説明

音響計測装置及び音響計測方法

【課題】超音速ジェット気流によって生じるジェット騒音(スクリーチ)の音源位置を正確に把握するための計測システムを実現する。
【解決手段】シュリーレン光学系にて、高速光センサを用いて、計測点をずらしながら高速サンプリングを行う。サンプリングで取得した値はジェット気流の中心から円弧状に生じる密度勾配によって光路が曲げられた結果である。この値を高速離散フーリエ変換して、騒音を構成する周波数成分に分解する。その後、特定の周波数に属するデータについてアーベル変換を施し、ジェット気流の中心から半径方向の密度勾配を得る。得られた密度勾配をグラフ表示で可視化すると、音源の位置や気流の状態を精緻に把握できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音響計測方法に適用して好適な技術に関する。
より詳細には、ジェット気流が生じる騒音を非接触にて計測する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
次世代超音速旅客機開発において、ジェットエンジンの排気によって生じる騒音を低減することは、大きな課題の一つである。ジェットエンジンの排気は、周囲の静止気体とせん断を生じ、その境界領域(せん断層、混合層と呼ばれる)上に強い気流の乱れを生じる。たとえば超音速噴流の場合であれば、ここから、スクリーチ(screech:金切り声の意。特定周波数にきわめて強いピーク騒音が現れる。航空機等の業界ではジェット騒音を「ジェットスクリーチ」と呼び、その略語としてスクリーチと呼ぶ。)が発生する。またスクリーチとともに、様々な周波数の音を含むブロードバンドノイズ(広帯域騒音と呼ばれる)が現れる。このスクリーチは、非常に狭い周波数域に大きなエネルギーが集中するため、騒音問題のみならず機体の破損にもつながり、大きな問題となっている(非特許文献1参照)。
【0003】
騒音を低減するために、従来より様々な取り組みがなされている。ジェット気流の解析(非特許文献2及び3参照)、ジェット気流にタブと呼ばれる突起を設けてスクリーチを抑制する方法(非特許文献4、5及び6参照)、物理的なタブの代わりに、ノズル壁面から小さな噴流を噴射する「空力タブ」を設けてスクリーチを抑制する方法(非特許文献8、9及び10参照)等が行われている。
【0004】
【非特許文献1】Raman, G., J. Sound and Vibration, 225-3 (1999), 543-571.
【非特許文献2】Powell, A. et al., J. Acoust. Soc. Am., 92-5 (1992), 2823-2836.
【非特許文献3】Umeda, Y. and Ishii, R., Int. J. Aeroacoustics, 1-4 (2002), 355-384.
【非特許文献4】Ahuja, K. K. and Brown, W. H., AIAA paper 89-0994.
【非特許文献5】Samimy, M. et al., AIAA Journal, 31-4 (1993), 609-619.
【非特許文献6】Kobayashi, H. et al., ASME NCA, Acoustic Radiation and Wave Propagation, 17 (1994), 149-163.
【非特許文献7】Outa, E. et al., Proceedings of the 16th Int. Symposium on AirbreathingEngines (ISABE 2003), CD-Rom, AIAA.
【非特許文献8】荒木幹也他, 日本機械学会論文集(B編), 71-707,(2005), 1798-1805.
【非特許文献9】Araki, M. et al., AIAA Journal, 44-2 (2006), pp. 408-411.
【非特許文献10】荒木幹也他, 日本機械学会論文集(B編), 73-726,(2007), 567-574.
【非特許文献11】Suda, M. et al., AIAA Paper 93-4323.
【非特許文献12】浅沼強,流れの可視化ハンドブック, (1977), 朝倉書店, 東京, pp. 328-341.
【非特許文献13】矢尾板昭, Abel変換の数値計算法, 電子技術総合研究所調査報告、通商産業省, 172 (1971), pp. 1-32.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ジェットエンジンの推進力を極力減らすことなく、ジェット気流がもたらす騒音を低減するためのデバイスを開発するためには、その前提として騒音源の位置と規模の正確な把握が必要である。何処から音が出てくるのか判らない状態では、その音を減らすための道具が作れないことは明らかである。
前述の空力タブのような騒音低減デバイスが、騒音源の振る舞いに及ぼす影響を直接的に可視化することができれば、理想的である。しかしながら、噴流騒音の場合、音源は流れの内側にある。このため、マイクロフォンなどの接触測定法では、気流がマイクロフォンと干渉する際の風切り音に阻まれ、計測が無理である。
【0006】
本発明はかかる点に鑑みてなされたものであり、亜音速噴流から超音速噴流の幅広い速度のジェット気流の騒音源を、非接触にて精緻に計測する方法、またそのための計測装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するための本発明は、光学系を用いて、気流中に光を貫通させる。その光の輝度をインターフェースを用いて、所定のサンプル周波数にて数値データに変換する。
これらを計測位置情報に係るデータとして一旦記憶した後、フーリエ変換部にて周波数情報と振幅データに変換する。
これらを計測位置情報に係るデータとして一旦記憶し、解析対象周波数選択部にて所望の周波数のデータを選択した後、アーベル変換部にて、気流の中心からの半径位置における前記気流中の密度勾配の情報に変換する。
これらを一旦記憶した後、表示処理部とディスプレイにて可視化処理する、音響計測装置に係るものである。
【0008】
ジェット気流を測定するには、CCDカメラ等のデバイスでは、速度が追いつかない。そこで、高速光センサでサンプル処理をして、周波数展開した後、所望の周波数成分についてアーベル変換を行う。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、超音速ジェット気流の騒音解析において、騒音の特定の周波数成分について精緻な解析が可能な、音響計測装置を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を、図1〜図10を参照して説明する。
【0011】
図1は、本実施の形態の例である、超音速噴流音響計測システム(以下「計測システム」)101の概略図である。
計測システム101は、計測対象である超音速噴流102に近接配置する光学系と、データを収集して処理するデータ処理系に分けられる。
【0012】
図1の光学系は、レーザヘッド103と、集光部ともいえる凸レンズ104と、ナイフエッジ105と、光センサ106よりなる。レーザ光107を用いた一種のシュリーレン光学系を構成する。気体中を伝わる音は気体の圧力変動であり、圧力と同時に密度も変動する。この密度変動を、シュリーレン光学系で検出する。
実際の光学系は、配置の都合上、図2に示すように凹面鏡を用いて光路を折りたたんでいる。図1では簡単のため、光路を直線上に展開した状態で説明する。
レーザヘッド103はヘリウムネオンレーザ装置である。但し、これに限定されるものではない。平行な光を出力できればよいので、光ディスク装置に用いるような一般的な半導体レーザでも構わない。後述する図6以降の図面を得るために実施した実験では、連続発振He−Neレーザ(シグマ光機社製05−LHR−151)を用いた。波長は632.8nmである。レーザ光107の直径は約0.8mmである。
測定は、レーザヘッド103から発されたレーザ光107を、超音速噴流102内部、又はその周囲に通過させる。
凸レンズ104は、レーザ光107を収束するためのものである。超音速噴流102通過後400mmの位置に、焦点距離f=200mmの凸レンズ104(実際には凹面鏡を使用)を設置する。レーザ光107は、凸レンズ104通過後200mmの位置で焦点を結ぶ。
レーザ光107は、光路上に存在する、超音速噴流102それ自身、あるいは超音速噴流102から発せられる音波によって生じる密度勾配によって屈折する。屈折の原理は蜃気楼の原因である、空気の密度の差、すなわち密度勾配による屈折率の変化と同じである。屈折の結果、焦点の位置は移動する。勿論、密度勾配が一定の状態である訳がないので、焦点の移動は周期的に振動する。ちょうど、レーザ光107がレコードプレーヤの針の役目をしているものと考えてよい。この屈折の原理の詳細については、図5にて後述する。
この、振動する焦点の位置に、ナイフエッジ105を超音速噴流102と平行に設置し、レーザ光107の一部をカットする。すると、レーザ光107の屈折角を輝度変化に変換できる。なお、ナイフエッジ105は、レーザ光107が全く屈折しないで到達した状態において、レーザ光107が形成するビームスポットの半分程度が隠れるような位置に配置する。なお、レーザ光107は、密度勾配の方向と同一方向に屈折する。ナイフエッジ105は、超音速噴流102と垂直方向、あるいは斜め方向に設置してもかまわない。ナイフエッジ105の設置方向により、検出される音波の方向(指向性)を選択することができる。また、ナイフエッジの変わりに円形のビームストップ、あるいは円形のピンホールを用いれば、あらゆる方向に伝播する音波の検出が可能となる。これらの遮光手法は、シュリーレン法の派生型として周知である。
【0013】
レーザ光107の光路上に配置されているナイフエッジ105の更に先には、光センサ106が設けられる。光センサ106は受光強度を測定する。
より具体的には、ナイフエッジ105通過後の200mmの位置にスクリーン108を設置し、シュリーレン像を投影する。スクリーン108には、直径0.3mmのピンホール109を設ける。ピンホール109によってレーザ光107の一部のみを通過させることで、測定領域を限定する。ピンホール109の直径は、そのまま空間分解能に対応する。ピンホール109を通過したレーザ光107は、高速光センサである光センサ106(浜松ホトニクス社製S3071)に入射され、輝度変化が検出される。なお、凸レンズ104の焦点距離fを変更することで、光学系の感度を変更することが可能である。
【0014】
データ処理系は、光センサ106の信号からデータを生成するインターフェース110と、このインターフェース110に接続されるデータ処理部111よりなる。また、データ処理部111には光学系の位置情報も入力される。なお、位置情報の入力方法は任意である。キーボード等を用いる手動入力であってもよいし、所定のセンサを光学支持体112に設けてもよい。
インターフェース110はA/Dコンバータである。
データ処理部111は、インターフェース110から得たデータを蓄積し、所定の処理を行う。図1では一例としてパソコンを接続している。データ収集の段階ではパソコンではなく、デジタルオシロスコープ等を用いてもよい。データ処理部111の詳細は後述する。
【0015】
計測は、光学支持体112を超音速噴流102に対してX−Z平面上に移動させながら、光センサ106にてサンプリングをする。したがって、レーザヘッド103、凸レンズ104、ナイフエッジ105、スクリーン108上のピンホール109及び光センサ106の位置関係は、光学支持体112によって常に固定的に維持されていなければならない。
図1の構成、すなわちレーザ光107が地面と水平に通る状態では、光学支持体112を構成することがやや難しい。そこで、レーザ光107が地面と垂直になるような状態で計測ができるように、光学支持体112を構成したものが、図2に示す超音速噴流音響計測プローブである。
【0016】
図2は、実際に実験に用いた超音速噴流音響計測プローブ(以下、「計測プローブ」)201の概略図である。
四角形状の支持枠202のほぼ中心に超音速噴流102を流し、支持枠202の上部枠202Aにレーザヘッド103を設ける。
支持枠202の下部枠202Bに鏡203を配し、直角にレーザ光107を反射させる。
鏡203によって反射されたレーザ光107の先にある下部枠202Bの縁に、集光部ともいえる凹面鏡204を設けて、レーザ光107を反射しつつ収束させる。
焦点位置にはナイフエッジ105を設ける。
更にナイフエッジ105の先には光センサ106を設ける。
【0017】
光学系は超音速噴流102の気流とは直角の面(図2中のX−Z平面)にて移動させて計測を行わなければならない。
図2の計測プローブ201は、X−Z平面が地面と平行な面になる。計測プローブ201を地面と平行な面上にて移動させることにより、容易にX−Z平面上における計測位置の変更が可能である。
逆に、図1の装置をそのまま再現しようとすると、光学系を鉛直方向に移動させなければならないので、装置が大掛かりになり、また不安定になり易い。
【0018】
図3は、計測システム101のうち、データ処理系の機能ブロック図である。
光センサ106から生じた信号をインターフェース110でデジタル値に変換する。そして、計測時点の位置情報と共に第1記憶部302に蓄積する。蓄積されるデータは、「XZ位置(X−Z平面内の位置情報)」、「時間」及び「輝度値」である。インターフェース110には、光センサ106からデータを取得するためのサンプルクロック303が供給される。
一例として、あるXZ位置について、500KHzのサンプリング周波数で、8192個のサンプルを採る実験を150回行う。X方向には0.5mm間隔で30箇所、すなわち15mmについてサンプリングを行う。Z方向には2mm間隔で39箇所、すなわち78mmについてサンプリングを行う。
【0019】
前述のサンプリングについて詳述する。
図4(a)、(b)及び(c)は、本実施形態の計測のモデルを説明する概略図である。
図4(a)は、図1に示した計測システム101の光学系を抜粋したものである。
図4(a)中、ノズル出口113から超音速噴流102を縦に割る、垂直な平面Pを仮想的に設ける。
この平面Pを通過するレーザ光107を計測点とする。
図4(b)は、平面Pをレーザヘッド103側から見た図である。
一つ一つの点が、計測点402である。
図4(c)は、各計測点402について計測を行った結果、得られるデータの一部を示す。
光センサ106は光の強弱を信号として取り出す。
各計測点402毎に、500KHzのサンプリングクロックで、8192個のデータを取得する。
すると、PCM変調したデジタルデータを得ることができる。
もっとも、得られるデータは脈流で、DC成分を含んでいるので、フーリエ変換を行う前に、DCオフセットを除去する処理が必要になる。
【0020】
図3に戻って説明を続ける。
次に、第1記憶部302からデータを取り出し、フーリエ変換部304にて処理を行う。前述の通り、各計測点402における8192個のサンプルデータの150回分の全てを、FFT(Fast Fourier Transform:高速フーリエ変換)にて変換処理する。こうして、各計測点402について周波数成分に変換したデータが得られる。FFTの性質上、入力サンプル数と出力周波数成分の数が等しい。すなわち、本実施形態に係る実験の場合、8192個のサンプルデータを入力すると、8192個の周波数成分データが得られる。ただし、サンプリング定理から、実際には8192個のうちの半分、4096番目の周波数データまでが有効となる。
その後、平均演算部305にて、各計測点402の150回分の周波数成分データの平均値を得る。この処理は、周波数変換の精度を上げるための処理である。
得られた周波数成分データは、第2記憶部306に蓄積される。蓄積されるデータは、「XZ位置」、「周波数」及び「輝度振幅値」である。
【0021】
この時点で、各計測点402についてグラフを描くと、図6(b)に示すような形状の周波数成分を示すグラフが得られる。なお、図6(a)は、比較のために従来技術である圧力変換器(マイクロフォン)を用いて超音速噴流102を計測し、フーリエ変換したグラフである。
【0022】
図6(a)及び(b)は、超音速噴流102の所定位置における噴流騒音の周波数分布を示す。この周波数分布は、計測結果についてフーリエ変換を行った結果である。なお、rは超音速噴流の中止軸からの距離、Dはノズル出口113の直径(8.0mm)である。
図6(a)は、従来技術である圧力変換器を用いた結果を示したものである。つまり、超音速噴流102の近傍(r/D=5.0)に圧力変換器を設置して、得られたサンプルをフーリエ変換したものである。先述のように、圧力変換器を超音速噴流102の中に挿入することはできない。
図6(b)は、本実施形態である、シュリーレン法を用いた結果である。
図6(a)と(b)を比較すると、スクリーチ(screech:金切り声の意。航空機等の業界ではジェット騒音を「ジェットスクリーチ」と呼び、その略語としてスクリーチと呼ぶ。)の周波数は完全に一致していることがわかる。また、ブロードバンドピークも近い周波数領域に現れている。これらグラフの結果より、レーザ光と光センサを用いることで、非接触音響計測が可能であることが証明できた。
【0023】
再度、図3に戻って説明を続ける。
次に、第2記憶部306から計測点402毎のデータを取り出し、解析対象周波数選択部307にて解析したい周波数を選ぶ。つまり、解析対象周波数選択部307はユーザインターフェースである。この選択は、GUIであっても、数値を目視で見て選んでもよい。
例えば、各計測点402のデータをグラフ表示すると、図7に示すようなグラフが得られる。本例ではその一例として、スクリーチに該当する成分を選び出し、解析を行う。
【0024】
図7は、超音速噴流102によって生じる噴流騒音の周波数分布を示したものである。計測結果についてフーリエ変換を行った結果であり、計測点をX軸方向にずらした結果を奥行き方向に重ね合わせて可視化したものである。なお、Dは、ノズル出口113の直径(8.0mm)である。
図中、縦軸は輝度振幅AJ、横軸は周波数である。奥行方向はレーザビーム位置X/Dである。計測位置は、z/D=2.5(z=20mm)である。
全てのレーザビーム位置X/Dにおいて、約28kHzにスクリーチのピークが現れることがわかる。
0<X/D<0.5(噴流内部)では、スクリーチのピークが現れると同時に広い周波数帯にわたって変動が現れる。
X/D=0.5(ノズル出口113の半径)で、スクリーチのピークが最大となり、主要な音源があると考えられる。
0.5<X/D (噴流外部)では、音波が静止雰囲気中に伝播していく過程でスクリーチのピークが減衰していくことがわかる。
以上の結果より、レーザ光と光センサを用いることで、噴流内部から周囲雰囲気にわたる幅広い領域において、連続的な騒音計測が可能となることが証明できた。
【0025】
再度、図3に戻って説明を続ける。
解析対象周波数選択部307にて選択された周波数に係る、各計測点402の振幅値は、アーベル変換部308に投入され、処理される。
アーベル変換部308は、選択した特定の周波数において、あるZ地点におけるX方向の振幅値データを、あるZ地点における半径(r)方向の輝度振幅に変換する。アーベル変換は、CTスキャン等で周知の数値解析技術である。
アーベル変換部308にて得られたデータは、第3記憶部309に蓄積される。蓄積されるデータは、「周波数」、「rZ位置」、「密度勾配」である。なお、本例では軸対称場を用いて実施例を説明しているが、もちろん非軸対称場であってもアーベル変換は可能である。この場合、蓄積されるデータは、「周波数」、「rZθ(角度)位置」、「密度勾配」である。
表示処理部310は、第3記憶部309からデータを取り出し、表示部であるディスプレイ311にグラフ表示する。例えば表計算ソフトが備えるグラフ表示機能が利用可能である。
【0026】
なお、第1記憶部302、第2記憶部306及び第3記憶部309は、ハードディスク装置等の不揮発性ストレージにて実現されることが望ましい。データの格納形式は特に問わず、プレーンテキストであっても、表計算ソフトのデータファイルであってもよい。
【0027】
図5は、本実施形態の原理を説明する概略図である。
レーザ光107は、光路上に存在する超音速噴流102自身、あるいは超音速噴流102より発せられる音波、によって生じる密度勾配502によって屈折する。屈折の原理は蜃気楼の原因である、空気の密度の差、すなわち密度勾配502による屈折率の変化と同じである。しかし、蜃気楼の場合とは、密度勾配502の計算方法が異なる。
蜃気楼の場合は、太陽光にて熱せられた地表によって、地表近傍の空気は密度が薄くなる。そして、垂直線上に密度勾配が地面と平行に変化する。本実施形態の場合、噴流の中心から円弧状に密度勾配が変化する。つまり、レーザ光107の屈折角は、この円弧状の密度勾配502を積分する必要がある。
噴流中心を原点とし、レーザ光107の進行方向をY軸、レーザ光107の進行方向と垂直方向をX軸とする。原点からの距離をrとする。ある半径位置rにおける局所密度勾配を、
【0028】
【数1】

と定義する。
局所的なレーザ光107の屈折角は、局所密度勾配f(r)に比例する。ある座標(X,r)におけるレーザ光107の屈折角ε(X,r)は、
【0029】
【数2】

と表される。ただし、cは定数である。レーザ光107の屈折角ε(X,r)は密度勾配502のX軸方向成分のみに影響を受けるため、sinθ(=X/r)を乗ずる必要がある。このような、ベクトル成分を考慮する手続きは、通常のアーベル変換には含まれない。本実施形態では、後述する式(7)の変数変換を行うことで、この問題を通常のアーベル変換に帰着させる。
式(2)を、レーザ光107の光路に沿ってX<r<Rの範囲で積分した値を2倍したものが、光路長全体にわたるレーザ光107屈折角Ε(X)となる。
【0030】
【数3】

あるレーザ光107の位置Xにおいて光センサ106で検出される輝度変化J(X)を、次式のように定義する。
【0031】
【数4】

ここで、Iはレーザ光107の屈折が無い場合の輝度である。初期値且つ中間値である。屈折が発生すると、輝度が増すか減るかのいずれかに変化するからである。また、ΔI(X)はレーザ光107の屈折による輝度変化分である。
このとき、J(X)は、光路長全体にわたるレーザ光107の屈折角Ε(X)に比例する(非特許文献12参照)。
【0032】
【数5】

上記式(5)はシュリーレン法の公式である。この公式は、角度と明るさが比例する、ということを意味している。
式(5)を用いて式(3)を書き直すと、
【0033】
【数6】

が成立する。ただし、cは定数である。ここで、
【0034】
【数7】

の変数変換を行うことで、式(7)は次式に帰着できる。
【0035】
【数8】

式(8)は、核の位数1/2のアーベル積分方程式であり、解析的に次式のように解くことができる。
【0036】
【数9】

ただし、cは定数である。
式(9)により、光センサ106で検出される輝度変化J(X)から、局所密度勾配f(r)を再構成することができる。
【0037】
前述のように、音波は圧力変動であり非定常現象である。そこで、非定常成分の取り扱いについて説明する。これ以降、すべての変数は時間の関数とする。
ある半径位置rにおける密度勾配f(r,t)は、様々な周波数成分の重ね合せとして、
【0038】
【数10】

と表される。ただし、Af,n(r)はn番目の周波数成分の複素振幅、ωはn番目の周波数成分の角周波数である。n=0の時が定常項となる。
実際には、密度勾配変動は波動として空間中を伝播するため、各半径位置rにおける空間的位相差を考慮する必要がある。ここでは簡単のため、密度勾配f(r,t)は、各半径位置rでランダムな位相で振動すると仮定する。
一方、光センサ106で計測される輝度変化J(X,t)は、
【0039】
【数11】

と表される。ただし、AJ,n(r)はn番目の周波数成分の複素振幅、ωはn番目の周波数成分の角周波数である。n=0の時が定常項となる。
式(10)、(11)を、式(7)、(9)に代入すると、式の線形性から、
【0040】
【数12】

が成立する。ここから、n番目の周波数成分のみを抽出すれば、
【0041】
【数13】

が成立する。式(13)を用いることで、光センサ106で計測される輝度振幅AJ,n(r)から、局所的な密度勾配振幅Af,n(r)を求めることができる。本実施形態では、Barrの方法(非特許文献13参照)を用い、式(13)を線形行列式に変換して、密度勾配振幅Af,n(r)を求める。なお、離散値のアーベル変換については、Barrの方法に限らず、多くの方法が利用可能である。
【0042】
輝度振幅のデータは、式(13)によって、超音速噴流内部および超音速噴流外部における、局所的な密度勾配振幅に変換できる。つまり、超音速噴流内部から超音速噴流外部におよぶ幅広い領域内の、空間上のある点における、密度勾配変動の振幅を算出することが可能となる。気体の密度は、密度勾配を空間積分することで得られる。密度勾配の各周波数成分は正弦波で変動するため、特殊な条件を除いて、密度振幅は密度勾配振幅に比例する。ここで特殊な条件とは、密度勾配振幅が空間的に急激に変化する場合等である。以下の説明では、密度振幅が、密度勾配振幅と比例関係にあるものと想定して説明する。
【0043】
図8(a)及び(b)は、スクリーチ周波数において、超音速噴流102の半径方向位置における、レーザ光の輝度振幅と、密度振幅のグラフである。
図8(a)において、縦軸は輝度振幅A、横軸はレーザビーム位置X/Dである。
図8(b)において、縦軸は密度振幅Aρ、横軸は半径位置r/Dである。
図8(a)及び(b)ともに計測位置はz/D=2.5である。
図8(a)より、輝度振幅Aは、噴流内部ではほぼ一定で、ノズル出口113の半径位置で最大となり、静止雰囲気中では単調に減衰していくことがわかる。
図8(b)より、再構成された断層像では、密度振幅Aρは、噴流中心軸近傍で大きな値になり、ノズル出口113の半径位置で再び増大して極大値になり、静止雰囲気中では単調に減衰していくことがわかる。
本実施形態により、これまで困難であった、噴流内部から周囲雰囲気にわたる幅広い領域で、密度変動計測が可能であることが証明できた。
なお、図8(b)で噴流中心近傍のデータが存在しないのは、式(7)の変数変換のため、r/D=0で解が不定となるためである。また、本実施形態で用いたBarrの方法では、解を安定化するため、隣接する前後2点づつのデータを用いて補完を行う。このため、中心軸から3点目までの計測結果は不定となる。
これら制約は、計測間隔を細かくすることで実質的な解消が可能である。
【0044】
図9及び図10は、表示処理部310の機能による、密度勾配振幅(≒密度振幅)の可視化画像である。
図9は、アーベル変換によって再構成された、密度振幅断層像と、連続シュリーレン像である。
図9の上半分は、密度振幅の等しい箇所を線で結び、地図でいう等高線のような形態にしたものである。
図9の下半分は、連続シュリーレン法を用いて、超音速噴流102の流れの可視化を行い、連続発光キセノンランプとCCDカメラにて撮影したものである。なお、図中、超音速噴流102は左から右に流れている。
【0045】
超音速噴流102とその周囲にある静止雰囲気とのせん断層で、密度振幅が極大値をとる領域が離散的に観察され、そこから斜め下流方向に変動が伝播していく様子(図中矢印)が観察される。
また、超音速噴流102の中心軸近傍でも、密度振幅が極大値をとる領域が離散的に観察される。
図の下半分の連続シュリーレン像において、ノズル出口113から濃淡の明るい箇所と暗い箇所が連続的に出現している。この、明るい箇所から暗い箇所の、略四角形状の塊をショックセルと呼ぶ。これは衝撃波列である。
図の上半分で認められる、密度振幅が大きな領域と、図の下半分で認められる、ショックセルの構造とは一致している。このことより、渦の通過によりショックセルが周期的に変形する移動衝撃波が形成されていると考えられる。密度振幅はノズル出口113から第4番目のショックセルの近傍で最大値になり、スクリーチ音源がこの付近に存在することがわかる。
本例では、様々なジェット騒音要素の中でもスクリーチに着目し、図3の解析対象周波数選択部307において、スクリーチの周波数成分のみを抽出して解析を行った。これにより、スクリーチの音源の振舞いが、ショックセルと深い関係にあることが示された。これ以外にも、たとえばブロードバンドノイズ周波数に着目し、当該周波数のみを抽出して解析を行えば、ブロードバンドノイズの音源の振舞いの特性を調べることが可能である。
このように、本実施形態においては、様々な周波数成分からなるジェット騒音を、その成分毎に解析できるという大きな利点がある。
【0046】
前述のように、連続シュリーレン像とアーベル変換後の密度振幅断層像はその特徴に多くの一致点を有する。このことから、本実施形態の計測方法は極めて正確な計測結果を導き出せていることがわかる。
【0047】
図10は、アーベル変換によって再構成された、密度振幅断層像と、瞬間ミー散乱像を示す。
図10の上半分は、図9の上半分と同じである。
図10の下半分は、瞬間ミー散乱法を用いて、超音速噴流102の流れの可視化を行い、撮影したものである。超音速噴流102中に散乱粒子としてエタノール粒子を混入させ、Nd:YAGレーザとCCDカメラにて撮影したものである。
【0048】
図10に示すように、z/D=2付近から、周期的な渦(図中矢印)が発達し始めることが分かる。
周期的な渦は、ショックセルを変形させ音波を放出する。
音波の一部はノズル出口に到達し、じょう乱源となり次の渦形成のきっかけとなる。
このフィードバックループがスクリーチの原因となるものと考えられる。
ノズル出口113から第4番目のショックセルは、渦が発達し始める位置に対応する。
ショックセルを変形させるのに十分なまでに渦が発達し、スクリーチの音源となることがわかる。
【0049】
本実施形態には、以下のような応用例が考えられる。
(1)高速光センサを多重化して、CCDカメラと同様の形状にすることができれば、一度に多数の測定点の計測が実現できる。
【0050】
本実施形態においては、超音速噴流102が生じる騒音を非接触にて計測し、解析する方法を開示した。
本実施形態では、レーザ光107を用いて、完全に超音速噴流102に対して非接触にて計測ができる。このため、従来技術の、圧力変換器を超音速噴流102の近傍に設置して直接計測する方法と異なり、圧力変換器を挿入する際に発生する気流の乱れと、それに伴って生じる測定誤差を完全に排除できる。
また、フーリエ変換を介して特定の周波数成分について解析を行うので、従来技術と異なり、得られたデータを特定の周波数成分に分けた上での、より精緻な解析が実現できる。
【0051】
以上、本発明の実施形態例について説明したが、本発明は上記実施形態例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した本発明の要旨を逸脱しない限りにおいて、他の変形例、応用例を含むことは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本発明の一実施の形態による超音速噴流音響計測システムの概略図である。
【図2】実際に実験に用いた超音速噴流音響計測プローブの概略図である。
【図3】計測システムのうち、データ処理系の機能ブロック図である。
【図4】本実施形態の計測のモデルを説明する概略図である。
【図5】本実施形態の原理を説明する概略図である。
【図6】超音速噴流の所定位置における噴流騒音ならびに輝度変動の周波数分布である。
【図7】超音速噴流によって生じる輝度変動の周波数分布である。
【図8】スクリーチ周波数において、超音速噴流の半径方向位置における、レーザ光の輝度振幅と、密度振幅のグラフである。
【図9】アーベル変換によって再構成された、超音速噴流の密度振幅断層像と、連続シュリーレン像である。
【図10】アーベル変換によって再構成された、超音速噴流の密度振幅断層像と、瞬間ミー散乱像である。
【符号の説明】
【0053】
101…計測システム、102…超音速噴流、103…レーザヘッド、104…凸レンズ、105…ナイフエッジ、106…光センサ、107…レーザ光、108…スクリーン、109…ピンホール、110…インターフェース、111…データ処理部、112…光学支持体、201…計測プローブ、202…支持枠、202A…上部枠、202B…下部枠、203…鏡、204…凹面鏡、302…第1記憶部、303…サンプルクロック、304…フーリエ変換部、305…平均演算部、306…第2記憶部、307…解析対象周波数選択部、308…アーベル変換部、309…第3記憶部、310…表示処理部、311…ディスプレイ、402…計測点、502…密度勾配

【特許請求の範囲】
【請求項1】
気流中に光を貫通させる光学系と、
所定のサンプル周波数にて前記光の輝度を数値データに変換するインターフェースと、
前記インターフェースから得られる輝度とサンプル時間と、前記光学系の計測位置情報をデータとして記憶する第1記憶部と、
前記第1記憶部に記憶されている、前記計測位置情報に係る前記サンプル時間情報と前記輝度データをフーリエ変換して、周波数情報と振幅データを得るフーリエ変換部と、
前記計測位置情報と周波数と振幅をデータとして記憶する第2記憶部と、
前記第2記憶部に蓄積されているデータについて、特定の周波数成分に係るデータを選択的に取り出す解析対象周波数選択部と、
前記解析対象周波数選択部で選択された前記データを、前記気流の中心からの半径位置における前記気流中の密度勾配の情報に変換するアーベル変換部と、
前記アーベル変換部にて得られた半径位置情報と前記密度勾配をデータとして記憶する第3記憶部と、
前記第3記憶部に蓄積されているデータについて、可視化処理する表示処理部と、
前記表示処理部の結果を表示するディスプレイと
を具備することを特徴とする、音響計測装置。
【請求項2】
前記光学系は、
レーザ光源と、
集光部と、
ナイフエッジと、
ピンホールを有するスクリーンと、
前記スクリーンに設けられる光センサと
よりなるシュリーレン光学系を構成することを特徴とする、請求項1記載の音響計測装置。
【請求項3】
更に、
前記フーリエ変換部と前記第2記憶部との間に、前記インターフェースによって繰り返しサンプリングされたデータについて、周波数成分の平均値を得る平均演算部を具備することを特徴とする、請求項2記載の音響計測装置。
【請求項4】
気流中にレーザ光を通過させて、その屈折状態を前記レーザ光の輝度として所定のサンプリングクロックにてデータ変換し、時間情報と輝度データを取得するステップと、
前記時間情報と前記輝度データを計測位置情報と共に記憶するステップと、
前記計測位置情報に係る前記時間情報と前記輝度データをフーリエ変換して、周波数情報と振幅データを得るステップと、
前記周波数情報と前記振幅データを前記計測位置情報と共に記憶するステップと、
前記周波数情報から所望の周波数について、前記振幅データと前記計測位置情報を選択的に取り出すステップと、
前記選択された周波数に係る前記振幅データと前記計測位置情報をアーベル変換して、前記気流の中心からの半径位置における前記気流中の密度勾配のデータに変換するステップと、
前記半径位置における前記密度勾配のデータについて、前記周波数情報と共に記憶するステップと、
前記半径位置における前記密度勾配のデータを可視化表示するステップと
を含むことを特徴とする、音響計測方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図5】
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【図9】
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【図10】
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