してCCDカメラ47に入射する。一方、圧力センサ・マトリックス10に入射した平行光束は、圧力センサ・マトリックス10で反射され、ハーフミラー46で反射されてCCDカメラ47に入射する。
参照板48の反射で得られたスペックルパターンと圧力センサ・マトリックス10の反射で得られたスペックルパターンとがCCDカメラ47の位置で結像するように調整され、それらを重ね合わせたスペックル干渉パターンがCCDカメラ47で撮影される。
CCDカメラ47で撮影された画像は、PC(不図示)に送られて画像処理される。
【0018】
図5は、圧力センサ・マトリックス10に噴流を当てずに撮影した圧力センサ部分のスペックル干渉パターンを示している。
一方、図6は、圧力センサ・マトリックス10にジェット気流発生器51から噴流を噴射し、圧力センサに面外変位を生じさせた状態で撮影した圧力センサ部分のスペックル干渉パターンを示している。
スペックル干渉法では、図7に示すように、CCDカメラ47の各画素において、変位発生前のスペックル干渉パターン(a)の強度(輝度値)と、変位発生後のスペックル干渉パターン(b)の強度(輝度値)との差の絶対値を取り、スペックル干渉画像(c)を得る。
【0019】
図8は、図5及び図6のスペックル干渉パターンから生成したスペックル干渉画像を示している。このスペックル干渉画像には、変位量の大きさに応じた本数の干渉縞が現われる。そのため、干渉縞の数あるいは干渉縞の間隔から圧力センサの面外変位の大きさを知ることができる。
図9は、面外変位の大きさと干渉縞の間隔との関係を求めるために、面外変位していない圧力センサ・マトリックス10を微小回転させ、この回転による面変位の大きさ(縦軸、単位μm)と、スペックル干渉画像の干渉縞の間隔(横軸、単位mm)とを測定した結果(点)について示している。なお、実線は、幾何学的に計算した結果であり、測定結果と良く一致している。
このように、面外変位の大きさと干渉縞の間隔との関係を予め調べておけば、圧力センサ・マトリックス10の圧力センサの面外変位を、スペックル干渉画像の干渉縞の間隔から算出することができる。
【0020】
また、図10は、ジェット気流発生器51で圧力センサ・マトリックス10に加える圧力を強めていったときの“スペックル干渉画像の強度(輝度値)の時間変化”を示している。ここでは、圧力センサ部分のスペックル干渉画像を表示する2×2個のピクセルに着目し、それらのピクセルにおける強度(輝度値)を縦軸に、時間を横軸に表示している。隣り合う4つのピクセルの時系列波形は、圧力センサの面外変位による位相差の増大に伴うものであるため、いずれの時系列波形も近似している。
【0021】
図11は、図10の横軸を、圧力センサ・マトリックス10に加えた圧力(Pa)で置き換えた“スペックル干渉画像の強度(輝度値)と圧力との関係”を示している。
この時系列波形の一つの輝度ピークの位相差は2πであり、また、スペックル干渉法の原理から、
w=(λ/4π)Δφ
(但し、w:変位、λ:レーザ光の波長、Δφ:位相差)
が成り立つため、2πの位相差を生じる圧力センサの面外変形量は0.314μmに相当する。
図11から、極小位置(黒四角)の圧力を読み取り、そのときの変位を(k×0.314μm、k=1、2、・・・)とプロットすることにより図12の“圧力と面外変形量との関係”が得られる。
【0022】
図12から、圧力センサ・マトリックス10の圧力センサにおける面外変位量が、圧力センサに加わる圧力に比例すること(即ち、線形性を有すること)が確認できる。
また、図10から、位相の時間変化が計測できることが分かる。従って、この面圧力計測方法では、時間分解能の確保が可能である。
また、圧力センサの変位量が数μm程度の低圧であっても、スペックル干渉法のような光計測法を用いて正確な面圧力の測定が可能であることが分かる。現在、光計測法では、λ/100(λ:光の波長)程度の計測まで可能である。
【0023】
また、この面圧力計測方法では、圧力センサ・マトリックス10の金属薄板に形成する孔の数を増やして、測定点数や測定面積の拡大を図ることができ、どのような測定対象物にも柔軟に適応できる。また、金属薄板の孔の密度を増やして空間精度の向上を図ることができる。
この面圧力計測方法は、圧力(即ち、力)を位置の変位に変換して計測している。この変換は、力を光の変化に変換する(即ち、圧力により酸素濃度が変化し、酸素濃度により感圧塗料の光反射効率が変わることを利用する)PSP法や、力を電圧の変化に変換するMEMS圧力センサ等に比べて、物理的に単純な原理に基づいており、ロバスト性(外乱や設計誤差などの不確定な変動に対して安定したシステム特性)を有している。
【0024】
なお、ここでは、スペックル干渉法により圧力センサの面外変位を計測しているが、例えば、特開2005−265441号公報に記載されているデジタルホログラフィを利用した変位計測法や、その他の光計測方法を用いて面外変位を計測しても良い。
また、圧力センサ・マトリックス10の孔を空けた金属薄板に代えて、粘弾性ゲルを網目で保持する金網などを用いることもできる。
また、本発明で使用する圧力センサ・マトリックスの金属薄板や粘弾性ゲルの素材は、例示したものに限定されない。
【0025】
また、圧力センサ・マトリックスは、図13に示すように構成しても良い。
この圧力センサ・マトリックス60は、多数の気泡61を含む粘弾性ゲルの層で構成され、この層で測定対象物70を被覆する。この圧力センサ・マトリックス60では、層の表面に現われた、気泡61を内包する薄い壁の部分が圧力センサとして機能する。この圧力センサは、外圧が気泡61内の圧力より高ければ、窪むように変位し、外圧が気泡61内の圧力より低ければ、膨らむように変位する。従って、この圧力センサ・マトリックス60を用いることで、気泡61内の圧力を基準とする絶対圧力の測定が可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明の面圧力計測装置及び方法は、広い測定レンジを有し、応用性に富んでおり、自動車や航空機、船舶、建築物、土木構築物など、面圧力の計測が必要な対象物の面圧力計測に広く用いることができる。
【符号の説明】
【0027】
10 圧力センサ・マトリックス
11 金属薄板
12 粘弾性ゲル
41 He−Neレーザ
42 ミラー
43 対物レンズ及び空間フィルタ
44 アクロマチックレンズ
45 ミラー
46 ハーフミラー
47 CCDカメラ
48 参照板
49 NDフィルタ
51 ジェット気流発生器
60 圧力センサ・マトリックス
61 気泡
70 測定対象物

【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧力による面外変位が独立して発生する粘弾性ゲルの領域を平面状に多数備えた圧力センサ・マトリックスと、
前記領域の面外変位を光学的に計測する光計測手段と
を備えることを特徴とする面圧力計測装置。
【請求項2】
請求項1に記載の面圧力計測装置であって、前記圧力センサ・マトリックスが、前記領域を画成する枠体と、前記枠体が画成した前記領域に充填された前記粘弾性ゲルとを備えることを特徴とする面圧力計測装置。
【請求項3】
請求項1に記載の面圧力計測装置であって、前記圧力センサ・マトリックスが、多数の気泡を含む前記粘弾性ゲルの層から成り、前記気泡を内包する壁の内、前記層の表面に現われた壁が、前記領域を形成していることを特徴とする面圧力計測装置。
【請求項4】
請求項1から3に記載の面圧力計測装置であって、前記粘弾性ゲルが、ウレタンゲルであることを特徴とする面圧力計測装置。
【請求項5】
請求項1から4に記載の面圧力計測装置であって、前記光計測手段が、スペックル干渉法により前記領域の面外変位を計測することを特徴とする面圧力計測装置。
【請求項6】
請求項1から4に記載の面圧力計測装置であって、前記光計測手段が、デジタルホログラフィを利用した変位計測法により前記領域の面外変位を計測することを特徴とする面圧力計測装置。
【請求項7】
圧力による面外変位が独立して発生する粘弾性ゲルの領域を平面状に多数備えた圧力センサ・マトリックスで計測対象物体を覆うステップと、
前記圧力センサ・マトリックスにレーザを照射して前記領域の面外変位を光学的に計測するステップと
を備えることを特徴とする面圧力計測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【公開番号】特開2011−43443(P2011−43443A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−192652(P2009−192652)
【出願日】平成21年8月22日(2009.8.22)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成20年度、文部科学省、科学研究費補助金、萌芽研究、産業技術力強化法第19条の適用を受けるもの)
【出願人】(504190548)国立大学法人埼玉大学 (292)
【Fターム(参考)】